• 検索結果がありません。

1.研究会の目的等

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "1.研究会の目的等"

Copied!
19
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

報    道    発    表    

             平成 18 年 6 月 5 日   

    「我が国の経済格差の実態とその政策対応に関する研究会」報告書   

1.研究会の目的等

今日、我が国では経済格差への関心が高まっている。 

経済格差には世代間、世代内、階層間など各種の態様が考えられるが、それらの格差の 程度によっては、経済社会の活力に対する懸念材料となる可能性がある。 

このため、経済格差の実態を把握することが重要となっており、また、望ましくない格 差があれば、それを是正する政策手段についての検討が必要と考えられる。特に、社会保 障制度・税制などの面からは、公的年金、医療保険、介護保険、生活保護等に関してどの ような格差の問題があるのか、再分配はどのように機能しているのか、また、社会保険料・

税の負担と社会保障給付とがどのように見直されるべきか、といった論点についても重要 な検討課題となっている。 

財務総合政策研究所では、各種の経済格差の実態について整理分析し、その問題点を明 らかにするとともに、それらへの政策対応についてのインプリケーションを提供すること を目的として「我が国の経済格差の実態とその政策対応に関する研究会」(座長:貝塚啓明 中央大学研究開発機構教授・財務総合政策研究所名誉所長)を、平成 17 年 9 月から 18 年 2 月にかけて 6 回にわたり開催してきた。さらに、このたび、研究会の成果を踏まえ、各メ ンバーの分担執筆により報告書を取りまとめた。 

 

2.報告書のポイント 

本報告書の構成は、第1章(大石論文)では所得格差の実態と要因、所得再分配効果の

内容と推移等についての研究結果が示され、第2章から第6章までは、公的年金(麻生論

文、牛丸論文)、医療保険(池上論文)、介護保険(油井論文)、生活保護(後藤論文)とい

った社会保障の各分野について、格差と所得再分配等に関する個別の研究結果が示されて

いる。また、第7章(田近・八塩論文)と第8章(國枝論文)は、それぞれ所得課税、資

産課税の再分配機能等に関する研究結果である。さらに、 第9章(山重論文)、 第 10 章(森

信論文)、第 11 章(広井論文)は、税制と社会保障制度などを通じた一体改革に関する研

究結果である。最後に、本報告書全体に対する補論として、寺井論文と小黒・森下論文を

集録している。 

(2)

(1)我が国の経済格差の実態と要因

大石論文は、厚生労働省「所得再分配調査」の 1987〜2002 年調査票をもとに所得格差の 実態と要因について実証的に分析している。その結果、ⅰ.ジニ係数(当初所得)は、1987 年から 1990 年にかけて上昇した後、1996 年まではほぼ横ばいで推移し、その後は上昇傾向 にある、ⅱ.この間の所得格差の拡大には人口高齢化や、単身あるいは夫婦のみ世帯増加と いった人口・世帯構造変化が大きく影響している、ⅲ.また、人口高齢化によって共稼ぎが 可能な年齢層の人口シェアは縮小しているため、一般に指摘されるような共稼ぎ世帯の増 加による格差拡大への影響は大きくない、と指摘している。

  また、大石論文では、世帯主年齢階層別・等価ベース(世帯の構成員1人当たりの経済 厚生を示すベース)のジニ係数(当初所得)は、65 歳以上の高齢層ではほぼ一貫して上昇、

65 歳未満の年齢層では 1980 年代から 90 年代後半までほぼ横ばいで推移し、最近になって 若い年齢層において(当初所得、再分配所得ともに)上昇傾向がみられる、としている。

(2)所得再分配の効果と今後の政策対応

大石論文では、上記「所得再分配調査」の分析結果によって、ⅰ.1980 年代後半以降にお ける税制・社会保障制度の全体を通じた再分配は、そのほとんどが現役層から高齢層への 大幅な年齢階層間の移転として行われていること、また、ⅱ.年齢階層内の格差を縮小させ る効果は限定的であることなどが示された。さらにこのうち、税の再分配効果については、

高齢層で大幅に低下し、稼働所得の高い中年層でも低下が認められたとしている。

さらに、今後の政策対応として大石論文は、ⅰ.所得再分配が上記のとおり世代間移転を 中心に行われ、年齢階層内における再分配効果は小さく、さらに年を追ってその効果が縮 小する傾向にあること、ⅱ.加えて近年は子供が高齢者と同程度の貧困リスクにさらされて おり適切な再分配が行われていないと考えられることから、一層の少子高齢化が進むとみ られる中で、これまでのような世代間移転に重点を置く再分配の見直しが求められるだろ うと述べている。

(3)社会保障制度と所得再分配

次に、個別の社会保障制度に関する研究結果についてみることとする。

① 公的年金

ⅰ-1)世代間の格差と再分配

麻生論文は、現行の賦課方式による公的年金制度の特徴は、年金制度が未成熟だった時 期に十分な負担をせず受給した世代が存在し、その負担を後の世代が行っている点にある とし、このようにある時点の「年金純債務」をその後の世代が支えているという点が、公 的年金制度における世代間格差の最も重要な原因だと指摘している。また、2004 年の年金 制度改正後ベースの試算として、生涯の負担と給付がバランスするのは、厚生年金では、

1958

年頃に生まれた世代、国民年金(夫婦とも加入している世帯)では

1965

年頃に生ま

(3)

れた世代であり、その後の世代はいずれも負担超過となること等が示されている(厚生年 金の保険料負担は本人負担分と事業主負担分の合計として計算)。

ⅰ-2)年金純債務の明示化

麻生論文では、ある時点の「年金純債務」はその後の世代の負担の合計に等しいという 関係があるため、現時点での「年金純債務」を所与として、どの世代にどの程度の負担を 負わせるのが公平性および効率性の観点から望ましいかということが問題になるとしてい る。また、現行の賦課方式が維持されることで「年金純債務」が先送りされ、国債と同様 の働きによってその分だけ資本がクラウドアウトされ資本蓄積が妨げられていることなど を指摘している。さらに、積立方式に移行するにせよ賦課方式を維持するにせよ、現時点 での「年金純債務」は変わらないので、合理的な年金制度改革のためには、現時点の「年 金純債務」を明示化し、別途検討すべきだとしている。

ⅱ)世代内の格差と再分配

牛丸論文では、基礎年金は

1985

年の年金制度改正で導入された理念(基礎年金はその年 度の皆で支えるという考え方)に基づいた賦課方式で行われているはずなのに、未加入者・

未納者が存在し、彼らは自分が担うべき負担を回避し、さらにその負担分を制度内に残っ ている他の被保険者に上乗せしているので問題である、と指摘している。また、現行の基 礎年金の財源調達方法では、第1号・第2号被保険者にしてみれば、その人の経済力とは 全く関係なく一律の負担を前世代を支えるために提供することとなり、その見返りとして、

自分が老後になったときに同じような理由で強制的に徴収される後代世代の負担(均等割)

で支えてくれるというものであるため、基礎年金の場合には、同世代に属する個人間では 経済力に応じた所得再分配は行われていない、とも指摘している。

②  医療保険

池上論文では、医療へのアクセスは司法による生命・財産の保護と同様に、平等に提供 すべき基本サービスであり、混合診療を解禁すれば有効で安全な医療サービスの担保、患 者の医療費による経済破綻の防止、公的に負担する医療費の抑制が難しくなると主張して いる。そして、公的医療保険制度としては、同じレベルの医療ニーズに対する地域間の給 付の格差に着目すべきだとし、負担と給付の関係を都道府県単位で明確にすることによっ て、負担に見合った給付にすることが課題だと述べられている。具体的には、ⅰ.国は都道 府県間の所得水準による負担能力の格差と年齢構成による負担の格差を是正するための財 政調整を行う、ⅱ.都道府県は各県内の保険者間の保険料率の格差を縮小するための財政調 整を行う、ⅲ.調整後に残る各都道府県における保険料率の格差の原因を医療サービスの内 容から追究し、ストック面から再構築する、という改革案が提示された。

また、医療費負担の世代間格差に対処するための財源積立方式への移行の論議について、

池上論文では、医療は年齢に関係なく国民全員に普遍的に提供すべき基本的サービスであ

(4)

り、しかも、医療費と経済成長の将来予測は困難であることから、負担と給付を年度ごと に均衡させる賦課方式を継続すべきだと主張している。一方、小黒・森下論文は、医療保 険の積立方式化の考え方も参考にしつつ、現行制度を、今後の保険料上昇等の平準化を行 うための調整勘定を加えた修正賦課方式とすることによって、世代間格差の改善が図れる 可能性を示唆している。 

③  介護保険

  公的介護保険制度について油井論文は、杉並区のレセプト・データをもとに所得階層別 にみた介護保険の利用実態を分析している。その結果、ⅰ.所得水準と介護認定率が負の相 関関係を有すること、ⅱ.所得階層が高いほど居宅サービスの受給率が上昇する一方、所得 階層が低いほど施設サービスの受給率が上昇すること、ⅲ.低所得者の利用者負担が制度的 に大きく軽減されていることなどから、所得階層の観点からは低所得者、特に生活保護被 保護者世帯等に対して大きな所得再分配が行われている実態が示された。  

  このような実態を踏まえ、油井論文は、高齢化が進行し要介護認定者の増加が予想され る中で、維持可能な公的介護保険制度とするためには、公的保険としてカバーすべき範囲 を限定し、自己負担の民間保険との組合せを進めるなど、制度の見直しが必要だと述べて いる。

④  生活保護・社会福祉

後藤論文では、現に生活上のさまざまな困難・困窮に直面している人々に対して、それ ぞれの理由を尊重しながら、迅速かつ適切な経済的支援(社会生活や将来設計をも含む最 低生活の保障)を行う公的扶助制度が構想されている。特に就労インセンティブ問題につ いては、困難に直面したときにはいつでも公的扶助を受け、就労できる条件をもてたとき には公的扶助制度を支える側にまわるという、広やかな相互性を社会の中につくりあげる ことが重要であるとしている。

(4)税制と再分配

次に、所得課税・資産課税と再分配に関する研究結果についてみることとする。 

①  所得課税

  所得税と住民税の負担の実態を中心に分析した田近・八塩論文においては、我が国の税 と社会保険料負担について、ⅰ.所得税と住民税の控除が非常に大きく、課税ベースが大き く浸食されている、ⅱ.税よりも社会保険料負担が非常に大きい、ⅲ.公的年金等控除が大き いので年金世帯の税負担が非常に軽減されている、という特徴が指摘されている。これは、

税と社会保険料負担における世代間格差の存在を示すものである。特に年金所得への控除

については、比較的裕福な年金世帯でも税負担が大きく軽減されている実態が明らかにさ

れている。 

(5)

さらに、田近・八塩論文は今後の所得税のあり方について、増税が避けられないとした 場合、所得の低い階級の税負担を増大させることなく税収増加を図る方法の一つとして所 得控除の縮小、税額控除の導入を挙げている。なお、2004 年の年金課税改革(老齢者控除 の廃止、公的年金等控除の縮小)によって、給与世帯と年金世帯の税負担率の差は縮小し たが、上記のとおり、年金世帯の所得控除率が高く、課税ベースが給与世帯と比較して大 きく浸食されているという状況は継続していると指摘している。

②  資産課税

國枝論文は、経済格差は遺産相続のみならず、遺伝、家庭環境、教育投資等を通じて世 代間を超えて継承されるとしたうえで、相続財産に課税される累進的な相続税について、

高額所得者(特にスーパーリッチ)への資産集中を抑制し、機会の平等を確保するうえで 重要な役割を担うものだとしている。なお、相続税は課税対象が死亡者全体の約

4〜5%と

少ないにもかかわらず、国民の誤解等によって政治的な支持を失いやすい側面があること から、相続税を巡る政策決定に当たっては政治経済学的な観点からの検討も必要だと述べ られている。

  同様に広井論文においても、我が国では各世帯の資産格差が世代を通じて累積しており、

個人が生まれた時点で経済的に共通のスタートラインに立っているとは言い難い現状があ ることから、例えば相続税を強化し富の再分配を行うことが必要になるとしている。

(5)税制、社会保障制度等の一体改革

経済格差への政策対応として、税制・社会保障制度等を一体的に見直すという観点から、

例えば、次のような提言がなされている。 

山重論文は、人々の潜在力を引き出すことで格差を是正するための政策として、ⅰ.格差 問題の一因となる就業時間・職種によって異なる公的年金を、個人勘定として統一すると ともに、企業の保険料負担は雇用者への賃金支払い総額の一定割合とし、基礎年金部分の 財源を全額消費税で賄うこと、ⅱ.社会保障給付のうち、児童手当、児童扶養手当および生 活保護関連の給付を、税制の扶養控除、寡婦・寡夫控除などと一体的に設計(例えば児童 手当額を税額控除する制度を導入)することで合理化すること、ⅲ.能力が低い水準に留ま る個人の潜在力支援のため、高所得者が民間非営利組織への寄付などを通じて自発的に社 会全体に資金提供しやすい環境を税制面で整備すること、などを提言している。

また、森信論文では、我が国においても、米英等主要先進国で実施されているような「給

付つきの税額控除制度」を導入することによって、税制と社会保障制度の一体運営による

政策の効率化が可能となり、低所得者層の所得保証による貧困問題への対処と労働インセ

ンティブの強化による就業率の拡大、さらには子育て世代への支援が同時に期待できると

ともに、課税ベースの浸食が限定され、所得税の所得再分配効果を高めるという税制上の

効果も期待できるとしている。その上で、我が国にそのような制度を導入する上での課題

(6)

について指摘している。

最後に、広井論文では、今後はストック面の再分配、即ち資産課税や土地・環境課税を 通じた再分配を重視し、フロー面の再分配については、例えば公的年金をベーシックイン カム等に一元化することで簡素化するとともに、労働時間の短縮(ワークシェアを含む)

とベーシックインカムの組合せなども検討すべきだとしている。

3.各章の要約

第1章  所得格差の動向とその要因:1986〜2002 年

      千葉大学法経学部助教授  大石亜希子

厚生労働省「所得再分配調査」の個票に基づき、1980 年代後半以降の所得不平等度の動 向とその要因について分析した結果をまとめると、次のようになる。

  第1に、税や社会保障制度の再分配効果は、高齢層では高いものの、現役層では小幅に とどまっている。とくに税の再分配効果は、高齢層で大幅に低下している上に、稼働所得 の高い中年層でも低下している。第2に、共稼ぎの増加が所得格差を拡大しているという 指摘がされることがあるが、世帯全体ベースでは、高齢化によって共稼ぎが可能な年齢層 の人口シェアは減少しており、大きな影響を及ぼしていない。第3に、最近時点では、子 どもは高齢者と同程度の貧困リスクにさらされている。

  このように、税や社会保障制度の再分配効果は、主として現役層から高齢層へという年 齢間の移転によって行われており、それぞれの年齢階層における再分配効果は小さく、ま た、年を追って小規模になっている。

  世帯主年齢階層別ジニ係数の推移(等価当初所得)

25-34歳 45-54歳

55-64歳 65-74歳 75歳以上

0.200 0.300 0.400 0.500 0.600 0.700 0.800 0.900

1987 1990 1993 1996 1999 2002年

25歳未満 25-34歳 35-44歳 45-54歳 55-64歳 65-74歳 75歳以上

(出所)厚生労働省「所得再分配調査」再集計結果に基づき筆者が試算。

(7)

  世帯主年齢階層別ジニ係数の推移(等価再分配所得)

25歳未満

25-34歳 35-44歳

45-54歳 55-64歳

65-74歳

75歳以上

0.200 0.250 0.300 0.350 0.400 0.450

1987 1990 1993 1996 1999 2002年

25歳未満

25-34歳

35-44歳

45-54歳

55-64歳

65-74歳

75歳以上

(出所)同上。

第2章  世代間・世代内の受益と負担の格差への対応

      財務省財務総合政策研究所総括主任研究官  麻生良文

賦課方式の年金制度が引き起す所得移転の特徴は、十分な負担をせずに受給した世代が 存在し、その負担を後の世代が行っている点にある。厚生年金,国民年金の生涯における 負担と給付の関係を推計すると、実際にそのようになっている。厚生年金については負担 と給付がバランスするのは

1958

年生まれの世代であり、その後の世代は負担超過である。

厚生年金受給世帯の場合、将来世代は生涯所得との比でみて

5%程度の負担超過になってい

る。また、夫婦とも国民年金に加入する世帯では

1965

年生まれの世代で負担と給付がほぼ 等しく、その後の世代は負担超過である。なお、国民年金の給付は厚生年金給付の半分程 度だが、負担も小さいため、生涯でみた純負担は厚生年金受給世帯よりも小さくなる。

年金制度の通時的な予算制約式から、ある時点の年金純債務はその後の世代の負担の合 計に等しいという関係が導かれる。これは賦課方式を維持する場合にも、積立方式へ移行 する場合にも成り立つ。実は、この関係が制度改革を考える上で重要な鍵になる。まず、

現時点の年金純債務は所与であり、誰かが負担しなければならない。したがって、現時点

の年金純債務を所与として、どの世代にどの程度の負担を負わせるのが、公平性および効

率性の観点から望ましいかという問題に帰着する。効率性への影響がなければ、実は各世

代に公平に負担をさせればよい。それは実質的に賦課方式の維持と等しい。しかし、資本

蓄積や労働供給に与える影響を考えると事情は異なる。賦課方式のもとで年金純債務は常

に存在し、それが資本蓄積を妨げている。また、賦課方式のもとでは純債務を発散させな

いための暗黙の租税負担が存在し、それが労働供給の決定を歪めている。積立方式に移行

すれば、これらの効果がなくなることで大きな利益が発生する。ただし、純債務償還のた

(8)

めには、一定期間追加的な負担が必要になり、結局、移行期世代の負担と移行完了後の世 代の利益をどうバランスさせるのが望ましいかという問題に帰着する。

合理的な年金制度改革のためには、現時点の年金純債務を明示化し、それを年金制度か ら切り離すことが重要である。現時点の年金純債務は所与であり、その負担ルールのあり 方に議論を集中させることが重要だからである。年金制度改正の議論が紛糾する重要な理 由は、様々な改革を渾然一体として考えていたり、「年金純債務=その後の世代の負担の合 計」という関係を理解しないまま、年金純債務の処理を年金制度の枠内で暗黙に行おうと するためである。

厚生年金の生涯の負担と給付 

-10%

-5%

0%

5%

10%

15%

20%

25%

30%

35%

1920 1940 1960 1980 2000 2020

給付 負担 保険料 純移転

(注)夫婦合計の負担と給付。夫は厚生年金にフル加入。妻は専業主婦を仮定。

数字は生涯所得(ボーナスを含む)に対する比率。各世代の

60

歳時の平均余命まで受給するとし て生涯給付を求めた。給付は,定額部分(基礎年金) ,報酬比例部分,配偶者加給,遺族年金を含 む合計である。保険料負担は本人負担分と事業主負担分の合計である。また,基礎年金国庫負担 分の租税負担を求め,この租税負担と保険料負担の合計が「負担」である。純移転は給付から負 担を引いた金額である。

(出所)筆者推計。

第3章  我が国における今後の望ましい公的年金制度のあり方

      早稲田大学政治経済学術院教授  牛丸  聡

我が国における所得格差の問題を考えるにあたって所得再分配政策に注目することは重 要である。所得再分配政策は所得格差を是正する一手段としての機能を持っているため、

その面から所得再分配政策を見ることはもちろん重要であるが、それに加えて、視点を変

えて見ることも必要である。所得再分配政策はある目的から必要とされる所得再分配を実

施するものだが、その所得再分配が別の視点から見た時に新たな不公平を招くことがない

かを検討することが必要である。特に、社会保障制度の場合、考えなければならない。

(9)

年金制度を通して行われる所得再分配を評価する基準を示した。公的年金の目的は、高齢 時の生活に必要とされる生活費を調達することにともなうリスクを公的に軽減させること である。目的であるリスク軽減の範囲と程度に応じて必要とされる所得再分配の内容や大 きさが異なってくる。公的年金制度を通した所得再分配が大きくなるにしたがって、いく つかの公平性の基準からするならば、問題を招くようになる。前半で得た結論は次のこと である。公的年金制度を通した所得再分配を実施することによってリスク軽減をはかれる が、公的年金制度のあり方はその所得再分配が別の問題をもたらすということをすべて考 慮した上で、社会としてどの程度の公的リスク軽減を行うことがよいのかに関する国民的 合意を得て決められるべきだ、ということである。

後半では、わが国の公的年金制度の

1

階部分と2階部分のあり方について検討し、1階 部分の基礎年金に関する考察からは次のことを得た。1985 年改正によって、職種に関係な く、同じ国にともに生活をしている者としての紐帯に求めた全国民一律の1階部分を創設 するという理念(考え方)が導入されたが、残念なことに、それが実際には生かされてい ない。1985 年改正で創設された基礎年金が普通の国民に理解されておらずに、むしろそれ がもたらす問題の方に気づき、基礎年金に対して不信をもってしまっている。より良い今 後の1階部分のあり方を構築するためにも、ここの部分を解決しなければならない。

2階部分の考察からは次のことを得た。まず、1973 年改正について考えてみた。物価や 一般生活水準の変動といったような広範なリスクへの対応を行うには、世代間の所得再分 配を必要とする。したがって、1973 年改正は、我が国の公的年金制度の役割として物価や 一般生活水準の変動といったような広範なリスクへの対応を認め、それを可能にさせるよ うな世代間所得再分配を行わせることを認めたものであった。それが、1973 年改正の意義 であった。

続けて、2004 年改正について考えてみた。低成長と著しい少子高齢化に直面している状 況下で物価や一般生活水準の変化に対応したリスクカバーを完璧に行おうとするならば、

諸問題が生じてくる。そこで、1973 年改正で導入された広範なリスクカバーの機能の趣旨 を失わずに、それでいて生じてくる諸問題に何とか対処しようとする道を模索していく必 要があった。2004 年改正の意義はそこにあった。

今後における2階部分のあり方は、本稿で明らかにしたことをすべて考慮した上で、す なわち所得再分配を実施することによってリスク軽減ははかれるが、その所得再分配が別 の問題をもたらすということをすべて考慮した上で、どの程度の公的リスク軽減を行う社 会にするのかに関しての国民合意を得て決められるべきだ、ということである。 

第4章  医療の特性とその政策対応

      慶應義塾大学医学部教授  池上直己

国民の間の健康格差を解消するには、相互の協力を促進する無形の社会資本の形成のほ

(10)

うが医療サービスの拡充よりも重要であり、こうした観点から健康的な行動が支援される ような社会を目指す新しい公衆衛生運動が提唱されている。しかし、格差を縮小するため の社会改造の効果は必ずしも十分に検証されておらず、また就学前の幼児、およびその親 を対象とした教育体制を整備したほうが有効であるという意見もある。

医療における格差は健康格差とは別個の課題であり、医療に内在する構造的特性から格 差のない制度としないと、有効で安全な医療サービスの担保、患者の医療費による経済破 綻の防止、および医療費の公的負担の抑制をそれぞれ実現できない。その理由は、まず供 給側の特性として、医療は

1

回限りで再現性のない個別状況で提供されるので、事後的に「適 切」であったか、「不適切」であったかを評価することが難しいことにある。特に生死が関 わる場合は、たとえ新しい技術の有効性の確率が低く、安全性が十分検証されなくても医 師は使用する傾向があり、また一旦使用が開始されると、当初想定された適用範囲を超え て広く普及する傾向にある。

  一方、需要側の特性として、医療はいつ必要で、その時に治療費がいくらかかるが分ら ない不測性があるので、こうしたリスクに対応するため、医療に対する需要は、保険に対 する需要に代わる。保険市場において、消費者は最低の保険料で、最高の給付を求めるの で、保険者としては、供給側には質の高い効率的なサービスを要求し、需要側には医療費 のかかるリスクに応じた保険料を徴収する必要がある。しかし、後者のほうがはるかに容 易な対応であるので、市場原理に任すと医療の給付格差は拡大し、また保険に加入できな いか、加入できても給付が不十分な患者の自己破産が増える。さらに「適切」とする医療 の範囲がしだいに拡大するので医療費が全体として高騰する。

日本は基本的には公平で効率的な医療制度となっているが、医療保険制度における所得 水準と年齢構成の格差を財政調整する方式が粗い、患者負担の減免措置が不十分、診療報 酬の決定プロセスが不透明、医療提供体制の質の担保が不十分、などの理由により国民か ら必ずしも評価されていない。これらの課題を解決するには、医療を国民に平等に提供す べき基本サービスに位置づけ、政策の焦点を世代間の負担の格差から、地域間の給付の格 差に移す必要がある。すなわち、国は需要側の要因による地域間の負担の格差を財政支援 で解消した後は、都道府県は健康指標やサービスの提供実態と保険料率の関係を評価する。

その結果、他県と比べて格差があれば、住民の意向に沿ってより効率的に提供できるよう に医療機関を計画的に整備、モニターする体制を構築するインセンティブが生まれよう。

第5章  介護保険と格差

      成城大学経済学部教授  油井雄二

介護保険は、基本的には加齢により要介護状態になった高齢者に介護サービスという現 物給付を行う仕組みであり、直接的な再分配を目的とするものではない。しかし、”社会”

保険として、その負担と給付の両面においてさまざまな低所得者の負担軽減措置が盛り込

(11)

まれ、再分配的な機能を持っていると考えられる。一方、2000 年度の制度導入後、介護保 険の利用が急速に伸びるのに伴って第

1

号被保険者の保険料も上昇し、介護保険制度自体 の維持可能性が懸念されている。制度発足後

5

年目の改革では、施設サービス利用者から のホテルコストの徴収、新予防給付や地域包括支援センターの創設など事業の見直しが行 われている。本稿ではこうした状況を踏まえ、次の

2

つの課題に焦点を合わせ介護保険と 格差の問題を考える。すなわち、第

1

の課題は所得階層別にみた介護保険の利用の実態の 分析であり、第

2

の課題は、公的な介護保険の範囲の問題である。

  まず介護保険制度に組み込まれている再分配機能を整理した後に、第1の課題である所 得階層別に見た介護保険の利用の実態を分析する。介護保険の格差については、これまで、

都道府県別に見た要介護認定率や

1

人当り給付額の格差(地域格差)、少子高齢化の進行を 考慮した世代間の給付負担比率格差(世代間格差)について、研究が行われてきた。しか し、所得水準の違いが介護保険の利用にどのように関係しているか、その実態については 明らかにされていない。 

  本稿では、この課題について、杉並区の第

1

号被保険者の

2003

10

月分のレセプト・

データを保険料の所得段階別に5つの所得階層に集計したものを用いて分析し、次のよう な興味深い発見を得た。まず第

1

に、所得と認定率が負の相関をもっていることが示され た。これは、要介護状態にあるがゆえに所得が低いということを反映していると考えられ るが、他方、低所得者に対する要介護認定が甘くなっているという可能性も示唆している。

  第2に、所得階層間でサービスの利用に大きな相違がある。すなわち、居宅サービスの 受給率は所得階層が上がるほど上昇し、他方、施設サービスの受給率は所得階層が低いほ ど上昇することが示された。つまり、施設サービスの利用は低所得層に相対的に多く、所 得が高くなるほど居宅サービスを利用する者が増える。また、居宅サービスの「その他単 品サービス」の中では、認知症対応型生活介護は相対的に低所得者の利用が多いことが示 された。他方、特定施設入所者生活介護は、低所得階層でも利用が見られるが、当然のこ とながら高所得者の利用が多い。杉並区は、とくに所得水準の高い地域であり、こうした ファクトを全国に普遍化するには十分な注意を要するが、介護保険の利用の実態を見ると、

かなりの再分配効果があるといえる。

  本稿の第

2

の課題は、維持可能な介護保険制度の構築という観点から、公的介護保険と

してどの範囲までカバーすべきかという問題である。今回の改革では、従来の要支援は新

たに要支援

1

とされるとともに、従来の要介護

1

が新たな要支援(要支援

2)と要介護 1

に分割され、要支援

1

と要支援

2

に対しては、介護給付ではなく、状態の改善を目指す新

予防給付が提供されることになった。また、今回の改革のひとつの論点に、第

2

号被保険

者の対象年齢の引き下げ問題があった。これは、被保険者拡大によって第

1

号被保険者の

保険料引上げ幅を抑えるとともに、財政的に破綻に瀕している障害者の支援費制度の介護

保険制度への吸収という狙いも含まれている。この問題については、今回の改革では見送

られ、引き続いて検討が行われている。本稿では、こうした論点について検討するととも

(12)

に、公的介護保険を民間介護保険で補完する必要性について検討する。

第6章  ミニマムの豊かさと就労インセンティブー公的扶助制度再考

立命館大学大学院先端総合学術研究科教授  後藤玲子

本稿の関心は、第一に、人々が直面している困難や困窮に対する経済的支援を行いなが ら、同時に、個々人のさまざまな種類の活動意欲を支える福祉制度を構想することにある。

そのポイントは、多様な評価軸のもとで個々人の行いや在りように経済的評価を与えるこ と、「働くことができるときは働き、余裕があれば提供し、困窮しているときは受給する」

ルールを具体化することである。それは、ローカルな経済活動、および普遍的市場とは整 合的ではあるものの、市場とはまったく異なる論理と目的――個々人の困難や困窮に対す る公共的な援助――をもった公的扶助制度を備える点に特徴がある。

本稿の関心は、第二に、 「格差」一般ではなく、最小共通部分(ミニマム)に向けられる。

価値と評価の多元性を前提とするとき、 「平等」を目標とした社会の設計はきわめて難しい。

だが、人々の抱えるさまざまな困難や困窮やその改善方法に関して、部分的な判断順序を 社会的に形成することは可能であり、そうすべき理由がある。彼らが享受する福祉とは、

この社会で最小限、実現可能な福祉を表象するものであり、その部分が豊かであるか否か は、この社会が安心して暮らせるかどうかを端的に表すと考えられるからである。

だが、市場とは異なる論理をもった制度を構想する際には、かならず寄せられる批判が ある。ミニマムな生活が社会的に保障されるとしたら、人々は就労意欲を失うだろうとい うものだ。本稿の関心は、第三に、 「就労インセンティブ」問題と呼ばれるこの問題に向け られる。実は上記の制度は、人々が就労意欲を断念しないでよい制度、人々が現にもつ、

あるいはもとうとしている就労意欲を手放させない制度として構想されている。人々の就 労意欲を支える一つの鍵は、自分自身を広やかな相互性(本稿ではそれを「公共的相互性」

と呼ぶ)の文脈に見出すことに求められる。

第7章  日本の所得税・住民税負担の実態とその改革について

      一橋大学国際・公共政策大学院教授  田近栄治       財務省財務総合政策研究所研究官  八塩裕之

現在日本の政府は巨額の債務残高を抱えている。また少子高齢化の進展により、社会保

障費増大による歳出圧力がさらに強まると考えられ、抜本的財政改革の必要がある。2006

年3月

27

日の財政制度等審議会試算は、財政再建を歳出カットだけでおこなうことは困難

であることを示しており、今後増税を含めた歳出・歳入一体改革が必要となる。増税手段

としては、消費税率の引上げや所得税改革が現在議論されている。

(13)

  これまで日本における個人課税の中心は所得税であった。所得税の利点は、所得控除や 累進税率によって個人の担税力に配慮した課税が可能となることである。しかし日本の所 得税は控除が大きすぎ、そうした大きな控除は課税ベースを極端に狭めることとなった。

また

1990

年代の景気低迷と相次ぐ減税によって、その財源調達機能は大きく低下した。一 方所得税の最高税率は国際的に比較しても決して低くなく、限界税率の引き上げによる増 税は困難と思われる。そうした中で、広く薄く課税でき、大幅な税収増が期待できる消費 税増税が近年注目をあびている。

しかし消費税の欠点はその負担が逆進的であることである。とくに低所得者の税負担軽 減のために設定された所得税の控除による税収ロスを、逆進性の強い消費税で補うことに は明らかに矛盾がある。消費税率の引上げに先立って、現状の所得税の問題点を整理しそ れをただすこと、具体的には控除で侵食された課税ベースの改革を行うことが重要である。

本稿ではこうした問題意識に立ち、日本の所得税・住民税負担の実態について分析する。

分析では『国民生活基礎調査(2001 年調査)』(厚生労働省)の個票を用いたマイクロ・シ ミュレーション分析をおこなった。代表的な家族形態を用いた分析と異なり、この方法を 用いると税負担の実態を経済全体や所得階級ごとに分析できるという利点がある。

分析をとおして次の3点が明らかにされる。まず第1点に、日本の所得税・住民税負担 の実態、とくに所得控除によって課税所得が大きく侵食されている実態が明らかにされる。

控除による課税所得の大幅縮小の結果、日本の所得税・住民税負担はそれほど大きいとは いえず、むしろ大きいのは社会保険料負担であることが示される。とくに年金所得への控 除は大きく、そのため比較的裕福な年金世帯でも税負担が大きく軽減されている実態が示 される。こうした点を明らかにしたうえで、大きな控除がもたらす問題点を考察する。

第2に、最近の税制改革が税負担に与える影響を分析する。2004 年の改革で年金課税が 強化され、続いて

2006

年改革で定率減税の全廃が予定されている。これらの改革は一定の 効果はあったものの、課税ベースの大規模な侵食という実態の改善には至らなかったと考 えられることを示す。第3に、あるべき所得税改革の方向性を議論する。最低生活者への 税負担を増大させず、かつ所得税の限界税率を大きく引き上げずに全体の税負担を増大で きる改革として、所得控除の縮小と、税額控除の活用について議論する。

第8章  相続税と経済格差 

一橋大学国際・公共政策大学院助教授  國枝繁樹        

本稿においては、これまでの経済格差の世代間継承に関する経済学的分析を踏まえ、相

続税の役割について考察する。経済格差は、遺産の相続のみならず、さまざまな経路を通

じ、世代間を超えて継承される。開かれた社会と考えられていた米国でも親子間の稼得能

力は、0.5 程度という高い相関を見せている。稼得能力の継承では、遺伝、家庭環境を通じ

た選好その他の継承も重要だが、教育投資も重要な役割を果たす。利他的な親は、子の能

(14)

力に応じて教育投資を行い、教育投資からの限界収益率が利子率よりも低くなれば遺産を 通じ資産移転を図る。資本市場が不完全な場合には、親の所得の範囲でのみ教育投資が行 なわれ、親が低所得の場合には遺産を残さない。このため、遺産の分布は実質的に遺産を 残さない親が多く存在するのに対し、高額所得者は相当額の遺産を残すという形を取る。

実証研究からも遺産は奢侈財と考えられ、高額所得者(特にスーパーリッチ)の資産形成 にとって重要な役割を果たしている。 

  遺産行動は、遺産動機により変わりうる。主な遺産動機のモデルとしては、 「贈与の喜び」、

利他的遺産動機、Mulligan が提唱した内生的な利他主義等に基づくモデルが存在する。さ らに、スーパーリッチ層については、一般の人々と異なる貯蓄・遺産動機を持っていると の見方(資本家精神モデル等)もある。 

  相続税が経済格差に及ぼす影響も遺産動機により異なってくるが、一般に相続税は経済 格差を是正する方向に働く。Stiglitz(1978)が指摘した相続税による経済格差拡大の懸念 も、Kunieda(1989)が指摘したように適切な控除等を設定することにより回避可能である。 

累進的な相続税は、高額所得者(特にスーパーリッチ)の資産集中を抑制し、 「機会の平等」

確保に重要な役割を果たすものである。最近の実証研究においても、累進的な所得税・相 続税が戦前のようなスーパーリッチへの過度な資産集中を防ぐために有効であったとの示 唆がなされている。今後の相続税改革においても、累進的な相続税のスーパーリッチ層へ の資産集中の抑制機能は維持されていくべきである。 

  また、相続税は課税対象が少なく、理論的には国民の幅広い支持を集めるべき税目だが 現実は必ずしもそうではなく、政治経済学的な分析も必要である。最近の Graetz and  Shapiro (2005)は、米国の遺産税廃止運動について研究し、我が国にとっても貴重な教訓 を見出している。例えば、相続税(遺産税)の課税対象は非常に限られた資産家でしかな いが、国民の多くはそれを知らず、自らも課税対象となるのではないかと誤解し、反対す ることがある。また、減税支持派は、中小事業者・農家等の事業承継の問題を前面に出し、

高額資産家の負担軽減については戦略的に言及しない。現実の相続税を巡る政策決定の際 には、そうした政治経済学的な側面にも留意する必要がある。 

                 

(出所)財政金融統計月報(2005.4)より筆者が作成 相続財産価額階級別表(平成14年)

0 5000 10000 15000 20000 25000

1億 円超

2億 円超

3億 円超

5億 円 超

7億 円 超

10 億円 超 20億

円超

課税価格階級

0 10 20 30

40 被相続人数

平均相続財産

価額(億円)

(15)

 

第9章  税制と社会保障制度の一体改革による格差問題への対応

      一橋大学経済学研究科・政策大学院助教授  山重慎二

現在、日本経済は様々な長期的課題を抱えている。これから考察する格差問題は、その 一つにすぎない。本稿では、そのような課題の中で、特に、少子化問題および公的債務累 積問題という2つの経済・財政問題を特に深刻なものとして取り上げ、格差問題との関連 に注目しながら、これからの日本の望ましい政策の在り方について考えていく。

  私たちの社会は、極めて複雑な事象の関連性の上に成り立っており、一つの問題だけを 取り上げた場合に最も良いと考えられる解決策が、社会・経済全体から見て最も良い解決 策になるとは言えない。すべての問題を考慮して解決策を考えることは不可能であるとし ても、とりわけ関連性が深いと思われる重要な問題については、明示的に考慮して、解決 策を考えていくべきである。このような観点から、格差問題について、できるだけ包括的 に考察し、その解決策を考えること。これが本稿の目標であり、また特徴である。

本稿では、次のような結論を提示し、具体的な政策の在り方について議論していく。

① 格差問題を改善するための政策としては、「均等化政策」から「潜在力支援型底上げ政 策」に転換すべきである。

② 「潜在力支援型底上げ政策」を最も効果的に実行するためには、「税制と社会保障制度 の一体改革」を行うことが有効である。

本稿の構成は以下の通り。まず次節では、「経済のグローバル化」をキーワードとして、

問題の所在を明らかにする。その上で、本稿の基本的な考え方を提示し、上記2つの結論 が導かれる。続く第

III

節では、前節で提示される考え方に基づき、具体的な格差問題を見 ていく。そして、第

IV

節では、そのような格差問題に対して、 「潜在力支援型底上げ政策」

の視点から有効と思われる税制と社会保障制度の一体改革のあり方を、具体的に検討して いく。

本稿において提示される改革案は、格差問題、少子化問題、公的債務累積問題といった 日本の社会経済の根深い問題に応えようとするものであり、抜本的なものとならざるを得 ない。そのような抜本改革を短期間で実施することは困難であろう。しかし、格差問題や 少子化問題に対しては、それらが日本の社会・経済の構造的な変化によって生まれている ことを認識し、その場しのぎの政策ではなく、財政の仕組みの構造的な見直しにより対応 すべきである。社会・経済もまた、人と同じく成長するものである。政府の仕組みもまた、

それに合わせて仕立て直される必要がある。

10

章  格差問題と税制―勤労税額控除制度

財務省財務総合政策研究所長  森信茂樹

(16)

格差問題が話題になる中で、深刻な問題は若年層の所得格差の拡大である。この原因は、

正規雇用者と非正規雇用者(フリーター、パート)の賃金格差にあるので、一義的には労 使間の話し合いや市場原理の中での解決が望ましいが、若年層の格差が進み、階層化すれ ば、社会問題となり追加的財政需要ともなるので、政府としての対応も必要である。

その際、参考にすべきものとして、米国、英国等の先進諸国で、税と社会保障の一体運営 という考え方に基づき導入されている「給付つきの勤労税額控除制度」がある。この制度 は、 「一定の所得以上の勤労所得のある個人あるいは世帯に対して一定額の税額控除を与え、

控除し切れない額は還付(社会保障給付)する。所得が増加するにつれて税額控除額は逓 減し、一定の所得額に達すると廃止される。税額控除仕切れなかった給付の実務は社会保 障官庁ではなく税務官庁によって運営されている。」というもので、英国等では貧困問題、

就労問題に対して大きな成果を挙げている。

わが国では、児童手当や生活保護等の社会保障給付は税制とは別個に執行されており、

さまざまな非効率が生じているが、今後のあり方として、これらを可能な限り一体化した 制度に見直すことが必要である。そのためには、社会保障支出、所得・税額控除、最低賃 金制度のあり方を根本的に見直すことが重要である。また、税務当局と社会保障官庁の連 携も必要で、霞ヶ関の縦割り行政の見直し、行政効率の向上につなげる制度設計にすべき である。さらに、給付(還付)に伴う公平性を確保するため、IT 技術を駆使しながら、納 税者番号を組み合わせた新たな制度作りを行う必要がある。

いずれにしても、現在行なわれている「歳出・歳入一体改革」と整合性を採る形で制度 設計する必要がある。

イギリスの就労・児童税額控除額と所得税額(子供2人のケース)

-12 -8 -4 0 4 8 12

0 4 8 12 16 20 24 28 32 36 40 44 48 52 56 60 64 千ポンド(年間所得)

千ポンド

生活保護、就労・児童税額控除 所得税額(税額控除前)

生活保護額、所得税額(税額控除後)

 週16時間就労

 (年間所得4040ポンド)

 週30時間就労

 (年間所得7140ポンド)

  (出所)財務総合政策研究所研究部

(17)

11

章  社会保障と所得再分配―「持続可能な福祉社会」の視点を踏まえて

      千葉大学法経学部教授  広井良典

経済格差あるいは平等というテーマともっとも関連が深い社会制度といえば、明らかに 社会保障制度ということになるが、 「社会保障と経済格差」あるいは「社会保障と所得再分 配」というテーマは、日本において必ずしもこれまで十分に論じられてきたとは言い難い 面をもっている。その一つの理由は、戦後の日本の経済社会システムにおいては、社会保 障制度以外の生産システム及び政策が様々な「所得再分配」機能を果たしてきており、社 会保障制度それ自体は、むしろ(そのようにして実現される一定の所得の平等を前提にし つつ)「リスクの分散」を主眼とする社会保険制度を中心に運営されてきた、という点にあ ると思われる。本稿では、こうした問題意識を一方に置き、他方で「ポスト福祉国家にお ける平等の意味」という関心をクロスさせながら、これからの社会保障及びそれに関連す る社会システムのあり方を、主に理念的な次元を中心に論じる。

具体的には、まず日本の社会保障の特徴を整理し、「公共事業型社会保障」をめぐる課題 やこれからの方向(医療・福祉重点型の社会保障)について論じる(1)。続いて、「分配 と再分配」という視点から4つのシステム(資本主義、福祉国家、社会主義市場経済、社 会主義)を比較するとともに、戦後日本の経済社会システムを「生産部門を通じた社会保 障」等といった特徴においてとらえる一方、ポスト福祉国家における社会保障のあり方と して、1)事後から事前へ、2)フローからストックへ、という二つの基本的方向につい て議論を行う(2)。さらにこれらをより大きな展望において考察し(3)、補足として「人 生前半の社会保障」というテーマについて論じる(付論) 。

補  論   

1990

年代以降における経済格差と所得再分配政策について

−実証研究を中心とするサーベイ 財務省財務総合政策研究所総括主任研究官  寺井順一  

  1990 年代においては、ジニ係数の上昇傾向、特に当初所得ベースでの上昇が認められた ものの、それは人口の高齢化、世帯構造の変化、高所得の共働き増加など、必ずしも不平 等な社会になったことによるものではないとの見方がある。他方、年齢階層別の勤労所得 を比較すると、若年層を中心とする非正規雇用者の比率拡大が全体のジニ係数の上昇要因 となってきている。

1980 年代以降の所得再分配は税制よりも社会保障制度にウェイトが置かれているが、子 

育て支援のため、税制・公的年金制度・保育所政策の一体的な見直しへ向けての提言がな

されているように、各制度間の整合性の強化や、社会保障の総合化という視点に立った給

付の効率化などが重要となっている。今後は、若年層を含め、社会保障の網の目から落ち

ていく可能性のある人々をいかにして保護するかが課題の1つとされる。さらに、若年者

(18)

などの個人間の自由競争における平等確保の観点からは、能力を最大限に引き出すような 基礎教育、職業訓練機会の保障など、各個人が共通のスタート・ラインに立てるための事 前の政策対応が必要だと考えられる。

補  論    世代間格差改善のための医療保険制度モデル私案とその可能性

−賦課方式と積立方式の補完的導入 財務省財務総合政策研究所主任研究官  小黒一正 財務省財務総合政策研究所研究員      森下昌浩

我が国は既に人口減少社会に突入しているが、高齢化率(全人口に対する 65 歳以上の高 齢者の割合)は、引き続き上昇していくことが予測されている。このため、これまで老齢 世代と現役世代の助け合いの精神の下で支えられてきた現行医療保険制度は、膨張する国 民医療費の将来推計を前にして、その持続可能性に疑問が呈されているとともに、賦課方 式である現行制度自体に内在している世代間格差の問題にも注目が高まっている。 

そこで、本稿では、各世代の保険料率や自己負担率等を安定化し、世代間格差の改善を 図る観点から、既存研究である西村(1997)や鈴木(2000)等の「医療保険の積立方式化」の 考え方を参考にしつつ、現行医療保険制度に、有限均衡方式タイプの世代間格差調整勘定 を付加するモデル(=修正賦課方式)を構築しその実証分析を行うことで、その可能性を 模索している。実証分析の結果、実際の制度設計においては高齢化率の予測など種々の留 意点等があるものの、現行医療保険制度に世代間格差調整勘定を創設することによって、

世代間格差が改善される可能性が高いことが示された。 

(本報告書の内容や意見は全て執筆者個人に属し、財務省あるいは財務総合政策研究所の公 式見解を示すものではない。) 

連絡先:財務省 財務総合政策研究所 研究部 

総括主任研究官  寺井  順一 

研    究    員  森    朋也 

電話  03-3581-4111(内線)    2251、2253 

(19)

    「我が国の経済格差の実態とその政策対応に関する研究会」メンバー 

  (敬称略、肩書きは平成 18 年 6 月 5 日現在) 

  座    長 

貝塚啓明      中央大学研究開発機構教授・財務総合政策研究所名誉所長   

執筆者メンバー(50 音順) 

麻生良文      財務省財務総合政策研究所総括主任研究官  池上直己      慶応義塾大学医学部教授 

牛丸  聡      早稲田大学政治経済学術院教授  大石亜希子    千葉大学法経学部助教授 

國枝繁樹      一橋大学国際・公共政策大学院助教授  後藤玲子      立命館大学大学院先端総合学術研究科教授  田近栄治      一橋大学国際・公共政策大学院教授  広井良典      千葉大学法経学部教授 

山重慎二      一橋大学大学院経済学研究科・政策大学院助教授  油井雄二      成城大学経済学部教授 

 

非執筆者メンバー(50 音順) 

      宮島  洋      早稲田大学法学学術院教授  八代尚宏      国際基督教大学教養学部教授   

    特別講演者(50 音順) 

大竹文雄      大阪大学社会経済研究所教授  福本浩樹      厚生労働省社会・援護局保護課長   

財務総合政策研究所 

森信茂樹      財務省財務総合政策研究所長 

西村尚剛      財務省財務総合政策研究所次長 

鵜瀞由己      財務省財務総合政策研究所次長 

木原隆司      財務省財務総合政策研究所研究部長 

寺井順一      財務省財務総合政策研究所総括主任研究官 

小黒一正      財務省財務総合政策研究所主任研究官 

八塩裕之      財務省財務総合政策研究所研究官 

森  朋也      財務省財務総合政策研究所研究員 

森下昌浩      財務省財務総合政策研究所研究員 

参照

関連したドキュメント

目について︑一九九四年︱二月二 0

②障害児の障害の程度に応じて厚生労働大臣が定める区分 における区分1以上に該当するお子さんで、『行動援護調 査項目』 資料4)

 分析実施の際にバックグラウンド( BG )として既知の Al 板を用 いている。 Al 板には微量の Fe と Cu が含まれている。.  測定で得られる

都調査において、稲わら等のバイオ燃焼については、検出された元素数が少なか

(1)  研究課題に関して、 資料を収集し、 実験、 測定、 調査、 実践を行い、 分析する能力を身につけて いる.

 千葉 春希 家賃分布の要因についての分析  冨田 祥吾 家賃分布の要因についての分析  村田 瑞希 家賃相場と生活環境の関係性  安部 俊貴

TIcEREFoRMAcT(RANDInstituteforCivilJusticel996).ランド民事司法研究

④資産により生ずる所⑮と⑤勤労より生ずる所得と⑮資産勤労の共働より