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教育農場論序説(その2) 一環境教育実践の場としての教育農場

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教育農場論序説(その2)

一環境教育実践の場としての教育農場

技術科(職業教育) 石  原 秀 志

(昭和49年10.月12日受理)

と昭和30年代の初期にかけての経済活動の復興過程の中 で惹起された数々の公害問題,次いで1960年代を境とし

1.は じ め に       て日本経済の高度成長という名分とプログラムの中で形

さきに発表した「教育農場論序説」の中で,我々は教  成されていった新産業都市や工業特別整備地域一鹿島も

育農場を成立させる原理として       正しくその1つである一の展開に伴って各地に出現した

1)生産と生活との統一の場      コンビナート方式の新しい産業地域の形成・活動がもた 2)技術と経済と自然との結合の場         らした様々の災害,また戦後の食糧増産の至上命令を背 3)人間と自然との接点       景とする農業生産技術の著しい進歩の中で重要な役割を

         1)とを挙げて考察したが,多少の重複は避けられないが,  果した防除技術の急開発に伴って引き訟こされた残留農

4)環境教育実践の場       薬等の資材を中心とした土壌や水の汚染(勿論工鉱業活

という機能をも有していることを付加すべきであると考  動の結果も同様な汚染をもたらした)と生態系の破壊や

      5)えられるに至った。本稿はそのような観点からの,前論  食品汚染,添加物質やPCB等を中心とする合成物質の

の補足的考察である。       濫用等によって拡大されていった食品公害などをあげね

ぱなるまいo

2 日本ならびに世界における環境問題の深      それらに加うるに,日本経済の戦略部門としての自動

刻化       車産業の発展と急速な運輸手段としての高速道路の建設 日本における環境問題は必ずしも新しい課題というわ  を中心とする道路網整備への投資とは互に因となり果と けではないが,しばしばく公害元年〉と呼ばれるに至っ  なりながら,狭い国土中に自動車の氾濫を招き,その結

         2)た1970年を境として,主として公害というかたちでの  果としての各種の排気ガス汚染や交通犯罪・事故の多発

環境の悪化,汚染ならびに破壊という人間存在への,同  によるほとんど日本全国ことに交通量急増地域における       6)時に人間を含めた生態系全体への重大な脅威の顕在化を  クルマ公害,あるいは新幹線や航空機の大型化と増大に

契機として,漸く国民的課題として登場するに至ったと  伴う騒音と振動と風害等,原子力の開発拡大や実用化に

        3)考えることができる。しかし,すでに明治から大正初期  伴う放射能汚染(ことに水産業への)危惧や,過密都市

にかけての足尾鉱山,日立鉱山,さらに住友別子銅山等  の生活汚水処理不備に伴う水質汚濁など,産業技術の進 に代表される日本資本主義勃興期における公害の発生と  歩と急速な一般化によるGN.Rの急増と生活の合理化の その解決の過程の中に,夫々の地域住民一被害者側を代  代償として,公害の多発という高価な生活環境の悪化に 表して闘った困難な闘いにも明暗のあったこと,そして  迫られつつある現代日本の齢かれている重大な一むしろ そのことからさまざまな歴史的教訓を引き出し得た筈で  危機的と言ってもよい一状況を考えるとき,新謂Tecno_

@ 4)あるが,それらの闘いのあり方一解決と挫折一や防止技  bgiCal aCCeSSmentという手法を含めて,緊急に技術的,

術への勅継の縮や適否等が+分腱設的に生かさ立法的な鰍を迫られている問題は正しく山積してい2.

れることなしに,昭和期に入ると間もなく生産拡大を至  加うるに都市における過密と,交通条件の劣悪な農山村

上命令とした戦争経済への移行と第二次世界大戦への突  地域における過疎というかたちで,地域住民に加えられ

入という激動の時期が続き,更に敗戦・焦土からの回復  る様々な負担や困難もまた,正しく環境の悪化であり,

(2)

20      茨城大学教育学部紀要 第24号

公害であると言えよう。      かに上廻る重大な結果を生むであろうことは,決して杞

1972年にストックホルムで開催された国連人間環境会  憂とは言えないのではないか。

議は,68年12月の国連総会でく人間環境に関する決議〉   人口,食糧,資源,気候変動といった問題がある程度

と共に瀾齢決定されて欧のであるが,その開催の地球的規模でからみ合。ている限㌍1鞍の・宇宙艀

実現は,正にそのような緊急,重要な問題が国際的規模  の上に起りつつある危機を孕んだ環境上の諸問題に関し

で検討さるべき時期が到来したということの証拠である  て,人類すべてが関心を高めざるを得ない時期に突入し

2%しさかのぼ。て言えぱ,、CSUの企画によってつつあることを再講する必要があるであろ野の・

1965年から,2年まで実施されたIB畜寝しても,計画と

立案の背景として,第二次大戦後の入口急増,開発途上   a新しい教育計画としての環境教育の理 国の半恒常化した食糧不足という事態と共に,大気・水    念と主張

質汚染その他を含めての囎の悪イ色%う三つの事態が 今まで,我。肋かれているこの地斑の諸国民否

働いていたということを考えるとき,あたかも国際人口  入類が環境に関してどのような危機的状況に面している 年ーであるこの74年8月にブカレストで開かれた世界入口  かを,概略的に指摘してきたが,同時にこのことは,今 会譲が,参加国相互乃至地域間の利害の対立を孕みなが  後の教育プログラムの中でどのような位置を与えられる

ら,事態の深刻さと,夫々の国がこの問題に対して十分  べきなのだろうか。

に配慮すべきであるという結論について同意を見たこと  既にのべたように,教育が未来の先取りという重要な

と伴せて,正に〈宇齢地球号〉或は一・NLY・NE機能をも。ていることをも承認するなら浸1)爆発的人。

EARTH という共通の理解と相互の協力なしには,人  増大の趨勢と,環境の急速な悪化と,誤ったあるいは作

類が21世紀を迎えるまでに重大な事態に遭遇せざるを得  られた〈消費者教育〉の結果としての浪費二消費は美徳 ないであろうということは,殆んど否定し難い状況であ  という宣伝によって加速されつつある資源の急速な減少

ると言えよう。      との中で未来のe宇宙船 の重要なメンバーたるべき人

このような状況は73年10.月のアラブ・イスラエル戦争  間の教育,また国民教育を考えるとき,過去の不幸な経

を契機として発動されたOPECを中心とする石油戦略  験を貴重な教育遺産として生かすためからも,そして世

によって一層問題の深刻さ(エネルギーをめぐる)を世  界で唯一の被爆体験を身をもって悲惨な犠牲と共に受け 界中の入々に痛感させただけでなく,今もその影響は様  とめた民族としての歴史的責任という点からも,新しい 々のかたちで世界経済に重大な影響を与えつつある。   教育計画の中で,諸国民の国際理解と平和のための教育 中でも,国内消費エネルギーの4分の3を石油に依存  を強化するということは,核実験や核武装が急速に拡散 している輸入国日本にとって問題は極めて重大であり,  しようとしている現在の状勢の中での重要な課題である

OPECのとった政策がどれだけ日本の政治と経済とを  と思われる。そしてこのことは,陸上と海洋とを問わず,

ゆさぶったか,結果としてどれだけ国民の消費生活面に  地球上の有限な諸資源をめぐってのできるだけ公正,平 まで影響が及んだかはあえて指摘するまでもない。   和な利用のためにも必要な段階となるであろう。

これに加えて,ここ一両年にわたる世界的インフレー  同時に,上述してきた環境・公害の問題に関しても,

ションの急速な進行に伴って,石油のみならず一般資源  技術的,立法的な手段による調整と規制をもってする解

の働て乏しい繍大国躰繊ったこの思い力嚇い決への努力の必要藍言うまでもないが激育の場降

大波は,今までの高度成長はここ当分な齢十分可能であ  いても,このことの正しい情報と理解,望ましい環境実 り,そのために必要な資源の海外からの供給は,経済力 現のためのプロセスー技術を主とした一等についての学 の許すかぎり常に確保できるであろうという幻想に対し 習を進めることは,重要であり,そのような要請は既に て,きびしい反省を迫るものであった。        社会科の教育課程の中では,ある程度指導要領の改訂と

もしも地球それ自体の上雌行しつつあると見られていうか妨で取上げざるを得なくなったρ

       1のいる気候的変動の相当期間の継続と相まって,世界的な   しかし,そのような部分的手直し,乃至は補足という

規模での食糧生産の減退乃至は停滞が起ったならば,年  ことで,環境と公害の問題とに対する教育的な取り組み 々の確実な世界人口の増加の中で,世界最大の食糧輸入  方が十分であるとは思われない。人類がよりよく生きる

o o o o o o o

国日本の受けるであろう打撃は,恐らく石油危機をはる  ためのく平和のための教育〉も,国民一入一入がより健

o o o

(3)

石原:教育農場論序説(その2)       21

眺総誉ための〈保健と備との教育〉も,このく環騨よって,〈囎〉の本質膿近することができよ翌 境・公害教育〉に対して相応の・エイトを媚すること しかし庚縫んで,蹴を風土として理解卸風土論

なしには,おそらく十分な効果を挙げることは困難であ  的立場による環境と入間との結合関係や交互作用を考え

ろう。       たものとして,〈信州教育〉の中心的な人物の1入とし

この点にハては・前述した〈国連燗蹴会議〉で⑭三沢櫛鋸想と鯖研究の濁を忘れるわけにはも,6つの柱の1つとして〈環境教育〉を取上げている  いかない。「大気でもなくデ大地でもなく,大気と大地

こと,〈人間環境宣言〉の中で,平和と経済発展となら  との相接触する面においてこそ,入間の諸活動が展開さ

んで,〈よりよ喋境の創造〉が髄要な課題であるとれる・という発想に立。〜風土一燗の関係を独郎

していること,ことに環境の悪化・汚染や諸公害の影響  把握した彼は,地理学者として郷土の自然と入間との営 を強く長期間にわたって受けねばならないのは,身心の  みとの中に多くの課題を見つけだし,進んで〈風土産業〉

重要な発達段階にある幼児や青少年たちであることを思うと  という概念を樹立することによって,郷土信州の自然の き,当然のことながら今の大入である我々の問題解決の  中で,入々の産業的生活的なかかわり合いを究明してい ための責任は重大であるが,同時に,若き世代にある者  くことを通して,独自なく環境教育〉の実践者としての

たちに対しても激育の場一学校教育と社会教育とを問 地歩擁立したのであっ認

わず一で溌分な醜と計画とのもとに環撒対して ところで,我・はく環翻謬の問題に入り込みつつ の正確な積極的な理解と体験とを与える学習が,実践  あるわけであるが,〈教育環境〉という問題のもつ意味 的に用意されねぱならないであろう。         についても考えて赴く必要を認める。ことに後者につい

我々は,そのような目的と意義とをもった教育プログ  ては,従来から,心理学的立場から重要な関心がもたれ ラムを,主としてどのような形態,方式で実践するのが  てきたし,そのような立場にウエイトをおいたく教育環 妥当であるかについては,徒らに逡巡したり遅滞するこ 境学〉乃至は〈教育的環境学〉としての研究は,かなり

農場〉による方式は,正しくそのための1つの提起でし  今,我々が問題として取上げようとする〈教育農場〉

かあり得ないということを認めた上で,このような方式  の〈環境教育〉の場としての役割を考えるにあたっては,

による環境教育への接近のあり方について多少の考察を  これら2つのことは,本来別箇に取土げられて然るべき

加えてみたい。      だと考えられるが,にも拘らず,両者は深く関り合って

いることをも無視するわけにはいかない。

4環境教育実践の場としてのく教育農場〉       そこでまず,問題を2つに分けて論じてみたい。

ブラーシュは地理学的立場から環境を論じた中で,璽地    A.教育環境としての〈教育農場〉

理学のあらゆる進歩を一貫しているのは地的統一の理念    B.環境教育の場としてのく教育農場〉

である とし,更に〈地理学的概念としての複合的環境〉

という表現によっぞ?地理学的蹴囎の基本的立場を 4A教育環境としての〈鞘農場〉の機能

提示しているが,同時に,聖milieu も彫environmen t も   さしあたり,次の4つの分野から農場の機能を考えて

曾ecologジも,根本的には同一の概念の表現であること, みたい。

そして諸事物と生物との緊密な連帯性が進行するに従っ  A.1 自然環境としての教育農場の機能

て,人間もまた生物の一員として,この関係の中に入り   日本に澄ける教育農場の原点ともいうべき,北海道北 込む存在であると同時に,能動的な面と受動的な面とを  見の国の原生林の中に,60年前,開設された家庭学校農

併せもつ点聯て・騨との関係をより礫なものと場の設置にあたって,設立者であった留岡幸助の基本的していると主張している。       な考え方は, 教育の原理を格別に自然の中に求めてや

このよう姥紡は,獄の代表的な地理学者一一ツ 謹かっだという点にあっ譜

ホーンにも大体に於いて引き継がれていると思われるが,  ルソーはエミールの中で,人の教育のために三種類の

上述の立場から,我々は,地理学的な自然と入間との理  教師があるとした。即ち,自然=こどものもつ自然性,

(4)

22      茨城大学教育学部紀要 第24号

環境=(自然的,社会的)事物,入間=教師を含めての   凡そく教育農場〉への参加ということは,ただ単に,

        31)

e響,の3つである。留岡幸助が,〈自然の中に〉と考  く農場〉という特定の地域に入り込み,そこで事物にふ えた時,恐らくそれは環境二事物としての自然を考えて  れる(それ自体大切なことではあるが)というだけに止       閣

フことであったであろう。60年前の東京巣鴨(家庭学校  まらず,小規模であっても,子供たち自らが,そこで,

o o o

の所在地)のもっていた都市的環境は,今とは比較にな  特定の組織の一員として具体的な生産と生活(=消費)

らない程尚自然を残していたに相違ない。にも拘らず, とを,経済と技術とを媒介として結合的に体験するのだ

●  o     ●  ●

留岡は,都布生活のもたらす弊害からの解数と矯正のために, という風に理解するとき,参加者としての彼ら自らもま 敢えて文字通り最北の辺境の自然の地を選んだことには, た,1つの社会的経済的単位として存在するものである それなりの必然性があったのだと言わねばなるまい。そ  ことを,より実践的に,家庭の一員としてのそれとは異 れから60年,今我々の生きている現在の都市は,文字通  ったかたちで,または単なる学級メンバーということと

り高度利用という名目のもとに,高層化が進行し,先人  も違って,体験しうる契機となりうるであろう。

たちの工夫と苦心の結晶でもあったかっての豊かな水の   ん皿 全一体的存在としての農場の教育環境的機能 流れは,そのほとんどが地下に埋められ,自動車道と人   さきに,農場とはONE SETとして存在し,活動する 道とを問わず,道路という道路は,各種の国道から広く 組織であることを指摘したが,〈教育農場〉も同じよう はない町村道を含めてアスファルト舗補装化によって,  に全一体としての性格をもった環境であることの重要性

しばしばアスファルト・ジァングルあるいは都市沙漠と  を,再び強調しておきたい。

いう状況に急速に変えられてゆき,多くの高層ビルや近   前に述べたように,ハーツホーン自身,入間と自然環 代的住宅にあっては,窓の構造のみを考えても,風も入  境とを敢えて区別することなしに,凡そ入間の関り合う

       33)

轤ク,においも漂って来ない,太陽の光も容易に見出す 環境を全体として捉えることの重要性を主張しているが,

ことのできない状況が次第に一般化されつつあるという 更に一般化して言えぱ,学問の世界も,産業や職業の世

ことを考えるとき,そのような都市的なあまりに入工的  界も,この4半世紀の間に高度の分化を遂げるに至った      「

ネ環境から脱出して,生きた大気と大地とにふれ一そこ  ことは,一面に詮いて入間文化の大きな前進と見ること で入々ははじめて風土的なものを自らの体験としてもつ  ができる反面,あらゆる分野での全体的視角の欠乏もそ ことができるのだ一風のささやき,自然の流れや湧水や, れだけ著しくなっていることに対して,如何にして総合 澄んだ用水群と,それらをとりまく豊かな緑やそこに生  化が可能であるかという反省と模索が種々の立場から取

きているさまざまな生きものたちともふれあうことがで  り上げられるようになってきている現在,今の子供たち きる一そのようなふれあいによって与えられる入間存在  に最も欠けていることの1つは,このような全一体的活 の回復というはたらきをもつ場が教育の世界にも必要で  動の場一〈教育農場〉は正にその1つである一に,有機 あることは言うまでもない。それらを与えてくれる場の  的な,主体的なメンバーとして生きる体験をもつことで        32)

̀態にはいろいろな方式があること,そして〈教育農場〉  はないか。

も正しくそのような場として,自然のふところの中に位   地球自体の全体性への認識が強く要請されるようにな 置することに重要な意味を見出しうると考える。     ってきた現在,たしかにちっぽけなミクロ・コスモスで

A』 社会的経済的環境より見た農場の教育環境とし あるかもしれないが,〈教育農場〉を全一体として体得 ての機能      することができるならば,それ自体大きな教育的な意味

農場一般については勿論であるが,〈教育農場〉とい  が存在するものと考える。

う存在もまた,ある範囲一地域という枠の中にあって,   A濯 入為生態系的存在としての農場の教育環境的機 自ら全一体としての性格をもつ限りに診いて,一定の社   能

会的経済的環境の中に位置づけられうると共に,それ自  上述のように,教育農場の立地としては,それができ 体もまた,そのまま一箇の社会経済的環境としてのはた  るだけ恵まれた自然の中に位置すべきであるということ

らきをもつ。即ち,

サこに参加するすべてのこどもや青  は極めて望ましいが,しかし,一般的に農場それ自体は 年たちにとって,〈教育農場〉は,それ以外の,あるい  正しく二次的,入為的生態系であることを否定するわけ はそれを取り蓑く社会・経済的環境とは異った特定の環  にはいかない。

境として作用し,また機能する。      基本的には,人為の全然入りこんでいない純粋な自然

(5)

石原:教育農場論序説(その2)       23

一一沒I自然それ自体のもつ淘冶性が当然重視さるべき  野として,さしあたり次の6つのプロセスを挙げ,それ であるが,この狭い日本の国土の中で数千年に亘って我  らについての検討を加えていきたい。それらのうちのか 々の先祖たちは一次的自然へのさまざまな働らきかけに  なりの部分は,所謂フィールド・ワークとして,生態学 よって生存し,更には次第に高度の文化を作り上げてき  的手法としても当然考慮さるべき分野を含んでいる。

たという歴史的事実を承認する以上,入為生態系として  比較的最近の〈環境農学論〉の登場は,生態学的手法 の農場が,自然のもつさまざまな作用力を有効に活かし  を農学本来の方法論として捉えながら,環境問題とどの ながら,如何にして望ましい調和のある機構を形成し保  ような関り合いをもつべきかという反省に立った立場と

35)36)

持していけるかに我々の努力と創意はかかっており,こ  して注目することができよう。

とに〈教育農場〉として存在し機能することを期待する   B.1 農場内外の気象環境への接近 限り,そのような望ましい調和の実現こそは,例えば古       一農業気象的視点に立って一

都としての京都やその他の都市が長い間かかって築き上   生活ならびに学習環境としての学校あるいは学級自体 げてきた入間の生活集団としての調和ある町作り実現の  も,ある程度の気象的環境の把握が必要なことは,学校 ため払ってきた努力,もっと狭くは歴史的な名園とよぱ  保健法等で規定されているし,教育的な配慮の分野とし

れるさまざまの鯛が,経翻背景やその為働員されても当然取上げるべきことではあ試)教膿場にとっ

た民衆の労働力を無視することはできないとしても,す  ては,次の諸点を考慮しながら,取り組んでいくことが

ぐれた構想力と築庭技術に支えられながら,周辺の環境と 望ましい。即ち,

の見事な調和を実現しつつ形成されていったエネルギ   1)一般的な気象観測のための諸設備(ある程度まで

一を考えるとき,農場のもつ教育的環境性をより効果的,  自動・自記的装置を含めて)を備えた露場その他をこ 充実したものとするために,出来る限りの努力を傾ける  どもたちの観測や管理の場として活用すること。

価値があるものと言えよう。      2)その結果得られたデータの整理と地域の平均値(区 一般的には,〈教育農場〉もまた,二次的(耕地や草   内観測所等の)との比較検討のための材料として活用

38)

原など)なものを中心に,もしも可能ならば一次的=原  すること。

生的なものをできるだけ保持しながら,こどもたちの活   3)林地や圃場(室内圃場等をも含めて)の内外の気 動のための環境に適わしい,十分に管理された緑林や緑   象を主として微気象的観点から観測・測定の対象とし

鉾耕地潭地ならびに種。の形態の水圏を含めて_て利用し,記録すること。

の存在する場こそ,我々の目標とする〈環境形成力〉の   4)生物季節(作物季節等を含め)気象の現象をこど 作用しうる条件でなければならない。当然のことながら,  もたちに観察させ,それらを記録・整理していくこと。

ある程度の動物と,施設とを適切に配置することもまた   5)農場の位置する環境条件によっては,風力の利用         34b)

Yれるべきではない。      を種々の見地から試みること(風力計自体現在は発

電式のものが利用されつつあるし,自転車用の発電ラン

4B環境教育の場としての〈教育農場〉   ブあるいは充電装置等を取入れるととによって,風車の

一栽培・飼育環境的視点を中心として一     利用等も可能になるであろう)。

教育農場はそれ自体すぐれた教育的環境としていくつ  以上の内容の中で,一部宛でもできる部分から取上げ

かの機能をもっていることは上述したように明らかにさ  ていくこと,ことにある程度継続的に実施していくとい

れた。      う態度は,後輩たちのためにも大切なことだと考える。

さて,実践的な立場での環境教育ということを考察す   B.皿 農場内外の土地的環境への接近 る場合,教育農場も,その基本的な構成要素(農場経営     一土壌・水利・水質的視点に立って一

の立場から言えば組織)を栽培や飼育の対象となる作目   コンクリートやアスファルトでかためられた都市の学 におく限り,それらを中心としながら,それらを取りま  校環境では,大地そのものにふれることは一般に困難で く農場内外の諸環境をどのように認識し,整備していく  あるが,教育農場のもつ土地的環境に接することによっ ことによって,環境教育の素材として生かすことができ て,こどもたちは,さまざまな事物と取り組むことがで るかということに主たる関心は向けられるべきであろう。 きる。即ち,

ここで,我・がそのよう捌象として考慮を払うべき分 、)土地こそ文明否燗生存の母であるこ農よ娯

(6)

24      茨城大学教育学部紀要 第24号

体的に理解するため,農場が立地する土地,土壌,な  もなりうる。

らびに水のもつ諸性質を調らべることから第一歩がはじ  2)凡そ生命体の生命維持が安定して持続しうるよう

         40)められるぺきである。      な環境の存続こそ,環境保全の最も基本的な課題であ

2)土と水との汚染という点からは,ある程度の測定  り,生態系それ自体の安定化に連るのだということを考 項目,方法を導入することによって,汚染源,汚染物  えるとき,上述の問題について継続的,組織的な調査を 質,その程度や範囲等を明らかにすることができる。   行うことは,気象的データの集積がそうであるように,

3)もしも農場それ自体がある程度の起伏をもち,作  明らかに教育的にも有益な資料を提供することになるで 物や植生の生育相にも相違が見られる場合は,その地  あろう。

形学的,土壌学的な差異や,土壌侵食の実態,程度等に   3)以上の外に,環境適応や環境抵抗というような現 ついても野外調査等の比較的簡明な方法で調査すること   象を知るために,作物をも含めた指標植物の生態を明

       44)もできるし,平坦地の場合にも,見かけ上の一様性にも  らかにすることも,接近のための重要な方式となる。

かかわらず,土質,土層等は必ずしも均一ではないこと   BIV 栽培対象をめぐる環境条件への接近

も実際に確かめることができよう。       一作物栽培的視点に立って一

4)水利や水質については,地下水位を含めて,利用   しばしばふれてきたように,農場内で栽培される作物 可能な水の流れ(流量,流速等)を明らかにすると共  は,長期に亘って入為の影響を強く受けてきた二次的自 に,漏水や水食という問題についても指導することもで  然であるのみならず,特定な作物の集団的存在は,単一 きるし,2)と平行して簡易水質検査によって用水として 樹種による植林地の場合をも含めて,自然生態系の立場 の適否等を知ることができる。      からは必ずしも望ましいものではない。ことに,いわゆ

5)もしも,ある程度の水量をもった流れと傾斜とを  るプランテーシ・ンとして運営されているモノカルチュ

 うまく利用することができるならば,最も簡単には小  ア的農場の場合,その弊害はさまざまなかたちで指摘さ      45)型の水車,場合によっては簡易タービン等を製作して,  れている。

水のもつエネルギーを動力や発電に利用しうるという事   教育農場もまた,たとえ小規模であっても,出来るだ

実を確認させることも可能である。このような工夫は,  け多くの種類の作物を集団として育成管理するというい      9

歴史の中で,入類の文化を推進してきたこと,ことに戦  き方をとることが望ましく,教育の場としても,必要な 後のあの困難な時期には,各地でされた身近かな実践で  措置と考えたい。

    41),41)b

ならんで,今人類にとって緊急な問題となりつつある   時間的=季節的,空間的=栽植密度的,土壌肥料的など

SAVENERGY一エネルギーの節約ということへのささ  の見地から,どのような環境条件を与えることがより望

       42)

@      ましく,かつ生産的であるかを,対象に直接ふれながらやかな教育実践の機会ともなりうるであろう。

B.皿 農場内外の生物的環境への接近        理解し,明らかにしていくことは,まさに農場特に教育 一環境保全と生態系の保護の視点に立って一    農場という場であればこそ,反復して学習することの可       46)

̲場の中心をなすものは作物(の栽培)や家畜(の飼  能な教育の過程となりうると言わねばなるまい。

育)であり,更にその実現の場としての農地(圃場や草   B.V 飼育対象をめぐる環境条件への接近

地)や林地及び施設などであるが同時μれらをとりまく:々」・の        一家畜飼養的視点に立って一

生物群(地中,水棲の動植物を含めて)の存在と,それら  上に述べた作物栽培的視点よりの環境条件への接近は,

との生態系的調和の保持の上に農場活動は成立し進行す  同じく動物飼育の場合にも原則的にはあてはめることが るのだという具体的な認識がまず必要である。その点か  できる。ただし,飼育の場は必ずしも土地(耕地草地 らいえぱ,      等)それ自体の利用というわけではないから,例えば,

1)そのような見地に立って,農場内乃至はその周辺  作付体系を通しての連作害の回避のような問題は,普通 に,どのような生物相が地域と季節に従って分布し,  には起り難い。しかし,場合によっては,過放牧という 消長を示しているかを知ることは,農場という1っの小  かたちでの草生状態の変化のような問題もありうる。

コスモスの利害や運命に共に参加することであり,さら  更に「般的に言えぱ,農場を全一体たらしめる最も基

にはより大きな社会や地域のあり方を知るための楷梯と  本的な関係をく土地一作物一一家畜〉というサイクルとし

(7)

石原:教育農場論序説(その2)       25

       50)て理解する以上,作物にとっての環境条件の如何は(例  適切な場を提供することができる。

えぱ草地や飼料作物生産に利用された防除物質がサイク   以上にあげた6項目の外にも,農場の社会的経済的環 ルの中に入り込むというような場合を含めて)必然的に  境への接近等の問題もまた,環境教育の立場から取り上 家畜(ことに草食を主体とする動物の場合は然り)にも げることが望ましいと考えられるが,本稿では特に触れ 影響を与えることになり,家畜飼育の環境もまた土地を  ないことにする。

通して作物にも影響するのだという関係について理解を

すること秘要であ潔         5結 び

B.W 農場における環境制御システムの導入による接   環境教育実践の場は,結局は環境それ自体の中に求め

近一入為的栽培施設管理的視点に立って一   らるべきであると言うことができるが,学校教育(場合

二十世紀後半に入って急速な進歩を見せるに至った環  によっては社会教育をも含めて)の中に,〈教育農場〉

境制御技術は,生物生育の分野でも大きな影響を与える  を如何に位置づけるかということによって,教育実践の に至ったが,農業生産の分野に関しては,実験的施設を  あり方も大きく変らざるを得ないであろう。

別にしては,戦後間もなく米軍の施設として設置,運営   我々は,教育の場にあって教育農場の占めることので されだ曙Hidroponic Farm 力二実用的な成果を収めたのを  きる種々の機能あるいは役割についての考察を試みた中 最初として,ガラス室ならびに種々の硬質プラスチック  で,環境教育と教育農場との接触の方式について,いさ 板を中心とした新しい施設資材の開発,培地ならびに培  さか検討を加えてきた。

養液とその循環供給方式等についての種々の改良,保温  教育環境としての接近と,環境教育の場としての接近

・保冷・保湿・通風換気等についての制御システムの自  と,2つの角度から教育農場への接近が検討されたが,

動化や集中管理方式等の面での著しい発達などを通して, それらを通じて言えることは,我々の教育プログラムの 急速に全国的に普及していき,今や数万ヘクタールに達  中に教育農場を組み込むことによって,おそらくは,理 する面積が,何らかの方法で施設的栽培の場に向けられ  科や社会,場合によっては家庭や保健体育などの教科,

    48)るに至った。飼育部門の同様な発展も極めて急速に進め  乃至は道徳教育といった分野からの環境問題への接近と

られつつある。      はかなり違った方式で,環境学習のために,教育農場が

これらの方式は,日本の農業生産ことに所謂青果物や  総体的な活動の場として生かされることの可能性を,あ 草花類生産の分野では相当なウエイトを占めるに至った  る程度明確にすることができた。

が,現在の中学校技術科の学習指導の中にも,小規模で  教育農場こそは,全一体として存在することによって,

はあるが,〈環境調節や化学調節を加味した栽培計画〉  そこで展開されるさまざまな生活・学習・体験などを通 という学習プログラムとして定着しようとして齢り,各  して,我々にとって環境が具体的にどのような作用をも 地ですでにその先駆的試みが実践されつつあるが,〈教  ち,同時に,我々の環境教育への対応の仕方の如何によ 育農場〉もまたその場内の一部にこのような方式を取入れ設  って,環境の安定性や生産性,入間生活への適応性など 置することが当然考慮されねばならないし,それによっ  がどのように変化していくのかということをしっかりと て園芸植物等を季節性を超えて栽培管理することが可能  身につけることができ,自然のもつ本来的な安定的系と

となる。       しての生態系に我々が関与し,介入するためには(我々

それのみならず,「般に鉢物や苗物等は管理上の困難  はそのことを完全に避けることはできない),どのよう のために十分利用し難い面があるが,ある程度までは,  な秩序と抑制とが必要であるかというエトスをも学んで

       51)それらの制御装置を活用することによって休日等の管理  いくことができるに違いない。

面の難点を克服することができるし,生徒たちがそれら  〈教育農場〉は,正しくそのような意味で,明日の時 を自ら体験確認し,あるいは進んでその改良のために創  代を形成するための教育として,今日的な緊急性をもっ 意を生かすことも可能であり,〈人間≒環境一作物〉と ている環境教育実践の場として,すぐれて重要な役割を いう系のあり方について,より適切な理解に資すること  果しうるであろう。

ができると共に,理科や技術科に澄ける機械ならびに電   〔付記〕

気等の知識が生かされて,これらのシステムの中に取り  なお,本論の基本的な考え方にっいては,1974年8月

入れられるならば,正しく総合学習の具体的な展開にも  の日本農業教育学会で発表された。

(8)

26       茨城大学教育学部紀要 第鈎号

ない。いままでにない新しいカー質のちがう暴力で,自 然が破壊されていく。ここ25年の動きを見れば,そう言 注ならびに文献       わざるを得ない♂ Rachel Carson:Silent Spring

1)拙稿:茨城大学教育学部紀要 20号 1970       1962.邦訳1964.p.16

2)後述するようなく石油問題〉の惹起した影響をも含めて,   6)この点に関しては,すぐれた経済学者としてだけではな 1973年こそより新しい転換の年であり,それ以前の1960     く,市民的権利を自動車によってたえず侵害されている 年来の高度成長の時代の判断ではもはや現実批判はでき     人間の1人として,日太ほど自動車のためにしか道路を

なくなっているという見解すら提起されるに至った。     考えていない国は文明国にはなかったと指摘し,しかも,

鶴見俊輔:1974・9・26朝日      そのためにどれだけ厩大な公共資本が投入されてきたか 3)日本における最初の公害立法は1958年成立の水質二法      を宇沢は分析している。

(水質保全法と工場排水規制法)であるが,それ以後,      宇沢弘文:自動車の社会的費用,1974,とくに第二章 高度成長の中での公害の進行と,それに反対するさまざ    7) 1974年7月に発足した「国土庁」は,単純に列島改造論 まな市民運動とを大きな要因として,いわば公害憲法と     の所産とは言えないが,ここでも「環境と開発との謁劉 もいうべきく公害対策基本法〉の制定されたのは1967     を重要な任務としながら,如何にして公害を招来するこ 年であった。しかし,その後もいわゆる四大公害事件(水俣,    となしに国民の必要とする施設や産業立地を設定し,国 阿賀野川,神通川,四日市め実態が明確化される中で,依      土のもっ諸条件をより効果的に生かしていくかという困 然として発生源たる企業の利益中心の傾向は地域の反対     難な課題に直面している。

運動の高まりにもかかわらず続けられたが,1♀70年に    8) 1968年12月の国連会議でその開催を決定,同時にく人 至って発生した東京都内の光化学スモッグ事件や田子浦     間環境の保全と向上に関し,共通の見解と原則〉という のヘドロ悶題等が重大化するに及んで,7月に政府は,     見地から次の7項目からなる〈人間環境宣言〉が採択さ 中央公害対策本部,更に臨時国会での論議の結果として,    れた。要約すれば,①入は環境の創造物であり,同時に

71年1月に環境保護庁の設置を決定,同年7月環境庁の    形成者である②人間環境の保護と改善は,福祉と経済 発足を見るに至った。朝日年鑑71年版を参照        発展とに関するすべての政府の義務である③人間の力

4)足尾の鉱毒問題のため被害者たる渡良瀬川流域農民の先     は賢く用いるならば,開発の恩恵を,誤って用いるなら 頭に立って激しい戦いを続けた田中正造と,おくれて日     ば人間と環境とに害をもたらす。④開発途上国は,開発 立鉱山の煙害に対して積極的な科学的調査を土台として,    の順位と環境の保全とを考慮して開発を進め,先進工業 当時としては画期的な解決策を鉱山側にとらせるに至っ     国はそれに手を貸すこと,同時に工業化,技術開発は自 た入四間地区の青年関右馬允を中心とした戦い,同時に      国の問題である ⑤人口間題と環境の改善とのための人 日立や住友別子銅山にとっては社運を賭したと言われる      間の役割を考える ⑥我々は歴史の転換点に到達した。

公害回避のための努力(いろいろの批判は可能であると     自然と協調しっっよりよい環境をっくること(このこと しても)という点は認められてよいであろう。少くとも,    は,平和と,経済発展と共に人類の最大の目標である)

この時期に,日立や住友の中に,良心的に被害の解決の      ⑦各国の政府と国民とは,人類のため共通の努力を求め ために努力した幾人かがいたことは,十分評価されてよ     られている。

いと思われる。      9) 1970・1・1の年頭教書で米大統領ニクソソは,公害対策

宮本憲一,宇井純ら:日本公害史,世界1971年1月     は〈70年代の主要目標〉であると声明,更に6・5には

参照,なお,黒崎幸吉著作集V,p.377,1973        〈環境保護局及び海洋大気局〉の設置を決定しているが,

5)この分野での先駆的な警告はアメリカのカーソソ女史に     その背景にはヘイズらによって指導された EARTH

よってなされた。彼女は1958年以来,人間の開発した化     DAY (70・4・22)運動を軽視することはできない。

      ,

w薬品が如何に自然のバランスを破壊し,同時に人間も     EXPO 70で6000万の観客を動員した日本とは大きなズ       一

ワたその手痛い反撃にさらされているかを長期に亘って     レがあったと言える。

迫求し,その結果を世界の人々にアッピールした。     10)日本学術会議IBP特別委員会(JIBP):国際生物学

聖号アの地上に生命が誕生して以来,生命と環境という2     事業計画 日本と世界との進行状況,1970

っのものが,互に力を及ぼしながら,生命の歴史をおり   11)マソフォードは,産業革命後の技術世界を旧技術期と新 なしてきた。……だが20世紀というわずかの間に,人     技術期に分け,前者が資源のでたらめな浪費に陥ってい 間という一族が,おそるべき力を手に入れて,自然を変     たのに対して,後者ではく化学や生物の豊富な知識をも えようとしている。ただ自然の秩序をかき乱すだけでは     って,そうした浪費全部に対して敢然と反逆する。それ

(9)

石原:教育農場論序説(その2)      27

は初期の向うみずな,なんでも堀りとる習慣に代うるに,    って,環境面への影響のチェックが問題にされながら,

自然環境をっっましく保存して倖うという傾向をもってo    そのための基本立法である公害対策基本法が成立したの いる〉として期待を抱いていたが,凡そ3(輝の間に,そ     は,注3にみるように1967年8月であった。 しかもそ のような楽観論は全く通用しない状況が出現したのであ     の時点では,1章の2では「生活環境の保全にっいては,

った(このことにっいては,彼自らくわれわれのもっと     経済の健全な発展との調和が図られるようにするものと も希望にあふれるたくさんの技術進歩がもっていた退行     する」という条文が付加されていたのである。なお,16 的可能性に注目したという事実を誇りに思いたい〉と63     条では,「公害に対する知識の普及公害防止の思想を 年版の序文でふれているし,59年にはこの旧著にっいて     高めるように努力する」とうたっている。

の自己批判を行っている)。更にその後に出版されたく都   17)68年と69年とに告示された小学校及び中学校学習指導要 市の文化>1938では〈生技術期〉にっいての展開を試     領(社会)の改訂が発表されたのは71年であるが,〈昭 み,それは「機械的技術複合体から明瞭に区別された経     和46・1・20文部省告示〉

済体制であり,生物科学が技術に自由に応用され,技術     小学校では,産業などの各種公害から健康・生活環境を は生の文化,人間的均衡をめざすものである」(木原武     守ること,開発と文化財・自然の保護との問題の解決の 一)と考えた立場は今も基本的には評価に耐える見解だ      重要性を付加し,

と言えよう。      中学校では,生産の集中の中での生活環境施設の整備,

L.Mumford:Technics and C ivihzation 1934(生     産業などの各種公害の防止と,健康・生活環境の保全,

田訳 p.312〜)       国や自治体の任務,個人や企業の社会的責任等にっいて 12)1960年代に入って少しずっその傾向を強めてきた地球上     の指摘が付加されている。

の気候の変化は,多くの専門家の指摘に止まらず,こと   18) 曜電人間居住環境,天然資源管理,環境汚染,環境問題の に農業生産への影響はここ数年,各国否世界の経済にも     教育と情報,開発と環境,環境専門機関の設置,以上の 多大の圧力となりっっあり,本年度の北米などの食料生     6部門。なお75年には人間居住会議開催が予定されてる。

産が当初の見込みを大きく下まわるだろうとの報道は,今     B.Ward&R.Dubos:Only One Eartb(邦訳 かけ 後の世界の食料問題に大きな波紋を投げかけると見られ     がえのない地球)1972

る。例えば,74・8・13〜14ならびに10・11の朝日新聞.  19)この点に関しては,現在く環境教育カリキュラムの基礎 異常気象に関しては,根本順吉:地球をおおう異常気     的研究〉が昭和49年度文部省特定研究「科学教育」の一 象,異常気象 予測は現実に,中央公論11〜121972     分野として沼田真氏らを中心として進められていること

その他を参照      を付記しておく。

なお国連は74・11月世界食援会議の開催に踏み切った   20)Blache:Principes de Geographie Humaine 1922 が,上述の事情も多分に影響を与えていると見られる。     (飯塚訳 人文地理学原理上P.41,44)

13)主として気象学者の立場に立ちながら,「試練に立っ文   21)Blache:同上(訳P.214)

明」(トインビー)を受けて,人口,資源,エネルギー,   22)小西重直は大正期自由教育の中で労作教育と共に郷土教 水,食料と木材,等を含めて,日本や世界の危機的状況     育をとり上げた実践者でもあるが,環境を教育的に捉え にふれている高橋の論説は,ことに気候や,その影響下     て, 我々が育ちっっある土地における客観的事象を自然 にある食料等の分野にっいては説得力をもっている。      に見聞する間に,そこにおける人間社会との日常の接触

高橋浩一郎:生存の限界,1973      を続けている間に,そこにおける環境と共に生活し,環 14)なお,トィンビーよりはるか以前に,独自の文明論を展     境と親しみ,環境に変化を与え,環境より影響を受けっ

開したハソチソトソは,「現在のみならず,過去において     っ育ちゆく間に,自然に我々の感情が発展し,我々と環 も,如何なる民族といえども,気候的刺戟の大いなる地     境とを結合する感情的紐帯も自然に強くなる (労作的 方を除いては,文明の最高度に達しなかった」として,     体験と郷土科)と主張する時,人間形成にっいて,郷土 気候の文明に及ぼす影響を強く主張しているが,今や事     が環境と如何に結びっくことが望ましいかを強調したも 態は全地球的と言わねばなるまい。       のと解したい。

Huntington:Civilization and Climate 1915(間崎     小西重直:労作教育1930, p.228

訳1938,P.367)       23)風土論としては,和辻哲郎:風土一人間学的考察1935 15)拙稿:前掲 注3      を忘れることはできないが,ここでは触れない。

16)高度成長実現のための諸立法(新産業都市建設保進法    24)三沢はその著の中で,風土,風土性,風土産業などにっ 1962,工業整備特別地域整備促進法1964)の成立によ     いて所論を展開しながら,風土にっいては,私論であると

(10)

28       茨城大学教育学部紀要 第24号

断った上で大地の表面と大気の底面との触れ合いの面,    て広汎な方法論や考え方が提議されている。(未だ正式

即ち接触面の存在は厳然たる事実でありながら,今迄適     なシンポジウムの報告には接していないが)。      ●当な名称が与えられてなかった。それを風土と呼ぶこと     その中で,<環境問題が種々の主題として教えられ,しか

にするとし,更に接触とは単なる加え合さりや混合では     もそれらが相互に結びっいていないため,生徒らは問題

・     なく,その結果新しく生成される新生成物であり,大気     (主題)にっいての総合的な,より大きな展望を得るこ と大地との相互交渉,更にそこに出現する植生を含めて,    とができないでいる〉という中島の発言は示唆的である。

「大気でもなし,大地でもなし,更にまた草木でもない。  30)彼によれば,「現今社会状態は自然と人間との結合全く 只全一体的のものがちるだけだ」また「ある意味では,そ     破れ,生活の状態いよいよ不健全にして人の努力の漸く

o o o

こに生えている植物はそこの一種の〈風土計〉である」     消耗し行くを目撃するのであるが,この不幸な状態より とし,あるいは〈地・気・植の三者の三位一体関係〉,     人間を救い出すのは,再びもとの自然へ人間を結びっけ これに動物系を加えて,〈風土の表現体〉と呼んで,こ     ることなのである…」

れら四種の現象を通して,風土の性質を究明しうるのだ     留岡清男:教育農場50年1963(p.41〜)

と説いている。       31)J.ルソー:エミール第一編(今野訳p.24)

三沢勝衛:風土産業1941(特に第二節風土の意義)   32) 1970年度から地方自治体への補助によって設置された

(なお:本書は新地理教育論1937の後篇にある講演に      〈少年自然の家〉は74年春までに51ケ所に達している もとずき,没後に刊行された)      が,これらはいわゆるグリーン・スクールの一形態であ 25)上の「風土産業」は信濃教育会の刊行によるが,没後27     るし,最近の報道によれば林野庁もまた,〈青少年の森〉

年の1964年に「信濃教育」は三沢の特集号を出している     を設置して,こどもたちに自然とのふれあいや森林保護,

事からも,彼の長野県を中心とした環境教育の実践者と     自然愛護の精神,形成の場たらしめるため,予算要求中 しての影響力を今なお認めることができる。また彼の弟     という。(74・9・17いばらき新聞)

子藤森は.風土学の研究者,郷土地理学の教授者,また   33)さきにふれた米国のハーツホーソによれば,地理学はか 教育者として強烈な影響を教え子たちのみならず,広く     ってはく人間に対する自然環境の影響〉という概念を自明 県下各地に及ぼした師三沢勝衛の姿を情熱をこめて伝え     のこととしてきたが,自然と人間との相互作用を考える ている。       とき,本来人間に由来するものと人間以外=自然に由来 藤森栄一:信州教育の墓標一三沢勝衛の教育と生涯1973     するものとを区分することは不可能に近く,自然環境と 26) 「学校の位置は,教育上適切な環境に,これを定めなけ     いう概念はく人間以外の世界の人間への影響や人間の適

ればならない」<学校教育法施行規則1の2>との規定     応〉として考えうるが,地域への接近という時,諸環境 は,学校の〈教育環境〉にっいての基本的なあり方を明      の無限の多様性を無視できず,我々の関心は諸地域にお 示したものであるが,現実には,今もなお,必ずしも十     けるく人間と環境〉であり,彼に影響を与える全環境 分に生かされているとは思えない。       Total Environmentと,その環境を変革していくとい 27)山下俊郎:教育的環境学1937      う相互作用こそ地理一地域の学の中心であると述べてい

学誌委員会編:環境と教育(教育学誌第二号)1958       る。

その他       R.Hartshorne:Changi㎎Conoepts in Geograp坤

28) CoheRらは.聖聖All situations are p〔)tentially edu−       of Naturq Environmenち and Man 1974(茨城汰

cational という観点に立って,環境によって少年たち     学での講演要旨)

の教育的行動が大きな影響をうけることを国立矯正院に   34)最近広く取上げられるようになったく学校緑化〉は,教 おける実験によって結論づけた。      育農場的機能をある程度は果しうるプラソであるが,72

COHEN&FILIPEZAK:A NEW LEARNING EN一     年12月の保健体育審議会の答申をうけて作られた文部省 VIRONMENT 1971      の〈手びき〉の中で,「郷土の自然にできるだけ近い樹

29)本年6月東京で行われたく国際環境教育シンポジュム〉     種を立体的に配置することが望ましい」という方式が,

では,主として植物生態学者を中心とした討議がなされ     一次的自然の復元の可能性にどれだけ接近しうるかにっ たようであるが,その時のリポーターの提出メモによれ     いては問題がある。

ば,大学における生態学の教育(オランダ),中学校段      文部省体育局:学校緑化の手引き 1973

階における環境教育や,「自然観察の第一楷梯にっいて」    b)全般的なプランにっいては拙稿:教育農場にっいての試

(西独),東京都の公立中学校における実験的カリキュ     論(日本農業教育学会誌4:1,1970)を参照。

ラム(日本)など,何が環境教育なのかにっいて,極め   35)今までの農学が〈生産のために環境はある〉という考え

(11)

石原:教育農場論序説(その2)       29

方に立ってきた結果として,環境の汚染や破壊,農業公     間に,技術と人間と自然との乖離のドラマは根深く進行 害の招来に必然的にっながってきたことを反省し,技術     していた」こと,若き日の体験として椎茸と温度,日照,

革新を含めて農学の基本的理念を再検討し,〈環境保全     通風,小川の流量と落差,メタソガス発生法等にふれ,農 と生産の両者が共存し,調和して保全されていくための     民たちから学ぶことによって,労働の中で人間,自然 生物科学,すなわち農業生態学を基本とする新しい環境     技術モラルなどが一体となった,いわば〈労働の原型〉

保護・保全の科学としての農学=環境農学〉の確立を要      にふれ,農業労働を労働の原型と見ることの重要性を,

請した川井は,〈環境農学とは農業生態学的知見と手法     公害闘争の見聞を通して考えさせられたと菅は述懐する。

とを基礎として,人間生活の健全化と快適化を実現する       菅龍一:技術・人間・自然(望星3:1)1972 ことを目的とする,自然保護・人間環境保全のための農   42)文明史家マソフォードは,原技術期の経済発展の原動力 業科学〉であるとする。       として,動力機械の発展,馬のもっ牽引力の増大と馬具

川井一之:環境農学の未来への試論一人間環境のため     の改良と共に,「最大の技術的進歩のもたらされた地方 の新しい農学理念(農業構造改善9:10)1971        は,かえって風と水とを豊富に供給できた地方であっ周 36)最近刊行された〈環境農学論〉の中で松尾は,人類の危     とし,水力と風力とを積極的に改良利用した地域こそ産

機と農業の役割ということをふまえながら,応用生態学     業発展の主役を担い,それらの利用が頂点に達したのは       ち

としての農学に重点をおいてその環境に対する役割に及     ヨーロッパでは17世紀,イギリスでは18世紀であった。

んでいるが,もしも〈環境農学〉というものが成立する     LMumford:前掲 m−3,動力の新資源(邦訳μ

ならばその基本的,実践的な学習の場としてのく教育      146〜)

農場〉の重要性は明白である。       43)たとえば蜜蜂の場合,農場内だけではなく,周辺4Km以 松尾孝嶺:環境農学概論1974      内の植生がどのような経過を辿れるかということを知る 37)学校の環境衛生に関しては,,学校保健法(1958制定)第      のは,養蜂にとって重要な情報となる。

三条に,「学校においては,換気・採光・照明及び保温   44)生態学では指標植物又は作物という考え方は以前から用 を適切に行い,清潔を保っ等環境衛生の維持にっとめ,     いられてきたが,三沢もその風土学の中でも重要な位置 必要に応じてその改善を図らなければならない」と規定     を与えている。三沢勝衛;前掲p.13,34以下。

されている。それらの大部分は,教室・校舎・校地等に   45)生態的な見地のみでなく,経営的な立場からも,あまり おける気象的環境に関るものである。       大規模な単一作物の導入は価格変動面等から問題がある 38)今は小学校でもかなり観測施設が見られるが,初歩的な      し,米,加等の大農場も侵食防止や地力維持のため,適

ことから継続的に実施していくことの重要性を考えたい。    切な輪作が行われる。(この点で,水田は幾分例外的で 日立鉱山の大煙突が60年前建設されるためには,12ヶ所     ある)。

の観測点を設けて観測データを積上げていたという事実   46)雑多な作物を慢然と取り上げるということでなく,作付 は,今も学ぶべきものをもっている。       体系を考慮し乍ら,空間的時間的に望ましい組合せとし

前掲:「公害史」の中での宮本発言。       て考え,体験することが可能である。

39)このことは動かすことのできない歴史的事実であるが,   47)現行学習指導要領では,中学校技術科における農業或い FAOの1960年来の飢餓解放のキャソペンにもかかわら     は生命育成的分野が栽培のみ(しかも女子向はそれすら ず,アフリカ,イソドなどの悲惨な食料事情と,中国の     無視され)に限られており,飼育面が省かれているのは,

大塞公社の増産運動の成果を比較して,〈農業こそが自    そのような観点からも問題がある。中,小の家畜を最低 然の生態系の調和の中で,そのような豊かな土壌と水を     考慮していくことは,地力め循環的保全のためにも(こ 守ってきたことを人々は久しく忘れていた・・〉と指摘す     の点は三沢も重視した),こどもたちに動物とのふれ合

ることによって,土地と水という基本的な生産手段に対     いの機会を与えるためにも必要なことである。

する配慮を怠りっっある農政のあり方に対する批判の目   48)1971年夏の農林省調査では,ガラス室820ha.を含め,

を江川は向ける。       施設園芸の面積は15,000ha.これに育苗やマルチのため 江川友治:飢餓と豊饒と 科学44:7,1974       の面積を加えると30,000ha.を下らないであろう。

40)自由学園の生徒たちの霜柱の研究(戦前),学園内を流   49)例えばキクの遮光栽培装置の自動化の試みなど,中学校 れる小川にっいての総合的研究(戦後),更に(現在も     でも実施の可能な分野として考慮に値いする。但し今の 続けられている)水戸市国田中のグループによる那珂川     指導要領の栽培関係が物理的,化学的コソトロールに重 付近のホタル発生環境の研究などの例が注目されてよい。     点を指向している点は,もっと検討されねばなるまい。

41)「我々が戦後の復興の繁栄,GNP信仰に酪・しれている     小室,藤田:技術科におけるキクの遮光栽培装置の自動

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