博 士 ( 農 学 ) 小 泉 逸 郎
学位論文題名
h/Ietapopulation Ecology of the stream‑dwelling Dolly Varden in the Sorachi River
(空知川水系のオショロコマにおけるメ夕個体群構造)
学位論文内容の要旨
1.近年脚 光を浴 びている メ夕個体 群の研 究は、これまで単一個体群を扱うだけでは説明しき れな かった多 くの生 態学的現 象を、 局所個体 群同士の 連結と いう観点 から解明してきた。こ のメ 夕個体群 研究の 発展は、 コンピ ュータの 高性能化 により 複雑な数 値計算が可能になった こと 、近年の 環境破 壊を懸念 してメ 夕個体群 への応用 面での 期待感が 高まったこと、などの 背景 が挙げら れる。 しかし、 この急 速な理論 的進展と 高まる 期待の一 方で、多数の局所個体 群を 同時に調 査しな ければな らない メ夕個体 群の実証 研究は 、大幅に 立ち遅れているのが現 状で ある。本 研究で は、、こ の局所 個体群と メ夕個体群という2つのスケールにおいて野外調 査と 遺伝的解 析を併 せること により 、単独の 調査では 理解で きなかっ たサケ科魚類のメ夕個 体群構造を明らかにすることを目的とした。
河川 性オショ ロコマ を対象に 、以下 のような 大規模 な野外調 査と分子 生物学的手法を用い て、メ夕個体群の実証研究を進めた。(1)局所個体群(支流)レベルでは標識・再捕獲法、ワナ かけ 調査を基 盤とし た詳細な生活史の記述、および5年間にわたる個体数変動の追跡を、(2) メ夕 個体群( 水系全 体)レベルではマイク口サテライト分析による遺伝的個体群構造の評価、
およ び各支流 におけ る魚の占有デ一夕から 絶滅・新生 メ夕個体群構造の検証を、それぞれ 行った。
2.北海 道の空知 川は多 数の小支 流が大 きな本流 に直接注 ぎ込む という特徴的な河川形態であ った 。本河川 のオシ ョロコマ は、支流 と本流 を生息空 間とし て利用しており、産卵は支流で のみ 行なうこ とが明 らかとな った。こ のこと から、空 知川の オショ口コマは、各支流を局所 個 体 群 、 水 系 全 体 を メ 夕 個 体 群 の 単 位 と 捉 え る こ と が で き る と 考 え ら れ た 。 3.近 接 し た4支 流 にお け る 標識再捕 獲法と ワナかけ 調査か ら、空知 川のオ ショロコ マには2 種類の 生活型が 存在す ることが 明らか となった 。支流内 で成熟 する小型の支流残留型と、本 流で成 長し産卵 のため 再び支流 に遡上 する本流 移動型で ある。 この本流移動型が支流個体群 問の移 住を担っていると考えられた。また、オスよりもヌスの方が本流へ降りる傾向が強く、
こ の 移 動 の 性 差 は 個 体 群 プ ロ セ ス に も 大 き く 影 響 す る と 考 え ら れ た 。 サケ科魚類では、川と海(湖)ではこういった生活史二型がよくみられるが、 支流―本流 で詳細 に報告さ れたの はこれが 始めて である。 また滝の 上流で は移動型の頻度が少なく残留 型個体 が個体群 の大部 分を占め ていた 。さらに 、滝上の 個体群 は滝下の個体群と遺伝的分化 を起こ していた 。この ことから 滝上の 個体は、 一度滝を 下ると 、再び滝を遡上することが困 難なため、滝上に残留する戦術をとっている可能性が示唆された。
4.産卵 時期の個 体の移 動は、次 世代の 個体数や 遺伝子 プールに大きな影響を及ぽすため、生
活史 の中 でも 特に重 要なイベントである。通常、サケ科魚類の産卵遡上は流 量や水温の変化 とい った 環境 要因に よって引き起こされる。しかし、本調査地のように湧水 起源の安定な条 件下 では 、環 境によ る移動のトリガーがかかりにくく、他の要因が移動に影 響する可能性が ある 。4支流 にお ける4年間 のワ ナか け調 査か ら、 降 水量 によ る流 量変化が オショ口コマの 産卵 遡上 に影 響す るこ とが 明ら かと なっ た。し かしその影響は弱く、2つの 支流のオス個体 だけ にみ られ た。 一方 、3つ の支 流に おい てオスの遡上はメスの遡上と同調 していた。した が っ て 、 オ ス の 遡 上 は メ ス 個 体 に よ っ て も 影 響 さ れ る こ と が 示 唆 さ れ た 。 メ スの 資源 は産卵 環境、オスの資源はメス個体であると考えると、オスパ イアスの遺伝子 流動 が示 唆さ れた 。
5.空 知川 水系 全体 でど のよ うな 遺伝的個体群構造をとっているかを調査し た。個体群間の移 住の程度によって(1)水系単一個体群、(2)メ夕個体群、(3)支流独立個体群、という3つ の仮 説が 考え られ る。 マイ ク口 サ テラ イト 解析 の結 果、1水系内という小 さいスケールにも かか わら ず、 支流 個体 群問 で有 意な遺伝的分化が認められた。したがって 、単一個体群では な い こ と が 明 ら か と な っ た 。 ま た 、 遺 伝 的 距 離 と地 理的 距離 には 正の 相関 が認 め られ た (Isolation―by‑distance: IBD)。これは近接支流間で遺伝的交流があることを意味する。したが って 、空 知川 のオ ショ 口コ マは 、各支流が独立した個体群ではなく、水系 全体で遺伝的メ夕 個体群構造を取っていることが明らかとなった。
本 研究 のよ うな 小ス ケー ルに お けるIBDは、 これ まで のサケ科魚類の研 究ではほとんどみ っか って いな かっ た。 また 、本 個 体群 では10km以内 の小 スケ ール で遺 伝的 分化 が認 められ てお り、 移住 はそ れほ ど頻 繁で なく、本流移動型が支流に対して母川回帰 をしている可能性 が示唆された。
6.遺伝 的解 析で は、 近接 支流 間で有意な遺伝的分化が認め られなかった。これは支流間で個 体 の移 住が ある こと を示 唆し ている。もし、これらの支流 間で移住により個体数変動も同調 し ていれば各支流を局所個体群 として扱うメ夕個体群の適用は妥当ではなしゝ。そこで 近接4 支 流に おけ る5年間 の個 体数 変 動の デー タを 解析 した とこ ろ、O歳魚 の個 体数 変動 は支流間 で ある 程度 の同 調が みら れた が、1歳以 上の 個体 では 同調 性が認められなかった。したがっ て 、隣 り合 った 集団 でも 完全 な同調はしておらず、空知川 水系のオショ口コマは各支流で独 自 のデ モグ ラフ イー を持 った 局所 個体 群で ある と考 えら れ た。
これ まで 、遺 伝的 分化 が起 きていない集団は、しばしば 同一の集団として扱われてきた。
本 研究 では 、た とえ 遺伝 的分 化がなくても個体群動態の観 点からは均一な集団ではないこと を 明ら かと した 。個 体群 動態 の同調スケールと遺伝的分化 のスケールを併せて考えることが 重 要で ある 。
7.支 流個 体群 にお いて 実際 に 絶減―新生 が起きているかどうかを 、水系レベルの野外調 査か ら検 討し た。 理論 的研 究で は、(A)小 さい 個体 群で 絶滅 確率 が高 く、(B)隔 離された個 体群 で新 生率 が低 いこ とが 予測されている。そこで、78本の支流にお いてオショ口コマの有 無 を 確 認 し 、(A)支 流 サ イ ズ と(B)隣 接 個 体 群ま での 距離 を説 明変 数と し たロ ジス テッ イ ク回 帰分 析を 行っ た。 その 結果、上中流域のみを解析に用いると両変 数が有意であり、絶滅
―新生のメ夕個体群構造が示唆された。一 方、下流域を解析に加えるIと距離の効果が検出さ れなかった。下流域は農地化などの人為的影響を受けて いることが示唆された。したがって、
下 流 域 で は 絶 減 後 の 再 新 生 が う ま く 行 な わ れて いな い非 平衡 状態 にあ る と考 えら れた 。 8.絶 滅‐ 新生 のヌ 夕個 体 群構造が示唆されたが、野外 調査だけでは、全ての局所個体群が絶 減 す る 可 能 性 が あ る の か (Levins type) あ る い は 、 あ る 個 体 群 は 絶 滅 し な い の か (Mainland‑island type)までは明らかにできなかった。しかし、本研究では遺伝的解析により 大き い支 流集 団間 で移 住 とドリフトが平衡状態にある ことを確認している。遺伝的平衡が達
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成される時間は、一般に局所的な絶減や新生といった生態学的時間よりも長いことから、大 きい個体群は時間的に安定していると考えられた。以上の結果から、空知川のオショロコマ ではMainland‑island typeのヌ夕個体群構造をとっており、また、下流域では絶滅一新生が平 衡状態にはないと結論された。
学位論文審査の要旨 主 査 教授 前川光司 副 査 教授 齋藤 裕 副査 助教授 齊藤 隆 副査 助教授 秋元信一
学位論文題名
Metapopulation Ecology of the stream‑dwelling Dolly Varden in the Sorachi River
(空知川水系のオショロコマにおけるメ夕個体群構造)
本 研究 は111ベー ジの 英文 論文 で、 引用 文献210を 含み 、6章 で構 成されている。他に 参考論文3編が添えられている。
1.近年脚光を浴びているメ夕個体群の研究は、これまで単一個体群を扱うだけでは説明し きれなかった多くの生態学的現象を、局所個体群同士の連結という観点から解明してきた。
本研究で は、この局所個体群とメ夕個体群という2つのスケールにおいて野外調査と遺伝 的解析を 併せることにより、サケ科魚類のメ夕個体群構造を明らかにすることを目的とし た。河川性オショロコマを対象に、局所個体群(支流)レベルでは標識・再捕獲法、ワナかけ 調査を基 盤とした詳細な生活史の記述、および5年間にわたる個体数変動の追跡、メ夕個 体群(水系全体)レベルではマイクロサテライト分析による遺伝的個体群構造の評価、およ び各支流 における魚の占有データから 絶滅・新生 メ夕個体群構造の検証を、それぞれ 行った。
2.空知川のオショ口 コマには支流内で成熟する小型の支流残留型と、本流で成長し産卵の ため再び支流に遡上する本流移動型の2型の存在が明らかとなった。この本流移動型が支 流個体群間の移住を担っていると考えられた。また、オスよりもメスの方が本流ヘ降りる 傾向 が強 く、 この 移動 の性 差は 個体 群 プロ セス にも 大きく影響すると考えられた。
3.産卵 時期の個体の移動は、次世代の個体数や遺伝子プールに大きな影響を及ぼすため、
生活史の中でも特に重要なイベントである。湧水起源の安定な条件下において、環境によ る移 動のトリガーを明らかにするために、4年間のワナかけ調査を行った。これらから、
降水量による流量変化がオショロコマの産卵遡上に影響することが明らかとなった。しか しそ の影響は弱く、2つの支流のオス個体だけにみられた。一方、3つの支流においてオ スの遡上はメスの遡上と同調していた。したがって、オスの遡上はメス個体によっても影 響されることが示唆された。
4.空 知川水系全体でどのような遺伝的個体群構造をとっているかを調査した。マイクロサ テ ライ卜解析の結果、1水系内という小さいスケールにもかかわらず、支流個体群間で有 意な遺伝的分化が認められ、均一な個体群ではないことが明らかとなった。また、遺伝的
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距離と地理的距離には正の相関が認められた(Isolation‑by‑distance: IBD)。これは近接支 流間で遺伝的交流があることを意味する。このことから、空知川のオショロコマは、各支 流が独立した個体群ではなく、水系全体で遺伝的ヌ夕個体群構造を取っていることが明ら かとなった。また、本流移動型が支流に対して母川回帰をしている可能性が示唆された。
5.もし、近接支流問で移住により個体数変動も同調していれば各支流を局所個体群として 扱うメ夕個体群の適用は妥当ではない。近接4支流における5年間の個体数変動のデータ を解析したところ、0歳魚の個体数変動は支流間で同調していた。一方、1歳以上の個体 では同調性が認められなかった。したがって、隣り合った集団でも完全な同調はしておら ず、空知川水系のオショ口コマは各支流で独自のデモグラフイーを持った局所個体群であ ると考えられた。
本研究において、たとえ遺伝的分化がなくても個体群動態の観点からは均一な集団ではな いことが明らかとなづた。
6.理 論的研究では、くA)小さい個体群で絶滅確率が高く、(B)隔離された個体群で新生率 が 低いことが予測される。そこで、78本の支流においてオショロコマの有無を確認し、
(A)支流サイズと(B)隣接個体群までの距離を説明変数とした口ジステッイ ク回帰分析 を行った。その結果、上中流域のみを解析に用いると両変数が有意であり、絶滅一新生の メ夕個体群構造が示唆された。一方、下流域を解析に加えると距離の効果が検出されなか っ た 。 下 流 域 は 農 地 化 な ど の 人 為 的 影 響 を 受 け て い る こ と が 示 唆 さ れ た 。 7.本研究では遺伝的解析により、大きい支流集団間で移住とドリフトが平衡状態にあるこ と、遺伝的平衡が達成される時間は、一般に局所的な絶減や新生といった生態学的時間よ りも長いことから、大きい個体群は時間的に安定していると考えられた。以上の結果から、
空知川のオショ口コマではMainland‑island typeのメ夕個体群構造をとっており、また、下 流域では絶滅―新 生(あるいは移住―ドリフト)が平衡状態にはないと結 論された。
以上のように、本研究は河川性オショ口コマのメ夕個体群構造を生態的・遺伝的に明らかに したものであり、得られた成果は学術的に貴重なものであり、その保全のための基礎資料と しても高く評価される。よって審査員一同は、小泉逸郎が博士(農学)の学位を受けるに充 分な資格を有するものと認めた。