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菅家正瑞

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(1)

企業の社会的責任と経営管理に 関する一試論

菅家正瑞

一、序

二、企業とその社会的責任 三、企業の社会的責任と経営管理 四、結

一、序

企業の大規模化が企業と社会のかかわりあいをますます深刻化させるにし たがって,企業をとりまく各種の利害者集団がそれぞれの利益擁護を旗印と して,あたかも企業の存立基盤を浸蝕する大波の如くいろいろな運動の形を とって次々と企業に押し寄せている。消費者運動が次々とわきあがり,消費 者組合が結成され,企業経営のあり方に対する労働組合運動が展開され,企 業公害反対・自然環境保護を叫ぶ各種の地域住民運動や更には企業の利益追 求のあり方に対する市民運動がつぎつぎと企業に押し寄せていることは周知 の事実であろう1)0このような各種の市民運動の展開は,企業に対してその

経営のあり方に関する企業自身による再検討や模索を要請しいわゆる企業の 社会的責任の自覚を促すにとどまらず,経営学それ自体に対しても「企業の 社会的責任論」や「企業環境論」の形をとって着々とその研究を深化・発展 せしめているのである。

ところでこのような市民運動の展開は,企業活動の合理化に関する諸問題

の研究をその課題とする経営管理論に対しても,その研究の深化・発展を促

してやまないであろう。各種の市民運動の形をとって現われている社会の企

業に対する要請を,経営管理論はいかなる問題として受けとめ,それらを白

(2)

己の理論体系の中に吸収し展開せしめうるのであろうか。具体的にはいわゆ る「企業の社会的責任」という問題を,経営管理論の中でいかに位置づけ体 系化しうるのであろうか。われわれは企業の社会的責任という問題を,企業の 発展の結果,企業の存続と発展のためには社会的責任を企業目的の中に摂取 せざるをえないものとして捉え,その認識の上に,経営管理それ自体も発展 し経営管理が二重体系から三重体系化しつつあるので、はないかと考えるもの である

o

本稿は,このような展望のもとに企業と社会のかかわりあいを企業 の社会的責任の問題として把握し,社会的責任が企業目的の内に包摂される ことによって経営管理が三重体系化する所以に関するひとつの試論である

o

1

)これらの市民運動についての詳しい実態調査やそれらに対する対策に関しては,

例えば次を参照されたい。

野田一夫・菅家茂(共著), I F 企業と社会J

J,丸善株式会社,昭和51

年 。 高田馨編著, F I 務企業の環境適応J

J,中央経済社,昭和50

年 。

二、企業とその社会的責任

われわれはまず,いわゆる「企業の社会的責任」という問題が何故に発生 することとなったのか,またこの問題は企業にとっていかなる意義をもつも のであるのか,そして企業の社会的責任は果たして企業の目的たりうるのか という問題を解明しなければならないであろう

o

なぜならば,これらの問題 が明らかにされることによって,企業の社会的責任の問題を経営管理の問題 として真正面からうけとめ,経営管理における体系的位置づけを考察しなけ ればならない所以がおのずから明らかになると考えられるからである。

さて,企業の社会的責任という問題が発生することになった原因を,われ

われは企業の発展によるその巨大化にともなって生じた企業環境の変質に求

めることができる

O

それを説明する前に,まず企業の特質を明らかにしてお

かねばならない。企業は特定の目的をもち,その目的達成のために形成され

た組織体である

O

目的を達成するために,それは物的組織と人的組織を用具

として合目的々に用いる

D

組織,特に人的組織は単なる人間集団ではなく,

(3)

目的達成のために計画し統制するための合理的機構であり,人間の行動秩序 を意味する

o

組織とは組織体の用具であり,その達成すべき目的は外から与 えられたものである。組織体は目的と組織からなるもので,それは組織を目 的達成のために効果的に利用する秩序的行動体系を意味する

1)

さて企業の目的は一般的・形式的には営利的商品生産と解される

o

即ち,

企業は一方では商品生産(社会的に必要とされる財貨と用役の生産)を営 み,商品生産活動がその目的のひとつをなすのである

o

これは企業の事業目 的とも称されるものである

o

しかし企業の目的はそれのみではない。企業は 商品生産を独立採算的に自律的生産活動として営むものに外ならない。即ち 企業は営利活動単位として把握されるのであり,乙のことは企業が営利活動 をその目的とする乙とを意味する

D

これは企業の営利目的とも称されるもの である

o

かくして企業の目的は営利活動と商品生産活動の二つからなり,

しかも両者は現実的には一体となった目的として,即ち営利目的と事業目 的とが融合された「営利的商品生産」として把握されることとなるのであ る

2)

。ところで企業は環境の中で生活し,その生活能力を維持・拡大してい く生活体としても把握されうる

o

企業という組織体は本来ひとつのオープン

・システムであり,環境によって影響され,また環境に働きかけるという相

互作用をもち,環境変化に適応する環境適応システムとして把握されなけれ

ばならない。従来の組織体の研究は組織体をクローズド・システムとしてと

りあげもっぱら組織体そのものを問題にしてきたのであるが,環境変化の激

しい今日においてはそのような見方は許されえない。環境問題は,環境への

適応を誤ると企業の存続を左右する程の死活問題をなすからである

3)

。さ

て,環境と企業組織休との聞には密接な相互作用的・相互依存的関係があ

o

即ち,環境とは行動主体〈この場合は企業)にとって関連ある,つまり

行動主体にとって主要な外在的諸要因の集合と定義されるが,その場合,関

述ある諸要因を決定するのは行動主体である

D

特にその主体の設定する目的

が関連性の程度を決定する

o

つまり企業の目的が環境決定の基準をなし,関

連性の基準をなすのである。しかしそれのみではない。企業目的そのもの

が環境によって決定されるのである

o

目的そのものが環境制約的関係、におか

(4)

れるのである

o

環境変化によって企業目的の達成が不可能となった時,企業 はこのような環境変化に対応して実現可能な目的を設定せざるをえないであ ろう心。この関係はいわば消極的・受動的な環境適応であり,毘境への「順 応」である

o

それ以上に企業は積極的・能動的に環境に働きかけ,環境変化 を先取りし回避することができる。これは企業の環境に対する「適合」であ る

o

その場合には,環境変化を予測しそれを回避しうる目的の設定がなされ ねばならないであろう。以上のような環境と組織体,特に企業目的との相互 依存的・相互作用的関係は,われわれにとって重要である

o

なぜなればその 関係の中に,企業環境の変質とそれに対応する企業目的の変質の関係を把握 することができるからである

D

具体的にいうならば,企業環境の変質の結果 発生してきたと考えられる企業の社会的責任という問題が,企業の目的とし て企業の目標体系の中に摂取される所以のひとつを見い出しうるのである

D

それは先の問題として,以上を要するに,企業の特質をわれわれは,営利的 商品生産を目的とし,その目的の合理的達成のために物的・人的組織を用い る,環境適応的オープン・システムとしての組織体として把握しうるであろ う

D

しかもこの場合,企業は経済活動を営む経済単位として理解されている 乙とが注意されなければならない。

さてわれわれは,企業の社会的責任が台頭するに致った原因を企業環境の 変質の中に見いだす乙とができる

D

企業環境の変質としてまずわれわれがあ げなければならないのは,企業活動の場である経済体制そのものの変質であ ろう

o

資本主義経済社会体制を支えている基本的理念の変質である己それは 例えば,巨大企業の出現とともに純粋な自由企業体制が過去のものとなり,

自由企業体制のもつ欠陥が認識され,国民福祉の向上と公正競争を確保する ための政府の役割の増大,私的所有制度の制限,あるいは人間性を霊視する

「資本主体から国民主体へ」の変化という形で現われている的。更にわれわ れが指摘しなければならない乙とは,企業環境の領域の増大と環境の組織化

・主体化ともいうべき現象であろう

o

企業の発展による巨大企業の発現は,

独占や経済力の集中を招くことによって,公正競争を阻害し排除する傾向を

強めている。そして巨大企業はその経済的支配力の集中を背景として,各種の

(5)

社会的権力をももつにいたり,その社会に対する影響力の及ぼす領域をしだ いに拡大していると考えられる

D

その影響力・支配力は単に企業の本来の活 動領域ともいうべき商品生産活動に直接関連する分野のみならず,それをも 越えた各種の社会領域にまで及んでいると考えられる。企業の大規模化ほ,

社会的権力の増大にともなってその環境領域を著しく拡大していると解せら れる

o

しかしそれと同時に,企業の大規模化・巨大化による環境支配力の増 大は,企業権力に対する社会的反作用として,弱者としての環境側の企業権力 に対する意識を喚起させることになる

o

企業に関係する各種の利害者集団が 組織され,企業支配力に対する対抗力を増大せしめることとなる

6)

。企業権 力に対する対抗集団としての利害者集団は,その集団の有する独自の利益を

7) . ~ ̲ 

̲ . , . . . .  

8) 

守るために,利害者集団の組織化あるいは主体化 という現象を著しく進 展せしめていると解せられる

o

企業の社会的責任を求める各種の利害者集団 の結成や組織的運動は乙のような現象を如実に物語っているといわねばなら ない口そしてこのような環境主体側からの企業権力への抵抗や圧力は社会的 企業拘束として企業活動を制約する

o

そしてそれは一方では企業活動を制約 する種々の国家的・法律的規制という他律的企業規制を生みだすと同時に,

企業自身の対応としての自律的活動規制をも余儀なくせしめられることと なる

9)

。そしてそれ以上に企業環境の組織化もしくは主体化は,企業目的そ のものの変革をも要請‑するものである乙とが注意されなければならない。社 会的責任を要求する各種市民運動に対応して,企業側の社会的責任を含む新 しい経営理念の自覚としてわれわれはこれらの事態を理解することができる であろう。以上を要するに,企業環境の変質はこれを,体制理念そのものの 変質,企業環境範囲の拡大,環境主体の組織化・主体化とその結果生じた企 業活動に対する自律的・他律的規制の増大として捉えられる。そして企業の 社会的責任は,このような環境構造の変質の結果,環境主体側からの企業目 的変革への要請として出現してきたものと理解することができるであろう口

さてそれでは,企業の社会的責任という問題は,企業にとっていかなる意

義をもつものであろうか。われわれは次に,乙の問題を解明しなければなら

ない。なぜならば,社会的責任という問題が企業の見地よりその合理性が否

(6)

定され,超越的規範として企業に要詰‑されるにすぎないものであるならば,

それは企業にとって何らの意義を有するものではないからである口われわれ はこの問題を,企業目的の社会的合理性にかかわる問題として把握すること ができるであろう。即ち,社会的責任を企業目的の社会的合理性の高拐を求 めるものとして捉えることができるのである

o

ここに社会的合理性とは,社 会の要請に対する即応性,従って社会に対する貢献性を意味するものであ る

10)

。社会的責任の主張は,企業目的が社会的要詰に即応し,目的の実現 が社会に対して貢献するものであるのかという問題をわれわれに再検討すべ きことを要求するものであるといえよう口われわれはこの問題を,企業目的 の考察から出発することとする

O

さて企業目的は主体的なものであり,主観性と内面的要請という特質をも っ。目的とはある主体がみずからそれを達成すべきものとして主体的・自主 的に設定するものである。従ってそれは個人的・主観的なものであり,そ こには何らかの主観性あるいは浴意性を含むものであることは否定できな いものである。外部からの強制ないし規制によって,みずからの意思に反 した行動をとらざるをえないとしても,それは決して目的たりえず,単な る制約条件としてのみ理解されるにすぎない。それに対して目的とは,み ずからの意思によってその内面的要請に基づいて意識的に設定されるもので

ある

11)

さてこのように,企業の目的は行動主体としての企業がその内面的要請に 基づき,みずから達成すべきものとして意識的に設定するものであり,それ は何らかの主観的特質を有しているものであるロそれではこのような主観 的特質を有する目的は,社会的合理性,即ち社会的要請に対する即応性,従 って社会に対する貢献性を有しないのであろうか。従ってまたそのような目 的を有する企業の存在性そのものの社会的合理性も否定されざるをえないの であろうか。われわれはこれを否定せざるをえない。主観的・個 λ 的l 乙設定さ れる目的が怒意的なものであるとは必ずしも限らないからである

o

r 社会的

存在としての企業が社会的制約のもとにみずから理性的に形成する目的は,

原則として客観的な意味をもち,おのずから『社会的合理性』をもつものた

(7)

らざるをえないと解せられる

J12)

のである

O

それでは,それはいかなる理 由に基うくものであろうか。企業目的の社会的合理性には直接的なものと間 接的なものとが認められるのであるが,前者はいわゆる「企業職分」として の目的に見い出されるものであり,後者は前者の合理的な達成を促進する乙 とを介して認められるものである

D

即ち,国民社会の社会的・客観的目的を 達成するために要請される社会的職能のひとつである商品生産職能を,企業 の主体的立場より企業職分として企業目的のなかに摂取しその合理的実現を はかることに直接的な社会的合理性が認められるのである。企業に対する直 接的な社会的要請は,商品生産にほかならないのであり,それはまさに社会 的・客観的目的をなすからである

O

これに対して間接的なものは,直接的な 社会的合理性を高湯することのうちに,従って企業職分の合理的な達成を促 進し確保することを媒介としてその社会的合理性が認められるものである。

このことは,企業目的の内容のひとつをなす営利目的に間接的な社会的合理 性が認められることを意味する。しかもとの合理性が認められうるのは,直 接的な社会的合理性を高錫‑し促進する限りにおいてのみであって,商品生産 目的が社会的要請に即応しないものであるならば営利目的それ自体もついに はその合理性が否定されざるをえない乙とが注意されなければならない。と ころでこのような企業目的の社会的合理性に関する直接性と間接性との関係 は,企業それ自体の合理性から見るならば,逆転されることとなるのであ る

D

そこにわれわれは,営利目的が企業の目標体系の中で第一義的地位を占 めており,それが企業の指導原理をなす所以を理解しうるであろう

o

吏に企 業目的の社会的合理性は同時に,社会的存在としての企業それ自体の社会的 合理性,即ち社会における企業の存在性の合理性の基盤をもなすのである

o

われわれは企業の存在性の社会的合理性を,社会的合理性をもっ企栄目的を 効果的に達成する企業に見い出すことができるのである

13)

さてわれわれは,企業の社会的責任が問われていることのうちに,企業目

的がその社会的合理性を良失しつつある事態を見い出しうるであろう

o

企業

の設定する目的が社会的要請に合致するものではなくなりつつあると考えら

れるのである

o

われわれは今日における企業が社会的存在としてその社会的

(8)

合理性に疑問が投げかけられていると考える。それは企業目的の社会的合理 性への疑問に起因するものである。社会的責任が企業に要請される所以はま さにそこに求められるであろう

o

そ乙で企業がその目的の社会的合理性を確 保し,それによって企業自体の社会的合理性を維持しうるためには,その目 的が社会的要請に即応するものであらねばならないであろう

D

社会的責任は まさに社会的要請をなすものである

o

従って企業は,社会的責任を企業目的 の内に包摂する乙とによって社会的要請に答え,その社会的合理性を確保し 高揚しうるであろう

O

以上の如くわれわれは,社会的責任の問題を企業目的 の社会的合理性の高場を要請するものとして捉え,そのことのうちに乙の問 題の本質的意義を把握しうるのである

D

社会的責任を企業目的として取り入 れその効果的達成を計ることこそは,企業目的の社会的合理性を高揚する乙

とに外ならないのである

O

と乙ろで前述したように,目的とはある主体がみずからそれを達成すべき ものとして設定するもので,主観的性格を有すると同時に,みずからの意思 によってその内面的要請に基づき意識的に設定されるものである

O

し、かに企 業環境が変質し企業に対する社会的責任への批判が高まりその企業目的化が 要請されようとも,企業主体側にその要請に答えるべき何らかの合理的理由 ないしは必然性が存在しなければならないであろう。その存在性が否定され るならば,社会的責任は企業にとって何らの意義を有せず,単なる超越的規 範であるか,せいぜい企業活動に対する制約条件としての意味しかもたない であろう

o

しかしわれわれはこのような見解を否定せざるをえない。なぜな らば,企業が発展しその内部構造が変質してきたことによって,社会的責任 は企業の内面的要請としてこれを企業目的の中に摂取せざるをえない事態に なりつつあるのが,今日における企業の特質であると解せられるからである。

企業の変質として,われわれはいわゆる「企業の固定化

J14)

をあげるこ とができる

o

企業の固定化の内容をなすものとして r 資本の固定化

J

, 

「労働の固定化」および「組織の固定化」という三つの要因があげられうる

のであるが,それらは様々の形で企業活動に大きな影響を及ぼしているので

ある

o

まず資本の固定化はその中に機械の特殊化の進展を含むのであるが,

(9)

それはその結果「製品選択の非弾力化」を生ぜしめる乙とになる

o

更に資本 の固定化は固定費用を増大せしめるのであるが,それは労働の固定化の結果 現われる賃金費の固定費化,更には組織の巨大化にともなって発生する固定 費的性格を有する組織維持費用と一体となって企業の固定買を増大せしめ,

その固定費圧力は資本の固定化にともなう「供給の非弾力化」をますます増 大せしめることとなる

o

更に組織の固定化は,意思決定の固定的反応・意思 決定の時間的硬直化・意思決定の不確実化という三つの要因によって「意思 決定の非弾力化」を招いている。このようにわれわれは,今日の企業の特質 を「資本の固定化」・「労働の固定化」・「組織の固定化」を内容とする

「企業の固定化」に見い出すことができる

15)

。そしてこの企業の固定化は,

「製品選択の非弾力化」・「供給の非弾力化」・「意思決定の非弾力化」に

よって企業活動に対して著しい弾力性の喪失をもたらすと同時に,資本運用

の非弾力化をも招いている

o

その結果,企業の固定化は環境変化に対する企

業の適応能力を次第に喪失せしめていることが指摘されうるであろう

o

企業

の固定化は,環境変化に対して非常に脆弱な硬直的企業体質を作り上げてし

まったのである

o

固定化が進展している今日の企業にとって,今や環境問題

はその存続にかかわる重要な問題をなし,環境の急激な変化はその存続を左

右する死活問題をなすといっても過言ではない。そこで企業がその存続を確

保するためには可能な限りの未来の環境変化を予測しそれに対応しうる計画

を樹立すると同時に

16) 

,環境主体に積極的に働きかけ環境の急激な変化を

回避せざるをえないであろう

D

そして環境の変化を回避するためには,環境

主体をなす各種の利害者集団との聞に,長期的・安定的な友好関係を作りあ

げなければならないであろう

o

環境との長期的・安定的な友好関係を作りそ

れを維持・促進するためには,各利害者集団の有している目的を企業みずか

らが怠識的・主体的に企業の目標体系の中に摂取しその実現をはからねばな

らないであろう。環境との友好関係を確保しそれを維持・促進することは今

や企業存続のための絶対的要請をなすと解せられる

o

各利害者集団の目的を

企業の目標体系の中に内在化することは,まさに企業存続のための内在的・客

観的要請をなすのである

17) D

ここに環境主体のかかげる目的とは,企業の

(10)

社会的責任として要請されているものであるのに外ならないことには多言を 要さないであろう。企業の社会的責任とは,今やまさに企業自体の内面的要 詰‑として企業目的をなすものとして把握されるのである

o

そして企業は社会 的責任を企業目的として設定することによって,それは社会的要請に即応し うるものとなり,企業目的のみならず企業の存在性の社会的合理性を確保し うることとなるのである

o

企業の社会的責任とは,以上のように企業の内在 的要請によるその企業目的化の問題としてとらえられうるのであり,そして そのことによって企業の社会的合理性を高錫することに関する問題をなすの である

o

社会的責任とは企業目的から離れて超越的に理解されるべきもので は決してなく,そのことのうちに企業の社会的責任の本質的意義をとらえる ことができるのである

18)

1)

高田馨(稿). r 組織と環境

J. 11

大阪大学経済学

JJ

.第2

1

巻第

4

号,昭和4

7

3

月.

1"""'8

頁,渡御浩.

11

経営社会学

JJ

.丸善株式会社,昭和4

5

年. r 第一編 経営集団論

J

.同(稿). r 組織目的論

J. 11

経済研究

JJ

.大阪府立大学,第四巻 第l 号,昭和4

8

1

頁以下参照。

2) 

藻利重隆,

11

経営学の基礎(新訂版)

JJ 

,森山書庖,昭和4

8

年 , r 第 七 章 企 業 の目的とその指導原理」参照。なお次も参照されたい。三戸公.

11

個別資本論序 説

JJ

,森山書庖,昭和3

4

年,川端久夫等(稿), r 藻利経営学の批判的検討

J•

『経済評論

JJ• 10

月号臨時増刊,昭和4

3

年,川崎文治(稿). r 資本主義企業の指 導原理

J

11

経営研究

JJ

,大阪市大,第2

7

巻第

456

合併号,昭和

52

年,同 (稿), r 藻利重隆一一実践科学とレての企業学の展開

J

,古林喜楽編,

11

日本経営学史

第2治JJ

.千倉書房,昭和5

2

年 。

3) 

占部都美(稿), r 企業の社会的責任にたいする経営学的接近

J

,日本経営学会 編 ,

11

企業の社会的責任

JJ

,経営論集4

5

,昭和5

0

年,高官晋(稿). r 組織と環 境

J

11

上智経済論集

JJ

,上智大学経済学部,第2

3

2

3

合併号,昭和5

2

年参照。

4) 

高田馨(稿), r 前掲論文

J

,8 頁以下,同(稿), r 経営目的論序説

J

11

大 阪大学経済学

JJ

.第2

5

巻第 l号,昭和50 年参照。

5) 

大島国雄〈稿), r 体制理念と経営理念

J

,高田馨編著,

11

前掲書』参照。

6) 

J

レプレイスのいわゆる「平衡力の理論」によって説明されうる現象である。ガ

J

レプレイス(藤瀕五郎訳),

11

アメリカの資本主義

JJ

,時事通信社,昭和3

0

年,山

(11)

本安次郎(稿), r 経営学と環境の問題

(II)J

, Ii'オイコノミカ.Jl,名古屋市大 経済学会,第

9

巻第

3

4

号,昭和

48

年 ,

6"'8

頁参照。なお企業権力

l

と関する詳 しい分析については, 棲井克彦, Ii'現代企業の社会的責任.Jl,千倉書房, 昭和

51

年 ,

38

頁以下参照。

7) 

ボー

l

レディングのいわゆる「高田説草命」の進展である。ポー

J

レディング(岡本康 雄訳), I i ' 組 織 草 命 . J l,日本経済新聞社,昭和

47

年参照。

8) 

環境の性格が単なる消極的な対象的存在から積極的な主体的存在へ変化する乙 とを,山本安次郎教授は「環境の主体化現象」と称される。山本安次郎(稿), 

「前掲論文

J

, 1頁参照。

9) 

宣岐晃才〈稿), r  Ii'経営環境論』の直面する課題

J

, I i ' 経 済 評 論 . J l,昭和

52

10

月号,

117r‑.J118

頁,日本経済新聞社編, Ii'企業とは何か

JJ

101

頁 ,

181

頁参照。

10)  11) 12)  13)

藻利重隆(稿), r 企業と社会

J

, I i ' 一 橋 論 叢 . J l,第

61

巻第

4

号 , 昭和

44

6

頁,同, Ii'経営管理総論(第二新訂版)

 n.

,千倉吉房,昭和

40

年 ,

251'"''259

頁参照。

14) 

藻利重隆, Ii'経営学の基礎(新訂版). J l   , 

532'"''535

頁,向井武文(稿), r フォ

ーデイズムと新しい経営理念

J

, Ii'一橋論叢

n.

,第

74

巻第

1

号,昭和

50

年 ,

96.....102 

頁参照。なお注

2)文献も参照されたい。

15)  17)

深利重隆, I i ' 市 t u 昌吉

JJ

, 

350

頁,向井武文〈稿), r 前掲論文

J

,拙稿, r 企業 における資本運用に関する一考察

J

, Ir経営と経済.Jl,長崎大学経済学部,第

57

巻 第

l

号,昭和

52

年 ,

23

頁以下参照。

16) 

乙のような意味において,経営計画システムは環境適応システムをなすと考えら れよう。高宮晋(稿), r 前掲論文

J

, 

13'""14

頁参照。

18) 

藻利重隆(稿), r 前掲論文

J

6

頁参照。

三、企業の社会的責任と経営管理

企業は今や単純な営利的商品生産組織体として把握されるものではなく,

各種の利害者集団の有する一極の社会目的をも実現するものとして,換言す

れば社会的責任をもその目的の中に含んだ社会的存在として理解されなけれ

ばならない。巨大化した今日の企栄は,社会の公器として公共的性格を有し

ており,公共の利益の実現が企業の役割として期待されているのであり,こ

(12)

のような事態をわれわれは企業の社会化として理解しうるであろう

o

企業の 社会的責任論の台頭や企業自体によるその意識的目的化は,このような社会 化しつつある今日の企業の特質を明確に示す現象として捉えることができる であろう。

さてそれでは,公共化し社会化しつつある今日の企業において,企業の社 会的責任の問題を経営管理としてはいかに受けとめ,経営管理の問題として

どのように位置づけ体系化しうるであろうか。

経営管理の体系は経営の存在構造のあり方に対応するものと考えられる

O

われわれは経営の二重構造とそれに対応する経営管理の二重体系を知ってい る

D

それは周知の如く藻利教授によって展開されている経営二重構造論であ り経営管理の二重体系論である心。教授によれば,企業活動は企業の経済社 会における存在性の維持活動として捉えられ,しかもそれは経済社会におけ る企業の生活能力を維持・拡大する活動として把握されるのである

o

と乙ろ でこの企業の生活能力は経済社会における企業の社会的存在構造の内に把握 されるものなのである

D

そしてこの企業の存在構造は企業の「生活境遇」と

「生活態様」の二つに分れる

D

前者は企業の対外的・対社会的存在構造であ

1

り企業の環境に対する適応関係、に関して形成されるものであり,後者は企業 の対内的存在構造をなすものなのである。この両者は密接な内面的関係にあ るものであって,生活境遇の変化は生活態様の変化をもたらし,また前者の 改善は後者の改善を介してのみ可能であるとされるからである

o

そこで企業 維持活動,換言すれば企業の生活能力の維持活動は生活態様の合理的形成・

改善を介する生活境遇の改善活動として捉えられることになり,従って生活

態様の合理化が企業維持活動の第一次的な中心問題となるわけである。とこ

ろで企業の生活態様の合理化を課題とするものが「経営管理」であり,それ

は生活態様の二重構造に対応して二重の体系をもつのである

D

即ち,経営技

術的構造の合理化を課題とする「生産管理

J

,経営社会的構造の合理化を課

題とする「労務管理 J ,および両管理の総合を課題とする「総合管理」とい

う構想がそれである

2) 

口さて乙乙で生活境遇と生活態様とに対する企業活動

上の位置づけを考えるならば,生活態様の合理化に重点がおかれていること

(13)

は明白であろう

o

即ち,生活態様の維持・改善が同時に生活境遇の維持・改 善問題をもその内に含むものとして理解さるべきであるとされているのであ る

3o

そのことは,対内的存在構造としての生活態様の内に対外的・対社会 的構造をなす生活境遇自体が含まれることを意味するものであると理解され ることとなるのである

4) o

このような理解が何を意味するかといえば,それ は,われわれが問題としている企業の社会的責任という環境問題が企業の生 活態様の問題として,換言するならば対外的・対社会的存在構造の合理化に 関する問題が対内的存在構造の合理化に関する問題として,生活態様の中 l

含まれることを意味することに外ならないであろう。つまり対内的構造の合 理化を課題とする経営管理の中に対外的構造の合理化活動をも含むことにな

るのである

o

換言するならば,生活境遇の合理化が生活態様の合理化を介し てのみ可能であるということは,生活境遇を合理化する乙とを目的とする活 動が,生活態様の合理化活動の中に含まれうることを意味するといえるであ ろう。即ち,生活態様の合理化活動それ自体の中に生活境遇の合理化を目的 とする活動が含まれていることを意味するのである。このことは,経営管理 がその課題とするものは決して企業の対内的存在構造の合理化のみを意味す るものではなく,更に企業の対外的・対社会的存在構造の合理化をもその課 題をなすと解されうるのである

o

経営管理は単に生活態様の合理化をその課 題とするのみならず,生活境遇の合理化をもその課題をなすといわねばなら ない。かくして以上のような考察からするならば,われわれは経営管理の対 象をなすものは企業の生活態様と生活境遇との両者を含んだ企業の社会的存 在構造そのものであり,その課題は企業の社会的存在構造の合理化であり,

その構造の内に把握される企業の生活能力の維持・拡大にあるといえるであ

ろう

D

企業は環境の中で生活し,その生活能力を維持・拡大していく生活体

として把握さるべき環境適応的オープン・システムであり,このような見地

に立つならば,経営管理それ自体も企業の対境関係等を強く意識した環境適

応的な環境志向的なものであらねばならないであろう

5)

。環境志向的な経営

管理のあり方を強調する乙とによって,そのような環境志向的経営管理は例

えば対環境的管理あるいは「対境管理」と称されうるであろう

o

(14)

さてそれでは経営管理の課題をひろく企業の社会的存在構造の合理化に見 い出すとすれば,このような経営管理の内に企業の社会的責任の問題はいか なる体系的位置づけが与えられうるであろうか。われわれはその前に,企業 の社会的責任なるものの内容を見る必要があると思われる。なぜなれば,等 しく社会的責任の名で論ぜられている諸問題の中には明確に区別されるべき 異質のものが混合されていると思われるからである

o

企業は社会的に必要と される商品生産という企業職分を企業目的として遂行することによって,そ の社会的合理性を有するものであった。その場合,企業は国民社会における 経済的機能の担当者である経済単位として理解されていることが注意されな ければならない。いわば企業の経済機能的側面からその社会的合理性が認め られていたのである

o

ところで企業はこのような経済機能的側面と同時に,

いわば経済非機能的側面をも有していると考えられる

o

それは法人たる市民 としての側面であるともいえるであろう

o

企業の社会的責任の具体的内容 は,このような企業のもつ両側面から区別されうると考えられる

D

まず企業 の経済機能的側面から社会的責任の内容を考えるならば,それはいうまでも。

なく営利的商品生産に関係して発生するものであり,購買から販売にいたる 商品生産過程と資本調達や利益処分にかかわる利害者集団に対する責任がそ の内容をなすであろう

o

これに対して企業の経済非機能的側面たる法人市民 としての企業の社会的責任の内容をなすものは,企業の社会化傾向を示すと 思われる,国民社会に対する文化的・福祉的貢献に関する責任や,企業が立 地する地域社会との多面的関係から生ずる責任であろう

O

もちろんこの二つ の社会的責任は具体的問題として現われる場合,相互にからみあっているこ とも多く,明確に境界線を引く乙とはかなり困難であると思われる

o

また国 家や地方自治体等は両者に関係する利害者集団をなすであろう。ここではさ しあたり,企業のもつ経済機能的・非機能的側面から社会的責任の内容を区 別しうる乙とを指摘しておくにとどめたい的。

さて以上のように企業の社会的責任を区別するならば,経済機能的側面に

かかわる社会的責任は,経済単位としての企業の社会的合理性を高場する乙

との内にそれを果たしうるであろう

o

もちろんその場合には,商品生産l 乙関

(15)

係する利害者集団の有する目的を企業目的の内に包摂しその実現が期待され ていることはいうまでもないであろう

o

乙の商品生産にかかわる社会的責任 の問題は,さきのいわゆる「対境管理」の一部をなすものであるが,これは 従来の経営管理の二重体系の中で,体系的位置づけが可能である。つまり生 産管理と労務管理をその内に対境管理を含む環境志向的なものとして捉え,

乙れらの経営管理をいわば対境管理的生産管理と対境管理的労務管理として 理解するわけである。生産管理は経営技術的構造の合理化をその課題とする ものとして把握されるのであるが,経営技術的構造を環境関係をも含んだも のとして捉えなおすことによってそれが可能であると考えるのである。その 結果,この構造は端的に商品生産そのものにかかわるものであるから,商品 生産過程において発生する社会的責任の問題は生産管理の問題として処理し うるであろう

o

それと同様にして,経営社会的構造の合理化を課題とする労 務管理において,労働組合等の主張する社会的責任が労務管理の問題として 処理されうるのである。従って,企業の経済機能的側面から生ずる企業の社 会的責任の問題は,経営管理の二重体系の内で,その中に対境管理を包摂す るものであると考えることによって取り扱うことができるのであって,それ は決して二重体系論の限界を示すものではないのである。

これに対して,企業の経済非機能的側面に対して要請される社会的責任に 関しては,生産管理も労務管理もこの要請に十分に応えることはできない。

なぜなれば,両管理は共に商品生産組織体としての,営手

IJ

的商品生産目的達

成のための経済単位としての経営構造を合理化することをその回有の課題と

するものであって,そこには経済非機能的目的ともいうべき社会的責任に関

連する経営構造も,それを処理すべき管理も純粋な形では存在しえないから

である

D

こ乙にわれわれは国民社会における社会的存在としての企業の社会

的存在構造として,環境的関係ないし環境的構造をも含んだ経営技術的構造

と経営社会的構造の他に,企業の経済非機能的な関述をなす経営構造,いわ

ば「社会的経営構造」が成立しつつあるのではないかと考える

o

それは商品

生産という企業と社会とのかかわりあいを媒介として生ずる企業の経済非機

能的な社会とのかかわりあいに関する関連をなす椛造であり,それはまた社

(16)

会化しつつある企業が社会の公器として文化的・福祉的な社会的貢献を確保 することを介して企業の経済非機能的側面における社会的合理性を維持し高 揚することに関する関連の構造をなすのである

o

企業の経済非機能的側面に おける社会的合理性の高揚ほ,それを介して同時に経済機能的側面における 社会的合理性を維持・促進せしめ,それら両者によって両側面をもっ企業の 国民社会における存在性の社会的合理性が確保されることとなるであろう。

そこでわれわれはここに,企業に社会的責任の名のもとで要請されている文 化的・福祉的な社会的貢献をなし企業の経済非機能的側面における社会的合 理性を確保し高揚することをその課題とする経営管理,即ち「狭義の対境管 理」の成立をみるのである

O

広義の対境管理は生産管理と労務管理における 対境管理をも意味するものであるが,それは直接的に商品生産にかかわるも のであり,企業の経済機能的側面に関するものである。乙れに対して狭義の 対境管理は商品生産に直接結ひ、つかない,企業の社会に対する経済非機能的 貢献,文化的・福祉的貢献にかかわるものをなすのである

o

さてこの狭義の対境管理は決して突如として天空から与えられたものでも

なく,地からわき出したものでもない。それは経営管理それ自体の内から発

展・分化してきたものであり,本来生産管理の中に意識されずに内在してい

たものと考えられる

D

企業規模が小さくその社会に対する影響力も少ない時

には,企業は経済単位としてのみ機能することだけでその社会的合理性を確

保しえたものと解するととができる

D

しかし企業の大規模化・巨大化ととも

に経済的支配力・権力が集中され,更にその経済非機能的支配力・権力の集

中も意識されるにしたがって,企業の非経済的機能が経済的なものから分化

し,それに対応して経営管理それ自体も発展し,経済機能的な生産管理と労

務管理,および生産管理から分化した経済非機能的な狭義の対境管理を把握

することができる

o

こ乙にわれわれは,企業の経済機能的側面にかかわる生

産管理と労務管理,および、企業の経済非機能的側面にかかわる狭義の対境管

理,更に乙れら三者を総合する総合管理という,経営管理の三重体系化を把

握する乙とができるであろう。この対境管理が経営者の温情主義的対応とし

て現われてきたものであるならば,それは決して客観的・合理的なものでは

(17)

ないであろう。しかしそれは企業の内面的要請に基づく客観的・合理的なも のであると考えられる

o

労働組合運動の発展が,企業の内在的要請として,

従って経営者の主観的・温情主義的なものでなく客観的に必要なものとして 労務管理を生産管理より発展・分化せしめ,それが合理的なものとして認め られるのと同様に ,対境管理もまた社会的責任を求める各種の市民運動に

7) 

よってその必要性が経営者によって自覚され,経営者による主観的・温情主 義的なものとしてではなく,企業の存続と発展にとって必要不可欠なものと して生産管理から分化しつつあるものとして,その合理性が認められうるで あろう

o

さてそれではこの対境管理に内在する思考は何に求められうるであろう

か。乙の対境管理は経済非機能的な存在をもなす企業の非経済的企業職分の

達成にかかわるものであり,企業の社会に対する経済機能的貢献とは異質の

ものである

o

目下の国民社会的目的の重心は福祉国家の実現にあると考えら

れる。社会福祉の向上が,今や国民的課題として論ぜられていると考えられ

o

企業の社会的責任の主張も,まさにこのような国民社会的要請のひとつ

の現象として把握されうるであろう

8)

。企業の社会的貢献は,国民社会の要

請に即応するものであらねばならない。従ってわれわれは,企業の社会的貢

献の中心問題を社会福祉の向上に見い出し,そこに対境管理に内在する思考

を理解しうるであろうロそれは企業の社会的貢献を社会福祉の向上という統

一的観点から考慮すべき乙とを意味する訳である

o

しかしわれわれは以上の

如く理解される対境管理にはその活動を制約する限界が存在することを知ら

ねばならない。対境管理は企業本来の職分である商品生産の高度化の結果そ

れに附随するものとして分化したものであり,それは決して本来の企業職

分・企業目的の達成を離れては存在しえないものである

o

即ち,福祉的思考

は資本主義経済社会の体制原理である「営利原則」あるいは「利潤極大化原

理」を決して越えるものではありえないのである

o

それを越える社会福祉の

追求は,結局企業そのものを壊滅させずにはおかないであろう

o

われわれは

ここに改めて体制原理としての営利原則の意義を再確認し,企業の指導原理

としてのその存在の合理性を認めなければならないのである。

(18)

注1

)

藻利重隆11'経営学の基礎(新訂版). l l ,   11'経営管理総論(第二新訂版).   ,  l l

『労務管理の経営学(第二増補版). l l   ,千倉書房,昭和

51

年,雲嶋良雄, 1 1 ' 経 営 管 理学の生成〈改訂版). l l   ,同文舘,昭和

41

年参照。

2) 

藻利重隆, Ii'経営学の基礎(新訂版). l   ,  l

25""''27

頁参照。

3) 

同 , I i ' 前 掲 書 . l l, 

452

頁参照。

4) 

川崎文治(稿), r 資本主義企業の指導原理

J

, 

73

頁参照。

5) 

対境関係については,山城章, 11'経営学原理.ll,白桃書房,昭和

41

年 ,

88'"''93

頁 参照。

6) 

米花稔(稿), r 企業と社会

J

,高田馨編著, I i ' . l l, 

83

頁以下参照。なお 社会的責任の具体的内容に関しては,捜井克彦, I i ' 前 掲 書 . l l ,

129

頁以下参照。

7) 

藻利重隆, Ii'労務管理の経営学(第二増補版). l   ,  l

44

頁以下参照。

8) 

占部教授は,企業の社会的責任を端的に社会福祉へ貢献する責任に求められてい る。占部都美(稿), r 前掲論文

J

, 

77

頁参照。

四、結

企業は本来特定の目的を達成するために形成された,物的・人的組織を用 いる組織体である。企業の目的は,経済社会的職能をなす商品生産が企業職 分として企業目的の中に摂取され営利目的と結合された営利的商品生産であ る

o

従って企業は,営利的商品生産組織体として把握されるところの経済単 位をなす。この場合企業は,国民社会における生活体としてその経済機能的 側面から据えられることになる

o

しかし企業は経済非機能的側面から法人市 民としても把握されうるのである

o

巨大化し経済的権力が集中している今日 の企業は,その経済的権力を背景として,経済機能的領域のみならずそれ以 外の社会領域に対しても支配力を有するに致り,経済非機能的側面を捨象し て企業の社会的存在性を理解することを困難ならしめていると考えられる

o

今や企業は両側面の統一体として把握されなければならない。企業をそのよ

うに把握することを認識せしめたのは,企業の社会的責任を要求する各種の

市民運動であると解される

D

われわれはここに,社会的責任論の意義を見い

出しうる訳である

D

乙のような見地よりすれば,企業の存在性は経済社会の

(19)

みならずそれをも含んだ国民社会における存在性として理解されねばならな い。従ってまたその存在性の維持活動,即ち企業の生活能力の維持・増大活 動もまた国民社会におけるそれとして理解されねばならないこととなるわけ である。そしてこのような理解のもとにおいて,企業の社会的存在構造の合 理化を課題とする経営管理が三重体系化しつつあるのではないかと考えるも

のである。

ところで経営管理の三重体系化を思考するものはわれわれのみではない

D

河野大機助教授の提唱されるものがそれである

o

しかし河野助教授の提唱さ れる三重体系論の内容はわれわれのものとは具質のものである乙とが注意さ れなければならなし」助教授はバーナード理論の検討から出発して,企業の 存在構造と組織貢献者としての消費者との関係を重視し,企業の発展が消費 生活における人間疎外を発生せしめ消費者運動が展開されることによって,

経営構造内に経営消費的構造が分化しそれに即応して「狭義の消費者管理」

が生産管理から分化されつつあるとされておられるのである

o

助教授のとの ような主張は,経営管理論の発展に貢献するものとして,高く評価されなけ ればならないであろう

o

そしてまたこのような主張は,われわれに対して大 くの示唆をも与えてくれるのである

o

しかしそれにもかかわらず,助教授の 提唱される消費者管理は,われわれの考える広義の対境管理,いわば対境管 理的生産管理の問題をなすのではないかと考えるものである

o

しかしわれわ れの思考する三重体系化論はあくまでも試論であって決して完全なものでは ありえず,そ乙には多くの欠陥があるであろう。その意味で,この問題は更 に検討されなければならないであろう。

1)

河野大機(稿)

r c ・ I ・

1

バーナード理論に関する一考察

J

I T ' 商 学 論 集 . J l

福島大学経済学部,第

46

巻第

1

号,昭和

52

年>

7578

頁参照。

(昭和

5210

7日)

参照

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