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6 章地域福祉と医療・保健のネットワーク活動

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(1)

6 章 地域福祉 と医療 ・保健のネ ッ トワーク活動

俊介

1

医療 と地域福祉 の接点

地域福祉の目的 は 「地域社会の場 において、援助 を必要 とす る個人や家族の 自立 を図 ること」 といわれてい るが、 日本 においては1

97 0

年代 になって、社会 福祉 の中心的な課題 として、地域福祉が取 り上 げ られ るようになった。 その よ

うな福祉 の在 り方が求 め られ るようになった背景 には、短期間での高度経済成 長 による産業構造の変化、 それ に伴 う人 口の都市集中化、農村部での人 口過疎 現象が起 き、地域社会の連帯性が崩壊 していった ことが大 きな要因 としてあげ られ る

核家族化が進んだ 日本社会 においては、家族 内の相互扶助力や介護力 の低下が進行 した。 それが様々な形 となって社会不安 を生 じて きた。 その一つ が、老人 の介護 の問題である

老人間題 とは、一言で言 えば、誰が、何処で、

お年寄 りを世話 し、 その費用 を誰が見 るか とい う問題である。 日本 においては 長 い間、両親 は子供が看 る とい う文化が支配 して きたが、核家族の増加や女性 の社会進 出は、 その事 を不可能 にしていった。1

97 0

年代 に入 ると

、65

歳以上の 人 口の占める割合が

7%

をこえて、 日本 も高齢化社会の仲間 に入 った。高齢化 社会の到来 によ り、新 しい社会福祉関係の法律が制定 され、様 々な改正が行わ れた。健康保険制度では、老人 の医療費の負担軽減措置がなされた り、老人福 祉法の改正 な どで老人医療費の無料化 な どが行われた。一方医療の世界で は、

戦後1

5

年 を経た昭和35年頃か ら

40

年 にか けては、医療 と保健、福祉 の連携 によ る感染症対策が功 を奏 し始 め、感染症、特 に結核 による入院患者 さんの激減 し た時代である

その様 な時期 に、介護 する人 のいないお年寄 りを (介護のため の施設でな く)、病院 に入院 させ るとい うことが行われて きた。日本では、老人 の介護 の施設 を充実 させ るので はな く、病院の空 きベ ッ ドに入院す る事 を許容 す るとい う、世界 に類 を見 ないや り方でその場 をしのいで きた といって も過言

(2)

ではないだろう。 もちろんその背景 には、資本側の、家庭婦人 を労働現場 に引 き出す ためを羊は、婦人 を老人の介護か ら解放する必要がある.こその為 には、お 年寄 りを家庭 か ら引 き離 さなけれ ばな らない とい う論理、 また医療資本側 の ベ ッドを空 けてお くより、お年寄 りを入れて常 に満床 にしてお くほうが得であ ると'い う論理、更 に、介護する側 にとって も、親 を施設 に入れるよ りは病院に 入院 させ るほうが安 くつ くし、世間体が良い等様々な事情があった事 は事実で ある. しか し、 この様 な誤 ったや り方が長 く続'Lくはずはな ぐ、vj一然、 日本の医 療費の高騰 を招いた。 しか し、医療費の増加率が、 日本経済の成長率の範囲内 に収 まっ ている間は、 さして表面化 しなかったが,.J昭和

4 8

年のオイルシ ョl̲ヅク を期 に経済成長率が激減す るや、医療費の伸 びだけが異常 に目立ち始めた。 こ の ままの医療費の伸びが続 けば、一日本の社会保障制度だけではなく・、 ;日本 の経 済その ものまでJも、だめにして しまうと.いう強い危機感が 日本中にみなぎ り、 財政危機 を引 き起 こした原因は、1国家予算に対す る社会補償関係費

:特 に老人 医療費の伸び過 ぎにあると主張 されるようにならた. こLの様 な背景で

、. 1 9 7 0

代後半か ら

8 0

年代 に台頭 してきたのが、いわゆる、:福祉見直 し論である

。1 9 7 9

年の 「新 しい日本型福祉社会の創造

が明 らかにされた、具体的には

、1 9 8 2

の老人保健法の制定、̲おまび関連法の改定が行われた.rこれは老人の医療費の 一部負担 を復活 させ るこ\とによって 老人医療費の伸びを押 さえようとする目

的 を持 っていた、. l

お年寄 りを医療施設か ら出て もらい、・本 来の地域社会の中で看て行 こうとす る考 え方に変わっていった。老人保健法 は老人の在宅介護、病 院か ら在宅への ステ ップ として」老人保健施設 な どの中間施設.(老人保健施設) を認めた事、

更 に老人 のデイケヤおよ.びデイサービスの考 え方をうたい、地域 リハ ビリテー ションという新 しい概念 を作 り上 げ」地域社会 に根づかせた事、・等画期的な法 律であ畠というて良い. しか し同時 にい くつかの問題点 を内蔵 している. その 十つは、老人健康診断 とい う1方法 を取入れた事である。早期発見、早期治療、

早期社会復帰 という住民検診法式 は、感染症 など、治療するによって、早期 に 社会復帰 し、生産現場 にも・どれ る疾患 に阻 しては、 コス ト‑ベネ ッフィ、ト効果 が最大限期待で きるのであるが、成人病や老人の住民検診 に関 しては、コス ‑ト丁 ベネフィッ ト効果 は殆 ど期待で きなかった。それは成人病が、生活習慣病 と名

‑ 118‑

(3)

6

章 地域福祉 と医療 ・保健のネッ トワーク活動

前が変わ った様 に、生涯 を通 じて生活 の中で病気 と付 き合 って行かなけれ ばな らない疾患であること、 また老人 は年齢 とともに多 くの疾患 を併発す るように なるとい う認識 に欠 けていたためであると考 えている

む しろ、住民検診方式 による老人健康診断 は、医療費削減 とい う期待 を裏切 り、皮肉に も医療費 の増 大 とい う現象 を生んだ。特 に結核検診 な ど行政が中心 にやっていた検診 と違 い、

医療機関が検診 を請 け負 うようになってか らは、 あるいは、医療施設が独 自に 検診 を行 うようになってか ら医療費 の増大が増 した と言 って も過言ではないだ ろう。平成 に入 り、医療費 (特 に老人医療費)の抑制のために、高齢者保健福 祉 の地域化が検討 され、1

989

年1

2

月、「高齢者保健福祉推進1

0

ヶ年戦略 (ゴール ドプラン

)

」が策定 された。 ゴール ドプランの制定 の翌年、1

990

年老人福祉法な どの一部改正す る法律が制定 され、 ゴール ドプランの実現 に向けて、住民 に最 も身近 な行政主体である市町村が、保健福祉サー ビスを一体 的に行 うような体 制が整 えられた。1

993

年、市町村 は老人保健福祉計画 を策定す る事 を義務づ け

られ、現状 を踏 まえた上で、将来の高齢者の保健福祉ニーズ量 を推定 したサー ビスの提供体制 とその整備計画の提出を迫 られた。その推計 に基づ き国は、ゴー ル ドプランを練 り直 し、新 ゴール ドプランを取 りまとめた。新 ゴール ドプラン の基本理念 は(D自立支援、(参普遍主義 (所得、家族形態 に関係 な く、支援 の必 要 な高齢者 には、必要なサー ビスを提供す る)、③総合的なサー ビスの提供 ( 齢者 には医療、保健、福祉 にまたが るサー ビスを総合的 に提供す る)、④地域主 義 (住民 に最 も身近 な市町村が責任 を持つ)の

4

つである

この新 ゴェル ドプ ランの基本理念 にのっ とり具体的な法律 として、介護保険法が成立 した。介護 保険法 は基本的 には、医療保険 と同 じ考 えで運営 され る

すなわち福祉サー ビ

スは、医療サー ビス と同様、必要な人が、介護度 に応 じて、サー ビスの提供 を 受 けることがで きるが、かかった費用の1割 (現在の ところ) を負担す る とい う受益者負担の原則が成 り立 っている。 そ してサー ビスの提供 のや り方 に関 し ては、アメ リカのケヤマネジメン トの手法 を導入 した。 また、短期間 にサー ビ ス提供体制 を整 える目的 と、民間活力導入の名の もとに、多 くの民間企業 の参 入が許 された。当然、それ以前か ら地域 に密着 して訪問看護、デイケヤ、訪問 診療 (往診)、訪問 リハ ビリを展開 していた医療機関以外 の医療施設や福祉施設 も、サー ビス提供事業体 として登録 した。今後 ます ます多 くの医療機関や福祉

(4)

施設が この分野 に参入 して くる と思われる

多 くの医療機関が地域福祉の場 に 参加す る事、それ事体 は喜 ばしい事であるとは思 うが、医療費、介護費用の増 大が懸念 され る ところである。2000年の 4月 より介護保険法が実施 されてお り、

各市町村 の福祉現場 は混乱 を極 めたが、やっ と、落 ち着 きを見せ はじめている

今後、一介護保険の運用次第 では、・老人 の地域介護 に関 して、世界 に発信で きる 制度 になる可能性 を秘 めてはい るが、一歩間違 えばヾ悲惨 な結果 になると危倶

している

.以上述べて きた ように、長 い間、L医療の分野では保健 と福祉の連携 と言 う言 葉 はあって も、ネ ッ トワーク と言 う言葉 はなかった といって良い。戦後の 日本 の急激 な産業構造、社会構造の変化 は家庭崩壊、地域社会の崩壊 を招 きヾ老人 問題一つ を取 って も、医療、福祉、保健 の単独の分野だ けでは、 とて も対応す る事が不可能 なほ ど大 きく深刻 になって きた。そ こに地域福祉 の現場 に医療が 連携 の対象 としてで はなく、.ともに働 くパー トナー として登場 して きたのであ る。・まさに地域 においてサ「 ビスの必要な人 には医療、保健、福祉が時間的、

空間的に同時 に総合的なサー ビスを提供す る と言 う考 えが、ネ ッ トワヤク活動 として登場 して きたのである。

∴2

長崎市近郊の琴海町での試み

( 1 )

琴海町の保健活動の歴史 ↓ ̀

琴海町 は昭和30年代か ら、長崎大学医学部公衆衛生学教室 とタイアップして、

寄生虫 と飲料水の研究調査や労働 と栄養の調査研究、母子保健活動 な ど地域保 健活動 を展開 して来た町 として知れ られている。老人間題 について も、,昭和52 年 ころよ り、地域の懐 の深 さを (地域 の持 っている相互扶助力や温かさ)利用

した、老人介護 の方法 を模索 し始 めた町で もある

日本 における老人間題 は、

先 に も延べた ように、(丑急激 な高度経済成長 による地域社会の崩壊、(参核家族 の増加 による家庭介護力の低下、③ そ して世界 に類 を見 ない速 さで、.それらの 変化が進行 したのは政府のあま り一にも大資本 を重視 した政策の誤 りである との 共通理解か ら、‥昔の地域が少 しで も残 っている地域 において、再構築 を図 ろう とt.)う試みであった。 もし再構築が望 み得 なければlそれに変わ る新たな方法

‑ 1

20‑

(5)

6

章 地域福祉 と医療 ・保健のネッ トワーク活動

を考案 しなければ、琴海町の (日本の)お年寄 りは悲惨 な最後 を迎 えるように なるとの考 えか らであった。

琴海町 は人 口約

1

2

千人の都市近郊型の農村である。昔か ら農林漁業 を主 な産業 として発展 してきたが、昭和

4 7

年 ころか らは、建設業、サー ビス業が増 加 してきている

近年長崎市のベ ッドタウンとして、少 しずつ人 口が増 えてき ている町である。人 口構造 は母集団である日本の人 口構造 とほぼ同 じ、したがっ て疾病構造、人 口静態、人 口動態 も良 く一致 している。人 口規模

1 2 00 0

人 は日本 の人 口の約

1

万分の

1

に当たる

人 口規模が

1

万人 を越す地域では、人 口動態、

人 口静態 は、ほぼ母集団 と一致するものである

昭和62年の時点で、老人 を支 える事 につなが る、社会資源 として、町立病院

( 6 1

床)、町立特別養護老人 ホー ム (50床)、町立養護老人 ホーム (50床)、をすでに持 っていた。 また民間の35 床の病院、1

9

床の診療所が

3

個所存在 していた。今後 この琴海町で どのようや 社会資源、人的資源 を蓄積 して行 けば、人々が安心 して暮 らして行 けるのかを 模索 して きたつ もりである。従 って、琴海町での試みは、高齢化社会の日本の

モデルであるとの自負 を持 って この運動 に取 り組 んで きた。

( 2 )

安心 して死ね る』町づ くり運動

琴海町では運動 を展開す るに当た り、 まず町の基本構想 に 『安心 して死ねる 町づ くり』 を明記 し、町の進むべ き方向を示 した。琴海町保健医療福祉計画書 の①基本理念、②保健福祉サー ビスの基本的方向、③基本理念の実現 に向けて の戦略、 とは以下のような ものである

(∋基本理念

人類がいまだかつて経験 した事が無いような超高齢化社会 を迎 えようとして いる

ここ琴海町で もその例 にもれず、高齢化の波 は確実に進行 している。私 達 は、町内に住 む全ての人が、安心 して生活 し、そして、安心 して死んで行 け るような町 を作 り上 げなければならない。安心 して生活できるとは、 日常生活 において困ったた時 には、いつで も気軽 に相談で きる窓 口があ り、迅速 な対応 が受 けられる事であ り、子供たちが豊かな感性 を持 った人 として成長できる環 境が整い、町民一人一人が この町に住 んでいる事 を誇 りに思 える町の事であ り、

お年寄 り、障害者が当た り前の生活 を享受す る事がで きるとい う事である。 ま

(6)

た安心 して死んで行 ける町 とは、た とえ一人暮 らしであろうと、た と.え障害が あろうと、た とえガ ンの末期であろうと、誰 に気兼ねする事 もな く、自分の望 む ところで生活 し、̲そして死 を迎 える事がで きる町 と言 う事である

。 ∫

②保健福祉サー ビスの基本的方向

∴行政 は基本理念 を実現す るためにヾ町民の英知 を傾 けて、tこの方法 を模索 し なければならないo在宅福祉 を基本 としなが ら,もこ在宅福祉の限界 を超 えると 思われ る場合 は速やか に施設サヤ ビスへの転換や、 また この両者 を上手 く組 み合わせ る事 により質の高い福祉サ⊥ ビスを町民 に提供 しなければならない。㌔

またサー ビスの質 と量 を確保す るためには、地域 にある潜在的な相互扶助力 を で きるだけ引 き出す努力 も同時 に行 って行かなければな らない。

③基本理念実現 に向けての基本的戦略

基本理念 を現実の もの とす るためには、

3

つの視点か ら運動 を進 めなければ な らない.すなわち、Ii番 目は、,・高齢者 を取 り巻 く現状 を分析 し、'現在行政が 持 っている社会資源、人的資源 を如何 に有効 に利用するか と言 う視点 (今何 を す るべ きか、今何 をする事がで きる・か).と言 う視点二・二番 目は、少な くとも

1 0

年後の保健福祉のニーズを推計 し、その時の社会 を支 える事ので きる社会資源、

人的資源 を確実 に蓄積する

( 1 0

年間に行政がするべ きこと) という視点。三番 目は

、3 0

年後 を見据 えた運動の展開、すなわち、確実に

3 0

年後の琴海町を支 え る事 になる子供達 を感性豊かに育てる

' ( 3 0

年間の間にしなければな らない事) という視点である.. しか もその3つ の視点に立 った運動 を同時進行で推進 して 行かなければな らない。

( 3)

具体的運動 としての展開 .

①今 しなければならない事、今で もで きる事 ・

1 ・

‥住民への健康教育 、 .

L私達の健康教育 は、「もし、今、家族がガ ンや脳卒中なぜ で倒れて.しまった らi心の こもった介護が して差 し上げられるだけの人的、社会的資源が琴海町 には、あるだろうか

との問いかけか ら始 まった。全ての運動 は、地域住民に、

町の現状 をしっか りI認識 して頂 く事か ら始 まると思うている占現状が決 して満 足の行 ぐものでない事が分かれば、地区に人々は、同 じ地域 に住む仲間 として、

‑ 1 2 2‑

(7)

6

章 地域福祉 と医療 ・保健 のネッ トワーク活動

何 をす る事がで きるのかを考 えるきっかけになる と思ったか らである。 まず始 めた事 は、地区の公民館での夜間の健康教室であった。原則 として、一つの公 民館では月に

1

回 (年間

1 0

回)、当初 は

1 0

個所 ほ どか らはじめ、平成

3

年 ころか らは

、2 0

個所で、年間

2 0 0

回以上 の健康教室 を開催 して きた。健康教室では、病 気の予防、健康 の維持増進す るための方法な どの他、要介護 のお年寄 り、障害 のある方 と、地域の中で、共 に生活す るためには、私達 に何がで きるかな どの 話 をして きた。一つの会場 では平均

2 0

人か ら

3 0

人 の人が集 まるので、年間 にし て延べ数千人の住民が私達の話 を聞いて くだ さった事 になる。その結果、C型 のデイサー ビスセ ンターが稼動 を始 めた時 には、年間にして

1 0 0 0

人以上の方々 が ボランテ ィア として、食事作 りや入浴の介助 な どの手伝 いに参加 して くださ るようになった。同様 に現在 は、B型のデイサー ビスセ ンターにも多 くの方々 の支援 を頂 いている。

以上の地区公民館での健康教室以外 に も、保健婦 を中心 にした

2 0

近 くの 自主 学習 グループが活発 に活動 しているが、そのグループに も出向いていって様々 なお話 をさせて頂いている

更 に時 には彼 らの力 をお願 い して、様々な事業 を 展開 している。 自主 グループには視力障害者 の方々の外出同行 (レイ ンボー ト

グループ)、視力障害者のための手話通訳 グループ、精神障害者のための作業所 (パ ラダイスハ ウス)の手伝 いグループ、子育 ての会 (どん ぐりクラブ)な ど様々 なグループがあ り、普段 は独 自の活動 を展開 しているが、月に

1

回全ての 自主 グループの代表か らなる定例会 を開 き、情報 の交換や年 に 1回開催 す る町の健 康祭 り実行委員会 を組織 している。 この健康祭 りは、役場 の保健婦や、町立病 院 も実行委員会 のメ ンバー として参加 してい るだ けで、運営 はすべてグループ 代表 によるによる自主運営である

健康祭 りでは、毎年 テーマを決 めて講演会 やバザー を開いているが、 この数年 は地域 の人がすべて参加 で きる健康マーチ が定例化 している。 その行進 には車椅子の方、 あるいは寝た きりのお年寄 りの 参加 もで きるように配慮 されている

多 くの住民が参加 して下 さっているが、

彼 らは参加者である と同時 に、車椅子 を押すための協力者で もある

小学生か ら高齢者 まで、 また健常者 も障害者 も地域 の構成員の一人 として参加 している。

共 に助 け合いなが ら数 キロの道程 を共 に歩 く事 によって、当た り前の社会 とは、

どの ような ものであるのか を体得 して もらえれば良い と考 えている

私達 はこ

(8)

れをノ「マ・リゼ‑ション具現の運動形態の一つであるとと思 っている。

・ 2

.新 しい連携の概念の確立 ̲ .

:少ない資源 を有効 に利用するために̀は」保健関係者 (行政)、「福祉、医療、自 主学習グループ、婦人会、老人会 な どフォーマル、インフォーマルな組織がネウ トワークを組 む以外 に方法 はないr'しか も、全ての組織 の構成員が、今 までの ような リレー方式 による連携の概念 を払拭 しなければ上手 くネ ッ トが組めない。

た五者が一堂 に会 してのケ丁スカンフア・レンスを定期的に開催 してきた。例 え ばその会議で、 じょくそうのひ どい在宅の患者 ざんに対 し、毎 日の入浴が必要 であると判断 されると、全ての組織 を動員‑して、お亙りが、時間的にも空間的 にも、同時に入浴サー ビスに参加するような体制・を組んで きた。そ して、・その 組織間の調整 を在宅介護支援セ ンターが受 け持つのである。サービス提供 シス テムが出来上がってか らサー ビスを展開するの ではな く、ある∵人の人のため に全力で必要なサー ビスを提供する。 その結果、 システムが出来上が るという 考 え方である。 この様 なや り方で、,介護保険が導入 され る前の平成

1 2

3

月段 階で,,30人以上の,ベルパーを作 り上 げてきたb これは新 ゴール ドプランで国が 設定 した基準の

1 7

人 (人 口1万人あた‑り) を大 き く上回るものである。私達は この方法 をリレー方式による連携 に対 して、御神輿 (おみ こし)方式 による連 携 と名づ けて、琴海方式 と呼んでいる。

3.住民への福祉の窓口、と対応

日本では、福祉は原則 として.、住民の申請 にま り全てが始 まる

.

しか し、 ど の ようなサー ビスが受 けられるかを知 ら.ない住民が多いのが現状である.、そこ で在宅介護支援センターの職貞が、福祉台帳 を作 り十.リスクが高いと思われる 家庭 を戸別訪問 し、:福祉サービス等に:ついて説明 し、場合 によっ ては手続 きを その場で済 ましてしまう事 .も実行 してい る

この様 な 『出て行 く福祉』で も対 応 ̲(一次対応)できなかった場合は、直ちに在宅会 ご支援セ ンターの主催する

カンファレンス .(過 に

1

回開催)、に持 ち寄 り\その場で検討す る事 にしている

その結果、'電動車椅子や電動ベ ウ下軒 どの支 給 披一週 間以 内 にで きるように なった し、.緊急避難的入院やシ'ヨ†1トステイは直 ちにで きるようになった。

一 ・124‑

(9)

6 章 地域福祉 と医療 ・保健のネッ トワーク活動

1 0

年間 にしなければな らない事

これ こそ正 に、市町村保健福祉計画 その ものである。私達 の町では、 その策 定が義務 づけ られ る以前の昭和62年か ら計画 を立て実行 に移 してきた。 5年後、

1 0

年後の人 口、要介護 のお年寄 り、痴呆、あるいは身体障害の数 を推計 し、そ の方々 を琴海 町内で看取 るた めには どれ くらいの施 設 と、何人 くらいのヘル

ーが実際 に必要か を推計 し、確実 にその資源 を蓄積 して きた。 もちろん施設 を作 るにして も、マ ンパ ワーを揃 えるにして も、大変 なお金がかか る事である ので、町の計画の中で確実 に建設 して行かなけれ ばな らない。昭和62年町立病 院 に地域 リハ ビリテーシ ョンの拠点 になるように、 リハ ビリテーシ ョン室 を設 置。平成 2年町の中央部 にデイサービスステーションを設置 (C型ではあるが、

ボランテ ィアの協力で、B型同様 に機能 を果た している と自負 している)、平成

4

年養護老人 ホーム を全個室 として移転新築 (シ ョー トステイ用個室

1

)、平成 5年、在宅介護支援 セ ンターを町立病院 に併設、平成 6年南部総合福祉セ ンター を設立、

B

型 のデイサー ビス開始)、平成

7

年、精神障害者 のための小規模作業 所 (パ ラダイスハ ウス)の設立、平成

7

年、精神障害者 のためのグループホー ムの設置、平成 8年、町立病院の医師住宅 を改造 して、デイケヤ (10人) を開 設、平成

1 0

年、町内の開業 の医院 と契約 して、1

9

床の病室 を利用 してデイケヤ 開始、開設 に当た り町立病院の理学療法士 を派遣、平成

1 2

年、町立病院 を地域 の医療、保健、福祉 の拠点病院 として移転新築。眼科、透析、泌尿器科 を新設、

理学療法科 を充実す ると共 に作業療法科 を設置、デイケヤの規模拡大。最初 は 病院の移転新築 まで を平成

1 0

年 までに済 ませ る計画であったが、実際 に病院が 移転新築 したのは、平成

1 2

4

月であった。しか し

2‑3

年のずれはあって もほ ぼ最初 の計画 どお りにハー ド部門 を立上 げた。

今後の計画 は、旧病院 を利用 しての、痴呆の方のグループホーム、グループ ハ ウス (あま り手のかか らないお年寄 りの集合住宅、 あるいは賄 いつ きの老人 アパー ト)、精神障害、あるいは知的障害者 の作業所、グループホームな どを考 えている

更 に現在町立で運営 している、特別養護老人 ホームや養護老人 ホー ム、社会福祉協議会で運営 している、2個所のデイサー ビス部門を統合 して、

琴海町福祉公社 として改組 して運営 して行 くべ きであると考 えている、琴海町 は今 まで述べて きた ように、昭和62年以来、福祉部門 に関 しては、町立病院の

(10)

保健活動部、介護支援センター、特別養護老人ホーム、養護老人 ホーム1役場 .の住民福祉課、そ̲して、‑社会福祉協会等の公設の組織で運営 しできた。それは、

少 なくとも、福祉の分野 は、民間業者の投資の対象にす るべ きではない との思

いか らであらた'.1 t

‑しか し、介護保険制度 において は、1国は(∋短期間にサービス提供体制 を整 え る、②民間活力の導入、③サー ビスの質の向上のための競合、等の理由で民間 業者の参入 を許可 した。‑したがって今後∴民間の業者 と競い合いなが ら、質の 高い、町立の施設 として運営 して行 く、のは人件費の面か ら考 えて も、困難 になっ て来る と予想 される

.

それ よりもこ福祉公社 と改組 して、住民代表、利用者代 表、・議員、・町の職員、.等か らなる経営委員会 を設 け運営 した ほうが、フェヤー な活動が出来 ると・信 じている。・経営に不慣れな行政の職員 によ る経常,.・運営 よ .、 よほ ど質の高いサーゼ スが摸供で きると信 じている。すでに、多 くの自治 体でミ福祉施設の民間委託や民間移譲が始 まっているが、完全 に委託、移譲す るより.も、行政 も経営妃携わ りなが ら.、プロの経営委員の中に

経営委員

上し

て留 まるほうが、住民 に対 する責任 をばたす ことが出来 るのではないか と思っ

ている。 ■ ・ .

3 0

年間 にしなければならない事 '

1 3 0

年後の社会 を読 む事 は出来ないが

二3 0

年後の社会 を支 える人材 は確実 に青 でてお く必要がある。 その意味で子供達 に対する福祉教育 は最重要課題の一つ である

。. 3 0

年前 にデンヤークに住み着 き、ノヤマ リゼ‑ションの父 と呼ばれて いるバ ンク ・■ミケルセンの右腕 として、彼 を支 え・てきた千葉忠夫氏 (現。l日欧 学院院長」デンマーク在住)によると、,「デンマークでさえ、今の福祉制度 にた どり着 くのに50年以上 をかけてきた、その原動力 は子供達 に対する福祉教育で あった

との事である。 もちろん風土 も文化 も税制 も違 うデンマークのや り方 をそのまま模倣する事等で きるものではないが\バ ンク ・ミケルセ ンの提唱 し た 『ノーマ リゼーション』の基本理念 を実現 しようとしてきた国の事 は素直 に 学ばな:けれ ばな らない七考 えている.数年前 よりデンマークに人材 を派遣 して、

交流 を図 って.きた。平成

8

年 には、町長 をはじめ、 ソ丁シャル ワーカー、、理学 療法士、な どに現地 を見て きて もらい、実際 に地域で今、何 をする必要がある のか を考 えてきた。 その結果、教育委員会、町当局、病院が費用 を分担 して、

‑ 126‑

(11)

6

章 地域福祉 と医療 ・保健のネッ トワーク活動

地 区の公民館での健康教室以外 に、福祉セ ンターで夜間の公開講座 を開催 して きた。 それは、昭和62年以来、琴海町の福祉 を支 えてきた仲間達 との、地域福 祉への思いの再確認 の場であると同時 に、 自分達 の再研修 の場である と位置づ けた。月 に

1

回ではあったが、

2

年間 に及んだ。多 くの講師 を県内外、 また韓 国、デ ンマーク、タイ、等か らお呼び して勉強会 を開催 して きた。町外か らの 参加者 も多 く、多い時 には

1 0 0

名 を超 した。現在、社会福祉協議会、教育委員会 の熱心な働 きか けで、学童の福祉合宿等が始 まっている。 また地域 の小 ・中学 校 の子供達 による、入浴サー ビスの手伝 いや、在宅寝た きりの方々のお‑花見、

遠足等の手伝 いに来 て くれ るようになって きた。 また、先述 した健康マーチに も多 くの生徒たちが参加 して、車椅子 を押 した り、手 を取 って歩いて くれた り している。

地域 には背 の高い人や低 い人がいるように、身体や精神、知的に障害 を持 っ た人がいる、 それがあた り前の社会である。私達 はその地域 の一員 として、障 害 を持 った方 に、何 をして差 し上 げる事が出来 るのか、何 をしなければな らな いのかを常 に問い掛 ける事 の出来 る人間を目指 して行 きたい。

④今後の課題

先述 した通 り、琴海町はハー ドの面 に関 しては社会福祉協議会 を含 めた公的 な組織が中心 とな り、 ソフ トの面では、住民が積極的に企画立案 し、運営出来 るような地域福祉の システムを組上 げて きた。平成

1 2

4

月 よ り、公的介護保 険制度が導入 されたが、基本的な考 え方 は変わってはいな

。 しか し、サー ビ ス提供組織 として民間業者 の参入が許 された今、町立の (地方公務員の給与体 系の)特別養護老人 ホームや養護老人 ホームを使 ったサー ビスの提供 には限皮 が あると思 っている。従 って公設民営の福祉公社 の立上 げ案が浮上 して きた。

例 えば、特別養護老人 ホームの運営 に関 しては、 そ こで働 くヘルパーの資格 と して、 自宅 に入居対象者 を抱 えてお られ る人で、 その施設で働 く意思のある人 とし、対象者 の入居 と同時 に採用 され、対象者が亡 くなった時点で次の方 と交 代 して頂 く、等の原則 を作 ってお くと、 自分の親 の介護 も担 当す る事が出来 る

と同時 に、介護 の労働 に対 しては、相応の労働対価 を得 る事が出来 るというや り方であ る。 この考 え方 は、現在介護 の対象 になっているお年寄 りの、「本 当 は、 自分 の子供 あるいは嫁 に看取 って もらいたいのだが・‑‑子供達 も忙 しいの

(12)

で無理 は言 えない

。 L・ ,・ i ・ /

」とい う願 い、Lt、子供達 の世代の、「本当は子供であ る自分が看取 る・べ きであるが こ現実的 には、その余裕が無い ので、 とて も看れ な い・‑」 とい う思 い、.を共 に少 し満足 させ る妥協的な制度‑tして

f過渡期で

ある今 を来 り切 る、丁つ の考 え方ではないだろ うか。

・同様 に痴呆の方のグループホームにして も、

‑7

部屋 (

7

人収容の施設) と, て、・過 に1回は入居者の家族が、‑ ルパ十 と共 に泊 まり、住居者の世話 を担当 す るとい うや り方 である.毎月痴呆のある親 を見 るのはつ らいが、1週間 に1

度であれば、、何 とか頑張 りたい と・い う人 も多いのではないだろうか。問題 の多 い といわれている介護保険制度 も、 このように地域 に密着 した方法 を考 えて. 上手 く運用 して行け ば、世界 にー発信す る事の 出来 る制度 の して行 く事が出来 る

のではないだろうか。

I‑琴海町 にお中 る、介護保険制度の問題点 は、、介護度 に応 じた福祉サー ビスを 受 ける場合の自己負担である。国民年金対象者が

5

割 を超 えているこの町で、 果た して、 どれだけの人が 自己負担 に耐 え‑られるかとい う問題 である

介護保 険制度 は基本的 には▲厚生年金受給者 を対象 とした制度であると思われ る。3 万 円 くらいの基礎年金 しかお持 ちでないお年寄 りが、大半 を占める琴海町 にお

いては・・それな りの介護 シ.ステムを考 え出さなU・れば、お年寄 り.は惨 め1な思い をす る事 になる と思 う

。 .

安心 して死 んで行 ける町』を作 るために、、更なる努力 が必要で ある と考 えでいる

.A

参考文献 ‑

一番 ヶ瀬康子 :地域福祉の原理 と展開、.‑ ツ橋 出版 .

琴海町高齢者保健福祉医療計画̲I(平成

5

年度)

③ : 俊介 :介護保険制度 に備 えて基盤整備の方向を探 る、地域医療 (全国 国民健康保険診療施設協議会)

、3 6

1

④ ̲森 ∴俊介 :安心 して死ね る町づ くり、病院 (医学書院)523号

⑤ ‑ 俊介 ::地域保健医療計画 にお ける公立病院の役割 と使命、病院 (医学 '書院)

5 3

7

㊨ . 俊介 .:、私達 の病院の生 き残 り策、病院 (医学書院)

5 3

1

1号∴

⑦ l花村 一春樹 :ノーマ ])ゼ‑ ションの父、バ ンク.1・ミケルセ ン、ミネルバ書房

‑ 128 ‑

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