国際公法における空法の基礎的研究(1)
名島芳
序 設
l第二次世界大戦後著しく発展した国際航空は今日の平時における枢要な国際関係の一部を法的に構成し澤いる当2国際航空は社会的︑事実的見地から見ても極めて明かなどとく︑国際文化︑経済的交流の最も現代的意敦における
要路であり︑ほぼ一座ハ〇年を境として国際空路には主要国により一斉に四発ジユット旅客機が就航せしめられるこ3とが確実と放った今日︑伝統的な海陸の交通手段を超えて︑国際航空が劃然と質的に新たな地位を築くものであるこ
とを疑うものはない︒
ところでこのように戦後飛躍胡放伸長堅不した国際航空は如何なる意味及び態容において国際法或は空法の規制の
対象を構成するかを明かにし︑我国において試みられることの少なかった処の︑航空それ壇体を対象とする空法上の4考察を国際公法の管轄しうべき範囲において︑主要点につき行うことが本稿の目的であ懲
畢初に序説として国際公法に立場を求めた場合における空法問題えの接近の根拠と理由を︑空法の基本的性格を併
せて考察しながら明かにしておきたいと思う︒
国際公法における空法の基礎的研究∵m三九
民U第一に空法の対象とすべき航空機の利用から生守る諸関係が今日著しく閏際性を帯びている事実があが︒
経 蛍 と 経 済
O 四
航空機が他の交通機関と具たる点は︑その高度の技術性の結呆︑極めて短時間内に幾づかの国境を越え且ク国籍を
具にする人を多く旅客とするから︑その問に生やる法律関係が時間的︑空間的に著じい変動にさらされ他の運輸手段
に見られない独自の複雑性を増す乙とである︒例えばA国の定期業務航空機がB・
C‑D
国に
E国向けの航行を継続
するため入国着陸すればその航空機自身とB・
C‑D
国の関係は公法的関係を構成し︑且ク又その関係は目的地の所
在するE国と当該航空機との公法関係と技術的に具たる場合があるし︑また航空機の行動は乗客たる個人にも関連し
個人と国家に常に同時に関係を有するから︑公法的であると同時に私法的国際関係を発生せしめる︒
とれらのととは航空機の活動が事実的に国際性に富むから︑各国の主格的管轄との接触が頻繁でありその意味で国
際的であるという航空の一面の帰結を示すにすぎたい︒
航空に関する法自身が国際的でたければたらない原因は︑右のよう怠事実条件の力の他伴積極的に見出されうる︒
p o
それは立法例的にも結果的に明らかたのであるが︑航空機の使用に伴う諾関係が生む法律関係は︑使用に伴って生や
る諸事実が︑その発生地の別︑或は機国籍の別にも拘らや殆ど一般的︑共通的性格を有するから︑統一的た規制の対
象として適当である︑というととである︒
従って空法関係の諸問題がその解決に沿いて国際的規模を前提とする理由があるととが︑航空の有する国際性とい
う事実の意味する︑工り法的た意味合である乙とは否定出来たい︒
事実上技術問題としても︑同じようた能力の航空機が世界の主要な製作会社によって主要た航空会社に売り渡され
る現状に沿いては︑少くとも航空機そのものに対する法規制は世界的にみて︑非常に要件の限られた劃一的側面をも
って来るのは当然であるう︒また航空機による運送の態容も同じように主として技術的た理由から国別によっても大
差のたい事実として現れている︒
飛行場の使用︑航行上の諸措置のような事項に限らや運送契約︑保険のような事項についても事実関係が航空機︑
旅客の国籍たどに上って大差の生じない状態にあるという乙とは︑要するに航空上の諸関係には︑事実上の関係と同
様︑その状態を規制する法的関係にづいても︑統一的解決を生む必然住があるととを意味する︒
このように航空という現象のおかれた諸条件及び技術の進歩は結局等質性に﹃おいて事実上統一的であり︑且ク叉航
空について生十る諸関係が濁す法技術的た困難も同じ型のものと怠るから︑単に航空が各国の国境を瞬時にして乙え
うる運輸手段であるという事実のみたら十︑法的にもその事実に押されて統一的た解決が生ゃるよう必要づけられた
乙とが推定され得る︒
そしてこのような法律関係の統一的な解決は︑立法的には当然国際的規模に告ける作業から出発し怠ければ意味を
怠さたい︒それ故に航空に関する法律関係が多くの場合に・おいて国際条約を第一義的な法淵とする空法独自の型態が
生れるのである︒
国際公法から空法を管轄し得ベき理由の第二として︑法の適用の面のみたらや立法及び執行の面から見た空法の特
殊性を指摘する乙とができる口それは空法の法淵の独自性と︑今日における国際航空に関する一元的規制化を行う国
際民間航空機関の存在を法理的に無視し得たいととに帰閃する空法の一面に他たらたい白
先づ空法は慣習法が殆ど全く存在しない法である︒それは航空の起源が比較的新しく︑しかも技術の進歩が常に急
速且ク飛躍的である乙とから緩徐た慣行に基く法の形成を許容するようた余地を持たや︑旦ク未だに技術の進歩が更
に新たな法規の作成を必要とする現朱を続けているため︑すでにのベた如く法技術的た問題の解決のために国内法上
も成文法の立法が次えと必要とされ︑又国際的な関係に沿いては︑依然国家聞の協力が個別国家の利害の立場からも
国際公法における空法の基礎的研究ω
四
経 営 と 経 済
四
求められ︑その結果条約︑協定という形で成文法として空法の法淵が累積しているととを意味する︒法の創設が空法
に・おける程重要た意義をもっ法分野はたしかに少たいように思われる︒例えば条約作成のとき︑航空に関する法技術
上の困難については専門家たちは必然的にその解決として成立しろる︑法関係の一定の解釈を求められている︒従っ
てその作業は一つの技術として超国家的友性格を有するから︑園内立法に沿いても条約上採択された解釈は抵抗が少
たく受容される可能性が強い︒との乙とは国際法を根本規範とした空法の位階的危性格を示す一因となると同時に︑
空法でいわれる自治主義が実は国際法に基いた規範が国内法に受容された一つの法秩序を全体として性格づけた呼称
であるととをも明かにしている口
従って空法が事実関係の発生について特殊た立場と環境を有するととを理由として︑
解釈によって空法の実体関係の解決を計ろうとする立場を排して
ωE m8 22
訟法としてその立場を固める傾向は
当然空法の法淵としての国際法を重視したければたらたいととにたるであろう︒ 一部の私法の類推適用や拡大
もとより国際的規制が常に国内法上の規制に先行する場合のみが空法に・おける立法現象のすべてであると云うわけ
ではたいが︑一度成文法として空法秩序の中に国際法が成立するや︑その影響力の大きいととは︑条約当事国の批准
の結果生やる条約規定適用の保障という義務の他にも生れうる︒
即ち︑等質的な個えの場合を背景として︑集約的にもたらされた国際的解決方法の有する合理的権威は︑事実上国
内立法を国際立法がとった考え方に調整する上う作用するし︑且ク国家として一事項の規制にづいて自国法がとる解
決方法と︑他の多くの国の国際法上の義務の履行の結果とのこつが夫々異った法的帰結をもたらすことは︑規制の二
元化として実際上航空に・おいて著しい不便を生やるだろうから︑その点からも規制の国際化の動因が生れ符ょう口
更に少くともシカゴ条約(国際民間航空条約)当事国に対しては︑国際規制が特に園内立法の自由を条件づけた事
項以外には︑規制の二元化を許しうる余地はたい︒それはシカゴ条約が条約義務の遵守にクいて定める措置及び制裁
司4にてらしでも明かゑ処である口
また︑手形法︑小切手の場合に・おける程国際的た統一規制化が空法の領域では進んでいたいととは指摘されるけれ
︒ ︒
ども︑(空法が国際私法の形でのみ国際的た存在理由をもクととは現在は原則として存在していないし︑またそうであ
つては国際航空の自由の原則の確保は今日以上に成り立ち難い︒即ち国内法の規模の上で国際的た性格の規範を設け
るととを︑各国に委ねるととは︑たどに法の不必要な多面化が生宇るのみでたく︑更に無政府状態をも悲起するだろ
うからである︐口国際私法は結局その呼称にも拘らや実は渉外的国内法規にすぎたいのであるから︑問題解決の不徹底
性は海法の場合にクき今日見られるようた不便を多く生守るだけで︑発生後︑日の浅い空法にクいては︑そのようた
無益はたるべく避けるべきもののように思われる︒
之を要するに︑杭空機の性質から生やる事実関係を前提として考えるとき空法は部分的に(量的には多いのだが)
園内法によって構成されクム︑それら国内法をたるべく同質化させ且ク各国国内で共通に行われるべき有効た統一的
規制として国際法を有し喝なければ︑空法が国際的た航空括勤を管轄する意義は︑航空の国際性という事実に背く限り
で失われざるを得ないだろう︒
航空の発展という事実の性格が空法の国際化を裏づけた証拠として︑今日では国際民間航空機関の成立の理由と同
機関が行う作用を挙げなければなら十︑それは同時に法の立法︑適用及び執行の点で︑法淵の問題と重畳して空法の
基本的性格が国際的であるととを法理的且つ事実的に示すものとしたければならたい︒
空法に・おける国際法の鉱大と浸透は︑空法を実定的に国内法規制と国際法規制の集合と見るとき︑否み得たい事実
である︒そしてその結果全空法秩序の位階性の問題としても国際法の重要性をみとめざるを得たい︒
国際公法における空法の基礎的研究ω
四
経 営 と 経 済
四 四 空法を国際法の領域から検討する第三の理由は同家主権の問題が国際航空に大きた比重を占める要因とたっている
ととである︒
従来空域に・おける主権については幾つかの壁説が展開されてはいる︒そのことにクいて首意しなければならない乙
とは︑それらの学説は航空が今日のよう友多角的危且つ著しく閏際的た用途や利用明・係を示していなかった時代の所
産であるか︑或いは航空機が実用化されてから以後のものであっても︑その発達が緩漫であっほ時代に︑充分た事実
QU
関係による裏付けよりも︑むしろ先験的規範論に強く支配されて生じたものが多いととである︒
従って空似主権に関する従来の諸学説は︑直接的に現在重要注問題の解決を技術的に提供し得るようには思われた
川Uい点が多い︒
また空域主権が領域主権と実際上︑同質的な概念として推定され得たととは︑国際法秩序の下で主権の行使に与え
られる広汎な自由の推定から生じたものであり︑各時十説に沿いても空域に台ける主権の行使という乙よか︑空域で適
但 ト
用される法の内容をしかじかと特定した上で一式われているのでは左い乙とを想起したければ怒らたい︒
しかし︑主権に関する今目的課題は︑国際民間航空条約がその前文において示したようた理念l即ち﹁国際民間航
空の将来の発達は︑
世界の各国及び各人民の聞に
hおける友好と理解とを創造し及び維持するととを大いに助長しろ
る ﹂
lととを実現させ︑且つその濫用をさけて国際航空輸送業務を健全且ク経済的に運営しうるようにするには︑
般国際法上否認され得たい主権の前提を︑国際航空の発展という目的の下で技術的にどの上うに取扱うかにクきる︒
従って空法が国際的規制の下で国際航空を扱うとき常に技術的障害として現われる主権の問題を空法に・おける国際
法的課題として考えるととは当然のととと一式えよう口
と
では空域に長ける主権を抽象的に理論構成する乙とが問題であるのではたく︑航空という運輸千段の目的と関‑ A
係のある限りで︑少くとも航空自由の必要に技術的に貢献する見地から︑主権問題の現象的た検討と︑主権と国際航
空の関係の実証的た解析検討とが空法研究上の必要であり︑且つ組織化された国際航空制度の将来のための現実的要
話を構成するように思われる︒
一般的に見て︑空域主権の問題性は︑航空がもたらす各国共通の利益︑換言すれば国際社会的利益の明かた存在と
同時に各国が有する佃有の利益が部分的に対立する点に設も顕著である︒従って空法上主権を取扱う場合に実際的た
或は政治的た者庖を抜きにして問題点の鮮明化を企てるととは難かしいであろう︒
例えば各国は他国の空域を利用出来る乙とを望んでいるととは明かである口しかし︑同時に自国伺有の空域にクい
ては︑それをたるべく排他的に利用するために︑種えの絶対的た理由事項を挙げる︒そしてその理由が主権作用の具
体的た内容をたす事実となって表現される︒とくに国家の安全︑戦略的要因︑経済的損失の避止たどは自己保存の利
益を桔成するから︑その維持のために主権の概念を援用する口最近ではまた経済的政治的友重大た利益のために︑例
えば航空における事業上の国際的競争については自国機の立場を保護し︑また自国の航空勢力を確保するために自国
個有の空域上では将来も同じく主権を確認し︑その結果︑他国とは︑実利的た意義のある飛朔の権利だけを他の航空
技術的利益をふくめて︑相互的に法益が見合うように取引する傾向が一般化している︒
このような空法における現象は空域主権の国際法的分析の問題を構成しうる︒
之を要するに︑以上は第一には事実的関係から生やる航空の国際性に基き航空を対象とする空法が規制の性格上国
際法的解決を必要とするに至る事実︑第こには法淵的た関係にh点いて︑即ち法規の有効性の点で法の立法︑適用及び
執行を通じ国際法としての空法の一部が空法全体の特殊性を形成しているとと︑また空法の形式的効力の点で国際法
が位階的に上位に立つ秩序関係を国際民間航空機関とシカゴ条約が世界の大多数の国の間で樹立しているとと︑及び
国際公法における空法の基礎的研究ω
四 五
経 蛍 と 経 済
四六
J
第 三 に 空 域 主 権 と そ れ に 関 係 す る 航 空 の 諸 問 題 が 国 際 法 よ り す る 考 察 に 最 も 適 し て い る こ と
︑ を 指 摘 し て
︑ そ れ ら に 空 法 を 国 際 法 か ら 管 轄 す る 立 論 の 根 拠 を 求 め た
︒ 序 説 と し て 本 研 究 の 主 要 な 立 場 を 乙 L に 空 法 と 国 際 法 の 関 係 に
・ お い て 明 か に し て お く 次 第 で あ る
︒
ω例えば我国の場合について見ても一九五三年十月八日に国際民間航空条約に加入し︑また二国間協定により国際航空業務に
っき取極を行った相手国としては︑イギリス・アメリカ・フランス・スエ1デン・デシマ1グ・ノルウ1・インド・スイス
中国国民政府・カナダ・オランダなどがあり︑現在我国との航空協定が懸案となっている固にはソピイエト及びフィリピン
(2)
がある︒後者との協定は近々成立する予定である︒
空域利用による国家的交渉が国際的に等質化し旦つ世界的な現象となったのは極めて最近のことであるD
(3)
例えばイギリスは一九五入年十月四日コメット四型を用いてロンドンi
ニ ュ
1ヨ1グ間の定期航空便を開始し︑アメリカは
ニ ュ
1ヨ1グ・バリ間の定期航空を十月一一六日から開始した︒アルヂエシチン国蛍航空は一九五九年来︑日本航空は一九六
一年に路線をジェット化する予定であり︑ソグイエトのT・U一一四はすでにモスグワと東欧・中欧の諸国首都聞に就航し
ている︒現在までのジェット機発註数は世界の諸国を合せ四百五十余機にのぼり例えば米国製ボーイング七O七及び七二O
型ジェット機を発注した会社の所属国はドイツ・ベルギー・ブラジル・フランス・インド・英国・カナダ等をふくめ約十三
(4)
ヶ国にのぼる︒
空法はその内包が比較的に広汎でそのため明確に固定した概念の定式化が存在するとは云い難いが大別して二種類の定義が
ある
イ︑空気の利用から生ずる法律関係を規制する法規の全体︑或は空域及びその利用を規制する法規の全体 ロ
ロ︑航空機の利用叉は航空から生ずる諸関係を研究する法分野
イは広義の定義の例であり︑ロは航空機の利用を中心とする狭義の定義である口アムブロジ1ニ︑サン・ア一プリイ︑ル・ゴ
ッフ︑ショーグオ1︑ル・モワ1ヌなどがあり︑広義の定義をとるものにはド・グッシェル︑ジュグ一アール︑ゾルマシなど
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ζの立場はラジオ放送や電信も空法の対象と考えるD多数説は狭義において空法を概念化している︒
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(5)
アメリカやソグイエトの如く広大な領域を有する国を例外として︑大半の国は航空機が広く且つ長距離の行動半径を有する
ととから︑航空の交通的経済的有効性を最大限に発揮するためには︑航空が国境をこえて外国と関係をもっととを一段と必
要とする︒また大国の企業は収益性の点から市場を国外に求める実力を有するし︑且つ航空が自国の国力の発揮として政治
的に考えられるととから︑いづれの国も航空業を育成し国際空路に進出せしめる傾向を有し︑結局政治的︑経済的要因が航
(6)
空の国際化を導く一因をなしている︒
一九二九年十月十二日のりルソ1条約は国際運送空法の統一をはかつているし︑一九三三年四月二九日の国際航空衛生条約
や一九三三年五月二九日の地上第三者の損害に関するロ
I
T条約はその立法例である︒
(7)
国際民間航空条約において国際規制の統一化を保障する規定のうち︑締約国の法律の適用性が右条約の規定に従う限りで認
められる原則を定めたものに第十一条がある︒また同条約と両立しない取極の廃止を定めた第八十二条︑制裁規程としての
第八十七条及び入十八条参照︒条約不遵守につき紛争の司法的管轄権が国際民間航空機関にあることは注目されうる︒
(8)
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三‑ K ω
ミ前掲喜十五頁参照 (9)
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参照
( 10)
従来存在した学説は何れもそのまLの形で突定条約上︑法的に定式化され得なかったDまたω宮
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目前
掲書
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国際公法における空法の基礎的研究ω
四 七
経 蛍 と 経 済
四 人
ー︑空域主権原則の成立と航空自由原則の相関関係(第二次大戦終了まで)
一︑空法の可変的要素と恒常的要素
il
空域主権または領域主権と︑シカゴ条約(国際民間航空条約)が生んだ国際
的た航空体制との諸関係を検討するに当って︑空法と一般的に呼称する法秩序の中に包含される実質的た構成要素の
相互関係を指摘して告く必要があるかも知れたい口
空法を国際法叉は国内法の別と離れて質的に抽象的分析をすればそれは二つの要素に還元され得る︒
航空機に上る空域の利用関係を規制する法に動態的た原因を与える変化的た要素である︒之は専ら技術的た進化が航 一つは︑終始
空機そのものについて見られるととから︑航空機による空域利用の態容が変りその結果適用すべき法規の変更を必要
とさせる要素である︒航空機の速度︑運送能力の増加は有力た事実所与として経済的︑技術的友面に・おける空法の性
格を変えしめる︒しかも不断且つ急激に生やる乙のような変化は航空技術の進歩と歩を一にするから︑その意味で空
法の技術明変更性は殆ど航空の現実の態容と不可分である︒そしてとの変更性は一面で空法の統一性を生み易い原因
であ
る︒
ととろで空法の別の一要素として︑その技術的現実性とは対蹄的た意味で︑恒久的た性格を有する空法の構成要素
がある︒それは現在にhぬいても閏際民間航空機関の有する法組織の中でも承認されている国家主権の原別である︒
国際法としての空法(二国間航空協定やシカゴ条約)も︑国内法としての空法(例えば我国の航空法︑イギリスの
エア
1・ナヴイグイショγ・プクト)も何れも国家主権左前提として制定され︑その点で国際的に行う航空の自由化
ヮ
も空法一般に内在する主権の問題から生宇る制限や抵抗を無況しては考えられ得たい︒空法の実質的た法制仙として認
め怠ければたらたい主権はかくして空法の中の容易に変更しがたい要素という意味で恒常的要素とよんで差っかえた
いで
.お
ろう
︒
杭空機の利用の点から云えば今日国際的な規模で各国は夫え受益者の地位に立つ乙とは疑いがたい︒乙の事実から
は航空の利益は各国の佃別的危利益をある面で包括し︑旦ク平均化させていると云える︒しかし一方で国際航空の利
益とたりうる面を肯定しクL︑各国が行う国際航空の競争状態や︑公安及び国家安全に対する考慮は経済的︑政治的
た勤閃として︑自国領域上空での航空及び自国の航空機の対外的諸関係を主り有利に擁護しようとする白
その結果︑それらの個別的或は対立的た国家利益を総括的に法益と転化するため︑各国は国際法概念である主権を
実体的に援用する口また国家主権の並列的関係を前提として構成される法秩序たる国際法が空法の構成部・分をたす以
上︑主権を法理的に空法の一要素として指摘するととは許されなければたらたい︒
従って航空技術管理の面で国際行政的危発展が事実関係の普一週佳から可能である乙とにより︑統一的た空法規制の
発展が行われでも︑領域主権は均等化され符ない各国個有の利益の保存の手段として質的に空法秩序の統一性と相容
れたい事実は常に存続する︒
そ乙で国際条約としての空法においては︑右に指摘した主権の援用︑特にその拡張的適用l主権の援用ーを国際行
政的た側面においては防止しつL︑重要た国家利益の維持のために特に限られた目的のために主権の直接的援用を各
固にみとめる方式を採らざるを待ない︒
乙1Aに空法の非還元的要素として抽出した技術面から生中る統一位︑可変性と︑一方で特殊性︑恒常性を典型する
主権の質的た遊離が空法秩序を国際法的立場から見るとき最も困難た問題とたる乙とが結論出来るであろう︒
空法に長けるとのこ要素の相互関係を知るために︑ひるがえって乙与で空法の濫傍期から関聯のある先例慣行の方
向を検討して空法の今日の諸特性の事実的︑法理的形成の基礎にふれて見ょう︒
国際公法における空法の基礎的研究ω
四 九
経 蛍 と 経 済
五O
ニ︑パリ国際航空条約に至るまでの主権問題の性格││国内法上の先例としての第一はモシゴルフイエ兄弟が始めて
qd
気球にのった事件につき一七八四年四月二十三日の布器より︑住民の安全を守るために気球による飛朔は事前の詐
可なくしては行い得たい旨を定めた警察長官ルノワールの布告が周知の空域規制の第一歩である︒住民の安全又は公
安が飛朔の事実よりもはるかに重・保された乙の例は素朴怠がら︑広く空域利用のその後の発展に対する一般的な警戒
心を示唆している乙とは注目される︒
次にロシア皇帝が一八九九年のへイグ国際平和会議で提案し︑セγト・ベデルスプルグ宣言の趣旨を体して︑害敵
手段としての投射物を空中より発射するととを禁止する宣言にみちびいた例がある口とれは気球又は類似の性質の新
Aせ方法により爆発物の空中投下を禁じたもので五ヶ年聞の期限つきで行われた︒との場合は空中利用の手段に対する規
制が軍事的顧慮から提起されている︒
一九
O二年万国国際法学会のドルギ1会議ではフオ1シ1ユが航空機の法的規制に関する規則案を提出したととも
多く語られる重要注先例である︒ 戸 同U
すべて乙れらの先例は航空機の出現又はその本格的実用化以前に・おいて広義の空域利用の規制が問題とされたとい
う点で空法に特異な観念的伝統を夫え与える缶駆的役割をした︒
一九
O九年仏人プレリオが始あて
F
ヴアーを飛行機で乙え︑スポーツとしての飛行ではあったが︑相当度に航空1
機の実用性を明かにした︒
一九一一年の万国国際法学会はフオ1シlユによって唱導されていた航空自由の原則を承認し︑乙の原則に立って
他国の上空左飛ぶ各自の権利を定ある方向に最もむいた最初の先例は一九二二年の仏独協定であった︒即ち仏独両国
は双方から相手国への乗入れを承認し乙の権利を両国の民問機にのみ与え︑軍用機は招待によってのみ入国し得ると
し︑問機が天候︑故障によって緊急事態のため入国したときは︑一定手続を行って直ちに着陸すべき旨が定められて
民Uいた︒との場合は飛行禁止区域の制限もすでに設けられて居り︑実質的に航空に関する国際的規制の第一の例である
にも拘らや︑国家公安的且ク軍事的性格において︑空法の伝統的テーゼたる航空自由と対立する一面を条約自らが明
かに
した
︒
少くとも第一次大戦前の極めて始端期の航空に沿いても右に見たようにそれが国家によって警戒的旦ク制限的に取
扱れたととは結局航空機が公安及び国家安全に対して危険であるとの一般的見解を示すものであるう︒
可dまた学説的た立場からは一九一一年のマドリッド会議で万国国際法学会が採択した航空自由の原肌ど国際法協会が
示し︑且ク英国の学説の多くがそうであったような︑外国機の通航の自由の承認を条件として被飛湖国の主権を承認
マドりッド決議の線は所謂フ一ブγス的テ1ゼであり︑自する原則が第一次大戦までの主要な法理的見解を代表した︒
由第一主義で主権は第二義的管轄を航空に・おいて有するにすぎたいとするものであり︑所謂イギリス的テーゼは実質
的には海法上の無害航行の原則のアナロジイであって︑主権原則を第一義としクtA︑補足的に通航自由の国際的承認
による制限をみとめるものと解されうる︒
何れの立論にせよ航空機自身の活動が微弱であった当時のものであるからそれらは必十しも一般的︑実際的た必要
の具体的裏付を伴っていたいのであるが︑将来より国際的た規模で問題とたるべき空法の基本原則及び理念を早くも
指摘していた史的な価値は忘れられてはならないであろう︒
ととろで一九一三年独仏協定の例はすでにふれたが一九一O年から第一次大戦に至るまでの時期は︑従来の国家慣
行と︑空法のニクの命題!航空自由化と主権原則!の関係において重要な時期であった︒
特に緊迫化しクtAある環境の中でドイツ気球がオラγグ︑フラγス︑ベルギーに越境してそれらの国の軍事的不安
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をよんだ事実はいよいよ積極的に他の諸国をして︑国家利益の擁護のために実際の必要上︑伝統的危主権概念左用い
て空域閉鎖主義にかたむかせる直接の勤肉となった︒
乙の場合︑フオ1シ1ユが示した下土国の住民及び財産の安全を条件とした航空という立論にみられる技術的危警
戒とは著しく異なる意義が各国の態度には見出されうるのであり︑それは主権侵害という明かた言葉とそ一式われてい
ないけれども︑実際には主権と同じ程度の重要な国家利益が空域問題で認識され出した乙とを示す白
例えばオラYグでは一九一一年六月防諜の見地から同国刑法四三O条の適用にクき要塞地司令官の注意を喚起する
決定を戦時省が内務省に告知した︒また一九一O年ベルギーでは越境気球に対して採るべき措置が確定せ宇同国外務
QU 省は同年五月以降のパリ国際航空会議の決定を一応まちたい︑としている︒前年の一九一O年八月十日にはFイツが
領域内での航空を規制する立法を行い一九一一年十月二十一日にはブラγスが同じ目的で布告を出している︒前述の
︒ハり会議ではイギリス政府が︑国際的に且ク公式に始めて絶対主権に立つ自国の立場を明かにして次のごとく提案し
た ︒
﹁::・各国は自由の領土及び領水の上にある空間に沿いて絶対的た主権を有する︒各国は航空に関して自国の任意
に従い︑警察︑財政及びその他の規制を定める権利を有する︒﹂
円Uそして空域に関して︑国境線を限界として外国機の入国を閉鎖する自国の立場を強調し︑それを国内立法によって
位 一
実行に移した︒
猶また第一次大戦中の中立国にクいてはどうであったか︒スイスは南ドイツ爆撃に向うブラシス機に工る領域上空
の飛朔についてブラシス政府に抗議し︑オ一フシグはロγFY空爆に伺うヅエッベリγの領域上空通過を下イツに対し
て拒否した︒
乙れらの国家慌行より見れば大戦前の時期は︑国家の安全のためにする諸国の措置が︑国内法を通じて事実上の意
味で領空主権の存在を立証した乙とは殆ど疑いが怠い︒
結局一九一九年以前に‑おいては航空が具体的た関心の対象とたったのは︑航空の有する軍事的要素に工るのであり
窮極に・おいてそれが各国に空域規制の実行を主権の援用に結びクけたととは明かである口そして乙のととは国際航空
組織の成立に際しても︑その後も︑氷く跡をとどめる理論の有力た事実的根拠とたった︒
一方航空自由の原則にクいて云えば︑乙の時期(即ち航空の濫筋期から大戦終了までの期間)には︑右原則は﹁自
由﹂を裏付けるべき実際上の必要を未だ有し喝なかったととと︑軍事的警戒が誘発した主権原則の優位により︑対比的
に自由原則がそれだけ制限された国内立法の一般化によって︑‑ますます後退させられたテーゼとなった白
主権が空域に及ぶ先例がこのようにして多くの国の態度及び国内法によって累積した乙とは︑禁止的国際法が存在
したい事項にクいて国家主権の行使が有利な推定を受ける国際法上の一般原則から見て何らの疑義もない処である︒
乙の時期は軍事的た不安が国家利益の保存を主権の作用を通じて促進したのであれJ︑その事実は空域で行われる︑王権
の内容をなす権利及び空域利用にクいて負うべき国家の義務を定める一般的た国際法が慣習法として確立した乙とを
法的に意味するものではない︒空域主権の原則があたかも一般国際法上乙の時期に積極的に確立したかのごとく云う
ととは︑空法に告ける主権原則の事実的発生l即ち国内法で領空の規制が一般化したととlの解釈をあやまるもので
ある︒例えば先述したベルギー外務省の例のごとく︑自国領域上空の航空規制を一九一O年のパり会議の結果によっ
て考慮したいとした当時の一部の見解は︑空域主権原則の優位性が国際法そのものよりもより多く事実的慣行の力に
負うものである乙とを示唆し注いだろうか口
三︑実定法上の航空自由化の方向と主権原則ll第一次大戦後は戦時中の軍用機の発展とその実用性が各国で空域に
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吋4よる郵便と旅客の運輸を戦後可能とするに至った︒
一九一九年︑パリ平和会議航空委員会が作られ同年五月八日から六月二九日まで︑ルノ1議長(ブラγス)の下で
国際航空会議が開かれた︒国家主権に主る領土上空の閉鎖的実行は︑航空機の領域飛行の権利を平時に沿いてどのよ
うに認めるかを当然会議の先決問題とさせ︑且クイギリス的た領土主権的閉鎖主義に対立するフ一フγス的な国際航行
自由主義の立場からも航空自由の保障をどのように行うかが共に新たた平和左前提として︑直接的に国際公法の問題
点となった︒
会議の結果︑パリ国際航空条約が史上最初の多数国聞の国際的航空規制として現れた︒同条約原署名国は二七固に
上り一九二二年七月十一日発効した︒との条約は九章に分れ全条四三条に上り﹁各国が其版図上の空間に拾いて完全
且ク排他的た主権を享有する乙と﹂を承認し(第一条)︑そのような﹁主権の尊堂と両立すべき限度に・おいて可能な
最大の自由を国際航空に関して認める﹂立場をとった︒
乙れは締約国が﹁航空ノ発達ヲ認メ旦ヅ共通法規ノ制定ガ全般ノ利益グルコトヲ認Jf︑争議防止ノ目的ヲ有スル一
定ノ主義及ピ規則ヲ速ニ取極ムルノ必要ナルコトヲ思惟シ空中交通ニヨル国際間ノ平和的交際ヲ奨励セシムルコトヲ
希望
y:
・ : ﹂
(︒ハリ国際航空条約前文)た事実に照らせば主権原則をとの条約は始めて法的な第一義的原則として確
立した上で︑国際航空自由を併せて確立する方式を採った乙とは明かである︒内容的に乙の条約は排他的領空主権の
原則の承認を第一条として︑第二条は無害航空の自由︑第三条及び第四条は飛行禁止地域の設定の権利とその上空の
飛行につき定め︑第二十一条は被飛湖国が出発及び着陸に際して航空機を臨検し得る権利を定め︑第三八条は戦時に
沿いてとの規制は締約国の行動を制限しないととを明かにしている︒
主として国家慣行及び学説とも先づ英国によって代表された空域主権の概念は︑大戦中︑中立国がとった態度をふ
くめて︑航空機に対する軍事的安全の考慮で裏付けられたまL︑かくして殆ど性格を変え宇にパり航空条約体制内に
持ち乙まれ︑条約上の実定法的基礎を有するに至った︒
僅かに︑航空に関する共通法規の制定が全般の利益にたるとする認識と空中交通による国際間の平和関係の助長の
目的を実行化するための第一次的原則たるべき空域航行自由の主張はパリ条約に・おいて第二条に定める無害航空の自
由の中で実定法化されたのである口
しかしたがら平時に・おいて締約国の民間航空機にのみ認められるとの﹁無害航行﹂は各締約国の一定の警察権(例
えば第二十一条)の行使や飛行禁止区域(第三条及び四条)の存在による制限が課され︑定期国際業務にクいていた
い貸切機も事前の許可たくして他の締約国に入国出来たい程︑著しく制約された態容で現実化されたのである︒更に
パリ条約第一玉条によれば定期国際航路の設定及び利用は関係締約国の事前の承認にかふらしめられていたから︑無
害航行の利益は国際交通に口取も実質的た役割を果す国際定期航路就航機には与えられない結呆を生じていた点は見落
けUし得たい︒従って無害航行は今日のシカゴ条約で明定された着陸︒通過とに較べれば︑とくに着陸の点があいまいで
あり国際航空の点では重要性の蒋い機種にのみ開放されていたと云える︒
無害航行という語が不的確た理由はパリ条約以前に条約上成熟した術語とたる程に先例がたいととに負ろが︑空法
上一般的には︑条約により着陸通過の権利が承認されるl技術的には入国のため事前の許可が不要とたるi反面とし
て︑航空が違法た或は非友好的目的(密輸・反徒の援助・国防に関する情報の蒐集など)のために行われる乙とを禁
止するものと解される︒
ともあれ空域主権の原則と航空自由の原則はパリ条約に・おいて成文空法として︑夫次歴史的経験に負う比重の差は
あるが実定法化をみた口国内立法に・おいてもパリ条約以後は諸国は空域主権確認の方向に走り︑一九二二年八月一日
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の法律により下イヅが主格的権利を明かにし︑一九二三年十一月二五日の勅令によってスベイγも同様の措置をとっ
しかしたがらアメリカを始めとする有力国や旧敵国が当事国でたく︑且クパリ条約体制外にある国が数多い点でと た
の条約を一般国際法として地位づける乙とは出来ないし︑その限りでは︑自国上空の領有権を確認する多数国の国内
法慣行の一致にも拘らや空域主権が国際空法上世界的に確定した法原則と考えるのを跨躍する余地は残るペまた中立
国であったスイス・オ一フγグは同条約に加入する乙とによって下イヅ航空機による自国上空の飛行を禁止する意図を
有しない乙とを明かにしたし︑︒ハリ条約第十五条が事実上旅客機の国際航行は関係国の二国間条約で解決するより他
はない事態を招来した︒
特に乙の事態は航空に・おける国際関係が戦後は新たな種類の政治的考慮を助長する発端となり︑商業航空の発展が
軍用機に対する警戒を転じせしめて︑政治的経済的意味での国家の裁量自由を助長する途をひらかせた︒
例えばスイスは一九二五年フヲγスに工るパリ・イスグγプール聞の航路に従事する航空機の通過を拒否し︑フラ
シス・下イヅ聞の航空協定が成立した一九二六年にたって始めてフ一フγス機の入国及び通過を許可した︒またロγド
一九二七年から一九二八年にわたりイグリアが直線航路上にあるナポリに英
機の着陸を認めなかったのでその間航路を変更せざるを得たかった 4 γ・カ一フチ聞をとぶイギリス旅客機は︑
乙のようた事実を見て少くともパリ条約による法制度をより自由た航空の制度とする事を求める戸が次第に多くた
った︒ラプラヂル・プールヵγ・ヴイシェル・ガ1ナ1友どは夫次直接又は間接に自由化を唱導した白わけでもポリ
チスが一九二五年へイグの講演で国際法の新しい性格が侵略や国防にあるのでたく︑ますます発展した経済的社会的
関係の組織化にある乙とを指摘した乙とは空法に・おいても当時も今も省りみられなければならない立論の一クを示す
ものであった口町
そして︑パリ条約機桔の重要注機関であった国際航空委員会
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O)によって附属書による部分的な体制の改訂が始められたが︑
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一九二九年六月十五日の附属書により︑︒ハ
リ体制からしめ出されていたドイツの加入が承認されると共に他の非加盟国も無条件で加入をみとめられる乙とにな
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このことはパリ条約が本来閉鎖条約であり国際航空は原締約国間の特権であったごとに照らせば︑制限は多いが無 ︒
害航行原則を含む国際航空が行われる国際的範囲を拡大し︑同条約を開放条約化した点で航空自由化を一歩進めたも
のと見倣されたければならない︒また一九二九年附属書は夫えの締約国が他の締約国の権利を害せや条約の目的と一
致する乙とを条件として︑非加盟国と二国間条約を締結し得るとした占吋で多数の国と原締約固との航空関係が法理的
パリ体制の傘下に入り得る可能性を開いた乙とも見逃し得たい︒
︒ハリ条約の後は一九二六年十一月一日マドリツ下でスベイγ・ポルトガルを始め南米諸国約二十グ国閣でマ下リッ
ド航空条約が生れアメリカもとれには署名はした︒しかし批准した国は僅かに七国であり︑国際的た条約の実効性は
パリ条約に劣る︒また一九二八年二月二十日にはハパナでパγ・アメリカ航空条約が作成され三八国が当事国となっ
パリ条約にクどく乙れらニクの国際航空条約は何れもパリ条約に内容上類似する凸とくに空域に・おける排他的主権 た ︒
の承認が各条約共第七条で行われている︒元もハパナ条約関係国間では一九一六年三月十七日にチリ1のサγチャゴ
で行われたパγ・アメリカ航空会誌で各国が領土上空に主権を有する旨をすでに宣言した先例がある d
猶国際航空自由化の見地からハパナ条約は無害航行の権利(第四条﹀を承認する点でマ下リッド・パリ条約と変らた
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刊 ︒
いが︑最も大きくパリ条約と具︑なる点は定期国際空路の開設に締約国聞では事前の詐可が必要でないことであ弘
要すれば第一次大戦後国際航空の規制は世界的に見て三つの条約機構によって行われ︑何れの条約も主権原則は共
通的に承認されたが︑それにも拘らや無害航空を原締約国間の特権としたパリ条約は開放条約化を見るに至り︑また羽条約として実効性に乏しかったとされるけれどもハパナ条約が取った方法︑即ち︒ハリ条約で定期国際航空をしめ出し
二国間条約による規制を必要とした点を改めて主権原則の法的承認の下で角国際定期航空に無害航行をみとめて無害
航行の真義を実現した乙とのこクは国際航空自由化の重要訟法的先例でなければならないであろう︒
ハパナ条約は一九四四年には十六ヶ国の締結国を有し︑︒ハリ条約は一九三九年にはマドリッド条約署名国の一部に
よる︒ハリ条約加入をふくめ約三十二ヶ国を傘下に告いていた口けれどもトルコ・メキシコ・ハシガリア・ブラジル・
アメリカ・ソ聯を含んで長らやその後も有力国をふくむこれらの国々は同条約に加入しなかったり
従ってこれらの国の聞及びそれらとバリ条約の聞の航空関係は必然的に二国間協定によらざるを得守︑乙の結果国
際商業定期航空に関する点はもとより︑相手国に許与する利溢と自国が得べき利益の調整をめぐって相互主義の名の
下に活発な政治的取引が行われていたととは云うまでもない︒第二次大戦前五十余の二国協定があったととは国際空
法の実体潤係が︑パリ︑ハパナ条約聞の二章一関係の他に︑著しく複雑化し且ク不安定化する原因であったととは明か
'円
い
であ
る︒
今第一次大戦前夜から実定国際空法の管轄が量的質的に増大した第二次大戦前夜に至る期聞を主権原則と航行自由
化の方向との関係で要約すれば︑国防的利益の擁護のために領土主権の行う権能をそのまL領土上空の空域に拡張し
た主権作用はパリ条約以降その作用そのものを多くの条約上で国際法的に承認される段階に至り︑その限りで国際航
空の自由化には副次的地位しか譲らなかったが︑排他的空域主権の承認という空法の恒常的要素にも拘らや︑
一方
で
除えに航空自由は︑経済的交通的た国際社会関係で顕著とたる等質的条件の成長によって︑その条件と積極的に結び
つく傾向を増大する︒
品卸
h ν ︐
山 ﹁
との傾向の夏なる助成にはアメリカの如き有力国の航空企業が開拓した実績とまた第二次大戦中の諸国の態度及び
戦後の国際航空機構にまたなければならたいが︑漸く原始的た主権理論が航空の事実上の必要によって緩和される程
の航空実績が築かれ出した乙とを︑自由化の後退を︒ハり条約で指摘した見方からは尚意して最か喝なければならない︒
四︑諸学説と主権原則緩和の事実的原因の額在化││乙Lですでに見た諸条約及び比較的古い国家の実行がもたらし
た帰結を既存の学説との関係で先づ関連づけて・おくととは無駄ではないであろう︒そとで実定国際法たる各条約にお
ける空域主権の承認と一方に‑おいて航空自由の原則の具体的内容を形成する無害航行の自由左中心として諸説をかえ
りみ
よう
︒
第一には住民及び財産の安全のための諾措置を尚保して空域は自由であるとする説があり之が最も古い︒乙の説は閥フオ1シ1ユによって唱導され一九O六年の万国国際法学会で採択された︒
乙の説は公海と同じく空域が一国による占有を不能としているから︑即ち主権は占有を事実上もたらすべきである
のにそれが行われ待たいから空域に主権はあり得たい︑と結論する︒
第こには国家は自国領土上空に・おいては高度に制限たく完全た主権を有するとする説がある︒之は領空として国家
の実効的支配が及ぶ空域が排他的に主権の管轄下にある乙とを無条件的に肯定する立場といえる︒
第三には右の完全主権原則に︑外国の非軍用機に対する無害航行を認める制限的条件を合せたもので領海に・おける
外国商船の地位と同一のものを非軍用機にみとめる口また無害杭行の自由の根拠を一種の地役を概念に類推して立論
する立場がある︒
国際公法における空法の基礎的研究ω
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