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1 検 察 の 独 自 捜 査 の 目 的 な ど に つ い て

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Academic year: 2022

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(1)講. 演. 永. 祐. 平成九年五月二九日. 吉. ︵於. 前検事総長︑弁護士. 自白の信用性の検証に関する諸問題など. はじめに. 早稲田大学︶. 介. ただいまご紹介に預かりました吉永です︒本日は︑早稲田大学法学会の大会にお招きいただき︑講演させていた だくことは︑非常に名誉なことと存じます︒. 最近︑早稲田大学も︑司法試験に合格される方が非常に多く︑また︑検察官に任官される方もかなり数が増えて. おり︑これも︑学生の皆さんが法学をよく勉強されていることや先生方の熱心な教育が実を結んでいることによる ものと︑非常にうれしく思っている次第です︒. 一〇三. 私は︑ただいまご紹介に預かりましたように︑約四一年間にわたり検事として勤務し昨年一月に退官して︑現在 自白の信用性の検証に関する諸問題など.

(2) 早法七三巻二号︵一九九七︶. 一〇四. は弁護士をしております︒私は検事であった時は︑捜査官︑指揮官︑決済官という立場で︑捜査あるいは公判にた. ずさわり︑いわゆる実体的真実の発見に全力を尽くして参りました︒その中でも︑最も苦労したのが︑本日の題材. に致している︑信用性に富んだ自白の獲得ということでありました︒そして︑自白が得られた場合︑裁判において. 有罪にもっていくだけの証拠があるかどうか︑また︑その自白が信用性に富むものであるか否かについての検証 は︑非常に苦労が多いのです︒. 自白の信用性が否定されて︑無罪になった事件もありますが︑そういう事件につきましては︑判決書を検討する. のは勿論のこと︑学者の方々の批判とか批評に目を通したり︑反省すべきところは十分反省して︑信用性に富む自 白の獲得に努めてきたわけです︒. 本日の主題は︑自白の信用性の検証に関する問題でありますが︑幹事の方から︑ロッキード事件について少し話. をしてほしいとのご要請がありましたので︑まず︑検察の独自捜査とロッキード事件のお話をした上で︑本題に入 っていきたいと思います︒. 検察の独自捜査の目的などについて. して検察官に送致してくるのですが︑これは送致事件といわれています︒検察庁が受理する事件のほとんどは警察. うのは︑検察官だけで捜査・処理をした事件のことを申します︒日常発生する刑事事件は︑通常︑警察が取調べを. 新聞などに︑検察の独自捜査という言葉がよく出ますので︑皆さんもご承知と思いますが︑検察の独自捜査とい. 1.

(3) 送致事件です︒東京地方検察庁では︑独自捜査事件は特捜部が捜査しており︑警察送致事件は主として刑事部が担 当しています︒. 検察が独自に捜査する事件は︑政界︑官界︑財界などに関連する重大な事件で︑事件の内容は国家や国民に多大. な影響を及ぼすものであり︑それだけに捜査は非常な困難を伴います︒これをたとえて言いますと︑﹃険しい山の. 稜線を歩んで行く﹄に等しく︑一歩誤まれば谷底に転落する虞れがあり︑かなりのプレッシャーを感じる事件と言 えます︒. 検察独自捜査における政界︑官界︑財界に関連する事件捜査の目的は︑社会に潜んでいる法律に触れる不正な行. 為を摘発し︑その真相を明らかにし︑腐敗堕落の芽を摘み取って膿を搾り出すことにより︑捜査・公判で明らかに. なった事実やその結果を主権者である国民の皆さんの批判に晒すことに尽きるのです︒検察は︑世の中を良くしよ. うとか︑国の制度を改革しようというような目的を持って捜査をしているのではなく︑そのような目的を持って捜. 査することは︑いわゆる﹁検察ファッショ﹂になりかねないのであり︑許されるものではありません︒. 私は︑独自捜査の目的は﹁どぶさらい﹂と申しています︒つまり︑社会の中にたまっている溝川の泥を取り除い. て綺麗にするのが目的であり︑綺麗にした川に澄んだ水を流すか︑また泥水にしてしまうかは︑主権者たる国民︑ 選挙で選ばれた政治家︑あるいは公務員の方々の責任であります︒. 参考までに︑いわゆる﹁検察ファッショ﹂ということで大問題になった事件として︑昭和ご一年に検事が捜査し. 一〇五. た帝人事件というのがありますが︑検事が世の中の制度を改革してやろうという目的を持って捜査したと非難され た事件です︒. 自白の信用性の検証に関する諸問題など.

(4) 早法七三巻二号︵一九九七︶. ロッキード事件に関する若干の問題など. ロッキード事件の概要. 一〇六. ていた﹂1一〇一一型航空機︵通称︑トライスターという︶の販売代理店契約に基づき同航空機の販売に従事してお. 広は丸紅の代表取締役︑大久保利春は同社の取締役兼機械第一本部長として丸紅とロッキード社との間に締結され. 説明致しますと︑﹁田中角栄は内閣総理大臣であった者︑榎本敏夫は田中の秘書であった者である︒贈賄側の桧山. 総理大臣田中が︑㈱丸紅から五億円を賄賂として受け取った事件の起訴状の公訴事実を︑皆さん方に判りやすく. とった贈収賄事件︑国際興業という会社の社主であった小佐野賢治の議院証言法違反事件などであります︒. するもの︶︑㈱全日空から元運輸大臣橋本登美三郎が五百万円︑元運輸政務次官佐藤孝行が二百万円の賄賂を受け. 対する約一九億円の所得税法及び外為法違反事件︵ロッキード社からコンサルタント報酬などとして受領した金員に関. ッキ:ド社から五億円を賄賂として受け取った事件です︒その他︑日本のフィクサーと言われていた児玉誉士夫に. ロッキード事件は︑大きく分けますと四つのルートがあり︑一番著名なのは総理大臣田中角栄が︑㈱丸紅及びロ. 上告したが死亡により公訴棄却になったことは︑ご承知と思います︒. 臣の田中角栄氏が収賄罪などで起訴され︑一審で懲役四年の実刑判決︵五億円の追徴︶を受け︑控訴審で控訴棄却︑. ていないか︑あるいは三歳位の時のことであろうと思いますが︑日本史の授業などで︑ロッキード事件で元総理大. ロッキード事件は︑昭和五一年に検察官が捜査・起訴した事件であり︑ここにおられる学生の皆さんは︑生まれ. ①. II.

(5) り︑伊藤宏は丸紅の取締役社長室長をしていた︒そして︑桧山︑伊藤︑大久保の三人がロッキード社の社長コーチ. ャンと共謀して︑昭和四七年の八月二三日ごろに︑田中の私邸で同人に対し︑内閣総理大臣としての職務権限に基. づいて︑トライスター航空機を全日空に購入せしめるよう尽力されたいとの請託をした︒その際︑桧山らは︑田中. 総理に対し︑全日空がトライスタ:を購入した場合には︑その報酬として現金五億円を供与することを約束した︒. その年の一〇月三〇日に︑全日空が同航空機を購入したので︑約束に基づいて︑昭和四八年八月一〇日から同四九. 年三月一日までの間に四回にわたり︑東京都内において︑丸紅がロッキード社から受け取った五億円を︑榎本を介 して田中に供与した﹂という事件です︒. この五億円は︑ロッキード社から日本のロッキード社の東京支社にいるクラッターという人に四回に別けて送金. され︑その都度︑同人が丸紅の大久保に連絡すると︑大久保は伊藤に︑領収書を持ってクラッターのところに行っ. て金を受け取ってくるよう指示します︒あらかじめ︑大久保とクラッターとの間で︑﹁ピーナツ﹂︑﹁ピーシズ﹂と. いう記号のある領収書を用いることにしており︑最初は︑昭和四八年八月一〇日に一億円を受取るわけですが︑そ. の領収書は伊藤がサインし︑一億円と書かずコOOピーナッ﹂と記載しています︒二回目は一億五千万円です. が︑領収書はコ五〇ピ!シズ﹂︑三回目と四回目は︑いずれも一億二千五百万円で︑領収書は﹁一二五ピーシズ﹂ という暗号的な領収書になっております︒. 伊藤は四回にわたり︑大久保の指示により︑暗号的な領収書を作成して︑ロッキード社支社に行き︑クラッター. から領収書と引き換えに合計五億円を受け取って︑いずれも田中首相の秘書である榎本に渡し︑同人はこれを田中. 一〇七. の私邸に運び込んでいます︒伊藤は︑あらかじめ榎本に引き渡す日時と場所について連絡しております︒面白いの 自白の信用性の検証に関する諸問題など.

(6) 早法七三巻二号︵一九九七︶. 一〇八. はこの四回にわたる金貝の授受場所でありますが︑一回目は英国大使館の前の路上︑二回目は伊藤の家の近くの路. 上︑三回目はホテルオークラの駐車場︑四回目は伊藤の自宅であり︑いずれも一万円札をダンボール箱に詰めて渡. しています︒弁護士は︑﹁人目に付きやすい場所で金銭の授受をすることはおかしい︑検事のデッチアゲである﹂ と主張していますが︑裁判所はその主張を理由無しとして一蹴しています︒. この事件は︑贈収賄事件としては金額も大きく︑受け取ったのが田中総理ということで︑非常に世間を騒がせた 事件でありました︒. 一審判決は︑起訴してから七年後の昭和五八年で︑田中は懲役四年・追徴金五億円︑榎本は懲役一年・執行猶予. 三年︑桧山は懲役二年六月︑大久保は懲役二年・執行猶予四年︑伊藤は懲役二年の判決が出たわけです︒. 一審だけで七年間もかかっているのですが︑それほど事件が難しかったということにもなると思います︒最近の. オウム事件では︑一審判決に一〇年とか︑一五年位かかるのではないかと言われておりますが︑日本の裁判が非常. に長すぎるのは確かですけれども︑刑事訴訟法を勉強しておられる皆さんはお判りのように︑日本の法律に従って. ところで︑ロッキード事件は︑日本国内で犯罪が発覚したのではなく︑昭和五一年二月初めに︑米国の上院. 裁判が行われる限り︑やむを得ないのではないかと思われます︒. ②. 外交委員会の多国籍企業小委員会で︑航空機製造会社であるロッキード社の日本への民間航空機の売り込みに関し. て︑ロッキード社の会計管理をしているウィリアム・フレンドリーという方が︑﹁ロッキード社の日本への工作資. 金としては三〇億円が出ている︑そのうち二億円が右翼政治家の児玉誉士夫に流れている﹂と証言したのがきっ. かけであります︒そうするうちに︑ただいまお話した︑丸紅の伊藤がサインした一〇〇ピーナツ︑一五〇ピーシズ.

(7) など計四枚の領収書の写しが公表され︑それが新聞にでたことから世間が騒がしくなり︑さらに同年二月六日に︑. 米国のチャーチ委員会で︑ロッキード社のコーチャン社長が︑﹁児玉に支払った七〇〇万ドルのうち︑いくらかが. 小佐野賢治に渡ったと思われる︒伊藤という丸紅の人に渡した一億円の中から︑日本政府関係者にかなりの金額が 支払われていることを確認している﹂という証言をしました︒. そのころから︑検察もこれは大変な事件になるということで︑当時東京地検特捜部副部長であった私が主任検事. を命ぜられ︑特捜部にロッキード事件の捜査班を作って体制を整え︑捜査を開始したのです︒. この事件の捜査は︑東京地方検察庁と警視庁と東京国税局の三庁が合同して行うという︑それまでに例のない取 組みであり︑三者合同の捜査はロッキード事件しかありません︒. この事件の捜査は︑実に約一年間にわたりましたが︑一番始めに苦労したのは︑裁判官から押収捜索令状を出し. てもらう事でした︒チャーチ委員会におけるコーチャン社長の証言により︑罪名は﹁米国から日本に居住する者に. 許可無く金員を支払った﹂という外国為替管理法違反罪でありますが︑これを疎明し得る資料をどうするかという. ことでした︒日本国内で発覚した事件であれば︑関係者の取調べ︑証拠品を集めるなどして︑一応の輪郭ができた. 上で裁判官に捜索差押令状を請求しますが︑犯罪の発端がアメリカであり︑資料のほとんどが新聞記事や︑お話し. たピーナツ︑ピーシズ領収書の写し︑チャーチ委員会における証言の写し︑児玉の領収書の写し︑そういうものし. かありませんで︑それを証拠として︑㈱丸紅︑㈱全日空︑児玉の事務所など三七箇所にわたる捜索令状を裁判官に. 請求したわけです︒新聞紙とか︑証拠物の写しとか︑そういう資料で捜索差押令状を請求したのは初めてであり︑. 一〇九. 私が裁判官に説明するなど︑非常に苦労して捜索令状をいただき︑二月二四日に一斉に捜索を実施し︑直ちに検 自白の信用性の検証に関する諸問題など.

(8) 早法七三巻二号︵一九九七︶. 察︑警察︑国税が証拠物の検討︑関係者の取り調べ︑銀行捜査などを始めました︒. こO. 三月二四日に︑ワシントンで日本と米国の間で︑ロッキ!ド事件に関する捜査共助が調印されたことで︑四月初. めになって︑米国SECにおけるロッキード社のコーチャンなど関係者の証言調書︑各種の証拠物等が日本に引渡. され︑これら資料が非常に役に立ちました︒これらの資料は秘密事項が非常に多く︑検事正は︑﹁万一︑これが外. に漏れたら責任を取らねばならない﹂ということで︑検事正の部屋にある大きな金庫に入れておりました︒このS. 皆さんも二年前のことですからご承知だと思いますが︑ロッキード事件の上告審の判決が平成七年二月二二. ECの資料が非常に役に立ち︑事件の真相がかなり明確になってきました︒. ③. 日にあり︑結論的には︑検察の主張が認められて上告棄却となったのですが︑いわゆる﹁不起訴宣明﹂の適法性に ついての論議が問題となりました︒. 日本の検察としては︑事件の真相を明らかにするには︑ロッキード社のコーチャン等三名の証人尋問をわが国で. 行いたかったのですが︑同人等は日本に来ることを拒否したので︑日本の裁判官の訴訟指揮権に基づき︑アメリカ. の裁判所に対し証人尋問を嘱託してもらい︑証言を得ることにしました︵刑事訴訟法ニハ三条︑二二六条参照︶︒. しかし︑コーチャン等が自己負罪の特権により証言を拒否することが明白でありました︒アメリカには︑皆さん. ご承知の﹃イミュニティ﹄といいまして︑簡単に申せば﹁真実の証言をすれば起訴しない制度﹂があります︒わが. 国の刑事訴訟法にはそのような規定はありません︒そこで︑それをどのようにしてクリヤーするかが問題でありま. した︒皆さん御承知のように︑わが国の刑事訴訟法二四八条に規定している﹁起訴猶予﹂という制度があります︒. 刑訴法二四八条は︑ご承知のとおり︑﹁犯人の性格とか︑年齢および境遇︑犯罪の軽重および情状等に関して︑訴.

(9) 追を必要としないものについては︑起訴を猶予することができる﹂と規定しています.その精神にのっとり︑﹁日. 本の検察は︑証言した事項については︑将来起訴しない﹂という︑いわゆる﹃不起訴宣明﹄といっておりますが︑. 時の検事総長と東京地検検事正が︑そういう趣旨の書面をアメリカの裁判官に提出したのです︒その後︑紆余曲折. はありましたが︑アメリカの裁判官はコーチャン等三名の証人に﹃イミュニティ﹄を出し︑証言が行われ︑嘱託尋. 問調書が日本に送付されたのであります︵送付されるまで︑証言内容は日本側には全く明らかにされなかった︶が︑非. 常に時間がかかり︑検事が尋問調書を入手できたのは田中逮捕のかなり後でした︒検察は︑尋問調書を待っていて. は時間がかかり過ぎるので︑昭和五一年七月二七日に田中を五億円の外為法違反で逮捕し︑同年入月一六日に五億 円の受託収賄と外為法違反で︑また桧山︑大久保︑伊藤を贈賄で起訴しました︒. ご承知のとおり︑この米国における尋問調書は︑一審及び控訴審の裁判では証拠能力を認めましたが︑最高裁. は︑不起訴宣明に関連して証言調書の証拠能力を否定しました︒しかし︑これ以外の各種証拠により犯罪は認定で. きるとして︑被告人らの上告を棄却しました︒証言調書の証拠能力を否定した理由などをお話すると︑時間が非常 にかかるので︑興味のある方はその判決書を読んでいただきたいと思います︒. 付言しますと︑検察官は︑この嘱託尋問調書を証拠として法廷に提出し︑一審及び控訴審ではこれが証拠能力あ. りとして採用され︑有罪の判決の証拠とされているわけですが︑この不起訴宣明による嘱託尋問調書が違法だとい. うことになると事件全体が崩れる恐れがありますが︑前述したように︑この嘱託尋間調書が検察の手元に届いたの. 一二. は田中を逮捕したかなり後であり︑その調書の内容を捜査に利用していないので︑国内における捜査の全体に影響. がなく︑嘱託尋問調書を除くその他の証拠で本件犯罪事実を十分に立証できたわけです︒ 自白の信用性の検証に関する諸問題など.

(10) ㈲. 早法七三巻二号︵一九九七︶. 二二. 私は︑この事件の主任検事を務めさせていただきましたが︑主任検事というのは捜査の方針を定めて︑どの. 検事にどういう役割を与えるか︑被疑者や重要な関係者の取調べに︑どの検事を当てるかということに苦労するの. です︒かなり経験を積んだ検事でなければ︑このような難しい事件では被疑者や重要参考人から真実を聞き出すこ. とは非常に難しいのです︒例えば︑ロッキード事件では︑最初︑丸紅の大久保を逮捕し︑その人が自白したことに. よって︑次に伊藤を逮捕でき︑伊藤が自白したことにより︑社長の桧山を逮捕することができ︑さらに桧山が自白. することによって︑田中角栄と榎本を逮捕することができたのです︒どこかで電線一つが切れますと︑後が続かな. いわけで︑取調検事は非常にプレッシャーを感じているわけです︒どの事件でも同じようなことが言えますが︑特. に︑こういう社会を揺るがせる大事件になりますと︑取調べをする検事を選ぶのに苦労いたします︒主任検事は︑. どの検事がどのような力を持っており︑どのような性格であり︑どういう相手に対しては非常に取調べがスムース. にいくかなど︑平素から知っておかなければ︑取調官を選定できません︒ロッキード事件における捜査検事や検察. 次に︑ロッキード事件に関する思い出について若干お話します︒. 事務官の捜査能力は素晴らしいもので︑事件の成功は関係者全員の努力の賜物と思います︒ ⑤. ロッキード事件の捜査が始まる前︑当時の布施検事総長が捜査会議で︑﹁自分がすべて責任をとるから︑君たち. は思う存分やってほしい﹂と言われました︒検事総長が言われたことに非常に感激し︑捜査を遂行していったわけ. です︒ロッキード事件の概略をお話しましたが︑証拠の収集はもとより︑総理大臣の職務権限という難問が控えて おり︑裁判所が職務権限について検事の主張を認めてくれるかどうかが問題でした︒. 万一にも田中総理が無罪になりますと︑主任検事としては責任をとって辞めなければならないと覚悟しておりま.

(11) した︒ところで︑この第一審の判決が昭和五八年一〇月一二日にあったのですが︑その少し前に︑布施さんが私の. 部屋に来られまして︑﹁万一にも田中が無罪になるようなことがあっても︑自分は退官しているので責任がとれな. い︒この秋に自分は叙勲を受けることになっているが︑それを辞退して責任をとるつもりである︒君たちは︑仮に. 無罪判決が出ても︑絶対辞職しないでほしい﹂と言われ感激しました︒世間では︑責任をとるからお前たちしっか. りやれと部下におっしゃる方がありますが︑失敗したら部下に責任をかぶせてしまって︑自分は責任をとらない方. も多いわけで︑そういう意味では︑布施元総長の責任のとり方は︑一つのお手本ではないかと思います︒. 自白に関する若干の問題︵犯罪捜査における自白の重要性など︶. 自白の信用性の検証に関する諸問題など. 一二二. 性に富む自白を得るか﹂ということが大切で︑信用性に富む自白を得るためには︑検察官も警察官も非常に苦労し. また︑犯罪事実以外の事実を含めて︑不利益な供述は﹁承認﹂と言われております︒問題は︑﹁いかにして信用. ある者の︑犯罪事実の全部または一部を肯定する供述﹂をいいます︒. 自白について若干説明しますと︑皆さんご承知のように︑刑事訴訟法では︑自白というのは﹁罪を犯した疑いの. 意見︑判断であります︒. 白の信用性の有無をどの様にして判断するか︑その検証方法の要点をお話し致しますが︑その内容は私の個人的な. かにすれば被疑者から信用性に富んだ自白を得ることができるかについて苦労しました.自白した場合に︑その自. 私は︑先に申したように︑約四一年問にわたり検察官として︑事件の捜査や公判に関与しましたが︑その間︑い. III.

(12) 早法七三巻二号︵一九九七︶. ているわけです︒. 一一四. 自白といいますと︑アレルギ!を感じる方もおられるようですが︑殺人事件や凶悪事件などで無罪判決がありま. すと︑マスコミは︑﹁自白を強要したのではないか﹂などと批判し︑自白の弊害を問題にすることが多いのです︒. しかし︑信用性のある自白は︑犯罪の証明に非常に有効であり︑米国の有名な法学者は﹁犯罪捜査では︑どんな. に有能な活動をしても物的証拠がまったく発見されず︑事件を解決し得る唯一の方法は︑被疑者や重要な情報を知. っている人を尋問する以外にはない︑というケースが非常に多い﹂と言っており︑そのとおりであります︒. もちろん自白を偏重してはいけませんが︑事件の真実を知っているのは犯人のみであり︑したがって︑犯人から 自白を得ることは非常に重要なことであります︒. 田中総理大臣の関係でも申し上げましたが︑丸紅の桧山︑大久保︑伊藤がそれぞれ順次自白していますので︑田. 中までたどりつけたわけです︒そのうちの一人でも自白が得られなければ︑この事件の真相は闇に葬られていたと 思います︒いかに自白が大切であるかということがお判りと思います︒. ところで︑日本人はわりあい正直であり︑外国人に比べると自白率が非常に高いのです︒平成五年以後の統計を. 見ますと︑裁判所で判決があった事件で︑自白している事件は︑実に約九二%であり︑一〇〇人のうち九二人が自 白しているのです︒. 外国では︑ほとんどといってよいほど自白が取れません︒私も若いころ︑外事係検事をしていましたが︑例え. ば︑泥棒に入った外国人が指紋を現場に残しており︑この指紋はあなたの指紋だということが明白だと説明して. も︑犯罪を認めようとせず︑一〇〇%といってよいくらい否認でありました︒日本人の自白率が高い理由は︑必ず.

(13) しもはっきりしませんが︑自白することによって将来にわたり犯罪を犯さないと決意する場合が多く︑ そういう意. 自白の信用性の有無に関する検証の要点について. 味では︑自白することは刑事政策的にも大きな意義があると思われます︒. N 二﹈検証の題材である事件の概要と問題点など. 本日のメインである﹁自白の信用性の有無に関する検証の要点﹂についてお話しますが︑自白の信用性を詳細に. 検討して判示した﹃鹿児島の夫婦殺人事件の最高裁判決﹄︵最高裁判所第一小法廷︑昭和五七年一月二八日判決︑最高. 刑集三六巻一号一三五頁︶を題材にしてお話しいたします︒お手元にこの事件の起訴状の公訴事実をお渡ししてお りますが︑その要旨は︑. ﹃被告人は︑昭和四四年一月一五日午後九時ごろ鹿児島県鹿屋市のA方において︑同人の妻B子と同会中に︑. 折りしも帰宅したAに発見︑殴打され︑さらに野菜包丁で切りかかられるにおよび︑Aの顔面を殴打し︑同人か. ら包丁を取り上げてとりあえず難を逃れたものの︑その間B子が馬鍬︵まぐわ︶の刃をもって︑いきなりAの後. 頭部を背後から殴り付けて重傷を負わせ︑転倒させたのを見屈け︑かつ︑B子からAを蘇生しないようにしてく. れと言われて殺意を生じ︑うつ伏せに倒れているAの頸部に︑首にかけていた西洋タオルを巻いて後方より強く. 締め付け︑間もなくAを窒息させて殺害した︒次いで︑犯行がB子の口より発覚するのを恐れて︑同女をも殺害. 二五. すべく決意し︑その場にいた同女に対し︑先に同女が使用した前記馬鍬の刃をもっていきなり同女の顔面︑頭部 自白の信用性 の 検 証 に 関 す る 諸 問 題 な ど.

(14) 早法七三巻一一号︵一九九七︶. 二六. を数回殴打し︑同女をうつ伏せに転倒させた上︑その場にあった西洋タオルを頸部に巻いて後方より強く締め付 け︑間もなく同女を窒息させて殺害を遂げた﹄ という事件です︒. ﹁馬鍬の刃﹂というのは︑牛に引かせる機具のうちの一本の刃であり︑長さが一〇センチ〜一五センチ位で︑先 の尖ったものです︒. この事件は︑私が最高検察庁の検事であったときに︑最高裁に被告人が上告し︑その公判を私が担当しました︒. この事件は︑被告人は一審︑二審で有罪となり︑被告人が上告したのです︒私は︑本件の十数冊ある記録を精読し. ましたが︑後で申し上げますが︑﹁これは大変な事件だ︑果たして被告人は真犯人であろうか﹂という疑問を持っ. たのです︒検事は相手方の上告趣意書に対する答弁書を最高裁判所に提出しなければなりませんが︑上告趣意書に. 書かれている多くの主張を撃破できるかどうか︑記録を読めば読むほどこれは難しい︑証拠上かなり問題があると. 思いました︒そうするうちに︑最高裁は被告人を保釈してしまいました︒最高裁で保釈になると︑通常は無罪か︑. 破棄差戻しになりますが︑私は苦労して上告趣意書に対する答弁書を作成して提出しました︒. 結局︑最高裁は︑﹁被告人の自白に信用性がない﹂として︑福岡高裁に破棄差戻しいたしました︒その後︑福岡. 高裁では事実調べを非常に綿密になされましたが︑無罪の判決があり︑そのまま確定しました︒犯人にされた方 は︑その後︑国家賠償で賠償金を受け取っております︒. ところで︑ただいま読みました起訴状では︑﹁被告人がB子と同会した﹂となっていますが︑一審では被告人は. 同会の事実を覆しており︑一審裁判所は判決において︑被告人の主張どおり同会の事実を否定しております︒その.

(15) 点に関する被告人の捜査段階の供述は信用性がないということですが︑その理由として︑判決は﹃女性から男性を. 誘ったという点において︑すでにいささか奇異な感じがしないでもない︒誘った時刻が午後八時二〇分過ぎで︑場. 所が自宅というにいたっては︑夫が帰宅する時間帯に関係を求めたことになり︑極めて不自然であって︑これとい. ったきっかけもないのに突然情交をせまってきたというのは︑同女が男狂いか非常識な行動をする女性でない限 り︑極めて不自然で疑問点が多いと言わざるを得ない﹄と判示しております︒. 皆さんが︑この認定に賛成されるかどうかわかりませんが︑判決は︑﹃被告人がA方に立ち寄った際に︑折りし. もAとB子とが就寝しようとしていたところへ被告人が入ってきた︒そこで︑AはB子と被告人とが平素関係があ. るのではないか︑夜八時半頃に入ってきたので︑そのように邪推し︑それがきっかけで喧嘩になった﹄と認定して. いるのです︒しかし︑判決が認定しているような供述や証拠は全くないわけです︒かような認定をした根拠を検討. しますと︑Aの死体のそばに︑Aのズボンとジャンパーがきちんと畳んで置いてあるという事実があり︑そうする. と︑被告人がA方にB子といる時にAが外から帰ってきたというのが非常に疑わしくなり︑そ︑フいう事実を基にし. て︑一審が上記のように﹁AとB子とが就寝しようとしていた﹂と認定したものとも推認できます︒. ところで︑この点に付いて︑控訴審判決は︑一審の前記認定を覆して︑公訴事実のとおり認定していますが︑そ の理由は判決書に書いてありません︒. 一審と控訴審の裁判所が被告人を有罪にしたのは︑後で詳しく説明しますが︑被害者B子の陰部から押収された. 陰毛が三本あり︑﹁そのうちの一本が被告人に由来する﹂という鑑定がなされており︑それが重視されたものと考. 一一七. えられます︒つまり︑警察が被害者B子の死体検案の際に︑その陰部に付着していた三本の陰毛を採取しているの 自白の信用性の検証に関する諸問題など.

(16) 早法七三巻一一号︵一九九七︶. 一一八. ですが︑一方︑警察は被告人が本件の殺人事件の犯人ではないかとの疑いを持って︑別件の詐欺事件で逮捕し︵い. わゆる別件逮捕︶︑被告人から二三本の陰毛を任意提出させています︒そして︑押収した三本の陰毛と︑被告人が提. 出した陰毛とを鑑定して︑コニ本のうちの一本が被告人の陰毛に類似する﹂という鑑定がでているのです︒そうな. りますと︑被告人とB子の間に性的関係があることが証明され︑この点を一審及び控訴審が重視して被告人を有罪. と認定したと思われます︒陰毛の関係につきましては後で述べますが︑最高裁は陰毛の鑑定自体に疑問を呈してお ります︒. 私が一審︑二審の記録を精査しますと︑特に問題なのは︑犯行状況︑その他重要な事実について︑被告人の供述. が二転三転している部分が非常に多いことであり︑しかも︑供述が変更されたことについて合理的な理由がまった. くと言ってよいくらい調書に記載されていないのです︒例えば︑警察官作成の調書︵KSともいう︶で︑﹁B子と雑. 談中に同女が浮気でもしたくなる︑と言った﹂と供述しているが︑その事項については︑その後の調書では一切記. 載が無く︑また検事調書︵PSともいう︶にも全く記載されてなく︑どうしてそのようになったのかということも. 調書に無く︑非常に奇妙な供述であると思います︒また︑KSでは︑被告人がB子と同会したという点について︑. ﹁同会した﹂︑﹁同会しない﹂︑﹁同会した﹂と三転していますが︑その理由についても調書に記載がない︒その他︑. 供述が非常に変遷している点が多く︑しかも供述が変更された理由が書いてなく︑信用性が非常に薄いと思いまし. た︒しかも︑不思議なのは︑実況見分調書に添付されている写真などを見ますと︑殺害された被害者二人の血液が. 畳の上に一面に流れており︑天井や壁にまで血痕が飛び散っているのですが︑被告人の衣服や靴下その他に全く血. 液のついているという証拠がないのです︒犯人は︑通常︑血液がついた衣服︑靴下などを燃やすなど証拠を潭滅す.

(17) るのですが︑この犯人の家を捜索した状況の資料を見ますと︑貧乏の部類に入るわけで︑衣類もわずかしかない︑. 関係者の調べでも衣類を燃やしたような形跡もないということで︑どうして血が付着しなかったのか︑非常に大き な疑問点でありました︒. 私は記録を読んでいて︑これは相当難しい事件だなと思っていましたら︑前に申したように︑最高裁判所が被告 人を保釈しました︒. ﹇二﹈自白の信用性の有無に関する検−証の要点などについて. これまでお話した事件︵以下﹁本件﹂ともいう︶を題材として︑自白の信用性の有無をどのような観点から検証. 自白に客観的証拠による裏付けがあるかどうかの検証について. する必要があるかについて︑五点にわけてお話します︒. ω. 自白が客観的証拠と矛盾していないかどうかの点を十分検証することが重要です︒自白に客観的証拠による裏付. けがある場合には︑その自白は信用できますが︑そうでない場合は信用性に疑間があるといえます.これは当然の. ことですが︑最高裁はこの点に注目しまして︑前にお話したように︑被害者の血液が被告人の犯行時の着衣だとい. 次に︑自白の内容に不自然︑不合理な点があるかないか︑その内容が具体的︑現実的であるかどうかの検証. っている衣服にまったく付着していない点など数点を指摘しております︒. ω について. 二九. 被疑者が体験したことを供述しますと︑通常はその供述は具体性があり︑また臨場感とか迫真性に富んでいるわ 自白の信用性の検証に関する諸問題など.

(18) 早法七三巻二号︵一九九七︶. 一二〇. けです︒そうでない場合には︑信用性に疑問があるといわざるを得ない︒しかし︑判例の中には︑詳細かつ迫真性. に富む供述であるとしながらも︑それを裏付ける証拠がないとして︑信用性を否定しているものもあります︒. 本件では︑被告人は捜査段階で警察官に︑﹁殺人の凶器は馬鍬の刃で︑犯行後に︑被害者方の前の路上に止めて. いた小型貨物自動車の後部荷台に馬鍬の刃を投げ込んで帰宅の途についたが︑現場から七〇〇メートルくらい離れ. た所で停車して荷台を見たところ︑馬鍬の刃が無くなっていた﹂と主張をしているのです︒. そこで︑警察は相当の人数を動員して︑その凶器の発見に努めたのですが︑発見できなかったのです︒被告人の. 供述では︑投げ入れた馬鍬の刃が︑車の荷台から落ちたということになります︒そこで︑警察は被告人の運転した. というた小型貨物自動車の荷台に馬鍬の刃を置き︑荷台から落下するかどうかを何回か実験をしましたが︑落ちな. いのです︒この車は相当古い車であり︑荷台が腐食して穴がいくつかあるのですが︑警察官はその穴の近辺に馬鍬. の刃を置いて車を動かしたのですが落ちない︒そこで最後に︑馬鍬の刃をその穴の中に若干突っ込んで車を運転し たところ︑落ちたのです︒実況見分調書にはその経緯が書いてあります︒. これでは︑被疑者の﹁凶器は馬鍬の刃であって︑途中で紛失した﹂という供述が︑実況見分の点から見ても非常 に疑問が大きいことがお分りだと思います︒. ところで︑一審と高裁は﹁被告人の供述がなければ︑このような特種の形状の凶器について捜査官は覚知できな. かったのであり︑発見されなかったとの一事をもって︑自白の信用性を否定できない﹂と判示しています︒. しかし︑最高裁判決は﹃被告人は馬鍬の刃が凶器であると自白しているが︑荷台から路上に紛失する蓋然性はよ. ほどの偶然が重ならない限り起こるものではない︒それ自体︑ほとんど財産的価値がないので︑仮に落ちたとして.

(19) も︑第三者によってそれが拾得される蓋然性は乏しい﹄﹃警察が何回かにわたり大掛かりな捜索を繰り返して行い. ながら︑発見されていないのは︑結局︑落したということ自体がおかしいのではないか﹄と︑被疑者の自白の信用 性に疑間を呈しております︒. ⑥ 証拠上明らかな重要な事実について︑説明が欠落していないかどうかの検証について︒. 犯行の態様や性格を決定するような重要な事項で︑かつ︑捜査官が既に知っている事項については︑真犯人であ れば誰でも首肯し得る供述をするのが当然です︒. そのような供述は体験供述と言われており︑信用性を肯定することができますが︑その事項についての供述が欠. 落している場合には︑その理由が証拠により明らかにされなければ︑供述全体の信用性に疑問が残ります︒. この事件で非常に問題になるところですが︑最高裁判決は︑﹃自白によれば︑この事件は偶発的な単純殺人事件. であり︑被告人は︑金品を物色したり︑強取したということは︑まったく述べていない︒ところが︑犯行直後の警. 察の実況見分では︑被害者方の納戸にある鏡台の引出しに血痕の付着があり︑犯人による金品物色の形跡があると. されている︵実況見分調書に書かれている︶︒ところが︑被告人の供述には︑まったく納戸に入って金品を物色した. ということは言っていない︒金品物色の事実は︑本件犯行の性格を一変させ︑少なくともその犯情に重大な影響を. 及ぼすもので︑捜査官は当然︑被告人にこの点について追及して供述を求めたであろうと考えられるのに︑その説. 明が欠落している︒首肯すべき事情が明らかでなく︑このことは自白の信用性を疑わせる事情である﹄と判示して います︒. 二二. 納戸の鏡台についている血痕は︑血液鑑定では被害者B子のものであり︑この事件は︑単なる殺人事件なのか︑ 自白の信用性の検証に関する諸問題など.

(20) 早法七三巻二号︵一九九七︶. 自白の内容に変動がある場合の検証について. 金品をねらった強盗殺人事件なのか︑非常に疑問が出てくるわけです︒. ㈲. 一二二. 自白の内容︑とりわけ犯行の動機とか手段︑あるいは態様などの重要な事項について︑供述に一貫性がある場合. には信用性が高いといえます︒ところが︑同じ事柄について︑何回も供述が変転している場合は︑信用性に問題が. あります︒前に申しましたように︑当初の二︑三回の調書では︑被告人は警察官に対し︑﹁B子と同会していた﹂. と供述していますが︑その後の調書にはその事が述べられてなく︑検事調書にはまったく出てこないのです︒この. ように︑重要な事項に関する自白の内容に変動がある場合︑その理由を説明してあればともかく︑説明がまったく. ない場合は︑供述に信用性が無いといえます︒供述内容に変更がみられるときは︑変更の理由が明確かつ合理性が あるかどうかを詳細に検討する必要があります︒. ㈲ 自白における﹁秘密の暴露﹂についての検証. 自白に秘密の暴露があるときは信用性が高いのです︒自白の信用性の評価基準の一つとして︑秘密の暴露という. 概念が刑事判決でいわれるようになったのは︑そう古いことではありません︒この概念を明確に判示したのは︑お 話している鹿児島夫婦殺人事件の最高裁判決であります︒. 最高裁判決は︑﹃被告人の自白は︑本件犯行及びその前後の状況を一応詳細かつ具体的に述べているものであり︑. 原判決が指摘するとおり︑その述べるところは︑犯行現場の状況︑客観的事実と符合する部分も少なくはない︒一. 見その信用性を肯定して良いようにも思われる﹄と判示しながら︑﹃しかしながら︑自白内容を詳しく検討すると︑. その中には︑いわゆる秘密の暴露に該当するのは見当たらず︑自白はその内容に照らして高度の信用性を有するも.

(21) のとはいえない﹄と断定しております︒. この判決は︑﹁自白における秘密の暴露とは︑あらかじめ捜査官の知り得なかった事項で︑捜査の結果︑客観的 事実であるとされたものをいう﹂と︑定義しております︒. 自白における﹃秘密の暴露﹄といえるには︑まず︑①供述の内容が捜査官にそれまで知り得なかったものである. こと︑これを﹁供述内容の秘密性﹂と申します︒そして次に︑②その供述内容が︑その後捜査官において客観的事. 実に合致すると認定されていること︑これを﹁供述内容の裏付け﹂といいます︒この二つの要件が必要であるとし ております︒. 一般に︑窃盗︑殺人とか︑強盗殺人︑放火というような犯罪は︑第三者にわからないような状況下で行われるの. ですが︑犯行の内容やそれに付随するいろいろな事情はそれぞれ異なっており︑従って︑その行為者だけが知って. いる事実とか事情があるわけで︑被疑者が自白の中でその事実や事情を供述し︑それが客観的事実や事情と合致す. れば︑その自白の信用性は極めて高いといえます︒皆さん方も当然だと思われるでしょう︒要するに︑被疑者が捜. 査官に自白した事実が︑捜査官自体がそれまで知らなかったことであり︑そして︑捜査官がその供述にもとづいて. 調べてみると供述通りの証拠︵物的証拠に限らず︑第三者の供述証拠でよい︶が出てきた場合︑自白の信用性は極め て高く︑真実性が確保されるわけです︒. たとえば︑殺人容疑の被疑者の自白によって被害者の死体が発見されたり︑殺人に使用した凶器が発見された場. 合︑あるいは被疑者が殺人を犯した場所を自白して︑その場所から被害者の血痕が発見されたというような場合︑. 一二三. 窃盗の被疑者の自白によって︑隠していた盗品が見つかったというような場合︑このように前にお話した二つの条 自白の信用性の検証に関する諸問題など.

(22) 早法七三巻二号︵一九九七︶. 一二四. 件が満たされた場合に﹁秘密の暴露﹂といわれるのであり︑﹁秘密の暴露﹂がある事件は自白の信用性が極めて高 いといえます︒. しかし︑秘密の暴露に出会う事件は少ないのです︒それは︑例えば︑殺人事件や窃盗事件では︑警察は犯罪の現. 場検証を詳しく行うので︑現場の状況を詳しく知っているわけで︑被疑者が詳しく自白しても︑警察が自白に出て. くる事実を既に知っている場合が多いので︑秘密の暴露というのがなかなか出てこないのです︒秘密の暴露は︑自 白の信用性を判断する上で非常に有効ですが︑そういう事例は少ないのです︒. ところで︑公判で検察が秘密の暴露であると主張する事項について︑弁護士や被告人は︑﹁捜査官が秘密の暴露. に当たるという事項を︑捜査官は被疑者の供述前に既に知っていた﹂として︑反対立証をすることが多いのです︒. ﹇三﹈本件に特殊な事情について. 前にお話したように︑この事件では︑最高裁は陰毛の鑑定自体に疑問を呈しております︒この点について付言し. ますと︑前述したように︑被害者B子の陰部から採取された陰毛三本のうちの一本︵これを﹁甲の毛﹂といいます︶. が︑科学警察研究所の技官の鑑定の結果︑前にお話したように被告人が警察に提出した陰毛二三本のうちの一本. と︑種々の点で一致するとの鑑定書が作成されているのです︒一審及び控訴審が被告人を有罪としたのは︑この鑑 定を重要視したものと思います︒. ところが︑控訴審の段階で︑二三本のうち一八本が法廷に証拠として提出されていましたが︑裁判所は検察官に. 残り五本を提出するように指示しました︒検察官が警察から受けとって裁判所に提出した五本を鑑定したところ︑.

(23) 被告人の頭髪であることが判明し︑結局︑残り五本の陰毛が不明になったのです︒そうなりますと︑甲の毛と被告. 人から提出した二三本の毛が混ざって︑二三本のうちの一本が甲の毛として鑑定に使われたのではないかとの疑問. が生じるわけですが︑控訴審は︑警察官の﹁甲の毛が対象陰毛と混同していない﹂との証言を採用しているので す︒. しかし︑最高裁判決は︑陰毛五本が紛失した経緯が納得しがたいとして︑鑑定資料とされた甲の毛が︑被害者B. 子の陰部から採取された甲の毛と断定することはできないとして︑﹁鑑定書の証拠価値には極めて大きな疑問があ. り︑甲の毛が現に被害者B子の陰部から採取された毛と断定することは許せない﹂と判示しています︒重要な証拠. 物の保管︑管理に重大な問題があったといわざるを得ず︑差戻審の福岡高裁の判決も︑最高裁判決と同様に認定し ております︒. 時間が短く意を尽くせませんでしたが︑皆さんも刑事訴訟法の本を読まれる場合には︑できるだけ判例を勉強し ていただきたいと思います︒. おわりに. 安岡成徳という方が︑第一に﹁目先にとらわれず︑長い目で見なさい﹂︑第二に﹁物事の一面だけを見ないで︑. できるだけ多面的︑全面的に観察しなさい﹂︑第三に﹁枝葉末節にこだわることなく︑根本的に考察しなさい﹂︑と. 一二五. 言っておられます︒自白の信用性の検証につきましても︑物事の一面だけを見ないで︑できるだけ多面的︑全面的 自白の信用性の検証に関する諸問題など.

(24) 早法七三巻二号︵一九九七︶. に観察することが大切であります︒. 一二六. このことは︑人生を生きる上でも非常に重要なことだと思われます︒皆さんが将来困難な状況に出会ったとき. に︑この言葉を思い出して︑正しい道を歩まれるよう祈念して︑講演を終わらせていただきます︒御静聴有り難う ございました︒. 以上.

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