第 3 章 重工業化と経済成長:
東・東南アジア諸国製造業における産業構造変化の労働生産性上昇効果
1 はじめに
本章の目的は,重工業化期の東・東南アジア諸国製造業を対象にSOモデルを使用して,
製造業部門内の産業構造変化により生じた資源再配分効果の影響について実証分析を行う ことである。また,重工業化の進行過程の中で労働生産性の成長に対して資源再配分効果 が果した役割を国際比較する。
開発途上国における工業化の拡大は,経済発展の「転換点」を超えて先進国型の産業構 造を形成し,高度成長を実現するために極めて重要である(1)。そして経済成長とともに重工 業化が進展し,やがて製造業部門の産業構造が高加工度化していくことになる(2)。実際に表 3-1〜表3-5 の東・東南アジア諸国製造業の産業別総生産シェアを確認すると,東アジア3 ヵ国(=日本,台湾,韓国)では1960〜90年代にかけて,軽工業のシェアが低下する一方 で,重工業のシェアが上昇している。特に重工業においては,石油,化学産業がほぼ一定 のシェアを維持している一方で,電気機械を中心とした機械産業のシェアが著しく上昇し ており,産業構造の高加工度化が進展していることが確認される。他方,中国,タイにお いては依然として軽工業の比重が大きくなっているものの,化学,機械産業を中心に重工 業のシェアが上昇しており,重工業化が進展しているのが分かる。
1961年 1971年 1981年 1981年 1991年 2001年
1.食料品 18.1 16.7 16.6 1.加工食品 12.4 10.4 11.2
2.繊維 11.8 9.0 7.6 2.繊維・衣類・皮革 4.4 3.3 1.8
3.パルプ・紙・同製品 6.2 5.2 3.7 3.木・木製品・家具 2.3 1.7 1.2
4.化学 12.0 13.8 10.2 4.パルプ・紙・印刷 8.1 8.0 7.3
5.石油・石炭 3.7 3.9 2.4 5.化学 9.8 11.7 12.1
6.窯業・土石 9.6 9.3 7.2 6.石油・石炭 3.5 3.1 2.0
7.鉄鋼 8.7 8.3 8.1 7.窯業・土石 4.9 3.6 2.9
8.非鉄金属 3.1 2.4 2.4 8.鉄鋼 7.9 5.5 4.4
9.機械 26.8 31.4 41.8 9.非鉄金属 2.2 1.8 1.8
10.金属製品 5.2 5.2 4.5
11.一般機械 11.5 11.0 9.9 12.電気機械 9.2 15.1 20.4 13.輸送用機械 11.9 12.8 14.3
14.精密機械 2.2 1.8 1.6
15.その他工業製品 4.4 5.0 4.7
(単位)%
出所:1961〜81年は『日本長期統計総覧〔第1巻〕』,1981〜2001年は『工業統計表〔産業編〕』により筆者作成。
注:表の数値は実質粗付加価値額(2000年基準)のシェアである。なお,実質粗付加価値額は3ヵ年移動平均値で修正 してある。
表3-1 日本製造業の産業別総生産シェア
1966年 1971年 1981年 1981年 1991年 2001年
1.加工食品 30.0 17.1 8.2 1.加工食品 8.8 7.8 5.0
2.繊維 12.5 18.1 15.1 2.繊維 14.2 8.6 3.9
3.衣類・皮革 3.5 7.7 6.6 3.皮革・毛皮 2.2 1.7 0.6
4.木・木製品・家具 5.7 3.9 1.9 4.木・木製品 3.9 1.8 0.4
5.パルプ・紙・印刷 6.6 5.6 3.9 5.パルプ・紙・同製品 4.1 3.4 1.8
6.化学 10.7 8.4 6.7 6.化学材料 5.1 7.6 7.1
7.ゴム・プラスチック 2.3 3.1 4.8 7.化学製品 2.6 2.9 2.1
8.石油・石炭 3.7 3.5 3.3 8.ゴム・プラスチック 11.3 10.1 5.4
9.非金属鉱物 7.5 5.8 4.1 9.非鉄金属 7.1 5.7 3.2
10.1次金属 3.4 2.6 2.3 10.1次金属 4.4 7.8 5.5
11.金属製品 1.4 0.7 0.5 11.金属製品 6.9 7.9 5.1
12.一般機械 1.6 1.4 0.8 12.一般機械 5.3 6.4 6.4
13.電気機械 4.9 16.1 34.5 13.電気機械 12.8 18.8 47.8
14.輸送用機械 6.0 5.8 6.9 14.輸送用機械 11.3 9.6 5.8
15.精密機械 0.1 0.3 0.3
(単位)%
出所:1966〜81年は『アジア長期経済統計1〔台湾〕』,1981〜2001年は『台湾地区工商及服務業普査報告〔製造業編〕』
により筆者作成。
注:1966〜81年の数値は実質付加価値額(1960年基準),1981〜2001年の数値は実質粗付加価値額(1996年基準)の シェアである。
表3-2 台湾製造業の産業別総生産シェア
1971年 1981年 1991年 2001年
1.加工食品 26.3 15.0 9.4 5.3
2.繊維・衣類 31.5 28.9 14.0 5.2
3.木・木製品 4.6 2.3 1.3 0.6
4.パルプ・紙・出版・印刷 6.5 5.6 5.8 3.4
5.石油・化学 11.6 15.6 18.6 19.0
6.非金属鉱物 6.2 4.9 5.8 3.2
7.1次金属 3.2 7.3 9.0 8.0
8.金属加工・機械 10.1 20.4 36.1 55.1
(単位)%
出所:EU KLEMS Database[2008]により筆者作成。
注:表の数値は実質粗付加価値額(1995年基準)のシェアである。なお,実質粗付加 価値額は3ヵ年移動平均値で修正してある。
表3-3 韓国製造業の産業別総生産シェア
1981年 1993年 2001年
1.加工食品 11.6 15.4 14.4
2.繊維・衣類・皮革 17.9 16.6 12.7
3.木・木製品・家具 1.4 0.8 1.1
4.パルプ・紙・印刷 3.4 2.9 2.8
5.石油・石炭 6.3 2.4 1.1
6.化学 15.5 16.5 17.8
7.非金属鉱物 6.6 6.2 4.4
8.金属 12.6 10.2 9.0
9.機械 24.6 29.0 36.9
(単位)%
出所:Szirmai・Ren・Bai[2005]により筆者作成。
注:表の数値は実質粗付加価値額(1980年基準)のシェアである。なお,
実質粗付加価値額は3ヵ年移動平均値で修正してある。
表3-4 中国製造業の産業別総生産シェア
1986年 1996年 2002年
1.加工食品 26.3 17.4 18.2
2.繊維・衣類・皮革 25.4 19.2 16.7
3.木・木製品・家具 6.1 2.1 3.2
4.パルプ・紙・印刷 3.4 2.8 3.0
5.石油・化学 15.3 16.7 18.4
6.非金属鉱物 5.5 6.6 5.0
7.1次金属 2.1 2.0 1.5
8.金属・機械 16.1 33.3 34.0
(単位)%
出所:National Income of Thailandにより筆者作成。
注:表の数値は実質粗付加価値額(1988年基準)のシェアである。
表3-5 タイ製造業の産業別総生産シェア
山口[1997,2001]によれば,中国,タイのマクロ産業構造を日本と比較した場合,中 国,タイの1990年はそれぞれ日本のほぼ1960年代と1950年代に当たることを示してお り,重工業化が進展した1960〜70年代の東アジア3ヵ国とほぼ同時期に当たる。したがっ て,重工業化期の東・東南アジア諸国製造業で生じた産業構造変化の影響や役割を国際比 較することができる。
表3-6〜表3-10 は,東・東南アジア諸国製造業の産業別労働生産性を示している。東ア ジア 3 ヵ国では,石油,化学産業の労働生産性が相対的に高くなっている一方で,機械産 業の労働生産性は上昇傾向を示している。また,このような傾向は,1980年代以降に産業 構造の高加工度化が進行するにつれてより顕著に表れている。他方,中国,タイの場合,
軽工業と重工業の労働生産性が多くの産業で同時に上昇しており,東アジア3ヵ国とは異
1961年 1971年 1981年 1981年 1991年 2001年
1.食料品 0.02 0.05 0.07 1.加工食品 0.10 0.13 0.13
2.繊維 0.01 0.02 0.03 2.繊維・衣類・皮革 0.04 0.05 0.07
3.パルプ・紙・同製品 0.02 0.05 0.07 3.木・木製品・家具 0.06 0.10 0.10
4.化学 0.02 0.10 0.12 4.パルプ・紙・印刷 0.10 0.15 0.17
5.石油・石炭 0.09 0.31 0.27 5.化学 0.14 0.31 0.37
6.窯業・土石 0.02 0.05 0.07 6.石油・石炭 0.13 0.20 0.18
7.鉄鋼 0.02 0.05 0.10 7.窯業・土石 0.09 0.14 0.16
8.非鉄金属 0.02 0.04 0.06 8.鉄鋼 0.12 0.19 0.24
9.機械 0.01 0.03 0.06 9.非鉄金属 0.08 0.13 0.16
10.金属製品 0.08 0.12 0.13
11.一般機械 0.08 0.13 0.14
12.電気機械 0.04 0.09 0.16
13.輸送用機械 0.08 0.15 0.19
14.精密機械 0.06 0.09 0.13
15.その他工業製品 0.08 0.13 0.13
(単位)億円/人
出所:1961〜81年は『日本長期統計総覧〔第1巻〕』,1981〜2001年は『工業統計表〔産業編〕』により筆者作成。
注:表の数値は実質値(2000年基準)である。なお,表の数値は3ヵ年移動平均値を使用して計測してある。
表3-6 日本製造業の産業別労働生産性
1966年 1971年 1981年 1981年 1991年 2001年
1.加工食品 0.6 0.7 1.1 1.加工食品 2.9 7.8 11.9
2.繊維 0.3 0.5 1.0 2.繊維 2.0 5.5 7.7
3.衣類・皮革 0.6 0.6 0.7 3.皮革・毛皮 1.8 4.3 4.5
4.木・木製品・家具 0.4 0.3 0.3 4.木・木製品 2.1 4.4 4.8
5.パルプ・紙・印刷 0.6 0.7 0.9 5.パルプ・紙・同製品 3.4 6.5 9.0
6.化学 0.7 0.8 1.4 6.化学材料 4.6 13.8 24.8
7.ゴム・プラスチック 0.2 0.2 0.4 7.化学製品 2.5 6.7 8.7
8.石油・石炭 0.9 1.4 3.4 8.ゴム・プラスチック 1.8 4.9 7.9
9.非金属鉱物 0.4 0.6 0.8 9.非鉄金属 3.0 7.2 11.0
10.1次金属 0.5 0.6 0.7 10.1次金属 2.8 9.3 13.7
11.金属製品 0.2 0.1 0.1 11.金属製品 1.8 4.1 6.3
12.一般機械 0.1 0.1 0.2 12.一般機械 2.3 4.9 6.8
13.電気機械 0.4 0.8 2.2 13.電気機械 1.7 5.4 19.7
14.輸送用機械 0.7 1.0 1.3 14.輸送用機械 4.7 8.6 10.4
15.精密機械 0.3 0.4 0.2
(単位)10万元/人
出所:1966〜81年は『アジア長期経済統計1〔台湾〕』,『台湾地区工商及服務業普査報告〔製造業編〕』により筆者作成。
1981〜2001年は『台湾地区工商及服務業普査報告〔製造業編〕』により筆者作成。
注:1966〜81年の数値は1960年基準,1981〜2001年の数値は1996年基準の実質値である。
表3-7 台湾製造業の産業別労働生産性
1971年 1981年 1991年 2001年
1.加工食品 6,675 12,279 17,305 28,664
2.繊維・衣類 2,729 5,227 7,350 12,543
3.木・木製品 3,905 7,307 12,408 21,630
4.パルプ・紙・出版・印刷 3,586 8,224 15,893 22,259
5.石油・化学 5,244 13,285 25,756 59,305
6.非金属鉱物 3,942 7,315 16,289 37,470
7.1次金属 3,405 11,844 28,905 76,491
8.金属加工・機械 2,108 5,439 12,425 41,999
(単位)1,000ウォン/人
出所:EU KLEMS Database[2008]により筆者作成。
注:表の数値は実質値(1995年基準)である。なお,表の数値は3ヵ年移動平均値を 使用して計測してある。
表3-8 韓国製造業の産業別労働生産性
1981年 1993年 2001年
1.加工食品 0.52 1.02 2.43
2.繊維・衣類・皮革 0.34 0.48 1.02
3.木・木製品・家具 0.16 0.20 0.77
4.パルプ・紙・印刷 0.27 0.39 1.07
5.石油・石炭 2.32 1.17 1.12
6.化学 0.42 0.72 1.95
7.非金属鉱物 0.19 0.32 0.59
8.金属 0.34 0.50 1.16
9.機械 0.24 0.60 1.94
(単位)万元/人
出所:Szirmai・Ren・Bai[2005]により筆者作成。
注:表の数値は実質値(1980年基準)である。なお,表の数値は3ヵ年 移動平均値を使用して計測してある。
表3-9 中国製造業の産業別労働生産性
1986年 1996年 2002年
1.加工食品 143 196 188
2.繊維・衣類・皮革 77 185 160
3.木・木製品・家具 109 66 85
4.パルプ・紙・印刷 122 143 219
5.石油・化学 198 270 435
6.非金属鉱物 111 198 235
7.1次金属 119 316 223
8.金属・機械 141 228 333
(単位)1,000バーツ/人
出所:National Income of Thailand,Report of the Labor Force Survey により筆者作成。
注:表の数値は実質値(1988年基準)である。
表3-10 タイ製造業の産業別労働生産性
なる傾向が観察される。各年の労働生産性を相対的にみると,石油,化学産業,金属,機 械産業の労働生産性が東アジア3ヵ国と同様に高くなっているものの,1980〜90年代にか けて加工食品を中心とした軽工業の労働生産性も依然として高い値で推移している。
このような状況において,仮に産業構造が著しく変化する重工業化期に低生産性産業か ら高生産性産業へ労働や資本といった生産要素がスムーズに産業間を移動すれば,製造業 全体の労働生産性の上昇に資源再配分効果が寄与することになる。その場合,資源移動を 制約する要因が存在せず,各国で相対的に生産性が高くなっている産業へ効率的に資源が 再配分される必要がある。一方,相対的に生産性が低い産業へ非効率的に資源が再配分さ れたり,生産要素の投入や移動自体が生じなければ資源再配分効果は低下すると考えられ る。本章では以上の点を考慮して,東・東南アジア諸国製造業の労働生産性の成長に資源 再配分効果が及ぼした影響を分析し,重工業化の進行状況によって資源再配分効果の役割 が異なるのか否かを確認する。
2 モデル
(3)生産関数fが以下のように書けるとしよう。
Y = Af(K, L)
Y:総生産,A:技術水準,K:資本ストック,L:労働力
[1]
ここで,生産関数fが1次同次を仮定したコブ=ダグラス型であるとすれば,[1]式は以下 のように書くことができる。
K
K a
a L AK Y = 1− aK:資本分配率
[2]
ここで[2]式を対数変換すれば,以下のように書くことができる。
lnY = lnA + aK lnK +(1−aK)lnL
[3]
[3]式を時間tで微分し,成長率タームGで表して整理すると以下のように書くことがで きる。
G(Y/L)= GA + aK G(K/L)
[4]
[4]式は労働生産性y(=Y/L),資本・労働比率k(=K/L),TFPの成長率TFPG (=GA)
を用いて以下のように書くことができる。
Gy = TFPG + aK Gk
[5]
また,個々の産業がn種存在し,その第i部門でKiとLiの生産要素を投入してY(i=1,i 2,
3,・・・,n)を生産していると仮定するならば,労働生産性の成長率として Gy は以下の
ように書くことができる。
i
i L i
i
YGY s GL
s
Gy=
∑
i −∑
i[6] このとき,sYiとsLiは第i 部門における総生産と労働のシェアを示している。個々の産業の 場合,[6]式は以下のように書ける。
Gyi = aKiGki+TFPGi
[7]
さらに,
GYi = Gyi+GLi
の関係が成立していることを考慮すれば,[6]式は以下のように変形することができる。
ここで,ΔsLi(=sLi [GLi−GL])は労働シェアの変化分を意味している。
∑
∑
+ − ∆=
i i L i
i
Yi s i
y y Gy y
s Gy
[8]
そして[8]式と同様の方法で資本・労働比率の成長率 Gk を分解すると,各産業の資本・
労働比率の成長率と労働シェアの変化に対する資源再配分効果をそれぞれ集計したものに 分解することができ,以下のように書ける。
=
∑
+∑
− ∆i i L i
i
Ki s i
k k Gk k
s Gk
[9]
このとき,sKiは第i部門における資本ストックのシェアを示している。さらに[9]式を[5]
式に代入すれば,以下のような式が書ける。
=
∑
+∑
− ∆ +i i L K i i
K
K s TFPG
k k a k
Gk s a
Gy i i
[10]
また,[8]式と[9]式を用いるとTFPGは以下のように書くことができる。
=
∑
− − − ∆ +∑
−i i
i K K i Y i L
i K s s Gy a s Gk
k k a k
y y
TFPG y i
i [ i ]
) (
[11]
[11]式の右辺第2項におけるGyiは[7]式のように書けるため,TFPの成長要因は以下 のように書くことができ,各産業のTFP成長率の合計値,資本と労働の資源再配分効果と して示すことができる。なお,rは資本収益率(=実質利子率)を意味している。
∑ ∑
∑
+ − − + − − − ∆=
i
L i
i K i
i i
K K i i
Yi i s i
k k k y
y Gk y
r Gk r s r
TFPG s
TFPG α [ ] ( α )
[12]
最後に[12]式を[10]式に代入すれば,SOモデルが導出される。
i
i i
i i
L i
i K i
i i
i K K i i
Y i
L i
K i i
K K
k s k k y
y y
Gk r Gk
r s r
TFPG s k s
k Gk k
s Gy
− ∆
− − +
− − +
+
− ∆ +
=
∑
∑
∑
∑
∑
) (
] [
α
α α
α
[13] [13]式がSonobe and Otsuka[2001]の成長会計式である。[13]式の右辺第1項は,
個々の産業内部における資本深化の成長率の合計値である。第 2 項は,資本・労働比率の 高い産業へ労働が移動した場合,資本深化が進行することを示しており,労働移動による 資源再配分効果を表す項となっている。そして,第1項と第 2項を合計すると,産業全体 の資本・労働比率の成長率と等しい値となる。
第3項は,個々の産業内部におけるTFP成長率の合計値を表しており,資源再配分効果 を控除した項となっている。第4項は,資本収益率の高い産業へ資本が移動した場合,TFP 成長率が上昇することを示しており,資本移動による資源再配分効果を表す項となってい る。さらに第5項は,生産性の高い産業へ労働が移動した場合,TFP 成長率が上昇するこ とを示しており,労働移動による資源再配分効果を表す項となっている(4)。そして,第 3,
4,5項をそれぞれ合計すると産業全体のTFP成長率と等しくなる。したがってSOモデル で資源再配分効果を示しているのは,第 2,4,5 項であり,仮に資源再配分効果が正の値 を示すならば,産業構造変化によって労働生産性が上昇することになる。
3 データ
本章では,東・東南アジア諸国製造業を対象にして[13]式による推計を行う(5)。推計期 間は,日本が1961〜2001年(1961〜71年;1971〜81年;1981〜91年;1991〜2001年),
台湾が1966〜2001年(1966〜71年;1971〜81年;1981〜91年;1991〜2001年),韓国 が1971〜2001年(1971〜81年;1981〜91年;1991〜2001年),中国が1981〜2001年
(1981〜93年;1993〜2001年),タイが1986〜2002年(1986〜96年;1996〜2002年)
である(6)。日本,韓国,中国を対象とした場合,推計に使用するデータは時系列で得られる ため,3ヵ年移動平均値によって修正を行っている。一方,台湾,タイの場合,一部のデー タが時系列で得られないため,3ヵ年移動平均値による修正は行わない。また本章では,東・
東南アジア諸国製造業を表3-11のように産業を区分した。なお,実証分析に使用した各国 のデータの作成方法については以下の通りである(7)。
3.1 日本
[1]日本(1961〜81年):製造業9産業
各産業の総生産(=名目粗付加価値額),労働力(=就業者数),資本ストック(=電力 消費量),国内企業物価指数,給与総額は,総務省統計局監修『新版 日本長期統計総覧〔第 1 巻〕』に掲載されている値を使用した(8)。また各産業の総生産は,国内企業物価指数を使 用して2000年価格に実質化した。各産業の資本分配率はaK=(1−労働分配率)の式を使 用し,労働分配率は給与総額を名目粗付加価値額で割って推計した(9)。
韓国 中国 タイ 1961〜81年 1981〜2001年 1966〜81年 1981〜2001年 1971〜2001年 1981〜2001年 1986〜2002年
食料品 加工食品 加工食品 加工食品 加工食品 加工食品 加工食品
繊維 繊維・衣類・皮革 繊維 繊維 繊維・衣類 繊維・衣類・皮革 繊維・衣類・皮革
パルプ・紙・同製品 木・木製品・家具 衣類・皮革 皮革・毛皮 木・木製品 木・木製品・家具 木・木製品・家具 化学 パルプ・紙・印刷 木・木製品・家具 木・木製品 パルプ・紙・出版・
印刷 パルプ・紙・印刷 パルプ・紙・印刷
石油・石炭 化学 パルプ・紙・印刷 パルプ・紙・同製品 石油・化学 石油・石炭 石油・化学
窯業・土石 石油・石炭 化学 化学材料 非金属鉱物 化学 非金属鉱物
鉄鋼 窯業・土石 ゴム・プラスチック 化学製品 1次金属 非金属鉱物 1次金属
非鉄金属 鉄鋼 石油・石炭 ゴム・プラスチック 金属加工・機械 金属 金属・機械
機械 非鉄金属 非金属鉱物 非鉄金属 機械
金属製品 1次金属 1次金属
一般機械 金属製品 金属製品
電気機械 一般機械 一般機械
輸送用機械 電気機械 電気機械
精密機械 輸送用機械 輸送用機械
その他工業製品 精密機械
日本 台湾
表3-11 産業区分
[2]日本(1981〜2001年):製造業15産業(10)
各産業の総生産,労働力は,経済産業省『工業統計表〔産業編〕』に掲載されている値を 使用した。また各産業の総生産は,日本銀行編『日本銀行統計〔季刊〕』に掲載されている 国内企業物価指数を使用して2000年価格に実質化した。各産業の資本ストックは,経済産 業省『石油等消費構造統計』に掲載されている電力消費量を使用した。各産業の労働分配 率は,『工業統計表〔産業編〕』に掲載されている給与総額を名目粗付加価値額で割って推 計した。
3.2 台湾
[1]台湾(1966〜81年):製造業15産業
各産業の実質総生産(1960年価格),名目総生産は,溝口編『アジア長期経済統計1〔台
湾〕』に掲載されている値を使用した。各産業の労働力,資本ストックは,行政院主計處『台 湾地区工商及服務業普査報告〔製造業編〕』に掲載されている就業者数,電力消費量を使用 した。労働分配率は,『台湾地区工商及服務業普査報告〔製造業編〕』に掲載されている給 与総額を名目粗付加価値額で割って推計した(11)。
[2]台湾(1981〜2001年):製造業14産業
各産業の総生産,労働力は,『台湾地区工商及服務業普査報告〔製造業編〕』に掲載され ている値を使用した。また各産業の総生産は,行政院主計處『中華民国台湾地区物価統計 月報』に掲載されている卸売物価指数を使用して1996年価格に実質化した。各産業の資本 ストックは,『台湾地区工商及服務業普査報告〔製造業編〕』,経済部能源委員会『台湾能源 統計年報』に掲載されている電力消費量を使用した。各産業の労働分配率は,『台湾地区工 商及服務業普査報告〔製造業編〕』に掲載されている給与総額を名目粗付加価値額で割って 推計した。
3.3 韓国
[1]韓国(1971〜2001年):製造業8産業
各産業の総生産,労働力,価格指数,給与総額は,EU KLEMS Database[2008]で公 表されているデータを使用した(12)。また各産業の総生産は,価格指数を使用して1995年価 格に実質化した。各産業の資本ストックは,金・文編『東アジア長期経済統計別巻1〔韓国〕』
に掲載されている電力消費量を使用した。各産業の労働分配率は,給与総額の値を名目粗 付加価値額で割って推計した。
3.4 中国
[1]中国(1981〜2001年):製造業9産業
各産業の実質総生産(1980年価格),名目総生産,労働力はSzirmai・Ren・Bai[2005]
のデータを使用し,電力消費量は国家統計局『中国能源統計年鑑』に掲載されている値を 使用した。また労働分配率は,加藤・陳編『東アジア長期経済統計第 12 巻〔中国〕』に掲 載されている投入産出表から得た給与総額を名目付加価値額で割って推計した(13)。
3.5 タイ
[1]タイ(1986〜2002年):製造業8産業
各産業の実質総生産(1988 年価格),名目総生産,給与総額は National Income of Thailand(NESDB:Office of the National Economic and Social Development Board),
労働力はReport of the Labor Force Survey(NSO:National Statistical Office)で 公表されているデータを使用した(14)。ただし,労働力は推計期間に整合的なデータが取得 できないため,Report of the Industrial Survey / Census(NSO)より産業別の就業者数の シェアを算出し,そのシェアで製造業全体の労働力人口を案分することによって就業者数 の代理変数とした(15)。また各産業の電力消費量は,Electric Power in Thailand(Ministry of Science, Technology and Energy)に掲載されている値を使用した。最後に労働分配率は,
給与総額を名目粗付加価値額で割って推計した。ただし,National Income of Thailandに 記載されている給与総額は製造業全体の合計値のみであるため,労働力と同様にReport of the Industrial Survey / Censusから産業別の給与総額のシェアを算出し,そのシェアで製 造業全体の給与総額を案分した。
4 実証分析の結果
本節では,東・東南アジア諸国の製造業部門で生じた重工業化による産業構造変化の影 響を検証するために,SOモデルによる推計結果を示し,製造業の労働生産性の成長に対し て資源再配分効果が与えた影響を分析する。また,各国の資源再配分効果の影響や役割に ついて共通の傾向が観察されるのか否かを明らかにし,重工業化による産業構造変化と経 済成長の関係について解明を図る。
4.1 日本
表 3-12 は,1961〜2001年の日本製造業を対象とした労働生産性の成長要因の推計結果 である。その結果は,以下のようにまとめることができる。
[1]成長会計
(1)労働生産性の成長率 10.7 〔100.0〕 5.0 〔100.0〕 4.9 〔100.0〕 2.3 〔100.0〕
(2)資本・労働比率の成長率 5.1 〔47.5〕 1.6 〔31.3〕 1.1 〔21.5〕 2.1 〔91.3〕
(3)TFP成長率 5.6 〔52.5〕 3.4 〔68.7〕 3.9 〔78.5〕 0.2 〔8.7〕
[2]労働生産性の成長要因
(ⅰ)個別産業の資本深化 6.0 〔55.9〕 2.0 〔39.9〕 1.9 〔38.2〕 2.3 〔99.3〕
(ⅱ)労働移動による資本深化効果 -0.9 〔-8.4〕 -0.4 〔-8.6〕 -0.8 〔-16.7〕 -0.2 〔-8.0〕
(ⅲ)個別産業のTFP成長 5.2 〔48.2〕 2.6 〔51.2〕 2.7 〔55.7〕 -0.1 〔-3.0〕
(ⅳ)資本移動によるTFP成長効果 -0.1 〔-1.4〕 0.4 〔7.1〕 0.5 〔9.9〕 -0.1 〔-6.6〕
(ⅴ)労働移動によるTFP成長効果 0.6 〔5.8〕 0.5 〔10.4〕 0.6 〔12.9〕 0.4 〔18.3〕
(単位)%
注:(2)は資本・労働比率の成長率に資本分配率を乗じた値である。また表の数値は年率の平均成長率を示しており,〔 〕内は,
労働生産性の成長率に対する寄与率を示している。なお四捨五入の結果,[1]の寄与率と[2]の寄与率の合計値が等しくな らない場合がある。これらの内容は,以下の全ての表でも同様である。
表3-12 日本製造業における労働生産性の成長要因
1991〜2001年 1961〜71年 1971〜81年 1981〜91年
(1) 労働生産性の成長率は,推計期間を通じて低下している。
(2) TFP成長率の寄与率は1960〜80年代にかけて上昇しているが,1990年代では8.7%
と著しく低下しており,労働生産性の成長の低下要因となっている。
(3) 労働生産性の成長に対する個別産業の資本深化とTFP成長の寄与率の合計値は,推 計期間において91.1〜104.1%と高い値となっている。
(4) 労働移動による資本深化効果の寄与率は,推計期間を通じて負の値となっている。
(5) 労働移動によるTFP成長効果の寄与率は,1960年代の5.8%から1990年代の18.3%
へと上昇しているが,推計期間を通じて低い値となっている。
1961〜91 年において,日本製造業の労働生産性の成長率の約53〜79%をTFP成長率が 説明しており,寄与率が大きく上昇している。しかし,1991〜2001年になると労働生産性 の成長率の約91%を資本・労働比率の成長率,残りの約9%をTFP成長率が説明するよう になり,TFP成長の寄与率が大きく低下したことが確認され,1990年代以降の日本製造業 の成長は「投入依存型」に変化したといえる。
一方,労働生産性の成長に対する資源再配分効果の寄与率の合計値は1960〜90年代にか けて,−4%から3.7%へと上昇する。しかし,日本製造業の労働生産性の成長は1960年代 以降,その多くの部分を個別産業内部の資本蓄積と技術進歩に依存しており,資源再配分 効果の寄与率は相対的に低くなっている。
1961〜71年 1971〜81年 1961〜71年 1971〜81年
1.食料品 9.6 4.3 7.5 4.5
2.繊維 9.5 5.5 3.7 1.6
3.パルプ・紙・同製品 9.9 2.5 4.8 2.5
4.化学 14.8 2.6 6.3 0.5
5.石油・石炭 12.3 -1.6 13.3 3.0
6.窯業・土石 10.1 2.8 3.7 3.1
7.鉄鋼 11.9 6.2 6.4 2.6
8.非鉄金属 9.0 5.4 7.1 0.1
9.機械 10.8 6.8 5.8 3.1
1961〜71年 1971〜81年
1.食料品 2.1 -0.2
2.繊維 5.7 3.8
3.パルプ・紙・同製品 5.1 0.0
4.化学 8.5 2.1
5.石油・石炭 -1.0 -4.6
6.窯業・土石 6.3 -0.4
7.鉄鋼 5.5 3.6
8.非鉄金属 1.9 5.4
9.機械 5.0 3.7
(単位)%
表3-13a 日本製造業における個別産業の成長要因(1)
労働生産性の成長率:Gy 資本・労働比率の成長率:αkGk
TFP成長率:TFPG
1981〜91年 1991〜2001年 1981〜91年 1991〜2001年
1.加工食品 2.4 0.0 1.8 1.3
2.繊維・衣類・皮革 4.1 2.0 0.8 2.1
3.木・木製品・家具 5.2 0.6 1.9 2.2
4.パルプ・紙・印刷 4.3 1.0 1.4 2.0
5.化学 7.8 1.8 1.7 1.9
6.石油・石炭 4.4 -1.3 1.6 4.0
7.窯業・土石 4.6 1.2 2.0 1.8
8.鉄鋼 4.8 2.3 2.2 3.1
9.非鉄金属 4.9 2.3 -2.3 1.8
10.金属製品 3.9 0.4 3.6 1.8
11.一般機械 4.1 1.0 2.3 1.7
12.電気機械 7.7 5.8 5.1 3.9
13.輸送用機械 5.9 2.4 2.9 0.9
14.精密機械 4.6 3.1 4.1 2.3
15.その他工業製品 4.5 0.4 3.1 1.9
1981〜91年 1991〜2001年
1.加工食品 0.6 -1.3
2.繊維・衣類・皮革 3.2 -0.1
3.木・木製品・家具 3.2 -1.6
4.パルプ・紙・印刷 2.9 -1.0
5.化学 6.1 -0.1
6.石油・石炭 2.8 -5.3
7.窯業・土石 2.6 -0.7
8.鉄鋼 2.6 -0.8
9.非鉄金属 7.2 0.5
10.金属製品 0.4 -1.5
11.一般機械 1.9 -0.8
12.電気機械 2.5 1.9
13.輸送用機械 3.1 1.5
14.精密機械 0.5 0.9
15.その他工業製品 1.4 -1.6
(単位)%
表3-13b 日本製造業における個別産業の成長要因(2)
労働生産性の成長率:Gy 資本・労働比率の成長率:αkGk
TFP成長率:TFPG
表3-13a,表3-13bは,1961〜2001年の日本製造業における個別産業の労働生産性の成 長要因の推計結果である。1961〜81年においては,労働生産性の成長率が重工業の多くの 産業で軽工業を上回っており,重工業化が進展したことが確認される。一方,1981〜2001 年になると,電気機械を中心とした機械産業の労働生産性の成長率が他の産業よりも高く なっており,製造業部門のリーディング・インダストリーとなっている。したがって,1961
〜2001年の日本においては,重工業部門での資本蓄積や技術進歩が製造業の労働生産性の 成長に貢献し,1980年以降になると機械産業の影響が大きくなったといえる。
最後に,日本製造業を対象に TFP 成長に資源再配分効果が与える影響を確認した Akkemik[2005]の推計結果と本項の推計結果を比較してみよう。Akkemik[2005]より も本項の推計結果の方が TFP 成長に資源再配分効果が与える影響はわずかに大きいが,
1970〜90年代にかけてその寄与率が低くなる傾向は類似しており,日本製造業においては
資源再配分効果の役割が限定的であることを示唆する結果となっている。
4.2 台湾
表 3-14 は,1966〜2001年の台湾製造業を対象とした労働生産性の成長要因の推計結果 である。その結果は,以下のようにまとめることができる。
[1]成長会計
(1)労働生産性の成長率 4.3 〔100.0〕 5.4 〔100.0〕 9.5 〔100.0〕 7.2 〔100.0〕
(2)資本・労働比率の成長率 -0.5 〔-10.9〕 2.8 〔52.8〕 2.6 〔27.2〕 3.5 〔48.3〕
(3)TFP成長率 4.8 〔110.9〕 2.5 〔47.2〕 6.9 〔72.8〕 3.7 〔51.7〕
[2]労働生産性の成長要因
(ⅰ)個別産業の資本深化 0.8 〔18.8〕 3.3 〔61.0〕 2.6 〔27.6〕 3.8 〔52.9〕
(ⅱ)労働移動による資本深化効果 -1.3 〔-29.7〕 -0.4 〔-8.1〕 0.0 〔-0.4〕 -0.3 〔-4.6〕
(ⅲ)個別産業のTFP成長 3.2 〔74.1〕 0.3 〔5.7〕 6.5 〔68.4〕 2.8 〔38.2〕
(ⅳ)資本移動によるTFP成長効果 1.6 〔37.1〕 2.1 〔38.8〕 0.2 〔2.0〕 0.1 〔0.9〕
(ⅴ)労働移動によるTFP成長効果 0.0 〔-0.3〕 0.1 〔2.6〕 0.2 〔2.4〕 0.9 〔12.6〕
(単位)%
表3-14 台湾製造業における労働生産性の成長要因
1991〜2001年 1966〜71年 1971〜81年 1981〜91年
(1) 労働生産性の成長率は1960〜80年代にかけて大きく上昇するが,1990年代に低下 している。
(2)TFP成長率の寄与率は1960年代が110.9%,1970年代が47.2%,1980年代が72.8%,
1990年代が51.7%となっている。特に,1980年代にTFP成長率が大きく上昇して おり,労働生産性の成長の上昇要因となっている。
(3) 労働生産性の成長に対する個別産業の資本深化と TFP 成長の寄与率の合計値は,
1960年代が92.9%,1970年代が66.7%,1980年代が96%,1990年代が91.1%と なっている。
(4) 労働移動による資本深化効果の寄与率は,推計期間を通じて負の値となっている。
(5) 資本移動によるTFP成長効果の寄与率は,1960年代が37.1%,1970年代が38.8%,
1980年代が2%,1990年代が0.9%と低下しているが,1960〜70年代においては労 働生産性の成長の上昇要因となっている。
台湾製造業の労働生産性の成長率は 1960〜80 年代にかけて持続的に上昇し,1981〜91 年で9.5%,1991〜2001年で7.2%となり,日本を上回る値を示している。台湾製造業では 1960年代には労働生産性の成長率の全てをTFP成長率が説明しているが,1970年代に入 るとTFP成長率は低下する。しかし1980年代に入ると,TFP成長率が再び上昇し,労働
生産性の成長に対するTFP成長の寄与率が資本・労働比率の成長の寄与率を45.6ポイント も上回るようになる。一方,1990年代にはその差は3.4ポイントに縮小しており,寄与率 がほぼ等しい水準に接近するが,台湾製造業の労働生産性の成長は日本よりもTFP成長に 依存する傾向があり,高成長を維持した要因となっている。
労働生産性の成長に対する資源再配分効果の寄与率の合計値は,1960 年代の 7.1%から 1970年代の33.3%へと著しく上昇する。特に1960〜70年代においては,労働生産性の成 長に対して資本移動によるTFP成長効果の寄与率が約37〜39%を占めており,資本収益率 の高い産業へ資本移動が生じたことによってTFP成長率の低下を防ぎ,労働生産性の成長 率を上昇させたことが確認される。一方,1980〜90 年代では 4%から 8.9%へと上昇する が,台湾でも日本と同様に製造業の労働生産性の成長は1980年代以降,個別産業内部の資 本蓄積と技術進歩に依存しており,資源再配分効果の寄与率は相対的に低くなっている。
1966〜71年 1971〜81年 1966〜71年 1971〜81年
1.加工食品 5.6 4.1 1.2 7.1
2.繊維 9.6 6.6 5.6 4.2
3.衣類・皮革 -1.5 2.1 5.6 1.7
4.木・木製品・家具 -6.7 1.1 2.7 3.3
5.パルプ・紙・印刷 3.9 3.1 2.0 2.8
6.化学 1.3 6.0 -1.5 3.2
7.ゴム・プラスチック 1.2 6.3 -9.4 4.0
8.石油・石炭 9.6 8.9 -1.7 13.0
9.非金属鉱物 6.5 3.2 2.9 2.6
10.1次金属 1.7 1.6 0.8 -0.4
11.金属製品 -7.7 -5.0 4.1 1.7
12.一般機械 1.7 0.8 2.5 3.9
13.電気機械 14.4 9.9 8.4 1.5
14.輸送用機械 9.4 2.3 4.4 3.8
15.精密機械 6.7 -5.4 2.0 1.5
1966〜71年 1971〜81年
1.加工食品 4.3 -3.0
2.繊維 4.0 2.4
3.衣類・皮革 -7.1 0.4
4.木・木製品・家具 -9.4 -2.2
5.パルプ・紙・印刷 1.9 0.3
6.化学 2.8 2.7
7.ゴム・プラスチック 10.6 2.3
8.石油・石炭 11.2 -4.1
9.非金属鉱物 3.5 0.6
10.1次金属 0.8 1.9
11.金属製品 -11.7 -6.8
12.一般機械 -0.8 -3.1
13.電気機械 6.1 8.4
14.輸送用機械 5.1 -1.5
15.精密機械 4.7 -6.9
(単位)%
表3-15a 台湾製造業における個別産業の成長要因(1)
労働生産性の成長率:Gy 資本・労働比率の成長率:αkGk
TFP成長率:TFPG
1981〜91年 1991〜2001年 1981〜91年 1991〜2001年
1.加工食品 9.9 4.2 5.3 1.8
2.繊維 10.0 3.3 3.9 2.9
3.皮革・毛皮 8.8 0.5 1.4 4.5
4.木・木製品 7.4 0.9 2.1 2.5
5.パルプ・紙・同製品 6.4 3.3 2.3 1.6
6.化学材料 11.0 5.9 2.7 5.9
7.化学製品 9.7 2.6 9.3 2.1
8.ゴム・プラスチック 9.8 4.8 1.1 3.9
9.非鉄金属 8.7 4.3 3.6 2.2
10.1次金属 12.2 3.9 0.0 4.5
11.金属製品 8.2 4.4 3.3 2.5
12.一般機械 7.7 3.2 1.5 -1.0
13.電気機械 11.3 13.0 2.9 6.6
14.輸送用機械 6.0 1.9 2.1 2.5
1981〜91年 1991〜2001年
1.加工食品 4.6 2.3
2.繊維 6.1 0.4
3.皮革・毛皮 7.5 -4.0
4.木・木製品 5.3 -1.7
5.パルプ・紙・同製品 4.1 1.7
6.化学材料 8.3 0.0
7.化学製品 0.5 0.6
8.ゴム・プラスチック 8.7 0.9
9.非鉄金属 5.1 2.0
10.1次金属 12.2 -0.6
11.金属製品 4.9 1.8
12.一般機械 6.1 4.3
13.電気機械 8.4 6.4
14.輸送用機械 3.9 -0.6
(単位)%
TFP成長率:TFPG
表3-15b 台湾製造業における個別産業の成長要因(2)
労働生産性の成長率:Gy 資本・労働比率の成長率:αkGk
台湾製造業を対象にして,TFP 成長に資源再配分効果が与える影響を確認した Timmer and Szirmai[2000]の推計結果と本研究の推計結果を比較してみよう。Timmer and Szirmai[2000]では1963〜93年にかけて,TFP成長に対する資源再配分効果の寄与率が 約6%から約86%へと著しく上昇しており,本項の推計結果とは反対の傾向を示している。
このような相違は,Timmer and Szirmai[2000]では①SOモデルではなくTREモデル を使用していること,②本項とは推計期間が異なること,③本項において使用した資本ス トックのデータがTimmer and Szirmai[2000]とは異なること等が原因となって生じた 可能性がある。
表3-15a,表3-15bは,1966〜2001年の台湾製造業における個別産業の労働生産性の成 長要因の推計結果である。台湾製造業では1966〜81年にかけて多くの産業で労働生産性と TFP の成長率が低下しているが,石油・石炭,電気機械を中心とした重工業の成長率は軽 工業を上回っており,重工業化が進展したことが分かる。他方で,1980年代に入ると各産
業の成長率が回復するものの,1990年代に再び多くの産業で労働生産性とTFPの成長率が 低下している。しかし,電気機器のみは労働生産性の成長率が加速しており,TFP 成長率 も6.4〜8.4%と高い水準を維持している。1980〜90年代にかけて台湾製造業は,電気機器 を中心とした機械工業化が進展したといえる。
4.3 韓国
表 3-16 は,1971〜2001年の韓国製造業を対象とした労働生産性の成長要因の推計結果 である。その結果は,以下のようにまとめることができる。
[1]成長会計
(1)労働生産性の成長率 7.0 〔100.0〕 6.6 〔100.0〕 10.2 〔100.0〕
(2)資本・労働比率の成長率 2.7 〔38.3〕 1.9 〔28.3〕 3.5 〔34.9〕
(3)TFP成長率 4.3 〔61.7〕 4.7 〔71.7〕 6.6 〔65.1〕
[2]労働生産性の成長要因
(ⅰ)個別産業の資本深化 2.7 〔39.0〕 1.8 〔27.8〕 3.6 〔35.5〕
(ⅱ)労働移動による資本深化効果 0.0 〔-0.7〕 0.0 〔0.6〕 -0.1 〔-0.6〕
(ⅲ)個別産業のTFP成長 4.9 〔69.7〕 4.6 〔70.4〕 5.8 〔57.3〕
(ⅳ)資本移動によるTFP成長効果 0.0 〔-0.3〕 -0.3 〔-4.4〕 -0.1 〔-0.7〕
(ⅴ)労働移動によるTFP成長効果 -0.5 〔-7.7〕 0.4 〔5.6〕 0.9 〔8.5〕
(単位)%
表3-16 韓国製造業における労働生産性の成長要因
1971〜81年 1981〜91年 1991〜2001年
(1)労働生産性の成長率は1980年代に低下するが,1990年代には大きく上昇している。
(2) TFP 成長率は推計期間を通じて上昇しており,労働生産性の成長の上昇要因となっ ている。
(3) 労働生産性の成長に対する個別産業の資本深化とTFP成長の寄与率の合計値は,推 計期間において92.8〜108.7%と高い値となっている。
(4)労働移動による資本深化効果の寄与率は,推計期間において−0.7〜0.6%となってい る。
(5) 資本および労働移動による TFP 成長効果の寄与率の合計値は,1970 年代が−8%,
1980年代が1.2%,1990年代が 7.8%と上昇しているが,推計期間を通じて低い値 となっている。
韓国製造業の労働生産性の成長率は,1971〜81 年が 7%,1981〜91 年が 6.6%,1991
〜2001年が10.2%となっており,1970年代から高い水準を維持しながらも1990年代では さらに成長率を加速させている。また,1970〜80年代を通じて労働生産性の成長に対する
TFP成長の寄与率が資本・労働比率の成長の寄与率を23.4〜43.4ポント上回っており,日 本,台湾とは異なる成長パターンをみせている。
労働生産性の成長に対する資源再配分効果の寄与率の合計値は,1970 年代が−8.7%,
1980年代が1.8%,1990年代が 7.2%と上昇する。しかし日本と同様に,韓国製造業の労 働生産性の成長は1970年代以降,個別産業内部の資本蓄積と技術進歩に依存しているのが 確認され,それらに依存する程度は日本,台湾よりも高くなっている。
韓国製造業を対象に TFP 成長に資源再配分効果が与える影響を確認した Akkemik
[2005],Timmer and Szirmai[2000]と本項の推計結果を比較してみよう。Akkemik
[2005]の推計結果では,1971〜94年のTFP成長に対する資源再配分効果の寄与率は低 く,1980年代以降においては負の値を示している。また,Timmer and Szirmai[2000]
でも1963〜90 年においてはTFP成長に対する資源再配分効果の寄与率が低い値を示して おり,本項と類似した推計結果となっている。
1971〜81年 1981〜91年 1991〜2001年 1971〜81年 1981〜91年 1991〜2001年
1.加工食品 6.1 3.4 5.0 3.4 2.2 3.2
2.繊維・衣類 6.5 3.4 5.3 2.8 1.6 2.5
3.木材・木製品 6.3 5.3 5.6 0.0 -0.1 2.6
4.パルプ・紙・出版・印刷 8.3 6.6 3.4 2.4 1.1 2.0
5.石油化学 9.3 6.6 8.3 1.3 2.0 3.7
6.非金属鉱物 6.2 8.0 8.3 2.6 1.4 3.8
7.1次金属 12.5 8.9 9.7 3.9 1.6 6.3
8.金属加工・機械 9.5 8.3 12.2 5.3 2.3 3.2
1971〜81年 1981〜91年 1991〜2001年
1.加工食品 2.7 1.2 1.9
2.繊維・衣類 3.7 1.8 2.8
3.木材・木製品 6.2 5.4 3.0
4.パルプ・紙・出版・印刷 5.9 5.4 1.4
5.石油化学 8.0 4.7 4.6
6.非金属鉱物 3.6 6.6 4.5
7.1次金属 8.5 7.3 3.5
8.金属加工・機械 4.2 5.9 9.0
(単位)%
表3-17 韓国製造業における個別産業の成長要因
労働生産性の成長率:Gy 資本・労働比率の成長率:αkGk
TFP成長率:TFPG
表 3-17 は,1971〜2001年の韓国製造業における個別産業の労働生産性の成長要因の推 計結果である。1970〜90年代を通じて重工業部門の労働生産性の成長率が軽工業部門を上 回り,重工業の成長率の動向を反映するように製造業全体の労働生産性の成長率が1980〜
90年代にかけて著しく上昇している。また,1980〜90年代にかけて重工業で再び資本蓄積 が進行するのと同時に,金属加工・機械ではTFP成長率が5.9%から9%へと大きく上昇し,
製造業全体のTFP成長率を押し上げている。韓国製造業では金属加工・機械産業を中心に,
産業構造の高加工度化が進展したといえる。
4.4 中国
表 3-18 は,1981〜2001年の中国製造業を対象とした労働生産性の成長要因の推計結果 である。その結果は,以下のようにまとめることができる。
[1]成長会計
(1)労働生産性の成長率 4.8 〔100.0〕 12.1 〔100.0〕 7.7 〔100.0〕
(2)資本・労働比率の成長率 2.3 〔47.8〕 6.7 〔55.5〕 4.0 〔51.2〕
(3)TFP成長率 2.5 〔52.2〕 5.4 〔44.5〕 3.8 〔48.8〕
[2]労働生産性の成長要因
(ⅰ)個別産業の資本深化 1.8 〔38.0〕 6.6 〔54.7〕 3.6 〔47.1〕
(ⅱ)労働移動による資本深化効果 0.5 〔9.8〕 0.1 〔0.8〕 0.3 〔4.2〕
(ⅲ)個別産業のTFP成長 2.3 〔46.9〕 5.1 〔42.0〕 3.6 〔46.1〕
(ⅳ)資本移動によるTFP成長効果 0.3 〔6.8〕 0.3 〔2.2〕 0.3 〔4.2〕
(ⅴ)労働移動によるTFP成長効果 -0.1 〔-1.5〕 0.0 〔0.3〕 -0.1 〔-1.4〕
(単位)%
表3-18 中国製造業における労働生産性の成長要因
1981〜93年 1993〜2001年 1981〜2001年
(1) 労働生産性の成長率は,1993〜2001年に大きく上昇している。
(2) 資本・労働比率とTFP の成長率は,1993〜2001年において同時に大きく上昇して いる。
(3) 労働生産性の成長に対する個別産業の資本深化と TFP 成長の寄与率の合計値は,
1981〜93年が84.9%,1993〜2001年が96.7%と高い値となっている。
(4) 労働移動による資本深化効果の寄与率は,1981〜93 年が 9.8%,1993〜2001 年が 0.8%と低い値となっている。
(5) 資本および労働移動によるTFP成長効果の寄与率の合計値は,1981〜93年が5.3%,
1993〜2001年が2.5%と低い値となっている。
中国製造業の労働生産性の成長率は,1981〜93 年が4.8%,1993〜2001年が12.1%と 1980〜90 年代にかけて急速に上昇しており,1990 年代の東・東南アジア諸国製造業の中 で最も高い値を示している。また中国製造業の場合,東アジア 3 ヵ国とは異なり,労働生 産性の成長に対して資本・労働比率とTFPの成長の寄与率がほぼ変化せず,両方の成長率 が同時に上昇しているのが確認される。
労働生産性の成長に対する資源再配分効果の寄与率の合計値は,1981〜93年の15.1%か
ら1993〜2001年の3.3%へと低下しており,中国製造業の高成長が産業構造変化によって 生じた資源再配分効果に依存するものではなく,個別産業内部の資本蓄積と技術進歩によ る貢献が大きかったことが確認される。しかし本項の推計結果は,1979〜95年の中国にお いて,製造業全体のTFP成長に対して資源再配分効果が約37%を占めることを明らかにし た袁[2002]とは異なっている。このような相違は,袁[2002]では①SO モデルではな くTREモデルを使用していること,②本項よりも細かい産業区分を行っていること,③本 項において使用した資本ストックのデータが袁[2002]とは異なること等が原因となって 生じた可能性がある。
1981〜93年 1993〜2001年1981〜2001年 1981〜93年 1993〜2001年1981〜2001年
1.加工食品 5.7 10.8 7.7 3.8 6.6 4.7
2.繊維・衣類・皮革 2.9 9.4 5.5 1.5 5.1 2.9
3.木・木製品・家具 2.0 17.0 8.0 3.3 5.4 3.7
4.パルプ・紙・印刷 3.0 12.7 6.9 3.1 6.9 4.5
5.石油・石炭 -5.7 -0.5 -3.6 -10.4 8.3 -2.4
6.化学 4.4 12.5 7.6 1.1 6.4 3.2
7.非金属鉱物 4.4 7.8 5.8 5.6 6.2 5.3
8.金属 3.3 10.5 6.2 3.8 7.1 4.8
9.機械 7.6 14.7 10.4 2.5 6.3 3.9
1981〜93年 1993〜2001年1981〜2001年
1.加工食品 1.9 4.2 3.0
2.繊維・衣類・皮革 1.5 4.2 2.6
3.木・木製品・家具 -1.3 11.6 4.2
4.パルプ・紙・印刷 -0.1 5.8 2.4
5.石油・石炭 4.7 -8.8 -1.2
6.化学 3.2 6.1 4.4
7.非金属鉱物 -1.2 1.6 0.5
8.金属 -0.5 3.4 1.4
9.機械 5.1 8.4 6.5
(単位)%
表3-19 中国製造業における個別産業の成長要因
労働生産性の成長率:Gy 資本・労働比率の成長率:αkGk
TFP成長率:TFPG
最後に,中国製造業の高成長に貢献した産業を確認してみよう。表3-19は,1981〜2001 年の中国製造業における個別産業の労働生産性の成長要因の推計結果である。東アジア 3 ヵ国とは異なり,1980〜90年代にかけて石油・石炭を除くほぼ全ての産業で同時に著しく 成長している。また,それらの産業では資本蓄積や技術進歩も同時に進行しており,1990 年代の中国経済は,重工業化の進展とともに軽工業も急速に成長した時期にあったといえ る。
4.5 タイ
表 3-20 は,1986〜2002年のタイ製造業を対象とした労働生産性の成長要因の推計結果 である。その結果は,以下のようにまとめることができる。
[1]成長会計
(1)労働生産性の成長率 5.6 〔100.0〕 2.4 〔100.0〕 4.4 〔100.0〕
(2)資本・労働比率の成長率 4.9 〔88.9〕 2.1 〔86.3〕 4.0 〔92.7〕
(3)TFP成長率 0.6 〔11.1〕 0.3 〔13.7〕 0.3 〔7.3〕
[2]労働生産性の成長要因
(ⅰ)個別産業の資本深化 5.1 〔92.4〕 2.5 〔104.8〕 4.2 〔95.9〕
(ⅱ)労働移動による資本深化効果 -0.2 〔-3.5〕 -0.4 〔-18.5〕 -0.1 〔-3.2〕
(ⅲ)個別産業のTFP成長 -0.2 〔-2.9〕 0.2 〔7.6〕 -0.4 〔-8.8〕
(ⅳ)資本移動によるTFP成長効果 -0.2 〔-4.1〕 0.7 〔28.4〕 0.1 〔1.9〕
(ⅴ)労働移動によるTFP成長効果 1.0 〔18.0〕 -0.5 〔-22.2〕 0.6 〔14.1〕
(単位)%
表3-20 タイ製造業における労働生産性の成長要因
1986〜96年 1996〜2002年 1986〜2002年
(1) 労働生産性の成長率は,1996〜2002年にかけて大きく低下している。
(2) 資本・労働比率の成長の寄与率は,1986〜96年が88.9%,1996〜2002年が86.3%
と高い値となっている。
(3) 労働生産性の成長に対する個別産業の資本深化の寄与率は,1986〜96 年が92.4%,
1996〜2002年が104.8%と高い値となっている。
(4) 労働移動による資本深化効果の寄与率は,推計期間において負の値となっている。
(5) 労働移動によるTFP成長効果の寄与率は1986〜96年が18%,資本移動によるTFP 成長効果は1996〜2002年が28.4%と労働生産性の成長の上昇要因となっている。
タイ製造業の労働生産性の成長率は,1986〜96年の5.6%から1996〜2002年の2.4%へ とアジア通貨危機後に著しく低下している。また,1986〜2002 年を通じて労働生産性の成 長率の約86〜89%を資本・労働比率の成長率が説明しており,東アジア3ヵ国や中国とは 異なる極端な「投入依存型」の成長パターンを示している。そのため,資本・労働比率の 成長率が2.8ポイント低下したことによって同時に,労働生産性の成長率も3.2ポイント低 下している。
労働生産性の成長に対する資源再配分効果の寄与率の合計値は,1986〜96年の10.4%か ら1996〜2002年の−12.3%へと低下する。しかしタイ製造業においては,1986〜96年に 労働移動によるTFP成長効果が約18%,1996〜2002年に資本移動によるTFP成長効果 が約28%と高い値を示しており,生産性の高い産業へ労働および資本が移動したことによ って製造業全体のTFP成長率を上昇させたことが確認される。
一方,タイ製造業の労働生産性の成長に対する個別産業の成長は1980年代半ば以降,個 別産業内部の資本蓄積に限定しており,個別産業内部の技術進歩による貢献は極めて小さ くなっている。したがってタイ製造業の場合,東アジア 3 ヵ国や中国と異なり,個別産業 内部の資本蓄積と資源再配分効果を通じたTFP成長の上昇が労働生産性の成長に寄与した といえる。
1986〜96年 1996〜2002年1986〜2002年 1986〜96年 1996〜2002年1986〜2002年
1.加工食品 3.2 -0.8 1.7 3.8 1.0 2.9
2.繊維・衣類・皮革 8.7 -2.4 4.5 6.9 -0.4 4.2
3.木・木製品・家具 -5.0 4.2 -1.6 5.0 2.2 4.4
4.パルプ・紙・印刷 1.6 7.1 3.7 1.8 2.5 2.8
5.石油・化学 3.1 8.0 4.9 4.3 5.1 5.1
6.非金属鉱物 5.8 2.9 4.7 4.5 2.2 3.7
7.1次金属 9.8 -5.8 4.0 7.4 -0.5 3.0
8.金属・機械 4.8 6.3 5.4 4.8 5.2 5.5
1986〜96年 1996〜2002年1986〜2002年
1.加工食品 -0.6 -1.8 -1.1
2.繊維・衣類・皮革 1.8 -2.0 0.4
3.木・木製品・家具 -10.0 2.0 -5.9
4.パルプ・紙・印刷 -0.2 4.7 0.9
5.石油・化学 -1.2 2.9 -0.1
6.非金属鉱物 1.3 0.7 1.0
7.1次金属 2.4 -5.2 0.9
8.金属・機械 0.0 1.1 -0.1
(単位)%
表3-21 タイ製造業における個別産業の成長要因
労働生産性の成長率:Gy 資本・労働比率の成長率:αkGk
TFP成長率:TFPG
最後に,タイ製造業において資本蓄積が進んだ産業を確認してみよう。表3-21は,1986
〜2002年のタイ製造業における個別産業の労働生産性の成長要因の推計結果である。1986
〜2002年にかけて木・木製品・家具,パルプ・紙・印刷,石油・化学,金属・機械で資本 蓄積が進行しており,各産業の労働生産性の成長率を押し上げている。したがって,タイ 製造業においても重工業化が進展するのと同時に軽工業の一部の産業が成長しているが,
中国製造業ほど急速な拡大はみられない。
4.6 分析のまとめ
東・東南アジア諸国製造業の労働生産性の成長率は,日本,タイでは推計期間を通じて 低下傾向を示し,台湾,韓国,中国では成長率が上昇しているか高い水準を維持している。
労働生産性の成長要因を確認すると,日本,タイの製造業の労働生産性の成長率の低下要 因となっているのがTFP成長率の低下である一方で,台湾,韓国,中国の製造業ではTFP
成長率の上昇が労働生産性の成長率の上昇要因となっている。
東・東南アジア諸国製造業では多く場合,労働生産性の成長に対する個別産業の資本深 化とTFP成長の寄与率の合計値が90%を超えており,資源再配分効果を上回っている。資 源再配分効果の中でも労働移動による資本深化効果の寄与率は負の値か 10%未満となって おり,労働生産性の成長に及ぼす資源再配分効果の影響を大きく低減させている。しかし,
重工業化が拡大した時期の各国を比較すると,日本,韓国,中国と台湾,タイとの間に資 源再配分効果の影響に相違が観察される。日本,韓国,中国の製造業では共通に資源再配 分効果が低くなっている一方で,台湾,タイの製造業では共通に資源再配分効果によるTFP 成長効果が高くなっている。
1960〜70 年代の台湾製造業の場合,労働生産性の成長に対して資本移動による TFP 成 長効果が約37〜39%と高い値となっており,資本収益率の高い産業へ資本が移動したこと が示されている。同様にタイ製造業の場合においても,1986〜96年に労働移動によるTFP 成長効果が約18%,1996〜2002年に資本移動によるTFP成長効果が約28%と高い値とな っており,生産性の高い産業へ労働および資本が移動したことが示されている。したがっ て,重工業化が拡大した時期の台湾,タイにおいては,効率的に資源が再配分されたこと によって,製造業全体のTFP成長率を押し上げたことを示す結果となっている。一方,重 工業化期の日本,韓国,中国の資源再配分効果が低い値を示した理由を推察すると,台湾,
タイとは異なり,生産性の低い多くの産業へ非効率的に資源が再配分されたことによって,
資源再配分効果のプラスの影響がマイナスの影響により相殺されてしまった可能性が考え られる。
さらに,転換点を超えて産業構造の高加工度化が進展した1980〜90年代にかけての東ア ジア 3 ヵ国の製造業では共通に,資源再配分効果は低い値を示すようになる。その理由と しては,製造業部門内で生産性の高い産業への資源配分が進まなかったことが大きな影響 を与えた可能性がある(16)。
このように,重工業化が拡大した時期の東・東南アジア諸国製造業では,労働生産性の 成長に対する資源再配分効果の影響について一定の傾向を観察することはできず,重工業 化による産業構造変化の利益を享受した国とそうでない国が存在している。他方,1980年 代以降の東アジア 3 ヵ国の製造業のように産業構造の高加工度化が進展していくと資源再 配分効果は低下する可能性が示唆される。
5 比較分析の結果
本節では,前節で得られた東・東南アジア諸国製造業の分析結果の妥当性について検証 するために,1980〜2000年代初期の先進国および市場経済移行期の移行経済国の製造業を
対象にして資源再配分効果の推計を行う。これまでにSOモデルを使用して,先進国や移行 経済国の製造業を対象に分析を行った先行研究は少なく,労働生産性の成長に対する資源 再配分効果の影響や役割について比較分析は行われてきていない。そこで,本節では東・
東南アジア諸国製造業の分析結果と比較することで,発展段階・条件によって資源再配分 効果の影響に変化が現れるのか否かを確認する。
5.1 先進 5 ヵ国
本項では,1980〜2000年代初期の先進5ヵ国(=米国,英国,イタリア,ドイツ,フラ ンス)の製造業を対象にSOモデルを適用して,製造業部門内の産業構造変化によって生じ た資源再配分効果が労働生産性の成長に与えた影響を実証的に確認する(17)。また,前節の 東・東南アジア諸国製造業の分析結果と比較することによって,発展段階の違いが資源再 配分効果の影響に変化をもたらすのか否かを検証する。
1980〜2000年代初期の先進国では産業構造のサービス化が進行し,実際に先進5ヵのマ クロ産業別総生産シェアの推移を示した表3-22 をみると,1980〜2003年において製造業 を中心とした第2次産業のシェアが約22〜38%となっているのに対し,サービス業を中心 とした第3次産業のシェアは約60〜75%となっている。また先進5ヵ国において共通に,
1980〜2003年にかけて第2次産業のシェアが低下している一方で,第3次産業のシェアが 上昇しているのが確認される。1980〜2000年代初期において,先進5ヵ国ではすでに第3 次産業が第2次産業のシェアを上回っており,サービス産業を中心とした産業構造が形成
1980年 1990年 2000年 2003年 1980年 1990年 2000年 2003年
第1次産業 1.4 2.0 2.2 2.4 2.1 2.1 1.6 1.6
第2次産業 26.8 25.1 26.6 24.2 32.6 30.7 25.8 24.0 第3次産業 71.7 72.9 71.2 73.4 65.3 67.2 72.5 74.4 1980年 1990年 2000年 2003年 1980年 1990年 2000年 2003年
第1次産業 3.4 3.2 3.4 3.1 1.7 1.6 1.3 1.3
第2次産業 30.0 28.5 26.5 25.9 38.2 34.1 27.5 26.5 第3次産業 66.6 68.3 70.1 71.0 60.2 64.3 71.2 72.2
1980年 1990年 2000年 2003年
第1次産業 3.3 3.2 3.3 3.1
第2次産業 35.5 24.4 22.4 22.0 第3次産業 61.2 72.4 74.3 74.9
(単位)%
出所:EU KLEMS Database[2007]により筆者作成。
注:表の数値は実質粗付加価値額(1995年基準)のシェアである。なお,実質粗付加価値額は3ヵ年移動平均値で修正して ある。
イタリア ドイツ
フランス
表3-22 先進5ヵ国のマクロ産業別総生産シェア
米国 英国