ラ・ベルマの『フェードル』: 別離の苦悩とラシー ヌの詩句
松原, 陽子
九州産業大学国際文化学部 : 准教授
https://doi.org/10.15017/1906132
出版情報:Stella. 36, pp.135-143, 2017-12-18. 九州大学フランス語フランス文学研究会 バージョン:
権利関係:
ラ・ベルマの『フェードル』
──別離の苦悩とラシーヌの詩句──
松 原 陽 子
はじめに
『花咲く乙女たちのかげに』では語り手「私」が初めてラシーヌの『フェード ル』を観劇する場面がある[I, 440] 1)。「私」はスワンから大女優ラ・ベルマの 話を聞かされており,彼女が演じる『フェードル』を観たいと両親に懇願する
[I, 434]。観劇の前に「私」は『フェードル』の告白の場景での台詞を唱える が[I, 434-435],当初,草稿カイエ 67 の該当箇所で引用されていたのは別の 場面のフェードルの独白であり,その台詞もまた最終稿では他の箇所に移され ている。これら一連の変更はいったいなぜなされたのか。
この問いに答えるために,本稿では『花咲く乙女たちのかげに』と『ゲルマ ントの方』を取り上げ,「私」がラ・ベルマの『フェードル』を観劇する箇所,
次いで彼女の死後,「私」がフェードルの告白場面に思いを巡らせる箇所を中心 に見ていきながら,草稿と最終稿との比較を通じて変更点を確認し,それらの 改編の理由を探ることによって,『失われた時を求めて』においてラシーヌ悲劇 の詩句がどのような役割を果たしているのかを考察する。
フェードルの台詞と「私」の心情
ラ・ベルマが演じる『フェードル』を観劇に行く前に,「私」はある台詞を繰 り返す──
私は,思いつく限りのありとあらゆる抑揚を探りながら,「急なご出発で私たちから遠 く離れて行かれるとやら……」と長台詞を繰り返しとなえ,ラ・ベルマが見つけた抑 揚の意外さをより確かに測ろうとした。[I, 434-435]
これは旅立つイポリットにフェードルが告白をする場景の台詞である。ところ
面の台詞であった──
そこで私は,何時間も「髪の毛を結い上げる,なんとわずらわしい手よ」とつぶやき 続けた。私は憔悴しきった女性になりきっていたので,肉体の真実が錯覚の真実のな かに私をとどめているように,その時,肩を落として,目を半ば閉じ,あごを胸に当 てていた。 2)
こちらは,義理の息子に対し許されぬ恋に落ちてしまったフェードルが苛立ち,
嘆く場面の台詞である──
無駄な飾り,このヴェールの重いこと!
わずらわしい手よ,こんなに結び目をつくって,
苦心して私の額の上に髪の毛をかき集めてどうするのか? 3)
最終稿ではこの台詞は,『スワン家の方へ』のなかで子どもの「私」がサンザシ に別れを告げる場面に移行される──
この年は,いつもより早く私の両親がパリに帰る日を定めていたが,出発の朝に写真 を撮るために髪を巻かれ,未だかつてかぶったことのない帽子を注意深くかぶせられ,
ビロードの外套を着せられた私を母はあちこち探し回って,やっと,タンソンヴィル に隣接している急勾配の小さな坂道で私が涙にくれて,棘のある白いサンザシを腕に 抱きしめて,サンザシたちに別れを告げているところを見つけた。私は,悲劇の王女 のように,無駄な飾りの重みに耐えかね0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0,苦心して額の上に私の髪をかき集め0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0,すべ0 0 ての結び目を作ったわずらわしい手0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0に対して恩知らずに,引き抜いたカールペーパー と新品の帽子を足で踏みつけていた。[I, 143] 4)
「悲劇の王女」とはフェードルのことであり,傍点部はラシーヌの『フェード ル』から引かれた彼女の台詞である。サンザシとの別れに子どもの「私」が感 じる悲しみは,禁断の恋に王女が覚えた懊悩にたとえられている 5)。
このように観劇前に「私」のつぶやく劇の台詞は草稿と最終稿では異なるが,
この変更の理由を探るためには「私」にとって『フェードル』の告白の場景が いかなる意味を持つのかを考察する必要があろう。
『失われた時を求めて』において問題の台詞を声に出すのは「私」だけではな い。すでに指摘されているように,劇場でラ・ベルマによって解釈された詩句
を,語り手の「私」は肉声を通した台詞として繰り返し耳にし,それを自分の 物語に取り込むのである 6)。『消え去ったアルベルチーヌ』では,新聞で女優 ラ・ベルマの死を知った「私」は,改めて告白の場面について考え[IV, 41],
そして自分が唱えたり劇場で聴いたりした台詞が,自らの人生で待ち受ける運 命を示していると信じるのである[Idem]。
ラ・ベルマの死後,告白の場面におけるフェードルの台詞を静かに一つひと つ振り返る箇所でも,「私」は台詞に自分自身が実際に体験したジルベルトやア ルベルチーヌとの恋の挿話の予言を見出している[IV, 41-43]。ここで「私」は 家を去ったアルベルチーヌを引き戻そうと手紙を出すのだが,どうでもよく なっていたはずの相手が出て行ったことで,かえって執着を示す「私」の心の 動きは,去り行くイポリットに告白せずにはいられないフェードルの心情に重 ねられている[IV, 41-42]。
アルベルチーヌ宛の手紙をフランソワーズに託した後,前者が戻ってくると 考えると「私」は後悔し始め,彼女が申し出を拒否して戻ってこなければよい と願い始める[IV, 41]。しかし手紙がまだ投函されていないと知ったとたん,
「私」はふたたび手紙を送ることに執着する[IV, 41-43]。同様にフェードルも また,自分の告白に対しイポリットが誤解していたと謝ると,やはり告白の言 葉を伝え,最後まで自分の運命を試してみたくなる。
語り手の「私」はフェードルの告白の場景に,アルベルチーヌへの手紙をめ ぐって揺れる自分自身の心を重ね見る。告白を聞いたイポリットに拒絶された 時のフェードルの反応について「私」は以下のように考える──
しかし,もし彼〔イポリット〕がこのように憤慨しなかったとしても,幸福が達成さ れていれば,フェードルは同じようにその幸福にはほとんど価値がないという気持ち になったかもしれない。ところが,彼女は幸福が達せられないと見てとるやいなや,
またイポリットが誤解したと信じて謝るやいなや,さきほどフランソワーズに手紙を 返したところである私と同じように,彼女は拒絶が彼からなされることを望み,自分 の運を最後まで試してみたいと願うのだ。[IV, 42]
このように揺らぐ心は,「私」がラ・ベルマの『フェードル』を観に行く前にも 見られる。「私」の体調を案じる医者の忠告に従って両親は「私」が劇場に行く ことを禁じていたが[I, 434],いったん彼らの許可が得られると,「私」は観
れた『フェードル』のポスターを見,差し迫る観劇の実現を感じると,再び期 待に胸をふくらませるのである[I, 436]。
以上のように観劇前に「私」が繰り返し暗唱する台詞は,「私」の心の揺れ動 きに通じるものになっている 7)。だが,草稿で引用された詩句のほうはフェー ドルが腹心の乳母エノーヌに対して言う独白であり,同様の感情の動きを表す ものではなかった。それゆえ告白の場面の台詞の方が観劇前の「私」の心の動 きを表現するのに適しているとして選ばれたのであろう。
ラ・ベルマ評
カイエ 67 では,女優が登場する直前にも「私」は不安を感じ,気まぐれだと 噂される彼女が劇場に姿を現さないのではないかと祖母に言う[I, 997] 8)。最 終稿でも「私」は,観客の行儀が悪いせいでラ・ベルマが演技の質を落とし,
不満を表明するのではないかと彼女の登場前に心配する[I, 439]。
このように大きな期待と不安を持ってラ・ベルマの演技を観た「私」は,さ ほどの悦びが得られず落胆し[I, 441-442],その晩「私」の両親に招かれた外 交官のノルポワ氏にそのことを打ち明け,ラ・ベルマの魅力を説明してもらお うとする[I, 448-449]。すると彼は女優の衣装や演技の簡素さや役の好みの良 さを褒めて「私」を納得させるのだが[I, 449],草稿・カイエ 67 ではラ・ベ ルマではなく,そのモデルとされる実在の女優サラ・ベルナールがフェードル を演じる設定であり[I, 997-999] 9),また「私」が観劇の失望を打ち明け,女 優の演技について説明を求める相手もノルポワ氏ではなく,スワンであった
[I, 1000-1001b] 10)。これらの変更の理由は,どう説明できるのであろうか。
草稿では女優の演技について「私」の問いに答えるスワンの解説は,最終稿 でのノルポワ氏のものとは異なっている。後者がラ・ベルマを評価するのは役 の好み等の選択における趣味の良さであるが[I, 449],スワンの方は女優の「物 腰の高邁さ,オリエントの女王のような雰囲気」を強調する[I, 1000] 11)──
スワンがこうしたことを言い終わるやいなや,私の内に情熱が呼び起こされ,私はそ の女優から引き出していたイメージを再び捉えたのだ。私は桜の花で散りばめられた 貫頭衣を着た彼女を目の前に見出そうとして,彼女の上げられた腕,微笑む顔を見た。
そして,私は自分に言い聞かせた。このイメージが物腰の高邁さ,オリエントの女王
のような雰囲気なのだと。[I, 1000] 12)
『失われた時を求めて』でスワンは芸術家になりそこねた人物として登場する が,芸術に造詣が深く,「私」にとってその指南役である。草稿では彼の言葉に よって「私」は女優についての考えを改める設定だったが,最終稿ではスワン に替えてノルポワ氏を登場させる構成上の必要が生じたのであろう。乏しい説 明しか出来ない後者との昼食後,スワン家でのベルゴットとの昼食の席で「私」
は自分が抱いた観劇の印象を豊かにするように,段階を経て「私」が女優の演 技を理解していく新たな展開が窺えるからである。
スワン夫妻のもとで「私」はベルゴットに会い,ラ・ベルマが演じた『フェー ドル』について語る[I, 550]。ベルゴットは,女優が手を肩の高さに上げる場 面でその演技が複数の芸術作品を思い起こさせたと言う[Idem]。なかでもエ レクテイオンの娘たちを想起し,古代的な要素があると指摘する[Idem]。
一方「私」は『フェードル』の舞台装置について,緑色の照明が好きだとベ ルゴットに言う[I, 551]。これに対しベルゴットは,青緑色の照明に海神ネプ チューンの復讐が暗示されていることを認めながらも,その仕掛けは少し行き 過ぎだと批判する[I, 551-552]。だが,ノルポワ氏とは異なり,ベルゴットが
「私」の反対意見を徹底的に斥けるということはない──
強力な考えは反論者にもある程度の力を与えるものである。そうした考えは精神の普 遍的な価値に関与しているので,それが反論している相手の精神に入り込み,隣接す る考えの真ん中で接ぎ木されるもので,相手はそのような隣接する他の考えに助けら れ優位を取り戻し,接ぎ木された考えを補い,修正するのである。従って最終判決は ある意味,議論し合っていたふたりの人物の作品となるのである。[I, 552]
ベルゴットの主張とは異なり,ノルポワ氏の議論は現実性を欠くために,相 手の反論を認めぬものだということを「私」は理解する[Idem]。おそらく最 終稿ではノルポワ氏とベルゴットの対照が際立つように,スワンの名前はノル ポワ氏のそれに変更されたのではないだろうか。
2 度目の観劇
『ゲルマントの方』では,「私」はオペラ座にラ・ベルマが再演する『フェー ドル』を観に行く[II, 336]。以前は「私」にとってラ・ベルマこそ絶対的な存
「私」は女優に無関心になっており,度々暗唱した『フェードル』の詩句さえも うはっきりとは思い出すことができない[II, 338]。
だが皮肉なことに,かつて「私」が必死になっても理解できなかった彼女の 才能は,関心が薄れた今になって初めて明らかになる[II, 347]。ジルベルトに 恋をしていたとき,「私」は相手への強すぎる期待と欲望のために幻滅したのと 同様に,以前はラ・ベルマの演技に対する過度の期待のあまり対象を見失い,
失望してしまったことを理解するのである[II, 348-349]。
『花咲く乙女たちのかげに』で「私」が初めてラ・ベルマの『フェードル』を 観劇する箇所では描写の焦点は劇に絞られていたが,ここではラ・ベルマの演 技についてだけでなく,オペラ座を占める貴族たち──彼らの社交の様子やゲ ルマント大公夫人とゲルマント公爵夫人の髪形や装い──も描かれている。こ のことは,ラ・ベルマが絶対的な存在ではなくなり,「私」の関心の対象が移っ たことを示していよう。すなわち,それはゲルマント公爵夫人である。
カイエ 54 では,アルベルチーヌが去ったのち,「私」はある晩,彼女に会う ためラ・ベルマの観劇をとりやめたことを不意に思い出す 13)。この出来事のた めにラ・ベルマやフェードルの思い出にアルベルチーヌの甘美なイメージが重 なり 14),かつて絶対的な存在だったラ・ベルマは別の恋の対象に取って代わら れるのである。
とはいえ,ラシーヌの『フェードル』が「私」の心情を表すライトモチーフ として『失われた時を求めて』を通して現れることに変わりはない。カイエ 30 においてオペラ座で上演されるラ・ベルマの劇はラシーヌの『フェードル』で はなく,フランソワ・コッペの『通りすがりの人』であったが[II, 1069],最 終稿ではオペラ座で「私」が観る劇が『フェードル』に変更されたのも,そう した理由で説明することができよう。
別離の苦悩と『フェードル』の詩句
『消え去ったアルベルチーヌ』では,アルベルチーヌが去った後,「私」が感 じる苦悩には,少年時代に「私」がコンブレーで感じた不安が加わる──
今やヴェネツィアへの欲望は私から遠く離れてしまったことだ。昔,コンブレーで母
に私の部屋に来てほしいというただひとつのことにだけ執着する時間になると,ゲル マント夫人を知りたいという欲望が私から遠く離れていったように。そして実際,こ の新たな苦悩に呼び寄せられ,押し寄せ,その苦悩を補強し,大きなひとかたまりに なって,その苦悩にまざり合ったのは,私が子ども時代から感じていたあらゆる不安 であった。[IV, 8]
そもそも草稿では,アルベルチーヌが去った後に「私」が感じる苦悩は,以 前コンブレーで夕べ毎に感じた不安と一体化するだけでなく,悲劇的な別れを 経験する様々な文学作品の登場人物の懊悩に重ねられていた[IV, 630-631]。列 挙されているのは,クレーヴの奥方やフロマンタン『ドミニック』のマドレー ヌ,ジョージ・エリオット『フロス湖畔の水車小屋』に登場するマギー,ウォ ルター・スコット『ロブ・ロイ』のダイアナ・ヴァーノンなど,すべて女性で ある。さらに「私」がアルベルチーヌとの別離に際して思い浮かべるのは,『赤 と黒』のレナール夫人と『パルムの僧院』のクレリア・コンティ,ラシーヌ悲 劇『バジャゼ』のロクサーヌであり[IV, 632],ラシーヌ悲劇『アンドロマッ ク』のエルミオーヌは繰り返し名が挙げられている[Idem]。
草稿のなかで併せて注目に値するのは,若いピアニストの恋人に捨てられた シャルリュスが相手への思いを吐露する際,「私」に向かって『クレーヴの奥 方』や『アンドロマック』から度々文章を引いて暗唱し,エルミオーヌとクレー ヴの奥方に自らを重ね合わせる場面であろう[IV, 634]。「私」と同様,シャル リュスが自分の感情を見出すのもまた女性の作中人物なのである。
これらの人物の名前が『消え去ったアルベルチーヌ』で削除されたのは,ア ルベルチーヌを連れ戻そうとする「私」の感情の揺れを,告白の場面でのフェー ドルの心の動きだけを介することでいっそう際立たせるためではないだろうか。
いずれにせよ,「私」の苦悩が女性の作中人物のそれに重ねられていることに変 わりはない。
コンブレーで幼い「私」がサンザシの花と別れる場面でも『フェードル』の 独白が引用されていたことを想起するならば,恋人との離別の苦悩だけでなく,
花との別れに「私」が感じた悲しみもまた悲劇の王女のそれに重ねられるので あり,したがってラシーヌ劇の詩句は『失われた時を求めて』において別離に 懊悩する「私」の心情を表現するために用いられているといえよう。
『花咲く乙女たちのかげに』と『ゲルマントの方』において,「私」による
『フェードル』の観劇の場面を中心に,草稿から最終稿への変更点を考察し,小 説の場面に応じて『フェードル』の引用が選択されていることを確認した。幼 い「私」がサンザシの花と引き離されて感じる悲しみはフェードルの苛立ちに 重ねられ,さらには観劇の前に「私」が繰り返し唱える台詞,すなわちフェー ドルのイポリットに対する告白は,「私」の心情や恋人に去られた「私」の苦悩 を表現する仕掛けになっている。また,観劇後に「私」が意見を求める相手に ついては,スワンからノルポワ氏へと設定を変更することで,後者と作家ベル ゴットとの見識の対照が際立ち,「私」が段階を経て劇評を学んでいく過程が鮮 やかに構成されていることも今や明らかであろう。
ラ・ベルマの死後,「私」にとってフェードルによる告白の場面は,ジルベル トやアルベルチーヌとの恋愛,ひいては人生で待ち受ける運命を表すものとな る。このように『フェードル』は『失われた時を求めて』全体を通して繰り返 し引用され,ライトモチーフとなったことは,草稿の段階で観劇の場面に登場 した戯曲が最終稿では『フェードル』に変更された事実によっても裏づけられ よう。これに連動して,草稿で言及されていた数々の文学作品の登場人物の苦 悩は消しさられ,アルベルチーヌとの別離による「私」の悲しみはフェードル の恋の懊悩だけによって表現されることとなった。かくしてラシーヌの詩句は,
『失われた時を求めて』において子ども時代の「私」の悲しみから「私」の恋愛 における苦悩までを幅広く表現するにいたったのである。
註
1 ) 『失われた時を求めて』の参照には以下の版をもちい,本文中の[ ]内に巻数とペー ジ数を記す(訳はすべて拙訳)── Marcel PROUST, À la recherche du temps perdu, Paris : Gallimard, coll. « Bibliothèque de la Pléiade », 4 vol., 1987-1989.
2 ) Cahier 67, transcription diplomatique, Simone DE LESALLE-ROWLSON et Lydie RAUZIER ; introduction, analyse et index par Francine GOUJON ; notes par Simone
DE LESALLE-ROWLSON et Lydie RAUZIER ; diagramme par Simone DE LESALLE- ROWLSON, Francine GOUJON et Lydie RAUZIER, 2 vol., Turnhout : Brepols / Paris : Bibliothèque nationale de France,, 2016, f o 8 vo.
3 ) Jean RACINE, Œuvres complètes, édition présentée, établie et annotée par Georges FORESTIER, Paris : Gallimard, coll. « Bibliothèque de la Pléiade », 1999, p. 826.
4 ) 傍点強調は引用者。
5 ) Voir notre article « Le théâtre dans le roman : le lien intertextuel entre la Recherche et Phèdre », in Proust et Alain-Fournier. La transgression des genres 1913-1914, sous la direction de Mireille NATUREL. Préface d’Agathe CORRE- RIVIÈRE. Postface de François BON, Paris : Honoré Champion, 2017, pp. 77-78.
6 ) Annick BOUILLAGUET, Écriture imitative : pastiche, parodie, collage, Paris : Nathan, 1999, p. 101.
7 ) 拙論「プルーストのラシーヌ──彷徨う言説」,『早稲田大学大学院文学研究科紀要』
第 54 輯,早稲田大学大学院文学研究科,2009 年 2 月,103-105 頁参照。
8 ) Cahier 67, op. cit., f o 9 ro. 9 ) Ibid., f o 1 ro.
10) Ibid., f o 13 ro; f o 14 ro. 11) Ibid., f o 14 ro. 12) Ibid., f o 14 ro.
13) Cahier 54, transcription diplomatique, note et index par Nathalie MAURIAC-DYER, Francine GOUJON, et Chizu NAKANO, 2 vol., Turnhout : Brepols / Paris : Biblio- thèque nationale de France, 2008, f o 143 vo.
14) Idem.