保険学会から見た隣接学会の動向
⎜⎜ リスク,保険,経済,近江商人をキーワードにして ⎜⎜
酒 井 泰 弘
■アブストラクト
本稿の目的は,日本リスク研究学会・日本地域学会・生活経済学会など,
日本保険学会の隣接学会の動向について,私見を開陳することである。
リスクの経済思想と背景事情に関しては,私は五つの時代区分を提案した い。即ち,未明期(〜1700年),始動期(1700〜1940年),発展期(1940〜
1970年),成熟期(1970〜2000年),及び再生期(2000年〜)の五つである。
同時多発テロとリーマン・ショックを論じるさいに,最も深刻に感じるこ とがある。それは,経済学や経済学者の実用価値自体が今や問われている,
ということだ。21世紀を迎えて, 新世紀に相応しい新経済学 の創造こそ が喫緊の課題といえる。そのためには,勤勉実直な近江商人から学ぶことが 多い。世界的な危機の時代の中から,新しいリスク学や保険学が生まれるこ とを期待している。
■キーワード
保険学,リスク学,近江商人
1.リスク研究者の道
⎜⎜はじめに
リスクはクスリ,クスリはリスク
この言葉は,研究者としての私を導くモットーである。1960年代から70年
*平成21年10月24日の日本保険学会大会(龍谷大学)記念講演報告による。
/平成22年9月17日原稿受領。
【大会記念講演】
代にかけてのアメリカ在住時代から,私は既に リスク研究者の道 を着実 に歩みはじめた。それから,少しは縁があるやと思われる様々な学会に積極 的に参加してきた。多いときには内外の50程度の学会に関係したことがある が,現在では整理が大幅に進んで,20以下の学会数に減少している。かくも 多くの学会会員となった理由は他でもない,色々な関連分野の研究者と接触 したいという リスク挑戦 の心意気が強かったということである。
少年よ,大志を抱け
これは,旧札幌農学校長(現北大農学部)クラーク博士の言葉であるが,
小学校時代の書道の時間によく清書したものだった。研究者になってからの 私にとって,その金言は次のごとくに変化した。
万年青年よ,リスクとロマンを抱け
もっとも,私の元々の専門分野は数理経済学であり, 消費・生産理論の 数 学 的 基 礎 (Axiomatic Foundations of Consumption and Production
Theories)というのが,ロチェスター大学に提出した学位論文のタイトルで
あった。だが,当時の私自身は血気盛んな生身の人間であり,ピッツバーグ 大学で教鞭をとりながらも, 理論と現実の間のギャップ に相当悩んだも のだ。そのときから,青春のすべてを数理経済学に賭けるというリスクを回 避しようという気持ちが一層強くなってきた。数理経済学とリスク経済学と いう 両刀使い になることによって,自分なりに リスク分散 を図ろう としたわけである。
1970年代終わりに帰国した後には,私は出来るだけ多くの学会・研究会に 参加するように努めた。日本リスク研究学会・日本地域学会・生活経済学会 では会長職を務め,進化経済学会や日本経済学会等の諸学会では理事を務め た。日本保険学会では幸か不幸か ヒラの会員 に過ぎなかったものの,私 の本学会への 愛着 は決して ヒラ程度 ではないと強く感じている。何 よりも,本学会のなかには,現会長を含めて私の親しい友人・知人が何人も 何人もおられるのだ。そして,私の現在の十 番である リスク経済学 は,
老舗の分野の 保険学 とは密接不可分の関係にあることは,昔から紛れも
ない事実なのである。
私の義父は,旧彦根高商(現滋賀大経済学部)の卒業生である。先般,彦 根の旧家の押入れを整理していたところ,高商時代の古い講義ノートが何冊 か発見された(1928年作成)。その一冊の表紙には 保険論 と書かれてお り,ペン書きの几帳面な文章が往時の ノート講義 の様子を見事に伝えて いる。 リスク という日本語は未だなかったものの, 保険 (insurance) や 危険 (risk)という用語は既に活用されていた。
本稿の内容は,2009年10月24日,私の現在奉職する龍谷大学にて開催され た日本保険学会年次大会の 記念講演 の内容に依拠している。キーワード は リスク,保険,経済,近江商人 である。これらのキーワードを念頭に 置きつつ,井口富夫教授から示唆された講演タイトル 保険学会から見た隣 接学会の動向 について,私が常日頃思案していることを開陳してみたいと 願っている。
2.リスクの経済思想と背景事情を顧みる
⑴ 時代区分と社会経済事情⎜⎜未明期と始動期 リスクの経済学は古くて新しい学問である
ここでは,リスクの経済学や思想に関して,その背景となる社会経済事情 と関係づけて鳥瞰的に概観しようと思う。リスクそのものは古今東西至る所 に存在する。したがって,リスクの経済思想は古くして,しかも新しいので,
温故知新 という格言が当てはまる。私見によれば,次のような五つの時 代区分を行うのが好都合であると思う 。
第1期は,1700年頃以前までの 未明期 である。この時期は経済学自体 が未確立で,闇の中を彷徨っていたと考えられる。この点に因んで,未明期 を ヤミの時代 であると洒落ることもできよう。
1) リスクの経済思想と時代背景について,詳しくは酒井泰弘(2010)を参照し て欲しい。なお,リスクの経済理論と応用展開については,酒井泰弘(1982,
91,96,2006)が参考になる。
ただし,確率論という関連数学分野は既に誕生していたことに注意を促し たい。数学・哲学というような基礎分野は,経済学・商学などの応用分野よ りも,そのルーツが遥かに古いのだ。実際,かのユークリッドの 幾何学原 本 の長い歴史は,わが 経済学原論 や 商学原理 のそれをはるかに凌 駕している。
この時期の背景事情を象徴する出来事は,1600年におけるイギリス東イン ド会社の設立と,同年における 関ケ原の戦い である。西洋でも東洋でも,
覇権をめぐる経済戦争や軍事衝突が不断に発生していた。保険発生との絡み でいえば,1666年に ロンドン大火 が発生したのを契機に,早くも1680年 に,ファイア・オフィス社が史上最初の火災保険会社として生まれ,1684年 のフレンドリー社がこれに続いたわけだ。そして,海上保険の分野では,
1688年に,かの有名なロイドのコーヒー店がオープンした。商人・企画者た ちは黄金色のドリンクを味わいながら,航海リスクのシュアリングのための 秘策を練っていた。
このように1700年頃までには各種保険会社が続々と発生したが,学問とし ての リスク学 や 保険学 の成立はもっともっと後のことになる。まず 事実 が先行してから, 学問 の後追いが続くというのが,人間の歴史の 定めなのである。
日本の場合には,同時期に大火が頻発しているのに,ファイア・オフィス のごとき火災保険会社すら誕生していない,という有様である。この頃に流 行った言葉の中には,次のようなものがある。
火事と喧嘩は江戸の華
当時の大都会の江戸には,失火や放火に起因する大火が頻繁に発生したら しい。とくに,上述のロンドン大火に先立つこと9年前に,いわゆる 振袖 火事 と呼ばれる大火が発生した。だが,江戸の住民たちは,大火の原因究 明をすることなく,焼け跡に前と同様な木造家屋を再建するだけであった。
近代保険の考え方や,それを体現した保険会社は,ずっと後の明治時代以降
になってやっと出現することになったのである 。
第2期は,1700年頃から1940年頃までの 始動期 である。この時期の代 表的学者はアダム・スミス(Adam Smith)とダニエル・ベルヌーイ(Daniel Bernoulli)であるので,両人のイニシアルを引っ付けて アベ(AB)の時
代 と表現することも可能である。
まず,ベルヌーイのほうであるが,彼は 数学一家 として名高いベルヌ ーイ家の出身であり,新設のペテルブルク・アカデミーで数学教授となった ほどの逸材である。数学者ベルヌーイが 余技 として執筆した社会科学論 文 リスクの測定に関する新しい論文 (ラテン語で執筆,1738年)は,リ スクの下での意思決定基準としての 期待効用理論 の有効性を説いた画期 的な著作であった。だが,ここでは,次のような格言が成り立つのだ。
独創は常に孤独であるが,時に時空を超越する
ベルヌーイは,文理に通じた独創的な学者であった。上記論文を読むと,
北の地中海 と呼ばれたバルト海では海上交通が盛んであり,海上保険付 きのいわゆる 保険船 がすでに運航していたことが分かる。ベルヌーイは,
凹なる効用曲線を前提として保険プレミアムの存在を解明しているのだ。早 熟の天才は,幾世紀もの時代を先取りしていたわけである。
スミスには一般に, 経済学の父 としての名声が定着しているようであ る。だが,ここでは リスク経済学の先駆者 でもある点を強調しておきた い。スミスは一方において,宝くじがあまねく成功を収めている事実に注目 する。その理由は,人々が一穫千金の夢を追うこと,つまり利得の機会の過 大評価するためであるという。他方において,当時のイギリスにおいては,
火災保険に未加入の家屋や 非保険船 が非常に多いこと,つまり火災リス クや海上リスクを過小評価する傾向が強いことに言及している。
2) 近代保険の考え方や文化との関係については,水島一也編著(1995)が先駆 的な文献である。これ以来, 保険文化 という言葉が学界に定着したと言え る。近時の展開については,田村祐一郎・高尾厚・岡田太志編著(2008)を参 考されたい。
上記の点を考慮すると,スミスは 行動経済学アプローチ のパイオニア 的存在といえよう。スミスは事実, 国富論 の中で,次のような鋭い人間 観察の文章を残しているのだ。
あらゆる人は利得の機会を多かれ少なかれ過大評価し,大抵の人は損失 の機会を多少とも過小評価する
つまり,人々の利得に対する態度が行き過ぎたものになりがちな反面,損 失に対する反応は鈍くなる傾向がある。人々の行動は必ずしも合理的なもの でない。半合理的,さらには反合理的な反応を示すことすらある。
この第2期においては,ベルヌーイやスミス以外にも,ベイズ(Bayes) の主観確率論,カンティロン(Cantillon)の企業者論,ラプラス(Laplace) による確率論の確立,マーシャル(Marshall)によるリスクと経済活動の 相互依存性の解明,ナイト(Knight)による 不確実性 (uncertainty)と 利潤との関係の究明,ケインズ(J. M. Keynes)の アニマル・スピリッ ツ (animal spirits)論など,見るべき業績が夜空の一等星のごとく散在 している。これを現代保険論の立場から見ると,広義のリスクの中には 保 険可能でない,つまり付保不可能なリスク が存在するということである。
こういう広い意味での,繰り返し可能ではないリスクに対しても,そのリス クを何らかの工夫を設けて 拡大された保険システム の中にドッキングさ せる方向性を模索することは,喫緊の現代的課題であると思料する。
⑵ リスク経済学の展開⎜⎜発展期と成熟期
リスクの経済学の第3期は,1940年頃から1970年頃にかけての 発展期 である。このわずか30年間を象徴するものは,天才数学者フォン・ノイマン
(John von Neumann)と 異 才 経 済 学 者 モ ル ゲ ン シ ュ テ ル ン(Oscar Morgenstern)の共同著作 ゲーム理論と経済行動 ( Theory of Games and Economic Behavior,1944年)である。両者の名前のイニシアルをつ
なげて ノモ(NOMO)の時代 と形容することもできる。
ゲーム理論は, ヨーロッパの破局と転換の時代 を生き抜いた人間によ
って樹立された一大知的建造物である。20世紀初頭におけるヨーロッパの対 立軸の中には, ゲルマン文化圏 と 非ゲルマン文化圏 との対立が基軸 にあり,それにトルコとロシアの衝突などが加味されていた。勝つか,それ とも負けるか ⎜⎜ 対立と抗争は ゼロ和ゲーム によって容易に記述される。
ノイマンもモルゲンシュテルンもナチス・ドイツによって国を追われて,新 大陸アメリカに渡っているのだ。
ゲームの各プレーヤーの意思決定においては,いわゆる 戦略リスク が 問題となり,各人は相手の戦略を十分読めぬままに自己の戦略を決定せざる をえない。 自分がこう出れば相手はそう出る,このように出ればあのよう に出る というような 対立と抗争のゲーム においては,人々の間の戦略 的相互依存性が重要なテーマとなる。
ゲーム理論の誕生と発展は,一般の経済学の展開に対して 複雑なインパ クト をもたらしてきている。数学的にみると,ゲーム理論は経済学から生 まれて数学の発展に寄与した珍しい分野である。経済学的にみると,それは 正統派 と 異端派 の間を微妙に渡り歩いていたモンスター的存在だ。
私自身がかくもリスク経済学にコミットすることになった きっかけ は,
1970年代の初め,ピッツバーグ大学の招待講演に来られたモルゲンシュテル ン先生からの暖かい助言である。
ミスター・サカイ,リスク経済学という新しい分野が興隆しつつありま す。君はまだ若いのだから,果敢に挑戦されるといいでしょう
ゲーム理論はその後, 非ゼロゼーム (non-zero-sum game)の方に関 心が移り,ナッシュ(Nash),ゼルテン(Zelten),ハーサニ(Harsanyi) などによる新たな展開をみた。だが,私見によると,ゲーム理論の真骨頂は やはり 勝つか負けるか の ゼロ和ゲーム (zero-sum game)であると 思う。しかも, N人非ゼロ和ゲーム は一般に,プレーヤーを一人加えた
N+1人ゼロ和ゲーム の中に埋め込むことが可能なのである。
この時期において,期待効用理論の有効性への疑問が既に提出されていた ことを指摘しておきたい。例えば,シャックル(Schackle)による サプ
ライズ (surprise)の指摘,アレー(Allais)による 確実性重視効果 (certainty effect)や,サイモン(Simon)による 限定合理性 (bound- ed rationality)の提唱は,現代における 新しいリスク経済学 の一つの 方向を示唆している。ただ,このような新展開が保険学に対してどのような インパクトを及ぼすのかについては,まだまだ未解明な問題が少なくない。
第4期は,1970年頃からから2000年頃に至る 成熟期 である。1970年と いう年は,リスク経済学にとって画期的な飛躍の年である。というのは,こ の同じ年に碩学アロー(Arrow)の名著 リスク負担理論に関する論文集 (Essays in the Theory of Risk-Bearing)と,異 才 ア カ ロ フ(Akerlof) の玉稿 レモン市場 ⎜⎜ 品質不確実性と市場メカニズム (The Market for Lemons: Qualitative Uncertainty and the Market Mechanism)とが
公表されたからである。さらに,才子スペンス(Spence)と豪傑スティグ リッツ(Stiglitz)の業績などが1970年代に続々と発表されて,ここにリス ク経済学は 非対称情報の経済学 (economics of asymmetric informa- tion)として一つの到達点を迎えることになった。この時期に活躍した学者 のイニシアルはいずれも A か S であるので, アス(AS)の時代 と総括することも可能だろう。序でながら,私のイニシアルも S である のは,僥倖というほかあるまい。
重鎮アローを除く3人は,私とほぼ同年齢,分野もほぼ同じである。時代 の旗手アカロフの1970年論文は,3度の 掲載拒否 という難産のうえで,
日の目を見た。難産の理由は,それが 異端の論文 だったからだ。その事 情を知る手がかりは,アカロフの次の言葉の中にあるだろう 。
経済理論家は,いわばフランス料理のシェフが食べ物を調理する場合の ように,一定の不文律によって素材が限られた定型モデルを後生大事に遵守
3) アカロフの1970年論文は,何回も 落選 するほど 異端な論文 であった らしい。このことは,ほぼ100年前の1874年,パリ開催の 第1回印象派展 (落選展覧会)を想起させる。美術界にせよ経済学界にせよ,古今東西, 落選 は革新を生む 。詳しくは,酒井泰弘(2010),第8章を参照されたい。
してきた。…だが私自身は,経済学の素材の性質を限定してしまう如何なる 規則に反対する立場である
アカロフが取り扱う レモンの市場 (lemons market)は,伝統的な完 全市場とは全く異なる。例えば,中古車には欠陥車の レモン と良質のク ルマが混在している。レモンの売り手は正直に自己申告をする保証がないか ら,買い手を欺くことが容易となるのだ。その結果,中古車市場に出回るク ルマはほとんどレモンとなってしまい,市場は次第に縮小,やがては消滅の 憂き目に会いかねない。つまり, 悪貨は良貨を駆逐する というグレシャ ムの法則が貫徹するわけだ。
アカロフの世界は, 神の見えざる手 によって市場が万事上手く運行す る,というような スミスの理想郷 ではない。いったん情報が不完全で,
売り手と買い手の間で不平等に分布されている場合には,市場は自己破壊的 ですらあるかもしれない。
このような非対称情報の存在は,保険の世界ではむしろ常態であろう。例 えば,火災保険サービスの売り手(保険会社)が買い手(被保険者)の資質 を予め見抜くことは ミッション・インポシブル である。そのことから,
悪い品質の持ち主が大きな顔をしたり( 逆選択 adverse selectionとい う),各当事者の倫理観が多少とも低下するような事態が発生するかもしれ ない( モラル・ハザード moral hazardないし モラール・ハザード morale hazard)。非対称情報の経済学の登場によって,伝統的な保険学が 面目を一新し,新境地を開いたと信じる。ただ,現時点では,新境地の 鮮 度 が落ち気味であるので,更なる刺激と飛躍が必要であろう。
⑶ リスク経済学の再生期を迎えて
2001年以降,つまり新世紀に入って,リスク経済学の進展はあまり捗捗し くないようだ。現実の経済の低迷を反映してか,学界の経済学全般,そして リスク経済学が行き詰り状態の中にある。リスク経済学が新展開できるかど うかは, 未知 のままにある。上手くいけば何らかの打開の 道 が見つ
かるかもしれないし,そうでないかもしれないのだ。そこで私をこの時期を ミチの時代 と形容したい気持ちで一杯である。つまり,次のような格言 が成立するのだ。
ミチは未知で満ち満ちているかもしれないが,未知の中から道の駅が見 つかり,そこから見違えるほどの都大路が見付かるかもしれない
去る2002年には 9・11の同時多発テロ が発生し,20世紀アメリカの象 徴たるWTC(世界貿易センター)の双子ビルは脆くも瓦解した。これはア メリカ流の 市場原理主義 の崩壊を象徴しているのかもしれない。また,
イラク戦争やアフガン戦争,さらには リーマン・ショック のために,世 界の社会経済システムは転換点を迎えている。
新しい21世紀は,リスク学にとっても保険学にとっても,再生と復活,さ らに新展開と新飛躍の可能性を秘めた世紀である。だが,それは余りにも楽 天的にすぎず,かの 破局と抗争の時代 が再来する可能性すらある。この 点については,節を改めて詳述することにしようと思う。
3. 同時多発テロとリーマン・ショック⎜⎜現代アメリカを考える
⑴ アメリカ在住の友人からの手紙
昨年の1月,アメリカに長く在住する日本人学者(ピッツバーグ大学名誉 教授)から,次のような切実な手紙を頂いた。
株の暴落のために,大学を通じて貯めてきた老後の生活基金が激減して います。私のように既に退職した者にとっては,財布の紐を一段と締めて,
景気の好転を待つ以外に,打つ手がありません。
アメリカのサブプライムに端を発した世界同時不況は,退職後の生活を脅 かすだけではありません。それはまた経済学と経済学者の実用価値を問うて いるのですが,多数のノーベル賞学者を含むアメリカ経済学界の指導者たち の声は余り聞かれませんよ
アメリカ発の金融同時不況は,一般庶民の生活設計を大きく狂わせてしま っただけではない。もっと深刻なことには,経済学や経済学者の実用価値自
体が問われている。主流派の経済学者の多くが ⎜⎜ スティグリッツ(Joseph Stiglitz)やクルーグマン(Paul Krugman )などのリベラル派学者を例外
として ⎜⎜ ひたすら沈黙を守り, 逃げの一手 を打っているようだ。著名 な法経済学者ポスナー(Richard Posner)は話題作 資本主義の失敗 (A Failure of Capitalism,2009年)の中で,現状を慨嘆している。
金融危機の予測失敗についての最大の謎の一つは,かくも大勢の経済研 究者たちがかくも予測できなかったのは何故か,という点である
こうなると,わが経済学者の罪は相当に重いと言わざるを得ない。 金融 工学 という新分野は,超高級な確率微分方程式論を用いて,入り組んだ金 融デリバティブ商品の開発に貢献したのであるが,その 成れの果て が金 融危機というのは余りにも悲しい 歴史の皮肉 である。
上記の著作の第8章は 経済学界は転換期を迎えるも睡眠状態 (The economics profession asleep at the switch )と題されている。その理由
の一端は,アメリカの経済学界において経済思想の歴史が近年不当に軽視さ れてきたことだ。実際,シュンペーターの大著 経済分析の歴史 (The History of Economic Analysis)が,アメリカの大学で参考文献に上げら
れることはもはや殆どない。これに対して,わが日本は伝統的に,学史や思 想史の研究者層が極めて厚い国である。かかる 日本の強さ を生かす道は ないだろうか。
現代経済学が睡眠状態から覚醒するために,今一度 原点 に戻る必要が ある。リスクや保険の経済思想を再検討し, 温故知新 よろしく,そこか ら 現代に生かす ものを再発見することが急務ではないだろうか。
⑵ 体制選択と世界恐慌⎜⎜歴史は繰り返す
顧みれば,20世紀は 社会主義の世紀 であった。人々は 資本主義か,
それとも社会主義か という体制選択をめぐって激論を交わし,時に革命と 反革命を起こしてきた。
1917年10月にはソビエト政権が誕生し,史上最初の社会主義革命が実現し
た。以後,社会主義と資本主義との間の経済競争はますます激化していった。
例えば,当時のソ連の 経済学教科書(改訂第3版) (1959年)の 結論 は,次のようなものであった。
資本主義は歴史的に見て破滅の運命にあり共産主義の勝利は避けられな い
経済 競 争 を 背 景 に,サ ミ ュ エ ル ソ ン(Paul A. Samuelson)の 教 科 書 経済学(第7版) (1967年)には,次の文章が読者の目を引き寄せた。
アメリカのGNPはソ連のGNPよりほぼ2倍大きい。だが,20年後の 1980年頃にはソ連がアメリカに激しく肉迫し,40年後の2000年にはアメリカ を追い抜く可能性がある
ところが,世界史を驚嘆させる出来事が世紀末に発生した。実に,1991年 12月,かの社会主義ソ連が国家として消滅し,新生ロシアと15の共和国とに 分解してしまった。20世紀の歴史を単純に眺めると,あたかも資本主義が社 会主義との闘争に勝ち, 市場原理主義 が 政府原理主義 に勝利したか のようである。
だが, 祇園精舎の鐘の音,盛者必衰の理を表わす というのが,歴史の 教訓である。かの源平の戦いにおいて平氏が源氏に先ず勝ったものの,その 後には逆に源氏が平氏を滅ぼした。天下を執った源氏政権は安定せず,やが て歴史の舞台から消滅してしまうことになる。われわれ社会科学者は,歴史 からの教訓を謙虚に学ばなければならない。
われわれは現在,新世紀を迎えているのだ。2001年という年は,確かに新 しいミレミアムが始まる年であった。だが,将来において,それは アメリ カ一極支配の終焉 の元年として記憶されるかもしれない。
2001年9月11日は,歴史的な日付である。というのは,まさにその年月日 に,唯一の超大国アメリカにおいて,耳目を疑う 同時多発テロ が発生し たからだ。実際,ニューヨーク・マンハッタン島の南端に聳え立つ ツイ ン・タワー (Twin Tower)が,テロリストにハイジャックされた大型旅 客機2機による自爆突入を受けて,大反響を残して全面瓦解した。要するに,
アメリカの富と権力の象徴の一つが,一瞬のうちに消滅した。このとき私自 身は,10年前のソ連崩壊に匹敵するような衝撃を受けたものだ。あたかもツ イン・タワーの一つが 社会主義タワー であり,残り一つが 資本主義タ ワー であるかのような,強烈な衝撃の電流が私の体内に流れた。
7年後の2008年9月15日に,重大事件が発生した。その事件とは,大手証 券会社の一角であるリーマンブラザーズが倒産したことである。
あの不死鳥のリーマンブラザーズが倒産したというのかね。君,冗談も 程々にしたまえ!
これが,倒産の一報を受けた証券マンの偽らざる心境であったという。同 年の9月29日には,ニューヨークのダウ平均株価が市場最大777ドル減の大 暴落を記録した。それとともに,ヘッジファンドや投資ビークルなど,いわ ゆる 影の銀行システム (shadow banking system)が雪崩を打つかのよ うに崩壊していった。
歴史は繰り返す という諺がある。かかるグローバル経済危機の再来を 迎えて,グリーンスパン前連邦準備銀行(FRB)総裁は,近著 波乱の時 代 (The Age of Turbulence,2007年)の中で次のように述べている。
我々は,百年か五十年に一度の世界大不況に直面している
前 回 に 経 験 し た 世 界 大 不 況 は,か の1929年 に 始 ま る 世 界 大 恐 慌 (Great Depression)であった。それ以来80年の星霜を経て,今回の世界大 不況である。資本主義は成長を誇る強力なシステムである反面,景気の浮き 沈みの激しい不安定なシステムでもあるのだ。 リスクはクスリ,クスリは リスク とよく言われる。資本主義とは リスクの大きいシステム なので ある 。
資本主義が存在する限り,リスクと不確実性は避けられない。人間は元来
4) グローバル経済恐慌については,多くの文献が利用可能である。例えば,
Greenspan(2007),浜矩子(2009),神谷秀樹(2008),金子勝・ヒューイッ ト(2008),Krugman(2008),中谷巌(2008),丹羽宇一郎(2009),Posner
(2009),Reish(2008),Soros(2008),Stiglitz(2002)などを参照されたい。
愚かな存在であり, 不都合な真実 (inconvenient truth)を容易に忘却し がちだ。だから,人間は過ちを繰り返さざるを得ない。こういう歴史が続く かぎり,リスクと保険の研究の重要性は衰えることはないだろう。
4.近江商人に学ぶ
⎜⎜おわりに
⑴ アニマル・スピリッツ論の新旧
ジョージ・アカロフ(George Akerlof)は私と同年齢の知人であり,リ スクと情報の経済学の第一人者である。彼は比較的に寡作の人であるが,最 近の2009年において,若き俊英ロバート・シラー(Robert Shiller)との共 著を公にした。その最新作には, アニマル・スピリッツ ⎜⎜ 人間心理が経 済をどう動かし,そのことがグローバル資本主義になぜ重要なのか (Ani- mal Sprits: How Human Psychology Drives the Economy, and Why It Matters for Global Capitalism)という,少々長いが興味深いタイトルが
付いている。この新著の序文の中に,次のような文章が見られる。
かの大不況は,前世紀の悲劇であった。1930年代には,失業が全世界に 蔓延した。…
今や,大不況は繰り返される可能性がある。その理由は,経済学者や政府 や一般大衆のすべてが,近時において,驕慢に近い自己満足状態に陥ってし まっているからだ。皆の者が1930年代の教訓を忘れてしまっている
アカロフとシラーはアメリカ人らしく 1930年代の教訓 (the lessons of the1930s)と述べている。だが,日本人の私としてははむしろ, 近江
商人からの教訓 (the lessons from the Ohmi merchant)という言葉を 使用したいと思う。
両人によると,今回の大不況は学者や政府の要人たちによってもほとんど 予見されていなかった。そのような無知の理由は,アニマル・スピリッツの 存在が過信や狂信を生み,やがては経済恐慌へと至る可能性が無視されてい たことにあるという。そして,共著の最後は,次の文章で結ばれている。
この新著が読者に伝えたいことがある。そのこととは,アニマル・スピ
リッツの考え方と対策とが十分重視される場合においてのみ,現行の経済問 題解決への道筋が見つかる,ということである
アカロフとシラーの両人はこのように,市場経済活動におけるアニマル・
スピリッツの役割に再び注目する。正直なところ,いささか遅きに失した感 が否 め な い が,私 と し て は 遅 く と も や ら ぬ よ り は ま し (Better late than never)と評価したい気持ちである。
実は,すでに1970年代に,かのケインズの高弟ジョーン・ロビンソン
(Joan Robinson)は 異端の経済学 (The Economics of Heresies,1971 年)の中で,いわゆる 経済学の第二の危機 を声高に叫んでいたのだ。し かも,彼女はその中で,ケインズ(J. M. Keynes)の古典 雇用,利子お よ び 貨 幣 の 一 般 理 論 (The General Theory of Employment, Interest and Money,1936年)における アニマル・スピリッツ の重要性を指摘す
るとともに,マーシャル経済学の伝統への復帰を一途な思いで主張していた のだ。次のようなロビンソンの主張は,今なお傾聴に値するものである。
資本蓄積のことを利潤に対する予想だけから説明することは不可能であ る。…ケインズも述べているように,資本主義の発展において最も重要な要 素は《アニマル・スピリッツ》の状態である
このようなわけで,アニマル・スピリッツの議論は古くて新しい。それは ケインズに始まり,ロビンソンを経て,最近のアカロフにまで及んでいる。
だが,不思議なことに,アカロフとシラーの新著を見ると,経済学の危機と 再生にかけるロビンソンの熱弁がまったく言及されていないのだ。これは残 念至極なことではあるが,考え直してみると,学史・思想史に疎いアメリカ 経済学界の様子を象徴的に示すものかもしれない。
⑵ 近江商人道を現代に生かす
私はリスク研究者として近年,近江商人の開発力とリスク管理能力を特に 注目している。上記のアニマル・スピリッツ論との絡みにおいて,近江商人 道を多角的に論じる必要性を感じている。幸いにも,郷里の先祖は400年以
前から, 城下町彦根 の住人であった。現在に至るも,私たちは同じ場所 の古びた屋敷に住んでいる。そこで, 地の利 を生かす形で, 近江商人を 現代に生かす ための方向・方策を模索したいと願っている。
近江を制するものは天下を制する という言葉がある。この言葉は,戦 国時代の武将たちが天下を制するためには,交通の要諦たる近江の制圧・支 配が何よりも必要であったことを教えている。これに対して,湖国に生まれ 近江商人 として活躍した人々は,信長・秀吉・家康のように,政治権力 的に天下を制したわけではもちろんない。だが,近江商人が先見性と機動力 を持ち ⎜⎜ 流通経済の側面から ⎜⎜ いわば 天下御免 の経済人として縦 横に活躍できたことは,非常に興味深いところである。
近江商人は古くから時代を先取りして,旺盛な開発力と近代的な経営方式 を採用していた。徳川時代の幕藩体制という制約下において,商人たちが東 山道・北陸街道・奥州街道などを歩いて関 州・陸奥にまで,さらには 北 前船 (きたまえぶね)に乗って日本海沿いに蝦夷地にまで交易していたこ とは,まさに目を見張る一大イベントであったといえる 。
このことはもちろん,近江商人が大いなるアニマル・スピリッツの所持者 であったことを示している。だが,彼らの活躍と奮闘ぶりを,単なるアニマ ル・スピリッツ論の 一事例 に留めておくことは,歴史的事実を不当に矮 小化するのではなかろうか。私見によると,グローバルな視点だけでなく,
歴史・風土・文化というごときローカルな観点をも加味した,まさに グロ ーカルな視角 から近江商人の現代的意義と今後の課題を議論する必要があ る。そのような議論の中から,新世紀の風潮・エートスに対応した,総合 的・学際的な 新しい社会科学 の構築への方向性が見出せるだろう。
近江商人の優れた進取性と高潔な倫理観は,色々な家訓・金言によって示 される。その中で最も有名な言葉は, 売り手よし,買い手よし,世間よし
5) 近江商人に関する最初の研究は,井上政共(1890)と言われている。本稿で は,江頭恒治(1959),小倉栄一郎(1980,89),末永國紀(2000)などの優れ た著作を参考にさせて頂いた。
の,いわゆる 三方よし の精神である。商業取引は売り手と買い手の間で 行われる。したがって,売買行為によって取引の両者が満足する必要がある のは当然だ。だが,近江商人道の倫理はもっと高く,商業取引が, 第三者 としての世間一般の福祉向上に貢献しなければならないという。
分かりやすい例が,麻薬・大麻・アヘンなど,ドラッグの売買行為だ。ド ラッグの売買は,当事者たちに莫大な利益をもたらすことが知られている。
だが,アヘン戦争の例を持ち出すまでもなく,ドラッグの蔓延は人格の劣化 と社会の腐敗を招くわけで, 世間よし とは全く言えない。浅薄な 経済 効率 だけでなく,広く深く 社会正義 の観点から,経済学のさらなる再 生を図ることが必要だ。
また,銃器・大砲・戦艦・戦闘機の売買などの 戦争産業 は,狭い意味 での当事者双方の利益になるかもしれない。だが,軍事品の集中保管・使用 は,一般人にとって 迷惑千万な代物 であろう。
現代においては, 世間よし の範囲を出来るだけ広く考える必要がある。
もし 世間 の中に自然環境をも含めるならば, 良い水,良い空気,良い 大地 を保持することが 三方よし の精神に適っている。また,文化遺産 や無形文化財の維持活動も,広い意味では 三方よし に連なるだろう。近 江商人の末裔である塚本商店の家訓の中には, 治山・治水も人の道なり とあったことを忘れてはならない。
私が特に好きな近江商人の言葉は,次のような松井家の家訓である。
星と天秤棒
近江商人は笠を被り,合羽を羽織り,天秤棒を担いで,諸国行脚した。
星 は,商人たちの勤勉・忍耐を象徴的に示すロゴである。近江商人は 星から星への旅回り を惜しまなかった。彼らは毎日,日の出前に,星が 夜空にまだ輝いて見える時刻に旅行に出る。夕方遅く,日没後に星月夜を再 び仰ぎ見る時刻に目的地に到達する。現代において,自ら汗をかくことを忘 れ,安易なマネーゲームに走るウォール街の投機者たちには,近江商人がこ よなく愛した 星 の意味を深く噛み締めてもらいたいものだ。
さらに,近江商人には,前後に長く伸びた 天秤棒 がまことによく似合 っている。思うに,天秤棒は色々な意味におけるバランス感覚の重要性を教 えている。
第一種のバランスとは, モノとモノとの間のバランス , カネとカネと の間のバランス ,および モノとカネの間のバランス のことだ。これは 伝統的な経済学においても重要視されてきた。もしこのようなバランスが保 たれないならば,売れ残り・失業・豊作貧乏・通貨危機などの諸問題が発生 するに違いない。
だが,経済で保つべきバランスは,これだけで尽きるわけではない。私が 専門とする リスクと情報の経済学 が教えるところによると, 情報の流 れ が円滑に進行し,いわゆる 情報格差 が発生しないようにすることが 肝要だ。つまり, 情報の発信と受信との間のバランス を正常に保つ必要 がある。もしそうでない場合には,欠陥品が市場に横行するような レモン の原理 や,怠慢や不注意というような モラルハザード など,非対称情 報の世界に特有な変則事象が輩出するだろう。
本稿で唱導するような 近江商人の経済学 においては,さらに一段と品 位の高いバランス,つまり カネとモラルの間のバランス を図ることが要 求される。ごく目先の金銭利益を追求することよりも,もっと長期的な視点 に立脚して,人間相互間の信頼関係を築くことが重要である。
また,これ以外のバランスを考慮することも肝要だ。例えば,治山・治水 や環境保持に見られるような 人間と自然の間のバランス ,さらには伝統 文化・風土の保存というような 人間と文化の間のバランス ないし 昔の 人間と今の人間との間のバランス を求めることも,現代的な課題である。
以上を要約すると,伝統的な経済学の視野の狭いアプローチだけでは,新 しい世紀に横たわる広い課題に十分答えることはできない。従来の守備範囲 をできるだけ拡大し,時には文系・理系の枠をも超越するような, 新しい総 合的な社会科学 を樹立することが切に待望されている。来るべき新学問の 創造のためには,近江商人から多くを学ばなければならない。 三方よし
や 星と天秤棒 の教えは,現代でも十分生かせると信じている。
(筆者は龍谷大学経済学部教授)
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