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Dickensの小説について
I G76認・Eκρθo孟α吻ηs(その1)
人文第二研究室 佐々木 進 司
〔
P. G76磁E劣1%6 αあoπ∫の位置
Dickensの小説は,初期と後期とでは大きな差異がある。内容の上からは, Edgar Johnsonが The darkenlng scene と㌔・う見出しを丁加β1θα々飾〃sθ以後を論ずる部
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分に掲げているように,初期の明るさの充ち溢れたhumourousな情調に代って,著るし く暗うつな気分が濃く立ちこめて来ると共に,01勿θ7丁爾舘に既に見られた社会批判が,
その幅を拡げ激しさを加えたことが挙げられよう。手法上も大きな変化を遂げているが,
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plotの緊密化という点に最も著るしい。此の点を極端に示そうとするならば,丁加
Pゴo々ω∫6々P砂θ7s(1836−7)とG7θα E砂θo≠α≠ゴoηs(1860−1) とを比較してみれば
よい。7 加P勲z〃∫o々P砂θ7sはDickensの小説としての第一作であるが, Plotの展開が予 定された作品ではない。一群の人物が順序を追って行動するのは一貫した物語としての最 小限の外面的体裁に過ぎず,実質は断片的なエピソードのつなぎ合せである。R. Seymour の版画が主体でDickensがそれに文を添えるという最初の案は斥けられ, Dickensが自
@ (3)
Rに小説的構想をのばすことになったけれども,The me皿bers of Seymour s Nimrod
Club were to go out shootlng, fishing, and so on, and involve themselves in difficultles
㈲
through their lack of dexterity.という最初の企画は,場面こそ変れ,此の小説に濃い
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影を落している。更にPicaresque novelsの伝統が加わって, ePisodicな構成を作り上げ たと考えられる。
此の種の小説にあっては,Plotが重要でないことは明らかであり,EMuirと共に
Dlckens plots...were prirnarily intended to keep up the reader s interest from
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instalment to instalment of a serial. They had no literary function at ail. と言うこ
とが可能である。しかしそれは後期の小説については全くあてはまらないQDickensの小 説技法は,個々の場面が文学的美質を豊かに持つ初期の作品の特徴をそのまま,生かしな がら作品全体が緊密な構成によって読者に訴えかけるという方向へ発展したのである。
78 茨城大学教育学部紀要 第十三号
Dickensは忘れ難い人物を数々創造した。それらの人物は殆んど一一瞬にして読者の心を とらえ,読者はその鮮烈な印象を終始持ち続ける。だが,それらの人物は発展し成長する
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ことはなく,いわゆるflat charactersである。それらの人物は,非常に特徴的な容姿,
態度,奇癖,話し振りなどで示される。
一方,ある状況のもとで如何に行動するかは,人物の性格を示すのに重要1Lつ有効な方 法であるだろう。此の場合にplotは人物の造型に本質的な関連を持つ状況はplotの展 開の一・断而であるからである。此の場介には,前の場合よりも,人物は内面化されること になる。たとえ行為は外から描かれるにしても,その行為を導くのはその人物の心の働き であるから。そして,人物の内面の働きを充分に興味あるものとして示し得ない限り,人 物造型の手段としてPlotを用いる方法は失敗であると言わねばならない。最も成功する 場合にはplotの展開につれて,人物の発展成長の相を示すことが出来るであろう。
作家は,少くとも原理的には,無から有を生み出す力を持っている。彼が如何なる人物 を創り出し,その人物を如何に行動させるかは,彼の自由な創造の行為であって,自己の意 志の関与しないままに様々な限定を負って此の世に投げ出された現実の作家自身よりも,
遥かに大きな可能性を持って,人物にその生を与えることができるのである。その殆んど 無限の可能性の中から唯一一・特定の人物を描き出し,特定の状況を設定し,特定の行動をそ の人物にとらせる一それが作家の創作行為の特質である。
此の無限の可能性に限定を加える力は,作家自身にとって全く必然といってよい内面的 要求に発する場合もあり,客観的に眺められた現実の世界にその源を持つ場合もあり,偶 然の,無責任な選択によって与えられる場合もあろう。
極めて少数を除いて,Dickensの作品中の人物には発展がない。ということは, Plotが 人物造形を主限として,それと本質的な関連を持って展開されることは少なかったという
ことである。しかしそれは,人物がplotを動かす上に役立っていないということではな
いo
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垂撃盾狽ヘ読者の興味を惹くために案出される場合さえあった。作家の表現の欲求よりも,
客観的現実の反映よりも,無責任な選択が優越した場合である。それほどでなくとも,常套 (9)
Iな筋立てが無批判に用いられる場合もあった。これには,分冊で刊行されたという出版形
(1①
態も無関係ではないであろう。
TS・Eliotは Wilkie Collins and Dickens の中で,「メロドラマティックなもの一一 偶然的なもの」「ドラマテ,。クなもの一運命的なもの」という図式を用いていぎ2又,
J・ForsterのDickens伝を引用して, Dickensが人生に於ける偶然の一致(coincidence)
⑫
を好む傾向があったことに触れている。●
佐々木:Dickensの小説について 79 此のメロドラマティックな要素は,Dickensのplotからは消えることがなかった。だが plotが緊密化したという後期の特質は,単にplot自体の問題ではなく,Dickensの内面 からこみあげてくる表現意欲と密接に結びつくことによって,Dickensの作品を深めるの に役立っているのである。
単に読者の興味をそそる物語を作り上げるだけではなく,作品が生命ある個体として読 者に語りかけるための統合の要素としてplotが働いていることはG76α≠E砂θdα∫勿%s に於て最も鮮明に見てとることができる。
2.主題と構成一幻滅とirony
Plotが巧みであるという評語は,読者が予期しない事件の発展により興味をそそられる こと,しかも事件の錯綜した綜が巧みに収束していることなどを指す常套語であると思わ れる。Dickensは,丁加P比肋嬬Pαρθ7sに於て, FieldingのTo〃2力喫sに於ける
The History of.the Man of the Hill のように,本筋に無縁な挿話を四つはさんでいる。
此のような方法はたとえE・Wilsonのように,作者の重要な関心のありかをそこに探り出
⑬
すにしても,plotをそこなうものであることに間違いはない。一見全く支離滅裂に見えな がら実は深い内的な統…を持っている場合もあろう。しかし,それは普通言われる意味で のPlot自体の中では論じ得ない問題なのである。殊に二十世紀小説に於ては,もはやPlot という概念を容れ得ない小説が,(例えばJ.JoyceやV.Woolfの作品の如く)数多く現 れている・だが,Dickensの小説にあっては, plotはしっかりと存在している。物語は物 語らしく発展する。そのPlotに就て論ずるとすれば,先ずplot自体の自然さが問題とな るであろう。次に事件の綜の描き出す模様が破綻なく見事に仕上っているかどうかが問題 となる。最後にplot以外の要素との関係が緊密であるかどうかが問題となるであろう。
作品が形の上で完成した印象を与えることは重要なことであり,Plotが十全に構成され ていることは作品の印象力を強めるのに役立つが,その役割は詩に於ける韻律のような外 形的,技術的要素に類似する。主題の如き内的要素と,互に独立ではあるが,呼応して効 果を強め合う働きを持つ。
G7θ碗琢ρ60観肋∫は夢のような幸運が舞い込みそうになって,或いは殆んど舞い込 んだ後に,それが雲散霧消することによって与える幻滅の物語である。如何にも非現実的 な,お伽話めいた設定を含んでいるが,物語はあくまでも現実の事を語る態度で進められ,
しかもその夢のような幸運に醗弄される人間の心は,正しく現実的である。
物語は主人公Pipによって一人称で語られる。夢想も幻滅も,主としてはPipの心の中
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に起ることであって,回想の形で書かれている此の物語の叙述は,夢想と錯覚とから醒め た賢いPipが,まだ迷いの中にある愚かなPipを振返っての批評である。
PIPの心の状態の中で,最も重要な問題はsnobberyである。紳士の身分に重大な価値 を認め,自分は紳士ではないが紳士になりたいと思い,ひたすら紳士らしく振舞って,紳 士らしからぬ粗野な態度,外見を軽蔑し,紳士階級に属さぬ人達を見下すのがsnobbery であるo
ある人々に対する時,Pipの心は際立ってsnobberyの支配をうけるように思われる。
それらの人々は三つの群に分けられる。
第一一はPipの義兄である鍛冶屋のJoe Gargeryであり, Pipに文字を教えてくれ,後 にPipやJoeと一緒に住むようになったBiddyもこれに属する。彼らは田舎育ちの,素 朴な,心の温い人達である。
次には,金持でありよい階級に属すると見なされるが心の冷たい人達iがいる。Miss HavishamとEstellaとがこれに属するが,その真の階級的地位は疑わしい。とにかく Miss Havishmが金持…であることは確かであり,主人公Pipの意識の中では,彼女らが上 流紳士階級に属すると考えられるのである。
第三にはMagwitchがいるQ彼は囚人であり,犯罪者として国外追放になる。他にも 犯罪者としてCompeysonがあり,更に悪の化身のような印象を与えるOrlickがいて,
彼は実際Pipの姉Mrs. Gargeryの殺害者でもあるのだが, Pipのsnobberyに深い関 係を持つのはMagwitchだけである。
これら三つの群は,Pipの心の中で価値の秩序を構成する。此のPipの意識は歪んだも のとして読者には感じられるのであり,歪まない価値の秩序は迷夢から醒めた後の賢い pip−一それは語り手でもあり,作者自身でもあると感じられるのだが一により提示され
る。この語り手によって提示される価値の秩序を受け入れる際の共感の強度は,幻滅のドラ
マの衝撃力にかかっている。モラルそのものは,自明といってもいい,平凡さを持ってい の
るのだからである。
Pipの心にsnobberyが生ずるのは,世の中から隔絶して広い邸に住んでいる奇怪な 金持の婦人Miss Havishamのもとへ初めて行った時である。その邸Satis Houseには,
高慢な美しい少女Estellaがいる。 Pipのトランプの札の呼び方,荒れた手,厚い長靴が Estellaの嘲笑を受けるo
He calls the knaves, Jacks, this boy! said Estella with disdain, before our first
⑳ game was out, And what coarse hands he has!And wbat thick boots!
Pipはそれ迄自分の手を恥しいと思ったことなどない。これからはひどく醜い手だと思
佐々木・Di・k・n・の小説について 81
うようになる。Estellaがknavesと呼ぶ札をJoeがJacksと教えたことをうらむ。
此の時にはPipのsnobberyは自分を卑しい育ちを恥じるという消極的な形のものだが,
誰か分らない人物から大きな財産を贈られることになり,紳士となるための教育を受ける こととなった時・紳士でない者を侮蔑するもっとむき出しのsnobberyへと転化してゆく。
財産の贈与者をMiss Havishamであると誤解したPipは,実は真の贈与者がMagwitch であることを知って・失望する。Pipは温い心を持ったJoeやBiddyを,Miss Havisham やEstellaよりも低いもののように思うようになっている。 JoeがLondonのPipを訪 れるという知らせが届いた時,
If I could have kept him away by paying money, I certainly would have paid
@ ㈲
money. o
というのがPipの気持であった・JoeはHerbertの前でぎごちなくぶざまに振舞う。
…he fell into such unaccountable fits of meditation, with his fork midway between his plate and mouth;had his eyes attracted in such strange directions;was afflicted with such remarkable coughs;sat so far from the table, and droPPed so much more than he ate, and pretended that he hadn t droPPed it;that I was heartily glad when
q6}
Herbert left us for the city.
結局Pipの感情は自分の本来の育ちと結びついているJoe達を第三者の眼の前に出すご とを恥じているのだが・Pipのこのsnobberyを助・長したgreat expectationsの真の贈 与者Magwitchの食事の様はJoeの比ではない。
He ate in a ravenous way that was very disagreeable, and all bis actions were uncouth, noisy, and greedy・Sorne of his teeth had failed him since I saw him e∂t on the marshes, and as he turned his food in his mouth, and turned his head sideways t・b・ing蝋ss曾・㎎・・tf・・g・t・b…p・nit, h・二1・・k・d ter,ibly l」ke ahu聯。1dd。9
犯罪者であるのみか,Joeよりも・遥かに卑しい此のMagwitchが, Pipの手をとってthis
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is the gentleman what I made!と叫ぶ時, Pipは重い鎖で此の男と自分が結ばれている
ことを悟る。
作者のtronyは, P1Pのsnobberyに強烈な打撃を加えるのである。
Estellaの嘲笑がその後長い間にわたってPipの生活を支配するほどの影響を持ち得た のは明らかにPipがEstellaの美しさに惹かれたためである。衣服とか,物腰とか,言葉 つきが社会的な身分の違いを明らさまに示すことはごく普通のことで,それをどう感ずる かは差異の性質にかかっているのではなくて,全く心理的な事柄である。一つ一っの事柄 は極めて些細な取るに足りないことであるに違いない。しかし嘲りが伴う時には,嘲笑を
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受けるものにとっては,もはや些細なことではない。此の種の心の傷の永続性については,
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cickensの少年時代の靴墨工場での屈辱感が容易に想起される。そして, PipがEstella を愛したということによって,Dickens自身の経験以上に, Pipの心の痛みがリアリティ
_を得ているのである。David CoPPerfieldが愛するDoraに I am a beggar・ と告 ⑳
窒オた時,Doraは泣き出してDavidの心を痛ませるが,それは愛しつつ愛される者の苦 しみの甘美さを湛えている。Pipの心は遥かにきびしい苦しみを味わっているのである。
PipのEstellaに対する愛と憧憬とは,最初極めて曖昧に語られる・EstellaがPipの
頬を打ち, Why don t you cry again, you little wretch? と問う時・Pipは Because 1,11never cry for you again. と答え,更に次の説明が付け加えられる。
Which(i。 e. the answer)was, I suppose, as false a declaration as ever was made,
for I was inwardly crying for her then, and I know that I know of the pain she
⑫1)
cost me afterwards.
此のEstellaに対する気持が更にはっきりと示されるのは, Biddyに対するPiPの打 明けに於いてである。
D.Jadmire her(i, e. Estella)dreadfully, and I want to be a gentleman on her 囲
account.
此の時にはPipは自分のsnobberyがEstellaに対する愛に根ざしていることを自覚し ている。彼はsnobberyにとらわれることがなかったならもっと幸福だったろうにと思う。
又
C..if it(i. e. wanting to be a gentleman)is to spite her(i。 e. Estella),_that might b・:b・tt・・and m・re ind・p・nd・ntly d・n・by ca・i㎎・・thi㎎f・・h・・w・・d・・And
@ 23)
if it is to gain her over,...she was not worth gaini㎎over・
というBiddyの意見は理性では納得できても,感情では受け入れられない・このありふ れた心理状態が,脱し難いということもありふれた経験であるが故に,Pipのsnobberyに
リアリティーを感じさせるのである。
Estellaが実はMagwitchの娘であったことはPipを紳士にしたのがMiss Havis㎞1 でなくMagwitchであったのと同種の幻滅を与える。 sh obberyが目的としている紳士に なることと,愛が獲得しようと目ざしているEstellaとは,いずれも偽りの価値しか持っ ていない。great expectationsとEstellaとは, Miss Havishamと深いつながりがある
ように見えて,真の,若くは,もっと根源的なつながりをMagwitchに持っている。
Estellaに対するPipの愛は,その烈しさにより真実味をほとばしらせるけれども,そ の様相はやはり歪んでいる。Pipは財産の贈与者がMiss Havishamであると誤解するこ
佐々木:Dickensの小説について 83 とにより,養女であるEstellaをPipと結婚させることも当然Miss Havishamの意図 の中にあるだろうと期待する。愛が愛によって報われることを望むのではなく,他者の意 志を通じてEstellaの美しさを支配し,所有しようと望むことは,心理的には当然の成行
きとはいいながら,愛の歪んだ様i相だと言わざるを得ないだろう。
事件のアイロニカルな進展により幻滅を味うのはPipばかりではない。 PipのEstella に対する愛一それは愛という言葉が本来持っている純粋な美しさからへだたってはいる が,我々がしばしば此の言葉によって言いならわしている異性に対する情熱 が此のよ
うな歪みを帯びるに至ったについては,EstellaがMiss Havishamの男性に対する復讐 の道具として育てられたという事情が存する。Miss Havlshamが婚礼の直前にCompeyson によって捨てられたために,男を魅惑し心を奪いながら決して男に心を与えない非情な人 間としてEstellaを育て,男を一偶然そのわなに落ちた者は誰であろうと一苦しめ抜
くことによって復讐の快感に酔おうとするのが,Miss Havisha皿の唯一の関心であった。
Estellaはその期待通りに育ち,期待通りPipを苦しめるが, Miss Havisharnは,自分 に対してだけはEsl ellaが愛情を抱くものと思っているQしかし, Estellaは,あまりに
も完全にMiss Havishamの期待通りの人間に育ったために, Miss Havishamに対して さえ,一片の温い感情さえ抱かない。 You cold, cold heart! というMiss Havisham
〔24
の叫びに対するEstellaの冷静な答は, I am what▼you have made me... である。希 望通りに実現された結果が深い苦惟iの原因になるというアイロニーの型がここに見出され
(251
るQ
MagwitchもPipのsnobbery・を分ち持っている。囚人として国外に追放された彼の 唯一の希望はPIPを紳士に仕立てることであった。彼はPipのように自分が紳士となる ことを望むのではないけれども,同質のobsessionである。しかし,彼が生命の危険を冒 して故国へ戻った時,Pipは彼に対して嫌悪を感じずにはいないし,彼は自分が lo{v で
(26)
あることを意識するのである。PIPの嫌悪が消え,初めてMagwitchの真情をしみじみ と感じた時には,Magwitchは間もなく死ななければならない。
Pipのsnobberyは,金と,身分と, Estellaの三つによって形成され, PIPの生活を支 配する。金の力で紳士になり,紳士になることによりEstellaを得ようとするのであるが,
継承する筈であったMagwifchの莫大な動産は,Magwitchが禁を犯して帰国したための 権利喪失と,Pipへの譲渡の法的手続を欠いたことにより没収される。こうしてPipの snobbryを支えるものはすべて崩れおちる。
以上見たように此の小説のplotを動かしている主要な原理はironyであり,それによ って,主人公Pipが自分の育った境遇を嫌悪しsnobberyにとらわれた末,挫折して迷
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いから醒めるという主題の表現は,見事な成功を収めているのである。
iなお本稿は次章に予定される「表現の重層性」と併せて一つのまとまりをなすもので
ある。)
(註)
(1)EJ・h…n・Cん・〃・・Dゴ伽・・研・T・・8・のαπ4腕・卿ん,(Sim・n and S・h・・ter, N.Y.)
Part 8.
(2)George H・Ford:Dゴo勉π3απ4田s Rθα4〃s,(Princeton Univ. Press) PP.128f参照。
(3) EJohnson:oかcπ. PP.116−8.
@) ∫6∫4.p.116
(5)Dickensの幼時の愛読書が,主としてpicaresque novelsの係列のものであったことが想起される
E.Johnson:ゴ6ゴ4. PP.20−1,174.(6)Edwin Muir:%θS∫7〃c κ7θげf勿Nb θ1,(Hogarth Press, London)P.37.但しMuirはこ
こでは主として1吻7伽C伽9916ω髭について述ぺている。(7)E・M・Forster:ノ4sρθc渉sげ訪θハあ〃61,(Arnold, London)PP.65f.
(8)Martin Chuzzlewitのアメリカ行きはその一例としてあげられよう。K. J. Fielding:C加プ1θs
1万6々θ s,(LoDgman馬London,)pp.77−8. John Forster:丁加L漉げChα〃θ31万c々θ〃s,(EverymaゴsLib.)VoL 1, p。285
(9)一例として0〃ηθ7丁痂3∫に於けるfoundlingという設定。
α0) G.H. Ford:o.か厩∫. pp.41−2.
肛1)T.S, Eljot:S81召o陀4 E s sα夕s,(Faber and Faber, London),p.467. the melodramatic the a㏄idental...the dramatic the fatal
(12ウ 16ゴ4.pp.465−6.
騨
LEdmund Wilson: Dickens:The Two Scrooges, in T加四bκπ4απ4魏θβoω(Houghton
Mifflin)
O蜀G7θα∫E瑠o α 伽3,(The Works of Charles Dickens, VoL 9. Chapman and Hall, London)Ch.
82p。67
05) ∫6∫4.,Ch.27, p.230
⑱ 乃ゴ4.
(17) 1δゴ4.,Ch.40, p.349
㈱ 乃ゴ4.
⑲ E.Johnson:oメ). cゴちP.32.
⑳1)ωゴ4Coρρθ7ガθ♂d,(The Works of Charles Dickens, Vol.7, Ch.37, pp.612−5
(21) Gプθα渉EκPθc渉α琵oπs,Ch.11, P.90.
(22) 乃ゴ4りCh.17, p.140.
(23) 1δゴ4.p.141.
(24) 1δゴ4.,Ch.38, p.323.
㈲ 此の型のironyは伽74丁伽6 sに於て, Gradgrjndの教育方針がその最も忠実な生徒である
Bitzerに反映した行動に於て見られる。
(%) 0ρ.αlf., Ch.40, p.351.