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1956年 以 降 の イ ギ リ ス国 有 化 産 業 の 資 金 調 達 吉 武 清 彦

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(1)

一97一

1956年 以 降 の

イ ギ リ ス国 有 化 産 業 の 資 金 調 達

吉 武 清 彦

1.ま

1956年,イ ギ リス 国有 化産 業 の投 資 々金 の調 達 方法 が変 更 され た 。 戦後 イ ギ リス 国 有化 産 業 は,石 炭 産 業 を 除 き,ほ とん どが 国 有化 保 証 公 債 の発 行 に よ っ て そ の 資金 を まか な って来 た が,こ の保証 公 債 の発 行 は,イ ギ リス政 府 に

と って は 国債 管 理 とい う課 題 と競 合 し,ま た イ ソグ ラ ソ ド銀 行 に とって も, 金 融政 策 の遂 行 に お いて そ の ス ム ーズ な運 営 を阻 害 す る要 因 とな り,つ い に 56年 に この保 証 公 債 の発 行 は 中 止 され,資 金 の調達 はす べ て財 政 に 依 存す る こ とに な った 。 そ もそ も第 二 次 大 戦 後 のイ ギ リス の 国債 管 理 は二 つ の 点 で 以 前 の時 代 と異 って い た 。す なわ ち 国 債 の 内容 が 非 常 に流 動 的 で あ る こ と,そ れ か ら国 債 の 総 額 が,財 政 に お け る 画線 上 剰 余(Ab・vetheLineSurplus)に

も拘 らず 減 少す るの で は な くて 増 加 した とい うこ とで あ る 。第 二 の点 は 国有 化 産 業 の保 証 公債 の発 行 が そ の大 き な原 因 で あ る 。一 方 に お い て償 還,借 を しなが ら,他 方 新 期 のか か る公 債 の売 却 もせ ね ぽ な らぬ 。金 融 政 策 はか く

ロ ラ

て 非 常 な困 難 に直 面 した 。国 庫 依 存 に よ る国有 化 産 業 資 金 の調 達 は,以 前 よ り も よ り大 きな弾 力 性 を も って な し うる こ とが 出来,国 庫 の収 支 状 況 と睨 み 合 せ な が ら運 営 が 出来 る とい う意 味 で 以前 よ りも 進歩 した 方法 で あ る。 し か しな が ら56年 以前 も以後 も依 然 と して 資金 調 達 は 最 終 的 に は政 府 が 面倒 見

=ねば な らぬ こ とに は変 りが な い 。 この論 文 は56年 以 後 の 資金 調 達 の もつ 問題

(1)CharlesKennedy,MonetaryPolicy,TheBritishEconomツinThe Nine彦 θθ%‑Fifties,ed.byWorswich改Ady,(Oxford,1962),p.303.

(2)

一98一 商 学 討 究 第15巻 第4号

点 を 明 らか に して み よ うとす る もの で あ る。

L

国庫 に よる資 金 調達 とな る と,こ れ は 財 政 支 出 に お け る 画 線 下 支 出 (B・1・wtheLineExpenditure)の 著 しい増 大 を 意味 し,従 って それ の調 達 は 一 方増 税 に よっ て画線 上剰 余 の増 大 を は か るか ,他 方借 入 れ に よるか の どち らか とい うこ とに な る。前 者 は増 税 とい う形 で 問題 とな り,後 者 は政 府 内 部 資金及 び市 場 外か らの 借 入れ が 不変 とす れ ば,国 債 の増 大 を意 味 し再 び債 務 管 理 の問題 とな っ て現 わ れ て来 る。

従 って1956年 以降,国 有 化 産 業 の 資金 調 達 の問題 は,一 方財 政 々策 の一環 と して 考 え られ る こ とに な り,他 方 は 依然 と して 国 債管 理 の問 題 と して 考 え られ ね ば な らぬ 。 この論 文 は 国有化 産業 の 資金 調 達 が この両 方へ どん な影 響 を もち,国 民 経 済 的 に どん な意 義 を もちつつ あ るか を分 析 し よ う とす る試 み で あ る。 そ して この意 義 を1950年 代 イギ リス経 済 の直 面す る諸 問題 との関 連 にお いて 考 察 し よ う とす る。 例 えぽ イ ソフ レー シ ョ ン,成 長 率,投 資配 分 等 との関連 に お い て この問 題 を 考 えて 見 た い 。始 めに1955年 以降 の投 資実 績 を 明 らか に し,そ れ か らこの分 析 に と りか か る こ とに す る。

2.国 有 化 産 業 の 投 資 実 績

始 めに イギ リス全 体 の貯 蓄 と投 資 の構 造 を み る と,第 一 表 の 如 くで あ る。

く  

先 づ 貯 蓄 で 見 て み る と,公 社 の 貯 蓄 は 従 来 粗 固 定 投 資 額 に 比 して 従 来 余 りに 低 い こ とが 批 判 され て 来,事 実 例 え ば1959年 で は 投 資 額 の 砿程 度 に す ぎ な か っ た の で あ る が,1960年 か らは 貯 蓄 の 増 加 を 計 る よ うに 改 正 せ られ,そ れ 以 後 は 固 定 投 資 額 の%以 上 の 水 準 に 達 す る よ うに な っ た 。 これ はTheFinancial and.EocmomicObligationsoftheNationalisedJn♂ustries,(HMSO,1961.Cmd.

1337)に 於 て 明 示 され た の で あ る 。 従 来 しば し ば イ ギ リス に お い て 国 有 化 産 業 の 本 質 規 定 を め ぐっ て 公 益 事 業PublicEnterpriseで あ る か 利 潤 追 求 を

(2)こ 「公 社 」PublicCorporationの 内 容 に つ い てHMSO,National

lncomeStatistics'Sou「cesanaMethoas・1956・P・169.を 参 照 。 こ れ は 大 き な 四 国 有 化 産 業(ガ ス,石 炭,電 気,運 輸)に 若 干 の 小 さ い 公 社 を 加 え た も の で あ る 。

(3)

1956年 以 降 のイ ギ リス国有化産業 の資 金調達(吉 武)‑99一

第 一 表 資(単 £million)

[195611957i195811959

196・11961

私部 的門

1.040973 853

LO12

1,594 2,072

1

1,846

L994

1,917 2,136 2,418 2,026

公的

365

532

588 491 208 269 132il611

165

198 224

185

2・司169

159 186 311 378

3,589 3,829 3,682 4,023 4,755 4,930

差 引 き 原 価 償 却 一166 一118 6 一89 一130 一154

海 外 か ら の資 本移動 14 4 1 2 1 1

93 185 225 65 一237 一44

3,530 3,900 3,914 4・00114・389 4,733

私部 的門

刈573 545 606 693 789 885

1,184 1,357 1,413 1,444 1,650 1,850

中 央 政 府 221

245

245 253 2581 220 地 方餐当 局 574 570

535

567 609 675 592 659 694 757 794 goo 粗 固淀 投 資合計 3,144 3,376 3,493 3,714 4,100 4,530

私部 的門 公的

46 33 11 41 62 27

275 239 60 130 558 245 中 央 政 府 一24 一36 一8 一10 一17 7

地 方 当 局

,

8 54 36 11 一26 一6

81 234 322「115 一288 一70

3,53・13,9・

1

亀9141生 ・・II生389 4,733

註HMSOEconomieSurveツ1961及 び1962に よ る。

モ ッ ト ー と す る 営 利 企 業CornmercialConcernで あ る か に つ い て 論 争 が 行

わ れ て 来 た の で あ る が,こ の 法 律 で は こ の 後 者 の 性 格 を 可 成 り 強 調 す る に 到

(4)

一100‑一 商 学 討 究 第15巻 第4号

った 。 これ は 国有 化 産 業 の投 資効 率 が従 来 低 か った こ と,従 っ て営 利 性 の原 則 を 導 入 しな い な らば,国 有化 投 資そ の ものに とって も効 率 の面 で 危 険 で あ るの み で な く,他 部 門貯 蓄 の過 大 な吸 収 とい うこ とに依 っ て 国民 経 済 全 体 の

̀3)

発 展 に とっ て も阻 害 的 と な る とい う反 省 か ら生 れ た も の で あ る 。 そ して か か

る 方 向 を た どる こ とはす で に1956年 に調 達 方 法 が 国庫 に 依存 す る よ うに な っ た 時 か ら必 然 的 な もので あ った とい え る。 国 庫 依 存 に なれ ば 必 然 的 に,そ 支 出に 対す る大蔵 省 の統 制 は強 化 され ざ るを得 な い し,営 莉性 原 則 も強 く打

 め

ち 出 さざ るを 得 な い 。か くの如 く公 社 の貯 蓄 が 増 大 す るに到 った とい うこ と は,そ の資金 調 達 の方 法 が変 更 に な った こ と と内的 に 関 連 して お り,現 代 資 本 主義 に おけ る 国有 化 産 業 の方 向 を 暗 示 して お る もの といわ ざ るを え な い 。 更 に 国 有化 産 業 の投 資額 を 第 一 表 で 見 る と,1956年 以 降 公社 の 粗 固定 投 資 額 が イギ リス全 体 の粗 固定投 資 額 の 中 で 占め る比 率 は 大 体20%程 度 で あ る こ

と,そ してそ れ は イ ギ リス の公共 投 資 の約 半 分 を 占 め る も ので あ る こ とが 明 らか で あ る。更 に イギ リスの 固定 投 資 を 国民 所 得 との比 率 で見 た ものが,第 二 表 で あ る 。 これ で 見 る とイ ギ リス の公 的 部 門 の投 資 は1953年 に は約8.78%

で あ った が,1960年 に は7.79%と 低 下 して お り,こ れ に反 して 私 的 部 門 は 1953年 に は6.99%で あ っ た もの が1960年 に は10.71%と 増 加 して お る。 しか し最 近 数 年 間 は 公共 私 的両 部 門 も現 状 維 持 で あ って,大 きな変 動 を示 して お らず,国 民 総 生 産 の割 分 で 見 る と徐 々で は あ るが投 資額 の比 率 は 増 加 して い

ゴの

る。公 的 部 門 の比 重 は減 少 したけ れ ど も公 的 部 門 の 中で 見 る公 社 の固定 投 資

(3)HMSO,TheFinancialandEconomicObli8ationsoftheNationalise4 Tn4ustries(]London,1961),P・6・

(4)従 来 国 有 化 産 業 の 会 計 規 定 に つ い て は 収 益 を あ げ る こ と は 要 求 され ず,経 常 勘 定 が 損 益 な しで あ れ ば そ れ で よか っ た の で あ る。

(5)粗 固 定 投 資 額 の 粗 国 民 総 生 産 の 中 で 占 め る 比 率 の 国 際 比 較 を す る と 次 表 の 如

くで あ る が,こ れ に よ っ て 如 何 に イ ギ リス の 投 資 が,日 本,ド イ ツな ど急 速 な 成

長 率 を 示 す 国 々 と比 較 し て 停 滞 的 で あ るか が 明 らか と な る 。 第 二 表 で も 明 らか で

あ る が,1962年 私 的 部 門 の 粗 固 定 投 資 は1961年 の そ れ に 比 し て 絶 対 額 に お い て す

ら減 少 し て お る。 か か る低 い 投 資 水 準 の 原 因 は さ ま ざ ま で あ ろ うが,余 りに 長 く

厳 しい 引 締 め 政 策 が そ の 一 つ の 大 き な 原 因 で あ ろ う。*

(5)

1956年 以 降のイギ リス国 有化産業 の資 金調達(吉 武)

第二表

一101一

イ ギ リス の 総 国 民 生 産 に お け る 粗 固 定 投 資

(単位 £million)

11953195411955 195611957i195S

195gl196・ll961・ll962 総 国 昏 生 産114

,945115,s35i16,s6・1・s・366119・3s・1・ …6sl21・15s122,4s4124,・15124,9・5

粗固定投資 i)私 的部 門

計B

C

B/A C/A (B+C)/A

1,046 371 675

1,313 488

218 607

1,2551,5081,731 463533523 7929751,208

1,2971,3001,379 538570592

184192221 575538566

1,918 545 1,373

1,472 659

245 568

6.99 8.78 15.77

7.92 8.19 16.11

8.94 7.71 16.65

9.42 7.50 16.92

9.89 7.59 17.48

2,012 578 1,434

2,143 654 1,489

1,474 694

245 535

9.92 7.27 17.19

ll1 ,576 757 252 567

10.13

7.45 17.58

2,448 774 1,674

1,657 792 256 609

10.89 7.37 18.26

2,778 888 1,890

1,799 898 217 684

2,668 88 1,784

1,94 927 213 800

11.56 7.49 19.05

10.71 7.7 18.5

HMSO,NationalIncomean4Expen4iture1963,Tal),48.

の 割 合 は,1953年 当 時 に 比 し て 増 加 し て お る 。1953年 に お い て 地 方 当 局 の 粗 固 定 投 資 は £607millionで あ っ て,公 社 の £488millionよ り 遙 か に 多 か っ た が,1962年 に お い て は 公 社 の 方 は £927millionと 倍 以 上 に 増 加 し て お

馨 粗 固 定 資 本 形 成 の 国 際 比 較

イ ギ リ ス 西 ド イ ツ 日

年平均成長率

1951‑535。4%「1950‑59 1954‑584.3%1950‑53 1959‑‑609.3%1954‑59

9.7%

10.1%

8.6%

1953‑60 1954‑58 1958‑60

16.6%

15.0%

27.2%

国内粗生産高に対す る支出の割合

1951 12.6% 1950 18.8% 1950 17.6%

1953

13.5% 1953 20.1% 1953 21.9%

1954 14.1% 1954 21.0% 1954 20.4%

1958 15.2% 1959 23.0% 1958 26.6%

1960 16.3% 1960 23.9% 1960 31.3%

1961 34.8%

1

註 国 連 統 計 局 編 『世 界 の経 済 成 長 と産 業 構 造1938‑1961』1963.

(6)

一102一 商 学 討 究 第15巻 第4号

り,地 方 当局 は 僅 か に30%程 度 の 増 加 で £800millionに す ぎ ない 。 これ は 地 方 当 局 に お い て公 共 住 宅投 資 が,1953年 当 時 には 非 常 に 大 きな比 重 を 占 め て い た が,次 第 にそ の割 合 が 減 じて 来 た こ とに も とず く。

次 に イギ リス の公 共 投 資 の 内容 を 見 る と,第 三 表 の如 くで あ る。 「国有 化 産 業 と公 社」 で は 電力 業 の 延 びが 最 も大 き く,次 に は運 輸 業 に お け る増 加が 認 め られ る。 「他 の公 共 投 資」 で は道 路 の増 加 が著 し く,教 育 の 増 加 も少 く

な い。

第 三 表 イギ リスの 公共 投 資(単 位 £million)

11955/5611956/5711957/5811958/5gl1959/6・ll96・/6111961/62

社1副675179・179・187518651g・

原 子 力 公 社

便

96.5 6L2 251.2

19.8 86.7 28.0 88.0 6.1

96.5 51.3 242.1

35.2 109.2 39.9 95.2 5.1

104.1 55.6 278.5

46.2 150.4 56.4 95.6 5.7

103.0 45.5 300.2 38.4 166.5 42.1 9L5

5.0

107.9 47.6 357.2

30.9 196.9 37.3 94.4 5.1

94.0 43.3 336.0 47.4 205.1 35.7 99.7 5.6

93.3 46.1 378.4

37.0 183.7 35.0 118.6 10.2

他 の公共投 資計1635166・1665167・i74・17851895

永道及び下水道

院,福 の 投

19.7 340.0

57.3 94.2 21.1 100.4

27.1 329.0

63.8 102.2 21.9 97.6

39.6 304.5

61.5 138.3 27.2 93.3

68.3 268.5

63.2 137.3 31.1 99.7

85.6 286.5 72.6 141.2 37.3 114.7

93.3 279.0 78.9 145.2 43.4 138.1

108.3 296.2 87.6 170.8 57.8 172.7 公 共 投 資 合 訓L27・11・33511・45511'46・IL61511・65・il・725

出 所 はHMSO,Pt̀blicInvestmentin(⊇ 榔 診Bγ伽 伽Octobe「 ・1963・P・38・

以 上 に よ っ て 公 共 投 資 も 私 的 投 資 も 国 民 総 生 産 の 増 加 に ほ ぼ 比 例 し て 増 加

し て 来 て お り,最 近 は 特 に 安 定 し た 比 例 を 保 っ て い る こ と が 分 る の で あ る

(7)

1956年 以 降のイ ギ リス国有化産業 の資金調達(吉 武) 一一103‑一

が,次 に景 気 対策 の一 環 と して の公 共投 資 コ ソ トロール政 策 に つ い て考 え て み る。1景気 政 策 と して ケイ ソズは公 共投 資 を 重 視 し,戦 後 の イ ギ リスの 国 有 化 政 策 の背 後 に もか か る考 え方 が強 くひ そ んで いた の で あ るが,1956年 か ら 1962年 迄 の期 間に おけ る経 験 で は,短 期 間 で の余 りに 大幅 な投 資量 の増減 は 公 共投 資 に求 む べ きで な く,反 って景 気 政 策 の道 具 と して は財 政 々策 か 又 は 金 融 政 策 に求 め た方 が よ く,公 共 投 資 はむ しろ一 定 期 間 に わ た って安 定 した 投 資 を 行 わ させ る必要 が あ る こ と,そ して た とえ コ ソ トロール のた め に投 資 量 の変 化 が 必要 とな った と して も幅 はせ いぜ い年 約 £30millionか ら £50

ぐ  

miUionで あ る べ き で あ る こ と が 明 らか とな った 。 これ に つ い てDOwは の 三 つ の 理 由 を あ げ て お る 。 第 一

一rcは公 共 投 資 が 実 質 的 にCounter‑Cycleの

役 目を 果 す た め に は,そ の 変 化 量 を 思 い 切 り大 き くせ ね ば な らぬ こ と,第 に は 消 費 支 出 の 方 が 財 政 々 策 よ り も極 く短 期 間 に 調 節 す る こ とが 出 来 る こ

と,第 三 に は 経 済 の 長 期 予 測 は 現 在 で は ま だ 正 確 で な い た め,か りに 公 共 投 資 の コ ソ トロ ー ル を 短 期 間 に 実 施 せ ね ば な らぬ と し て も,そ れ は 非 能 率,浪 費 を 意 味 し,か か る 短 期 間 の コ ソ トロ ー ル は む しろ 他 の 政 策 に 頼 る こ とが 賢 明 で あ る こ とで あ る 。

以 上 の こ とは,こ の 期 間 の 公 共 投 資 水 準 の 変 化 に も 明 らか で あ る 。 公 共 投 資 の 削 減 が 要 請 され た の は,1956年,1957年,1958年 で あ り,リ フ レ ー シ ョ

ソ的 立 場 か ら増 加 が 要 請 され た の は1959年 で あ る 。1956年 に は 国 有 化 産 業 は

£50millionの 削 減 を 要 求 され,ま た 地 方 当 局 も同 様 に 削 減 を 要 求 され た 。 1957年 の 危 機 に は 公 共 投 資 は 向 う二 年 間1957/58年 の 水 準 と 同 一 水 準 を 維 持 す る よ うに 指 令 され た 。 従 っ て 第 二 表 で 示 され る よ うに,1957,58年 は 同 一

(6)Economist,25June1960,P.1357・Associa七ionofMunicipalTreasurers

で のAmory蔵 相 の 発 言,な ら び にSelwynLloyd蔵 相 の 下 院 に お け る 発 言 。

()f.H,C,Deb.9Nov,1960,1057.

(7)J・C・R・Dow,TheManagemento/TheBritishEeonomツ1945‑一 一60.

NationalInstituteofEconomicandSocialResearch,EconomicandSocial Studiesl7(Cambridge,UniversityPress,1964)p.221.

(8)

一104一 商 学 討 究 第15巻 第4号

水 準 を 保 っ て い る 。 これ に 反 し1959年 に は 公 共 投 資 額 特 に 住 宅,道 路.

鉄 道 を 増 加 す る よ う要 求 され,こ の 要 請 に も とつ い て59年 に は 前 年 よ り 約f100millionの 増 加 が な さ れ て い る 。

3.国 有 化 産 業 の 投 資 々金 の 調 達 を め っ ぐて

始 め に こ の 時 期 を 概 括 的 に 述 べ る と,1956年 以降1962年 迄 の 時 期 は イ ギ リ ス に と っ て,国 内通 貨 価 値 の 問 題 と 国 際 収 支 の 問 題 と い う一・国 中 央 銀 行 が 最

も注 意 せ ね ば な らぬ 指 標 が い ず れ も絶 え ず 危 険 信 号 を 示 し,そ の た め 当 局 は 一 貫 して 引 締 め 政 策 を 遂 行 しそ の 手 綱 を 緩 め な か っ た 時 期 と して 特 徴 づ け ら れ る で あ ろ う。 そ の よ うな 引 締 め 政 策 の 当 然 の 帰 結 は,イ ギ リス 経 済 の 停 滞 で あ り特 に 投 資 率 の 著 しい 低 滞 で あ っ た 。R.ハ ロ ッ ドの 計 算 に 依 れ ぽ イ ギ リス の 粗 国 内 総 生 産 の 成 長 率 は1948年 か ら55年 迄 は 年 率+3.5%で あ っ た が, 1955年 か ら1960〜61年 迄 は+2.2%と な っ て,55年 以降 の 停 滞 ぶ りが 明 ら

か で あ る。 イ ギ リス経 済 の 低 い成 長 率 に つ い て そ の 原 因 は 色 々 あ り,特 に 完 全 雇 用 に よる労 働 力 の 一般 的 な不 足 が よ り高 い成 長 に対 す る厚 い壁 に な って い る こ とは 否定 出来 ない 。しか し1955年 以降 の よ り一 層 低 い成 長 率 の原 因 は, 何 よ りも長 い引 締 め政 策 に 由来 す る もの と考 え られ るべ きで あ る。 しか も19

(9)

55年 以 降 イ ギ リス の 経 済 は,決 して 過 熱 状 態 に は な か っ た と い わ れ て お る 。 実1957年,1961年,1962年 と可 成 りの 失 業 が 現 わ れ て お る の で あ る 。 更 に ま た 国 内 通 貨 価 値 の 安 定 に 関 して い え ば,こ の1955年 以 降 は,一 貫 して 主 と して

(10)

賃 金 引 上 げ に 由 来 す る所 の コ ス トイ ソ フ レ ー シ ョ ソが 毎 年 持 続 的 に 表 わ れ, こ れ に 反 し需 要 に つ い て は 需 要 イ ン フ レ ー シ ョ ソで は な く需 要 デ フ レ ー シ ョ

ソが 現 わ れ た こ とに 注 目す べ き で あ ろ う。 当 局 の この 期 間 に お け る 引 締 め 政

(8)RHarrod,TheBritishEconomツ,(NewYork,1963),P・20・

(g)Kennedy,Op.Cit.,p.302.

(10)R・Harrodは1956年 以 降 の イ ギ リ ス 経 済 に お け る こ の コ ス トイ ン フ レ と 需 要 デ フ レ と の 程 度 を 数 字 で 表 わ し て お り,ポ ソ ドの 平 価 切 下 げ を そ の 間 に 含 ん だ 1948〜55年 の 期 間 に お け る コ ス ト ・イ ン フ レ の 指 数 が 年 率5%で あ る の に 対 し,*

(9)

1956年 以 降のイギ リス国有化産業 の資 金調達(吉 武) 一105‑一 策 は 具 体 的 に は高 金 利 政 策,ま た 銀 行 貸 出の抑 制,更 に は 財政 に お け る黒 字 予 算 の実 施 で あ った 。 そ して1955年 以降 に 新 し く現 わ れ た 引締 め政 策 の 一つ の方 法 は,借 替政 策 を 遂 行 して 長 期金 利 に 積 極 的 に 働 きか けた こ とに あ っ た 。 この需 要 デ フ レー シ ョ ンの時 期 に か か る引締 め政 策 を継 続 的 に実 施 した ので あ る 。1955年 以 降 に お け る低 い投 資 率 は,当 然 で あ った といわ なけ れ ぽ な らぬ 。一 般 に 財 政 々策 は 消費 に,そ して 金融 政 策 は 投 資 に 有効 に作 用 す る と いわれ て い るが,予 算 に お け る黒 字 財 政 は 消費 を減 少 させ,ま た銀 行 貸 出 の抑 制 は投 資を 減 退 させ た 。一 般 に市 場 拡 大 の 見 込 み の な い時 に企 業 の投 資 意 慾 が湧 く筈 が な い し,投 資 々金 の 調 達 が 一 層 困難 とな る時 に は,投 資 は い よい よ行 わ れ 難 くな る。1955年 以降 の 会 社 部 門 の 貯蓄 が 停 滞 的 で あ る こ と は,第 一 表 の 国民所 得統 計 か らも明 らか で あ って,個 人 の貯 蓄 は1956年 を100 とす れ ぽ1961年 に は199と 倍 増 して い るの に対 し,会 社 の貯 蓄 は1956年 を100 とす れ ぽ,1961年 に は134,1962年 に は111に しかす ぎな い 。

か くて1956年 以降,財 政 は常 に 画線 上剰 余 を実 現 し,と くに 引 締 めの 時 期 に は これ を 大 幅 に 実 現 し,引 締 めを 緩 和 す る 時 に は この 剰 余 を減 少 せ しめ て 来 た 。か か る財 政 々策 の 実施 は,当 局 の 引締 め政 策 の 一 環 で は あ るが,同 時 に また 国有 化 産 業 の 資 金 調 達 に まつ わ る 困難 を 解 決せ ん が た めの いわ ば苦 肉の 策 で で もあ った 。歴 代 の蔵 相 に と って イギ リス 国 有化 産 業 資金 調 達 の 問題 は 頭 痛 の種 で あ り,1956年 以前 に味 った苦 い経 験 か らす れ ば,こ の 資 金 を 何 と か 画線 上 の剰 余 を大 幅 に 実 現す る こ とに依 って 調 達 しよ うとす るの は 必 然 の 勢 い で あ った。 ラ ドク リフ報 告 も指 摘 して お る よ うに,1955年 迄 は 政 府 は金 融 政 策 と して主 と して短 期 金利 に重 点 を お いて 来 た し,そ れ に よって 引 締 め の 効 果 を あげ る よ うに努 めて 来 た 。そ して これ は 当 然伝 統 的 な割 引市 場 の極 め て鋭 敏 な金 利 機 能 に最 も大 き な期待 をか け る こ とに 他 な らなか った 。 しか し第 二 次 大 戦 後最 早 この割 引 市 場 は従 来 の よ うな鋭 敏 な作 用 を な しえ な く

')e1955〜61年 の 時 期 に お け る コ ス ト ・ イ ン フ レ の 指 数 が4

.1%で あ る と し て お る 。 Harrod,op.α 彦.,p.169.

(10)

一106'一 商 学 討 究 第15巻 第4号

な って い た 。 それ に は割 引市 場 が 国 際 金 融 の面 で従 来 果 して きた機 能 が衰 微 して行 った こ とに も原 因が あ るが,そ れ に 劣 らず1956年 以前,国 有化 産 業 の保 証 公 債 が 消 化 され ず 大 量 に売 れ 残 り,止 む を得 ず 資 金 調 達 のた め大 蔵 省 証 券 の大 量 の発 行 を余 儀 な くされ,そ れ に伴 い割 引 市場 の弾 力 的 な金利 機 能 が 著 し く麻 痺 した事 に も由来 す る ので あ る。短 期 金 利 の金 融 政 策 上 の効 果 は か く して疑 わ れ るに到 り,1955年 以降 は長 期 金 利 に重 点 を お くに到 った 。か くの 如 く画 線 上剰 余 を 大幅 に計 上す る よ うな財 政 々策 を と らしめ た の も,ま た 長 期 金 利 に 重 点 を お く政 策 を と ら しめ た の も,元 は とい えぽ,大 蔵省 証 券 の増 発 を防 ぎ,か くして浮 動 公 債(FloatingDebt)の 量 を減 少 させ,国 債 の 内 容 そ の もの が流 動 化 せ ぬ よ うに す るた め で あ った し,か くして金 融 政 策 全 体 が ね ら う所 の 引締 め の効 果 を一 層 確 実 にせ んが ため で あ った 。果 してか か る 財 政 黒 字 政策 な り借 替政 策 な りが どの よ うな政 策 的効 果 を持 ったか,こ こで 新 た に 吟 味 して み る必 要 が あ る訳 で あ る。そ こで これか ら1956年 か ら62年 ま で の期 間 で,引 締 め政 策 が 実施 され た年 の代 表 例 と して1957〜58年 を と り, 引 緩 め緩 和 政 策 が と られ た年 の例 と して1959〜60年 を と り,そ れ ぞ れ の年 の 予 算 の構成,金 融 措 置,国 庫 の 資金 調 達,等 を吟 味 して行 くこ とにす る 。

従 来 画線 下 予算 では 地 方 当 局 の公共 投 資 と石 炭 業 等一 部 の国 有化 産 業 の投 資 資 金 とを 調達 す れ ば よか った が,1956年 か らは 国 有化 産 業 の投 資 々金 をす べ て こ こか ら調 達せ ね ば な らな くな った 。他 方 また 画線 下 予 算 か ら去 って 行 く項 目も生 じた 。す なわ ち地 方 自治 体 で あ る。1955年10月 以降 地 方 自治 体 は期 限7力 年 以下 の抵 当 債 に よる資金 調 達 を認 め られ る一 方,公 共 事 業 貸 付 局 の 利 用 は,市 場 で所 要 資金 を調 達 で きな い 旨を証 明 した場 合 の 外 は,不 可 能 とな'

った 。か くて地 方 自治 体 は 国庫 に 依 存す る こ とが 殆 ん ど不可 能 とな り,こ れ に よっ て画 線 下 の国 庫 支 出 は大 幅 に減 少 した 。そ の変 化 の状 況 は 第 四 表 に示 す 如 くで あ っ て,「 国有 産業 そ の他 の公 社 へ の貸 付」 は1955〜56年 度迄 は約1 億 ポ ソ ド程 度 で あ った が,1956〜57年 度 か らは 急 増 し,同 年7億6千 万 ポ ソ

ド とな り,翌 年 に は10億 ポ ソ ドを越 え て お る 。他 方 「公共 事 業 貸付 局 へ の貸

(11)

1956年 以降 のイギ リス国有化産業 の資 金調達(吉 武) 一107一

第 四 表 国 庫 収 支(1951/52年 度 〜1958/59年 度)

単 位 £million

1鞠ll羅 躍 憂怯鋸ll羅 腱 蔑1}§葦憂耀 憂

画 線 上 剰 余 380 88 94 433 397 290 423 377 画 線 下 支 出

国有化産業 と

公社への貸付 153 119 98 126 133 759

1,045

1,138 公共事業貸付

局 へ の 貸 付 377 412 299 353 331 109 92 4 郵 政 省 へ の

37 51 57 58

ワ0

79 79 43

そ の他 の支払 174 165 190 180 227 229 235 270 画 線 下 受 取 212 223 253 216 223 555 816 896 画線下正味赤字 529 524 391 501 538 621

635 559

国庫 の綜合現金

149 436 297 68 141 331 212 182 出所は大蔵省 「ラ ドクリフ委員会報告」昭34年。21頁。

付 」 は反 対 に1956〜57年 度か ら急 減 し,従 来 の3億 ポ ソ ドか ら1億 ポ ソ ド程 度 に 低下 して い る。 しか し差 引 き画 線 下 支 出 の著 増 とな って現 わ れ た 。

さて 当 局 は この画 線 下 支 出 の増 大に 伴 っ て どの よ うな政 策 を打 ち出 して行 った で あ ろ うか?す で に のべ た よ うに 国 庫 依 存 に伴 って双 方 の調 達 方 法 が併 用 され た 。す なわ ち 画線 上剰 余 の増 大 に よ る方 法 と,市 場 か ら大蔵 省 証 券 又 は 金 縁証 券 の発 行 に よって 資 金 を 調達 す る方 法 とで あ る。1956年 か ら1962年

の期 間 は,1959年 と1960年 の両年 を 除 き,い ず れ の年 も需 要 抑圧 を 目的 と し て 引締 め政 策 が と られ た 。 引締 め 時期 は いつ も前 者 の画 線 上剰 余 の増 大 を実 現 す る こ とに よって,国 庫 の綜 合収 支 赤 字 の減 少 を計 る こ とに 努 力 し,1959

年 の 引締 め 緩 和 の時期 に は,反 対 に画 線 上剰 余 の減 少 と,国 庫 の綜 合収 支 の 赤 字 を 増 大 す る方 法 を とった 。

しか し勿 論 一 つ の調達 方 法 に の み依 存 す る こ とは 不可 能 で あ り,多 くは 双 方 が併 用 され,財 政 々策 の 目的 如 何 に 依 って,そ の どち らか に よ り大 きな比

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一108‑一

商 学 討 究 第15巻 第4号

重 が か か っ て 行 く こ とに な る 。 とす れ ぽ 引 締 め の 時 期 で もや は り,よ り少 な い 程 度 で あ れ ・市 場 か らの 資 金 調 達 に も 依 存 せ ね ば な らぬ 訳 で あ っ て,そ の場 合 の 問 題 は 短 期 証 券 た る 大 蔵 省 証 券 に 依 るか,長 期 債 券 に 依 る か とい うこ と に な る 。 す で に1955年 迄 の 経 験 で,大 蔵 省 証 券 の 増 発 に 依 る 方 法 は,割 引 市 場

の 機 能 を 破 壊 し,銀 行 の 流 動 性 を 高 め 引 締 め 効 果 を 減 殺 す る も の で あ る こ と が 明 らか で あ っ て,従 っ て 引 締 め の 目的 に 沿 う よ うな 資 金 調 達 の 方 法 と い う

こ とに な れ ば,や は り長 期 の 国 債 に よ る 他 な い 。 とす れ ばEconomistが19 56年4月 新 し い 資 金 調 達 の 方 法 が 発 表 され た 時 に 行 っ た コ メ ソ トの よ うに, や は り強 力 な 借 替 え 政 策funding‑policyが 行 わ れ る こ とが 必 要 と な り,再

く ユ 

び 国 債 管 理 の 問 題 とつ な が っ て 来 る。

さ て1956年 後 の 経 過 を 考 察 す る前 に,そ れ 以 前 に お け る 国 庫ρ 収 支 が どの よ うで あ っ た か,比 較 考 察 の 便 宜 の た め 簡 単 に 述 べ て み る。 時 期 と して1953

〜54年 を とっ た が これ は イ ギ リス1950年 代 前 半 に お い て 最 も安 定 した 経 済 成

    

長 の 時 期 で あ っ た 。

1953年,1954年 の 両 年 は 金 縁 証 券 市 場 は 好 調 で 上 げ 市 場 で あ り,新 規 発 行 公 債 の 市 場 消 化 率 も高 く,ま た満 期 債 の 償 還 も 少 な く国 債 管 理 の 容 易 な 年 で あ っ た 。1953年 に は 国 有 化 産 業 並 び に 郵 便 局 の 投 資 々金 調 達 の た め に 総 計

£311millionの 保 証 公 債 が 発 行 され,ま た £577millionの13/4連 続 借 り替 え 公 債 の借 換 え(満 期1953年11月)更 に £412millionの2Y2%戦 時 国 民 公 債 の借 換 え(満 期1954年11月)と い う二 つ の 借 替 え の 仕 事 もあ っ た 。 前 者 は 僅 か £25皿illionの 償 還,後 者 は £71.2millionの 償 還 の み で す み,残 りは 借 換 え に 成 功 した 。 そ して 市 場 が 上 げ 市 場 で あ っ た た め に1953年4月 〜9月 迄 の 間UC£211millionの 公 債,ま た10月 か ら12月 に はf240millionの 公 債 を 消 化 し え た 。1953年4月 〜9月 迄 に 保 証 公 債 の 売 り出 し額 は £195million

(11)Economist,April・21・1956・P・285・

(12)拙 稿 「イ ギ リ ス 国 有 化 産 業 投 資 と 金 融 市 場 」(ll)小 樽 商 科 大 学 「商 学 討 究 」 第13巻 第4号 。39‑‑40頁

(13)

1956年 以 降 のイギ リス国有 化産 業 の資金調達(吉 武) 一109一

で あ っ た た め,そ れ を £211millionか ら差 引 く と結 局 国 庫 の 国 有 化 産 業 以 外 に 利 用 し う る額 は 結 局E16millionに す ぎず,ま た 同 じ く10月 か ら1954年3 月 迄 は 保 証 公 債 の 発 行 が £116millionで あ っ た の で,そ れ を 同 期 間 の 公 債 消 化 額 £240millionか ら差 引 く と £124millionが 国 庫 の 利 用 し うる 金 額 で あ っ た 。 従 っ て 国 有 化 産 業 の 保 証 公 債 の 発 行 額 を,公 債 の 純 市 場 消 化 額 か ら差 引 く と,残 りはE140million程 度 に す ぎ な い 。 市 場 が 好 調 で あ っ て 市 場 で の 公 債 消 化 額 が 多 くて も,保 証 公 債 の 発 行 た め 国 庫 が 利 用 し う る資 金 の 額 は 少 な くな る。 か くの 如 く減 少 し た け れ ど も ま だ1φ53年 に は か か る £140 millionの 純 消 化 額 が あ った た め,1953年10月 か ら翌 年3月 迄 に は £325million の 大 蔵 省 証 券 の 減 少 を 見 た 。,そ の 額 は1952年 後 半 期 の 減 少 額 の 倍 以 上 に 及 ぶ も の で あ っ た 。 か くて1953年 の 経 過 は 次 の こ とを 示 した 。 す な わ ち 上 げ 市 場 で の み 公 債 の 消 化 も順 調 で あ り,ま た 償 還 も少 くて 済 む こ と,し か し な が ら 保 証 公 債 の 発 行 の た め に 国 庫 の 利 用 し うる 資 金 額 は そ れ だ け 減 少 さ せ られ, 勢 い 大 蔵 省 証 券 へ 依 存 せ ね ば な らな くな る情 況 が 生 れ や す い 。 特 に 市 場 の 悪 化 な ど の 場 合 は しか りで あ る。

さ て 次 に1957〜58年 の 状 況 を 見 よ う。1957年1月 イ ソ グ ラ ソ ド銀 行 の 公 定 歩 合 は5.5%か ら5%に 引 ぎ下 げ られ た 。 そ れ は1955年 か ら発 生 した 投 資 ブ ー ム も漸 く終 了 し,こ れ まで の 引 締 め 政 策 が 国 際 収 支 の 改 善 を もた ら した の で,引 締 め を 若 干 緩 和 し よ う と した た め で あ る。 しか し国 内 物 価 の 上 昇 は や ま ず,大 幅 な緩 和 が 再 び イ ソ フ レを ひ き お こす の で は な い か と当 局 は 極 度 に 警 戒 した 。 従 っ て 僅 か0.5%程 度 の 引 き 下 げ に 終 らざ るを 得 な か った 。1957 年 秋 に ッ ニ ー ク ロ フ ト蔵 相 は 通 貨 量 の 厳 格 な 制 限 の み が 物 価 上 昇 を お さ え 得

る だ ろ う と声 明 した 。 平 時 と して は 異 常 に 高 い 水 準 で あ る5%の 公 定 歩 合 の 維 持,そ し て 厳 格 な 銀 行 貸 付 の 制 限,更 に は 借 替 政 策 の 遂 行 等,1957年 を 通

じ 引 締 め 政 策 は 多 方 面 に わ た っ て 具 体 化 さ れ た 。 更 に1957年 秋 に な る と ポ ソ ド ・マ ル ク ・フ ラ ンの 間 に 国 際 資 本 移 動 が 激 し く現 わ れ,国 際 収 支 の 危 機 が 現 わ れ た た め,9月 に は 公 定 歩 合 を 従 来 な か っ た よ うな 高 金 利7%に 引 き上 げ た 。1957年 後 半 に は か くて 一 層 厳 しい 引 締 め 政 策 が 堅 持 され,そ れ は1958 年 後 半 迄 つ づ い た 。

(14)

一110一 商 学 討 究 第15巻 第4号

58 一

57 19

聖 翻 撹 醸 陵

単 位 £million

11斐6議71駕8}'斐7讃

4.8684,8274,92 290462423

1'斐6一蓑711駕81'斐7一 接81111斐6蓑7i'駕8嘆7一 接8 215 267 261 総 支 出 836 854 896 借入又は画

線 ヒ剰余に 621 587 635 よるべ き額

836 854 896

836 854 896

国庫綜合赤字 一331 一125 一212

註TheEconomist,Apri1,19・1958・P・229・

しか し国 内 の生産 活 動 は 当 時過 熱状 態 には 決 して なか った 。

1957〜58年 の財 政 の 内容 は 第 五 表 の如 くで あ って,特 微 的 な こ とは,画 線 上 剰 余 の大 幅 な増 大 と,綜 合国 庫 収 支 に お け る赤 字 の減 少 で あ る。画 線 上 剰 余 の増 大 とい う意 味 で は デ フ レ的 な予 算 構成 で あ るが,当 時 の ソニ ー ク ロフ

ト蔵 相 は減 税 を1億 ポ ソ ド程 実 現 して,消 費 の増 大 を も僅 か なが ら計 って お る。 これ は 引締 めを堅 持 しなが ら,他 方 将 来 のた め の布 石 と して減 税 に よ る 消費 の振 興 を あ る程 度計 って お る もので あ る。 この よ うな長 期 の引 締 め に よ っ て最 も打 撃 を 受 け た の は,民 間 投 資 で あ ろ う。民 間 の投 資 は 金 融 の 引締 め と,.財 政 の黒 字 に伴 って 引続 き抑圧 され た ま まで あ り,1.M.D.Littleが 摘 してお る如 くに,1957年 に は 政 府 は もっ と民 間投 資 の振 興 を 計 るべ く努 力

ロ   

す べ き で あ っ た 。

(13)1・M・D・Little,FiscalPolicy,inT肋BritishEoo%σ 初 ツ 伽 丁 ゐθN伽 θ渉8θ%‑

F醐 θε,(Oxford,1962)ed.byWorswick&Ad}r.p.266.

(15)

/

1956年 以降 のイギ リス国有 化産業 の資 金調達(吉 武)

一 川

この間 国有 化 産 業 の投 資 は,引 締 め政 策 に対 応 して,据 置 きの ま まお か れ た 。据 置 きの状 況 は 第 六 表 の如 くで あ るが,画 線 下純 支 出 の冤は 国有 化 産 業 の 資本 調 達 に よって 占め られ て い る こ とが 明 らか で あ る。

第 六 表1957‑58年 の予 算(画 線下)の 純 支 出 (単位 £million)

1婁56報1覚5粥

国 有 化 産 業 と郵便局

公 共 団 体 私 企 業 と建 築 組 合

戦 後 の 債 務 弁 済

438 67 55

‑7 13 17 23 14

440 52 33

‑7 15 16 22 16

16231587

註TheBanher,May,1957・P・288よ り 計 算

\次 に1957‑58年 の 国 庫 収 支 の状 況 を み る と,第 七 表 の 如 くで あ る 。 こ の 時 期 の 特 徴1よ償 還 額 が 極 め て 多 く,1957年4月 〜6月 に はE400million,1957

年10月 〜12月 に は £503millionの 多 額 に 及 ん だ こ と が 示 さ れ て お る 。 国 庫 の 総 所 要 額 は £209millionで 多 くは な か っ た の で あ るが,こ の 償 還 額 が 多 か っ た た め,可 成 り多 くの 大 蔵 省 証 券 を(£339million)出 さ ざ るを 得 ず,取 引 所 加 盟 銀 行 の流 動 性 比 率 は1957年 の 暮 に は38.4%と な り,非 常 に 高 ,L・も の

と な っ て い た 。1957年3月 か らひ き続 き金 縁 証 券 市 場 は 冴 え ず,そ の 価 格 は 下 っ た が,こ れ は 当 時 イ ン フ レ ー シ 。 ソに 対 す る危 惧 と 国 際 収 支 の 危 機 とに 対 す る 不 安 に 支 配 され て い た た め で,従 っ て か か る 下 げ 市 場 で は 当 局 も積 極 的 に は 借 替 え政 策 を 推 進 す る こ とが 出 来 ず,結 局 は 再 び 大 蔵 省 証 券 に 頼 っ て, 償 還 の 一 部 を 賄 うこ とに な っ た 。Bankerは これ に つ い て 次 の よ うに 述 べ て お る 。 『大 衆 の イ ソ フ レー シ ョ ソへ の 危 惧 が 大 き く,そ の た め に 借 替 え が 成

(16)

一112山 商 学 討 究 第15巻 第4号

第 七 表 国 庫 の 資 金 調 達(1957/58)(単 位 五miUion)

t明 一6帥 月一9周 朋 鯖 1月一3月2{1懇 所 要 額

1.国 庫 の 総 合 収 支

一209 一308 一412 十705 一224

2.国 有化 産業及郵便局

十5

十10 十15

総 所 要 額(1+2) 一204 一308 一402 十705 一209

3.内 部 資 金

一50 十234 一89 一146 一51

4.合 計(1+2+3) 一254 一74 一491 十559 一260

そ の 調 達

5.保 証 発 行

十75 十150 一150 十75

6.市 場 外 か らの 借 入

十114

十49

十23 一207 一11

7.市 場 か ら の 借 入

i)市 場 消 化(純) 一69 一84 一102 十122 一133

ii)大 十134 十109 十420 一324 十339

8,合 計(5+6+7) 十254

十74

十491 一559 十260

L国

(a)国 債 の 発 行 十99

十793 十892

(b)償 還

一400 一503 一903

(c)減 一6 一12 一8 一12 一38

2.保1証 公 債 の 発 行

一5 一10 一15

3.合 計(1+2) 一312・ 一12 一521 十781

一6ぺ

4.政 府 部 内 の 保 有 一243

十72

一419 十659

十69

5.市 場 の 消 化

一69 一84 一102 十122 一133

註1.Pγ 伽 ψαJMemorandaofEvidence.Vol.1.p.63.

2.「 内部資 金」 とは政府 各省及び予 算外資 金(例,国 民保険資 金やイ ング ラ ソ ド銀行 発行部)の 内部勘定 に あ る余裕金を指す。

市場 外か らの借 り入れ 」 とは国民貯蓄証券,国 防債 券及び割増 貯蓄 債券 の発行 又は郵便貯蓄銀 行 の公衆 預金の受け入れ を指す。

功 しな い と,た とえ 国 庫 の 赤 字 が 減 少 して い て も,当 局 は や は り銀 行 か ら多 量 に 借 入 れ を せ ね ぽ な らず,か く して 再 び 信 用 増 大 の 基 礎 を つ く り出 さ ざ る

を 得 なV(1481従 っ て1957年 は 国 庫 の 赤 字 減 少 に も拘 らず,借 替 え が 成 功 せ ず, (14)TheBanher,Mar.1959.P.147.

(17)

1956年 以 降のイギ リス国有 化産業 の資 金調達(吉 武) 一113一

多 額 の償還 を余 儀 な くされ,大 蔵 省 証券 の増 発 を もた ら した 。取 引所 加 盟銀 行 は 当 局 の要 請 に従 い貸 付 額 を減 少 させ た。1957年7月 か ら12月 末 迄 に 国 有化

ロの

産 業 以外 へ の 貸 付 けは か くて £220millon減 少 した が,大 蔵 省 証券 は 同一 の 期 間£348million増 加 して お り,取 引所 加 盟 銀 行 の 流 動 性 比 率 は 極 め て 高 ま っ た 。この経 験 は1953年 の時 のそ れ と正反 対 で あ っ て,当 時 は 金 縁証 券 は上 げ 市 場 で あった た めに 償 還 は 少 なか った しそ れ に伴 って大 蔵 省証 券 の発 行 額 も 少 な くて済 んだ 。1957年 の如 き引締 め の時期 に お い ては そ れ とは逆 で 大量 の 償 還 を余 儀 され た 。借 替 えが 成 功 す るた め に は市 場 が 上 げ 市 場 で な くては な

ぐユ ラ

らず,そ のた めに は 金 融 引締 め の時 期 は 不適 当 で あ る こ とが 明 らか で あ る。

しか しな が ら当 局 の借 替 え政 策 は,か か る不利 な状 況 に も拘 らず あ る程 度は 積 極 的 に 推 進 され た の で あ っ て,そ れ は 当 然 長 期 利子 率 の上 昇 を もた らした 。 勿 積 極 論 長 期 利 子 率 上 昇 の原 因は この借 替 え政 策 の みに あ るの で は な く, 慢 性 的 な イ ソフ レに対 す る投 資 家 の懸 念 もまた この有 力 な原 因 で あ る。長 期 金 利 の上 昇 傾 向は 第 八 表 の示す 如 くで あ る。

以上 の こ とか ら何 を学 び うるで あ ろ うか?1955年 以降 に お い て 保証 公債 の 発 行 を 中止 して 国庫 に 依存 す るや うに した けれ ども,問 題 の本 質 的 な解 決 に は な って い な い とい うこ とで あ る 。た しか に保 証 公 債 の発 行 の 必要 性 が な く な った こ とに よって 当 局 の金 融 政 策 が や りや す くな った ので は あ るが,か る金 融 引締 め 期 に お い て は,そ もそ も借 替 え政 策 が 成 功 せ ず,満 期 国債 の償 還 が 増 加 し,従 って 大蔵 省 証 券 が 依 然 と して大 量 に 必 要 とされ る とい うこ と

で あ る。 そ してた とえ画 線 上剰 余 を大 幅 に実 現 し,国 庫 の綜 合 赤 字 を極 めて 少 な くさせ て も,大 蔵 省 証 券 の大量 発 行 を防 ぐこ とに は な らなか った ので あ る。 か か る矛 盾 を如 何 に 解 決す べ きか が 金 融 当 局 の 大 きな課 題 とな った が, これ が そ の後 特 別 予 金 制(SpecialDepositSystem)の 採用 とな っ て現 われ た の で あ る。 とに か くこの長期 金利 の上 昇 は,銀 行 貸 付 の制 限,国 庫 の画 線

(15)Commit彦8θo∫'ゐ θWorhingoゾ̀ん θMonetarPtSγstem,jPアinoiPalMemoranaa oプEviaenceVoL7.P・63・

(16)]Kennedy,Op・ α 彦・,P・31L

(18)

一114一 商 学 討 究 第15号 第4巻

第八表 金 利 体 系 の 推 移

i公定歩合1鶏行予錨 蝶 翻 噛 ・轟 麺 閑 ンソ劃 社債利廻

1951 2.5 0.75 1.0 359〜3.98 3.78

4.91

1952 4.0 2.0 2.4 4.25〜4.55 4.23 5.14

11953 3.5 1.75 2.15 3.95〜4.30 4.08 4.90

1954

3.0 1.25 1.87

3.55

3.75 4.57

1955 4.5 2.5 4.3 4.25 4.17 5.Ol

1956 5.5 3.5 4.9 5.14 4.74 5.70

1957 7.0 5.0 6.5 5.11〜5.46 5.00 6.12

;

1958

4.0 2.0 3.3 5.25〜5.54 4.93 6.16

1959

4.0 2.0 3.6 5.09〜5.23 4.82 5.98

1960 5.0 3.0 4.4 5.77 5.42 6.30

1961 6.0 4.0 5.3 6.27〜6.33 6.20 7.07

1962 4.5 2.5 3.6 5.79〜5.89 5.98 7.02

出所 ゴ 日本銀行統 計局,国 際比較 統 計。

上 の 大 幅 黒 字 の実 現 と と もに,民 間投 資を 抑制 した こ とは疑 うこ とが 出 来 な

い0

1958年 後 半 に な っ て漸 く引締 め が緩 和 され た 。 そ して7月 に は従 来 行 わ れ て 来 た銀 行 貸 出 に対 す る制 限 をす べ て撤 廃 した が 同 時 に,将 来 の準 備 と して 特 別 予金 制 が始 め て制 度 と して確 認 され た 。これ はDOwに よる と,従 来 の銀 行 貸 付 に対 す る制 限が,著 る し く銀行 の通 常 取 引を阻 害 す る悪 弊が あ るた め

く 

銀 行 側 か ら嫌 わ れ,そ の 代 案 と して 生 まれ た も の で あ る と され て い る。1958 年7月 末 の 貸 出 制 限 撤 廃 は,銀 行 の 貸 出 態 度 に 直 ち に 反 映 し,急 速 に 銀 行 の 貸 出 は 増 加 し,1958年 秋 か ら1960年 半 ば 迄 に £1,500million増 加 した が,

こ の 急 激 な 増 加 は 如 何 に 過 去7年 間 の 貸 出 制 限 が 厳 しい も の で あ った か を 示

く   

す もの で あ る 。1957年lO月 に7%に 上 っ た 公 定 歩 合 は,1958年 に な し崩 しに 下 げ られ1958年 の 暮 に は4%に ま で 下 り,こ こで イ ギ リス 経 済 は 再 び 好 況 の

(17)J・c・R・Dow,op・cit・,P・241・

(18)J・C・RDow,op・ α 彦・,P・241・

参照

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