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実務家が行う大学の損害保険連続講座に 関する考察

竹 井 直 樹

■アブストラクト

実務家が大学の連続講座の講師を務める例が散見される。損保協会でも,

損保協会職員が講師を務め,全国の15の大学において 損害保険論 等の講 座名で連続講座を実施している。大学で行う損害保険連続講座は,消費者教 育という面はあるが,保険教育の前提となるリスク教育も施す必要があり,

また,損害保険で補償するリスクが多種多様なため,保険教育を通じて社会 の仕組みを学ぶという面もある。

保険は専門性が高く,複雑であるから,もともと取っ付きにくいといわれ ている。であれば,大学の連続講座を活用し,実務家が実務を紹介しながら,

理論も織り交ぜて体系的に保険教育を行う意義は大いにあるのではないか。

すなわち,損害保険が持っている領域の広さとリスクとの親近性,および学 生が持っている純粋さ,柔軟性,吸収力の高さ,さらには大学の連続講座が 持っているPDCAサイクルを活用した教育効果などを存分に生かして,損 害保険やリスク,さらには社会の仕組みの一端を学ぶ格好の実学講座を構築 できるのではないかと思う。

実務家が行う大学の損害保険連続講座の業界的,社会的意義を問い直し,

新たな価値創造へ結びつけるべきである。

■キーワード

実務家大学講座,損害保険教育,損保協会

関東部会報告による。

/

*平成26年6月27日の日本保険学会 6年11月14日原稿受

平成2 領。

(2)

1.はじめに

現在,一般社団法人日本損害保険協会(以下 損保協会 という。)の職 員の肩書をもって,全国の複数の大学において 損害保険論 , 保険論 , リスクマネジメント などの講座名で行う連続講座の講師を務めている。

実務家の一員なので,これまで培ってきたさまざまな実務上の経験を活かし つつ,自分の持ち味を発揮する教え方を日々心掛けている。しかし,普段か ら自分はいったいどういう立場で,どういう目的で教壇に立っているのか,

思案することがあり,また,後述する消費者教育としての金融リテラシー

(家計管理と生活設計を習慣化し,金融商品を適切に利用選択する知識と判 断力を身に付けることをいう。以下同じ。)の教育という観点で,大学の連 続講座を開講する動きもあることから,筆者が講師を務めている損保協会に よる大学の連続講座について,その位置づけや意義を改めて筆者なりに整理 しておきたいと思うようになった。ただ,損保協会としての意義等を論ずる ことは,筆者の立場上できにくいので,損保協会が実施する連続講座を題材 にして,実務家が行う大学の損害保険連続講座について,その意義や目的あ るいは課題を考察することとする。なお,考察にあたっては,損害保険を中 心とした保険教育の,業界的な視点と社会的な視点からアプローチすること としたい。

2.損保協会が行っている大学の連続講座

⑴ これまでの経緯

保険の実務家(以下OBを含む。)が大学の非常勤講師として,保険関係 の連続講座を受け持つ例はそれほど多くはないが,散見される。また,保険 会社が寄附講座として大学の連続講座を開講する例もある。こうした背景に は,大学側としては,学術的な世界に実学的な世界も織り込むことによって 学生の社会人力を高めるねらいがあるし,保険業界側には,保険に対する関

文の ころの上付きが入るため強制送りします

(3)

心や理解の促進を目指すねらいがあると考えられる 。また,損保協会では,

従来から大学や大学教員からの依頼に基づき,大学の講座の1コマ(1時間 30分程度)を頂戴して保険関係の講義を行う例は多々あった。生命保険分野 でも,公益社団法人 生命保険文化センター (以下, 生保文化センター という。)が同様の取り組みを行ってきた。これらは,業界ミッションとし て,保険の知識啓発のための講師派遣事業という位置づけになろう。

こうしたなかで,損保協会は2002年度と2003年度に大分大学で損害保険の 連続講座を実施し,また,2007年度からは琉球大学で,2008年度からは香川 大学で連続講座を開講した。この3つの大学については,特定の保険学者や 特定の保険会社との縁があって実施する運びとなったが,2010年度からは損 保協会が組織をあげて,全国的に連続講座の開講を展開するようになった 。 これを機に損保協会が実施する大学の連続講座は飛躍的に拡大し,現在,全 国の15の大学で行われている 。

⑵ 標準的なシラバス

講義の具体的な内容については,個々のシラバスにおいて明らかにされて いる。対象とする学部によって若干異なるものの,標準的な講義構成は下記 のとおりであり,半期2単位というのが基本である。

1) 大学の寄附講座は,さまざまな業界で行われている。よく耳にするのは㈱野 村証券であり,全国の大学で幅広く寄附講座を行っているようである。最近で は,一般社団法人日本自動車工業会が,昨年度から, 大学キャンパス出張授 業 と称して,自動車メーカーの役員が講師を務め,複数の大学をまたいだ連 続講座を実施している。

2) 損保協会が大学の連続講座を行うようになった経緯や背景については,竹井 直樹(2013) 消費者教育としての保険教育―損保協会の取組みを通して考え る― 保険学雑誌第623号171頁〜173頁参照。

3) 15校は,北海道大学,東北大学,福島大学,一橋大学,上智大学,埼玉大学,

名古屋大学,金沢大学,大阪大学,広島大学,山口大学,香川大学,高知大学,

長崎大学および琉球大学である。講座対象学部は経済学部または法学部が多い が,全学部も一部にある。

(4)

① ガイダンス ―保険を学ぶということ

② 保険の基礎1 ―保険の仕組み

③ 保険の基礎2 ―保険の歴史,保険の基本的事項

④ 世の中のリスク

⑤ リスクマネジメント

⑥ 保険と法制度

⑦ 交通事故と保険1

⑧ 交通事故と保険2

⑨ 火災や自然災害と保険

⑩ 病気やけがと保険

生命保険と損害保険,そして共済 企業のリスクと保険

再保険とART

損害保険市場と損害保険経営 全体のまとめ

損害保険であるから,リスク教育と保険教育が大宗を占めるが,その前提 としての保険用語,基本的な仕組み,歴史,保険関係法等の基礎知識をじっ くり教え,そして,終盤には損害保険市場や損害保険経営について理解を深 めるという流れになっている 。

⑶ 損保協会ミッションとの関係

損保協会の定款では,損保協会の事業の一つとして 損害保険の普及啓発 及び理解促進 が掲げられ,消費者啓発や消費者教育が損保協会のミッショ ンとして想定されている。これまでの消費者教育としての損害保険教育の歩

4) 実務家の講師については,筆者のような損保協会職員が中心であるが,損保 協会会員会社の社員,一般社団法人日本損害保険代理業協会の会員幹部,消費 者問題専門家などを招聘するケースもある。

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みについては別稿に譲るが,損保協会が実施する大学での連続講座も消費者 教育の一環として捉えられてきた 。

ところで,保険分野における消費者教育にはいろいろな手段がある。教育 現場の学校を活用した授業教育,自治体とタイアップする等による一般消費 者向け講座,消費者との接点を担う消費生活相談員向け勉強会などの相対教 育,さらには損保協会のホームページを活用した各種情報提供,消費者向け 啓発冊子の作成・配付,マスメディアを活用した広告や保険記事の掲載依頼 など,さまざまである。しかし,大学の損害保険連続講座が学校の授業教育 を利用した消費者教育や消費者啓発という位置づけのみなのかについては,

さらなる検討が必要ではないかと思っている。従来から損保協会や生保文化 センターで行われてきた,大学授業の1コマを使った単発の講座であれば,

消費者啓発の活動と捉えることができる。しかし,授業科目として講座名を 冠した単位付きの連続講座は,もちろん消費者啓発の一面はあるが,もっと 奥深い価値と意義があるのではないかと思う。この問題意識をこれから考察 していく。

⑷ 学生の率直な感想

筆者はこれまで,10年以上にわたり,主として保険に関係するさまざまな テーマ について,数多くの大学で講義を行ってきた。講義終了後に学生た ちの感想を寄せてもらうことがあるが,最近,今さらではあるが,この学生 たちの感想や問題意識について,一定の類型化や傾向を読み取ることができ るのではないかと思うようになった。感想を収集する意図は,学生たちの理 解度がどの程度なのかを把握し,教え方の改善に役立てたいということと,

疑問や質問を積極的に出してもらって,それに応えながら理解を深めてもら

5) 竹井・前掲注2)166頁〜173頁。

6) 保険の前提となるさまざまなリスクの考察とリスク回避方法はもちろん,リ スクを生じさせないためのコンプライアンス,企業倫理,さらには

CSR(企

業の社会的責任)などもテーマである。

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いたいということである。そもそも,こうした感想を収集し,フィードバッ クすること自体が単発の講座では限界がある。

いずれにしても,初めに,現在の学生たちの保険と保険会社に対するイメ ージや評価について,ここで整理することとする。これまでに寄せられた学 生の感想等を基に,類型化すると次のようになる。

(学生の保険イメージ)

とにかく難しい,取っ付きづらいものだという印象がある。

保険専門用語が多く,わけがわからない。

保険の必要性について考えたことがない。

自動車保険を実際に契約しているのに,関心がない。

保険と社会との関わりを知らない。

損害保険と生命保険の区別が判然としない。

テレビやネットを見るので保険会社名は数社知っている。

(自動車保険に関連して)交通事故に遭遇したことある者が少なから ず存在する。自動車を実際に運転する者は自動車保険には興味を示す。

(海外旅行保険に関連して)海外旅行経験者の割合は,首都圏の大学 では相当に高く,地方の大学で相当に低い傾向にあるが,概して海外 旅行保険には興味を示す。

○ FPの勉強をしている者が散見され,それらの者は保険に比較的詳し い。

(学生の評価)

・講義序盤における保険業界に対する印象

人の不幸で事業が成り立っているので,胡散臭い。

保険は相互扶助であるべきであり,営利目的で行うべきではない。

保険金を払い渋れば儲かる構造になっている, せこい 業界。

外から見えにくい閉鎖的な業界。

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・講義序盤における講義の印象

専門用語が多く,商品は複雑で,覚えきれない。

講義資料が膨大で,学ぶ範囲が広すぎるし,そもそも情報量が多すぎ る。何をポイントに勉強すれば良いのかわからない。

講義資料はパワーポントなので,文字だけでなく,図表や画像も取り 入れて簡潔でわかりやすい。いかにも実務家の講座という感じがする。

講義資料が膨大なので,時間配分が均一でなく,切羽詰ると早口にな って聞き取りにくい。

・講座終盤における感想

保険を少し身近に感じるようになった。将来かならず保険を購入する 時が来るので,もっと関心を持たなければいけないと思った。

保険と社会との接点をさまざまに学べ,保険の機能が理解できた。

保険事業が持つ公共性が,いろいろな法規制の根拠になっていること が少し理解できた。

世の中にはいろいろなリスクがあること,そしてその認識・認知がい かに低かったかを気づかされた。

将来にわたって保険の学び方を理解できたような気がする。

他の教員の講座と異なり,実際に社会で役立つ知識が得られた。

以上を踏まえながら,一つ言えることは,講座のスタート時と終盤では,

感想の中身も書き方も大きく変わり,成長の跡がはっきりと読み取れるとい うことである。先入観も少しずつ氷解し,少なくとも学びながら自問自答す るようになる。この学生たちの潜在能力と吸収力,そして柔軟性を,単に消 費者教育というジャンルに留めておくことはまことにもったいないと思う。

3.金融リテラシーの一環としての大学の連続講座

2012年12月に 消費者教育の推進に関する法律 (以下 消費者教育推進

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法という。)が施行され,さらに 消費者市民社会 の形成に参画する新た な消費者像の教育環境を整備すべく,2013年6月には,消費者庁と文部科学 省が中心になって 消費者教育の推進に関する基本的な方針 (以下 消費 者教育基本方針 という。)がまとめられた。一方,金融庁では,2012年4 月に 金融経済教育研究会報告書 がまとめられ,金融リテラシーの教育の 施策が提言され,消費者教育基本方針にもこの考え方が織り込まれた 。そ して,2014年6月には,金融広報中央委員会の 金融経済教育推進会議 が,最低限習得すべき金融リテラシーとして 項目別・年齢層別スタンダー ド (金融リテラシー・マップ)を作成した。現在,このマップの実践も見 据えながら金融庁・日本銀行の主導の下で,複数の大学において金融リテラ シーの連続講座が開講されている 。金融リテラシーの教育は,前述したマ ップにあるとおり,年齢層別にアクションプログラムを策定しているが,そ のなかでも大学教育に金融庁等が注目したのは,学習指導要領との調整が不 要であること,生活経済分野の専門家の教員のフォローを期待できることな どが理由ではないかと思われる。

ここで,この金融リテラシーの連続講座と損保協会が現在行っている連続 講座の関係について若干考えてみたい。金融リテラシーの連続講座は,損害 保険を金融商品の一つと位置づけ,家計管理や生活設計のなかでどのように 利用選択するかの観点で,知識の習得とその知識を実生活で生かしていく着 眼点や判断力を培うもので,金融商品ごとには単発的な講座の構成をとって いる。一方,損保協会の連続講座は,個人や企業が抱えるリスクの教育とそ のリスクの対処としての保険関連教育を連続して実施するものであり,消費 者教育の一面はあるが,量的にも質的にもそれをはるかに凌駕する実学教育

7) 前掲注2)175頁〜177頁。

8) 今後の金融経済教育の推進役を担うものとして,有識者,金融業界団体,金 融庁,消費者庁,文部科学省がメンバーとなった会議である。

9) 2014年度上期に,東京家政学院大学と慶応義塾大学法科大学院で実施され,

主に各金融業界団体の職員がそれぞれの金融商品ごとに講師を務めた。今後,

こうした連続講座を増やしていく方針が決定している。

(9)

であるといえる。したがって,この2つの講座を同じレベルで扱うことはで きないし,その意義も目的も別物と捉えるべきである。双方の講座とも講師 は実務家であるが,内容的には,損害保険の連続講座の方には生活術を学ぶ 以外にも,保険制度を通じて社会インフラを学ぶ等の学習領域の広さと学術 的な広がりを持っていると思う。

4.損害保険の教育上の留意点

⑴ 一般的な金融商品との違い

金融リテラシーの観点から損害保険を一般の金融商品と同列に考えようと すると,真っ先に違和感があるのは,その機能の違いである。損害保険は資 産保全が機能であるが,一般の金融商品は資産形成が主たる機能であり,そ れに付随して資産保全の機能がある。したがって,商品を購入する目的は根 本的に異なることになり,お金や資産を増やそうとするのが一般の金融商品,

お金や資産を守ろうとするのが損害保険である。そうすると,金融リテラシ ーの教育は,お金を育てる教育,資産を育てる教育であるが,損害保険は,

お金を持つこと,資産を持つことによって生じる新たなリスクに対処するた めの教育である 。金融リテラシーの教育のなかでは,この違いを大前提に 置かなければならない。特に,同じ保険でも,貯蓄性の高い生命保険と損害 保険を混同するようなことを消費者側に引き起こすことがあってはならない。

金融商品を購入する目的のところで,誤解を生じさせるような事態は絶対に 回避しなければならない。損害保険については,家計管理や生活設計のプロ セスのなかで,資産の管理というステージにおいて,その活用の仕方と限界 を理解・習得することが重要であるといえる 。

もう一つ,金融リテラシーの教育のなかで違和感を覚えることがある。そ 10) 損害保険が持つ資産保全機能は,個人資産に限らず,企業や団体の資産にも

共通するものである。

11) 資産保全の手段は損害保険には限らない。また,損害保険には,補償の範囲 や額についての制約がある。こうしたリスクマネジメントを教え込むのも金融 リテラシーのなかでの損害保険教育である。

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れは一般の金融商品を念頭に置いた金融リテラシーの教育の特徴といえるの かもしれないが,教育するうえで,個別商品の販売推奨は厳に慎まなければ ならないという原則である。前述した 金融経済教育研究会報告書 では,

各業界団体や各金融機関が実施するセミナー等においては,金融リテラシー の教育として行うのか,個別商品の販売推奨を主眼にして行うのかを,参加 者に示したうえで行うのが望ましいと述べている 。この趣旨はもちろん理 解できるが,損害保険ではこの原則をそのまま当てはめることができない場 合がある。それは,法律で付保が強制されている自賠責保険,法律で普及が 義務づけられている地震保険,被害者救済の観点から付保が推奨されている 自動車保険や自転車加害事故を補償する賠償責任保険 ,外務省がそのホー ムページで推奨している海外旅行保険などである。こうした点でも,損害保 険が一般の金融商品とは,その性質を異にする部分があることがわかるだろ う。損害保険には,被害者や被災者を救済するために,国の政策に直接的,

または間接的に組み込まれた保険があることは, 行政(施策)論 の観点 でも興味深い。

⑵ リスク教育

損害保険を教える場合にまず触れなければならないのは,損害保険が補償 の対象とするリスクについての教育である。ここでいうリスクとは,交通事 故,火災・爆発,自然災害,病気などの,いわば災害リスクである。このリ スク教育には単なる保険教育をしのぐ意義があり,それは命を守るための教 育だから何よりも優先されなければならないということである。この点は一 般の金融商品の教育にはない領域であり ,損害保険教育における大きな特

12) 金融経済教育研究会報告書18頁。

13) 最近,自転車の加害事故ついては,その多さと被害者救済の不十分さから,

自治体が,賠償責任保険の付保を義務づける条例を公布する動きがある。

14) 損害保険教育には,リスクマネジメントの一環としての位置づけがある。商 品が持つ元本欠損等のリスクを重視する一般の金融商品の商品説明とは,リス クの捉え方が根本的に異なる。

(11)

徴である。ただし,こうしたリスク教育については,学術の分野でも,実務 の分野でも,多彩な専門家がたくさんおられるので,保険実務家が行うリス ク教育はその導入部分を担うことが役割である。

ところで,リスク教育にとって重要なことは,まず,リスクに関心を持っ てもらうことである。関心を持つことがさまざまな問題意識を生み出し,そ れが判断力を養い,結果,具体的な行動に結びついていく。大規模な災害が 起こると繰り返し指摘されることであるが,そもそも関心が薄い,関心がな いから知識がない,知識がないから予防ができないし,被害の拡大も防げな いという負の連鎖である。リスク教育では,この負の連鎖を断ち切らなけれ ばならない。それは 自分事化 をめざすことであり,そのためには若いう ちから繰り返し教え込んでいかなければならない。それゆえ,リスク教育,

すなわち,防災・減災教育や災害教育を,小学校低学年レベルから実施する ことが重要になる。また,こどもは親を巻き込むから,教育の伝搬度合いが 飛躍的に拡大する効果も期待できる。

一般的には,リスク教育を消費者教育とは捉えないだろう。損害保険教育 にはリスク教育が不可欠だから,損害保険教育には消費者教育以上の重みが あるということになる。こうした観点で大学教育を考えると,大学というス テージは,リスク教育の集大成をめざす,あるいはこれまでのリスク教育の 振り返りを行う時期なのではないかと思うが,筆者が実際に接する学生を見 ていると,そのレベルにはまったく及ばないのが現状である。これは,少な くとも一般の学生には災害に対するリスク管理が欠如していることを意味し,

国家的な危機といっても過言ではない 。

15) 保険は周知されているが,保険が保障するリスク自体の理解が十分にはなさ れていないものとして がん がある。日本のがんの死亡率は諸外国では群を 抜いていて,日本人はがんを知らなさすぎるとして,体系的ながん教育の構築 を提唱する学者もいる。日本経済新聞2014年9月14日 がん社会を診る 中川 恵一東京大学病院准教授。

りします

タイトルのみなってしま

(12)

⑶ 身近であって身近でない

自動車を購入する,住宅を購入するといった,高額な買い物ではあるが日 常的に起こりうる出来事に対して,損害保険は,生命保険のような顧客に向 けたニーズ喚起は必要なく,いとも簡単に購入される。それだけ社会常識の ようになっているにもかかわらず,消費者側の自動車保険や火災保険への関 心は高くはなく,商品知識も十分ではない。その理由は,①誰もが保険金を もらえるわけではないので,事故が起こったときでないと関心が湧かない,

②いろいろな補償を組み合わせた商品が多いので,商品が複雑で,消費者の 一般的な理解を困難にしている ,③商品の詳細については,代理店任せ,

親任せという構図が依然として残っている,などである。

この 身近であるはずなのに関心が薄い という損害保険特有の状況を解 決するためには,第一には,商品構成上は思い切った商品の簡素化を実施し て商品説明をしやすくし,消費者が耳を傾けてくれる環境を作ること,そし て商品説明上はリスク教育を普及させながら,まず,リスクに関心を持って もらうビジネスモデルを作ることではないかと思う 。

第二は,損害保険に関する消費者教育をさらに推進することである。保険 専門用語が多く,商品が複雑であるからといって,消費者のこれまでの知識 レベルを放置しておくわけにはいかない。消費者の知識レベルを少しでも引 き上げる取り組みを,地道に,間断なく,行っていく必要がある。場合によ っては,損害保険業界の常識を社会の常識に引き上げる働きかけがあっても よいと思う。そのための出発点は,まず,関心を持ってもらうこと,身近に 感じてもらうことである。こうした点で,大学の損害保険連続講座は,業界 にとっては損害保険に関する消費者の知識や判断力のレベルを引き上げるた めの新たなチャレンジの場として位置づけられるのではないだろうか。

16) 損害保険分野の主力商品である自動車保険,火災保険および海外旅行保険は,

物保険,責任保険および費用保険を組み合わせた保険であり,商品構成上は非 常に複雑である。

17) リスクに関する説明については,まさに実務家の知識と経験が活かされる場 面である。

(13)

5.実務家が行う大学の損害保険連続講座の意義

これまで,実務家として,大学の連続講座の講師を務めながら思ってきた 都度の問題意識をとりまとめてみた。そうしたなかで,最近,実務家が行う 大学の連続講座において,損害保険というテーマは,実学上も学術上も格好 の題材ではないかと思うようになった。それを最後にまとめて,結びとした い。

まず,損害保険は複雑であるから,学ぶにはそれなりの時間が必要である ということである。いろいろなリスクを対象にしているため,何を補償して,

何を補償しないのか,そして,補償する場合はどのような条件で補償するの か,それらを学ぶだけでも容易ではない。したがって,商品教育という点で も,単発の講座では理解を深めることは困難である。また,実際に講座で使 用する保険用語を解説するだけでも,理想的には1コマ(1時間30分程度)

から2コマは費やさなければならず,これを出発点にして進めないとその後 の理解はおぼつかない。

第二に,損害保険の世界は,実務(実学)の世界と理論(学術)の世界が 適度にコラボレートしていて,アカデミックな実学連続講座を構築できると いうことである 。例えば,①保険の仕組みは大数の法則を基本に成り立っ ているが,では,保険会社は引き受けているリスクをどのように計量化し,

どのように保険料率をはじき出しているのか,②交通事故が発生した場合の 損害賠償の問題について,保険会社は法律上の損害賠償責任の有無と実際の 損害賠償額の算出に関し,どのような調査を行っているのか,③ADR(裁 判外紛争解決手続)の理念と法的枠組みのなかで,実際にどのような苦情や

18) 保険論や保険法といった学術的な世界が,これまで面々と築き上げられてき たことは,実学教育にもそれなりの重厚さを醸し出すことになる。損害保険は,

学生にとっては,理論と実学の関係を目の当たりにできる分野であるといえる。

ある学生の感想を原文で紹介する。 概念を理解しても,実際,実務になると なかなかセオリー通りにはいかない難しさを大学生活を通して感じていたため,

今回の授業は実務の話が多くあり,とても実践的でおもしろかった。

(14)

紛争があって,どのような対応が図られているのか,などはまさに実務の世 界であり,学生の知的好奇心を駆り立てる格好の題材である。

第三に,損害保険教育の前提となるリスク教育を一定程度体系的に行うこ とができるということである。そもそも前述したように学校教育のなかでリ スク教育が十分に施されているかについては問題なしとはしないが,損害保 険教育の一環としては,リスク教育をそれぞれの商品と関連づけて行う必要 があり,単発の講座ではとても説明できるものではない。筆者の経験では,

学生はリスクの解説をすればそれなり関心を持つので,リスクと保険商品を 結びつける部分の説明をさらに工夫すれば,保険にも関心を持つのではない かと思う。このあたりの教え方が実務家講師の腕の見せ所である。

第四に,連続講座は単純な消費者教育ではないということである。大学生 を消費者教育や金融経済教育のターゲットにすることは,大学生が成長過程 の真っただなかの発展途上にあり,先入観があまりないこと,また,授業の 一環なので学びを強制され,さらに試験等によって効果検証が可能であるこ とから,きわめて有効である。しかし,前述したように,損保協会が行って いる連続講座は,消費者教育のような単に生活術を教える以上の,社会人と しての生活基盤や社会・経済の生い立ちや仕組みの入り口部分を教えること が含まれているのではないかと考える。損害保険の連続講座を通じてリスク や保険に関心を持つようになり,身近に感じられるようになれば,それをき っかけに次から次へと関心の輪を広げられるようになるのではないか,そし て,結果的には損害保険に対する知識と判断力の底上げに資するのではない か,そう思うのは楽観論であろうか。いずれにしても損害保険は裾野が広く,

リスクと裏腹だから,学生の関心を呼び起こすのには格好の題材であること は間違いない。

実務家が行う大学の損害保険連続講座には,業界的にも社会的にも,以上 述べてきたようなメリットがあるのだから,その価値や意義を再評価し,新 たな価値創造やビジネスモデルを創り上げていってはどうだろうか。最近,

こころなしか一般企業や団体が大学の連続講座を開講する動きが増えている

(15)

ように思われる。産業界が個社の利益ではなく,社会的な利益をめざして大 学教育へ関心を持つようになれば,各業界が切磋琢磨して,時代を見据えた さらに高いレベルの多才な人材の育成が実現できるかもしれない。

(筆者は日本損害保険協会勤務)

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