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公的年金における内部収益率と財政運営のあり方

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(1)

はじめに

本年2 月、年金改正に関する政府・与党案が提示され、現時点で国会審議中である。4 月 には民主党案も提示され、公的年金制度を中心とした年金改革の議論が本格化している。 今回の政府・与党案に関しては、過去の制度運営の経緯を考慮せざるを得ないという制約 条件の下、マクロ経済スライド等により給付と負担の問題に踏み込み、年金制度の持続可 能性を引上げた点は評価できる。一方、ライフスタイルに中立的な制度の実現に関し、厚 生労働省案が政府・与党案となる段階で、短時間労働者への厚生年金の適用を継続的な課 題に留めた点は、被用者、雇用者双方に対して働き方(雇い方)に関する裁量の余地を残すこ とになり、残念な結果と考える。 ところで、今回の公的年金改革案が最後の制度改革と考える向きは少ないであろう。首

公的年金における内部収益率と制度運営のあり方

みずほ年金研究所 主席研究員 小野正昭 (ono@mizuho-pri.co.jp) 注:本稿の意見に係わる部分及びあり得べき誤りは筆者個人に帰属する。

要 旨

○ 公的年金の運営にあたっては、いわゆる損得論よりも、リスクの認識とその処理方法を 議論することの方が重要と考える。議論の結果は、制度運営基準に反映される。 ○ 本稿では、賦課方式で運営される公的年金制度における制度運営基準を提案する。本提 案は、スウェーデンで導入されている「滞留期間」と「自動均衡機能」という概念を用いて いるが、「スウェーデン方式」といわれる給付体系以外の制度にも適用可能である。 ○ 「滞留期間」とは、定常状態の仮定の下、平均的な保険料拠出年齢(保険料拠出者の賃金 加重の平均年齢)から平均的な年金受給年齢(年金受給者の年金額加重の平均年齢)まで の年数、つまり保険料の拠出から年金の受給までの平均回収期間をいう。 ○ 「自動均衡機能」とは、定常状態の給付債務を実際の給付債務と比較することにより、給 付額を調整する仕組のことをいい、経済学者のいう「積立不足」をGDP に対して安定的 に運営するための機能ともいえる。 ○ 定常状態の給付債務は、保険料の総額に滞留期間を乗じることによって求められ、保険 料拠出集団が世代間の連帯として期待(または許容)する給付の基準となる。 ○ 本提案における「滞留期間」を設定するということは、長期にわたる人口の趨勢、賃金体 系、労働力率、失業率、労働時間、労働生産性、引退年齢等を通じて、我国の社会経済 のあり方を設定することを意味する。これは、重要な政策決定事項であり、国民全体の 目標ともなり得る。

(2)

相の公的年金一元化への取組に関する発言を引合いに出すまでもなく、さらなる制度改革 が必要であることは、論を待たない。改革案の検討にあたり、厚生労働省案が政府・与党 案になる段階で「数字合わせ」等の批判を浴びたことを見るにつけ、制度が持つリスクの認 識とその処理方法、および現状と将来とを結びつける方法を提供する合理的な制度運営基 準の必要性を痛感する。 本稿では、制度運営に関する新たな基準を提言する。この基準は、スウェーデンで導入 されている自動均衡機能と呼ばれるスライド・再評価の調整の仕組を強く意識しているが、 必ずしもスウェーデンのような「所得比例一本化(+最低保証年金)」や「仮想勘定制度」とい った特定の制度を前提とする必要はない。基準の導入により、制度運営の客観性が向上し、 かつ、早期の対応が期待できる1

1.内部収益率の一般論と限界

年金に関する経済学の本を読むと、「賦課方式における年金制度の内部収益率は、保険料 の賦課対象賃金の増加率である。」とされる。すなわち、内部収益率は、賃金上昇率と人口 増加率の和としてあらわされる。これは、2世代モデルを使用して、次のとおり説明され る。すなわち、第

n

期が就労期である者は第

n

+

1

期が老齢期であるとする(これを「第

n

世 代」ということにする)。人口の増加率

δ

を定数として、第

n

世代の人口

L

nは定数

L

0を使っ て、 n n

L

e

L

=

0

δ (1.1) と表わされる。就労期の個人は1 単位の労働を提供し、1 期の賃金上昇率は定数

ρ

とする。 すなわち、第

n

期の労働1 単位あたりの賃金

w

n

w

0を定数として、 n n

w

e

w

=

0

ρ (1.2) となる。保険料率を

c

、年金の給付水準(所得代替率)を

k

とする。賦課方式とは就労者の保 険料によって拠出時点の老齢者への給付を行なう財政方式であるから、 1 1 1 + + +

=

L

n

w

n

k

L

n

w

n

c

が成立する。

L

n+1

=

L

n

e

δであるから、保険料率と給付水準との関係は、

k

e

c

=

−δ

(1.3) 1 本稿における理論面の主要部分(第 1∼3 節)は、2003 年 9 月にスウェーデンで開催された世界銀行とスウ

ェーデン社会保険庁共催の“Conference on Notional Defined Contribution Pensions”での発表論文“The Rate of Return of Pay As You Go Pension System”, Ole Settergren & Boguslaw D. Mikula, September 1, 2003 を一部修整 したものである。スウェーデンの公的年金改革と自動均衡機能の適用方法に関しては、拙稿「スウェーデ ンの公的年金における自動均衡機能」(みずほ年金レポート No.36、2002 年 5 月)を参照。

(3)

である。ここで、第

n

世代の拠出と給付との比は δ δ ρ ρ + − +

=

=

e

w

k

e

e

w

k

w

L

c

w

L

k

n n n n n n 1 であり、 上記命題が証明される。 しかしながら、上記理論は現実の問題を説明しきれていない面がある。このことを、賃 金体系の変化および死亡率の変化を例にとって説明する。ここでは、現役1(若年就労世代)、 現役2(高齢就労世代)、引退1(若年引退世代)、引退2(高齢引退世代)の4世代モデルを使 用する。賃金上昇率および出生に起因する人口増加率以外の要素が影響することを説明す る目的のため、賃金上昇率と人口増加率は0 とする。

(1)賃金体系の変更の効果

現役1、現役2の 2 期間就労し、引退1の 1 期間のみ年金を受給するモデルを考える。 第1 期には各世代に同人数の被保険者が存在し、現役世代の賃金は各 1、年金の給付水準は 0.5、従って、保険料率は 0.25 とする。このような制度を継 続する限り、各世代の内部収 益率は、一律に0 となる。 いま、第2 期に賃金体系の 変更があり、現役2世代の賃 金が1.5 になったとする。総 賃金の増加を見込んでいな いため、第2 期における現役 1世代の賃金は0.5 となり、以降の各期における 2 つの現役世代による保険料の合計は 0.5 で不変となる。 ところで、第2 期における現役2世代が引退する第 3 期においては保険料の合計が 0.5 で あり、賦課方式による運営を前提とする関係上、この世代の年金は0.5 となる。0.5 の年金 給付は、現役世代の平均賃金の 50%を給付するという目的に対しては、整合的である。し かしこの世代は、現役1世代において0.25(=1×0.25)、現役2世代において 0.375(=1.5×0.25) の合計0.625 の保険料を拠出しているにもかかわらず、受け取る年金は 0.5 となる。従って この世代は、拠出対給付でみると0.125 の損失があり、2 期間の内部収益率は、1 期あたり 約-15%と計算される2 さて、予定利率を0 として各期の年金債務(責任準備金)を計算すると3、第1 期は 0.75、第 2 期は 0.625 となる4。年金債務の減少分0.125 は、この世代が拠出対給付の関係で放棄した 年金0.125 に等しいことがわかる。また、年金債務の増減率を第 2 期における制度全体の収 2 0.25× 2+0.375× =0.5 r r よりr≈0.85、従ってr−1≈−15%となる。 3 賃金上昇率+人口増加率を予定利率とするものの、仮定から0 となる。 4 第 1 期:0.5+0.5−0.25=0.75、第 2 期:0.5+0.5−0.375=0.625。 賃金 保険料・給付 賃金 保険料・給付 1 現役1 1.00 0.250 0.50 0.125 -2 現役2 1.00 0.250 1.50 0.375 -3 引退1 -0.500 -0.500 -4 引退2 -2.00 0.00 2.00 0.00 --16.67% -16.67% − 合計(収支) 1.500 3.000 1.500 平均年齢(現役) 平均年齢(引退) 1.250 滞留期間 1.750 3.000 0.625 財政上の損益 − -0.125 年金債務 0.750 変化率 世代 年齢

【表1】賃金体系の変更の影響

第1期 第2期

(4)

益率と考えると、-16.67%となる5。以降は、この年金債務の増減率を年金制度全体としての 内部収益率と考える(以上、表 1 参照)。

(2)死亡率の変更の効果

同様に死亡率の変更の効 果を考察する。第1 期は前記 と同様とする。いま、第1 期 末に死亡率の改善があった とし、第1 期における引退1 世代以降は引退2世代とな るまで生存し、年金を受給す るとする。現役1および現役2世代が引退1および引退2世代を支えるため、第 2 期以降 は引退各世代の年金は0.25 となる。 第1 期における引退世代1は、拠出した保険料 0.5 に対して第 1 期に 0.5、第 2 期に 0.25 の合計0.75 の年金を受給することになるため、この世代の内部収益率は約 25%となる6 (1)と同様に年金債務を計算すると、変更前の 0.75 に対して変更後は 1 となるが7、責任準 備金の増加0.25 は、この世代が拠出した保険料を上回って受給した年金 0.25 に相当する。 また、第2 期における年金制度の内部収益率は 33.33%となる(以上、表 2 参照)。

(3)滞留期間の利用可能性

ここで、前記 2 ケースにおける年金債務と滞留期間との関係について検討する。便宜的 に、現役1世代から引退2世代までの各世代の年齢を1歳から4歳、とする。滞留期間を 現役世代(保険料拠出世代)の賃金加重の平均年齢から、引退世代(年金受給世代)の年金額加 重の平均年齢までの年数と定義する。つまり、拠出した保険料の年金受給までの平均回収 期間と考えることができる。 第1 期においては、現役世代の平均年齢が 1.5 歳、引退世代は 3.0 歳であるから、滞留期 間は1.5 年である。表 1 の第 2 期では、現役世代の賃金加重の平均年齢が 1.75 歳に上昇す るため滞留期間は1.25 年に短縮、表 2 の第 2 期では、引退世代の平均年齢が 3.5 歳に上昇 するため滞留期間は2.0 年に伸長する。 滞留期間の変化率は、それぞれ-16.67%、+33.33%であり、年金債務の変化率に一致する。 さらに、いずれの場合も、各年度の保険料(現役の 2 世代合計で 0.5)に滞留期間を乗じたも 5 2 期末には、保険料に関して現役 1 世代が 0.125、現役 2 世代が 0.625 を蓄積しているが、給付は現役 1 世代が 0.125、現役 2 世代が 0.5 を確保することになるため、(0.125+0.5)/(0.125+0.625)-1≈-0.1667 となる。 6 0.25×r3+0.25×r2 =0.5×r+0.25より

r

1

.

25

、従ってr125%となる。 7 2 期:0.25×2+0.25×2+0.25−0.25=1.0。 賃金 保険料・給付 賃金 保険料・給付 1 現役1 1.00 0.250 1.00 0.250 -2 現役2 1.00 0.250 1.00 0.250 -3 引退1 -0.500 -0.250 -4 引退2 -0.250 -2.00 0.00 2.00 0.00 -33.33% 33.33% −

【表2】死亡率の変化の影響

年齢 世代 第1期 第2期 変化率 合計(収支) 平均年齢(現役) 1.500 1.500 平均年齢(引退) 3.000 3.500 滞留期間 1.500 2.000 年金債務 0.750 1.000 財政上の損益 − 0.250

(5)

のが年金債務に一致しているという点は、滞留期間が制度の構造を表わす重要な指標とな り得ることを示唆する。

2.定常状態における滞留期間の意義

次に、定常状態において、前述の滞留期間が年金制度の債務を算出する上で重要な役割 を果たすことを確認する。

(1)前提

確認にあたり、制度が定常状態であることを仮定する。ここで定常状態とは、①出生に 起因する人口増加率、死亡率が一定で人口構成が定常的、②年金制度の適用率(ここでは、 労働力率×(1−失業率)とする)、賃金体系、引退年齢、年齢別の受給者割合が一定、③賃 金水準(労働時間、労働生産性)、年金額が一定率で増加している状態をいう。次に、以下の とおり、記号を定義する。

x

:年齢

r

:引退年齢(年金支給開始の最低年齢)

ω

:生命表の最終年齢 x

l

:生命表による

x

歳の生存者数(

l

0

=

1

) x

A

x

歳における人口に対する年金制度の適用率(=労働力率×(1−失業率)とする) x

W

:全年齢の平均賃金に対する

x

歳の平均賃金の比率 x

R

x

歳における人口に対する引退者(年金受給者)の割合

δ

:出生に起因する人口増加率

ρ

:平均賃金の上昇率

ϕ

:支給開始後の年金スライド率が賃金上昇率を下回る率8 x

L

:定常状態における

x

歳の人口( x x x

L

l

e

L

=

0

−δ⋅ )

W

:単位時間あたりの平均賃金

c

:定常状態において必要な賦課方式の保険料率

k

:支給開始時の年金の所得代替率(現役世代の平均賃金に対する比率) スライド・再評価に関しては、年齢

r

歳までは

ρ

r

歳以降は

(

ρ

ϕ

)

が適用されるもの とする。なお、年金財政上の予定利率は、

ρ

+

δ

とする。

(2)滞留期間

保険料拠出者の賃金ベースの加重平均年齢

x

aは、次のとおり表わされる。 8 例えばスウェーデンでは、支給開始後の年金は原則として平均賃金上昇率−1.6%でスライドするため、 016 . 0 = ϕ である。日本の場合(平成 16 年改正前)は、(手取)賃金上昇率と物価上昇率との差にあたる。

(6)

=

⋅ − ⋅ − ω δ ω δ 0 0

dx

W

A

e

l

dx

W

A

e

l

x

x

x x x x x x x x a (2.1) 一方、年金受給者の年金額による加重平均年齢

x

pは、次のとおりである。 ( ) ( )

=

⋅ + − ⋅ + − ω δ ϕ ω δ ϕ 0 0

dx

R

l

e

dx

R

l

e

x

x

x x x x x x p (2.2) 定義により、滞留期間

TD

(Turnover Duration)は、次のとおりである。 a p

x

x

TD

=

(2.3)

(3)年金債務

予定利率を

ρ

+

δ

として年金債務

V

を計算すると、次のとおりとなる。 (2.4) ここで、n|

p

x

x

歳の者の

n

年後の生存確率を表わす(

=

l

x+n

l

x)。一方、保険料の総額

C

は、次のとおりである。

=

=

⋅ − ⋅ − ω δ ω δ 0 0 0 0

dx

W

c

A

e

l

W

L

dx

W

W

c

A

e

l

L

C

x x x x x x x x (2.5) 賦課方式を前提とした保険料率

c

は、以下の関係式を満たす。 ( )

ω

−δ⋅

−ϕ −

=

ω

−δ⋅

0

L

0

l

e

R

k

W

e

dx

0

L

0

l

e

A

x

c

W

W

x

dx

x x r x x x x (2.6) ( )

=

⋅ − − − ⋅ − ω δ ω δ ϕ 0 0

dx

W

A

e

l

dx

R

e

l

k

c

x x x x x r x x x (2.7)

C

V

を整理すると、以下のとおりとなる。 ( )

∫ ∫

∫ ∫

=

⋅ − ⋅ − − − ⋅ − ω δ ω ω δ ω ω δ ϕ 0 0 0

dx

W

c

A

e

l

dx

du

W

c

A

e

l

dx

du

R

e

k

e

l

C

V

x x x x x u u u u x u r u u u (2.8) ( )( )

[

( ) ( ) ( )

]

( )

[

( )

]

( )

[

]

∫ ∫

=

=

=

− − ⋅ − − − − − − ⋅ − − − − − − + − − ⋅ − ω ω δ ϕ ω δ ω δ ϕ ω δ ω δ ρ ρ ϕ ρ 0 0 0 0 | 0 0 |

dx

du

W

c

A

e

k

R

e

l

W

L

dx

du

W

W

c

A

e

W

k

R

e

p

e

l

L

dx

du

e

W

W

c

A

e

W

k

R

e

p

e

l

L

V

x u u r u u u u x u u r u u x u x x u x x x x u u u r u x u u x u x x u x x

(7)

ここで式(2.7)を代入すると、式(2.8)は次のとおり整理される。 ( ) ( )

TD

x

x

dx

W

A

e

l

dx

W

A

e

l

x

dx

R

e

l

dx

R

e

l

x

C

V

a p x x x x x x x x x x x x x x

=

=

=

⋅ − ⋅ − + − + − ω δ ω δ ω δ ϕ ω δ ϕ 0 0 0 0 (2.9) 従って、前節において予想した、次の滞留期間と年金債務との関係が確認できた。

TD

C

V

=

(2.10) ここで注意すべきことは、拠出と給付の関係において、式(2.6)が成立していることである。 このことは、賃金体系の変更や死亡率の変更の度に、この関係を維持するように拠出と給 付との関係を調整することの担保が前提となる、ということである。スウェーデンの場合、 死亡率の変更(低下)は年金額を算出するための仮想勘定残高に対する除数の増加を通して、 同じ支給開始年齢であれば年金額が低下する措置を組み込むことにより、この関係が担保 されている。

3.公的年金の内部収益率

公的年金制度の運営において、被保険者である各コーホートの内部収益率が賃金上昇率 と人口増加率の和(

ρ

+

δ

)を基準とする、というコンセンサスを前提とすれば、賦課方式制 度においても上記年金債務

V

(

=

C

TD

:保険料の拠出実績に滞留期間を乗じた額)までの給 付に関しては、世代間の移転財産として、積立を行なわなくても運営可能と考えられる。 その意味で、この額は賦課方式における財政チェックのための指標と考えられる。スウェ ーデンでは、この額を「保険料資産」といっている。 実際の年金債務

PL

が保険料資産を上回った場合、差額に相当する額を積み立てているか が問題となる。すなわち、積立金を

F

とすると、財政が均衡しているとは、以下の関係を 満たしていることといえる。

0

=

+

TD

F

PL

C

(3.1) 時刻

t

で微分すると、制度の損益としては、次を満たすことが要請される。

(

+

)

=

+

+

=

0

dt

dPL

dt

dF

dt

dTD

C

dt

dC

TD

dt

PL

F

TD

C

d

(3.2) 実際の公的年金制度の内部収益率を

i

と置くと、式(3.2)は次のとおりとなる。

(

)

{

+

}

{

+

(

)

}

=

0

+

+

F

j

C

P

PL

i

C

P

dt

dTD

C

dt

dC

TD

0

=

+

+

F

j

PL

i

dt

dTD

C

dt

dC

TD

(8)

PL

j

F

PL

dt

dTD

C

PL

dt

dC

TD

i

+

+

=

(3.3) ここで、

j

は積立金の運用収益率、

C

は時間あたりの保険料拠出額、

P

は時間あたりの 給付支出である。つまり、制度の内部収益率は、保険料拠出のもととなる賃金総額の増加 という規模の変動要素(第 1 項)、死亡率の変化・人口増加率の変化・賃金体系の変化・年金 制度の適用率の変化等による滞留期間の変化による構造の変動要素(第 2 項)、および積立金 の運用収益の要素(第 3 項)の合計となるように調整される。これによって、制度の財政的バ ランスは保たれるが、調整は主にスライド・再評価率の調整をとおして給付を調整するこ とを意味する。 なお、このような調整は、賃金総額とGDP とが安定的な関係を保っていることを前提と すれば、経済学者のいう「積立不足」をGDP に対して安定的に運営するための機能ともいえ る。

4.公的年金の制度運営と課題

これまで見てきたように、賦課方式を前提とする公的年金の制度運営においては、保険 料を拠出する世代が支えることのできる身の丈として、定常状態の年金債務(保険料資産) の概念を導入することが有効である。そこで、具体的運営方法と、その留意点・課題につ いて、検討してみたい。

(1)運営方法

①計算基礎率の設定 出生に起因した人口増加(減少)率、死亡率、引退年齢、年金制度の適用率、賃金構造、年 金受給者の比率を設定するとともに、賃金上昇率、インフレ率、積立金の運用利回り等を 設定することになる。設定した基礎率にもとづく滞留期間を算出する。滞留期間の算出に あたり適用する制度は、経過措置を含まないものとする9。基礎率設定にあたり、厚生労働 省、国立社会保障・人口問題研究所といった諸官庁とともに、社会保障審議会、中でも先 頃年金数理部会で設置が検討された「技術作業委員会(仮称)」の役割に期待したい10 ②適正保険料率および保険料資産の算出 上記基礎率を使用して、想定している最終的な給付設計の下で、適正な保険料率を算出 する。当然ながら、賦課方式の保険料率を算出するため、予定利率は(賃金上昇率+人口増 加(減少)率)となる。ここで最終的な給付とは、前記①と同様、現在適用されている経過措 置(受給資格期間、支給率、支給開始年齢等)を含まない、すなわち、本則の給付ということ 9 すなわち、受給資格期間、支給開始年齢、支給率等に関して経過措置的に適用される規定を含まない、 ということである。 10 厚生労働省ホームページ(http://www.mhlw.go.jp/shingi/2004/03/s0302-5c.html)参照。

(9)

である。保険料の賦課ベースとなる総賃金に適正保険料を乗じ、さらに滞留期間を乗じた ものを保険料資産とする。 ③実際の年金債務の評価 次に実際の被保険者分布、賃金分布、年金受給者の分布にもとづき、現に支給されてい る、またはこれまでの保険料拠出によって受給が期待される給付の現在価値を評価する。 評価する際の基礎率は、①で設定したものと同じとする。②で算出した定常状態の年金債 務にあたる保険料資産との乖離は、以下のような様々な要因による。 ア. 実際の人員構成が定常人口と異なること イ. 実際の賃金体系、年金制度の適用率等が想定と異なること ウ. 実際の給付が最終的な給付設計と以下の点で異なること ○ 高齢者の給付が制度が未成熟な時代の水準となっていること ○ 受給資格期間、支給開始年齢、支給率、制度改定時の移行措置等による経過的取扱い を反映していること ④バランスシートによる調整 以上により算出された保険料資産、実際の年金債務、および評価時点における積立金を 使用してバランスシートを作成する。バランスシートにおける貸借比率(=(保険料資産+積立 金)/年金債務)を計算し、1 に満たない場合は、スライド・再評価にあたり、(1-貸借比率) に相当する率を差し引く。この方法は、政府・与党案にあるマクロ経済スライドによる給 付額の調整方法と整合する方法と考えられる。 以上述べた方法は、一旦制度運営が軌道に乗れば、制度運営の結果発生する積立金の運 用パフォーマンスによる損益、年金支給開始後の死差損益等は貸借比率を通じて国民全体 で分かち合う一方で、支給開始前における死亡率の変化等によって発生する将来の給付水 準は、平均余命の変動分だけ金額または支給開始年齢が調整されることにより同一コーホ ート内でリスクを負担する、という非常に納得性の高い運営方法となる。

(2)制度運営にあたっての課題

これまで述べてきた運営は、現役、引退の各世代にとって納得性の高い方法である一方 で、いくつかの検討課題がある。ここでは、考えられる課題と対処案について検討してみ たい。 ①基準適用時の剰余/不足の処理 本運営基準はこれまで想定していなかったものであるため、基準適用時のバランスシー トには、多額の剰余/不足が計上されることが予想される。まずは、評価してみることが 重要と考えるが、特に大幅な不足であった場合の対処方法を考えておかなければならない。 財政不足の要因には、これまで給付に見合った保険料となっていなかったこと、出生率・

(10)

死亡率や就業構造の変化等が考えられるが、多くは国民全体で共有すべきものと考える。 対処方法としては、以下の 3 つが考えられるが、負担の帰属と実現性の観点から、イの案 が妥当と考える。 ア. 不足相当分を一気に給付調整する イ. 不足額を一定期間にわたり繰延べ認識し、段階的に調整する ウ. 不足額を償却するための保険料を別途設定する ②理論上の保険料と実際の保険料との差 スウェーデンの運営方式が我国の制度において機能しない理由として、我国が段階保険 料方式を採用していることが指摘されている。すなわち、最終的な保険料率を固定したも のの、引上げ途上の期間における運営方法で行き詰まる、ということである。理論上の保 険料と実際に適用される保険料との差は、式(3.3)の導出過程で出現した

F

の微分における

C

(実際の保険料)と

PL

の微分における

C

(理論上の保険料)との差額であり、実際の保険料 が不足していれば、貸借比率を低下させる原因となる。 保険料率の適用による不足は多分に人為的なものと考えられるため、当該不足要素は保 険料拠出者の将来の給付発生の不足に見合う減額で対処することが理に叶っている、と考 える。 ③老齢給付以外の給付 本運営基準は、基本的には拠出と給付との関係が強いと考えられる老齢給付に馴染む。 遺族・障害給付を含む定常状態の年金債務を評価して、これを保険料資産として財政をチ ェックすることで、これらの給付を含めて運営することは可能と考えられる。しかし、一 方で(遺族・障害給付における)最低保証給付などの存在が、バランスシートによる調整機能 を制限する懸念もなくはない。保険料の拠出実績との関連性がやや弱くなるこれらの給付 に一般財源を充当する、という考え方もできなくはない。 ④基礎率の設定 滞留期間の計算にあたり、人口増加率、死亡率、年金制度の適用率(労働力率、失業率)、 賃金体系、引退年齢、賃金上昇率(労働時間、労働生産性)、インフレ率等を設定しなければ ならない。これら基礎率には、年金制度の中だけで決定できないものが多い。 例えば、人口増加(減少)率を見込まないことは、特に人口が減少傾向にある場合、財政的 見地からはリスクの先送りにつながるし、財政の安定化のためには最も重要な要素とも考 えられる。しかし、今回の年金改革案のもととなった平成14 年の人口推計では、長期的な 合計特殊出生率を中位推計で1.39 と見込んだことにより、2000 年から 2050 年までの 50 年 間で、年少人口および生産年齢人口は、年平均1%前後減少すると予測されている。これを 見込むか否かによって、制度運営は様変わりする。 人口増加(減少)率に限らず、労働力率、失業率、労働時間、労働生産性等は、我国の社会 経済のあり方を設定することを意味する。重要な政策決定事項であるが、これを重荷と考

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えるか、あるいは政策を総動員して達成する国民全体の目標と積極的に捉えるかが問われ ている気がする。

おわりに

公的年金は、世代毎の拠出と給付の関係をもとに表面的な不公平を論じたり、企業年金 型のバランスシートから世代間の問題を表面に出して財政の建て直しを論じることには馴 染まない、と考える。しかし、国民の支持が前提の制度であり、公的年金制度に対する国 民の信頼に応える改革を行なうことが、国の責務であることも事実である。 今回示した公的年金の制度運営基準は、いわゆる損得論から一線を画したものであり、 リスクの認識と処理方法に着目している。このため、理屈は難解であるが、その効能につ いては納得性が高いものと考える。加えて、客観的で早めの対処が期待できる点で、有効 な基準である。ご意見、ご批判等、いただければ、望外の幸せである。 以上

参照

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