社交不安者のスピーチパフォーマンスに関する他者評価
城 月 健太郎
社交不安障害(Social Anxiety Disorder; 以下 SAD とする)では,SAD 患者が最も不安を感じる場面は,
スピーチ場面であると指摘されている(Stein, Walker,
& Forde, 996)。実際に,SAD 患者や高社会不安者を 対象としたスピーチ場面での心理的反応・生理的反応 の検討は,SAD の病態理解や治療法の向上に貢献して きた。例えば,SAD の研究や治療において,スピーチ 場面はエクスポージャー(Feske & Chambless, 995)
や ビ デ オ フ ィ ー ド バ ッ ク(Rapee & Hayman, 996;
Harvey, Clark, Ehlers, & Rapee, 2000; Rodebaugh, 2004)に用いられる場面の一つである。
Rapee & Heimberg(997)の SAD の認知行動モデ ルでは,スピーチ場面のような社会的状況において,特 に Mental Representation(生理的反応の評価)につい て焦点がおかれている。たとえば,SAD 患者や高社会 不安者は,社会的状況におけるパフォーマンスの見た目 や振る舞いについて,聴衆の評価や聴衆の基準と自己の 知覚にギャップが生じる。このギャップが,聴衆からの 否定的評価に関する知覚や予期される否定的評価につい ての社会的な結果に関する考えを規定する,としている。
スピーチ場面においては,SAD 患者や高社会不安 者が自己のスピーチパフォーマンスを低く評価するこ とや,その自己評価と聴衆による他者評価に開きの 生じることが報告されている。従来の研究報告による と,SAD 患者・高社会不安者ともに自己評価が他者評 価 よ り 低 い(Rapee & Lim, 992;Rapee & Abbott, 2006)。Rapee & Hayman(996)は,大学生を対象 としたスピーチ課題の実験において,高社会不安者の自
己評価が低社会不安者よりも低いことを示した。この SAD 患者や高社会不安者の自己評価と他者評価の開き は“自己評価の歪み”と呼ばれ,SAD の維持要因であ ることが指摘されている(Clark & Wells, 995; Rapee
& Heimberg, 997)。さらに,この自己評価の歪みは SAD における心理学的介入のターゲットとなる。本邦 においても,パフォーマンスに関する自己評価の歪みは,
SAD 治療の介入ターゲットとする有効性が指摘されて いる(陳,2005;陳・坂野・笹川・村岡・金井・貝谷,
2004;Furukawa, Chen, Watanabe, Nakano, Ietsugu, Ogawa, Funayama, & Noda, 2009;金井,2008)。す なわち,スピーチ場面における自己評価の歪みの正確 な測定や,心理学的介入による変容を評価することが,
SAD 症状の変容を理解する上で重要であるといえる。
従来の知見によると,SAD 患者または社交不安の高 特性者は,自己のパフォーマンスを低く評価することが 報告されている。一方で,他者評価の違いについては研 究間で異同が存在する。しかし,この自己評価と他者評 価には大きな違いが生じていることが一貫して報告され ている。例えば,Rapee & Lim(992)は,スピーチ 課題の自己評価と他者評価についての比較を行ったと ころ,SAD 患者と健常群ともに自己評価が他者評価よ りも低く,自己評価に歪みが生じていると指摘してい る。なお,このギャップは SAD 患者のほうが大きいこ とが示されている。この自己評価の歪みについては,い くつかの研究で報告がなされている。例えば,Rapee &
Abbott(2006)の研究では,スピーチ場面での自己評 価は,SAD 患者・健常群ともに他者評価よりも低く,
SUMMARY
In Social Anxiety Disorder (SAD) research and treatment, the distorted self-perception in performance situations has been focused. However, the others' ratings of performance in exposure process haven't been clarified precisely. This study tried to reveal the change process of self-rating and others' rating in individual cognitive behavior therapy (ICBT) program. In present study, speech tasks were adopted to exposure situation in ICBT program. The results showed that present program improved SAD symptoms. Additionally, self-rating and others' rating was improved through ICBT program. On the other hand, self-rating was more negative throughout the program. These findings suggested the effectiveness of ICBT and revealed the feature of distorted self-perception in SAD.
健常群の自己評価の平均点は SAD 患者の他者評価より も低いことが報告されている。Stopa & Clark(993)は,
対人交流場面において,SAD 患者の方が健常群よりも 自己評価が低い一方で,他者評価には違いがないことを 報告している。つまり,社会不安が高いほど自己評価と 他者評価に大きな開きが存在し,自己評価の歪みが生じ ていると考えられる。これらの自己評価の歪みについて は,スピーチ課題を用いることによっていくつかの研 究で確認されている(Rapee & Lim, 992; Rodebaugh
& Chambless, 2002; Rodebaugh & Rapee, 2005)。 これらの自己評価と他者評価の関係性については,治 療過程における双方の変容プロセスについて,十分な解 明が進められていない。そこで,本研究では,SAD 患 者の双方の評価がエクスポージャーによりどのように変 容するかを検討することを目的とした。
方法
対象者対象者は,SAD 患者 3 名(男性 6 名,女性 7 名;平 均年齢 29.00 歳,SD=5.55)であった。対象者は,SAD の 個 人 認 知 行 動 療 法(Individual Cognitive Behavior Therapy;以下 ICBT)プログラムに参加した。研究デー タの公表については,プログラム開始前に十分なイン フォームドコンセントを実施たうえで,書面による同意 を得た。研究の実施については,早稲田大学人間科学学 術院研究倫理委員会の承認を得た。
SAD の ICBT プログラムは毎週 回 50 分・計 6 回 からなり,心理教育,エクスポージャー・認知的再体制 化・ビデオフィードバックにより構成された。エクスポー ジャー場面にはスピーチ場面を採用した。手順は Rapee
& Hayman(996),Rodebaugh(2004),Rapee &
Abbott(2007)と同様に,2 分間の課題準備と 3 分間 のスピーチ時間とした。スピーチ課題は,ICBT プログ ラム中にのべ 8 回施行された。
調査材料
Liebowitz Social Anxiety Scale
社会的状況の恐怖と回避の程度について測定するため に, 日 本 語 版 Liebowitz Social Anxiety Scale( 朝 倉・
井上・佐々木・佐々木・北川・井上・傳田・伊藤・松原・
小山,2002;以下 LSAS とする)を用いた。LSAS は,
SAD に関する臨床症状や治療効果の測定において,国内 外で広く使用されている尺度である。日本語版 LSAS は,
高い内的整合性,再検査信頼性,収束的妥当性を有し,
SAD 患者の臨床症状評価尺度として使用可能であること
が示されている(朝倉他,2002)。LSAS は 24 項目 4 件 法で測定を行い,高得点であるほど社会的場面での恐怖 の程度と社会的状況の回避の程度が高いことを意味する。
Short Fear of Negative Evaluation scale
SAD の中核的な認知的側面である,他者からの否定 的評価の恐れを測定する尺度である。30 項目 2 件法 の 日 本 語 版 Fear of Negative Evaluation scale が 石 川・佐々木・福井(992)により作成されたが,利用 の簡便性や有用性を考慮し,笹川他(2004)によって 2 項目 5 件法の短縮版が作成された。得点可能範囲は 2~60 点であり,SFNE の合計得点が高いほど他者か らの否定的評価への恐れが高い。
Speech Perception Questionnaire
Speech Perception Questionnaire(Rapee & Lim, 992; 以下 SPQ とする)は , スピーチ場面での自己評 価(SPQ-self)と他者評価(SPQ-other)を測定する尺 度である。SPQ は,7 項目 5 件法であり,合計得点が 高いほどスピーチ課題の自己評価および他者評価が否定 的であることを意味する。SPQ は,スピーチ場面のパ フォーマンスについての自己評価を測定する尺度とし て,広く用いられている。この SPQ は,自己評価を改 善する技法であるビデオフィードバックの効果測定にも 用いられる。SPQ はスピーチ課題に対する自己評価の 歪みを測定する構成概念妥当性や,高い内的整合性を備 えていることが報告されている(Rapee & Lim, 992)。 日本語版 SPQ の信頼性・妥当性については,城月・笹川・
野村(200)により確認されている。SPQ の自己評価 については,治療プログラム中のスピーチエクスポー ジャー直後に対象者に評定を求めた。他者評価について は,臨床心理学系の大学院生 2 名にビデオ映像を用い て評定を求めた。
分析方法
SPQ の自己評価と他者評価の違いについて,時期と 評価の種類を独立変数,評価得点を従属変数とする 2 要因の分散分析を行った。なお,他者評価については 2 名の得点を平均化して用いた。また,LSAS と SFNE について,プログラム前後の変化を対応のあるt検定に より比較した。
結果
LSAS と SFNE のプログラム前後の得点について,
対応のあるt検定を行った。その結果双方とも有意な
Table1 LSAS と SFNE の変化
低下が認められた(LSAS:t(2)=3.93, p<.0;SFNE:
t(2)=3.09, p<.0:Table )。
また,SPQ の自己評価と他者評価に関して 2 要因の分 散分析を実施したところ,有意な交互作用が認められた
(F(4., 98.67) = 9.73, p<.0)。Bonferroni 法 に よ る 事後検討の結果,SPQ-self は初回(2-)のスピーチ時と 他の回を比較したところ,すべての比較で有意に低下し ていた(ps< .0)。一方,SPQ-other は,初回(2-)と その他の回に有意な違いが認められなかった(ps> .0)。 しかし,2 回目(2-2)と 3 回目(3-)は 7 回目(5)と 8 回目(6)と比較すると,有意に低下していることを示 した(ps< .0)。各回の SPQ-self と SPQ-other の値を 比較したところ,3-2 と 4-2 を除き,有意に SPQ-self の 値が高かった(ps< .05)。なお,有意な時期の主効果お
よび群の主効果についても認められた(F(4., 98.67)
= 29.07, p<.0;F(, 24)= 9.68, p<.0)。
考察
分析の結果,SAD 患者の LSAS および SFNE はプロ グラム実施後に有意な低下を示していた。そのため,本 ICBT プログラムは,SAD 症状の改善に有効であること が認められる。従来のスピーチ場面を用いたエクスポー ジャーでは,CBGT による効果検証が多く示されてきた が,本結果は SAD の心理学的介入において,個人療法 の形態による治療効果を支持するものであるといえる。
また,分散分析の結果,交互作用および時期と群それ ぞれの主効果が認められた。事後検定の結果,SAD 患 者のスピーチの自己評価は,他者評価に比べて初回から Fig.1 スピーチパフォーマンスの自己評価と他者評価の変容過程
最終回まで否定的であったことが認められた。一方,自 己評価は 2 回目のスピーチ以降,初回の評価よりも改 善しており,エクスポージャーと認知的介入の併用に よって十分に低減することが明らかにされた。最終回時 の SPQ-self の得点は,城月他(200)の低社会不安者 のスピーチ後の評価得点(3.50)と同程度であり,十 分に健常者レベルまで低減していたことがわかる。
一方,他者評価に関しては,2 回目のスピーチ時の方 が,初回よりも評価が否定的であった。これは,2 回目 のスピーチ時に初回よりもうまく課題を行わなければな らないと考えていたという内省報告を行った参加者が多 く,結果として初回よりも回避的なパフォーマンスと なっていた可能性があると示唆される。しかし,自己評 価そのものは低減していることから,参加者自身の評価 は改善していることがわかる。また,最終的にはこの 2 回目のスピーチよりも値が低下していたことから,客観 的な他者評価に関しても,反復的にエクスポージャーを 実施することで,改善を示すことが明らかにされた。
これらの結果から,SAD 患者は,他者評価に比べて 自己評価の低いことが認められる。エクスポージャーを 繰り返した場合,自己評価が改善することは,従来の SAD 研究からも明らかにされている。本邦の SAD 患者 のスピーチパフォーマンスの変容プロセスについては,
基礎的資料が提示されていなかったことを考慮すると,
本研究は一定の資料的価値があると考えられる。また,
多くの従来の研究が指摘する通り,第 3 者による他者評 価は自己評価よりも高い評価を示すことが認められた。
一方,他者評価についてもエクスポージャーを重ねる ことによって,改善を示すことが認められた。最終回時 の SPQ-other の値は,城月他(200)における一般大 学生の行ったスピーチの他者評価の値と同程度まで低下 していた。そのため,SAD 患者のスピーチ課題におけ る客観的評価についても,エクスポージャーと認知的再 体制化の併用によって,十分に改善することが示唆され た。一方,最も評価の否定的であった 2 回目のスピー チ時においても,SPQ-other の値は 27.73 であり,自 己評価の値と比較すると,他者評価は肯定的であったこ とがわかる。すなわち,SAD 患者のスピーチパフォー マンスは,他者評価に比べて否定的自己評価に特徴づけ られるといえる。
本研究に関する限界と展望について述べる。第 に,
本研究では,ICBT プログラムに参加した SAD 患者の みを対象とした。そのため,厳密な統制群は設定されて いない。今後の研究では,ウェイティングリスト群や,
一般健常者などを対象として,一定期間前後の課題評価
を行い,比較検討を行う必要があるといえる。第 2 に,
エクスポージャーのセッティングに関してである。本研 究では,個人療法の形態をとっており,集団療法の形態 の治療効果との比較検討を行っていない。SAD の認知 行動療法では,個人療法と集団療法の双方が取り入れら れていることから,双方の治療効果の異同について解明 することが求められるといえる。第 3 に,フォローアッ プデータに関してである。本研究では,治療プログラム 内のデータを用いて検討を進めた。一方,プログラム終 了後の治療効果の維持については明らかにされていな い。今後の検討では,長期的な治療効果についてもデー タの提示を進めることが求められるといえる。
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