イスラモフォビア(イスラームに対する恐怖、
嫌悪)の風潮に支えられた諸幻想と、この風潮の 広がりを超えて、ヨーロッパ空間におけるムスリ ム 住 民 の 存 在 は、 ま ず、 社 会 科 学(Dassetto,
Maréchal, Nielsen
2001) や 法 学(Messner 2010)の総体にとって研究や調査が豊富に積み重ねられ るフィールドを生み出している。このフィールド は、とりわけ宗教的場(champ religieux)におけ る国家の公的活動(action publique)の再編を観 察するにあたって特に恵まれた領域となってい る。 繰 り 返 し 問 題 と な る 安 全 保 障 上 の 考 慮
(Emerson 2009)や、移民の流れの管理の問題、
あるいは多文化主義の扱いの問題(Constantini 2009)とは別に、次のような問いが提起されてい る。すなわち、根本的に世俗化され、同時に宗教 的オファーの多元化によって貫かれた諸社会に直 面している、世俗国家の形態の将来自体について の 問 い で あ る(Kreikienbrink/Bodenstein 2010;
Kuru 2009)。
イスラームに関してメディアや政治の場面で脚 光 を 浴 び る よ う な 多 く の 論 争(Haenni/Lathion 2010; Lorcerie 2005)(たとえばイスラームのス カーフ問題、ミナレットについての論争)を脇に おいて、私たちは、本稿でヨーロッパにおけるイ スラームの制度化の問題を扱うことを選んだ。
ヨーロッパにおけるイスラームの制度化を、次 のような措置を通じて、(トランスナショナル、
ナショナル、ローカルな)領土の範囲でムスリム という宗教集団を構造化するという目的をもつ法 的政治的な手続き、ダイナミクス、仕組みの総体 として理解することが適当だろう。すなわち、ム スリムという宗教集団に、とりわけ宗教儀式の実 践(宗教儀式のための場)を保障し、イスラーム のアソシエーションのネットワークの発展と確立 を可能にする、そして既存の法的政治的システム の枠組みの中で、共同体としてのいくつかの宗教 実践や慣習や、いくつかの要求(宗教教育、食事 における禁忌、宗教上の基準を満たした墓地)の 承認を可能にすることを通じてである。
ヨーロッパにおけるイスラームの制度化は、実 際のところ、次のような制度的なダイナミクスを 強調することになる。すなわち、イスラームの存 在とその定着を可視化するだけではなく、同様 に、とりわけ、ヨーロッパの諸社会において永続 的な形でイスラームが組み込まれていることを公 式に認めることを志向する制度的なダイナミクス である。
宗教集団の制度化の程度によって、その集団の 支配的な政治システムへの参加が、別な言葉でい えば、その集団の社会的正常化が大きく条件づけ られる。イスラームの制度化という考えは、そこ に還元することはできないにしても、事実、部分 的には、上からの(トップダウンの)イスラーム の公的統制(régulation publique)という考えと重 特集2:ナショナルアイデンティティとコミュニティ
ヨーロッパにおけるイスラームの制度化を振り返って
─「ヨーロッパモデル」について語ることができるだろうか
フランク・フレゴジ
(CNRS 主任研究員/CNRS PRISME/仏国立エクサンプロヴァンス政治学院)
浪岡新太郎訳
(PRIME 所員)
なる。イスラームの制度化は、現実には、ローカ ルな政策や、ムスリムというアクター自身によって 展開される諸戦略(ボトムアップ)を通じて、ロー カルなレベルでもまた評価されうる必要がある。
したがって、本稿において、私は、国家のダイ ナ ミ ク ス と、 ム ス リ ム と い う オ ペ レ ー タ ー
(opérateur)たち自身によって展開されるダイナ ミクスとを交差させることになるだろう。そし て、そうすることで、まさに以下のことを明らか にする。すなわち、人間の、宗教上の、アソシエー ションとしての、文化的な、さらには政治的な現 実としてのイスラームの将来は、ヨーロッパ諸国 の善意のみから、公的活動のプリズムのみからは 把握されえないということ。それだけではなく、
イスラームの将来は、同様に、ムスリム諸国から 生じるいくつかの介入はもちろんのこと、ヨー ロッパの公的なオペレイターたち(諸国家や諸議 会、判事たち...)とムスリムの私的なオペレイ ターたち(宗教共同体の責任者たち、宗教的な諸 傾向...)との間の多様で永続的な相互作用をふ まえて生み出されるということである。
私の主張は2相に分かれる。まず最初に、私は いくつかのナショナルな状況(フランス、ベル ギー、ドイツ、イギリス、イタリアなど)から、
ヨーロッパレベルでのイスラームの上からの制度 化のダイナミクスに関して、これまでに生み出さ れた進展の概要をまとめたい。こうした現状確認 の奥に、次のような繰り返される問いが姿を現 す。すなわち、こうした様々な制度化のプロセス は、現実にムスリムの宗教儀式と諸国家との関係 を正常化する論理に従っているのか、あるいは反 対に、こうしたプロセスは、次のような、ムスリ ム共同体を従属化するための介入に多くの場合還 元されないだろうか、という問いである。この従 属化を目的とした介入においては、安全保障の側 面が他のあらゆる考慮(宗教儀式の取り扱いに関
する公正の原則、国家の宗教上の中立性など)に 優先する。こうして、私たちはこれらの制度化の プロセスの中で機能している公的活動の論理につ いて問うことになる。
つぎに、私は比較の観点から、こうした制度化 の様々な試みの間で現れてくる一致点と相違点を はっきりさせようと試みるつもりである。そうす ることで、私は、次のような問いを提起するつも りである。すなわち、そこで、イスラームの制度 化のヨーロッパモデルの登場を、直接ではないに しても私たちは目にしているのではないかどうか という問いである。
1 ヨーロッパにおけるイスラームの上からの制 度化のダイナミクス
本稿は比較のアプローチをとる。私の考えで は、イスラームに当てはめれば、またましてや、
押し付ければ足りるような、他と比べて奇跡のよ うな解決策、もしくは、より優れたモデルは存在 しない。現在進行中の制度化をめぐるあらゆる経 験を有効に利用し、一つ一つの試みの長所と短所 を明らかにするように努めることが必要不可欠で ある。
ヨーロッパにおけるイスラームの生成は、20年 以上も前から、ヨーロッパ諸国によって外部から 進められる、あるいはムスリムの諸集団自身に よって内部から進められる制度的統制の多種多様 な試みによって特徴付けられている。
その結果、次のようなムスリムの諸組織や諸制 度がよりはっきりと可視化されるようになってい る。すなわち、ヨーロッパの諸社会における公権 力との交渉のプロセスに参加することを目指して いる、あるいはヨーロッパレベルでイスラームの 公的表現を統制することを目指している組織や制 度である。
A)制度上の増しつつある可視化...
EU諸国全体の規模でみると、ムスリムの宗教 儀式の公的取り扱いは、何よりもまず、ヨーロッ パのそれぞれの社会に固有のナショナルな諸決定 因に従い続け、そして、これは大抵、移民のサイ クルの継起と混同されるような、こうした社会に 居住するムスリムの人々の歴史的道程に応じ続け ている。それにもかかわらず、90年から2000年ま での10年間は、ヨーロッパ諸政府の次のような複 数のイニシアティブによって特徴づけられる。す なわち、他の宗教諸集団をめぐる一般的な状況を 見ると、少しばかり差別的なように見える取り扱 いからムスリムの宗教を抜け出させることを目的 とするようなイニシアティブである。
今日、ヨーロッパ諸国とヨーロッパの様々なム スリム団体との間の制度的な境界面は、多くのア クターがひしめき合う空間として現れている。こ の空間を主として占めているのは、イスラームに 関する諸問題についてナショナルな公権力のパー トナーとなることを、そしてムスリムの宗教儀式 の信者たちの利害を代表することを目的とするよ うな、大抵、連合の形態をとる数多くの公式の機 関である。EUの複数の国々は、実際、宗教儀式 としてのイスラームの、そしてそこから宗教集団 としてのムスリムたちの、制度的地位を進展させ ようと試みている。これらの国々は、こうした 様々な試みにおいて、多かれ少なかれ成功をおさ めている。
こうしたイニシアティブのほとんどは、最低 限、公権力とムスリムの集団との公式な関係を正 常化することを目指している。それは例えば、ム スリムの宗教儀式の利益を代表したり、「フラン スムスリム宗教実践評議会(Conseil Français du
Culte Musulman: CFCM)」のように、国政当局と
の対話における主要な機関となることができる中 心的執行機関の登場を促すことによってである(Frégosi 2011)。
最大限に見積もれば、こうしたイニシアティブ は、同様に次のことを実際の目的としている。す なわち、宗教に関する特権的法的措置がまさに存 在しているところ(ベルギー、ドイツ、スペイン、
イタリア、オーストリア)では、ムスリムたちと 彼らの代表諸機関に、宗教実践の地位という観点 から、法的に他の宗教宗派と同じような特権を享 受させることを目的としている。または、より単 純に、イスラームよりも古くから根付いている他 の諸宗教の信者たち(キリスト諸教会とユダヤの 諸共同体)が一般法に拠る措置を享受しているよ うに、ムスリムやその代表諸機関に一般法を適用 することを(フランス、オランダ)目的としてい る。
したがって、EUのほとんどの国々において、
評議会(conseil)や連合(fédératif)、さらには執 行部(executif)の形態をとる決定機関や機構が 存在している。こうした決定機関や諸機構は、公 権力に対してムスリムの宗教儀式を代表すると想 定されている。そして、ナショナルな観点から公 権力にイスラームの声を聞かせるために、象徴的 な面で間接的に正統化され、公認されている。
フランスでは、2001年から明確に、その3期目 に 入 っ て い る「 ム ス リ ム 宗 教 実 践 評 議 会
(CFCM)」および、25の「ムスリム宗教実践地方 評議会(Conseils Régionaux du Culte Musulman:
CRCM)」が存在する。これらの諸機関は、正式
にリストに記載された礼拝所(1600箇所)の代表 者たちによって3年の任期で選ばれている。この 代表者たちの数は礼拝所の面積に応じて決められ ている(大きなモスクやイスラームセンターには 有利であるが、ときにより活発に活動している小 さな礼拝所を犠牲にしていることになる)。CFCMは、「フランスにおけるイスラームに方 向性を与え考察する評議会(Conseil d'Orientation
et de Réflexion sur l'Islam en France: CORIF)」
(1998年)、「ムスリム宗教儀式憲章(Charte du
Culte Musulman: CCM)」(1994年)、そして最後に
「フランスのムスリムの協議(Consultation des
musulmans de France: CMF)」(1998年)と名づけ
られた様々な、CFCMとは別の諸イニシアティブ が連なる、制度化の長いプロセスの結果であると いうことを思い出すべきである。それにもかかわ らず、CFCMはプロセスの最終段階ではなく、ム スリムの宗教儀式と共和国との間の諸関係の複雑 な歴史におけるさらなる一歩である。ムスリムの宗教儀式の世上権が1978年の王令以 来認められているベルギーにおいては、1999年以 降になってようやく「ベルギームスリム執行部
(Executif des Musulmans de Belgique: EMB)」が存 在する。EMBは公権力が参照するべき宗教儀式 の最高機構であり、宗教儀式をめぐる世上権の行 政上の管理を通常担っている。この機構は、宗教 儀式の場(lieux du culte)で登録し(有権者48000 人)完全な市民権をもつ18歳以上のムスリムすべ てに開かれた(21歳以上は被選挙権をもつ)、ム スリムたちの諸共同体の選挙に、それ自体、広く かつ直接的に根拠をもつ。
オーストリアでは、はやくも1912年から、旧 オーストリア・ハンガリー帝国の古い遺産である ハナフィー派のムスリムの宗教実践が公式に認め られており、ここでムスリムの共同体は3つの主 要 な 制 度 を も っ て い る。 す な わ ち、 第 1 に
「シューラあるいはシュラータ評議会(conseil
Shura ou Shurata)」(Shura
とは協議という意味)である。この評議会は地方自治体レベルの委員会 によって4年の任期で選ばれる16人のメンバーに よって構成される。この評議会がオーストリアに おけるイスラーム共同体の執行機関(Islamiche
Glaubensgemeinschaft Im Österreich)である。次に
くるのが、「長老会議(Oberster Rat)」である。長老会議はシューラ評議会から選ばれており、10 人のメンバーによって構成される。この会議はと くに、宗教を担当する教員の採用と、その養成を
担 当 し て い る。「 チ ー フ ム フ テ ィ の 制 度
(Institution du Mufti en chef)」がムスリムの共同 体の第3の機関である。チーフムフティは長老会 議のメンバーであり、シューラ評議会によって選 ばれる。彼は、宗教の諸問題について意見を表明 し、宗教を担当する教員やイマームを監督する。
ギリシアでは、ギリシア国家が公式のムフティ 2人(Xanthiと
Komotini)に給与を支払ってい
る。この2人は、トラキアのムスリムたちのみに 関して宗教と婚姻について権限をもつ。スペインでは、「スペインイスラーム委員会
(Commission Islamique dʼEspagne)」が存在する。
この委員会が公権力との協力に関する1992年11月 10日の合意を結んでいる。
それ以外の国々では厳密な意味での唯一の中央 集権的な機関が存在しないとしても、多かれ少な かれ競合関係にあるような様々な連合組織構造が 認知されている。こうして、ドイツでは、ほとん どのムスリムの組織は諸組織から成る次の2つの プラットフォーム(plateforme)、すなわち「ケル ン・ドイツムスリム中央評議会(Zentralrat des
Muslime in Deutschland)」かあるいは「ドイツ連
邦 共 和 国 イ ス ラ ー ム 評 議 会(Islamrat fürdieBundesrepublik Deutschland)」のうちの1つに参
加している。19のムスリムの組織を束ねている(アルバニア系、ボスニア系、アラブ系、イラン 系、トルコ系…)中央評議会は、21条からなるイ スラーム憲章すら備えている。これは、1995年の フランスにおける、古い、ムスリム宗教儀式憲章 をモデルとしたか、さもなくばその精神を汲ん だ、ムスリムが国家や社会と結ぶ諸関係に関する 憲章である。
英国においては、特定の地位を法的に認めるよ うな固有の法的枠組みはイスラームに関して存在 しない。英国では、90年代末に「ブリテンムスリ ム評議会(Muslim Council of Britain)」が登場し ている。そして、2006年から「モスクとイマーム
協議会(Mosques, Imams, National Advisory Board:
MINAB)」や「スーフィムスリム評議会(The Sufi Muslim Council)」等が創設されている。
オランダにおいては、2004年から、一方で、オ ランダで生活するムスリムの50%を代表するであ ろ う「 ム ス リ ム 諸 組 織 と 政 府 間 関 係 委 員 会
(CMO)」と、スンニ派、シーア派、アレビ派、
そしてアハマディア派のムスリムたちを連合する
「イスラームコンタクトグループ(CGI)」がある。
イタリアにおいては、フランスの
CFCM
をモ デルとして、コンシュルタ(consulta)が整備さ れている。コンシュルタの目的は、多少とも長期 的に、イタリアにおけるムスリムの宗教実践の組 織化の一般的な図式を明確にすることである。図 式の明確化は、イタリア国家とムスリムとが宗教 実践についての相互了解(intesa)に到達するた めに避けて通ることができない道である。B)ヨーロッパ横断的な自己統制の試み
もし私たちが、90年代の、「判例、ファトワー、
研究に関するヨーロッパ評議会(Conseil Européen
de la Jurisprudence,de la Fatwa et de la Recherche):CEJFR」の創設が結果としてもたら
した独特な状況に言及しなければ、ヨーロッパに おけるイスラームの制度化をきちんと概観したと はいえないだろう。「判例、ファトワー、研究に 関するヨーロッパ評議会」は、イスラームのヨー ロッパ横断的な自主統制のダイナミクスが確かに 存在していることをまさに例をもって示してい る。1997年3月、ロンドンで創設されたこの評議会 は、現在30人ほどのメンバー、すなわち宗教に関 わる事柄について決定権を行使する人々によって 構成されている。そのうち20人ほどはヨーロッパ に居住し、それ以外の者は湾岸諸国や近東諸国か らこの評議会に関わっている。評議会の創設メン バーの中には、長老(Cheikh)Yussuf Al Qardawi
や
Fayçal Al Mawlawi
のような著名なウラマーや、チュニジア人の
Rachid Ghannouchi
のようにウラ マーに劣らず著名なイスラーム主義の指導者たち がいる。この評議会はファトワーの2つの地域委 員会、すなわちイギリスに1つとフランスにもう 1つ地域委員会をもっている。現在の評議会議長 によれば、この評議会は3重の使命を定めてい る。まず、しばしば矛盾し、イデオロギー的には 対立するような、ヨーロッパのムスリムに向けら れた法的見解を統合すること。第2に、ヨーロッ パ諸国にとって「ムスリムの諸共同体の地位を強 化し、この諸共同体を支援するために、宗教に関 して世に認められた照会先(・・・)」となること。第3に「マイノリティ、すなわちイスラーム諸国 やイスラーム社会の外側で生活している人々の判 例」を生み出すことに特化することである。この ことは、次のような法理論(fiqh al aqalliyyât)を 参 照 さ せ る。 こ の 法 理 論 に よ れ ば(Al
Alwani
2003)、イスラームにおける規範の実際的かつ社会的な表現は、ムスリムがマジョリティで あるのかマイノリティであるのかによって、異な りうるのである。
この評議会の要求のなかに、「他の宗教的マイ ノリティのように、宗教的マイノリティとしての ムスリムに対して、婚姻や離婚、遺産についてム スリムの個人的地位を組織化することに関わるあ らゆる権利の行使を認めて欲しい」という要求が 特に存在する。
今日、ヨーロッパのいかなるシステムも、次の ような形態において、宗教的マイノリティが、マ イノリティとしての個人的地位を完全に自分の思 うように自由に規定することを保障してはいな い。すなわち、宗教を基礎として財や人をめぐる 制度を規定する、法的効力をもち、国家の民法に 法的にその効果を認めさせるような、コード化さ れた規則と規範の総体という形態である。
いうまでもないことだが、この種の要求は、
ヨーロッパの法及び特に次の事実をムスリムが良 くて思い違い、悪ければ、現実に誤認していると いうことを示している。すなわち、ムスリムを宗 教としヨーロッパの諸国籍をもつ人々は何よりも まず、ムスリム以外の市民同胞にならって、ナ ショナルな一般法(droit commun)のみによって 規制されるという事実である。
その代わり、ムスリムの代表的な諸制度が、そ のように望む信者たちに対して、個人の地位を規 定する普通法を補足するような形で、婚姻関係の 成立、あるいは破棄に関して、ムスリムたち内で の特殊な規則や慣習の総体を維持しようとするこ とを妨げるものはなにもない。このようなシステ ムが、いかにあらゆる法的妥当性(有効性)を欠 いているとはいえ、確信に満ちた信者の目には、
少なくとも象徴的機能を果たしていることに変わ りはないだろう。しかしながら、このような場合 も含めて、このシステムは、公共の秩序を規定し ている規則に従わなければならず、両性の平等や 未成年者の保護、婚姻の法定年齢の遵守(このこ とは、とりわけ、どんな形であれ一夫多妻制を排 除する)などのいくつかの基本原則に違反しては いけない。これには、とりわけ、フランスにおけ る「長老会議派ユダヤ教(judaïsme consistorial)」
の事例があてはまる。長老会議派ユダヤ教の代表 諸機関は、婚姻関係が民法上の要求を満たした後 で、その婚姻関係の成立あるいは破棄をモーゼの 律法にそって規定する宗教的規則が遵守されるよ うに、ユダヤ人の集団内部で注意を払っている。
このように「判例、ファトワー、研究に関する ヨーロッパ評議会」の試みを観察してみること で、私達は以下のことをはっきりと知ることがで きる。すなわち、周縁的な諸集団(英国における アルムハジルーンやサラフィストたち)とは異な り、正統にイスラームにおいて決定を下すような 立場にある者たちの一定数が(リアリズムによっ てだけではなく、本心からも)ヨーロッパの文脈
において「シャリーアの限定理論(une théorie
restreinte de la sharia)」(Oubrou
2003)を創り上 げようと努力しており、そうして、ムスリムたち は、宗教儀式(ibâdât)においてと同様に倫理(akhlâq)において、自らがマイノリティである 状況においてイスラームを生きうる方法について の世俗化の影響力を法的に確認しているというこ とである。
これは
Tareq Oubrou
が擁護する見方である。彼は、ドグマと宗教儀式に関して「最小限の公認教 義(une orthodoxie minimaliste)」を説き勧め、並 行して、「シャリーアの倫理化(une éthicisation de
la sharia)」を訴えている。彼にとっては、シャリー
アへのグローバルな準拠を完全に否定するのでは なく、単にヨーロッパにおいてシャリーアは宗教 儀式の実践と道徳的諸原理の諸問題に制限される という事実を確認し、公理化することが重要なの である。宗教儀式の実践や道徳的諸原理以外の領 域は、ファトワにのっとって状況にかなった適応 の対象に、あるいは、カノンにおける擬制(fiqhal hiyyal)に訴えることを通じて倫理上の解釈対
象にならなければならないだろう。「シャリーア の倫理化は、事実、シャリーアの新陳代謝のうち にフランス法を取り込むことによって、ムスリム の一定の行動にイスラームにおける道徳的合法性 を与えることを目的としている。フランス法は、シャリーアの法を道徳的側面のみに還元すること によって、この法を排除するのである」。
このことは、事実上、ナショナルな範囲でのイ スラーム法学の理論的枠組を定義することにな る。この法律学によって、フランスの世俗化され、
非宗教的(laïque)な文脈に適した平均的かつ正 統な宗教実践の遵守が可能になる。Tareq Oubrou は次のように書いている。「各時代に、各文脈に、
カノンの専門家はア・プリオリに平均的な教義を 進言し、この教義をめぐってカノンの専門家は自 らのシャリーアの読み方を築く(・・・)各時代
に宗教的実践に関するある許容限度もしくは平均 的水準が存在する(・・・)所与の諸状況におい て所与のムスリムの共同体にとって、ある必要最 小限の宗教性の形態が存在する。したがって、共 通のファトワーは、それを下回ると私たちの宗教 的義務を下回らざるを得ないような、この最小限 量を構成するようなイスラームの諸義務の総体 を、 言 明 し な け れ ば な ら な く な る(Oubrou 2003)」。
2 継続する相違にもかかわらず、収斂する公的 活動の諸論理
今度は、イスラームの宗教的事実の制度化のプ ロセスの内で働いている様々な論理を抽出してみ よう。別なようにいえば、ムスリムの宗教儀式に 向けて講じられているヨーロッパの諸公共政策と その数多くの形態(内容、手当てそして効果)を 抽出しようということである。
絶対的に、以下のことを認めなければならな い。すなわち、ヨーロッパにおけるイスラームの 制度化は、少なくとも、客観的に観察できる5つ の論理に従うように見えるということである。こ うした5つの論理によって、ヨーロッパにおける 異なる法的諸枠組みや、雑多なムスリムの人々の 人口的政治的諸状況にもかかわらず、イスラーム の制度化において現実に収斂があることが明らか になる。
それでも依然として、研究される諸状況の間に さまざまな違いをも見て取ることができる。こう した違いは、宗教一般に認められる地位、そして とくに社会におけるマイノリティの宗教に認めら れる地位に関する、特殊文化的ないくつかの論理 の頑なさを表現している。
A)現実に収斂する公的活動の諸論理
イスラームという事実の制度化をめぐるヨー
ロッパのこうしたダイナミクスの中から、区別さ れるが補足的な5つの論理が浮き彫りにされるよ うに思える。
一方に、公的統制の基本的な論理が存在し、こ の論理は公権力の望むように機能する。この論理 に従って講じられる措置の大部分は、制度化のプ ロセスの中で、あらゆるオルタナティブに優先す る国家のオペレイターの中心性を強化することし かしていない。このことは、ひるがえって、ムス リムの宗派の人々の一部がその出身であるような 諸国家の、このムスリムたちの組織化の様々なプ ロセスに介入するという漠然とした意思を強化す ることになりうる(出身国の国家に依存するよう な諸イスラームネットワークと、彼らが定住する 国家と両立するイスラームネットワークとの間に はつながりと、客観的には存在する共謀関係があ る)。ベルギー同様にフランスにおいては、たし かに公権力はナショナルなイスラームの状況の組 織化における第一のアクターであり、イタリアに ついても同じことがいえる。
国家が従来は宗教的集団の組織化の問題に対し て関与せず、宗教的集団が組織化に関して完全な 自律を享受している(ドイツ)ところ、あるいは いかなる公権力の支援も頼ることができない(英 国、フランス)ところにおいても、国家の態度と 役割の変更が見てとれる。国家はますますイス ラームをめぐる問題に熱心に関わるようになって いる。それは、たとえば、「イスラームゲルマン 会議(Deutsche Islam Konferenz:DIK)」を創設し たドイツにおけるケースである。DIKとはイス ラームに関係する諸問題についての対話と仲介の 機関であり、連邦行政機関の代表者たちと大学関 係者たち、そして、ムスリムの諸機関の代表者た ちと世俗的なムスリムのグループの代表者たちを 含んでいる。この
DIK
はイスラームに関する諸 問題についての連邦国家の利害を公式なものとし ている。英国においては、むしろ、トニー・ブレア政権 によって設置された、「過激主義と闘う公式機関
(PET)」を通じて、公権力はムスリムの責任者た ちに付き添ってイスラームの制度化に取り組み、
彼らに「モスクとイマーム協議会:MINAB」を 整備するように促している。
第2の論理は次のようなものとして姿を現す。
すなわち、あらゆる状況において、諸共同体の次 のような有力者たちの登場を促すことである。す なわち、国家と持続的なパートナーシップを組む ことを受け入れることができ、同時に、ほかの競 争相手となる有力者たちと組織化された競争の ゲームを行うような有力者たちである。このこと から次のように考えることができる。すなわち、
往々にして、ムスリムたちのもとでの代表を求め ているのは、ムスリムたちというよりもそれ以上 に国家であるということである。この点におい て、CFCMの事例はとりわけこの傾向を代表して いる。いずれにせよ、公権力はどれも、公権力と 持続的な関係を築くことができるような諸共同体 の代表者たちを求めていることに変わりはない。
その場合、しばしば、困難は以下のような事実に ある。すなわち、ナショナルな連盟、もしくは諸 集団の連合として組織化されたムスリムたちの諸 集団は、どれも、自分たちをイスラームの名の下 に語る唯一正当な存在と考えるとはいえないまで も、少なくとも、自分たちを無視することができ ないものとすることに利益を持っており、そこ で、代表に関する自分たちの<正当な要求>を際 立たせるために一切の努力を惜しまないのであ る。こうして、あらゆる国家において、イスラー ムの制度化の問題を担当する諸官庁の諸公務員、
もしくは顧問たちは、多かれ少なかれ有効性を発 揮しながら、ナショナルな領土の範囲で自分の意 見を表明するムスリムの諸立場の多様性を考慮す るように注意を払っている。
第3の論理も機能しており、この論理はイス
ラームの状況を合理的に整理しようと努めてい る。こうした合理化の努力の目的は、イスラーム の表現をめぐる最適な社会的コントロールの基盤 を上から明確につくることである。こうした基盤 をつくるさいの主導的な考えによれば、ムスリム の宗教儀式の多少なりとも統一された代表の登場 を促すことによって、途中で、この同じ共同体の 統一化され、かつ理想的な代表が形成される。し ばしば、現実に代表的で実際に機能するようなシ ステムの基盤を形成する手段を手に入れるという こと以上に、代表の統一性を演出することが問題 となっている。その場合、基盤となる諸共同体、
主たる利害関係者から直接に生じる、下からの共 同体主義(communautarisme)とは対照的な、正 統なものと想定される上からの共同体主義を人々 が話題にするのはもっともである。
ヨーロッパのレベルでのイスラームの制度化の ダイナミクスの総体において、同様に、支配的で あるように見える論理は、何よりもまず、安全保 障の論理である。それは、イスラームの制度化に 関して、おおいに考慮せざるを得ないものであ り、この論理を2005年7月のロンドンでのテロ、
2004年3月のマドリッドでのテロ以来いかなる ヨーロッパ社会も逃れることができない。この安 全保障の側面は再び主要な懸念となっている。こ の懸念は、公権力によってのみつくりだされたも のではなく、同様に、ムスリムの諸組織の間で
(cf. MINAB)、この諸組織によって広範に受け入 れられてもいる。こうして、英国において「英国 ムスリム評議会(Musulim Council of Britain)」の 主導の下に、2007年11月30日に
MINAB
が整備さ れた。その構想は、以前ロンドンでのテロの直後、ブレア前首相によって設置されたタスクフォース により表明されたものだった。この研究会は、諸 組織を代表するムスリムたちや大学教員ムスリム たちにより構成されていた。彼らムスリムは、英 国政府に対して、英国のムスリムたちの統合をよ
りよい形で可視化することを目指すような勧告を 行うことを任務としていた。MINABの最終目的 は、英国にあるモスクの健全な運営のための基本 原則と規範を練り上げていくことであり、その結 果、 こ れ ら の モ ス ク を 優 良 中 心 拠 点(pôle dʼ
excellence)とすることにある。また、 MINAB
は、同様に、外国人イマームの英国領土への入国に関 する諸問題について英国内務省(British Home
Office: BHO)のもとで助言者としての役割を果
たすに違いないだろう。この安全保障の側面は、イスラームの制度化の 将来に重くのしかかっている。この側面のため に、制度化においては、一方での宗教に関する意 見の表現の自由という論理、およびその帰結であ る宗教儀式を組織化する自由の原則と、他方での イスラームという事実に対する絶えざる真の予防 原則として打ち立てられているであろう、繰り返 し問題となる安全保障についての条項を組み合わ せざるを得ない。明確な安全保障の諸問題が問わ れるのであれば理解できるが、多くの場合、イス ラームについての警戒心は、過激ではないにして も正統という評判のある諸集団への帰属について の非常に主観的な評価を根拠としている。
最後に、「判例、ファトワー、研究に関するヨー ロッパ評議会」の経験を通じて、私たちは同様に 最後の論理のダイナミクスを特定することができ る。この論理は、イスラーム法とヨーロッパの文 脈 と の 間 の「 合 理 的 な 妥 協(accomodements
rasionnables)」に到達することを目的としている。
このことは、ムスリム的ではなくかつ世俗化され た環境における、マイノリティとしてのムスリム の状況に固有のイスラームの正統性(orthodoxie)
と正統な宗教実践(orthopraxie)を生み出し、そ のことを通じて、ヨーロッパのイスラームハビ トゥス(habitus)の構築につながる。一方での、
フランスにおけるイスラーム金融をめぐる近年の 展開と、他方での英国における調停裁判を担うイ
スラーム法廷についての極めて特殊な事例によっ て、次のことが明らかになる。すなわち、イス ラームの規範を考慮しようという意思は、ヨー ロッパのいくつかの国々のレベルにおいて、奇妙 なことに、同じように反響を見いだしているとい うことである。これらの国々は、通常は、いくつ かの共同体集団の宗教的、文化的諸特殊性の承認 をめぐる諸問題において立場を異にしている。
2008年2月、カンタベリーの大主教である英国 国教会の首座司教は、特に民法に関してシャリー アのいくつかの側面が英国の法体系に統合される べきであることは避けえないように見えると明言 していた。彼がこうした立場を選択したことは、
英国中において大きな反響を呼んだ。2年後、み んなに反して、大司教は正しかったと思わなけれ ばならない。今や、英国全体において、5つの(ロ ンドン、ブラッドフォード、マンチェスター、
バーミンガム、ニュニートンの)イスラーム法廷 が、それ自身英国の法的装置に統合されているム スリム法廷(MAT)の権威の下で機能している。
したがって、英国において権限をもつ高等法院主 席裁判官(Lord Chief of Justice)の管理の下で、
公権力の暗黙の承認をもって、これらのイスラー ム法廷は機能している。同じようなタイプの別の 2つのイスラーム法廷の計画が、今度はスコット ランドに関して、検討されている。英国法は、明 確 に、 調 停 に 関 す る 法(Arbitral Act June 17th 1996)に基づいて、諸個人が紛争の解決において 法の外での手続きに訴える可能性を予定してい る。問われているのは、自由意志による仲裁・調 停の手続きである。そこで問題となるのは、(仲 裁や和解)紛争の解決の1様式の代替的なさまざ まな表現の1つである。英国の民事訴訟法は、そ の1条4項において、明確に、裁判を受ける人が、
伝統的な民事手続きよりも、速く、費用のかから ないというメリットをもつこのような手続きへと 訴えることを勧めている。この形態の手続きにお
いては、あまり重要ではない争い、すくなくとも 家庭内の争い、あるいは単なる隣人関係を巡る争 いしか扱うことはできない。現在のところ、ムス リムは誰でも、現存するイスラーム法廷に自由に 提訴することができる。そして、イスラーム法廷 は、強制婚、家庭内でのけんか、夫婦間の暴力の 問題、さまざまな商売そして負債の諸問題、遺産 相続の諸問題、ならびにモスク内部でのもめ事と いう6つの明確な領域に関してシャリーアに合致 して裁定を下すことができる。
特に、次のようなことが言及された。すなわち、
英国においては民法上の離婚のみが認められるに もかかわらず、法的に民事上離婚したムスリムの 女性たちが、再婚しうる(跛行婚)ことが宗教的 に妨げられていたことである。イスラーム法廷で の訴えを導入したことによって、彼女たちはつい に、夫に、離縁(talaq)の儀式上の決まり文句を 言明するように強いることによって、こうした障 害を取り除いてもらったのである。
以下のことに留意することが重要である。すな わち、当事者たちが自由に、調停に関してムスリ ムの法廷に従うことに同意した以上、彼らはいわ ゆる法廷の権限にもとづく諸決定に拘束される。
にもかかわらず、この諸決定は、効力をもつため には、たとえば、英国法によって予定されている 刑罰に合致するといわないまでも、少なくとも矛 盾してはならないのである。これらのイスラーム 法廷の管轄からは、完全に、以下の問題は排除さ れている。すなわち、離婚の諸手続き、子どもの 保護、そしてもちろん、刑事上の諸事件である。
最近、裁定される事件の5%は非ムスリムに関 わっていることが明らかになった。
以下のことを明らかにしておくことが適切だろ う。すなわち、あまり重要ではない争いについて の仲裁のシステムの枠内で、イスラーム法廷の発 展を公的に可能にするというなされた選択は、英 国においては何ら革命的ではない。イスラーム法
廷以前に英国においてユダヤ法廷(beth din)が 存在するのは、同様にこうした基盤に基づいてこ そなのである。こうしたイニシアティブに与えら れた青信号は、同様に、公権力のあらゆるコント ロールをなんら受けない、モスク内部で機能する 非公式なイスラーム法廷の影響力の増大に対応す る1つの手段である。
英国において常に異議を唱えられている、この ようなイニシアティブを、ヨーロッパのほかの地 域に移しかえうるのは困難であるようにみえる。
トラキアにおいて同じようなシステムが存在する ギリシアを除いて、宗教的多様性のこのタイプの 統制は、結局は、民法の一般原則を脆弱化する可 能性がある。
B)しかしながら残り続ける相違
収斂がたしかに現実だとしても、こうした収斂 によって私たちは以下のことを忘れてはならな い。すなわち、こうしたイスラームの制度化の諸 プロセスの間には、一定数の相違点が残り続けて おり、これらの相違点は、異なった歴史や法的枠 組みの重さを、そしてより大きくいえば、人々が 宗教一般に対して、そしてとりわけマイノリティ の宗教的事実に対してもつ見方をおそらくは表し ているということである。
ヨーロッパにおけるイスラームの制度化の現代 のいろいろなプロセスの間の第1の亀裂は、イス ラームの改革の論理によって例証される。この改 革の論理は、最近のいくつかのイニシアティブの 中で、とりわけ、フランスの試みの中で明確に継 続しているようにみえる。ヨーロッパにおける公 権力はどれも「穏健な」あるいは「近代的な」と 評判のムスリムたちと対話をすることを強く望ん でいるということは事実だとして、フランスは、
おそらくは、その内で、公権力がそれ自体として、
法的手段を介して、積極的にこうした対話の実践 に参加している唯一の国家である。その背景にあ
る考えはきわめて単純である。すなわち、イス ラームがほかの宗教儀式が享受しているのと同等 の扱いに恵まれうることを望む場合には、イス ラームは前もってイスラーム的と提示されるいく つかのしきたりを放り出すこと、あるいは、ムス リムとしての信仰をもつ若い哲学者がいうよう に、減量療法をはじめる必要があるという考えで ある。
そうして、啓蒙期と革命期の人々の次のような 主たる意図の、より現代的なかつイスラームを中 心としたバージョンをそこで自分たちは目の当た りにしているのではないかと人々がいぶかるのは 当然である。すなわち、フランスのユダヤ人たち の解放のために働く意図、そしてそれと平行し て、Grégoire神父の言い回しを使えば、このユダ ヤ人たちを肉体的、道徳的そして政治的に生まれ 変わらせるという意図である。当時、問題となっ ていたのは、フランスのユダヤ教徒たちが(彼ら の存在は許されて(toléré)いたにすぎなかった)
シティズンシップを完全に獲得することを可能に することであり、ただし同様に、その過程で、こ のユダヤ教徒たちを、ユダヤ性がその基礎に存在 するエスニックかつ共同体的な側面に対して市民 としての解放の道へと導くことであった。
「ナシオンとしてのユダヤ人たちにはすべてを 拒絶し、個人としてのユダヤ人たちにはすべてを 与えなければならない」と、1789年に
Clermont
Tonnerre
伯爵は議会の演壇で宣言していたのである。Grégoire神父が、ユダヤ人たちの肖像を辛辣 に作り上げ、その洗練されていない生活慣習や血 の退廃、そして彼らの衰えへの傾向などを口を極 めて非難していたとき、神父は同様に、Michel
Winock
が書くように、こうした「ユダヤ人たちの悪徳」「と弱さのすべてを、彼らがディアスポ ラ(diaspora)と私たちが呼ぶもの以来絶えず耐 え忍んできた侮辱のせいである」としていた
(Winock 2004:13)。当時、問題となっていたの
は、信条の区別なく、現実の法の平等を打ち立て ること、そして、ユダヤ教徒たちに、彼らがフラ ンスの領土全域において常に享受していたとはい えない市民としての権利を与え、彼らに課されて いた法的留保を取り下げさせることであり、これ らのことは1791年9月27日に成し遂げられた。
今日、イスラームに関する問題領域は、ムスリ ムの文化をもつ人々に新たな諸権利を享受させる ことにあるのではなく、これらの人々があらねば ならないであろうものにより合致するようにする ために、彼らに新たな諸義務を課すことを提案す ることにある。その意図は、次のような状態を生 み出すようにつとめることである。すなわち、イ スラームとムスリムたちが、ますます選択的な宗 教実践に基づいて自分たちの宗教の多かれ少なか れ部分的な再定式化の路へと、集団として入りこ まなければならないような状態である。もしもの 場合には、その際、立法者が彼らムスリムたちに
「助力する」ことができる、あるいはより正確に いえば、宗教的相違を表明する空間の範囲を限定 的に設定するような新たな諸規則(2004年3月15 日法や全身を覆うヴェールについての法など)を つくることによって、ムスリムたちに強制するこ とができる。
共産党所属の国会議員である
André Gerin
はこ のことを、次の時に、彼なりのやり方で想起させ た。すなわち、全身を覆うようなヴェールについ ての議会調査団による聴聞の際に、ムスリムたち が「再生されたイスラーム」の近代的バージョン である、「共和国の枠組みと両立するようなイス ラーム」を備えるようにムスリムたちを手助けし なければならないと彼が述べる時である。私は以 下のことを指摘する。すなわち、いわゆる調査団 の報告者が、彼自身で、全身を覆うスカーフを禁 じ る 将 来 の 法 に つ い て、「 解 放 の 法(loi delibération)」という強いことばにわざわざ訴えて
おり、したがって、まさにそこで、上から布告された解放の図式に人々は入るということである。
このような要求がこれほど明確に主張されるの は、フランスのほかにはほとんどない。ほかの場 所では、私たちはより慎重な態度を見せている。
国家は宗教儀式という心の内側の問題に介入する 資格、ましてや宗教的改革者の任を自らに委ねる 資格はないのだから。
イスラームの制度化の諸プロセスを分かつ第2 の亀裂は、法的相違の問題に関わる。ヨーロッパ 連合が、いつの日にかは、宗教的なものの問題、
諸宗教儀式と諸国家との諸関係の公的統制の問題 を検討することを企てるということを想像するか もしれないが、イスラームの法的地位はこのヨー ロッパ連合のすべての国家において同一ではない ということを認めなければならない。いくつかの 国家においては、宗教的現実としてのイスラーム は、他の宗教的マイノリティ集団と同じような特 権を享受している。それは、公的システムの枠内 での、宗教儀式のための場、聖職者に与えられる 保証という点であれ、祝日や宗教教育についてで あれである。時として、この利点は、当然の結果 としての国家による金銭上の負担引き受け(ベル ギー、スペイン、ギリシャ・・・)や、イスラー ムに基づく結婚の民事上の効果の承認(スペイ ン)という形態の下での、公的支援を伴う。ほか の地では、イスラームは、少なくとも混合的な状 況にある。
ベルギー、スペイン、ただしドイツにおいても、
ムスリムとしての信仰をもつ子どもたちは、たと えば、公教育の枠組みの中で、国家によって報酬 を支払われている教師たちによって提供される宗 教教育を受けることができるということは事実で ある。すなわち、ベルギーにおいてはイマームた ちは公職のそれと似たような自分たちの職業経歴 の人事考課表を享受している。あるいは、ギリ シャにおいては、トラキアのムスリムたちは婚姻 に関して、国家(など)によって正式に給与を支
払われているムフティの仕事に頼ることができ る。それに対して、フランスにおいてムスリムた ちの諸集団は、これらの地域で保障されたのと同 じような諸権利を求めることはできない。こうし たこと全てが、各社会の歴史的諸道程を反映して いる。そして、国家が宗教的需要の負担に対して 自らの位置を定めるそのやり方を参照させる。負 担に対する国家の位置は、宗教的需要が社会的需 要として、(いくつかの条件にしたがって)公的 支援を引き起こすような需要として、あるいは逆 に、実際上、私的負担に属するような私的需要と 重ねられるような需要として見なされるか見なさ れないかによって決まるのである。
亀裂に関して述べる目的は、ムスリムの人々に とっての、ヨーロッパ諸国によって一貫しない宗 教儀式の自由を告発することではなく、国家によ る支援のいろいろな形態によって、この宗教儀式 の自由の整備が多かれ少なかれ進展し、保障され ているということを確認することである。
ヨーロッパ諸国間の相違点の別の表れが、同様 に、諸宗教儀式に関する、様々な国の法がイス ラームには適用されないことがあるために生じて いる。この法の非適用はその場合、引き換えに、
イスラームに被害を与えるような差別的諸状況を 生み出している。
こうして、ドイツにおいては、たとえば、今日 に至るまで、イスラームは常に唯一一般法(登録 された結社)の枠内で法的には組織されている。
このことによって、問題となるイスラームの諸結 社に一般利益(intérêt général)が認められればす ぐに、イスラームは、一方では自己決定という基 本法上保障された自由(完全な組織の自由)を、
他方では一定の免税を享受することができる
(Roche,2004)。これに対して、イスラームが公法 上 の 社 団(körperschaften des öffentlichen rechts)
の法的枠組みへ到達することを禁じるために、イ スラームの教義のレベルにおける法的合意が長く
続いている。この社団の枠組みによって、とりわ け、教会税(kirchensteuer)を集めることが可能 になる。こうしたイスラームに対する例外を正当 化するためにいつも主張される論拠は、ムスリム たちの諸共同体の代表性の欠如、唯一の安定した 対話者の不在、そして法や国家に対する忠誠心の 想定される欠如である。
この点に関して、以下のことを指摘することを 認めてほしい。2000年11月から公法上の社団の地 位を得ている、エホバの証人の例を通じて、私た ちには、次のような証拠がある。すなわち、こう した社団の地位を得るための法的承認は、エホバ の証人の根本原則の修正や、彼らによるドイツ連 邦の法の留保の無い受容(輸血の問題・・・)に よって条件づけられることはなかったという証拠 である。
比較として以下のことに注目しよう。キリスト 系ではない諸宗教(仏教、ユダヤ教)はいうまで もなく、キリスト系諸宗教と同類の諸宗教(復古 カトリック教会、プロテスタント自由教会、キリ スト再臨派、新使徒教会、クリスチャンサイエン ス、モルモン派、救世軍、ユニテリアン派、正教)
のほぼすべては、どれもこの有利な法的枠組みの 中で組織されているのである。私の知る限り、キ リスト系の主たる宗派を除いて、これらの宗派は 自分たちを代表する中央集権化された一つの機構 をもっていないし、こうした宗派のうちの一定数 が、すべて、かつ、つねに同質的な特徴をしめす わけでもない。正教についてもこのような事情が ある。正教の制度的な代表は、もともと、コンス タンチノープルの大主教とモスクワの大主教の間 で共有されている。ドイツの地における正教の存 在の古さについては、おそらく、おおいに議論す ることになるだろう。
いずれにせよ、こうした法的な差別や代表組織 の不在によって、複数の州(lander)が徐々にム スリムの宗教教育を、とりわけ北ウェストファリ
アラインラント、バーデン地方、ハンブルグ、ベ ルリン等において設置することが妨げられること はなかった。たいてい、北ウェストファリアライ ンラントの事例のように、宗教教育のプログラム は次のようなワーキンググループによって整えら れた(Stehly 1992)。すなわち、ドイツ語を話す トルコ人の小学校教師たち、イスラーム研究者た ち、ムスリムの神学者たち、そして欠くことはで きない翻訳者たちと宗教教育法の専門家たちに よって構成されるグループである。このグループ がドイツ及び諸外国(ムスリム世界)の大学とま さに協力しながら仕事を行った。いくつかのドイ ツの州においては、公権力は地域にもっともよく 定着しているムスリムの諸組織を頼りにしてさえ いる。それは、とりわけ、バーデン地方の事例で ある。この場所においては、当局はこうして
Millî Görüş に属する地域の諸アソシエーションと
のパートナーシップの結果としてこの宗教教育を 組織することができた。Millî Görüş とは、ヨー ロッパにおけるトルコ系移民のうちへのイスラー ム主義政党(parti islamiste)Fazilet、いわゆる道 徳党(parti de la vertu)(前のRefah partisi,
いわゆ る繁栄党)から直接生み出されている組織であ る。似たようなやり方が、ベルリンにおいて、同 様にトルコのイスラーム主義者たちの組織に近い と評判のイスラーム連盟と進められた。同じ問題がオーストリアにも存在する。ここで は、イスラームは、特別法によって認められた唯 一の宗教であるにもかかわらず、教会税を集める ことができない。
イスラームに対立する例外的体制の下での、こ れら2つの法的差別の明白な例は、一致して次の ような考えの信憑性を高めることになる。すなわ ち、問題となっているのはその諸価値において型 にはまらない宗教、もしくは少なくとも十分に特 殊な宗教なので、公権力がそれに対しては他の宗 教よりも細かいことに気をつけているという考え
である。
私たちを分つ第3の亀裂は、イスラームの社会 や都市における可視性や、社会におけるムスリム の文化をもつ人々の存在を社会が扱おうとする際 のあり方に関わる。したがって、そこでは明確に、
次のことを理由として、イスラームとムスリムた ちの望ましい承認の水準をめぐる問いが提起され る。すなわち、ヨーロッパの諸社会が複数の文化 をもつと同時に、複数の宗教宗派をもつ社会に なっており、多様性の単純な社会学的事実確認と その公共政策上の表現との間にしばしば明確なず れが存在するという理由である。イスラームをめ ぐる問いを超えて、より大きく問われているの は、諸集団の諸記憶の多様性を認めることであ る。時代の流れの中で、これらの集団の諸記憶は、
ヨーロッパの諸社会それ自体の記憶を構成するこ とになっている。
あなたたちの目には直接的すぎるように見える 危険はあるかもしれないが、私は自分の意図を次 のようにいうことで要約しよう。すなわち、私た ちの国会に、地方議会に、政府にどれだけの数の ムスリムとしての出自をもつ国会議員が存在する だろうか(1)。
対照的に、私は以下のことを確認している。す なわち、この諸集団は逆に、失業者たち、求職者 たちの内で、全人口中にムスリムの出自をもつ 人々が閉める割合よりも多くの割合を占めてい る。別なようにいえば、この人々は社会的に最も 危険にさらされている人々のうちに存在してい る!!
このように言うことによって、私は自分をなん らかの「ムスリム優先(préférence musulmane)」
の弁護者にしようと務める気はない。この「ムス リム優先」というのは、ヨーロッパにおける外国 人嫌いのあらゆる政党が提唱する有名な「国民優 先(préférence nationale)」に対するあまりにも単 純な回答だろう。私は、より謙虚に、私たちの政
治的指導者たちを無関心なままにしておいてはな らないようないくつかの相違点を指し示すように 務めている。
むすびとして
本稿のむすびにおいて、私たちは次のような枠 組みを限定しうるような諸要素を特定することが できるだろうか。すなわち、ヨーロッパの諸社会 においてイスラームの制度的な構造化に関して方 向性を示すような図式の枠組みである。公式化さ れないうちに進むヨーロッパ化の観点から、イス ラームの制度化をめぐる諸政策を考察することが 可能だろうか。
次のことは同様に、非常に明らかに見える。す なわち、イスラームの地位の将来という問題は、
ヨーロッパの諸社会のほぼどこでも、政治的課題 に載った優先事項として認知されているというこ とである。この問題に取り組む際の支配的論理 は、紛れも無く、ヨーロッパのナショナルなさま ざまな立場の中でイスラームの存在を可視化し、
したがってそこからその存在を正当化することを 目指している。こうした可視化や正当化は大抵、
イスラームの、法にかなった統合の枠組みを明確 にするような綱領、協定、あるいは憲章を整える ことによって行われる。
制度に関する現実の機能モデルについて語るこ とはまだ早すぎるようだとしても、少なくとも、
以下のことに私たちは注目することができる。す なわち、機能している制度化の諸プロセスはます ます混合的な諸システムとなっており、このシス テムのうちで、国家という公的なオペレーターと ムスリムという私的なオペレーターが互いに、さ まざまな程度の自律性をもちつつ、働きかけ合っ ているということは本稿から明らかである。
公的活動の社会学の諸カテゴリーにならえば、
私たちは、諸国家とムスリムの諸代表構造との間
で交渉される「ムスリムのガバナンス」の図式の 多元主義的な形態をそこで目の当たりにしている とみなされうるだろう。たとえば、幾つかの国々 において(英国、ドイツ、フランス・・・)、次 のような諸モスクとムスリムの聖職者(clercs)
たち(2)の真のムスリムのガバナンスの枠組みが 現れるのを私たちは目の当たりにしている。すな わち、ムスリムという私的なオペレーターと国家 という公的なオペレーターがイスラームの過激な 諸偏向に対する闘いについての共同計画を交渉の 中で生み出しており、この計画を基礎に自分たち の行動を協調させることを目指して(Messner/
Zwilling
2010)、より質の高い宗教実践環境の整備へのムスリムの諸共同体の諸希望(Oubrou 2009)と公権力の諸期待(Bobineau 2010)とを 結びつけようと試みる枠組みである。
次に私たちは以下のことに注目することができ る。すなわち、少なくとも3つのヨーロッパ諸国 において、ムスリムの宗教儀式のナショナルな責 任者の任命は選挙形式によって行われる、という ことである。ベルギーとオーストリアにおいては 直接選挙であり、フランスにおいては間接選挙で ある。このことを強調することは重要である。と いうのは、ムスリムの宗教儀式の責任者が選挙で 選ばれるという事実は、ムスリムの宗教儀式の組 織化の状況を、長老会議派ユダヤ教の選挙に関し てユダヤ教徒たちの宗教儀式の内で現在行われて いる状況や、プロテスタントの、少なくとも、長 老派会議の(presbytérien-synodal)システムに基 づくプロテスタントたちの宗教儀式において現在 行われている状況に近づける傾向があるからであ る。ギリシアにおいては、たとえば、一方での、
その権限の範囲がトラキアのムスリムたちの婚姻 の地位から財産の問題にまで及ぶような2人の公 式のムフティを任命し給与を支払う公権力と、ト ルコ・ギリシャ系のマイノリティの政治的代表者 たちとの間に争いが存在する。このマイノリティ
は、宗教儀式の場を基盤にした選挙によるムフ ティ任命のプロセスを要求している。繰り返され るこうした形態の紛争を通じて、欧州人権裁判所 は 明 確 な 法 解 釈 を 生 み 出 し て い る(Tsitselikis 2004)。すなわち、判事によれば、民主的な社会 においては、各宗教的共同体が統一された代表を もつことを国家が保証するように試みることに正 当な根拠があるとしても、このことはしかしなが ら宗教共同体内部における多元主義を完全に取り 除くということを含意しない。多元主義の完全な 排除は、個人的にもしくは集団的に、公の場でも しくは私的な場で自らの宗教を表明する自由をと りわけ重要なものとみなす、ヨーロッパ人権条約 9条に違反するおそれがある。
上からのイスラームの制度化のこうしたプロセ スによって、私たちは次のことを忘れてはならな いだろう。すなわち、イスラームの実践とその環 境となる諸社会との間の相互作用は、まず、ロー カルな面で生じるということである。さて、幾つ かの国においては、イスラームの表現の統制のナ ショナルな諸装置(フランスにおける
CFCM
や ベルギーにおける「ベルギームスリム執行部(EMB)」) と ロ ー カ ル な 諸 装 置(CRCMや ブ リュッセル地域のローカルな諸組織のプラット フォーム)とがますます乖離する方向へ向かって いるように見える。
フランスにおいては、次の状況は明らかであ る。すなわち、CFCMはそれ自体諸地域(とりわ けアルジェリア対モロッコ)の論理が基底となる ような利害をめぐる対抗関係に根拠をもつような 内部の争いを逃れるのに苦労し、ムスリムの宗教 儀式を行う信者たちに向けて明快な行動を取るこ とに苦労しているように見える。これに対して、
CRCM
の よ う な 形 態 の ロ ー カ ル な 諸 装 置 は、CFCM
に比べて信者により近いがゆえに、より機 能しており、ムスリムの宗教儀式をめぐる諸利害 をより擁護することができているように見える。同様に、ベルギーにおいては、ブリュッセル大 都市圏の地方自治体の中にある複数のローカルな 諸組織のプラットフォーム(Torrekens 2009)が、
ムスリムの宗教儀式の場の可視化をよりよいもの にすることに大いに貢献し、ローカルな公権力
(市長、助役や公務員たち)との諸関係の正常化 に関与している。これに対して、ナショナルな面 においてはムスリムの宗教儀式の制度化の問題は 新たな緊張段階へと入ってすらいる。
同様に、ムスリムの諸集団がこうした統制のプ ロセスに入る仕方について問いを提起すること、
別な言葉でいえば、公権力に対するこうした集団 のかかわり合いの程度と駆け引きの余地を測ろう と試みることが適切だろう。このことは、次のこ とを自問することになる。すなわち、ムスリムの 諸集団は、このイスラームの制度化を創り上げて いく中で現実に利害関係者(ステークホルダー)
であるのかどうか、あるいは単に、上から推進さ れる制度化のプロセスの中で、その存在理由は純 粋にとってつけたようなものであるような、観客 の役割に押し込められているのかどうか、という ことである。
その場合、もう1つ別の問いが指摘するのは、
少なくとも次のような時代における、社会的な要 求が不在の中での、制度化の論理の現実の有効性 についての問題である。すなわち、多くの専門家 たちの一致した意見によれば、私たちの時代には 諸社会における信仰の中央集権的な統制の諸制度 のほとんどが危機に陥っており、宗教の場の進行 する多元化によって、大きな宗教的諸制度の影響 外での信仰の拡散のプロセスがさらにすこしばか り強化されている。なぜ、イスラーム以外の宗教 集団において疑問視されているように見える制度 化が、文化的に中央集権的、統一的なあらゆる図 式に反抗する、ましてや宗教的権威に関して特に そうであるようなイスラームとはうまくいくに違 いないのだろうか。
最後に、ムスリムの宗教儀式を代表するような 使命を担う諸機関をもつという事実は、しかしな がら、こうした諸機関が現実に有効性があること も、ムスリムの総体(宗教儀式の実践を行う者や 行わない者)の目から見て正統であることも意味 しない。こうして、CFCMは、公権力のもとでナ ショナルに構造化されたムスリムの諸集団の意見 を反映するというよりも、こうしたムスリムの諸 集団のもとで公権力の期待を、より反映している ように見える。ベルギーの例のように、たとえ信 者たちが投票する場合でも、公権力はスクリーン グの、選抜の権利を、すなわち、実際には当選者 を誰でも国内の安全保障を理由として退ける権利 をもっている。ベルギーにおいてはこうした管理 は、今や、2005年5月27日法によって法的に支え られている。この法は、ある職務、あるいは任務 の候補者は誰でも、安全保障上の確認手続きの結 果、とりわけ、「過激な集団、あるいは害をなし 得るようなセクト的な集団への帰属」を考慮した 確認手続きの結果、拒否されうる。セクトで有名 な、あるいは、政治的に問題化しているアソシ エーションに加盟していることを疑われるという 事実のみによって、ムスリムの宗教儀式の責任者 としての資格が無効とされる蓋然性は高まるので ある。
現在、次のような目的をもったダイナミクス、
あるいはむしろ封じ込め政策について言及するこ とは適切であるように見える。すなわち、ヨー ロッパのムスリムの諸共同体に依拠しうるような 過激な諸集団の影響をできる限り限定するという 意図から、このイスラームの宗教儀式の実践に可 能な限り枠をはめるという目的である。こうした 意図は好意的な反響を、ムスリムの幾人かの責任 者たちの下で見いだしている。この責任者たち自 身も、宗教的供給の市場を、内側において保護し、
規制しようとつとめている。
その場合、私たちは、ついにはこうしたさまざ