物理乱数の応用 1
一リアルタイム処理による各種統計分布一
岸本 俊祐*
Utilization of physical random digits to get some statistical distributions
Shunsuke KISHIMOTO*
An instructive system is developed to obtain some typical statistical distributions. Hardware of the system consists of a detector of radioactive ray$, an electronic circuit which generates physical randoum digits, and a personal computer.
The circuit puts out random digits whenever radioactive rays are detected, and feeds interrupt request signals to the peエso皿al computer. The personaユcomputer reads the random digits at that instant, then counts them up and makes running histograms on the CRT screen on real time basis.
By means of the systern, we can show the some typical statistical distributions ; the poisson distributions with any means, the normai distributions, and x2−distributions of various degrees of freedom.
1. はじめに
ランダムな自然現象を雑音源にして、ハードウェアで 発生させる乱数、つまり「物理乱数」を簡易な装置で得 る新しい方法が開発された1)。ランダムな自然現象とし ては代表的な、放射性元素の自然崩壊による放射線を用 い、それが生起する時間の偶然性を乱数の でたらめさ の根拠として発生させる方法である。放射線生起の時間 間隔をゲート時間とし、その間に通過させた周波数の高 いクロック信号のパルス数を10進の電子カウンタで計 数し、最後の1桁を10進乱数として取り出す。この方 法は以前からよく研究され、実用化の試みがなされてき ているが2)一4)、単にクロックパルス数を計数するという 操作のみでは、その計数値が非現実的なほど極端に大き くないかぎり、得られる乱数の等確率性があまり良くな いことがわかっている5)。そこで、その精度を上げるた め、カウンタの計数動作や計数値の取り出し方法に色々 な工夫がなされてきたが、そのため、大がかりで複雑な 装置や、発生のためだけの特別な環境が必要な場合が多
かった。
今回開発された方法では、カウンタに10進1桁の同 期型アップ/ダウンカウンタを用いている。そして、ク
* 情報工学科
平成6年8月31日受理
ロック信号に同期させながら、放射線検出パルスでアップ カウントモードとダウンカウントモードを交互に切り替 えながら計数させる。このちょっとした工夫により、単に クロックパルス数を計数するのとほとんど変わらない簡 単な回路構成や手順で、等確率性に対する精度が格段に 良い(各乱数の発生確率の1/10からのずれは6×10}9 以下の)10進整数乱数が発生できる1)。
このように、発生原理がきわめて単純で、それを実現 するハードウェアも簡単なため、実際の電子回路は、パ ソコンの拡張スロット用インタフェースボード上にすべ てを組み込んで装着し、通常のパソコンインタフェース と同様に扱うことができる。このため、乱数が必要なと きには、いつでもリアルタイムでそれを発生させながら、
直接利用することが可能となった。そこで、この特徴を 最大限生かした応用として、物理乱数を発生させながら、
それをリアルタイムで集計・処理することにより、正規 分布やポアソン分布等の代表的な統計分布を実験的に直 接得ることのできる学習システムを作ることにした。
2. ハードウエア
ハードウェアのシステム構成をFig.1に示す。放射線 検出装置(GM−Counter)、インタフェースボードに組み 込まれた乱数発生回路(Random digit Generator)、パー
ソナルコンピュータから成っている。実際は乱数発生ボー ドがパソコンの後部スロット内に装着されるので、ハー ドウェア全体の外観は、放射線検出装置とパソコンのみ から構成されているように見える。
GM一 Random digit counter Generator
繰
るごとに入力ポートから1個ずつ10進整数乱数を読み 取ればよい。Fig.2に乱数発生回路のブロック図を示す。
回oo
日臼凹口□ 椀 Timing
Eヨ
[E1ii]
一思監
o Quar七z 1a・ヒorOsci1−
Prese七 Data
4
U/DDecade
counter Buffer
GM一 七ube
Fig. 2: Block diagram of the random digits generator.
磁・… 口0ロ
ー 3. 適合度検定どλ:2分布
Fig. 1: Schematic diagram of the hardware system.
放射線源は半減期が約30年の137C,である。放射線 障害防止法に規定されている線量以下の弱いもので、教 材用として市販されている。したがって、その取扱いは、
資格や特別の環境は不要であり、放射線に対する一般的 な注意をするだけでよい。それから放出される放射線は GMカウンタで検出される。放射線検出頻度の調整は、 G M管をセットするためのスタンドを用いて、線源とGM 管の距離を変えながら、検出装置のパネルメータを見て 簡単に行うことができる。
乱数発生ボード上の電子回路は、10進1桁の同期型 アップ/ダウンカウンタ、水晶発振によるクロックパルス 発生回路、タイミング回路、カウンタバッファやプリセッ
ト回路等から構成されている。クロック信号発生回路は 2MHzでデューティ比がきっちり50%のクロックパル スを発生する。それを10進カウンタに入力し、パルス 数を計数させる。桁あふれは無視するので、カウンタの 計数値は、アップカウント状態では0から9まで、ダウ
ンカウント状態では9から0までをくりかえすことにな る。そこえ放射線を検出したタイミングで、バッファヘ ストローブ信号を送り、ちょうどその時のカウンタの内 容を一旦バッファに保持し、割り込み要求信号を出力す る。続いて、カウンタの動作モードを0にリセット・アッ プカウント状態か、9にプリセット・ダウンカウント状 態に切り替える。
こうして、乱数発生回路は、放射線が1個検出される ごとに1個の10進整数乱数を発生しパソコンに割り込 みをかける。したがって、パソコンは乱数が必要なとき には、割り込み許可の状態で動作させ、割り込みがかか
実験で得られた任意データの度数分布が、理論的に期 待される分布に合っているかどうかを調べる統計的検定 の1つにX2値による適合度検定がある。任意のある1 つの事象があり、その生起に関する確率変数の値がある 分布をとるものとする。いま、その値の分布をた個の 階級に分け、それぞれの階級値が実現する理論的確率を Pi,(i=1,2,_,k)、!>回の事象発生の中で、 Piに対応 する事象の観測度数がniであったとする。もちろん
あ た
Σ Pl=1,Σ・・=κ
i=1 i=1
である。統計論によれば、検定統計馬
面@㍊剛
は、ノVやNPiが適当に大きければ、近似的に自由度k・一1 のX2分布に従うことが知られている。そこで、10進 1桁乱数を発生させながら、0から9までの数が出現す る度数をリアルタイムで集計し、そのヒストグラムをパ ソコンの画面に表示していく。そして200個の乱数が発 生されるたびに
ノ=撃i♂o)2
i=o
によりX2値を計算する。 niは0から9までの乱数の集 計度数である。この手順を多数動くりかえし、x2を求め
ると同時に、その値を適当な階級に分けて集計する。そ して、x2値の分布のヒストグラムもリアルタイムでパソ コンの画面に表示していく。Fig.3は、そのくりかえしを 500回行って、自由度9のX2分布がきれいに得られた画
丁をハードコピーにとったものである。この図の折れ線 は自由度9のx2分布から期待される理論度数の分布を
あらわす。
3e 2e le
No.5四
90
二
9
Chi−sq.= 8.9 75
se
25
Chi−sq. Distribution (df: 9)
e
e 5 二8 雲5 2e 25
Chi−Square
Fig. 3: Uniform distribution and x2−distribution.
のようにして次々と色々な自由度のx2分布を得ることが できるが、そのうち自由度が2と6の場合について、実 際に得られた分布をFig.4に示す。これらはいずれも上 で示した手順で得られた2000個のX2値を適当な階級に 分けて集計したときの分布である。図の点線の曲線はそ れぞれの数学的期待度数を現す。
Frequency 5ee
4ee
3臼e
2臼9
19臼
df=2
e
臼 2 4 6
df=6
ユロ エ エ ユそう ユ ロ
Chi_square
最初、放射線の検出を1.OHz程度のゆっくりした頻 度に設定しておき、この実験を開始する。すると、次々に 発生される乱数が何であるかを画面上で1つ1つ確認す ることができる。そして、一様分布のヒストグラム上で、
それぞれの乱数に対応した棒グラフがゆっくり伸びてい き全体ができあがっていく6200個の乱数発生でそのヒ ストグラムが完成すると、ただちに、x2値が計算され、
その分布のヒストグラムが更新される。こうして、それ ぞれの分布ができあがっていく様子を一部始終ゆっくり と観察することができる。一一reり確認できたら、.放射線 の検出頻度を200Hzぐらいまで上げる。200 Hzぐらい にすれば、一様分布はほぼ1秒ごとに得られ、その都度 X2分布のヒストグラムが更新されるので、8分ほどで全 体の分布が得られる。
この図において、点線は自由度9のx2分布から期待 される度数である。X2値を12の階級に分けて集計した から、実測度数分布と理論度数分布の適合度を自由度11 のx2分布による検定で確かめることができる。この分 布のX2値は11.62となり、一方、有意水準5%のX2値 は届(0.05)=16.92なので、観測度数分布は理論度数分 布によく合っていると考えてよい。
発生乱数を0と1、2と3、,..、8と9のように2個 ずつ5階級に分けて集計すれば、自由度が4のX2分布 が得られる。また、発生乱数を2桁ずつ組み合わせて00
〜99に分布する100個の乱数とみなし、それを4「等分 して集計すれば、自由度が3のX2分布が得られる。さら に、99のみを無視し、残りの99個を3等分して集計す れば、自由度が2の分布が、98と99を無視し、残りの 98個を7等分すれば、自由度6のX2分布が得られる。こ
Fig. 4: x2−distributions with 2 and 6 degrees of freedom.
4. ランダム過程とポアソン分布
ある事象が時間的にランダムに発生するとき、単位時 間に発生するその事象の個数はポアソン分布にしたがう ことが知られている。いま、10進1桁乱数をn個発生 させるとき、それにかかる時間は、1つ1つの乱数発生 がまったくランダムであり、また、それぞれの乱数が発 生する時間間隔の指数分布的特性は、乱数発生の過程で 失われるから、nが適当に大きければ、ほぼ一定になる と思われる。そこで、これを荒い近似で一定と見なすこ とにする。そして、10進1桁乱数をn個発生させては、
その時間内で発生した着目乱数(たとえば、 1 )の度 数を集計すれば、その度数分布は平均がn/10のポアソ
ン分布となることが予想される。
そこで、10進1桁乱数をn個発生させては、着目乱 数の数を数え集計することを多数回くりかえす。このと
き、集計やその度数分布表示をリアルタイムで行えば、
ポアソン分布のヒストグラムができあがっていく様子を 一部始終パソコンのディスプレイ上で見ることができる。
Fig.5は、 n=47、繰り返し数を1000回として集計した ときの、ポアソン分布のヒストグラムが出来上がってい く様子を見たものである。この図で、上のヒストグラム はくりかえし数が100回まで、中のヒストグラムは500 回までの途中経過で、一番下が最終結果である。最初の 内は各階級のあちこちの棒グラフがランダムに伸びてい くが、100回ぐらいで何か分布らしい形となり、500回
frequency
20図
1ez
e
1ez
<<<Histogram Qf「count>>>
口
e o
frequency 2鴎
5 IZ ユ5
である。
5。 中心極限定理と正規分布
1ZZ
e
5 IZ 15
z 5
count
1図
meen= 4.7 ・:Po i sson
15
確率論で最も重要な定理の1つである中心極限定理に よれば、平均値μ、分散:σ2を持つ任意の分布にしたが う確率変数があるとき、そのη個の平均値:はπが適当 に大きければ、正規分布N(μ,σ2/n)に収束する。いま、
データ処理を簡単にするため、確率変数として区間[0,1)
に分布する実数型一様乱数r1,r2,...,rkを考える。その た
和Σ⊃riは平均μ=k/2、分散σ2=扉12の分布を持
ぎコユ
ち、たが大きくなるにつれてその分布は正規分布に近づ く。そして
z一 曹鋳N2
Fig. 5: Growth of the Poisson distribution
ではポアソン分布らしい特徴のある分布となる。最終結 果は平均が4.7のきれいなポアソン分布となっている。
乱数発生のスピードを毎秒200個程度とすると、1つ の分布を得るための時間は4分弱である。分布の平均値 の調整は、集計個数nを変えればよいので簡単に設定で き、色々な平均値に対する分布を実験的に得ることがで きる。Fig.6に平均値の異なった3つのポアソン分布を同 時に表示した例を示す。これは、nの値を3つ適当に設 定しておき、順番に次々とリアルタイムで分布を得たも のである。図中の曲線は、いずれもそれぞれのデータと 同じ平均値を持ったポアソン分布による理論的期待度数
なる変換を行えば、確率変数ZはN(0,1)の標準正規分 布になる。
tE〕臼臼
75e
5臼θ
25g
鵯
teee 75e 5B臼 25e
1ZZZ
一2 e 2
k= 1 19箇日 75臼
see 25eF一
e
4 teee
弓2
k= 2
臼 2 4
k= 3 75e
5三三
25e
k= 5
eua e−4 一2 e 2 4 :q一 一 ET−g一一一it 4 Frequency
75Z
frequency
3図@
15Z
翔
15e
<<< Poisson Distribution >>>
15臼
5
mean= 8.1 1e
mean= 4.1
e
e
臼
15 2Z
5 IZ
mean= 2.1 15
n
2Z
5 1e
counts
15
Fig. 6: Poisson distributions with various means.
5吻 25Z
ノ
r
一図
一4 一3 一2 一1 Z Z−Ualue
k=12 Expected Freq.
s/
1 2 3 4
Fig. 7: Verification of the central limit theorem.
この中心極限定理を、物理乱数を用いて、直接実験的 に確かめる。連続して発生させた10進1桁乱数4個を
4桁にまとめ、それを104で割って[O,1)に分布する一 様乱数に変換する。それがk個得られたら、その都度上
式のZ値を計算し、その分布を階級に分けて集計する手 順をくりかえす。
Fig.7はkを1、2、3、5、12とした場合のそれ ぞれ20000個のZ値の分布である。k=1のときのフ ラットな分布から、k=2の三角形分布を経て、 kが大 きくなるにつれ点線で示した標準正規分布に近づく様子 がよくわかる。kが5以上になると、観測度数の分布は 正規分布とほとんど見分けがっかなくなる。1つの分布 を得る時間は、k ==1のときが約100秒、 ll =12のとき が約20分である。
6. おわりに
物理乱数をきわめて簡単な装置で発生できるようになっ たので、それを教育実験に応用することを試みた。乱数 発生のためのハードウェアは、パソコンインタフェースの
1部として扱うことができるほど操作も容易である。ま た、発生装置の中心部を占める電子回路部分は、すべて ディジタル動作するため、メンテナンスフリーで特別な 調整や環境も不要である。一一般の実験室のような環境で も、必要なときいつでも物理乱数を発生させることがで きる。そこで、目の前で発生させた物理乱数を実際のデー タとし、それをリアルタイム集計・処理することにより、
代表的な統計分布のいくつかを実験的に求めることので きる学習システムとした。
10進1桁乱数を次々と発生させながら、一定個数ご とに各乱数の度数を集計し、それを一様分布と見なして、
x2値による適合度検定を行う。そのとき得られる多くの x2値の分布を集計することによりx2分布を得た。発生 乱数を1桁のまま、あるいは2桁にまとめたり、そのう ちの1部を無視したりしながら適当に等分することによ り、それぞれの区間に入る乱数の個数を集計し、x2値を 求めた。こうして、自由度が2、3、4、6、9、13等 のx2分布を次々とリアルタイムで求めることができた。
10進1桁の乱数がn個得られるごとに、その中に含 まれている着目乱数の個数を数える。そして、その数を 階級値としてその階級値が生じた度数をヒストグラムに することにより、平均値がn/10のポアソン分布を得た。
たとえば、n=44とすると平均値がほぼ4.4のきれいな ポアソン分布が得られるが、階級値に対応した度数の棒 グラフをリアルタイムで描くことにより、乱数発生とと もにポアソン分布のヒストグラムが成長していく様子を パソコン画面上で一部始終観察することができた。
また、中心極限定理を応用して、正規分布を求めた。そ れは、10進1桁乱数を数桁まとめて[0,1)に分布する 実数型一一ge乱数に変換する。一様乱数k個の和の分布は、
中心極限定理よりkが大きくなるにつれ正規分布に近づ
くので、kを1から始めて1つずつ大きくしていって、そ の和の分布をリアルタイムでパソコンの画面に描きその ことを確かめた。kが3ぐらいまでは実測度数分布はと ても正規分布とは言えないが、leが5以上になると、実 際の度数分布は正規分布と区別がつかないくらい近似度 がよくなることがわかった。
以上、代表的な統計分布である、色々な自由度のλ12分 布、種々の平均値を持つポアソン分布、標準正規分布等 を物理乱数をデータにして、リアルタイムで直接パソコ ンのディスプレイ上に求めることのできる学習システム となった。いずれの分布も、そのヒストグラムが出来上 がっていく様子を一部始終画面上で観察することができ、
しかも、物理乱数発生の源になっている放射線源を検出 器に近づけたり遠ざけたりすることにより、それに応じ てそれぞれのヒストグラムの成長ぶりが変化するので、
はっきりと物理乱数というデータを直接集計・処理して結 果を得ているのだということがわかる。したがって、コ
ンピュータシミュレーション等でよく批判される、「コン ピュータの中で計算されたきれいな結果をただ見せてい るだけ」といった印象をまったく与えないインパクトの 強い学習システムとなった。
最:後に、データの統計的扱いについて、多くの助言を いただいた、本校専門共通科目美土路隆治教授に感謝い たします。
参考文献
1) S. Kishimoto; A simple generation method of phys−
ical random digits, J. Japanese Soc. Comp. Statist.,
6 (1993) 67−73.
2)吉沢康和、他;「物理乱数の特徴と算術乱数の欠点」、
日本物理学会誌、3612(1981)885−892.
3) O.Miyatake, et al; Generation of Physical random numbers, Math. Jap. 20 (1975) 207−217.
4) O.Miyatake, et al; On the Generation and Proper−
ties of Physical Random Numbers, Matdh. Jap. 24 (1979) 369−376.
5)仁木直人;「工学的乱数発生」、統計数理研究所彙報、
27 1 (1980) 115−131.