澄
観
と
密
教
『大
方
廣
佛
華
嚴
經
随
疏
演
義
鈔
』 に見
ら れ る密
教
的
要
素
1
遠
藤
純
一
郎
序
澄観と密教 (遠藤 ) 澄観
は自
著 の 『 大 方廣
佛
華
嚴
經
疏 』 ( 以 下 『 經 疏 』 ) に 対 し て自
ら 『 大方
廣
佛
華
嚴
經
随
疏 演 義鈔
』 ( 以 下 『 演 義 鈔 』 ) な る 註 を著
し て い る 。 こ れ は 澄観
門 下 の 門 人 ら の 要求
に 応 じ て 著 述 さ れ た と いう
こ と で あ る か ら 、 澄 観 の 華 厳 思 想 と密
教 と の 交 渉 の 様 子 を 把 握 し よう
と す る な ら 、 『 經疏
』 に 於 け る 密教
的 要 素 を指
摘 す る に 留 ま る べ き で は な く 、併
せ て 『 演 義 鈔 』 に つ い て も 同 様 に 考 察 し て お く 必 要 が あ ろう
。 こ の よう
に 見 る な ら ば 、 『 經 疏 」 を 理解
す
る 上 で 、 『 演 義鈔
』 の援
用 は 不 可 欠 で あ る と も 言 え よ う が 、 『 演義
鈔 』 は 必ず
し も 『 經 疏 』 述作
期
の 澄 観 の 理 解 を 正確
に 反 映 し て い る わ け で は な い よう
に も 思 わ れ る 。 まず
『 演 義 鈔 』 の 成 立 は 『 經 疏 』 が 成 っ て 四年
後 の こ と で あ り、 時間
的 に 幅 が有
る こ と を考
え
ね ば な ら な い 。 ま た 『演
義
鈔
』 の 中 に は 七 九 五年
以 後 の 翻 訳 と な る 『 華嚴
經 』新
訳 を 参 照 し た 痕 跡 が 認 め ら れ、 例 え ば 、 「若
準
新 經 乃 有 三喩
謂
如 空 自 日 。 亦 如夢
則 空 可 喩 二 。謂
無所
依 及常
住
相
。 如 白 日喩
喩 白 法 爲相
。 如 夢 一喩
喩無
二 相 。欲
言
其有
智山学報第五十四輯
( 1 ) 覺 竟
無
實
。欲
言 其 無夢
境 歴 然 。 故 非有
無
爲
無
二 相 。 」 と 述 べ て い る 箇 所 の 、 「新
經
」 は 四 十 巻本
の 『 大 方 廣 佛 華嚴
經 』 の 「 如 來清
淨
妙 法身
一 切 三 界 無 倫 匹
超
出 世 間言
語 道本
性
非 有 亦 非 無雖
無 所依
無 不依
如 是 無 來 亦 無
去
( 2 ) 如 空 如 日 亦 如夢
當
於 佛 體如
是 觀 」 と す る箇
所 を 指 示 す る も の と 言 え 、 『 演義
鈔
』 は 一 応 の 脱 稿 の 後 も 継 続 的 に 手 が 加 え ら れ て い た も の と 考え
ら れ る の で 、 澄観
の 思想
上 の 経 年変
化 を無
視 す る こ と は で き な い 。 他 に も 、 『 經 疏 』 の 不 備 を 補 っ たり
、 誤 謬 を 反省
す
る 態 度 が時
折 見受
け ら れ 、 「演
義 鈔 』 は 『經
疏 』 に 固 有 の 注釈
書
と いう
だ け で は な く 、 澄 観 の 思 想 的 展 開 を 反 映 し た 別 個 の書
と し て の 側 面 が 有 る 。 そ の た め 、 「 經 疏 』 理 解 の た め に は 「 演 義鈔
』 の参
照 が 必須
で あ り な が ら 、 一 方 で 『 演義
鈔 』 の 持 つ 「 經 疏 』 以 後 の 思 想 的 展 開 と いう
点 に つ い て も 十 分 に 勘案
し て お か ね ば な ら ず 、 両 書 を 一 応 に 峻別
し て お か ね ば な ら な い だ ろう
。確
か に 『 演 義 鈔 』 の密
教 的 要 素 が 必 ず し も 『 經 疏 』 述 作期
の 澄観
の 思 想 に 直 結 す る も の で あ る か は 明 瞭 で な い ま で も 、 少 な く と も 『 經 疏 』 成 立 以後
も
継 続 し て 密 教 的 解 釈 に 肯 定 的 で あ り つ づ け た澄
観 の 態 度 を 窺う
意 味 で も 、 こ の 問 題 を 問う
こ と は どう
し ても 必 要 な の で あ る 。
}
本
論
本論
で は 、 密 教典
籍 の 名 が明
示 さ れ て い る場
合 、 ま た 経 典 名 が 示 さ れ な い ま で も 、 引 用 箇所
が 明 ら か に 特定
可 能 な 場合
に つ い て の み、 一 先ず
最
も確
実 な密
教
的
要素
と し て 認 め 、 そ れ ら に つ い て 検 討 し て み る こ と に し よう
。 『 演 義鈔
』 に は 「 法身
説
法 」 「 三 密 」等
の密
教 に 深 く 関 わ り の あ る概
念 が持
ち 込 ま れ て い る が 、密
教 典籍
の 引 用 状 況 を 検討
す
る こ と で 、澄
観 が 密 教 の 影響
下 に在
る こ と を 十 分 に 闡 明 に し て か ら 、 『 經 疏 』 に 於 け る 同 様 の 用 例 と共
に 、 改 め て論
じ る こ と に し た い 。澄観と密教 (遠藤 )
『 演 義
鈔
』 は 『 經疏
』 の 註 釈 書 で あ る た め 、 『 經 疏 』 に 引 用 さ れ た 密 教典
籍 を 重複
し て 引 用 し て い る 場 合 が有
り 、引
用
箇
所
が 全 く 同 一 で 、 且 つ そ の解
釈 も 『 經疏
』 の 範囲
を 越 え な い よう
な 場 合 に つ い て は割
愛 す る 。 そ れ ら に つ い( 3 > て は
別
稿
に て 扱 っ て い る の で 、 そ ち ら を参
照 さ れ た い 。『 演 義
鈔
』 に新
た に 見 出 さ れ た 密 教 典 籍 に は 、管
見 の 及 ぶ 範 囲 で 言う
と 、 以 下 の 九種
が見
受
け ら れ る 。『 金 剛
頂
瑜伽
字
母 』『 金 剛 頂 經 』
『 八 字 陀 羅 尼
經
』『
佛
頂尊
勝 陀羅
尼 經 』『
大
毘 盧 遮 那成
佛 神變
加
持 經 』一 「 別
章
」『
文
殊 問 般 若 字 母 』『 金 剛 頂 瑜 伽
修
習 毘 盧 遮那
三 摩 地 法 』『 大 方 広
佛
華 厳經
入 法界
品
四 十 二 字 觀 門 』『 大 方 広
佛
花
厳經
入 法 界品
頓
證 毘 盧 遮 那法
身 字 輸 瑜伽
儀 軌 』以 上 で
挙
げ た 内 、 「 別章
」 は そ の 書 名 が特
定 で きず
、 ま た そ の 作者
も 不 明 で あり
、 果 た し て 密 教 者 の 手 に よ る も の であ
る か も 判定
し 難 い 典 籍 で はあ
る が 、 四 十 二字
門 の密
教的
解釈
に 関 わ る 内 容 で あ る た め 、 こ れ に つ い ても
他
の密
教典
籍
と 同 様 に検
討 を 加 え る こ と に し よう
。『 演 義 鈔 』 に 於 て は 、 以 下 の よ う な 場 面 に 於 て
密
教 典 籍 が 引 用 さ れ て い る 。各
場 面 で の密
教 典 籍 援 用 の 状 況 を そ れ ぞ れ窺
っ て み る こ と に し よ う 。智 山学 報第五十四輯 一
菩
薩
の得
名
に
つ いて
『經
疏 』 で は 、 八 十 巻 『華
厳 經 』 「 世 主 妙 厳品
第 一 」 の会
場
に 集 し た 聴 聞 衆 に 四 十 衆 が あ る と し て い る が 、 そ の 内 の 菩薩
の名
称
に つ い て 解 釈 す る に 際 し て 、命
名
の 由 来 を 「夫
聖 人無
名
爲物
立 稱 。 雖 得名
千 差而
多
依 行 徳 、行
徳
皆 具 ( 4 ) 而 随 宜 別標
。 」 と 述 べ て い る 。 つ ま り 、菩
薩
は そ も そ も無
名
で あ っ て 、 衆 生 の た め に そ の名
を 仮 に 示 し て い る にす
ぎ ず 、 そ の多
様 な名
は各
々 に 顕 著 な 行 徳 に ち な ん で 付 け ら れ る 場 合 が多
い の だ と 言う
の で あ る 。 『 演 義 鈔 』 で は こ の解
釈 を 受 け、 更 に解
説
を 加 え て い る の で あ る が 、 そ の よう
な菩
薩 の命
名 の 仕 方 の 一 例 と し て 次 の よう
な 『 金 剛頂
瑜 伽 修 習 毘 盧 遮 那一 二 摩 地 法 』 の 一文
が紹
介 さ れ て い る 。疏
「今
初 夫 聖 人 無名
」等
者 、 此 先 總彰
大 意 。 於 中有
三 。 初 總 標 。無
名
立 名 故 。 『 莊 子 』 云 、 「 至 人 無 己 。 神 人 無功
。 聖 人 無名
」 。 今 約利
生 而 於 無 名 強 立 名 耳 。 次 「雖
得
名
千
差 」 下 、 總 辯 立 名 所 以 。 此 下 辯 立 名 別 因 。 言 「多
依
行徳
」 者 、 亦有
因 姓 。 因 父 母等
故 。 後 「行
徳
皆
具
」 下、 通妨
。 謂 有 難 云 、 「 既依
行
徳
、 而 諸菩
薩 徳 行 皆 具 。何
以 成 別 」 。故
云 「 随 宜 別 標 」 。 随 便 宜 故 。謂
如 有 偈 云 、 「 弟 子 堅 固 菩提
心從
師
以受
灌
頂位
妙 修
定
慧
恒
觀 察 深 入業
用善
巧 門 」 即 普 賢菩
薩
。 又 云 「導
諸
有
情 勝菩
提以 四 攝
法
而 攝取
」 即 金 剛 王 菩薩
。 「 無 厭 大 悲 未 曾 捨 」 即 金 剛 愛 菩薩
。 「 見行
小 善便
稱
美 」 即 金 剛 善 哉 菩薩
。 「 無 住檀
施
等
虚 空 」 即 金 剛寶
菩
薩 、亦
虚 空 藏菩
薩 別 名 。 「 能 以 慧光
破
愚 其 」 即金
剛 日 菩 薩 、亦
云 金 剛 光 。 「 有 所樂
求
恒 不 逆 」 即 金 剛 幢 菩 薩 。 「發
言 先 笑令
心 喜 」 即 金 剛 笑 菩 薩 。 「能
於
妙 法 無染
中 」 即 金剛
法
菩
薩 。 「 善 用 般 若斷
諸
使
」 即 金 剛 利 菩 薩 。 亦 即 文殊
師
利 是 。 「無
上 法 輪 恒 不 退 」 即 金 剛 因菩
薩 、 亦 云 金 剛 轉法
輪 菩 薩 。 「 四 辯 演 説 無所
畏
」 即 金 剛 語 言 菩 薩 。 「 諸 佛 衆 生事
業 中 」 即 金 剛 業 菩 薩 。 「恒
被
堅 誓 慈 悲 甲 」 即 金 剛 護 菩 薩 、 亦 云 金 剛 甲 冑 菩薩
。 「摧
破 魔 羅 勝 軍衆
」 即 金 剛藥
叉菩
薩 、亦
云 金 剛 牙 一 一澄観と密教 (遠 藤)
〔 5 )
菩
薩
。 「 堅 持 諸 佛 所 祕 門 」即
金 剛拳
菩 薩 。 又如
乘
聲濟
物
、 即 日 觀音
、手
中 雨 華 便 名 華手
菩薩
等
、 皆 随 徳 随 宜 也 。 『演
義 鈔 』 で は 「有
偈 」 と さ れ て い る が 、 『 金 剛 頂瑜
伽 修 習 毘 盧 遮 那 三摩
地 法 』 の 冒頭
の 偈 、 帰敬
序 「 歸命
毘 盧 遮 那 佛身
口 意業
遍 虚空
演 説 如
来
三 密 門 金 剛 一乘
甚
深 教我 依 瑜 伽 最 勝 法 開
示
如
實
修行
處爲
令 衆 生 顯眞
實
頓 證無
上 正 等 覺弟 子 堅 固 菩 提 心
從 師 已
受
灌 頂位
妙 修 定 慧 恒 觀
察
深 入 業 用
善
巧
門導
諸有
情
勝 菩 提以 四 攝
法
而攝
取
無 厭 大 悲
未
嘗
捨見
行
小 善 便 稱美
無
住
檀
施
等 虚 空能 以 慧
光
破 愚 瞑有
所
樂求
恒 不 逆發 言
先
笑 令 心 喜能
於
妙
法 無染
中善
用 般 若斷
諸 使無 上 法
輪
恒
不 退四 辯 演 説 無 所 畏
諸 佛
衆
生事
業 中恒
被
大 誓 慈 甲冑
摧 敗 魔 羅
勝
軍
衆堅 持 諸
佛
所
祕 門有
具 如 斯衆
徳 者方
堪
印 可爲
傳 授先
佛
聖 仙 所遊
處
種
種
勝 地 或 山 間建
立 精 室布
輪壇
香
泥 塗拭
爲尊
位
燈 明
閼
伽 皆 布 列妙
花散
地 以莊
厳爲
令 衆 生 器 世 間純
一淨
妙爲
佛 土以 此 自 他 清 淨
句
( 6 ) 應 理 思
惟
密 稱 誦 」 と完
全 に 合 致 し て お り 、 そ こ か ら の 引 用 で あ る こ と が確
認 さ れ る 。 澄 観 の 理解
に よ れ ば 、 『 金 剛 頂瑜
伽
修
習 毘 盧 遮 那 三 摩 地 法 』 の 帰 敬 序中
の各
句
は 十 六 大 菩 薩 の 行 徳 を 示 す も の で 、 菩薩
の各
々 の名
号
は そ の 功 徳 に由
来
す
る も の だ と いう
こ と に な る 。 金 剛 笑 菩薩
な ど は そ の 行 徳 と し て 「 發 言先
笑
令 心 喜 」 と あ り、 名 号 の 由 来 と し て そ れ を 解す
る に し て も 、 そ れ は 直 示 的 で あ る が、 中 に は そ の 対 応 関 係 の 理解
が 容 易 で な い も の も 含 ま れ る 。 し か し末
尾 に も改
め て観
音 菩 薩 と 華 手 菩 薩 の場
合
を 挙 げ て 、 「 又 如 乘 聲 濟物
、 即 日觀
音
、手
中 雨華
便名
華
手菩
薩
等
、 皆 随 徳 随 宜 也 。 」 と 述 べ 、菩
薩
の 名 号 が行
徳 に 由 来 す る こ と を 言 っ て い る の で あ る か ら 、先
の 十 六 大菩
薩 の名
号
は 例 外 なく
帰
敬 序 に 示 さ れ る 行 徳 に 由 来 す る と いう
こ と な の で あ ろう
。 し か し 、 こ こ で 問 題 と な る の は 、 帰 敬 序 の各
旬
が如
何
に 十 六 大 菩 薩 の 行 徳 を指
示
す
る も の と 理 解 し得
た の か と いう
こ と で あ る 。 『 金 剛 頂瑜
伽
修
習
毘 盧 遮 那 三 摩 地法
』 の 本文
を 参 照 し て み て も 、 帰敬
序 に十
六 大菩
薩 の 行 徳 を読
み 込 む べ き こ と は指
示 さ れ て い な い し 、 先 に も 述 べ た よう
に 、各
句 に 直 ち に 当 た っ て み て も 、 そ れ ら が 十 六 大菩
薩
を暗
示 す る も の と 予 見 す る こ と は相
当 に 困 難 で あ る 。 こ の 『 金剛
頂 瑜 伽修
習 毘 盧 遮那
三 摩 地 法 』 に は 直 接 の 註 が存
在智 山学 報第五十四輯 せ ず 、 帰 敬 序 と 十 六 大 菩 薩 の 対 応 関
係
の 根 拠 は 極 め て 不 明 瞭 で あ る 。 ま た 大 正蔵
経 を 跋 渉 し て み て も 、 類 似 す る 記 述 は全
く 見 出 さ れず
、 そ の 文 献 的裏
付
け を 期待
す る こ と は で き な い 。 そ れ で は 澄 観 は 如 何 に し て 以 上 の よう
な 対 応 関 係 を 披 歴 す る に到
っ た の で あ ろう
か 。 こ れ に は い く つ か の 可 能 性 が 考 え ら れ よ う が 、 凡 そ 二 つ の 可能
性
に 約 め ら れ よう
。 一 つ に は 、 澄 観 の 全 く独
自 な解
釈 と いう
可 能 性 、 二 つ に は従
来 説 の 継 承 と いう
可 能 性 で あ る 。 『 演 義鈔
』 の当
該 箇 所 で は 、 『 金 剛 頂 瑜 伽修
習 毘 盧 遮 那 三摩
地 法 』 に於
け る 菩 薩 の 名 号 と 功 徳 の 対 応 関 係 は 例証
と し て 用 い ら れ て い る の で あ る か ら 、 例 証 と し て の 説得
力 を期
待
す
る な ら 、殊
に そ の 対 応 関 係 が 必 ず し も 明 瞭 で な い も の ま で 含 ま れ て い る こ と を 考 え 合 わ せ る な ら 、 従 来説
の継
承
と い う 可 能 性 を 考 え る べ き で あ ろう
。 こ の よう
に 従 来 説 の 継 承 と考
え る に し て も 、 果 た し て 所謂
「 註 」 の よ う な ま と ま っ た 形 で の書
物
の 存在
を 積 極 的 に 仮定
す
べ き で あ る か は 、 あ ま り は っ きり
し て こ な い 。 ま た 『 金剛
頂 瑜伽
修
習
毘
盧 遮 那 三 摩 地 法 』 を指
し て 「 有 偈 」 と 言 っ て い る点
も 訝 しく
思 わ れ る 。 『 演 義 鈔 』 に 「 有 偈 」 と し て 引 用 し て い る 箇 所 に は 七 例 が 有 り 、 こ の 内 の 二 例 は 『金
剛 頂 瑜 伽 修 習 毘盧
遮 那 三 摩 地 法 』 の 文 章 と 確 認 で き 、残
り
の 五 例 に つ い て は 次 の 通 り で あ る 。( 7 )
謂 有 偈 云 。 諸 論
各
異 宗 。修
行 理 無 二 。 競 執 有 是 非 。 達者
無 違 諍 。( 8 )
如 有 偈 云 。 眼 識 九 縁 生 。
耳
識 唯 從 八 。鼻
舌身
三 七 。 後 三 五 三 四 。若
加 等 無 間 。於
前各
加 一( 9 )
有 偈 云 。 以 有 空 義 故 。 一
切
法
得 成 。若
無 空 義 者 。 一 切 則 不 成 。( 10 )
如 有 偈 云 。 我
今
解
了 如 来性
。 如 来今
在
我 身 中 。 我 與 如 来 無 差 別 。如
来 即 是 我 眞如
。( 11 )
謂 有 偈 云 。 多 聞 及 見 諦 巧
説
亦 憐 愍 不 退 此 丈夫
菩 薩勝
依 止 。 ( 12 ) ( 13 ) 先 ずの 「 有 偈 」 は 『 高
僧
傳
』 及 び 『 歴代
三寶
紀 』 の 「 求 那 跋 摩 傳 」 に 見 ら れ る 「 説 論各
異端
。 修 行 理 無 二 。 偏 一 一澄観 と密教 (遠 藤)
執
有 是 非 。 達 者 無 違 諍 。 」 に合
致
す る 。 こ の場
合
は 、 先 に 「 此 即求
那 跋 摩 遺文
偈
也 」 と 有 り 、 そ れ を 受 け て の 「有
偈
」 と の意
と 理解
で き る 。の 「
有
偈 」 は 、 澄観
より
時 代 の 先行
す る典
籍 に そ の 記 述 が見
受 け ら れず
、 僅 か に 後代
の 宝 臣撰
『注
大 乘 入楞
伽 ( 14 )經
』 の 「如
有 頌 云 眼 識 九縁
生 。 耳 識 唯從
八鼻
舌 身 三 七 。後
三 五 三 四 。若
加
等
無 間 。於
前
各
増
一 。 」 及 び 普 泰撰
『 八 識 規 矩 補註
』 の 「 故 頌 云 。 眼 識 九 縁 生 。 耳 識 唯從
八 ( 除 明 縁 也 ) 鼻 舌身
三 七 ( 除 空 明 二 縁 也 )後
三 ( 指 六 七 八 三 識 ) 五 ( 15 ) 三 四 ( 指 縁 而 言 ) 。若
加 等無
間 。從
頭
各
増 一 。 」 に 同様
の 引 用 が な さ れ る の み で 、 そ の各
々 で も 典 拠 に つ い て は 明 瞭 に し て い な い 。 こ の直
前
に 「 唯 識第
四 云 。由
此 五識
倶 有 所依
。 定 有 四 種 。 謂 五 色 根 六 七 八 識 。 随 闕 一 種 必 不轉
故
。 同 境 分 別 染 淨 根 本 所依
別 故 。 」 と し て、 『 成唯
識論
』 か ら の引
用
を 正確
に行
っ て は い る が 、 先 のと は 異 な り 、 こ こ で は 『 成 唯 識 論 』 を
受
け て 「有
偈
」 と は し て い な い 。 〔 16 )の 「 有 偈 」 は 『
中
論 』 觀 四諦
品第
二 十 四 か ら の 引 用 で あ る 。 こ こ はと 同 様 に 、 先 行 し て 「
言
以 有 空義
故
一 切法
得
成者
。亦
四 諦 品 文 。 」 と 述 べ て お れ ば 、 そ の 言 を 受 け て 「有
偈 」 と し て い るも
の と解
さ れ る 。の 「 有 偈 」 に 相 当 す る
記
述 は 、 こ の 直前
に 引 用 さ れ て い る 『攝
大
乘
論 』 、 及 び そ の 註 で あ る 「 無性
釋 」 「世
親
釋
」 を 始 め と し て 、 大 正 蔵経
に そ れ を 求 め て み て も 、 一 切 見 当 た ら な い 。 ( 17 )の 「 有
偈
」 は 、 こ の直
前
に 引 用 さ れ て い る 『 大乗
荘嚴
經 論 』 に 同 じ く見
出 さ れ る 。 以 上 の よう
に 見 て み る と 、 同 じ く 「有
偈 」 と 言 っ て は い て も 、 大 別す
る と 二 種 に 分 け る こ と が で き よう
。 一 つ に は、 先 行 し て 引 用 さ れ た典
籍
を指
示 す る 場 合 、 二 つ に は 先 行 し て 引 用 さ れ た 典 籍 と 無 関係
な場
合
で あ る 。 前 者 に はが 該
当
し 、 後 者 はと い
う
具合
に 区分
で き よう
。 し か も 、 こ の 後 者 の 場合
に は 、 先行
し て 引 用 さ れ た典
籍 と 無 関 係 だ と いう
だ け で は な く 、大
正蔵
経所
収
の 諸 典 籍 に 如 何 な る 痕 跡 も 見 出 さ れ な い と いう
こ と で あ れ ば 、 こ れ は 書 物 と し て の 体 裁 を 取 ら な い某
か の断
片的
記
述 を示
唆 し て い る も の と も 考 え ら れ る 。智 山学 報第五十四輯 こ の よ
う
に 見 て く る と 、 『 金 剛 頂 瑜伽
修
習
毘 盧 遮 那 三 摩 地法
』 は 極 め て奇
妙
な 位置
付 け と な る 。 こ れ は 、 先 行 す る 引 用 と無
関
係 で あり
な が ら、 明確
に そ の典
拠
が 判 明 す る も の で あ り 、先
の 二 種 の 分 類 の 何 れ に も 属 す こ と が な い 。 し か し 、 こ の 『 金 剛頂
瑜 伽 修 習 毘 盧 遮 那 三摩
地法
』 は 三 崎良
周 博 士 ・ 苫米
地 誠 一 氏 に よ り 金剛
智 訳 の 信憑
性
が疑
わ れ て おり
、澄
観 が そ れ を 指 し て 「 有 偈 」 と表
記 し た こ と は 、 そ の 成 立 に 関 わ る事
情 を 示 唆 し て い る も の と考
え ら れ る 。 澄観
は極
め て 正確
に 『 金 剛 頂 瑜 伽 修 習 毘盧
遮 那 三 摩 地 法 』 か ら の 引 用 を 行 っ て い る の で あ る か ら、 漠然
と 「 有 偈 」 と 言 っ た わ け で は な い は ず で あ り 、 そ の よう
に 言 わ ね ば な ら な い 特 別 な 理 由 を求
め る 必 要 が あ ろ う 。 題 目 だ け を伏
せ て 、内
容 を 露 に し て い る と いう
こ と で あ れ ば 、 密 教 の 秘 密 主義
に起
因 す る内
容
上 の 問 題 と は 考 え に くく
、 寧 ろ、 澄観
在
世
時 に は 『 金 剛 頂 瑜 伽 修 習 毘 盧 遮 那 三摩
地 法 』 を 「 有 偈 」 と し て の み指
示
し 得 た 、 つ ま り 題 目 を伴
っ た ( 18 ) 一定
の 書物
の体
裁 を 未 だ 取 っ て い な い 状 態 に 在 っ た の で は な い か と の 予 想 が つ く の で あ る 。 『 金 剛 頂 瑜 伽 修 習 毘 盧 遮 那 三摩
地 法 』 が 十 分 に 整 備 さ れ て い な い 状 態 に 在 っ た と す る な ら 、 そ の 注 釈書
の存
在
を 敢 え て 想定
す る 必 要 も 無 い の で あ ろう
が 、先
の 帰敬
序 と 十 六 大菩
薩 の対
応 関 係 も 、密
教 教 団 内 の断
片
的 記 述 、 或 い は 口 説 の 類 が 予 想 さ れ る の で あ り 、 こ の こ と は 澄観
の 密 教 に 対 す る 関 わ り の 深 さを
示す
証 左 と な ろう
。 一二
梵
語
の字
母
に
つ いて
十 地 品 の 冒 頭 で 「爾
時解
脱 月 菩薩
、 重白
金剛
藏
菩薩
言 。佛
子 、 願 承佛
神
力 、 分 別 説 此 不 思 議法
。 此 人 當 得如
來 護 念 、 而 生 信受
。 何 以故
。説
十 地 時 、 一 切 菩 薩 、法
應如
是 得佛
護
念 。 得 護 念 故 、 於 此 智 地能
生 勇 猛 。 何 以 故 。 此 是菩
薩
最 初所
行
、 成 就 一 切 諸佛
法故
。譬
如
書
字 數 説 一 切皆
以 字 母爲
本 、 字 母究
竟
、 無 有 少 分離
字 母 者 。 佛 子 、 一切
佛
法
( 19 )皆
以 十 地爲
本 、 十 地 究 竟 、 修 行 成 就 得 一切
智
。 是 故 佛 子 、 願 爲 演 説 。 此 人 必 爲 如 來 所護
、 令 其 信 受 。 」 と あ る経
文
澄 観 と 密 教 (遠 藤) を
解
釈 す る 場 面 で 『 金 剛 頂 瑜 伽 字 母 』 が援
用 さ れ て い る 。 こ こ で は 、 字 母 が言
語 の 基本
で あ る よう
に 、 十 地 の 智 は諸
仏法
の 本 で あ る旨
を説
示
し て い る が 、 『演
義
鈔
』 で は こ の 「 字 母 」 を 巡 っ て 『 經 疏 』 の 註釈
に更
に詳
細
な 注解
を 施 し て い る の で あ る 。 そ の 内 、 『 金 剛 頂瑜
伽
字
母 』 が 引 用 さ れ て い る 箇 所 を挙
げ れ ば 、 次 の 通 り で あ る 。疏 十 四 音 者 、 此 下 疏 釋
論
。 此 譯 帶古
。 然 聴字
合 是 第 十 四字
。 若準
興善
三 藏 譯 金剛
頂 瑜 伽 字 母 云 、=
阿 ( 上 ) 、二 阿 ( 長 ) 、 三 伊 ( 上 ) 、 四 伊 ( 長 ) 、 五 塢 、 六 汚 、 七 唱 唱 ( 引
き
、 八 力 噫 ( 引 ) 、 九 噎 、 十愛
、 十 一 汚 、 十 二 奥( 引 ) 、 十 三 暗 、 十 四 惡 」 。
其
里 梨字
即 金 剛頂
中 唱 唱 字 。 嘘各
是 二 合 故 成 十 四 。 其 奧 字 云 引者
、 更 有 三 藏 説 、 「 十( 20 )
二 字
中
上 六前
短
後 長、 下 六前
長 後短
」 則奥
字
不 合 引 。 西方
異 同故
。 今 具出
。 こ こ で 「 疏 十 四音
者
、 此 下 疏 釋 論 」 と言
う の は 、 『 經 疏 』 で 「 字 者 、論
云 「 驢 阿 等 」 者 、 即 十 四 音 正 是字
體 。 字 即( 21 ) 文 也 。
等
、 餘 十 二 。 然 有 十 四音
。 二 音 不 入字
母 。 謂 里 梨 二 字 。 」 と す る 箇所
を 指 す 。 こ れ に よ れ ば 『 十 地經
論
』 で 「 字 者 隠 阿等
音
」 とす
る の は 十 四 音 を 意 味 す る も 、 そ こ に 「 里 」 「 梨 」 の 二 字 は字
母 と し て 扱 わ れ て い な い と 言う
の( 22 ) で あ り 、 こ の よ
う
な 解 釈 を 指 し て 『 演義
鈔
』 で 「 此 譯 帶 古 」 と し て 退 け て い る の で あ る 。 そ こ で 、 不空
訳 の 『 金 剛( 23 )
頂
瑜 伽 字 母 』 に依
拠
し て、 十 四 の字
母 が 有 る と 主 張 す る 。 こ の 『 金 剛 頂瑜
伽
字
母 』 と は 『瑜
伽
金剛
頂 經釋
字 母 』 の こ と を 指 し て い る の で あ ろう
が 、 そ こ で は 当該
箇
所
に 次 の よう
に 有 る 。阿 ( 上 ) 字
門
一 切 法 本不
生 故 阿 ( 引 去 ) 字 門 一 切 法寂
靜 故伊 ( 上 ) 字
門
一 切 法 根不
可 得故
伊
( 引 去 ) 字 門 一 切法
災 禍 不 可 得 故塢
字 門 一 切法
譬
喩 不 可得
故汚 (
引
) 字 門 一 切 法損
減 不 可 得故
哩 字 門 一 切
法
神
通 不 可得
故哩 ( 引 ) 字 門 一 切 法
類
例 不 可 得故
一 一智山学報 第五十四輯
唱 字 門 一 切
法
染
不 可 得 故嘘 字 門 一 切 法 沈 沒 不 可 得
故
噎 字 門 一 切
法
求
不 可 得 故愛 字 門 一 切 法 自 在 不 可 得
故
汚 字 門 . 切
法
瀑
流 不 可 得故
奥
字 門 一 切 法 化 生 不 可 得故
暗 字 門 一 切
法
邊
際 不 可 得 故惡 字 門 一 切 法 遠 離 不 可 得
故
こ こ で 注 意 せ ね ば な ら な い の が 、 「
其
里 梨 字 即 金 剛 頂 中 唱 唱 力 嘘 。 」 と いう
こ と に つ い て は 、 恐 ら く は 「 唱 唱 」 が 「 哩 」 「 哩 ( 引 ) 」 、 「 力 嘘 」 が 「 唱 」 「 嘘 」 に そ れ ぞ れ 対 応す
る と いう
こ と な の で あ ろう
が 、 そ れ に 続 け て 「 各 是 二 合故
成
十 四 」 と 述 べ 、 「 唱 」 と 「 唱 」 、 及 び 「 力 」 と 「 噫 」 は 合 し て 一 字 と す る た め 、 十 四 の 字母
と な る と し て お り 、 こ れ に つ い て は 現行
の 『 瑜 伽 金 剛 頂 經 釋 字 母 』 に 見 当 た ら な い解
釈
だ と い う 点 で あ る 。 ま た更
に 「 其 奥字
云 引者
、 更有
三藏
説 、 「 十 二 字 中 上 六 前短
後 長 、 下 六前
長後
短
。 則奥
字
不 合 引 。 」 と も 述 べ 、 こ れ に つ い て も 文献
に見
受 け ら れず
、 或 い は 口 説 の 類 を 想定
せ ね ば な る ま い 。 ま た 、先
の よう
に 「 唱 唱 」 「 力 嘘 」 が現
行
の 『 瑜 伽 金 剛 頂 經 釋字
母 』 の 「 哩 」 「 哩 ( 引 ) 」 「 唱 」 「 嘘 」 と 一 致 し て い な い こ と か ら す る と、 散佚
し た 異 本 の 可 能性
に つ い て も 考 え て お く 必要
が 有 る か も し れ な い 。澄
観
は こ の よう
に 『 金 剛頂
瑜
伽 字 母 』 を援
用 し な が ら字
母 に 関 し て 詳 細 な解
説
を施
し て い る の で あ る が 、 他 に も 古 三蔵
の 説 、 ま た 般若
三 蔵 の説
と し て梵
字 の 註 釈 に 紙幅
を 大 幅 に 割 い て い る 。 『 演義
鈔 』 で は 下 の 四 十 二 字 門 解 釈 の箇
所
に て 「 然古
諸 徳 於 此 經中
不
多
解 釋 。 靜 法 有 章 名 爲液 六 門 分
別
。 一 釋名
。 二 體 性 。 三 建 立 。 四 釋相
。 五 利 益 。 六 問答
。 而 其 釋相
亦廣
引 諸 經而
不
全 具 。 又 諸 經 字 音參
雜 、 以 梵 音輕
重 三 藏 解 釋 不看
下義
、但
取
字 同 故 多乖
舛 。如
涅( 以 ) 槃 以 阿 字 爲 聴 不
中
以 囃 字 爲多
。 此 等 不 以義
定
故 多 訛 謬 。 」 と 述 べ て お り 、 そ の 解 釈 に 際 し て 、 澄 観 は 梵字
の知
識
の 必 要性
を 痛 感 し た こ と で あ ろう
。 既 に 『 經 疏 』 か ら も 、 実 践 の 上 で殊
に 四 十 二字
門 を 重 視 し た 態 度 が 窺 え る の で あ り 、 恐 ら く は 、先
の よう
な 字母
・梵
字 に 関 わ る 詳 細 な 解 説 は 、 そ の 目 的 の 元 で梵
字
の 習 得 に専
注 し た 痕 跡 と し て 捉 一 一澄観と密 教 (遠藤) え る こ と が で き る で あ ろ
う
。三
文
殊
菩
薩
に
つ いて
1
文
殊
菩
薩 の容
姿
・ 徳性
文 殊菩
薩
の 容姿
・徳
性 に つ い て 『 經 疏 』 で は 「清
涼 山 、 即 代 州 雁 門 郡 五 臺 山 也 。 於 中 現 有清
涼寺
。 以 歳積
堅 冰 夏 仍 飛 雪 、曾
無
炎 暑故
日 清 涼 。 五 峰聳
出 頂 無 林 木 、有
如 壘 土 之 臺 、 故 日 五 臺 。表
我 大 聖 五智
已 圓 、 五 眼 已 淨 、總
五 部( 25 ) 之
眞
祕 、洞
五 陰 之眞
源
。 故首
戴
五 佛 之 冠 、 頂 分 五方
之髻
、 運 五乘
之 要 、 清 五濁
之災
矣
。 」 と 述 べ て い る 。 そ こ で は 、 文殊
の 容姿
・ 徳 性 は法
数
の 五 に 深 く 関 わ り 、 文殊
の 住 処 と さ れ る 五 台 山 は 正 し く そ の 「 五 」 を 表 示 し て い る の だ と し て い る 。 こ の 『 經疏
』 の表
現 か ら し て 極 め て 密 教 的 色 彩 が 濃厚
な の で あ る が 、 『 演 義 鈔 』 で は 、 そ れ ら は 『金
剛 頂瑜
伽 』 に由
来 す るも
の と 言明
し て い る 。 以 上 の 『經
疏 』 の 一文
に 対 し て 『 演 義鈔
』 で は次
の よ う な解
釈
を 付 し て い る 。 疏 。 「 表 我大
聖 」 下 第 二 彰 其 所 表、 多 出 金 剛 頂 瑜 伽 。亦
有
以 理 推 析 。 言 「 大 聖 」 者 即 文殊
也 。 不 指 其名
直 言 大 聖 。今
山 中 稱 念但
云 大 聖菩
薩
。 即 舉總
稱
別指
吉
祥 耳 。言
「 五 智 」者
。若
準
佛
地 經 論 、 五法
攝 大覺
性 。 謂 四智
菩提
、 ]眞
法 界 。依
金 剛 頂 即 = 呉法
界名
清
淨法
界智
、 故 成 五 智 。 二 「 五 眼 」 可 知 。 三言
「 五 部 」者
、 一 佛部
、 二 金 剛 部 、 三 寶 部 、 四 蓮 華 部 、 五羯
磨 部 。 一 切諸
天 眞 言皆
屬
寶部
。諸
鬼 神眞
言
矚
羯 磨部
。 四 「 五 陰 」 者 即我
五 陰 、表
是 五臺
中 有 大覺
、 即 不動
智
佛妙
慧自
在
、 即 是文
殊 。 五言
「 首 戴 五 佛 之 冠 」 者 、 諸大
菩 薩多
有 此 冠 、 而 大 聖不
論
戴 冠 。 六 復 常有
「 五 髻 」 。 然 諸 五義
類 例 大 同 。 謂 當 中 髻 即 中 臺表
之毘
盧 遮 那佛
居 。 是佛
部 主 法 界 清 淨 智 亦 佛 眼 也 。其
東 一 髻 即是
東
臺是
阿佛
居 爲 金 剛 部 主 。 是 大圓
鏡 智 即 是慧
眼 。 其南
一 髻 即是
南 臺寶
生如
來 所 居 。 是 寶智山学報 第五 十 四輯 部 主
是
平
等 性 智 。 即 是 天 眼 。 其 西 一髻
即 是 西 臺 阿 彌 陀如
來 所 居 。 是 蓮 華 部 主 。 即 妙 觀 察智
即
是 法 眼 。 其 北 一 髻 即是
北 臺 不 空 成 就 如 來 所 居 。是
羯
磨 部 主 是 成 所作
智 。 即 是 肉 眼 。 七 若 配 「 五乘
」 、 中 即佛
乘
、 東 菩薩
乘
、 南 縁 覺乘
、 西 聲 聞乘
、 北 是 人 天 乘 。若
人 天 乘 別 、 北 即 人乘
、 合 佛菩
薩
、 餘 如 次 第 。 八 若 「 清 五濁
」 但 取 五 不 同 、 不 必如
次
。 若 配 「 五 陰 」 、 中 即 識 陰 、東
爲
行
陰 、 南爲
想 陰 、 西 爲 受 陰 、 北爲
色 陰 。 例 爲 其 次 識 爲 主 故 。 然 五 如 來〔 26 )
皆
有
種
子
。 一 一 觀 行各
各
不 同 。學
密
教 者方
知 其 要 。今
但
略 屬而
已 。 こ こ の解
釈 の内
、 「 五智
」 「 五 眼 」 「 五 部 」 「首
戴 五 佛 之 冠 」 「 五髻
」 は密
教 的 な 内 容 を 有 し て い る 。 「 五 智 」 に つ い て は、 澄 観 の 言 を 借 り る な ら 、 顕 教 の 『佛
地 經 論 』 で は 四 智 と 一 法 界 と解
さ れ る も、密
教 の 『 金 剛 頂 』 で は そ の 一 法 界 が 「清
淨 法 界智
」 と さ れ 、 理 で は な く 智 と し て 扱 わ れ る の で 、 顕 教 で 言う
四 智 に 対 し て 五 智 が 言 わ れ る と いう
こ と で あ る 。 澄観
は 『 金 剛 頂 瑜 伽 』 、 あ る い は 『 金 剛 頂 』 に依
る と し て い る が 、 「 五 智 」 と いう
用 語 及 び そ の各
々 の 智 の 名称
は 『 金 剛 頂經
』 に は 直 接 出 て お ら ず 、 ま た 「 五 部 」 等 に つ い て も 同様
に 見 当 た ら な い の で 、直
ち に 『 金 剛 頂 經 』 だ け を 取 り 上 げ て そ の よ う に 言 っ て い る と いう
わ け で も な さ そ う で あ る 。寧
ろ 、 例 え ば 『 金 剛 頂 瑜 伽略
述 三 十 七尊
心 要 』 に 「夫
修
行
者
初 發 信 心 、 以 表 菩 提 心 。 即 大 圓鏡
智哩
娜
野 心 、 是 衆 生肉
心
。 安 吽 字 爲種
子 。 所 變種
子 爲 月 輪 。 於輪
光
明 中 、 想 五 智 金 剛杵
光
明 照徹
。 即 易杵
爲 金 剛 薩、 即 普
賢
菩
薩 之 異 名 。 此表
東 方 阿如 來 金 剛
部
也 。 即 大 圓 鏡智
是 也 。 次南
方
福 徳 聚寶
生 如 來 、持
摩 尼寶
瓶 、 與 一 切 如 來 灌頂
。 即 虚 空 藏 菩薩
。 執 摩 尼寶
珠 、 成 滿 一 切 衆 生所
求 之 願 。 由 此 福徳
積
聚 功 徳 、無
量 無邊
赫
奕威
光
願 滿 。 此 乃寶
生 如來
寶 部 所 攝 也 。 即平
等 性 智 也 。 次 西方
阿 彌 陀 如來
、表
一 切 如 來 三摩
地 智 。 即觀
自
在菩
薩
。 由 初 發 心 便 能轉
法 輪 、 辯無
言 説 、 理 無 涯際
、 語 部 所 收 、 能 令衆
生 聰 明 利智
。 此 乃 西 方 阿 彌 陀 如 來 法 部 所攝
也 。 即妙
觀察
智
也 。 次 禮 北方
不 空成
就 如 來 也 。 以大
慈 方 便 、 能 成 一 切如
來事
業
、 及 以衆
生事
業 。 由毘
首 羯 磨 菩薩
善
巧智
方
便
、畢
竟
不 退 、 坐 菩 提 道 場 、 降 伏 衆 魔 、多
諸
方
便 無令
沮 壞 。 亦 能 變 虚 空 爲 庫 藏 、其
中
珍 寶 滿 虚 空 中 、 供養
十 方微
塵 一 切諸
佛
。 此 虚 空庫
菩
薩 、即
毘首
羯 磨 菩 薩 之異
名 。 一 一澄観 と密教 (遠藤 ) 行 願
所
成 印 、 縛 堅 固解
脱 之 門 。若
能
護 持 三密
門 也 。 大拳
印 方便
。 此 乃不
空 成 就 如來
業
部所
攝 。 即 成 所 作智
也 。 其 中 方 毘盧
遮 那佛
。 即如
來
部
也 。報
身
圓 滿、 萬徳
莊
厳 。 於須
彌 盧頂
寶 峰樓
閣
大 摩 尼 寶 殿 、 坐 金 剛 臺 、 成 等 正覺
、降
伏衆
魔 、於
諸 毛 孔 放 大光
明
。 十方
如
來
及 諸 聖 衆 、咸
来 同 證 。 十 地滿
足菩
薩
、 皆 歸 此會
。各
處 本 方 座位
、 住 三摩
地 心 。 皆 從 毘盧
遮 那如
來 心内
智
中 、 流出
無
量 無 邊 祕密
法
門 。菩
薩
修行
相 應 三昧
、 瑜 伽 理智
滿
法 界 心 、 此 大 菩 提 五智
圓 滿 、 即〔 27 ) 毘
盧
遮 那 如來
眞如
法
界
智 、處
中
位
也 。 」 と あ る よう
な 解釈
を 参 照 し た も の と 言 え る 。 『 演 義鈔
』 に よ れ ば 、文
殊
の 「 五髻
」 は 「 五智
」 「 五 眼 」 「 五 部 」 「 五 佛 」 と 次 の よう
な 対 応 関係
が 有 る と いう
。 五 五 五 五 五佛
部
眼智 髻
中 法 界 清 淨智
佛 眼 佛部
毘 盧 遮 那佛
東 大圓
鏡
智
慧 眼 金剛
部
阿佛
南 平等
性
智 天 眼 寶部
寶
生 如 來 こ れ ら の対
応 関係
の 根 拠 に つ い て 、 澄観
自身
何
も 指 示 し て お らず
、 先 の 『 金 剛頂
瑜伽
略
述 三 十 七尊
心 要 』 で も 明 か で あ る が 、 そ れ ら と 剛頂
經
曼殊
室 利菩
薩
五 字 心 陀 羅 尼 品 』 に は 「 五方
如
來 皆 在 於 頂 五髻
之 上 」 示唆
さ れ て お れ ば 、 恐 ら く は こ の 記 述 が媒
介 と な っ て 「 五 髻 」 る 。 「 五 佛 」 と 「 五 髻 」 の 関 係性
は 『 金 剛 頂經
曼
殊 室 利菩
薩 五 字 心 陀 羅 尼 品 』 を参
照
す
る こ と で 、 一応
の解
決
が つ く が 、文
殊 が 「 五佛
之 冠 」 を 被 っ て い る と いう
こ と に つ い て は 、 『 大 乘 瑜 伽 金 剛 性海
曼
殊
室 利 千 臂 千 鉢 大 教 王 經 』 の( 29V 「 其 曼 殊
身
上 著 於 百寶
。 種 種 瓔珞
妙
寶
天 衣 。 頂背
園
光 頂 有 五髻
。 頭 上有
七寶
佛 冠 。頂
戴
五 佛如
來 。 」 とす
る 記 述 に 基 西 北 妙 觀察
智
成 所
作
智 法 眼肉 眼 蓮 華
部
羯
磨部
阿 彌陀
如 來不
空 成 就 如來
こ の 内 「 五 智 」 「 五 部 」 「 五 佛 」 の 対 応関
係 は 「 五 髻 」 の 関 係 性 に つ い て は 明 瞭 で な い 。 『 金 ( 箆 )と あ り 、 「 五
佛
」 と 「 五髻
」 の 関 係 性 が と そ れ ら を 対 応 さ せ る に到
っ た と考
え ら れ る の で あ 一 一智山学報 第五十四輯 つ く も の と 考 え ら れ る 。 こ の よ
う
に 見 て く る と 、 『 演義
鈔
』 の 言 に よ れ ば 、 「 文殊
の 容姿
・ 徳 性 は 『 金 剛 頂 瑜 伽 』 に 由 来 す る 」 と いう
こ と で あ る が 、 実 に澄
観 の 解 説 は 金 剛 頂系
の 典 籍 を 縦横
に 駆 使 し た内
容 を 有 し て おり
、 『 金 剛 頂 瑜 伽 』 と は せず
に 、 「 金 剛 頂 瑜伽
」 と し て 金 剛 頂系
の諸
典 籍 を 指 示 す る も の と 考 え た 方 が 宜 し い よ う に 思 わ れ る 。 澄観
に と っ て文
殊
菩薩
は 、 徹 底 し て 密 教 の尊
格
で あ っ た の で あ る 。 更 に 、 こ の 法数
の 「 五 」 に 関 わ る 対 応 関 係 で は、 五 台 山 を 構 成 す る 五台
と の 対 応 も 考 え ら れ て お り 、 『 經 疏 』 で 言う
よう
に 、 そ の文
殊 の 徳 性 を 表 す 五台
山 と い う こ と で あ れ ば 、 こ の 五 台 山 自身
も 密 教 的 に 把 握 さ れ た と いう
こ と に な る 。 こ の よう
な 考 え 方 は 文 献 的 に根
拠 を 求 め る こ と が で き ず、 澄 観 の 独 創 か 、 或 い は 密 教 教 団 の 側 が提
唱 し た 説 で あ る か、 甚 だ 不 明 瞭 で は あ る が 、 『 演義
鈔
』 で そ の 説 を 積 極 的 に 披 歴 し て い る と い う こ と で あ れ ば 、 少 な く と も 澄 観 に は、 五台
山 は 密 教 道 場 が 如 き存
在 と し て 了解
さ れ て い た と 言 え る の で あ る 。 し か し 、 そ の 当 時 に は 仏 頂 尊 信 仰 が 隆 盛 し て い た こ と、 ま た 壮 麗 な 金閣
寺 が 建 立 さ れ て い た こ と な ど を併
せ て考
え る な ら 、 単 に 澄観
個 人 の印
象
に 還 元 さ れ る と いう
だ け で は な い だ ろう
。 ま た 、 上掲
の 文 の 末 尾 で 「 然 五 如 來 皆 有種
子 。 一 一觀
行
各
各
不 同 。學
密
教者
方
知
其
要 。 」 と あ り 、 読 者 に密
教 の習
学
を 奨励
し て い る 。 『 演義
鈔
』 の 序 で は 「晉
譯
幽祕
、賢
首 頗得
其
門 。 唐 翻 靈 編 、後
哲 未 窺 其奥
。 澄 觀 不揆
膚
受
、 輒闡
玄 微 。 偶 溢 九 州 、 遐 飛 四 海 。講
者 盈 百 、咸
扣余
日 。 「 大 教 趣 深 、 疏 文 致 遠 。親
承
旨 訓 、 彷 彿 近宗
。 垂範
千古
、 慮 惑 高 悟 。希
垂 再 剖 、 得 睹光
輝 」 。順
斯
雅懷
、 再 此 條 理 、名
爲 随 疏 演義
。 昔 人 云 。 「 人 在 則易
、 人 亡 則 難 。 」今
爲
解
( 30)
釋
、 冀 遐方
終
古 、得
若 面會
。 」 と 言 っ て い る こ と か ら す る と 、 そ の読
者 と は 直 接 的 に は 澄 観 の 門 人 ら と いう
こ と に な る が 、 広く
は 『華
厳 經 』 を 学 ぶ者
全 般 を対
象
と す る こ と が 企 図 さ れ て おり
、 先 の 密 教 の 奨 励 は 、 『華
厳
經
』 を 理解
す
る 上 で の 密 教 の 必 要 性 が 主 張 さ れ て い る も の と 言 え 、 澄 観 の 密教
重 視 の姿
勢
が こ こ に も窺
え る の で あ る 。 一332
一澄観と密教 (遠藤)
2
文 殊
菩
薩
の 住 処 既 に 文 殊 菩薩
は 密 教 的性
格
を有
す
る も の と し て 扱 わ れ 、 そ の 住 処 と さ れ る 五台
山 も 同 様 に密
教 的 に 把 握 さ れ て い る こ と が 明 か に な っ た が 、何
故 に 五 台 山 が 文 殊 の住
処 で あ る か に つ い て も密
教
典 籍 に そ の 根拠
を求
め て い る 。 そ こ で は 次 の よう
に述
べ ら れ て い る 。 第 三定
其方
所
。 以 經 不指
國名
但
云東
北
故
、 引經
定 所 。 以 此 經 不 指 者 、 以在
八 方 之 例、 餘 之 七方
皆不
指國
名
在 下 文故
。 今 恐淺
識 者 惑故
、 引 經 證 。 此經
亦 名 八 字 陀 羅 尼 經 、 廣 説 文殊
之 徳 。疏
引 猶 略、 今更
引 之 。 謂 彼經
、 金 剛 密 跡 主菩
薩 問 如 来 云 、 「 文 殊師
利 於 何 處方
面
住 。復
何
方面
能 行 利 益 」 、 如来
答
云 、 「 我 滅 度後
」 、 已 下 疏文
全 引 。 下 有 偈 云 、 「 文 殊 大菩
薩
不 捨 大 悲
願
變 身
爲
童 眞或 冠 或
露
體
或 處 小 兒
叢
遊 戲 邑 聚 落
或
作
貧
窮
人衰 形 爲 老 状
亦 現 饑 寒 苦
巡 行 坊 市
躑
求
乞 衣 財寶
令
人 發 一 施 與滿
一 切 願使 令 發 信 心
信 心 既 發 巳
爲
説 六 度 法領 萬 諸
菩
薩居
於
五 頂 山放
億
衆 光 明人 天 咸 悉
睹
罪
垢
皆
消滅
或
得 聞 持 法一 切 陀
羅
尼祕
密
深藏
門修
行
證實
法
究 竟佛
果 願具 空 三
昧
門習 盡 泥
路
文
殊
大 願力
與 佛 同 境 界 」 。 下 更
廣
讃 其 徳 不 能 繁 ( 31 )敘
、 要當
尋
經 。 こ こ で は 、菩
提 流 支 訳 の 『文
殊
師 利寶
藏
陀
羅 尼 經 』 が 引 用 さ れ て い る 。 『 經疏
』 で 既 に 見 ら れ る よう
に 、 「 我 滅 度 後 於 此贍
部 洲東
北 方 有 國名
大 振那
。 其 國 中 間 有 山 號爲
五 頂 。 文殊
師
利 童 子 遊 行 居住
。 爲 諸 衆 生於
中 説法
。 及 有 無 量( 23 ) 無 數 諸 天 龍 神
藥
叉 羅 刹 緊 那 羅摩
喉
羅 伽 人 非 人等
。 圍 繞 供養
恭
敬
於
是 。 」 と あ り 、 文殊
の 住 処 が東
北方
の 大 振 那 国 五 頂 山 で あ る こ と を 言 明 し て い る 。 そ し て 、 こ れ が 中 国 の 五 台 山 を指
す と言
う
の で あ る 。 『 文 殊 師 利寶
藏
陀羅
尼 經 』 訳 出 以前
に 既 に 五台
山 の 文殊
信仰
は 定着
し て お り、 そ れ が 文殊
信仰
隆
盛 の契
機
と な っ た わ け で は な い が 、 五 台 山 が文
殊
の 霊場
で あ る こ と を 決定
づ け る 根拠
と し て 、 以 後重
視
さ れ る よう
に な っ た と 評 さ れ て い る 。 こ の 「 五頂
山 」 は智山学 報第五十四輯 不 空 訳 の 『 大 乗