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0600250‐同大ITEC‐6号/6号‐Novello‐PDF

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第 2 回 TEC ディナーセミナー

「日本の博士に未来はあるのか?」

● 開会の辞

中田

喜文

同志社大学大学院ビジネス研究科・総合政策科学研究科教授

ITEC センター長

こんにちは。本日はお忙しい中にもかかわらず、お集まり いただきありがとうございます。 今日は少し挑発的なタイトルで、TEC ディナーセミナー を開催したいと思います。おそらく、今日お集まりの方の半 分くらいは博士号をもっておられる方でしょうから、非常に 身につまされる話もあるかと思います。最近、中央教育審議 会から答申が出されました。その答申の一部が非常に歪曲さ れ、本来のコンテキストから外れて伝わっているようです。 多数の新聞が「論文博士はやめよう」、「日本には論文博士が 必要ない」という趣旨で審議会答申のエッセンスを表してい たかと思います。しかし、よく読んでみますと、まったく違っ たことが書かれています。そういうものが必要ないというよ りは、むしろ企業は今後もそういうものをうまく使って、モ チベーションの向上をはかるべきだと、そういう趣旨が答申 の中に含まれています。新聞紙上に表れたことがどうしてそ のような本来の趣旨から外れていたのかについて疑問が残り ますが、我々としては、良い機会ですから、少し議論をして みたいと思います。 TEC ディナーセミナーとは、ITEC の研究員や関係研究員 が、行政の方や企業の方とともに、我々が今まさに考えてい ること、研究していることについて、活発に意見交換するた めの場であります。今回は、日本の将来のイノベーションを 担う博士号をもった方々を日本という社会はどのように遇し ていくべきなのか、そして、よりイノベイティブな社会に変 えて行くために、企業、行政、そして、大学は何をなすべき かについて、是非皆さんと議論してみたいと考えております。 活発な議論となることを期待しています。 同志社大学 技術・企業・国際競争力研究センター ニュースレター

▼ TEC ディナーセミナー …………1

▼ インタビュー ………9

▼ ITEC ニュース ………12

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● 報 告 1

「高学歴就職浪人と内部労働市場型企業/即戦力型企業の関係性」

藤本

昌代 同志社大学社会学部助教授

今回は、高学歴就職浪人と内部労働市場型企業/即戦力型 企業の関係性というテーマでお話いたします。以下では、① 「ポスドク 1 万人計画」とその後、②大企業が求める研究人 材、③即戦力型指向企業の実情、④先細る研究機関の求人、 ⑤「オーバーポスドク問題」、⑥オーバーポスドクへの提案 という順序で話を進めてまいります。 ①「ポスドク 1 万人計画」とその後 2001 年に始まりました「第二期科学技術基本計画」のな かに「ポスドク 1 万人計画」というものがありました。ポス ドクというのは、博士学位取得後の若手研究員のテンポラ リーなポストのことです。一般的には博士学位取得後の研究 者はなんとなくイメージとしてはそのまま大学の先生になる のだろうと思われているでしょうが、実はかなり多岐にわた るキャリアパスを歩んでいます。日本では諸外国に比べて研 究者のモビリティが非常に低く、そのことが問題視されるよ うになってきました。そこで、政府は、研究者のモビリティ を高めるべく、若手研究者向けの任期(3 年平均)付き雇用 制度であるポスドク制度を発足させました。 研究機関にとってポスドクは非常に便利な存在です。原則 として、任期終了後のポスドクを再雇用する義務はありませ ん。研究機関は、予算があるかぎり、新しいポスドクを補充 することができます。私も調査するまではわからなかったの ですが、自分のところの博士課程を出た学生ですと、やはり 師弟関係があって、先生たちとしても何とかその人を育てて あげようという気持ちをもたれるようですが、ポスドクの場 合には自分が育てたわけではないし、あくまでも一人前の研 究者として迎え入れているので、そのような気持ちをもちに くいようです。ポスドクは正規雇用でなく、その人件費は大 きなプロジェクトの研究費の中から発生します。それゆえ、 研究機関がポスドクを雇い入れることにかかる負担は相対的 に軽いようです。 従来の研究者の雇用形態は、何年か前までは、事務職と同 様に、終身雇用が一般的でしたが、最近では、やはり事務職 (特に女性事務職)と同様に、正規雇用と非正規雇用の混在 型になっています。 博士課程修了者の主たるキャリアパスとしては、①大学の 研究者(終身正規雇用)、②公的研究機関の研究者(終身正 規雇用)、③企業研究所(終身正規雇用)、④大学・公的研究 機関の研究者の任期つき正規雇用、⑤大学・公的研究機関の 研究者の任期つき非正規雇用(ポスドク)をあげることがで きます。もちろん、今もっとも大きな問題になっているのが ⑤の人たちで、実際、彼・彼女らの多くが行き先に困ってい ます。 では、任期終了後のポスドクはどうなるのか。企業研究所 に就職する人たちの場合は事業を意識した研究職になってい くのですが、ポスドクになった人たちの場合は、大学や公的 研究機関の専任職を目指して日々研究に精進することになり ます。任期中に大学や公的研究機関に応募し、次年度の身分 保障を得ようと努めます。それが駄目だった場合、次のポス ドク採用への応募をします。つまり、自分の研究が認められ るために、専門性をどんどん高める努力をします。そして、 どこかの専任ポストを得ようと努力をし続けるわけです。博 士課程終了後、若手研究者とよばれる年齢の間に流動可能な のは 2 サイクル(1 サイクル 3 年)ですので、2 サイクルを 経ると 35 歳を超えてしまい、若手研究者と呼ばれるには厳 しい状況になります。2 サイクルを超えてしまったポスドク は行き場を失ってしまいます。 ② 大企業が求める研究人材 「第二期科学技術基本計画」には「ポスドク1万人計画」 によって生み出されたポスドクの多くがまるで企業によって 受け入れられるかのような楽観的としか言いようのない記述 が載っています。本当に企業がポスドクを求めているのかと いうと、あやしいところです。2001 年秋にいくつかの企業 の人事担当者にインタビューを行なっています。多くの企業 では、修士課程修了者を採用し、新しいプロジェクトへ柔軟 に対応させるという方法をとっていました。新しいプロジェ

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クトをたてるときには、研究人材を外部の労働市場からピッ クアップするのではなく、内部でまかなわれていました。な かには「他社にないオリジナルの研究をするとき、他にはな い研究をするわけだから、外に良い研究者がいるとは限らな い。うちの企業はエースをいっぱい採用しているのだから、 誰もやったことのない研究をするにしても、優秀な人材がい るから外からとる必要がない」とはっきりおっしゃる方もい らっしゃいました。インタビューからは、論文よりも事業化 を重視する企業ほど研究者に専門にこだわるより柔軟に新し いことをやるよう求める傾向があることがうかがえます。 それから、外部転出を狙う研究者は論文重視の行動パター ン(学会での受賞や研究成果を重視するパターン)をとるわ けですが、企業では社内での異動などがあり、最後まで中央 研究所にいられるとは限りませんので、事業部に移ったこと を想定して事業所でのリーダーシップ、ネットワークを意識 した行動パターンをとります。基礎研究に固執し、共同姿勢 をもたない研究者は事業部では「結構です、いりません」と 押し戻されることもあるそうです。 そして、40 歳くらいになって外部転出できる業績が蓄積 されず、しかも事業化にも関心を示さない研究者はだんだん 社内評価が下がっていくそうです。それゆえ、企業に勤務す る研究者は、研究指向から事業化指向へ転換しなければなり ません。 近年、企業では中途採用が増えていますが、しかし、企業 での就業経験がなく、いくつかの研究機関に No thank you と言われた人をほしがるところはひとつもありませんでした。 また、企業研究所のトップが期待する若手研究者の能力とい うのは、何より第一に人の話を聞けること、第二に自分の話 をきっちり説明できること、そして第三に専門能力となって おりました。企業研究所において若手研究者といわれるのは 修士卒の 20 歳代半ばです。それに対し、オーバーポスドク と呼ばれる人たちは 35 歳を超えています。そのくらいの年 齢は企業では課長クラスであり、リーダーシップをとって、 マネジメントに当たることとなり、自分の研究しかしない、 リーダー経験のない人は No thank you となるそうです。と いうことで、企業が求める若手の年齢とオーバーポスドクの 年齢との間にギャップがあります。 ③ 即戦力型指向企業の実情 では、どこもオーバーポスドク研究者を必要としないのか というと、そうではありません。先端研究を行なっているベ ンチャー企業の場合、修士レベルの人材を雇うとなると、専 門知識が不足し、再教育の必要がありますが、それを行なえ るだけの経済的余裕がありません。そうした企業は、すぐに 専門分野のことを理解し、最終的な目標に対してやるべきこ とを自ら考えられる、自ら問題解決の道筋をたてられる、非 常に専門性の高い即戦力人材を必要としています。 ところが、オーバーポスドクのほうはどうかというと、ベ ンチャー企業の組織生命に不安感をもっています。それに、 2 サイクルも不安定なポスドクをやっていると、次こそは終 身雇用だと考えがちです。ある独立行政法人研究機関の調査 を行なったときに手伝ってくれた旧帝大の修士課程の院生が 次のようなことを言っていました。「ぼくも 35 歳くらいに なったときには結婚もしたいし家庭ももちたい。だけど、そ のときに就職先がなくて、研究のほうも『もう研究しなくて いいよ』とばさっと切られるくらいだったら、企業の研究所 に就職したい。自分の机が与えられて、明日の自分の身分が どうなるのかを考えることなく自分の研究に専念できるから、 企業のほうに僕は行こうと思う」。 また、ベンチャー企業の場合、研究だけでなく外部者への 説明などのコミュニケーションも求められ、社会的スキルが 著しく低い若手研究者を採用するのは厳しい状況があります。 ④ 先細る研究機関の求人 大学・国立試験研究機関の独立行政法人化とは、収支が独 立採算制になるということであり、それは自分たちのところ で損を出さないように考えなさいということです。そうする と、テンポラリーなプロジェクトの資金でポスドクを雇うこ とに対しては非常にオープンマインドな国立行政法人も、正 規雇用となると途端に厳しく人物評価を行ないます。 また、少子化による学生数の減少、私立大学の経営難、地 方国公立大学の合併などを背景に、大学でのポストが少なく なり、労働市場はより一層厳しいものになっています。です ので、博士課程に進学せずに終身雇用の企業に進もうと考え る若い人が増えてもしかたがない状況です。 ⑤「オーバーポスドク問題」 最近、「オーバーポスドク問題」と呼ばれるものが社会問 題になりつつあります。子どものときには数学や物理ができ たら「君は秀才だ」とほめられて、大学院を出てうまく就職

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できなかったら、今度は「お前は馬鹿だ、自己責任だ」とは ねられる。それは、絶対安全と思って足をかけたハシゴを突 然パーンとはずされるような状況です。それでは、若い人た ちが理系研究者はリスクが高くて損しそうだと思ってもしか たないと思います。少なくとも博士号を得ただけでは就職で きない時代であることは間違いありません。 「ポスドク 1 万人計画」以降の研究者労働市場をかえりみ ないポスドク量産政策は、ひとりで歩いていけるかどうか疑 わしい人までどんどん輩出しており、これはかなり危険な状 況であると思います。 研究人材派遣やそれに関するデータベースを利用する企業 の側の声にふれておきますと、ポスドク 2 サイクルが終わっ た人、つまり大学院修了時の就職、ポスドク 1 回目終了時の 就職、ポスドク 2 回目終了時の就職のすべてにおいて No thank you と言われた人なんかいらないと言われるんですね。 それに、電子ネットワーク上のデータベースでは、その人の 責任感や人物保証、コミュニケーション能力などを確認する ことが難しいので、怖くて使えないというようなお話もあり ました。また、共著論文量産の自然科学系の研究者に関して は、公表された業績だけでは個人の研究能力を見極めにくい というお話もありました。ということで、データベースへの アクセス自体もしてない方が多いようです。 ⑥ オーバーポスドクへの提案 大学院生の方に知っておいてほしいのは、研究を託しても いいと思われる研究者になれなかった場合、社会は「自己責 任」を突きつけてくるということです。院生のなかには指導 教授が何とかしてくれるものと本気で思っている人が結構い ます。ところが、ほとんどの先生たちは何もしてくれません。 研究のチャンスはいくらでも与えてくれますが、就職に関し て手取り足取り世話してくれる先生はごくまれです。「研究 する機会を与えて、巣立てるところまではしたんだから、あ とは自分で何とかしなさい、一人前の研究者だろ」というこ とになるわけです。よそからオファーがかかるレベルになれ なかったときには、誰も死に水をとってくれないので、博士 課程・ポスドクへ進む際には、そこまで覚悟しておかねばな らないと思います。逆にいうと、研究志向の進路選択をする なら、チャレンジしたことがだめだった場合のための 2 つ目、 3 つ目、4 つ目の手立てを自分なりに考えておかないと危険 であると思います。それがないと、40 歳になって、どうに も研究者の道が閉ざされたりしたら、にっちもさっちもいか なくなります。 こういうテーマについてお話しますと、「もう 35、40 になっ た人に今からいったって価値観が変わることはないよ」とよ く言われます。しかし、オーバーポスドクの高度な専門知識・ 技術を活かすためにも、当事者自身に研究だけがすべてだと いう考え方を捨てていただくことが必要があると思います。 大学や公的研究機関での就職がかなわなかった方々を活用す るためにも、インターフェイス機関のリエゾンや TLO といっ た、専門知識をもった人でないとなかなかコーディネートし にくいような分野が彼らの受け皿になればと思います。その ためにも、若手研究者の皆さんには、研究が一番崇高だとい う思考ではなくて、もっと多様性のある考え方をもっていた だきたいと思います。 先日の産学連携推進会議でお聞きした話では、ベンチャー 企業に就職できる人、ポスドクにつける人もまだいいほうだ とのことです。ドクターコースに進学したがポスドクにさえ 一度も就けず、学位を取ったけれども何にもなれない、非常 勤だけでやっているというような人もたくさんいるそうです。 非常勤だけではなかなか生活が難しくて、一般の派遣会社に 行って、時給 1,000 円くらいの事務業務に就く人たちもたく さんいるそうです。 そうした状況下で若手研究者に求められるのは、まず何よ り、研究以外の業務への対応姿勢です。また、大手研究機関 指向、つまり、大手に行って安定的な仕事しか自分は嫌だ、 つぶれるかどうかわからないようなベンチャーにはいきたく ないといって、じっと動かないでいることをやめてもらわな ければなりません。ベンチャーでも嫌がらずに行ったほうが、 のちのち終身雇用につながるのではないかと思います。さら に、社会的スキル、コミュニケーション能力の向上も非常に 重要な課題です。修士課程修了後 10 年を経た同世代の企業 人、35 歳の企業人との社会的スキルの差を埋めつつ、高い 専門性を応用する人材へと展開するというような方向性も視 野の中に入れておかないと、研究者以外絶対にやらないとい うような形でやっていくと、非常に危険です。このままでは、 ニートと同じくらい深刻な高学歴就職浪人が爆発的に増えて しまうのではないかと危惧しています。私の報告は以上です。 ありがとうございました。

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● 報 告 2

「企業は大学

(博士)

にどんな人材を望むか?」

市原

達郎 財団法人京都高度技術研究所

京都ナノテククラスター事業総括

1.二つの前提 ここでの議論には二つの前提があります。まず、果たして 地球に未来はあるのか。私は 2040 年でプッツンくるとふん でいます。したがって、使い古された言葉をあえて使うなら、 沈みゆくタイタニックの上で椅子を並べ替えるような話をい つまでやっているのだと強く感じています。いまひとつは、 もう少し身近な話ですが、ドクターに限らず日本のアカデミ アが産業界(特に製造業)に対して新しいものを育てる作業 をほとんど行なっていないということはよく言われますが、 でも、その矛先を大学に向けて「だから大学はもっと頑張れ」と 言うのはまったくナンセンスな話であるということです。と いうのは、日本企業の委託先のほとんどは海外の大学です。 つまり、日本の大学というのはマイナーです、数のうえで言 えば。だから、日本の大学に関して「どうなってますか」と いう話をする意味合いがあるかというと、何もないのです。 海外のアウトプットもいっさいまともな事業には役立ってい ません。したがって、ピッチャー(アカデミア)がどのよう に良い球を投げようと、キャッチャー(産業界)のほうがポ ロポロ落としているわけです。ですから、今、日本の大学に 向かって「製造業をなんとかしろ、もうちょっとまともなシー ズをもってこい、それが産学協同だ」と言っているとしたら、 それは下手くそなキャッチャーがピッチャーに向かって、 「受け取りにくいから、もっと受け取りやすいボールを投げ ろ、打たれてもかまわないから」といいかげんなことを言っ ているようなものです。ですから、私は、博士に対する非難・ 中傷のほとんどは大学の問題ではないと思います。それをあ たかも大学の人たちが「そんなことを言われたら、自分たち が悪いのかな」という問題として認識をすること自体が相当 ずれていると思います。以上の二つを前提にして、お話させ ていただきます。 2.誰が悪いのか? 今や散々たる製造業が言っていることですから、言ってい ることのほとんどが嘘です。間違ったことを言っています。 事態は何かおかしい。それで、誰が悪いのかという話をいた しますが、先ほど少し申し上げましたように、2040 年の時 点で、天然資源、特に石油が激減するなかで、人口が 90 億 になり、温暖化が進というような話がまことしやかに言われ ていますが、私はいっさい信用していません。というのは、 燃やすものがないのですから。むしろ、人が増えていくなか で、ものづくりの原料がどんどんなくなる。そういう乖離を どう矯正するのかということのほうが重要な問題であると思 います。でも、旧来の常識にしたがって、どんどん新規事業 を展開できないことが良くないことだ、右上がりの経済成長 を維持できないこと自体が悪いことだと考えるなら、いった い誰が悪いのか。まずやはり企業サイドですね。口では研究 1、開発 10、事業化 100、それくらいのしんどさがあるとい うことはみんな言います。でも、なぜその 1 であるはずの研 究を責めるのでしょうか。本当は 100 のところが最も引っか かっているはずですよね。企業の研究所のシーズが大体 1000 に 3 つしか当たらない。ですから、大学からのシーズがイチ ローの打率なみに当たらないと困るというような前提を誰が どこから引っぱってきたのかわかりませんが、事業の困難さ ということを真剣に考えたとき、大学に向かってもの申すと いう態度からして企業は相当ずれてしまっています。 では、大学はフリーかというと、もちろん、そんなことは ないですね。私自身は最近、大学がいったいどうしたいと思っ ておられるのかということがさっぱりわからなくなりました。 特に独立法人化、同志社は直接関係ない話かもしれませんが、 それに対する反応を見ていますと、いったい何をどうしたい のかということが私には皆目見当がつきません。もちろん、 私は民営化そのものに反対しているわけではありませんが、 あのような形で民営化することにどれほどの意義があるのか、 本当にそのことがまともな考え方なのかということに関して は非常に疑問をもっています。 3.企業に必要な人材 毎年 4 月 1 日に各新聞紙上に「企業に必要な人材」につい てのさまざまな企業の会長・社長の発言が掲載されます。毎 年ほとんど変わらないのは不思議なのですが、どの企業もほ とんど同じようなことをおっしゃっています。何を言ってい るかというと、次のようなことです。

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・新たな問題に柔軟に対応できる ・専門分野で世界をリードできる ・主体的に行動できる ・ユニークで創造的な発想ができる それらを一つずつ見てみると、誰がそれに最もフィットし ますかね。企業の会長・社長が高らかにこういう人たちがほ しいと言っている人たちに最もフィットするのは明らかにド クターですね。なのに、なぜ嫌われるのでしょう。 ちょっと話を戻しますが、私は「大学に何も変えてもらわ なくて結構ですよ」と言いたいわけでありません。そのよう に思われると困るので、「そんなことないよ、大学も変えて もらわんと困るよ」と言っておきます。ただ、一般的なポス ドクに関する考え方にくみするかというと、全然くみしませ ん。 4.大学に期待すること 次に、大学に期待すること、これは、ドクターに期待する ことと言い換えてもいいかと思います。それは、次のような ことです。 ・溢れるような研究心、ものづくりの面白さの体験 ・合目的大学改革 ・民間企業への迎合は命取り ・送り出した人材への心配り、研究・教育への反映 ・教育と Education のバランス ・新たな価値観の創造 最も気になるのは、一つ目のあふれるような研究心、モノ 造りの面白さ。皆さんに問いたい。なぜ MOT なのですか。 なぜ competitive analysis なのですか。その前に、ほんとに 研究したい、ほんとにものづくりしりたいという人材を輩出 していますか。そういうカリキュラムを組んでいますか。 次に気になるのは、三つ目の民間企業への流用です。民間 企業というのは、先ほど言いましたように、自らの責任を大 学側になすりつけるくらい無責任で、何も考えていません。 そんなところに迎合しても問題は何も解決しません。もし人 材という話で気になるとしたら、本気で本物を育てて下さい。 それが研究者であれ、ものづくりの面白さであれ。 それから、本気で人材に心配りをするのであれば、送り出 した人材がどのようになっているかということに対してどれ くらいケアしていますか。外に出てからでも本当にその人が まともな待遇を受けているかということを、なぜ企業に出か けていって聞かないのでしょうか。送り出すだけ送り出して、 あとはよろしくというのはいかがなものでしょう。先ほど企 業が大学に自分の責任をなすりつけているというような話を しましたけども、その逆バージョンがこれですね。私は大学 の先生たちから「私の弟子をどうしてくれた?」と、この 30 数年間に 1 度も聞かれたことがありません。こちらから報告 に行ったことはありますが。 今日の話とは関係ないですが、教育とeducationのバランス も気になります。欧米(特にアメリカ)のように、education を幼稚園や小学校低学年からやるということに私は反対です。 そんなことをするからエゴの塊のような人間ばかりができて しまうのです。教え育まなければならないときは本気で教え 育まなければなりません。でも、独り立ちするべきときに育 んでどうするのですか。当然、待ちの姿勢で、誰かがどうに かしてくれるだろうと甘えてしまう。それは本人も悪いです が、そういう人間を多く作り出している先生方も罪深いです ね。 5.日本の博士に未来はあるか? では、大学の一般的な話ではなくて、ポスドクの話に移り ます。日本の博士に未来はあるか。このタイトルは変だと思 いませんか。博士の代わりにどんな言葉でもいいですから、 思いつく言葉を入れてみて下さい。女子アナでも建築家でも 音楽家でも絵描きでも何でもかまいません。そんなものがタ イトルにならないですよね。なぜでしょう。日本の女子アナ に将来があるかというと、まともな女子アナは生き残るし、 まともでない女子アナは消えるに決まっているという前提が あるからです。なぜ博士だけを特別に扱うのでしょうか。こ ういうタイトルが出てくる文化そのものがドクターを甘やか している。こんなことを言っていること自体が相当ずれてい る。 何がいけないのか。35 歳、40 歳のドクターに社会性なり コミュニケーション能力に期待する、そんなことを言ってい る企業は絶対に滅びます。もともと企業の価値観というのは、 「私の言うこと聞いてくれたらそれでいい、余計なこと言う な」、「ところでなんでこんなところで歩かないといけないの ですか」と聞いたら、「聞かずにさっさと歩け」というよう なものです。つまり、事の是非なんてどうでもよかったので す。そこではびこるのは当然のことながら減点法です。いま はそうした減点法が表面的には見られなくなっていますが、 しかし、メンタリティはずっと残っています。なぜか。これ まで 5、60 年間、効率しか考えずに、本質は何かということ を考える力が脳の中にないのです。 もちろん、そんな何でもできる神様のような研究者ができ たらいいですが、実際には簡単なことではありません。大学

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は、ドクターのコミュニケーション能力なり社会性を高めよ うというようなことをするより、もっと専門でとんがった、 もっと企業が欲しいと言ってくれる人材をつくってくれたら いいのです。 歳を食っているだけで給料が 10 万、15 万高いというのは 不平等だと思います。問題は、日本企業のほとんどが無理や りに雇ったとしても、そのとんがりのあるような人間を使え ないこと自体にあるのです。会長・社長たちは「そういう人 間を使うべきだ。そういう人間を使わないと、目標がなくなっ た今の日本は次のところへ行けない」と言っていますが、実 際にはびこっている文化はそういうものではないです。減点 法によってとんがりのある人をはじくというオペレーション がなされているわけです。無理やりに 10 万高い給料で雇っ てもらっても、そんな文化のなかでは彼らも生き残れません から、やがてつぶれるか、辞めていくかのどちらかです。 今日ここにいらっしゃる方のほとんどが大学関係者である なら、このような話をしても意味がないかもしれません。改 めなければならないのは企業のほうです。少々とんがってい ようが、すごいことを考えてやってくれる人間というのが本 当に必要だという企業文化をつくることが先です。そこが解 決されない限り、ポスドクに未来はありません。そのときに、 もし「ポスドクさん、社会性を身につけなさい、丸くなりな さい」というような教育をするとしたら、それは行き過ぎた 話であって、本来の生き方ではない。むしろ、大学の先生方 がやらなければならないのは、ポスドクをそういうふうに曲 げるのではなくて、とんがったままでもそれをそのまま使え るような企業文化を早くつくりなさいと企業に説得すること です。納得させることです。言い方は悪いですが、企業も大 学もあまり合目的な動き方をできていないように思います。 焦りすぎて近場でできることはやっているけれども、結局は ほとんど身にならない努力をしていると感じます。私の報告 は以上です。

● 報 告 3

「今必要とされる大学院教育とは:日本の博士養成プログラムの改革の方向性」

中田

喜文 同志社大学大学院ビジネス研究科・総合政策科学研究科教授

ITEC センター長

1.はじめに 先ほど市原さんは「大学は悪くない」とおっしゃりました が、私は現状については大学にもかなり責任があると感じて います。市原さんのお話のなかで「企業に必要な人材」の 4 項目(新たな問題に柔軟に対応できる、専門分野で世界を リードできる、主体的に行動できる、ユニークで創造的な発 想ができる)が出てきましたが、日本の博士がその 4 つを満 たしているかというと、ウルトラ C 級の人はいるにはいま すが、ほとんどの人はそうではありませんし、大学としては、 もっとその理想に近づく努力ができるのではないかと思って います。今日は、その辺の話をしたいと思います。 私は、大阪大学と UC バークレーで大学院教育を学生とし て経験しています。その後も国内外のいろいろな大学で教え た経験もありますが、原体験として自分が大学院生のときに どういう教育を受けたかは今の自分にとって非常に大きなア セットになっています。そのときの教育と、そのときに得た いろいろなインスピレーションがあって今の自分があるわけ です。大学院生のときの私は周囲から「変わっている」とよ く言われました。所属する阪大の授業にはあまり出ず、京大 や神大の授業によく出ていました。何かにつけ先生たちから 「お前が初めてだ」と言われていました。大学に制度はある けれど使った人間はいなかったので、制度を使ったのは私が はじめてということがよくありました。バークレーへ行った ときもかなり無理なことをたくさん先生方にお願いしてやら せてもらいました。そうした自分自身の経験をふまえて考え ますと、やはり大学がもっている制度を使っていろいろなこ とにチャレンジしていくというマインドがあるかどうかに よって、同じ制度であっても、異なるアウトプットになるの ではないかと思います。とはいえ、それをみんなに求められ るかというと、それは難しいだろうと思います。だから、そ うでない人であっても少しハードルを低くして、そういう制 度の柔軟な部分を増やすことによって、より多くの人が、 「研究って楽しいな」という気持ちをもって研究をやってい ける、そういう人が一人でも多くなるよう、大学として努力 をしていくべきだと考えております。 2.日本の大学院教育の特徴 日本の大学院教育は、対象者、教員、教育内容、そして修

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了後の進路の 4 点すべてにおいて閉鎖的(closed)であるこ とが特徴です。 ①日本の大学院受験生は、圧倒的多数が同一学問分野の学部 卒業予定者あるいは卒業後 1 年ないし 2 年以内の未就業者 であり、就業中の社会人は一部のブログラムを除くときわ めて少数である。つまり大学院は門戸の社会的開放性とい う点ではきわめて低く、広く社会に存在する大学院教育需 要のごく一部分にしか対応できていない。 ②教育内容も上記の受験者の特徴を反映し、当該学問分野の 学部教育を前提にするため、当該学問の基礎から応用・専 門領域までの体系的な知識の習得が、大学院で完結的に行 なわれていない。現状は、大学院の初期段階から専門・応 用に特化した教育内容となっており、そのことが上記受験 生の特徴を強化している。 ③大学院教育を担当する教員も上記のような教育内容の現状 を反映し、特定専門分野の教員のみが対象院生を教育して おり、教育内容のみならず研究方法、さらには院生が選択 する研究テーマまでが特定の指導教員の影響を強く受け、 狭い特定分野に早い段階から特化する傾向をもつ。 ④修士あるいは博士課程修了後の進路は、大学・研究機関の 研究者キャリア以外については、理系修士が民間企業の研 究開発職への道がある以外はきわめて限られており、社会 の様々な分野で潜在的に存在する、高度専門職能力に対する ニーズを満たすための有効な労働市場が形成されていない。 以上の 4 つの閉鎖性が日本の大学院の特徴ではないかなと 思います。 3.日本の大学院教育の評価 日本の大学院教育は、①国民の教育ニーズへの対応力、② 教育スタッフの質、③教育内容と方法の質、そして、④修了者 の社会還元度の 4 点から以下のように評価できると思います。 ①国民の大学院教育へのアクセスのしやすさの点での問題は、 6,000 万人を越える就業者に対して今日の大学院が十分に 開かれていないことである。1990 年以降に開設された「社 会人向け大学院」もいまだ開講されている学問分野が限定 的で、開設大学院数(入学定員数)も日本の大学院教育全 体のなかではきわめて少数である。 ②大学院担当教員は、それぞれの大学においてもっぱら過去 の専門分野の研究実績を基準に、経験年数が長く、結果的 には大学教員全体のなかでは相対的に高齢の教授が選ばれ ている。そのため、最新の研究成果の理解が不十分であっ たり、近隣領域も含めた最先端の方法論に関する専門知識 が欠如していたりする教員が多々見受けられる。 ③教育内容においては、現在の大学院教育が学部教育からの 連続性を前提とするために、大学院教育だけを見れば学問 的体系性が欠如し、早期に狭い研究領域に特化することで ある。また、その狭い専門性のため、特定の指導教員だけ が教育者の役割を担い、さらに「自ら学べ」・「理論より 経験」的な思想が教員のなかに根強くあるため、教育方法 と教育の体系性は未発達である。 ④院生の就職サポートについては指導教授が個人的に行なう 以外、大学として制度的な対応が行なわれていない。その 結果、社会・企業が潜在的にもつ、高度な専門知識へのニー ズの掘り起こしがなされず、高い専門知識が生かされない 就職をしたり、就職を断念して非労働力化したりすること で、高度な専門能力をもつ人材が社会的に有効活用されて いない。 4.今後の日本の大学院教育の方向性 先ほど市原さんは大学側が企業に向かってもっと発信しろ とおっしゃりました。もちろん、それはやらなければいけな いでしょう。しかし、大学としてでできることは何だろうか と考えてみますと、私は基本的に 4 つあると思います。 ①社会人および学部で異なる分野を学習した新卒者(予定を 含む)に対しても開かれた大学院となるべく、高い専門知 識を前提としない入試方法への変更を行なう。 ②大学院教育担当者の選抜において、研究業績の多寡や教育 経験の長さにこだわらず、担当科目(授業)と教員の専門 性(実務経験も含めた)の一致および教育研究能力そのも のを基準とする。(新設大学院設置認可および大学の認証 評価における評価ポイントの変更) ③より開かれた大学院を前提に、教育内容を体系化し、基礎 から先端内容までを含む教育内容を、2 年程度で網羅でき る集中型教育へ変更する。教育形態も講義・演習・実習を バランスよく配置し、教育方法においても最新のFD(ファ カルティ・ディベロップメント)の成果を利用する。 ④院修了生の就職については、それぞれの大学の就職窓口が 院生向けのサポートを強化するとともに、単独大学ででき ることの限界を超えるべく、専門性で類似する多数の大学 院がコノソーシアムなどを結成して、産業界に対する専門 別就職斡旋機能を担う。 これら以外にも身近なことで我々ができることがまだまだ 多くあると思います。まずそこから始めていきたい。日本と いう社会において、いろいろな困難があるなかで、我々のもっ ている知的なリソースを活かしつつ、今あるいろんな課題に 対してチャレンジしてゆく。それは、将来を切り開くうえで 大事なポイントのひとつであると思います。

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Q:いつごろから理系に進学しようと考えられたのですか? A:小さいころから算数や理科の成績がすごく良かったので、 自分が進むのは理系なんだろうなと自然に思うようになり ました。その分、国語・社会の成績はずっと低く、多くの 先生を不思議がらせたのですが(笑)。 Q:専門分野(人工知能)に関心をもたれたのはいつですか? A:大学 3 年生のときに人工知能の研究をすると決めました。 それまでは特に決めてなかったんですよ。大学 1、2 年の ときはミュージシャンになろうと思ってました。でも、い ろいろなコンテストに落ちて……、大学 3 年生のときに将 来のことを決めなくてはいけなくなって、そのときに一生 懸命考えて、人工知能の研究者になろうと決めたんです。 その理由は……、人がどういうふうに考えているかとかな ぜ人はこう考えたのかなど、人を観察するのが好きだった ということと、それから、コンピューターが好きだったと いうことです。当時の同志社にはまだ知識工学科がなくて、 それで関東圏の大学 4 つと関西圏の大学 3 つを回ったんで す。アポなしで。いい大学院がないかなと思って。ある大 学では一番えらい先生のところに連れて行かれることに なって怒られましたね。アポ無しで来るのはお互いのデメ リットになるって。他の大学はけっこう良心的に対応して くれましたね。そのなかで京大の沖野教郎先生の話が一番 印象に残りました。 先生 「1+1はいくつになるかな?」 「たぶん、2 だと思いますが。」 先生 「確かにそうだ。でも、このモデロンでは、1、 +、1 という 3 つのモデロンが協調して 2 とい うモデロンになるのです。」 「はぁ。」 確か 1 時間超の時間、突然の訪問者の僕にいろいろ話して くれました。かなりのインパクトでしたね。そして、そこ に決めて院試の勉強を始めた訳です。英語・ドイツ語を合 わせて 13 科目の試験があり、ずいぶん苦労しました。 Q:京大に入られてからは人工知能の研究に邁進されるので しょうか? A:そうですね。そこで博士後期課程に行くか民間企業へ行 くか迷ったんです。それで、先生ともいろいろ相談して、 「将来的に人工知能の分野で活躍したいなら、藤本君の適 性から言って、民間企業で研究した方がいいんじゃない か」というアドバイスをいただきました。当時は、その意 味がよく分かりませんでしたが、今になって考えると的確 なアドバイスだったと気づきますね(笑)。迷ったんです けど、たまたま NTT に行ったときに研究所でいろいろな 面白いことをやっていて、「こんなところならしっかりと 研究できそうだな」と思って、それで NTT に入りました。 ……僕は大学院では人工知能のなかの特に分散協調という 分野をやってたんです。NTT に入ってからは人工知能の 推論という分野をやるようになりました。いずれにしても 「人」について考える時間をもてるので、僕にとってはと ても満足した内容でした。 Q:NTT ではとのような研究をなさっていましたか? A:ずっと同じグループでやりました。9 年間ね。ロケーショ ンだけ移動していって、最初に武蔵野 2 年、横須賀 4 年、 そして最後に京阪奈が 3 年。研究としては、京阪奈に移っ たころに、僕は DSIU(Decision Support for Internet Users) というひとつの研究プロジェクトを立ち上げました。一番 大きいときで 14 人くらいのメンバーが関わりましたね。 それが NTT 時代にやったもののなかで最も大きな仕事で した。結局、このプロジェクトがそこそこうまくいき、人 工知能学会でも認められまして、その業績を本にまとめる 機会を与えられたのです。それが去年の 10 月に出版され た本(藤本和則編著『意思決定支援とネットビジネス』オー ム社)です。 Q:NTT を退職することになった経緯は? A:2000 年ごろから NTT でやることは全部やったなという 感があったのです。ちょうどそのころの僕は、人工知能に 関する研究をずっとやっていて、人工知能の分野でやるべ き革新的基礎研究は「数理モデル」にあるという自分なり の理解に到達したのです。要するに、人工知能の研究分野 で最も研究しなければいけないのは「知能の原理を解明す るための数理モデル」なのだと考えたのです。で、その分 野の第一人者たちを選りすぐって、「AI のための数理モデ ル」というシンポジウムを人工知能学会でやったんですよ。 そのシンポジウムがいい形でできたときに、一応、学術の 分野で自分がやるべきことは明確になったかな。あとは、 これを「やるかやらないか」かなと思いました。そのとき に、もうあとは「自分でやれる」と思いました。

● インタビュー

藤本

和則氏 ITEC COE 特別研究員

有限会社フジモト・リサーチパーク代表取締役

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Q:フジモト・リサーチパークの事業内容についてお聞かせ ください。 A:2001 年 3 月 19 日に有限会社フジモト・リサーチパーク (FRP)を一人で立ち上げました。僕はもともと基礎研究 をしていたのですが、その成果はなかなかすぐには世の中 で使えない。ビジネスになかなか乗らない。新しい技術を すばやくビジネスに乗せるような、間に入る橋渡し役が必 要だと思い、自分でやることにしました。すでに技術移転 機関(TLO)のような橋渡し的な機関があり ま し た が、 FRP の場合、僕自身が第一線の研究者であるということ が大きな特徴です。研究成果をビジネスに流そうと思うと、 研究のことをしっかりわかってないとできないことがかな りあると思うんです。だから、僕がいろいろ改良したり、 新しい技術を加えてビジネスに持っていったりできるので はないか、そう考えたのが基本的な出発点です。 Q:起業の前に同じ領域で参考になる先行モデルはありまし たか? A:勉強不足なのかもしれませんが、あまり知らないですね。 もちろん大学の技術をビジネスの世界に流していかなけれ ばいけないという話は国をあげて取り組まれていることな ので、いろんな組織でやられていると思いますが、そこに 携わっている人の多くは研究者ではありません。現役バリ バリの研究者がそんな仕事をやっているというのはあまり ないと思います。だから、技術を理解して研究者たちと話 をしながら技術を改良して持っていくということができる のではないかというのが出発点だったのです。 Q:起業の際で相談した方はいらっしゃいましたか? A:相談というより、本を読みましたね。40 冊くらいは買っ て読んで、財務や経理の話とか特許の話とか全部読んで。 一通りは全部知ってますよ。……そういう意味では、大阪 市がやっている「あきんど塾」への参加はためになりまし たね。それは経営者“養成”塾ではなくて経営者“育成” 塾で、経営者しか入れない塾なんです。今年で 20 年目く らいで、僕は 17 期生です。そこで毎年 50 人くらいの経営 者が集まる。その 3 分の 1 くらいは税理士とか弁護士、い わゆる“士”業が占めていまして、残りが経営者で、あと は父親が経営者でまもなく継ぐ人もいました。そこで 1 年 間、毎週 1 回集まって、いろんな話を聞いた後にみんなで ディスカッションします。そのおかげで、だいたい中小企 業の経営者というのはどういうことを考えているのかをつ かむことができました。でもやはり他のメンバーとの間に 大きなギャップがありましたね。今になってどうしてそう いうギャップがあったのかようやくわかってきたのですが、 結局、僕がやろうとしているのはハイテク分野でしょ。ハ イテクなんてやろうとしている人はあまりいないんですよ、 基本的に。僕の場合はハイテクで、しかもベンチャーなん ですよ。その塾でベンチャーキャピタルからお金を入れて 急成長をなどと考えるベンチャー指向の人は少ないのです。 だから、あまり話が噛み合わなくて、僕は浮いていたと思 います。人工知能の話をいろいろしてもみんなポカーンと していて……。でも、ビジネスを自分でやっている現場の 感覚というのはそこで養ったのかな。親友というか気の合 う仲間もできました。ビジネスは難しいなという実感をも ちましたね。もともと 5 年間はもうからないだろうと思っ ていたし、そんなものに他人を誘うのはね……。だから友 達を誘うのは目鼻立ちがついてからにしようと思ったんで す。“切り込み隊長”みたいにやってみて、そろそろ誘い たいなというのはありますけどね。 Q:事業は当初の思惑通りにいかなかったようですが、何が 問題だったのでしょうか? A:やはりお金を最終的に払うお客さんというのがうまく見 えてなかったのかな。クライアントとしては大学の先生で あったり、ビジネスサイドの人だったりしますが、結局、 お金を払うのはこの人だというのが絞り込めてなくて、こ ういうことはできるんだよっていうことは言ったものの、 では誰がお金を払うんですか、誰が営業するんですかとい うのがはっきりしてなかったですね。……研究者のネット ワークをもっていただけで、逆にクライアントのネット ワークがなかったですね。 Q:ITEC のポスドク研究員になる経緯は? A:同志社大学の先生からそうした公募があることを教えて もらいました。ちょうどそのころ僕は自分の事業があまり にもうまくいかないので、ハイテクベンチャーの研究を一 度腰すえてやってみたいと思ってました。また本を買って 勉強しようかとも思ってたのですが、ちょうどそのときに、 技術経営の特別研究員の公募があったのです。これはおも しろいと思って応募することにしました。 Q:ポスドクの生活はいかがですか? A:難しいと思いますね。だって研究はしないといけないし、 年齢的にも自分の家庭や生活を築いていかないといけない 年頃ですからね。もちろん研究が一番重要だとは思うので すが、やはり人間が幸せになるのは、家庭というか、しっ かりした楽しい生活ができるかどうかでしょ。そうした環 境を創り上げていく年頃でもあると思うのですよ。僕は幸 いポスドクの間、一昨年前ですが、妻と知り合いまして、 研究と家庭を両立する環境を創り上げることができました。 妻とは、この ITEC で知り合ったのですが、結局、これが ポスドクでの一番大きな成果でしたね。2004 年の 4 月に

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知り合って、その年の 12 月にゴールイン。気の合う人と 出会えば、ことは早く進むものですね。もちろん研究もが んばりましたが、妻とどのような家庭を築いていくかにつ いてもいろいろ考えました。今は第一子も誕生して、寝返 りができたとか歯がはえてきたなど、愉快な毎日をおくっ ています。 しっかりした家庭を背景に、研究も集中して専念する気 力が生まれます。そうしたなか編著の本も書き上げました。 昔から家庭をもったら研究のパフォーマンスが落ちるので は……と心配してたのですが、実際にはより創造的な研究 ができそうな気がしますね。やはり家庭の安心感というの がより創造的な野心的な研究へとかりたてるような気がし ます。そうした中、オープンイノベーションの研究や、地 域クラスターの研究を進めているのですが、こうした研究 はほんとやってみてよかったと思いますね。おかげで、い ろんなことがわかりましたよ。こういう研究活動はしない とだめですね。ベンチャーしている人に「研究はしたほう がいい」と言いたいです。それまでにも「あきんど塾」な どいろいろなところでビジネスの話を聞いてきたつもりで したが、ITEC に入って技術経営やベンチャーに関する論 文を書くようになると、今まで全然見えてなかった新しい ことが見えてくるんですね。僕は NTT グループが進める Goo ラボの案件で 5 回くらいヒアリングに行ったんです けど、そのおりに顧客とのインタラクションが非常に重要 だということを改めて認識しました。実際にベンチャーを 調べてみると、やっぱり何らかの意味で顧客とインタラク ションをしているんですね。そういうことをきっちり理解 して自分のビジネスモデルを組み立てていくほうがいいな と思いましたね。 Q:研究以外の活動にはどのようなものがありますか? A:大阪産業創造館で法律セミナーとか知的財産セミナーと か一回 1,000 円でよくやっています。1 ヶ月におもしろそ うなのが 2 つくらいあります。社労士の話とか、売れる キャッチコピーの作り方とか、そういうセミナー。そこに 足しげく通っていると仲間ができて、コミュニティーみた いなものができあがってくる。僕もひとつ勉強会みたいな ものをつくっていて、2 ヶ月に 1 回集まって、20 人くらい かな、いろんなテーマで講師を招いて議論するという活動 を 2 年半くらいしています。そこで入れ替わり立ち代り新 しい人が来て、そういうネットワークはありますね。 Q:今後の展望は? A:ITEC に来てから研究がどんどんおもしろくなってきて いるんです。2004 年の 4 月に入ったときは経営学も経済 学も何もわからないし、ましてや技術経営もわからなかっ たけど、NTT グループの Goo ラボなどを調べて論文を書 いているうちにいろいろわかるようになってきて、最近は 特に京阪奈で地域クラスターに関する研究をやっていて、 ああいう地域をつくっていくというのは人工知能研究者の 夢でもあるんですよ。あれは知識の伝播なんですよ、僕ら から見れば。知識がうまく活かされるような空間というの はどういうものなのか、それを支援する人工知能技術とい うのはどうあるべきか、その数理モデルは……、そういう 研究はすごくおもしろいなと思います。……僕の将来につ いてはいろいろな可能性が同時に存在しているような状態 です。シリコンバレーに行きたいと思ってい ま す。UC バークレーで同じかたちでできないかなと思ったりします。 Q:最後に、最近の「オーバーポスドク問題」についてどの ようにお考えですか? A:京阪奈で地域クラスターに関する活動をやっていると、 よく「いい人いませんか」と聞かれるんですよ。「どうい う人がいいですか」と聞き返すと、たいてい「30 歳くら いの技術のことがしっかりわかっている人、あわよくば実 務経験のある人」という答えが返ってきます。実務経験は なくても少なくともポテンシャルのあるならいいという人 もけっこう多くて、みんな優秀な人材をほしがっています。 だから、ポスドクの人たちは、アカデミックコースだけで なくて、いろんなところに目を開いてみてはどうですかね。 でも、それにはそれなりの力がないとだめで、世の中に目 を開いて、少なくとも能力を高める努力をしないといけな いと思います。 聞き手:Jacques Payet、河口 充勇

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*出版物のお知らせ

2005 年 9 月 12 日より 3 日間にわたり、同志社大学大学院ビジネス研究科と ITEC により共同開催しました「京都インター ナショナルビジネスフォーラム」の成果がAsian Business & Management (5 巻 1 号)の特集号「アジアにおける経営研究の 課題と方法」として発刊されました。世界各国より著名な研究者が発表者として参加し、ディスカッション、執筆、そして改 定を重ね、その特集号の発刊に至りました。ご協力くださった方々に改めて感謝の意を表します。

多くの皆様にご高覧いただけましたら幸に存じます。著者と論文のタイトルは以下の通りです。

同誌は、編集長の長谷川治清教授(同志社大学大学院ビジネス研究科)が国内外の幅広いネットワークを活かし、年 4 回定 期発行している国際的な学術論文雑誌です。Asian Business & Management はオンライン発行もしており、下記ホームページ からもご覧いただけます。

http : //www.palgrave-journals.com/abm/index.html

*新メンバーの紹介

Ronald Dore London School of Economicsand Political Science The important and the unimportant in businesseducation

Rosalie L. Tung Simon Fraser University North American Research Agenda and Methodologies:Past Imperfect, Future-Limitless Possibilities Lynn Leonard Case Western Reserve University U. S. Research on Asian Business : A Flawed Model Chung Min Lau The Chinese University of Hong Kong Achievements, Challenges and Research Agendas for

Asian Management Research Studies

長谷川治清 Doshisha Business School Developing management studies as a social science : globalization and Japanese management studies Gordon Redding/

Michael Witt

INSEAD, France/ INSEAD, Singapore

The‘tray of loose sand’: a thick description of the state-owned enterprise sector of China seen as a business system

Ray Loveridge University of Oxford Developing Institutions-‘crony capitalism’and national capabilities : a European perspective

・井上 寛康(PD) 2000 年、京都大学大学院情報 学 研究科修 士 課 程 修 了。2005 年、京 都大学大学院情報学研究科博士課程 研究指導認定退学。博士(情報学)。 2000 年から 2002 年まで日立製作所 にてソフトウェア開発に従事。2002 年から 2006 年まで国際電気通信基 礎技術研究所にて研究員。ソ フ ト ウェアにおけるイノベーションに関 心をもつ。 ・Asli M. Colpan(PD) 京都工業繊維大学大学院(京都大 学大学院経済学研究科とのジョイン トプログラム)にて博士号を取得後、 京都大学経済研究所にてポスドク研 究員。関心領域は企業戦略、国際経 営、技術開発とその産業構造への影 響、企業競争力、新興経済における 企業の進化など。 ・坂倉 孝雄(客員フェロー) 立命館大学大学院政策科学研究科 修了後、1999 年 11 月に経済産業省 近畿経済産業局に入局。地域産業連 関表を担当し、昨年は近畿地域の経 済構造とロボット産業の経済的イン パクトなどの分析を行なった。地域 の知的資源である大学と、政策の現 場との連携に関心があり、地域に暮 らす人とって本当によい政策を考え ていきたい。

参照

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東北大学大学院医学系研究科の運動学分野門間陽樹講師、早稲田大学の川上