九州大学学術情報リポジトリ
Kyushu University Institutional Repository
危機状況における集合的避難行動に関する研究
釘原, 直樹
https://doi.org/10.11501/3073308
出版情報:Kyushu University, 1993, 博士(教育心理学), 論文博士
危機状況における集合的避難 行動に関する研究
釘原 直樹
目次
第1章 問題提起…...4
第2章 危機状況の人間行動を研究するための方法並びに実験装置....・H・....・H・..12
A)硲路状況...14
B)迷路状況………・…………・… ・ ...ω C)複数の出口 がある状況...お 第3章 危機状況からの避難行動に影響を与える諸要因の効果...・H・-……...・H・..27
1節 集合サイズが脱出成功率や出口における混雑発生の程度、 攻撃・ 譲歩行動に及ぼす効果.……・...幻 1、 集合サイズに伴った脱出許容時間延長の効果…...・H・-……….27
2、 集合サイズに伴った出口数増加の効果...・H・...・H・H・H・...・H・..………47
2節 恐怖が脱出成功率や他者行動への追従に及ぼす効果.………..58
l、 恐怖が他者行動への追従並びに固着行動に及ぼす効果………58
2、 恐怖が集合脱出と単独脱出に及ぼす効果………68
3節 危機事態のリーダーシップの効果.…...81
1、 迷路状況におけるリーダーシップ条件効果………H・H・-一…81 2、 自然発生リーダーシップの効果...94
2
第4章 危機事態、の人間行動に関する数理モデ、ノレ……….104
1、 追従性と固着性の時系列変動に関するモデル…...・H・-……・………・……….104
2、 迷路内の人の移動に関する数理モデノレ.……H・H・-………・………115
第 5 章 総括…-・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・…・……・………129
本研究の結果による危機管理に対する提言.…一 ………....・H・-……...・H・..132
あとがき………・………・・……・・………一……….137
引用文献.…・・………・・・・………・…………H・H・-………・…・・.138
第1章 問題提起
火災などの危機事態において、 人々が同ーの出口に向かつて殺到し、 そこで折 れ重なるようにして倒れているという災害例がしばしば報告されている。 例えば 1�3年12月に起きたイロキュオス劇場の火災では火災それ自体はすぐに消し止め られたにも関わらず、 人々が閉ざされた出口に殺到して将棋倒しになり600名にも のぼる死者を出す惨事が発生している(Perry& Pugh,1978)。 また、 1942年11月の ボストンのココナツ ・グロープ・ナイトクラブでも出口への人々の殺到によって 488名の死者を出している(Veltfort& Lee,1943)。 わが国でも、 昭和47年5月に発生 した大阪千日前ピルのキャバレー・ プレイタウン火災では多数の人がエレベー タ ーやその他の限られた出口に殺到したことが明らかにされている(安倍、 1974) 。 このような例から危機事態では1人の行動様式が他者の同様な行動様式を誘発しや すくなることが考えられる。 即ち、 危機事態では群集を構成している各成員の同 調・追従傾向が高まり、 同時に多数者間の激しい競合行動が発生することがある。
また緊急時は人間の最も本質的な部分、 即ち愛や勇気、 臆病や利己心等が顕在化 する状況とも考えられる。
このような危機事態における集合行動は古来より人々の関心を引くところであ りLeBon(1885)、 Tarde(1901)、 McDougal(1920)等の研究をはじめ多くの研究がな
されてきた。 その研究領域は広く、 ミクロなレベルとしては集合体を構成してい る個人の生理的反応から、 マクロなレベルとしてはパニックや混乱を防ぐための
4
都市計画や社会経済システムにまで及んでいる。 また研究手法も、 思弁的考察や
現象記述的研究からインタビューやアンケート調査、 アクション・リサーチまで
様々である。 思弁的考察の中にはデータに裏打ちされた実証的研究よりもかえっ
て人間の本質に迫るような深い洞察を行っていると思えるものも存在する。
しかし、 集合行動の発生・促進・抑制条件を統制して因果関係を検証すること
を目的とする実験的研究はこれまであまり行われていない。 その第1の原因はこの
分野における実験的方法の困難性にあるものと考えられる。 この種の実験には現
実事態との対応関係とそれから倫理的問題が必ず問われることになる。 第2の原因
は集合的避難事態に発生する混乱、 いわゆるパニックに対する定義と、 そしてそ
の発生条件について必ずしも明確ではない点にあるかもしれない。
パニックという言葉の由来について南博は「もともとギリシア神話の パーン
(Pan)という神の名からとったものである。 パーンは上半身が人間、 下半身が羊の 姿をしている半人半獣の神で、 この神は昼寝をしているときに誰かに邪魔される
と、 それを怒って恐怖を人閣の世界に送る。 そうしてパーンの神が 送る恐怖に逃
げまどう人たちの行動をパニックと呼ぶようになった。 Jと述べている。 この言
葉の由来が示すようにパニックは「恐怖Jと「集合の混乱した逃走Jという2つの
要素が必ず合ま れているように思える。 しかしそれでもパニックの定義や発生条
件、 それから適切な研究方法に関してはいくつかの異なる主張がある。 その上パ
ニックが実際に発生することがあるのか否かということや、 パニックに巻き込ま
れた個々の人は恐怖や感情の高揚によって原始的本能のおもむくままに盲目的に
行動するのか、 あるいはそのような事態でも自己の生命や財産を守るということ に対しては合理的・合目的的に行動しているのか(社会全体、 集合全体の利益を
考えるというところまではいかなくても)という根源的問題についてさえ一致し
た回答は得られていない。 表1-1に主な研究者が提案しているパニックについての
定義とその発生条件を示す。
表1-1 主な研究者が提案しているパニックの定義と発生条件
研究者 定義 発生条件
1.不安動因の共通性 怖日�害の状況での集団的恐怖や恐 12. 脅威や
投緊影恨の発脅生 もたらす不適応反応ぱか
i
不安の と…安倍
は
ではなく、経済的変動がも きっかけらすであろう事態への人々 逃れ道が制限されているという認知 の過剰防衛反応や政治的変動 君事集動因 (向調)
による民衆の混乱した状態。 餓争動因 行動への動員 協力の崩纏によって象徴的に
示される。共同の危険に集直面
して今まで存在していた 団 1..事前に暖懲備が出来ていない緊急事態
藤竹 肋秩序は解体して、各人はパ 脱出口が完全には閉ざされていないという認知 ラパラな存在となり、お互い 事態が処理し得ない段階まで進んでしまったという感覚
隙2夢自分の生命を救うために無 ノイズが充満し自分を託すことができない雑音のような情報の存在 中で競争し合う群れとな pリーダーシップの不在
る。
1制御要因
A) 状況の定位. .危峻の原因を逃避可能だがコントロール不可能なこと がらに帰属する
B)時間の切迫皮の認知:切迫度は大きいが行動が不可能だというほど 他者を考慮せずに倒人がパラ ではない
パラに逃走すること。人々がド外的対応
A)対応の必要性:必要性のスイッチはオン
池田 社会的役割を果たしながら逃
B)選択肢への考慮:逃走という行動の選択 走する場合、逃避行動と呼ぶ。þ.内的対応
(この定義はQuarantelliを参
考にしている) 4.決情定動者がの強初い期が状情態動処理を優先させることはない 世界を脅威的に見る信念、身体的疲労 S.他者の影響
媛助規範の弱化、他者がモデルになる
時峨
安態などの個人の数ではなく、多 の人々の単なる心理闘で生じる無秩序な行動。異
�
身体や財産等I�対する危障の認知田崎 常な逃走行動が多数の人に起 努力すれば逃げられるという脱出の可能性 こり、その結果そうした行動 脱出路の制約
が起こらなければ被害が生じ 鍛争を激化させるような通常の規範の崩頒 なかったであろうとか、大惨 単位面積当たりの人数(過密)
事lと至らなかったと予想され る境合。
遠心的逃走.回避する行感動。
除酌出序で
れ正しい逃走ではなく 情
1.あらかじめ軍備せられた行動や組織的行動がなされていない時に予期 非合理なもの、恐怖に駆 せざる危険な 状況が現れること(LaPiereより引用)
た逃走行動が個人の立場 固E同山1いJ緑集リ、合体内の個人間のリピド一的連帯が切断されるとと(Freudより号l
Brown
初防酌恥、
当
にでらるみあ 他
もて不適応なものである
るいは個人的には適応 ーダーへの信頼性の喪失(Freudより引用) 同じく逃げようとして 酬締法の認知(Mintzより引用)
民
するもの。人の利害を容赦無く犠 ニックiとなりやすい者、いわば周動者の存在畑 応
が人的・内的反応と外面的反 ある。内面的には不安や ト般化された脅威の感情とい うよりは、特定化された危険 や特殊な対象物に対する恐怖 感と強い逃走衝動。外面的には危険な領織から自分をよ室ざ l背照的条件(パニック発生の促進的環境)
ける試み としての逃走。逃走 危険なことが起きるかもしれないという状況に対する先入観
jQuarant-
ド�
放考 之C 慮 当に
らたっては自分の行動がも �.直後的条件
lelli す社会的影響については a)脱出できないのではないかという認知
せず自己中心的である。 b)当該状況に対する無力感
行動はn on-ration al かっ c)社会的孤立感あるいは、危機に対して自分以外に依存できるものは
じ ;
iSぽi灯、必ずしもional、antisocial、 ないという感覚 ドl身na をla 危da 険ptiveではない。自分自な領}竣から遠ざける
!ιとi いうことだけを考えて逃走 外の行動を考えないので通 常の社会的関係や役割バター ンは無視される。
6
集合的篤悔やショック、 暗示、
曙牲仲目居飛のイ倣 心理的�� 集団連帯
Strauss マジネーションの高婦、見高煙、 盲目的逃走、 幻覚 や不安感、 混乱、 リーダ ーに対する信頼性実失
パニックには2つの見方があ る。1つは恐怖にとらわれた個 人の感情や情動状態を指す。
もう1つはface to face contact
Schultz 区
:の
r
o 綾upに起こる逃走行動を定義 とするもの. ここでは逃 走の可能性が重要となる。 前 l性し者、が
ヵのt観点に立てば逃走の可能 あればパニックは起きな
、 後者によれば逃走の可 能性がある時のみ起きる。
ヒステリー的信念に基づく集 合的逃走。 一般化された脅威 Smelser についての信念を受け入れて、
人々はその脅威から生命や財 産、 あるいは権カを守るため に社会的拘E作用の際立され たパターンから逃走する。
l肉体を弱めるもの(酷町、 不健康、 栄養不良、 疲労等)
i
精神能力を弱めるもの(混乱 疑い 不確実性)情動的緊張やイマジネーションを高揚させるもの(不安、 孤立感、 不
l
暗示リーダーシップの欠さ 如と信頼性低下安定性)模倣 急激な心的感染b生命が危機にさら れているという意識
(組織化された集団、 例えば軍隊等の場合)
l集団のリーダーに対する信頼性喪失(集団凝集性の低下)
区担軽備され、慣習化された行動では対応できない脅威が知覚されたとき、
戦例闘えば般の不意討ち ゃ新兵器の出現
i
開始を長時間にわたって待っているとき 肉体的、 情神的に弱化させる条件�.集団の一部の成員が他の成員に何の説明もせず後方に突然走り去るよ うな時
(非組織集団の場合) l危機の知覚
匝先行条件や背景的条件の存在 相互情動促進、 行動感染 協カの崩J:Ø
1.精進的誘発性
例えば経済パニックの場合の経済・社会物様造や火災の場合の退避の可
I
能性等パニック発生の背景となっている 理的社会的権造 区ストレーン
不気味な予期せざる危険や未知の脅威等により引き起こされる 日!不安
ヒステリー的信念の一般的要素(先だっ強く預りつめた状態) 14.きっかけ要因
ドラマチックなできごと、 例えば爆発、 政治的崩媛、 銀行破産 l 3恐怖ヒステリー的信念の特殊的要素(逃避すλき特定の対象が明硲となっ
た状態)
�.逃走への動員
1人の逃走が他者の逃走を誘発する r7.統制
リーダーシップ等
まずノ《ニックの定義については安倍のように「不適応反応Jや「過剰防衛反応J といったようにパニックを広い意味で捉えている研究者も存在するが一方、 池田 のように「混乱した逃走」として狭い意味で捉えている研究者もいる。
発生条件については生理的 ・心理的条件から社会的条件まで実に様々な条件が 挙げられている。 生理的条件としては疲労、 栄養不良、 酪町等であり、 心理的条 件は恐怖、 不安、 暗示、 脱出できないのではないかといった認知等であり、 社会 的条件はリーダーシップの欠如、 集団連帯性や凝集性の低下等である。 このよう に沢山の条件が存在することはパニックの発生条件が一様でないこと、 背景とな る条件や副次的条件と直接的条件がパニックによって異なること、 様々な種類の パニックが存在しパニックの個体差があること、 そのために1つのパニックについ ての事例研究の結果が他のパニックについては必ずしも当てはまるものではない
こと等を示唆している。 例えばSchultz(1965)は、 軍隊のように組織化された集団 と一時的に集まった群集のような非組織集合体ではパニック発生条件のウエイト が異なっていると述べている。 後者の場合、 恐怖や不安が主要な要因とされてい るが、 前者の様な集団で、は戦場において絶えず恐怖にさらされているわけで、 恐 怖や不安は直接的条件ではなく「大将が首を取られたJといった場合のようなリ ーダーシップの喪失やリーダーに対する信頼性喪失等をきっかけとする集団の連 帯性や凝集性の崩填や低下がパニックの直接的条件となるとしている。
このように様々な様相を持つパニックに対してはいくつかの研究方法によるア プローチがなされている。 第1は、 実際にパニックを体験した人やそれを目撃した 人に対するインタビューやアンケート調査、 第2は実験室内で模擬ノミニツクを発生 させ、 条件や要因の効果を分析する実験的研究である。 その他にも公刊物、 例え
ば新聞や政府 ・ 当局から出される資料などの内容分析や、 実験的研究ほどには厳 密な条件統制は行わないが、 避難訓練などの場を利用していくつかの避難誘導方 法やその他の要因の効果を現実に近い事態で検討することを試みるアクション ・
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リサーチなどがある。
危機状況における集合的避難行動を今後進めるに際しては、 実験や調査の方法 をより洗練されたものにすることが望まれるが、 なによりもパニックの定義から 暖昧性をなくし、 研究の守備範囲を明確にすることが必要であろう。 従来のパニ ックの定義は表1-1にも示されているように「不適応反応J r協力の崩填J r無秩 序な行動J rヒステリ一的信念Jといった峻昧な言葉が多数使われている。 本研 究では、 人々の行動的側面にのみ焦点をあて、 次のような定義をする。 r復数の 人々の逃走あるいは獲得行動が短時間のうちに激しく競合する現象。 Jこの定義 に従えば受験戦争、 立身出世、 恋人の獲得、 バーゲンセールに群がる主婦等は全 てゆるやかなパニックのようなものということになるが、 それらがパニックと異 なる点は時間的スパンが比較的長い場合が多いことである。
さらにこのように逃走や獲得行動の競合を定義の中核とすれば、 パニック発生 の主要な条件として、 そのような行動を触発する個人的認知が考えられる。 本研 究では危機事態の集合行動発生の最も基本的な認知として、
1、 危険(例えば火災・地震あるいは電気ショック)の認知、
2、 逃走する以外に適切な対処手段がないという認知、
3、 時間が切迫して、 脱出可能性が次第に低下しているという認知
の3つの認知が重複したものとして、 そのような認知を構成するような状況を実験 的に設定することを試みた。 そしてこのような状況のもとでの人々の聞の競合・
攻撃・ 譲歩・追従や脱出等の諸現象を検討したものである。
さて多数の人々の避難行動に関する研究としては、 町、 村、 都市、 地方レベル での広域避難研究と建物や地下街等の限られた空間における人々の脱出行動の研 究が存在する。 本研究は全て後者に属するものである。
建物の中の状況としては以下のような状況が考えられる。
第lは、 狭い出口がlつしかないという状況である。 ここでは出口をめざして多数
の人が殺到することによりパニックが起きる可能性がある。 第2は複数の出口をめ ざして人々が右往左往するような状況である。 大阪千日前のビル火災では人々が
マネージャーやボーイについて回り、 結局出口が見つからず、 ある出口のところ
で重なるように死亡していたという報告もある。 ここでは追従行動が問題になる。
第3は迷路状況である。 古い旅館やホテル、 地下街は所により通路が迷路のように
なっていることがある。 このような状況では、 人は方向感覚を失いやすく、 同じ
所を行ったり来たりするような行動がみられる。 本研究ではこのような3種類の状
況を電子装置やコンビューター・ネットワーク・システムを構成することにより
設定した。
上述したように避難行動に影響を与える要因としては様々なものが考えられて
いるが本研究では第1に集合サイズを取り上げた。 パニックは “複数の人々の逃走
あるいは獲得行動が短時間のうちに激しく競合する現象"をその定義の中核とし
ている。 これより人々の集合の存在がパニック発生の基本条件と考えられる。 そ
して集合の大きさがその集合を構成している成員閣の葛藤・競合や追従の程度に
影響し、 さらにそれが脱出成功率等を左右するものと考えられる。
さらに表1-1に示されているように従来の研究で共通して取り上げられているの
が、 恐怖とリーダーシップである。 そこで本研究では第2の基本的要因として恐怖
を取り上げた。 上述したように危機事態では1人の行動様式が他者の同様な行動様
式を誘発しやすくなり、 集合を構成している各成員の追従傾向を高め、同時に人々
の聞の激しい競合行動を生起せしめることが考えられる。 しかし恐怖の効果に関 する具体的な研究は殆ど存在しない。
またリーダーシップ要因については、 パニックがもたらす混乱を抑制する要因
とされ、 理性的で、かつ強力なリーダーシップの確立が重要であることが従来の諸
研究によって指摘されている。 しかしこられの研究はいかなるリーダーシップが
集合を効果的に統制しうるかということについて、 必ずしも具体的に明らかにし
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たものではなかった。 本研究はこのように危機事態の集合行動の基本的な促進要 因と抑制要因を取り上げその効果について検討した。
最後に本研究では集合行動に関する数理モデ、ルを提起し、 そしてモデルによっ て導き出された理論値と実験によって得られたデータとの適合度について検討し た。 集合行動に関する理論はこれまで数多く提案されている。 しかしそれらの殆 どが、 ただ集合行動の発生条件(社会的集団的条件やそのなかの個人の心理的生 理的条件)を単に羅列するか、 せいぜい階層づけをしているにすぎない。 集合全 体の時間的変動過程やそれらに影響を与える物理的環境的条件を詳細に記述する ようなモデ、ルの開発が必要である。 そうすることによって集合行動現象の記述や 説明がより正確になるばかりではなく、 コンビューター・ シミュレーション等を 通してその予測や制御が可能となるであろう。
以上、 本研究は危機状況からの集合的避難行動を実験的に検討することによっ て、 危機状況における危機管理についてひとつの貢献をすることを意図する。
第2章 危機状況における人間行動を研究するための 方法並びに実験装置
危機状況の人間行動を研究する方法としては事後調査研究をはじめとして様々 な研究方法が存在するが、 それぞれ長所と短所があり、 いずれの研究方法が最も
優れているとは言えない。 例えば、 インタビューやアンケート調査による方法は、
実際にパニックや災害を体験した人の認知や感情状態について直接問いかけるわ けで、 その意味ではパニック研究の方法としては第1に挙げられるものである。 し かしこの方法に対しても、 重要な要因を容易に同定できないとか、 定量的な結果 を充分に得られないとか、 方法論上の厳密性が欠如しているとかいった様々な批 判がなされている。 例えば事後インタビュー の場合、 記憶や認知 の歪みもさるこ とながら、 面接者が期待している方向や社会的に望ましい方向、 あるいは自身を よりよく見せるような方向に被面接者が回答することが考えられる。 人によって は、 ある事件に関心を持っていた場合、 実際には事件が発生した場所にいなくて も、 あたかもそれを目撃したごとく語ることや、あるいは思い込む場合さえある
(Buckhout, 1983)。 また悲惨さをことさら誇張するようなことも被爆者調査で言わ
れていることである。 このような様々な問題点があるが、 インタビューや質問紙 の構成方法やデータ解析の方法の改善を通して、 これらの問題点を克服する努力
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がなされている。
実験的研究に対しでも「生命が脅かされ極限的ストレスに人々がさらされてい る実際の状況と実験事態とはあまりにもかけ離れているJという批判がなされる。
即ち現実場面の実証的基盤が欠落しているという批判がある。 この批判は言葉を 変えれば状況に対する自我関与の程度の差に言及したものであるとも考えられる。
本研究は複数の人間聞の利害が対立し、 競争・葛藤・混乱・追従行動等が発生す るようないわば一種の実験ゲーム的状況を設定した。 ゲーム的課題は一般に人々
を夢中にさせ、 その状況にかなり自我関与させる性質を持っている。 コンビュー タ ・ ゲームが今日のように普及しているのもそのような人間の性質の一面を表し ているものと考えられる。 さらに実験を行う際には、 視聴覚両面の感覚遮断や電 撃による脅し等の手続きを用いることにより恐怖や不安を高めるような操作を行 った。 このような状況において、 被験者がかなりのストレスを体験していること
は被験者の実験中の表情や反応や実験後のインタビューの結果からも明かである。
本研究では建物や地下街等の限られた空間における人々の避難行動について検 討した。 建物や地下街などは主に複数の部屋と廊下によって成り立っている。 そ こで以下に述べる3種類の状況を実験的に設定した。
まず第1のタイプは隆路状況をシミュレートする装置である。 これは危機的場面 から複数の人聞が短時間で脱出しなければならないが、 しかし脱出口は1つ、 ない しはごく少数しか存在せず、 しかも多数の人間が同時に通り抜けることが不可能 な状況を設定するものである。 また被験者には脱出、 攻撃、 譲歩という3つの行動 オプションが与えられている。 この装置では混雑発生の度合い、 攻撃や譲歩反応 発生頻数が分析される。
第2のタイプは復数のコンビュータを連結したシステムを用いて、 集合成員が同 時に、 立体的3次元空間迷路の中を脱出する状況を設定するものである。 迷路の中 で各被験者は他者と遭遇したり衝突したりしながら迷路の中を移動することにな
る。
第3のタイプは複数の脱出口が存在し、 また複数の被験者にそれぞれ他の被験者 の脱出口選択反応の様子をフィードパックする装置である。 この装置は
Cruchfield(1955)タイプの同調行動実験装置のように、 実験者がフィードパックを 操作することが可能である。 この装置により、 複数の出口に対する複数の被験者 の集合および離散の様子を時系列的にとらえることができる。
A)陰路状況
パニック 行動や危機事態における集合行動 に関する従来の実験的研究といえば、
このタイプの装置が主に使われてきたと言える。 そしてそ の基本的モデルは Mintz(1951)の実験装置の中に見いだすことができる。 Mintzは複数 の被験者逮(15 名から21名)が瓶の中から、 糸に結びつけられた円錘体を取り出すという実験課 題を設定した。 但し瓶の口が狭いために、 円錘体を同時に2個以上取り出すことは できないようになっていた。 そのために、 複数の被験者が同時に取り出そうとし た場合、 出口が閉塞状態となる。 同lち混雑(Jam)が生じる。 また、 瓶 の下方か
らは水が少しずつ注入された。 被験者に与えられた課題は自分の円錘体が水に触 れる以前に、 それを取り出すというものであった。 図2-1はMintzの装置である。
この装置がパニ ック の実験的研究の基本的モデルとなった。 そしてそれ以後も これとほぼ同じタイプの装置を用いた研究(Klein, 1976)が行われている。 ただ、 こ
の装置にはいくつかの間題点が考えられる。 例えば、 複数の糸がからまったり、
視数の円錘体が瓶の口で詰まってしまって、 被験者が糸をゆるめた場合にも円錘
14
25.
cm
図2・1 Mintzの実験装置
体が下方に落下 しなくなる可能性がある。 そのために実験が中断することもあり うる。 また瓶が動揺しないように床に強固に固定する必要がある。
このタイプの装置としては他にKelley,Condry, Dahlke, & Hill(1965)をはじめと
してGross, Kelley, Kruglanski, & Patch(1972)や佐古・三隅(1982)、 Shul包(1966) 、 Kruglanski(1969)などが開発し使用している。
本研究ではこのような装置を発展させた装置を開発した。 改良点 の第1はJamが 発生した場合に、 攻撃や譲歩のような他者に働きかける手段を被験者が持つこと を可能にした点である。 第2は危険な場所から逃走する場合 かなりの努力が要求さ
れることが多いと考えられるが、 これを脱出ボタンの連続打叩と対応させたこと である。 第3に実験が中断したりしないように、 また正確なデータを得ることがで きるように実験装置を電子化したことである。
実験装置と実験手続き
図2・2は実験装置の配置図である。 以下に述べる文中の (括弧) の中の番号は図 中の番号に対応する。 実験室にはAからIまでの9つのブースが置かれた。 各ブー スの机上には脱出(5)、 攻撃(6)、 譲歩(4)の3つのボタンと発光ダイオードのカウン
ター(7)がついたボックスが置かれた。 またそこにはヘッドフォン(8)及び電気ショ ックを与えるための電極も用意された。 全被験者の前面約2.5m先には赤(3)、黄(2)、
青(1)のパイロットランプがそれぞれ9個、 計27個取り付けられているパネルが置
かれた。 このパネルは全ての被験者から見えるように配置された。
実験が開始されると同時に、 前面パネル上の赤ランプ(3)が一斉に点燈する。 こ のランプは危機状態(電気ショック発生装置(10)からの電撃)接近を示す信号で ある。 この合図とともに被験者は脱出ボタン(5)の打叩(脱出反応) を開始するこ
16
とになる。 脱出反応が試みられると前面パネル上の赤ランプが消失して黄ランプ (脱出反応信号(2)) が点燈する。 同時に、 被験者の机上に置かれたカウンター(7) が脱出ボタンの打叩回数を明示する。 これにより被験者は出口までの距離を知る ことができる。 但し、 ある被験者が脱出ボタンの打叩を行っている時、 他の被験 者が1人でも脱出ボタンの打叩をしはじめると当人はもとより、 全 被験者のカウン ターはストップし、 脱出ボタンをいくら押しでも数字を刻まなくなる。 即ち、 混 雑 状態となる。 この状態になると45KHzの信号音がヘッドフォン(8)を通して鳴り 始める。 この状態が続く限り、 誰一人脱出できないことになる。
従って被験者は攻撃か譲歩の混雑解消手段を執ることになる。 攻撃ボタン(6)が ある被験者によって押された場合、 当人以外の他の全ての被験者のカウンター(7) の数値がゼロに戻ってしまう。 即ち、 出口から最も遠い最初の出発点に 押し戻さ れたことになる。 また前面パネルの黄ランプ(2)が再び赤(3)に変わる。 勿論、 復数 の被験者がお互いに攻撃ボタン(6)を押した場合、 お互いのカウンターがゼロとな る。 一方譲歩ボタン(4)が押された場合には、 攻撃ボタン(6)の機能とは逆に、 譲歩 ボタンを押した当人のみが出発点 (カウンター 数値がゼロ)に戻ることになる。
また前面パネルの黄ランプが赤に戻り、 他者が優先できるような 状態になる。
このように混雑が発生した場合、 攻撃や譲歩をすることによって、 それを解消 しながらカウンターが100を示すまで脱出ボタンの打叩を続けることができれば、
脱出に成功したことになる。 脱出に成功 すれば前面パネルの青ランプ(1)が点燈す る。 被験者の反応の様子は全てモニター装置に集約して示され、 またイベントレ
コーダー(9)に自動的に記録される。
さて、 本装置を使った実験の場合被験者1人当たりの脱出許容時間は30秒とした。
この時間は予備実験によって、 脱出ボタンの100回の単純な打叩に要する時聞が平 均20秒であったためにこれに10秒加えて30秒としたものである。 従って被験者が9 名の場合、 270秒が脱出許容時間となる。 時間経過についての情報は30秒単位でへ
ッドフォンを通して与えられた。
実験手続きは下記のようなものである。 被験者はまず、 お互いに見えないよう に、 衝立で仕切られたブースに入った。 被験者がブースの中に着席した後、 1人ず つしか脱出できない条件の場合、 次のような教示をおこなった。 í本研究はパニ ックの研究であります。 制限時間内に、 1つしかない出口から脱出しないと電気シ
ョックが与えられます。 しかし、 その出口は同時に被数の人が通り抜けることは 不可能であり、 1人ずつしか脱出できないのです。 J
ここで、 被験者に実験参加についての了解を求め、 了解を得た後、 被験者の左 手人差し指と中指に電気ショックの電極が 着けられた。 さらに電気ショックがく るという真実性を増すために8OVPPmax,25Hzのサンプルショックが与えられた。
そして次の教示をおこなった。 íもし制限時間内に脱出しそこなうと、 このよう な電気ショックの5倍の強さのショックが来ますから覚悟して下さい。 但し、 決し て気絶したり死んだりすることはありません。 Jこのような教示を行った後、 被 験者には80dBのwhite noiseが常時発生しているヘッドフォンがつけられた。
実験開始とともに実験室内は暗室となる。 従って被験者は装置から発生する夜 光塗料とパイロットランプ、 並びに発光ダイオード等から出るわずかな光を除い ては他には何も見えない状態におかれた。 実験終了後は装置並びに手続き等につ いて説明を行った。
B)迷路状況
迷路状の曲がりくねった通路を個人あるいは複数以上の人が避難する場合を設 定したものである。
緊急事態における迷路脱出実験はこれまで松井・安倍・詫摩・多湖・瀬谷・島 田・金城・太田・中堅・杉山・風間(1982)や山本(1984)によってなされている。 松 井らは実際にベニヤ板などで迷路を作成している。 一方山本等はコンビュータ・
グラフィクスを用いた実験を行っている。
本 装置の特徴は従来の実験にはな い複数の人の集合による同時脱出が可能な点 である。
実験装置と実験手続き
実験室には6つのブースが置かれた。 各ブースの机上にはコンビュータ(子器) とディスプレーが置かれた。 使用したコンビュータはエプソンPC・286Vが4台と
NECPC・9801VXが2台である。 各コンビュータはRS-232Cを介して円状に連結さ
れた。 使用言語はN88・BASICであるが、 コンパイラによりオブジェクトにして使
用した。 故に動作はかなり速い。 通信速度は4800ボーである。 また机上には1本 の
スティックと1個のボタンがついたジョイスティック(コンビュータに連結されて
いる)も用意された。 被験者はジョイスティックを操作することによって一 一(ス ティックを意図する方向に倒すことによって意図する方向に転換が可能であり、
前進する際にはボタンの連続打叩を行う。 7回の打叩で1歩(lブロック)前進する) 一一迷路の中を 前後左右に移動することが可能であり、 移動及び方向転換にとも
なってテ、イスプレー上の迷路の立体的線画(壁や廊下)が変化する。 また集合脱
出条件の場合、 ある被験者の視野の中に他の被験者が存在している時には、 その
他者が着色された縦長の棒形状のものでディスプレー上に表示された。 他者と被
20
図2-3 迷路の鳥倣図
\
Other is just behind you.
図2-4 被験者が目にするディスプレー画面
験者の距離によって “棒(1)"の長さが変化した。 即ち接近すれば長くなり遠ざか れば短くなる。 さらに被験者の移動方向に対 する他者の移動方向を表示するため 棒に “矢印(2)"がつけられた。 被験者と他者が同方向を向いている場合には上向 き、 向かい合っている場合には下向き、 被験者に対して他者が右方向に移動して いる場合には右向き、 左方向に移動している場合には左向きの矢印が表示された。
ただし他者が壁の向こうに居る場合や、 被験者の前方以外の方向に存在する場合 には、 他者は表示されなかった。 あくまでも被験者の視野の中に入った他者のみ が表示されたのである。 集合脱出条件では6人グループのために"棒"は5本存在 し、 それぞれ異なった色で着色されていた。 故に被験者は他者を色によって識別 できる。 図2-3は迷路の鳥敵図、 図2-4は被験者が実際目にするディスプレー画面の 一例である。
また迷路の道幅が狭いために、 前方に他者がいる場合にはその他者を追い越し て進ことはできない。 故に直前と直後に他者がいてその聞に挟まれた場合はサン ドイツチ状態になり、 どちらかが動かないかぎり前方にも後方にも動けないとい う状況が出現する。 即ち渋滞が生じる。 このように前後に人がいる場合、 脱出ボ タンの打叩は無効であった。 さらに、 直後に他者が存在する場合には、"Other existsjωt behind you"という文章がディスプレー困面の下方に表示された。 故に後 方から他者に迫られている場合には、 この表示が頻繁に出現するのである。
すれ違うことも不可能であった。 すれ違う前に衝突して停止してしまう。 その 場合どちらか一方が来た道を引き返 さなければ、 両方とも停止したままで時間の みが経過することになる。
集合脱出条件では、 被験者はこのように渋滞に巻き込まれたり、 あるいは他者 との衝突を繰り返しながら出口に向かつて進行するのである。 6台のコンビュータ のうち1台のコンビュータが6名の被験者の座標と向きを、 それらが変動 する度に 順次メモリーに貯蔵した。 それを実験終了後、 シークエンシヤル・ ファイルの形
22
で一度にディスクに書き込んだ。
恐怖条件では、 この実験が緊急事態(火災や地震等)からの避難・脱出を想定 しているとの説明を行い、 実際場面の被害に対応するものとして第3試行、 即ち最 後の試行の直後に電気ショックを与えるとの教示を行った。
脱出許容時間は、 被験者には知らせなかった。 実験開始から30分経過後も脱出 できない場合には実験を打ち切った。 時間経過はヘッドフォンを通じて、 純音矩
形波の音の変化(漸次高くなる)によって知らされた。 実験は暗室で行われた。
実験が終わった後に実験内容の詳しい説明をして、 さらに被験者の迷路内の動き をディスプレー上に再現して見せた。 それから恐怖条件の被験者には電気ショッ クに関する手続きについては決して口外しないように要請した。
C)複数の出口がある状況
複数の出口を求めて人々が右往左往するような状況を設定するものである。 危 機事態では1人の行動様式(例えば脱出口の選択)が他者の同様な行動様式を誘発 しやすくなるものと考えられる。 即ち危機事態では群集を構成している各成員の 同調傾向が高まりやすいと考えられる。 同調行動についてはこれまでかなりの研 究が積み重ねられているが、 しかし危機事態の脱出行動を対象として、 それを時 系列的に分析した研究は行われていない。
実験装置と実験手続き
1
EDCBA
�:/_og i...,
AI14・・・・・ -・・・・21 1 D
5�,怠9 -・・・・3
-・・・・4 -・・・・5
B
C
1・・・・・
2・・・・・
3・・・・・
4・・・・・
5・・・・・
図2-5 同調行動分析装置
4 5
-・・・・2
1 1
E・・・・・3
・・・・・4
EDCBA
・・・・・1
・・・・・2 F
実験者
・・・・・3
・・・・・4
24
-・・・・5
モニター/コントロール装置
図2・5は実験室内の装置の配置図である。 図のように実験室には5個のブースが 置かれた。 各ブースの中には5個のボタン(1)(lつのボタンが1つの出口や脱出ル ートに対応する) と他者の脱出ルート選択の様子を提示するためのランプ(2)が組 み込まれているクラッチフィールド・タイプの向調行動検査器が置かれた。 また
赤(4)と青(5)のランプが組み込まれた装置(赤は危機、 青は脱出成功を示す) 、 さ らにはヘッドホーン(3)と電撃用の電極が用意された。
被験者はまず、 互いに完全に遮断されるような箱形のブースに入れられた。 被 験者がブースに入った後、 次のような教示がマイク(6)を通して与えられた。 r本 研究は人々が危険な場面に置かれたとき、 どのような事態が生じるのか 、 それを 調べるための基礎研究である。 J
実験開始とともに赤のランプ(4)が点灯する。 この合図とともに被験者は複数の
ボタン(1)のうちから1つのボタンを選択して抑す。 赤ランプは3秒間点灯し、 その 3秒間に被験者はいずれか 1つのボタンを抑さねばならない。 10秒間隔で赤ランプ が点灯し、 その都度被験者はボタン抑し、 即ちルート選択行動をする。 複数のボ タンのうち1つだけが正しい脱出ルートであり、 そのルートをたどれば、 即ちその ボタンを赤ランプがつくたびに一定回数繰り返して押せば脱出に成功するとの教 示が与えられた。 但し実際には正しいルートは存在しない。 また脱出成功に必要 なボタン押しの回数については具体的に教示されなかった。
自分の押しているボタンが正しくないルートに対応しているものと被験者が思 った場合には随時別のボタンに変更できる。 但し、 もし正しいルートをたどって いて、 しかもあと1回のボタン抑し反応で脱出に成功するというところまで来てい たとしても、 そこでルートを変更して、 後に再びそのルートに戻った場合には再 度最初の出発点から脱出を開始することになる旨が教示された。 このような教示 を行ったのは以下の理由による。 ある人がある脱出ルートを選択し、 それを進行 しているうちに、 そのルートが外界と通じているルートではないことが次第に明
らかになってきた場合、 あるいは、 あるドアから一生懸命脱出を試みてもそれが 開かなかった場合、 その人はまた別の脱出ルート、 あるいは別のドアに移ってそ こで最初から脱出を試みなければならないことになる。 本実験の手続きはそのよ
うな場面を想定したものである。
試行時間は5分でありその間被験者は30回のボタン押し反応をする。 自分及び他 者のルート選択の様子はランプの点滅を通してリアルタイムで各被験者にフィー ドパックされる。
26
第3章 危機状況からの避難行動に 影響を与える諸要因
第1節 集合サイズが脱出成功率や出口における混雑 発生の程度、 攻撃・議歩行動に及ぼす効果
1、 集合サイズに伴った脱出許容時間延長の効果
問題
lつの狭い出口しかないような部屋から集合が脱出する場合、 集合の大きさが大 きくなるほど脱出所要時間が長くなることは十分予想される。 この問題について 検討したのはKelley, Condry, Dahlke, & Hill(1965)のみである。 Kelley等は、 1人の
被験者が3秒間脱出スイッチを倒しておけば、 その被験者は脱出に成功するのであ るが、 復数の被験者が同時にスイッチを倒した場合、 出口が詰まった状態となり、
全ての被験者が脱出不能になるような実験設定を行った。 この実験では1人当たり 6秒の脱出許容時閣が与えられた。 従って4人集合の場合には24秒が、 ま た7人集合 の場合には42秒が脱出許容時間となった。
Kelleyらは以上のような実験設定のもとで脱出成功率や混雑発生の度合いに及 ぼす集合サイズの効果を分析する実験をいくつか行っている。 その1つでは、 集合 の大きさとして4人、 5人、 6人、 そして7人から成る向性の集合を構成した。 脱出 許容時間は先に触れたごとく、 1人当たり6秒であった。 この時間経過については 砂時計に類似した仕組みの液体の移動の様子 を被験者に提示することによって示 された。 その結果、 制限時間内での脱出成功率は、 4人集合の場合77%、 5人集合 57%、 6人集合31%、 そして7人集合では49%であった。 即ち4、 5、 6人までは集合 サイズの増大に伴い脱出成功率が低下するものの、 7人集合になると逆に脱出率が
高くなるという結果が示されたのである。 これについてKelleyらは次のような解 釈を行っている。 即ち、 7人集合の場合には、 それ以下の集合の場合に比べて脱出 許容時間がかなり余裕のあるものとして被験者に認知され、 そのために混雑が軽 減し脱出率が高められたのではないかというものである。
そこで第2実験では時間経過についての情報提示の方法を改め、 時間経過に従っ て音のピッチを漸次高めていくという方法がとられた。 このような時間提示の方
法によれば、 危機到来までの時聞が被験者には見当がつきにくいと考えられる。
実験の結果、 男女集合でやや異なる現象が見いだされた。 まず、 男子集合の場合、
脱出成功率は4人集合で67%、 5人集合63%、 6人集合42%、 そして7人集合では24%
で、あった。 即ち集合の大きさの増大に従って脱出成功率が低下するという傾向が 見い出された。 しかし女子の場合には、 4人集合29%、 5人集合37%、 6人集合3%、
そして7人集合では19%という結果を示し、 集合の大きさと脱出率との聞に明確な 関係が見い出されなかった。 このようにKelleyらの実験では集合サイズと脱出率 との聞に必ずしも一義的な関係が見いだされているとは言えない。
28
明確な結果が得られなかった原因のlつは、 KeUeyらの実験装置では3秒間とい
う短い期間、 1人の被験者のみが単独でスイッチを押し続けた場合、 脱出に成功す るというところにあるものと考えられる。 ところが、 この3秒間という極めて短い 時間は、 他者に よる譲歩の意志がある場合には勿論であるが、 そうではなく、 全 ての他者がたまたまスイッチから手を離していたといったことによっても3秒間程 の空白期間が作られるようなことも考えられる。 そこで、 その時脱出スイッチを 押していた人はその空白期間を利用して偶然に脱出に成功するということになる。
Kelleyらの実験で、 集合の大きさと脱出成功率の関係について安定した結果が得 られなかったのは、 この偶然の要因が脱出成功率をかなりの程度左右したためで あると考えられる。
第2の問題点として、 出口で競合が生じた際に被験者個々人が競合している他者
に対していかに積極的に働きかけるかという点に関して従来の研究では分析がな されていないということである。 即ち、 競合が生じた際に他者を攻撃したり、 あ るいは自ら譲歩するといった諸反応の操作が組み込まれていないことである。
そこで本実験では以上のような問題点を考慮し、 新たな機能を合んだ装置を考 案した。 まず第1の問題点に関連して、 本実験では脱出する際にかなりの努力(脱 出ボタンを最低100回打叩しなければならない)を必要とするような装置を工夫し た。 脱出ボタン100回の打叩に要する時間は約20秒であり、 その聞に他者の介入が あれば脱出できない。 従って1人が脱出するためには他者全員が約20秒間待ってい なければならない。 このような状況のもとでは短時間の空白期間に偶然に脱出す ることは不可能であり、 それ故に集合サイズと脱出率の間に安定した結果を得る ことができるのではないかと考えた。 また第2の問題点に関連して、 本装置では出 口での混雑解消手段として、 従来の研究にはない攻撃ボタンと譲歩ボタンを実験 装置の中に組み入れた。
ここでは上述したような観点から集合サイズに比例するかたちで脱出許容時間
を設定した場合、 サイズの変化に関わらず脱出成功率が一定になるのか否かを検 討した。 さらにサイズが出口における混雑発生の程度や攻撃・譲歩行動に及ぼす 効果についても検討した。
仮説
1)集合サイズの変化に関わらず脱出成功率は一定となるであろ う。
2)集合サイズが大きくなるに従い混雑や脱出・攻撃行動の発生頻数は多 くなるであろう。
方法
被験者:被験者は大学l、 2生295名(男173名、 女122名)0 3名集合が10組(男7組、
女3組)、 4名集合10組(男5組、 女5組)、 5名集合10組(男6組、 女4組)、 6名集 合10組(男7組、 女3組)、 7名集合10組(男6組、 女4組)、 9名集合5組(男2組、
女3組)である。 集合はいずれも向性の被験者により構成された。
実験装置と実験手続き:前章の随路状況設定の所で述べた装置や手続きと殆ど同
脱出許容時間: 1人当たりの脱出許容時間は30秒である。 これは脱出ボタン1∞回 の連続打叩に要する時間が約20秒であったため、 それに10秒加えたものである。
従って3人集合では90秒、 4人集合120秒・ ・ ・9人集合270秒が脱出許容時間となる。
30
80
40 30 20 10 70 60 50 脱出成功率%
10 9
8
4 5 6 7
集合の大きさ(人数) 3
0 2
集合の大きさと脱出成功率 図3-1-1
40
10 30
20
混雑度
9 10
5 6 7 8
集合の大きさ(人数) 3 4
0 2
集合の大きさと混雑度
図3-1-2
結果
1、 実験操作の妥当性(電撃予告の信想性)
実験終了後の面接の結果から、 被験者295名中、 2名を除く、 293名が電気ショッ クが来ることを信じていたことが確認された。
2、 脱出成功率
図3・1・1は集合の大きさ毎に脱出成功者の割合を示したものである。
図に示されているように、 集合サイズが大きくなるにつれて脱出成功率が低下す る結果を示している(F=3.45, df=5/49, p<.01)。
3、 混雑度(Jamseconds)
図3・1・ 2は異なった集合の大きさ毎の混雑度を示したものである。 混雑度は2名以
上、 即ち複数の被験者が同時に脱出ボタンを打叩している時間の人数倍である。
従って例えば、 3人の被験者が同時に20秒間だけ脱出ボタンの打叩を行えば混雑度 はωとなる。 図3・1・2の結果 は10秒当たりの混雑度の平均である。 この図から集合 の大きさが大きくなるにつれて混雑の程度が大きくなることが明確である (F=32.51, df=5/49,pく.01)。
4、 個人当たりの反応の活発さの分析
図3・1・3と図3-1-4 は集合サイズの違いによる個々のメンバーの脱出、 攻撃の各反 応傾向の強度を示したものである。 この指標は個々人の反応、 即ち脱出反応につ いては脱出ボタンの打叩時間、 攻撃反応については、 ボタンの打叩回数をそれぞ れの集合サイズ毎の脱出許容時間で割ることによって算出された。 そして算出さ
32
0.6
2 05
強 度
0.4
0.3
0.7
0.6
反 安0.5
度
0.4 0.3 0.2
2 3 4 5
6 7 8集合の大きさ(人数) 図3-1-3 集合の大きさと脱出反応強度
2 3 4 5
6 7 8集合の大きさ(人数) 図3-1-4 集合の大きさと攻撃反応強度
9 10
9 1 0
れた値をそれぞれの中央値で2分し 、 中央値以上の場合に1、 それ以下の場合を0と して処理した。 それ は打叩時間や打叩回数は個人間分散が大きいため変換した値 を用いて分析することが妥当だと考えられたからである。 図は変換されたO、1デー タに基づく脱出、 攻撃反応の各平均値を示したものである。
分散分析の結果、 集合の大きさの主効果が、 脱出反応(F=4.49,
df=5β89, p<.Ol)、 攻撃反応(F=3.04, df=5/289, p<.05)の両方の反応に見い出され た。 図から明らかなように、 各反応において集合サイズが6人のグループにおいて
最も活発なボタン押し反応が見られる。 そして、 集合サイズが大きい7、 9人の集 合では逆に集合全体の活動レベルが低下する傾向を示している。
5、 脱出 成功、 失敗パターンの事例分析
図3・1・5は3人集合で脱出に成功した典型的集合の例と、 また図3・1・6は6人集合で 脱出に失敗した集合の脱出パターンの例を示したものである。 各図の上方 は脱出 ボタンの打叩時間を被験者(A,B,C)毎に示したものである。 横軸は制限時間までの 時間経過を示す。 図の下方の折れ線グラフは時間経過に伴う攻撃反応量、 譲歩反 応量の変化を示したものである。 この図の縦軸は被験者1人当たりの10秒間の攻撃 と譲歩ボタンの打叩回数の平均を示したものである。
図3・1-5において被験者Aは実験開始後50秒過ぎに、 またBは30秒付近で、 さらに Cは70秒あたりで脱出に成功していることがわかる。 図3・1-6では全ての被験者が 絶えず脱出ボタンの打叩を行っており、 特に被験者C、 D、 Eは実験開始直後から 制限時間に到るまで、 ほぼ連続的に脱出ボタンの打叩を行っていることが示され ている。 ここに示された集合では全員が脱出 に失敗している。 さてこの図3-1・5と
図3・1-6を比較してみてわかることは集合の大きさが小さい3人集合の場合に、 サイ ズの大きい6人集合よりも、 脱出ボタンを復数の被験者が同時に打叩している時間、
即ち混雑は少なく、 極めて容易に脱出で、きていることがわかる。
34
ABC 被験者
20 30 40 5
脱出ボタン打叩反応時間の分布 1.2
ーベ〉ー譲歩反応 ハU
oδ fO AU寸 44 11 ハU nu nU ハU
攻撃と譲歩反応回数/叩秒当たり
0.0
o 10 2 0 30 4 0 50 60 70 80 90 (秒) 図3-1・5 全成員脱出成功例(3人集合)
A B
長c
者DE
F l・・F・| |・γγ円E�・干『円 l�γ可 τー|
。 30 60 90 120 150 180 (秒)
5 脱出ボタン打叩反応時間の分布 攻
撃と • 攻撃反応
譲 ーベ〉ー 譲歩反応
歩 反 3 応回 数 / 2 10 秒、
た当 1 り
。
。 30 6 0 9 0 120 150 180 (秒)
図3-1-6 全成員脱出失敗例(6人集合)
36
被 AI -ー-ー園田園田 ーー
験B Il ・圃園田
者 c 圃E・E・園園圃園圃園園田園田
o 10 20
30
40 50 60 70 80 90(秒)
6,
脱出ボタン打叩反応時間の分布
qd
AU寸
今3
今,,M1i
攻撃と議歩反応数/叩秒当たり
- nu
nu
s
攻撃反応
ーベ〉ー
譲歩反応
3 0 60 90 (秒)
図3-1-7 全成員脱出失敗例(3人集合)
戸、J
AU寸
43今,,uti
攻撃と譲歩反応回数/叩秒当たり
6
一ーベ〉一一
攻撃反応 譲歩反応
0
o30 60 90
図3-1-8 全成員脱出失敗集合(3人、 3集合)の10秒間当たり の攻撃と譲歩反応回数の平均
q3
ウム
攻撃と譲歩反応回数/ω秒山
た 1 り
4
ー 攻撃反応
ーベトー 譲歩反応
0
o 3 0 60 9 0 120 150 180 (秒)
図3-1・9 全成員脱出失敗集合(6人、 5集合)の10秒 間当たりの攻撃と譲歩反応回数の平均
38
s 攻撃反応
ーベトー 譲歩反応
2
1
攻撃譲歩反応回数
。
。 270 (秒)
の10秒間 240 全成員脱出失敗集合(9人、 5集合)
当たりの攻撃と譲歩反応回数平均 210 180 150 120 60 90
30 図3-1・10
しかし、 集合の大きさが小さい集合の場合でも常に脱出できるとは限らない。
そうした例を図3・1・7に示す。 この例は3人集合の場合であるが、 3人全員の被験者 が常時脱出しようと競いあっている。 また他者に対する攻撃反応が漸次増加し、
それとともに譲歩反応は減少傾向にある。 このような傾向、 即ち譲歩反応に比べ て攻撃反応が増大するような場合には集合の大きさにかかわらず、 脱出不能な状 態に陥る。
このことは図3・1-8、 図3-1・9、 図3-1・10に明確に示されている。 図3-1-8、 図3・1・9、
図3-1-10は全員が脱出に失敗した3人集合(3集合)、 6人集合 (5集合)、 9人集合(5 集合)の時間経過に伴う攻撃反応量と譲歩反応量の変化を表したものである。 縦 軸は被験者1人当たりの10秒間の打叩回数の平均を示す。 これらの図に示されてい るように脱出に失敗した集合は集合の大きさにかかわらず、 全て時間経過に伴っ て攻撃反応が漸次増大している。 また3人集合で最も攻撃反応の増大が急激であり、
9人集合で増大率が最も少なく、 6人集合はその中間を示している。 これは、 集合 の大きさが小さい集合が脱出に失敗するということは メンバーの攻撃性が非常に 高いことを示していると言えよう。
図3・1-11は6人集合の場合であるが、 被験者Cは1ω秒位に脱出に成功している。
この場合集合全体の攻撃傾向が一時期増加したにもかかわらず、 その後減少して いる。 このように集合の大きさが例え大きくとも攻撃傾向が減少するとともに1人 の被験者が脱出するのを他の全ての被験者が待つような状態になれば脱出成功率 は高まると言える。 また図3・1・11から、 最も活発に行動する被験者が最初に脱出に 成功する可能性が高いとも言えるであろう。 即ち最も早く脱出に成功した被験者 Cはメンバーの中では脱出ボタンを最も積極的に打叩している。 またこの図に.は 示されていないが、 攻撃反応回数もメンバー中最も多い。
ところで積極的にボタンを抑す人が図3-1-11のように1人の場合であれば脱出で きる可能性も大きいのであるが、 これが図3・1・12のように2人になればその集合全
40
A B C D E
F 被験者
30 60 90 1
脱出ボ タ ン打 叩反応時間の分布
攻撃と譲歩反応回数/叩秒当たり
3
ー 攻撃反応
ーベ〉一 譲歩反応 2
1
。
。 3 0 6 0 9 0 120 150 180(秒)
図3・1-11 一部成員脱出成功例(6人集合)
体が脱出できなくなる場合もある。 図3-1・12は9人集合で全成員が脱出に失敗し た例の一つであるが、 これでは被験者BとHが2人で競いあっているためにその問、
誰も脱出できなくなっていることを示している。
以上の結果は、 積極的に行動する人ほど早く脱出できる可能性は大きいが、 し かし積極的に活動する者が他にもいた場合、 本人達はもとより集合全体が被害を 被ることを示したものと言える。
A B C D E 被験者
F G H I
60
脱出ボタン打叩反応時間の分布 玖1 , き 攻撃反応
撃
I
�ー--0ー譲歩反応 議と歩0
o 30 6 0 90 120 150 180 210 240 270 (秒) 図3-1-12 全成員脱出失敗例(9人集合)
42