デriルケTムにおける或゜る1つの問題
社会的.なるがゆえに︑普遍的であり︑その逆ではないことにっいて
1
(
助 教 授
山
下
淳 志 郎 わ れ わ
れめ日常における会話でさえ論理に従っていなければ︑話として成立しない︒話が話として成立し︑存
立
するためにはへ・論理がその話を支配頚定し︑話を話たらしめるものとして既に存在していなければならない︒
このことは︑ まさに理論的であろ科学において.︑ より一屑明白で︑確実である︑科学者が自己の主
張を科学的︑理論的に樗成する塞合︑或いは諸事象の分析的研究の結果からそれら誌享象を綜合的にそのものと
して構成し︑説明叙述する場合︑仮えそれが充分に素識され︑考慮されていなくとも彼は既に或る論理に従っ
て 理 詮構成を行う・ているのである○それ故ここで一つの問題が生じる︒理論構成が既に蕗..する論理に従ってな
されてい゜る限り︑この理詮穣成はhそれが従っている論鍵によって支配され︑規定され︑それ故それが従う論理
の 如 何
によってそれ自体の姓格︑更にはその妥当性すらも問われるのではないかと云う問題である︒私がここで
取り上げる問題も実はヒの問題に関係している奇妙な問冥である︒と云うのも︑デdルケームがその社会学の対
象である﹁社会的章実﹂に関して︑それは社会的であるが故に普逼的なのであり︑その逆ではない少二云う︑この
一26一
パ
詩詩鋸鰭.のA叩題をl +i;︐ではそのもの少・しげLは止目定ユ3・るにも拘らb他方藁・琴であ・の
私
霞竃ボ蕊齢ば翼竃謡鷺刈鷲緯籠 竃讐鷲鷲雪已ぱ鵠雛藷翼運籠誤竃竃顯 の竃︑それは︑実は彼の田心喜・その論誓おいて菩禁既に前提・喜でおり・︑訂藁呈の如き主
げ
口
詩う.たgmtsRrをユ雨汲するにwコり︑ゴの如き主張を杣緬酷・に一不し・しい I︐デ︑ル三の言雲多へ取・上
ズはい︐かも知れない.;の蓼は︑それが社会の成員の全部︑あ・い9くピ芙多欝§的でない
翼講霞誘翼︹恒.糞責い饗霞ド竃難藁
て
當弓竃△鐸纏ぎ峯釦﹃Φぬ一⑦.エ.la一一uthode sociolog・iq.u..ρ官⁝ぴ匹ぎデ.Φ.三c・︶
傾
設魂藁霞竃﹄鷲鷲霞竃畑竃靴聾ぽ竃る
(・ i−b−id・p・!2・note ︶. .
そしてかかる社会について
「社△云は︑・・ての・よ︒こ三藁を迂貢で作・れξ三し・見いだすものξき・社△冒らその糞を作
.
一一一27一
っ て いるL︵1︶°la division du travail. s°cial︐sept.ietme editi.Qn;1960︶ ︐
さてこのように主張すろデtルケ︳ムの社会学に対して一つの批判がなされている︒それは︑彼の社会学は﹁社
会実在論﹂であるといった.批判であり︑それに対して︑デュルケームは社会を超億入的た実在としたのではなく︑
社会は生き生きとした活動的な梧性的な伯人から生じており︑それゆ之彼の社会65へ事実とは︑信人から生じた社
ざ コ会の︑しかしそうであるとしても︑個人に対して趨情人的にある客体としての社会の制度など︑かかるものとし
てある行動様式であるという反批判がなされる︒例えば尾高邦雄氏などによってなされる反批判がそれである︒
確 か
にこの反批判は︑そ71を言葉通りに受けとれば︑その限りでは正しい︒事実デュルケ−ムの社会的事実は社
会そめものの個人に対する一切︑例えぽ慷羽宕︑道惹︑宗教などといった如きもの一切が伝人に対して示している
作 用 様 式 そある故︑まさに以上の如く受けとることもできる.したがってデュ R︐ケ﹂ムの社会学が社会を個人に
対とL窪買的な主汰♪こて実在さ芸実在誇で山御る少亘純に断定しし吉琴︑﹂少・はできない○・ ︑・
しかしデニ九ケームの社会学がこ.のよ・うに社会実在論で吐ないということを認めるとしても︑社会実在論とす
る批判﹂に対する反批r判をもそのまま認めることはできない︒ 1言でいうならば︑デュルケームの社会学が偲性的に
生き生きとし提人によぞ営なまれる社会を拒き示したど・いう点に関レて誓注全く逆である︒デ・ルケ去
によって措き示される便入左は︑この点に限ってのみ結詮的にいうならば︑右縫的・︑心亘的︵2鷺ロ一︒︒辿芝
hic
qu
e)
°抽象体である︒そこでこ⑳点を先ず・明らかにし.て私の問題点に進むことにする︒ し
彼によゆて示される億人︑社会的に.実在するどみら︑れる個人は実は社会的なものによって埋めつくされて﹀る
個人である︒彼の言葉をみうととにする︒ ﹂
「億人意識の中に存在しないものは社会生活の中にも存在しない︒こういったことは明白な真理である︒けれ
ども個人意議のうちに見出されろほとんどすべてのものは社会から生じてくるのである︒⁝・:⁝それらの崇識の
諾 状 態 は
一般
に
人間の心理的性質からではなく︑人々が一度結くD assoCierするとき︑大なり小なり人の数と
一28一
接 近
の藍ロに従って相互影誓合う形式から派生するものであ・L︵°ivisi°三二命︶・
さらに
・
濱藩治竃諮繰概鐸竃蕊謡︵藷設雛⁚縛講濁も
ロ ひ
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ロ
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ぷ ゆ ふ
む
J. G︑﹂な言巽か︐みる限・︑芙の土旭識の大雰を占めてい・ものはま・に社ム云的なものである・それゆえ
社会において存ξ・・なL・い−Ri−i Vいる偲人は社会曽.p gi y︶−6 て︑ほ・ん・埋三くされたものである・〃一こ
ろでこういった億人に関して次の如き言案もまた見いだされる︒
「社
会
響睡緊鑑蕊義纒遷蕪駆難鵜疏灌
的蓼竃人的に表嬰5・勾.﹂・︑つ言社会鶏象の偲人的表・・︵⁝二・㏄・①二⁝priv6es︶恒 難
蒙露霊露蕊嚥鷲許認竃設︑設はそれ・を社合︷的.心」.
..三アユルケームのいってい・◇.﹂♪ほ︑個人が社会的な様・の魏を昌のもの・して外摸わ義合・そ
肋
麓
品誇 雛誌舳懸誤誘○い賢ビ請醜⁚詑詫詩島当講甦蕊顯舗記ぽ潔ジ 認#
謬 渓
読鑛
雑
請醜已蕊畷巽甦歴設霞り請ほ繧ロ誌富品一29一
理 的ζ三鷺・嘉でぎZ︑︑彼芯三Σのである禁芒︑曇︑被鶴会馬し轟人蒜自な個
性をも三・の・して示レ蒼よ曇心わせ瓢の﹂を邑てい・つ・しかしCの点.・てが重萎Cセ︑ x︑のぷ
に お い
てこそ.問.題が生じてくるので.あるぐ ︐ ・..︑︑.・.︐...・︑..二︐・...ご
個人にむて示ざれたもの︑また更竃レて示されζの︑・そ聖社会酌・心理莞﹂もの少云書限り︑個
人 に お い て社会的なも?芯理的至⑳むっ゜三つ霞域区分雲・三お叉..﹂れ三ソ﹄九ケLム自身二つ
の
纂︵ へdeux regnes︶と三曇りζゐ︒と・ろで・三点提係と人彼が社会学膓いて語って︑Σ言゜
葉をみI︵eと︑次のようである︒ 〜 ^°一 ..二 ∵二.r . 一..︑.°.^w. .﹂..三゜ン
成・れている整︑.C・ρ蓼窟会董プ£でξぐ三した竺︑芸江皇迫富芸系︵日否冷.︒二自﹇.c二 「社会的諸現裂本欝特性は︑そ・芸稼人意ぎ上泉部か三︐種霧墓芒うるよう劣ξい喜一・
牛・
記藁鰐蘇顯ム霞峯籔いとい三・竃書裂す曇曇の°迦
独自性を主張してい・・つ言繧おいては心理的・み警れ・ものは社会的なものから︑・たがって社会学か
ら区別され習除かれるのである︒そ・でそれ゜のみが社会学の蓼レ元る社会的なもの︑つまりム﹁までみて.﹂ら
れ
たところの︑個人の内面呈いて苔分を占めbCe i︐Pわれ・と・ろの社会的なものを個人か§り質︐個
人 は た慈駕なもσ・︑社会学の対竃はなえい心藁なもの︑それだけ霞・れてし古言︒碇か旨人は社
会69なものを・しかも彼のいう如く︑自己の内部実部分を古めるものとして自己内にもって・いるひ.﹂め.予﹂ρ濠充分に認めら曇ばならな▽しか是人nそれ高時に︑まさに個会個人・いわしめゐ藁的たも烈︑壷性.
を・ それがデ・・ルケ去の.いう如く︑たと志理65なものであ・三してもーもっており︑砲含.﹂れら二つ
のものを自︑匡・お・い︑て竺墓︑.その統゜1・ .︿tおいて自己を社会的にと同時に︑また個性的に生かしているのであ
り・このように存在するレ三うに・宕︑社会に生きる値人の個人たる所以が︑個性の個性たる所以があゑi: YJあ
る︒しかしデュルケームが個入をその内的構成の点で二つに区分し︑伯人の内面の大部分を占めるものとしての .︑︑
社会的なものやみを社会学の一対象とする限り︑彼が彼の社会学の領域においてみる値入とはまさにこのように区
分された三の社会的なもの少Cてのみの個人であるにま.なパ♪一.﹂ろで︑.︑*︑福題毒るのその婁的
なものであり︑そ護︑・警・れば︑. iEk人集来内在・なぷ只個人緩して4在習もの︑強制的︑翼的
麹ロ翼誘舗顯鱈鷲⑭バ興釆蕾欝鷲ダ叡鷲叫運謙林競誌ゴ︑ なものであ︒︒少.するレ・︑A︑ま雲われ・ξ偏人におけ・社会的窒の︑あ巴は社会欝潟どレ完みの︑怖︐.
ね ば
ならないこ・三なる︒・それゆ柔・の社会的なものを個人から取り除き・まさ篇入聾ジぷ蘂るも窪ぞ︐.︑
ると︑それは全くのところ︑偲人において区分された他の一つのもの︑すなわも心理的な心の︑.だだそれだk.に − :
璽︹バ慰⌒議⁚灘議繰⁚一議難涜
い
曇先に︑純粋に個人・いっ姦・ム︒窪人・は︑デ︑ルでこお三し靖欝ぷ駕裏態膓る・い.
た のも︑こういっだ点においてである︒彼のいう個人は真に値人としてある信性的な値ん.といわれえない⁚のであ
る︒ ・ . . ︐
さて・うしてtデ三ks −− ︿C社会学を﹁社会庄天套醜﹂とみなす批判爵する反批紗が示す見程褒を生ぎ
生きと生きるものとみなす見解に対して︑それをそのまま肯定する.ピとができないという私︐の見解窟拠もまだ︒げ︑︐−
三ごれた.﹂ツ庭なる.lts TL︐Rケー込によそ示されrる伯人と芝⑳よう・権性的に生きている個人ではなく︑た
だ掠象的に措き示された有機的・心理的佃人であり︑iかかる危入は社会κは真に実在しない個人である︒彼によ ・︐
・ て
示されるものはただ社会的であるが故に︑普逗的であるとみなされ痴社会的婁ゴ天・それのみである・それが
個人を動かし︑また彼に云わせると傾人を個人たらしめているのである︒ここで問題とされるのはかかる普遍 的 な社会的事実である︒が同時.にこれと関漣して︑合︐まで個人に関してみてこられた二区分的思考法とその論理
もまた問題とされるのである︒
しかし偲人についてこのようにみてくると︑当然のことながらデュルケームやデュルケミアンから批判がな
されるであろう︒窟かにデュルケームは分業によって成り立つ社会における億人について自由な︑値性的な在り
・
万をみているようである︒そこでこの点について彼の﹁分業治﹂における主張をみると次のようである︒
何「ら摸介なしに個人を社会に直接結びつけ﹂︑ ﹁我々の侮性が零である﹂程にまで﹁共同意識︸①8ロol
ci
en
ce co=ectiveが我々の意識の全域を完全に覆いつくし︑これとムロ致するとき最大限に達する﹂連帯︑す
なわち﹁概械的な︑あるいは類似による連ij.ーe.l ︵Di vis1on︐.p・ 9 j−1 00︶ G社会に対して︑ ﹁個性というも
のは︑このようなti︵同St ﹈a︐ ・coヨ:rpu:n一aut°c が我々︵個人−筆者︶のうもに場所を占めることの少ない
場A三初めて生まれるものである﹂︵一σ三三c三︒しかしこの億性が最も発摂され︑る社会︑..﹁億人が竪芸.﹂
構成している諸部分に従属しているから社会に従属している﹂ということができる如き連帯︑すなわち﹁分業に
よる︑あ.るいは有機的な連帯﹂による社会では﹁二万においては各侭入は︑労働が分割されればされる程社会に
ますます密接に従農し︑他方各恒人の活動は茸・門化されればされる程ますますg人的になる﹂︒そして﹁この諺
合︑我々が受けている束縛は︑社会全体が我々の上にその圧力を加えるときよりは軽いので﹂ ﹁その束縛は我
々
の自発性から生じる自由活動に︑より多くの余地を.残している﹂︒それ故この﹁社会は︑要素が固有の活動をよ
り多くもつに至る程︑同時にますます活動するζとがでぎ﹂︑従って﹁全体の個性﹂と﹁部分の侮性﹂とは﹁同
時 に
増 大 する﹂︵ibi.d°p.101︶のである︒
デュルケームの主張はこのようである︒
しかしこ亡で示される個性︑ますます培大し発挿されるとの如くみられる億性︑それは明らかに桧能ざ9ご︒ロ
一32一
J
︐にお已みら塾c纏で膓.r今示された碧言︒葉の中で﹁各人の裏は講化されればされる程ますます個人﹂
°的になる﹂コ︼︑ac t:i vi t 6 de chacun − as t・ dat二ant plusper㏄8牢品二︹ρ広φ二︒c⑭ヴ喝言¢誌罵9①=もポ㌻.
t
といわれている︒.﹂・のように個人的になるということは︑まさに各個人ゐ活動が専門化゜されるというヒとである︒t t− − 1−専門化されるケ﹂とによる個人化︑﹂偏性化である︒伯入は専門的な機能をもつととによってまさに侶性的であると.°
云
われ
て
いるのである︒個性とはまさに専門的な叢能の面においてのみ︑点においてのみみられる個性である︒
従って︑ジ﹂の偲性は︑.値人としての入間としての侭性ではなくして︑・機能的な︑・穣能的に働く人間の特殊的専門
︑ ︑.性であり︑入間と嬉能人︑機能的な入間という意味での人国として︑入間乞云うよりほ教師と突判事とかt :
. 技術家とか︑更には課長︑部長といった細分化した専門的機能老である9それゆえヒうした入間︑また偲入は人
間としての人掲ではないわけであり︑この結果と・こで問題とたるのは︑この人間としての人間が捨象されている゜﹂
・というケ﹂とである︒例.託ぽ教師であるとともrV︿間であるといった入借としての教師︑rヒうした存在がみられねばな ﹂
らないのにも誓ず︑専門鶉能の点においてのみみられた人票彼・おいて存在するのである・それゆえ・°IJ co?
ういった意味において彼のとらえる人間︵借人とはまさに抽象的な入借︑個人なのであ万︒ ︑tt j
とト﹂ちがとうした人間︑ま.た個人が接近し合って一つの社会を作咋ていくときの︑をの接近の根拠について彼
は次のように云う・のである︒
. .﹁分業は対立させると同時に結合させる︒分業は︑それが分化きせる誌活動を集中させる︒それは︑それが引・
き壁3ものを接近させる︒・競争は・ち接近を惹き起すヒとができなかPたが故に︑この接近は予め存在していた−
ものでなければならない﹂︵﹈︶一鴫↑¢↑Oデ℃・N⑦C︶︒ ・:ノ︑ −:. ・. 二 .∴・
F分業は既に在る社会の内部にお︐いて生じる.︑.こめヒどは︑社会の内部における諸個入が相互淀物砦的に結合︑
していなければならない・.﹂とを全く麗.純に云・ているのではなく︑誌個人の問には道徳的な結び糸︵昏゜°二゜5二
.. .∋缶吟四已×︶が存在していなければならないヒとを云っているのである﹂︵一三全る・2︐6・0−261・︶ o
.
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︳
φ h .
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:
ここで明らかなことは︑分業がその一面においてもっている対立競争が接近を惹き起さない故に︑バ接近は元々
から予.め存在していなければならず︑この捗近の結び糸は道徳的力動的︵ dypamiqき ︶紐.帯であゐという
ことである︒それ故彼は︑分業ぽ対立させると同時惚結合させる乏云いながら︑.実は道徳的な結び糸を︑しかも
既
に存在したものとして︑捗近の前梧たらしめていることになる︒従ら・て彼は︑・﹁社会生活は︑あら19る分業の︑
翌褒す・が︑分業警の社会生活を暮とす・Q︒︐.ー・の社会か百・︑.盆芳に.・︒︑ンし統三覆緩てい・
曇裏膓﹂三ξ.261︶ Nさえ言三︑あ・︒︑分業慧原・あ・社会を剛提・してい・ゐわけで熔︒︐分業濡董←で蘂会生澄︑分業にさc璽墓つ墓らc9s︐︿ekl会曇の外部に存奪ズる.三\あ.令.︑.言して彼雲・てど盆三よる有欝漣帯皇亨淫哀それ以前に存在する社会︑即ち彼によ.れば﹁類似によ.る︑あ
あり︑そ益議の・とながら︑三社会︑さらξ彼の・いう社会的事ま︑黍的ほ分蓄ぎ︒ものではな るいは機掠的連帯﹂に基づく﹁共同社会﹂における道徳的紐帯とそれによ︑ゐ接近によ︹て可能とな?ているので:
いことになる6こうしてここで明らかカことは︑分業社会における個人は二方では社会的に専門化された機能に
よって︑他方では値人にと.って外在的︑権威的︑拘京的な既存の社会的結び.糸によつて埋めつくされている.﹂と
である︒そしてデdルケームにとってはζの点の主張こそが頚いでもあったひである︒・ .− . .三︑
社 会的事実の外在性︑拘束性︑強制性は︑彼が社会学を始あるに当つて.常︑に何よりも先ず強調したもの・である︒
そ れ
は個人に対してのみでなく︑現存社会に対してすら予め存在したものとして外在的︑拘京的である︒それ故
それは親実に対して外在的な別穏の狛自の存在領域のものとしげL存在するようにみられねばならない︒云いかえ
れぽ︑それは修人に対して︑また分業にょる社会に対してすら外在的︑拘束的な独自の存在領域を形づくり︑し
かも佃人や現存社会の存在根誤︑行動︹作用︶規錐︑価値拶隼として存在することになる︒それは︑云ってみる
ならば︑プラトンのイデア︑またはイデア界に相当するものと考えることができる︒デriルケ−−ムの思考法は明
らかに二世界論に立っている︒事実彼自身この点に関係するプラトンのイデア︑イデア論を評価して次のように
一34一
.
゜ L
云
つ て
いるのである︒ ° °二r ﹂ ^. ...ニ
ジ﹁或る古のをas念づける.﹂とは︑同時κその本質的な要素をよりよく理解し︑そのものを$il±tota1it°・のう
ち κ
位 置
せしめることである︒何となればt文明は︑各々自己が特色づけられている概念の組絞された体系をも
るの乏伺じ境地にある︒健入09精神はそれらに同化しようと努める﹂︵p°ひ男゜§三黒ヨ゜︒幹巴曇合.言 三ぼ治ゴ惣︒°.ぶ宏怠亘慧憲ん霧莞︑三よ三二ご柔柔量窓琳レ言
vie religieuse岩波文康何三三四頁ー傍点は鉱者︶︒ ・・ ° 〜
「
詮 理 的 思霞︑人が感覚爵髪ξ・こ三磯ゾ宕象を超えて籠の共霊である欝一蓮念の世界を考
えるに゜至る窟お゜いてのみ可能である︒弘・憲曽誉三とは︑篠ごれは78叢ゑ薩までは非人格的な様式
・︒斐馨と§・︑・三が§の二三竃であ・︒しかる隻蔓的生苫・入匡覧的外見と別6真・ で考.量ケ﹂と竃る︒それ6かた豪彦4からと﹂三・・ピ三︒↑・三・;二・二・︶考えることであ
理暮窒︒・る.﹂とを少くとも不明瞭ながら弩ている・とを明白に想定していゐ︒しかしどうしてこの慧に到
芒えたのであろうか︐.・.三..われら西洋の世逐﹂はギ・・シ・のる態家と港初めXJ ﹂れは明朗旨らの意識を
芒︑A己んでいる帰結をξたので方c︒そし〆L発見がたされたときには︑それは愁きであ.つて・ζの驚きをプ
ラトンは荘重な言葉で訳出㌧たrのである﹂・︵同前︑三三五頁︶
.」
のようにデ三ケ去の二世界論がごフトンのそれに琵されうるものであることは明らかであり・以上の
引 用 の
莞三ものは.﹂の.﹂とを端的に示している︒と・三で・れらの言葉が示しよる・とは概念によ・て物を
考.え・り︑また物を揮念づけるという.﹂と︑そ﹄c褒的曇素をよりよく珪解・て︑そのものを総体︵全体︶の
ff SJ位宿せしめるという.﹂とであり︑・の・とを実はブラ膓が±アア︑イデア詮を示すことによ・て田πしたと
いう.﹂とでgり︑デュルケ去が︑プラト・が荘重な三萎訳出したというきろの事柄︑即ちイデアを示した
という.﹂と︑物の褒的髪素姦念によ・げ︑理解し︑それ茎体の中に位置づけさせるということを・まさにイ
一35一
デアの見地から・﹁永遠の暴から﹂考える・ととし毒解し︑受けと・ていると云う.・とである︒彼の行って.
いる思妻はこのような思考法である︒・う七て呈姶いて鷺みられた如き性質をもつ彼の並.遍的な社会的
婁はr永遠の見地L︑領域にあるもの︑まさ・プラ・・のイデア婿当するものである︒.フ一フ︑.ンのイデアは︑
価体爵して独自の世界ξ・ており︑外在的︑拘束的である︒云いかえれば︑それは繧に対・てその存在根
拠
であり・認嚢拠であり︑物が真にそのものであるための纏馨でありまた人間の行動に関.て云︑えば︑
そ の 行 動 が
真元︑正しい行鋤であるための行纏式︑親準︑.典型︵苫.套臼︒雪︒.︶であった︒デ・ケ去の
社
会的事実とはきに・うい三馨︑社会が社会であるための︑まだ社会・おけ・人禦かかる念としてあ.
るための模範・典型である︒ . 一.
要するにデ・・ルケG思考法︑論慧︑虞入畠してみられ左.匡分や今みられた社会的事実のZフトンの
イデアとの蕃性の点で︑明らかに二世界論︑二区分の詮理によ・ってい︑るのである︒.それ故.・うした論理によっ︑毒え出真た社会的挙実蒙さに並・謁なもの︑しかも繋社会的なるが整普逼的であるというよりもむ
しろ逆に普請セあるが故喜遠的であると云三﹂とすら出来る程に︑並.遍的なものである︒そ.﹂で.﹂の点につ
い て 彼 の 思 考
法をもう少し彼の言葉そのものに則しながらみていくことにする︒
彼援自身の主張を裏づけ確証するために歴史的な考察をする︒彼の﹁分業詮﹂もその一.つと云えるが︑後に
発
表さ
れど︐宗教生活の原初形態﹂や﹁分類の原初形態﹂︵穎§ξ・三︒§⑲㊦︒.§zゆひ︒Q£①防︒三6心︒.︒ロ.
190
1−−−1902︶もその成果であるのであろう︒とζろで・のような歴史69研究により︑彼は社会を﹁社会ご︐ ︵ 1︒−
ω 七§°三三・︶とみなすのである︵REg1esる\?ミ︶.・三で云う社㊧の穫︑それは震念である︒そ
れ は
「長い間今を対立・三た二つの反対軽念﹂︑類︵並・彊︶桔念とそれに聾5る値別概念との﹁中間項﹂とし
て
示されるものである・例えば人類というのは類︵普逼︶概念であり︑一郎︑二郎という佃人は個別概念である
が・呈人というならば︑それ纂翼である︒呈人という栂念は呈人とし七︑三︑二郎という個︿ LJ対
一36一
して普這的であるが︑同時に人類に対しては偲別的なものであると云った意味で種概念である︒デュルkx −.ムが 社 会を.キ︑5いつた意味での種として把えたのである︒ ﹁この蒙念は極めて有益であって﹂︑ rそこには実際真に 科
学的なあらゆる研究め要求す・三様性︵三三ふ︶と諸事実のうちに与゜えられる多様性︵ご匹ぎ・︒一呂︶
とが結びついている﹂︑と彼1﹈e IFI Jつ ︵ibid. p.77 ︶ o併し彼がこの種概念をこのように類︵普追︶と個との中
間項として単に諺式的にのみ把えている限り︑即ち相対立する類︵普逼︶と儘の分離に対してtそれらをただ形
式的に結合する゜ト﹂とによって︑頚的であると同時に但的でもあるといった概念を提示する限り︑彼の思考法は明
らかに形式藁の立援あり︑それに従っていると云わざるをえない︒確か纂慧訂もの監定されえない
重萎標念であり︑彼が社会姦とじで把握したことは注目に価する︒併し問題はこの種が類と個との中間項と
して如何に成立し存位するのかと云う点︑にあるのと同時に︑この成立存立の仕方を穏そのものの内において︑即
ち 現 実
に存在する種そのもののう・︒にあろ普逼的なものと個的なものとの相互関係全体においてみなければなら
ないと云う点にある︒デルケ−ムはこのと乏を︑社会を穫として把握するととによ・て︑そ㊧としての社今
のうちにみようとしたのであり︑この試みの点では彼の考え方は正しいo併しこのようにみられる種︑即ち社会
のうちにおける普逗的なもの︑即ち社会的事実と個的なものとは二分され互に外的な関係のままにおかれてお
り︑更に社会のう鴬覧欝いても社会的なもの・心理的なものが二分・れ︑・かきCちの社会覧もの・
の み が 社 会 学
の対
象とされる︑﹂とによって︑完全に分離されたままであることは既にみられた通りである限り︑
彼が蓑・置2蟹・.・ての種の存立義そのもの︑のうちに・み・う・してい・にも拘緊︑その見方∵把え
方︑つまり普逼と個の結ムロの仕方は依然として形式論理的であると云わざるをえないo類的でもあり︑個的でも
ある種︑類的なe..の゜乏個的なものとの統︑1;類的要素と個的要素をともLJ自己内三式いて合わぜもち・しか.︵p ・l三竺体をなしているそのものが︑彼ξい憲た墓と偲との纏的折衷的なものどし三び出されていを
隻︑・ジ.ない︒彼の思考においては誉いケものとeeというものが既にあり︑またその中間に種があると云・た形
一 一 ・
一37一
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形 式 的
構成︑叙述になってしまっているのである︒ .ax
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」 ︵罰●︑gIes i・p.74 ︶.9
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鑓竃羅ぽ︸ほ分︒︑三会と理謂の関湾察力弓弓れ蕊た璽とにかく以上の詮述を違して明らかLJしようとしたこと﹂は︑デ・ルケ.こが社会的事実を正ゴ.にも事実としてe
即 ち
物として認めつつも︑他方彼の思考蒙形式肇寝もとついてじ﹂が故任︑〆彼の注張伯体に震を藁とみ
な す
如き論理矛盾が生じ︑また社会と個入を二分し︑億人を全く抽象的恒ものとし業しまつたことであり.・この
ことを知ることによって︑我々が社会学︵伯の諸学問においても同様であるが︶に携さわる際︑.暗に前提とし︑
用 い て いる論理が如何に大きな頗定作用をなしているかをみ︑この賠黙︐の程の鈴理が改めて反名されねばならな ・ い
であろう芝云うことである︒そしてこのようにデコルケームを取り上げたもう一つ理由は︑政治︑や緒済の面で
の
構
造と生活の面での樽造との璽いわ膓二墨造化・てい・現代社△gtそして奨もそ・において纂能人
としての人間と︑人xgとしての人宮に分裂している現代社会を考えるとき︑デ・ルケームの社会学は私にとって
︒のような惹味をもっ妻碧かを問い︑また彼の社会学をみる・AJ S︐; ;;︐ gて社会学が私爵しンLどのよう繧
ね
返り︑その姿をみせイ︑くるかを知ろう8いうことであった︒つまり社会学は私にとって如何にあるべきかと
いう私の問を︑デュルケームをみることによって反省し︑追究することこれが私の詮述の目的であり︑動機で
あ
っ
た の である. 以 上
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