沿岸観光地域における
津波避難シミュレーション分析
松本 拓朗
1・神谷 大介
2 1学生会員 琉球大学大学院 理工学研究科(〒903-0213 沖縄県中頭郡西原町字千原 1) 2正会員 琉球大学准教授 工学部環境建設工学科(〒903-0213 沖縄県中頭郡西原町字千原 1) 観光客を災害から守るためには,自治体の対応が主となるが,小規模自治体の場合はその対応が困難であ る.そのため住民の協力,自治体主導の観光地域における防災力向上への取り組みに住民の参加が必要不可 欠である.本研究では,石垣市を対象とし住民の防災意識・共助意識に着目した津波避難シミュレーション を行い,その効果を明らかにする.住民が避難誘導を行うためには,住民の自助意識および,呼びかけ意識 が高い必要がある.前者については地震から避難開始までの時間を,後者については呼びかけ率をパラメー タとする.住民数 4870 人,観光客数 5897 人を対象に,各パラメータを変化させ,避難完了人数により効果 を明らかにする.呼びかけ率を変化させると避難成功者数は合計で 650 人程度の差が表れた. キーワード 観光客・防災意識・共助意識・津波災害・津波避難シミュレーション1. はじめに
2011 年 3 月 11日,東日本大震災が発生し,沿岸部に 大規模な津波が押し寄せた.観測された津波の高さは 9.3m 以上1)を記録し,各地に甚大な被害をもたらし,こ の地震による死者・行方不明者は 1 万 9 千人を超え,津 波による死者がその大半を占めているのが特徴である. これにより沿岸各地で避難路や防災に対する関心が高ま っており,津波避難対策の見直しが進められている. 2004 年スマトラ島沖地震津波では休暇の時期という 要因もあり,プーケット等の世界的ビーチリゾートにお いて,観光客も甚大な被害を被った.観光客はその観光 地域の災害リスクを認知していないため,被害が大きく なったと考えられる. 上の例に示すように沿岸観光地域はその土地の災害リ スクを認知していない観光客が多数訪れており,津波災 害などの災害には脆弱である.観光客を災害から守るた めには自治体の対応が主となるが,小規模自治体の場合 はその対応が困難となると考えられる.そのため観光客 を災害から守るためには住民の協力,自治体主導の観光 地域における防災力向上への取り組みに住民の参加が不 可欠である. そこで,複数の情報を登録し,運用することができる MAS(マルチエージェントシミュレーション)を用い て,津波災害を対象に,住民の呼びかけが観光客の避難 成功率に及ぼす影響を明らかにする. 本研究では,過去に明和の大津波の経験があり,地震 津波災害リスクの高い沿岸観光地域である石垣島の市街 地を対象に,住民の防災意識を避難開始時間,共助意識 を呼びかけ率などに変換し数値化し,変化させ,シミュ レーションに反映させることで避難状況を調べ,防災意 識による津波避難の成功率の差異を明らかにすることを 目的とする.2. 石垣島の概要
沖縄県において 2016 年の入域観光客数は 876 万 9200 人であり,沖縄県が目標としている観光客数 1200 万人 に向けて増加傾向にある. 石垣島は沖縄県に属する離島であり八重山諸島の中心 となる島である.石垣島を含む八重山諸島の入域観光客 数を図-1 に示す.石垣島における観光客数は,2013 年 に新石垣空港が開港したこと,それに伴い LCC が就航 したことにより観光客が増加している. 石垣島における観光の中心は,周辺に離島が多いこと から離島周遊観光である.離島周遊観光の拠点となるの は石垣港離島桟橋であり,この周辺には観光客が集中し ている.石垣港離島桟橋を含む周辺市街地の多くは埋め 立て地であり,図-2 に示すように津波が発生すると甚 大な被害が想定される 2).石垣島南方沖で地震が発生し た場合には,10 分前後で津波第一波が到達すると想定 されている. また,石垣島は 1771 年の明和の大津波により甚大な 被害を経験した島である.石垣市大浜にはこの津波によ って打ち上げられた巨大な津波石も存在する.津波が発 生した 4 月 24日には,毎年慰霊祭が行われている.3. シミュレーションの条件設定
(1)エージェントの種類と行動方法 避難を行うエージェントは大別して,避難者(住民) と観光客の 2 種類である.各エージェントに共通してい ることは,徒歩避難であること,海側へは避難しないこ とである.避難者の特徴は避難場所を把握しており,観 光客の特徴は避難場所を知らず,立ち止まることである. 避難場所を知っているエージェントは,避難場所まで最 短距離で移動する.また、避難場所を知らない観光客は 避難を開始すると周囲(暫定)10mの範囲を見回して, 避難者を見つけた場合は避難者と同じ場所へ移動する. 見つけられなかった場合はその場で立ち止まる.また, 避難所に到着した時に避難所が満杯の場合は,避場所か ら最も近い避難場所へ移動する. 0 2 4 6 8 10 12 14 1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月 ( 万 人) 2015年 2016年 2017年 図-1 八重山諸島の入域観光客数 想定地震 地点最大水位最大遡上 第1波 1 5.7m 14.8m 12分 2 4.5m 12.8m 21分 3 3.6m 5.2m 35分 4 6.1m 14.6m 19分 石垣港 想定地震 地点最大水位 最大遡上 第1波 1 12.8m 18.0m 8分 2 11.8m 15.5m 16分 3 2.9m 3.8m 40分 4 14.2m 16.4m 17分 登野城漁港 想定地震 1-石垣島南方沖 2-石垣島東方沖 3-石垣島北方沖 4-八重山諸島南方沖 図-2 浸水想定と第一波到達時間 (2) 避難者数の設定 対象地域の総人口を避難者数とする.対象地域の総人 口及び世帯数は 2010 年度の国勢調査3)より設定した. 地図境界線で対象地域と対象地域外で区切られている字 別対象区域内人口(字登野城,新栄町,字大川,字石垣, 字新川)は区域内世帯数に対象字平均世帯人員を乗算す ることにより算出する.また,15 歳未満と 75 歳以上の 避難者は個人での避難が困難であると考えられることか ら,保護者もしくは家族と一緒に避難するという設定の もと 15 歳未満と 75 歳以上の避難者は省くものとする. 字別対象区域内人口,世帯数,一世帯当り人員を表-1 に 示す. (3) 観光客数の設定 石垣市の年間観光客数は,2015 年度八重山入域観光 客数 4)より年間 1115051 人となっている.しかし,石垣 市における日単位の観光客数は不明である.また,2015 年 8 月の調査で離島桟橋およびユーグレナモールの時間 単位の観光客数は把握しているが,他の研究対象地域の 日単位の観光客数は不明である.よって,本研究では 2014 年度 8 月八重山入域観光客数を用いて,図-3 の対象 地域の観光客数フローより対象地域の観光客数を推定す る. (4) 避難先 対象地域の避難場所は,津波浸水想定範囲外もしくは 石垣市が指定している津波避難ビルが考えられる.石垣 市が指定している津波避難ビルには収容人数が存在する. 津波避難ビルの場所を図-4,避難ビル名と収容人数を表 -2に示す. 表-1 字別対象区域内人口・世帯数 字名 一般世帯数 各字人口 (人) 1世帯当り人員 (人/世帯) 浜崎町 344 720 2.093 美崎町 222 365 1.643 八島町 14 34 2.382 新栄町 108 307 2.822 字新川 128 315 2.456 字石垣 356 830 2.331 字登野城 591 1379 2.331 字大川 370 920 2.488 総計 2133 4870 2.318図-3 観光客数設定フロー (5) エージェントの初期配置 石垣地区の津波浸水範囲を 8 つに区分した字,計 4870 人,2133 世帯のエージェントを各字の境界点(ノ ード)に均等に配置する.また,観光客については 2015 年 8 月の調査で得られたピーク時の離島桟橋および ユーグレナモールにおける観光客数をそれぞれに配置す る.次に,昼間の観光客 5007 人は小売・土産物店舗に いると仮定し,各字に存在する小売・土産物店舗数の割 合で観光客を配置する.同じく夜間の観光客 3383 人は 飲食店にいると仮定し,各字に存在する飲食店の店舗数 の割合で観光客を配置する.観光客の配置フローを図-5 に示す. (6) 各エージェントの避難速度 各エージェントの避難速度は「2013 年度津波避難対 策推進マニュアル検討会報告書」5)を基に,年齢及び観 光客,時間帯などを考慮して以下のように設定した.昼 間の歩行速度として 15-19 歳を 1.4m/s,20-64 歳を 1.4m/s, 65 歳以上 75 歳未満を 1.1m/s とする.また,観光客など の地理的に不案内な者は 1.0m/sとした.夜間においては 歩行速度が 80%程度に低下することから,昼間避難速 度に 0.8 を乗算した数値を夜間の歩行速度とする.なお, 今回においてはエージェントの混雑による速度低下は考 慮しない.エージェント避難速度を表-3に示す. 図-4 津波避難ビル場所 表-2 避難ビル一覧 番号 避難ビル名 収容限界 人数 (人) 番号 避難ビル名 収容限界 人数 (人) 0 Aビル 270 5 Eビル 450 1 Bビル 850 6 Fビル 250 2 Aマンション 550 7 Gビル 2200 3 Cビル 500 8 Hビル 2500 4 Dビル 150 図-5 観光客配置フロー
(7) エージェントの呼びかけ率 観光客は、周囲に存在する避難者から呼びかけられ, 避難場所へ誘導されることで避難を開始する.そして, 呼びかけられなかった場合はその場に立ち止まる設定と なっている.しかし,避難者が観光客へ避難を呼びかけ るかどうかは人の性質によるところが大きく,正確に数 値で表すことはできない.そのため,避難者が周囲に存 在する観光客へ避難を呼びかける割合を 20%,50%, 80%の 3 パターンに数値を変化させ,呼びかけによる避 難行動が観光客の避難成功率にどのような影響を与える かを検証する. (8) エージェントの避難開始時間 エージェントの避難開始時間は,「津波避難ビル等に 係るガイドライン,2005」6)より,昼間時は地震発生 2-5 分後に避難開始することができ,気象庁は地震発生から 約 3 分で津波警報を発表することを目標としていること から,昼間時の避難開始時間は地震発生 2 分後,3 分後, 5 分後,津波到達時間である 12 分後の 4 つに区切り,時 間経過で避難者が単調増加する設定とする.また,避難 開始時間も呼びかけと同じく避難者の個人属性によると ころが大きいため,正確な数値にすることはできない. そのため,避難者の避難開始時間の区切りを防災意識が 高い,中程度,低いの 3 段階に区分し,避難者の割合を 単調増加で変化させる.エージェントの避難開始時間を 図-5 に示す. (9) シミュレーションの終了時間設定 本研究に用いる津波到達時間は対象地域が石垣港周辺 表-3 各エージェントの避難速度 エージェ ント区分 昼間避難速度 (m/s) 夜間避難速度 (m/s) 15-19歳 1.4 1.12 20-64歳 1.4 1.12 65-74歳 1.1 0.88 観光客 1 0.08 図-5 エージェントの避難開始時間 を中心としているので,津波第一波到達時間である 12 分をシミュレーションの終了時間とする.なお、登野城 漁港の数値については,津波到達時間が 8分と非常に早 く到達するため本研究では用いない事とする.
4. シミュレーションの結果と考察
(1) ケース昼間時のシミュレーション結果 ケース昼間時の津波避難成功率のグラフ及び津波避難 成功者数と津波避難成功率の表を図-6,表-4に示す.住 民の避難成功率は呼びかけ率に関わらず,避難開始時間 のパラメータとなる防災意識によって違いが出てくる. また,観光客は呼びかけ率が高いほど避難成功率も上が ることが判明した. (2) ケース夜間時のシミュレーション結果 ケース夜間時の津波避難成功率のグラフ及び津波避難 成功者数と津波避難成功率の表を図-7,表-5に示す.昼 間に比べて夜間は全体的に避難成功率が減少するが傾向 は変わらないと言える. (3) 防災意識および共助意識を考慮した考察 ケース昼間,夜間,両ケースの避難成功率のグラフで ある図-6,7 を見ると同じ呼びかけ率においては防災意 図-6 ケース昼間時の避難成功率 表-4 ケース昼間時シミュレーション結果識が高い(避難開始割合が高い)ほど住民及び観光客の 津波避難成功率が高くなっていることが分かる.また, 防災意識が同程度であった場合においても住民による観 光客への呼びかけ率が高いほど観光客の津波避難成功率 が高くなっていることが分かる.このことから,積極的 な観光客への避難の呼びかけが有効であることが分かっ た.つまり,観光地の津波避難に関して,住民及び観光 客は早急な避難は当然であるが,多くの住民が地理的に 不案内である観光客などに対して避難の呼びかけを行う 共助意識の向上が避難成功の一因となっていることがわ かる. (4) 避難場所の収容限界人数を考慮した考察 最も避難成功率が高い場合である,ケース昼間,呼び かけ率 80%,防災意識が高い時の各避難場所の収容人 数を表-6に示す.また,その時のシミュレーション終了 時の画面を図-8 に,その点の凡例を表-7に示す.表-6か ら Aビル,Cビル,D ビル,Fビルの計 4 つの避難場所 が収容限界に達していることが分かる.この 4つの避難 場所の共通点として,収容限界人数が他と比べて少ない という点があげられる.また,図-8 から再避難者であ るオレンジ色の点が Aビルと G ビル,H ビルの付近に 存在していることが分かる.G ビルの再避難者は,D ビ ルからのエージェントであり,H ビルの再避難者は Cビ ルからのエージェントである.特に,G ビルの収容人数 は 1895 人と最も多く,D ビル,Fビルの再避難者エージ ェントを受け入れている避難場所であると考えられる. このことから、再避難者を減らすための方法として,A ビルと G ビルに避難してくるエージェントの最初の何 割かを他の避難場所へと避難が間に合うように誘導する ことで,収容限界に余裕ができ避難完了時間の手前で避 難を開始したエージェントも避難できるようになると考 えられる.また,誘導が難しくとも D ビル,Fビルの周 囲には 4階建て以上の建物や避難場所候補などが多数存 在するため,その知識を他の人と共有することが出来れ ば,再避難者をなくすことが可能であると考えられる. (5)避難成功率が高い場合と低い場合の差異について 最も避難成功率が低い場合である,ケース夜間,呼び かけ率 20%,防災意識が低い場合の各避難場所の収容 人数を表-8に示す.また,その時のシミュレーション終 了時の画面を図-9 に示す.点の凡例については表-7と同 様である.表-8から Cビル,D ビル,Fビルの計 3 つの 避難場所が収容限界に達していることが分かる.また, 図-9 と図-8 と比べると避難開始時間が遅くなり,再避 難者は少なくなったものの避難者の数が圧倒的に増えて いることが分かる.また,呼びかけ率も低いため,各地 図-7 ケース夜間時の避難成功率 表-5 ケース夜間時シミュレーション結果 表-6 各避難場所の収容人数 番号 避難ビル名 収容限界人数 (人) 収容人数 (人) 0 Aビル 270 270 1 Bビル 850 518 2 Aマンション 550 361 3 Cビル 500 500 4 Dビル 150 150 5 Eビル 450 147 6 Fビル 250 250 7 Gビル 2200 1895 8 Hビル 2500 1429 津波想定範囲外 なし 5038 図-8 ケース昼間シミュレーション終了時の画面
区に立ち止まっている観光客が見受けられる.この観光 客が立ち止まっている原因としては,住民の数が少ない ということが呼びかけ率が低い一因としてあげられる. 特に,八島町はケース昼間の観光客数は 107 人,ケース 夜間の観光客数 91人と決して他の地区と比べて多いわ けではないが,住民の数が 34 人と他の地区と比べても 圧倒的に少ない.図-8 を見ると八島町に立ち止まって いる観光客が固まっている.これらと図-6,7 の防災意 識と呼びかけ率の増減による避難成功率の上昇率の比較 から観光客の避難成功率を大きく左右するのは防災意識 の向上ではなく,呼びかけなどの共助意識の向上である ことがわかる.また,避難成功率の差異が最大で約 25%の差異があることから,防災意識と共助意識の向上 が避難成功率に与える影響が大きいかが分かる. 表-7 点の凡例 色 点の意味 赤 避難場所 黄 避難者 オレンジ 再避難者 (1回目の避難場所が満杯で 避難完了が出来ずに 次に近い避難場所に 移動している避難者) 青 観光客 表-8 各避難場所の収容人数 番号 避難場所 収容限界人数 (人) 収容人数 (人) 0 Aビル 270 224 1 Bビル 850 493 2 Aマンション 550 322 3 Cビル 500 500 4 Dビル 150 150 5 Eビル 450 92 6 Fビル 250 250 7 Gビル 2200 982 8 Hビル 2500 308 津波想定範囲外 なし 2652 図-9 ケース夜間シミュレーション終了時の画面