五三 『 成 唯 識 論 』 全 一 〇 巻 中 の 巻 第 三 の 初 め よ り 第 四 の 初 め に か け て の ほ ぼ 一 巻 分 に 相 当 す る 箇 所 は 、 「 経 証 ( āgamata H )」 と 「理証 ( yuktita H )」 と によっ て、アーラヤ 識 の存在証明 をなさん と した、伝統的に「以五教十理証有本 識」 と 呼 ばれて いる周知の重要な箇所 で ある )1 ( が、 『成唯識論』 と 同 じく『唯識三十頌』 を 註釈した文献中 で 、 最もよくイ ンド的原典形態 を 留め て いるスティ ラ マティ ( Sthiramati 、 安慧) の 『 唯識三十頌釈 ( Tr iM śik āvijñaptibh āS ya ) )2 ( 』も しく は こ の復註 で あるヴィニータデーヴァ ( Vi nītadeva 、 調伏天) の 『 〔唯識〕 三十頌釈疏 ( Tr iM śik āTī kā ) )3 ( 』は 、その問題の一 巻相当分の論証箇所 を 、 全く単純な意味 で の対応関係にお い て は、欠如し て い る )4 ( 。 こ のような状況下 で は 、その論述 が訳者玄奘によっ て 補 われ たり整えられ たりした可能性も 考慮しなければならなくなるの で 、そ れ ゆ え、 『成唯識論』 の こ の論証箇所の論述内容は 、 インド仏教思想史的展開 の中 で 再確認さ れ る必要があるの で あ るが、 そのためには、 インドにおけるアーラヤ 識存在論証の最初期の文献の一つ と考 え ら れる Vini ścayasa M grahan 4ī 中のそ れ )5 ( や 、 やや 後代 の Yo gā cā rabh ūmi の註釈文献 と 推測さ れ るチベット訳にの み不完全な形 で 伝えられて い る *Yo gā cā rabh ūmivy ākhy ā 中 のそ れ )6 ( などを 考慮しながら、論述中の個 々 の問題 を 広くイ ンド由来の仏教文献中に跡付け て みる ことが要求さ れ る で あろう 。 しかるに 、 『 成唯識論』のその問題の箇所は 、上述した ごと く、大 き く は、 「経証 )7 ( 」による論述部分 と 、 「理証」に よる論述部分 と よ りなるが 、本稿は 、 「十理証」 を 扱 う後 者が提起し て い る極 わ ず かな問題 を 拾い上げようと し て い るものにしか すぎない。 「十理証」 とは、 順次に、 ① 「持種証」 、 ② 「異熟心証」 、③ 「趣生体証」 、④ 「有執受証」 、⑤ 「寿 煖 (煗)識証」 、⑥ 「生死証」 、⑦ 「名色互縁証」 、 ⑧ 「 四 食証」 、⑨「滅定証」 、⑩「心染浄証」 で あ るが、 これら十 の主題は 、 「理証」 と し て 述 べられて いる箇所 で あるにも
心染浄証経典考
袴
谷
憲
昭
駒澤大學佛敎學部 硏 究紀 第六十七號 平 成二十一年三月心染浄証経典考(袴谷) 五四 かか わらず、その全 て が「契経説」 とて 経典の引用 で 説 き 起さ れて いるの を 共通の特徴 と し て い る )8 ( 。「理証」 とはいえ、 仏教の論証 で ある以上は、経典に基づい て 論 述 を 展開した と し て も 当然な こ とで あるから、その こと 自体に特に問題 がある わ け で はない 。 ただ 、 「経証」による前者の論述部 分の所引の経典が、多く実名 を 伴った大乗経典 で ある )9 ( のに 対し て 、 こ の後者の論述部分 で 引 か れ る経典はほ と ん ど 経 蔵所収の経典が予想さ れて いる で あ ろうに、その経典上の 背景が必ずしも明確にさ れて いない と ころに問題が残っ て いるよう で ある ) 10 ( 。もっ と も、経蔵所収の経典 で あ れ ば、仏 教徒に と っ て は 共通の周知の典拠 で あったはず で あ ろうか ら一い ち そ れ を 明示したり考証したり す る必要もなかった のかもし れないが、しかし、現代の我 々 か らすれば、そう はいかない 。本稿は 、かかる観点から 、 「十理証」の部分 で 関説さ れて いる経典のう ち 、⑩「心染浄証」 と 関 連 す る 経典、および、 これと の絡み で 問 題 と なっ て くる①「持種 証」 関連経典 と に限っ て 考察し て み ようとす るもの で ある。 さ て 、その 「十理証」の部分の第一 をなす ① 「持種証」 を 扱 う箇所の冒頭の、経典の引用 を 踏 まえた一説は、次の ように説 き 起 さ れ て い る ) 11 ( 。 契経説、 雑染清浄諸法種子之所集起、 故名為心。若無此識、 彼持種心、不応有故。 これ につい て 、 基の 『述記』 は、 「第一引経。不出経之題目、 但隨解釈 ) 12 ( 。 」 とだけ述べ て 、後は 、経の文言の解釈に移っ て いるの で あ るが 、 こ の典拠の詮索は 、だからと い っ て 、 こ のまま打 ち 過 ごし て しまっ て も よい と い う こ と に はなら ない。さ すがに、近代の研究者 と し て の ラ ・ヴァレ・プサ ン ( La V
allée Poussin, Louis de
) 教授は、その仏訳におい て、 こ の 点 を 懸念し て 、 所引の経文の直後 (前者) で は 、 ⑩「心 染浄証」 の箇所の参照 を 指示した上 で 、citta (心) の解釈 (後 者) につい て は 、かなり詳細な註記 で 重要な関連文献 を 取 り上げ て おられ る の で ある ) 13 ( 。しかし、そ れ によっ て も 、そ の典拠の背景が必ずしも明確になっ て い る わ け で はないの で あ るが、本稿 で は 、 これらに関 す るプサン教授の御指摘 を 活かしながら、少し で も その背景の明瞭化に近づきうる ことを 願 っ て いる。そ こで 、 同教授の上記二つの御指摘中、 前者につい て は 後 で 触 れ る こ とと し て 、 ま ず、 後者により、 先の経文 と 覚 し き 「雑染清浄諸法種子之所集起、 故名為心。 」 に最も類似 す る文言 を 示 せば、ヴァスバンドゥの『倶舎論 ( Abhidharmako śabh āS ya ) 』中に 「他の人 々 ( apare ) 」の説 と し て 紹介さ れて いる次のようなもの となろう。なお、提示 に当っ て は 、必要上、原文のみならず、諸訳も並記し て お く こ と にしたい ) 14 ( 。 cita M ś ubhâ śubhair dh
ātubhir iti cittam /
(浄 と 不 浄 と の界に よっ て 積集さ れ た もの( cita ) で あるから心( citta ) で ある。 チベット訳
心染浄証経典考(袴谷) 五五 na sems so // 真諦訳 : 善悪諸界所増長、故名心。 玄奘訳 : 浄不浄界種種差別、故名為心。 こ の文言は、確かに、前引の①「持種証」冒頭箇所に示 さ れ る経文 と 酷 似し て は いるの で あ るが、ヴァスバンドゥ は『倶舎論』におい てこれを 経文 とは見做し て お らず、却 っ て 「他の人 々 」の説 と 記 し て いる こと 、上述のごと く で ある。そ こで 、 こ れ につい て 、既に兵藤一夫氏によっ て 指 摘もさ れ 分析もさ れて いる こと ) 15 ( で は あるが 、確認のため 、 以下に 、⒜ ヤ シ ョーミトラ ( Ya śomitra )釈 、⒝プール ナ ヴァルダ ナ ( P ūr Navardhana ) 釈、 ⒞スティ ラ マティ ( Sthiramati ) 釈 を 抽出列挙し て み る こ と にしたい ) 16 ( 。 ⒜ cita M ś ubhâ śubhair dh
ātubhir iti cittam
/ v āsan ā-sannive śa-yogena Sautr āntika-matena, Y og āc āra-matena v ā / : dge ba dang mi
dge ba’i khams dag gis bsags pas na sems so
zhes bya ba ni mDo
sde pa’i gzhung lugs dang rNal ’byor spyod pa’i gzhung lugs kyis
ni bag chags gnas pa’i tshul gyis ni sems yin no //
( 「 浄 と 不浄 と の界によっ て 積集さ れ た もの で あるから心 で あ る 。 」 と いう の は 、典拠 学派( Sautr
āntika, mDo sde pa
、経量部)の 学 説 も しくは実修行派 ( Yo gā cā
ra, rNal ’byor spyod pa
、瑜伽師)の 学 説によるもの で 、 熏習 ( vā san ā, bag chags ) の著積 ( sannive śa, gnas pa )の仕方に従った心の ことで ある。 ) ⒝ ⒞ kha cig na r
e zhes bya ba la / dge ba dang mi dge ba’i
chos kyis bag chags gnas pa’i tshul gyis bsags pa’i phyir sems zhes
bya’o // ( 「他の人 々が言うには」 と いう こと につい て い え ば、浄 と 不浄 と の法の熏習の著積の仕方に従っ て 積集さ れ る (
bsags pa, cita,
ācita )から( sems, citta ) と い う とい う こ と。 ) ⒝ ⒞のプール ナ ヴァルダ ナ 釈 と スティ ラ マティ釈 とは 、 右に示した と おりの同文 で あ り 、 「他の人 々 」 を 特 定の 学 派に比定 する こともない が 、⒜ ヤショ ー ミ ト ラ釈 は、そ れ を Sautr āntika もしく は Yo gā cā ra の学 説 (
mata, gzhung lugs
) に特定し て い る 。従っ て 、 こ の ⒜ を 重視 すれば 、経文 と 酷似し て いるかに思 われ た文言も 、経文 で は なく やはり Sautr āntika や Yo gā cā ra の学 説を 述べ たも のと 見 做 す べ きで あろうし、 また、 ⒝ ⒞ もその 学 説 を 特定 こ そ し て いないが、 その文言が「他の人 々 」の主張 で あ る こ とは認め て いるの で ある。その結果、 ここで 、 我 々 は、 こ の類似の文言 を 経 文に結びつける ことを 断 念したい と 思 うが 、そ れならば 、 ① 「持種証」 の冒頭箇所 で 経 典 と さ れ て いた文言の特徴は、 citta の意味 を cita に求めた点に で は なく、別な点に求めね ばならない で あろう。かかる観点から、再度、問題の経文 を 眺 め て みるならば、その特徴は、ある意味 で は 最初から 当然予測さ れ た ことで あったかもし れないが、 こ の経文中 の「雑染」 と 「清浄」 とを 含 む 「諸法」に求められねばな らないように思 わ れて くる。 そ こ で 、こ の点に注意し て 、『述 記』の解釈 を 拾い出し て み れば、次の と お り で ある ) 17 ( 。
心染浄証経典考(袴谷) 五六 雑染法者、 即有漏法、 善染皆是。清浄法者、 即無漏法。 (中 略)即通有漏無漏、 所集起処、 或、 諸法種子之所集起、 名心。 心是諸種所集起故。 こ の基の「雑染」 と 「清浄」 と に 対 す る解釈は、教義的 に正しい と 考 えられ る が、そうだとすれば、問題の経文の 意図 す る 意味も、 「雑染」は「有漏法」 を 、 「清浄」は「無 漏法」 を 含 意 す るもの で あった方がよいはず で ある。しか るに 、先の 、 ヤ ショーミトラ によっ て Sautr āntika もしく は Yo gā cā ra に帰せしめられ る 学 説 の意図 す る と ころは 「 浄 と不 浄 ( śubhâ śubha ) 」 の 「 界 ( dh ātu ) 」 も しくは 「 法 ( dharma ) 」 で あるから、 そ れ は、 基の述べ て いる ところの「善染皆是」 と 言 われ る「有漏法」の側だけを 意 味し て い る で あろうか ら 、 やはり 、 典拠 と し て の経文は 、 「無漏法」 を 含 みうる 方向 で 求 められなければならない で あろう。だが、そのよ うな特徴 をもった経文だとすれば、 その典拠は自ずと ⑩ 「 心 染浄証」の典拠 とも共通した ところがあるに違いない と 思 われて くる。そ れ ゆ え、先に触 れて おいたように、プサン 教授も、その二つの御指摘中の前者 でこ の点 を 示唆し て お られ たのだと 考えられ る。 次に、その前者指示の⑩「心染浄証」箇所の註記の確認 に移りたい と 思 うが 、そ れ に先立っ て 、 こ の ① 「持種証」 の論述中 で 、今問題の「雑染」 と 「清浄」に絡 む 経 典に言 及がなさ れ る一節のある こと に注意 を 払っ て お き た い ) 18 ( 。 ㈠然、経説、心為種子者、起染浄法、勢用強故。 右がその一節 で あ るが 、 『述記』も三箇疏も 、 こ の箇所 で は 、当の「経」につい て は なんの言及もなさないが、 こ れ より数行先の本文㈡ 「彼特違害前所引経」に対し て は 、 ㈡α『述記』 と 、㈡β『了義燈』 と が、次のようにコメン トし て いるの で あ る ) 19 ( 。 ㈡α違前染浄集起心経。 ㈡β今謂皆空故、特違前集起心経。 ここで 問 題 と なるのが 、 『 成唯識論』本文㈠ ㈡ と におけ る「経」の関係 で あ るが、本文㈡は、一切皆空の立場に立 っ て 「此識及一切法」 を 「撥無」し て し まうものは「前所 引経」 に 「 違害」 す る、 と 批 判 す る意図 を 示したものなの で 、 その「経」 とは、本文論述中の最も直前に示さ れ た本文㈠ 中の「心為種子」 と し て 「起染浄法」 を 述 べ て いる と さ れ る「経」 を 指 し て いる と 見 做 す こと にそ れ ほ ど の 障害はな い で あろう。そし て 、かく見做 すことが正しい とす るなら ば、①「持種証」冒頭箇所に示さ れ る 経典 とも内容的に 深 く繋がっ て い た と 考えられ る、同じ①「持種証」論述の途 上に示さ れ る本文㈠中の「経」は、玄奘門下によっ て 「 染 浄集起心経」もしくは「集起心経」 と 呼 ばれて い た こ と に なるの で ある ) 20 ( 。 以上 で 、染浄に絡 む 気掛りな経典に一応の注意は払い了 えたの で 、以下には、先の約束 ど おり、プサン教授の二つ
心染浄証経典考(袴谷) 五七 の御指摘中の前者によっ て 指示さ れて いる⑩ 「心染浄証」 冒頭箇所の仏訳 と そ こ に示さ れ た註記に移っ て 、 そ れ を 手 掛りに考察 を 進 め て いく こと にしたい。まず、その冒頭箇 所の『成唯識論』本文 と その対応仏訳 を 示 せば次の と お り であ る ) 21 ( 。 又、契経説。心雑染故、有情雑染。心清浄故、有情清浄。 Le S
ūtra dit : « Par la salissure
(sa
M
kle
śa
) de la pensée, l’être est
sali ; par la pureté
(vyavad
āna
) de la pensée, l’être est puri
fi é ». こ の仏訳下に示さ れ る註記はかなり長いが、必ずしも入 手し やす いもの と は思 われないの で 、左にその全文 を 示 し てお きた い ) 22 ( 。
Cette formule est dans
V imalak īrti, Nanjio, 149 , T akakusu, xiv , 563 , col.
2 (et aussi dans Nanjio,
146
-7
). Ce S
ūtra, disent les
commentateurs, n’est pas une autorité pour le Petit
Véhicule, mais
la formule est dans l’
Ā gama (K Sudrak āgama, Ko śa, ix, p. 249 ). Par
le fait, elle est citée par Sa
M
ghabhadra discutant la souveraineté
(indriyatva ) du Manovijñ āna, cahier 142 , T akakusu, 731 , col. 2. ― V
asubandhu, sur le même sujet
(Ko śa, ii, p. 105 ), cite la g āth ā : cittena n īyate loka ś cittena parik RS yate /
ekadharmasya cittasya sarve dharm
ā va
śā
nug
āH
//
qui est une traduction de Sa
M
yutta, i, p.
39
:
cittena niyati loko cittena parikissati
/
cittassa ekadhammassa sabbeva vasam anvagu
// Il y a un texte parallèle, A Gguttara, ii, p. 177 :
cittena kho bhikkhu
loko niyyati cittena parikissati cittassa uppannassa vasa
M
gacchati
,
qui est cité S
ūtr āla M kā ra, p. 151 , citten āya M loko n īyate cittena parik RS yate cittasyotpannasyotpannasya (?? ) va śe vartate . De ce
texte, on a fait une g
āth
ā que cite Sa
M
ghabhadra : « Le monde est
conduit par la pensée, il est aussi tourmenté
(lâo,
19
et
10
) par la
pensée ; si la pensée naît dans cela, tout [cela] suit son pouvoir
. » Le commentateur de Śā ntideva (Bodhicary āvat āra, ix, 28 )
expose l’opinion des
Y og āc āras sur le sa M kle śa et le vyavad āna de la pensée. « La pensée (citta
) voilée par la souillure du désir
, etc. , est dite sa M kli ST
a. Ces passions, désir
, etc, existent en s’appuyant
sur la pensée; elles sont adventices, car elles sont produites par la
force de la croyance à des choses inexistantes
(abh ūtasam ār opa ). Le Sa M sā
ra, c’est la succession des existences produites par
ces passions. La pensée, en soi
(= au sens vrai,
param
ārthatas
),
est claire dans sa nature
(prak Rtiprabh āsvara , voir p. 112 ), non adventice (an āgantuka
), vide des germes
(v
āsan
ā)
de l’adhésion à
la croyance à l’objet, au sujet, etc., croyance qui naît de conceptions
fausses
(abh
ūtaparikalpa
); de sa nature, elle est exempte de dualité
(advayasvabh
āva
), elle est libre des souillures adventices ; elle
reçoit le nom d ’āś rayapar āvR tti et de vyavad āna . Donc (lire : tad evam
心染浄証経典考(袴谷) 五八 comme chose (vastusad-bh ūtam ), il ne peut y avoir ni sa M kle śa ni vyavad āna , car le Sa M sā ra et le Nirv āN
a sont Citta de leur nature,
car il est dit : « C’est la pensée qui est salie, c’est la pensée qui est
puri fi ée ». 右のプサン教授の註記は 、 『述記』 や 三箇疏の法相宗伝 統の註釈 を 踏 まえながら。近代の成果 をも押え て 、当然あ る点 で は 伝統的註釈よりも遥かに先んじたものになっ て い るの で 、 総 て これ から出発し て も よいの で あ るが、 や はり 伝統説も見 て お くべきで ある と の 考えから、以下に、上引 の⑩ 「心染浄証」冒頭箇所の 『成唯識論』本文に対 す る 、 (イ『述記』) 、 (ロ『了義燈』) 、 (ハ『演秘』の註釈文) を 、順次に 示し て お く こ と にしたい ) 23 ( 。 (イ述曰。) 自下第十、 引染浄心経。 維摩等云。 心浄故、 衆生浄。 心垢故、衆生垢。其阿含等、亦有此文。今言、心染故、 〔有〕 情染等。 此如瑜伽五十四巻識住中解。 此中意説。 以本識現種、 為染浄心 、令有情染浄 。即当摂論染浄章 。 染章 、即三雑染 。 浄章、即是世出世浄。 (ロ論、心清浄故、有) 〔情〕 清浄 、等、諸部不同。薩婆多云、 六界為有情 、謂四大識空 、然心勝故 、説心染浄 。経部 、由 、 種色心倶持、色持不遍、心持種遍、故説、由心有情染浄。上 座部等、心能分別色、色不能分別心、故作是説。 (ハ論、心雑染故、等者、雖維摩経亦有此文、今引阿含。以) 維摩経非共許故。疏 (= 『述記』 ) 、「 〔今〕 言、 心染故、 有情染等。 〔此〕 如瑜伽五十四」者 、按彼論云 。 「由所潤識 、能取能満当 来内身。由此、展転能取能満、不能棄捨諸異生性。以於内身 能求満故、於流転中、相続決定 。 」又云。 「 又、由彼識永清浄 故、不待余因。任 運 自 然、入於寂滅。此識相続究竟断故、於 十方界、不復流転。於命及死、不希求故、名永離欲。 」釈曰。 前由心染、有情雑染。後由心浄、有情解脱。 以上の法相宗下の三つの註釈中、 (ロ『了義燈』のそ) れは、 典拠につい てと いうよりは、典拠に絡 む 解釈の部派間の相 違につい て 述 べたもの で あるから 、 ここで は 取り上げず 、 また 、 (イ『述記』) (ハ『演秘』のそ) れ の う ち 、染浄の当面の 問題に関 す る重要な唯識文献の論述 と し て 触 れられて いる 『瑜伽師地論』 「摂決択分」の関連箇所 ) 24 ( や 『摂大乗論』第一 章の関連箇所 ) 25 ( は、 こ の問題の思想史上の展開の観点からは 看過 すべからざる極度に肝要な論典文献 で あ るが、本稿の 主目的 で ある経典考証の観点からは直接の関連はないの で 、 ここで は 取り上げない。 従っ て 、以下におい て は 、右の (イ) (ハの残りの指摘) を 念 頭 に留めながら、前引のプサン教授の註記 を 順次に確認し て いく こと にしたい。 まず、同教授は、⑩「心染浄証」の典拠 と し て 『維摩経 ( Vimalak īrtinir de śa) 』 を 挙 げ て い る が 、 こ れ は 、 (イ『述記』) (ハ『演) 秘』 の伝統的註釈 を 踏まえたもの で も ある。 『維摩経』 には、 漢訳三本、チベット訳が既に知られて い るが、最近は、大
心染浄証経典考(袴谷) 五九 正大 学 綜合仏教研究所梵語仏典研究会の成果によっ て サ ン ス ク リ ッ ト原文も知られ るに至った ) 26 ( 。プサン教授は、南條 目録番号により、玄奘訳 を 主 と し て 、支謙訳も羅什訳も指 示し て い るが、問題の経文は、支謙訳にない ) 27 ( ので 、こ れ を 除く上記諸本の経文 を 以下に示し て お く ) 28 ( 。 ukta M hi bhagavat ā “citta-sa M kle śā t satv āH sa M kli śyante citta-vyavad ān ād vi śudhyante” / (実に、 世尊によっ て 、「有情た ち は 、 心が汚さ れ る こと によっ て 汚 さ れ 、心が浄められ る こと によ っ て 浄められ る。 」 と 説か れて いる。 )
bcom ldan ’das kyis bka’
stsal pa / “sems kun nas nyon mongs
pas sems can kun nas nyon mongs so // sems rnam par byang bas
rnam par dag par ’gyur ro //”zhes gsungs pa’i phyir te /
羅什訳 : 如仏所説。 「心垢故、衆生垢。心浄故、衆生浄。 」 玄奘訳 : 如 仏所説 。 「心雑染故 、有情雑染 。心清浄故 、有 情清浄。 」 以上の経文につ き 、示した と おりのサンス クリ ット原文 が知られ るようになった こ と によっ て 、諸文献 と の比較に おい て 、より有利な状況がもたらさ れ た ことは後にも明ら か と なる で あ ろうが 、 漢訳につい て い えば 、玄奘門下は 、 三訳 とも参照しえた ) 29 ( にもかか わらず、基は、従来の仏教界 に対 す る説得性 を 増 そうと 意 図したため で あ ろうか、師に よる新訳 で は なく、文章の前後が入 れ 換 えられて はいるに せよ、 羅什訳によっ て い る こ とは明白 で あ ろう。しかるに、 智周は、その典拠 と し て の 『維摩経』につい て 、上引の (ハ) 『演秘』中におい て 次のように述べ て いたの で ある。 雖維摩経亦有此文、今引阿含。以維摩経非共許故。 プサン教授が前引の註記の冒頭 で 、今智周によっ て 大 小 乗共許の経典 で はない と さ れ た 『維摩経』につい て 、 「註 釈者た ち が 言うには 、その経典は小乗に と っ て は 権威 で はないが 、しかし 、その定型 〔経〕 文 ( la formule ) は阿含 ( K Sudrak āgama, Ko śa, ix, p. 249 ) に出 て いるの で あ る 。 」 と 記 し て いたのも、今の智周以下の法相宗の伝統 を 踏 まえ て い たからだと 思 われ る 。しかし 、私の知る限り 、その阿含 をなにか具体的経典に特化した法相宗文献は見当らない ので 、こ れ を K S udrak āgama (雑阿含、小部阿含) に特定し、 これ に関 す る かなり詳しい考証 を そ れ 以下の註記に明示し たのは、玄奘訳『倶舎論』の仏訳者 で も あるプサン教授 を もっ て 嚆 矢 と す る の で はないか と 推測さ れ る。以下は、そ の追認 で し かないが、当然の ことながら、そ れ 以降に知ら れ た文献情報 を 加味し て い る こ とは言うま で もない。 さ て 、プサン教授が、その直後に、問題の経文が引用さ れて いる文献 と し て 玄奘訳もしくは御自身の仏訳によっ て 指示し て いる、 ⑴ 『倶舎論』 「破我品 ) 30 ( 」 、 ⑵ 『倶舎論』 「根品 ) 31 ( 」 、 ⑶衆賢 『順正理論』 「弁差別品 ) 32 ( 」 の当該箇所 を 示 し て おけば、 次の と お り で ある。 ⑴世尊、於雑阿笈摩中、為婆羅門婆拕梨説。
心染浄証経典考(袴谷) 六〇 婆拕梨諦聴 能解諸結法 謂依心故染 亦依心故浄 ⑵〔意根〕自在隨行者、如契経言。 心能導世間 心能遍摂受 如是心一法 皆自在隨行 ⑶〔意根〕自在隨行者、如契経言。 心能導世間 心能遍摂受 如是心一法 皆自在隨行 有説 。意根 、於染浄品 、有増上力 、故言於二 。如契経言 。 心雑染故、有情雑染。心清浄故、有情清浄。 以上の経文の引用箇所につ き 、 ⑴ 『倶舎論』 「破我品」 のそ れを 除けば、他の二つは全く同じテーマの下に問題の 経文 を 引用し て いるの で あ るが 、⑵ 『倶舎論』 「根品」が その経文のみ を 引くに止まっ て いるのに対し、⑶『順正理 論』 「弁差別品」は、そ れ 以外に、 「有説」 と し て 別 な経文 も示し て おり、しかも、 こ の後者の方が、本稿 で 問 題 と し て いる⑩「心染浄証」関連の経文そのもの と 言 っ て もよい ほ ど のものなの で ある。しかるに、 ここで 偶 々 出揃った経 文 を 、順次に、経文 A、経文 Bと呼 ぶ こ とに す れ ば、 そ の ⑶もしくは、 こ の記述 と 全 同の引用記述 をなす 『顕宗論』 「弁 差別品」のほかに、 こ の二つ と ほ と ん ど 類似した形 で 、 経 文 Aと経 文 Bとを 引用し て いる文献に『大毘婆沙論』のあ る こ とが知られ る 。 こ れを、先に続け て 、⑷ と し て A Bの 記号も付し て 示せば次の と おり で あ る ) 33 ( 。 ⑷〔意根〕自在隨転者、如説。 A世間心所引 亦為心所労 心若於彼生 皆自在隨転 有説。意根、 於染浄品増上。如説。 B心雑染故、 有情雑染。 心清浄故。有情清浄。 ここで 、 全く同趣旨の⑶ ⑷の論点 を 簡 単に示し て お け ば 、アビダルマの伝統説 で は 、意根 ( mana-indriya ) には 「能続後有」 と 「自在隨転」の二つの方面におい て 増 上 ( ādhipatya ) の作用がある と さ れ るが、その伝統説の後者の 経証 と し て 示 さ れ たものが経文 Aで あるのに対し て 、 こ の 伝統説 と 異った主張 と し て 紹介さ れて いるのが 「有説」 で 、 これ によ れば、意根 と は雑染品 と 清浄品 と の両面におい て 増上の力 をもっ て 働くもの で あり、その経証 と し て 経 文 B が引か れ て いる、 と い う こ と に なるの で ある。 ところ で 、先のプサン教授の註記は、 こ の経文 Bの考証 にはほ と ん ど 関心 を 払 っ て いないの で 、 まずは、経文 Aに 関 す る同教授の御指摘 を 追認し、その後 で 、経文 Bの考察 に戻る こと にしたい。 ここで 、経文 Aを 引く⑵ 『倶舎論』 「根品」の当該箇所 につい て 補足し て お けば 、その玄奘訳は 、上引のごと く 、 経文 Aを 完 全な一頌 と し て 引 き 、真諦訳もまた、その点 で は同 じなの で ある ) 34 ( が、現在参照しうるサンス ク リ ッ ト原典
心染浄証経典考(袴谷) 六一 では、 “yathôkta M “cittenâya M loko n
īyata” iti vistara
H /” と経 文 Aは一頌中の第一句だけの、しかも頌形が崩 れ たかのよ うな不完全な形 で の引用 となっ て いる ) 35 ( 。しかるに、プサン 教授の註記におい て 、 そ れ が完全なサンス ク リ ッ トの一頌 と し て 示 さ れ て いるのは、明記はさ れて いないが、当時参 照可能だった ヤ ショーミトラ 釈によったからなの で ある ) 36 ( 。 一方、真諦も玄奘も、その翻訳時には、原典中に やはり一 頌中の第一句だけしか見 て い なかった可能性が強いが、そ の経文 Aは彼らも容易に復し て 完 全な一頌 と し て 翻 訳 で き るほ ど 人口に膾炙し て い た と 考える こ とも でき る で あろ う 。重要ゆえ 、その経文 Aとし ての Sサン スクリ ッ ト 頌 ) 37 ( と 、プサン教授によっ て その原の Pパーリと 見做さ れて い る 「相応部」 「有偈篇」 「諸天相応」第六二経 「心 ( Citta ) 」 の一頌 ) 38 ( とを 、 こ こ に、同教授の註記にもよりながら、再出 し て おく。 S cittena n īyate loka ś cittena parik RS yate /
eka-dharmasya cittasya sarva-dharm
ā va śânug ā // (世間は 、心によっ て 導 か れ 、心によっ て 悩まさ れ り 。全 て の 法が一法なる心の支配下にあり。 ) P cittena n
īyati loko cittena parikissati /
cittassa eka-dhammassa sabbeva vasam anvag
ū (世間は 、心によっ て 導 か れ 、心によっ て 悩まさ れ り 。全 て は 実に一法なる心の支配下にあり。 ) しかるに、右中の Pにつ き 、プサン教授は、先の註記中 に て 、 その平行文 を 示 す テ キストと し て 、 パ ーリ 「増支部」 第四集第四「戦士品」第一八六経 ) 39 ( と、 これ と相 応 す る 『 大 乗荘 厳 経 論 ( Mah āy ānas ūtr āla M kā ra ) 』所引のサンス クリ ッ ト経文 ) 40 ( とを 示し て 、若干のコメントを 与 えて おられ る が 、 その両経文は こ こで も比較考察 す るに値しよう。 そ れ ゆえ、 その両経文 を 、順次に左に示 す 。
cittena kho bhikkhu loko niyyati cittena parikissati cittassa
uppannassa vasa M gacchati. (比丘よ 、実に 、世間は 、心によ っ て 導か れ 、 心によっ て 悩まさ れ 、 生じた心の支配下に至る。 ) yathôkta M bhagavat ā / “cittenâya M loko n īyate cittena parik RS yate cittasyôtpannasyôtpannasya va śe vartate”iti / (世尊に よっ て 、次のように 、 「 こ の世間は 、心によっ て 導 か れ 、心 によっ て 悩まさ れ、次 々 と 生 じた心の支配下 で 働 く。 」 ) と 説 か れ て い るがごと く で ある。 右の両経文は、経文 Aとは違っ て 元 々 散文の経典 と し て 伝え られて い たと 思わ れ る が 、 たと え 散 文で は あ って も 、 それ が 経 文 Aと 酷 似し て い る こ とは争いえない 。 そ れ ゆ え、 これを 用いた唯識文献 と し て の『大乗荘 厳 経論』の右 の箇所 で さ え、その経文 を 、先のアビダルマ文献 と し て の ⑶ 『順正理論』 「弁差別品」 (上述のごと く 『顕宗論』 「弁差 別品」 も同じ) や ⑷ 『大毘婆沙論』 が経文 Aを 「 意 根 」 の 「 自 在隨転」における増上 ( ādhipatya 、 支配) の作用の経証 と し
心染浄証経典考(袴谷) 六二 て 用 い て いたように 、 「刹那滅性 ( k Sa Nikatva ) 」を 証 明 す る 「十五義」 中の 「第十三」 の 「心の増上 ( cittasyâdhipatyam ) 」 の経証 と し て 用 い て いるの で あ る ) 41 ( 。従 って 、こ の 「 心 ( citta ) 」 は、あたかも「意根」のように、 む しろ世間 を 勝手放題に 支配 す るマイ ナ ス の方向 で 捉えられて い る と さえ言っ て よ いのかもし れない 。 そ れ ゆえ 、先の⑵ 『倶舎論』 「根品」 の経文 Aにつ き 、 『必須 ( Up āyik ā )』によっ て 知 られ る経 典全体 ) 42 ( によ れば、知性 を 備 えた「聖弟子は、心 を 支配 す る の で あっ て 、 心が彼 を 支配 す る の で はない ( ’phags pa nyan
thos sems la dbang bsgyur bar byed kyi / de la ni sems kyis dbang
sgyur bar byed pa ma yin
) ) 43 ( 」 と さ れ て いるの で ある。因みに、 漢訳 『中阿含経』 で 「心品心経第一 ) 44 ( 」 と さ れ 、 『必須』に よっ て は 「 〔中阿含〕分別品第二摂頌第一経 (
rNam par byed
pa bsdus pa’i sdom gyi tshigs su bcad pa gnyis pa’i dang po’i mdo
) ) 45 ( 」 と さ れ る本経全体につい て は 、既に、本庄良文氏によっ て 秀 れ た考察 と 『必須』チベット訳からの和訳が与えられて いる ) 46 ( の で 、全 てを そ れ に譲りたいが、 こ の 経典中の、経文 Aに絡 む チベット訳のみ を 、諸本対比の必要上、 ここで 問 題と して おき た い ) 47 ( 。特に問題 となるのは以下の各下線部分 もしくは傍線部分 で ある。 『必須』中の経文 A相当文
: dge slong ’jig rten ’di ni sems
kyis khrid / sems kyis yongs su drangs te / sems kyis de skye zhing
skye ba la dbang sgyur ro //
『中阿含経』 「心経」経文 A相当文 : 比丘、心将世間去、心 為染著、心起自在。 『 大 乗 荘 厳 経 論 』 サ ン ス ク リ ッ ト 本 所 引 経 文 A 相 当 文 ( 前 出 の 再 出 ) : cittenâya M loko n
īyate cittena parik
RS yate cittasyôtpannasyôtpannasya va śe vartate 同 右 チ ベ ッ ト 訳
: ’jig rten ’di ni sems kyis khrid cing sems
kyis ’dren te sems ’byung zhing byung ba’i dbang du ’gyur ro
同右漢訳 : 心将世聞去、 心牽世間来、由心自在世間隨転。 同右サンス ク リ ッ ト本よりのレヴィ訳 : Par la Pensée le
monde est mené ; par la Pensée il est tiraillé ; il est à la merci de
chaque Pensée qui naît.
同右サンス ク リ ッ ト本よりの宇井訳 : 此世界は心によつ て 導か れ 、心によつ て 牽 か れ 、数 々 起る心に制せられ る 。 同右サンス ク リ ッ ト本よりの早島訳 : こ の世界は心によっ て 導 か れ 、心により引率さ れ る 、次 々 に 生じる心の支配のう ち に〔世界は〕存続 す る の で ある。 以上の下線部分もしくは傍線部分につ き 、文献展開 史的観点からいえば 、 『中阿含経』の 「心起自在」に見 合う原文から 、前出の これ に対応 す る パーリ 文 “cittassa uppannassa vasa M gacchati” な ど の 表 現 を 経 て 、 右 掲 の 『大乗荘 厳 経論』サンス クリ ット本所引のごときものに 行 き 着いた と 考 えねばならない で あろうが 、今は 、 最 も 簡 古 な 形態 を 留 め て いるかもし れない 『中阿含経』の
心染浄証経典考(袴谷) 六三 そ れ を 考慮外に置く とすれば 、大 きな違いは 、 パーリ 形 の uppannassa のごときものにもう一つその語が加 わ っ て utpannasyôtpannasya となっ て いる ことで あ ろう 。しかるに 、 先のプサン教授の註記 で は 、 こ の utpanna の連語の直後に 二重の疑問符が付さ れ て い るが 、万一そ れが こ の 連語に対 し て 衍字 を 疑った ことを 意 味し て い た と す る ならば 、その 疑問は 、 全く別途の文献 で あ る 『必須』のチベット訳にお い て も こ の箇所が二重に
“skye zhing skye ba”
とさ れ て い る こと によっ て 解消さ れ る の で はないか と 思 う。しかし、 『 必 須』中のその下線部分につい て は 、容易に解消し難いチベ ット訳上の厄介な問題が残っ て い る と しなければならない で あ ろう。もっ と も、 こ の 点は、 夙に、 本庄良文氏によっ て 、 こ の 経全体のチベット訳につい て 「類似箇所に統一がなく、 混乱し て い る と 見られ る ) 48 ( 。」 と 指摘さ れて いる ことなの で あ るが 、私 と し て は 、かなりの無理があるにせよ 、先の下線 部分 を 一 応 「 心が 、そ れ の 次 々 に生じる ことを 支配し て い るの で あ る ) 49 ( 。」 と 読 ん で おく こと にしたい。しかし、 「 そ れ 」 が 、 知られ る原文 と の対応上は 「 心 ( citta ) 」を 指す と し な ければならない以上 、かく訳 すと 、心が心 を 支 配 す る と い う こ と に なり 、実際上は意味 を なさないの で ある 。 こ こで の本来の経文の意味は、 「心」が世間 を 支配し世間 を 振り回 し悩ませ て いる ことで な ければならないの で あ るが 、心が 心 を 支配 す る と い うの で は 、その経意が全く曖昧になっ て しまう で あろう。しかるに、 こ の点 で 、『大乗荘 厳 経論』の 諸本諸訳が一致し て 経 意 を 誤たずに心が世間 を 支配し て い る意味に解し て いるのは 、 ここで の テキストの論述の趣旨 が、 「心」の「刹那滅性」 を 「十五義」によっ て 明 示 す る こ と にある ことがはっ き りし て おり、 経証の「心」も、 従っ て 、 かかる刹那滅の 「心」が世間 を 支配し て い る こ とを 意図し て いるのだと いう ことを 容易に理解 でき たから で あろうと 考えられ る 。因みに 、上引の 『大乗荘 厳 経論』チベット訳 の下線部分 を 直 訳 す れば 、「 〔 こ の世間は〕 次 々 と 起る心の 支配下になる で あ ろう」 と 読みうる で あ ろう 。左に 、参考 ま で に 、 こ の経文の引用に至る直前の本文の論述に対 す る スティ ラ マティの註釈 を 示 し て おく こと にしたい ) 50 ( 。
’du byed rnams la sems dbang ba’i don bstan pa’i phyir / sems ni
’du byed rnams la dbang byed pa ste zhes smos te / sems ’di ni ’du
byed rnams la dbang byed de / de bas na ’du byed ni sems kyi ’bras
bu’o // (諸行 を 心 が支配 す る意味 を 示 す ために 、 「 心が諸行 を支 配 す る ( cittasya câdhipatya M sa M sk āre Su) 」 と 言 う の で あ っ て 、 こ の心が諸行 を 支配 す る の で ある。そ れ ゆ え、諸行が 心の果 で ある。 ) ところ で 、長い こと 、経文 Aに関与し て い る で あろう 、 前掲の⑴ 『倶舎論』 「破我品」の引用箇所 を 等閑に付し て き た が、 ここで 、 そ れ に戻らなければならない。 こ の引用 に関 す る諸文献につい て は 、 や はり本庄良文氏によっ て 既
心染浄証経典考(袴谷) 六四 に指摘さ れて いる ) 51 ( の で 、そ れ に譲り、 ここで は 、本稿の問 題に関連 す る櫻部建博士の重要な御指摘のみ を 取り上げ 、 そ れ を 基点に若干の私見 を 加 えるだけにしたい。まだ、サ ンス クリ ット原典が刊行さ れて いない時点 で 『倶舎論』 「破 我品」 を 研究さ れ た同博士は 、その和訳研究中におい て 、 その⑴所引の経文に関し、次のように述べ て お られ る ) 52 ( 。 婆柁梨に対し て 説 か れ たもの と し て ここ に引か れ る偈の中 に 、 「依心故染 、亦依心故浄」 と ある箇処は 、真諦訳も 「 由 此心有染、復由此心浄」 で あ り、英訳・仏訳共に両漢訳に従 つ て 、 「心によつ て 」 と 訳 し て いる 。 と ころが西蔵訳の相当 箇処は
ji ltar sems ni kun ñon mo
Gs, ji ltar sems ni rnam bya
G da G で あ り 、緊要 (= 『必須』 )所引の文 で は 、第二句が de b Sin sems ni…… となつ て いる 。いずれ にし て も 、両漢訳所用の 梵本 と 両チベット訳依用のそ れと には、此処の文に相違があ つたらしい。 サンス ク リ ッ ト原典が知られ る ようになった今日におい て は 、 右 の詮索はある意味 で は 無用になるかもし れ ないし、 また、原本の相違ま で は 考慮 す る必要もないかもし れない が、 ここで 櫻部博士が指摘さ れて いる、動詞の主語は一体 なにか と いう問題は、先の、なにが支配し、なにが支配さ れ る か と 同様に、 きわ め て 重要な意味 を 担っ て い る こ とを 示唆し て いるの で ある。そ こで 、既にそのサンス クリ ット 原文が知られて いるにかか わらず、以下に、当の原文は勿 論 で あるが、右に櫻部博士が言及し て お られ るような現代 語訳 をも含め て 、現在参照可能なもの を 全 て 列挙し て みよ うと 思う 。 サン スクリ ッ ト 文 ) 53 ( : śRN u tva M B ādare dharma M sarva-granthi-pramocanam / yath ā sa M kli śyate citta M yath ā citta M vi śudhyati // (バーダ リ よ 、いかにし て 心 が汚さ れ 、いかにし て 心 が浄め られ るか とて 、全 て の束縛 を 解 き 放つ法 を 、 汝は聞くべし。 ) チベット訳 ) 54 ( :
ji ltar sems ni kun nyon mongs //
ji ltar sems ni rnam byang dang //
mdud pa thams cad ’jig byed pa’i //
chos ni rGya shug bu khyod nyon //
『必須』チベット訳 ) 55 ( :
ji ltar sems ni kun nyon mongs //
de bzhin sems ni rnam par byang //
mdud pa thams cad grol byed pa’i //
chos ni rGya shug khyod nyon cig //
玄奘訳(前出) : 婆拕梨諦聴 能解諸結法 謂依心故染 亦依心故浄 真諦訳 ) 56 ( : 波遮利汝聴 能解諸結法
心染浄証経典考(袴谷) 六五 由此心有染 復由此心浄 シチェルバツキー英訳 ) 57 ( : Listen thou, O B ādar āya Na! I shall
explain to you all bonds of life which are the vanishing elements.
On consciousness
(they do depend, with it
) are they de
fi led, with it
they become puri
fi ed. (同上直訳 : バーダ ラ ーヤナ よ 、汝 、聞 くべし。私はお前に消失 す る要素なる全 て の生の絆 を 説明し よう。意識に(そ れらは依存し、そ れ によっ て ) そ れ らは汚 さ れ 、そ れ によっ て そ れらは清らかになる。 ) プサン仏訳 ) 58 ( : B
ādari, celui qui entend les vérités peut se délivrer
de tous les liens : par la pensée, souillure, et aussi puri
fi cation par la pensée. (同上直訳 : バーダ リ よ、そ れ らの真理 を 聞 くもの は全 て の絆から解放さ れうる。心によっ て 染 れ あり、 そし て 、 また、心によっ て 浄化あり。 ) 櫻部和訳 ) 59 ( : そ れ によつ て 心雑染し そ れ によつ て 心浄めら るる 一切の結 を 壊 す る 法 を 、汝、バダ リーよ、聞け。 村上和訳 ) 60 ( : バーダ リ よ。一切の わ だ かまりから解脱させる 法(教え )を 、汝は 聴 け。ど の よう にし て 心 は 汚 れ る か、ど のようにし て 心が浄まるか。 右掲の現代語訳中、サンス クリ ット原文が知られて 以 降 になったものは、村上訳のみ で あ るが、さ すがに、 こ の 村 上真完博士の読みが最も簡潔 で す っ き りしたもの となっ て いる で あ ろう 。 こ れ に よ れ ば 、 心 ( citta ) は完全な自動詞 と 解 さ れ た両方向に向っ て 自 ずと 汚 れ 浄まっ て い く で あろ う 。そし て 、 yath ā の機能はその分だけ軽微になる で あ ろ うが、その極には、もしも誤訳 で なかった とすれば、右の 『必須』チベット訳から推定さ れ るように、当の yath ā…… yath ā は、 yath ā ( ji ltar ) …… tath ā ( de bzhin ) と 理解さ れ て 、 「 ち ょうど 心 が汚 れ る の と 同様に心は浄まる」 と の 解 釈も生じうるの で はないだろうか。一方、一つの心が染浄 の両方向に自ずと 向っ て い く と し て も、その同じ心 と い う 主語に対 す る動詞 を 他動詞の受動態に解 す る こ とが許さ れ る ) 61 ( とすれ ば 、意味は 同じで あ っ て も 、 yath ā に込められ る 状況 や 手 段 と し て の意味は、自動詞 とす る場合よりは遥か に強まる で あ ろう。しかも、 ここで 、 サンス ク リ ッ ト原文 が知られて い なかったために主 と し て 漢 訳に頼らざる を えなかった状況 を 考 慮 す る と 、チベット訳によりながら ji ltar ( yath ā ) を 「 そ れ によつ て 」 と 手段の意味に取った櫻 部訳も 、 心 を 染浄の手段に特化したために 、その染浄 を 演じる主体が 、心よりも 「 そ れ らの真理 を 聞 くもの ( celui
qui entend les vérités
) 」もしくは「全 て の生の絆 ( all bonds of life ) 」 を 有 す る人に傾斜せざる を えなかったプサン訳もシ チェルバツキー訳も 、 当時 と し て は 致し方なかったの で はないか と 考 えられ る の で ある 。そし て 、その上 で 付 け 加えて お けば、解釈の問題 と し て は 、た とえ原文が “yath ā sa M kli śyate citta M yath ā citta M vi śudhyate” と知 ら れ 確 定 さ れ た と し て も、その解釈の視点 を 、動詞の他動詞的受動態の
心染浄証経典考(袴谷) 六六 方に置い て 、心の染浄その こと よりも、その手段 や 状況の あり方に持っ て い こ う とす る こ とは、恐らくありうる こと で あ ろうと 思 われ る 。しかし 、いずれ の解釈がありうる にせよ 、プサン教授によっ て 、 ⑴ 『倶舎論』 「破我品」に K S udrakâgama の頌 と し て 引 か れ て いる一頌につい て 指 摘 さ れ て い た典拠は、その力点が、心の染浄両面に対 す る 支 配( ādhipatya 、増上)に置か れて いる ことが明白 で ある以 上は、その後に指摘さ れて いた⑶『順正理論』 「弁差別品」 および本稿 で 加えられ た⑷『大毘婆沙論』そ れぞれ に おけ る二つの経文中の、経文 Aよりはむ しろ経文 Bにその意図 が近いの で は ないか と 判断さ れ る の で ある。しかるに、そ の⑶ と ⑷ で は 、経文 Aは、伝統説 と し て の 意根の「自在隨 転」 における 「増上」 の経証 で あったのに対し て 、 経文 Bは、 これとは異った 「有説」 と し て の心の染浄における 「増上」 の経証 と し て 、一応の区別の下に扱 われて いたの で あった が、その区別が無みさ れ 、経文 Aも経文 Bも、その意図 す る と ころは所詮一緒だと いう こと になっ て しま わ な いう ち に、 再度、 経文 A自体の意味 を 確認し て お く こ と にしたい。 経文 A自体 と い うのは、先に指摘したものについ て い え ば、 プサン教授の御指摘によっ て 示したパーリ 「相応部」 「有 偈篇」 「諸天相応」第六二経 「心」の一頌に因 む 、 サンス クリ ッ ト 文 Sと、 パ ー リ文 Pとで あるが、 これ に対応 す る もの を 漢 訳 『雑阿含経』 中に求め れば、 現行の第一〇〇九経、 また、印順によっ て 正 さ れ た構成に従えば、 「八衆誦第五」 「二五 諸天相応」第一五経 で あ る ) 62 ( が 、 そ れ より 、対応の 一頌のみ を 引 けば、次の と お り で ある。 心持世間去 心拘引世間 其心為一法 能制御世間 これは 、 「心が世間 を 持 ち 去り 、心が世間 を 拘引し 、其 の心が一法 と 為り て 、能く世間 を 制 御 す 」 と 、訓じる こと が で き る訳文 で 、終始一貫し て 、 「心」が主語、 「世間」が 他動詞能動態の目的語 と し て 押さえられて いる ことは明白 で ある。しかも、 こ の 漢訳に見合う原文 と し て は、先に掲 げた Sと Pと の う ち で は 、 前者の Sのサンス クリ ット文 と 、 内容的にはほ と ん ど 合致し て いるの で あ っ て 、異るのは 、 原文が 、 「世間」 を 主語し て いるのに伴い 、動詞が他動詞 の受動態 で 示さ れて いる点にあるくらいのもの で あるが 、 これを 確 認 す るため、再度その原文 を 左に掲げ、その和訳 と し て は 、前出のカッコ内に示した直訳の拙訳 を 改 め て 、 動詞 を 敢 え て 他動詞能動態風の表現 と した別な拙訳 を 、原 文の次に並記し て お く こ と にしたい。 cittena n īyate loka ś cittena parik RS yate /
eka-dharmasya cittasya sarva-dharm
ā va śânug ā // 心が世間 を 導 き 、 心が〔世間 を 〕悩ませり。一法なる心が 全 て の法 を 支配下に置けり。 恐らく、直前に示した『雑阿含経』の一頌の漢訳は、私
心染浄証経典考(袴谷) 六七 が こ こ に示した拙訳のような考えの下になさ れ た に ち がい ない で あ ろう。 「 全 て の法 ( sarva-dharm āH) 」 に当る漢訳は 「 世 間」 と さ れて いるが、 こ の箇所 で は 原文が違っ て いた可能 性があるにせよ 、 「 全 て の法」が 「世間」 と 漢 訳さ れ た と し て も、 こ の場合にはむ しろ許容さ れ る の で はないか と 思 われ るの で ある。 さ て 、以上 で 、経文 Aが経文 Bと 同趣旨のもの と し て 扱 われ る傾向もありうる と の予測の下に 、まず 、経文 A自 体の意味の確認 を 漢 訳『雑阿含経』中の一頌 を 基に行っ て みたの で あ るが、以下には、その二つの経文 を 一応区別し て 用 い て いた『順正理論』およびそ れと 同じ論述 を 行 っ て いた『顕宗論』が、別な箇所 で は 経文 Bのみ を 、 やはり こ の二論典共に、ほぼ同文 で 用い て いる箇所があるの で 、 そ れを 考察し て みたい 。因みに 、二論典のその箇所は 、 『倶 舎論』 「界品」第二二頌後半 で 示唆さ れて いる五蘊の順序 につい て、色受想行識 を 、 そ れ ぞれ 順次に 、 「 器 ( bh ājana 、 食器) 」 「 飲 食 ( bhojana 、食物) 」 「助味 ( vyañjana 、調味料) 」 「厨人 ( pakt R 、料理人) 」 「 食 者 ( bhokt R )」の五つに擬え て 説 明 す る と ころ で ある。 こ の箇所に対応 す るヴァスバンドゥ の自註には、上記二論典のような経文 Bの引用は見られな いが、まずはその『倶舎論』当該箇所 を サ ンス クリ ット原 文 と 玄奘訳 と によっ て 示 せば次の と お り で ある ) 63 ( 。 bh ājanâdy-arthena v ā / bh ājana-bhojana-vyañjana-pakt R-bhokt R-bh ūtā hi r ūpâdaya H skandh āH / 或 、色如器 、受類飲食 、想同助味 、行似厨人 、識喩食者 。 故隨器等、立蘊次第。 次に、 こ の箇所に対応 す る、直前に指摘し て おいた、経 文 Bのみの引用 を 含 む 『順正理論』 「弁本事品」 と 『顕宗論』 「弁本事品」の論述 を 、前者 を 主 に 、示し て み よう ) 64 ( 。傍線 箇所が経文 Bで ある。 隨器等者、謂。色如器、受所依故。受類飲食、増益損減有 情身故。想同助味。由、取怨親中平等相、助生受、故。行似 厨人、由思貪等業煩悩力、愛非愛等異熟生故。識喩食者、有 情本中、為主勝故。識為上首、受等生故、即由此理、於受想 等、 隨福行中、 但説、 識為隨福行者。又由此理、 説行縁識。復、 由此、 告阿難陀曰。識若無者、 不入母胎。心雑染故、 有情雑染。 心清浄故、 有情清浄。於受想等倶起法中、 如是等経、 但標主識。 ところ で 、 こ の経文 Bの出典につい て は 、本稿の これ ま で におい て は 、 こ の出典に辿り着く経緯 を 重 んじたため に、敢え て 従来の こ の件の研究には触 れ ないようにし てき たが 、 こ の経文 Bの文言そのものだけの出典に関し て は 、 本稿の初めの方 で 示し て おいたプサン教授の註記 で は 詮索 さ れ て い ないにせよ、 『維摩経』所引の文言などを 介し て 、 高崎直道博士 や 櫻 部建博士など によっ て 、 パーリ 「相応 部」 「犍度篇」 「蘊相応」 第一〇〇経 「繋縄㈡ ( Gaddula ( 2 )) 」 が推測さ れ たり考察さ れてき た の で ある。 ここで は 、 ま ず、
心染浄証経典考(袴谷) 六八 高崎博士の こ の件に関 す る言及 を 、一九六六年 と 一九八九 年出版の御著書のそ れを 代表的なもの と 見做し て 、提示し て みたい ) 65 ( 。
The source of this quotation is unknown, but we have a similar
expression in the Vimalak īrti-nir de śa (T aisho , X sic V, 563 b) . This idea
seems to be quite old and perhaps we can trace back its origin as
far as the P āli Nik āya (e.g. SN III, 151 ). 『維摩経』大正蔵 14、五六三中 (弟子品 で 憂 波離の回想中 にある) 。ただし、 こ の句( cittasa M kle śā t sattv āH samkli śyante, cittavyavad ān ād vi śudhyante )は教理上重要な定型句 と し てす で に阿含中にも見られ る ( e.g. SN, III, p. 151 )の で 、 ここ も そうした慣用句 を 用いたま でで 、特に『維摩経』に限った こ とで はない と 思 わ れ る 。また こ の 句は唯識説におい て 、染浄 転換の所依 と し て の アーラヤ 識 を 表 わ すもの と し て 利用さ れ、また、そ れ に ふ さ わ しい説 で あ る。しかし、本書のよう に自性清浄心 を 本来のもの と し て 客塵の除去のみ を 説く教相 とは若干ニュアンスの相違がある 。 ただし 、 vi śud sic dhyate (清 められ る ) を 客塵の除去の意味に と れば同じ こと にはなる 。 自性清浄に対 す る離垢清浄 で ある。 右の最後に述べられて いる如来蔵説 と 唯 識説 と の同質性 と 異質性の問題につい て は 本稿 で 取り上げるつもりはない ) 66 ( が、右引の両者 で 指示さ れて いる “SN, III, p. 151 ” が、上記 の第一〇〇経「繋縄㈡」 を 意 味し て いるの で ある。そ れは 同経に特定し て しまっ て い る わ け で はないが、強くその方 向 を 示唆し て い る こ とは間違いない で あ ろう 。一方 、 櫻 部博士の御成果 ) 67 ( は 、一つの文言の詮索に終始し て いるの で は なく 、経文 Aにも 経文 Bにも触 れ ながら 、 「心染有情 染 心浄有情浄」の意図 す る思想的意義を 極め て 簡潔的 確に追究したもの で 、その意義の評価は私 と 異る ところ があるにせよ、出典等の御指摘におい て も 、小さな紙幅の なかにおい て 遺 漏は少ない 。その中 で も 、経文 Bのパー リ 文 をもつ、上記第一〇〇経「繋縄㈡」は、冒頭部分 で 最 も詳しく取り上げられ 、当のパーリ 文 “citta-sa M kiles ā satt ā sa M kilissanti, citta-vod ān ā satt ā visujjhanti.” に は 「 心 の よ ご れ によっ て 有 情はよごれ 、心の き よまりによっ て 有 情はき よまる」の訳文が与えられて いる ) 68 ( 。 こ れは、経文 Bの二つ の動詞が二つ と も完全に自動詞に訳さ れ た 例 で あるが、 こ のパーリ 文がそのままサンス クリ ット語化さ れ た もの を 想 定 す れば 、以下のα下の文 となる で あろうものの 、 『宝性 論 ( Ratnagotravibh āga ) 』に引か れ 、先の高崎博士によっ て もコメントさ れて いる実際のサンス クリ ット文の経文はβ 下のごと く で ある ) 69 ( 。 α citta-sa M kle śā t sattv ā H sa M kli śyanti citta-vyavad ān ād vi śudhyanti β citta-sa M kle śā t sattv ā H sa M kli śyante citta-vyavad ān ād vi śudhyante
心染浄証経典考(袴谷) 六九 しかし、いずれ にせよ、語句に若干の推移 や 変 更があっ たにし て も 、右に確認した経文 Bの基本形は大 き く 変 わ ら なかった で あ ろうと 想 定さ れ る の で 、その経文 Bを経 典 の 中心的な考えと し て 表現し て いる上記第一〇〇経 「繋縄㈡」 もしくは これ の平行文献は、勿論、現段階 で は これだけに 限定は で きない で あろうが、経文 Bの出典 と し て は最有力 のもの と 見做 すことは でき る で あろう。かかる意味も込め て、 ここで は 、そのパーリ 文 を P T S版に従っ て 全 て 掲 載 し ) 70 ( 、その後に、暫定的な拙訳 を 与える こ と によっ て 、本経 の全貌 を 一応押え て みる こと にしよう。なお、以下のパー リ 文中に現 われ る経文 Bには下線 を 付 し て おく。 1-2 S āvatthi// // Tatra // voca // / / 3 Anamatagg āyam bhikkhave sa M sā ro pubbako Ti na paññ āyati avijj ān īvara Nā na M satt ānam ta Nh āsa M yojan āna M sandh āvata M sa M sā rat āM // // 4 Seyyath āpi bhikkhave s ā gaddulabaddho da Lhe kh īle vā thambe v
ā upanibaddho// so gacchati ce pi tam eva kh
īla M vā thambha M v ā upagacchati // ti TT
hati ce pi tam eva kh
īla M vā thamba M v ā upati TT hati // nis īdati ce pi ta M eva kh īla M v ā thambha M v ā upanis
īdati // nippajjati ce pi tam eva kh
īlam v ā thambha M v ā upanippajjati // // 5
Evam eva kho bhikkhave assutav
ā puthujjano R
ūpam
etam mama eso ham asmi eso me att
āti samanupassati // // V edanam // Sañña M // Sa Gkh āre // V iññ ā
Nam etam mama
eso ham asmi eso me att
āti samanupassati // // So gacchati
ce pi ime pañcup ād ānakkhandhe upagacchati // ti TT hati ce pi ime pañcup ād ānakkhandhe upati TT hati // nis īdati ce pi ime pañcup ād ānakkhandhe upanis
īdati // nippajjati ce pi ime
pañcup ād ānakkhandhe upanippajjati // // 6 T asm
ātiha bhikkhave abhikkha
Na M saka M citta M paccavekkhitabba M D īgharattam ida M citta M sa M kili TT ham r āgena dosena mohen ā ti // // Cittasa M kiles ā bhikkhave satt ā sa M kilissanti // cittavod ān ā satt ā visujjhanti // // 7 Di TT ha M vo bhikkhave cara Na M n āma cittanti // // Evam bhante // //
Tam pi kho bhikkhave carana
M n āma citta M citteneva cintita M //
tena pi kho bhikkhave cara
Nena cittena cittaññeva cittatara
M // // 8 T asm
ātiha bhikkhave abhikkha
Na M saka M citta M paccavekkhitabba M // D
īgharattam idam citta
M sa Gkili TTha M r āgena dosena mohen āti // // Cittasa M kiles ā bhikkhave satt ā sa M kilissanti cittavod ān ā satt ā visujjhanti // // 9 N
āham bhikkhave aññam ekanik
āya M pi samanupass āmi eva M citta M
yathayidam bhikkhave tiracch
ānagat ā p āN ā te pi kho bhikkhave tiracch ānagat ā p āN ā citteneva cittat ā // // T ehi pi kho bhikkhave tiracch ānagatehi p āN
ehi cittaññeva cittatara
M
// //
10
Tasm
ātiha bhikkhave bhikkhun
ā abhikkha Na M saka M cittam
心染浄証経典考(袴谷) 七〇 paccavekkhitabba M D īgharattam ida M citta M sa Gkili TT ha M r āgena dosena mohen āti // // Cittasa M kiles ā bhikkhave satt ā sa M kilissanti // cittavod ān ā satt ā visujjhanti // // 11 Seyyath
āpi bhikkhave rajako v
ā cittak ārako v ā rajan āya vā l ākh āya va haliddiy ā v ā n īliy ā v ā mañje TT hiy ā v ā suparima TT he phalake v ā bhittiy ā v ā dussapa TT e v ā itthir ūpa M v ā purisar ūpa M v ā abhinimmineyya sabba Ggapacca Ggi M
// evam eva kho bhikkhave
assutav
ā puthujjano r
ūpaññeva abhinibbattento abhinibbatteti //
vedanaññeva // pe // saññaññeva // sa Gkh āreva // viññ āN aM yeva abhinibbattento abhinibbatteti// // 12 Ta M ki M maññatha bhikkhave // // R ūpa M nicca M v ā anicca M v ā ti // // Anicca M bhante // // V edan ā // Saññ ā // Sa Gkh ār ā // V iññ āN aM // pa // 13 -14 T asm ātiha bhikkhave // pa // n āparam itthatt āy āti paj ān ātī ti // // 右のパーリ 文 の読解は、私には難しい ところも多いの で あるが、先行の渡辺照宏博士の訳など に導か れながら、一 応の拙訳 を 提示し て お き た い。分節番号は P T S版に従っ て 用いるが、 訳文中 で は 、 そ れらの分節 を 一 い ち 改行せず、 全 て 追い込み とす る。なお、 右 掲のパーリ 文の場合に倣い、 訳文中の経文 Bには傍線 を 付 し て おく。 1 -2サーヴァッティ 。そ こで 、語られ た 。 3「比丘た ち よ 、輪廻は無始無終 ( anamatagga ) 71 ( )の状態におい て あ り 、 無 明に覆 われ 渇愛に繋がれて 流転し輪廻し て いる有情た ち に と っ て 〔その輪廻の〕前際は知られない ) 72 ( 。 4比丘た ち よ 、 ち ょ うど あたかも、繋縄に縛られ た犬が堅固な杭 や 柱に括り付け られ、も し犬が行けば ( gacchati ) 〔その犬も〕まさにその杭 や 柱の側に行 き ( upagacchati ) 、 も し 立 て ば ( ti TT hati ) 〔その 犬も〕 その杭 や 柱の側に立 ち ( upati TT hati ) 、 も し 坐 れ ば ( nis īdati ) 〔その犬も〕その杭 や 柱の側に坐り ( upanis īdati ) 、 もし横に なれ ば ( nippajjati ) 〔その犬も〕その杭 や 柱の側に横になる ( upanippajjati ) 73 ( )が 、 5比丘た ち よ 、そ れと 全く同様に 、無聞 の異生は 、 色 ( rū pa )を、こ れ は 私 の も の で あ る 、 こ れ は 私 で あ る 、 これは私のアートマン で あ る 、 と 見 、受 ( vedan ā ) と想 ( saññ ā )と 行( sa Gkh āra )と 識( viññ āN a )と を、こ れ は 私のもの で あ る 、 これは私 で あ る 、 これは私のアートマン で あ る 、 と 見 、もし彼が行けば 〔その彼も〕 これら五取蘊 ( pañcup ād ānakkhandha )の側に行 き 、 もし立 て ば〔その彼も〕 これら五取蘊の側に立 ち 、 もし坐 れ ば〔その彼も〕 これら五 取蘊の側に坐り、もし横になれば〔その彼も〕 これら五取蘊 の側に横になるの で ある。 6そ れ ゆえに、 比丘た ち よ 、こ こで 、 いつも自らの心( saka M cittam ) を 、 こ の 心 は 長 夜 に わ た っ て 貪( rā ga )により瞋 ( dosa )により痴 ( moha )により汚さ れ て い る、 と 観 察 す べきで あ る。比丘た ち よ 、有情た ち は 心が
心染浄証経典考(袴谷) 七一 汚 れ る こ と によっ て 汚 れ ( citta-sa M kiles ā satt ā sa M kilissanti ) 、 有情た ち は 心が浄まる こと によっ て 浄まる( citta-vod ān ā satt ā visujjhanti )の で あ る 。 7比丘た ち よ 、おまえた ち は 、行 と 名づけられ た 絵 ( cara Na M n āma citta M ) 74 ( ) を 見た ことがあるか。 」 「ございま す 、大徳よ 。 」 「比丘た ち よ 、しかるに 、その行 と 名づけられ た 絵はまさに心によっ て 思い描か れ た もの で あ る。しかも、比丘た ち よ 、心 こ そ は行 と い う絵よりもより一 層多彩なの で あ る。 8そ れ ゆえに、比丘た ち よ 、 こ こで 、い つも自らの心 を、 こ の 心は長夜に わ たっ て 貪により瞋により 痴により汚さ れて いる 、 と 観察 すべきで ある 。比丘た ち よ 、 有情た ち は 心が汚 れ る こ と によっ て 汚 れ、有情た ち は 心が浄 まる こと によっ て 浄まるの で あ る。 9比丘た ち よ 、私は、 こ れが畜生に属 す る 生 き ものた ち で あるような、かくも多彩 で あるものは、他に一種類も見た こ とがない。しかるに、比丘 た ち よ、その畜生に属 す る 生 き ものた ち もまさに心によっ て 思い描か れ た ) 75 ( もの で あ る。しかも、比丘た ち よ 、心 こ そ はそ の畜生に属 す る ものた ち よりも一層多彩なの で あ る。 10それ ゆえ、比丘た ち よ 、 こ こで 、いつも自らの心 を 、 こ の心は長 夜に わ た っ て 貪により瞋により痴により汚さ れて いる、 と 観 察す べきで あ る ) 76 ( 。比丘た ち よ 、有情た ち は 心が汚 れ る こ と に よっ て 汚 れ、有情た ち は 心が浄まる こと によっ て 浄まるの で ある。 11比丘た ち よ 、 ち ょうど あたかも、染師 や 絵 師が、染 料 や 塗料 や 欝 金 (黄色) や 藍 (青色) や 茜 (赤色) によっ て 、 よく磨か れ た 板 や 壁 や カンバスに、全 て の肢節 を 具 えた女の 姿 や 男の姿 を 描 き 出 す よ うに、比丘た ち よ 、そ れと 全く同様 に、無聞の異生は、まさしく色 を 生起させつつ生起させ、ま さしく受 を … …まさしく想 を、まさしく行 を、まさしく識 を 生起させつつ生起させるの で ある 。 12そ れ で 、比丘た ち よ 、 色は常 で あるのか無常 で あるのか、おまえた ち は 一体 どう考 えるか 。 」 「無常 で ご ざいま す 、大徳よ 。 」 受 、 想 、 行 、識に つい て も 同じ 。 13 -14「そ れ ゆ えに 、比丘た ち よ 、 こ こで 、 ……更に ここ の〔輪廻の〕状態に至らない と 知る。 」 以上 で 、 「繋縄㈡」のパーリ 文の全体 を 和 訳 を 伴っ て 確 認し了えたが、本経には、櫻部博士は先の御成果中 で は触 れて いらっし ゃ ら ないけれども、 こ れ に対応 す る 漢訳『雑 阿含経』第二六七経のある ことが夙に知られて いる。 これ は、印順によっ て 正 さ れ た構成に従えば、 『雑阿含経』 「五 陰誦第一」 「 一 陰相応」第五〇経 で あ る ) 77 ( が 、次に 、 こ の 経の全文 を 、 パーリ 「繋縄㈡」の分節番号 を 挿入しながら、 示し て み よう。傍線部分は、 これ ま で と 同 じく、経文 Bを 示し て いる。 1 -2如是我聞。一時仏住、 舎衛国祇樹給孤独園。 3爾時、 世尊告諸比丘。衆生、於無始生死、無明所蓋、愛結所繋、長 夜輪廻生死、不知苦際。 4諸比丘、譬如、狗縄繋著柱、結繋 不断故、 順柱而転、 若住、 若臥、 不離於柱。 5如是、 凡愚衆生、 於色不離貪欲、 不離愛、 不離念、 不離渇、 輪廻於色、 隨色 転 、
心染浄証経典考(袴谷) 七二 若住 、若臥 、不離於色 。如是 、受想行識 、隨受想行識転 、若 住、 若臥、 不離於識。 6諸比丘、 当善思惟観察於心。所以者何。 長夜、 心 為貪欲使染、 瞋恚愚痴使染。故、 比丘、 心悩故衆生悩、 心浄故衆生浄 。 9比丘 、我不見一 、色種種 、如斑色鳥 、心復 過是 。所以者何 。彼畜生 、心種種故 、色種種 。 8是故 、比丘 、 当善思惟観察於心 。諸比丘 、長夜 、心貪欲所染 。瞋恚愚痴所 染 。心悩故衆生悩 、心浄故衆生浄 。 7比丘 、当知 、汝見嗟蘭 那鳥 ) 78 ( 種種雑色不。答言。曾見、世尊。仏告比丘。如、嗟蘭那 鳥種種雑色、我説、彼心種種雑、亦復如是。所以者何。彼嗟 蘭那鳥心種種故、其色種種。 10是故、当善観察思惟於心。長 夜、 種種貪欲、 瞋恚愚痴種種。心悩故衆生悩、 心浄故衆生浄。 11譬如、画師画師弟子、善治素地、具衆彩色、隨意図、画種 種像類。如是、 比丘、 凡愚衆生、 不如実知、 色、 色集、 色滅、 色味 、色患 、色離 。於色不如実知故 、楽著於色 、楽著色故 、 復生未来諸色。如是、 凡愚、 不如実知受想行識、 識集、 識滅、 識味、識患、識離。不如実知故、楽著於識、楽著識故、復生 未来諸識。当生未来色受想行識故、於色不解脱、受想行識不 解脱、 我説、 彼不解脱生老病死憂悲悩苦。 ( 12) 13 -14有多聞 聖弟子、如実知色、色集、色滅 、色味、色患、色離。如実知 故、 不楽著於色、 以不楽著故、 不生未来色。如実知受想行識、 識集、識滅、識味、識患 、識離。如実知故、不染著於識、不 楽著故、 不生未来諸識。不楽著於色受想行識故、 於色得解脱、 受想行識得解脱、我説、彼等解脱生老病死憂悲悩苦。仏説此 経已、時諸比丘、聞仏所説、歓喜奉行。 両経がほぼ対応し て 同様の考えを 表明し て い る こ とは明 らか で あ るが、その大まかな違い を 、パーリ 「繋縄㈡」 を 基準 と し て い えば 、右掲の 「蔭相応」第五〇経におい て 、 前者の分節 7 8 9の順序が後者 で は 9 8 7の順序へ と 変 更 されて い るこ と に な る が 、 こ れ は 変 更と 見 做 す よ りは 混 乱 と み て 前者のように正し て 理 解 す る方が自然な気もす る。なお、末尾におい て 、前者の分節 12は後者には現 われ て い ないが、 こ の場合は、却っ て 、後者のように、分節 12 が存在しない方が流 れ は自然 で ある。また、後者 で は 、分 節 13 -14が 、前者の省略形 を 取 らず 、無聞の異生の誤った 五蘊の理解 と 対 になるような記述 で、多聞の聖弟子 ( ārya-śrā vaka 、聖声聞) の正しい五蘊の理解が述べられて いるが、 こ の場合には、前者よりも後者にかなりの増広があったか もし れない と 考 え ら れ る。 いずれ に せよ 、 で きれば 、 「蔭相応」第五〇経の形態に 相応 す る サンス ク リ ッ ト原文があ れ ばと 望ま れ る ところ で あ るが 、管見の及ぶ限り で は 、今現在はその存在は知 られて い ない 。ただし 、パーリ 「繋縄 (二) 」中の用語 anamatagga の確認 を 切っ掛けに知られ た 『ディヴィ ヤ = ア ヴァダーナ ( Divy āvad āna ) 』 の左に示 す ような一文は、 往 時、 「北伝」 ルートに乗っ て Sa M yuktâgama が流布し て い た時に、 そのサンス クリ ットテキストの本経のごときものから採用