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「公正な論評」と政治家の名誉

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(1)

一ニューライフ事件・東京高裁への意見書一

飯 塚 和  之

〈解説〉 「ニューライフ事件・東京高裁への意見   は,客観的には,地域政治に警鐘を鳴らし続けて 書掲載にあたって」      きたミニコミ紙の言論活動の封殺を目的としたも

のと評することができよう。表現行為の対象が 1 はじめに       「公人」であり,特にその内容が「公的活動」に 関するものである場合は,表現の自由が最大限保 以下に掲載するのは,茨城県取手市において発  障されなければならい。また,本件は,いわゆる 行されている週間新聞「ニューライフ」の記事  「公正な論評の法理」の適用が問題となった事件

(最初の記事は1990年1月20日)により名誉を殿  であり,その点からの検討も必要となる。

損されたとして,原告(当時の取手市議会議長)   筆者は,本件第1審進行中に前記「表現の自由 が被告(「ニューライフ」の編集責任者兼発行人)  とニューライフを守る会」の会合において,過去

を相手に提起した民事名誉殿損事件に関して筆者   の裁判例に照らして,本件「ニューライフ」紙の が東京高等裁判所第3民事部へ提出した意見書で  各記事による原告の名誉段損は成立しないとの意 ある。意見書は,被告による原告の名誉殿損不法  見を表明する機会をもったが,その後,名誉殿損 行為の成立を認めた第1審判決(水戸地裁竜ケ崎  の成立を認める第1審判決が出されたため,控訴 支部1994(平成6)年7月11日)の法理論上の誤   人・同代理人弁護士の要請に応じて本「意見書」

りおよび最高裁判所判例の適用上の誤りを指摘し  を提出したものである。

たものである。その後,同高裁は,1995(平成7)

年6月21日,被告・控訴人の意見を容れ,名誉殿   11 「ニューライフ」事件の概要 損不法行為の成立を否定する判決を言い渡した。

本件は一定地域の読者層を対象としたいわゆる地   1.事件の経過 方ミニコミ紙による地方政治家の言動に対する批

評・論評の自由と当該政治家に対する名誉殿損の   最初に,「ニューライフ」事件の概要を記して,

存否が争われた事件である。       本「意見書」理解の一助としたい。本件は,1988 本件の一部記事に対する原告からの刑事告訴  (昭和63)年2月から取手市議会議長の職にあっ

(刑事名誉殿損を理由とする)がなされると,同  た原告(赤塚 潤)(裁判例の研究においては,

紙の読者層によって「表現の自由とニューライフ  原告・被告等の氏名は匿名で引用するの一般的で を守る会」という市民運動が結成されたことから  あるが,「意見書」では,判決文を直接引用する も分かるように,同紙はこの地域の政治の監視役  必要から,実名をそのまま使用している。その関 としていわば新聞本来の役割を果たし地域住民の  係で,ここでも実名を使用することにする。)が,

支持を得ていたと推測される(なお,刑事告訴は,  被告(幡哲夫)が編集・発行する週間新聞「ニュー 1991年5月,水戸地方検察庁により不起訴処分と  ライフ」に掲載された記事により名誉を殿損され なっている)。そのような中での本件提起の意味   たとして不法行為に基づく損害賠償と謝罪広告を

(2)

請求した事案である(1991年5月27日提訴)。     略)さきの文書を全協の席で読み上げた一期生 被告は,次の4件の記事を執筆掲載して,同紙   議員はヤラセだというのが専らだ。確かに文書 約5万部を茨城県取手市,守谷町地区および藤代    の言い回しなどから背後で操る人物が透けてみ 町地区一帯の官公庁,企業,一般家庭に郵送また   える。だから,私たちはその人物に言う。小細 は直接配布した。       工を弄しながら赤塚議長の居座りを企画するこ

(1)見出し「赤塚議長はやめるのがスジだ」(同紙   とはもうやりなさんな。見苦しい以外,何物で 1990年1月20日(第342号)コラム「展望台」)   もない。」

(第1記事)       (3)見出し「赤塚氏に反論権は保証される」(1990

①「任期切れを前にして赤塚氏は何とも奇妙な   年9月1日(第362号)コラム「展望台」)(第 行動に終始している。あらゆる機会を捉えて   3記事)

『議長をやめない』と言ってみたり,『議長不    「赤塚氏はこれまで議会内で驚くべき 言動 信任案を提出するなら謳告罪で訴える』と脅   を行ってきた。これについてはすでに言われて

してみたり,『次に議長をやりたい者が,や   いるので,繰り返さないが,たとえば最近では,

りたいと手をあげよ。』など,ほとんど言い   さきの翌日朝に及んだ臨時議会でも議員たちに たい放題である。」      向かって『チャラクラ,チャラクラして!』な

②「『世が世ならとても議長にはなれない』(議   どという捨てぜりふを残して議場を出ていく。

会筋)との評価は就任当初からあった。そん   これは一体,何なのか,本紙が評価した通りで な,いわば,いわく付きの赤塚体制は,1年   はないか」

間は一部発言封じなどもあったが,まずまず  (4)見出し「イシら オレは65日もブタ箱に入って」

の議会運営だった。これが時間の経過ととも   (1990年11月25日(第370号)第2面)(第4記 に独断が目立ち始めた。慣例無視,暴言,見   事)

え見えのポスト配分。こうした中で赤塚氏は    「9日,午前中に行われた議運の席で開会を待 漸次,孤立化を深めて行った。現在,議会内   つメンバーに赤塚氏は突然『イシら,オレは65 の赤塚支持者は当人を含めてほぼ4人。もし,   日もブタ箱に入ってきた。それでも選挙は落ち この状態で辞表を提出すれば再任の可能性は   ねエ… 』などとわめきたてたとある議運メ 万が一にもない。ならば,辞表なと提出せず,   ンバーは証言する。これに『一生,入っている いっそのこと居座りを決めるしかない。これ   やつらもいるから,まだ短い方だヨ』と別のメ が赤塚氏の本音だ。」       ンバーが応じると,『なにイ!』と赤塚氏は色

③「人心の収撹に失敗すれば,去るしかないと   をなしたという。」

いうのが政治の常道だ。次に議長をやりたい

ものが相談にも来ない,陰に回ってコソコソ   2.本件の争点 やるなら居座る,などというに至っては,も

う正気の言動ではない。バカ殿気分も休み休   第1審判決が整理している本件の争点は次のと みやってもらいたい。」      おりである。

(2)見出し「見苦しいポストへの執着ぶり」(1990  (1)本件各記事は,いかなる点において原告の名誉 年2月3日(第343号)コラム「展望台」)(第   を殿損するものであるか。

2記事〉      (2)本件各記事の内容は,公共の利害に関する事実

「議長の任期をめぐって,一期生議員が正副議   に係り,かつ,その執筆,配布行為が専ら公益 長の任期を2年として辞職を求める正当性はな   を図る目的に出たものであるか否か。

いとする文書を読み上げて一石を投じた。(中  (3)本件各記事によって摘示された事実は真実と認

(3)

められるか否か,また,論評が相当な内容であ  月11日判決には,これまでの下級審における裁判 るか否か。      例及び最高裁判所の判例に照らして法理論上の誤 り及び最高裁判所の判例の適用において誤りが見 3.第1審判決      られることを指摘し,控訴人の言論行為が被控訴

人の名誉を殿損せず,従って,民事上の不法行為 第1審判決は,被告に対して10万円の損害賠償  とならないことを明らかにすることを目的とする を命じ,謝罪広告の請求については棄却した。各   ものである。

争点に関する裁判所の判断は次のとおりである。

(1)名誉殿損の成否に関しては,第1記事,第3記  二 原判決が名誉鍛損に当たると認定した表現行 事および第4記事の各記事は,原告の社会的評   為とその論理

価を低下させた。

(2)事実の公共性,記事配布行為の公益目的性に関   1.名誉殿損に当たるとされた表現 しては,各記事について,これらを認めること

ができる。       原判決は,本件(以下,本件又はニューライフ

(3)記事内容の真実性,論評の相当性に関しては,  事件という。)で原告が名誉殿損に当たると指摘 第1記事中の「世が世ならとても議長になれな  したすべての表現行為について不法行為としての い」,「正気の言動ではない」,「バカ殿気分も休  名誉殿損に当たると認定してはいない。最終的に,

み休みやってもらいたい」の各表現は正当な論  名誉殿損に当たるとしたのは,本件第1記事のう 評の域を越えないものとはいえず,名誉殿損と  ち,次の各部分である(原判決第3丁表・裏)

なる。第3記事,第4記事各記事は,内容の主  (1)《②「『世が世ならとても議長になれない』(議 要な部分が真実であり,名誉殿損とはならない。   会筋)との評価は就任当初からあった。そんな,

いわば,いわく付きの赤塚体制は,1年間は一 部発言封じなどもあったが,まずまずの議会運 営だった。これが時間の経過とともに独断が目

〈意見書本文〉       立ち始めた。慣例無視,暴言,見え見えのボス ト配分。こうした中で赤塚氏は漸次,孤立化を 東京高等裁判所第3民事部御中      深めていった。現在,議会内の赤塚支持者は当

1995年3月22日   人を含めてほぼ四人。もし,この状態で辞表を 平成6年(ネ)第3539号損害賠償請求控訴事   提出すれば再任の可能性は万が一にもない。な 件      らば,辞表など提出せず,いっそのこと居座り

を決めるしかない。これが赤塚氏の本音だ。」》

意  見  書       (以下,原判決中の引用と区別するために,原 判決を引用する場合には,《 》で示す)。

茨城大学  教授飯塚和 之  (2)《③「人心の収撹に失敗すれば,去るしかない

(民法学専攻)    というのが政治の常道だ。次に議長をやりたい 一 はじめに      ものが相談にも来ない,陰に回ってコソコソや

るなら居座る,などというに至っては,もう正 本意見書は,貴庁に係属している平成6年(ネ)   気の言動ではない。バカ殿気分も休み休みやっ 第3539号損害賠償請求控訴事件に関して,原   てもらいたい。」》

審である水戸地方裁判所竜ケ崎支部の平成6年7

(4)

2.名誉殿損に当たるとした論理         て紛争があり,議員の所属会派からの脱退と新 会派の結成,原告に対する議長不信任動議の提

(1)右②,③の表現の名誉殿損該当性(名誉殿損   出と決議など,議長である原告(判決書では被 の成否)については,次のように述べてこれを   告)に関わる問題が噴出していたことからすれ 肯定している(原判決14丁裏一15丁表)。《(本    ば,前示のような本件各記事の作成配布内容は,

件記事部分は)これを読む一般読者に対して,   公共の利害に関するものと認めることができ,

原告は,そもそも通常ならば議長になれるよう   本件各記事内容が虚偽であることを知り,又は な人物ではなかったこと,議長就任当初はとも   容易にこれを知り得る状況にありながら専ら原 かく,独断的議会運営を行って支持を失い孤立   告に対する人身攻撃をする意図の下に執筆,配 化していること,このままでは議長に再任され   布したなど特段の事情が認められない限り,被 る可能性がないので,議長任期についての協定    告が本件各記事を執筆し,これを掲載した本件 を無視して議長居座りを決めていること,これ   新聞を配布した行為は,小規模ではあるが報道 に対して議長不信任案を提出しようとした者に   機関としての性格を有する本件新聞の編集発行 対しては謳告罪で訴えるなどと脅迫までして,   人としての使命から,専ら取手市民の知る権利 殆どやり放題であり,事ここに至っては,正気   に奉仕するという公益を図る目的に出たものと の言動ではない,すなわち,原告は,市議会議   認めるのが相当である。》

長として全くの不適格者であって,即刻辞任す     この理論枠組みは,第1に,事実摘示による べきである,との印象を強く与えることは明ら   名誉殿損不法行為と批判・論評による名誉殿損 かであり,しかも,第1記事は,前述のとおり   不法行為とを区別せずに,双方を包含する理論 全体の約半分に及ぶものであり,したがって,   として提示している点で問題がある。第2に,

記事全体の趣旨が原告に対して議長任期につい   摘示された事実の真実性が証明されない場合で ての協定を遵守して辞任を求める趣旨のもので   も,行為者においてその事実を真実と信ずるに あるにしても,前記のような記事が市議会議長   ついて相当の理由があるときにはその行為に故 である原告の社会的信用を相当程度低下させる   意又は過失がなく不法行為は成立しないとのい ものであることは明らかである。》        わゆる相当性理論(最判昭和41年6月23日民集

(2)次に,原判決は,不法行為の成立を阻却する   20巻5号1118頁,この点については後述)への 理論枠組みを次のように設定している(原判決    言及がない点でも問題がある。

第18丁表・裏)。      しかし,批判・論評に関する名誉殿損不法行

《本件各記事及びその配布が原告の名誉を棄損   為の成立を阻却する判断枠組みの提示とみるな するものであるとしても,その行為が公共の利   らば,この枠組みは,後述の最高裁判所平成1 害に関する事実に係り,専ら公益を図る目的に   年12月21日判決(民集43巻12号2252頁)の説示 出た場合において,摘示された事実が真実であ   とその細部の表現においては異なるものの,同 ると証明され,かつ,事実に関する論評が人身   説示を踏襲しているとみてよいであろう。

攻撃に及ぶなど論評としての域を逸脱しないと  (3)以上を前提にして,原判決は,本件各記事の きは,右行為には違法性がなく,不法行為は成   記事内容の真実性及び論評の相当性を判断して 立しないものと解する。      いる。

原告が,取手市議会議員という市民に選挙さ   (a)「『世が世ならとても議長になれない』(議会 れた公務員であり,かつ,市議会議長の要職に    筋)との評価は就任当初からあった。」との あったこと,本件各記事が作成配布された当時,    点について。

取手市議会内部では議長職の任期や交代を巡っ     この点については,原判決は,次のように

(5)

述べて不法行為の成立を肯定している(原判    は,「赤塚議長は昭和63年1月の市議会改選 決22丁裏一23丁表・裏)。《「世が世ならとて    後,保守系議員の支持をとりつけて誕生した。

も議長になれない」との表現は,これを読む    期別順からすればまずは順当な線だという議 読者には,原告はその出自や経歴などからみ    会側の空気と,やる気に燃える改選後の議会 て本来議長には到底なれない人物であるとの    の運営を任せるには適任だという執行部の思 印象を与えるものであることは明らかであり,    惑が合致した結果だった。」という文章につ そして,同表現をその前後の文章(甲一)と    づけて,「このため」という接続語を伴って,

合わせ読んでも,被告が意図したように一般    記述されているのであって,原判決の推論と 読者が読み取ることはまず困難と言わねばな    は異なり,「出自や経歴などから」,原告が議 らない。そうすると,被告の表現掲載の意図    長になれない人物であると判断しているわけ にかかわらず,同表現により原告は,一般読    ではない。原判決は,このような記事全体の 者から前記の如く出自や経歴などから原告が    趣旨から判断するのではなく,「世が世なら・・

議長としてもともと相応しくない人物であっ    ・・」の表現のみを取出し,《出自や経歴等 たとの印象を強く持たれるおそれがあるとい    から元来議長になれないような人物であった うべきところ,仮に,前記海老原が同表現に    ことを基礎付ける事実を認められず,また,

あるようなことを被告に漏らしたにしても,    被告が同表現をとることが適当であったと信 全証拠によるも,原告が出自や経歴等から元     じるに相当な理由も見出だせない。》とした。

来議長になれないような人物であったことを    本件の場合,「世が世なら…  」の表現を 基礎付ける事実を認められず,また,同表現    基礎付ける事実は,原告の出自や経歴等では をとることが適当であったと信じるに相当な    なく,通常の事態であれば原告が議長に選出 理由も見出だせない。》       されなかったであろう,特別の事情であって,

この部分((a))は,事実の摘示に関するも    それらは,原判決も認定しているところであ ので,つぎの(b)部分とは性質を異にするので,    るが,「共産党所属議員の躍進」,「共産党の ここで原判決の判断に対する疑問点を述べて     躍進に保守系議員や市行政当局はある種のや おくことにしたい。      り難さを感じたこと」,「保守系議員らや市行 疑問点の第1。この部分は,「『世が世なら    政当局が原告の辣腕振りに期待したこと」で とても議長になれない』(議会筋)との評価    ある。その意味での基礎付ける事実は,裁判 は就任当初からあった。」との事実の摘示で    所が認定・推測しているのであるから,証明 あり,このような伝聞または風評の表現の場    されているということができる。

合には,証明の対象となるのは,伝聞・風評     疑問点の第2。原判決は,《基礎付ける事 そのものの存在ではなく,その伝聞・風評の    実を認められず》に続けて,《また,被告が 内容たる事実の真実性である(最決昭和43年    同表現をとることが適当であったと信じるに 1月18日刑集22巻1号7頁)。原判決は,前     相当な理由も見出だせない。》と述べている 後の文章と合わせ読んでも,被告主張のよう    が,この説示は,いかなる判例理論に基づく な,通常ならば原告は議長にはなれないが,    のであろうか。すでに,原判決の理論枠組み 共産党の進出から議会対策として辣腕の原告     の問題点で指摘したことではあるが,原判決 が議長に選ばれたことから,「世が世なら…      は,一般的説示では相当性理論を採用しなかっ

」の表現がとられた,との意図を読み取るこ    た。しかし,具体的な事実認定の記述のこの とはできない旨,述べているが,はたしてそ    段階で,《また,… 見出だせない》との うであろうか。「世が世なら…  」の文章    表現を用いて,相当性理論を採用したのであ

(6)

ろうか。仮に,そうであるとすれば,控訴人    に,当該記事が本件のごとく政治に関するも が「世が世なら…  」の表現を基礎付ける    のである場合には,個人の名誉侵害に対する 事実を真実と信ずるについての相当の理由が    責任を追及するに急な余り,報道機関を畏縮 あったか否かの判断をしなければならない。    させて民主主義政治の支柱たる報道の自由を その点では,原判決は控訴人の証言としてし    損なわないよう配慮すべきであるから,民事 か採用していないが,「世が世なら…  」    上の不法行為の責任阻却事由としての相当の の表現は,控訴人が取材対象とした海老原助     理由については,報道機関をして一応真実で 役の「世が世ならとても議長になれない」と    あると思わせるだけの合理的な資料または根 漏らしたことを耳にしたことをきっかけとし    拠があることをもって足りるものというべき て書かれたものであり(原判決22丁表),こ    である。」

れに,前記の真実性を基礎付ける事実を加え   (b)「・・次に議長をやりたいものが相談にも来 れば,少なくとも,控訴人が「世が世なら…     ない。陰に回ってコソコソやるなら居座る,

」の表現を基礎付ける事実を真実と信ずるに    などというに至っては,もう正気の言動では 相当の理由があったと認定することは容易に    ない。バカ殿気分も休み休みやってもらいた できたはずである。そのような認定をしなかっ    い」との点について。

た原判決には誤りがあると言わざるをえない。     原判決は,この点についても,不法行為の なお,付言するに,真実と信ずるについて    成立を肯定した(原判決第25丁表一26丁表)。

の相当の理由による免責の理論は,名誉権の    すなわち,《②ところで,本件記事は,原告 保護と表現の自由の保障との調整において,    が次に議長をやりたいものが相談にも来ない,

後者の保護を図るために導入された判例理論    陰に回ってコソコソやるなら居座る等という であり,相当の理由(事由)の有無に当たっ    に至ってはもう正気の言動ではない,とする ては,この点に留意する必要がある。その意    評価の表現をしているところ,右原告が発言 味で,本件ニューライフ事件と新聞による表    した内容は,議長の去就が問題とされていた 現行為という点での共通性を持つ事案に関す    当の本人の発言としては,私的な場面での発 る東京高判昭和53年9月28日判時915号62頁    言であるとしても決して褒められた言い回し の説示は,本件における相当性判断にあたっ    ではないが,しかし,前述のとおり,原告は,

ても考慮に値すると思われるので,次ぎに引    正副議長の任期を2年とする本件協定には拘 用しておくことにする。      東力がなく,議長2年目を経過するからといっ

「取材に係る事実が真実と信ずることについ    て当然に議長を辞任すべきもので(判決書で ての相当の理由があるというためには,新聞    は「と」)あるとは考えていなかったもので の社会に与える影響の甚大であることに鑑み,    あるから,右のような内容の発言が原告から 右の事実が単なる風聞や憶測に依拠するだけ    出たのは至極当然のことであり,もっともな では足らず,それを裏付ける資料又は根拠が    発言であって,理性的な判断であるとすらい なければならないことはいうまでもない。し    えなくもない。そうとすると,「もう正気の かし,もともと,報道機関だからといって取    言動ではない」との評価表現は不適切なもの 材活動につき特別の調査権限が与えられてい    と(と)いわざるをえず,そして,「正気の るわけではなく,また,報道に要求される迅    言動ではない」との表現は,異常な精神状態 速性のために,その調査にも一定の限界が存    による言動,あるいは理性的判断によらない することに思いを致せば,裏付資料や根拠に    言動であるとの意味内容であり,それ自体強 高度の確実性を要望することは許されず,殊    い侮辱的表現形式であることは明らかであ

(7)

る。》      人格権としての個人の名誉の保護(憲法13条)と

《③さらに,本件記事は,前記「正気の言動  表現の自由の保障(同21条)とが衝突し,その調 ではない」との表現に続いて「バカ殿気分も  整を要することとなるのであり,この点について 休み休みやってもらいたい。」との評価表現  は被害者が個人である場合と法人ないし権利能力 を用いているが,この表現が,それ自体極め  のない社団,財団である場合とによって特に差異 て侮辱的,椰楡的表現であることは多言を要  を設けるべきものではないと考えられるところ,

しないものであるところ,この評価表現が,  民主制国家にあっては,表現の自由,とりわけ,

既に検討したところの原告の言動全体を対象  公共的事項に関する表現の自由は,特に重要な憲 にした評価に基づく表現,あるいは論評であ  法上の権利として尊重されなければならないもの ると解しても,このような表現をとることを  である」(サンケイ新聞意見広告事件最高裁判決,

是認するに足りる事実関係が存したことは認  最判昭和62年4月24日民集41巻3号490頁,496頁 められない。》      以下)。ところで,前述のように,本件ニューラ

《以上検討したところによれば第1記事中,  イフ事件第1審判決が,不法行為としての名誉殿 事実に関する記載部分は,客観的事実と対比  損に当たるとした表現行為のうち(3)(b)の部分は,

すると,細部において微妙に異なる記載やや  原告の市議会議長としての対応に対する批判・批 や不適切な表現があるが,その大筋では概ね  評と見ることができる。そこで,次に,ある人に 一致しているということができる。しかし,  対する批判・批評による名誉殿損の成立を阻却す

「世が世ならとても議長になれない」との表  る理論である「公正な論評の法理」についての判 現,並びに,事実に基づく評価表現部分,特  例を検討し,それに照らして,本件第1審判決の

に「正気の言動ではない。」とか「バカ殿気  判断には誤りがあることを述べることにしたい。

分も休み休みしてもらいたい。」(記事原文で   民事の名誉殿損の場合には,刑事名誉殿損とは は,「休み休みやってもらいたい」)との表現  異なり,事実の摘示による名誉殿損だけではなく,

は,被告が取材し,把握した事実関係とは結   意見・論評による名誉殿損も成立するとされてい び付き難たい,いたずらに原告を郷楡する不  る。最近の不法行為法に関する基本書ともいえる 適切で侮蔑的な表現であり,論評としても行  著書において,平井教授も,「論評とは,自己の

き過ぎの表現であるといわねばならず,した  意見・評価を発表することであり,表現の自由の        一

がって,第1記事中,右の部分は正当な論評  重要な一内容を成すけれども,それ自体は主観の の域を越えないものとはいえず,それに,本  表明であって具体的事実を摘示したものではない 件記事が原告の選挙区住民を中心に狭い地域   から,右(イ)にあげた要件(事実摘示による名 に配布される性質のものであることを勘案す  誉侵害)は問題とならない。」と述べ,「『公正な ると,第1記事の掲載とその配布は,右の限  論評』の法理による名誉殿損の要件を事実摘示に

りで原告の名誉や社会的信用を不当に害する   よる名誉殿損のそれと別個に考える必要がある。」

違法なものといわねばならない。》       としている(平井宜雄・債権各論H不法行為50頁)。

憲法21条の保障する表現の自由の下で,意見・論 三 名誉の保護と表現の自由の調整        評の表明も最大限保障されなければならない。私

は,わが国の裁判例も「公正な論評の法理」を採 1.はじめに      用して,名誉の保護と表現め自由との調整を図っ

ていると考える。すなわち,裁判例は,ある人に 最高裁判所の判例も認めるように,「言論,出  対する表現行為が,その人の社会的評価を低下さ 版等の表現行為により名誉が侵害された場合には,  せる(名誉殿損となる)場合であっても,表現の

(8)

自由を尊重して,不法行為としての名誉殿損が成    あって,その侵害行為たる表現行為が事実の摘 立しないとされる理論として,その表現が事実の   示をともなうかどうかは,その成立のための要 摘示であるときには,相当性理論を,またその表   件ではないことがあきらかになった。しかし,

現がある人に対する批判・論評であるときには,   このことは,それが事実の摘示をともなう場合 公正な論評の法理を確立している,と見ることが   に,刑法230条ノ2の規定の趣旨に基づき免責 できる。      を受けうることを否定するものではなく,却っ て,具体的事実の摘示がなくても客観的な名誉 2.最高裁判所による「公正な論評の法理」の確   を殿損する場合に,やはり,その表現行為が公

立過程      共の利害に関しもっぱら公益を図る目的に出た 相当な行為と評価できるときは,相当性の理論

(1) 「公正な論評の法理」の前提としての「相当   のもとで免責されうることを意味するものと解 性理論」      することの妨げとはならない。角度を変えて論 私見によれば,最高裁判所は,相当性理論を    ずれば,政治,社会問題等に関する公正な論評 組み込んだ「公正な論評の法理」を採用してい   (フェア・コメント)として許容される範囲内 る。周知のように最高裁判所は,昭和41年6月    にある表現行為は,具体的事実の摘示の有無に 23日(民集20巻5号1118頁)の判決で相当性理    かかわらず,その用語や表現が激越・辛辣,時 論を採用している。すなわち,「民事上の不法   には椰楡的から侮辱的に近いものにまでわたる 行為たる名誉棄損については,その行為が公共   ことがあっても,公共の利害に関し公益目的に の利害に関する事実に係りもっぱら公益を図る   出るものとして許容されるのが一般的である。

目的に出た場合には,摘示された事実が真実で   この意味での公正な論評は,既に述べてきた相 あることが証明されたときは,右行為には違法   当性の理論という判断基準の中に,その1つの 性がなく,不法行為は成立しないものと解する   要素として組み入れることができると考えられ のが相当であり,もし,右事実が真実であるこ   る(ここでは,このような論評の基づいている とが証明されなくとも,その行為者においてそ   事実が真実でなかったときには,一般的にいっ の事実を真実と信ずるについて相当の理由があ   て,真実と信ずるについて相当の理由のあった るときには,右行為には故意もしくは過失がな   ことがやはりフェア・コメントとして許容され く,結局,不法行為は成立しないものと解する   るための要件の1つになることを前提としてい のが相当である(このことは,刑法230条ノ2   る。尤も,論評それ自体の公共性,公益性が強 の規定の趣旨からも十分窺うことができる)」   ければ強いほど,『相当性』の判断は,それだ とするのがそれである。      け,論評者に有利になされ,相当性の不存在の

(2)北方ジャーナル事件大法廷判決における長島   立証の必要性が相手方の肩に重くのしかかるこ 裁判官の補足意見       とになろう。)。しかし,その内容や表現が文脈 右,相当性理論を前提にして,最高裁判所と   上,主題たる論評と無関係であって明らかに公 して,はじめて「公正な論評の法理」に言及し   共の利害に関しないと認められるものや,表現 たのは,北方ジャーナル事件大法廷判決での長   行為の重点が侮辱・誹諺・軽蔑・中傷に向けら 島敦裁判官の:補足意見である(最判昭和61年6   れ,仮りになんらかの事実の摘示がそこに含ま 月11日民集40巻4号872頁,897頁以下)。すな   れているとしても,その指摘がその事実の真実 わち,同裁判官は,次のように判示している。   性を主張することに意味をもつのではなくて,

「不法行為としての名誉殿損にあっては,客観   たんに人身攻撃のための背景事情として用いら 的な名誉が違法に侵害されたかどうかが重要で   れるにとどまっているような侮辱的名誉殿損行

(9)

為として社会通念上到底是認し得ないものは,   が成立するものとすることはできない。」

いずれも公正な論評に含まれず,公共性,公益    この政党間の批判・論評の法理を一般化した 性をもたない言論として,相当性の理論からも   のが次の長崎教組事件である。

名誉殿損の成立を肯認すべきことは当然である。」  (4)長崎教組事件と公正な論評の法理

この補足意見を要約すれば,①政治,社会問   長崎教組事件は,通知表の交付をめぐっての混 題等に関する公正な論評は,その用語・表現が   乱を批判したビラの内容が教職員らの名誉を侵 激越・辛辣・椰楡的から侮辱的に近いものであっ   害するかが問題となった事件であるが,最高裁 ても公共性・公益性があるものとして許容され   判所は,本件ではじめて,事実の摘示による名 る。しかし,②その内容・表現が,主題たる論   誉殿損ではなくと批判・論評による名誉殿損の 評と全く無関係であって明らかに公共の利害に   成立の有無に関する一般的説示を示した。これ 関しないものや,③表現行為の重点が侮辱・誹   は,その内容から見て,最高裁版「公正な論評 誘・軽蔑・中傷等に向けられ,事実の指摘がた   の法理」ということができる(飯塚和之・判例 んに人身攻撃のための背景事情として用いられ   批評・判例タイムズ743号53頁,松井・前掲論 ているようなものは,公正な論評に含まれず名   文113頁)。すなわち,同判決は,次のように述 誉殿損の成立を肯認すべきである,ということ   べている(最判平成1年12月21日民集43巻12号 になる。      2252頁,2257頁以下)。「公共の利害に関する事

(3)サンケイ新聞意見広告事件判決         項について自由に批判,論評を行うことは,も サンケイ新聞意見広告事件は,政党間の批判・   とより表現の自由の行使として尊重されるべき 論評の自由と名誉殿損の成立が問題となった事    ものであり,その対象が公務員の地位における 件である。同事件で,最高裁判所は,明示的に   行動である場合には,右批判等により当該公務

「公正な論評の法理」に言及したわけではない   員の社会的評価が低下することがあっても,そ が,政党間の批判・論評に限定して,実質的に   の目的が専ら公益を図るものであり,かつ,そ 公正な論評の法理を述べたものと見ることがで   の前提としている事実が主要な点において真実 きる(同旨,松井茂記・判例批評・民商法雑誌   であることの証明があったときは,人身攻撃に 103巻2号108頁,115頁)。というのは,同判決   及ぶなど論評としての域を逸脱したものでない は,次のように述べているからである(最判昭   限り,名誉侵害の不法行為の違法性を欠くもの 和62年4月24日民集41巻3号490頁,498頁以下)。   というべきである。このことは,当裁判所の判

「本件広告は,政党間の批判・論評として,読   例(最判昭和41年6月23日,最判昭和61年6月 者である一般国民に訴えかけ,その判断をまつ    11日,最判昭和62年4月24日,各判例集の出典 性格を有するものであって,公共の利害に関す   省略)の趣旨に徴して明らかであり,ビラを作

る事実にかかり,その目的が専ら公益を図るも   成配布することも,右のような表現行為として のである場合に当たり,本件広告を全体として   保護されるべきことに変わりない。」

考察すると,それが上告人の社会的評価に影響     本判決は,社会的評価を低下させる論評であっ を与えないものとはいえないが,未だ政党間の   ても,①それが公共の利害に関する事項である 批判・論評の域を逸脱したものであるとまでは   こと,②その目的が専ら公益を図るものである いえず,その論評としての性格にかんがみると,   こと,③その前提としている事実が主要な点に 前記の要約した部分は,主要な点において真実   おいて真実であること,④それが人身攻撃に及 であることの証明があったものとみて差し支え   ぶなど論評としての域を逸脱したものでないこ がないというべきであって,本件広告によって   との四つの要件が充たされれば名誉侵害の不法 政党としての上告人の名誉が殿損され不法行為   行為は違法性を欠き,結局不法行為責任は発生

(10)

しないことになるとしたものである(松井・前  (2)長崎教組事件の名誉侵害不法行為否定の論理 掲論文・116頁)。別の整理をすれば,本判決は,    長崎教組事件は,通知表の様式及び評定記載 事実の摘示に関する相当性理論を論評による名   方法をめぐる論争に端を発して,一部の学校で 誉殿損に適用するに当たって,①,②の要件に   通知表が交付されなかった事態などに対して,

ついてはそのまま採用し,③については,事柄   被告(上告人)が,それらの事態を批判するビ の性質上,論評の前提事実につき主要な点にお   ラを作成・配布したことが,そのビラで名指し いての真実性を要求し,④の要件を付加して,   された原告(被上告人)らの名誉を侵害するか 許容される論評の限界を画したものである。さ   否かが主要な争点となった事件である。

らに,厳密に本判決の射程を画するならば,論    最高裁判決によれば,原審が認定したビラの 評の対象が「公務員の地位における行動である   内容は次のとおりである。

場合」ということになろうが,この要件は,一    《本件ビラには,通知表の交付をめぐる混乱 般化すれば,公共の利害に関する事項の要件に   の経過,通知表の性格,被上告人らが校長会案 包摂されることになろう(飯塚・前掲論文55頁)。   に反対して各勤務先学校の校長の決裁を得られ もっとも,本判決は,真実と信ずるについての   ない状態にあったことなどについて上告人の立 相当の理由の証明による免責には言及していな   場からする詳細な記述がされている一方,その い。しかし,引用されている最高裁の先例,及   本文中において,「教師としての能力自体を疑 び論評という表現行為が事実の摘示の場合より   われるような『愚かな抵抗』」,「教育公務員と も制限されてはならないという実質判断からみ   しての当然の責任と義務を忘れ」,「お粗末教育」,

て,真実相当性の証明による免責を否定する趣   「有害無能な教職員」等の表現が用いられ,本 旨と考えるべきではない(五十嵐清・判例批評・   文に続く「通知表問題でわかった有害無能な教 平成元年度重要判例解説79頁,80頁)。       職員の一覧表」と題する一覧表に被上告人らの 各勤務先学校名・担任クラス・氏名・年齢・住 3.長崎教組事件とニューライフ事件の比較検討   所・電話番号が個別的に記載された。》

最高裁判決は,先に見た一般的説示に照らし

(1)ニューライフ事件原判決の論評に関する判断   て右のようなビラを次のように評価した。《本 ところで,原判決の核心部分は,先に引用した   件において,前示のような本件ビラの内容から

《「もう正気の言動ではない。」とか「バカ殿気   すれば,本件配布行為は,被上告人らの社会的 分も休み休みしてもらいたい」との表現は,被   評価を低下させることがあっても,被上告人ら 告が取材し,把握した事実関係とは結び付き難   が有害無能な教職員でその教育内容が粗末であ い,いたずらに原告を椰楡する不適切で侮辱的   ることを読者に訴え掛けることに主眼があると な表現であり,論評としても行き過ぎの表現で   はにわかに解し難く,むしろ右行為の当時長崎 ある》との判示部分であるといってよいであろ   市内の教育関係者のみならず一般市民の問でも う。この部分は,原判決自身の判断に従えば,   大きな関心事になっていた小学校における通知

《事実に関する論評が人身攻撃に及ぶなど論評   表の交付をめぐる混乱という公共の利害に関す としての域を逸脱しないとき》(原判決18丁表)   る事項についての批判,論評を主題とする意見 には当たらない表現ということになろう。そこ   表明というべきである。本件ビラの末尾一覧表 で,次に先に見た長崎教組事件最高裁判決の判   に被上告人らの氏名・住所・電話番号等が個別 断に照らして,ニューライフ事件原判決の右の   的に記載された部分も,これに起因する結果に 判断が正当であったか否かを検討することにし   つき人格的利益の侵害という観点から別途の不 たい。      法行為責任を問う余地のあるのは格別,それ自

(11)

体としては,被上告人らの社会的評価に直接か    議員の所属会派からの脱退と新会派の結成,

かわるものではなく,また,本件ビラを全体と    原告に対する議長不信任動議の提出と決議な して考察すると,主題を離れて被上告人らの人    ど,議長である被告に関わる問題が噴出して 身攻撃に及ぶなど論評としての域を逸脱してい    いたことから》(原判決18丁裏)と,正しく るということもできない。そして,本件ビラの    認定しているように,本件第1記事は,その 右のような性格及び内容に照らすと,上告人の     ような公共の利害に関する批判・論評を主題 本件配布行為の主観的な意図及び本件ビラの作    とするものであった。

成名義人が前記のようなものであっても,その   ②原判決は,《「正気の言動ではない」との表 ことから直ちに本件配布行為が専ら公益を図る    現は,異常な精神状態による言動,あるいは 目的に出たものに当たらないということはでき    理性的判断によらない言動であるとの意味内 ず,更に,本件ビラの主題が前提にしている客    容であり,それ自体強い侮辱的表現形式であ 観的事実については,その主要な点において真    ることはあきらかである。》とか《「バカ殿気 実であることの証明があったものとみて差し支    分も休み休みやってもらいたい。」との…

えないから,本件配布行為は,名誉侵害の不法    表現が,それ自体極めて侮蔑的,椰楡的表現 行為の違法性を欠くものというべきである。》     であることは多言を要しない》として,これ 本件ビラ配布行為に対する右判決の評価で重     らの表現が論評の域を越えないものとはいえ 要なのは,①本件ビラ配布行為の「主眼」が,    ないとしているが,この評価は,記事を「全 被上告人らの有害無能・その教育内容の粗末を    体として考察すること」なく,主題を離れて,

訴えることにはなく,通知表問題という公共の    文言それ自体を評価しているもので誤りとい 利害事項についての批判,論評を主題とする意    わざるを得ない。記事を全体として考察し,

見表明であること,②本件ビラを「全体として    一定の表現が主題と関わりを持つかぎり,通 考察すると」,「主題を離れて」被上告人らの人    常であれば侮辱的・椰楡的となる表現でも人 身攻撃に及ぶなど論評としての域を逸脱してい    身攻撃には当たらず,論評の域を逸脱したも ないこと,③「ビラの内容・性格に照らして」,    のとならないのである。

配布行為が専ら公益を図る目的に出たものに当   ③本件第1記事は,専ら原告に対する人身攻 たらないということはできないこと,及び④ビ    撃をする意図の下に執筆配布されたもので ラの主題が前提としている事実については,    はなく,専ら取手市民の知る権利に奉仕する

「主要な点において」真実性の証明があったこ    という公益を図る目的に出たものであること との4点である。       は明らかである。

(3)ニューライフ事件への適用      最後に④論評の前提である客観的事実の主 右の4点をニューライフ事件に適用したなら    要な点における真実性については,原判決が ばどのようになるであろうか。       《第1記事中,事実に関する記載部分は,客

① ニューライフ事件での第1記事の「主眼」    観的事実と対比すると,細部において微妙に は,原告・被控訴人が「正気の言動」を発す    異なる記載ややや不適切な表現があるが,そ ることのできない人間であり,周囲の人々の    の大筋では概ね一致しているということがで 意見を聞き入れない「バカ殿気分」の人間で    きる。》(原判決26丁表)と認定しているとお あることを読者に訴えることにあったのであ    り証明済みである。

ろうか。そうではない。原判決も,《本件各 記事が作成配布された当時,取手市議会内部 では議長職の任期や交代を巡って紛争があり,

(12)

4.おわりに       (2)ついで,原審同様,本件各記事は公共の利害 に関するものであり,記事の執筆・配布行為は 結局,長崎教組事件最高裁判決が個々の表現行    専ら取手市民の知る権利に奉仕するという公益 為には名誉殿損行為該当性を肯定しながら,ビラ   を図る目的に出たものと認めるのが相当である 全体の主題との関係で不法行為としての名誉殿損    としたうえで,「本件各記事について,右の前 の成立を否定したのに対して,ニューライフ事件   提事実について真実性の証明があるか否か,論 原判決は,記事を全体として考察することなく個々   評としての域を逸脱したものでないかどうかに の表現行為自体を捉えて名誉殿損不法行為の成立    ついて検討」している。

を肯定するという過ちを侵していると評さざるを  (3)意見書で問題にした点については,次のよう 得ない。      に判断している。第1に,「世が世ならとても

原判決は,被告の主張として長崎教組事件最高   議長になれない」との記述については,同文章 裁判決の説示を正しく引用し,自らの判断基準と   を一連の流れの中で通読してみれば「ことさら しても採用したかに思われたが,その具体的適用    に被控訴人の出自や経歴を取り上げて,同人の 事案を正確に検討せず,ニューライフ事件に適用   議長不適格性を述べているものではないことは

したために誤った結論を導きだしてしまったもの   明らかというべきである。」と判断。第2に,

と思量するものである。       「もう正気の言動ではない。バカ殿気分も休み 休みやってもらいたい。」との記述については,

〈補遺〉東京高裁判決について       「被控訴人の前記の言動に対する控訴人の評価,

意見を述べるものであるところ,その表現とし 1.判決要旨       ては相当に辛辣で必ずしも穏当とはいい難いと

ころがあるけれども,その主題としている事項

〈解説〉欄記載のとおり,東京高裁は,1995年6   は,取手市議会の議長という要職に関する極め 月21日被告・控訴人の主張を全面的に認め,名誉    て公共性の強い事項であり,しかも,前述のと 殿損不法行為の成立を否定する,要旨つぎのよう   おり,被控訴人の議長去就の問題を巡って厳し な判決を下した。      い対立が生じるなかで,被控訴人の側からも従

(1)まず,名誉殿損不法行為判断の理論枠組みに   前の紳士協定に沿った対応を拒否し,辞任を拒 ついては,最高裁長崎教組事件の枠組みを踏襲   む趣旨の強硬な言動が示されるのに対して,こ

した。「公共の利害に関する事項について自由   れに反対する立場から,被控訴人に反省を求め,

に批判,論評を行うことは,表現の自由の行使    その姿勢の変更を促す目的をもって意見,論評 として尊重されるべきものであり,その対象が   を加えたものであるから,右の程度の表現がな 公務員の地位における行動である場合には,右   されたからといって,それが,主題をはなれて 批判等により当該公務員の社会的評価が低下す    人身攻撃に及ぶものというべきではなく,なお ることがあっても,その目的が専ら公益を図る   意見,論評としての域を越えるまでのものとは ものであり,かつ,その前提としている事実が   認められない。」とした。

主要な点において真実であることの証明があっ  (4)最後に,まとめとして,「以上検討したとこ たときは,人身攻撃に及ぶなど論評としての域    うによれば,第1記事中,事実に関する記載部 を逸脱したものでない限り,名誉侵害の不法行   分は,客観的事実と対比すると,細部において 為の違法性を欠くものというべきである。(最   微妙に異なる記事ややや不適切な表現があるが,

高裁判所平成元年12月21日第小法廷判決,民集    その大筋では概ね一致しており,主要な点にお 43巻12号2252頁参照)」       いて真実であることの証明があるということが

(13)

でき,批判,論評としての域を逸脱したものと  ぶものではなく,意見・論評としての域を越える も認められない。」とした。      ものではないと判断したことである。

2.若干のコメント       〈後記〉

東京高裁判決は,筆者が在外研究のため日本を 本件東京高裁判決の意義は次の点にある。第1  離れた後に下された。そのため,判決書その他の に,「公正な論評の法理」に関する最高裁長崎教   関係資料の入手につき当事者の幡哲夫,弁護士の 組事件の先例を踏襲したこと,第2に,本件各記  佐藤大志両氏にお世話になった。記して感謝致し 事の前提となっている事実の真実性を認定したこ  ます。

と,第3に,文章・記述は,その表現がなされて    なお,東京高裁判決を不服とする原告・被控訴 いる文章の全体から,または前後の脈絡のなかで  人は,95年7月4日最高裁判所に上告した(産経 理解されるべきであることを明らかにしたこと,  新聞茨城版95年7月5日)。

第4に,具体的に「もう正気の言動ではない。バ    最後に,新井章,中田直人両先生の御退官をお 力殿気分も休み休みやってもらいたい」というよ  祝いすると同時に今後の両先生のご健勝・ご活躍 うに,その表現が相当辛辣であっても,その主題  を祈念致します。

としている事項・目的から判断して人身攻撃に及      (1995年10月10日,英国レディングにて)

参照

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て当期の損金の額に算入することができるか否かなどが争われた事件におい

結果は表 2

本判決が不合理だとした事実関係の︱つに原因となった暴行を裏づける診断書ないし患部写真の欠落がある︒この