児童のメンタル空間の検出とその構造
著者 淡野 明彦, 浦前 正巳
雑誌名 奈良教育大学教育工学センター研究報告
巻 3
ページ 9‑15
発行年 1980‑03‑08
その他のタイトル A Study on Extent of Mental Space Cognized by Children
URL http://hdl.handle.net/10105/4655
淡野明彦(地理学教室)・浦前正 巳(三輪小学校)
A Study on Extent of Mental Space Cognized by Children
Akihiko Tanno (Department of Geography) and Masami Uramae (Miwa Elementary School)
Abstract
The purpose of this paper is to detect an extent of mental space cognized by children. This detection took effect to pupils in elementary school (4, 5, 6 grades). The results of this study can be found in the following passage.
(1) The extent of mental space is very hard susceptible to influences of the content of ex‑
perience and learning. But, as time goes by, many places without being famous may pass out of children's mind.
(2) Boys are superior to girls in the extent of cognizing.
Key words:
Development of cognition Mentalmap
1.研究テ‑マの設定
社会科学習の目標は、子どもの科学的な社会認識を育成することにある。そのための一側面 として、空間認識の育成が考えられる。小学校社会科において空間認識の育成をはかるため、
文部省学習指導要領では、低学年の日常の生活空間(学校・家・通学路)に関する学習に始ま り、中学年で身近な地域(居住する市町村・都道府県)を中心とした学習を行い、高学年では 国土学習へと拡大する系統的なカリキュラムを示している。すなわち、児童を取り巻く客観的 環境としての地理的空間について、同心円状に範囲を拡大する方法に基づく学習形態がとられ ている。子どもの空間認識は、幼児期においては困難であるが、児童期において発達を示すこ
:〜
とが心理学サイドによって明らかにされており、小学校社会科においては、より適正な空間認 請‑と学習によって導くことが重要である。このためには、教授側のカリキュラム構成の轍密 性もさることながら、児童の空間認識の実態の把握がなされなければならない。
同心円状拡大に基づく空間認識の育成の方法が、その成果において疑問視されるのは、児童 の日常生活の中で経験的に育成されてくる空間認識の実態についての分析が十分に加えられな
23
いままに、カリキュラムが構成されてきたことにあると、指摘されている。さらに、人間の認
識する空間は、客観的環境としての地理的空間とは独立した別の空間を構成することも既に述
4)
べられている。
児童においては、個々の子どもの置かれている実際の環境の中から、それぞれの発達段階に 応じた自らの世界観にしたがって、メンタル空間が構成されているとの前提のもとに、メンタ
5)6)
ル空間の検出を試みた研究事例が地理教育サイドで若干ながらわが国で報告されている。
小学校社会科における空間認識の育成のためのカリキュラムは、児童の各発達段階に応じて 主観的に認識されるメンタル空間を止揚する方向で科学的・客観的に構成されなければならな いとする立場から、本稿では構成の素材である児童のメンタル空間の検出を行い、その構造の 検討によって地理的空間との差異をとらえることを研究の目的とする。
2.研究の方法
児童のメンタル空間の検出方法については、確立された手法はない。地理教育サイドでは、
筆者らの知る範囲で二種類の方法が用いられている。子どもに「イメージマップ」とよばれる 絵図を描かせ、描画された内容から検出する方法と、あらかじめ作成された絵地図を子どもに みせ、その絵地図に含まれる地名とその位置を子どもたちが知っている限り答えさせることに より検出する方法とである。前者の方法では、子どもの全くの任意に基づく検出が可能である が、子どもの描画力の個人差の問題がある。後者の方法は、描画力の個人差による障害を解消 するために前者の方法の改良として考察されたものである。この方法の問題点は、あらかじめ 作成される絵地図の作成方法の未確立、面接法によるため時間が多くかかることなどがあげら れる。児童ではなく高校生を対象とした研究事例であるが、検出の方法に新しい方法を用いた
7)
研究が報告されている。名古屋市域を128のメッシュに等区分し、各メッシュに含まれるバス停 の名称についての知識を指標として検出を行っている。この方法は、地名を検出の指標とした 先述の後者の方法と類似しているが、指標となるバス停の名称をあらかじめ与え、その各々に っいて「知っている」「知らない」を答えさせた点で異なっている。この方法は、研究対象地 域をメッシュで区分し、−メッシュを一バス停で代表させているため、対象地域のすべてにつ いて解答を求めることができる。このため、地理的空間とメンタル空間との差異が明確にとら えられる。また、多数の被験者に短時間で実施が可能である。問題点としては、一メッシュに ついて一バス停の名称しか与えられていないため、与えられたバス停を知らなければ、そのメ ッシュに含まれるすべての空間について「知らない」と見なされる点、ポピュラーな地名の代 表としてバス停を指標としたものの、バス路線の存在しない地域やわずかな路線しか存在しな い地域では行えない点などがあげられる。この方法は検出結果の分析も斬新で、「地域傾向面分 析」、「数量化lIl類」といった高度な数学的手法が用いられている。
本稿では以上の議論をふまえた上で、つぎの検出方法を用いた。
今ノ児童の通学する小学校を中心に東西・南北方向それぞれ10kmの地理的空間における、児童の メンタル空間のパターンを検出する。
卑ノ小学校を中心とし東西・南北方向それぞれ10kmの地理的空間を、1kmの正方形のメッシュに 区分し、区分した各メッシュに存在する地名について知っているかどうかを答えさせた。具体 的には、国土地理院発行2.5万分の1地形図を各メッシュごとに切り離し(第1図)、それぞれ
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のメッシュ(地形図の断片)を児童にみせ、そこに記載されている地名を−ツ以上知っている
鋸
かを問うことにより検出した。
5検出対象は桜井市立三輪小学校の4・5・6年生総計207名(4年生75名、5年生72名、6年生 60名)とした。
以上の方法によって得られたデーターは、つぎのように処理し分析した。
ノ室デークーは各メッシュごとに集計し、各メッシュごとの「知っている」と答えた単純比率を 百分率で求め、その率の割合によって五区分し、それに基づいて図化を行い、メンタル空間の パターンを示した。
受ノ性別によるメンタル空間のパターンの差異をみるため、各メッシュについて男女ごとの集計 から、「知っている」と答えた単純比率が男女で10%以上の差のあるメッシュを図示した。
l耳学年によるメンタル空間のパターンの差異をみるため、各メッシュについて学年ごとの集計
から、ある一学年が「知っている」と答えた単純比率で10%以上他の二学年をしのいでいるメ ッシュを図示した。
3.結果と考察
1207名について実施した結果、206名の回答を得た。16,892(82メッシュ×206名)データーの うち r知っている」と答えた単純比率は百分率で51.5%であった。各被験者ごとの「知ってい
「知っている」
と答えた数の 合計
第2図 各被験者ごとの「知っている」と回答した数の 合計の頻度別分布
第1表 各メッシュごとの「知っている」と答えた単純比率(%)
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る」と回答した数の合計を頻度別分布で示すと(第2図)、正規分布に近い形をとっている。各 メッシュごとの「知っている」と答えた単純比率を示したのが第1表で、これを率の割合によ
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単純比率の5区分基準
第3図 各メッシュごとの「知っている」と答えた単純比率の5区分による メンタル空間のパターン
って5段階に区分して作成したのが第3図である。95%以上の児童によって知られているメッ シュが15あり、メッシュ番号(以下Mと略す)45・46・54・55・56は三輪小学校の校区を含む地域 であり、これは当然のことと考えられる。校区外についてみると、M65は桜井市の中心部、M37、
75、77は桜井市内の著名な名称をもっ地域(M37−三輪山、M75−安倍文殊院、M77−倉橋溜池)
である。M51、61、91、93は児童のメンタル空間の形成が絶対距離の遠隔さによる障害を受けない ことを示している。このメッシュに含まれる地域は「耳成」「八木」「畝傍」「飛鳥」の地名 をもっている。学校に近いメッシュが多数の児童によってよく知られ、学校から絶対距離が遠 くなるにしたがって知られる度合が低くなるというパターンを示しながらも、著名な地名を有 するメッシュについては「飛び地」的に知られ、メンタル空間の不連続を示すことが、この結 果から明らかであるといえよう。50%以下の比率のメッシュは45あり、概して学校から遠隔部 にみられるが、北西部のメッシュに集中がみられ、しかも隣接するメッシュとの間に急激な比 率の低下がみられる(MO4、13、43、53など)。このメッシュにあたる地域は、桜井市の北西部と田 原本町の東部および天理市の南西部である。田園地帯で、途中に山地などの自然的障害は存在 しない。このことは、児童のメンタル空間の形成において、著名な地名を有しない地域にあって は、校区外・白市(町村)外に及ぶと著しく知られる度合が遅れるか、阻止されることを示し
ているものといえよう。言いかえれば、児童の日常の生活や学習とかかわる度合いの低い地域 は、近距離にありながらも知られにくい傾向を示すといえよう9ニ東部・南部の低率なメッシュ は山地であり、初瀬山(M29)、巻向山(M39)、初瀬(M50)といった著名な地名のない限り、
絶対距離および自然的障害が、児童のメンタル空間の形成の阻止要因となっているといえよう。
(彰つぎに性別によるメンタル空間のノヾターンの差異をみるため、男女間で「知っている」と答
■
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■ 男女間で10%以上の差のあるメッシュ 第4図 性差によるメンタル空間の差異
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5
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数 い 年
4 は し い る 示 す
5 6 6 6
第5図 学年差によるメンタル空間の差異
えた単純比率が10%以上の差のあるメッ シュを図示した(第4図)。10%以上の差の あるメッシュはすべて男子に高率で、学 校からの絶対距離が遠くに及ぶメッシュ にその傾向があらわれており、男女全体 で50%以下の比率のメッシュに多い。こ のことは男子のメンタル空間の形成が女 子よりも先行しているとみなすことがで きるだろう。
⑧学年の進行とともに、児童のメンタル 空間の形成が進んでいるかを検討したい。
第1表の集計結果に基づいて、ある学年 が他の二学年の比率を10%以上しのいで いるメッシュを第5図に示した。6年生 が4・5年生をしのいでいるメッシュが
8メッシュ、同様に5年生が7メッシュ、
4年生が7メッシュで、各メッシュごと のあらわれ方からは、学年の進行とメン タル空間の形成の進行とが必ずしも対応
しているといえない。このことを学校で の授業や行事との関係から考えてみよう。
4年生は春の遠足で、「山の辺の道」を三 輪から長柄へ向かって歩いた。これまで は4年生の春の遠足は多武峯・吉野方面 であった。4年生が他の学年をしのいで いるM5・6、16はいずれも「山の辺の道」
遠足のコースである。遠足のしおりを配 布され、説明を聞きながら歩いた記憶の 生々しさのあらわれではないだろうか。
M58・68・80はいずれも全体に「知ってい る」比率の低率なメッシュであるが、4 年生が他学年をしのいでいる。いずれも 著名な地名を含むメッシュではないが、
郷土学習では必ず学ぶ地名(M58−黒崎、
10)
M68−外鎌山、M80−粟原)である。5・6
年生も学習済みである。このことは、郷土学習を行った直後にはこれらの地名は記憶されてい るが、それは定着することなく、時間の経過とともに著名でない地名は忘れさられてしまう結 果ではないだろうか。一方、学校から絶対距離の遠い、しかも全体の「知っている」比率の低 いM33・40・62・82・糾において6年生が他学年をしのいでいるのは、学年の進行がメンタル空間 の拡大に対応している結果と解釈できる。
4.ま と め
′tl児童のメンタル空間のパターンは、地理的空間の絶対距離とは無関係に形成されるとは考え られないが、児童の日常の生活・学習の結果が絶対距離をしのぐ強い形成因子として作用し、
「飛び地」的パターンを生じさせる。このことは逆に、近距離であっても、児童の日常の生活・
学習とかかわりの浅い地域については、きわめて知っている度合いが低い。
l②男女のメンタル空間のノヾターンは、男子の方が先行していると考えられる。
②学年ごとによるメンタル空間のパターンの差異は、学年の進行とメンタル空間の拡大とが対 応する傾向を示しながらも、どのような内容の学習をしたかによって大きく影響をうけると考 えられる。しかし、学習した内容が定着するとはいえず、時間の経過とともに選択淘汰が行われる。
地名をメンタル空間の検出の指標とした点の妥当性、デークーを単純比率というきわめて低 次な処理によって考察した点など、本稿の問題点は多い。カリキュラム開発に向けて、より多
くのデークーの収集と、分析方法の高度化を今後の課題としたい。
法および参考文献
1) Gesell,A.(1946):The child from five to ten.(周郷博訳:学童の心理学)
2) 斉藤毅(1978):児童の「心像環境」と世界像に関する方法論的一考察;新地理、26−3.
3) 岩本広美(1979):子どもの心像環境における「身近な地域」の構造;日本地理学会予稿集、17.
4) たとえば著名な心理学者であるKoffka,A.は、地理的環境としての客観的世界と現象的環境として の知覚された世界とに区分している。
5) 前掲2)、3).
6) 合衆国においては、メンタル空間のノヾターンや、メンタル空間と客観的環境である地理的空間との差 異を明らかにしようとする研究が、都市工学や行動主義的な地理学の研究者によって、1960年代から手 がつけられている。
7) 中村豊(1978):名古屋市の地理的空間とメンタルマップ;地理学評論、51−1.
8) 全部で100メッシュとなるが、地名の入っていないメッシュは除外した。また、それぞれのメッシュに 記載されている地名等のうち、そのメッシュに固有でない地名等(河川・市町村・鉄道・道路の名称)
はあらかじめ抹消しておいた。児童に見せ回答させる方法は、コピーした地形図の断片を各児童に配付 し、知っていればそのメッシュ番号と同じ回答用紙の番号を○で囲ませた。
9) 三輪小学校では郷土学習は三年生から始め、副読本として奈良県小学校教科等研究全編「奈良県のく らし」、桜井市教育委員会編「わたしたちの桜井市」を使用している。これらの本には、桜井市北西部・
田原本町東部・天理市南西部の各地域について学習する部分がない。
10) 「わたしたちの桜井市」の中にこれらの地名が記されている。