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キャリア教育推進政策の立案過程とその批判

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キャリア教育推進政策の立案過程とその批判

「コミュニケーション能力」の指導を焦点に 小 林 大 祐

A Criticism of Career Education in Japan : Concerning “Communication Ability”

Daisuke K OBAYASHI

(Received October 28, 2011)

はじめに――保護者や教師の素朴な願いと

「キャリア教育」

「言葉遣いが汚くて,ドキッとすることがある」 「一 言断ればよいところを,サッと手が出てしまうから,

トラブルになる」 「とても語彙が少ない.本当に思っ ていることを周りの人に伝えられているのか,心配 が絶えない」等々.これらは,筆者が東京都内のあ る公立小学校で外部評価委員を務めていた頃(今か ら5年ほど前)に,子どもたちの普段の様子で気に なることとして,校区内の保護者,教師,地域住民 から度々聞かされていたことである.評価委員の任 を解かれた後も,折に触れて耳にした.子どもたち の意思疎通や言語表現に関わって,何らかの指導を 丁寧にしてほしい,させてもらいたい,といった教 育要求が一定の範囲に広がっていることがうかがわ れる.

この一,二年は,主に熊本県内の教育職員へ向け て免許状更新講習で何度かこういった話をしたが,

そこでもやはり,身の周りに同様のことがあると いって答えを遣す受講者が何人もいた.上述のよう な教育要求の広がりが東京だけの現象ではないとい うことがうかがわれる.

このような教育要求やその背後にある心配が本当 に的を射ているのか.また,以前と比べて特筆する ほどに深刻と言えるのか.そういったことを科学的 に明らかにするために必要なデータが,いま筆者の 手元にあるわけではない.ただ,仮に人々のこうし た要求が教育への素朴な関心の表れでしかなかった としても,それに即応するかのようにして「キャリ ア教育」の枠組みが学校に持ち込まれつつあるのは,

確かなことであろう.そして,筆者が着目して問題 にしたいのは,そのことだ.

一例を示す.東京都M区のある公立中学校は,

2008年度における同区の「教員研究奨励事業」の一 つという位置づけを得て,キャリア教育の試験的実 践にとりくんだ.同中学校は,これに際して人権教 育と並べてキャリア教育の推進をうたい,特に「人 間関係形成能力の育成に重点を置いた特色あるキャ リア教育」を目標に掲げた.このときの実績を踏ま えて,2010年度からは同区の研究奨励校指定を受け,

「キャリア教育の視点に立った授業づくり」をさら に進めている.現在,同中学校の教育目標には, 「コ ミュニケーション能力のある人間性豊かな生徒の育 成を目指す」ことが挙げられている.

関係者の説明によれば,区教育委員会からの事業 指定をとりつけることに関しては,それによって区 内における自校の位置がどうなるかということとは 別に,ある動機があったという.つまり,同中学校 の教職員の目には以前から,校区の特徴として,言 葉による意思疎通を苦手にしているという点で心配 をかける子どもが多くいるように映っていた.そこ で,教職員がその認識をはっきりと共有して,指導 上の課題と手立てを明確にし,協力して教育活動に あたるということのために,キャリア教育の枠組み と区教育委員会からの事業指定が活用されたのだ と

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このようにして,素朴に共有されている教育要求 を検討の俎上に載せていくのに,キャリア教育の枠 組みが利用されることがある.研究奨励校制度を併 せて用いることまではしないにしても,同様のこと が模索されている事例は他にもあるのではないだろ うか.だが,はたしてキャリア教育というものは,

子どもたちの意思疎通に関わる教育要求であれば何 でもそこに収められるような枠組みであろうか.こ の疑問を解くことが本稿の課題である.この課題の ために以下では特に,キャリア教育の推進を望んで その枠組みを描いた主なエージェントが政府である

熊本大学教育学部教育学科

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ことを示し,その政策関連文書を読み解くことで,

キャリア教育という枠組みの基本的な性格を明らか にする

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1.教育課程政策としてのキャリア教育推進

学校でキャリア教育が実施されるようになること を望むならば,教育課程上の位置づけを明確にする のが正統な方法の一つだろう.そこで,政府が策定 する教育課程の基準として,最近の学習指導要領 等

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を調べてみる.そうすると,それらの中で

「キャリア教育」という用語が使われているのは,た だの4箇所しかないことがわかる.具体的には,高 等学校学習指導要領と特別支援学校高等部学習指導 要領に2箇所ずつ,次のような仕方で使われている だけである.

「生徒が自己の在り方生き方を考え,主体的に進 路を選択することができるよう,学校の教育活動 全体を通じ,計画的,組織的な進路指導を行い,

キャリア教育を推進すること.」(「教育課程の実 施等に当たって配慮すべき事項」の一つとして)

「学校においては,キャリア教育を推進するため に,地域や学校の実態,生徒の特性,進路等を考 慮し,地域や産業界等との連携を図り,産業現場 等における長期間の実習を取り入れるなどの就業 体験の機会を積極的に設けるとともに,地域や産 業界等の人々の協力を積極的に得るよう配慮する ものとする.」(「職業教育に関して配慮すべき事 項」の一つとして)

何のためにキャリア教育を推進するのか.キャリ ア教育を推進するうえで何に配慮すべきか.これら のことについては触れられている.しかし,肝心の キャリア教育とは何なのかという点については,何 も説明されていない.また,幼稚園と小学校と中学 校に関しては, 「キャリア教育」という用語が出てく ることさえない.政府の策定する教育課程の基準を それだけ読めば,キャリア教育の位置づけは,まっ たくと言ってよいほど明らかでない.

しかしながら,その一方で政府は, 「学習指導要領 におけるキャリア教育に関連する事項は相当数に上 る」と言い, 「学習指導要領におけるキャリア教育に 関連する主な目標や内容等を抜粋したもの」として 一覧表を提示してみせる

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.この一覧表を見ると,

例えば,2006年の時点の小学校学習指導要領につい ては,各教科の目標から約30項目,総則,道徳,特

別活動の目標および内容から約15項目が抜粋して示 されている.最近の学習指導要領に関しては国立教 育政策研究所がこの一覧表を作成しており,小学校 学習指導要領については,各教科と総則,道徳,外 国語活動,総合的な学習の時間,特別活動の目標お よび内容から約80項目,中学校学習指導要領からは,

同様にして約70項目もの抜粋が例示されている

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. ただし,抜粋された項目には次のようなものも多 く混じっているので,政府によるこの説明は全体と して牽強付会の印象を拭えない.

「互いの考えの共通点や相違点を考え,司会や提 案などの役割を果たしながら,進行に沿って話し 合うこと.」(「小学校学習指導要領におけるキャ リア教育に関連する主な目標・内容等の例」とし て,国語(第3学年及び第4学年の内容)から抜 粋された項目.下線は原文のとおり.)

「主体的に美術の活動に取り組み美術を愛好する 心情を深め,心豊かな生活を創造していく意欲と 態度を高める.」(「中学校学習指導要領における キャリア教育に関連する主な目標・内容等の例」

として,美術(第2学年及び第3学年の目標)か ら抜粋された項目.下線は原文のとおり.)

こうしたことから,次のことがわかる.すなわち,

教育課程として見れば,キャリア教育とは,政府が 一旦策定したはずの基準を何らかのインタレスト

(関心/利害)によって後から編成し直したもので ある.あるいは,特定のインタレストに基づいて示 された学習指導要領の一つの読み方がキャリア教育 だと言い換えてもよい.

では,そのインタレストとは,どのようなものか.

2.キャリア教育に表されたインタレスト

キャリア教育の発端

学習指導要領を離れて,その他の政策関連文書に 目を通していこう.

政府自身の説明によれば,文部行政関連の審議会

報告等で初めて「キャリア教育」という用語が使わ

れたのは,1999年の中央教育審議会答申『初等中等

教育と高等教育との接続の改善について』 (以下,単

に「答申」もしくは「接続答申」と略記)において

だったと云う

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.ただし,審議のために文部大臣が

提示した諮問理由説明を読む限り,このときの諮問

の主たる内容は,少子化の進行とともに大学進学率

が50%を超えようとする状況に鑑みて,高等教育の

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多様化とそれに伴う高校と大学の間の接続の再編に ついて,実施すべき政策の方向性を検討して示して ほしいというものだった.キャリア教育に関しては,

これに付随する「その他の関連する施策」として,

「学校における望ましい職業観の育成や職業生活に 結び付いた教育内容等,学校教育と職業生活との接 続にかかわる課題についても,御検討をいただきた い」と大臣が付け加えて述べたことに,事の発端が 見出される

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審議会は大臣からの諮問の主たる部分に対して答 えをまとめたうえで,答申の最後に「学校教育と職 業生活の接続」という章を設けて,「キャリア教育」

の実施を提言した.そこに書かれてあることを引い てみると,まず,学校教育と職業生活の接続が問題 にされる文脈は次のとおりである.

「新規学卒者のフリーター志向が広がり,高等学 校卒業者では,進学も就職もしていないことが明 らかな者の占める割合が約9%に達し,また,新 規学卒者の就職後3年以内の離職も,労働省の調 査によれば,新規高卒者で約47%,新規大卒者で 約32%に達している.こうした現象は,経済的な 状況や労働市場の変化なども深く関係するため,

どう評価するかは難しい問題であるが,学校教育 と職業生活との接続に課題があることも確かであ る.」

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そして,この一文に直ちに続けて「学校教育と職 業生活の接続の改善のための具体的方策」として書 かれているのが次の一節であり,ここに「キャリア 教育」という用語が現れる.なお,要約部分を除い て答申の中に「キャリア教育」という用語が現れる ところは,この一節しかない.

「学校と社会及び学校間の円滑な接続を図るため のキャリア教育(望ましい職業観・勤労観及び職 業に関する知識や技能を身に付けさせるとともに,

自己の個性を理解し,主体的に進路を選択する能 力・態度を育てる教育)を小学校段階から発達段 階に応じて実施する必要がある.キャリア教育の 実施に当たっては家庭・地域と連携し,体験的な 学習を重視するとともに,各学校ごとに目標を設 定し,教育課程に位置付けて計画的に行う必要が ある.また,その実施状況や成果について絶えず 評価を行うことが重要である.」

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以上のことから「キャリア教育」という用語の意 味するところを読み解いて整理すると,次のようで

ある.第一に,中等教育修了後の進路の選択肢が多 様化するなかで,高卒後進路未決定率や新規学卒就 職者の三年以内離職率が高くなっていることを,何 とかしなければならない.第二に,そのためには小 学校段階から教育のあり方を改める必要がある.第 三に,つまりは,生徒たちに自己の個性を理解させ 主体的に進路を選択させるような教育が必要で,そ のことに結び付く仕方で望ましい職業観なり勤労観 なりと,職業に関する知識や技能を学ばせることだ.

こうして,キャリア教育が表しているインタレス トを知ることができた.だが,それはまだ,このイ ンタレストについて知るべきことの一端に過ぎない.

なぜなら,次のことが明らかになっていないからだ.

すなわち,生徒たちが自己の個性を理解して主体的 に進路を選択するようになると,進路未決定や早期 離職が少なくなるというのは,どういう理由による ことか.あるいは,そのように云うときの主体性と は何か.「望ましい職業観・勤労観及び職業に関す る知識や技能」の具体的内容を検討するときにも,

この問題を曖昧にしておくことはできないだろう.

接続答申の審議過程

前節で提出した問題に対して,二つの方角から答 えを探していく.一つは,接続答申が作られるまで の審議過程,もう一つは,接続答申の後に政府が発 表した関連文書である.審議過程のほうから調べて いく.

接続答申に表されたキャリア教育の提言が必ずし も自明の理屈によらないのであれば,中央教育審議 会は何に依拠してそれを導き出したのか.学校教育 と職業生活の接続を問題にする際の文脈の設け方や,

小学校段階から教育のあり方を改める必要があると 云うときの新しい教育のイメージは,どこから来た のか.手がかりは審議会の議事録にある.

中央教育審議会に設置されていた「初等中等教育 と高等教育との接続の改善に関する小委員会」の議 事録

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を開くと,審議の過程で日本経営者団体連 盟(後に経済団体連合会と統合して日本経済団体連 合会を設立)が意見聴取を受けていたことが記録さ れている.意見発表に臨んだのは連盟の常務理事一 人と教育研修部長二人

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で,次のような発言が記 録されている.

「若年者の職業観,勤労観のなさということにつ いて焦点を当て,まず申し上げたいと思います.

ただいま成瀬常務の方から説明しましたように,

若年層は大学卒業者で32%,高校卒業者で47%の

人 が 3 年 以 内 に や め て い く わ け で ご ざ い ま

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す.」

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「この離転職者が増加することについては,仄聞 の域を出ませんが,一つは若年者の意識や価値観 の変化が考えられると思います.若者の中には

……積極的にキャリアアップを図るために転職す るという人もおります.こういう人はよいわけで すけれども,問題なのは,基礎学力がないために 職に就かず,アルバイト的なフリーター,それか ら無業者でいる人.もう一つは,職業意識が醸成 されないままに就職してしまい,考えていた仕事 とは異なって離転職を繰り返す人であります.

……総務庁が昭和62年に出しました「就業構造基 本調査」によりますと,15歳から24歳の若年者の 転職事由としては, 「労働条件が悪かった」という のが21.5%ございますが,「自分に向かない仕事 だったから」という事由も18.5%と多いわけで,

これは完全なるミスマッチでございます.」

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(「……」と表記した部分は引用者による省略,以 下同様)

「一方,フリーアルバイターの調査もないわけで はございませんで,日本職業協会が平成3年に発 表したものがございます.これによれば……フ リーターとなっている動機については……「会社 に拘束されることが多くなる」が13.7%, 「働く時 間が自由に決められない」というのが7.2%と,大 体,フリーターの20%が問題なのではないかと思 います.」

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ここに引いた三つの発言はいずれも,日本経営者 団体連盟の教育研修部長がしたものである.先に見 た答申の文章と比較すれば,一つ目に引いた発言が,

学校教育と職業生活の接続の問題を表す文言として,

ほぼそのままの形で答申に採用されていることは明 らかだ.また,二つ目と三つ目に引いた発言では,

若年者の職業観と勤労観が望ましく育っていないこ とを,暗に問題の原因として主張している.

教育研修部長がデータ(その古さは否めないもの の)に基づいて意見を述べようとしているのに対し て,常務理事の発言はもっと大雑把だ.そのぶんだ け,こちらの発言には彼ら経営者のインタレストが あけすけに表れているとも言える.いくつかを引こ う.

「いかなる人材を志向しているかという企業の情 報が,十分に伝わり切っていないという面がある のではないかと思うわけであります.よく私ども

は,企業が変われば大学も変わるし,高校も変わ るんだから,まず企業が変わったということを大 いにPRしてくれと言われるわけでありまして,

日本経営者団体連盟もその点,雇用構造の変化に ついては,3年ほど前から新日本的経営を中心に いろいろな形でもってPRいたしておるわけでご ざいますが……」

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「最近,フリーター現象というものがございます.

「フリーター」というのはよく分からない言葉で ございますが,きっちり就職をしないでブラブラ しながら働いたり,レジャーを楽しんだりという ことではないかと思うわけでございます.この辺 の問題につきましては,安易なフリーターと自分 の行き先を考えたフリーターとがそれぞれいるの かなという感じもいたします.先ほど申し上げま したように,勉強の後に何があるかということが 自らの頭の中でしっかり把握されていれば,安易 なフリーターにはならないのではないか.それが 把握されていないと,いわゆるモラトリアムでご ざいますとか,安易なフリーターということが起 こ っ て く る の か な と 考 え る わ け で ご ざ い ま す.」

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「集団に親しむ能力とか,コミュニケーションを してチームをつくる能力とか,こういう人と人と の親和力みたいなものについて,最近の若者はい わゆるオタクといいますか,孤立といいますか,

そういう方が増える傾向にあるのかなということ を,企業の方からはよくお伺いするわけでござい ます.そういう方をいかに企業の中のチームづく りに同化させていくか,協力してもらえるように していくかということは,企業の教育訓練の中で も大変大きな課題にもなるという状況でございま す.」

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一つ目の引用で述べられているのは,学校教育と 職業生活の接続が「新日本的経営」を前提として問 題になるという意見だ.ここに云われている「新日 本的経営」とは,日本経営者団体連盟が1995年に発 表したプロジェクト報告『新時代の「日本的経営」』

を指すものと読んで間違いあるまい.同報告は, 「長

期蓄積能力活用型」「高度専門能力活用型」「雇用柔

軟型」という三つのグループに雇用者を分けたうえ

で,各企業が自社にとって最適な仕方でそれらを組

み合わせて「自社型雇用ポートフォリオ」を作成す

ることにより産業構造の変化や経営環境の変化に柔

軟に対応していくという,新しい経営システムの確

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立を提案した

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.簡単に言い換えれば,企業の経 済活動が一段と激しい競争の局面を迎えるに及んで,

正社員の数を減らし,契約社員や派遣社員,パート やアルバイトといった非正規雇用を大胆に活用する ことで,労働力の入れ替えを容易にすると同時に人 件費の削減も図るという経営戦略のことだ.こうし た経営戦略の変更によって,企業の求める人材が変 わり,労働者の職業生活が変わるから,それにうま く接続するように学校での教育のあり方を改める必 要があると.「企業が変われば大学も変わるし,高 校も変わるんだから」という云い方を借りて表され ているのは,そのようなインタレストである.

二つ目と三つ目に引いた発言では,企業経営者の 求める人材像を基準にしながら,それにそぐわない 若年者への不満が述べられている.

二つ目のフリーターに関する発言は,雇用柔軟型 グループの雇用を念頭に置いたものと考えられる.

「ブラブラしながら働いたり,レジャーを楽しんだ り」という感覚で「安易」に働かれては困るから,

雇用柔軟型グループで働くことになる者にも目的意 識をしっかりと持たせるように学校で教育してほし いと.ここでの問題の文脈が先に見たようなもので あることを踏まえれば,そういった要望として聴く ことができる.

三つ目に引いた発言は,主として長期蓄積能力活 用型グループの雇用についてのものとも考えられる が,それ以外のグループを含む若年雇用者一般に関 するものと受けとれなくもない.いずれにしても,

ここで述べられているのは次のことである.すなわ ち,第一に,企業を経営するうえで,被使用者を職 場の人間関係に「同化」させることが課題となるが,

それを成功させるのに,被使用者に予め「コミュニ ケーション」の能力が具わっているべきだという期 待.第二に,その期待が裏切られていることへの不 満と,若年者を「オタク」と形容することでその不 満を表現する感覚である.問題の文脈を踏まえれば,

この発言もやはり,そこで云われているような「コ ミュニケーション」の能力を学校で教育しておくよ うにしてほしいという要望として聴かれる.

中央教育審議会答申に「キャリア教育」という用 語が現れたとき,そこには以上のような企業経営者 のインタレストが織り込まれていた.

キャリア教育のプログラミング

接続答申を機として,政府は実施されるべきキャ リア教育の具体的内容を示すことに力を入れていく.

たとえば,文部科学省初等中等教育局長の裁定に よって2002年に設置された「キャリア教育の推進に

関する総合的調査研究協力者会議」(以下,「協力者 会議」と略記)は,活動の成果をまとめた報告書の 中で,本稿末尾に付した表を参考として挙げ,これ を「キャリア教育における学習プログラムの枠組み の一つのモデル」と見なし, 「各学校においてキャリ ア教育を推進する際の参考として幅広く活用される ことを期待したい」と述べている

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ところで,この表は,国立教育政策研究所が「職 業観・勤労観を育む学習プログラムの枠組み」とし て別のところで例示していたもの

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の引き写しで ある.「職業観・勤労観を育む学習プログラムの枠 組み」として例示されていたものが,なぜ「キャリ ア教育」のモデルと見なされたのか.それは, 「「キャ リア教育」とは何かを端的に言えば, 「児童生徒一人 一人の勤労観,職業観を育てる教育」である」

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と 協力者会議が断じているからだ.報告書を読めば,

協力者会議がそう断じるところでは,接続答申が引 き合いに出されている.そして,「適応にかかる指 導」という用語を繰り返してキャリア教育の趣旨を 表そうとした次のようなくだりを読むと,協力者会 議がさらに深く,接続答申の背後にあった日本経営 者団体連盟からの意見聴取にまで同調していること がわかる.すなわち,協力者会議は, 「キャリア教育 では,個人の適性と職業や進路先との適合とともに 将来自立した社会人となるために不可欠な,社会や 集団への適応にかかる指導を重視する」

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と云い,

その理由を次のように説明している.

「産業・経済の構造的変化や雇用の多様化・流動 化,さらには,子どもたち自身の生活や意識の変 容等が進む今日,子どもたちが,将来,社会人・

職業人として自立し,時代の変化に力強くかつ柔 軟に対応していく資質や能力を身に付けるための 指導,つまり,適応にかかる指導がかつてなく重 要になっている.……しかし,従来の(進路指導 の――引用者補足)取組においては,生徒一人一 人の適性と進路や職業・職種との適合を主眼とし た指導が中心となり,適応にかかる指導は,それ ほど重視されてこなかったきらいがある.そのた め,キャリア教育においては,……集団生活に必 要な規範意識やマナー,人間関係を築く力やコ ミュニケーション能力など,幅広い能力の形成を 支援していくことを,これまで以上に重視してい く必要がある.」

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ここに云われている「産業・経済の構造的変化や 雇用の多様化・流動化」をくだんの「新日本的経営」

と重ねて読めば,「時代の変化に力強くかつ柔軟に

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対応していく」というのは,さしあたって,どの雇 用グループに入るにしてもしっかりとした目的意識 を持つということと重なって読めるだろう.同様に,

「集団生活に必要な規範意識やマナー,人間関係を 築く力やコミュニケーション能力」は,職場の人間 関係への「同化」を志向させる意味で云われている ものと読める.

以上,政府(特に文部科学省内に設置された審議 会,研究所,調査研究協力者会議)の作成した政策 関連文書を読み解きながら,キャリア教育の枠組み の出所を確かめ,その背後にあるインタレストを明 らかにしてきた.政府の策定したキャリア教育の枠 組みの中には,確かに「人間関係形成能力」や「コ ミュニケーション能力」の指導が位置づけられてい るけれども,その経緯は以上のようなものであった.

進路未決定や早期離職を減らすべく若年者に教える

「主体性」とは,そこでの理屈によれば,企業の経営 戦略への「適応」や職場の人間関係への「同化」を 志向する性質のことを意味しよう.

3.批判

ここまで,キャリア教育の枠組みを,そこに織り 込まれたインタレストも含めて素描してきた.次に,

こうして素描された限りでのキャリア教育について,

簡単な批判を試みる.批判の論点は二つ.一つは,

社会正義の観点からコミュニケーションという行為 に期待されうる価値を,キャリア教育が損なうので はないかということ.もう一つは,格子状の枠組み でもって人間の諸能力を測ろうとすることについて の疑義である.

コミュニケーションのポテンシャル

一つ目の点から検討していこう.社会理論研究者 のユルゲン・ハーバーマスに倣えば,コミュニケー ションの行為は人間の社会を構成する最も基本的な 活動である.ここに言う「基本」の意味は,次のと おりだ.すなわち,二者以上の人のあいだで互いの 行為が衝突し(あるいは衝突しそうになり),何らか の調整を経て一定の秩序がつくられるとき,その秩 序ないし秩序生成の過程が社会である.このとき,

行為を調整する方法は何種類かあり,それらの中で 最も原初的な方法が合意による調整としてのコミュ ニケーションである.行為調整の方法としては,他 に,貨幣を媒体とする調整としての経済や,権力を 媒体とする調整としての行政などがあるけれども,

それらはいずれも,一定のコミュニケーションを経 て,貨幣や権力に合意の代わりをさせることが合意

されて,初めて正当性を帯びたものと見なされる.

経済や行政はコミュニケーションによって基礎づけ られた行為調整であり,その正当性が疑われるとき にはいつでも(必ずしも容易ではなくとも),コミュ ニケーションの水準に戻して批判されることができ ると.ハーバーマスに倣ってコミュニケーションを 社会の基本におくのは,概ねこのような意味におい てである

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このように,経済や行政といった社会のサブシス テムに対してそれらの正当性を基礎づけるという点 で,コミュニケーションには固有の価値が期待され る

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.ところで,その期待に応えるためにも,ここ ではまずコミュニケーション自体が行為調整として きちんと機能しなければならないはずだが,それは どのようにして可能か.ハーバーマスはこのことを 次のように問うた.

「コミュニケイション的行為が戦略的行為と違っ て際立っている点は,すべての当事者が発語内的 目標を何の留保もなしに追求して同意を達成する,

ということにある.そしてこの同意が,その都度 個人的に追求されている行為計画を協調して調整 するための基礎を与えるのである.以下でわたし は,コミュニケイション的に達成された同意が,

行為の調整の機能を果たすためには,どのような 条件を満たさねばならないのかを説明してみた い.」

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そして,この問いに対して彼の出した結論は次の ようなものである.

「批判可能な妥当要求を話し手が結びつけている 発話行為だけが,いわば自らの力によって,しか も了解を目指す言語的コミュニケイションの妥当 基盤のおかげで,発話行為の申し出を受け容れる よう聞き手を動かすことができ,これによって行 為調整のメカニズムとして働けるのである.」

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ハーバーマスに倣えば,コミュニケーションは社 会秩序を正当化する活動としての可能性を帯びてい るが,それには,コミュニケーションを構成する発 話行為が批判可能な妥当要求と結びつけられている 必要がある.つまり,コミュニケーションにおいて,

話し手は,聞き手にとっても正しいと話し手自身が

信じられる内容を発話し,しかも,その発話は,聞

き手からの批判に開かれている必要がある.批判に

応じて理に適った説明ができれば信念を改めるのは

聞き手であるが,理に適った説明に失敗すれば,話

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し手のほうが自分の信じていたことを訂正する.こ の条件が充たされなければ,コミュニケーションは 期待される価値を実現できない.よって,次のよう に言うことができる.すなわち,もしも「コミュニ ケーション」が当事者のうちの一方を他方に「同化」

させることを目的とし,その点での成果を志向して 遂行されるならば,それはここに言うところのコ ミュニケーションとは似て非なるものである.

「コンピテンシー・ベイスト・カリキュラム」の 陥穽

もう一点,上述のことを指摘しても,なお残りう る考え方について検討しておこう.すなわち,上述 のような問題があるというのならば,例示されたプ ログラムの中身を保護者や教師の要求に合わせて学 校ごとに書き換えればよいのであって,プログラム のテンプレート自体を活用することに難があるわけ ではないのではないかという考え方.この考え方は 是認されるだろうか.

国立教育政策研究所の報告書によれば, 「職業観・

勤労観を育む学習プログラムの枠組み(例)」は,さ らに別の文部省委託調査研究の報告を参考にして作 られたものだと云う

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.その報告とは,1998年に 職業教育・進路指導研究会が発表した『職業教育及 び進路指導に関する基礎的研究(最終報告)』であ る

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.これを調べると,「職業観・勤労観を育む学 習プログラムの枠組み(例)」は「コンピテンシー・

ベイスト(competency-based)」という発想に立っ て作られているということがはっきりする.職業教 育・進路指導研究会の報告が教えるところを引こう.

同研究会は,アメリカ合衆国のキャリアガイダン ス・プログラムなど,いくつかの欧米の事例を見て,

「プログラムの目標と効果を明確化するためにcom- petency-based-program(育成する具体的能力を基 盤としたプログラム)が望ましい」と云い,次のよ うに説明する.

「教育界においてcompetency-basedという考え 方は一般化しており,進路指導に限られるもので はない.その意味するところは,教育プログラム を,対象者(学習者とか選択の主体者)自身が「あ る具体的な課題に対処するための能力を習得する ことを目標として,対処する行動がとれるように なることをプログラムの成果とするように構造化 する」ということである.したがって,プログラ ムは,具体的な課題,それに対処するために必要 な能力,その能力を習得した結果として身につく 行動様式等で表現されたモデルである.」

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国立教育政策研究所の報告書では,このことがプ ログラムの活用場面に即して次のように要約されて いる.

「枠組み(例)は,4つの能力を観点として児童 生徒の発達を見ていく見取り図ともいうべきもの である.したがって,各学校において,児童生徒 がどのような能力・態度がどの程度身についてい るか等について点検したり,評価したりする際の 一つの参考として,この枠組み(例)を活用する ことが可能である.」

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ここに云われているような「コンピテンシー・ベ イスト」という考え方は,教育界においてそれほど 一般的なものであろうか.教育界に持つ筆者の交友 範囲がたいして広くないからかもしれないが,コン ピテンシー・ベイストの考え方で授業をしたり研究 をしたりしていると話す人物には,あまり出会った ことがない

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筆者の知るところでは,コンピテンシー・ベイス トという考え方は,むしろ,この20年ほどのあいだ に,主として北米の企業が行動心理学における達成 動機論の知見を利用しながら,人的資源管理(人事 考課,社内教育,採用時選考など)のために導入を 試みてきたものだ.そして,その意味でのコンピテ ンシー・ベイストという考え方は,次のような点で 特殊だと指摘されている

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.第一に,高業績者の 能力と思われるものを帰納的に行動特性で置き換え たものを以って,コンピテンシーと見なす.第二に,

コンピテンシーは個人に帰属しやすく,しかも行動 レベルに現れた顕在的能力である.第三に,コンピ テンシー・ベイスト・プログラムは企業の戦略との 連動性が強く,戦略達成にむけた社員の行動を重視 する.第四に,コンピテンシー・ベイスト・プログ ラムは耐用年数が短く,適用範囲が狭い(たとえば,

裁量に委ねられることが少ない職や協働の場面が多 い職には適用できない).

これらの指摘を踏まえて判断するに,コンピテン シー・ベイストの考え方は,人間の能力を捉える枠 組みとしては一般的というより,むしろ特異なもの ではないだろうか.企業経営の分野でさえ,その無 限定な適用は却って利を損なうとされている.企業 経営の分野でなされた試みを学校教育の分野へその まま持ち込むことが適当でないのはもちろんだが,

行動心理学の知見にまで立ち戻ったうえで改めて学

校教育の分野での展開を検討するにしても,慎重で

なければならないということがこうした他分野の試

みから推して知られる.特に,学校での学習が集団

(8)

的なものであることや,コミュニケーションが相互 行為であって個人の行動に還元されないことを考え れば,コンピテンシー・ベイストの考え方で学習プ ログラムをつくるのには,却って無理だったり難し かったりすることのほうが多いのではないか.一見 すると,単なる観点別評価表にも似ているコンピテ ンシー・ベイスト・プログラムだが,やはりそれと は違う.プログラムのテンプレートは,生徒たちの 成長を木目細かく把握するのに再利用できそうに見 えるが,必ずしもそうではない.一人一人の生徒た ちの成長を丁寧に見るには,テンプレートの格子状 の枠の中に書き入れられない事柄にこそ考えを巡ら せる必要があるだろう.

おわりに

本稿を通して明らかになったことを整理すると次 のとおりである.すなわち,第一に,政府によって 提示されたキャリア教育の枠組みは,政府が自ら策 定した教育課程の基準を編成し直したものであるこ と.第二に,そこには企業経営者の戦略に若年者を 適応させるというインタレストが反映されているこ と.第三に,コミュニケーションの本来的価値やコ ンピテンシー・ベイストという能力観の特殊性を踏 まえて考えれば,そうしたキャリア教育の枠組みを 学校教育で活かすことには難がつきまとうこと.

確かに,政府の提示するキャリア教育の枠組みは,

「人間関係形成能力」や「コミュニケーション能力」

の指導のためにスペースを設けている.だが,はた して,子どもたちの意思疎通に関わって保護者や教 師のあいだで素朴に共有されている教育要求は,そ のスペースに収まるようなものだろうか.最終的な 答えは,教育要求の当事者が学校ごとに集まって自 律的に検討して出すべきものだろう.本稿が明らか にしようとしたのは,その検討の途上で直面するこ とが予期される矛盾と,その所以であった.

この事例について筆者が知ったのは,次に挙げる論文の 執筆過程に立ち会えたからだ.佐藤紀子『現代の子ども たちにおける「人間関係形成能力」』慶應義塾大学教職 課程センター学校教育学コース修了研究論文,2010年

キャリア教育推進政策の基本的性格を明らかにした先 行研究として,児美川孝一郎『権利としてのキャリア教 育』(明石書店,2007年)を挙げることができる.児美川 は,政策によって提示されたキャリア教育の枠組みを批 判し,その心理主義的性格を明らかにして,労働や職業

に関する具体的な知識と技能の教育という観点が希薄 であることを指摘した.そのうえで,彼は「キャリア権」

という発想の持つ可能性に触れ,権利保障の観点から キャリア教育の組み換えを同時に模索しようとした.

本稿は,検討の対象とする諸文書に関して児美川の研究 と重複する部分が多いけれども,批判のポイントを別に している.そういう意味では,本稿はキャリア教育の組 み換えを模索する際に加えて留意すべき点を明らかに しようとするものである.

『小学校学習指導要領』2008年3月改訂,『中学校学習指 導要領』2008年3月改訂,『高等学校学習指導要領』2009 年3月改訂,特別支援学校幼稚部教育要領/特別支援学 校小学部・中学部学習指導要領/特別支援学校高等部学 習指導要領』2009年3月改訂,『幼稚園教育要領』2008年 3月改訂

文部科学省『小学校・中学校・高等学校キャリア教育推 進の手引――児童生徒一人一人の勤労観,職業観を育て るために』2006年

「小学校学習指導要領・中学校学習指導要領改訂の概要」

(国立教育政策研究所生徒指導研究センター『「キャリア 教育」資料集―文部科学省・国立教育政策研究所―研究・

報告書・手引編(平成21年度増補版)』2010年所収)

文部科学省『小学校キャリア教育の手引』2010年

文部大臣「諮問理由説明」http://www.mext.go.jp/b_

menu/shingi/12/chuuou/toushin/981101.htm(1998年11 月6日付,最終閲覧2011年10月21日)

中央教育審議会答申『初等中等教育と高等教育との接続 の改善について』1999年

同前

中央教育審議会「初等中等教育と高等教育との接続の改 善に関する小委員会(第9回)議事録」http://www.mext.

go. jp/b_menu/shingi/12/chuuou/gijiroku/002/990501. h tm(1999年5月11日付,最終閲覧2011年10月21日)

ただし,教育研修部長のうち一人に関しては,実際に発 言した記録が残っていない.

中央教育審議会「初等中等教育と高等教育との接続の改 善に関する小委員会(第9回)議事録」前掲より

同前

同前

同前

同前

同前

日本経営者団体連盟『新時代の「日本的経営」――挑戦 すべき方向とその具体策』1995年

キャリア教育の推進に関する総合的調査研究協力者会 議『報告書――児童生徒一人ひとりの勤労観,職業観を 育てるために』2004年,22頁および35-36頁

国立教育政策研究所生徒指導研究センター『児童生徒の

(9)

職業観・勤労観を育む教育の推進について(調査研究報 告書)』2002年,47-48頁

a

キャリア教育の推進に関する総合的調査研究協力者会 議『報告書――児童生徒一人ひとりの勤労観,職業観を 育てるために』前掲,7頁

b

同前,16頁

c

同前

d

この見解は『コミュニケイション的行為の理論』(ユル ゲン・ハーバーマス著,河上倫逸他訳,未來社,上・中・

下,1985-1987年,特に第一章,第三章,第七章,第八章)

に倣ったものである.本来なら,彼の著作からこうした 見解を導くことの可否に関してまず精緻な検証が必要 と思われるが,それについては別稿を期したい.ここで はさしあたって,共通するところのある見解を述べたも のとして次の文献を挙げるにとどめる.中岡成文『ハー バーマス――コミュニケーション行為』講談社,1996年,

151頁以下および160頁以下

e

もっとも,ハーバーマスの云うような特別な機能をコ ミュニケーションに認めることはできないと主張する 社会理論があることは,知っておくべきだろう.ニクラ ス・ルーマン「システム理論の諸論拠――ユルゲン・ハー バーマスに対する私の回答」ユルゲン・ハーバーマス/

ニクラス・ルーマン『批判理論と社会システム理論』佐 藤嘉一/山口節郎/藤沢賢一郎訳,木鐸社,合冊版,

2001年

f

ユルゲン・ハーバーマス『コミュニケイション的行為の 理論』前掲,中巻34頁

g

同前,中巻45頁

h

国立教育政策研究所生徒指導研究センター『児童生徒の 職業観・勤労観を育む教育の推進について(調査研究報 告書)』前掲,44頁

i

実際に,この報告の93頁以下に提示されている「キャリ ア発達プログラム構造化モデル」(特に95頁の表)を見 れば,それが「職業観・勤労観を育む学習プログラムの 枠組み(例)」の原形だったことは疑いない.

j

職業教育・進路指導研究会『職業教育及び進路指導に関 する基礎的研究(最終報告)』1998年,89頁.なお,この 部分を執筆したのは渡辺三枝子である.渡辺はその後,

「キャリア教育の推進に関する総合的調査研究協力者会 議」の主査を務めている.

k

国立教育政策研究所生徒指導研究センター『児童生徒の 職業観・勤労観を育む教育の推進について(調査研究報 告書)』前掲,45頁.協力者会議の報告書でも,次のとお り同様に要約されている.「なお,このような枠組みは,

4つの能力を観点とする児童生徒のキャリア発達にか かる見取り図ともいうべき性格を持つと同時に,子ども たちにどのような能力・態度が身に付いているかをみる ための規準となるものでもある.」(キャリア教育の推進 に関する総合的調査研究協力者会議『報告書――児童生 徒一人ひとりの勤労観,職業観を育てるために』前掲,

22頁)

l

念のために,渡辺三枝子の専攻を考慮して心理学分野の 研究者に尋ねてみたが,やはり,必ずしも主流の考え方 ではないとのことだった.

m

谷内篤博「新しい能力主義としてのコンピテンシーモデ ルの妥当性と信頼性」文京学院大学『経営論集』第11巻 第1号,2001年

付記

本稿を執筆するのに科学研究費補助金(課題番号

21730643)の助成を受けた.

(10)

付表 「職業観・勤労観を育む学習プログラムの枠組み(例)」(キャリア教育の推進に関する総合的調査研究 協力者会議『報告書――児童生徒一人ひとりの勤労観,職業観を育てるために』2004年,35-36頁)

参照

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