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分配的正義の心理・行動的基盤 学位論文内容の要旨

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Academic year: 2021

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博 士 ( 文 学 ) 犬 飼 佳 吾

学 位 論 文 題 名

分配的正義の心理・行動的基盤 学位論文内容の要旨

  本論文は、分配の正義(distributivejustice)を支える心理・行動的な基盤について、社会 心理学・行動経済学の観点から実証的に検討することを目的にしている。富の分配のあり 方に関する人々の考え方や選好が「効率性の追求と公正基準とのトレードオフ」という概 念図式のもとにどの程度統一的に理解できるのかという社会科学の根本問題について、本 論文は、まず法哲学・政治哲学における規範的議論を参照しつつ論考する。その上で、こ うした論考から得られた経験的な命題を一連の行動実験により検証している。本論文の検 討から、人々の社会的分配場面での選好がりスク状況での選好と個人内で連動するという 極 め て 重 要 な 新 知 見 が 得 ら れ た 。 本 論 文 の 構 成 は 以 下 の と お り で あ る 。

諠窪撞塵

  く論文の目次>

第1章序論 第2章研究の背景

  不平等と格差がもたらす社会的影響   分配的正義の哲学と公正な所得分配   規範的経済学の議論と所得分配   所得分配のあり方に関する実験研究 第3章効率性原理と平等原理のトレードオフ

  所 得 分 配 場 面 に お け る 効 率 性 基 準 と 公 平 性 基 準 の 対 立   望ましい所得分配と効率性に関する実験研究

第4章所得分配と不確実性

  研究の目的と背景:所得分配とりスク選好

  不 確 実 性 へ の 選 好 と 所 得 分 配 に 関 す る 実 証 研 究   不確実性における選好と所得分配の選好にみられる心理的連動:

    実験室実験によるアプローチ   第4章の考察

第5章総合考察 引用文献

(本文 141頁)

   p.3    p.8   p.10   p.19   p.31   p.38

  .   p.42   p.43

  p.50   p.59   p.60   p.68

p.75 p.122 p.123 p.128

  第1章は、個人としては賞賛されるべき「利他行為」が社会全体にとっての福利・厚生 の追求と必ずしも整合しないという古典的な問題を、Buchanan(1972)の呈示した「サマ リア人のジレンマ」という例を題材に素描する。

  第2章では、税制、保険、教育などの様々な場面で「サマリア人のジレンマ」が広く存 在するという第1章の指摘を承けて、このジレンマがこれまでどのように研究されてきた

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か が レ ピ ュ ー さ れ る 。 第2章 で は 手 始 め に 、 社 会 に お け る 不 平 等 や 格 差 が 人 々 の 心 理 ・ 健 康 状 態 に 与 え る 影 響 に つ い て 、WilkinsonやKawachiら の 疫 学 調 査 に 基 づ く 知 見 、Adler ら に よ る 社 会 経 済 的 地 位(SES)と 健 康 の 関 わ り に つ い て の 実 証 的 知 見 が 吟 味 さ れ る 。 ま た 、 近 年 注 目 を 集 め て い る 幸 福 の 政 治 経 済 学 に つ い て も レ ビ ュ ー が 行 な わ れ る 。   不 平 等 ・ 格 差 が 人 々 の 健 康 状 態 や 幸 福 度 に 負 の 影 響 を も た ら す と い う 第1節 の レ ピ ュ ー を 承 け て 、 第2節 で は 、 所 得 や 富 の 分 配 に お け る 哲 学 の 規 範 的 議 論 が 概 観 さ れ る 。AristotIe の 配 分 的 正 義 、Adam Smithの 道 徳 感 情 論 を 出 発 点 に 、John Rawlsの 正 義 論 が 分 配 の 正 義 と の 関 わ り に お い て 紹 介 さ れ る 。 初 期Rawlsが マ キ シ ミ ン 原 理 を 導 出 し た 際 に 無 知 の ヴ ェ ー ル と い う 概 念 が ど の よ う な 役 割 を 果 た し た か 、 「 無 知 の ヴ ェ ー ル はRawlsの 道 徳 的 直 感 を 正 当 化 す る 単 な る レ ト リ ッ ク に 過 ぎ な い 」 と い う 井 上 達 夫 のRawls批 判 に は ど の よ う に 答 え ら れ る か 、 な ど の 論 点 が こ こ で は 展 開 さ れ る 。 第3節 で は 、 功 利 主 義 の 考 え 方 を 中 心 に 、 規 範 的 経 済 学 に お け る 効 用 と 所 得 分 配 に つ い て の 議 論 が 概 観 さ れ 、Pigouの 厚 生 経 済 学 、Harsanyiの 効 用 総 和 主 義 な ど に 関 す る 紹 介 が 行 わ れ る 。 第4節 で は 、Fehr ら を 中 心 と し た 行 動 ・ 実 験 経 済 学 に お け る 研 究 展 開 、 社 会 心 理 学 に お け る こ れ ま で の 実 証 知 見 が レ ピ ュ ー さ れ る 。

  第3章 は 、 「 富 の 分 配 場 面 に 直 面 し た 人 々 に と っ て 、 実 際 に ど の よ う な 価 値 基 準 が 心 理 的 ・ 行 動 的 な 葛 藤 ・ 対 立 軸 と な る の か 」 を 検 討 す る 目 的 で 行 っ た 質 問 紙 実 験 を 報 告 し て い る 。 こ れ ま で 述 べ て き た よ う に 、 法 ・ 政 治 哲 学 や 規 範 的 経 済 学 に お け る 分 配の 議 論 は 、 「効 率 性 」 と 「 公 正 基 準 」 の ト レ ー ド オ フ と い う 対 立 を 軸 に 展 開 さ れ て き た 。 こ れ に 対 し て 社 会 心 理 学 で は 、 同 じ 問 題が 、 「 投 入 努力 量 に 比 例 した 分 配 」 ( 衡 平 原 理 ) と「 平 等 な 分 配」 ( 平 等 原 理 ) で は ど ち ら が 望 ま し い か と い う 、 異 な る 公 正 基 準 ( フ ェ ア ネ ス 基 準 ) 間 の 対 立 問 題 と し て 扱 わ れ て き た 。 こ の 意 味 で 同 じ 分 配 場 面 を 扱 っ て は し ゝ て も 、 葛 藤 ・ 対 立 す る と さ れ る 価 値 の 軸 が 、 法 ・ 政 治 哲 学 や 規 範 経 済 学 ( 効 率 性vs.公 正 基 準 ) と 、 社 会 心 理 学 ( 衡 平vs.平 等 ) の 間 で は 異 な っ て い る 。 ど ち ら の 捉 え 方 が 人 々 の 実 際 の 分 配 判 断 を よ り 正 確 に 反 映 し て い る の だ ろ う か と い う 点 を 検 討 す る た め に 、 本 論 文 で は 、 被 験 者 に 、 貢 献 量 の 異 な る3人 の メ ン パ ー が 共 同 作 業 か ら 受 け 取 る さ ま ざ ま な 報 酬 バ 夕 一 ン を べ ア で 呈 示 し 、 望 ま し い と 思 う 方 の 報 酬 バ タ ー ン を 選 択 さ せ る と い う バ ラ ダ イ ム を 用 い た 実 験 が 行 わ れ た 。 こ の 実 験 の 結 果 か ら 、 人 々 の 実 際 の 分 配 選 択 に お い て 、 ぐD社 会 心 理 学 の 想 定 に 反 し て 、 衡 平 原 理 は 平 等 原 理 と 対 立 軸 を 形 成 す る と は 言 い 難 く 、 む し ろ 、 ◎ 平 等 原 理 と 対 立 軸 を 形 成 す る の は 、 法 ・ 政 治 哲 学 や 規 範 経 済 学 が 想 定 す る よ う に 、 効 率 性 ( 総 効 用 ) で あ る 、 と い う 重 要 な 知 見 が 得 ら れ た 。

  第4章 で は 、 人 々 の 社 会 的 分 配 場 面 で の 選 好 が り ス ク 状 況 で の 選 好 と 個 人 内 で 連 動 す る と い う 可 能 性 が 、4つ の 行 動 実 験 に よ っ て 検 討 さ れ て い る 。John Rawlsの 無 知 の ヴ ェ ー ル を は じ め と し て 、 社 会 的 分 配 に つ い て の 規 範 的 議 論 で は し ば し ば 「 不 確 実 性 」 と い う 仕 掛 け が 導 入 さ れ る 。 「 不 確 実 性 」 と い う 側 面 は 、 規 範 的 議 論 を 展 開 す る た め だ け に 導 入 さ れ た 単 な る 高 級 な 概 念 装 置 に 過 ぎ な い の か 、 そ れ と も 、 分 配 に 直 面 し た 人 々 の 実 際 の 心 理 ・ 行 動 的 反 応 を ナ チ ュ ラ ル に 反 映 す る の だ ろ う か 。 . 本 章 で は 、Atkinsonに よ っ て 提 案 さ れ た 社 会 的 厚 生 関 数 を 軸 に 、 社 会 的 分 配 の 評 価 形 式 と 、 リ ス ク 下 の 意 思 決 定 を 扱 う 期 待 効 用 理 論 が 数 学 的 に 類 似 し て い る こ と を 指 摘 し 、 こ の 構 造 的 類 似 性 がRawlsの 無 知 の ヴ エ ー ル の 議 論 に 数 理 的 な 裏 付 け を 与 え て い る 可 能 性 を 論 じ た 上 で 、 こ の 構 造 的 類 似 性 が 、 人 々 の 実 際 の 選 択 に お け る 行 動 的 な 連 動 と し て 現 れ る か ど う か と い う 問 題 提 起 が な さ れ る 。 こ の 点 を 検 討 す る た め 、 同 一 の 被 験 者 を 対 象 に 、 リ ス ク 下 の 意 思 決 定 課 題 ( ギ ャ ン ブ ル 課 題 ) と 、 社 会 的 分 配 課 題 の2っ が 実 施 さ れ た 。 ギ ャ ン プ ル 課 題 、 社 会 的 分 配 課 題 の そ れ ぞ れ に お け る 行 動 選 択 を も と に 、 被 験 者 ご と に 「 リ ス ク 回 避 バ ラ メ タ ー 」 と 、 「 格 差 回 避 バ ラ メ タ ー 」 を 計 量 経 済 学 の 手 法 を 用 い て 推 計 し 相 関 を 求 め た と こ ろ 、4つ の 行 動 実 験 の い ず れ

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に お い て も 統 計 的 に 有 意 な 相 関 が 繰 り 返 し 検 出 さ れ た 。 社 会 的 分 配 場 面 に お い て 格 差 を 忌 避 す る 平 等 指 向 型 の 被 験 者 ほ ど 、 ギ ャ ン ブ ル 課 題 に お い て も り ス ク を 取 ら な い と い う 相 関 で あ る 。 こ う し た 関 係 は 、 自 分 が 社 会 的 分 配 の 受 益 者 で あ る 場 面 だ け で は な く 、 中 立 の 第 三 者 と し て 未 知 の 他 者 へ の 社 会 的 分 配 を 評 価 す る 場 面 に お い て も 、 等 し く 観 察 さ れ た 。 こ れ ら の 知 見 は 、 人 々 の 社 会 的 分 配 場 面 で の 選 好 が り ス ク 状 況 で の 選 好 と 連 動 す る こ と を 示 し て お り 、 「 不 確 実 性 」 の 概 念 が 単 に 規 範 的 議 論 に 留 ま ら ず 、 人 々 の 実 際 の 分 配 選 択 で ナ チ ユ ラ ル に 機 能 す る こ と を 示 唆 し て い る 。

  第5章 の 総 合 考 察 で は 、 第2章 か ら 第4章 ま で の 検 討 で 得 ら れ た 知 見 を 確 認 す る と 共 に 、 残 さ れ た 課 題 に つ い て 整 理 を 行 っ て い る 。 リ ス ク 選 好 と 社 会 的 分 配 選 好 の 連 動 が 、 単 に 行 動 的 連 動 に 留 ま ら ず 、 何 ら か の 神 経 科 学 的 な 共 通 基 盤 を も つ と い う 可 能 性 が 論 じ ら れ 、 そ う し た 可 能 性 を 検 討 す る た め の ニ ュ ー ロ イ メ ー ジ ン グ 研 究 の 構 想 が 示 さ れ て い る 。 ま た 、 分 配 に 関 す る 社 会 的 合 意 を 実 現 す る 上 で 、 「 リ ス ク 選 好 と 社 会 的 分 配 選 好 と の 連 動 」 が 持 ち 得 る 役 割 に つ い て 考 察 が 行 わ れ て い る 。

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学位論文審査の要旨 主査   教授   亀田達也 副査   准教授   高橋泰城      特任教授   煎本   孝

     准教授   肥前洋一(経済学研究科)

学 位 論 文 題 名

分配的正義の心理・行動的基盤

  本論文は、分配の正義を支える心理・行動的な基盤について、社会心理学・行動経済学 の観点から実証的に検討することを目的にしている。富の分配のあり方に関する人々の考 え方や選好が「効率性の追求と公正基準とのトレードオフ」という概念図式のもとにどの 程度統一的に理解できるのかという社会科学の根本問題について、本論文は、法哲学・政 治哲学における規範的議論を参照しつつ論考する。その上で、こうした論考から得られた 経験的な命題を一連の行動実験により検証する。本論文の審査にあたっては、上述の担当 者からなる審査委員会を以下の通り開催した。

2011年4月15日審査委員会発足 2011年4月22日第1回審査委員会

    各委員に論文を配布し、論文の概要および履歴・業績を紹介する。社会心理学博士論文     としての完成度(理論構成・実証の厳密性・考察の的確性・関連文献への位置づけなど)

    について各自検討することとした。

2011年6月1日第2回審査委員会

    論 文 の 内容 と 問 題点 を討議 し、口頭 試問に おいて質 問すべ き事項を 整理した 。 2011年6月15日口頭試問の実施

    学位申請者による論文内容提示の後、質疑応答を行った。

2011年6月15日第3回審査委員会

    口頭試験の内容を検討し、学位授与の可否を審議した。

2011年6月30日第4回審査委員会

    審査結果報告書(案)について検討した。

2011年7月5日第5回審査委員会     審査結果報告書を確定した。

  以 上 の 検 討 を 通 じ 、 当 委 員 会 は 本 論 文 に つ い て 以 下 の 審 査 所 見 に 至 っ た 。   本論文は、これまで、規範的議論と実証的検討とが必ずしも融合していなかった分配の 正義に関わる検討を、不確実性の概念を軸に展開した意欲的な試みである。本論文から得 られた「リスク選好と社会的分配選好との連動」に関する実証的知見は世界的にも第一線 の成果であり、学術的な貢献は高いものと考えられる。本論文にはさらなる実証的・理論 的な検討を要する部分も認められ、とくに実験1と実験2ー5の間の接合について改善の余 地は残るものの、全体を通じて得られた学術的知見の独自性については高く評価できるも

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の で あ る 。 本 論 文 は 、 分 配 の 正 義 に 関 す る 独 自 の 実 証 バ ラ ダ イ ム の 開 発 、 及 び 、 そ こ か ら 得 ら れ た 経 験 的 知 見 の 新 規 性 の 両 面 で 学 術 論 文 と し て 重 要 な 貢 献 を す る も の と 判 断 さ れ 、 当 審 査 委 員 会 は 全 員 一 致 で 博 士 ( 文 学 ) の 学 位 を 授 与 す る に ふ さ わ し い も の で あ る と の 結 諭 に 達 し た 。

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