有機色素における超放射
武藤真三 島浩一 保坂桂子 伊藤千秋 (昭和51年8月31日受理)Superradiance in Organic Dyes
ShinzoMUTO KoichSHIMA KeikoHOSAKA ChiakiITO
Abstract The characteristics of the superradiance in organic dyes pumped by a N21aser have been studied. It is confirmed that the experimental results satisfy the theoretical characteristics of the superradiance in a two level system, though the dyes employed are not such a system. Furthermore, in the high concentration, the damping characteristics depended on the square root of the dye concentration which are regareded as the superradiant damping are observed. The characteristics of the double emission have been also studied. 1. まえがき 最近,共鳴媒質における超放射,光エコーあるいは 自己誘導透過などの非線形光学現象が興味をもたれ, その理論的あるいは実験的研究が行われている。その 中で光超放射に関する理論解析は,共鳴2準位原子系 を仮定したときR.H. DickeやN・E・Rehlerらに よって十分なされており1∼3),超放射の理論的典型的特 徴として,超放射強度は原子数の2乗に比例して増加 する,超放射寿命は原子数に反比例して短くなる,そ のスペクトル幅は原子数に比例して広がる,などが導 かれている。超放射の実験的検討は最初光エコーの実 験において関接的に観測され,その後直接的観測の実 験などがなされているが4・5),これらはいずれも2準 位原子系が対象とされていて,一般的な多準位系の超 放射に対する十分な実験的検討はほとんどなされてい ない。 そこで著者らは,典型的な多準位系媒質である有機 色素における超放射特性を実験的に研究した。 一般に有機色素は励起準位の寿命が非常に短いため 立ち上りの速い励起が必要とされるが,本実験におい ては自作したTE型紫外N2レーザを用いて有機色素 を横励起し,その超放射特性の色素濃度依存性,励起 光強度依存性などを調べた。その結果,有機色素は多 準位系ではあるが,その超放射特性は2準位原子系に 対する理論的特性と定性的に非常によく一致すること を見い出した。また,色素濃度の高い領域において超 放射減衰と思われる色素濃度の平方根に依存した興味 ある減衰特性が見い出された。さらに超放射特性を利 用した色素や溶媒に依存するコヒーレント記憶時間の 測定や,超放射とレーザ発振が同時に生ずるdouble− emission特性などの実験を行ったのでこれらについて 報告する。 2. 超放射の理論的特性 有機色素は高分子化合物であるためその電子エネル ギー状態と放射過程を理論的に解析することは困難で ある。ここでは超放射の典型的な理論的特性を示すた め簡単な共鳴2準位原子系を仮定する。このような2 準位系に対する超放射は高辻らによって十分解析され ており,原子数が十分多いときに超放射強度Isと寿 命τlvは Is == hy(1Vμ)2/4τ1μ (1) τN ==τ1/」Vμ (2)
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eXCitatiOn emiSSiOn il・・ Fig.1 Typical energy Ievel of organic dye で与えられている3)。ただし,2Vは励起準位にある原 子数,μは超放射に寄与する原子数の割合,hvは準位 間エネルギー,τ1は単一原子の自然放射寿命である。 いま,励起強度をP,全原子数をノVoとすれぽ ノV’㏄NoP (3) であり,また励起されている試料の有効断面積をA, 試料長をLとし,L>λ/2π, A>λLなる円柱形試料を 仮定すればμの値はN・E・Rehlerによって求められ ていて μ=3λ/8L (4) がよい近似である2)。これらの値と更にNoの代わりに No =・ nAL (nは原子密度) (5) を(1)式に代入すると 1s㏄η21⊃2L (6) を得る。すなわち超放射の理論的特性として, (1) 放射強度は原子密度〃の2乗に比例する。 (皿) 寿命は原子数」Vに反比例して短くなる。 (皿) スペクトル幅は原子数1Vに比例して広がる。 (N) 放射強度は励起強度Pの2乗に比例する。 (V) 放射強度は試料長Lに比例する(L>λ/2π, A>λLなるとき)。 などがあげられる。 ところで,多準位系である有機色素における光放射 過程の理論解析は複雑なものとなるが,その模式的エ ネルギー準位は図一1のように表せる。ただし,立ち上 がりの速いパルス光励起を仮定して三重項状態の影響 は無視した。このような光励起を行うと色素分子は励 起一重項状態S1, S2へ励起されるが,非放射i遷移お よび熱緩和によって短い時間内にS1状態の最低準位 S、oに緩和する。このとき,分子間の位相がそろって いると可干渉的な自然放射,いわゆる超放射によって 基底一重項状態Soへ遷移するのであろう。すなわち, このSlo→Soゴ遷移が一つの2準位系をなし,いくつか の2準位系の集合として有機色素における光放射を考 えるとすれば,その超放射特性も2準位原子系におけ る典型的な理論的特性(1)∼(V)を定性的に有するこ Oc.,.。. N2 Laser beam Monochro凸
Camera Fig.2 Experimental apParatus とが期待される。3.実験結果
3. 1 有機色素における超放射特性 有機色素は利得が非常に高いため超放射がしばしば 観測され,レーザ発振時とのスペクトルの差異などが 報告されている6・7)。しかし先に述べた超放射の典型 的特性について調べたものはない。ここでは有機色素 からの超放射に関する種々の特性について実験を行っ た。実験系を図一2に示す。実験に使用した色素セル は共振器を構成しないように両端はブリュスタ窓に し,励起した場合吸収の効果などが不均一に現れるのを防ぐためセル全長をパルス幅5nsのTE型紫外N2
レーザで一様に横励起した。N2レーザ光と有機色素 からの放射光は光電管(浜松テレビR617)で受光し, オシロスコープ(岩通200MHz)でその強度とパルス 幅を測定した。また,スペクトル幅は回折格子分光器 (島津 GE 100)で観測した。図一3はエタノールを溶媒 に用いたローダミン6G色素からの放射強度を測定し た結果である。図から明らかなように,色素濃度が低 いときには放射強度は濃度に比例して増加する普通のi叶
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E 謬mine 6G
10−1 10 5 10−4 10−3 10−・ 10−・ DYE CONCENTRATION(mol/1) Fig・3 Emission intensity from organic dye vs dye concentration102 k!曾
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Uranine MtOH / 1 101 102 PUMPING INTENSITY(relative value) Fig.4 ト昔
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§ 垂 房 Superradiance intensity vs pumping intensity Fig.5〆
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Rhodamine 6G n=2×10−3mol/1 pumplng powe「14kW
10 20 30 40 SAMPLE LENGTH L(mm) Superradiance intensity vs dye sample length (a)N2 Laser pulse (10ns/div) (c)n= 2×10−3mol/1 非可干渉的自然放射であるが,濃度が高くなると超放 射を生じ,その放射強度は濃度の2乗に比例して増加 することがわかる。すなわち,2準位系における超放 射の理論的特性(1)とよく一致している。更に濃度が 増加すると,放射強度はn2依存性から著しくずれて 減衰し始めるが,この領城における詳細な実験は§3.2 に示す。なお,図一3の結果は丹野らの実験によって得 られた共鳴2光子励起によるカリウム蒸気中の5P3/2 −>3S、/2遷移(4,048A線)の放射強度特性と同様な 特性を示しており5},それと励起過程が全く異なって いることを考えると非常に興味ある結果である。図一4 は励起光強度に対する超放射光強度を測定した結果 で,放射強度は励起強度の2乗に比例しており理論的 特性(N)と一致している。また図一5は色素試料長L を変化させたときの超放射強度特性である。励起用 N2レーザ光のビーム幅の制限によって試料長を35mm 以上にできないが,図から明らかなように超放射強度 は色素試料長に比例して増加している。本実験の場 合,L=1.8∼3cm,λ∼6000 A, A∼10『3cm2なので L>λ/2π,A>λLを満たし,また10−3mol/1の色素濃 HeNe o 6328A (b) Spontaneous emission pulse (10ns/div) n<10−‘ mo1/1 (d)n=3×10−3mol/1 (e)n=4×10−3 mo1/1 Superradiance pulse (10ns/div) Fig.6 Emission pulseDYE
CONCENTRATION
Fig.7 ⊇芭 巴= 詣…桧
巴 乏 日 臣 臣 巴 の 400 300 Fig.8 8×103 mo1/1 6” 4 〃 2〃 1 〃 Superradiance spectra from rhodamine6Gdye
Rhodamine 6G PumPing power 14kW./
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1●/ 2000246810×10−3
DYE CONCENTRATION (mo1/1) Spectral width of superradiance vs dye COnCentratiOn 度範囲ではNμ》1を満たしていることから,図一5の 結果も2準位系における理論的特性(V)と定性的に一・ 致したと考えられる。次に,超放射のパルス波形を 図一6に示す。図一6(a)は励起用N2レーザ光の波形 で,(b)は有機色素における自然放射光パルスである。 また,(c)∼(e)が超放射光パルスである。普通の自然放 射領城ではパルス幅は約11nsで一定であるが,超放 射領域になるとパルス幅は濃度にほぼ反比例して短縮 し,理論的特性(ll)との定性的一致がみられた。色素濃度が5×10’3mol/1以上の領城でもパルス幅は濃度 に反比例して更に短くなることが期待されるが,正確 な測定は光電管とオシロスコープの応答限界(1.75ns) のために不可能であった。一方,超放射のスペクトル 幅は平均20パルス照射したときの分光写真から測定 した。その結果を図一7,図一8に示す。超放射のスペ クトル幅は色素濃度に比例して広がり,2準位原子系 における理論的特性の(皿)とよく一致している。 このように有機色素からの超放射は,2準位原子系 における理論的特性を定性的によく満たすことが実験 的に確かめられた8)。一般に,有機色素は多準位系媒 質でその帯城は非常に広いが,2準位系の超放射と同 様な超放射特性を生ずることは興味深い現象で,その 理論的解析が今後の課題と考えられる。 3.2 減衰特性 超放射強度は色素濃度の2乗に比例して増加する 104
3
9 』 §1・・ ; ヒ 巴 E’ iO・ ζ8
る 日101 臣 、臣 巴 くの 1 Isoc n 2 / // i−damping region 一主 10−4 10−3 10−2 10−1 DYE CONCENTRATION(mol/1) Fig. g Superradiance intensity vs dye COncentratiOn ミ 」# 19
% 輻 拐 る 21・・e
乏 冨 臣 臣 巴10−・ ・の 一゜一一”N、 Mt°H ● 0 1 2 3 4 5 DYE CONCENTRATION (〔×10−3 mol/1〕り Fig.10 Damping characteristics が,濃度が更に高くなると放射強度はn2依存性から 著しくずれる現象を生ずる。この減衰領城における実 験結果を図一9に示す。図一9は試料長L,励起強度な どを変化させたときの超放射強度特性であるが,n2依 存性からずれて減衰領城に入る色素濃度は励起強度, 試料長にはほとんど依存していないようである。また 図一10は図一9における色素濃度の2乗依存性を延長 した放射強度Is(・(n2)に対する実験値1の比を,横 軸に色素濃度の平方根をとって示したものである。こ の結果から超放射強度の色素濃度に関する実験式とし て 1=∫sexp(一力v〆万)09¢2 exp(一ゐ㎡万) (7) ただし,leは定数 が得られる。(7)式の減衰項はexp(一々㎡万)となって おり,通常のBeelの吸収則exp(−le’n), k’は定数, を示していない点が興味深い9)。図一9とよく類似し た特性はA.Compaanや1. D. Abellaらによる共鳴 2準位媒質としてルビーを用いた光エコーの実験にお いてCr3+濃度の高い領域中で観測されており,彼ら はその減衰特性を超放射減衰を指摘した4)。すなわち 彼らの実験においても,Cr3+濃度の平方根に対するエ コー強度比をとると図一11のようになって(7)式と同様 な特性を示しており,これと比較すると図一9,図一10 の減衰特性も超放射減衰を示すものと考えられる。こ の減衰は励起分子間の位相が乱れるための減衰と考え られ,n2依存性からずれ始める点の超放射のパルス 幅がコヒーレソト記憶時間に相当する。そこで種々の 色素に対する超放射特性と種々の溶媒に対する超放射 特性を調べてみた。その結果を図一12,図一13に示す。 図一12および図一13においてコヒーレソト記憶時間に相 当する超放射パルス幅Tを測定すると表一1,表一2を 1 ご 弓10−1 E12 % ば10−2 ζ E7s 蚤10−3E
− 910”4 昌 10−sU ”Pt°\。\ 1 怠10−・ ξ 苫 210 2 畠 10−3 / o / / ,∫s ノk(_
o\。 \ R Ruby Sample 10”3 10−2 10−1 1 Cr3+ concentration (%by wgt) o\24681012
Cr3+CONCENTRATION(〔×10−2%by wgt]1) Fig.11 Superradiant damping on the photon echo ・ (after A. Compaan and I. D. Abella)⑤105る : 芸 壱 と104 輻 E7s る E io・ 一 巴 ξ 一 自10・ 臣 臣
8
101 ”’∴弩・ / Cresyl violet Table l Coherent memory time vs dyes …1・h・d・m…6G・h・d・m…BTl
∼3nsuranme cresylviolet
・一…
P−…1<…
Table 2 Coherent memory time vs solvent ・・1・・n・1・m・1−・HT
…yl−・HhM・・H
・一…1・一…
lE・・H ・一… P−… 10−4 10−3 ・。.・10−2 10−1 DYE CONCENTRATION (mol/1) Fi9.12 Superradiance characteristics P.T.R617 Superradiance beam Laser beam M・=50% OC.R.0 200MHz M=100% Fig.14 Experimental apParatus H 百 言 .≧10・ 玉 旦 巴 EZI るE
一 巴 乏 日 臣 臣 き の Fig.13 L・20mm pumPlng powe「 14kW 10−4 10−3 10−2 10−l DYE CONCENTRATION(mol/D Superradiance characteristics 得る。実験結果は測定系の応答限界(1.75ns)に近い ためあまり正確ではないが,メタノール溶媒を用いた 場合にはクレジルバイオレット色素などはローダミン B,ローダミソ6Gなどの色素よりコヒーレント記憶 時間が短いようである。一方溶媒依存性に対しては, コヒーレント記憶時間はほぼ2∼3nsでわずかにエ タノール溶媒における値が長いようである。このよう に超放射特性を測定することによって,色素および溶 媒に依存するコヒーレント記憶時間の情報がある程度 得られることがわかった1°}。 3.3 Double Emission 立ち上がりの速い光パルス励起の有機色素における 超放射は光共振器の有無にかかわらず生ずるが,光共 振器を構成すると超放射と同時にレーザ発振が生ずる いわゆるdouble emistionが現れる。このdouble emis− sion時の特性を図一14の実験系によって調べた。すな 百 言102 .; 旦 旦 Eil 望 io’ 巴 者 旨 呈 匿 io° ! Stimulated Emission//〔
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● /Superradince ’\1
Rhodamine 6G MtOH ご嘉 10−4 10−3 10−2 DYE CONCENTRATION(mol/1) Fig.15 Double emission characteristics わち,励起用N2レーザ光の集束用シリンドリカルレ ンズの焦点の位置と光共振器の光軸をわずかにずらす と,共振器の光軸に平行に出るレーザ発振光(誘導放 射光)と光軸からずれる超放射光とに分離することが できる。このとき得られた放射強度特性を図一15に示 す。図一15より,色素濃度が低いときはレーザ発振が 支配的で,濃度が高くなると超放射が支配的になるこ とがわかる。これは,濃度が低いときには吸収効果が 小さく誘導放射光は共振器内を数回往復して利得を十 分高めるが,濃度が高くなると励起分子間の位相の 乱れや吸収効果が大きくなって利得が上がらないこ と,および超放射過程の方が時間的に速い現象のため 誘導放射に寄与する励起分子数が減少してしまう,な どの原因によると考えられる11)。次に,このdouble emissionの分離したスペクトルの一例を図一16に示 す。これは写真分光による測定結果をマイクロホトデRhodamine 6G MtOH Superradiance 郷榊㌦∼㌦