シルクロードと中国の観光開発 (公開シンポジウム
「シルクロード」は、いま‑‑中央ユーラシアの現在 をさぐる)
著者 小林 正典
雑誌名 東西南北
巻 2008
ページ 6‑17
発行年 2008‑03‑15
URL http://id.nii.ac.jp/1073/00001364/
今日は、日本から見てシルクロードに一番近い位置 にある中国の状況について話させていただきます。
──中国社会の変化
シルクロードについての私の個人的な体験から申し ますと、学生のころに
NHK
の番組を見て感動した記憶 があります。当時は、シルクロードに行くことは容易 なことではなく、相当準備が必要でした。あるいは中国自体、観光であっても、いろいろな地域を自由に回ることがなかなか難しい時 期であったと思います。まだよく知られていない中国の内陸地域にカメラが入り、
テレビに映し出されるいろいろな映像を見たことを契機に、非常に強い興味が湧 きました。いつか、ああいう地域に行ってみたいと思いながら、そういった関心 はいつしか薄くなっていたのですけれども、その後、自分の研究分野がアジアの 開発や法制度の問題となり、地域の固有法と国家法の抵触問題、開発が伝統的慣 習に与える影響などを研究するようになりました。
今、中国にはいったいいくつの法律があるでしょうか。数え切れないほどです。
改革開放が始まった当時でしたら、一冊の本に収まるぐらいの分量しかなかった ものが、大変な勢いで制度化されています。その一方、内陸地域の中では、まだ 昔ながらの慣習やルールを維持しながら生活をされている方たちがいます。そう いった方々の状況が、果たしてどうなっているのか、ないしは中国が採っている 民族政策の展開について、こういう事柄を端緒にしながら研究を進めてきたわけ です。
最初は比較的日本に近い内蒙古や貴州などを調べておりましたが、開発がどん どん進むにつれて、伝統的な慣習やルールを維持している人々の地域は徐々に奥 地のほうに移っていきました。
そういう経緯で、本格的に研究を進めていく環境としてチベットを選ぶように 公開シンポジウム:「シルクロード」は、いま
シルクロードと中国の観光開発
小林正典 所員/現代人間学部准教授
なったわけです。今でも憶えていますが、2000年の初めあたりに、まだ青海省の 西寧では、馬に乗って移動している人がいたり、僧侶達も昔ながらの生活を送っ ていました。それがたかだか3年ぐらい経った後で同じ場所に行ってみると、馬 がオートバイになり、僧侶達が携帯電話を持っている状況を目にしまして、ずい ぶん変わってきたなと痛感したわけです。
また、チベット自治区内の街(ツェタン)に行き、夕食をとろうと思って宿舎 の外に出たときのことです。そこは大きな道路が通っていますが、商店はそれほ どたくさんありません。ただ、その中で煌々と光に照らされている場所があって、
そこをのぞいてみますと、いわゆるインターネットカフェでした。インターネッ トカフェに行きましたら、大人もいますけれども、7 〜 8 割は中学生か高校生ま での若い人達です。ネット上で、いろいろなゲームを探しながら遊んでいる状況 を目にし、いよいよ、こういう地域にも開発の影響が浸透しつつあるのか、と痛 感したこともありました。
──中国観光業の発展
さて、今日はシルクロードがテーマです。シルクロードといっても広いもので すし、その中でも私が行った地域は限られていますが、そこでの変化を見ていき たいと思います。新疆などでは、とりわけちょうど一昨年あたりから準備作業が 始まっていますけれども、5 カ年計画が新しくスタートしています。そのことと も連関しますが、今中国では、少数民族地域の開発を観光によって進めていこう という気運が高まっています。
新しい状況の話を前置きなしに申し上げても、ピンと来ないという方がいらっ しゃるかもしれません。というのは、90年代以前の中国からみると、いい面でも 悪い面でも、ずいぶん政策が変わってきているからです。それらの政策がうまく いくのかどうか、かなり不透明な部分もありますが、少しそのことに触れた上で、
本題に入っていきたいと思います。
つい最近の11月17日の記事*によると、中国の観光客総数は、2015年には延べ 30億人前後に達し、2 兆元規模の売り上げになるとのことです。中国のこの取り 組み方が、一体どれだけ大規模なのかを見てみましょう。観光局も商談会などを 頻繁にやっています。観光は、国民経済の中の重要な一分野と位置づけられたの です。
以前、観光はレジャーあるいは余暇生活ということで、どちらかというと、国 民経済の主幹部分に位置づくとは言いにくかったと思いますが、今では観光業は、
中国にとって非常に大きなウエイトを占める産業になっています。国民経済の中
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*「人民網日本語版」2007年11月17日付記事〈http://j.peopledaily.com.cn/2007/11/17/jp20071117_79822.html〉
で重要な位置を占めることが、公に示されてきているのです。2015年に、中国は、
海外からの観光客の受け入れで世界 1 位の国になるでしょう。さまざまな地域か ら人が来るだけでなく、中国からいろいろな地域に人が移動していくという状況 も生まれています。
日本から中国に旅行する人も多いのですが、観光客収入の状況を資料の「観光 客・観光収入」という表で見てみましょう(図表01)。
これは 8 年間の推移を示していますが、今お話した通り、観光客数が伸びてく るにつれてその内訳が少し変わってきています。
本土以外からの観光客の中で、外国人の占める数がここに出ております。まず 1999年を見ていただきますと、何といっても最大の供給国は日本であったわけで す。日本からの観光客の数は185万人余りで、すごい数ですが、これをずっと右 に見ていきますと、当然その数は増えているのですけれども、2006年を見ていた だきますと、日本が374万人で韓国が392万人となっています。8 年前には日本の
1999年 2000年 2001年 2002年 2003年 2004年 2005年 2006年 観光客数 7,279.5 8,344.3 8,901.0 9,790.8 9,166.2 10,903.8 12,029.2 12,494.2 外国人 843.2 1,023.6 1,122.4 1,343.9 1,140.3 1,693.3 2,025.5 2,221.0
日本 185.5 220.1 238.6 292.6 225.5 333.4 339.0 374.6
韓国 69.8 134.4 167.9 212.4 194.6 284.5 354.5 392.4
ロシア 83.3 108.0 119.6 127.2 138.1 179.2 222.4 240.5
米国 73.6 89.6 94.9 112.1 82.3 130.9 155.5 171.0
シンガポール 35.2 39.9 41.5 49.7 37.8 63.7 75.6 82.8 フィリピン 29.8 36.3 40.8 50.8 45.8 54.9 65.4 70.4 英国 25.8 28.3 30.3 34.3 28.8 41.8 50.0 55.2 ドイツ 21.7 23.9 25.3 28.2 22.2 36.5 45.5 50.1 香港・マカオ 6,167.1 7,009.9 7,434.6 8,080.8 7,552.7 8,842.1 9,592.8 9,831.8
台湾 258.5 310.9 344.0 366.1 273.2 368.5 410.9 441.3
国際観光収入総額 140.9 162.2 177.9 203.9 174.1 257.4 293.0 339.5 図表01 観光客・観光収入
(単位:万人・回、億米ドル)
万人・回14,000
12,000 10,000 8,000 6,000 4,000 2,000 0
億米ドル350
300 250 200 150 100 50 0
◆ ◆ ◆ ◆
◆
◆
◆
◆
1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 年
◆ 国際観光収入総額 観光客数
出典:21世紀中国総研編著『中国情報ハンドブック 2007年版』蒼蒼社、2007年、482頁より作成
(原典は、『中国統計年鑑』2006年版、『中国統計摘要』2007年度版)。
3 分の 1 強にすぎなかった韓国からの観光客数が、今では日本を追い抜きました。
私も中国のいろいろな地域に行ってみて、場所にもよりますが、韓国から団体で お越しになっている方々を見かけることがありますし、韓国からのお客さんが増 えているという話もよく耳にします。
もう一つ、韓国の下の行を見ていただきますと、1999年頃のロシアからの観光 客は、韓国よりは多いものの、やはり日本の半分以下の83万人余りでした。この 観光客数が、2006年には240万人という数になっています。ロシアの経済発展は いろいろな所で報道されていますけれども、こういう観光客数の増加を見てもロ シアの大きな変化が見てとれるかと思います。
その他、米国などの観光客数も多いのですが、三大観光客供給国といいますと、
やはり韓国、次いで日本、さらにロシアと、こういう関係になっています。英 国・ドイツも、かなり増えてはいますが、全体の中で占める構成比率からいうと、
圧倒的に韓国と日本とロシアです。とりわけ、韓国が非常に伸びている、という 顕著な傾向が見てとれます。
このような変化の中、中国は国内の観光客についても、これからどんどん増え ていくという目算で、いろいろな戦略を打ち立てています。もちろん外国から来 る観光客も多いのですが、やはり最も多いのが国内の観光客です。中国人の所得 水準が高くなり、なおかつ観光客数が毎年10%以上増えていくという公算を持っ ています。
そのポイントとしては、やはり人民の所得水準が高くなるにつれて、休暇をと れる人々が増えてきたことがあげられます。もちろん逆にいうと、全く休めない で低賃金で働いている人もたくさんいて、格差は広がっているのですけれども、
一部の富める地域の人々は、所得水準が上がったため、現在、観光ブームになっ ています。これは、数年間ずっと続いています。
対外開放政策、外貨獲得戦略、その他、北京オリンピックや上海万博などを契 機にし、それを見に来た人が他の地域も訪れてくれるように、いろいろな政策を 展開しています。
また生態旅游、これは日本でエコツーリズム、あるいは生態観光といいますが、
自然に親しみ、環境保全を意識しながら、少人数で観光をするものです。あるい は紅色観光というものがあります。これは、中国共産党の革命にまつわる遺跡な どを訪問するものです。紅色観光の観光客の中に革命根拠地で実際に活動されて いた年配の方もいますが、そういう方だけではなく若い方も革命根拠地などに行 くことがあります。いろいろな遺跡を見たりして、革命時期の昔を懐かしむツア ーに、中国はかなり力を入れています。
今は、何でもかんでも開発して沿海地域と同じになればいい、というやり方で はなく、環境保全を重視しながら経済発展を実践していこうという動きが進みつ つあります。それには2000年に始まった西部大開発という、大きなプロジェクト
の影響があります。それともう一つ、胡錦涛政権になって、豊富な観光資源の利 用と貧困格差の是正をねらいとした、「科学的発展観」と「小康、和諧社会」の 実現という大きな政策的展開がみられます。これについては、後で少し補足的に 説明をしてまいります。
50年代に「十大関係論を論ずる」中で、毛沢東自身が工業と内陸部の関係を正 しく処理すべきであるということを述べた後、64年以降、中国は三線建設を推し 進めます。これには、軍事的な緊張が背景にあったわけですけれども、中部と内 陸の地域を三線とし、産業基地の形成を試みました。この後に文化大革命が始ま り、大混乱を経た後、80年代の胡耀邦総書記の時代に、改革開放の流れの中で西 部地域の経済開発と開放政策が進められたことがあります。ただこれはあまり長 期間続いたわけではなく、ある時期に頓挫してしまいます。頓挫といいますか、
むしろ 小平によって、先に東部地域を発展させてから、発展した東部地域が 内陸を支援する「二つの大局」という考え方が提起され、そのやり方が採られま す。その結果、相対的に中西部地域の発展が遅れるということになりました。
これが要因となって、中国国内の格差は非常に大きくなりました。以上が西部 大開発を推進していく背景にもなりますが、西部大開発自体は、21世紀を代表す る中国の大きな政策といってもいいと思います。
──西部地域の開発
ところで、西部地域とはどこを指すのでしょうか(図表02)。
それは、基本的に陝西・甘粛・青海・寧夏・新疆・四川・雲南・貴州・西蔵
(チベット)を指します。これらは、伝統的に西部といわれる地域ですが、現在は これに重慶市も入ります。国務院などは、内蒙古・広西も含めて、新しい西部概 念を提示するようになりました。さらに、どんどん広がって、湖南・湖北・山 西・海南の少数民族地域をすべて含めて西部とする見解も見受けられます。
西部大開発の趣旨は、この中国の地図を見ていただいてもおわかりのように、
やはり少数民族地域を非常に意識した政策です。四川にも少数民族がいますし、
貴州はもちろん伝統的に西部に含められます。そして、貴州の南の沿海地域も一 応入れようということになってきています。湖南など一定数の少数民族を抱える 省についてもこの中に含めようということになりますと、まさに中国の 3 分の 2 以上の地域が、西部大開発における「西部」という概念の中に含まれることにな ろうかと思われます。
西部大開発のプロジェクトを簡単に見てまいりますが、エネルギー資源の豊富 な西部の状況に鑑みて、例えば、天然ガスや電力を東部へ送ったり(西気東輸)、 あるいは南の水を北へ送ったり(南水北調)する政策があります。そのほか非常 に海抜の高いところを走る青蔵鉄道が開通しました。また、新疆ですと、タリ
ム・ジュンガル・トゥハの油田や、精油工場などの開発が進んでいることが知ら れています。
西部大開発に関する国務院の決定の中には、インフラ建設、生態建設など、特 に力のある産業の開発や、構造調整の振興計画が列挙されていますけれども、と りわけ西部地域を訪れて目立ったところでいいますと、広大な自動車道路がたく さん開通しています。意外に思えるような場所にも高速道路ができて、例えば以 前は 6 時間かかった移動距離が 2 時間で行けるという状況が、次第に各地で増え てきています。
そのほか、今述べた政策以外に、飛行場を次々に建設していることがあります。
簡単に一つの例だけ申しますと、私が今年の夏に行った四川省の南、雲南省との 省境にダオチェンというところがあります。稲城と漢字で書きますが、東京の稲 城市と提携しているようです。私が現地調査で訪れた場所の中に海抜4600〜4700 メートルぐらいの地点があり、トレッキングをしながら現地をいろいろ見て回り ました。非常に空気が薄いところでしたが、現地の人に聞きますと、「この近く に飛行場ができる」という話なのです。4000メートルを超える場所に飛行場建設 ということは、私たちはなかなかイメージしにくいのですが、すでにチベット人 の居住地域ではいくつかそういう計画が出ていますし、実際に着工されていると 図表02 中国全土地図
出典:中国まるごと百科事典〈http://www.allchinainfo.com/〉
ころもあって、高度4000メートルの飛行場が、もしかしたら複数できる可能性も あります。
そのほか、環境保護対策ということで、林業あるいは生態建設などに対して配 慮した政策は数多くありますし、資金的にもかなり西部大開発に傾斜した形で政 策が展開されていると思います。
とりわけ、一部の辺境地域の中では、隣接諸国との貿易量が増えております。
新疆には、コルガスという通関の場所があるのですが、そこを訪れた時には、大 型車輌が数多く止まっておりまして、順番を待っていました。そういう光景をよ く目にします。雲南省でもそうです。ミャンマー国境辺りでは、大きなトラック が 1 〜 2 時間通関を待っているという風景が、当たり前のように見られます。
観光との関係に重点を置きますが、1999年あたりで、新疆に海外から訪れた観 光客の数は大体22万人くらいで、国内総生産の5
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6%という状況です。その中で 特徴的なのは、仕事をきっかけにしてこの地域を訪れる人が多いことで、国内旅 行者全体の20%以上を占めていました。西部大開発の波に乗って、旅行者という 形で新疆を訪問し、いろいろな投資環境を視察することは以前からあったと思い ます。それが一般の人に波及し、観光客がどんどん訪れるようになりつつあるの かもしれません。──格差是正・環境保全の新政策
そういう流れの中で数年前から、辺疆地域の開発だけではありませんが、貧富 の格差是正、あるいは環境保全などを重視して、従来の経済成長一辺倒でやって きたやり方を改めようという気運の中から、「科学的発展観」という考え方を共 産党中央が提起するようになります。
これは胡錦濤政権下の指導理念ですが、2003年にこういう考え方が出されると、
これをめぐっていろいろな意見が出され、様々な議論が展開されました。中国は ご存じのとおり、国連の中で常任理事国という重要なポジションを占めています。
国連機関で行われている社会あるいは経済発展のさまざまな流れに徐々に連動し ていく動きが見えてきたと思いました。
その政治的な面に着目すると、胡錦濤政権の採っている政策と、以前から続い てきたさまざまな政策、とりわけ江沢民政権下で採られた政策とは随分違うとこ ろがあります。1990年代から今にかけて、専門家の論調も「右」にいったり「左」
にいったり変化し、中国の動きを追いかけにくい状況がありました。
胡錦濤政権の政策は、発展に伴う負の遺産を解消し、格差是正のために農村へ 支援を行うことが主目的ですので、農村に多くの工場をつくって開発を進めよう というやり方ではなく、環境問題を重視しながら、発展をどのように実現してい くかということに課題が移りつつあります。
そのために、省エネ推進や節約型社会というスローガン、リサイクル循環型経 済の建設が強調されていますし、「小康社会」(幾分ゆとりのある社会)、「和諧社会」
(調和のとれた社会)をつくるために、何をしていくべきなのかが、第11次 5 カ年 計画の中に盛り込まれました。簡単なことではありませんが、どの地域において も、こういった要求を満たしながら経済発展を達成していこうとする一貫した考 え方が見られると思います。
この「科学的発展観」は、今年の10月に党規約の中に盛り込まれました(図表 03)。たとえば、人間開発(Human Development)という、
UNDP
(国連開発計画)が 推進している政策や考え方なども取り入れ、あるいはその潮流に乗るものです。ただ、中国は、市場経済でありながら社会主義を堅持するという非常に難しいこ とを言っています。マルクス主義も完全に捨て去っているわけではありませんの で、人間開発のような国際標準
的な開発の進め方を取り入れな がらも、それをいかに中国の特 色ある形に変えていくかが基本 にあるのだと思います。そのた めに、国際的な潮流に乗るとい う表現は出てきません。あくま でも、これは中国の独自の政策 であるということを強調してい ます。けれども、その流れを見 続けていますと、やはり明らか に、人間と環境を守りながら発 展を実現するために、さまざま な政策の国際的潮流に自らの国 の政策も合わせていくという傾 向が見て取れます。
さて、この「科学的発展観」
の中では、先ほども申しました ように、環境保全が随所で強調 されています。観光との関連分 野だけに限定してみても、監 督・管理をより一層強化してい ます。今まではあっさりと埋め 立てを容認したような場所につ いても、環境保全にとって重要 な地域についてはそれを認めな
「科学的発展観」が党規約に
「人民網日本語版」2007年10月22日
■ 中国共産党の第17回全国代表大会(党大会)は 21日、「科学的発展観」「中国の特色ある社会 主義路線」「中国の特色ある社会主義理論体系」
など、マルクス主義の中国化における最新の 成果を新たに盛り込んだ党規約改正案を採択 した。
〈http://j.peopledaily.com.cn/2007/10/22/jp20071022_78449.html〉
図表03
11次5カ年計画(2006〜2010年)の目標
■(1)マクロ経済の安定的運営。
■(2)産業構造の高度化。
■(3)資源利用率の顕著な向上。
■(4)都市と農村の発展の協調化。
■(5)基本的公共サービスの明確な強化。
■(6)持続可能な発展の能力強化。
■(7)市場経済体制のさらなる改善。
■(8)人民の生活水準の継続的向上。
■(9)民主法制と精神文明の建設の進展。
図表04
出典:中華人民共和国国民経済和社会発展第十一箇五年規劃綱要
──第三章経済社会発展的主要目標
い、といったことを政策的に進めています。生態系の保護という考え方が基本に あるのです。
それから、自然保護区内における開発建設工事、観光開発事業、あるいは鉱山 の採掘なども、生態系を破壊するという理由で厳しく処分することをやっていま す。
もちろん、「上に政策があれば下に対策がある」とよくいわれますように、な かなか現場の実態は、そううまくいかないところもあるのですけれども、第11次 5 カ年計画の中では、環境保全の重視を背景におきながら、ここに並んでいる政策 を推進しつつ目標を達成していこう、という動きであろうかと思います(図表04)。
観光開発との絡みで申しますと、内陸地域では、特にこの「持続可能な発展」
という言葉が頻繁に登場するようになりましたし、あとで出てまいりますが、農 村観光が一つのブームになっている兆しもあります。それらの背景を通じ、いろ いろな政策を合わせて、都市と農村の発展の協調を図っていきます。それから、
さまざまなルールを設けつつ、社会主義精神文明建設というものが果たしてどう いう形で浸透するのかわかりませんが、行き過ぎた開発を少しは抑制していこう という動きも、政策の中では随所に見られます。
観光政策の目標に目を転じますと、観光産業自体は今やもう基幹産業になって いて、非常に重要な位置にあります。海外からの来訪者数の年成長目標は 8 %で あり、あるいは観光収入自体の目標も年12%増という数字が出ております。外国 人の観光と中国人の観光を合わせた収入達成目標が一兆円を超えてくる中で、昨 年 1 月には、当時中央政治局委員であった呉儀氏が、内需プラス成長を達成する ために観光業が非常に重要な産業である、ということを明言しています。
重点的な政策につきましては、具体的に細かな内容が書かれています。「三農」
(農業、農村、農民)を促していますが、その中でも特に「農家楽」というのは農 村生活体験観光のことです。こういうものもバックアップしながら農村観光を推 進していこうという新しい動きがあります。
その他、北京オリンピック、上海万博、ロシア年などは一時的なものですが、
観光企業の人員育成は、きわめて重点的な政策に位置づけられています。このこ とに関連して、民族政策との絡みもありますが、中国の各地域ではいま民族言語 を習得するよりも、漢語を習得する、あるいは英語やロシア語などの外国語を習 得して自分のキャリアに生かそうという人々の動きがあります。
私が訪問した、青海省の中にあるモンゴル人の住んでいる地域のことです。周 りの地域は全部チベット人が住んでいるので、モンゴル人も日常的にチベット語 をしゃべっていますが、少し前にモンゴル語の学習を小学校で始めたところ、保 護者から反対が出まして、「漢語と英語だけの教育にしてくれ」という強い要望 により、モンゴル語はなくなってしまったという衝撃的な話も聞いたことがあり ます。
──新疆ウイグル自治区のエコツーリズム
今日の残りの時間は新疆だけに限定して、観光開発の新しい動きを見ていき たいと思います。
シルクロードは本当に広く、チベットも含まれます。新疆だけに目を転じま すと、重点的な開発地域はいろいろありますが、その中でも特に大きな開発地 域の一つはカシュガルであり、もう一つはハナスです。
新疆ウイグル自治区の開発目標は、海外からの入境・観光客の延べ人数が222 万人であり、これは年率10%増ぐらいに相当するようです。外貨獲得もそれに 相応するということです。国内の観光客は、総数としては海外からの観光客を 上回りますけれども、年率も15%増ですから、より多い増加率を掲げています。
収入にいたっては、年平均17%増ですから、海外からの観光客はもちろんのこ と、国内の観光客にもかなり焦点を当てていることが見てとれます。
具体的な目標はいろいろありますけれども、2010年までに、観光に従事する人 の数が20万人、間接従業員を含めると80万人を達成するという数字が出ています。
具体的な目標として、第11次 5 カ年計画の中から抜粋したいくつか興味深い点だ けを見てまいります。先ほど申しました、
ハナス、カシュガルの観光などが重点項目 に位置づけられています。それから、観光 の主要な幹線ルートが明示されていまして、
この中にシルクロードがきっちりと位置づ いております。まさにシルクロード観光は、
新疆の観光の中で最も重要な位置を占めて います。
冬の観光についても、氷と雪の観光など を全面に打ち出して、いろいろなイベント を展開しています。さまざまなスタイルの 観光を開発していこうという動きがあるの です。その中でも特に重点的な地域として 11の都市が出ております。
さて、この写真は2004年に私が現地を訪 れたときの風景なのですけれども、カシュ ガルでは、古い町並みの真ん中に、どこの 中国の街にもありそうな道路が通っていた り、昔ながらの家が並んでいる場所の横に 観覧車が設置されていたりします。
カシュガルの旧市街(写真はすべて、
2004年3月、小林正典撮影)
カシュガルの新市街
先ほど触れましたハナスは、とても自然 のきれいなところで、いわゆるエコツーリ ズムのベストポイントと言えると思います。
特に外国からの観光客が好むのは、馬での トレッキングです。ここの地域だけではあ りません。中国には、馬で観光する少数民 族地域がたくさんあって、ホーストレッキ ングがおこなわれています。
ここに空港が建設されることによって、
アクセスが容易になります。新空港の着工 は、非常に大きな影響を及ぼすでしょう。
なおかつ、ハナスの観光についていちばん 大きな目玉は、世界最大の国立公園を作る ということです。世界最大ということはも のすごい規模になりますが、そのために新 疆ウイグル自治区も全面的に力を入れてテ コ入れしようとしています。アメリカのイ エロー・ストーン国立公園を上回る規模に なるといいますが、果たしてどうなるのでしょうか。力を入れていることは明ら かで、それに伴う諸々の観光施設の充実を進めているところです。それだけ力を 入れる背景として、かなり多くの観光客がここを訪れてくれるという予測の裏付 けもありそうです。
ただ、それに伴う影響がやはりあるでしょう。たくさんの観光客が来ますと、
環境が破壊されるというジレンマや、飲み水や汚水処理をどうするのかという問 題があります。さらに、観光業に従事する上で漢語や外国語の習得が有利だとい うことになると、民族言語を学ぶ人が減っていくのではないか、という懸念もあ ります。
さらに、私も各地で体験していることですが、先ほど紹介したダオチェンでは、
最近、観光地が閉鎖される事件がありました。無理やり電気自動車を観光地に導 入しようとしたために、馬でトレッキングをするガイドの仕事がなくなる可能性 があり、また民宿は「大きいホテルができたら、客が泊まってくれない」と悲観 し、大問題になりました。そのトラブルが紛争に発展して、ここを当分の間閉鎖 するという結末になってしまったのです。
現地へ行ってみるとわかりますが、九寨溝あたりは大量の観光客が訪れ、昔で したら静かな風情の中で観光を楽しめたものが、今ではまったく様相が変わって しまっています。外部のヒト、モノ、カネ、情報が民族自治地方に流入すること によって、この地域の民族区域自治はいったいどうなるのだろうか、ということ カシュガルの昔ながらの住居群
カシュガルに設置された観覧車
が疑問として出てきます。
最近、国務院は、改正後の民族区域自治法を後追いする形で、新たな規定を設 け、地元の人々の意見を聞くという動きも現れています。環境保全などの諸々の 政策を法整備の中で謳っており、すでに、調和の取れた発展を標榜する「和諧社 会」の概念が表われています。しかし、民族自治地方の経済計画は、あくまでも 国家計画の指導の下にある旨が明確に民族区域自治法の中で規定されており、最 終的には、やはり地元の人々の声はなかなか反映されにくいのではないかと思わ れます。
観光開発を進めるといっても、そこの観光資源である伝統的な風俗習慣がなく なってしまうと、これはまた、観光自体を消滅させることになりますから、そこ で、持続可能な観光開発ということが必要になります。果たして、第11次 5 カ年 計画あるいは共産党の打ち出す政策の下で、そういうことは可能なのかどうか、
疑問に思ったりすることもありますが、事態は動いています。その激しい動きの 中で、新疆だけでなく、中国全土ないしは近接するさまざまな中央アジア地域に もよく似た状況があるのではないか。あるいは、影響が及ぶのではないか。そう いったことも考えながら、シルクロードの発展について、検討を進めていきたい と思っているところでございます。
[こばやし まさのり]