カナダにおける先住民の憲法上の権利 : 漁業権・
土地権を素材に
その他のタイトル Constitutional Protection for Rights of Aboriginal Peoples in Canada
著者 守谷 賢輔
雑誌名 關西大學法學論集
巻 55
号 3
ページ 687‑738
発行年 2005‑09‑30
URL http://hdl.handle.net/10112/12075
カナダにおける先住民の憲法上の権利
目 次 は じ め に 第一章一九八二年憲法制定以前における先住
民の地位および権利
第 一 節 制 度 の 変 遷 第 二 節 判 例 第 一 二 節 小 括 第二章一九八二年憲法制定以後における先住
民 の 地 位 お よ び 権 利 カ ナ ダ 最 高 裁 判
決を中心に
第一節
Sp ar ro
w
判決 漁業権•土地権を素材に
第二節
Sp ar ro
判決以後
w第 一 二 節 小 括 第三章先住民の権利についての検討 第一節先住民指導者の主張 第二節先住民の権利をめぐる判例の検討
第一二節第二五条と第一二五条の関係
第 四 節 小 括 お わ り に
守
カナダにおける先住民の憲法上の権利
一 六
七
谷
︵ 六
八 七
︶
賢
輔
るのかもしれない︒さらにこのことは︑憲法学の限界を示す一事例とも考えうる︒
(3 )
一 八
八
0 年に﹁国語﹂の会話伝習所が設立され︑すぐにこれが師範学校となり︑教
員養成が開始された︒そして学校教育において︑﹁沖縄対話﹂と呼ばれる現地語と日本標準語の対訳教科書が用いら
ま た
沖 縄
︵ 琉
球 ︶
に お
い て
は ︑
従来︑憲法学では︑意識的にあるいは無意識的に︑言語・文化問題に関する議論がほとんどなされてこなかった︒
たとえば戦後の憲法学の代表的論者である宮沢俊義は︑﹁日本国民のあいだには︑人種のちがいが少ないから︑人種
を理由とする差別は︑日本では︑あまり問題になったことがない﹂としていた︒
このような憲法学の一般的理解とは別に︑﹁事実として﹂北海道を中心に先住し︑今なお居住し続けているアイヌ
が従来行ってきた狩猟漁業ではなく︑農耕生活をおくることを促進させる規定や︑学校教育において︑もっぱら日本
語を用いて教育を行うことなどの規定をおいていた︒これら諸規定のほとんどは︑近年においては機能しておらず死
(2 )
文化した状態にあった︒しかしながら︑法そのものは﹁アイヌ文化の振興並びにアイヌの伝統等に関する知識の普及
及び啓発に関する法律﹂︑
いわゆるアイヌ新法が制定されるまで存在していたのである︒かかる法律が存在し︑変更
ないし廃止されてこなかったことは︑国民の一定の共通認識を反映していたと言えよう︒そしてかかる法律の存在と︑
それに対する国民意識とが相互に作用することで︑
長してきたことは否定できない︒この問題に応答してこなかった憲法学も︑その一翼を担っていた側面があると言え がいる︒このことを示す法律に︑ 関法
は じ め に
第五五巻︱二号
一八九九年に制定された﹁北海道旧土人保護法﹂がある︒同法は︑ アイヌに︑彼ら
アイヌに対する固定的な観念を国民に定着させ︑さらにそれを助
一 六 八
︵ 六
八 八
︶
カナダにおける先住民の憲法上の権利
問題に取り組む意義は︑十二分にあると考える︒ れ︑沖縄
︵ 琉
球 ︶
(4 )
︵5
)
語の教育は行われなかった︒
一 六 九
︵ 六 八 九
︶
こうした﹁事実﹂を憲法学がいかに﹁認識﹂するのか︑または﹁認識﹂しないのかが︑今問われており︑近年にお
(6 )
いて︑言語・文化問題に注目する論者によるいくつかの論稿がすでに公表されている︒また︑二風谷判決は︑二風谷 がアイヌにとって聖地であり︑言語・文化を保持するためのきわめて重要な場所であることを認定し︑憲法第二二条
(8 )
および﹁市民的及び政治的権利に関する国際規約﹂第二七条から文化享有権を導き出した︒
このように学説・裁判例において︑言語・文化問題に関する論議が︑以前に比べると比較的行われるようになって きている︒とはいえ︑言語・文化をめぐる問題は︑権利主体︵個人か集団か︑先住民か移民などのマイノリティか︶︑
権利の根拠・内容などの論点だけでなく︑言語・文化を憲法上どのように位置づけるのか︑といった論点を含んでお り︑それら多岐にわたる諸論点がこれまで十分に論じられているとは言い難い︒それにもかかわらず︑
いくつかの批
判的見解がすでに提示されている︒たとえば︑言語・文化を権利論に組み込んで考えるべきではない︑集団の権利は 個人に特定の生き方を強制する恐れがある︑あるいは︑言語・文化といった差異の考慮は公共社会を分裂させ︑﹁国 民﹂統合を困難にする危険性がある︑といったものである︒特に︑先住民やマイノリティ集団による自決権の要求は︑
(9 )
﹁国民﹂国家のあり方に再考を迫るものと言えよう︒
樋口陽一が指摘するように︑先住民およびマイノリティの権利保障の試みは︑﹁主権
11
人民︑そして人
11
個人﹂と
( 1 0 )
いう古典的な憲法学の鍵概念に対して論理上の緊張関係に立つことになろう︒本稿で扱う︑かかる広く大きなテーマ
従来の憲法学の枠組みと鋭い緊張関係に立たざるをえず︑今後の憲法学にその枠組みの再構築を迫る言語・文化
論と今後の検討課題を述べることにする︒
第 五 巻 五
︱ ︱
︱ 号 筆者は︑言語・文化問題を考察するための最初の素材として︑
を扱いたい︒先住民の権利を考察するにあたっては︑大きく分けて二つのアプローチがあると思われる︒ひとつは︑
権利論からのアプローチであり︑もうひとつは︑民主主義論からのアプローチである︒先住民の権利の考察には︑か
( 1 2 )
かる二つのアプローチを用いる必要があると考えられる︒
さて︑ここでカナダの議論を素材とする理由を述べておくことにする︒カナダでは︑先住民の存在が常に意識され
( 1 4 )
続けてきている︒連邦結成以前以後において︑先住民との間で諸々の条約が締結され︑また一八六七年憲法および一 九八二年憲法は︑先住民に関する規定を有する︒こうした背景を有するカナダでは︑先住民に関する議論が豊富にあ
( 1 6 )
り︑かかる議論を参照することは︑日本国憲法の解釈論を考える上で有益であると考える︒
そこで本稿は︑カナダにおける先住民︵連邦政府が︑法制度上他の先住民に比べ︑その存在をより意識してきたイ
( 1 7 )
︵1 8 )
ンディアンを中心として︶の地位および権利が︑いかなる変遷を経て現在に至るのかを概観し︑検討する︒
本稿の構成は以下の通りである︒まず第一章では︑
前において︑先住民の地位および権利が︑どのように扱われてきたのかについての概略を示す︒第二章では︑
︱一年憲法が制定され︑その中の﹁権利および自由に関するカナダ憲章
( C
a n
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a i
C n
h a
r t
e r
o f
R i
g h
t s
n a d F
r e
e d
o m
s ︑
以下憲章と記す︶﹂︑ならびに他の章に先住民の権利が明記された後における先住民の地位および権利について概観す る︒第三章では︑第一章と第二章の議論を踏まえて先住民の権利についての検討を行い︑﹁おわりに﹂で︑本稿の結
関法
カナダにおける先住民の憲法上の権利をめぐる議論 カナダ憲法に人権規定が盛り込まれる一九八二年憲法の制定以
一 七
〇
︵ 六
九 0
)
一 九
八
定 は
︑
2 ー
カナダにおける先住民の憲法上の権利
一 九 八 二 年 憲 法 制 定 以 前 に お け る 先 住 民 の 地 位 お よ び 権 利 制
度 の 変 遷
一七六三年国王布告
( R
o y
a l
P r
o c
l a
m a
t i o n )
一 七
︵ 六 九 一
︶
一七六三年国王布告は︑①ケベック植民地におけるフランス系住民のコントロール︑②アメリカの植民地拡大の 抑制︑③先住民との関係悪化の防止︑という目的で制定された︒また︑これは︑先住民政策を中央集権化する試み
( 2 0 )
で も
あ っ
た ︒
先住民の土地を植民地化する際の基本政策であるこの国王布告は︑先住民の土地が先住民の同意なく奪われないこ と︑アパラチア山脈を境として︑東側を入植者の︑西側を先住民の土地であること︑先住民の土地を購入できるのは 英国政府のみであることなどを定める︒しかし国王は︑形式的な同意さえあれば︑先住民のすべての土地をも購入可 一八六七年に連邦が結成され︑統治機構を定める一八六七年憲法が制定された︒その第九一条二四号は︑﹁イン
ディアンおよびインディアンのために留保される土地﹂に関する立法権限が連邦政府にあることを規定する︒この規
一般に︑①地方の入植者からインディアンを保護するため︑②インディアンに対する統一的な全国的政策を
( 2 2 )
︵2 3 )
維持し︑また︑それを明確にするために設けられたとされる︒
一八六七年憲法第九一条二四号
能であった︒
第一節 第一章
系
( m a t r i l i n e a l )
ルールであり︑またインディアン部族は︑常に︑血族
( k i n )
を含む血縁
( k i n s h i p )
単位の構成員
( p a t r i l i n e a l d e s c e n t )
一八六七年憲法第九一条二四号に基づいて一八七六年に制定された︒同法は︑登録インディア
( 2 6 )
ンとなるための資格を定義し︑インディアンのための保留地や資金の管理︑遺言︑精神障害者などに関する定めを置
き︑また︑部族のための選挙制度を設立した︒
イ ン デ ィ ア ン 法 が 定 め た 構 成 員 の 地 位 に つ い て の ル ー ル は
︑ 核 家 族 単 位 で 構 成 員 の 地 位 を 決 定 す る 父 系
インディアン法は︑ 3 インディアン法
の見解によると︑連邦議会の権限外の事項であっても︑インディアンのためであるなら︑連邦議会は立法をなしうる︒
その例として︑死亡したインディアンの財産権の相続について定めるインディアン法の諸規定が挙げられる︒この権 限に基づいて制定された法律は︑たとえ︑連邦議会の権限外の事項であると通常考えられているものを定めていたと
( 2 4 )
と さ
れ る
︒ しても︑インディアン政策として理解しうるものに合理的に関連するなら︑裁判所は当該法律を支持する︑
また︑第九一条二四号が定める﹁インディアンのために留保される土地﹂とは︑何を指すのかが問題となる︒同規 一般に︑連邦結成前後に︑様々な方法でインディアンのために留保された土地はもちろんのこと︑
国王布告によって承認された土地で︑インディアンが所有し︑国王に譲渡しなかったすべての土地にも当てはまる︑
( 2 5 )
とされている︒ 定
は ︑ さて︑連邦政府は︑
関法
第 五 五 巻 三
一八六七年憲法第九一条二四号に基づいて︑どのような立法をなしうるのだろうか︒連邦議会 号
ルールであった︒しかしインディアンの伝統は︑ しばしば︑父母両系
( b i l a t e r a l )
もしくは栂
一 七
︵ 六 九 二
︶
一七六三年
カナダにおける先住民の憲法上の権利
ところで連邦政府は︑
ることから排除された︒
︵ 六 九 一
︱ ‑ ︶
さらにインディアン法は︑インディアンが公民権を獲得するためには︑インディアンとしての地位およびその地位 から派生する特別な権利を放棄しなければならないとする公民権付与
( e n f r a n c h i s e m e n t ) 条項を有していた︒しか
( 2 9 )
し公民権の付与を求めるインディアンはほとんどおらず︑この規定は機能しなかった︒また︑公民権を付与されたイ ンディアンおよびインディアン以外の男性と婚姻したインディアンの女性は︑自動的にインディアンとしての身分を 失うとする規定が存在したが︑このような規定は男性の登録インディアンについては存在していなかったため︑後に
( 3 0 )
訴訟で争われることになる︒
このインディアン法によって登録されなかった非登録インディアンは︑連邦政府からのサービスを受けることが出 来ず︑また︑非先住民によって生活のあらゆる側面において差別され︑同時に︑彼らの祖先のコミュニティに参加す
一方︑登録インディアンは︑非登録インディアンを︑自分たちの善き生に対する脅威とみな すようになる︒このように︑インディアンを︑登録インディアンと非登録インディアンとに分ける連邦政府の政策は︑
( 3 1 )
二つの集団を対立させることになる︒加えて︑インディアン法の改正によって新たに登録インディアンとなった者と
( 3 2 )
の間でも︑対立が生じている︒
一九六九年白書において︑先住民の差別問題を解決するには︑インディアン法など︑先住民 を特別扱いする立法を廃止し︑先住民﹁個人﹂の社会参加の促進によって自由や平等を確保することを主張した︒し かしこの白書の提案は︑先住民から多くの批判を受け︑実現しなかった︒先住民が入植者の制定した法を維持しよう とすることは︑奇妙なことと思われるかもしれない︒しかし︑先住民にとって︑インディアンとしての特別な地位を
( 2 8 )
によって構成されていた︒
一 七
三
第 五 五 巻 三 号 維持することのほうが重要であり︑また︑それを維持するためにはインディアン法の存続を訴えざるをえなかったの フランスおよびイギリスが入植した初期の段階において︑平和と友好を目的とした条約がインディアンと締結され
一七世紀から一八世紀にかけて締結されたこれら諸条約は、平和の見返りとして、狩猟権•漁業権を与えるもの
( 3 3 )
であり︑概して︑インディアンの土地の譲渡とは関係がなかったとされる︒
一八七一年から一九ニ︱年までの間に締結された十一のナンバー条約
( N u m b e r e T r d e a t i e s )
は︑オンタリオ州や
プレーリー諸州︵アルバータ州︑サスカチュワン州︑
インディアンのための保留地を定め、そして文言上、狩猟権•漁業権の見返りに、インディアンの土地を国王に譲渡
( 3 4 )
するものとされていた︒しかし︑このような理解はインディアンの側ではなされておらず︑今日︑この理解の違いが
( 3 5 )
条約上の権利の内容を確定する際に問題となりうる︒また︑そもそも先住民の﹁同意﹂があったかどうかも争いのあ るところであろう︒
これら諸条約に基づく国王の義務は︑法的というより︑むしろ完全に政治的なものと考えられていた︒そして︑少 なくとも一九八二年憲法が制定される以前は︑条約に拘束力があるとされた場合においてさえ︑条約上の権利は国王
( 3 6 )
による廃止・消滅に服したのである︒
t こ ︒ インディアンと締結された条約 4
あ で
る ︒
関法
マ ニ
ト バ
州 ︶
の大部分をカバーするものであった︒これらは︑
一 七 四
︵ 六 九 四
︶
彼 ら
は ︑
カナダにおける先住民の憲法上の権利
5 .天然資源移譲協定
( N
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f e
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e e
m e
n t
s )
プレーリー諸州は︑連邦が結成され︑
( 3 8 )
八六七年憲法第一 0
九条や第一︱七条に規定されている公用地
( p
u b
l i
c l
a n
d )
一 七
五
︵ 六
九 五
︶
一八六七年憲法が制定された時点では︑連邦に加盟していなかったため︑
や天然資源を有していなかった︒そこ
一 九
二 九
年 お
よ び
一 九
一 ︱
1 0
年にプレーリー諸州と天然資源移譲協定を締結し︑土地や天然資源を与
( 3 9 )
一 九
三
0 年憲法修正により︑憲法上の地位を有することになる︒
一方で︑プレーリー諸州に土地や天然資源を与えるものであったが︑他方で︑インディアンに関する 州の立法権限を制限する内容も含んでいた︒これによりインディアンは︑あらゆる時期に﹁食料を得るために
( f o r
しかし︑この﹁食料を得るために﹂という文言は︑インディアンの権利を大きく制約することになる︒なぜなら︑
( 4 0 )
ナンバー条約によって食料を得るためだけでなく︑商業目的で狩猟漁業を行う権利を有していたからである︒
このことは︑インディアンの条約上の権利が︑インディアンの同意なくなされた憲法修正によって部分的に消滅した
( 4 1 )
ということを示している︒
なお︑天然資源移譲協定は︑この協定に反する州法がインディアンに適用されないことを保障するが︑連邦法に対
( 4 2 )
しては︑このような保障がない︒ f o
o d )
﹂︑狩猟漁業を行う権利を有することになる︒
こ の
協 定
は ︑
えることにしたのである︒そして︑この協定は︑ で︑連邦政府は︑
2 ・
L a
v e
l l
判決
C a
t h
e r
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' e
s M
i l
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n g
事件において︑枢密院は︑
主権者の恩恵
( g
o o
w i l d
l )
された財産権ではない︑ に基づく私的な用益権
( p
r e
s o
n a
a l
n d
u s u f r u c t u a r y
r i g
h t )
一七六.︱‑年国王布告における﹁インディアンの土地保有
( t e n
u r e )
( 4 3 )
である﹂と判不した︒
また同判決は︑インディアンの保留地は一八六七年憲法の財産に関する規定によって自治領
( D
o m
i n
i o
n )
したがって︑根底にある土地権は国王にあるが︑インディアンが土地権を放棄するなら︑そ
( 4 4 )
のすべての権原は自治領ではなく州が引き受けることになる︑と判示した︒
インディアン法には︑インディアン以外の男性と婚姻した登録インディアンの女性は︑自動的にインディアンとし
ての身分を失うとする規定が存在した︒同規定に基づいてインディアンとしての地位を失った女性が︑女性の登録イ
( 4 5 )
ンディアンについてのみ地位の喪失を定める同規定はカナダ権利章典
C (
a n
a d
i a
B i n
l l
o f
R i g h t s )
第一条
b
号の平等
( 4 6 )
条項に反し無効であると主張した︒この主張に対して最高裁は︑同規定の有効性を支持した︒この判決は︑当該女性
にとって︑インディアンとしての地位がどのような意味を有するかについて触れることなく︑判決を下した︒
インディアンが譲渡した土地についての権原をめぐって︑ , . . .
・ S
t .
C a
t h
e r
i n
e '
s M i l l i n g
枢密院判決
関法
第 二 節 判
第 五 五 巻 三 号
例
オ ン タ リ オ 州 政 府 と 連 邦 政 府 の 間 で 争 わ れ た
S t .
一 七 六
︵ 六 九 六
︶
は
ヽに委譲
意 見
は ︑
カナダにおける先住民の憲法上の権利
Nishga
の祖先が遠い昔から居住し、狩猟•漁業等をしてきたブリティッシュ・コロンビア州の北西に位置する土
地における
N i s h g a の土地権が法的に消滅したか否かが争われた
C a l d e r
事 件
に お
い て
︑ J u d s o n
判事による相対多数
( 4 8 )
一七六三年国王布告がインディアンの権原の排他的な根拠であるというわけではなく︑入植者が到来したと き︑﹁インディアンがそこに存在し︑社会の中で組織化され︑土地を占有していた﹂という事実がインディアンの権
( 4 9 )
原の根拠である︑とした︒
H a l l
判事による反対意見は︑歴史的事実を評価・解釈する際には︑先住民に対する偏見を排除しなければならな
( 5 0 )
いことに言及した︒そして︑土地所有に関する先住民の視点に留意しつつ︑﹁先住民が土地を占有し享受するという︑
先住民の権利をコモン・ロー上承認することを肯定する法理が多く存在﹂することを指摘し︑国王布告を﹁もともと
( 5 2 )
の権利についてのいかなる公正な決定も依拠する︑基本的文書﹂とみなした︒ただし︑先住インディアンの権原は条
( 5 3 )
約︑勅令または立法に依拠しない︑とも判示している︒また同意見は︑先住民の土地権を消滅させるには︑﹁明瞭か
( 5 4 )
つ簡潔な
( c l e a a r n d p l a i n )
﹂意図が必要であるとし︑そのような消滅が成立する場合には︑﹁たとえ先住民の利益が︑
( 5 5 )
英法になじみのないものであるとしても︑先住民の利益に一致した補償﹂を受ける権原が先住民にあることを示した︒
カナダ最高裁は︑結論においては原告の請求を棄却したものの︑実質的に︑
S t .
C a t h e r i n e ' s M i l l i n g
枢密院判決を
覆した︒この判決を受け︑連邦政府が従来の政策を転換させることになる︒ 3
・ C a l d e r 判決
一 七
七
︵ 六
九 七
︶
. ‑
‑ .
・ S p a r r o w 判決以前
第一節 第三節
S t . C a t h e r i n e ' s M i l l i n g
枢密院判決が示したように︑
はなく保護の対象とみなされていた︒そして︑保護の対象たる先住民が有する利益は︑集団ではなく個人が享有する
利益と考えられていた︒さらに︑インディアン法の構成員の地位についてのルールに見られるように︑入植者は︑先
住民が有していたルールを無視し︑さらには︑インディアン内部での対立を生じせしめた︒
る反対意見が先住民の視点を考慮していたことは︑注目されよう︒ただし︑これらの諸判例は︑国王に究極的な権原
が存するとしていることから︑先住民の﹁主権﹂を否定しているように思われる︒
第二章
S p a r r o w 判決
一九八二年憲法制定以後における先住民の地位および権利
カナダ最高裁判決を中心に
国王に譲渡した保留地をめぐり︑
M u s q u e
インディアン・バンドが信託財産 m
( t r u s t ) を侵害されたと主張した G u e r i n
事件において︑カナダ最高裁は︑
C a d l e r
判決における
J u d s o n
判事による相対多数意見および
H a l l
判事によ こうした連邦政府の政策は︑
小
関 法 第 五 五 巻 三 号
括
一九八二年憲法制定以前において︑先住民は︑権利の主体で
一九七三年の
C a l d e r
判決をきっかけに転換される︒同判決における
H a l l
判事によ
一 七 八
︵ 六 九 八
︶
カナダにおける先住民の憲法上の権利
2 ・ S p a r r o
w 判決
はないけれども︑その性質は︑完全には個人の
( e x i
s t i n
g ) ﹂と
一 七 九
︵ 六 九 九
︶
﹁承認され確定される﹂という文言の意味を
一九八一一年憲法第三五条一項の権利の内
る反対意見を引用し︑同判決が︑﹁インディアンが歴史的に部族の
( 5 7 )
る法的権利としての土地権を承認した﹂とする︒このように
G u
e r
i n
判決は︑先住性を根拠に先住民の権利を認めた
( 5 8 )
の で
あ っ
た ︒
G u
e r
i n
判決によれば︑このような利益の究極的な権原は国王に存するが︑インディアンは︑
よび所有する法的権利を有している︒そして︑彼らの利益は受益的所有権
( b e n
e f i c
i a l
o w
n e
r s
h i
p )
インディアンが土地において有している特殊な
( s u i
g e
n e
r i
s )
利益は国王以外に譲渡しえないという意味において私
的であるとし︑ またその利益が︑
o b l i g a t i
o n )
を生じさせる︑
インディアンのために土地を扱う国王の側に︑独自の信託上の義務︵口
d u
c i
a r
y
( 5 9 )
と 判
ホ し
た ︒
M u s q u e
m インディアン・バンドの構成員である
S p
a r
r o
w は︑自己が属するバンドに発給されていた食料目的の
漁業免許
( f
o o
d f i
s h i n g l i
c e n c
e )
一定の土地を占有お
と等しいわけで
( p
e r
s o
n a
l )
権利の概念に解消されないものである︒
G u
e r
i n
判 決
は ︑
で認められているものよりも長い流し網を使用して漁業を行った罪で︑連邦漁業法
( 6 0 )
第六一条一項に基づいて起訴された︒これに対し
S p
a r
r o
w は︑当該規制は一九八二年憲法第一二五条一項に反し無効
であると主張した︒この
S p
a r
r o
w 事件においてカナダ最高裁は初めて︑
容・性質を明らかにし︑また︑先住民の権利の制約についての基準を打ち立てた︒
まず
S p
a r
r o
w 判決は︑第三五条一項の﹁現に有する
( t r i
b a l )
土地を占有︑所有してきたことに由来す
明らかにする︒
S p
a r
r o
判決によれば︑﹁現に有する﹂権利とは︑ w
し︑﹁明瞭かつ簡潔な﹂消滅の意図を示す規制によって一九八二年以前に消滅した権利は︑第一二五条一項によって保
障される権利ではない︒しかし一九八二年以前に権利が規制されていたという事実によって︑第一二五条一項の権利が
( 6 3 )
定義されることはない︒そして︑この﹁現に有する﹂先住民の権利は︑﹁世代にわたる
( s i m
p l i c
i t y )
l i k e
)
関法
第五五巻︱二号
や活力
( v
i g
o u
r )
﹁ 現
に 有
す る
﹂
という文言は︑
︵ 七
0 0
)
かかる権利が︑ ﹁原始的な単純さ
( 6 4 )
においてというより︑むしろ現代的な形態において承認されていることを示す﹂︒
H o g g
によれば︑これは︑先住民の狩猟漁業権が︑ ヨーロッパ人の人植以前に行われていたような︑弓矢などによっ
て狩猟漁業を行う権利だけでなく︑技術の進歩とともに発展してきた方法を用いて狩猟漁業を行う権利も含む︑とい
( 6 5 )
うことを意味する︒
S p
a r
r o
w 判決によれば︑﹁承認され確定される﹂とは︑第三五条の権利にも︑憲章の権利と同様に︑ リベラルかつ
救済的な方法で解釈されるべきという原理が当てはまり︑疑わしい表現はインディアンに有利になるように解決され
( 6 6 )
るべき︑ということを意味する︒そして︑政府と先住民との関係は︑敵対的というより︑むしろ信託類似
( t r u
, s t
( 6 7 )
の関係にあり︑この文言は︑この歴史的な関係に照らして定義されなければならない︑とされる︒
次に
S p
a r
r o
判決は︑先住民の漁業権について論じる︒それによると︑先住民の漁業権は﹁伝統的な財産権では w
な い
﹂ ︒
そ れ
は ︑
﹁ 集
団
( a c o
l l e c
t i v e
によって保持される権利であり︑当該グループの文化およびその存在と一致し )
ている﹂︒したがって︑裁判所は︑
G u
e r
i n
判決が述べた先住民の権利の﹁特殊な﹂性質についての理解を発展させつ
つ︑﹁伝統的なコモン・ロー上の財産権の概念を適用することを避けるように注意しなければならない﹂ うに︑柔軟に解釈されなければなら﹂ず︑
の で
あ る
︒
( o
v e
r t
i m
e )
発展を認めるよ 一九八二年憲法施行時に存在していた権利を意味
一 八
〇
カナダにおける先住民の憲法上の権利
一 八
さらに
S p
a r
r o
判決は︑この﹁漁業権の簡潔な定義をホすことは不可能であるけれども︑間題となっている権利の w
( 6 8 )
意味について︑先住民の視点それ自身にセンシティブであることは可能であり︑実際上不可欠である﹂と主張する︒
ま た
S p
a r
r o
w 判決は︑第三五条一項の権利が絶対無制約なものではないとし︑その権利の制約についての違憲審
査基準を打ち立てる︒それによると︑第一に︑権利の制限が理にかなっていない
の規制が不当な
( u
n d
u e
)
困難を課していないか︑第一︱一に︑規制が︑当該権利を行使するためのより望ましい手段を 否定していないか︑が問われる︒この立証責任は︑当該立法を問題とする個人あるいは集団にある︒そして︑これら
( 6 9 )
を考慮する際︑先述したように先住民の視点にセンシティブでなければならない︑とされる︒
これらが認定されると︑次に︑権利の制限の正当性が問われることになる︒そこでは︑第一に︑立法目的が妥当か が審木且され︑当該目的が天然資源の保全および管理︑非先住民および先住民に害悪を与えることの防止︑あるいは他 の﹁やむにやまれぬ実質的な
( c
o m
p e
l l
i n
g
a n
d s u b s t a n t i
a l )
目的﹂であれば︑正当化される︒しかし︑﹁公共の利益
( p
u b
l i
c i
n t e r
e s t )
﹂といった過度に曖昧で広汎な目的は︑正当化されえない︒立法目的が妥当とされると︑第二に︑
先住民との特別な信託関係および政府の責任が考慮されることになる︒そして︑この信託上の義務から先住民の漁業 権についての優先権が導き出される︒その優先権の順位は︑①天然資源の保全︑②インディアンの食料目的の漁業︑
③非インディアンの商業目的の漁業︑④非インディアンのスポーツ目的の漁業︑とされる︒したがって︑天然資源 の保全の手段がとられた後は︑インディアンの食料目的の漁業が最優先されることになる︒さらに︑権利侵害が必要 最小限であるか︑公正な補償がなされうるか︑天然資源の保全手段に関して先住民との協議がなされたか︑というこ とも審査される︒これらの立証責任は︑国王にある︒
︵ 七
0
1 )
( u
n r
e a
s o
n a
b l
e )
か︑第二に︑権利
という観念は︑
また
S p
a r
r o
判決は︑第三五条一項が︑先住民と連邦政府との交渉の基礎を提供することにも︑その意義を見出 w している︒すなわち︑連邦政府が︑かつてのように︑先住民に対する義務を政治的なものにすぎないと主張すること は︑困難であるとされる︒第一二五条一項は︑少なくとも︑先住民が政府と交渉を行うことを可能にする︑堅固な憲法
( 7 3 )
上の根拠を提供しているのである︒
一九九六年八月ニ︱日に︑
V a n d
r e
P e
e t
判 決
︑
G l
a d
t s
o n
e 判
決 ︑
m S
o k
e h
o u
s e
判決といった漁業権をめぐる一二つの インディアンの食料目的の免許に基づいて捕獲した鮭を販売したことを罪に問うことが︑第三五条一項で保障され
( 7 4 )
た漁業権を侵害するか否かについて判決した
V a d n
e r
P e
e t
判決は︑第三五条によって承認され確定された先住民と しての権利を以下のように理解するのが最善であるとする︒第一に︑
で独自の先住民社会がすでに士地を占有していたという事実を︑憲法が承認する手段として︑第二に︑その占有と︑
カナダの領土をめぐる国王の主権の主張とを調和させる手段として︑
︵ 七
0
︱
‑
︶
ヨーロッパ人が入植する以前から︑北アメリカ である︒そして︑先住民としての権利の内容は︑
( 7 5 )
これら両者の目的を果たすことに向けられなければならない︑とされる︒
V a d n
e r
P e
e t
判決によれば︑この﹁調和﹂
正な調和とは︑
一般的に︑先住民としての権利に対して特定の内容を命じているわけではないが︑唯一の公平かつ公
( 7 6 )
コモン・ローの視点と先住民の視点を同じウェイトで考慮することなのである︒ただし︑その視点は︑
判決が出されている︒ ー.漁業権をめぐる判例 第二節
S p
a r
r o
w 判決以後
関法第五五巻︱二号
一 八
カナダにおける先住民の憲法上の権利
﹁内的制限
( i n t e r n a l
( d i s t i n c t i v e ) 文化にとって︑不可欠
( 7 7 )
﹁カナダの法構造︑憲法構造が認識できる文言で示されなければならない﹂とされる︒
V a n d e r P e e t 判決は︑第三五条一項の権利としての漁業権が認められる要件を以下のように示す︒まず﹁先住民 としての権利であるためには︑行為が権利を主張している先住民集団の独自の な慣行・慣習あるいは伝統の一要素でなければならない﹂︒そして︑この﹁不可欠﹂という要件を満たすためには︑
慣行・慣習あるいは伝統が先住民の﹁独自の文化の中心的で重要な部分﹂でなければならない︒また︑この慣行・慣 習あるいは伝統は︑入植者と接触する以前から存在するものでなければならない︒なぜなら︑第三五条一項の権利は︑
( 8 0 )
先住性に基づいているからである︒なお︑慣行・慣習あるいは伝統が︑ヨーロッパ人との接触の影響によって生じた
( 8 1 )
だけであるなら︑それらは︑先住民としての権利の承認基準を満たさない︒
V a n d e r P e e t 判決は︑これらの要件を本件事例に当てはめた結果︑それを満たしていないと判示した︒というの は︑市場が存在しなかったため︑魚の交換が当該先住民の文化にとって中心的であると認められなかったからである︒
インディアンの食料目的の漁業免許に基づいて捕獲したケルプのニシンの卵を販売することを罪に問うことが第三
( 8 2 )
五条一項の漁業権を侵害するか否かを判決した
G l a d s t o n
e 判
決 は
︑ S p a r r o
w 判決が示した優先権の理論の射程を限
定する︒
G l a d s t o n e 判決によると︑
S p a r r o w 判 決 の 優 先 権 の 理 論 が 適 用 さ れ る の は
︑ l i m i
t a t i o n )
﹂のある事例においてであり︑
S p a r r o
判決はこの﹁内的制限﹂のある事例に該当するが︑本判決で問題 w
となっている﹁内的制限﹂
のない事例においては︑その理論は文字通り適用されない︒つまり︑﹁商業目的﹂
の場合には︑食料や社会的儀式的目的のそれとは異なり限界がなく︑﹁内的制限﹂が存しないとされる︒
G l a d s t o n e 判決によれば︑﹁内的制限﹂が存しない場合に制限となる唯一のものは︑市場の要求や資源の利用可能性といった︑
一 八 三
︵ 七
0 三 ︶
の漁業
( 8 9 )
土地権に関するリーディング・ケースは︑
D e
l g
a m
u u
k w
判決である︒
G i
t l
s a
n および
W e
t '
s u
w e
t '
e n
の世襲の首長
( h
e r
e d
i t
a r
y c
h i e f
s )
は︑個人としておよび﹁一族
H (
o u
s e
s )
﹂を代表して︑
五八
0 0
0 平方キロメートルの土地権を有すると主張し︑宣言判決を求めた︒これに対して判決を下したのが︑
De , 2 .土地権
( A b o r i g i
n a l
T i t l
e )
をめぐる判例
G l
a d
s t
o n
e 判決はまた︑
S p
a r
o r
w 判決が示した﹁やむにやまれぬ実質的な目的﹂とは何かを検討する︒
G l
a d
t s
o n
e 判決によると︑﹁独自の先住民社会は︑国王の主権が及ぶ︑より広汎な社会的政治的経済的コミュニティの中に存在
( 8 5 )
し︑その一部である﹂︑それゆえに︑先住民としての権利に対する何らかの制約が正当化されうる︒そして
G l
a d
'
s t
o n
e 判決は︑﹁やむにやまれぬ実質的な目的﹂には︑経済的地域的公平さ︑非先住民集団が歴史的に漁業に依存・
( 8 6 )
参加してきたことの承認といった目的も含まれる︑と判示した︒
インディアンの食料目的の漁業免許に基づいて先住民が捕獲した魚を購入・販売したことで罪に問われた非先住民 が︑先住民の漁業権を援用し︑無罪を主張したことに対して判決した
S m
o k
e h
o u
s e
判決において︑最高裁は︑商業
目的の漁業権を主張する場合は︑魚を金銭もしくは他の商品と交換する漁業権を証明するより︑立証責任が重いと判 決した︒なぜなら︑魚を金銭あるいは他の商品と交換することが︑独自の文化に不可欠であることを証明するだけで なく︑﹁廂業的なものと最もよく特徴づけられる規模で︑魚を金銭あるいは他の商品と交換することが︑独自の文化
( 8 8 )
に不可欠であることを証明する必要がある﹂からである︒
第 五 五 巻 三
( 8
号
4 )
外的な抑制のみなのである︒
関法
ブリティッシュ・コロンビア州における
一 八 四
︵ 七
0 四 ︶
カナダにおける先住民の憲法上の権利
一 八 五
同判決は︑土地権の特徴を︑先住民としての権利それ自体となりうる特定の活動に従事する権利以上のものである
( 9 1 )
とし︑すぺての活動が先住民社会の独自の文化に不可欠な慣行・慣習・伝統の側面である必要はない︑と判示する︒
ただし︑その使用の範囲は︑権原の基礎を形成する土地への愛着の性質に矛盾してはならない︑という制限に服する︑
と さ
れ る
︒
D e
l g
a m
u u
k w
判決によると︑この本来的な制限は︑特殊な
( s u i
g e n e
r i s )
利益としての土地権の定義に由 来するものであり︑単純不動産権
( f e e
s i m p
l e )
と区別する︱つの方法である︒このような特徴は︑
コモン・ロー上
のルール︑あるいは先住民の法制度に見出されるルール︑どちらかだけでは完全には説明できないという意味におい
( 9 2 )
ても特殊であるとされる︒
D e
l g
a m
u u
k w
判決によれば︑土地権は︑先住民個人が保持しうるものではなく︑集団が保持し︑土地に関する決 定も︑当該コミュニティが行う︒
さて︑土地権を主張するためには︑先住民は︑以下の要件を満たさなければならない︒第一に︑国王が主権を主張 する以前から︑土地を占有していなければならない︒第二に︑現在占有していることを︑国王が主権を主張する以前 から占有していたことの証拠とするなら︑前者と後者の間に継続性がなければならない︒第三に︑主権が主張された
( 9 4 )
とき︑その占有が排他的なものでなければならない︒
これらの要件が満たされると︑次に︑土地権の制約が正当化されるかが審査される︒第一に︑当該制約は︑﹁やむ にやまれぬ実質的な立法目的﹂を促進するためでなければならない︒
D e
l g
a m
u u
k w
判 決
は ︑
S p
a r
r o
判決や w
G l a d '
s t o n
e 判決で示された原理が︑土地権に関する事例においても機能するとした︒そして第三五条の権利は先住民が以
( 9 0 )
l g
a m
u u
k w
判 決
で あ
る ︒
︵ 七
0 五 ︶
土地権に付随する権利としての先住民としての権利を主張した先住民に対し︑
A d a m
s 判決は次のように判示した︒
V a n d e r e P e t 判決の先住民としての権利の性質およびその認定基準に沿って考えると︑当該行為と土地との結びつ
( 1 0 2 )
きが独自の文化にとって中心的な重要性を有することまで立証する必要はない︒
V a n d e r P e e t
判決は︑先住民と土
地との結びつきに焦点を当てすぎることで︑先住民としての権利の認定および定義に関連する他の諸要素を見失って とりあげることにする︒
先住民としての権利と土地権の関係について言及したのは︑
( 1 0 1 )
C o t e 判決であった︒両判決は︑直接先住民の権利に関係するわけではなく︑条約上の権利が問題となった事例であ
る︒しかし本稿の目的にとって︑先住民としての権利と土地権との関係を論じることは不可欠であるので︑両判決を 3
.先住民としての権利と土地権の関係
関法
第 五 五 巻 三 号
( 1 0 0 )
一 九
九 六
年 一
0 月三日に出された
A d a m s 判決と
前から土地を占有してきたことと︑国王の主権の主張とを調和させる手段である︑とする
G l a d s t o n
e 判決の見解を
5 ) ( 9
踏襲し︑制約が正当化される立法目的の範囲を広汎に認めた︒第一一に︑当該制約は︑国王と先住民との特別な信託関
( 9 6 )
係と一貫していることが必要とされる︒
D e l g a m u u w k 判決は︑このように︑先住民の土地権について論じているのであるが︑究極的には︑訴訟ではなく 交渉によって解決が図られることが望ましいと示唆している︒
( 9 8 )
と こ
ろ で
︑ D e l g a m u u k w 判決は︑事実認定のあり方についてく
a n d e r P e e
t 判決を引用し︑
9 ) ( 9
を証拠として採用するという︑非常に注目すべき判断を行った︒
一 八 六
オーラル・ヒストリー ︵ 七
0 六 ︶
カナダにおける先住民の憲法上の権利
ら独立して主張しうる権利であるとした︒
( 1 0 3 )
はならないとしていたが︑このことは︑先住民としての権利が︑土地の使用あるいは占有と関連するという事実を軽 視しているわけではない︒なぜなら︑当該先住民が土地権を有していなくとも︑先住民としての権利は︑特定の場所
( 1 0 4 ) ( 1 0 5 )
で行使されるものであろうからである︒
( s i t e s p e c i f i c )
第三節
一 八 七
G u e r i n
判決は︑先住民の権利を国王の恩恵によるものとせず︑先住性に基づいて認められる権利であるとした︒
S p a r r o
w 判決は︑第三五条一項の権利の内容・性質を明らかにし︑権利の制約についての違憲審査基準を打ち立て
またこの両判決はそれぞれ︑先住民が有する利益を︑国王に信託上の義務を負わせること︑伝統的なコモン・ロー 上の財産権の概念を適用することを避けるように注意しなければならないこと︑という意味で﹁特殊な﹂利益とした︒
しかし︑この﹁特殊な﹂という意味は︑それ以上は明らかにされていない︒
S p a r r o
判決以後の判例は︑ w
S p a r r o
w 判決が示さなかった︑または明確に示していなかった点︵事実認定のあり
方、第三五条一項の権利の性質、漁業権•土地権の存否についての要件、それらの権利の内容、
Sparrow
テストの
射程および﹁やむにやまれぬ実質的な目的﹂の内容︶を明らかにした︒
Adams 判決•
C o t e
判決は︑先住民としての権利と土地権の関係を明らかにし︑先住民としての権利を︑土地権か S p
a r r o
判決以前以後を問わず判例に共通している点は︑国王の主権を自明のものとしていることである︒この w
t こ °
小
括
︵ 七
0 七 ︶
ことは︑たとえば
S p a r r o 判決においては︑第三五条一項の背景を検討する文脈で︑ w
V a n d e r P e t e 判決においては︑
第三章
先住民指導者の主張
本節では︑先住民指導者たちによる主張を概観していく︒もちろん︑ここであげる主張がすべての先住民の主張を 代弁しているわけではないし︑先住民集団によって主張に違いがあることも確かである︒ただ︑彼らの主張の中には︑
共通点も存在するように思われる︒したがって︑ここではその共通点を探ってみたい︒
( C r e a t o r ) によって与えられた創造主の法であると考える︒
L y n o s
の言う先
( 1 0 6 )
住民の権利とは︑その法に基づいて︑動物を含むすべてのものと共同して土地を共有する責任を意味する︒
P l a i n は ︑ o ( w n ) に与えたこと︑我々が土地を守り資源を賢明に使用する神聖な義務を有していること︑我々は︑これらのことを信じ
( 1 0 7 )
ているのである﹂と述べる︒
A h e n a k e w は︑土地権と先住民としての権利との区別が︑土地権に由来する先住民としての権利という主張に とって本質的であるとする︒彼によれば︑﹁所有﹂や﹁占有﹂をめぐる先住民の権利概念と西欧的な権利概念は異
( 1 0 8 )
なっている︒
I t t i n u a r も同様に︑土地に対する先住民の考えはヨーロッパ人と異なると指摘する︒彼によると︑先住
﹁個人や集団が土地を所有しないこと︑支配する L
y o s n は︑先住民の権利を︑創造主
第一節
先住民の権利についての検討
第三五条の権利の性質を検討する文脈で示されている︒
関法
第 五 五 巻 三 号
ためではなく使用するために創造主が土地を我々に集団的
一 八 八
︵ 七
0
八 ︶
カナダにおける先住民の憲法上の権利
1 .先住民の権利の根拠
第一ぷ即先住民の権利をめぐる判例の検討
一 八 九
一八六七年憲法
一八六七年憲法第九一条二四号は︑イン
民は︑﹁我々全員が息をすることの出来る空気が売買されないのと同様︑土地を売買可能な商品
( c o m m o d i t y )
と見
なさない﹂︒土地に対する先住民の伝統的な態度とは︑﹁土地は︑誰にも属さないということであり︑我々はそれをし
( 1 0 9 )
ばらく借りているだけ﹂なのである︒
S n o w は︑先住民が今なおこうむり続けている不利益について論じている︒その不利益とは︑先住民は立憲主義体
︶
( c o n s t i t u t i o n a l f o r m
•-___-—
佃
において︑外国語︵英語︶
でインディアンの権利を説明することを求められている︑
とし
うものである︒不利益はこれだけにとどまらない︑と彼は主張する︒なぜなら先住民は︑英国の法システムおよび立 法システムを通じて自分たちの権利を追求する必要があったからである︒すなわち︑時としてインディアンの言葉と 同義の英単語を見つけることができず︑それゆえ外国語で自分たちの権利を説明することは︑ほとんど不可能なので
( l l O )
あ る
一七六三年国王布告は︑基本的には︑植民地政策を定めたものであり︑それゆえ︑ ︒
S t . C a t h e r i n e ' s M i l l i n g
枢密院
( l l l )
判決当時に︑それを︑先住民の権利を定めた文書と言うには困難であった︒
ディアン政策の担い手は連邦政府である︑ということを明確に打ち出したことを示すものであった︒また︑少なくと も一九七三年に
C a l d e r 判決が出されるまでは︑連邦政府は︑先住民を﹁保護﹂の客体としていた︒
は︑連邦および州政府の管轄権について規定し︑先住民の管轄権については何も語っていないけれども︑上記のこと
︵ 七
0 九 ︶
な基準を提示している︒
判例は︑どの先住民に︑どのような権利が認められるかは︑ケース・バイ・ケースで判断しなければならないこと を強調してきている︒これは︑いかなる権利を有するかは︑当該先住民がどのような歴史的背景を有するかに拠ると されているためである︒しかしその一方で︑判例は︑
判例によれば︑先住民としての権利が認められるためには︑当該行為が入植者と﹁接触する以前﹂から﹁独自の﹂
文化にとって﹁不可欠な﹂慣行・慣習あるいは伝統の一要素でなければならない︒そして︑
受けることによって生じた慣行・慣習あるいは伝統は︑先住民としての権利を構成しない︒しかし判例は︑﹁接触前﹂︑
( 1 1 4 )
﹁独自﹂︑﹁不可欠﹂という要件を課す説得的な根拠を示していない︒﹁接触前﹂︑﹁不可欠﹂という要件は︑
B e
l l
が非
難するように︑﹁以前から存在していた﹂先住民の﹁法的権利﹂を認識することによって︑﹁先住民の権利についての
( 1 1 5 )
寛容でリベラルかつ現代的な定義﹂を促進するという
S p
a r
o r
判決が示したアプローチを否定するものであろう︒ w
2
.先住民の権利の存否についての基準
︵ 七 一
O )
( 1 1 2 )
に鑑みると︑先住民の主権については︑明文上否定するまでもない︑とされていたように思われる︒
既述のとおり︑先住民に対する連邦政府の姿勢に転換をもたらしたのが
C a
d l
e r
判決であり︑さらに︑先住民の権
利を確立したのが
G u
e r
i n
判決である︒これらの判決によって︑先住民の権利は︑恩恵や法令に基づくものではなく︑
( 1 1 3 )
先住性に基づいて認められる権利である︑ということが確認された︒先住民の権利を︑議会がいつでも変更しうる︑
恩恵や法令に基づく権利ではないとした点は評価されよう︒
関法
第 五 五 巻 三 号
いかなる場合に先住民の権利が認められるかについての一般的
一 九
〇
ヨーロッパ文化の影響を
ま た
︑
カ ナ
ダ に
お け
る 先
住 民
の 憲
法 上
の 権
利
一 九
ヨーロッパ文化によって影響を受けた慣行・慣習あるいは伝統が先住民の権利を構成しないとすると︑先住民 はヨーロッパ人が入植する前の状態を維持しなければならず︑新しい環境に適応できない結果をもたらす︑と
( 1 1 6 )
M c
N e
i l
は論じている︒さらに﹁不可欠﹂という要件は︑核心と周辺を区別することを前提としているが︑それが可 能であるかどうかは疑わしい︒この点について︑
V a
n d
e r
P e
e t
判決は︑市場の有無を基礎に︑当該先住民の文化に
( 1 1 7 )
とって中心的であるか否かを判断した︒これに対し
A s c h
は︑商品の交換は集団間の社会的発展にとって本質的であ り︑制度の有無を当該文化の慣行・慣習あるいは伝統にとって不可欠であるかどうかの基準とすることは不可能であ
( 1 1 8 )
る︑と批判している︒﹁独自﹂という要件は︑ヨーロッパ文化との類似性もしくは相違性を基礎としているが︑先住 民としての権利は︑﹁独自﹂であるか否かではなく︑先住民集団が当該慣行・慣習あるいは伝統を必要としているか を基準として判断されるべきであろう︒
一方︑土地権を主張するには︑﹁国王が主権を主張する以前から﹂﹁排他的に土地を占有﹂していなければならない︑
と
D e
l g
a m
u u
k w
判決は判示する︒なぜ﹁国王が主権を主張する以前から﹂なのか︑また︑そもそもなぜ国王に主権 があることが前提となっているのかが問題となろう︒さらに︑先住民指導者の主張から明らかなように︑﹁排他的に 土地を占有﹂するという観念を先住民は有していない︒にもかかわらず︑それが要件とされていることに大きな疑問
( 1 2 0 )