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雑誌名 明治学院大学国際学研究 = Meiji Gakuin review

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(1)

多重苦受苦者を対象とする援助配慮の一考察 ―ル ワンダ虐殺後のHIV感染者の心理から探る―

著者 平山 恵

雑誌名 明治学院大学国際学研究 = Meiji Gakuin review

International & regional studies

巻 49

ページ 25‑49

発行年 2016‑03‑31

その他のタイトル A Study on International Assistance for

Multiple Sufferers: Exploring the Psychology of HIV‑infected Rwandans after Genocide

URL http://hdl.handle.net/10723/2685

(2)

【論 文】

多重苦受苦者を対象とする援助配慮の一考察 

――ルワンダ虐殺後の HIV 感染者の心理から探る――

平 山 恵

【要 約】

1994

年のルワンダの虐殺後に

HIV

感染による多重苦にある人々は何を「拠り所」にし,何を求めている のかを明らかにして支援の内容を再考する研究である。2001年に

23

人,2010年に

100

人の

HIV

陽性者よ り聞き取りを行い,質的および統計的に分析した。①配偶者からの感染者は,2001年には「家族」を頼り にしていたが,2010年は「政府や

NGO

などの援助団体」や「医療従事者」を頼りにしていた。面接時は 虐殺で「怒りと悲しみ」の感情が見られる人と,援助に「満足」しているか「諦め」ているために黙って いる人に二分された。②レイプ感染者は

2001

年は住居や薬をもとめていたが,2010年は自分自身の教育 を強く求めるようになった。③売春による感染者は「家族」を頼りにしていて「残される子供のケア」を 求める傾向があった。④母子感染は

2010

年に現れた新たな感染経路で特に子供の感染者から「親が感染者 と分かっているのになぜ自分を産んだのか」という「怒り」の声も聴かれた。

第 1 章 虐殺後の開発援助と心理

本論文は

HIV

感染者(以後『PLHIV』:People

Living with Human Immunodeficiency Virus)の心理

を探ることが最終目標ではない。虐殺という極度 に暴力性が高い出来事の後の開発援助における配 慮事項を人々の心理を通して探ることを目的とし ている。著者が過去

30

年携わってきた発展途上 国(1)(以下『途上国』)では複合的受苦者が多く,

「貧困」「HIV感染」「暴力」など複数の問題を抱 えていた。また,その問題が見えにくいことも特 徴であった。虐殺の被害者の心理の調査は,ルワ ンダ側から許可が下りないために,「話を聴いて欲 しい」と考えている

PLHIV

群を対象,つまり虐殺 による何らかの負の影響と

HIV

感染の二重苦を 負っている人々を調査対象とした。

1

節 虐殺と援助

紛争後の発展後上国への援助は難しい。特に

1994

年のルワンダの大虐殺のような全国的な紛 争中は(緊急援助を除く)海外からの開発援助に ついては援助者の安全が保障できないので,紛争 が沈静化した後に初めて本格的な援助が再開され る。その際に,援助する側が配慮を要することが さまざまある(JICA, 2010)。援助物資が一部の人 だけに届き「ジェラシー」を引き起こしたり,援 助依存にならないように気をつける必要がある

(佐藤, 1996)。市井の人々に何が起こっているか を把握せずに援助をしてしまうと次の紛争を起こ してしまう可能性がある(Brauman, 2004)ためで ある。実際,ザイールやタンザニアのルワンダ難 民キャンプで活動をしていた老舗の

NGO

「国境な き医師団」は,キャンプが虐殺の首謀者によって 支配されている事態を見て,援助ニーズが高いの にも関わらず,虐殺の再発防止のために

3

ヶ月で 活動を停止した(Medicine sans Frontier, 1996)。

また政府開発援助(ODA)懇談会で磯田厚子委員 から外務省へ提出された注意事項の中に「援助が,

実質的にその国の権力層に集中し,貧富の差が拡

(3)

大することが多い現実を鑑み,当該国内での貧富 の格差を拡大したり,特定勢力への支援につなが るような援助はすべきでない。さらに,南北格差 の拡大や,北の国々への資金還流を助長するよう な

ODA

が反感や紛争を招くことを深く認識し,

避けるべきである。」としている(日本国際ボラン ティアセンター, 2005)。

2

節 虐殺と心理

大渕(2008)は紛争と心理学に関する研究を概 観し「心理学のテキストを見ても,(地域)紛争に つながる章は見当たらず,社会心理学者の副次的 研究テーマである」としている。その上で,狭義 の「紛争解決の社会心理学」として,ゲームやジ レンマ研究,交渉研究,また中核とはいえないが,

攻撃・暴力,社会的・構成,集団・組織といった 領域が紛争解決に関係すると捉えている。更に,

この領域の研究要素として認知,態度,動機付け,

対人関係などのあり方が紛争を起こすことを挙げ て,紛争研究と心理学とを結びつけている。例え ば「怒り」について①怒りを感じる段階,②怒り を表出する段階,③表出した怒りで環境が変化す る段階,④怒りが沈静化する段階というような怒 りの段階を経て,怒りを向けられている人が「怒 りを正当化」できないと紛争解決にはならないと いう(大渕, 2008)。紛争解決につながる心理研究 としては,熊谷・大渕(2009)が大学生

40

名を被 験者とした実験を行っている。同実験では同一化 が強い場合にのみ外集団からの不公正な処遇に対 する報復動機は集団,不公正さによって強められ ていた。高田・大渕(2009)は

286

名の大学生へ の質問紙調査を行い,「人から何かいやなことをさ れた」中で最も深刻だった心理的被害経験を想起 させ,それについての寛容性を検討した。調査の 結果,寛容行動は加害者の親密性によって強めら れていた。また被害者は葛藤事態においては当事 者以外の周囲にいる人々の反応も考慮して寛容行 動をとっていた。これらの結果から,熊谷・大渕

(2009)は,人々は自己が所属するさまざまな集 団を高く価値づけ,葛藤以前に有していた社会関 係を維持したいという気持ちから自己利益の追求

を控え,寛容行動を遂行するものと考えている。

大渕(2008)によると「対立する人の心と行動の 研究」は紛争解決の理論として平和心理学という 新たな分野を創造しつつある。

ミンデル(2001)は紛争解決のワークショップ を各国で行い,その経験から,紛争に関する議論 では「被害者」だけに肩入れすると「加害者」が 糾弾されて,また「被害者」になりかねず,「被害 者」と「加害者」が入れ替わるだけであると警告 している。伊藤(2001)も「差別された人」がい る限り,暴力の連鎖は止まらず紛争は再発し続け ると注意している。竹中(2004)によれば,どの 民族紛争の歴史も「やられたら,やられた方が力 をためてやり返す」という加害者と被害者が交互 に入れ替わって紛争が繰り返され,繰り返される 毎に些細な違いが強調されて「敵対関係」をより 強固にしている。

Volkan(1997)は複数の国の民族紛争の事例研

究を行っている。たとえばボスニアではイスラム 教徒の文化全体が冒涜され,破壊されるべきであ るかのようにレイプは執拗に計画的に実行され た。これは物理的レイプを超えた「社会的レイプ」

で敵を威嚇する戦略として意図された行為である と

Volkan(1997)は主張している。Volkan

は人が どのようにして憎悪し,暴力を行使するかという 紛争発生の心理を分析している。

以上,紛争と心理を扱った文献を紹介してきた。

本論文では普通の人々が大虐殺後,どのようなも のを心の「拠り所」にし,何を希求しているかを 基礎にした開発援助の方向性を明らかにすること を目的としているが,この目的に一致する研究は 見当たらなかった。

3

節 紛争中のレイプと

HIV

感染

アフリカの中では,サハラ砂漠以南のアフリカ 諸国における

HIV

感染が貧困との関係で問題が大 きいと言われている(UNAIDS, 2004)。

Amuyunzu-

Nyamongo

ら(2007)は

2005

年にケニアの首都ナ イロビで行った

390

人の

PLHIV

の女性への面接を 行った。面接対象者の

68.2%は小学校卒業以下の

学歴で,16.2%が独身であった。面接対象者は,

(4)

HIV

感染が判明した後,62.5%が何らかの差別を 受けたと答えた。面接対象者の

88.1%は PLHIV

の ピア・サポートグループに属していた。またピア・

サポートグループとは別に女性グループや小規模 有志グループや宗教組織のメンバーになっている 人もいた。HIV感染の判明について,面接対象者

52.6%はショックをうけていたが,26.5%は感

染の事実を否定し

HIV

感染などなかったかのよう に振る舞っていた。69%が将来に対する不安をか かえており,そのうち,17.4%が自分自身の死に 対して心配しており,35.8%が遺していく子ども の将来を心配し,13.5%が

PLHIV

の無力さを感じ ていた。5分の

1

が引越しをしており,引越しし た理由の

3

分の

1

HIV

感染ということで近所の 人から疎まれたからだと回答していた。また,同 研究では

20

人の関係者(コミュニティ保健ワー カー)へのインタビューも行っている。関係者た

ちは

PLHIV

の問題について次の

2

点が問題である

と発言していた。第一に,貧困が原因で男は盗む が女は食べるものを得るために売春をすること。

第二にレイプが横行しているが,レイプされたこ とを公表すると差別される可能性があるのでレイ プ被害が警察に報告されていないことである。そ のためにレイプが減少しない悪循環になっている と答えていた。

南アフリカやウガンダ,タンザニアなどの英国 連邦のアフリカ諸国では,国際機関の援助を受け て

HIV

感染やエイズに関する研究が盛んになって いる。著者が同テーマの論文を検索したところ

100

以上の論文が検索できたが,紛争と関連した 心理を扱った研究は見つからなかった。その中で 多少とも心理に関係するデータを紹介する。

南アフリカのケープタウンにあるレイプ被害者 の 相 談 を し て い る

NGO

2009

年 の デ ー タ

(Naeemah, 2010)では,レイプ被害者のうち

90%

HIV

の感染を非常に恐れていた。それに対して

Yousafzai

ら(2005)は

2004

年のウガンダで

20

人 のレイプ相談員にグループ面接をしている。相談 員は「レイプ被害者は他の感染症による死や貧困 による苦しみが日常的に存在するのに対して,潜 伏期間が

10

年あるエイズに関しては比較的落ち着

いており,また

PLHIV

の数も多いために先進国の ような深刻さは見いだせない」と回答していた。

アフリカ以外での災害地でのレイプの研究につ いてみると,Tomaseli・Porter(1986)は紛争中で のレイプは常となっており,男たちは「仕方がな い」と言い訳することが普通になってきて,集団 で

1

人の女性をレイプする場合が多い,と分析し ている。Power(2002)によれば,紛争当時のユー ゴスラビアではレイプは「民族浄化」という戦争 戦略の一つとして使われた。

Mukamana・Brysiewicz

(2008)によれば,紛争を言い訳にして行われた レイプは「尊厳の喪失(loss of dignity)」,「尊敬の 喪失(loss of respect)」,「アイデンティの喪失(loss

of identity)」,

「社会孤立(social isolation)」,「未来 への希望の喪失(loss of hope for the future)」をレ イプ被害者にもたらしている。「尊厳の損失」とは,

複数の男性と性交渉を持つという売春婦がとるよ うな行為により厳かさの喪失という意味である。

「尊敬の喪失」というのは年少者の前でレイプさ れた,または年少者によってレイプされたことに よる,年長者としての尊敬の念を得ることを失っ てしまった意味である。「アイデンティティの喪 失」は自分の選んだパートナー以外の男性との性 交渉によって特定の男性の唯一のパートナーとし ての位置が揺らぐことである。「社会孤立」はコ ミュニティや家族にレイプの事実を知られること で,被害者が社会や家族から疎まれたり,極端な 場合は家から追い出されたりすることである。「未 来への希望の喪失」は望まない妊娠,それとつな がる教育の欠如,HIV感染が高いアフリカの集団 レイプを受けたことによる

HIV

感染・エイズをは じめとした性感染症の将来の発症の高さへの不安 といった将来の夢を打ち砕かれるような感情だと

Mukamasa・Brysiewicz

は説明している。

女性の人権擁護団体である

MADRE(2010)に

よれば,紛争中の大量のレイプ(massive rape)が 人々の抵抗する集団能力(capacity to resist)を急 速に崩し,コミュニティの中の人間関係を破壊す る。村主(2007)によれば,特に家族の男性メン バーを紛争で失った女性は,女性が家長となり生 計を支えていかざる得ない役割を担う中で,精神

(5)

的ケアも必要であるとする。MADREは

2010

年の ハイチでの地震の直後に

360

人の弁護士および法 学部の学生に相談があったレイプについて報告し ている。その中で

MADRE

はレイプ被害にあった ことを家族等からとがめられる“Victim-Blaming

Approach”を問題としていた。レイプされた娘は

結婚の対象外とされたり,望まぬ妊娠や出産で更に 社会的孤立や自己堕胎による健康損失といった二 次被害を受けるものも少なくなかった。Yousafzai ら(2005)は被災地でのレイプに関する文献をレ ビューし,被災国政府や国際援助は“BASIC HUMAN

NEEDS”

(人間が生きていく上で最低限のニーズ)

である可視的な不足物の充足に優先順位を置いて おり,レイプ被害者への精神ケアは立ち遅れてい た,とまとめている。

4

節 虐殺の受苦者と心理

本研究と関連する先行研究について述べたが,

ルワンダが経験した大虐殺,そして貧困と

HIV

感 染という複合した受苦の中にいる人々の心理を 扱った論文は見当たらなかった。民族紛争の心理

Volkan

研究が多くの国をカバーし今後も紛争

研究に心理学が必要であるということは確認でき た。しかし,個々の国の紛争は紛争程度や複合的 な受苦の内容が違っており,交絡因子が多い。今 後は個々の国の受苦者のミクロデータを駆使した 研究が必要である。本論文はその一つとなれば幸 いである。

第 2 章 背景と目的

1

節 ルワンダ

ルワンダ共和国(以降,通称の「ルワンダ」)は アフリカ大陸中部に位置する内陸国である。主に 三つの部族が居住する共和制国家である。現在政 権を握るツチ族は

1

割強,多数派フツ族は

8

割強,

残りはトゥワ族である。四国ぐらいの国家面積

(26,338km²)に人口

1000

万人で,アフリカで一 番人口密度が高い(302 人/km²)農業国である。

公用語はルワンダ語,フランス語であったが,近 年,英連邦に加入するなど英語圏との外交に力を

入れており,2008年

10

月に英語が公用語として 加わり,

2009

年からは小学校で英語を教えること を義務付けた(ルワンダ教育省,2003-2010 Major

Achievement)。

国連開発計画が発表している平均余命や教育程 度などを計算した人間開発指標は

2009

年度は

169

カ国中

152

位で国としての発展度合いは下位に位 置づけられている。

2

節 大量虐殺(ジェノサイド)

ルワンダ史上ツチ族とフツ族が最初に全国的に 衝突したのは

1959

年のことで,それ以降この二つ の民族の間で内戦が続く。

1962

年のルワンダ共和 国独立後,この政府の役人はフツ族出身者で占め られ,抵抗するツチ族の人は<ごきぶり>と呼ば れて弾圧された(世界民族学辞典,2000)。

1994

4

月,ルワンダで

20

世紀世界最大の大 量虐殺が起こった。それ以前の半世紀も紛争が続 いていたが,ルワンダの多数派ツチ族出身のハ ビャリマナ大統領が乗った航空機の撃墜をきっか けにフツ族の急進派がツチ族と穏健派フツ族を殺 すように人々を先導した。フツ民兵グループが組 織的行動として捉えたツチ族を年齢や性別に関わ らず全て殺害しようとした。また穏健派フツ族は 裏切り者として真っ先に殺害された。フツ族の市 民は虐殺に協力することを強いられ,ツチ族の隣 人を殺害する様に命令された。この命令を拒んだ ものはフツの裏切り者として一般市民が殺しあい に参加して

50

万~100 万人の人々が殺害された

(武内, 2009)。

虐殺 の 特 異 性 は次 の 「 フ ツ 族の 青 年 の 証 言 」

(Plan Japan HP)から分かる。

「村には,政府から

200

万円ものお金が渡され,

『ツチ族を殺せ』との命令が下ったのです。そして,

ツチ族を

1

人殺すごとに

100

円ずつお金がばらまか れるのです。お金に目がくらんだ村の若者は,ツチ 族の虐殺に躍起になりました。『みんなやっているか ら』という風になってしまったからですかねぇ…半 数以上の若者はこの虐殺に荷担していたでしょう。

初めは村に

1000

人はいたツチ族は,今では

10

人ほ どになってしまいました。昔は仲良く暮らしていた

(6)

のに…」

他の虐殺との違いは兵士や特定の為政者が殺戮 を行ったのではなく,近所の人が隣人を殺す,前 日まで一緒に授業を受けていた子どもまでが農具 などで級友を殺すといった,普通の人々による殺 害が多く含まれることである。2000年代になり,

外国からの復興支援の援助が入ってきたが,殺し あった人々の間の「わだかまり」が障害になって 復興作業がうまく進んでいないと指摘されている

(村主, 2007)。この虐殺で歴史上空前の人口移動 が起こった。

200

万人が難民として隣国に逃れた。

この移動中にマラリアなどの感染症で死亡する人 が多かったが,移動は暴行という人権侵害行為も 加速させた(ユニセフ, 1997)。

3

節 ルワンダ大虐殺下のレイプ

1998

年,ルワンダ国際戦犯法廷はルワンダにお ける戦時下のレイプを,ジェノサイドの構成要素 の

1

つであるとする画期的な判断を下した。裁判 の席で「性的暴行はツチ族を破壊する上で欠かせ ない要素であり,レイプは組織的かつツチの女性 に対してのみ行われたことから,この行為がジェ ノサイドとして明確な目的を持って行われたこと が明らかである」との判断が下された(International

Criminal Tribunal for Rwanda, 1999)。

ルワンダの国連特別報告者,ルネ・ドニ-セギ

(Rene Degni-Segui)による報告書(1996)では,

「レイプは命令によるもので,例外はなかった」

と述べられている。同報告書は「レイプは組織だっ て行われ,また虐殺者らの武器として使用された」

とも指摘している。これは虐殺犠牲者の数と同様 にレイプの形態から推定できる。少女を含むおよ そ

25

万人~500万人のルワンダ人女性がレイプさ れたと記している(Brower, 2005)。ルワンダ虐殺 下のレイプの中心はフツ民兵であったが,大統領 警備隊を含む旧ルワンダ軍の兵士や民兵のほか,

民間人によるレイプも行われた。また,ルワンダ 法務省による「フランス兵はツチ女性に対するレ イプを複数行った」とする声明(APF通信,2008 年

8

6

日)のように,混乱の中でさまざまな形 でレイプが発生した。

4

節 ルワンダの大量虐殺と

HIV

感染

ユニセフによると

2007

年時点でルワンダの

PLHIV

15

万人で,その内,母子感染者は

78,000

人と推定されている。15歳から

49

歳までの成人 のうちの約

2.8%が HIV

に感染している。国連エ イズ機関(UNAIDS, 2008)によれば,これはサハ ラ以南の黒人のアフリカの国としては中程度の蔓 延率であるが,世界平均よりもはるかに高い。感 染率に関しては比較的安定した推移が見られ,一 部には

HIV

検査方法の改善の影響もあって,

1990

年代後半以降は全体的に減少傾向にある。また,

一般的に

HIV

感染率は農村部よりも都市部で高 く,女性は男性よりも

HIV

感染のリスクが大きい。

15

歳から

24

歳までの若い女性では,同年齢層の 男性と比較して

PLHIV

数が

2

倍近くである。また,

アメリカ合衆国開発援助庁の

2008

年の調査によ れば,売春婦や一部の男性などを含む

HIV

感染の リスクが高い人々は,性感染症の診断や予防目的 で診療所へ通っている。なお,ルワンダ政府はグ ローバルファンドを得て

PLHIV

の治療に関して は積極的である(USAgency, 2008)。

この虐殺では,暴力の連鎖の中で暴行を通じて

HIV

感染が拡がったといわれている。たとえば,

2000

年に男性のエイズ患者

30

人が,若い女性を 暴行した疑いで罪を問われている(New Times,

April 2000)。2000

年の

982

名の孤児を対象とした 調査(John’s Hopkins University, 2001)では

88%

が,「コミュニティは

PLHIV

およびエイズ発症者 を『のけ者』にしている」と回答している。両親 がエイズである子供たち

273

名に限った調査で は,59%が(両親と同じように)コミュニティか ら『のけ者』にされると回答しており,他の孤児 よりいっそう傷つきやすいことが明らかになって いる(Ndibeshye, 2000)。虐殺だけでなく,レイプ や社会からの排除が加わり,更にエイズという不 治の病をかかえた三重苦にある人々がいる。現在,

売春については公で話すことははばかられている が,ルワンダ・エイズ対策

NGO

フォーラムの議 長であり,法律上の代表者でもあるエマーブル・

ムワナナウェ(Aimable Mwananawe)は,セックス・

ワーカーという,住民の中で最も

HIV

に感染する

(7)

可能性の高い層における予防策の方向転換を訴え ている(New Times 2010年

1

28

日)。セックス・

ワーカーは

HIV

に感染し易いにも拘らず,汚名を 着せられ,差別や暴力の対象にされているために,

公共医療サービスにアクセスしようとしないせい で,HIVを広めてしまうためである。

5

節 トラウマ

また,ルワンダの虐殺は,当時の未成年にトラ ウマをもたらした。ユニセフの調査によれば,

3030

人の子どもへ質問をしたところ,ルワンダ虐殺当 時,子どもの

6

人中

5

人は流血沙汰を目撃したと される(表

1-1

参照)。

1999

年のインタビューでは両親が生き埋めに されるのを目撃した少女が口をきけなくなった り,10歳の少年が「大人もしている」と

20

代の 女性を真昼間にレイプする事件があった(平山,

2000)。

また,

10

代の若者約5000人が虐殺の嫌疑で

2001

年まで拘留されていた(ユニセフ, 2004)。拘留に よる教育の欠如や,模範とすべき親世代との隔絶 は,未成年に好ましくない影響を及ぼしたと考え られる。またこれらの未成年が家族の下に戻る際 にも問題が生じる。たとえば,子どもが虐殺に関 与したことに親が恐怖をもってしまって,少年た ちが家族から拒絶されるといったケースは少なく ない。以下の事例がある。

1-1 トラウマティックな経験(複数回答)

(ユニセフ

1997

筆者訳) %

暴力の目撃

95.9

家族の喪失

79.6

殺害や障害の目撃

69.5

死んでしまうと感じる

90.6

強姦など性犯罪の目撃

31.4

死体やその一部の目撃

87.5

2009

8

14

日 NGO Plan Internationalの記事 より】

「ムサンゼ高等裁判所の前。ルヒルワ君(19歳)

は,犯してもいない罪に問われ

3

年間勾留されてい たが,ユニセフなどが支援しているキャンペーンの おかげで,無罪判決を言い渡された。ある朝早く,

ルワンダ・ムサンゼの刑務所に拘留されている子ど もたちが,ようやく法的な聴取を受ける機会を与え られた。孤児で

3

人の幼い兄弟の面倒をみているル ヒルワ君(19歳)が,裁判官の前に姿を現した。こ の日,ムサンゼで下された判決は,まだ若いルヒル ワ君の人生において,非常に辛い一時期に終止符を 打つものだった。」

UNICEF(2007)によると,このおとなの囚人

と一緒に拘留されていた

600

人の子どもや若者た ちの大多数が,法的な支援を受けるだけの資金的 余裕のない貧しい家庭の子どもたちと見られてい る。半数以上の子どもたちが裁判を受けておらず,

なんらの罪状の審査もされていない。

以上,世界最大の大虐殺を経験したルワンダの 基礎情報,そして虐殺が普通の市民を大きくまき こんだこと,その虐殺下で多くの女性がレイプに 遭ったこと,その一部が

HIV

に感染したことを整 理した。虐殺を目撃した少年が暴力行為に及んだ り,虐殺を目撃した少女がトラウマを抱える中で 生きており,性的暴力に対抗できなかった女性た ちもいる(De Forge, 1999)。虐殺,レイプ,HIV といったものが何かでつながり多重苦を追った 人々が生きている。このような大量虐殺で混乱し た人々のドキュメンタリーは存在しても,大量虐 殺後の市井の人々の心理を捕らえた研究はない。

6

節 目的

1994

年のルワンダの大虐殺後の受苦者の心理 を明らかにすることにより,ルワンダや他の多重 苦受苦者への配慮事項を検討し,今後の援助の方 向性の一助とする。この論文では特に本人が声を 発することが難しいとされているレイプを,多く の女性が受けた可能性があるとされているツチ族 の人々の中で

HIV

感染している人々に焦点を当て た。

(8)

第 3 章 第 1 研究

1

節 第

1

研究の概要

ルワンダの

PLHIV

を対象にして,感染経路や現 状に関する聞き取り調査を

2001

8

16

日から

27

日に行った。調査対象者は,ルワンダの首都キ ガリ市にある

NGO

「ARBEF(フランス語

Association Rewandaise pour Bien-Etre Familial)」から紹介され

PLHIV

のうち,聞き取りの同意が得られた

23

人である。謝礼は提示していない。性別の内訳は 男性

3

名,女性

20

名で,平均年齢は

34.7

歳(25 歳~50歳)であった。

ARBEF

1986

年に設立されたリプロダクティ

ブ・ヘルスの

NGO

で,HIV/AIDSクリニックも併 設しており

PLWHIV

の治療を行っている。AIDS の妊産婦に母子感染防止のための抗

HIV

薬ネビラ ピンを供与するほか,HIV検査を

350

ルワンダフ ランで診療,カウンセリング,日和見感染の治療 を無料で行う。また症状がひどくて来院できない 人には往診サービスも行っていた。

ルワンダ第

2

の都市ブタレ県ブンバの村の

PLHIV

の自宅,首都キガリ市内の

ARBEF

の事務所およ び訪問看護のスラム地域ビリョゴ,教会の集会所,

ルワンダ

NGO

である

ARSVR

の事務所および保健

所でルワンダ人医学生と法科大学生,牧師,NGO スタッフなど

PLHIV

が心おきなく話せる人にフ ランス語または英語からルワンダ語に訳してもら い,個別に面接調査を行った。実施時間は

1

人約

30

分であった。途中で泣き出す

PLHIV

もいたの で,泣き止むまで待って再開したために計

1

時間 かかった面接もあった。

本調査の質問内容は表

3-1

に示すように

5

つの 質問に構成した。基本情報の他に,現在の健康状

況,心の支えとなっている「拠り所」,今の「望み」

を尋ねた。

「拠り所」とは「頼りになる人やもの,場所の ことを意味する」旨を調査者が説明してから答え て貰った。

「望み」は

5

つまで答えてもらった。最後に調 査者に言いたいことを自由に話してもらった。こ れは,最初に面接に答えてくれた

PLHIV

が「HIV 感染が分かってから,他人に話をゆっくり聞いて もらえることはなかった。チャンスがあればまた 話を聴いて欲しい。」という希望を表明したからで ある。当時は細かく回答カテゴリを設定していた のではなく,質問はするものの話したいことを自 由に話してもらう半構造化インタビューであっ た。

2

節 第

1

研究の結果

1

項 フィールドの観察と関係者からの聴取内容

PLHIV

を紹介した

NGO「ARBEF」のクリニッ

クには,毎日のように長蛇の列ができていた。当 時エイズ薬の海外援助が不足しており,対処療法 として,免疫が低くなったために罹患した疾病へ の治療薬を処方していた。最初に面接した

PLHIV

の女性は,暗い洞穴のようなところで,家族から 隔離されていた。エイズに対する社会の理解がま だ進んでいないということで,

ARBEF

のカウンセ ラーはインタビュー場所を

PLHIV

が人知れず調 査者と会えるように注意深く選択していた。

エイズに関わる

NGO

のコンソーシアムの事務 局を訪ねて聞き取りを行ったところ,「ちょうど

HIV

AIDS

に対する

NGO

が増えてきたところ」

という回答であったが,「大半の

NGO

のプロジェ クトは予防プロジェクトでコンドームの配布がメ

3-1 質問項目

1. 基本情報(年齢,学歴,住所,職業,宗教,婚姻関係,家族構成,収入)

2. 健康状況

3. 拠り所(心の支えとなっているもの・人・場所)

4. 望み

5. 調査者に言いたいこと

(9)

ジャー」であった。理由は「治療にはもっとお金 が必要なので,(自分の団体が行うには)資金不足 である。その点予防ならできる」という回答であっ た。

調査を終えた後に,この

NGO

コンソーシアム

PLHIV

の「望み」の一位にあった「遺される子

どものケア」に関する提案をしたところ,実施可 能性が高いとして受け入れてもらえた。

2

項 単純集計結果

聞き取りを行った

23

名全員のデータを分析対 象とした。結果は表

3-2

の通りである。

性別は

20

人が女性,

3

名が男性である。年齢は

1994

年虐殺当時,ルワンダで大人であると考えら れている「18歳以上」(2001年調査時

35

歳)以上 が

11

人,「17歳以下」(2001年調査時

34

歳以下が

12

名であった。「未就学または小学校中退」が

17

名,「小学校卒業以上」が

6

名であった。

「望み」は子のケアや家族が幸せに暮らせるこ とが半数以上で,次いで治療が

10,「食」と「仕

事」と「住居」は約

3

分の

1

とほぼ同数であった。

「拠り所」は「神」が

14

名,「NPO」と「家族」

が同数で

7

名であった。「感染経路」は「配偶者感

染」が

16,「売春」と「レイプ」が各 3

名であっ

た。「人間関係の悪化」は「有り」が

12

名,「無し」

11

名とほぼ半数ずつであった。

3

項 感染経路別の特徴

回答者の特徴を分析するために,「性別」,「年

齢」,「教育」,「人間関係の悪化」の

4

項目各

2

カ テゴリに加えて「配偶者の死亡」の

3

カテゴリ(配 偶者の生存,虐殺関連死,病死),「望み」の

5

カ テゴリ(子や家族のケア,治療,食,仕事,住居),

「拠りどころ」の

3

カテゴリ(神,NPO,家族),

「感染経路」の

3

カテゴリー(配偶者,売春,レ イプ)計

22

のカテゴリを数量化Ⅲ類で解析した。

解析の結果,固有値は

0.1978,0.1532

となった。

第一軸の固有値を

X

軸,第

2

軸の固有地を

Y

軸と した

2

次元平面状にカテゴリースコアを布置した 結果を図

3-1

に示す。

3-1

の第

1

象限(図の右上)に布置された「配 偶者生存」群は,自分が死んだあとに残る子や家 族のケアや住居を求めている「求子・家族ケア」

カテゴリの近くに布置された。第

2

象限(図の左 上)は「配偶者感染者」群が,「配偶者が虐殺関連 死」した群の近くに布置した。またこの第

2

象限 に「家族を頼りにしている」群が布置された。第

3

象限(図の左下)は「病死」群で「食事を望ん でいる」群と近く布置した。第

4

象限(図の右下)

は「レイプ感染者」群で,「教育程度が低い」群に 近く布置しており「NPOを頼りにしている」群に 比較的近く布置していた。また,このレイプ群と 売春群が布置されている第

4

象限に「人間関係の 悪化」群が布置された。

4

PLHIV

の面接事例

典型的と思える面接事例を

3

つ取り上げ,ルワ ンダ語のニュアンスをなるべく失わないように,

3-2 23

人の項目別結果

質問項目 結 果

N=23

性別 女(20),男(3)

年齢

35

歳以上(11),34歳以下(12)

教育 未就学または小学校中退(17),小学校卒業以上(6) 配偶者の生死 生存(8),虐殺関連死(8),病死(7)

望み(複数回答可) 子や家族のケア(13),治療(10),食(8),仕事(7),住居(7) 拠り所(複数回答可) 神(14),NPO(7),家族(7)

感染経路 配偶者(16),売春(3),レイプ(3),不明(1) 人間関係の悪化 有り(12),無し(11)

(10)

会話調で日本語にまとめた。

<事例

1:当時 30

歳女性>

【生い立ち】私はギコンゴロに生まれ,小学校卒 業後写真を撮って生計を立てていました。宗教は プロテスタントです。

1994

年の虐殺で両親は殺さ れ,ブタレ県に移り住みました。この移動の途中 で道に迷い,道案内をしてくれた男にだまされ,

力づくで結婚させられました。しかし

2

ヵ月後に その男のもとを逃げ出し,当時兵士だった現在の 夫と結婚しました。

【HIV感染】その後,病気がちになったので,

2000

8

月に

ARBEF(ルワンダのローカル NGO)で

エイズ検査を受けました。

350

ルワンダフラン(当 時約

100

円)かかり,結果は陽性でした。私は今,

夫と別居をよぎなくされ,夫の前妻の

6

歳の子ど

もと私自身の

3

歳の子どもと

3

人で暮らしていま す。夫は私にお金をまったくくれず,また私は今 働 い て い な い た め に 収 入 は ゼ ロ で す 。 教 会 の

TUBAHOZE

(エイズとともに生きている人たちの

会)の援助で暮らしています。エイズをどちらの 夫から移されたのか分かりません。今の夫がエイ ズかどうかも知りません。

今,頭痛,貧血,歯が抜ける,体重が減ってい る,などの症状がありマラリアにもかかっていま す。体はどんどん弱ってきているし,日に当たる と気分が悪くなります。今日ここまで歩いてくる のも,人の助けが必要でした。以前は保健所に通っ ていましたが,もうお金もないし,そこまで自力 で歩くこともできません。だから薬は飲んでない し,何の治療も受けていません。

【拠り所】エイズにかかってから,周りの人は冷 図

3-1 2001

年 感染別,配偶者の生死別の特徴

注: 下線で示したものは「感染経路」,曲線で囲んだものが「配偶者の生死」,四角 で囲んだものが「求めているもの(望み)」で「求○○」と示した。太字が頼れ るものである「拠り所」で「拠○○」と記した。また,図中の「生存」は「配 偶者が生存している」という意味である

病(エイズ)死

拠) NPO 教育低

0.0 1.0 2.0 3.0 4.0

-1.0 -2.0

-3.0

-2.0

-3.0

-1.0 求)職

求)食

34歳以下 売春

虐殺関連死 拠)神 求)住 求)子・家族:ケア

生存

求)治療 教育高

拠)家族

34歳以上 配偶者

第1軸

第2軸

第1軸×第2軸

0.0 1.0 2.0 3.0

レイプ

(11)

たくなりました。親戚は皆私のことをきらってい て家を追い出したいんです。親戚は私が病院に行 くのもいやがるし,今日この集まりに来たことを 知ったら,怒るでしょう。夫もまったく私に話し か け ま せ ん 。 私 が 信 頼 し て い る の は 神 様 と

TUBAHOZE

のリーダーの女性です。

【望み】今の望みですか? 牛乳,果物などの十 分な食べ物,そして薬と病院に行くための交通手 段が欲しいです。もうすぐに死んでしまうでしょ うから,別に自分の家は要らないです。私たちみ たいなエイズの人間を気にしてくれるのは嬉しい ですね。来年ももしルワンダに来られるのならぜ ひ会いに来て下さいね。

<事例

2:当時 41

歳女性>

【生い立ち】 ひどい人生を送ってきました。7歳 の時に両親が離婚したせいで学校には行っていま せん。それからは母と一緒に暮らし,建築現場で 働いてきました。読み書きができないために社会 福祉センターでミシンを借りることができず,希 望していた洋服屋にはなれませんでした。

【HIV感染】同じ建築現場で働いていた夫と

1975

年に結婚し,

1978

年には初めての子どもが生まれ ました。しかし

1994

年の虐殺時に夫は殺されまし た。寡婦になってから私は暴行され,エイズに感 染しました。

【暮らし】現在,20歳,18歳,16歳の子どもが います。子どもたちはありがたいことにエイズに かかっていません。現在,自分で作った小物を売っ て

1

100

ルワンダフランの収入を得ています。

【体調】社会福祉センターで抗生物質,解熱剤,

疱疹の治療を無料で受けています。そこまでは

45

分歩きます。体が弱ってきているので心配です。

【態度】私はエイズにかかってから,会う人々に 自分はエイズであると言ってきました。そのため に周りの人には相手にされません。しかし,それ で若い人にエイズの恐ろしさを教えているつもり です。

【拠り所】心の支えは一緒に住む妹と子どもたち です。あとに残される子どもがどうなるのか,自 分の家を持っていないために月

6000

ルワンダフ

ラン(当時約

1500

円)の家賃を払えずに追い出さ れないか心配なのです。

【望み】私の望みですか? 寝室と居間がひとつ ずつあるこの家の家賃を払い続けること。この会 からお金を借りて仕事を始めたい。子どもの学校 の制服が欲しいし,日本人の援助が受けられたら いいですね。

<事例

3:当時 32

歳女性>

【生い立ち】私は孤児です。(首都)キガリ市に生 まれ,ある家庭に引き取られました。小学校を終 え,メイドとして働いていましたが,その家庭に 追い出されました。それから売春をはじめ,生き ていくために結婚しました。

【HIV 感染】2 人の子どもを産みましたが,一人 はエイズで

1989

年に死にました。そのときに夫婦 一緒にエイズ検査を受け,二人ともエイズだと判 りました。売春のせいでしょう。(しばらく泣く)

夫は

1993

年に死にました。それからなんとか生き てきましたが,

1998

年に顔にひどいぶつぶつがで きたため,売春もできなくなりました。そのぶつ ぶつのせいで私の右目はつぶれ,右目から帯状に 頭の上まで跡が残っています。そのため,いつも 頭にバンダナを巻き,サングラスをかけています。

【生業】今はトマトやとうもろこしなどを売って いて,1日

800

ルワンダフラン(当時約

200

円)

ほどの収入があります。

【拠り所】エイズになってからは非常にストレス を感じるようになり,周りの人とも仲が悪くなり ました。友だちも私を無視するようになりました。

でも信仰が私を支えてくれています。毎日お祈り をしています。

【望み】私の望みですか?

ARBEF

は薬が切れて いることがあるので,たまに治療が受けられない のです。定期的な治療が受けたい。あとはお金や 住まいや服が欲しいです。私が死んだとき,子ど もがどうなるのか,これが一番心配です。エイズ 孤児をひきとってくれる施設はないですかね?

あとは,私はもう

10

年間エイズと戦っているので すが,エイズの進行を止める薬はもっと安くなら ないものですかね?

(12)

3

節 考察

数量化Ⅲ類による分析および面接から,

2001

年 当時のルワンダの

PLHIV

の状況が以下のように読 み取れる。

第一に,レイプや売春で感染した人は学歴が低 く,NPOしか頼りにできなかったと考えられる。

また事例

1

のように,家から追い出される人がい る。こういった人間関係の悪化があったので,社 会的排除が存在したと考えられる。レイプされた 妻から夫が去ったり,レイプされた娘は結婚の対 象外とされたりなど社会的疎外を受けている。望 まぬ妊娠や出産(一部の女性は自身で堕胎を行っ た),梅毒,淋病,HIV/AIDSといった性行為感染 症への感染といった,長期に渡る問題を抱えてい た。この二つの群は特に特別な保護を必要として いたと考えられる。

第二に,配偶者が生存している

PLHIV

は,神を 頼りにしていた。この虐殺に聖職者やキリスト教 会が関わったと非難されているにも関わらず,神 を拠り所にしている人が多かった。事例

3

のよう に神に祈ることが心の「拠り所」になっていると 考えられる。

第三に,面接を受けた

PLHIV

は事例

2

や事例

3

のように自分自身への援助もさることながら,遺 していく子どもの世話を誰がするのか,遺された 女だけの家族が(男がいないと家を所有できない ために),借家の家賃を払い続けられるかなどが気 がかりで,彼ら自身の死後の家族のことを心配し ていた。第

2

節第

1

項の関係者への面接でも明ら かなように,

1990

年代の保健協力援助は

HIV/AIDS

予防のためのコンドームの配布や予防教育といっ たプロジェクトが多かった。既に

HIV

感染してい

PLHIV

の望みをベースにした国際援助は文献

でも面接でも見つからなかった。

第四に,配偶者が病死,特に「エイズで死亡」

と答えた人が大半で,この群は「食」を求めてい た。エイズ薬の入手が難しかった

2001

年当時には 少なくとも食事で免疫を少しでも向上させようと していたのかもしれない。

第 4 章 第 2 研究

1

節 方法

目的に沿って,ルワンダの

PLHIV

を対象にし て,感染経路や現状に関する聞き取り調査を行っ た。

1

項 回答者

ルワンダの首都キガリ市にあるルワンダ保健省 の

HIV

AIDS

クリニック

TRAC-Plus

「Treatment and

Research AIDS Centre-Plus(以降『TRAC-Plus』)」

に通ってくる

PLHIV

の中から同意を得た

100

人お よびクリニックのスタッフ

2

名。回答者

100

名の 内,6名分は調査中にかばんの盗難にあった際に 調査記録シートも盗まれた。後に発見された時は メモの一部が破損しており,情報が欠けていたた め除外した。

TRAC-Plus

2007

年に設立された国立感染症 研究所で,クリニックを併設している。元々HIV・

AIDS

だけのクリニックであったが,そこに他の性 感染症,マラリア,結核,ハンセン病などの感染 症も加えた総合感染症研究所となった。

2000

年か ら複数の外国の援助団体がカウンセラーの訓練を 行っているとのことであった。(2010年

9

3

日 インタビュー)

2

項 調査時期

調査は,

2010

9

2

日から

23

日に実施した。

3

項 調査方法

ルワンダの首都キガリ市にある,ルワンダ保健

省の

HIV・AIDS

クリニックに通ってくる

PLHIV

の中から同意を得た

100

人に対して聞き取りを 行った。また,このクリニックで働くソーシャル ワーカーであるカウンセラー,看護師であるカウ ンセラー各

1

名に関係者面接を行った。更に

PLHIV

の 発 言 の 真 偽 を 検 証 す る た め に , 同 意 を 得 た

PLHIV

の家を訪問し,困窮状況や周囲からの差別

の現状も確かめた。

聞き取りは,

40

代の筆者がフランス語または英 語での質問を訓練したルワンダ人通訳者(研究機

(13)

関で

HIV

AIDS

研究のデータ入力を本業としてお り夜間の大学院でビジネスを専攻している

20

代 の大学院生)がルワンダ語に訳して行った。実施 時間は

1

人約

30

分であった。語りたい人がいた場 合は,気持が静まるまで話してもらったために

1

時間弱かかかった面接もあった。

4

項 質問の構成

質問項目は表

4-1

に示す。項目

5

以外は

2001

年の研究

1

との比較のために,同じ項目を設定し た。基本項目はこの

6

項目であったが,質問の途 中で気になったことは追加的に質問した。

項目

2

の「健康状況」は,現在何か健康上の問 題があるか,ないかという質問をした。

項目

3

の「拠り所」は現在心の支えになってい る人やものを尋ねた。

項目

4

の「望み」は,今一番欲しいもの,求め ているものを

5

つまであげてもらった。

項目

5

の「生まれた場所」は,ツチ族かフツ族 かを同定するための質問である。直接部族につい て質問することは現在のルワンダでは禁忌であっ たために尋ねなかった。「民族」の識別の手段とし て,1994年の虐殺時の居住地を聞こうとしたが,

記憶が曖昧な人がいたために,最終的に誕生地を 同定の中心的な手がかりとして他の情報とつき合 わせて質問した。生まれた場所が海外である場合 は,殆どツチ族であった。

1994

年の前まではツチ 族がルワンダから逃げ出していたからであった。

最後に,調査者に言いたいことを自由に語って もらった。

2

節 結果

1

項 フィールドの観察と関係者からの聴取内容

(1) 10

年の急速な経済発展

9

年ぶりに訪れたルワンダの首都キガリは建築 ラッシュであった。町の真ん中にはショッピング モール,スーパーマーケットまで建っていた。今 回の調査にあたってはルワンダ倫理委員会の許可 を申請することになり,政府機関や学術機関も世 界のスタンダードを採用していることを実感し た。

(2)

国際援助の増加

国際機関や民間の援助団体のオフィスが並ぶ。

また「○○研究所」という名前の看板が目につく。

国情が安定してきて,海外からの団体が多く入っ てきたのは一目瞭然である。

(3) HIV

薬の国際援助の増加

10

年前に

PLHIV

を紹介してくれた

ARBEF

の代 表(医師)および保健省の

PLHIV

担当官

3

名,計

4

名に

PLHIV

を取り巻くこの

10

年の変化につい

て個々に質問した。

4

名の答えに共通していたの は以下の

2

点であった。①この

10

年間で

AIDS

治 療薬が世界基金から援助されてルワンダもその恩 恵を受けた(事実,第一研究で述べた

2001

年に面 接調査した

23

人の内,少なくとも

2

人の生存が確 認できた)。ただし,いつまで無料で供給してもら えるか持続性には不安がある。②薬はあっても,

人口増加で食糧が不足してきている。特に貧困層 の栄養問題は深刻になりつつある。

4-1 質問項目

1. 基本情報(年齢,学歴,住所,職業,宗教,婚姻関係,家族構成,収入)

2. 健康状況

3. 拠り所(心の支えとなっているもの・人・場所)

4. 望み

5. 生まれた場所

6. 調査者に言いたいこと

(14)

(4)

スティグマとカウンセラーの存在

TRAC-Plus

のカウンセラー(ソーシャルワー

カー)と看護師カウンセラー各

1

名,計

2

名にス ティグマについて話を聞いた。

インタビューを行った

TRAC Plus

は,他のクリ ニックや保健センターと違い,特に社会的問題の

ある

PLHIV

を対象としている。社会的問題とは,

1994

年の虐殺やレイプのショックを受けていたり,

家族や近所から阻害されたり,貧困度が高く特別 な支援が必要な

PLHIV

である。エイズだけでな く,ほかの要因との二重苦,三重苦の問題を抱え

PLHIV

を対象としている。また,経済的には豊

かであっても,自分自身の中にスティグマを抱え,

近隣の人や同僚に知られたくない

PLHIV

が,3時 間以上かけてこのクリニックに通っている例もあ る 。 こ の ク リ ニ ッ ク で 現 在 治 療 を 受 け て い る

PLHIV

数は,約

1000

人とのことであった。精神

的問題を抱えていることもあり,カウンセラー38 人 を 常 駐 さ せ て い る 。 家 に 閉 じ こ も っ て い る

PLHIV

については,訪問でのカウンセリングも

行っているルワンダでは稀なクリニックである。

ルワンダの

HIV/AIDS

政策は,一番近い保健セ ンターで治療を受けることになっているが,この クリニックはルワンダ全土の

PLHIV

を対象にし ており,遠距離から通っている

PLHIV

も少なくな い。

(5)

思い出し泣き

今回の面接も,

2001

年に引き続き回答者が泣き 出すことが

18

回あった。HIV 感染のことではな く,「虐殺」を思い出して泣く,または「貧困」状 態を思い出して泣いていた。

2

項 単純集計結果

(1)

年齢と性別

聞き取りを行った

100

人のインタビューデータ うち,94人(女性

67,男性 27)を分析対象とし

た(表

4-2)。 1994

年当時,ルワンダで大人である

と考えられている

18

歳以上(現在

34

歳以上)で あった人が

65

人,17歳以下(現在

33

歳以下)で あった人が

29

人であった(表

4-3)。

(2)

教育レベル

職業や収入は「その場,その場で日銭を稼ぐ」

という形が大半であったために,系統的に聞き取 れなかった。家族構成は聞き取ったものの,虐殺 で生き残った家族が複数の遠い親戚と暮らしてお り,複雑な家族関係で整理ができなかった。たと えば「妹」という答えであっても,従妹のことで あったり,労働力のために半ば奴隷状態の養子で あったりした。

対象者の内,「小学校卒業者」が

69

人,「小学校 中退または全くの未就学者」が

25

人であった(表

4-4)。

(3)

宗教

聞き取り対象者の宗教は,「キリスト教」,特に

「プロテスタント」が多かった(表

4-5)。

(4)

健康状態

現在の健康状況は,「良い」が

7

割を占めた(表

4-6)。

4-3 年齢 n

34

歳以上

65 69.1

33

歳以下

29 30.9

4-4 教育 n

小学校中退・就学なし

25 26.6

小学校卒業以上

69 73.4

4-2 性別 n

67 71.3

27 28.7

4-5 宗教 n

イスラム

8 8.5

カトリック

20 21.3

プロテスタント

52 55.3

その他のキリスト教

14 14.9

4-6 健康状況 n

良い

67 71.3

悪い

27 28.7

(15)

(5)

感染経路

「感染経路」は,「配偶者感染者」が半分以上を 占め,ついで「レイプ」と「配偶者以外の異性」

からの感染がそれぞれ

1

割台であった。

10

年前と は異なり「母子感染・輸血感染」がいた。「感染経 路が不明」な人が

13.6%いた(表 4-7)。

(6)

拠り所

「拠り所」は,9割以上が「神」を頼りにしてい た。ついで「政府・NGO」などの支援団体と「家 族」は約

2

割,「医療関係者」と答えた人は

1

割に 満たなかった(表

4-8)。

(7)

望み

「望み(求めているもの)」は,2001年の調査で はなかった「自分自身の教育」という新たな答え が最も多く,

45%の人が求めていた。ついで,

「家」

4

割の人が求め,「薬や治療」,「こどものケア」,

「食事」は

3

割台の人が求めていた。「仕事」を求 めていた人は

2

割であった(表

4-9)。

(8)

誕生地

「誕生地」はルワンダ「国内」で生まれた人が

9

割弱で,1割強の人がルワンダ「国外」で生まれ ていた(表

4-10)。

3

項 属性別にみた特徴

(1)

男女間の感染経路の違い

回収された内容を性別で比較したところ,感染

経路に

5%水準で有意差が見られた(表 4-11)。

男女とも「配偶者感染」が約半数を占めた。し かし「非配偶者感染」は男性が

26.0%,女性が 9.0%

で男性が多く,女性はレイプで感染した人(17.9

%)が多かった。

(2)

誕生地別の感染経路の違い

回答された内容を誕生地別にみると,感染経路

1%水準で有意差が見られた。(表 4-12)

ルワンダ生まれか,ルワンダ外生まれかで感染 経路を見ると,ルワンダ外生まれの群には非配偶 者感染やレイプがなかった。これはルワンダ外で 虐殺を免れた群と考えると,虐殺と非配偶者感染 やレイプ感染の割合が低い。

4

項 数量化Ⅲ類での分析

回答者の特徴を分析するために,「性別」「年齢」,

「教育」,「健康状態」,「生誕地がルワンダ国内か 国外」の

5

項目各

2

カテゴリ計

10

カテゴリに加え て,「宗教」(イスラム,カトリック,プロテスタ ント,その他のキリスト教)の

4

カテゴリ,「望み」

(子や家族のケア,治療,食,仕事,住居),殆ど の人が挙げた「神」を除いた「拠りどころ」の

3

カテゴリ(政府や

NGO

などの援助団体,家族,

医療関係者),「感染経路」の

5

カテゴリ(配偶者,

非配偶者,レイプ,母子感染,感染者不明)計

22

のカテゴリを数量化Ⅲ類で解析した。解析の結果,

固有値は第

1

軸が

0.14,第 2

軸が

0.13

であった。

1

軸の固有値を

X

軸,第

2

軸の固有地を

Y

軸と

4-7 感染経路 n

配偶者

49 52.1

配偶者以外の異性

13 13.8

レイプ

12 12.8

母子感染・輸血

8 8.5

不明

12 12.8

4-8 拠り所

複数回答/94 %

87 92.6

政府・NGO

21 22.3

家族

18 19.1

医療関係者

8 8.5

4-10 誕生地 n

国内

82 87.2

国外

12 12.8

4-9 望み

複数回答/94 %

自分自身の教育

38 40.4

35 37.2

薬の供給・治療

34 36.2

子どものケア・教育

29 30.9

食事

23 24.5

仕事

21 22.3

(16)

した

2

次元平面状にカテゴリースコアを布置し た。結果を図

4-1

に示す。

4-1

の第

1

象限(図の右上)に布置された「レ イプ感染者」は,「小学校中退または未就学」に比 較的近く,「自分自身の教育」と「家を求めている」

群に近かった。第

2

象限(図の左上)では,「政府・

NGO

を頼みにする」群や「医療関係者を頼みにす る」群に一番近い感染経路群は「配偶者感染者」

であった。この

2

つの群は,「自分自身の教育を求 めている」群に比較的近かった。第

3

象限と第

4

象限の境界の「非配偶者感染者」は「子のケアを 求める」群や「家族を頼りにする」群に近く布置 された。

更に,女性サンプルのみで数量化Ⅲ類で解析を 行った。固有値は第

1

0.15,第 2

0.13

であっ

た(図

4-2)。算出されたカテゴリースコアは付表

4

に示す。

4-2

の通り,第

2

象限(図の左上)に布置さ れた「レイプ感染者」は,「小学校中退または未就 学」群に近く布置されており,「家を求めている」

群にも近かった。第

4

象限(図の右下)の外国生 まれの群は「政府や

NGO

を頼り」にしている群 に近く,「仕事」を求める群にも近く布置されてい た。女性だけに限定した場合,非配偶者感染群と レイプ群が同じ象限に近く付置された。

5

項 事例研究

感染経路別に特徴的な面接事例を

13

例取り上

げる。

<事例

4> 配偶者感染

30

歳女性

【スティグマ】「エイズ治療薬の摂取が怖いです。

夫も

HIV

陽性です。不定期な仕事についているの で家族の生活基盤が不安定。ここでエイズ薬を飲 んで,副作用でもあれば生活が成り立たない。近 所の人には自分が

PLHIV

だとは知らせていませ ん。検査も遠い保健所で受けました。エイズ薬で の治療を行っていません。日和見感染の薬を飲ん でいるだけです。その薬も人の目が気になり遠く の町で薬をもらっています。子どもは女

1

人,男

2

人で

PLHIV

かどうかまだ分かりません。」

感情を出さずに,こちらが問いかけたことに 淡々と答える回答であった。

<事例

5> 配偶者感染

年齢不明,女性

【かなえられない望み】(「望み」を尋ねた途端に 号泣し始めた。)「夫の遺体がいまだ見つかってい ないんです。政府の虐殺委員会にも手紙を書いた が,夫の遺体を捜す支援をしてくれません。この ままでは私は救われない。」

虐殺で失った家族のことを強い口調で何度も繰 り返していた。

4-11 感染者別に見た男女の割合

n

配偶者 非配偶者 レイプ 不明 母子・輸血

67 50.7 9 17.9 14.9 7.5

27 66.6 15.9 0 7.4 11.1

注:χ2(4)=10.08

p<.05

4-12 誕生地別の感染経路の割合

n

配偶者 非配偶者 レイプ 不明 母子・輸血 ルワンダ生まれ

82 53.7 15.9 14.6 8.5 7.3

ルワンダ外生まれ

12 41.7 0 0 41.7 16.7

注:χ2(4)=14.02

p<.01

(17)

<事例

6> レイプ感染

26

歳女性(乳飲み児を抱いてクリニックに通って きた。)

【生い立ちと家族状況】「学校,行ったことない。

虐殺の際に何が起こっているのか分からないまま レイプされ,13歳で子どもを産みました(シング ルマザーである)。その後も

2

人の子ども産んだ。

食べられないから,長男(13歳)を労働力の提供 として人手に渡さざるを得なかった。娘(2 人目 の子ども)も,ブタレ(キガリから

1000

キロ南に 位置するルワンダ第

2

の都市)の姉のところに住 んでいる。私と一緒にいないの。」

【望み】(「子どもと一緒に住みたい」と涙を流し はじめる。)「下の二人の子どもの父親は,他の女 性と結婚した。結婚するときに,『子どものために

お金は渡す』と約束したが,全くお金をくれない。

その上,HIV陽性と分かり,このクリニックに通 うことになった。今日は一番下の子どもが検査を 受けることになっている(母子感染の疑いがある ため)。陰性だったら良いのだけど。仕事は何もな い。頼れる人もなく,神に祈るだけである。虐殺 孤児ファンドを受けているが,6ヶ月で

3

万ルワ ンダフラン(約

5500

円)では,とても生活してい けない(ここでまた涙があふれる)。その

3

万ルワ ンダフランも,おばさんに取られている。私がお ばさんの家に居候しているから。おばさんも仕事 がなく,おばさんに

4

人の子どもがいるから,私 やこの子(乳飲み児)のためには使わせてもらえ ない。私は

HIV

陽性なので,母乳をあげないよう に医師に言われているが,ミルクが買えなくて仕 図

4-1 2010

年 感染経路別の

PLHIV

の特徴

注: 下線で示したものは「感染経路」,四角で囲んだものが「求めているもの(望 み)」で「求○○」と示した。太字が頼れるものである「拠り所」で「拠○○」

と記した。斜体字は「虐殺時にルワンダ国内にいた」か「虐殺時に国外にいた か」を示す。ただし,拠り所は「神」は除いている。

0 1 2 3 4

-4 -3 -2 -1

-6 -5

0 1 2 3

-1

-2

-3

-4

-5

第1軸

-6

第2軸

第1軸×第2軸

拠)医療関係者

感染経路不明 拠)政府/NGO

33歳以上 体調良い

配偶者感染

キリスト教一般

レイプ感染 求)家

求)仕事

カトリック 拠)家族

33歳以下

母子感染 非配偶者感染

求)子ケア

体調悪い イスラム 小卒以上

小学校未就 プロテスタント 求)食

求)自教育 求)薬

参照

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