• 検索結果がありません。

黄道十二宮の星座名について

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "黄道十二宮の星座名について"

Copied!
24
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

黄 道 十 二 宮 の 星 座 名 に つ い て

吉 野 政 治

は じ め に

天球 にお ける 太陽 の軌 道を 黄道 と言 い︑ 黄道 の南 北幅 八度 の 帯を 黄道 帯と 言う

︒ま た︑ 黄道 が天 の赤 道と 交わ る一 つの 点を 春分 点と 言い

︑春 分点 を始 発点 とす る一 周三 百六 十度 の黄 道帯 を三 十度 ずつ に分 けた もの を黄 道十 二宮 と言 い()1

︑各 宮に 存在 す る星 座名 をそ れぞ れの 宮名 とし てい る()2

︒現 在の 日本 では 黄道 十 二宮 は次 のよ うな 和名 と漢 名が 用い られ てい る︒ 学術 名

(

ラ テ ン語

)

も 合わ せて 掲げ る︒

和 名︼

漢 名︼

学 術名

︼ おひ つじ 座

白羊 宮

A r i e s

おう し座

金牛 宮

T a u r u s

ふた ご座

双児 宮

G e m i n i

かに 座

巨蟹 宮

C a n c e r

しし 座

獅子 宮

L e o

おと め座

処女 宮

V i r g o

てん びん 座

天秤 宮

L i b l a

さそ り座

天蝎 宮

S c o r p i u s

いて 座

人馬 宮

S a g i t t a r i u s

やぎ 座

磨羯 宮

C a p r i c o r n u s

みず がめ 座

宝瓶 宮

A q u a r i u s

うお 座

双魚 宮

P i s c e s

本稿 の目 的は

︑い つ頃 日本 に黄 道十 二宮 が伝 来し たの か︑ そ れぞ れの 宮の 星座 はど のよ うな 形で

︑ど のよ うに 呼ば れて いた かを 明ら かに する こと であ る︒

(2)

1

日本 にお ける 黄道 十二 宮ま たそ の星 座名 の歴 史を たど る前 に︑ 古代 中国 にお ける 星座 の捉 え方 や天 域の 設定 の仕 方を 簡単 に見 てお きた い︒ 江戸 時代 に西 洋の 天文 学が 知ら れる よう にな るま で︑ 日本 は中 国天 文学 に専 ら拠 って いた から であ る︒ 中国 の天 域は 北極 中心 に考 えら れて いる

︒紀 元前 百年 頃に 成 立し た﹃ 史記

﹄の 天官 書で は全 天を 五つ の領 域に 分け

︑北 極を 囲む 星座 域を 中宮 とし

︑そ の他 の星 座域 を七 つず つ東 西南 北に 分け て四 宮と した

︒四 宮に 属す る星 座の 名は 次の とお りで ある

︒ これ を二 十八 宿と 呼ぶ

︒ 角・ 亢・

・ 房・ 心・ 尾・ 箕

(

以 上東 方七 宿

)

斗・ 牛・ 女・ 虚・ 危・ 室・ 壁

(

以 上北 方七 宿

)

奎・ 婁・ 胃・ 昴・ 畢・ 觜・ 参

(

以 上西 方七 宿

)

井・ 鬼・ 柳・ 星・ 張・ 翼・ 軫

(

以 上南 方七 宿

)

また

︑春 秋時 代の 初め 頃か ら北 極を 中心 とし て方 位を 十二 等 分し

︑そ れを 十二 支

(

・丑

・寅

・卯

・辰

・巳

・午

・未

・申

・ 酉・ 戌・ 亥

)

で呼 ぶこ とも 行わ れて いた

︒し たが って

︑黄 道も 十二 等分 され て十 二支 に配 され てい る︒ ただ し︑ 黄道 十二 宮の

順序 と十 二支 の順 序は 逆に なる

︒黄 道十 二宮 は天 体の 廻転 に 随っ て西 から 東へ と廻 るの であ るが

︑十 二支 は南 面し て東 から 西へ の順 序で 配さ れて いる

︒後 の時 代の もの であ るが

︑清 代の 初め に成 った 游子 六

(

游 芸

)

の著

﹃天 経或 問﹄

(

康 煕十 四年

1 6 7 5

?序

)

に 次の よう に見 える

︒ 今定

為 四象

︒限

設 三宮

︑ 宮分

三 十度

︒ 大約 白羊

戌 宮初 度︑

交 壁初

︒金 牛酉 宮初 度︑

交 婁五

︒ 陰陽

申 宮初 度︑

交 昴七

︒ 巨蟹

未 宮初 度︑

際 参末 井初

︒ 獅子

午 宮初 度︑

交 井三 十度

︒ 双女

巳 宮初 度︑

交 張七

︒ 天秤

辰 宮初 度︑

交 軫初

︒天 蝎

卯 宮初 度︑

際 亢初

︒ 人馬

寅 宮初 度︑

交 房三

︒ 磨羯

丑 宮初 度︑

交 箕三

︒宝 瓶子 宮初

度︑

交 牛初

︒ 双魚

亥 宮初 度︑

交 危三

(

地 巻﹁ 度属 不同

)

さら に中 国で は天 の赤 道を 十二 等分 して 十二 次

(

星 紀・ 玄 枵・ 娵訾

・降 婁・ 大梁

・実 沈・ 鶉首

・鶉 火・ 鶉尾

・寿 星・ 大 火・ 析木

)

と した

︒﹃ 明史

﹄の 天文 志で は︑ この 十二 次の 名を 十二 宮の 名と して 用い てい る︒ 黄道 十二 宮は 黄道 を分 ける もの

黄道 十二 宮の 星座 名に つい て

(3)

であ り︑ 十二 次は 天の 赤道 を分 ける もの であ るか らこ の代 用に は無 理が ある が︑ これ は中 国の 伝統 的天 文学 の西 洋化 に反 発す る守 旧家 への 刺激 を和 らげ るた めで あっ たろ う言 われ てい る()3

2

さて

︑西 洋の 天文 学は 占星 術と とも に発 達し た︒ 西洋 占星 術 は紀 元前 三千 年頃 から 遅く とも 紀元 前一 千年 頃ま でに バビ ロニ アに 発し たと され る︒ バビ ロニ アで は五 星

(

水 星・ 金星

・火 星・ 木星

・土 星

)

を神 の意 志を 伝え る﹁ 告知 者﹂ と呼 ぶと とも に︑ 黄道 を三 十六 に区 分し

︑そ の一 区分 に一 星を 配し て﹁ 助言 する 神々

﹂と し︑ 三星 に一 つを

﹁神 々の 首長

﹂と 呼ん た︒ その 十二 の首 長に 黄道 十二 宮の 符号 が配 され

︑十 二宮 に当 たる 星座 も造 られ たが

︑そ の星 座の うち

︑天 秤・ 牡牛

・双 子・ 蠍・ 射手 の六 座は 現在 用い られ てい るも のと 同じ であ ると いう()4

︒こ のバ ビロ ニア の占 星術 はイ スラ ム文 化圏 へ伝 わり

︑イ スラ ム文 化圏 から ヘレ ニズ ム文 化圏 へ︑ さら にイ ンド へと 伝わ った とさ れる

︒ イン ドで は釈 迦

( B . C . 5 6 5 - 4 8 7 )

の 弟子 光味

・驢 唇・ 文殊 など が十 二宮 を十 二神 と観 じ︑ 十二 月に 配当 して

︑日 月五 星

(

七 曜

)

・二 十八 宿と とも に人 類の 守護 神と した()5

︒こ れが 仏教 の伝

播に 伴っ て中 国へ も伝 わっ てい った が︑ 唐の 時代 には イン ドか ら善 無畏

・金 剛智

・不 空ら の密 教僧 が中 国に 渡り

︑新 しい 経典 を訳 出し てい る︒ 注目 した いの は︑ その 新し い経 典の 中に 不空 訳の

﹃文 殊師 利菩 薩及 諸仙 所説 吉凶 善悪 宿曜 経﹄

(

略 して

﹃宿 曜経

)

があ るこ とで ある

︒こ の﹃ 宿曜 経﹄ は密 教と 陰陽 道が 呪術 的な 思想 や方 術を 通じ て結 びつ いた 思想 を説 くも ので あり

︑ 十二 宮二 十八 宿を 解説 し︑ 星宿 と人 生︑ 七曜 と人 生の 関係 も説 かれ てい るが

︑大 同二 年

8 0 7

に空 海が 帰朝 した 時に 持ち 帰っ た 経典 の中 に︑ この

﹃宿 曜経

﹄が あっ た︒ 日本 に最 初に 十二 宮が 現れ るの は︑ この 密教 の︑ 星曼 荼羅 の 中に おい てで ある

︒佐 和隆 研編

﹃密 教辞 典﹄

(

法 蔵館

︑昭 和五 十年

1 9 7 5

)

の﹁ 十二 宮﹂ には 次の よう な説 明と 図

(

︻附 図

︼1

)

が ある

(

次 にそ の説 明を 掲げ るが

︑各 尊を 一字 で表 示し た梵 字﹁ 種子

﹂の 説明 は省 く︒ 宮名 の前 の数 字は

﹃密 教辞 典﹄ に付 けら れて いる もの であ る︒ 附図 によ って

︑そ れぞ れの 宮の 形を 知る 際に 便利 なの で省 かず に記 す

)

︒ 東方

2 2 7

牛 密宮

( B r s a )

⁝異 称⁝ 密牛 宮

・金 牛

・牛 宮

︒形 像 黄道 十二 宮の 星座 名に つい て

(4)

⁝臥 した 牡牛

2 2 8

白 羊宮

( M e s a )

⁝異 称⁝ 羊宮

︒形 像⁝ 臥し た羊

2 2 9

夫 婦宮

( M i t h u n a )

⁝ 異称

⁝男 女

宮・ 婬宮

︒形 像⁝ 菩薩 形2 尊

(

一 尊は 蓮上 珠を 持つ

)

︒ 南方

2 4 5

磨 羯宮

( M a k a r a )

⁝形 像⁝ 大魚 が口 を張 り尾 をあ げる

相で 鯱

に似 る︒

2 4 6

賢 瓶宮

( K u m b h a )

⁝異 称⁝ 宝瓶 宮・ 缶并宮

︒形 像⁝ 宝 瓶に 蕾

蓮華 個3

2 4 7

双 魚宮

( M i n a )

⁝異 称⁝ 魚宮

・二 魚宮

︒形 像⁝ 魚2 が対 向し て游 泳す る相

︒ 西方

2 9 3

秤 宮

( T u l a )

⁝ 異称

⁝秤 量宮

・天 秤宮

︒形 像⁝ 仙人 風 の老 人が 裸体 で歩 きな がら 秤を 持つ 相︒

2 9 4

弓 宮

( D h a n u )

⁝異 称⁝ 天弓 宮・ 人馬 宮︒ 形像

⁝弓 矢 を持 って 少女 の歩 行す る相

︒下 半身 を馬 とす る旧 図 もあ る︒

2 9 5

蝎 虫宮

( V r s e c i k a )

⁝異 称⁝ 天蝎 宮︒ 形像

⁝蝎 が尾 をあ げた 相︒ 北方

3 5 4

少 女宮

( K a n y a )

⁝ 異称

⁝双 女宮

・室 女宮

︒形 像⁝ 菩薩 座像 で︑ 右腕 は肘 を曲 げて 前に 手を 仰げ

︑左 拳は 上向 けて 腰に 置く

3 3 5

螃 蟹宮

( K a r k a t a k a )

⁝ 異称

⁝巨 蟹宮

︒形 像⁝ 巨蟹 の相

3 5 6

子宮

( S i m h a )

⁝ 形像

⁝白 師子 が走 る相

黄道 十二 宮の 星座 名に つい て

【附図 1】東寺伝真言院胎蔵界曼荼羅の十二宮図像 (佐和隆研編『密教辞典』法蔵館より)

(5)

京都 東寺 の伝 真言 院胎 蔵界 曼荼 羅は 空海 が帰 朝し た時 に持 ち 帰っ た初 伝本 の正 統に 属す るも ので

︑そ の様 式は

﹁平 安朝 前期 の最 末期 ころ に置 かれ うる べき もの

﹂と 言わ れる が()6

︑そ の外 縁

﹁外 金剛 院﹂ の四 方に 右の

﹃密 教辞 典﹄ の図 とほ ぼ同 じも のが 東西 南北 に三 座ず つ描 かれ てい る︒ また

︑そ の伝 来の 経路 につ いて は不 明で ある が︑ 奈良 法隆 寺に は隋 時代 の仏 師鞍 作止 利の 作と 伝え られ てい る星 曼荼 羅が ある()7

︒中 央の 内院 に阿 弥陀 如来 が坐 し︑ 第二 層上 部に 北斗 七星

︑下 部に 九曜 を配 し︑ 第三 層に 十二 宮︑ 最外 層に 二十 八宿

(

二 十八 星神

)

が 描か れて いる が()8

︑ その 第三 層の 十二 宮の 図像 も東 寺の 伝真 言院 胎蔵 界曼 荼羅 とほ ぼ同 じで ある

︒ 空海 の後

︑真 言密 教で は常 暁や 恵運 が入 唐し

︑新 しい 宿曜 道 の経 典や 図像

・彫 像を 持ち 帰っ た︒ 北辰

(

北 極星

)

や 七曜

(

日 月五 星

)

をま つる には

︑本 尊と して 尊星 曼荼 羅・ 妙見 曼荼 羅・ 北斗 曼荼 羅な どと 呼ば れる 曼荼 羅図 が作 られ るが()9

︑北 斗曼 荼羅 には 円曼 荼羅 と方 曼荼 羅と があ る︒ 前者 の代 表的 なも のは 前述 の法 隆寺 のも ので ある が︑ 後者 は大 阪府 久米 田寺 に平 安朝 の仏 画と して 保存 され てい るも のが 代表 的な もの とさ れる(10)

︒こ れは

中央 の頂 輪王 をめ ぐっ て仏 眼尊 と北 斗七 星を 置き

︑そ の外 側に 九曜

︑そ の外 側に 十二 宮二 十八 宿が とり まく 形で ある

︒以 上の 星曼 荼羅 に描 かれ てい る図 像は いず れも はぼ 同じ であ るが

︑い くら かの 違い が見 える もの もあ る︒ 偶々 管見 に入 った 山口 県萩 市見 島讃 岐坊

(

真 言宗

)

所 蔵の 方曼 荼羅(11) は︑

﹁秤 宮﹂ は秤 だけ が描 かれ

︑﹁ 弓宮

﹂も 弓と 矢だ けが 描か れ︑

﹁師 子宮

﹂は 唐獅 子 風の もの が座 り︑

﹁少 女宮

﹂に は二 尊が 描か れて いる

︒ さて

︑星 曼荼 羅に 描か れた 十二 宮は どの よう な名 で呼 ばれ て いた のか

︒先 に引 用し た﹃ 密教 辞典

﹄に 記さ れて いる

﹁牛 密宮

( B r s a )

﹂な どの 名は 何時 頃の もの であ り︑ 併せ て記 され てい る

﹁密 牛宮

金牛

・牛 宮

﹂な どの 異称 はど のよ うな 経緯 で成 立 した もの であ ろう か︒ これ らは 一切 不詳 であ るが

︑江 戸中 期に 書か れた 天野 信景 の﹃ 塩尻

﹄に

﹁密 家胎 曼多 羅﹂ の名 称と して

○十 二宮

所 属云 々 按︑ 密家 胎曼 多羅

有 宝瓶

︑磨 羯︑ 人馬

︑天 蝎︑ 天秤

︑双 女︑ 獅子

︑巨 蟹︑ 陰陽

︑金 牛︑ 白羊

︑双 魚十 二宮

︒ 是金 星者 流談 命家 之名 目︑ 而密 家私

為 己之 家事

︒ と見 える

︒こ こに 見ら れる 名は

﹃明 史﹄

(

・洪 武十 六年

1 3 8 3

成︑ 張廷 玉等 撰

)

巻三 十七

﹁暦 志﹂ に﹁ 洪武 初得

都 黄道 十二 宮の 星座 名に つい て

(6)

(

中 略

)

命 翰林 李翀 呉伯 宗同 回回 大師 馬沙 亦 黒等

﹂と あり

︑ 宮数

白羊 初 金牛 一 陰陽 二 巨蟹 三 獅子 四 双女 五 天秤 六 天蝎 七 人馬 八 磨羯 九 宝瓶 十 双魚 十 一 とあ るも のと 同じ であ る(12)

︒明 代以 降

( 1 3 6 8

)

中国 の天 文学 では これ らの 名が 用い られ てお り︑ 朝鮮 製の 天文 図で も太 祖四 年

1 3 9 5

に 造ら れた 石刻 星図

﹁天 象列 次分 野之 図﹂ を始 めと して こ の名 が見 られ るよ うで ある が︑ 日本 では もっ ぱら 右に 見た よう に密 教の 世界 での み用 いら れて いた よう で︑ 現存 する 日本 製の 天文 図に は現 れな い(13)

3

江戸 初期 には 前節 に見 た密 教系 のも のと は別 に西 洋天 文学 の十 二宮 がお よそ 四つ の経 路で 伝 わっ たよ うで ある

(

西 洋星 座図 の一 例と して

︑ 一五 一五 年に 画か れた デュ ーラ ー星 座図 を掲 げ

黄道 十二 宮の 星座 名に つい て

【附図 2】デューラーの北半球星座図 (野尻抱影編『星座』恒星社厚生 閣刊より)

(7)

てお く︻ 附図

︼2

)

︒ 一つ は南 蛮航 海術 の習 得に より

︑二 つは キ リス ト教 イエ ズス 会の コレ ジオ

(

学 林

)

など で用 いら れた 教科 書に より

︑三 つは 在華 イエ ズス 会宣 教師 によ る漢 訳天 文書 の輸 入に より

︑四 つは オラ ンダ 人か ら直 接に

︑あ るい はオ ラン ダ語 で書 かれ た天 文学 書に よる もの であ る︒ 以降

︑こ の四 つの 系統 それ ぞれ の実 例を 掲げ

︑若 干の 考察 を加 える こと にす る︒

- 3 1 - 1

一つ めの 南蛮 航海 術に よる もの は︑

﹃元 和航 海書

(

元 和四 年

1 6 1 8

自 序︑ 寛永 七年

1 6 3 0

加筆

)

に 見ら れる もの であ る︒ こ の書 は池 田与 右衛 門が

﹁葡 萄牙 人マ ヌエ ル・ ゴン ザロ

M a n u e l D o n z a l o

と いふ 本邦 在留 の航 海貿 易家 に就 いて 航海 の術 を学 び︑ 呂宋 や暹 羅と 長崎 との 間の 航海 を誌 し︑ 緯度 の測 量や

︑気 象の 観測

︑海 深の 測定 など をは じめ

︑暦 日・ 星辰

・風 位・ 海潮 等に 関し

︑或 は機 械を 示し つゝ

︑或 は経 験に 依り つゝ

︑航 海に 関す る種 々の 心得 ぐさ を記 載し た﹂ もの であ るが

(

新 村出 監修

﹃海 表叢 書﹄ 更生 閣書 店︑ 昭和 三年

1 9 2 8

刊︑ 新村 出解 説

)

︑そ の

﹁四 つの デキ リナ サン

(

﹁四 年ノ 日々 記ト 云義 也﹂ とい う注 が ある

)

の 説明 の中 に次 のよ うに ある

(

本 文は

﹃海 表叢 書﹄ によ

)

一 ︒ マル ソと 云月 の廿 一日

︑廿 二日

︿日 本の 二月 の中 の 比﹀ に︑ 日輪

︑ヱ キヌ シア ルと 云中 すち にあ り︑ アリ ヱス と云 羊の 宿の 初に 入︒ 同月 の廿 三日 より

︑日 輪北 に向 ツて ゆく

︒ 一 ジウ ニヨ ト云 月の 廿二 日︑ 廿三 日︿ 日本 の五 月の 中の 比﹀ には

︑中 すち より 北へ 廿三 ガラ フ半 の処

︑︿ 廿三 段半 也﹀ リイ ネヤ

︿す ぢと 云こ と﹀ サヴ ナ︿ かで んと 云こ と﹀ テン ペラ アダ

︿中 庸と 云事

﹀と 云す ぢに 至る 也︒ カン セル と云 螉の 宿也

︒同 月の 廿四 日よ り︑ 北か ら中 すぢ へ日 輪も どる

︒ 一 セテ ンブ ロと 云月 の廿 三日

︿日 本の 八月 の中 の比 也﹀ に︑ 日輪

︑ヱ キヌ シナ ルと 云す ぢに あり

︒リ イブ ラと 云天 秤の 宿の 始也

︒同 月の 廿三 日よ り日 輪︑ ヱキ ヌシ ナル と云 すぢ より 南へ 向て ゆく

︒ 一 テゼ ンブ ロと 云月 の廿 三日

︿日 本の 十一 月︑ 中の 比︑ 冬至 のま へ﹀ には

︑日 輪南 のサ ヴナ

︑テ ンベ ラア ダに 至る

︒︿ 中す ぢよ り南 へ廿 三半 のと こひ なり

﹀カ ピリ 黄道 十二 宮の 星座 名に つい て

(8)

カウ ルニ ヨと 云野 牛の 角の 宿︒ 同月 の廿 四日 より

︑日 輪南 より 中へ もど る︒ アリ ヱス

A a r i e s ,

カ ンセ ル

C a n c e r ,

リイ ブラ

L i b r a ,

カピ リカ ウル ニヨ

C a p r i c o n i o

は︑ 春分

・夏 至・ 秋分

・冬 至の 時に 太陽 が位 置す る所 にあ る星 座で ある

︒こ のう ちア リヱ スは

﹁日 をと る事

(

﹁ナ ンバ ンに トマ ソラ ルと 云︑ 日を とる と云 こと

︑日 本 にて は日 をは かる と云 べき なり

﹂と いう 注が ある

)

の 段に も次 のよ うに

﹁ア リヱ スの シイ ノと 云羊 の宿

﹂と 見え る

(

シ イノ

S i g n o

は 宿の 意

)

︒ 一 日輪 生得 の廻 りは

︑西 より 東へ 廻る こと

︑マ ルソ

︿ナ ンバ ンの 三月 也﹀ の廿 二日

︿日 本二 月の 中よ り二 日前

︑ 日夜 等分

﹀ア リヱ スの シイ ノと 云羊 の宿 より 廻り 初て

︑ 明年 の同 月の 廿一 日に は︑ 同宿 に廻 着︑ 日数 三百 六十 五日 六時

︿日 夜︑ 廿四 時に 配す るの 六時 也﹀ に粗 至に 依て

︑一 年を 三百 六十 五日 に定

︑四 年に 一日 の潤 を加 ふ︒

カン セル

(

か に座

)

﹁螉 の宿

﹂と ある が︑

﹃日 本科 学古 典全 書﹄

(

朝 日新 聞社 刊

)

の﹁ 蠏の 宿﹂ の翻 刻に 従う べき であ ろう

(

﹁蠏

﹂は

︑﹁ 蟹﹂ の異 体字

)

﹁螉

﹂は

﹃説 文﹄ に﹁ 螉︑ 蟲在

牛馬

皮 者︑

从 虫翁 聲﹂ とあ り︑

﹃玉 篇﹄ に﹁ 螉︑ 小蜂

﹂と あっ て︑ アブ

(

)

を 意味 する よう であ る︒ また

︑カ ピリ カウ ルニ ヨ

(

や ぎ座

)

﹁野 牛の 角の 宿﹂ と説 明さ れて いる が(14)

(

﹃日 葡辞 書﹄ に﹁

Y a g i ū

ヤ ギュ ゥ

(

野 牛

) N o n o v x i (

野の 牛

)

牡山 羊あ るい は牝 山羊

﹂と ある

)

︑ 曼荼 羅で は﹁ 大魚 が口 を張 り尾 をあ げる 相で 鯱

に似 る﹂ 怪魚 の形 で描 かれ てい た︒ この 形は 古代 バビ ロニ アの 標石 に既 に現 れて いる が︑ ギリ シャ 神話 では 羊と 羊飼 いの 守護 神の パー ンが 怪物 に追 われ て河 に飛 び込 んだ 際に

︑水 に漬 かっ た下 半身 は魚 の形 にな り︑ 上半 身は 山羊 の形 にな った とさ れ︑ その 姿が 星座 にな った もの であ る︒ この 形は 日本 人に は理 解し がた かっ たよ うで

︑後 に見 るよ うに 蘭学 者た ちも スコ ルピ ユー ン

(

さ そり 座

)

と混 同し てい るも のが 見 られ る︒ ちな みに

︑こ のカ ピリ カウ ルニ ヨを めぐ る東 西の 不可 思議 な形 につ いて 石田 五郎 氏は

﹁密 教は 十二 宮を 天部 の格 で教 義体 系に 組み 込ん だの であ ろう が︑ この 姿が 密教 と西 洋占 星術 の接 点を 示す よう な気 がし てな らな い﹂ と言 われ る(15)

黄道 十二 宮の 星座 名に つい て

(9)

- 3 1 - 2

長崎 在住 の西 川如 見も また 南蛮 紅毛 貿易 によ って 伝わ った 黄 道十 二宮 のこ とを 知り

︑そ の図 像も 見て いた よう であ る︒

﹃天 文義 論﹄

(

正 徳二 年

1 7 1 2

)

に﹁ 今来 紅毛 人持 渡れ る処 の星 図を 看る に︑ 其の 星の 形皆 獣類 の像 に配 して

︑其 の星 の様 体︑ 唐土 の名 づく る形 には 非ず

⁝戎 蛮紅 毛等 星宿 を以 て獣 形と 為る 事は

︑中 華に 於て 三十 六禽 を定 めて 星宿 に配 して 方角 を主 どら しむ るに 似た り﹂

(

乾 巻

)

とあ り︑

(

正 徳四 年

1 7 1 4

)

に も同 様の 文章 が見 え︑ さら に巻 之一

﹁紅 毛十 二宮 名号 図解

﹂に 各宮 の説 明が 次の よう にあ る︒ 宝瓶 アン ハア リヨ ス ワア トル ダラ アカ ル 人水 器ヲ 捧 テ水 ヲ溢 ス 磨羯 カア ペル ボツ コ 野牛 ノ形 ヲ画 ス 人馬 サギ タア リヨ ス ホウ ゴメ ンス 人弓 ヲ持 テ馬 ニ乗 天蝎 シゴ ルヒ ヨス スコ ルピ オン 青キ 蜈蚣 ノ形 天秤 リフ ラ ピン パン 金銀 掛ル 天ビ ン 双女 ヒル ゴ ウヱ イヒ 両女 立双 ベリ 獅子 レウ ヲ レウ ウ 獅子 獣ノ 形 巨蟹 カン ケル トロ ウピ スケ レウ 赤キ 大蟹

陰陽 キミ ニ テベ ーワ ンギ 双児 ノ形 金牛 タウ リス ヲウ ス 異牛 ノ形 白羊 アヽ リヤ ス シカ アペ ン 白キ 羊ノ 形 双魚 ピシ ス テペ ーヱ ヘイ ン 二魚 ノ形 さら にこ の図 の下 に次 のよ うな 説明 があ り︑ 中国 の次 名と 西 洋の 黄道 十二 名の 関係 が次 のよ うに 書か れて いる

︒ 十二 宮各

有 宮名 次

︒紅 毛等 唯 用 宮名

而不

次名

歟︒ 未

其号 名

雖 然︑ 視

図 画

在 鶉首 鶉尾 等之 次禽

何 莫 其 次名

︒ 蛮語 之名 各有

一宮 二名

︑以

紅 毛語 蛮語 之二 名

︒又 其宮 次

名乎

明 史﹄ の天 文志 では 黄道 十二 宮の 名を 十二 次に 当て たこ と は先 に述 べた が︑ 次名 と黄 道十 二名 の関 係に つい ては 如見 の子 であ る西 川正 休の

﹃大 略天 学名 目鈔

(

享 保十 五年

1 7 3 0

)

にも 次の よう に触 れら れて いる

︒ 十二 宮ヲ 一宮 各々 二ツ ニ分 テ︑ 宮次 ノ名 ヲ︑ 古人 定メ 置キ ヌル コト

︑最 深キ 理有 ン︒ 其名 左ノ 如シ

︒ 子宮 宝瓶

次 玄枵 丑宮 磨羯

次 星紀 黄道 十二 宮の 星座 名に つい て

(10)

寅宮 人馬

次 析木 卯宮 天蝎

次 大火 辰宮 天秤

次 寿星 巳宮 双女

次 鶉尾 午宮 獅子

次 鶉火 未宮 巨蟹

次 鶉首 申宮 陰陽

次 実沈 酉宮 金牛

次 大梁 戌宮 白羊

次 降婁 亥宮 双魚

次 娵訾 西川 親子 が用 いた 黄道 十二 宮の 名は

﹃明 史﹄ の回 回暦 法に 見 える もの であ り︑ 後に 見る 在華 イエ ズス 会宣 教師 たち が用 いた もの とは 一部 異な って いる が︑ その こと は次 節以 降に 述べ るこ とに する

- 3 2

第二 のイ エズ ス会 のコ レジ オ

(

学 林

)

など に用 いら れた 教科 書に よる と考 えら れる のは

︑小 林貞 謙

( 1 6 0 1 - 1 6 8 3 )

﹃二 儀 略説

(

寛文 七年

1 6 6 7

成?

)

に 見ら れる もの であ る︒ この 書は

ペド ロ・ ゴメ ス

( P e d r o G o m e z 1 5 3 5 - 1 6 0 0 )

が 日本 のコ レジ オ の教 科書 とし て起 草し たと いう

﹃講 義要 綱﹄

C o m p e n d i u m

の 第一 部﹁ 天球 論﹂

( D e S h a e r a )

の内 容を 伝え るも のと され る(16)

︒ した がっ て︑ 本書 に見 られ る星 座名 はラ テン 語で 書か れた

﹃講 義要 綱﹄ を訳 す時 に考 えら れた もの てあ ろう

︒星 座名 は漢 名が 用い られ てい るが

︑同 じ星 座に 複数 の名 が見 られ るも のが あり

︑ 日本 にお ける 星座 名の 歴史 を探 ろう とす るの には 貴重 な資 料で ある

(

本 文は 岩波 日本 思想 大系 63﹃ 近世 科学 思想

下﹄ によ る

)

︒例 えば

︑ 右ノ 黄道 ヲ十 二分 ニワ リテ

︑其 一ヲ 宿ト 号シ

︑十 二獣 ノ名 ヲ付 タリ

︒一 宿各 三十 度ナ リ︒ 獣ノ 名ヲ 付タ ルコ ト︑ 十二 宿星 ノナ ラベ ル形

︑其 獣ニ 似タ ルユ ヘナ リ︒ 羊宿

・牛 宿・ 二子 宿・ 蟹宿

・獅 子宿

・小 女宿 コノ 六宿 ハ北 ニア リ︒ 天秤 宿・ 竜宿

・射 手宿

・野 牛宿

・流 水宿

・魚 宿 コノ 六 宿ハ 南ニ アリ

︒ 此等 ノ宿 ニ随 フテ

︑四 節隔 テ分 レタ リ︒ 太陽

︑白 羊・ 金 牛・ 双兄 ヲ通 ル間 ハ春 ナリ

︒巨 蟹・ 獅子

・室 女ヲ 通ル 間ハ

黄道 十二 宮の 星座 名に つい て

一〇

(11)

夏ナ リ︒ 天秤

・天 蝎・ 弓馬 ヲ通 ル間 ハ秋 ナリ

︒磨 羯・ 流 水・ 大魚 ヲ通 ル間 ハ冬 ナリ

(

第 三 諸層 宿巡 環ノ 不同 ヲ顕 ハス 輪線 ノ事

)

とい う箇 所で も﹁ 双兄 宿﹂ は﹁ 二子 宿﹂ とも 呼ば れ︑

﹁室 女宿

﹂ は﹁ 小女 宿﹂ とも 呼ば れて いる

︒別 の箇 所で も同 一の 宿が 別名 で呼 ばれ てい るも の多 く見 られ る︒ それ らを 整理 する と次 のよ うに なる

︒ 白羊 宿・ 羊宿 金牛 宿・ 牛宿 双兄 宿・ 兄弟 宿・ 二子 宿 巨蟹 宿・ 蟹宿 獅子 宿 室女 宿・ 小女 宿 天秤 宿 天蝎 宿・ 竜宿 弓馬 宿・ 射手 宿 磨羯 宿・ 野牛 宿 流水 宿

大魚 宿・ 魚宿 最上 段に 掲げ たも のは 明の 神宗 の萬 暦の 初め

(

西 暦一 五八

〇 年頃

)

に 中国 に入 った イエ ズス 宣教 師利 瑪竇

(

マ テオ

・リ ッチ

M a t e o L i t t i )

に よる

﹃坤 輿萬 国全 図﹄

(

一 六〇 二年 成

)

の﹁ 天 地儀

﹂に 見え るも の

(

白 羊・ 金牛

・双 兄・ 巨蟹

・獅 子・ 室女

・ 天秤

・天 蝎・ 人馬

・磨 羯・ 宝瓶

・双 魚

)

と同 じも ので ある

︒し たが って

︑次 節で 取り 上げ る在 華イ エズ ス会 宣教 師に よる 漢訳 天文 書か らの 例と する こと もで きる が︑ この 書で はそ れは

﹃講 義要 綱﹄ を訳 す際 の参 考書 の一 つと して 利用 され ただ けで あり

︑ それ 以外 のも のか らも 広く 拾わ れて いる こと が注 目さ れる ので ある す ︒ なわ ち︑

﹃坤 輿萬 国全 図﹄ に見 られ る名 は﹃ 明史

﹄の

﹁回 回 暦法

﹂に 見え るも のと

︑ほ ぼ同 じで ある が︑

G e m i n i

V i l g o

の 名だ けが 異な る︒

﹁双 兄﹂

G e m i n i

・﹁ 室女

V i l g o

は﹁ 回回 暦法

﹂ では

﹁陰 陽﹂

・﹁ 双女

﹂と あっ た︒ おそ らく 利瑪 竇は 十二 宮名 を 漢訳 する にあ たっ て﹁ 回回 暦法

﹂を 参考 にし たも のと 思わ れる が︑ この 二宿 につ いて は西 洋に おけ る星 座の 形に よっ て名 前を 変え たの であ ろう

︒そ うで あれ ば︑

﹃二 儀略 説﹄ にこ の﹁ 双 兄﹂

・﹁ 室女

﹂の 名が 見ら れる こと は︑ この 書に 利瑪 竇系 の知 識 黄道 十二 宮の 星座 名に つい て

一一

(12)

が流 れ込 んで いる こと を意 味す るこ とに なる が︑

S a g i t t a r i u s , A q u a r i u s , P i s c e s

に は﹃ 坤輿 萬国 全図

﹄の 名と は異 なる

﹁弓 馬・ 射手

﹂﹁ 流水

﹂﹁ 大魚

・魚

﹂の 名を 用い てい る︒ また

︑﹃ 坤 輿萬 国全 図﹄ と同 じ名 が現 れる 宮名 でも

︑そ れと は異 なる 名も 用い られ てい るも のが ある

G e m i n i

﹁兄 弟・ 二子

﹂︑

V i l g o

の﹁ 小女

﹂︑

S c o r p i u s

の﹁ 竜﹂

C a p r i c o r n u s

の﹁ 野牛

﹂が それ であ る︒ すな わち

﹃二 儀略 説﹄ に現 れる 十二 宮名 の出 所は 一つ では ない ので ある

︒ 具体 的に 星座 の形 につ いて 見て みる と︑

A q u a r i u s

は西 洋の 古星 座図 では 人に 横抱 きさ れた 瓶か ら大 量の 水が 流れ てい る形 であ る︒

﹁流 水﹂ の名 はそ の形 によ るも ので あろ う︒

﹁磨 羯﹂ の 別名 とし て見 える

﹁野 牛﹂ は﹃ 元和 航海 書﹄ にも

﹁野 牛の 角﹂ とあ った が

(

ま た次 節に 挙げ る﹃ 紅毛 談﹄ にも 見え る

)

︑ほ ぼ 同じ 頃に 刊行 され た松 永貞 徳﹃ 油糟

(

寛永 二十 年

1 6 4 3

)

﹁か しら も鬚 もぬ れ渡 りけ り﹂ とい う前 句に

﹁獅 子や ぎう

(

野 牛

)

さて も書 たる 油絵 に﹂ と付 けた 句が ある

︒新 村出 博士 はこ れか ら﹃ 伊曽 保物 語﹄ の﹁ 獅子 王︑ 羊︑ 牛︑ 野牛 の事

﹂の 寓話 を想 像さ れて いる が

(

﹁西 洋文 学の 嚆矢

︱︱ 文禄 旧訳 の伊 曽保 物語

︱︱

)

︑あ るい は十 二宮 の﹁ 獅子

﹂﹁ 野牛

﹂と

﹁流 水﹂ と

に関 係す るの では なか ろう か(17)

︒こ れら は西 洋星 座図 との 関わ り が考 えら れる 名で ある が︑

﹁天 蝎﹂ の別 名と して 見え る﹁ 竜﹂ は中 国古 来の 天文 思想 に基 づく もの のよ うで ある

︒新 城新 蔵著

﹃こ よみ と天 文﹄

(

昭 和三 年

1 9 2 8

十 月弘 文堂 書房 刊

p 1 8 1 )

に 次の よう な説 明が ある

︒ 辰は 本来 は﹁ 民に 時の 早晩 を知 らす ため に観 察す る標 準の 星﹂ とい ふ意 味の 星で ある が︑ 仲夏 五月 の節 を正 すた めの 目標 とな つて 居た 大火

(

蠍 座の 一等 星

)

が︑ 殷の 時代 を通 じて

︑時 節を 正す ため の最 も主 もな る観 測物 即ち 辰と され て居 つた ので

︑遂 に辰 の名 を独 占す るに 至り

︑辰 とい へば 大火 で即 ち五 月の 星で ある とい ふ程 にな つて 居つ たた めに

︑ 辰を 以て 五月 の符 号と した もの であ る︒ なほ 後に 動物 を配 当す るに 当り

︑辰 に龍 を配 当し たの は︑ 大火

(

)

の 付近 の星 像が 頗る 著し き形 で︑ これ を龍 なる 仮想 的動 物に 見立 てた がた めに 外な らぬ

︒ さら に﹃ 二儀 略説

﹄に 見ら れる 十二 宮名 には 和名 との 関係 で 注目 され るも のが ある

︒﹁ 射手

﹂﹁ 二子

﹂は

﹁い て﹂

﹁ふ たご

﹂ の漢 字表 記で あろ うし

︑あ るい は﹁ おと め﹂ と﹁ 小女

﹂も 同様

黄道 十二 宮の 星座 名に つい て

一二

(13)

の関 係に ある もの と思 われ る︒

﹁し し﹂

﹁て んび ん﹂ は漢 語名 を その まま 用い たも ので ある

︒さ らに

﹁羊

﹂﹁ 牛﹂

﹁蟹

﹂﹁ 魚﹂ は

﹁白 羊﹂

﹁金 牛﹂

﹁巨 蟹﹂

﹁大 魚﹂ を略 した 言い 方で ある とす ると

﹁お ひつ じ﹂

﹁お うし

﹂﹁ かに

﹂は この 略称 と関 係す るも のと 思 われ る︒

﹁さ そり

﹂と

﹁天 蝎﹂ も同 様で あろ う︒ ただ

︑﹁ みず が め﹂ の名 は﹃ 二儀 略説

﹄に 見え る﹁ 流水

﹂の 名か らは 出て こな いで あろ うか ら︑ これ のみ は密 教あ るい は﹃ 坤輿 萬国 全図

﹄に 見え る﹁ 宝瓶

﹂と の関 係が 考え られ る︒ 以上 のよ うに 考え られ ると すれ ば︑ 現在 用い られ てい る和 名 の萌 芽は 江戸 時代 初期 には 認め られ ると 言え そう であ る︒ ちな みに

﹁○

○宿

﹂が

﹁○

○座

﹂と 呼ば れる よう にな った のは 明治 以降 のこ とと 思わ れる

(

た だし

︑﹁ 星座

﹂と いう 名は

﹃史 記﹄ の天 官書 に既 に見 える

)

- 3 3

第三 の在 華イ エズ ス会 宣教 師に よる 漢訳 天文 書の 輸入 によ っ て得 られ たも のと 考え られ るの は︑ 井口 常範

﹃天 文図 解﹄

(

元 禄元 年

1 6 8 8

)

の 巻一 に載 せる

﹁天 地儀

﹂の 図の 黄道 に︑ 白羊

・金 牛・ 双兄

・巨 蟹・ 獅子

・室 女・ 天秤

・天 蝎・ 人

馬・ 磨羯

・宝 瓶・ 双魚 と書 かれ てあ るも ので ある

︒こ れら の宮 名は 利瑪 竇の

﹃坤 輿萬 国全 図﹄ に見 える もの とま った く同 じで ある

︒た だ︑ 日本 では 在華 イエ ズス 宣教 師の 伝え た西 洋天 文学 の知 識は 第1 節に 引用 した 游子 六の

﹃天 経或 問﹄

(

康 煕十 四年

1 6 7 5

?序

)

に 依る のが 一般 であ る︒

﹃天 経或 問﹄ は方 密之 の序 によ ると

︑イ タリ ア人 宣教 師熊 三抜

( S a b a t h i n d e U r s i s )

に 西洋 天文 学を 教わ った と され

︑本 文に は利 瑪竇 や艾 儒略

( J u l i u s A e n i )

など の著 作か ら 多く 引用 され てい るも ので ある

︒こ の﹃ 天経 或問

﹄が 利用 され なか った のは

﹃坤 輿萬 国全 図﹄ の用 語が 既に 定着 して いた から であ ろう か︑ 西川 正休 によ る和 刻本

﹃天 経或 問﹄ が出 され たの は享 保十 五年

1 7 3 0

のこ とで ある

︒﹃ 天経 或問

﹄に 見え る名 称は

﹃明 史﹄ に見 える もの と同 じで あり

︑利 瑪竇

﹃坤 輿萬 国全 図﹄ また 井口 常範

﹃天 文図 解﹄ は﹁ 双兄

﹂に

﹁陰 陽﹂ が用 いら れ︑

﹁室 女﹂ に﹁ 双女

﹂が 用い られ てい るの が特 徴で ある

- 3 4 - 1

第四 のオ ラン ダ人 から 直接 に︑ ある いは オラ ンダ 語で 書か れ た天 文学 書に よっ て得 られ たと 考え られ る十 二宮 の知 識の 例は 黄道 十二 宮の 星座 名に つい て

一三

(14)

多く 拾う こと がで きる

︒管 見に 入っ た明 治以 前の もの で︑ 十二 宮の すべ ての 名が 記さ れて いる もの を年 代順 に列 挙れ ば次 のよ うに なる

○青 木昆 陽﹃ 和蘭 文字 略考

(

延 享三 年

1 7 4 6

)

巻之 二・ 単語 白 帳 羊

a r i u s

アリ ユス

・金 牛

t a u r u s

タ ウリ ュス

・双 兄

g e n i n i

ゲミ ニ

・巨 蟹

c a n c e r

カン セル

・獅 子

l e o

レ オ

・室 女

v i r g o

ヒ ルコ

・天 秤

l i b r a

リ ブラ

・磨

s c o r b i u s

スコ ルピ ユス

・人 馬

s a g i t t a r i u s

サ ギツ タリ ユス

・天

c a p r i c o r n u s

カ プリ コル ニュ ス

・宝 瓶

a q u a r i u s

アク ワリ ユス

・双 魚

p i s c e s

ピシ セス

※﹁ 磨羯

﹂と

﹁天 蝎﹂ の名 を誤 って いる よう であ る︒

○後 藤梨 春﹃ 紅毛 談﹄

(

明 和二 年

1 7 6 5

)

○子 の方 をお らん だに て︑ あく はあ りよ すと いふ

︑お らん だの 正月 気に して

︑日 本冬 至の 終よ り大 寒に いた る︑ 其 形壱 人手 に瓶 壺を 挙 て︑ 水を こぼ す形 を図 す︑

○か あべ る︑ 是十 二月 の気 にし て︑ 日本 大雪 冬至 の節 に当

れり

︑其 形野 牛

の形 を図 せり

○さ ぎた あり よす

︑是 十一 月の 気に して

︑日 本の 立冬 小雪 の間 に当 れり

︑其 形壱 人馬 上に

︑弓 矢を 持た る形 を図 せ り︑

○じ ごる ひよ す︑ 是十 月の 気に して

︑日 本秋 分寒 露に 相当 る︑ 其形 青色 の大 蚣蝎

のご とき 大虫 の図 なり

○り ふら

︑是 九月 の気 にし て︑ 日本 の白 露秋 分の 終に 当れ り︑ 其形 金銀 をか ける 天秤

の形 を図 画 す︑

○ひ るご

︑是 八月 の気 にし て︑ 日本 大暑 より 処暑 まで に当 れり

︑其 形双 べる 女二 人を 画

たる 形な り︑

○れ を︑ 是七 月の 気に して

︑日 本の 大暑 小暑 の節 なり

︑其 形獅 子

の形 を画 す︑

○か んけ る︑ 是六 月の 気に して

︑日 本芒 種よ り夏 至ま でに 当れ り︑ 其形 赤き いろ の大 蟹の 形を 図せ り︑

○き みに

︑是 五月 の気 にし て︑ 日本 立夏 小満 の節 に当 れり

︑ 其形 双児

の形 画た るも のな り︑

○た うり す︑ 是四 月の 気に して

︑日 本の 清明 穀雨 の節 に当 れり

︑其 形異 形な る牛 を画 たり

︑○ あヽ りや す︑ 是三 月 の気 にし て︑ 日本 啓蟄 より 春分 の節 に当 れり

︑其 形白 き

黄道 十二 宮の 星座 名に つい て

一四

(15)

羊を 図画 せり

○ぴ しす

︑是 二月 の気 にし て︑ 日本 の立 春雨 水の 節に 相当 れり

︑其 形二 魚を なら べた るを 絵図 せり

︑ 是十 二に て︑ 日本 の子 より 亥ま での 十二 支に 相当 れり

○三 浦梅 園﹃ 帰山 録﹄

(

安 永七 年

1 7 7 8

)

白羊

・金 牛・ 双兄

・巨 蟹・ 獅子

・列 女・ 天秤

・天 蝎・ 人 馬・ 磨羯

・宝 瓶・ 双魚

○前 野良 沢﹃ 和蘭 訳筌

(

天 明五 年

1 7 8 5

)

デ タワ ァル フ 十二 テェ ケン 紀 ハン 之 デン 発 語辞 ソヂ アカ 道

(

即 黄道 ノ十 二宮 ナリ

)

アリ ウス 白羊

タウ ルス 金牛

ゲミ ニ 双女 カン セル 巨蟹

レオ 獅子 ヒル ゴ 室女

リブ ラ 天秤

スコ ルピ オ 天

サギ タリ ウス 人馬

カプ リコ ルヌ ス 磨羯

アク ワ リウ ス 宝瓶

ピス セス 双魚

○本 木良 永﹃ 星術 本原 太陽 窮理 了解 新制 天地 二球 用法 記﹄

(

寛 政四 年

1 7 9 0

)

白羊

・金 牛・ 双兄

・巨 蟹・ 獅子

・室 女・ 天秤

・天 蝎・ 人 馬・ 磨羯

・宝 瓶・ 双魚

(

第 三︑ 四︑ 六の 板の 図

)

太陽 は北 方の 六宮

︑白 羊・ 金牛

・双 兄・ 巨蟹

・獅 子・ 室 女の 宮を 通行 して

︑⁝ 南方 の六 宮︑ 天秤

・天 蝎・ 人馬

・磨 羯・ 宝瓶

・双 魚の 宮 を通 行し て︑ 太陽 は白 羊宮 の初 点H の符 号の 所に 視る な り︒

(

第 四十 二章

)

○司 馬江 漢の

﹃天 球全 図﹄

(

寛 政八 年

1 7 9 6

)

彼 国ノ 法ニ シテ 黄道 ノ列 星ヲ 十二 ノ宮 ト名 ツケ テ︑ 則十 二宿 ニシ テ廿 八宿 ノ如 シ﹂ とあ り︑ 図に 次の 星座 名が 書き こま れて いる

︒ 白羊 宮・ 金牛 宮・ 陰陽 宮・ 巨蟹 宮・ 獅子 宮・ 室女 宮・ 天 秤宮

・天 蝎宮

・人 馬宮

・磨 羯宮

・宝 瓶宮

・双 魚宮

○中 島中 良

(

熊 秀英

)

﹃ 蛮語 箋﹄

(

寛 政十 年

1 7 9 8

)

白羊 宮 春分

戌 アリ ウス 黄道 十二 宮の 星座 名に つい て

一五

(16)

金牛 宮 穀雨 酉 タウ リュ ス 双女 宮 小満 申 ゲメ ーニ 巨蟹 宮 夏至 未 カン ケル 獅子 宮 大暑 午 レヲ 室女 宮 処暑 巳 ヒル ゴ 天秤 宮 秋分 辰 リブ ラ 磨 羯宮 霜降 卯 スコ ルピ ス 人馬 宮 小雪 寅 サギ ッタ リウ ス 天 蝎宮 冬至 丑 カプ リコ ルニ ュス 宝瓶 宮 大寒 子 アク ワリ ウス 双魚 宮 雨水 亥 ヒス セス

※こ の書 にお いて も﹁ 磨羯

﹂と

﹁天 蝎﹂ の名 を誤 って いる よう であ る︒

○本 田利 明﹃ 西域 物語

(

寛 政十 年

1 7 9 8

)

欧羅 巴洲 諸国 皆此 頒暦 第一 月 三十 一日

廿 日 日輪 入于 宝瓶 宮 日本 十二 月中 気入 日 第二 月

平年 二十 八日 閏年 二十 九日

十九 日

日輪 入于 双魚 宮 日本 正月 中気 入日 第三 月 三十 一日

廿一 日 日輪 入于 白羊 宮 日本 二月 中気 入日 第四 月 三十 日

廿 日 日輪 入于 金牛 宮 日本 三月 中気 入日 第五 月 三十 一日

廿一 日 日輪 入于 陰陽 宮 日本 四月 中気 入日 第六 月 三十 日

廿一 日 日輪 入于 巨蟹 宮 日本 五月 中気 入日 第七 月 三十 一日

廿三 日 日輪 入于 獅子 宮 日本 六月 中気 入日 第八 月 三十 一日

廿三 日 日輪 入于 室女 宮 日本 七月 中気 入日 第九 月 三十 日

廿三 日 日輪 入于 天秤 宮 日本 八月 中気 入日 第十 月 三十 一日

廿三 日 日輪 入于 天羯 宮 日本 九月 中気 入日 第十 一月 三十 日

廿二 日 日輪 入于 人馬 宮 日本 十月 中気 入日

黄道 十二 宮の 星座 名に つい て

一六

(17)

第十 二月 三十 一日

廿一 日 日輪 入于 磨羯 宮 日本 十一 月中 気入 日

○藤 林普 山の

﹃訳 鍵﹄

(

文 化七 年

1 8 1 0

)

星 座の 記号 は略 す︒

A r r u i s

O o m

白羊

T a u r i u s

S t i e r

金牛

G e m i n j

T w e e l i n g

双女

C a n k e r

K r e e f t

巨蟹

L e o

L e e u w

獅子

V i r g o

M a a g d

室女

L i b r a

W a a g

天秤

S o h o r p i u s

S o o r p i o e n

天帰

S a g i t a r i u s

S c h i e t e r

人馬

C a p r i c o r n u m S t e e n b o k

磨羯

A q u a r i u s

W a t e r m a n

宝瓶

P i s c e s

V i s s c h e r

双魚

○吉 雄南 皐﹃ 遠西 観象 図説

(

文政 六年

1 8 2 3

刊か

)

この 書で はオ ラン ダ語 名が 示さ れて いる

︒巻 上の

﹁国 字類

音﹂ から 十二 宮名 を抜 粋す る

(

い ろは 順で ある

︒原 語の 綴 りは 引用 者が 付し たも ので ある

)

︒ 白羊 宮

ラム

R a m

人馬 宮

スキ ュツ テル

S c u t t r

宝瓶 宮

ワー テル

︑マ ン

W a t e r m a n

双兄 宮 テウ ェー

︑リ ンゲ ン

T w e e l i n g e n

双魚 宮 ヒス テル

V i s s c h e r

磨羯 宮 ステ ーン

︑ボ ック

S t e e n b o k

天秤 宮 ワー ゲ

W a a g

天蝎 宮 スコ ルピ ユー ン

S c o r p i o e n

金牛 宮 ステ ール

S t i e r

巨蟹 宮 ケレ ーフ ト

K r e e p t

獅子 宮 レー ウ

L e e u w

室女 宮 マー グド

M a a g d

○佐 藤信 淵﹃ 鎔造 化育 論﹄

(

天 保十 三年

1 8 3 0

)

白羊

・金 牛・ 双兄

・巨 蟹・ 獅子

・室 女・ 天秤

・天 蝎・ 人 馬・ 磨羯

・宝 瓶・ 双魚 黄道

十二 宮の 星座 名に つい て

一七

(18)

○賀 寿麻 呂大 人

(

宇 田川 榕菴

)

﹃ 蘭学 重宝 記﹄

(

天 保十 四年

1 8 4 3

) W a t e r m a n

宝瓶

V i s s e r

双魚

O o m

白羊

S t i e r

金牛

T w e e l i n g

双女

K r e e p t

巨蟹

L e e u w

獅子

M a a g d

室女

W e e g

天秤

S c o r p i o e n

天蝎

S c h i e t e r

人馬

S t e e n b o k

磨羯

○川 本幸 民﹃ 気海 観瀾 広義

(

嘉 永三 年

1 8 5 0

)

太陽 ハ二 十四 時ゴ トニ 我地 球ヲ 一周 シ一 年ニ 日道 ヲ一 巡 スト 見ユ

︒故 ニ此 時節 ヲ算 セム ガ為 ニ十 二宮 ヲ設 ケ︑ 三 十日 ゴト ニ一 宮ヨ リ他 宮ニ 移ル トシ

︑毎 宮ノ 間ヲ 分チ テ

各三 十度 トナ ル︒ 太陽 一年 ニコ レヲ 一巡 スト ナス

︒コ レ ヲ以 テ毎 日太 陽ノ 所距 各地 太陽 ノ高 低ト 四時 ノ変 アル コ トヲ 察ス ベシ

︒即 三月 二十 一日 太陽 白羊 宮ニ アリ

︒コ レ ヲ春 ノ始 トシ

︑四 月二 十日 ニ金 牛宮

︑五 月二 十一 ニ双 女 宮ニ アリ

︒而 シテ 六月 二十 二日

︿或 ハ二 十四 日ト イフ

﹀ ニ巨 蟹宮 ニ至 ル︒ コレ ヲ夏 ノ始 トシ

︑七 月二 十三 日ニ 獅 子宮

︑八 月二 十四 日ニ 室女 宮ニ アリ

︒九 月二 十三 日︿ 或 ハ二 十二 日ト イフ

﹀ニ 天秤 宮ニ 至ル

︒コ レヲ 秋ノ 始ト シ︑ 十月 二十 四日 ニ天 蝎宮

︑十 一月 二十 三日 ニ人 馬宮 ニア リ︑ 十二 月二 十二 日ニ 磨羯 宮ニ 至ル

︒コ レヲ 冬ノ 始ト ス︒ 第 一月 二十 日ニ 宝瓶 宮︑ 二月 十九 日ニ 双魚 宮ニ アリ

︒白 羊 宮ハ 赤道 ノ中 ニア リ︑ 天秤 宮ハ 其東 ニア リ︒ 太陽 ヲコ ゝ ニ至 レバ 昼夜 其長 サヲ 同ス

︒コ レヲ 昼夜 平点 ト名 ヅク

︒ 磨羯 宮ト 巨蟹 宮ト ハ回 帰点 ナリ

︒磨 羯ヨ リ双 女ニ 至ル マ デ太 陽南 ヨリ 昇ル

︒故 ニ此 六宮 ヲ昇 宮ト 名ヅ ク︒ 以テ 他 ノ六 ノ降 宮ト 名ヅ クル 者ニ 分カ ツ︒ 白羊 以下 六宮 ハ赤 道 ノ北 ニア リ︒ 天秤 以下 ノ六 宮ハ 其南 ニア ルナ リ︒ 此十 二 宮ハ 曽テ 星ノ 聚マ レル 者ヲ 標的 トシ

︑諸 物ノ 名ノ 仮用 シ︑ コレ ヲ弁 別シ 易カ ラシ メム

︒猶 都下 ノ街 区ニ 諸般 ノ名 ヲ

黄道 十二 宮の 星座 名に つい て

一八

(19)

命ズ ルガ ゴト シ︒

(

巻 四・ 天体

) - 3 4 - 2

前節 に列 挙し た蘭 学者 の著 作に 見え る十 二宮 の原 語が ラテ ン 語か らオ ラン ダ語 に次 第に 変化 して いる が︑ その こと につ いて は今 は措 き︑ 宛て られ てい る漢 名を 表に する と次 のよ うに なる

(

漢 名の 見え ない

﹃紅 毛談

﹄は 省く

)

明 史﹄ や游 子六 の﹃ 天経 或問

﹄︑ また 西川 如見 の﹃ 両儀 集 説﹄

︑西 川正 休の

﹃大 略天 学名 目鈔

﹄に 見え る名 称と 利瑪 竇の

﹃坤 輿萬 国全 図﹄ また 井口 常範 の﹃ 天文 図解

﹄に 見ら れる 名称 との 違い は

G e m i n i

﹁双 兄﹂ と﹁ 陰陽

﹂︑

V i r g o

﹁双 女﹂ と

﹁室 女﹂ にあ った

︒﹁ 室女

﹂の 名を 用い てい る点 で蘭 学者 たち の 黄道

十二 宮の 星座 名に つい て

一九

文 字

・ 帰 山

・ 訳 筌

・ 星 術

・ 全 図

・ 蛮 語

・ 西 域

・ 訳 鍵

・ 観 象

・ 鎔 造

・ 蘭 学

・ 気 海

1 7 4 3

1 7 8 5

1 7 7 8

1 7 9 0

1 7 9 6

1 7 9 8

1 7 9 8

1 8 1 0

1 8 2 3

1 8 3 0

1 8 4 3

1 8 5 0 A r r

白羊

白羊

白羊

白羊

白羊

白羊

白羊

白羊

白羊

白羊

白羊

白羊

T a u

金牛

金牛

金牛

金牛

金牛

金牛

金牛

金牛

金牛

金牛

金牛

金牛

G e m

双女

双兄

双女

双兄

陰陽

双女

陰陽

双女

双兄

双兄

双女

双女

C a n

巨蟹

巨蟹

巨蟹

巨蟹

巨蟹

巨蟹

巨蟹

巨蟹

巨蟹

巨蟹

巨蟹

巨蟹

L e o

獅子

獅子

獅子

獅子

獅子

獅子

獅子

獅子

獅子

獅子

獅子

獅子

V i r

室女

列女

室女

室女

室女

室女

室女

室女

室女

室女

室女

室女

L i b

天秤

天秤

天秤

天秤

天秤

天秤

天秤

天秤

天秤

天秤

天秤

天秤

(20)

多く は利 瑪竇 の﹃ 坤輿 萬国 全図

﹄系 の名 称を 用い てい ると 言え る︒ しか し︑

﹁双 兄﹂ では なく 出自 不明 の﹁ 双女

﹂を 用い てい る者 が多 いの は︑ 何ら かの 理由 があ ると 思わ れる が︑ いま だ明 らか にし えな い︒

(

﹁双 女﹂ は﹃ 明史

﹄な どで は異 なる 星座 の

V i r g o

の 名と して 用い てい たも ので あっ た

)

︒﹁ 双兄

﹂は ギリ シャ 神話 では

G e m i n i

は男 の双 子で あり

︑西 洋の 星座 にも その よう に描 かれ てい るも ので ある

︒司 馬江 漢と 本田 利明 が﹃ 明 史﹄ など に倣 って

﹁陰 陽﹂ を用 いて いる が︑ 後に 司馬 江漢 は

﹁双 兄﹂ を用 いる よう にな る

(

﹃刻 白天 文図 解﹄

)

﹁陰 陽﹂ の名 は︑

﹃密 教辞 典﹄ に﹁ 夫婦 宮﹂

﹁男 女宮

﹂の 異称 があ るこ とを 紹

介し てい るが

︑﹁ 陰陽

﹂の 名も 同様 の思 想的 背景 から 考え られ た名 であ ろう が︑ 蘭学 者た ちは これ を嫌 った よう であ る︒

﹃帰 山録

﹄に

﹁列 女﹂ とす るの は彼 等が 見た 星座 の像 が﹁ 其形 双 べ る女 二人 を画

たる 形﹂

(

﹃紅 毛談

)

であ った から と思 われ る︒ とも あれ

︑蘭 学者 たち は蘭 語か ら新 たな 訳語 を創 出す るこ と なく

︑既 に存 在し た漢 名を 利用 して いる こと は注 目し てお きた い︒

4

現在 日本 で用 いら れて いる 星座 名の 和名 の成 立に つい ては 先

黄道 十二 宮の 星座 名に つい て

二〇 文 字

・ 帰 山

・ 訳 筌

・ 星 術

・ 全 図

・ 蛮 語

・ 西 域

・ 訳 鍵

・ 観 象

・ 鎔 造

・ 蘭 学

・ 気 海

1 7 4 3

1 7 8 5

1 7 7 8

1 7 9 0

1 7 9 6

1 7 9 8

1 7 9 8

1 8 1 0

1 8 2 3

1 8 3 0

1 8 4 3

1 8 5 0 S c o

天蝎

天蝎

天蝎

天蝎

天蝎

天蝎

天蝎

天蝎

S a g

人馬

人馬

人馬

人馬

人馬

人馬

人馬

人馬

人馬

人馬

人馬

人馬

C a p

磨羯

磨羯

磨羯

磨羯

磨羯

磨羯

磨羯

磨羯

磨羯

磨羯

A q u

宝瓶

宝瓶

宝瓶

宝瓶

宝瓶

宝瓶

宝瓶

宝瓶

宝瓶

宝瓶

宝瓶

宝瓶

P i s

双魚

双魚

双魚

双魚

双魚

双魚

双魚

双魚

双魚

双魚

双魚

双魚

(21)

に述 べた が︑ 漢名 の源 流は どこ にあ るの だろ う︒ 改め てそ の現 在の 漢名

(

A

)

﹃明 史﹄ また

﹃天 経或 問﹄ に見 られ るも の

(

B

)

︑ 利瑪 竇の

﹃坤 輿萬 国全 図﹄ に見 られ るも の

(

C

)

︑ およ び蘭 学資 料の うち で最 も新 しい 川本 幸民

﹃気 海観 瀾広 義﹄ に見 られ るも の

(

D

)

を 並べ て掲 げれ ば次 のと おり であ る︒

︻A

︼白 羊・ 金牛

・双 児・ 巨蟹

・獅 子・ 処女

・天 秤・ 天蝎

・ 人馬

・磨 羯・ 宝瓶

・双 魚

︻B

︼白 羊・ 金牛

・陰 陽・ 巨蟹

・獅 子・ 双女

・天 秤・ 天蝎

・ 人馬

・磨 羯・ 宝瓶

・双 魚

︻C

︼白 羊・ 金牛

・双 兄・ 巨蟹

・獅 子・ 室女

・天 秤・ 天蝎

・ 人馬

・磨 羯・ 宝瓶

・双 魚

︻D

︼白 羊・ 金牛

・双 女・ 巨蟹

・獅 子・ 室女

・天 秤・ 天蝎

・ 人馬

・磨 羯・ 宝瓶

・双 魚 この 対照 表に よれ ば︑ 特定 の書 物を 限定 する こと はで きな い︒ いず れに 拠っ たと して も︑

﹁双 児﹂ と﹁ 処女

﹂の 名は

︑明 治以 降に 和名 によ って 作ら れた もの と推 測さ れる

(

﹃二 儀略 説﹄ に は﹁ 二子 宿﹂

﹁小 女宿

﹂と あっ た

)

とこ ろで

︑先 に触 れて おく べき であ った が︑

﹁十 二宮

﹂と い う名 は密 教で 既に 成立 して いた もの であ る︒ 蘭学 者は それ を

T w a a l f t e e k e n e n v a n d e z o d i a a k

の訳 とし て用 いて いる

︒前 野 良沢 の﹃ 和蘭 訳筌

﹄に

﹁デ タワ ァル フ 十二

テェ ケン 紀 ハン 之 デン 発語 辞 ソヂ アカ 道

(

即 黄道 ノ十 二宮 ナリ

)

﹂ とあ り︑

﹃蛮 語箋

﹄に も﹁ 十二 宮 トワ ルフ

︑テ ーケ ン﹂ と見 え︑

﹃遠 西観 象図 説﹄ の﹁ 国字 類音

(

巻上

)

に も﹁ 十二 宮 ト ワー ルフ

︑テ ーケ ネン

︑ハ ン︑ デ︑ サヂ ヤク

﹂と 見え る︒ また

﹃元 和航 海書

﹄に

﹁十 二獣 ノ名

﹂と あっ たが

︑十 二宮 を獣 帯と も言 う︒ これ はオ ラン ダ語 から の直 訳の よう であ る︒

﹃遠 西観 象図 説﹄ の﹁ 国字 類音

﹂に

﹁獣 帯 ヂー レン

︑リ ーム 年圏 の 別名

﹂と ある

( D i e r e n r i e m

d i e r

は動 物︑ 獣︒

r i e m

は動 物な どを つな ぐ革 ひも の意 であ る

)

︒こ の獣 帯は 後に 英語 の

Z o d i c

の訳 とし ても 用い られ た︒

D i e r e n r i e m

獣帯 の名 は星 座の 形の 多く が獣 であ るこ とか らき たも のだ が︑

﹃蘭 学重 宝記

﹄に は︑ 天学 家︑ 黄道 を十 二に 分て 十二 宮と 名く

︒太 陽の 躔度 を定 んが 為な り︒ 毎宮 を生 類の 形に 像れ り︒ 又記 号を 作て 其名 に代 へ書 す︒ これ 唯記 憶し 易き に取 るの み︒ 実に 天上 に如 黄道 十二 宮の 星座 名に つい て

二一

参照

関連したドキュメント

LINEリサーチについて サポートコースについて ライトコースについて 定性調査について

2022 年 7 月 29 日(金)~30 日(金)に宮城県仙台市の東北大学星陵オーディトリウ ムにて第

シートの入力方法について シート内の【入力例】に基づいて以下の項目について、入力してください。 ・住宅の名称 ・住宅の所在地

[r]

Fitzgerald, Informants, Cooperating Witnesses, and Un dercover Investigations, supra at 371─. Mitchell, Janis Wolak,

① 小惑星の観測・発見・登録・命名 (月光天文台において今日までに発見登録された 162 個の小惑星のうち 14 個に命名されています)

小学校学習指導要領より 第4学年 B 生命・地球 (4)月と星

全体構想において、施設整備については、良好