1930年代前後における表情研究の展開 : 実験の方 法論を中心に
その他のタイトル A Development of Experimental Studies on Facial Expressions in 1930's
著者 池田 進
雑誌名 関西大学社会学部紀要
巻 14
号 2
ページ 93‑118
発行年 1983‑03‑28
URL http://hdl.handle.net/10112/00022781
1930
—実験の方法論を中心に一
池 田
進
人は他者の顔の表情を識別することができる。この事実は古くから多くの研究者の興味をひき つづけてきた。この問題領域のなかで心理学にとって有用な最初の系統的な考察は C.Darwin によってなされたといってよい。それ以後, 1930年代にいたる間に表情認知に関する古典的な心 理学的研究の方法論は一応の水準に達したと評価することができる。
この間の主要な諸研究の方法論上の問題点について池田 (1982)が概説したが,すでにそこで 指摘したとおりこの時期までの研究にほとんど共通した問題点があった。この困難を克服すべく 1930年代においていくつかの重要な展開がなされる。この報告においてはこれらの展開を,伝達 徴標としての顔の表出運動の知覚的特異性の研究の展開と,表情識別の実験における刺激と反応 の統制にかかわる方法上の展開の 2つの側面から整理してみたい。第2の側面はさらに2つの問 題点, すなわち F.W. IrwinやE.Brunswikらにみられる刺激の統制の技法にかかわる問題 点とR.S. WoodworthからH.Schlosbergにいたる反応の構造化の方法にかかわる問題点の2 つに分けて考察する。
C 1) 伝達徴標は何か
表情を識別することは要するに人の視覚系が対象者の顔面におきた形状の変化をとらえるとこ ろから始まるのだから,顔の変化のどの要因が視覚系の活動にとって有効な刺激となるのかが私 たちの関心の中核をなす。
顔の形質にかかわる知見は表情の現象的記述にとって重要な情報である。しかし,心理学の興 味の対象は,表情の識別にとって妥当な刺激変数を構成するものは何かという問いに対する答え なのだから,顔の形質的特性の生物学的,生理学的解折とはおのずと異なる分析方法が期待され てよいはずである。だからここでは,その領域に関してはこの時期における魅力的な研究書 'Our face from fish to man'(Gregory, W. K., 1929)一冊をあげるにとどめたい。
ところで,パジェスは対人知覚の「人間刺激」についてつぎのように述べている。「対人知覚 の型を分析する方法は刺激の特性によってきまるのではなくて態度の変化によって発生する意味 が決定因子になるのだから,刺激は現実に提示されているということにおいてのみ重要な条件で ある」(パジェス, R.大川・野口訳, 1972, p.155)
けれども私たちにとってはそこにそのような形をした顔があるということがやはり重要なこと
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関西大学『社会学部紀要」第14巻第2号
に思えるので, 「そこ」にある「その」顔という切実な環境要素を規定する変数としての顔パタ ンの形態的条件にはやはり関心をもたざるを得ない。
Darwin (1872)は人の顔の表出運動のはたらきとその結果現出する表情の形態的な特質を精 密に記述した。
彼は表情の形態的特質を,その表出を見た相手がうけとる印象に組織的に関連づけた最初の研 究者である。しかし彼は,ある表出のパタンがどのようにしてその表出的意味を相手に伝達する のかという点については極めて楽天的な連合説によっていて,科学的には何らの示唆をも与えて はいない。
いっぽう,ほぼ同時代においてリップスは表情による表出的意味の伝達の仕組みについて綿密 な思弁的考察をおこなった。彼の「感情移入」の理論は,高次の意識過程において適用できるか もしれぬ仮説を知覚過程にそのままあてはめているという点で現代心理学の視点からすれば批判 をまぬがれないが,当時にあっては極めて詳細に,他者から伝達される意味的内容が「伝達され た事についての私の体験(リップス, T. 大脇訳, 1934, p. 211)」を生ずる過程について論じて いる。しかしその討論においても「私の形を創る活動によって己が『形』を獲得(同書 p.312)」 するところの形象の特性についてはほとんど無関心であるといってよい。
知覚心理学的な立場から表情の形質的な特性の問題に手を染めた初期の業績としては Landis, C. (1924a, 1924 b)があげられる。彼は種々な情緒的状況におかれた対象者があらわす表情を写 真に記録して解析する方法を用いた。
彼はまずその予備的な研究 (Landis,1924a)において19人の対象者を選んだ。対象者はすべ て大学生か大学の実験助手である。彼らはできるだけ自然に振舞うように指示された後に一人ず つ実験室に通された。実験室内では定位置におかれた机の前にすわって 9種類の情緒的状況を順 次に体験させられた。それらの情緒的状況はクラシック音楽(「ワルキューレ」のレコード演奏)
をきく,裸婦の絵(「ビーナスの誕生」と 「眠れるビーナス」の複製)をみる,香り (8本の小 場に入った香料,最後の櫻はアンモニア)を嗅ぐ,蛙を入れて紙でふたをしたバケツに手を入れ てさぐるなどであった。それらの状況を体験している間の対象者の表情が8フィートの距離から 壁の開口部を通して撮影された。
さらに被験者のうち数人はこれらの状況の体験を終えたのち,さきに体験した状況のなかで自 分があらわしたと思うところの表清を意図的にもういちど演じさせられて, 同様に撮影された。
(これらの写真の記録は彼の論文に添付されている。)
記録にあらわれた表情を細かく観察した結果,対象者間に顕著なばらつきが存在することが明 らかにされた。すなわち,多くの対象者は殆どあるいは全く表情をあらわさないか現わしても慣 習的,伝統的表情とはかけ離れた表情を示すかであった。この結果にもとづいてLandisは「ひ とつひとつの情緒の型にはそれぞれ特定の表情の型が対応するという考え方は疑ってみる必要が ある」 (Landis,1924a, p. 335)と述べている。
しかし,試行後に表情を意図的に再演させた場合には,対象者たちは状況を実際に体験した間 に示した表情はあらわさずに,慣習的表情をあらわすことがしばしば観察された。
彼はこの予備的な研究の結果にもとづいてさらに詳細な実験を試みた (Landis,1924b)。対象 者に体験させる情緒的状況は先のものに加えて,聖書の一節を読む,ボルノ写真をみる,破裂音 をきかせる,生きたネズミの首をナイフで切断させるなど全部で2025種におよんだ(与えられ る状況は対象者によって異なった)。対象者は25人である。対象者の顔面にはあらかじめ表情筋 の輪郭に沿って墨で黒に隈取りが施された1)。 こうして得られた写真の総数は711枚にのぼった。
記録された表情の分析にあたって,まず写真を24項目について精査した。この24項目は表1の 第1列に示す24種の要素的表出運動の有無である。 25人の判定者はひとつひとつの写真について この24種の要素的運動が参与しているかどうかを判定した。判定の基準は写真にあらわれた顔面 の黒線の変位を目安にして各要素的運動の参与の程度を.0" (参与せず),"1" (軽微な参与),
"2" (中程度の参与), "3"(極度の参与)の4段階で評定することであった。
評定された要素的運動は,評定値の1から3までを合計して参与ありの評定とし,全体に対す る「参与あり」の評定の起る頻度の割合を算出した。さらに表情の豊かさを "O" "3"の 4 段階で総合的に評価させた。
表1は対象者が口頭で報告した情緒の型別にそれぞれのカテゴリに属する要素運動の参与がみ られた割合を示している (Landis,1924b, p. 473, Table 3)。
この実験での主要な結論は,従来の諸説に反して,特定の表出運動が特定の情緒の型に対応し てあらわれるとはいえないという予備研究の結果 (Landis,1924a)を確認したことである。た とえば表1では,どの情緒の表出にも各表情筋がランダムに参与する傾向が見られる。 Landis は要素運動の参与の割合が平均値から 3P. E. (Probable Error確率誤差)を隔てた場合を有 意とみなした。その基準によれば「激昂」 (Exasperation)においては「口唇の開き」が, 「叫 び」 (Crying)において「目を閉じる」と「目が上を向く」が,「性」 (Sex)において「頚筋」
(Mentalis)がそれぞれ有意に参与するのがみられるだけである。このように,ある情緒の表出 に特定の表情筋の活動が恒常的に対応しない理由は広い範囲にわたる表出の個体差によるものと Landisは考えている。
ある情緒の表出に際しては,使用される表情筋の組合せと強度のパタンに著しい個体差ーーお そらくは表情のあらわし方の性僻によると思われる著るしい変異ーーがみられるのが普通である。
特定の個体は特定の表出バタンをもっている。しかもその場合,表情筋の使い方が個体によって 違うというよりは,特定の筋の活動が個体によっては欠落するという形で個体差が生ずる傾向が 観察された。また,評定された表情の豊かさにおいても,ある個体に状況全部を通してほとんど 1)隈取りの黒線は表情筋の運動にともなって変異する黒線相互間の距離をはかることによって,表情筋群 の動きを客観的に記述しようという目的で引かれたものであるが,得られた写真の記録ではその測定は 不可能であることがわかった。そのため結果的には生じた表情を判定者に評定させる方法がとられるこ
とになった。
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表1 情緒の型別にみた表出の要素的運動の参与の有無と表出の豊かさの評定(%)
平 平 確
i
"
胤胄 均 率≪
§
゜ > ゜ ~
錯 誤信 (/益) 均 差 差
頭部 右ヘ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 21 10 44 17 8 24 60 6 24 14.2 12.0
左へ....・・・・・・・・・・・・・・・・・ 14 13 17 17 20 8 8 17 14 3.5 3.0 後へ・・・・・・・・・・・・・-~... 29 3 30 11 4 12 12 3 13 8 3 7.0
// 前ヘ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 36 70 17 50 68 36 40 57 47 14.5 12.3 前 頭 筋・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 43 20 48 28 32 36 36 31 34 6.5 5.5 鐵 眉 筋・・・・・・・・・・・・・・・・..… 50 20 26 28 40 20 20 3 26 9.9 8.3 上眼瞼輪筋・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 57 67 48 45 44 32 44 37 47 7.8 6.6 下眼瞼輪筋・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 78 87 78 78 80 48 76 77 75 6.9 5.8 鼻腔・・......................... 36 53 35 28 72 4 52 35 39 14. 7 12.4 方形筋・・・・・・..................... 71 60 65 61 80 48 84 63 66 8.6 7.3 顧骨筋・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 57 36 61 50 48 24 68 63 51 11. 2 9.5 笑 筋・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 21 30 57 33 40 16 72 52 40 15.1 12.7 唇 開く・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 71 37 100 50 28 48 60 43 55 16.8 14.2
II すぼめる....・・・・・・・・・・・・・・ 14 17 4 17 0 12 8
゜ ,
8.0 5.1頭 筋・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
゜゜゜
4゜゜
0 12 2 3.0 2.5三角筋・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 43 40 35 50 16 72 24 11 36 14.8 12.5 眼 閉じる・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 21 3 13 22 16 48 20 3 18 9.5 8.0
II 見開く・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 14 3 9 17 4 8 20 6 10 5.1 4.3
II 上ヘ・....................... 7
゜
4 6 0 12 4゜
4 3.1 2.5唇 噛む・・・.....................
゜゜゜
6゜゜゜
3 1 1. 7 1. 4顎 後ヘ・・・・・・..................
゜
7゜゜゜゜゜
3 1 1. 8 1. 6緊 張・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 71 60 61 72 80 32 80 66 65 10. 7 9.0 弛 緩・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 21
゜
4 11 0 32゜
6,
9.6 ・8.1微 笑・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 7 17 39 11 20 8 60 60 28 18.9 16,0 表情の豊かさ . 0"……… 14 40 35 17 48 20 28 54 33
II " 1 "・・・・・・・・・ 43 40 22 17 16 32 28 37 29
ヽ/ " 2 "・・・・・・・・・ 21 20 22 33 20 23 36 6 23
"3 , ,・・・・・・・・・ 21 7 22 33 12 16 12
゜
15写真の総数………..i 14 1 30 1 23 1 18 1 25 1 25 1 25 I 35 I I
Landis (1924b)による。
無表情であるのに対し他の個体では豊富な表情がみられた。つまり,ある特定の情緒に対応する 表情筋の活動は人それぞれにおいてさまざまであって,その結果,全体として,この情緒的体験 にはこの表情がという恒常的な対応関係は見出すことができないというのが彼の実験の結論であ る。
Landisの予備的研究(Landis,1924a)では,状況体験中に自分があらわしたと思う表情を意
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図的に再演させた場合には,対象者は実際に状況体験中に示したのとは異なる慣習的,伝統的表 情を示したことは既にのべた。ところで彼の第二報 (Landis,1924 b)では, 4人の対象者に,
先に体験した情緒的情況に置かれている自分を想像させておこってきた情緒をしばらく保持させ た。その間の表情を記録して観察すると,この場合にはこの4人は,彼らが実際に状況体験中に 示したのと同じような表情を示しており,そのパタンは各人各様であることがわかった。事後の 意図的表現にもとづく表情は,こうして,状況を追体験しているときに自発的におこる表情とも 異るものなのである。したがって自然的,自発的表出と意図的表出とは,表情筋活動においては 相異るパタンをもたらす独自の行動系に属すると考えなくてはならなくなる。
Landisはさらに後の研究 (Landis,1929)において,彼がこの実験 (Landis,1924b)で撮影 した写真のうちから 非常に表情的"(very expressive)な77枚を選んで42人の被験者に観察 させた。その被験者たちは写真に記録された表情に対応しているところの情緒的状況と情緒的体 験の内容とをいずれも正しくいいあてることができなかった。
このような知見にもとづいて彼は, Darwin以後の表情の研究は languagegestureの性質 をもった社会的表出行動の研究"philologyof expressive reaction"にかかわるものであって,
情緒的反応のパタンであると確言できる表出を対象にしてきてはいなかったのではないかと批判 している。
この見方からするならば, Langfeld,H. S. (1918 a, b)や Feleky,A. M. (1914)などの実 験では刺激としては演技による表情図が用いられているからそれらの実験の背景にある考え方は 疑問視せざるをえないことになる (Landis,1924 a, p. 335)。なぜならば彼らの実験は実際の表 出とは異るところの演技による慣習的な表情運動にもとづいて計画されているからである。だか ら被験者がその表情を正しく判断したということは,被験者が慣習的な表情に附与されている伝 統的な名義ないしは意味を了解したものと解釈せねばならなくなるからである。もしも自然発生 的な表情が慣習的な表情とは異る水準で起るのであればすくなくともこうした連合説の根拠は疑 わしいものとなってしまう。
しかし,この Landisの批判にはなおいくつかの疑問点が残される。 彼の表情図を得る手続 き(1924a,b)では,対象者に情緒的状況を体験させた際に, 操作的に何がコントロールされ何 がコントロールされていなかったのかは全く不明確であるし,一人ひとりの対象者ごとに起るで あろうところの情緒反応の質と強度のばらつき,情緒の表出における個人的傾性のばらつきはこ の実験操作では統制できない性質のものである。さらに加えて,情緒的状況の特質から推測され ることなのだが,そこで対象者が体験する情緒は単純な一次的情緒ではなく高次の微妙な情緒的 体験であろうから,このような情緒的体験を対象者が内観報告のために言語的にコード化しよう とするとその微妙な陰翡は丸められて上位概念に吸収されてしまうであろうし,そのうえ言語的 コード化においては社会的,慣習的な語彙や用語法が影響するであろうから,言語化された内観 報告のカテゴリをもって表出的意味の基準とすることにも問題が残されよう。
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けっきょ<Landis (1929)の方法の基本的難点は,彼の実験操作においては表出の要素的運 動がどのような表出的意味と関連づけられるのかの確定が困難な点にある。
この基本的難点は被験者がもたらした表情判定の結果の考察 (Landis,1929)にも反映する。
彼は結果の考察に当って被験者がくだした判定が "hit"か "falsealarm"かのみに着目して,
結局 "hit"の確率が期待をこえて高くはないことをもって正しい判定は生じないと結論した。し かし実験結果をみるといくつかの刺激では特定の "falsealarm"が斉合的に多い傾向がみられ ることが彼の考察ではほとんど無視されている。たとえば「蛙」の状況の表情は不快や驚きでは なくて「母性的」 (motherly)や「喜び」 (joy) という判定が一致して高い比率を示すし,「破 裂音」の状況では「喜び」 (joy)が,「技巧的音楽」の状況では「悲しみ」 (sorrow),「母性的」
(motherly), 「怖れ」 (fear)という判定が一致して多く現れている。状況に背反的なこのよう な判定がなぜ一致して現れるのかは,いま被験者に提示されている表情図がどのような構造をな しているのかを明らかにしなければ何とも評価のしようのない問題である。 Landisは当初の研 究 (1924a, b)の手続きにおいて表情の筋運動的構造の抽出に失敗したのと同じ理由によってこ の点についてもあいまいにならざるをえなかった。
Landisが採用した統計的判定基準の面からは Davis,R. C. (1934)が疑義を提出している。
Landisは,個々の測定値が平均から 3P.E. 以上隔たることを基準にして,その基準を満たす場 合が非常に僅かであることを論拠に,得られた結果は偶然の変動によって規定されたものである と推論した。 Davisはこの統計上の推論には理論的な根拠を見出すことができないことを指摘し て, Landisの資料 (1924b)に異なる統計処理をほどこした。
Davisは各表情筋運動の参与の比率が種々の情緒の表出毎にどう相関しているかをみるために Landisの結果(表1)の列間の相関係数を求めた。
Davisがよって立つ仮説は,(イ)得た結果には全く整一性がなく,偶然の変動に支配されている,
(口)特定の状況において生起する表情にはすべての筋群が参加し,その強度の差において異る表情 が形成される,い異る状況において異る表情筋の参加のパタンが生起する,のいずれが支持され るかをたしかめることであった。(イ)またはい)が成立つ場合には列間の相関は0であるが(口)の場合 には 1となる。表1の値から求めた相関係数は0.34から0.94の間にばらつき平均は0.633であ った(表2)。 この結果から, 特定の状況からひきおこされた表情には異る筋群の参与のパタン があり,しかも各表情の間にはある程度の共通の要素が存在することが推論された。
しかしこの推論は,表情筋運動の参与の全体的傾向として表情毎に特定の参与のパタンが存在 することを指摘したにとどまり,どの表情にはどのパタンが対応するかを指摘することはこの方 法では分析することはできない。
Landisが表情筋のなした空間的なパタンを表出者の顔面の形状のなかに求めようと考えたの に対して, Dunlap,K. (1927 a, b)はちがった見方を提起している。彼の考えは表出者の表出運 動にともなって現れるその個体固有のfaciallinesに注目しようというものである。
表2部分的表出運動の出現状況にもとづく各種 表情間の相関関係
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••••• 13 8 2 7 5 6 7 8 7 7 3
.
.
.
.
.
.
3 8 6 9 8 4 1 4 4 5 4 5 4 6
•••••••
Davis (1934. p. 48)より引用
彼は現実の表出運動 (actualexpression)と,
れる表出の時間的断層図 (cross‑section of expression)
与えられた表情を認知することができるのは,断層図に固定された現実の表出のfaciallinesに それをある時相で固定することによってえら
とを区別した。人が静止画像として
反応するからなのだというのが彼の考え方の基本である。
指示するものであり,
Dunlapは相貌学や骨相学などの性格判断に科学的根拠を見出すことはできないけれども,顔 がその個体の性格とか情緒などとよればる個体内部の過程の何らかの指標 (indication)になる 可能性はなお捨てさることはできないと考え,顔の活動における過去のできごとを検知せしめる 記号を顔は含んでいるという見通しをもった。そしてある個体の心的過程と顔の表出との相関を 求めていく研究方法をidoscopyとよんで旧来の性格判断の方法と区別した (Dunlap,1927b)。 彼のidoscopyでは,断層図が現実の表出の時間的特質 (temporalfeature)を好適な瞬間に おいて説明しえた場合にその断層図は現実の表出における表情筋群の表出性を固定したものと考 好適な条件が満たされたとき, 断層図はすくなくとも快ー不快の表情を その場合, 口の周辺の筋群のパタンが重要な効果をもつことが示された えた。 彼の実験では,
(Dunlap, 1927a)。
断層図を規定する時間的特質とは何かが問題になる。
それならば,断層図が現実の表出の時間的特質を確定しうる条件とは何か,
彼は,表出において心的過程を検知せしめる記号は,過去にくり返し収縮した筋群が成形して きた顔の形跡のなかに含まれるから,顔の組織の輪郭の観察が重要であると主張する。この成形 された組織の輪郭を彼は faciallineとよんだのである。人の顔の linesのスケッチをくり返し
関西大学『社会学部紀要」第14巻第2号
おこなうことによって,
ィ, linesは個々人で固定したパクンがあること
ロ,パタンのなかで linesはある時同時に出現しない場合のほうが多いこと ハ,パタンは限られた数のタイプに属すること
が気づかれる (Dunlap, 1927b)。彼は顔に石膏などの材料を塗って乾燥させたのちに表出運動 をさせて,表面に現れたクラックを記録する方法をひとつの案として示している。
表情の静止画像の構造のどの性質を視覚系が抽出して反応するのかがおそらく重要な問題とな るのだろうが,それは,動態としての表情の知覚において運動画像の特定の性質に視覚系が反応 するのと同様のはたらきによっているのではないか。
Schlosberg (1952)がストップ・モーションの方法である表出から次の表出へと変化する流れ を区分させることによって,変化の流れのなかの特定の表出の単位を抽出するのに成功したよう に,人の視覚系はあるパタンから他のパタンヘの移行に対してきわめて敏感である。
この移行が因果的に表出の変化として直接とらえられるところに,表出者の 真の'感情とは独 立に,判定者が表出者の顔の表情を 読む ことの根拠があるように思われる。乾 (1937)は顔の ある相から他の相への動きは時系列的にある相を地とし,他の相が図となる過程であり,撮影さ れた表情変化の各鮪が全体のなかにとけこむことによって「変化した」という印象が生ずること,
そしてこの変化の本来のテンポが変化の順序よりも重要であることを指摘している。こうして変 化における時間的空間的関係性が切実な cueとなるのではないかと考えられるが, いずれにし ろこの領域は充分な吟味にたえるだけの事実的な検証がほとんどないといってよい状態である。
まして静止画像においていかなる cueが存在するのかはまった<未知の状態であるといってよ いであろう。
ただ,一般的な話題として,表情認知の実験では動態としてのなまの表情にくらべて静止画像 の表情は作られたものであり自然なものとはいえないのではないかという問題がある。 ここで
自然な'とは刺激として用いた表情がそなえる日常的な妥当性にかかわっている事項である。た しかになまの表情は写真やスケッチに固定された表情よりは日常性に即した事象であるといえる。
しかしそれは,刺激によってひきおこされる判定者の側の反応のおこり方が自然であるかどうか ということと混同されてはならない。反応が自然であるかどうかは判定者の反応規準の設定にか かる事項であって刺激の自然さはその中の一要因にすぎない。どのような刺激を用いるかはその 刺激を用いることによって何を求めようとしているのかの問題であるから,運動画像がより自然 で静止画像が自然でないという単純な論議は当らないのである。表情認知にかかわる cueとい う意味では,刺激の変数が運動画像と静止画像において相互にどのように関連しあうかを問うこ とが必要なのだと考えることもできるだろう。
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