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石垣市の子 どもに関す る死の意識調査研究

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(1)

石垣市の子 どもに関す る死の意識調査研究

一 死 につ い て の判 断 の型 , 経 験 を 中心 に‑

上 薗 恒太郎

Unt e r s uc hungube rdasTo de s be wus s t s e i nde rKi nde ri nI s hi gaki

‑hauptsachlich也berdieUrteilstypenunddieErfahrungenzum Thema,Tod̀‑

Ko ht ar oKAMI ZONO

石垣市で小学校4年生か ら中学校3年生 の合計831人 について死 に関す る意識調 査をお こな った。 その結果,1.時計 につ いて は7割 がいっか死ぬと判断 し,2.

何が死ぬ ものであるかの判断の型 をみ ると,生物 ・無生物 を判断基準 と している と見な しうる 「常識」的な型が12%と少 な く,3.判 断 の型数 の出現率 は2.5%

と多様で はないこと,4.死 について誰かに尋ね る ・話を聞 く対話が少ないこと, 5.年齢増加 とともに美 しい死があると思 うよ うになる傾向が明 らかにな った。

これを長崎市 を中心 とした調査結果 と比較す ると,概略同様の傾向を示す ことが わか った。

Ⅰ. は じめに

子 どもの死 の意識 とい う言 い方 には,2つの要素がある。 1つ は,子 どもとい う,発達 の過程 にある存在 を対象 とす る点,2つ 目に,死 に関す る意識 とい う,文化,社会,歴史 の背景か ら了解すべ き課題 を扱 う点である死 のテーマに関 して,子 どもを強調す る論述 や分析 は,発達 の視点 に流れて きた し,死 の意識 を強調す ると,文化論 ・社会論 として扱 う方向を生 み出 して きた。子 どもの死の意識 とい うテーマは,発達論 で包摂 され るだけで はな く,文化 の問題 と して も論究 され るべ きであ り, また しか し文化 も個 における継承 と 発達 の過程 を欠 いて存続 しうるものではあるまい。大人‑の発達で もな く,社会 と文化の 反映で もな く,子 どもの死 の意識構造 を捉 えようとす る試みは,社会的意識 と しての文化 を連続す る ・ない し非連続である過程 として,個人 において意識の生成 として捉 え ること が可能 なので はないか。 ここでいう意識 は,意見 と して表明 しうる意識化 された ものだけ ではな く,歴史的な背景 として埋没 した, 日常生活 において,理由を忘れ去 られた行為規 範,意識 の深層部を構成す るもの,一言で,個人を形成す る文化 を表 している。本論 にお ける子 どもの死の意識研究 は,生成過程 にある文化 の様相 を個人の意識の集合 において捉 えたい とす る立場か らの研究である

このために,筆者 は,個人の連想の集合 を検討す る方法 を採 る一万1), ドイ ツにお け る 子 どもの死 の意識 と比較す る方法を採 って きたが2),本論では,質問紙票 によ る石垣市 で

の調査 を分析の対象 とし,必要 に応 じて長崎市周辺 での調査 と比較 した。

石垣市 を調査対象 としたのは次の3つによる。

(2)

2 長崎大学教育学部紀要一教育科学一 57

1. 日本 の文化が一定 のまとま りと して考え られ るとい うことは,死 の意識 も日本文化 を構成す るもの と して一定 のまとま りを もっ と仮定 で きる。 そのまとま りのなかで も,良 崎 と比較 して違 いを認 め うる可能性 のある地域 として,石垣市 を選んだ。石垣市 は地理的 に日本 の周縁部 に位置 し,文化の上 で大和や江戸の影響ばか りで はなか った し,意識 にお いて も沖縄 の内外の区別か らす ると薩摩以北 は外側 にある。 さらに石垣 は,沖縄本島か ら

して も被支配地域 と して帰属 と差別 の関係 に置かれたなど,沖縄本島史 に包摂 しきれない 歴史 と文化 を もっている。地理,文化,意識の こうした距離か ら,死 の意識 に違 いが認 め

られ るか もしれない。

2.長崎での調査で,長崎県内の島峡部 と都市部 の差があま りみ られない とい う印象を 受 けた.長崎県 の島峡部 は長崎県への統合以前,歴史の経緯か らす ると同一 の行政単位下 にあったわけではない. それに もかかわ らず,長崎県の島峡部で も都市部 で も子 どもの死 の意識 に違 いが少 ない とすれば, E)本全体で も島供部 と見なす ことので きる,石垣島にお いて,長崎での調査 と変 わ りない意識状況 にあ るのだろうか。すなわち, 島峡部で も都市 部で も死 の意識 は日本文化圏内であれば同様 といえ るか どうか

3.石垣 島の場合,沖縄本島に比べて,第二次世界大戦 による意識 の流 れの2つの意味 での切断が少 ないと考 え られ る。すなわち,文化 の連続性 に関わ る人為的な切断 と新 たな 強 い印象 による記憶切断の影響が少 ないであろ う。石垣島において も,移住 などによる文 化の切断があ ったが, これは死の意識 の近隣諸島 との混合 とも考 え られ,交流 によって生

まれた結果がかえ って島嘆部の意識 の一般性 を代表 しうるか もしれない。

調査 に使用 した質問紙 は,10項 目の質問, (はい ・いいえ)で答 え る部分 と記述 す る部分 とで構成 した。概略,何 が死ぬ ものであるかの判断を求 め る部分,死 に関連 した経験 を問 う部分,死 についての対話 を問 う部分,死 についての考 えを問 う部分 に分かれ る なお, それぞれの質問項 目は,各項 目を分析す るⅡ以降で示す。

本論で分析対象 と した子 どもの死 の意識調査 は,1996年9月 に石垣市内の2つの小学校 と2つの中学校で,小学校 3年生か ら中学校 3年生 までの 6学年 についてお こなった。 そ の際,各学年2クラスを無作為 に抽 出 した。調査対象者数 は合計831人であ る (表1)。女 性が47.4%を占め,男女比 に格段 の差 はない3)。年齢構成 と して15歳 の人数 が少 な く, 個 人の傾向が強 く現れやす い点 を考慮す る必要がある。

表 1 石垣市 における璃査対象者の年齢構成 と男女敦

年 齢 9歳 10歳 11歳 12歳 13歳 14歳 15歳 計 人数(うち女性)/人 78(36) 143(67)111(56)145(71)147(63)148(69) 59(32)831(394)

Ⅱ.

死なないもの,死ぬ もの

子 ど もたちが何 を死 ぬ もの と認識す るかを知るために,石,時計, タンポポ,木,イヌ, クジラ,大人, 自分の8つ に関 してそれぞれ, いっか死 ぬ と思 うか を尋 ね た。 本 論 で は

「はい

「わか らない

「いいえ」 の解答8つを型 にまとめて論 じた。論 じる型 の中心 は, 大人 にとっては 「常識」 と思 われが ちな判断,すなわち,石や時計 は死 ぬ もので はない,

タンポポ,木, イヌ, クジラ,大人, 自分 はいっか死 ぬ もの, である。

Ⅱ1 1.何が死ぬ ものであるかの判断の型

死ぬ もの ・死なない ものの判断 において,生物 であるか否かを基準 にすることが 「常識」

(3)

であ り,生物 はいっか死ぬ,生物でない ものが死 ぬ ことはな い とすれ ば, そ して技術上

「いっか死ぬ とお もいますか?」に対す る答 え 「はい」 に1の番号を,「わか らない」場合 に2の番号 を,「いいえ」 に3の番号 を付与 して表示すれば,33111111の答 えが 「常 識」

型 だ とい うことになる

石垣市 の小学校3年生か ら中学校3年生 までで, このような 「常識」型の答は全体の12.

0%であ った (表2)。表2か ら,煩雑 を避 けるため上位6つの型 につ いて折れ線 グラフに したのが図 1である

表2 不死 ・死 についての各判断の型が各年齢 に占める割合 判断の型 9歳

31111111 23.1% 11111111 16.7% 33111111 10.3%

21111111 7.7% 31311111 0.0%

31131111 2.6%

13111111 6.4% 11311111 0.0%

11131111 1.3%

33131111 0.0%

10歳 11歳 18.9% 29.7%

14.7% 15.3%

9.1% 7.2%

6.3% 4.5%

2.8% 3.6%

2.1% 0.0%

1.4% 2.7%

2.1% 2.7%

2.1% 0.9%

1.4% 0.9%

12歳 13歳 22.8% 22.4% 17.2% 19.7% ll.0% 19.0%

2.1% 4.1% 4.1% 2.0%

4.8% 1.4%

0.7% 2.0%

0.0% 2.7% 2.8% 0.0%

1.4% 0.7% 11位以下,型 と全体 に占める割合を19位 まで示す。

22111111,1.0%; 31331111,1.0%; 33311111,1.0%;

11111113,0.7%; 11331111,0.7%; 23111111,0.7%;

33331111,0.7%

14歳 15歳 計 31.8% 22.0% 24.5%

17.6% 5.1% 16.1% 10.1% 20.3% 12.0%

2.0% 3.4% 4.1% 2.0% 3.4% 2.6%

2.7% 3.4% 2.4%

2.0% 0.0% 2.0%

2.0% 5.1% 1.9%

0.0% 1.7% 1.2%

2.7% 0.0% 1.2%

31111311,0.8%;

31121111,0.7%;

各判断の型が各年齢 に占める割合

A

/\ . / \

\ /

㌔ ●

Y

L一一一 /

L r / \ 八 ○

E)

0‑ 31111111

r

11111111

◇ ‑

33111111

義‑ 21111111

‑ 31311111 ロー 31131111

(4)

4 長崎大学教育学部紀要 一教育科学 一 57号

「常識」型が12.0%とは,低 い と思 われ るだろう 時計を死 ぬ と判断す る31111111型 と 石 も時計 も死 ぬ とす る11111111型が全体で上位 を占め る点か らして,低 さの要因 は時計 と 石 の判断 にあ る。

石が死ぬか否かの判断をみ ると,全体で56.6%が死 なない と答えている.9歳が46.2%, その後14歳で62.8% (15歳で69.5%)に増加す る4)。石の場合, わか らな い, の反応 も多

く,全体で12.9%である 石がいっか死ぬ との答 えは,全体で30.4%である。

時計で は,死 ぬ ものだ との反応が多 く,全体 の70.6%に達 している わか らない は全体 で4.1%,死 なないは24.9%である。各年齢での,時計 はいっ か死 ぬ との答 え の割 合 をみ ると,15歳,次 に9歳が最 も低 く,64.4%および66.7%で,11歳,次 に14歳 が高 く,79.3

%および74.3%であ り,年齢 に沿 った有意味な傾 向 は見 られない。

タンポポと木 は,他の対象 と比較 して,似 た数値 を示す。 タンポポはいっか死 ぬが全体 で80.9%,木が78.9%,死 なないが15.2%そ して13.7%である。

死 ぬ もの,死 なない ものの判断の型で (表2,図 1),5位 と6位 に タ ンポポ と木 につ いて死 なない と判断す る型が くることは,2つが,石 と時計 に次いで判断のわかれ る対象 であることを物語 る。7位以下10位 まで,石,時計, タンポポ,木, の判断で異 な る型が 登場 し, イヌ, クジラ,大人, 自分 につ いては,死 ぬという判断で変わ らない。14位になっ

て クジラが死 なないを含む型 (31111311型,0.8%),15位 に自分が死 なないを含 む型 (ll 111113型,0.7%)が登場す る。石 と時計 に関わ る判断の違 いで生 じる上位4つ の型 で全 体 の56.8%を占め, タンポポと木 についての判断の違 いを含 めた上位13位 までで全体の71. 1%を占め る。

出現す る判断の型の種類 とい う点か らは,組み合 わせ として考え られ る型の数 よ り,莱 際 に出現す る型が少 ないo 出現 した判断型 の総数 は163種類,8つの対象 につ いて組 合 わ せ上想定 しうる判断の型数6561を基準 にす ると, 出現率 は2̀5%で あ る 子 ど もた ちは石 や時計 をは じめ個別の対象 について さまざまに判断 しているが,判断の型 と してわずか2.

5%に集約 され るのは注 目され る。上位13位 まで, お よそ1割 (8人) 以上 の者 が答 え た 型で71.1%, 2人以上の型で86.8%を占める。831人の判断の型が2.5%の種 類 に集約 され

るのは,判断の型 とい う点 か らは,多様 ではない ことになる。

イヌ, クジラ,大人, 自分それぞれの結果 は,死 ぬが全体で,95.4%,89.7%,93.1%, 91.7%で, いっか は死ぬ とす る数値が高 い。 クジラで は, わか らないが高 く (9,10歳 で 6.4%,9.1%),全体 で4.9%, クジラの死 なないが全体で5.3%である。 自分 について は, 死 なないが5.4%,大人 につ いては4.2%, イヌで は3.0%である。 イヌ, クジラ,大人, 自 分では確か に死 ぬ との判断を比較的 くだす ものの, クジラで判断が分かれ あるいは迷い,

イヌにつ いて は比較的迷 わず死 ぬ と判断 している。 同 じく動物で も身近 な存在 と情報世界 の生 き物 との差であろ う。

Ⅱ‑

2.長嶋 との比較

時計 を除 いた判断の型 によって,長崎市の調査 と比較す る。表3は,石垣市 での調査か ら時計の判断を除 いた ものである。判断型 の上位 は,表2と変 わ らない。表3では,表2 で第3位 にあ った33111111型が第1位の3111111型 に吸収 され,31311111型が3311111型 と

して現 れ るが,新 たな3131111型 と3.6%で並ぶ。図2はこれ らを折れ線 グラフに した もの である。

(5)

表 3の上位3つ は, 石 の判断 によ って分かれて い る石 は死 な な い とす る3111111型 , 石が死 ぬ とす る1111111型,石が死 ぬか ど うかわか らない とす る2111111型 で あ る 4, 5 位 には,木, タ ンポポによ って判断 の分 かれた型 が並 び,6位以下 にそれ らの組 み合 わせ が続 く。

表3

もの

・死ない

判 断

年齢 9

3111111 33.

3 %

1111111 23.

1 %

2111111 9.

0 %

3131111 2.

6 %

3311111 1.

3 %

1311111 0.

0 %

3331111 0.

0 %

1131111 3.

8 %

10歳

1

1

29.

4 % 3

6.

9 %

16.

1 % 1

8.

0 %

9.

8 %

6.

3 %

3.

5 %

0.

9 %

4.

2 %

3.6

%

2.

8 %

3.6%

2.

1 %

1.

8 %

2.

1 %

0.9%

1331111 0.

0 %

1.

4 %

0.9%

12歳 13歳 34.

5 %

41.

5 %

17.

9 %

21.

8 %

4.

1 %

4.

8 %

6.

2 %

2.

0 %

4.

8 %

2.

7 %

0.

0 %

2.

7 %

2.

8 %

2.

0 %

2.

8 %

0.

0 %

3.

4 %

0.

7 %

142

4歳 2.

6 %

15歳 計 42

. 4 %

37.1%

%15

%3

0. 18.3%

3.

4 %

3

. 4 %

5.8%

5.

4 %

3

. 4 %

3.6%

2.

7 %

6.8% 3.6%

2.

0 %

5.1% 2.2%

%%%770110

% % % 7 0 4

001

時計 を除 いた各判断の型が各年齢 に占める割合

45 40 35 30 25 20 15 10 5 0

タ一一 一ト ー.I.一一

タ 、、 /

0

/ 〜

ヽ t \

je .

‑L プ■1、‑

「●

111l111111111111113131112131㍊

Aト

9 10 11 12 13 14 15 全体2

石垣市 の3111111型 (石 は死 なない,他 の生物 は死 ぬ) と,長崎市 とその周辺 での31111 11型 との違 いを,図2と図3で見 ると,傾 向が異 な ることに気 づ く 長崎 の傾 向 につ いて 筆者 は先 に 「9歳 あた りに死 につ いての安定 した基準 を もつ時期が あ り,12歳 あた りで は いろいろ考 えて しま う,成人 の頃再 び判 断 は安定 を見 る, とい う ことにな る」5)と論 じた が,石垣 の場合 は,11歳,12歳 あた りで の減少傾 向を認 め る ことはで きない。石 で迷 って い る2111111型 が11歳 か ら14歳 で増加す ること もな い。 石 垣 の場 合 ,3111111型 す な わ ち

(6)

6 長 崎大学 教育 学 部紀要 一教育 科 学 一 57

「常識

型が,9歳か ら15歳 まで傾向 として増加 している。すなわち 「常識

的 な判断 と 呼べ る傾向が年齢 と共 に増加 している6)。

石垣市でのデータで, I、つか死ぬという判断が多か った時計 を除 くと・3111111型 の 占 める割合 は全体で37.1%である。長崎市 とその周辺での調査で20歳 と表示 した大人 (平均 23.87歳)で, この型の判断を示 したのは58.5%であった。 石垣 と比較 す るため に長崎で の9歳か ら15歳 に限定 して当該の数値を求めると,44.5%である。

石垣市 の37.1%は,長崎 に比べてい くらか低 いよ うに見える。 しか し,石垣での9歳 か ら15歳の調査結果が示す増加傾向に当てはまる関数式 を見出 し7),その式 によ って石垣 で の20歳の3111111型を推定す ると,53.8%になる長崎でのそれは58.5%であった。 また, 石垣 と長崎の当該年齢 におけるカイ2乗検定で も有意差 はみ られなか った。 したが って, 石垣 において 「常識」型の出現率が低 いとは必ず しも言えない。

長崎 :石によ り判断か分かれた3つの型

60 50

40

30 20 10 0

0304畿 05 06歳070809歳10歳 11義 12義 13畿 14 15義 16畿 17義 18鐘 20JL 全件 図3●)

Ⅱ.

死 について自分か ら尋ねたか

子 どもたちが死 について考えるには何か動機があるだろう,外的な動機 として,死んだ 動物を見た,仲のよか った動物が死んだ, あるいは死んだ人を見 た場合 には何か しら死 に ついて尋ねるのではないか,内的な動機,死ぬのは嫌だと思 ったとき,死について自分か

ら誰かに尋ねないだろうか,死 に関わる経験 と関心 とをここで考 えたい。

Ⅱ‑

1.死んだ動物を見る経験か尋ねる行為 と結 びつ くか

死んだ動物を見た経験 は,調査票上 に現れるところでは,死 という概念の理解 と死への 関心 によって成立す る意識化 された記憶である。死んだ動物 との遭遇の機会 は,生活経験 の拡大 に も左右 され るが,意識 に も左右 される。死 に関す る意識 は 3歳 6ケ月で もある :

「木 は死ぬの ?

死なないよ,葉 っぱがでて くるよ」。 あるいは肉屋での発話 : 「これ な んの肉 ?

死んで るの ?

殺 したの

?

̲P)。大人 にな ると, 肉屋 で死 んだ動物 を見 た と 意識す るとは考えに くい。 しか し確かに毎 日の食事 は,死骸 に満 ちている。そう考えると, 死んだ動物 を見たか どうかは,事実 だけではな く,関心 による意識化 にかか っているとこ

(7)

ろがある。

長崎市 とその周辺での調査結果 によれば,死んだ動物を見 たとい う経験 は,3, 4歳の 50%台か ら7歳以降の80%台への急激 な増加か ら,7歳 あた りか ら10歳の90%台への比較 的緩やかな増加 に転 じ,13歳 あた りか らは横這 いに近 い状態 となる10)。石垣での数値 は, 総体 として長崎 よりい くらか少 な く見 え,10歳で低 くなるものの,概略の傾向に大差 ない

ように見える (表4右)0

死んだ動物 を見 た ことが,死 につ いて誰かに自分か ら尋ね る行為 を誘発 しているかをみ ると (表4左),全体 の20%程度以下 に止 まっている すなわち,死 ん だ動 物 を見 た とい う意識 は,死 につ いて誰かに尋 ね る行為 に至 る動機 とはな らない。11歳以上での尋 ねたこ とのない者の割合 の高 さは,図4で見て とることがで きる。

表4 死んだ動物を見たことのある者が, 死 につ い

て自分か ら誰かに尋ねたことがあるか 死んだ動物を見たことがあるか 年 齢 尋ねたことがある 尋ねたことはない あ る な い

9101112131415

全 体

16.7%

18.9%

10.8%

13.8%

19.7% 18.2%

20.3%

16.8%

59.0%

52

. 4 %

78

. 4%

75.9%

70.1% 73.0%

69.5%

68.6%

87.2% 11.5%

78.3% 17.5%

91.9% 8.1% 91.0% 7.6%

93.2% 6.1% 94.6% 5

. 4 %

93.2% 5.1% 89.8% 8.9%

死んだ動物 を見たことのある者が,死 について自分か ら誰かに尋ねたこと (%)

0 I

■‑ 尋ねたことはない 0‑ 尋ねたことがある

9 10 11 12 13 14 15 全休 (年齢) 図4

(8)

8 長崎大学教育学部紀要 一教育科学 一 57

Ⅱ‑ 2.仲のよか った動物 との別離か尋ね る行為 と結びつ くか

仲 のよか った動物, ペ ッ トとの死 に遭遇 した経験があると,子 どもたちは死 につ いて 自 分か ら尋ね る傾 向がある。仲 のよか った動物 との死別を経験 した ことのある子 ど もについ て クロス集計 してみ ると, その経験 のない者が死 について 自分か ら尋ねた こととの間 に, 1%水準で有意差 を認 める11)。すなわち,仲のよか った動物が死 ん だ経験 の あ る者 は, 死 について自分か ら誰かに尋ね るといえ る。

図5では, しか し,全体で見 ると,仲のよか った動物 との死別経験 のある者で も,死 に つ いて尋ねた ことのない者が多数である。表5のパーセ ンテージの分母 は各年齢の調査対 象者数である。5割前後が仲 のよか った動物 との死別経験 を もち,仲 のよか った動物 との 死別経験が死 について尋ね る行為 に至 ると考え られるに もかかわ らず,3割前後 の子 ども たちが尋ねていないのは,対話が不足 していることを示す と言えよ う。

表5 仲のよかった動物か死んだことのある者が, 冗

について自分から誰かに尋ねたことがあるか 仲 のよか った動物が死んだこと 年 齢 尋ねたことがある 尋ねたことはない

9101112131415

全 体

12.8%

14.0%

6.3%

9.7% ll.6%

10.1% 10.2%

10.7%

24

.

4

%

28.0%

36.0%

37.9%

34.0%

30

.

4

%

28.8%

32.0%

%%%%%%

%

%る.6.2.2.3.9.9

. 4

.03638612544444444

朋蛸脱硝蛸的弼哨1829162154545555

仲のよか った動物が死んだことのある者が, 死 について自分か ら推かに尋ねたこと

/ \

/ ∫

一 一 . t

〆 ー 0

)

■‑ 尋ねたことはない O‑ 尋ねたことかある

9 10 11 12 13 14 15 全体 (年齢) 図5

(9)

Ⅲ‑

3.死んだ人 を見 た軽額か ら尋ね るか

死んだ人 を見 た ことがあ るとい う経験 と,死 につ いて尋 ね る行為 とは結 びついていない。

この要因 は,二つの方向か ら推察 され る。 1つ は,死んだ人 を見 た とい う意識が どのよ う な状況 での経験 を思 い出 してい るか とい う点 に根 ざす。 この経験 は,回答者 によ って, チ レビや新聞写真 でみた経験 も含 まれ うる し, 肉親 の死 に立 ち会 った経験 も含 まれ る この 2種類 の経験が子 どもの 自我 にの しかか る重 さの違 いは大 きいであろ う.9歳以上 とい う 年齢 はすでに,大人 の考 え る不可逆性,一回性,普遍性 とい う意味での死,別言すれば現 実 の死 を理解 していると思 われ るか ら。死 んだ人 を見 た とい う経験 の内包の広範 さにより,

また経験 の機会 と して は報道 での死が多 い ことか ら,経験 が死 についての関心 と結 びつか ないのであろ う

2つ 目は,子 どもたちが肉親 の死 において,往 々に して,子 ど もだ とい う理 由で死 の場 面 か ら外 され, また死 につ いて尋 ね る機会 を得ず,経験成立 の機会か ら二重 に疎外 され る のではないか。死 と子 ど もを切 り離 そ うとす る考 え方 は,子 どもに対す る 「配慮

と して 社会的正当性 を認 め られて いる観が あ り,死 の場か ら外 された結果,子 ど もは何が起 きて いるのか経験す る機会 を与 え られていない可能性があ る また,大人 自身が悲 しみ に沈 む 状況で,子 どもは大人 に尋 ね る機会 を得 ることがで きない し,大人 は子 ど もに説明す る言 葉 を もたない, とい う可能性 があ る 場面 な らびに言葉 を欠 くと,肉親 の死 であ って も, 死 の経験 と して理解 しうる形 で経験 が成立 しない。人 の死 を受 け入れ ることは,大人 で も 容易で はない, その場合,場面 はあ って も,死んだ人 を見 た ことがあ るか とい う問 いにイ エスと答 え る気 になれない。実 際 に,子 ど もに死んだ人 を見せ ることは少 ないのか もしれ な い。

石垣,総 じて沖縄で は,亀 甲型 の荘重 な墳墓 をつ くり,死者 をめ ぐる祭 りも多 く,死者 との交流 を考 え る機会が多 く,子 ど もに とって も死 につ いて考 え る機会 が多 いと推察 され る それ もしか し,死んだ肉親 を意識化す るとい う形で経験が成立す るのか どうか。

全体 と して,半数 を越 え る子 ど もが死んだ人 を見 た ことがあるとい う数値 は,高 くはな い。長崎の同年齢の結果 と比較す るとむ しろ,低 めであ る。死 んだ人 を見 た ことが あ りま すかの問 いに,必ず しも肉親,知人 の死 を もって答 えて いるわ けで はないと推察 して いい だろ う。

表6 死んだ人を見たことのある者が, 死 について 自 分から誰かに尋ねたことがあるか

年 齢 尋ねたことがある 尋ねたことはない

23451111

全 体

12.8%

14.0%

5.4% 10.3%

12.2%

10.1% 13.6%

ll.1%

28.2%

29.4%

37.8%

40.0%

45.6%

43.9%

45.8%

38.9%

死んだ人を見 た こと

あ る

46.2% 48.7%

47.6% 50.3%

45.9% 54.1% 51.0% 47.6%

59.2% 40.1% 56.1% 43.2%

62.7% 37.3%

52.5% 46.2%

(10)

10

(%) 50 45 40 35 30 25 20 15 10 5 0

長崎大学教育学部紀要 一教育科学 一 第57

死んだ人 を見 たことのある者が,死 について 自分か ら誰かに尋ねたこと

■‑ 尋ねたことはない O‑ 尋ねたことかある

9 10 11 12 13 14 15 全休 (年齢)

図6

Ⅱ‑

4.死ぬのは嫌だと思 う経験か ら尋ねるか

死ぬのは嫌だ と思 った ことか ら死 について 自分か ら誰か に尋ね るとは,集計結果か ら言 えなか った。

死ぬのは嫌だ と思 う経験 は,死をめ ぐる対話 によ って支 え られ る必要を示唆す ると考 え れば, この内的経験が70%を超 える点 は重視 され るべ きである。死 ぬの は嫌だ と思 った こ とがあ る者の15%足 らず しか死 につ いて尋ねていない (表7)。 その要 因 の一 つ は, 死 が 近代社会 において タブー視 されていることであろ う。 しか し,7割 を越え る子 どもが死 ぬ のは嫌 だと患 う経験 を もちなが ら,尋 ねず にすませていることは健全 な状況で はない。

死 に関わる話 として意識 されな くて も対話が成立 しているとの希望が もて るの は,石垣 における次の状況であ る : 「生命」 とい う言葉のイメー ジが,石垣市 において,連想調査 による長崎 との比較 によれば,誕生 に関連す る言葉 と多 く結 びっ いていた12).石垣 にお い て,生命 につ いて,誕生 に関わ って また,地域行事 などを通 して語 る点が,死 についての 子 どもの関心 に間接的 に応え ることにな っているとすれば幸 いである。死 についての対話 の少な さは, しか し,石垣 に限 った ことで はな く,一般的 に日本 において死 に関す る対話 が必要 だ と思 われ る。

(11)

表7 死ぬのは嫌だと思 ったことのある者が, 死 につ いて自分から誰かに尋ねたこと

年 齢 尋ねたことがある 尋ねたことはない

9101112131415

全 体

17.9% 47.4%

15.4% 46.9%

10.8% 64.0%

ll.0% 55.2% 15.6% 50.3% 16.2% 56.8%

13.6% 40.7% 14.3% 52.6%

死ぬのは嫌 だと思 ったこと

%%%%%%%%る.6.9.7.6.7.0.9.55957855076766757

20.5% 18.9%

17.1% 25.5%

25.9%

24.3%

39.0%

23.6%

死 ぬのは蝶 だと患 ったことのあ る者が, 死 について 自分 か ら誰か に尋ね たこと

■‑ 尋ねたことはない O‑ 尋ねたことがある

9 10 11 12 13 14 15 全体 (年齢) 図7

Ⅱ‑

5.死 について椎かの話を聞 いているか

子 ど もたちが 自発的 に死 について尋 ねないと して も,死 につ いて話 を聞 く機会が あれば いい。 しか し,図8を見 ると,話 して もらった ことが あるとも言 えないことが伺 え る。全 体 と して76.1%が死 につ いて 自分か ら誰か に尋 ねた ことはないと答えて いるが,誰 か に話 して もらった経験 につ いて も,72.4%がないと答 えてい る (図8)。 誰 か に話 して も らっ た ことが ない子 ど もの割合 の高 さは,長崎 も同様 である (長崎で74.6%)。 この二 つ の数 値 は しか し, ドイ ツのガルス, フランクフル トa.M.の39.1%に比べ ると非常 に高 い13)。 ド イツの調査 で は,51.1%が死 について話 して もらった ことがあると答え るが,石垣では21. 1% (長崎23.1%)であ り, ドイツとの比較 において 日本 での死 に関 す る対話 不足 を示 す

と言 え る。

(12)

長崎大学教育学部紀要 一教育科学 一 第57

死 について誰かか ら聞いたこと

%0000807060504030201001

国 ない 園 わからない

■ ある

9 10 11 12 13 14 15 全体

図8

Ⅳ.美 しい死

石垣市 の子 どもたちが,美 しい死があると考えて いるか ど うかを見 ると (図9), あ る と答え る者が全体で44.2%, ないと答 え る者が42.5%で, およそ半 々である。 年齢 を追 っ てい くと, しか し,26%前後 (9歳26.9%,10歳25.9%)か ら半数以上 (14歳66.9%,15

歳54.2%)へ と増加す る。すなわち年齢 とともに,美 しい死があると考 え る者が増 加 して い く14)。 また, わか らないが減少 していき,年齢 とともに考 えがはっきりして くる様子 が うかがえ る。

この2点,美 しい死があるか ど うかおよそ半々である点,年齢 とともに増加す る傾向の 双方 とも,長崎での調査結果 と大 きな差 はなさそ うであるlS)。長崎で は美 しい死が あ ると 答えた者が3歳か ら20歳 の全休で44.0% (9歳か ら15歳 では48.0%), ないが全体で42.8% (9歳か ら15歳で37.7%)であ った。長崎の場合14歳 まで, わか らな い との答 えが多 い。

年齢 による増加傾向につ いては,長崎では11・12歳 で増加 の度合 いが強 くな るが,同様の 傾向が石垣 で も見 られ る しか し石垣 の場合増加が11・12歳か,14歳 あた りで変化がある のかは判断 しがたい。

(13)

美 し い 死

%00706050403020100rl

国 ない Eヨ わからない } ある

9 10 11 12 13 14 15 全体

図9 V.おわ りに

石垣市 における子 どもの死 の意識調査 によ って得 られた情報 のなかで,本論 は, はい ・ いいえ,で答 え る部分 に依拠 して論 じた。石垣の調査 で,新 たに時計 の判断を調査 に加 え たが,時計 につ いて は死 ぬ との判断が全体 の7割 と多か った。時計 を除 くと,判断 は主 に 石 によ って揺れ る。

ペ ッ トなど,仲 のよか った動物 が死んだ経験 は,死 につ いて 自分か ら尋 ね る傾向 と結 び つ く。 また,死 ぬの は嫌 だ と思 う者 が多 い点 か ら,死 につ いての関心 は高 いと解釈で きる けれ ど も,死 につ いての話 を聞 く機会 は少 ない。年齢 の増加 とともに死 についての判断 は

「常識」 と考 え られ る型が増 え,美 しい死 につ いての考 えが は っきり して くるよ うに見 え る

石垣での調査 を,長崎市 とその周辺 での調査 と比べ ると,判断の型 につ いて,9歳以降 12歳 までの 「常識」型 の割合 の降下がみ られない,経験項 目の割合が低 く出 る傾向が ある などの相違 はあるが,全体 と して は同様 の傾向を示 して いるとの印象 であ った。 それ は, 死 につ いての対話 が,死 に関 わ る子 ど もたちの経験 と関心 の高 さに比べて,少 ない とい う 結論 を石垣 において も示す ものである。死に対す る関心 と,対話による情報 との間にはギ ャッ プがあ り,関心 に応 え るだけの話 を子 ど もたちは大人か ら聞 いていない。大人 は死 を語 る ことを避 けるべ きで はないだろ う ただ,死 をどのよ うに受 け止 め るかが,生活の中 にち りばめ られた習俗,文化 のなかで問わず語 りに示 され るな らば, ギ ャップは埋 め られ る。

石垣 には,生命 に関わ る教育 な らびに死者 をまつ る習慣 と文化 の要素が共 同体 にあ るよ う に思 う。 しか し,共同体 の もつ文化 の要素が どのよ うに反映 しているのか は,連想調査 と は異 な り,質問紙票 の集計か らは読 み とれなか った。 あ るいは地域 の特色 が,長崎の中学 生 との違 い として反映 して いるのか も しれない,本論 はその点 を提起す るもの とな った。

(14)

14 長崎大学教育学部紀要 一教育科学 一 第57

1)上薗恒太郎,藤木卓,糸山景大 ;連想調査 による (生命) と関連語 の分析 石垣市 との比較 を含 む長崎 の小学校4年生 か ら中学校3年生‑ ,長崎大学教育学部教育科学研究報告 第53号, 1997年。上面恒太郎 ; 「死」 につ いて解答 した言葉 と連想語,長崎大学教育学部教育科学研究報 52,1997

2)上面恒太郎 ;死 について子 ど もたちは誰 に聞 くか 日本 と ドイツでの調査研究‑ ,長崎大 学教育学部教育科学研究報告 49,1995年。上薗恒太郎 ;子 ど もに とっての美 しい死

ドイツとの比較 を含 む長崎の子 どもの死 の意識研究「 長崎大学教育学部教育科学研究報告 50,1996年

3)10歳 と13歳 にそれぞれ1名,性別不明があ った。表1の ( ) で示 した女性 の数 は,女性 と判別 した者 の数 であ る

4)カイ2乗検定 によ り5%水準で年齢 の差 に対す る反応 の有意差 を認 め る。

5)上菌恒太郎 ;死 の判断 における 「鼓」,長崎大学教育学部教育科学研究報告 48,54頁, 1995

6)5%水準 で有意

7)傾向線 の閑数式 :y‑0.020740065Ⅹ+0.28926932

8)3グラフの数値 を以下 に示す。長崎での調査 は計3974人 に対 す る詞査であ る。新 たに,16,17, 18歳,部分的 に20歳 を1995年発表 の図 (ebenda.上面,1995)に追加 して作成 した。

長嶋での,時計 を除 いた,死ぬ もの ・死 なないものの判断型の割合 と年齢

判Kの璽 03 04歳 05 06歳

0

7

08 09歳 10 11 12 13 14 15 16 17 18 20

31111111.8,6 5.0% 8.5,627.9% 45.7,644.3,653.3% 49.3% 38.3% 34.7% 45.8,637.7,648.2% 45.1% 51.2% 42.6,653.9,6 111111122.8% 4.3% ll.8タ̀ll.3,617.1% 16.7% 18.6% 24.6% 13.2タ̀14.6% 12.0% 9.19615.2% 19.9% 13.3% 14.7,619.1,6 21111110.0% 0.6% 0.5% 0.8% 0.6,6 0.0% 0.0% 2.4% 8.4% ll.8% 8,3% 12.5% 3.196 2.4% 1.8% 2.9% 1.5%

9)ぶんぶん通信編集部 (中島由美子)編集 ;第2 ぶんぶん通信 No.24,65,1995

10)上薗恒太郎 ;子 ど もの死 の意識 と経験 長崎 を中心 と した調査研究‑ , 長崎大学教育学 部教育科学研究報告,17,1996

なお,表44か ら衰 77まで は, わか らない との等 を省 いて示 した

ll)死 んだ動物 を見 た経験 の場合,x2乗値,1.70であ り,仲 のよか った動物 が死 ん だ経 験 の あ る者 が死 につ いて 自分か ら誰 かに尋 ね るか否か は,x2乗値,13.28,1%水準 で有 意 味 で あ り, 死 ん だ人 を見 た経験 に関す るx2乗値 は3.76,自分 か ら誰 かに尋ね るとのテー ゼ との結 びつ きは認 め られない。死 ぬのは嫌 だ と思 った経験 は,x2乗値,5.29で比較的高 いが,5%水準での有意 性 は ない。

12)上薗 ・藤木 ・糸山 (1997),18,19

13)上薗恒太郎 (1995),19

14)美 しい死 の年齢増加 に関わ るx2乗値 は82.68と高 く,0.1%水準で も有意味であ る

15)上薗恒太郎 (1996),子 ど もにとっての美 しい死,31‑33

表 3 の上位 3 つ は, 石 の判断 によ って分かれて い る 。 石 は死 な な い とす る 31 1 11 1 1型 , 石が死 ぬ とす る 1 1 1 11 1 1 型,石が死 ぬか ど うかわか らない とす る 21 1 1 1 1 1 型 で あ る 。 4 , 5 位 には,木, タ ンポポによ って判断 の分 かれた型 が並 び, 6 位以下 にそれ らの組 み合 わせ が続 く。 表3 時 計 を 除 い た 死 ぬ もの ・死 な な い も の の 判 断 型 の 割 合
表 7 死ぬのは嫌だと思 ったことのある者が, 死 につ いて自分から誰かに尋ねたこと 年 齢 尋ねたことがある 尋ねたことはない 9 10 11 12 13 14 15 全 体 1 7

参照

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