ジェームズ・Q・ウィルソンの圧力団体論の展開とその特質︵二︶
﹃政治組織論﹄を中心に一.
今 村
浩
目 次はじめに
第一章 圧力団体への加入に関する理論へのウィルソンの寄与
第二章 ウィルソンの圧力団体形成理論への寄与︵以上前号︶
第三章 組織としての圧力団体についてのウィルソンの理論︵以下本号︶
第一節 権威とリーダーシップ
第二節 組織内デモクラシー
第三節 競合と連合
第四章 圧力団体と公共政策に関するウィルソンの理論
第五章 アメリカ圧力団体論におけるウィルソンの地位
おわりに
早稲田社会科学研究 第34号(S62。3)
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第三章 組織としての圧力団体についてのウィルソンの理論
従来の圧力団体研究は︑主として記述的には︑特定の圧力団体か特定の政策領域に注目して︑圧力団体が影響力を
行使する方法を対象にし︑さらに規範的には︑圧力団体が全体として社会の諸利益を正確に反映しているのか︑それ
とも特定の利益の表出に偏っているのかを問題にしてきた︒この中で実際に圧力団体を︑組織の一般理論を念頭に置
きながら︑組織として考察した研究は︑それほど多くはない︒ウィルソンのこの面での業績は︑むしろまず組織一般
に通用する法則を探り︑それを組織としての圧力団体に適用しようとしている点にある︒本章では組織としての圧力
団体の構造と行動の特性を︑ウィルソンの分析に沿ってみていぎだい︒その主要な論点はまず︑組織内部の問題とし
て︑権威とリーダーシップ︑組織内デモクラシー︑次に組織間の問題として︑競合と連合の三点である︒
第一節 権威とリーダーシップ
︵1︶ ウィルソンのみるところ︑﹁大半の任意団体においては︑権威は不確実であり︑リーダーシップは不安定﹂である︒
団体への加入が任意的な性格をもつ限り︑団体の指導者︑幹部は︑構成員に何かを強制する有効な力も︑承認された
権利も有しない︒構成員は自らの意志でその団体に所属しているのであり︑さらに同じく任意加入とはいっても︑た
とえば企業の従業員の場合のように生活の糧をそこから得ていることに基づく脱退への制約があるわけでもない︒こ
のような見解は︑たとえばロベルトーミヒェルス︵園︒げ①二更一〇ず色ω︶に代表されるような︑組織とりわけ大規模な政
ジェームズ・Q・ウィルソンの圧力団体論の展開とその特質(二)
治組織は︑一般的に寡野送的であり︑幹部は安定的にその地位を占め続け︑一般の構成員に行動を制約されることは
まれであるというような見方とは相容れない︒ウィルソンの考えでは︑多くの任意団体の指導者は︑構成員によって
確かに制約されてはいる︒ただし彼らの反対によってではなく︑むしろ無関心によってである︒そして指導者は︑か
なり長期にわたってその地位に留まる傾向があるけれども︑それは平均的な構成員にとっては︑不満や不賛成を表明 ︵2︶するために指導者の地位を争うよりは︑その団体を脱退してしまう方が簡単だからであるという︒もちろん指導者の
地位を窺う者が組織の中に存在することもあり得る︒そしてそうした指導者にとっての潜在的なライヴァルの存在
は︑指導者に対する制約要因となる︒典型的な団体の典型的な指導老は︑何をするにも︑自らの決定によって傷つく ︵3︶構成員を︑可能な限り少なくしょうとするのである︒ ︵4︶ 一般に組織の長︵Oげ岡Oh Ohh一〇①目︶は二種類の機能を果たさなければならない︒一つは組織を維持していくという管
理者的な機能であり︑いま一つは︑組織の目標を定め︑それを追求していくという指導者の機能である︒両老の機能
はとぎとして両立し難いことがある︒組織の目標を限定し明確にしょうとすれば︑構成員間の意見が分かれることが
多くなり︑組織の維持にとって良い方向には作用しない︒逆に組織の維持のためには︑漠然とした幅の広い目標を掲
げる方が良いとはいえ︑これでは組織の目標が見失われる危険を生じる︒組織の長が︑こうした二つの機能の矛盾に ︵5︶直面する程度や︑それを解決する方法は︑その組織の構造による︒
任意団体の構造には︑ウィルソンによれば二種類ある︒﹁コーカス﹂︵8二〇仁ω︶型と﹁プライマリー﹂︵弓コヨ曽同気︶型
︵6︶とである︒﹁コーカス﹂組織とは﹁会合したり︑他の集団行動に加わるようなことをほとんど要求されない人々によっ ︵7︶てなされる資金の提供やその他の寄与に助けられて︑一人ないし少数の指導者が︑組織の事業を遂行していく組織﹂
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である︒これに対して﹁プライマリー﹂組織とは︑﹁役員の役割がどうであれ︑構成員が協調して行動し︑組織の問題 ︵8︶を討議するために会同するか︑あるいは集団行動を行なうために他の何らかの方法で動員される組織﹂である︒要す ︵9︶るにコーカス組織には寄与者︵oo讐菖び旨︒諺︶がおり︑プライマリー組織にはメンバー︵日Φ白びΦ易︶がいるのである︒
︸般的に︑権威とリーダーシップのパタコソは︑これら二つの組織の型によって異なる︒コーカス型の組織は︑マ ︵10︶ックス・ウェーバーの言う︑合法的・合理的な基礎に依拠する権威をもつ専門家を幹部に擁していることが多い︒ ︵11︶ これに射してプライマリー組織の幹部の権威を支える正統性は︑きわめて多様である︒一般にプライマリー組織に
あっては︑コーカス組織と違って︑幹部が構成員に特定の業務を遂行するように要求する権利をもつということを︑ ︵12︶構成員が承認していなければならない︒そうした正統性の承認の根拠としては四種類考えられる︒まず第一に︑単純
に幹部の地位そのものが正統性の源泉となり得る︒第二に挙げられるのは幹部のもつ専門知識である︒これはコーカ
ス組織に多く見られるが︑.プライマリー組織にも無いわけではない︒第三には個人的忠誠であり︑第四にその団体の
目的に対する信奉や目的の正当性に対する確信を表明する能力である︒この最後の源泉に由来する権威の究極の形態
が︑ウェコバーの言うカリスマ的権威に他ならない︒
ところでこうした権威を支える正統性の原理と︑組織の幹部や指導者の行動様式︑組織を管理運営する様式とは関 ︵13︶係がある︒すなわち正統性原理が︑役職や専門知識にある場合︑幹部の行動様式は合法的・合理的となり︑一方個人
的忠誠や目的への信念にある場合には︑管理運営の正統性が個人的資質に帰せられるという意味で︑属人的ないし世
襲的G9霞巨︒巳巴︶となる︒合法的・合理的な幹部は︑自身が重要な点で変更し難い一般的規則に拘束されていると
感じており︑彼の職務はこうした︸般的規則を個々のケースに適用することである︒これに対して属人的・世襲的な
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ジェームズ・Q・ウィルソンの圧力団体論の展開とその特質(二)
組織管理の場合︑幹部は特定の人間の必要や特定の目的の価値に従って決定を行なう︒超個人的な使命の重要性とか
個人的忠誠の相互義務に縛られているとは感じても︑非個人的規則に縛られているとは感じない︒そこでは極端な場
合︑規則という概念自体が呪われたものである︒
一般的には︑幹部の権威の正統性を支える原理として︑合法性・合理性が優位になってきており︑それに伴って組
織の官僚制化という問題が生じよう︒すなわちウィルソンは︑団体の本部機構と専従職員︑スタッフの発展の原因︑
これらのスタッフと一般の構成員や指導者との関係に目を向ける︒
すべての大規模団体が︑多くのスタッフを擁しているという意味で等しく官僚制化しているわけではない︒一般に ︵14︶﹁任意団体は︑自らが追求する資源をコントロールしている政治的︑経済的構造の形態を︑自身も採るようになる︒﹂
たとえば政党という団体の場合︑その追求する資源とは選挙における支持であり公職である︒そこでアメリカのよう
に分権化された政治構造をもつ国で公職を獲得しようとする政党は︑自身の構造もそれに応じて分権的となるのであ ︵15︶る︒こうした一般的原刻から︑団体のスタッフの数の違いを説明できる︒
それでもスタッフの増大は︑・ある程度までは不可避である︒しかしウィルソンによれば︑スタッフが存在すれば必
ず組織が官僚的保守化をきたし︑組織が自己目的化して当初の目標が忘れられるというわけではない︒むしろスタッ
フの方が構成員一般より︑組織の目的追求に熱心であったり︑種々の問題についてリベラルな立場に立つということ
︵16︶があり得る︒こうした現象は︑コ:カス型の組織に多くみられる︒この種の組織では︑一般の構成員の支持を獲得
し︑彼らを組織に繋ぎ止めておく責任は︑地方の支部にあり︑各支部はそれぞれの地域毎に独自の誘因を用いて支持
を調達している︒そこで本部スタッフは︑組織の維持と争う問題からある程度解放され︑比較的自由な立場が取れる
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︵17︶のである︒もうひとつの原因は︑全国本部のスタッフが︑団体内部でそれ自体︑独自の利害をもつ集団となることで
︵18︶ある︒こうしたスタッフ集団には︑自らを維持するために︑何らかの計画を達成しているのだという感覚を共有する
必要がある︒この必要性は︑団体のスタッフが︑専門職員として他の業種︵政府や企業︶の職員よりも低い給与しか
得られないときに強くなる︒スタッフの士気を維持するためには︑自分達は金銭的には恵まれなくとも︑高逼な目的
に献身しているのだという自負が必要だからである︒
組織としての圧力団体を考える際には︑本部組織の肥大は通常︑組織の保守化と結び付けられがちである︒ウィル
ソンの視点の新しさは︑指導老と一般構成員に加えて︑組織の第三の構成要素としてのスタッフに注目したことであ
ろう︒これによって大規模組織が必ずしも自己目的化せず︑争点によっては︑ 一般構成員やときには指導者の考えよ
りもリベラルな立場が取れるという︑現実にしばしばみられる現象を理解でぎる︒
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第二節 組織内デモクラシー
ここで注目されるのは︑ウィルソンがこの問題を考える際の前提として︑構成員の組織運営への参加それ自体に
は︑基本的に価値を認めていないという点である︒言い換えれば︑彼は用具的・手段的参加観に立脚していると言え
よう︒すなわちウィルソンにとって重要なのは︑団体がどのように運営されているかではなくて︑結果としてその活 ︵19︶動に構成員の意向が反映されているかどうかである︒組織の活動に構成員の選好︵嘆ohΦ﹁雪8︶が︑よりょく反映さ
れるためにこそ︑組織内デモクラシーは必要なのであり︑組織内デモクラシーの前提条件や程度の研究は︑そうした
功利的な観点からなされているはずである︒しかしウィルソンが﹁︵組織内デモクラシーという︶問題が︑このように
ジェームズ・Q・ウィルソンの圧力団体論の展開とその特質(二)
︵20︶広範な注意を引き付けているのは︑部分的にはそれが多くの研究者にとって道徳上の問題だからではないかしという
疑念を表明している背景には︑当時の参加デモクラシーの主張の興隆と︑そしてそれに対するウィルソンの距離を置
いた態度とを窺うことができよう︒
組織の運営が民主的であるかどうかを判定する基準について完全な合意は︑論者の間に存在しない︒ウィルソンの ︵21︶提出している基準もあくまで一般的なものである︒それはまず第一に︑幹部のとる政策と構成員が自らの利益につい
て抱いている見解とが一致していることであり︑第二には幹部職の選挙が︑定期的かつ実質的に行われており︑最後
に集団の日常的決定に︑一般の構成員が定期的に︑広範にそして意味のある形で参加していることである︒ここでウ
ィルソンがこれら三つの条件を不可分のものとしてはいないことに注目したい︒すなわち第二︑第三の条件を充足し
ていなくとも︑第一の条件を満足している場合︑すなわち幹部の公選が形式に過ぎず︑一般の構成員が組織の決定に
発言権をもたなくとも︑組織の活動方針が結果として構成員の意向に沿っている場合もあり得るのである︒この場合
には︑組織は民主的に運営されてはいないけれども代表的︵お寓①ω海鼠粘くΦ︶ではある︒これはすなわち︑組織が民
主的であることと代表的であることとは︑ 一応別であり得るということである︒ ︵22︶ そして組織の運営への構成員の参加は︑その組織の誘因と関連している︒まず物質的誘因に依拠する組織は︑他の
誘因に依拠する組織に比べて民主的ではないことが多い︒これに対して目的誘因に依拠する組織の場合には︑一般に
構成員の民主的運営への要求が強い︒構成員は︑組織の運営や指導老の人選︑さらには組織の目的をどう定義する
か︑そしてその達成のためにどのような戦術を用いるかといった問題についての発言権を︑要求するのである︒連帯
誘因を主たる誘因としている組織でも︑構成員は民主的運営への期待を強くもつ︒これはこの誘因の本来的な性質か
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らして︑むしろ当然であろう︒
ウィルソンの最後の論点は︑組織運営への構成員の参加の程度が︑つまりは運営の民主性の程度が︑組織の活動に
もたらす結果についてである︒結論的には︑中産階級か上層中産階級出身の構成員から成り︑地域社会での活動のた
めに︑連帯誘因と目的誘因に依拠するような組織においては︑確かに構成員の活動意欲と決定への参加の機会とは関 ︵23︶連が認められる︒しかし明確に言えるのは︑これくらいである︒何よりも任意団体における参加と組織効率の関係に
ついては︑実証的研究に乏しいのである︒ただ一般的には︑民主的に運営されている任意団体が他の団体と対立して
いる場合︑その指導者は︑民主的でない団体の場合よりも︑交渉における行動の自由の幅が狭く︑主要な対立争点に
ついてはより戦闘的で非妥質的でなければならないと感じるものである︒こうした傾向に︑たとえばR一・・ヒェルス
のような戦闘的労働組合主義の主張者は着目したのであった︒すなわち組織の民主的運営は︑幹部が構成員を裏切ら
ないようにするために必要なのである︒組織の戦闘性は︑内部の権力闘争によって加速される︒ただしこうした意味
で組織内デモクラシーが望ましいと言えるのは︑戦闘的で非妥協的であることが︑常に構成員一般の利益に合致する
という前提の下でのみであるということに注意しなければならないであろう︒
第三節 競合と連合
ある意味では︑すべての任意団体は︑構成員︑資金︑活動目標︵争点︶などの資源をめぐって競争している︒しか
しこのことはあらゆる団体が︑その規模を拡大しようとしている事を意味しない︒むしろ組織の自己保存の要求は︑ ︵24︶こうした資源の安定的供給を求めるのである︒自己保存を求める組織は︑ 一般的に危険を忌避するし︑とりわけ他の
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ジェームズ・Q・ウィルソンの圧力団体論の展開とその特質(二)
組織との活発な競争は好まない︒組織が自己を保存するための最も簡単で確実な戦略は︑自律性︵p旨80ヨ団︶を発展
さぜることである︒すなわちはっきりした権限の領域︑明確に区分され︑排他的に奉仕される顧客または構成員そし
て機能︑サーヴィス︑目標についての議論の余地のない管轄権を確立することによって組織は安定する︒ ︸見競合し
ているように思える団体でも︑相互に領域を調整して自律性を発展させるのである︒
組織間の競合は従って︑仮にそれらが類似の領域で活動しているにせよ︑比較的まれなのである︒組織間の競合を ︵25︶規定するのは︑ウィルソンによれぽ自律性と資源の豊富さの程度であるという︒すなわち自律性が高く資源も豊富で ︵26︶あるならば︑組織はほとんど競合しない︒たとえばアメリカの電力業界の各種団体の間には︑分業が成立している︒
自律性は高いが資源に乏しい場合には︑ある程度の競合が起こる︒一九一〇年代の︑全米黒人地位向上協会︵Z象δ轟一 ︵肝︶諺ωωo︒冨臨︒口h霞島Φ︾畠く壁oo日窪けOhOO6お住℃Φo覧Φ︶と都市連盟︵己&きい①餌σq器︶の関係がその例である︒資 ︵28︶源は豊富でも︑自律性が低いと競合はかなり激しくなる︒各種のユダヤ人団体間の関係がそうである︒そして最も激
しい競合を生じるのが︑自律性が低く資源にも乏しい場合であることは言うまでもない︒こうした現象は一般に︑新 ︵29︶しく形成されたばかりで︑自らの活動を軌道に乗せ︑存在を安定させようと努力している組織の間でみられる︒こう
してみると組織間の競合の要因としては︑資源よりもむしろ自律性が重要であることが明らかであ.ろう︒
組織間のいま一つの関係が連合︵OO帥一一け一〇口︶である︒連合とは︑たとえば資源︑目標︑戦略といったいくつかの共
通の関心事項についての選択を︑連合構成団体間相互の明示的な合意によってなすことを要求する持続的な制度であ
り︑複数の団体が単に共通の関心事項についての情報を交換したり︑そうした事項について相手がとるであろう選択 ︵30︶を考慮に入れて行動するというだけの協調︵OOO﹃自一口帥一一〇口︶関係とは区別される︒そして任意団体が︑こうした連合
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を形成することはきわめてまれである︒これはまず第一に︑連合してもそれによって意図した結果が得られるかどう
か︑つまり連合が成功するかどうかがまず不確実である上に︑仮に成功したとしても︑その成功に対する連合の各構
成団体の貢献度は︑厳密には計測し難いので︑報酬の配分で紛糾し易いからである︒こうした状況下では︑個人と違 ︵31︶って組織は︑自らの自律性を危うくしてまで連合しようとはしない︒個人は︑特定の物質的な利益の見返りなしに組
織に貢献することがあるが︑組織はそのような行動はとらないものである︒この意味では︑第一章︵前号︶で述べた︑
分離的で選別的誘因が存在する場合にのみ個人が団体に加入するという︑オルソンの﹁集合行動の論理﹂は︑個人の ︵32︶集合よりもむしろ組織の連合によりょく適合する︒
圧力団体の間では︑連合がまれであるのに対して︑特定の争点についての一時的同盟︵鋤らげOO9一一一〇づO①︶はよくみ
られる︒税金や労働政策に関して︑たとえば全米製造業者協会︵ヴ剰①一点O口O一 ﹀ωωOO一戸け一〇昌 Oh 冨9づ二hgDOけ二同Φ目ω︶︑アメリ ︵33︶力商業会議所︵q昌昌Φ傷ωSけ①ω0ゲ餌呼び①門O州OO半日Φ民O①︶︑アメリカ農事局連盟︵︾ヨΦ凱O鋤鵠悶鋤Nヨbd窪﹁Φ鋤竃閃ΦqΦN卑
江op︶の間に︑また福祉や公民権問題に関して︑AF﹂一C10︑全米黒人地位向上協会︑全米農民組合︵Z9︒瓢8巴 ︵鈎︶団母ヨΦ笏︑d巳8︶の間には︑非公式の提携関係が︑一再ならず認められるのである︒とりわけ印象的なのは︑同じ組
み合わせによる一時的提携が繰り返しみられるということであろう︒ここからある政策領域を支配する﹁権力構造﹂
の存在を想定しがちになるのも無理はない︒しかしウィルソンによれば︑こうした一時的提携関係についてさらに印 ︵59﹂︶象的なことは︑それらがなお一時的なものにとどまっているという事実である︒これはいかに特定の問題について
は︑持続的に利害が一致してはいても︑組織を維持するという要請が︑本格的な連合の形成すなわち明確な協定の締
結による恒常的な協力関係の樹立を妨げるからに他ならない︒
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第四章 圧力団体と公共政策に関するウィルソンの理論
ジェームズ・Q・ウィルソンの圧力団体論の展開とその特質(二)
圧力団体の公共政策への影響力の中で最も重要なものは︑やはり立法に関するそれであろう︒立法における圧力団 ︵36︶体の役割りとその有効性は︑圧力団体自身の組織的特徴や争点の性質によって様々である︒
圧力団体が組織であるという面から引き出される一般的原則としては︑既得の権益を防衛しようとする側が有利で ︵37︶あるということが注目される︒もっともこのことには既にトルーマンも言及していた︒しかしトルーマンによれば︑
それはアメリカの立法過程には法案の審議を遅滞させたり妨害したりして︑法案の成立を妨げる機会が数多く存在す
るからである︒もちろんそうした点も見逃ぜないが︑それに加えて既得権益の防御に回る側に特有の組織的要因を忘
れてはならない︒すなわちまず︑物質的なものであるか否かを問わず︑現在享有している利益に対する脅威の方が︑
現存利益の拡大や新規の利益獲得の機会よりも理解し易く︑組織内に不一致を生じにくいものである︒さらに脅威が
集団の外部から生じた場合︑それは集団の凝集性と︑結合度とを増す傾向があるという社会心理学的要因が野臥︒
このように圧力団体自身の組織的要因からの説明に加えて︑圧力団体が直面する争点の性質からも︑圧力団体活動 ︵39︶についての一般的原則が引き出せる︒すなわち提案された政策の費用︵OO曾︶と便益︵σΦ口Φ葺︶の分布類型から︑そ
の政策をめぐって活動する行為老の種類が︑そしてひいては政策形成の様式が決まるのである︒ここで政策の費用と
は︑その政策が採用された暁には背負わねぽならないと人々が信じる負担であり︑もちろん非金銭的負担も含まれ
る︒たとえばある種の団体の政治活動を規制する政策の場合には︑活動の制限がその対象となる団体にとっての負担
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︵40︶となる︒同様に便益とは︑その政策が採用されたならぼ享受できると人々が信じる利益である︒すなわちその負担や
利益が実際にそうであるかではなく︑そうであろうという人々の主観的な認識が問題となる︒そして争点となる政策
によって︑これらの費用の負担者と便益の享受者の分布が異なる︒
すなわち四つの類型が考えられよう︒それは︵1︶分散した費用と分散した便益︑︵2︶集中した便益と集中した費
用︑︵3︶集中した便益と分散した費用︑そして︵4︶分散した便益と集中した費用︑である︒広範に分散した費用の
例としては︑たとえば所得税︑社会保障税︑高い犯罪発生率などが挙げられる︒広範に分散した便益として考えられ ︵41︶るのは︑社会保障給付金や清浄な空気︑国防︑良好な治安などである︒狭い範囲に集中した費用としては︑企業に対
する公害防止のための課徴金︑過激な政治団体の規制など︑また集中した便益としては︑特定の業種に対する助成金︑
特定産業の保護政策などが考えられる︒
そしてこれら四つの類型毎に︑そこで形成される政治連合が︑あるいは政策形成過程への参加者が異なってくるの
である︒ウィルソンは︑それぞれの主要な参加者から四種類の政策形成過程を分類し︑それぞれを︵1︶多数派政治
︵ヨao葺費置けbo一一二〇ω︶︑︵2︶利益集団政治︵ぎ8おω掌αq8弓bo一一一8︶︑︵3︶顧客政治︵〇一δロけb9一江︒ω︶︑︵4︶
政治的事業家政治︵①⇒#Φ嘆窪窪二巴Oo一聯一8︶と呼んだ︒これはすなわち︑政策形成過程の主たる参加者がそれぞれ︑
国民の中の多数派︑利益集団︑政府から何らかの利益を供与される集団︑つまりいわば政府の顧客︑そして特定政策
を唱導する事業家的な性格をもった政治運動家であるということによっている︒しかしながらこれはそれ以外の政治
的行為者の出る幕が一切無いという意味ではない︒顧客政治や事業家政治に︑たとえば利益集団が関与することはあ
り得るのである︒
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ジェームズ・Q。ウィルソンの圧力団体論の展開とその特質(二)
︵1︶の多数派政治においては︑社会全体かその大部分の負担において︑社会の多くの人々に利益を与える政策が
取り扱われる︒この場合には︑経営者や労働組合の頂上組織が関与することもあり得る︒しかし費用と便益の対象が
社会の大きな部分を覆っているという性質上︑この種の争点に主として関与するのは︑政.党である︒利害を異にする
圧力団体の闘争ではなく︑選挙民かもしくはその代表に訴えて︑多数派を形成しようとする努力が︑この過程の主要
な局面である︒政策の性質から︑圧力団体にとってはいわゆる﹁フリー・ライダー﹂の問題︑すなわち仮にある特定
の圧力団体の圧力活動による便益が︑団体の構成員以外にも享受可能であるならば︑合理的個人はわざわざ団体に加
入せずに︑言わば﹁ただ乗り﹂で︑費用を負担せず便益のみ享受するという問題が生じ易いことも︑圧力団体の役割 ︵42︶りを小さくする︒
︵2︶利益集団政治の対象となる政策は︑比較的小規模で確認し易い集団の負担によって︑同様に小規模の集団に
利益を与えようとする︒すなわち費用も便益も集中しているのである︒この場合当事老は︑利害を同じくする小規模
集団であるから︑組織化し易い︒すなわちこの種の政策形成は︑組織された利益団体間の闘争の主要な局面となる︒
しかしこの種の争点について︑一般公衆は無関心である︒
︵3︶顧客政治においては︑受益者の規模に比して費用負担者が著しく大規模で広範である︒受益者は自らを組織
化し活動する誘因をもつけれども︑費用を負担する側は︑広範であるだけ雑多な集合であり︑しかも分散された費用
は︑負担者一人一人にとってはそれほど大ぎいとは感じられない程度のものである︒そこで負担者の側は︑受益者に
対抗できるほどに自らを組織できないことが多い︒このような政策の典型が農業やその他の特定産業への補助金支出
に他ならない︒すなわちこうした補助金支出による負担は︑そのための目的税が課されない限り納税者一般に広く分
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散してしまうため︑仮にその負担が不合理かつ不公正であっても︑納税者が全体として組織されて補助金支出に反対
するには至らないのである︒
︵4︶政治的事業家政治の対象となる政策は︑特定の集団の負担で︑社会全体あるいは社会のより広範な部分に
利益を与えようとする︒大気汚染防止や消費者保護のための企業活動規制がその好例であろう︒費用を負担する側に
は︑組織化の強い誘因があり︑ ︻方受益者は広範であるため組織化の契機に乏しいとは言える︒既述したように基本
的に有利なのは︑防御に回る側なのであることを考え合わせれば︑このような政策の採用される可能性はきわめて低
くて当然であろう︒また事実この種の政策の多くは︑採用されずに終わっている︒しかし最近の二〇年程の間︑この
種の政策が︑費用を負担する側の強い抵抗を排して採用される例も目立つようになった︒自動車の安全基準の強化や
﹁連の消費者保謹立法などがそれである︒これを可能にしてきたのが︑特定の政策を唱導する︑政治における事業家
的運動家の存在である︒ラルフ・ネーダーは︑そのあまりにも有名な例であるし︑カリフォルニア州において︑いわ
ゆる税金反乱の口火を切ったハワード・ジャーヴィス︑あるいは政治の浄化のために活動している代表的な公共利益
団体であるコモン・コーズを設立したジョン・W・ガードナーなどが想起されよ強鯉こうした現象の背景にはマス・
メディアの政治的役割りの増大がある︒この領域における政策の唱導者が︑もしも持続的な運動体を組織するとすれ
ば︑公共利益団体の創設における︑ソールズベリーのいう企業家に相当することになろう︒
ところで公共政策と圧力団体の関係に関するウィルソンの考察は︑主として政策の形成︵bo一8団ヨ9賦ロαq︶につい
てに限られており︑政策の執行︵℃︒一一亀巨覧①ヨΦ曇9二〇昌︶の過程における圧力団体の行動や機能についての理論的
な検討には乏しい︒この面に関する研究は︑比較的最近に発展してきたものであり︑政策執行の包括的な理論が提出
100
されて︑あろう︒ これまで検討してきた政策形成についての理論に取り入れられれば︑より完成度の高い理論が提示できるで
第五章 アメリカ圧力団体論におけるウィルソンの地位
ジェームズ・Q・ウィルソンの圧力団体論の展開とその特質(二)
よく知られているように︑ベソトレーは集団現象の解明によって政治現象を完全に解明できると考えていた︒しか
しベソトレーの理論的後継老を自任したトルーマンにとってアメリカの政治システムは︑﹁社会における組織された ︵44︶利益集団の﹃総和﹄によっては説明できない﹂ものであった︒このように集団現象がもつ説明能力においてベソトレ
ーよりは限定的であったトルーマンにしても︑ウィルソンの眼には︑なお集団という概念に過大な説明能力を付与し
ているように写るのである︒すなわちトルーマンは﹁より単純かつ直接的に︑選好︑価値︑態度とみなし得るものを
︵45︶叙述するために︑集団という概念を拡張して﹂しまっているのである︒
ウィルソンは︑圧力団体の政治システムにおける比重について︑トルーマンよりもさらに限定的な見解をもち︑そ
の中で圧力団体を組織として考察し︑標準的な準拠枠を作ろうと試みた︒政治組織が政治における重要な要素である
ことは事実であっても︑その理論を提示しただけでは︑政治現象の﹈般理論を提示したことにはならないのである︒
今日までのアメリカ圧力団体研究は︑その意味でおおむねウィルソンの研究の方向の延長線上にあると言ってもよい
であろう︒すなわち圧力政治あるいは圧力団体現象が政治現象の重要ではあっても一部分であることを前提にした上
で個別的な実証研究が展開されてきているのである︒
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いわゆる多元論との関連で言えば︑やはりウィルソンはトルーマンやヴァルディマー.0.キイ︵<巴巳日興O.
国Φ団︶らの流れにより近い︒もちろん多元論的な均衡論に対しては︑様々な批判が提起されてきている︒たと・兄ばエ
ルマー・E・シャットシュナイダー︵固ヨ①同国.ωoげ登呂︒げ旨蝕Q興︶は︑潜在的な利益は自動的に代表されるものでは ︵46︶なく︑とりわけ貧困者と一般公衆の利益は組織的に表現されないことが多いと観察した︒またグラント.マッコーネ
ル︵OB三冠oOo旨Φ=︶は︑アメリカの政治が︑ 一枚岩ではないにせよ狭い利益に基礎を置くエリートの支配下に置
かれていると煙毒い菊さらに佃戸ドア・J.・ーウ・︵↓冨&oお旨ピ︒惹︶は︑団体の増加とその政府への接近
の拡大による﹁利益団体自由主義﹂は︑正義を実現しようとする政府の能力を削ぎ︑政府を無責任にしてしまうと論
︵48︶難した︒
こうした研究を視野に収めているだけに︑ウィルソンはトルーマンやキイほど楽観的ではあり得ず︑たと︑κばキイ
のように︑集団への重複加入による個人の行動の穏健化︑放任下の利益の自動的均衡︑そしてロビイングの法規制と ︵49︶いった要因が︑圧力団体の個別性を抑制するというような︑一種の均衡モデルは︑提示していない︒
しかしウィルソンが費用と便益の分布の分類に基づく︑政策形成の類型を提出していることが︑二つの点から注目
される︒まず第一には︑先に述べた集団理論の限定との関連からである︒すなわち公共政策の中には︑圧力団体が周
辺的な役割りしか演じない政策形成過程から生じるものもあるのである︒第二には︑均衡モデルとの関連からであ
る︒四つの類型の中で︑たとえぽ利益集団政治や顧客政治における参加老は偏っており︑公正な代表には程遠いこと
が示される︒その限りでは確かに︑楽観的な均衡などは想定し得ない︒しかしマクロ的には︑これら四つの公共政策
の形成パターンの間で︑まず一種の均衡があると考えられる︒すなわち利益集団政治や顧客政治に歪みが存在すると
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ジェームズ・Q・ウィルソンの圧力団体論の展開とその特質(二)
しても︑そうした過程を経るのは︑公共政策のすべてではないのである︒さらにこうした類型は︑どのような勢力が
政策形成に関与するかを決定するけれども︑その中の誰が勝利するかまでは決定しない︒代表における不均衡が︑そ
のまま政策形成過程での発言力︑影響力に正確に変換されるとは限らないのである︒すなわちあらゆる分野の政策形
成において優越的な権力エリートなり支配階級の存在は否定される︒
利益の代表における歪みないし偏りを︑矯正するという観点からは︑前章の終わりに述べたような一九七〇年代に
おける政治的事業家政治の興隆に注目しなけれぽならない︒もとよりこれを強調し過ぎてはならないであろう︒何年
が後には︑たとえば集団への重複加入が今日受けているのと同じように︑圧力政治の歪みを抑制する要因として過度
に強調されたという評価に落ち着くかもしれない︒しかもこうした事業家は︑ 一方で扇動家として機能する可能性も
︵︶5︶あるのである︒それでもなおこの種の事業家政治は︑組織による利益代表の空白を埋めることになろう︒多元論的均
衡論が過大に評価していたのは︑利益の存在とその利益の組織化の関係であった︒利益が広範に分散している場合に
は︑必ずしも組織的に表出してこない︒そうした分散した利益を代表して行動を起こすのが︑政治における事業家な
のである︒そしてこうした事業家政治が勃興し︑政治参加が高揚してきた近年のアメリカは︑多元論がより適用可能
となっており︑一方皮肉にも多元論の影響力の最も強かった一九五〇年代には︑アメリカ政治の説明としては︑多元 ︵51︶論は最も不正確であったという︒ウィルソンは少なくとも種々の政治理論の中で︑アメリカ政治の説明能力を︑多元
論に最も多く認めているのである︒この意味でもウィルソンの理論は︑アメリカ政治学における修正された主流派で
あると位置づけることができる︒
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おわりに
ジェームズ・Q・ウィルソンの圧力団体論は︑アメリカの政治システムをおおむね肯定しつつ︑記述レヴェルでの
圧力団体論の標準的準拠枠の形成をめざしている︒誘因の分析︑圧力団体の組織としての行動についての分析は︑最
近の圧力団体現象についての説明能力があり︑その限りではその意図は達せられていると言えよう︒
すなわちウィルソンの理論は︑最近における公共利益団体について︑その誘因に関連して説明能力があることは︑
第一章︵前号︶で︑また近年のアメリカにおける圧力団体の増殖という現象を説明し得ることは︑第二章︵前号︶で
述べた︒同様のことは︑第三章でみた組織としての圧力団体の分析についても言える︒たとえば組織の自己保存のた
めの自律性の追求という傾向は︑やはり最近の公共利益団体についても観察されるのである︒アンドルー.S.マク
ファーラソド︵︾コα﹁①名ωのζOh凶吋一9コα︶によれば︑公共利益団体も︑自律性を獲得するために︑他の団体からも認め ︵52︶られるような独自の関心領域を確定しようとしている︒たとえば消費老保護については︑ラルフ・ネーダーが主導権
を握っているのに対して︑選挙の公費助成やロビイストの規制といった領域では︑コモン・コーズが主導権をもつ︒
さらにはこうした公共利益団体に限らず︑より一般的に﹁ワシントンの戸ビイスト達は︑お互いの﹃縄張り﹄を認め
てい㊥のである・あるいは圧力団体間の蒔的提携についても・ウ・ルソンが述べたように︑最近多くみられるよ
うになってきた︒ソールズベリーが︑最近のアメリカ圧力政治の動向のひとつとして挙げている特定﹁争点連合﹂の ︵留︶増加が︑これに相当すると考えてよいであろう︒
ジエームズ・Q・ウィルソンの圧力団体論の展開とその特質(二)
しかし何と言ってもウィルソンの大きな貢献は︑政策費用と便益の分布モデルを提示したことであろう︒これは記
述モデルとして有用であると共に︑そこからアメリカ圧力政治システムの構造的な歪みを観察し︑評価することがで
きる︒すなわちある種の利益は︑そもそも構造的に組織されにくくなっているのである︒このモデルは︑換言すれば
政策費用の負担者︑政策の便益の享受者︑政策形成過程への参加者という三者が︑どのような場合に一致し︑どのよ
うな場合にずれを生じるかについての類型なのである︒すなわち多数派政治と利益集団政治においては︑三者の範囲
は一致している︒政治的事業家政治においては︑政策費用負担者は必ず政策形成過程参加者となるので両者は一致す
るが︑政策の便益享受者は︑政治的事業家や公共利益団体のようなごく一部を除いて︑政策形成過程参加者の範囲か
らはみ出してしまう︒一方逆に顧客政治においては︑政策の便益享受者と政策形成過程参加者とは一致しても︑政策
費用負担者はこれらに重ならず︑事実上政策形成から除外されてしまうのである︒つまりウィルソンは︑多元論的な
立場に立ちながらも︑決してアメリカの政治システムにおいて︑全面的に多元的均衡が達成されているとはみていな
い︒この点に関連しては︑政策費用と便益の分散と集中を︑数値化は難しいにせよ︑より客観的に確定する方向へ今
後の研究を発展させるべきであろう︒それによって政治システムの一つの評価基準が引き出せる可能性がある︒
しかしながら全体としては︑ウィルソンが現在のアメリカ政治に肯定的な立場を保持していることは隠れもない︒ ︵55︶すなわち彼によれば﹁我々の国は︑言論と意見の領域における高度の個人的自由を認める代議制民主国﹂なのである︒
その上で︑一九六〇年代中葉までの多元主義批判については︑ウィルソンもこれを取り入れている︒しかしたとえば
T・J・戸ーウィに代表されるような︑より現代的な文脈における現代アメリカ政治批判︑すなわちウィルソンとは
対照的な見地からの研究をもあわせ検討することが︑現代圧力政治を多面的に理解するためには不可欠であろう︒そ
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うした比較検討の中で︑圧力政治の歪みを是正する方策を探っていかなければならない︒
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注︵1︶冒ヨ︒ωO.≦一δ︒P︑ミ馬ミミO茜§§§諺︵Z①≦網︒﹁r巳刈ω︶旧弓﹄H伊
︵2︶ミ罫
︵3︶ ♂ミ剛b・b︒H9ミヒェルス的な見解については次節で再び検討する︒
︵4︶§繕
︵5︶§亀二〇.陣S
︵6︶奪ミ・
︵7︶§職.
︵8︶ §罫
︵9︶ この分類はエリート組織と大衆組織という分類とは同一ではない︒コーカス組織には︑多くの支持者より成る大規模なも のもあれば︑限られた会員から成るのもあり得るし︑プライマリー組織もまた同様であるからである︒
︵10︶ きミこ弓●曽○︒・
︵11︶ きミこ℃.陣㊤.
︵12︶ きミ噛◎﹄HΦ山卜OO.
︵13︶ 奪ミニ℃・b︒bQピ
︵14︶ きミニロ●トっ漣.
︵15︶ きミたとえば建設労働者や印刷工の組合は︑地方毎に散在する経営者と交渉する必要から︑多数の小規模支部から成り︑
有給専従職員は少ない︒これに対して鉄鋼や自動車産業の労組は︑交渉相手が少数の大企業であることに対応して︑その支
部は大規模であり︑専門知識をもつ多数のスタッフを擁している︒
︵16︶ AF﹂一C10や全米黒人地位向上協会などは︑官僚制化の進行について︑よりリベラルで改革志向的になってきたとい
ジェームズ・Q・ウィルソンの圧力団体論の展開とその特質(二)
う︒︵きミ噛弓・b︒培・︶
︵17︶§罫
︵18︶ミ9
︵19︶§職ニロ.b︒︒︒㎝.言うまでもなくこうした参加観は︑政党内デモクラシーとの関連でエルマ!・E・シャットシュナイダー
︵国い一芸Φ﹁.︼四・ωOゴ四けけωOげ口Φ一軸①㎏︶やアンソニー・ダウンズ︵﹀昌芸︒油団一︶oミ霧︶らの参加観と共通しており︑さらにはヨ!ゼ
フ・A・シュムペーターQoω8げ︾︒ωoげ餌ヨづ︒ユ9︶にまで遡ることができる︒
︵20︶ きミニO・bっ︒︒①・
︵21︶ 奪ミニ弓O畳bQ巽幽︒︒o︒・
︵22︶ きミこOU﹄ω㌣漣O・
︵23︶ 奪ミニロ︒卜σ目●
︵24︶ きミニ喝●8卜∂・
︵25︶ きミこ︾弓bσ①や圏①.
︵26︶ 電力産業の業界団体としてウィルソンが挙げているのは︵a︶エジソン電気協会︵国島ω§固09ユ︒冒ω二件⊆8︶︑︵b︶全
米電力会社協会︵Z海胆〇口9︒一諺ωωo︒貯菖80︷匿①9ユoOoBb鋤巳︒ω︶︑︵c︶エジソン照明会社協会︵︾ωω09簿一〇昌oh国島ωoロ
H二βヨぢ詞華oqOoヨ冨艮︒ω︶︑︵d︶公共情報企画︵剛二σ嵩︒ヨ︷霞三戸6β団Hoαq茜旨︶︑︵e︶電力会社宣伝企画︵国oo二一〇〇〇ヨー
冨巳Φω﹀仙く9騎一ロαQ国︒oqδヨ︶の五つで︑そのうち︵a︶は︑業界の統計業務を行ない︑︵b︶は議会へのロビイング活動
を行なう︒そして︵c︶は︑業界への技術情報の提供に︑︵d︶は一般的な活動に︑そして︵e︶は電力産業の公有化に反
対する宣伝活動にそれぞれ携わるというようにして分業が成立しているのである︒︵﹂守馬織二︾●口①心・︶
︵幻︶ 現在では︑全米黒人地位向上協会の機能は︑人種差別に対する法的な救済と抗議に︑都市連盟のそれは︑調査︑カウンセ
リング︑広報活動にと︑分化がみられる︒しかしこのような分化が明確でなかった創立期においては競合がみられたし現在
でも居住に関する差別のように︑法的手毅に訴えて解決すべきか︑調査と交渉によって解決すべきかが確定していないよう
な問題について若干の競合がみられるとされる︒︵き馬蹴二 b℃.舘らIbQ①㎝・︶ 07 1︵28︶ ユダヤ系市民の団体であるアメリカユダヤ人委員会︵︾ヨ︒ユ8蚕豆上気Ooヨaけ80︶︑アメリカユダヤ人会議︵﹀ヨ︒﹃一・
8昌匹田︒︒げOoロ讐︒ωω︶︑バネイ・ブリス反中傷連盟︵諺巨7Uo壁ヨ馨一〇昌ピoo瞬質oo︷ud︑β巴ゆーユ岳︶などは︑いずれも資金 に憲まれている・しかしこれらはいずれもユダヤ系喪の磯社会における親睦差別に対する団結と対抗とい・た類似鵬
の機能を果たしているのである︒︵&ミニ弓・b︒①9︶
︵29︶ たとえば一九六〇年代に新しく形成された公民権団体や︑フェミニスト団体の間の競合や︑一八八○年代のAFLと労働
騎士団︵閑巳σq巨ωo︷冨σ自︶の競合がその例である︒︵︑ミ職二二・8㎝幽①9︶
︵30︶ きミ℃.8刈・この定義についてウィルソンは︑マイケル・A・ライサーソン︵竃一足92︾.ピ虫ω2ω︒口︶のイェール大学
での博士論文︑.Oo巴三〇pω冒℃o一三8﹀↓﹃Φ霞Φけざ巴曽α国憲O弓田︒巴ωε身︑︑︵ち①①︶.に依拠していると述べている︒
︵奪ミニ弓・ミ㊤●︶
︵31︶ ミニωoP︑oミ聴ミO︑喚§詩ミ皆蕊・噂P培O一鵯bの.
︵32︶ ♂ミニ弓.鵯S
︵33︶ 一九八五年現在約三二九万人の会員を擁しているアメリカ最大の農民団体︒一九一〇年代に︑東北部・中西部の諸州にお
いて農業技術指導員︵8毒蔓9αqo艮︶が置かれ︑農民の指導に当った︒その際に郡単位で︑言わば指導の受け皿となるよう
に農民を組織したのが︑この団体の起源である︑また州によってはこうした協力団体の存在が︑指導員設置の条件とされた︒
実際には指導員のイニシアティヴによって︑協力団体が組織された例が多い︒その後まず各州単位に連合し︑一九一九年に
各州の農事局連盟が全国団体を形成するに至った︒その民活団体らしからぬ名称は︑ニュー・ヨーク州ブルーム郡におい
て︑農業技術指導員の協力団体の母体となったのが︑同郡ビソガムトソの商業会議所に︑その一部として一九二年に設置
された農事局︵︷⇔吋菖 げ借RΦ99口︶であったという事実に由来する︒地域によってこうした協力団体の成立の経緯は少しずつ異
なっており︑文献によって成立事情の叙述にも微妙な違いがみられる︒ここで参照したのは以下の研究書である︒O冨冨ヨ
客≦一﹃oP憩ミ馬ミぎ妹ミ馬い融§職︑ミ違ミ貸ミ武︵H㊤刈8Z①≦網︒美ソ娼.ミ・⁝∪塁崔切・↓崔多き層↓ミO暑ミ旨ミ§怖ミ
︑さミも・︒︒︑︒︑ミ§︑Nミミa激§叙︑§§Q驚ミ§噛冒α巴・︵りぬ①≦ 団O﹃吋矯 H㊤刈ド︶唱︾P81㊤︒︒∴<回診ヨΦ門ρ国Φざ︑ミミ6肋噂
︑ミ欺$§職㌧︑$翼蒸O︑o§ω噂㎝窪巴︵ZO≦ 団O円犀矯 H㊤①心︶噂︾Pbコ①1卜QQ︒●
︵34︶ 芝=ωoP㌧oミ苛ミO︑吋匙蕊蹄ミ馬§20ミQo
︵35︶§軋●
ジェームズ・Q・ウィルソンの圧力団体論の展開とその特質(二)
︵36︶ &ミニやQQOQQ.
︵37︶6H仁ヨ餌員号●o瞭二弓Oω田1ω課
︵38︶ ≦=ωoP︑oミ︑§hO︑恥貸ミ怨勘︒誠留戸ω8﹂
︵39︶きミニ旨・ω匂︒マωω8冨ヨ①ω々芝房︒戸﹄ミミ詩§O§鳥§§§貸智箋ミ§霧§℃ohミ2︒︒艮a.︵r賃凶ゆαq5Pち︒︒①︶噛
b唱・ANG◎一心らQ卜
︵40︶ きミこ戸蔭卜ρOQ●
︵41︶ ここで考えている分散された便益とは︑集合財すなわち給付対象者の非排除性︵睡夢︒葦葺畠三年置︶を特徴とする財とは
完全には一致しない︒確かに周防や治安のように集合財の多くがこれに含まれる︒しかし社会保障のように︑人ロの特定部
分に給付され︑その給付対象が操作可能であっても︑恩恵に浴する人々の数が相当多い場合には︑分散された便益であるこ とになる︒
︵42︶ き︑矯喝・郎ω9
︵43︶ こうした政治的事業家政治の実態を︑当事者.自身がいわば内側から描いたものとしては国︒≦碧ら匂賃≦ω芝葺閃︒σ2け
℃碧ぎ︑.ミミミ含き︑︑︵ヴ朔O≦ 鴫O嫡吋噂 H㊤刈ゆ︶及び﹄oび口口冒O摸αロ︒びきO︒ミ§§O§越︵Zo≦団︒鴇FHO謁︶がある︒
︵44︶ ↓瞬β旨ρP号・o篭二〇・鐸.
︵45︶ ≦凶冨O戸︑oミ詩ミO︑h織ミミ鞘︒塁讐℃6曾
︵46︶碧§零国●ω魯無窮魯自︒竃Φき寒偽向免ミ詩ミミ亀窓キ魯︑恥︵累Φミ︽o甚H霧O︶φ
︵47︶Ω冨艮寓oOo口昌︒拝︑識ミ︑恥︑ミミ§職︾ミミ習§b馬ミ︒ミ喬逗︵Zo薯団︒爵噛H89●
︵48︶日げ89お一.ピ︒ミ㌍↓ミ肉冶軋ミト導ミミ騎曇卜σロ傷巴二︵Z⑦ミ尾︒爵H㊤お︶・
︵49︶ 図①ざ魯.鼠肺ニロO﹂お山α駆・
︵50︶ たとえぽジョゼフ・R・マッカーシーもまた︑こうした政治的事業家の例として挙げられている︒︵芝︷房oP冨§ミ蹄§
OOq馬︑篭ミ馬越♪唱噂.①bQ鱒一①bQらQ.︶
︵51︶ きミこ亡・Oω9 09︵52︶﹀ロ費︒≦ω・言︒岡9ユき倉9ミミ§O§︒︒馬卜︒ま圏茜§妹当馬︑さミぎ︑ミ霧蛛︵O冨爵9︒PおQ︒剃︶・ 1
︵53︶きミこや﹂し︒卜︒・
︵54︶図︒げ︒詳=・qD註ω99︑︑冒§oωけ9︒εω⁝目︒壽﹁α﹀
ピ8aω巴ω●ミミ§O︑︒§︑︒ミ§︵≦器ぼ畠ざpu・
︵55︶ミ坤冨oP§ミ◎.Ob︒9 Zo≦d亀目ω寅琴笛σq.O二お︒︒︒︒︶uω①︒︒山OO. 貯︾=き﹄・9αqδ﹃櫛昌切ρ﹁傷︒詳﹀.
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