田村祐一郎著 掛け捨て嫌いの保険 思想⎜文化と保険⎜
⎜⎜ 千倉書房,2006年1月,まえがき3+目次5+197頁 ⎜⎜
Ⅰ
日本人の保険に対する 掛け捨て嫌い なる感性は,保険料収入規模が高 水準にある今日でさえ素朴に認められる。保険知識が普及し,保険の原理的 構造が理解されるに従って,当然,この 掛け捨て嫌い なる感性も随分と 変質を辿ってきている。保険知識の普及・浸透をどのように判断すべきか定 かでないが,今日における保険商品の売上げ規模からして,日本を含む先進 経済諸国での保険知識の普及は,相当程度に達しているものと思われる。ま た,バブル崩壊から低金利時代に入り,養老保険あるいは積立型保険等,貯 蓄性ウエイトが高い保険の占率は急激に低下を見せている。しばらく振り返 って見ても,責任準備金の運用成果が保険の魅力を高める局面もあれば,こ れを低下させる局面もあり,時代と共に保険に対する感性は揺れ動いている。
さて,標記著書は,著者が自身の既発表論文から選び抜いた学術論文集と なるものであり,筆者ごときが評しうるところのものではない。ただ,保険 発展の文化的背景について関心を持たない保険学徒は居ないであろう。筆者 もその一人と考えていただきたい。
西欧から移植された保険制度について,著者自身, 日本ではなぜ保険が 生まれなかったのか という素朴な疑問を抱き続けている。最終章でも,こ のことが再び明記されている。保険を論ずる場合,総合科学的視点が必要と される。著者の論稿には,近代保険の原理的構造を意識しながらも,その史 的形成過程を流れる社会・文化的背景に関心を寄せたものが多数ある。
本書は,上記疑問を解明する手掛かりが内包される論文数編をもって編纂 157
【書 評】
されている。ただ,著者が日本における保険の成立と発展に関わる文化的背 景にのみ注目してきたというのではなく,研究は多彩である。保険文化を扱 うものとして,幾つかは本書の引用で示されているが,英米の保険発達史に 注目したものも多くある。本書は,著者の問題意識の下に,西欧に伍して発 展を辿った日本保険史の背景にある文化的特質を探ろうとしたものといえる。
Ⅱ
保険研究は,様々な観点からのアプローチを可能とし,いずれの観点につ いても軽視されうるものではない。保険の原理的構造に関わる限り,経済学 的方法,法学的方法,あるいは経営学的方法に重点が置かれるところとなる が,危険事故やその背景,そしてその処理技術を分析する必要性からすれば,
夥しく多様な学際的接近が可能となる。すなわち,保険研究は,総合科学的 視点をもって最良とされる。洋の東西を問わず,保険経済の導出に社会文化 的背景が多分にあることは否定できない。まず,本書が日本の保険形成に関 わる文化的特質として注目しているところを簡単に捉えておきたい。
まず, 1 掛け捨て嫌い の保険思想 では,幾つかの保険関係機関に よる調査を手掛かりに, 掛け捨て嫌い なる日本人の保険観を捉え,その ような保険受容態様の背景にある伝統的日本文化との合理的関係性が提起さ れようとしている。将来の経済必要に備えるうえで,保険に対峙する施策と して貯蓄が挙げられることがあるが, 2 貯蓄の思想と備蓄の思想 にお いて,保険を日本社会の伝統とは 異質の文化 にあるものではないかとし ている。過去のさまざまな備蓄事象をもってすれば,ある意味ではそれらが 金銭貯蓄を選好する日本人のリスク意識に繫がっているといえるのであろう。
著者は, 現代日本人のリスク観が江戸時代に発する という仮説の下に,
火災に関わる人間行動の多様な側面を提示しながら, 3 江戸の火事 に おいて,日本人の伝統的リスク観を検証しようとしている。そこでは,封建 制社会における共同様式と市場的利益社会に生み出される保険的共同様式と の狭間に潜む社会文化的特質に鋭い関心が寄せられている。そして,日本人
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社会に息づくさらに深遠なる文化的要因が 4 言霊・リスク・保険 にお いて考察されている。保険研究におけるこの観点は,水島一也 ,小林惟 司 等を手掛かりとして,あるいはZelizer, V. A. R. をも参考として,日 本人に形成される安全感が 保険 の発想とは対称的なものであり,保険の 忌避に繫がる一因ともなりうることに結び付けている。
日本人の安全感は, 5 呪術と保険と危機管理⎜文化現象としての保険
⎜ においても,リスク対策として捉えうる呪術が心的態度において保険と 同次元のものであり,伝統的観念に宿されているとされている。高尾厚の 呪術からの開放が近代保険成立の必要条件 であるとする見解を肯定し つつ,なお,保険の合理性に非合理性が潜むところをもって,保険文化論の 展開を意義付けている。さらに, 6 宗教と生命保険 では,とくに米国 初期生命保険界において,伝統的観念の呪縛⎜とくに死後の世界に干渉する 点で神の摂理を冒涜するとした批判⎜から解き放たれることを,近代保険を 認識する場合の大きな課題として位置づけている。
著者は, 7 助け合いとは何か −保険と互酬制⎜ で, 相互扶助とは 何か を考え直す試みにおいて,その保険制度との有機的関係に注目してい る。しかし, 互酬制 あるいは 再配分 等,相互扶助の慣行に関する豊 富な史実あるいは多くの見解を紐解いて,現代保険経営にそのような理念を 受継ぐ実態を認め難いと見ている。最終章となる 8 家族・会社・保険⎜
なぜ,江戸期に保険が生まれなかったのか 考⎜ においては,冒頭に掲 げられた著者の課題が解明されるべきところではあったが,前章までの多様 な文化的要因の考究が現実経済社会様相の保険関係要因に注視させるとして も,現代日本経済における保険文化との直接的関係を明示できる訳でもない。
保険学雑誌 第 595号
1) 水島一也 現代保険経済 第4版,千倉書房,1994。
2) 小林惟司 日本保険思想の生成と展開 東洋経済新報社,1989。
3) Zelizer,V.A.R.,Morals and Markets⎜The Development of Life Insur- ance in the United States,Columbia University Press,1979.
4) 高尾厚 保険制度と贈与慣行 保険学雑誌 543,1993。
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近代市民意識の覚醒を幕末の経済諸相に探りながら,共同経済準備制度への 逢着は日本人にとって無限の距離を感じさせる問題であったことが指摘され るに留められている。
Ⅲ
文化的背景は,もちろん保険経済の導出を巡る極めて重要な要因である。
ただ,封建制社会から明治維新,そして戦後高度経済成長期を急激に駆け抜 けた日本社会には,伝統的な文化的特質を今日的に捉え直す作業が必要とさ れるかもしれない。本書に披瀝される著者の試みは,日本における保険経済 の展開に繫がる社会的基盤を確認するうえで不可欠の作業ではあるが,計り 知れず壮大なる試みであるともいえよう。
保険現象とその社会・文化的背景に触れる試みは,断片的には広く見受け られるが,Werner Mahrを紐解く水島一也のごとく ,社会発展段階に応 じて保険関係を抽出し,利益社会的関係において近代保険の形成を認識する 方法は,保険史研究の基本的視座として捉えられるべきところであろう。ま た,John D. Longは, 保 険 の 倫 理 的 支 柱(Ethical Pillars of Insur- ance ) を指摘し,制度機構の整備のほかに,それらが保険化過程を支え る重要な社会的要素であるとしている。著者の視点と相通じるところがある。
著者は,既に 社会と保険⎜社会・文化比較の鏡としての保険 (千倉書 房,1990)を著し,日本的保険思想を 異質の文化 を受容することにおい て培われたものであると見ていた。本書は,その仔細を補遺するものとして 著されているところが窺える。
(評者:岡山商科大学商学部教授 大城 裕二)
5) 水島一也 近代保険の生成 千倉書房,1985年。
6) John D. Long,Ethics, Morality, and Insurance,⎜A Long‑Range Out- look⎜, Graduate School of Business, Indiana University,1971.
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