炭酸脱水酵素ナクレインはカルシウム結合性タンパク質である
宮下 知幸1,3、吉松 慎二2、宮本 裕史1,3、松代 愛三1,3
要 約
ナクレインはアコヤ貝の硬組織に存在する炭酸脱水酵素である。この酵素は一般の炭酸脱水酵素には存 在しない長い繰り返し構造を持つことから硬組織形成に必要な重炭酸イオンを供給するばかりではなく構 造タンパク質として機能していることが予想される。ナクレインのカルシウム結合能を調べた結果、カル シウム結合性であることが解った。結合部位は Gly-Xaa-Asn((Xaa=Asp, Asn, or Glu)を基本とした繰り 返し領域と予想され、ナクレインはこの領域と炭酸カルシウム結晶表面との相互作用を介して、結晶成長 や形態の調節に関与すると考えられる。
緒 言
生物が形成する硬組織には脊椎動物の骨をはじめ様々なものがある。硬組織中最も多いものは無脊椎動 物が形成する炭酸カルシウムを材料とするもので、少量の有機質を含むことにより、天然の炭酸カルシウ ム結晶にはない屈曲性と強度を持っている。このような生物による無機ー有機からなる天然の複合材料合 成は遺伝的に規定されており、常温、常圧下でタンパク質を媒介として行われる。この点は無機質を材料 とし、二酸化炭素を放出しながら膨大なエネルギーを用いて、高温高圧下て行われる工業的素材合成と大 きく異なる点である。生物の硬組織を模倣した新規材料の開発を実現化するためには形成を制御する様々 なタンパク質の機能を解明する必要がある。
炭酸脱水酵素は亜鉛を配位し、水と二酸化炭素から重炭酸イオンと水素イオンが生じる反応を可逆的に 触媒する酵素である。血液や体液の水素イオン濃度の調整等に関係しており、生物におけるその存在は極 めて重要である(1, 2)。したがって、酵素化学的には最も詳細に研究されている酵素でもあり、多くの 研究報告がある。
炭酸脱水酵素ナクレインは無脊椎動物の硬組織形成においてその遺伝子がクローニングされた最初のタ ンパク質である(3)。その遺伝子は外套膜上皮細胞で特異的に発現し、真珠層および陵柱層形成(4)に 必要な重炭酸イオンを供給するとともに主要な構造タンパク質として硬組織に存在している。ナクレイン はアミノ酸配列の類似性からすると炭酸脱水酵素のタイプ II(CAII)である。しかし、タイプ II の大きさ は一般に約 30 kDa であるのに対し、ナクレインの大きさは約 48 kDa と、かなり大きい。これは通常の CAII 触媒領域の後に約 18 kDa の断片が挿入された構造となっているからである。この挿入部の 90% は Gly-Xaa-Asn(G-X-N)を基本とした繰り返し構造から形成されており、他のタイプ II 炭酸脱水酵素と顕著 に異なる領域である。この領域は単独のエキソンから構成されていることから(5)、エキソンシャフリン グにより他の遺伝子から導入されたものと考えられる。繰り返し領域は炭酸カルシウムの結晶層と相互作 用することが予想されることから、今回はナクレインのカルシウム結合能を検討した。
1. 近畿大学生物理工学部遺伝子工学科 2. 近畿大学大学院生物理工学専攻 3. 近畿大学先端技術総合研究所
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材料および方法
(1)ナクレインタンパク質の抽出
真珠真珠層の粉末 20gを 100 ml の 0.5 M EDTA(pH 8.0)で三日間激しく震盪しながら抽出を行った。
抽出後、20,000gで 20 分間の遠心により EDTA 可溶性分画を回収し、透析により溶媒を水に置換した。
凍結乾燥後、10 mM Tris HCl(pH 8.0)に透析し、濃縮して、サンプルとした。
(2)パーリンタンパク質の抽出
Miyashita et al.(6)の方法に準じて行った。真珠真珠層の粉末 20gを 0.5 M EDTA(pH 8.0)で抽出 した後、遠心で得られた EDTA 不溶性分画 100 ml を 0.3 M EDTA(pH 8.0)-8 M 尿素に懸濁した。次に 60。C で一晩激しく震盪して抽出した。20,000gで 20 分間の遠心により EDTA- 尿素可溶性分画を回収し、
透析により溶媒を水に置換した。凍結乾燥後、30 mM Tris HCl(pH 8.0)に透析し、濃縮して、サンプル とした。
(3)SDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動
Laemmli の方法(7)に準じて、カルモデユリン、パーリンおよびナクレイン、それぞれ 10 μg を 10%
濃度の SDS 含有ゲルで電気泳動した。
(4)タンパク質のブロッテイング
ナクレイン、 パーリン、 カルモデユリン、 オブアルブミン、β-ラクトグロブリン、をニトロセルロース フィルターにそれぞれ 0.5μg、1μg スポットした後、室温で乾燥させた。
(5)カルシウム結合実験
タンパク質をスポットしたニトロセルロースフィルターを乾燥後、50 ml の 45Ca(0.185-1.85 GBq/mg Ca, Amersham Pharmacia Biotech)を含む 100 ml の 60 mM KCl, 5 mM MgCl2, 10 mM imidazole-HCl(pH 6.8)に室温で 10 分間浸した。次に純水で軽く洗浄し、乾燥させた。ニトロセルロースフィルターをイメ イジングプレートに接触させた後、Bas 2500(Fuji Film)で解析した。
結果および考察
カルシウム結合性タンパク質として、カルモデユリン(8)とパーリン(9)を、また、カルシウム非結 合性タンパク質としてオブアルブミンとβ-ラクトグロブリンを対象サンプルとした。図1A は実験に用い たカルモデユリン、パーリンおよびナクレインの電気泳動の結果を示しており、ナクレインの純度は高く、
ほぼ単一である。実験の結果、オブアルブミンとβ- ラクトグロブリンは結合しなかったが、カルモデユ リン、パーリンおよびナクレインはカルシウム結合能を示した(図 1B)。タンパク質の分子数はカルモデ ユリンとパーリンはナクレインの3−4倍であることを考慮すると、1 分子当たりの結合数については同 程度と考えられる。
図1 ナクレインのカルシウム結合性
A : カルモデユリン、パーリンおよびナクレインの SDS-ポリアクリルアミ ドゲル電気泳動、N ; ナクレイン、P ; パーリン、C ; カルモデユリン B : カルシウム結合実験
X1; 0.5 μg、 X2 ; 0.5 μg
ナクレインには図2に示すように Gly-Xaa-Asn(G-X-N:Xaa=Asp, Asn, or Glu)を基本とした長い繰り 返し領域を持つ挿入部が存在している。いままで報告された炭酸脱水酵素でこのような構造を持つものは ナクレインの他になく、また、カルシウム結合能を持つ炭酸脱水酵素の報告例もない。したがって、カル シウム結合領域はグリシンに富む、繰り返し領域であると考えられる。この点については、大腸菌で発現 させた挿入部のタンパク質に対してカルシウム結合能を解析して、証明する必要がある。
図2 ナクレインタンパク質の構造:
CAII ; タイプ II 炭酸脱水酵素領域
G : グリシン D : アスパラギン酸 N : アスパラギン 下線部は NGDNGN 配列を示す
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繰り返し領域はカルシウム結合性タンパク質として知られる細菌の溶血毒ヘモリシンのカルシウム結合 領域(10, 11)と似た構造である。ヘモリシンの場合は、グリシンに富んだ Gly-Gly-Xaa-Gly-Xaa-Asp
(GGXGXD)構造が一定の間隔をおいて繰り返し存在し、β-ロール構造を形成して、前後の GGXGXD 構造 間にカルシウムイオンが配位することが知られている。ナクレインの繰り返し領域にこのような配列はな いが、Asn-Gly-Asp-Asn-Gly-Asn(NGDNGN)の繰り返しが一定の間隔あるいは連続して繰り返し存在して おり、この繰り返し構造がカルシウムイオンを配位する可能性がある。又、Asn-Gly(NG)配列が挿入部 全体に分布しており、これらはグリシンループと呼ばれるモチーフを形成して、カルシウムイオンと相互 作用する可能性もある。以上のことから挿入部の繰り返し領域は単独あるいは他のタンパク質と協調して 炭酸カルシウムの結晶表面と相互作用し、結晶成長あるいは結晶形態を調節していると考えられる。
参 考 文 献
(1) Henry, R. P. 1984. The role of carbonic anhydrase in blood ion and acid-base regulation. Am.
Zool. 24 : 241-253.
(2) Henry, R. P. 1996. Multiple roles of carbonic anhydrase in cellular transport and metabolism.
Ann. Rev. Physiol. 58 : 523-538.
(3) Miyamoto, H., T. Miyashita., M. Okushima., S. Nakano., T. Morita and A. Matsushiro. 1996. A carbonic anhydrase from the nacreous layer in oyster pearls. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 93 : 9657-9660.
(4) Miyashita, T., Takagi, R., Miyamoto, H., and Matsushiro, A. 2002. Identical Carbonic Anhydrase Contributes to Nacreous or Prismatic Layer Formation in Pinctada fucata(Mollusca : Bivalvia).
The Veliger 45 : 250-255.
(5) unpublished
(6) Miyashita, T., Takagi, Y., Miyamoto, H., Nishikawa, E., and Matsushiru, A. 2000. Complementary DNA Cloning and characterization of Pearlin, a new class of matrix protein in the nacreous layer of oyster pearls. Marine Biotechnology 2 : 409-418.
(7) Laemmli U.K. 1970 Nature 227 ; 680-685.
(8) Anderson, T., Drakenberg, T., Forsen, S. and Thulin, E. 1982. Characterization of the Ca2+
binding sites of calmodulin from bovine testis using 43Ca and 113Cd NMR. Eur J Biochem.
1 ; 126(3): 501-5.
(9) Matsushiro, A., Miyashita, T., Miyamoto, H., Morimoto, K., Tonomura, B., Tanaka, A. and Sato, K.
2002. The Presence of Protein Complexes Is Prerequisite for Aragonite Crystallization in the Nacreous Layer. Marine Biotechnollogy in press
(10) Ostolaza, H., Soloaga, A. and Goni, F.M. 1995. The binding of divalent cations tp Escherichia coli alpha-haemolysin. Eur J Biochem 228 : 39-44
(11) Devenish, J and Rosendal, S. 1991. Calcium binds to and is required for biological activity of the 104-kilodalton hemolysin produced by Actinobacillus pleuropneumoniae serotype 1. Can J Microbiol 37 : 317-321.
英 文 要 旨
Carbonic anhydrase nacrein is a calcium binding protein
T. Miyashita., S. Yoshimatsu., H. Miyamoto. and A. Matsushiro
Nacrein is a carbonic anhydrase exists in hard tissue in Pinctada fucata. Since this enzyme has long repitive sequence which does not exist in common carbonic anhydrase, it is assumed that this enzyme is not only supplies HCO3-, but also functions as structural protein. We have examined a calcium binding activity of nacrein and showed that nacrein is a calcium binding protein. Probably a Gly-Xaa-Asn
(Xaa=Asp, Asn, or Glu)repeat domain is a calcium binding site(s). It seems likely that Nacrein is involved in the regulation of crystal growth and/or morphology via an interaction between the Gly-Xaa- Asn repeat and certain crystal faces.