• 検索結果がありません。

近世後期上方歌舞伎における雛子方の活動傾向に関する一考察

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "近世後期上方歌舞伎における雛子方の活動傾向に関する一考察"

Copied!
10
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

近世後期上方歌舞伎における雛子方の活動傾向に関する一考察

武 内 恵 美 子

AstudyofthecastingpattemofOsaka‑KabukimusiciansduringtheEdoperiod.

mdLKENOUCHIEmiko

ItriedthathowdidmusiciansactinOsaka‑kabukiduringtheEdoperiod・Concretelyitclarifiesrelation betweenactorsandmusiciansItriedclarifyingthatbythesocialnetworkanalysisItisaResult,tothefirst,the existenceisclarifiedbetweenactorsandmusicians,tothesecond,Itagreesbetweentheactorgropeandthe musiciangroupAndtothethird,itissomediffersinNagautamusicandGidayumusic.

は じ め に

近世期の歌舞伎興行は,江戸歌舞伎と上方歌舞伎が存 在し,それぞれに独自の形態で発展したことが知られて いる。上方歌舞伎とは,上方を中心に行われていた歌舞 伎の総称である。大坂・京都を中心として,兵庫・奈良・

伊勢から名古屋一帯,西は瀬戸内海地域から北九州に至 るまで,その勢力範囲は西日本一円に及んでいた。

しかし,江戸歌舞伎と並び称されるほどの文化を有す るにも関わらず,上方歌舞伎の興行形態は,個別研究は 存在するが体系的には解明されておらず,その実態はほ とんど判明していない。上方歌舞伎の興行形態の特殊性 については次節で詳述するが,先行研究としては,守随 憲治・秋葉芳美編『歌舞伎図説」 をはじめとして,近年 には荻田清の「上方板歌舞伎関係一枚摺考」2や須山章信 の『江戸時代後期上方劇壇の研究」3等があるが,体系的 に上方歌舞伎全体を見通せるような研究は少ない。

一方,その上方歌舞伎で活躍していた畷子方(演奏者)

に関しては,さらに研究が少ない。本格的な研究として は,根岸正海が「宮古路節の研究」4において,近世中期 の宮古路節について研究した中で上方についても考察し たのに続き,拙著5では,近世後期の上方歌舞伎音楽に 出演した豊後節・長唄・義太夫節の雌子方に関する研究 を行った。また,近年には前島美保が「上方歌舞伎聡子 方の諸相一近世前中期の顔見世番付に基づいて」6にお いて,根岸・筆者双方が十分に検討できなかった近世前 中期の長唄を中心とした礎子方の問題を,番付の他屋号 や墓碑等新しい視点から検討したことで,ようやく上方 歌舞伎の音楽および聡子方の状況が解明されつつあるの が現状である。

しかし,まだ検討しなければならない点は多い。特に 従来の聡子方研究は,上方歌舞伎の興行形態の複雑さか ら,役者との関係については,重要性は認識しつつも全

く手を付けられてこなかった。本論では畷子方と役者と の関係性の解明を試みることで,聡子方の歌舞伎興行と の関わり方の傾向を究明することを目的とする。

1.上方歌舞伎の興行形態概要

上方歌舞伎は,上方の文化を背景に発展した文化であ る。柔和で気品を保ちながら色気がある芸とされ,坂田 藤十郎をはじめ,数々の名優を輩出してきた。近世中期 頃までは江戸歌舞伎よりも勢いがあったことでも知られ ている。

しかし,近世の上方歌舞伎の興行形態は,江戸と比較 して研究があまり進んでいないこと,現在の歌舞伎公演 では江戸と上方の相違が明瞭ではないこと等から,上方 歌舞伎の独自性はあまり意識されず,しばしば江戸の興 行形態をそのまま適用して考えられがちである。江戸の 興行形態が,劇場を所有する座本を中心に座が編成され,

一年契約で実施されるというような明快な形態であった のに対し,上方は流動的でわかりにくいということも一 因であるように思われる。上方では劇場と座本は一致せ ず,また座本と興行権の所有者も異なっていた。座の責 任者である座本は,劇場の所有者である小屋主から劇場 (小屋)を借り受け,興行権を所有する名代主から興行 権(名代)を借りて公儀に申請し,興行を行っていた。

つまり,江戸ではすべて座本が権利として所有していた ものを,上方ではすべて異なる人物によって所持されて いた。さらに座本ないしは座頭等.座の責任者もまた一 致しなかったとされる。江戸中期以降は,座本に置かれ るのは女形や子供などの影響力の低い役者であり,実質 的な興行主は別であった。

また,江戸では役者等関係者は,10月までに翌年1 年間の契約を行い,11月に顔見世を実施しその後1年 間 は そ の 座 組 で 興 行 し て い く と い う の が 基 本 的 な 形 で

−23−

(2)

あった。一方上方歌舞伎は顔見世を行っても1年間の契 約を保持することができず,年の中途で座が解体され,

新たに組まれた座でその後の公演を行っていくという,

流動的な情況になっていた。したがって,座がどの程度 存続していたのかは一例ずつ異なる可能性があり,実態 はほとんど解明されていない。

さらに,上方歌舞伎を複雑にしているのが「格」の存 在である。上方で行われる歌舞伎興行には格付があり,

それによって緩やかに区分がなされていた。公儀から興 行を許可されている,いわゆる官許の芝居としての「大 芝居」と,興行毎に申請を行い,期間を限定して空き地 や寺社の境内,広道等で公演する,いわゆる小芝居,宮 地芝居等と称される,大芝居以外の芝居である。江戸で も両国広小路や浅草奥山等に大芝居以外の芝居は存在し たが,大芝居との隔絶は明確であり,小芝居の者が大芝 居に関係することは基本的にありえなかった。したがっ て「江戸歌舞伎」とは大芝居を指し,小芝居は対象にさ れないのが一般的である。しかし,上方歌舞伎では,大 芝居とそれ以外の芝居には江戸歌舞伎ほどの断絶はな く,格付としての差異と認識され,その越境はしばしば 発生した。またそのような格下の劇団は,役者等の修行 の場として捉えられていたともいわれている。したがっ て,例えば大坂では,大芝居の興行地である道頓堀の他.

北新地や堀江新地等,新地の繁栄のために許可された新 地芝居や,御霊社や稲荷,座摩社等の境内で行われた宮 地芝居に至るまでが芝居興行地として知られ,番付等も 発行されていた。また,先述のような興行形態のため,

これらの芝居地.劇場でも大芝居格の芝居が興行される こともあった。

このような格付から,上方歌舞伎では「大芝居・小芝 居」とも,「大芝居・小芝居・宮地芝居」とも,さらに は「大芝居・中ゥ芝居・子供芝居」とも分類される。こ れらは分類の基準の相違である。「大芝居・小芝居」は 官許か否かの基準による分類,「大芝居・小芝居・宮地 芝居」は,官許の興行地,空き地や広道等一般的な芝居 興行地,寺社境内という,場所による分類であり,「大 芝居・中ゥ芝居・子供芝居」とは,芝居を行っている役 者の格による分類方法である。どの分類方法を用いるか は研究者によっても異なり,一定の規定はないように感

じられる。

また,劇場にも基本的には格付があるとされる。例え ば大坂の官許の芝居興行地である道頓堀の中の芝居と角 の芝居は大芝居格の劇場,道頓堀のそれ以外の劇場や新 地の劇場は中ゥ芝居格の劇場,御霊や稲荷等寺社境内の 芝居は宮地芝居または子供芝居などと格付される。しか し,実際に格付されるのは「座」つまり劇団そのもので あるともいわれる。劇場は,そこで興行される主流の座

の格によってその格付を帯びると考えられるということ である。したがって,宮地の劇場であっても大芝居格の 座が興行すれば.それは大芝居であるとされるのである。

以上のことから,興行された芝居がどの格のものである かは,座組から判断しなければならない。しかし,その 座組は,上方歌舞伎では前述の通り,近世中期以降は1 年間を通じて保持されることはなかったとされ,さらに 完全に座を解体して組み直す場合もあるが,多くの場合 は役者が少しずつ入れ替わることで変化していくように 見受けられる。したがって,どの段階で座が解体したの か,つまりどの程度役者や関係者が入れ替われば座が解 体したと認識されるのかもわからないという,非常に難 解な状態なのである。

以上のことから,上方歌舞伎は時期によっても,また 場所や格によっても,その興行形態は大きく異なり,実 体解明は,須山章信による精力的な研究等で解明された 一時期を除いて,ほとんどなされていないと言っても過 言ではないのである。

筆者はこれまで,上方歌舞伎の役割番付を基本資料と して,上方歌舞伎で使用された音楽ジャンルや,聡子方 同士の共演関係と出勤状況を解明してきた。しかし,上 記のような興行形態の複雑さ故に,その分析方法は劇場 との関係性に偏らざるを得なかった。劇場は先述の通り 格を帯びており,多くの場合,同格の座が興行すること から,その分析の方向性は一理あるといえる。それは拙 稿「統計解析を用いた歌舞伎難子方の活動傾向に関する 研究(1)一近世上方歌舞伎の場合一」7において,主成 分分析を用いることで,聡子方の歌舞伎出演における要 素として劇場が関係することが解明できたことからもわ かる。しかし.やはり座や役者との関係を解明せずに,

畷 子 方 の 歌 舞 伎 へ の 関 わ り 方 を 言 及 す る に は 限 界 が あ る。したがって本論では以下役者と聡子方の関係性とい う方向性からの分析を試みることにする。

2.分析方法 2.1対象時期

本稿の分析は,近世最末期の10年間を対象とする。

この時期に限定するのは,上方歌舞伎は時期によってそ の様相が大きく異なることが想定され,長期間を対象に することが困難なためである。特に,近世後期には,幕 府による三大改革といわれる,享保の改革・寛政の改革・

天保の改革が実施された。芝居興行は,それらの改革か ら多大な影響を受け,改革前後では明らかに興行形態が 異なる結果となった。上方歌舞伎でも寛政の改革,天保 の改革によって,歌舞伎興行が大幅に変革したことを,

拙稿で明らかにしている8・江戸期の最後の10年は,ちょ うど天保の改革が終了した直後の時代であり,特に小芝

−24−

(3)

居が非常に活発に活動した時代でもある。

また,本論では基本史料として番付を用いるが,その 残存率は時代が下るほど格段に上がる。最後の10年間 の史料点数は,その前の10年と比較して約1.4倍も増 加しているだけでなく,大芝居から宮地芝居まで,劇場 も多様である。したがって事例研究として分析をするに は最適な時期であると考えられる。以上のことから当該 時期を対象とした。

2.2対象地域

本論の分析で対象とした地域は.大坂で恒常的に興行 が行われていた芝居地(小屋)とした。すなわち,大坂 の道頓堀5座(角・中・筑後・若太夫・竹田),新地芝 居である堀江新地・北新地,宮地芝居の天満・御霊・稲 荷・座摩・阿弥陀池の合計12カ所である。この範囲に 限定したのは,地域を広くしすぎると散漫になり,特徴 が見えなくなる危険性があること,上記以外の場所で臨 時に行われる芝居は寄進や勧進等,少々特殊であるため,

恒常的に興行している芝居と性質が異なる可能性がある こと,当該期間の上方歌舞伎の中心がこの12座である ことを考慮したためである。京都に関しては,当該期間 は大坂の直轄地のような状態ではあるものの,大坂から 少々遠いこと,当該期間の番付点数が大坂と比較してか

なり少ないことから,本論の分析では対象外とした。

2.3基本史料

本論の分析で用いる基本史料は,上方で発行された芝 居役割番付である。芝居役割番付とは,芝居毎に発行さ れるプログラムの役割を担ったものである。したがって 場所,月日9,名題(芝居名),座本,配役,難子方,狂 言作者等,芝居の観劇に必要な様々な情報が1枚に記さ れている'0.芝居番付には他に顔見世番付,辻番付,絵 本番付''等がある。顔見世番付は11月の顔見世の際に 発行されるもので,顔見世興行の際にその年度の座組の 披露の意味も含めて制作されるため,通常の役割番付よ りも記載情報が多いという特徴がある。ただし,先述の 通り,上方歌舞伎では近世後期になると座組が1年間保 つことがほぼなかったため,実態把握には向かないとい う欠点がある。また,顔見世の時期に年1回のみ発行さ れるものなので,数が少ないということも難点である。

したがって,近世後期の上方歌舞伎興行の実態を調査し たい場合には,顔見世番付のみではあまり意味を成さな い危険性があるといえる。また,辻番付はいわゆるポス ターであり,絵尽しはストーリーを描いた,いわゆる筋 書きのような役割のものである。どちらも掲載される情 報には限界と偏りがあるため,実態調査の基本史料には 適さない。

以上のことから,本論では,実態把握を行うのに適し ていると考えられる役割番付を基礎史料として用いるこ

とにした。当該期間の対象地で発行された役割番付の集 収点数は表lの通りである。

2.4分析方法

本来ならば座と聡子方との関係性を見るのが歌舞伎興 行の実際に即した分析として順当であるが,先述の通り,

座の規模や座組の保持と解体,存続の期間等の実態は解 明されていない。本論で対象とする期間・場所でも同様 である。したがって,座と畷子方との関係の解明は,現 状ではほぼ不可能であると言わざるを得ない。しかし,

難子方同士の共演関係と同様に,出演者同士の関係性で あれば,すべて解明できるわけではないが,その動向を 把握することはできると考える。したがって,本論では,

芝居における役者と畷子方の共演関係からその動向解釈 を試みることにした。

表lに挙げた役割番付を用い,その記栽情報から雛子 方名と役者名を抽出してデータ解析を行った。具体的に は,聡子方は,記載されている長唄・義太夫節の畷子方 名すべてを対象とした。役者に関しては.多数の出演者 が記斌されているため,代表的な役者を抽出した。基本 的には,役割番付中に太字で記載がある人物で,同一番 付内に3回以上名前がある者,または記載が2回でも他 よりも大きく書かれている人物を対象とした。この基準 で選択すると,1枚の番付から,おおよそ7名から12 名程度の代表役者を抽出できる。それをもとに,雌子方 の場合は当該期間10年間で10件以上の記載がある人物,

役者の場合は20件以上の記載がある人物を抽出し,主 要聡子方・主要役者とすることにした。

分析手法にはソーシャルネットワーク分析を用いる。

同一番付内に記載のある人物同士は共演をしたと見な し.番付1点につき1回として共演数を算出する。共演 関係にある人物同士は実線でつなぐことで共演関係図を 作成し,その関係の強弱や関係の示し方等から実態を解 明する分析法である。以下,音楽ジャンル別に分析を進 めていくことにする。

3.長唄と役者

長唄は,対象期間中の番付422点のうち404点に記載 があった。記載率は約95.7%である。したがって,ほぼ 問題なく対象期間・対象地の長唄の動向を見ることがで きる。該当番付に記栽された長唄奏者のうち,10件以 上記載のある人物を主要畷子方として抽出した。表2の 通り,唄方が玉村久楽を筆頭に11名,三味線方が小川 倉三郎を筆頭に11名,合計22名である。以下,唄方と 三味線方に分け主要役者55名との共演関係を分析する。

3.1唄方

長唄の唄方11名は表2の通りである。これらの唄方 と役者55名との間で共演関係を示した者同士を実線で

−25−

(4)

示したものが図1以下の関係図である。■は畷子方,●

は役者,実線の両端に記された数字は共演回数である。

初期段階は全員が多数の人物と共演関係を示し,関係を 見出すことが困難であるため,共演回数を上げていく。

共演回数がその数値に満たない場合は,線が削除され,

すべての関係線が消えた人物は,関係図上を離れて左端 に並べられる。1回ずつ関係数を上げ,途中の図もすべ て作成したが,変化に乏しいものもあるため,必要に応

じて提示する。

図lは7回以上の共演関係図である。一段階前の共演 回数6回以上の状態では,まだ1つの大きな固まりのま まで,グループ的な活動は見いだせないが,この7回以 上の段階では大きなグループから唄方・花房虎蔵と役者・

嵐三右衛門・中村紫若が分離し,新たなグループを形成 した。

図2は8回以上の共演関係図である。唄方の岩崎松之 助が役者の浅尾朝太郎とグループを形成し大きなグルー プから分離,大小3つのグループが見出せた。大グルー プも整理が進み,玉村久楽・花房半七・玉村巳午蔵を中 心とした活動形態が見出せるようになっている。

図3は11回以上の共演関係図である。図2で出現し た岩崎松之助のグループは,共演回数が9回であったた め,関係を解消し図上を離れた。花房虎蔵のグループか らは中村紫若が離れ,2名のグループに変化している。

また,新たに唄方・花房半吉と役者・中村駒之助の小グ ル ー プ が 大 グ ル ー プ か ら 分 離 し た 結 果 , 大 小 3 つ の グ ループが形成された。

図4は13回以上の共演関係図である。花房虎蔵,花 房半吉の小グループは,ともに11回の共演回数であっ たため,関係図上から外れた。大グループはさらに整理 が進み,それぞれの唄方の花房半七,玉村久楽,玉村巳 午蔵を中心とした3グループに分離した。これ以上件数 を上げても新たなグループは出現しないため,この図を 最終段階と判断する。

以上の関係図から,6つのグループが検出できた。花 房半七・玉村巳午蔵・玉村久楽・花房虎蔵・花房半吉・

岩崎松之助を中心としたグループである。花房半七・玉 村巳午蔵・玉村久楽・岩崎松之助は長唄の主要聡子方で も上位の者なので順当であるといえるが,最初にグルー プ化し分離をみせた花房虎蔵は出現回数13回と決して 多くはない。また13回中嵐三右衛門とは11回,中村紫 若とは10回の関係を見せており,この2名の役者は花 房虎蔵以外とはそこまでの関係を示さない。しかし,嵐 三右衛門は出現回数が21回なのに対し,中村紫若は45 回と多く,この2名がなぜ花房虎蔵と強く関係を示すの かは,これらの図からは判断ができない。他の聡子方の グループについても同様であるため,役者同士の共演関

係図を作成し,それと照合することによって分析を進め ることにする。

図5は役者同士の14回以上の共演関係図である。共 演 関 係 が 整 理 さ れ , A か ら F ま で の 6 つ の グ ル ー プ が できていることがわかる。グループ毎の人数にはばらつ きがあるが,そのまま用いることにする。

花房半七のグループに属する役者は,ほとんどが図5 の 上 段 右 の B グ ル ー プ に 属 す る 者 で あ っ た 。 異 な る の は嵐吉三郎1名のみであることがわかる。したがって花 房 半 七 は B グ ル ー プ と の 関 係 を 示 し て い る と 見 な す こ

とができる。

玉村久楽のグループに属する役者は,図5,左側中段 Cグループのうちの2名であることがわかる。中村筆之 助は図4の時点ではすでに関係図上を離れているが,玉 村久楽とは12回の共演関係があり,図3では関係を示 していることがわかる。したがって,玉村久楽はCグルー プとの関係が強いと見ることができる。

玉村巳午蔵のグループに属する役者は,図5,Aのグ ループに属する者との一致が多い。玉村巳午蔵グループ のうち,唯一Aグループに属していない嵐吉右衛門は,

図5の一段階前である図6の役者同士・ 1回以上の共 演関係図では,実川延三郎と12回,中村仲助とは13回 の関係を示しており,同一グループに属していた。した がって嵐吉右衛門もAグループの一員であることがわ かる。つまり,玉村巳午蔵は,Aグループとの関係が強 いと見ることができる。

花 房 虎 蔵 の グ ル ー プ の 役 者 2 名 は , 図 5 の D グ ル ー プ と 同 一 で あ る こ と か ら , 花 房 虎 蔵 は D グ ル ー プ と の 関係性を示すといえる。また,岩崎松之助と関係を示し た 浅 尾 朝 太 郎 は 図 5 の F グ ル ー プ に 属 し て い る 。 図 l では,岩崎松之助は浅尾朝太郎だけでなく,実川延若,

尾上松緑,藤川鐘九郎らと関係を示している。これらの 役者は図5では見出せないが,図6では浅尾朝太郎は実 川延若,尾上松緑,松緑を介して藤川鐘九郎らと関係を 示している。このことから,岩崎松之助はFグループ

と関係するとの関係と見ることができる。

花房半吉と関係を示す中村駒之助は,図5では関係図 を 離 れ て い る が . 図 6 で は 中 村 紫 若 ら の D グ ル ー プ の 一員であることがわかる。また図2では花房半吉は市川 市十郎とも関係を示しているが,市川市十郎もまた中村 駒之助を介して,グループと関係している。したがって,

花房半吉はDグループと関係すると判定することがで きる。

以上.長唄の唄方と役者の共演関係図で検出されたグ ループは,すべて役者同士のグループと共通することが 判明した。すなわち,玉村巳午蔵はAグループ,花房 半七はBグループ,玉村久楽はCグループ,花房半吉,

−26−

(5)

花房虎蔵はDグループ,岩崎松之助はFグループである。

このことから,長唄の主要な唄方は,特定の役者グルー プとの関係をかなり強く示すことがわかった。

3.2三味線方

次に,長唄の三味線方と役者の関係を分析する。主要 な三味線方として抽出できたのは表2の通り,小川倉三 郎を筆頭に11名である。これらの雛子方と55名の役者 との共演関係図からその動向を読み解いていく。共演回 数が少ない図は判定が難しいため,ある程度グループ形 成が見られる図から開始する。

図 7 は 三 味 線 方 と 役 者 の 9 回 以 上 の 共 演 関 係 図 で あ る。この段階で初めて複数グループが編成された。三味 線方,板東定次郎・板東政次郎2名と役者の小グループ が大グループから分離したことで,グループが2つ形成 された。

図8は11回以上の関係図である。大グループから三 味線方・小川辰次郎と役者・尾上松緑のグループが分離

し,グループは大小3つになった。

図9は12回以上の共演関係図である。ここでは図8 で出現した小川辰次郎のグループが関係図上から消え,

新たに三味線方,中村新助・中村政吉と役者のグループ が大グループから分離し,計3つのグループが形成され た。大グループも整理が進み,板東伊三郎と小川倉三郎 を中心にまとまりつつある様子が見出せる。

図10は13回以上の共演関係図である。ここでは大グ ループから三味線方・小川倉三郎が役者2名と分離して グループを形成し,計4つのグループが見出された。こ れ以降は小川倉三郎のグループが解体して3グループに なるのみで,新たなグループは出現しないため,この図 を最終段階と見なすことにする。これらの図を唄方と同 様に図5,図6と照合していく。

図7で形成された板東定次郎・板東政次郎のグループ の役者は,図5のBグループと完全に一致する。つまり,

板東 定次 郎・ 政次 郎には Bグループとの強い関係 を 見 出すことができる。

図8で形成された小川辰次郎のグループは.ここでは 尾上松緑とのみ関係を示しているが,図7では市川筆之 助,中村翫雀,実川延若,藤川鐘九郎との関係も示して いる。これらの役者は図5のCグループとほぼ一致する。

し た が っ て 小 川 辰 次 郎 は C グ ル ー プ と の 関 係 を 示 す と いえるだろう。

図9で形成された中村新助・中村政吉のグループの役 者は,図5のFグループと完全に同一であり,この2 名はFグループと強い関係があると見ることができる。

図10で形成された小川倉三郎のグループに属する嵐 大三郎と大谷友松は,嵐大三郎がかろうじてAグルー プの端に位置しているだけである。しかし,図9では,

小川倉三郎は大グループの一角で中村雀右衛門,中山み よじ,浅尾朝太郎との関係も示している。これを図6と 照合すると,大グループの中間部分にこの関係を示す関 係 が 見 て 取 れ る 。 仮 に こ れ を G グ ル ー プ と す る と , 小 川 倉 三 郎 は G グ ル ー プ 関 係 し て い る と 見 る こ と が で き る。そのように見ていくと,唄方の分析で,花房半吉の 浅尾朝太郎周辺のグループをDとしたが,半吉もGの グループとみることもできるだろう。

図10の板東伊三郎・中村新三郎・石田徳次郎のグルー プ は , 図 5 の A グ ル ー プ と ほ ぼ 同 一 の 役 者 で 構 成 さ れ ている。ただしこのグループの端に位置する石田徳次郎 は,中村駒之助との関係を示しているが,図8では市川 市十郎との関係も示しており,Dグループとの関係を示 すとみることができる。したがってここではグループの 分離はないものの,板東伊三郎・新三郎はAグループ,

石田徳次郎はDグループとの関係が強いとみるのが自 然であろう。

以上,三味線方の共演関係図からもグループが検出で き,またそのグループを形成した役者が,唄方と同様に 図5,図6に見られる役者グループとの関係を見出せた。

三味線方では,板東伊三郎・中村新三郎がAグループ,

板 東 定 次 郎 ・ 板 東 政 次 郎 が B グ ル ー プ , 小 川 辰 次 郎 が C グ ル ー プ , 石 田 徳 次 郎 が D グ ル ー プ , 中 村 新 助 ・ 中 村政吉がFグループ,小川倉三郎がGグループである。

共演関係図上ではこのようにきれいに分割し,棲み分け ができているようにみえる。

4.義太夫節と役者

義太夫節は,対象期間中の番付422点のうち,412点 に記載されていた。出現率は約97.6%であり,こちらも 番付からはほぼ全体的な動向を見ることができる。

番付に記載された聡子方のうち,10件以上記載のあ る主要な人物は,表2の通り,語りを担当する大夫が 15名,三弦が16名,合計31名であった。以下,長唄 と同様に,共演関係図を分析することで役者との関係を 検証する。図の記号は長唄と同様に,聡子方が■,役者 が●,実線の両端の数字は共演回数である。

4.1大夫

代表的な大夫として抽出できたのは.竹本勇太夫を筆 頭に15名である。これらの大夫と55名の代表役者との 関係を共演関係図から読み解いていく。

図11は大夫と役者の8回以上の関係図である。この 段階ではまだグループ分割は起こっておらず,1つの大 きなグループのままの状態である。ただし徐々に竹本寿 大夫や竹本琴大夫,竹本三木太夫等,主力な雌子方が見 出せるようになってきている。

図12は9回以上の共演関係図である。この段階で初

−27−

(6)

めてグループが分割した。左右に比較的大きなグループ が2つ,左下に大夫・竹本若太夫と役者・嵐三右衛門の 小グループが1つの計3つのグループが形成された。

図13は11回以上の共演関係図である。左右のグルー プがそれぞれ2つに分割し,計5つのグループが形成さ れた。これ以上回数を上げても整理が進むだけで大きくは 変化をしないため,これを最終段階と見なすことにする。

図12で形成された小グループの大夫,竹本若太夫は,

図12では嵐三右衛門との関係を示すが,図11では中村 紫若とも関係を示している。この2名の役者は図5のD グ ル ー プ で あ る こ と か ら , 竹 本 若 太 夫 は D グ ル ー プ と の関係を示すと見ることができる。

図13で形成された竹本勇太夫・竹本琴大夫と中村紫 若のグループは,これだけでは関係が見出せないが,竹 本勇太夫は図12では,中村駒之助と関係を示し,更に 図11では三桝源之助や市川鯉三郎と関係を示す。これ らの役者は図5のDグループに属する要素が強いとい え る た め , 竹 本 勇 太 夫 は D グ ル ー プ と の 関 係 が 強 い 大 夫 と い う こ と が で き そ う で あ る 。 一 方 竹 本 琴 大 夫 は 図 12で浅尾朝太郎,中山みよじ,市川寿太郎と関係を示 し て い る 。 こ れ ら の 役 者 は 図 6 の G グ ル ー プ と 見 る こ と が で き る た め , 竹 本 琴 大 夫 は G グ ル ー プ と の 関 係 を 示すとみることができるだろう。したがってここでのグ ループは一つの役者グループとの関係とはいえないかも しれない。しかし,大夫個人でみれば,やはり特定の役 者グループとの関係が見出せる。

図13の左上,竹本三木太夫のグループは,図5のF グループの役者と完全に一致することから.竹本三木太 夫 は F グ ル ー プ と の 関 係 が 強 い と 見 る こ と が 出 来 る 。 また,図13の右下,竹本折太夫・竹本寿大夫・葉璃摩 一 風 の グ ル ー プ の 役 者 は , 完 全 に 図 5 の B グ ル ー プ に 属していることから,この3名の大夫はBグループと 関係すると考えられる。

図13の右上,竹本倭太夫・竹本岡島大夫のグループは,

竹本倭太夫が関係を示している嵐吉右衛門以外はすべて A グ ル ー プ に 属 す る 役 者 で あ る こ と か ら , 基 本 的 に は Aグループとの関係を示すと見ることができる。

図13の左下,竹本鶴大夫は中村駒之助と中村政次郎 との関係を示している。中村政次郎は比較的早く関係図 を離れるため,あまり明確なグループ性を示さないが.

中村駒之助,浅尾朝太郎,市川米蔵らと関係を示す役者 で あ る 。 し た が っ て F グ ル ー プ と D グ ル ー プ の 両 方 に 接点を持っている役者であるといえる。一方中村駒之助 は 図 6 で D グ ル ー プ に 属 し て い る 。 し た が っ て F グ ル ー プ と D グ ル ー プ の 関 係 が 見 え る が , D グ ル ー プ と の 関 係の方が強いように見受けられる。

以上,義太夫節の大夫と役者との関係図からは,長唄

とは少々異なる点が生じた。竹本鶴大夫のように完全に 一つのグループとは判断できない事例.また竹本勇太夫・

竹本琴大夫のように,同じグループを形成しながら,注 意深く見ると違う傾向を示す事例が検出されたのであ る。しかし,基本的には一定の役者グループとの関係を 示していると言えるため,傾向としては一致すると見な せるかもしれない。

ここで検出できたグループとの関係性としては,竹本 岡 嶋 太 夫 ・ 竹 本 倭 太 夫 が A グ ル ー プ , 竹 本 折 太 夫 ・ 竹 本寿大夫・播磨一風がBグループ,竹本勇太夫・竹本 鶴 大 夫 が D グ ル ー プ , 竹 本 三 木 太 夫 が F グ ル ー プ , 竹 本琴大夫がGグループである。

4.2三弦

最後に,義太夫節の三味線方(本稿では長唄の三味線 方と区別するために以下三弦と表記する)と役者との関 係を見ていくことにする。代表的な三弦は鶴沢和市を筆 頭に16名である。

図14は三弦と役者の5回以上の共演関係図である。

まだグループ分割は起こっておらず,大きな1つのグ ループのままである。

図15は6回以上の共演関係図である。大きなグルー プから三弦・鶴沢吾市と役者・中村政次郎のグループが 分離し,2つのグループが形成された。

図16は11回以上の関係図である。図14で見られた 鶴沢吾市のグループは解消しているが,大グループの関 係線が整理され,それぞれ三弦の亀沢笑男,鶴沢和市,

野沢宅次郎を中心とする小グループ3つと大グループの 計4グループが形成された。

図17は13回以上の関係図である。野沢宅次郎のグルー プが解消されたが,左側の大グループがそれぞれ野沢吾 市と鶴沢多見次郎を中心としたグループ2つに分割し,

亀沢笑男,鶴沢和市の2つのグループとともに,4つの グループが形成された。これ以上は回数を上げても新た なグループは出現しないため,この図を最終段階と判断 する。

図15で出現した鶴沢吾市とグループを形成する中村 政次郎は,大夫の竹本鶴大夫の時と同様である。ただし 図14で鶴沢吾市を確認すると市川団次郎,市川米蔵等 と関係を見せていることから,Fグループと関係する三 弦であるとみることができそうである。

図15の野沢宅次郎と大谷友松のグループは,大谷友 松が図6で中村仲助・実川延三郎・中村雀右衛門との関 係 を 示 し て い る こ と か ら , こ の 小 グ ル ー プ は 図 5 の A

グループに連なるといえるだろう。

図16の亀沢笑男のグループは,関係する役者が全員 図5のBグループに属する者であることから,亀沢笑 男はBグループに関係する三弦であるとみなすことが

−28−

(7)

できる。また鶴沢和市のグループは,嵐三右衛門を除い たすべての役者が図5のFグループに属する者である ことから,鶴沢和市はFグループと関係すると見るこ とができる。

図17で形成された野沢吾市のグループは,関係する

役者が図5のAグループに属するものであることから,

野沢吾市はAグループに関係する三弦であるといえる。

また,鶴沢多見次郎のグループは,役者がすべてCグルー プに属することから,鶴沢多見次郎はCグループとの 関係が見出せる。

表1.1858‑1867役割番付劇場別点数表

2

演 奏 者 ジャンル 役 割 件 数 集 計 演 奏 者 ジャンル 役 割 件 数 集 計 中 村 駒 之 功 役 者 役 者 5 市 川 団 次 邪 役 者 役 者 5 市 川 米 蔵 役 者 役 者 5 中 村 雀 右箭門 役 者 役 者 5 市 川 潤 十 役 者 役 者 4 中 村 仲 助 役 者 役 者 4 中 村 紫 若 役 者 役 者 4 実 川 延 三 郎 役 者 役 者 4 浅 尾 朝 太 郎 役 者 役 者 4 中 村 千 之 助 役 者 役 者 4 三 舛 梅 舎 役 者 役 者 3

Ⅷ一堕蟹蟹座旺一蟹鵬一座Ⅷ顕

倉 三 郎

・新助 伊 三 郎 定 次 郎 '政吉

徳 次 郎 政 次 郎

}熊次郎

,新三郎 辰 次 郎 虎 蔵

長 唄 長 唄 長 唄 長 唄 長 唄 長 唄 長 唄 長 唄 長 唄 長 唄 長 唄

三 味 線 三 味 線 三 味 線 三 味 線 三 味 線 三 味 線 三 味 線 三 味 線 三 味 線 三 味 線

=ロ主名自 5 4 4 3 3 2 2 2 2 1 1

長唄・三味線方合計 11名

尾 上 多 見 蔵 j 市 十 郎 三椀;源之助 嵐三, 中本・翫雀 尾 上 松 緑 市 川 寿 太 郎 浅 尾 奥 山 浅 尾 玉 六 嵐 大 三 郎

嵐 吉 三 郎

役 者 役 者 役 者 役 者 役 者 役 者 役 者 役 者 役 者 役 者 役 者

役 者 役 者 役 者 役 者 役 者 役 者 役 者 役 者 役 者 役 者 役 者

3 3 3 3 3 3 3 3 3 2 刀 勇 太 夫

・本琴太夫 .本倭太夫

J中bニグトハSフヒ

・本鶴太夫

・本折太夫

・本寿太夫

・本為太夫

・本程太夫

・本岡島太夫

・本若太 夫

・本歌階 太 夫 i璃摩一風

昇 r , U I い み 蝿 ジ 、

・本調太夫

義 太 夫 義 太 夫 義 太 夫 義 太 夫 義 太 夫 義 太 夫 義 太 夫 義 太 夫 義 太 夫 義 太 夫 義 太 夫 義 太 夫 義 太 夫 義 太 夫 鐘 太 夫

大 夫 大 夫 大 夫 大 夫 大 夫 大 夫 大 夫 大 夫 大 夫 大 夫 大 夫 大 夫 大 夫 大 夫 大 夫

5 4 4 4 3 3 3 2 2 2 1 1 1 1 1

穀太夫・大夫方合計 15名

実 川 延 若 j

1京花

.11 │みよじ

. 攻次郎

b■IL■三郎

I │I篭九郎

橋 之 助

. ヨ之助

幸r 蜜之助

. 芝蔵 1

§ 1

. 琴三 l

垂に訂叫

自衛

厚﹄毒

勇 次 冊 我 当

役 者 役 者 役 者 役 者 役 者 役 者 役 者 役 者 役 者 役 者 役 者 役 者 役 者 役 者 役 者

役 者 役 者 役 者 役 者 役 者 役 者 役 者 役 者 役 者 役 者 役 者 役 者 役 者 役 者 役 者

2 2 2 2 2 2 2 2 2 2

盆芦

i 役 者 役 者 2

騨子 役 者 役 者 2

j鯉 三 郎 役 者 役 者 2

延 太 郎 役 者 役 者 2 大名 友 松 役 者 役 者 2 中*玉 芝 役 者 役 者 2 中本・梅蔵 役 者 役 者 嵐三 ,右衛門 役 者 役 者

筑 後 若太夫 竹田 北 新 地 堀 江 天 満 御 霊 稲 荷 座 摩 阿弥陀池 合 計 記 職 率 番 付 点 数 3 2 4 1 2 2 6 6 3 2 2 422

長唄記戦点数 3 2 1 2 2 4 6 5 3 2 1 404 95.7 義 太 夫 節 配 駁 点 数 3 2 4 1 2 2 6 6 3 2 1 412 97.6

(8)

以上三弦も大夫と同様に,完全にグループを判定する には少々迷う傾向を示す者が存在した。ただし,ほとん どの者が特定のグループとの強固な関係を示していた。

これは共演回数が低く,いろいろな関係が見える段階と いうことが理由に挙げられるかもしれないが,今後の検 討課題とするべきだろう。

三弦で検出できた役者との関係性は,野沢宅次郎・野 沢吾市がAグループ,亀沢笑男がBグループ,鶴沢多 見次郎がCグループ,鶴沢和市・鶴沢吾市はFグルー プであった。

5.結溌

以上,役割番付を基に畷子方と役者の関係を共演関係 図から分析を試みた。結果として,長唄の唄方・三味線 方,義太夫節の大夫・三弦すべてにおいて,聡子方と役 者で形成されたグループが複数検出でき,さらにそれは 役者同士のグループとほぼ一致することが判明した。そ れぞれ中心になっている畷子方は,特定の役者グループ

との強い関係を示したということになるのである。

しかし,長唄と義太夫節では少々異なる傾向を示した。

長歌の唄方と三味線方は,それぞれ検出できた畷子方 グループと関係する役者グループがほぼ一致したが,義 太夫の太夫と三弦では,それぞれ関係する役者グループ

■中村伊三回

退

■町ロ嘩口

●三舛■之助

●亘三⑨

●錘五六

●Ewt

●中山みよじ

●中村、や

●中村■之幼

●中村巳之助

●皿

●寅11嘩回

●中村五重

●中将■、

図 1 . 唄 一 役 者 7 回 以 上 関 係 図

■中村伸三回

■銅唾駒

■函■次回

■花房 n

■宙■■太陣

●市10己侭陣

●廊川家■

●趣ロ木口

●三侭■之回

●正。

●唖五六

●貢10噸

●豆車花

●申いざじ

●中o恒凄回

●■j1画狸

図 3 . 唄 一 役 者 1 1 回 以 上 関 係 図

加 坤 十 回

国 分 缶

/ e …

0i猟h塾。

実川倶:r蝉

が微妙に一致しないという傾向が見出せた。

また,長唄はかなり明確に役者との関係を示したのに 対し,義太夫節ではグループを形成した後にも異なる役 者グループに属する者との関係を示す事例が見られたの である。それらが何に起因するのかは,この分析では解 明が難しいため,別の解析方法により解明することを今 後の課題としたい。

また図5,役者同士の関係図で出現したEグループは,

長唄・義太夫のどちらの畷子方とも一定の関係を見いだす ことができなかった。これについても今後の課題とする。

従来聡子方と役者との関係性は暗黙の了解として考え られていたが,それが役割番付から実証された形となっ た。ただし,特定の役者との関係とみるよりは,役者グ ループとの関係という形で留めた方が,より活動傾向が 理解できるのではないかと考える。この役者グループは,

いわば座の中心であるとも推測でき,座と特定の聡子方 との関係が検出できたとも捉えられると推測できるので ある。その点についても今後の検討課題としたい。

今回はソーシャルネットワークによる分析のみであっ たため,関係の有無を調査することが中心となった。今 後の課題として.役者グループと格,あるいは劇場との 関係がどのように畷子方に影響するのかについて検討を 続けたい。

■中村伸三口

■官範 画

■花 友回

■宙酋噴太陣

j'

●市川麺

●三舛■之駒

●■三。

●煙五六

●寅J'

●中唖よじ

●中村 鹿

●画j画九口

●中村ロ之駒

●中村些園

図 2 . 唄 一 役 者 8 回 以 上 関 係 図

■中村伸三国

■ 松之励

■花■早官

■死頁

■ 銅

■花周ロム弱

■官叩太陣

●中問寅之助

●市J1団'麺

●市】'唾皿

●中村n面

●墾賦太口

●寂川市十画

●三舛厘之助

●江三⑨

●巾''四京回

●極五六

●唖三口

之駒・且鍔

図 4 . 唄 一 役 者 1 3 回 以 上 関 係 図

晦門 OTO

玉村久塾 里qe0

1mg 100

区b托岨

§.

〈,。、《6…。

中円宣右鹿rl

'唾窒画

−30−

(9)

■竹本千極

■竹本通太夫

jll

●三舛海之肋

●中村

●浬尾五六

●■六三口

●寅I哩可

●画j1哩九陣

●中将画之駒

●中村巳之助

●市j'唾之助

●中村芝回

●■函

●中村野三口

●■宜丸

−31−

図12.大夫一役者9回以上関係図

回回腕回pp

唖耐︾唖州︾︾︾︾率癖︾椎晒︾︾銅 一画一

●●●●●●●●●●●●●●●●●

■庖蝿 画

■宕域、

●中村武石

●三皿之駒

●亘三⑨

●中時風竃

●市川身太回

●動瞳芯

●亘願花

●中村■之団

●中村巳之回

●市川唾之助

●中村芝哩

●中村旬三的

●市j1回三画

■恵画 ロ

●中村四画

●三舛■之圃

●■京花

●中村画之助

●中村巳之助

●中雨三回

●底官丸

j'

j'

●中村翠

●中抑■皿

●E三も銅

上争RJp 舛再を勘

0

医I、jI嘆麺一一浬●尾上

図 9 . 三 味 線 一 役 者 1 2 回 以 上 関 係 図

湛 尾 輸 太 毎

尾上睦山

1飲宜 実jI壁

図 5 . 役 者 同 士 1 4 回 以 上 関 係 図 図6.役者同士11回以上関係図

図11.大夫一役者8回以上関係図

図10.三味線一役者13回以上関係図

■画睡輸'冗陣

HOC

■官衝虎、●回Ⅲ卿九向

●中村園面●市岬十回

●三舛画之回●中村ロ

,j0

..…:職:

●市川毎太陣●西子

●寓川丑荘●浪尾同木口

●中村目之助

●中村壁圃

●市j1厘之圃

●中村芝■

●中村w三画

●、丸

●市jI唾固

図 7 . 三 味 線 一 役 者 9 回 以 上 関 係 図

中村欧自

図 8 . 三 味 線 一 役 者 1 1 回 以 上 関 係 図

■■●●●●●●●●●●●竹 本 千 代 太 夫

■画輯は冗陣

●z函

■官 皿●回j'四九回

●中村 ●制il市十回

H.1,●臣上1

●中村回■

●弔川身太ロ

●宮川皿葡

●E東花

●中村■之自

●中肘巳之暁

●市川■之駒

●中材重皿■石田

●中RU三回

●H白凡

●市川睡三陣

参照

関連したドキュメント

道路の交通機能は,通行機能とアクセス・滞留機能に

いずれも深い考察に裏付けられた論考であり、裨益するところ大であるが、一方、広東語

3He の超流動は非 s 波 (P 波ー 3 重項)である。この非等方ペアリングを理解する

 肺臓は呼吸運動に関与する重要な臓器であるにも拘

主として、自己の居住の用に供する住宅の建築の用に供する目的で行う開発行為以外の開

一部の電子基準点で 2013 年から解析結果に上下方 向の周期的な変動が検出され始めた.調査の結果,日 本全国で 2012 年頃から展開されている LTE サービ スのうち, GNSS

ある周波数帯域を時間軸方向で複数に分割し,各時分割された周波数帯域をタイムスロット

FSIS が実施する HACCP の検証には、基本的検証と HACCP 運用に関する検証から構 成されている。基本的検証では、危害分析などの