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アジア概念、ウィットフォーゲル

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(1)

アジア概念、ウィットフォーゲル『東洋的専制主義』の場合

1

アジア概念、ウィットフォーゲル

『東洋的専制主義』の場合

アジアとは何か(3)

川 田 俊 昭

 経済乃至「経済的なもの」(経済学)に、アジア概念を捉えることが、K.マルクスにお ける特徴である。

 斯かる基本的,根本的意義が,我々における大抵の場合,看過されていることの怠慢は,

幾ら強調されても過ぎるということはない。

 通俗におけるが如き,地理(学)的……政治的,軍事的意味でのアジア概念とは,方法 上一一問題の上では同じであっても一,はっき1≧分たれて考慮されねばならぬ必然性が,

ここにはある。(拙稿「マルクス『要綱』におけるアジア概念(1)一アジアとは何か一一,

長崎大学東南アジア研究所研究年報第18集,「アジアとは何か(再説)一矢野暢(編著)

『東南アジア学への招待』考  」,同第20集,参。)

 加えて,その場合,マルクスの所謂「経済の社会的構造」として,換言すれば,経済そ のものが,〈経済=経済組織(経済社会)〉(マルクス,M.ウェーバー, W.ゾムバルト などが問題としたもの)としての固有において,  〈経済=経済行為(経済過程)〉と は又,異った一勝れて動学的な方法の下に綜括せしめられていることにも,我々は胡乱 であってはならない。(経済構造の内的構成については,拙稿「アジア的社会に対する科 学的分析の方法論一カール.A.ウィットフォーゲルの場合一」,研究年報第10集乃至 それ以降の諸篇参。)

 そして,その実,通常,この点さえもが不用意にも看過されているのが,我々の実際な のである。マルクスの如きアジア概念(乃至そのメルクマルMerkma1)は,所謂「純粋経 済学」の方法では,「経済外的要因」として,全くその塒外にあると言わねばならぬ。(拙 稿「ゾンバルトにおける体系の概念  ウィットフォーゲル『東洋的社会の理論』解題

  」,研究年報第12集,参。)

 マルクスのアジア概念,即ち「アジア的社会」(乃至「東洋的社会」)は,少くとも,如

上二つの条件(というより,むしろ、負荷)を有している。

(2)

従って又,我々がマルクスに倣う場合,これら二つの点が,消極的negativな意味において は,我々における制的(限界)とさえなっていることを,忘れてはならない。マルクスの 単なる模倣者,追従者(マルキスト)にあってはともかく,それらは,決して自明な事柄 ではないのである。

 更に加えて,第三の問題として,マルクスのアジア概念の今日的適用  そして,それ が本稿における最終の課題であるが  には,マルクス(の問題,方法)が所謂「古典」

( 古臭い )なるが故に生ずる若干の困難が,その直接的適用を妨げていることに,注 意さるべきである。

 そっくりそのままの適用は,マルクスのアジア概念の有効を,著しく阻害するか,或は 歪曲せしめることとなる。たとえば,その適用の範囲を,アジア,或はせいぜい東南アジ アの,しかも,その特殊地域にのみ局限するか,又は,アジア外のとんでもない地域をさえ,

志向させることとなる  問題の一つに,マルクスのアジア概念,就中そのメルクマル(

生産力としての「水力」)に根差す困難がある。

 従来,この点に関する自覚的研究,解明がなかったこと,旧態依然たる反動的意識が,

この分野を支配していたこと,そして,人々が、無知蒙昧(乃至俗流Epigone)の徒よろ しく,只管,マルクスの御題目を唱えるにのみ熱心であったこと,……ために,マルクス のアジア概念,アジア的社会,「アジア的生産様式」に関わる論議が,不毛と無意味のう

ちに空転していたこと  それらは,紛れもない事実であった。

 マルクス自身は  「私(マルクス  筆者註)は,無論,何か新しいこどを学び,従 って又,自分で考えようと志す読者を想定している」(『資本論』第一版序文)にも拘らず1

 K・A・ウィットフォーゲル  マルクス,ウェーバーに倣った  が,その著『東洋 的専制主義Oriental Despotism:AComparative Study of Total Power,1959』において,

専ら,問題にしたものこそ,実に,如上の就中第三の問題に他ならなかった(と私は考え

る)。

 即ち,同著終章近く(第9章初め)に,ウィットフォーゲルの言う。

 「以上,述べたようなものが,我々の研究から出てくる水力社会hydraulic society〔ア

ジア的社会のこと  筆者註〕である。この社会は数千年に亘って  西方の新興の産業

と商業の衝撃をうけるまで存在を続けた。それに続いて起った連鎖反応は,古い秩序に新

しい形態と新しい方向を与えた。では,我々がこれまで行ってきた伝統的な水力社会に関

する分析は,このような新しい発展の理解に役立つだろうか。……これまで我々と一緒に

研究してきた読者は,ここで若干質問したいと思うかもしれない  水力社会の概念は,

(3)

アジア概念,ウィットフォーゲル『東洋的専制主義』の場合      3 過去の研究のためには勝れて生産的なもののように思われるが,しかし,それは,現在と 将来を評価するためにも,役立つものだろうかd(369頁,訳443頁。)

 所謂「アジア的生産様式論争」は,確かに,斯かる疑問と困難を解決せんとした,努力 の一里塚であることは,否定し得ない。しかし,それは,努力の一里塚であっても,努力 の結果の一里塚ではなかった。進歩はなかった。むしろ,反動  後退があった(と言う べきであろう)。

 その典型というべきが,現今,ソヴィエト(或は「人民中国」)の御用学派において特 徴的な  所謂「アジア的生産様式=アジア的変種の封建制度説」 (或は「アジア的生産 様式=普遍的発展段階説」)である。

 嘗て,私は書いている。

 「アジア的生産様式の否定,肯定に関わる所謂『アジア的生産様式=アジア的変種の封 建制度説』も,或は又,『アジア的生産様式=普遍的発展段階説』  一見,相反する

旧新その何れもが,アジア的生産様式の特殊性(特異性)を,……無視し,蔑ろにせんと する強引(「政治的圧力」の故か)において,両者はまさしく一つ穴の酪,と称すべきで あるd(拙稿「マルクスのアジア概念(2)一ウィットフォーゲル『東洋的専制主義』

解題一」,研究年報第16集,参。)

 アジアは克服された  と彼等は考える。アジアは,現今,精算されていると考える程,

理論上,便利,好都合な考え方はない。新しき歴史的事態について,最早,敢て,アジア 概念を模索する知的努力を必要としないからである。

 それは又,理論的にのみならず,社会実践的にも,甚だ好都合である。この考え方によ れば,A.プーシキンの所謂「野蛮なロシア」は,今や克服された  のみならず,社会 主義国ロシアは,資本主義,「ブルジョア的生産様式」をも克服した,と夢想,宣伝する

ことさえもが可能となる,からである。

 社会発展を多線型的に  たとえば,「西ヨーロッパ的コース」と「アジア的コース」

とを,別々に考慮するなど一(たとえ)一つの原理に基くとも  ,彼等には不本意極 まることだったのである。

 無論,彼等は,社会主義(的政策)が資本主義に追付かんとする「近代化」のための一 手段,絶対主義(政策)の一亜流という考え方(たとえば,J.ロビンソン)など,少々,

考慮してみようという  余裕と謙虚は,全く持合せていない。

 ウィットフォーゲルも又,マルキスト(所謂「マルクス・レーニン主義」)の「アジア的 生産様式=アジア的変種の封建制度説」について,矢張,同様趣意で,該説を酷評,否定

している。

 「……東洋的な諸条件に対する『封建的』な解釈も,同様に妥当なのではなかろうか。

(4)

確かに,それは悪しき遺産への強烈な非難を示すものであり  しかも,それは既に東方 でも,広く流布しているのである。……確かにそうに違いない。しかし,我々のこれまで の考え方からすれば,そうした強烈さと流布とは,決定的な標識とはなり得ない。社会的 及び人種的デマゴギーの歴史は,虚偽のスローガンが人々の思想と行動を歪めていること   しかも,それはいよいよ烈しく,いよいよ頻繁に,そして又,いよいよ執拗に撤き散 らされていることを語っている。東洋と封建ヨーロッパを並立的に考えることによって,

人々はそこにある基本的な差異を見失う。そして,大きな非西方的社会の存在を無視する ことによって,人々は単線型の,抵抗を許さない発展といった作り話に麻痺させられる結 果,歴史的選択の自由を放棄する危険を侵すことになる。……この様な危険は,19世紀的 単線型論者の努力からは生じなかった  彼等の誤謬は直様,発見されるものだったから である。そうではなくて,この危険は基本的には現代のマルクス・レーニン主義の所産で ある。即ち,イデオロギー的手段と政治的手段とを併せ用いて,東洋的社会の理論と多線 型発展の概念を共に抹殺しようとして,マルクス・レーニン主義から生じるのであるd ( 369頁,訳443−4頁。)「……マルクス・レーニン主義が当時の烈しい対立を論じた仕方の残 忍な直載さに打たれて,多くの著述家が,社会発展に関するソヴィエト的図式の中の顕著 な要素を,資本主義及び帝国主義についてのマルクス・レーニン主義解釈と共に受入れた のであった。彼等は,中国,インド及び近東の伝統的諸制度を,『封建的』と呼ぶことに 躊躇しなかった。彼等は,蒙古征服以後のロシアと西方封建主義とを,並立的に扱った。

そして,彼等は,共産主義ロシアを  そして最近は中国本土をも  ,『封建主義』と 資本主義の両方を克服したという理由から,ヨリ高い社会主義乃至は原社会主義のpr・t・一 sociahst発展水準に到達したものと信じこんだのであった司(371−2頁,訳446−7頁。)

 単なる「水力社会」  現今の中国,ソヴィエト(少くとも東方ロシア)……インド,

その他アジア諸国は,決して,そういったものではない。と同時に,反面,それらの国々 は,今日(将来は問わず)においても,アジアとして在る,と(私は)考える。

 そして,この考え(一見,二律背反的な)を推し進めるためには,我々は,マルクスの アジア概念に関わる問題方法を基軸としながらも,そこに,新たな部品(要因,変数)

を古いそれと差し替える必要,換言すれば,批判Kritikを行う必要がある。

 我々が,マルキストの,ウィットフォーゲル流に言えば「今日『マルキスト』と自称す る人達の」  一二一からげの包括的歴史大法則(の考え方)に合流するのは,我々にお ける斯かる検討,研究の不可,不可能を悟ってからでも,遅くはない筈である。

 ウィットフォーゲルの言っ。

 「……この点を突き止めておかないと,マルクス・レーニン主義勢力は,転換しつつあ

る水力社会の分析の途を塞いでしまうかもしれない  それも公然たる論議によってでは

なく,表裏背反と不信のいじけた雰囲気をつくり出すやり方によって。もし,それが正し

(5)

 アジア概念,ウィットフォーゲル『東洋的専制主義』の場合      5 く突き止められれば,多目的な,そして変化しつつある世界の諸事実(及びその潜在力)

の研究に,新しい刺激が与えられるに違いない。」(369−70頁,訳444頁。)

 では,現今のアジア  「水力社会」とは,如何なる独自性を有するものであるか。

 それは,従前のアジアと概念的に全く異種のものであるか,或は基本的には同じもので

あるか。

 以後の論議を推し進める便宜上,その予告篇ともいうべくウィットフォーゲルの「水力 社会」が結論的に象徴された姿を,その第8章終末に窺おう。

 曰く。

 「東洋的な独占官僚制Oriental monopoIy bureaucracyの特殊性……全体的装置国家の場 合は,その独占的要求を弱める……押えが何一つない。水力社会の主人達は,一切の目立 った,官僚的に組織された競争者の存在を許さない。彼等は,仮借なく,継続的に純粋な 独占官僚制として活動することによって,排他的な指導権を発揮するのであるd(368頁,

訳441−2頁。)

 即ち,そこに描き出されたものこそ,今日の社会主義的  全体主義的国家,ソヴィエ ト・ロシアであり,或は又,人民中国である  それ以外の何ものでもない。

 マルクスのアジア概念が,如何なる理由によって,将又,如何なる(理論的)根拠によ って,ロシアや中国に,引続き適用され得るのであるか。

 「新旧の単線型発展論は水力社会を無視する」,換言すれば,単線型発展論においては,

当然,アジア的社会の特殊性は看過される  と,ウィットフォーゲルは説く。(370頁,

訳444頁。)

 再援用しよう。

 「東洋的な諸条件に対する『封建的。な解釈……東洋と封建ヨーロッパとを並立的に考 えることによって,人々はそこにある基本的な差異を見失う。そして,大きな非西方的社 会の存在を無視することによって、人々は単線型の,抵抗を許さない発展といった作り話 に麻痺させられる……d(369頁,訳443頁。)然して,「この様な危険は,19世紀単線型論者 の努力からは生じなかった  彼等の誤謬は直様,発見されるものだったからである。そ うではなくて,この危険は基本的には現代のマルクス・レーニン主義の所産である」,と。

 もっとも,新しい単線型論(ウィットフォーゲルの所謂「マルクス・レーニン主義」一 マルクスそのものとは異るところの)と錐も,無媒介に生じ得たものでないことも又,

念のため,強調さるる必要がある。

 即ち,それは,直接的にはマルクス(或はF.エンゲルス)に淵源を有すると同時に,

(6)

マルクス(エンゲルス)は,更に,「19世紀的単線型論者」  周知のヘーゲル(或はL

.H.モルガン)に,丁丁に一単二に言って  ,繋がるものだからである。

 「東洋社会に関するヘーゲルとマルクス」一森谷克己は,その著『アジア的生産様式 論』(1937)の第1章に,既にして,斯かる魅力あるテーマを,設定している。

 その導入(プロローグ)として,先づ,次の言葉(アジアの特殊性,特質の確認)があ

る。

 「世界大戦前においても,勿論,東洋諸社会の問題は社会民主主義者の関心に上ってい た。……だが,その場合,主たる関心は,ヨーロッパ資本主義の尺度をもってする東洋の 資本主義化の進度如何にあった。……世界大戦と東洋諸民族の解放運動の著しい進展とは,

問題の提起及び観点そのものを本質的に新たにした。先づ第一に,既に世界帝国主義の諸 環をなす東洋諸国に対しては,ヨーロッパ資本主義の尺度の公式的適用は,最早,妥当を 欠き,否,有害でさえあるとされるに至った。……それ故,東洋諸社会の特質の問題が,

所謂『アジア的生産様式』の解明を一モメントとなしつつ人々の理論的関心に上ったの である。従って,この場合,肝要なことは,現に我々がその中に置かれている東洋諸社会 の支配的生産様式,生産諸関係及び国家等の特質についての現実的,具体的の根本的分析 でなければならないd(27−8頁。)

 私の所謂「『資本論』(の世界)は,(現実の世界についての)唯一の尺度ではない」一 という命題と,略,同様のテーゼが,ここにはある。(拙稿「マルクス『要綱』における アジア概念(1)  アジアとは何か一」,参。)

 では,同著の場合,ヘーゲルの評価(そのもの)に関して,如何。

 エンゲルス『反デューリング論』を,そのまま,援用しつつ言う。

 「ヘーゲル……ドイツ観念論哲学の『偉大なる哲学者』……彼は,全世界をば,不断の 運動と発展において理解し,そして,その内部連繋〔法則  筆者註〕を聞明しようと試 みた最初の人だったと称される。『……このヘーゲルの体系において初めて  そして,

これはヘーゲルの体系の偉大なる功績であるが  自然的,歴史的及び精神的の全世界が,

一つの過程として,即ち絶えざる運動,変化,変形及び発展において把握されたものとし て,叙述され,且つ,この運動及び発展における内面的関聯を聞明せんとする試みがなさ れた。』勿論,彼のその試みたるや,人の知る如く充分成功はしなかった。というわけは,

彼は如何にも『当時の最も博識な人』で,しかも偉大なる弁証論者であったと言え,尚,

先づ第1に,彼自身の知識の範囲が局限されていなければならなかったというのみか,第 2に,彼の知識は『局限された彼の時代の知識及び見解』によって制約されていた ,d

(28−9頁。)

(7)

 アジア概念,ウィットフォーゲル『東洋的専制主義』の場合       7

 そして,これは又,私のマルクスについてのテーゼー「『近代社会の経済的運動法則 を閾明することが,この著作の最後の究極目的である』、とマルクスが「資本論」で言明 した時,その分析の範囲は,『近代の西ヨーロッパの歴史的運動』  汎ヨーロッパ(近 代社会)のそれであった」  とも,オーバー・ラップする。(拙稿「前掲論文」)但し,

「分析の範囲」と「知識の範囲」とは,概念上,必ずしも一致しない。「叙述の仕方は,

形式的には,研究の仕方と区別されねばならぬd(マルクス『資本論』,第2版への蹟)

 ともあれ,アジア的社会に関するヘーゲルの理論  「彼自身の知識の範囲が局限され て」いたこと,或は,「彼の知識は『局限された彼の時代の知識及び見解』によって制約 されていた」ことが,既に,ここで暗示されている。

 本題に入り  「ヘーゲルの世界史的行程と東洋世界」との関聯は,如何。

 同著は,今度は,ヘーゲルの『法の哲学』,『歴史哲学』を援用しつつ,次の如く説述し ている。

 「ヘーゲルは,先づ世界史をもって,『世界精神の展開と実現』,就中『自由の意識の発 展』と解するのである。然して,世界精神は,その発展過程において四つの形態をとり,

これに照応して,世界史は四つの『世界史的帝国』に分たれる  東洋帝国,ギリシア帝 国,ローマ帝国,ゲルマン帝国がそれである。……東洋世界は,実に世界史の『発端』に 在る。即ち,世界史は,東洋世界から始まり,奴隷制を存せしめたギリシア世界及びロー マ世界を経てゲルマン世界へと発展し,完成される。……ゲルマン世界それ自身は,その 歴史の第1期たるrそれ自体における野蛮な遅鈍,混乱及び不定性』の状態〔東洋社会の

こと一筆者註〕から始まって,第2期たる,農奴制を存せしめた封建的中世を経て,第 3期,『すべての人間がそれ自体自由である』との意識を有する新時代に発展するのであ るd(29−30頁。)

 それは,恰も,マルクス『経済学批判』序言のかの有名な命題一「大雑把に言ってin grossen Umrissen,経済的社会構成が進歩してゆく段階progressive Epochen der 6kono−

mischen Gesellschatsformationとして,アジア的,古代的,封建的及び近代ブルジョア的生産 様式asiatische, antike, feudale und modern bUrgerlichen Produktionsweisenを,挙げる

ことが出来る」,と,外見上,略そっくりの印象を我々に与える。

 それ故,同著も一ウィットフォーゲルの評にも言及  ,次の如く続けている。

 「……それ故に,この場合,人あって,もしマルクスの『経済的社会構成の継起的諸紀 元』についての古典的方式化〔前記『経済学批判』序言のそれ  筆者註〕を想起したな

らば,既にウィットフォーゲル(Wittfoge正, Hegel Uber China, in Unter dem Banner

des Marxismus , Jahrg. V,1931)も指摘する如く,それが如何にヘーゲルの叙上の如き

世界史行程のスケッチに似ているかに驚くであろう。蓋し,外観的に言えば,マルクスの

場合にあっては,ただ単にヘーゲルの東洋世界が『アジア的生産様式』となって居り,ギ

(8)

リシア及びローマ世界が共に奴隷制を基礎とする『古代的』生産様式として1紀元のうち に包括され,その代りに,ゲルマン世界が農奴制を基礎とする中世封建的生産様式と,賃 労働制の拠って立つ近代ブルジョア的生産様式とに二分されているに過ぎないからであ

るd(30頁。)

 もっとも,斯かる意味でのヘーゲル,マルクス両者の相似は,その一方に,マルクスの

『経済学批判』(1859)でなく,『経済学批判要綱』をもって来る時,まさに,外観上,「そ れが如何にヘーゲルの叙上の如き世界史行程のスケッチに似ているかに驚くd

 即ち,『要綱』,殊にその第3部(1858,即ち『経済学批判』刊行の前年)には,progres−

sive Epochen derδkonomischen Gesellschaftsformatlonの項目  有名な,所謂「資本 主義的生産に先行する諸形態Forrnen, die der Kapitalistischen Produktion vorhergehen」

があり,そこでは,マルクスは,文字通り,資本制生産に先行する形態として,アジア的,

ローマ的(古典・古代的)及びゲルマン的の3形態  ヘーゲルのそれらとバッチリ同じ 名称のものが,提示されているからである。

 換言すれば,ヘーゲルの偉:大,、その先行あってのマルクス,従って又,マルクス(の立 場)にとってのヘーゲル  (エンゲルスの評によれば)「ヘーゲルの叙上の如き試図は,

…・

s成功に終ったとは言うものの,それは,実に,『巨大なる早産』だったのであるd(

29頁。)

 然して,少くとも,以上のヘーゲル(複線的な考慮を秘めるマルクスの場合は,又別個 の問題として)に関する限り,我々は,ヘーゲルを,ウィットフォーゲルの所謂「単線型 論者Unilinealists」,「19世紀の単線型論者」の典型的な一人として,考慮することが,可 能である。

 ウィットフォーゲルの言っ。

 「19世紀の単線型論者は水力社会を無視したが,それは,彼等が官僚的専制政治の現実 を回避したためでなく,産業革命の驚異的な成果に打たれたためであった。急激に変化す る西方世界の経験を過度に一般化した彼等は,素朴にも,人間社会の成長に単純な,単線 型の,そして前進的な1つのコースを仮定したのであった。……人間は不可抗的に,或は 自由に向って(ヘーゲル),或は普遍的調和(フーリエ),正しい合理的な社会(コント),

全体の幸福(スペンサー)に向っていくもののように考えられたd(370頁,訳444頁。)

 ヘーゲルは,「自由に向って」,「自由の意識の進展」として,progressive Epochen(継

起的段階,「前進的段階」)を考慮した。

(9)

 アジア概念,ウィットフォーゲル『東洋的専制主義』の場合       9

 ヘーゲルの唱える。

 「世界史は,精神の,自己の自由の意識と,この意識によって生ぜしめられる実現との 発展を体現するものである。発展は,それが段階行程,即ち……自由のヨリー層詳細なる 諸規定の1系列であるということを伴うものである司「東洋は,ただ単に1人の者が自由 であるということを意識していたに過ぎなかった。又,意識しているに過ぎない。ギリシ ア並びにローマの世界は若干の者Einigeが自由であるということを意識し,ゲルマン世界 はすべての者が自由であることを意識している。従って,世界史において認められる第1 の形態は,専制主義であり,第2の形態は,デモクラシーとアリストクラシーであり,第

3の形態は,君主制であるd

 19世紀における斯かるロマンティカー(夢想家)たちは別として,他方,即物的sachlich であるべき(筈の)考古学者,民族学者については,どうであったか。

 ウィットフォーゲルは,矢張,同じであったと説く。

 「……考古学者達は,石,青銅及び鉄の使用を基に『時代』の区分をし始めた。そして,

民族学者は,原始生活の諸特徴を,継起的な『段階』順に整頓したのであった。『旧石器時 代』及び『新石器時代』を『金属時代』の先行期と規定することによって,1865年ラボッ

クは,トムソンが1836年に手をつけた仕事を完成した。そして,1877年にはモルガンが,

かの有名な形態学上の序列,旧石器時代(未開),新石器時代(野蛮)及び鉄器時代(文 明)の3段階を定式化したのであったd(370頁,訳444頁。)

 かくて,ウィットフォーゲルは,彼等すべてを「19世紀の単線型論者」と1括,「否定 的批判negative criticisms」を加えることとなる。

 言う。

 「19世紀の進化論者が,歴史の激流の中に構造と秩序ある変化とを見出そうとした努力 は,大いに賞讃されねばならない。しかし,彼等の業績は充分満足すべきものとは言い難 い。何故なら,彼等は地球上の人類の半分以上〔アジア的社会  筆者註〕の運命を不問 に付することによってしか,ヨリ高度の諸文明を単線型に前進するものとして説明するこ

とが出来なかったからであるd(370頁,訳445頁。)

 マルクス(エンゲルス)が;斯かる歴史的,文化的環境裡に一歩進んだヨリ新しい仕事 をなしたこと,乃至,なさんとしたことも,自明である。ヘーゲル(モルガン)をもとに   ヘーゲル同様,「自由に向って」の前進,進歩を1……但し,ヨリ説得的(一般的,

本質的)な唯物(論)的,物象的,客観的手法(経済的分析,経済学)  単なる唯物論 以上に唯物的な  によって1

 その意味するところは,こうである。

 「マルクスにとっては,進歩progressとは,客観的定義づけを許し,しかも同時に何

が望ましいかを指し示すものである。萬人の自由な発展が遂げられる時が来るというマル

(10)

クス主義的信念の力は,マルクスの強い願望に発するものではない。それは歴史的発展が 人類を導いてゆく帰結点に他なら.ぬという分析には狂いがない,という確信に根差すd

(E.J.ボブズボーム)

 マルクスの(少くとも)志向するところが, 空想から科学へ と謂われる所似である。

 然して,そのためにこそ,「巨大なる早産」  ヘーゲルに欠けていた今一つの発展段階 即ち,ブルジョア経済,その分析(経済学)が,マルクスには不可欠となったのである。

 マルクス自身の象徴的な表現によれば,こうである。

 「キリスト教は,その自己批判が,一定の程度にまで,可能的に完了するや否や,初め て初期の諸神話の客観的理解を助けることが出来るようになったd(『経済学批判』,経済 学批判への序論)

 正確には,こうである。

 「ブルジョア経済学も,ブルジョア社会の自己批判が始まった時に始めて,封建的,古 典古代的及び東洋的の諸社会の理解に到達したのである司(『経済学批判』序説)

 問題は,マルクス(エンゲルス)が,斯かる根本的radikalなものを契機として,単な る単線型論者の枠外に飛躍し得たか否か,更には,その後継者達(W・1.レーニンその 他,所謂「マルキスト」)はどうであったか,ということである。

 ウィットフォーゲルの斯かるテーゼは,彼自身にとっても,その実,決して簡単,単純 なものではなかった。

 ■

 「マルクス,エンゲルス,レーニンは,アジア概念を認めている」と,一応,書き乍ら も……

 たとえばエンゲルス1人についてさえ

 「アジア的社会一然り!(エンゲルスの基本的態度)」

 「アジア的社会  然り,そして否!(『反デューリング論』)」

 「アジア的社会  否!(『家族,私有財産及び国家の起源』)」

 現代ソヴィエトの経済学者正0.M.ガルシャンツの「アジア的生産様式について」(『歴 史の諸問題1966,訳『アジア的生産様式論争の復活』所収)の場合,マルクス以前のヨー ロッパの発展思想的背景につき,  如上のウィットフォっゲルとは対照的な  屈折あ る見解一そこでは,ヘーゲルも単なる「単線型論者」ではない  を,提示している。

 即ち,次の如くである。(その論理のスジは,本稿における私のそれと密接,相並行し

ている。)

 「K.マルクス……唯物論的社会発展論の創始者が, 『アジア』という地理的用語に

(11)

 アジア概念ウィットフォーゲル『東洋的専制主義』の場合       11 よって人類社会の経済構成体の1段階を特徴づけたのは,何故であろうか。提起された問 題に対して回答し,マルクスのもとで問題全体がどのようにして発生してきたかを理解す

るためには,マルクスに先行したブルジョア的社会科学に立ち返ってみることが効果的で ある。周知のように,17−8世紀以前においては,『ヨーロッパ中心的な』世界観をもっ ていたヨーローパ人が諸文明と接触した度合,彼の科学の水準及び彼の世界観自体の何れ から見ても,言葉の厳密な意味において,世界史的綜合が試みられる根拠は存在しなかっ た。共通の世界史的諸法則に従う社会発展の単一の問題が『二分』されて,『大陸的な』性 格をおびていた。歴史は,恰も根本的に対立する二つの文明  先進的な西洋文明と,発 展能力をもたない後進的な東洋文明(アジア文明)  の衝突として描き出された。 『ア ジア的』,『アジア的性格』という言葉は,その時から,後進性,停滞,死絶,野蛮性,

非常に苛酷な形態の人間的生活様式の同義語になっていた。…・・資本主義時代が到来するに つれて,事態は変化した。……社会発展の単一且つ共通の規準〔私の所謂「先進国,後進 国における共通……共通のバンド(多種,多様な社会形態〈の説明〉を可能とする)」(特 に研究年報第20集,参。)  筆者註〕.を見付け出して,世界史の綜合的叙述の素描を与 えようとする試みを始めて企てたのは,フランスの唯物論者達であった。モンテスキュー の貢献は,特に著しかった。……彼は,地理的環境(気候,土壌,領土)に優先権を与え ることによって〔恰も,ウィットフォーゲル,或はr,B.プレハーノブにおける如く一 一筆者註〕,東洋諸国の発展のテンポが比較的緩慢である原因を唯物論的に説明しようと試

ちた。諸社会の総体を単一の基準に基いて研究することを妨げているヨーロッパ中心的な 歴史的伝統の基礎は,このようにして揺り動かされた。しかし,ヨーロッパの社会思想が やがてその影響を受けたヘーゲルは,社会発展に関するヨーロッパ中心的な見解を新たに 復活させたように見える。彼の(著)「歴史哲学」においては,東洋対西洋というその伝 統的な対立を伴う世界の『二分化』の原則が,再び勝利を占めたのである。……或時には

(中世では),伝説や宗教上の資料を論拠として居り,今時には(ヘーゲルのもとでは),

精神的原則から導き出されている世界史に関する地理的,大陸的な見解は,生産の領域自 体の中に社会的諸法則を求めたイギリスの政治経済学において克服され始めた。社会研究 の基準が別のもの(経済的なもの)に代ったために,アジアの資料に対する理論経済学令 達の接近方法も又変って来た。……」

 天才マルクスも,所詮,人の子。彼の思想も又,時代の所産である。(無から有を生じた わけではない。)

就中,その一般的な  唯物的,「実証的な精神」(かのドン・キホーテ<中世人,ロマ

ンチスト〉の最も厭うたもの,その従僕サンチョ〈近代人,リアリスト〉において典型的

(12)

であったもの)が,彼の時代(ゾムバルトの所謂「経済時代」)に負うことについては,

既にして,J. A.シュムペーターの有名な(但し,シニカルな)指摘がある。

 即ち,曰く。

 「マルクス……彼の偉業の本性を理解するためには,マルクスの生きた時代の背景の中 にそれを浮び上らせてみなければならない。当時は,ブルジョア意識の最頂期であり,ブ ルジョア文明の最底期であった。それは又,機械的唯物主義の時代であり,新しい芸術や 新しい生活様式が胎内に宿っているとの徴候が未だその影をも見せず,その上胸の悪くな るような陳腐さの中に時間が浪費されていたような文化的環境の時代であった。……実証 的な精神……合理的検証に堪え得る確実性……d/『資本主義・社会主義・民主主義』,5

−6頁,訳7−8頁。)

 同様,レーニンのこれ又有名な(若干ペダンチックな)指摘があることについても,周 知の如くである。

 「マルクスは,人類の三つの最先進国に属する19世紀の三大精神的潮流たる,ドイツの 古典哲学〔特にヘーゲル  筆者註〕,イギリスの古典経済学及びフランスの革命的諸学 説〔「フランスの唯物論者達」  筆者註〕一般と結合されたフランス社会主義の継承者 であり,天才的な完成者であった。マルクスの諸見解……の,彼の反対者達によってさえ 認められている注目すべき徹底と緊密さ……d(論文「カール・マルクス」)

 マルクスのアジア的(スラブ的)社会,アジア概念も又,当然,彼の思想一般と同様の 宿命を担う。

 私も,(学生諸君相手に)書いている。

 「……マルクスに象徴されているようなアジア概念の把握の仕方は,勿論,当時の社会 の人々のアジアに対するイメージを無視して,行われたわけではありません。しかしなが ら,そこにはイメージを超えた認識という働き,(簡単に申しますと)アジアという概念 づけに不可欠なメルクマル(「指標」,標識,特徴,アジアがアジアたる所似の)の発見,

導出,と同時に,体系(「秩序」,聯関,法則)づけが実行されていることになります。(わ かり易く申しますと)何より,まとまった理屈,条理(論理,事柄の筋道)として,即ち,

私達の頭の中で納得のゆく形でアジアというものが把握されている,ということです。

…… 竭閧ヘ,彼がどの程度まで堀り下げているか,恣意的なものを必然的(論理的)なも のに切り換え得ているか(言い換えると,「客観1生」を保持し得ているか),ということで すd(「ウィットフォーゲルにおけるアジア的生産様式の問題  マルクス主義者としての 在り方  」,長崎大学東南アジア学生研究会雑誌第2集。)

 もっとも,私の場合,尚,臆測の域を出なかったものが,ウィットフォーゲルにおいて

は,かなり明確な主張となって出ている。「マルクスは,東洋の制度的構造と発展上の地

位について,古典学派先行者に追随した」,と。

(13)

 アジア概念,ウィットフォーゲル『東洋的専制主義』の場合       13  「マルクスのアジア的社会の概念は,主として,リチャード・ジョーンズ及びジョン・

スチュアート・ミルなど古典学派経済学者の見解を元に打樹てられたのであり,これら二 人の学者は又,アダム・スミス及びジェームズ・ミルの一般的考え方を発展させたもので あった。アダム・スミスは,中国と,『その他のアジアの幾つかの政府』との水力事業の 間に,類似性のあることに注目した。……1853年以後,死ぬ迄の間,マルクスは,アジア 概念を,初期の経済学者達のアジア的な用語と共に支持していた。彼は『東洋的専制』と いう定式化の他に,制度的秩序全体についてジョン・スチュアート・ミルの用いた『東洋 的社会』という呼び方や,(明らかにこの方を好んでいたが)リチャード・ジョーンズの 用いた『アジア的社会』という呼び方を採用した。彼は,土地所有の『アジア的体制』と か,特定の『アジア的生産様式』とか,もっと簡潔に『アジア的生産』とかを口にするこ とによって,アジア的社会の経済的側面に対する特別の関心を表明したのであったd(372

−3頁,訳447−8頁。)

 この点,たとえば,ガルシャンツの如きも,「イギリスの古典経済学」(とりわけリチャ ード・ジョーンズ)のマルクスに対する先行を認めている。(ガルシャンツの先の援用に

続く。)

 「……生産の領域自体の中に社会的諸法則を求めたイギリスの政治経済学……社会研究 の基準が別のもの(経済的なもの)に変った……その結果,彼等は,(フランスの唯物論 者達よりも)ヨリ一層深く問題の本質を洞察することが出来るようになった。K.マルク スは、R.ジョーンズを特別に評価して,『諸生産様式の歴史的区別に対する理解の諸要 素』(マルクス「剰余価値学説史」)を彼の元に見出した。……R.ジョーンズの諸労作に おいては,後にK.マルクスがアジア的生産様式という仮設と関聯して関心を抱いた多数 の諸問題が定式化されている。即ち,……地理的環境の役割,専制主義,社会的諸構造の 特質……d

 マルクスが,その著作のうちに,如何様な仕方で,アジア概念を認めていたかについて のウィットフォーゲルの見解は,我々一般におけると,さして違いがあるわけではない。

(もっとも,その解釈には喰違いが多々あるが。マルクスの諸著作におけるアジア概念,

更に解釈上の若干の問題については,拙稿「マルクスのアジア概念(1)  ウィットフ ォーゲル『東洋的専制主義』解題  」,研究年報第15集,「マルクスのアジア概念(2)

  ウィットフォーゲル『東洋的専制主義』解題  」,同第16集,参。)

 「アジア的社会に関するマルクスの見解」として,ウィットフォーゲルは,集約して,

インド,中国及びロシアの三つの国  「今日再び世界政治の舞台で目立った存在になつ

(14)

ている三つの国,即ち,インド,中国及びロシア」に対する「マルクスのアジア的解釈」

を主たる問題としている。(374−6頁,訳449−52頁。)

 然して,ここにおいても,同様,根本的理解を目指す我々は,マルクスについて,ウィ ットフォーゲルを介在させつつ,更にヘーゲルを  換言すれば(最少,少くとも)ヘー ゲルのインド,中国観を一,対照,照合する必要に迫らるることになるのである。

 たとえば,ヘーゲルとウィットフォーゲルとの接点  「支那及びインドに共通に認め られる……停滞的専制国家は,如何にして成立し,又何に基いて存立するのか。ヘーゲル は,斯様な国家の存立を,『地理的基礎』から説明するのであるd(森谷『前掲著』,36頁。)

〔未完〕

参照

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