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自己過程としての巡礼行動の社会心理学的研究(5)

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自己過程としての巡礼行動の社会心理学的研究(5)

―四国八十八ヶ所遍路とサンチャゴ・デ・コンポステラ巡礼の比較―

藤 原 武 弘

**

巡礼行動を定義するにあたってTurner(1969)

の「儀礼の過程」は数多くの示唆に富む。Turner

(1969)は、人間の相互作用の二つの主要な様式 として次の二つを指摘している。第一は、「人間 を多いmoreか少ないlessかによって区別する多 くの評価のしかたをもつ政治的・法的・経済的な 地位の構造化され分化された、そしてしばしば階 級 的 な、体 系 と し て の 社 会 の 様 式 で あ る。」

(p.128)第二は、「境界的な時期に認識されるも ので、儀礼の長老たちの一般的な権威にともに服 従する平等な個人で構成される未組織の、ないし 組織が完全でない、そして相対的に未分化な、コ ミタトウスcomitatus、すなわち、共同体あるい は 仲 間 集 団 と し て の 社 会 の そ れ で あ る。」

(p.128)また彼によれば、「社会生活は、高い地 位と低い地位、コムニタスと構造、同質性と区 別、平等と不平等を連続的に経験することを含む 一 つ の 弁 証 法 的 過 程 で あ る。」(p.129)そ し て

「各個人の生活は構造とコムニタス、また状態と 移行を交互に経験することである。」(p.130)

Turner(1969)は、リミナリティ(境界性)の

諸属性と身分体系の諸属性の違いを、二元的対立 ないし区別の形で次のように表している。

移行―状態 全体―部分 同質―異質 コムニタス―構造 平等―不平等 匿名―命名の体系 財産の欠如―財産 身分の欠如―身分

裸ないし制服―服装による識別 性欲の節制―性欲

性別の極小化―性別の極大化 序列の欠如―序列の識別 謙虚―地位に対するプライド

個人の外観の無視―個人の外観に対する配慮 富の無差別―富の差別

非自己本位―自己本位

全面的服従―上位の序列にのみ服従 聖なる性質―俗なる性質

聖なる教訓―技術的知識 沈黙―ことば

親族関係の権利と義務の停止―親族関係の権利

・義務

神秘的な力に対する絶えざる祈願―神秘的な力 に対する間欠的な問いかけ

愚かさ―聡明 単純―複雑

苦悩の受容―苦悩の回避 他律性―自立性の諸段階

宗教の中心を構成するものはコミュニタスであ るとTurnerは主張している(星野,1977)。その 代表的なものが、未開宗教における「通過儀礼」

のプロセス、歴史宗教、高等宗教における僧院制 度、托鉢制度、および巡礼をあげることができ る。従って、巡礼行動とは、対立的な関係の左側 の特徴を備えたものと考えることができる。さし ずめ、平等、匿名、身分や財産の欠如、性欲の節 制、謙虚、聖なる性質と教訓、沈黙、単純、苦悩 の受容、他律性という側面で巡礼行動を定義でき るように思われる。

巡礼は、居住地という日常的時間・空間を一時 脱却し、聖地という非日常的時空に滞在し、ふた たびもとの日常時空に復帰するという、宗教行動 である。すなわち、巡礼は、一時、居住空間とい

キーワード:巡礼行動、自己過程、四国八十八ヶ所遍路、サンチャゴ・デ・コンポステラ

**関西学院大学社会学部教授

March

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う構造を離脱し、聖地というコミュニタスに浸 り、再び居住空間・時間という構造に戻る(星 野,1977)。こうした考えは、別の言葉で表現す るならば、巡礼行動は日常性対非日常性の次元に 沿って定義できるのではないか。更に非日常的な 方向への離脱とは言っても、聖なる領域とは異な る、遊びへの離脱、自由への離脱といったベクト ルも考えられるのではないか。この離脱方向を、

イメージ的にキーワードで示すと、責任のないこ と、刹那的な快楽性志向、理念やイデオロギーに 深くコミットしない、状況によってコロコロ変わ る、一時的志向性、イージー・ゴーイング、気楽 さ、といったキーワードで示されるものである。

現在適切な言葉を思い浮かばないので、一応自由 性という言葉でこれらのイメージを束ねておく。

要するにこの次元も加えて、巡礼行動を類型化す ると図1のようになる。この図では、過去の巡礼 行動は、俗の世界から聖の世界への一時的移動で

あり、現代の巡礼は、更に自由性と非日常性を兼 ね備えた遊戯の世界への移動という側面も併せ 持っている。たとえば、巡礼の動機を調べると、

必ずしも宗教的な動機に基づかない、観光や他者 との交流といった動機による巡礼者が最近では増 えているからである。

世界中では今なお多くの巡礼が残り、多くの巡 礼者たちは彼らの聖地を訪問してきた。アジアの 巡礼で古いのは、ヒンドゥー教徒の巡礼である。

肥塚(1993)によると、インドの法典の根本とさ

れているものにマヌ法典がある。マヌ法典の前半 は、シュードラ(隷民)を除くヴェーダの学習を 許された上位三階級の人生を4つの生活期(アー シュラマ)に分け、それぞれにおいて守るべき務 めが規定されている。すなわち、学生期は聖典を 学習する時期であり、家長期は、結婚して息子を もうけ祭式を行う時期であり、林住期は、一人で あるいは妻とともに人里離れた森に隠棲し、宗教 的思索にふける時期であり、遊行期は、この世に 対する執着を捨て聖地を巡礼する時期とされてい る。巡礼者は聖地に到着すると沐浴して身体を清 める。そして本尊あるいは本尊を安置した祠堂を 時計回り、右回に巡って参拝する。右が浄、左が 不浄と考えられているからである。四国八十八ヶ 所遍路も西国三十三ヶ所巡礼も右回りに円運動を 行うので、このヒンドゥー教の巡礼の影響を受け ているのかもしれない。

次に仏教徒が四大聖地を始めとする仏跡を巡礼 することに大きな功徳があるとみなすようになっ たのは、ヒンドゥー教徒の聖地巡礼の影響による と 考 え ら れ て い る(肥 塚,1993)。パ ー リ 文 の

「大般涅槃経」には死を目前にしたブッダが弟子 アーナンダに敬虔な仏教徒は4ヶ所の聖地を巡礼 すべきであるとして、次のように述べたと記して いる。

1.誕生処 「ここで如来が誕生された」(ル ンビニー)

2.成道処 「ここで如来が無上の完全なさと りを開かれた」(ボードガヤー)

3.初転法輪処「ここで如来によって無上の法輪 がまわされた」(サールナート)

4.涅槃処 「ここで如来が完全に消滅した境 地(涅槃)にはいられた」(クシナガラ)

日本では四国遍路は仏教徒の聖地の中で有名な ものの中の一つである。弘法大師に帰依する人々 は、四国にある一つの道筋を旅する。彼らは88ヶ 所の寺院を訪れ、最後には高野山に上り、四国で のその道程は1200キロにも及ぶ。

長田・坂田(1998)は、アンケート調査に基づ き、現代遍路の特徴として次の7つの点を指摘し ている。

1.遍路の日本全国化の進展

2.現代四国遍路の主役としての高年齢層 図1 過去の巡礼行動と現在の巡礼行動

第 91 号

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3.遍路動機やきっかけの多様化

4.「区切り打ち」主流化と「順打ち」の継承 5.小集団化する車遍路と移動手段・納経形態の

多様化

6.お接待の残存と豊富な遍路経験

7.「霊場修行/道中修行」と「徒歩遍路/車遍 路」の両義性

一方スペインのサンチャゴ・デ・コンポステラ は、キリスト教の聖地として有名なものの一つで ある。聖人サンチャゴ(ジェームス)の首は、紀 元前44年にヘロド王の命により切られたと伝えら れている。埋葬を禁じられた彼の遺体は、弟子た ちにより取り戻され、船でヤファの港に運ばれ た。奇跡的な航海に始まり、7日間をかけてその 聖人は、現在のサンチャゴから18キロの所にあ る、ルパ王女の王国であるイリアフラビアに運ば れた。9世紀になるまでその使徒の遺体は発見さ れなかった。

藤 原(1999,2000a,2000b)は、自 己 過 程 の 観点から巡礼行動を研究してきた。図2に示した ように、藤原の分析の枠組みは次の4つの要因か ら成り立っている(藤原,1999a)。入力条件(巡 礼行動への動機付け)、過程変数(巡礼行動の過

程)、出力変数(巡礼行動の残効効果)ならびに 背景あるいは文化的変数(巡礼行動の次元)の4 つである。藤原(2000a)は、四国遍路を徒歩で 行った僧侶を対象として面接調査を行った。その 結果、巡礼行動の過程には二次元的要因、すなわ ち動機付け的入力変数(信仰の強さ)ならびに出 力変数(巡礼行動の残効効果)が関与しているこ とが明らかになった。また藤原(2000b)は、徒 歩や自転車でスペインのサンチャゴ・デ・コンポ ステラを訪れた107人の巡礼者を面接した結果、

巡礼行動の過程には二つの次元が関与しているこ とを見出した。ひとつは巡礼の形態であり、個人 で巡礼するか、集団で巡礼するかというものであ る。もうひとつは、動機付け的入力変数であり、

それは信仰の強さと内容の次元に関するものであ る。藤原(1998,1999b,2001)は、四国の八 十 八ヶ所の霊場を訪れた巡礼者に面接調査を行っ た。巡礼者のデモグラフィック要因を最適尺度法 で解析した結果、次の二つの次元を見出した。ひ とつは巡礼の時間的な長さ要因であり、長期型か 短期型かに関する要因である。もうひとつは、年 齢、職業ならびに巡礼形態に関わる要因である。

巡礼行動が身体的、心理的状態に及ぼすポジティ

図2 自己過程と巡礼行動

March

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ブな効果が見出され、その傾向は特に高い自己意 識を持つものと強い宗教的態度をもつ巡礼者に顕 著であることが明らかになった。

本研究の目的は、比較文化心理学的な観点か ら、四国八十八ヶ所遍路とサンチャゴ・デ・コン ポステラ巡礼の類似点と相違点を比較することに ある。四国は現在でこそ三つの橋で本州と繋がっ ているが、日本の首都である東京から見ると辺境 に位置している。またサンチャゴ・デ・コンポス

テラも同様に、イベリア半島最西北のはずれに位 置し、世界の果て、ヨーロッパの地の果てと呼ば れるところであった。また聖地を訪れる巡礼者の 動向に関しては、図3、4に示したように、四国 やサンチャゴ・デ・コンポステラを徒歩で訪れる 巡礼者は、ここ10年の間毎年増加する傾向にあ る。

表1は、歴史的・文化的要因(宗教、聖地の起 源)、環境的・地理的要因(聖地の場所、気候、

図3 四国遍路人数の年度別推移

図4 サンチャゴ・デ・コンポステラ巡礼者数の年度別推移

第 91 号

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巡礼ルートの距離と時間、型、季節)、象徴的要 因と巡礼者要因(デモグラフィック要因と動機)

の観点から両巡礼行動を比較したものである。な おこの表中、巡礼者要因に関するデータは長田・

坂 田(1998)な ら び にCompostela(1997)に よ るものである。これらの要因別の比較を行うと、

歴史的・文化的要因、環境的・地理的要因に関し て類似性は見出せない。また巡礼者要因に関して

も、四国八十八ヶ所遍路は年齢層が高く、無職の 者が多いのに対して、サンチャゴ・デ・コンポス テラは年齢層が若く、学生がかなりの比率を占め る。

ただしイベリア半島のその他の巡礼も含めた、

マクロな面から眺めると類似性を見出すことがで きる。藤原(1999a)は、主にイベリア半島の巡 礼行動を観察した結果、巡礼行動の次元として、

表1 四国八十八ヶ所遍路とサンチャゴ・デ・コンポステラ巡礼の比較

要因 四国八十八ヶ所遍路 サンチャゴ・デ・コンポステラ巡礼 歴史的・文化的要因

宗教 仏教 真言宗 キリスト教 カトリック

聖人名 弘法大師(空海) サンチャゴ(ヤコブ、ジェームス)

起源・歴史的発生 修業の地 墓の発見

環境的・空間的要因

聖地の場所 日本 四国全域 スペイン サンチャゴ

気候 温暖湿潤性気候 海洋性気候

距離 1220km 709km(フランス道)941km(銀の道)

時間 一ヶ月半 一ヶ月

季節 春・秋 夏

巡礼の型 円環型(曼荼羅) 往復運動型

巡礼者要因

国籍 国内的(日本人) 国際的(外国人29%)

性 女性(50.2%)>男性(48.4%) 男性(63.9%)>女性(36.1%)

年齢 中・老年層(60代 36.3%) 若年層(16〜30代 48.5%)

職業 無職(35.4%) 学生(45.3%)、専門職(12.9%)

動機 先祖・死者の供養(53.4%) 信仰(66.9%)

家内安全(46.2%) 信仰と文化教養(29.2%)

信仰・修行(31.8%) 文化教養(4%)

宿泊場所 遍路宿、善根宿、 albergue(スペイン語、宿、避難所)

遍路小屋、通夜堂

現象学的要因 白衣 金剛杖 長い上着 杖

頭陀袋 笠 朱印 頭陀袋 帽子 スタンプ

シンボル的要因 白装束、鐘 ほたて貝

(聖地生成神話) 補陀落渡海 不老不死の国(大西洋) フィニステレ 海辺の聖地(海辺聖標) 貝殻、石船、地中海

御蔵洞(みくろとう)

cf.ルルド:ピレネー山脈の水(清める、洗い流す)、洞穴。エル・ロシオ:河口の湿地帯、木

March

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1個人巡礼対集団巡礼、2父性的対母性的、3祭 的対治療・祈願的の3次元を指摘している。こう した次元のうち、巡礼行動を弁別する主要な次元 は、父性的対母性的、手段的対自己完結的の2次 元であり、イベリア半島における巡礼行動と四国 遍路を構造化するならば図4のようにパターン化 することができる。四国遍路の発生に関しては、

弘法大師が42歳の厄年の時(815年)に四国八十 八ヶ所を開いたという伝説にもとづく。真言宗 は、即身成仏を本旨としており、仏教の中でもと りわけ厳しい自己修業を必要とされる。またサン チャゴ・デ・コンポステラ巡礼はサンチャゴの墓 の発見が契機であることから、両者には男性とい う性の次元に共通性が見出される。更にこの次元 は巡礼行動の形態の個人性―集団性という次元と 深い関係にある。ファティマ、エル・ロシオ、

ルールドいずれの巡礼も大部分の巡礼者は集団で 行くものがほとんどである。またバス、鉄道、車 といった移動手段を用いて聖地に向かうものも多 い。それに対して、四国遍路の徒歩巡礼者は、長 田・坂 田(1998)の 調 査 に よ る と、10.3%で あ る。また第一番札所、霊山寺の資料によると、

2000年は1,700人。サンチャゴ・デ・コンポステ ラ巡礼は、1996年、自転車や馬といった移動手段 との比較で言えば徒歩巡礼者が70.6%、それらを 含めての実数のトータルは、23,218人である。両 巡礼は、かなりの人々が難行である徒歩巡礼を選 択しており、人間心理のダイナミズムを基礎にし て考えると、「切断する」という基本機能、個の 確立と成長という基本的な目標、個人差や能力差 を肯定する個人のあり方、契約関係という人間関 係、個人の責任を特徴とする、父性原理(河合、

1983)の色彩の濃い巡礼行動ではないだろうか。

それに対して、母性原理は、「包合する」という 基本機能、場の形成と平衡状態の維持という基本 的機能、絶対的な平等感という個人のあり方、共 生的一体感という人間関係、場の責任という特徴 を持つ。松本(1987)は、父性的原理に基づく父 性的宗教と母性的宗教に基づく母性的宗教という 区別を行っているが、巡礼行動の分類次元にも適 用できるのではないか。要するに、両巡礼は、藤

原(1999a)が見出した父性の次元において類似

性を持つものとの推論が成り立つのではないだろ

うか。

次に手段的対自己完結的次元に関しては、ファ ティマ、ルールドほど病気の人々が治癒と祈りと 希望を求めてサンチャゴ・デ・コンポステラに やってくるわけではない。しかし精神的な魂の苦 痛を癒すために歩く巡礼者も少なからずはいる。

Frey(1998)も指摘しているように、巡礼者の内

的な方向づけは、変化、喪失、決裂、疎外といっ た問題と関連している。巡礼への道は、喪失、失 敗、恐れ、羞恥、中毒性などという、日常生活で は忘れられた心の傷を明らかにする。道に沿って 歩くという経験が媒介としての働きをして、心の 傷をあらわにするのである。こうした意味から、

幾人かの巡礼者たちは、サンチャゴ巡礼道を「治 療の道」とも呼んでいる。一方、四国遍路も四国 病院に入院するという表現があるように、病気の 治療という動機で巡礼する割合も少なからず存在 する(13.6%、藤原2001)。こうした事実は、巡 礼が手段的、効用的な心理的意味をもつという点 で両者には共通性があるように思われる。

加えて、両巡礼行動には、ほたて貝や海からの ランドマークといった、海に関する象徴的な要因 において類似性があるように思われる。

たとえばDupron(1985)は、サンチャゴ・デ

・コンポステラ巡礼における、ほたて貝のシンボ リックな意味として以下のような考察を行ってい る。

「象徴の別のレベルには、海の起源がかたく結 図5 イベリア半島における各巡礼行動の位置づけ

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びついている。この海とのつながりは、一方でコ ンポステラの宇宙を表し、他方で最も喚起力のあ る物質的記号を与えることによってサンチャゴ巡 礼をあらわすのだが、それによって巡礼行為の本 質的様相が明らかになる。それは空間にも、また 水にも宇宙的に結びつき、貝殻に導かれて起源の 場所を再び見出すことであり、あるいはまた広漠 たる海面を前にして、人生とは通過点にすぎず向 こう岸に到達してはじめて成就されるものだと知 ることである。」(p.347)。また「このように貝 殻の象徴はきわめて多様な性格をもつが、しかし そうした性格はすべて、新生と青春と解放のはじ まりの陶酔をしるしづけている。そこには、海が 秘めている天地創造の力が再び見出される。」(p.

357)要するに、巡礼の成就が個人にとって「新 たな誕生」に到達することを意味しているのであ る。

藤原(1999a)でも指摘したように、何人かの

巡礼者にとっては、サンチャゴ・デ・コンポステ ラが最 終 の 聖 地 で は な い。Frey(1998)に よ る と、10%はサンチャゴ・デ・コンポステラから約 100キロ西にあるフィニステレを目指す。大西洋 には不老不死の天国・楽園が存在していたという ケルト的伝説もあり、サンチャゴ・デ・コンポス テラ巡礼は、このフィニステレ巡礼から生じたと いう説もある。Frey(1998)の言葉を引用するな らば、「風、限りない水、無限に続く水平線、海 の飛沫、打ち寄せる波、そして別の躍動的な要素 がすべて組み合わさって、死と再生、破壊と復活 の象徴的な場所としてのフィニシテレを見に行く ように巡礼者を誘う。」(p.174)

一方、四国遍路のルートは四国の海岸線に沿っ て歩くようになっており、従って四国遍路を「海 辺 聖 地」と 呼 ん で い る 研 究 者 も い る(上 田,1993)。また後に上田(1996)は海辺の聖な る標識、「海辺聖標」という造語を作っている。

最御崎寺、津照寺、金剛頂寺、禅師峰 寺、青 龍 寺、金剛福寺は岬の上に建っており、海からのラ ンドマークでもあり、漁民の信仰と何らかの関係 があるものと推測される。また金剛頂寺には魚籃 観音像があり、禅師峰寺の本尊は十一面観世音菩 薩、金剛福寺の本尊は千手観世音菩薩であり、観 音信仰は海と切っても切れない関係にある。

たとえば、久保田(1985)は補陀落渡海に関し て興味深い指摘を行っている。

「法華経の一部となっている観音経(普門品第 25)には、どんな危機にも救いの手をのべてくれ る観世音菩薩の功徳と妙智力がくりかえし説かれ ている。その観世音菩薩の浄土は、梵名のポータ ラカを普陀洛迦とも補陀落とも音写され、南方の 海の彼方にあった。」「那智浜の宮の補陀落寺を基 地に、かつてその南紀の明るい海辺からは、窓の ない箱舟が、南海の観音の浄土補陀落へ向かっ て、幾 人 も の 渡 海 僧 を 送 り 出 し て い っ た。」

(p.136)

補陀落渡海は、ほかに、妻子をふり捨てて土佐 の海から船出している、或る禅師と呼ばれる聖の 話が『発心集』に見える。またさらに、同じ高知 県の室戸岬からの補陀落渡海の例もあり、四国遍 路も海と密接な関係がある。

ま た 水 と 宗 教 と の 関 わ り に 関 し て も 久 保 田

(1985)は次のような興味深い指摘をしている。

「イザナミノミコト、あるいは妙理大菩薩という 垂迹神にかわる十一面観世音菩薩という本地仏 は、本地垂迹説の変化にほかならないが、ここに 流れる変化は、女性ないしは、女性的な神仏によ る変わりかたである。しかも、観音のルーツを、

水に関わるインド・西アジアにおける女神におく とすれば、やはり水に深く関わる龍(ナーガ)の 信仰にかわって、新たな水分神的な山神として十 一面観世音菩薩が白山に入り込むのも、少しも不 自然ではない。」(p.201)「仏教あるいは経典の 成立には、長い年月がついやされてきた。そして その過程には、古代インドに存在したさまざまな 宗教的な営み、信仰が影響を与えている。観音は おそらく、「水」という人間の暮らしにもっとも 身近で根源的な要素に深くかかわることに、その 信仰の源流があるのではないだろうか。それだけ に、観音あるいは観音的な信仰の対象は、人類の くらしの源流にまでさかのぼることができるとい えるかもしれない。このことからすれば、そうし た信仰は、アジアの諸地域は言うにおよばず、洋 の東西を問わず、観音は水の流れをたどって、あ らゆる地に移動することができる。しかもそれだ からこそ、大地に根ざした信仰の土壌へ、新たに やってくる観音は、ほとんど抵抗もなく受け入れ

March

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られるのだ。」(p.201)

ルールドという聖地では、ピレネー山脈からの 水が、病人を清め、罪を洗い流すという役割を果 たしている。またエル・ロシオ巡礼は、河口の湿 地帯が聖地となっており、そこから海までは水で 繋がっている。海水と淡水には違いがあるかもし れないが、生活に不可欠な水と信仰との関わりに は興味をそそる課題を提供しているように思えて ならない。

表2は、場所の象徴的な意味という観点から、

四国八十八ヶ所遍路とサンチャゴ・デ・コンポス テラ巡礼の比較したものである。サンチャゴ・デ

・コンポステラはFrey(1998)の指摘をまとめ たものであり、両巡礼者が経験する場所の心理的 な意味に類似性があるように思われる。まず四国 八十八ヶ所遍路の方から述べると、発心、修行、

菩提、涅槃というネーミングには象徴的な変化の 意味がある。具体的な資料を挙げると、発心の道 場である徳島県の巡礼距離はおよそ約210Km、修 行の道場である高知県は約408Km、菩提の道場で ある愛媛県は約365Km、涅槃の道場である香川県 は約163Kmである。こうした点から見ても高知 県の道のりが最も長く、修行の道場であるという 指摘と一致している。さらに札所間の距離を計算 すると徳島県は約9.1Km、高知県は約25.5Km、

愛媛県は約14.0Km、香川県は約7.1Kmとなって おり、高知県が札所間の距離が最も長い。目標の 札所まで到達するのに労苦を一番要するのであ

る。サンチャゴ・デ・コンポステラ巡礼でも、第 一段階は、高級で良質なワインで有名なナバラや リオハ地方である。そこではワインで祝盃をあげ るという和やかな雰囲気が漂っている。第二段階 のカステリア地方の台地にくると、果てしなく単 調な砂漠のような風景が巡礼者を襲う。第三段階 のレオンからエル・ビエルソまでは山岳地帯で巡 礼者も受難を経験する。イラゴ山には岩を積み上 げた山の上に立てられた「鉄の十字架」があり、

巡礼者にとっての聖地となっている。最終段階は ガリシア地方で、緑豊かな丘が続き、聖地である サンチャゴ・デ・コンポステラも真近である。復 活の喜び、キリストの昇天といったクライマック スを迎えるのである。

サンチャゴ・デ・コンポステラの巡礼者はフラ ンスのサンジャン・ピエ・ド・ポーから出発す る。フランスとスペインの間に横たわっているの はピレネー山脈であり、巡礼者はまずピレネー越 えという難関の洗礼を受ける。一方、四国遍路の 場合は、最初は約30Kmくらいの間に10の札所が 配置されており、容易に札所を打つことができる が、11番の札所である藤井寺を打った後は、12番 の焼山寺を打つまでは険しい山越えの道を歩かな ければならない。俗に「遍路転がし」と呼ばれる 過酷な経験に遍路は遭遇することになる。いずれ の巡礼においても厳しい巡礼入会儀式のための試 練を巡礼者が体験するという面で共通点がある。

ところで四国八十八ヶ所遍路において、愛媛県 表2 場所の象徴的な意味という観点から四国八十八ヶ所遍路とサンチャゴ・デ・コンポス

テラ巡礼の比較

場所 心理的段階 場所 心理的段階

徳島県 発心 ナバラ

リオハ

ぶどうジュース

(内的世界を信じ神と離れた生活を粉砕し て、神との和解をワインで祝う)

! !

高知県 修行 カステリアのメセタ 厳格さ、厳しさと謙遜の学習

! !

愛媛県 菩提 レオンから エル・ビエルソまで

キリストの受難 全質変化の奇跡

! !

香川県 涅槃 ガリシア 復活、喜び、キリストの昇天

第 91 号

(9)

は菩提の道場とされているが、標高という面から 見ると、意外と険しい。八十八ヶ所霊場中第66番 の雲辺寺は標高911mで、最高のところにある。

また、第45番岩屋寺や第60番横峰寺も標高が高 く、難所とされている。一方、それに対応する場 所として、サンチャゴ巡礼の場合は、第3段階で ビラフランカ・デル・ビエルゾからセブレイロに 向けて山越えがある。いずれも最終ステージの涅 槃や復活に至るまでは険しい山を越えるという試 練にさらされるという点でも両者には共通点があ る。

以上、両巡礼の発生や歴史的・環境的なレベル では差異が見られるが、象徴的なレベルでは共通 性や類似性が見られるという知見は興味深いので はないだろうか。現在までのところ、いささか精 緻さに欠ける論考しかできないが、仮説を補強し てゆく資料を今後収集してゆくつもりである。ま た実証的なレベルで、未だに仮説である命題や推 論をどのように検証してゆくべきなのか、その方 法論も定かではないが、差し当たりは例証的な証 拠を探してゆく予定である。

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河合隼雄 1983 日本人のこころ NHK市民大学講座 日本放送出版協会

久保田 展弘 1985 山岳霊場巡礼 新潮社 前田 卓 1971 巡礼の社会学 ミネルヴァ書房 松本 滋 1987 父性的宗教 母性的宗教 東京大学

出版会

長田巧一・坂田正顕 1998 現代を生きる四国遍路道 日本図書センター

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社 Turner,V. W. 1969The Ritual Process: Structure and Anti-Structure.Aldine Publishing Company.

上田 篤 1993 海辺の聖地 新潮出版

上田 篤 1996 日本の都市は海からつくられた 中 公新書

March

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A Social Psychological Study of Pilgrimage Behavior (5)

―Comparison between Pilgrimage to the 88 Sacred Places of Shikoku and Pilgrimage to Santiago de Compostela―

ABSTRACT

Many pilgrimages have lived on in present times and many pilgrims continue to visit various sacred sites in the world. In Japan,Shikoku Henro is one of the famous Buddhist sacred sites. Devotees of the Buddhist saint Kobo Daishi travel a route around Shikoku Is- land. They visit 88 temples and cover 1200 kilometers,ending with an ascent of Mount Koya. In another part of the world,in Spain,Santiago de Compostela is one of the famous Christian sacred sites. According to tradition,Saint James’ throat was slit by Herod’s order in 44 BC. Denied sepulture,his body was recovered by his disciples,and carried by a ship to the port of Jaffa,thus initiating a miraculous voyage which,in seven days,would bring the saint to Iria Flavia,in the kingdom of Queen Lupa,just 18 km from present-day Santi- ago. It was not until the early 9thcentury that the Apostle’s remains were rediscovered. Re- cently,since about ten years ago,the numbers of pilgrims on foot in both Shikoku and Santiago de Compostela have been increasing annually.

By comparing pilgrimage behaviors in these two countries,this study aims to explore dif- ferences and similarities of the pilgrimage behavior from the point of view of cross-cultural psychology. Compared are historical-cultural factors (religion,origin of sacred site), environmental-geographical factors (location of sacred sites,climate,distance,the type and time of the pilgrimage route),pilgrims’ characteristics (demographic variables and motive), and symbolic factors. Results indicate that the two pilgrimages have differences in environ- mental and pilgrim factors,but also similarity in phenomenological factors and psychologi- cal meaning factors (paternity and instrumental dimensions by Fujihara (1999)). Also, symbolic factors such as scallops and landmarks from the sea which relate to water seem to indicate similarity.

Key Words: pilgrimage,self process,the 88 sacred places of Shikoku,Santiago de Com- postela

第 91 号

参照

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