博 士 ( 歯 学 ) 森 本 達 也
学位論文題名
Immunohistochemical localization of macrophagemigration inhibitory factor(lx/IIF) in human gingival tissue and its pathophysiological functions
(ヒト歯肉におけるマイクロファージ遊走阻止因子(MIF)の
免 疫 組 織 化 学 的 局 在 と そ の 病 態 へ の 作 用 )
学位論文 内容の要旨
緒言
口腔粘膜は複雑なサイトカインネットワークにより組織の恒常性が維持さ れている。歯周病は代表的な口腔疾患であるが、その発症と進展機構は未だ 解明されていない。マクロファージ遊走阻止因子(MIF)は元来、活陸化Tリン パ球より分泌され、無秩序なマクロファージの遊走を制御し、局所に集積さ せるりンホカインと考えられていた。しかし近年、マクロファージ、脳、腎 臓、皮膚、卵巣等、多臓器に
MIF
の分布が報告され、その役割も炎症のみな らず、組織修復や細胞の増殖、分化に関与する事が示唆されている。これま でに口腔領域においてMIF
に関する報告はないことから、本研究ではまずヒ ト歯肉におけるMIF
の発現と局在を調査した。また歯肉線維芽細胞においてFBS
の条件を変えて培養し、さらに機械的刺激を加えてMIF
の発現量の変化を 検討した。これらの結果から歯肉におけるMIF
の生理学的作用および歯周病 への関与にっいて検討した。材料と方法
1
.試料(ヒト歯肉):成人25名、40部位から歯周外科手術、智歯抜歯時に炎 症歯肉を、歯槽骨切除手術時に正常歯肉を採取し、液化窒素で凍結、一80℃で 保存した。2.Western blot
解析:試料から蛋白を抽出し定量化した後、SDS‑PAGE
にて 分 離 し 、 ウ サ ギ ポ リ ク ロ ー ナ ノ レ 抗 ヒ トMIF
抗 体 に て 解 析 し た 。3
.免疫組織化学染色:試料を10
%ホルマリンで24時間固定し、パラフィン 包埋後、厚さ4
ルm
の連続切片を作成した。脱パラフイン後10
%正常ヤギ血 清を含むPBS
溶液でブロッキングし、一次抗体としてウサギポリクローナル 抗ヒトMIF
抗体(500
倍希釈)を4
℃、over night
で反応させた。その後、ビ オチン標識ヤギ抗ウサギ二次抗体と反応させ、DAB溶液にて発色、核染、封入 した。4
.細胞培養:培養細胞はGin
―1fibroblast
を使用し、10%FBS
を含むDMEM
を用 い て37℃、5%炭 酸 ガ ス気 相下にて 培養、コン フルエント に達した後 、一 部を1%FBSに置き換えて培養した。
5. 伸 展 培 養 :1%FBS含有 下 でFLEXERCELL STRAIN UNITを 用 いて 伸 展し た 。 培養 プ レー ト は底 部 がコ ラ ーゲ ン コー テ ィン グ さ れた シ リコ ン弾性 膜を使用 し 、 下 面 に 陰 圧 を 加 え て 伸 展 さ せ 、 最 大 伸 展 率13% 、‑ J¥間60回 、48時 間 伸展培養した。
6. RT―PCR解 析:Gin―1fibroblastから ト ライ ゾ ル を用 い てRNAを 抽出、オ リ ゴDTプ ラ イ マ ー と り バ ー ト ラ エ イ ス 逆 転 写 酵 素 に よ りcDNAを 合 成 しPCR を 行 っ た 。PCRは サ ー マ ル サ イ ク ラ ー を 使 用 し 、 熱 変性94℃1分、 ア ニー リ ン グ53℃2分 、 伸 長72℃1分 で25サ イ ク ル の 増 幅 を 行 い 、 プ ラ ト ー に 達 す る前に終了した。プライマーは、MIFは5,−CTCTCCGAGCTCACCCAGCAGー3 (forward), 5 ーCGCGTTCATGTCGTAATAGTTー3 (reverse), GAPDH に 王 5 ― GCCTCCTGCACCACCAACTG−3 (forward), 5 ―CGACGCCTGCTTCACCACCTTCT−3 (reverse)とした。
7.発現 量の解析: Gin―1fibroblastのMIF蛋白の発現 を調べるた めに、抗MIF 免 疫 染 色 を 行 い 、mRNAの 発 現 量 を 調 べ る た め にGAPDHのPCR産 物 量に 対 する MIFのPCR産物量の割 合を解析し た。PCR後 、電気泳動 した画像はKodak Didital Science IS440CFに て 撮影 し 、1D Image Analysis Softwareに て解 析 した 。 比較 はMann‑WhitneyU―testを用い て検定し、pくO.Olをもっ て統計学的 有意 差とした。
結果
1. ヒ ト歯 肉 にお け るMIFの発現:Western blot解 析よりいず れの歯肉に もMIF 抗原 と 同様 の12. 5kDa相 当 部に 濃 いバ ン ド が検 出 された 。正常、歯 肉炎およ び 智 歯 周 囲 炎 歯 肉 に お い て 、 炎 症 と バ ン ド の 濃 さ に 相 関 は な か っ た 。 2. ヒ ト歯 肉 にお け るMIFの局 在 :免 疫 組織 化 学染 色 より広い 範囲で歯肉 上皮 ケ ラ チ ノ サ イ トにMIF陽 陸細 胞 が発 現 し た。 付 着歯 肉 上皮 と 接合 上 皮で 角 質 層以 外 全層 に 発現 し 、遊 離 歯肉 上 皮で は 正常 時 に は基底 層のみに発 現したが 智歯 周 囲炎 歯 肉弁 に は全 層 に発 現 した 。 また 結 合 組織で は血管内皮 細胞と基 底層直下のfibroblastにMIF陽出5田胞が発現した。
3. Gin−1fibroblastのMIF発 現 量 の 変 化 と 機 械 的 刺 激 に よ る 影 響 : GinlfibroblastのMIF mRNAの 発現量は、10%FBSで培養したサンフンレに比べ、
1%FBSで培養したサンフンレでは有為くpくO.01)に減少した。伸展刺激を加えた サンフンレでは有為(pくO. 01)に増加し、最も多い傾向を示した。しかしMIF蛋 白 の 発 現 はMIF mRNAの 発 現 量 が 変 化 し て も 差 異 は 認 め ら れ な か っ た 。 考 察
本 研究 に おい て ヒト歯 肉にMIFが発現して いることを 初めて明ら 、かにした 。 皮 膚や 角 膜で は 基底膜 細胞に特異 的にMIFの発現が報 告されてい るが、ヒト 歯 肉 上皮 で は他 の 組 織と 比 べ、 発 現量 が 顕著 に 多い ことが分か った。その 発現 量 は炎 症 の程 度 と は関 係 なく 、 上皮 の 広い 範 囲の ケラチノサ イトに局在 し、
特 に付 着 歯肉 上 皮 と接 合 上皮 で 顕著 で あっ た 。遊 離歯肉上皮 では、智歯 周囲 炎 歯 肉 弁 にMIFの発 現 量が 増 加し て いた 。 これ ら 部位 の ケ ラチ ン パタ ー ンは
―879―
turn over
が早く、増殖活性が高いことから、MIFが上皮細胞の分化、増殖に 関与する可能性が示唆された。さらに、Gin
ー1fibroblastの培養実験でFBSの 量を減らすとMIF mRNA
の発現量が減少した結果も、MIFが増殖因子と関係して いることを裏付けている。以上のことから、MIFが歯肉や口腔粘膜病変の病態 の成立に重要な役割を果たしていると考えられた。また、常に圧刺激が加わる血管内皮細胞や基底層直下のfibroblastにMIFが 発現していた結果と、MIFの発現量が多かった歯肉上皮は皮膚より角化が弱く、
様々な刺激を受けやすいことから、MIFは機械的刺激に関与していると考えら れた。Gin―1fibroblastを伸展培養した実験において、増殖していないGin―l
fibroblast
を伸展した場合にもMIF mRNAの発現量が顕著に増加したことから、MIF
が機械的な刺激で発現が促進されることが明らかになった。さらにMIFは レンズ修復時、分化増殖と一致して発現すると報告されている。初期の歯周 炎はブラッシング等の刺激により改善されるが、以上のことから、機械的な 刺激がMIF
を産生させ、分化、増殖因子として治癒に関与している可能性が考 えられた。培 養細胞で、
MIF mRNA
が減少してもMIF
蛋白が細胞質に維持されていたこ とは、MIF
が細胞外への分泌を介さずに細胞内においてシグナル伝達などに関 与しているか、またはオートクラインとして働く恒常性維持の重要なメディ エーターである可能性が示唆された。これらからMIFは正常時、局所において自己の細胞の増殖と分化に関与し、
恒常性維持の役割をしていると考えられた。さらに
MIF
はTNF‑a,IL―1,ILー6
,IL―8などの炎症性サイトカインの産生を誘導するイニシエータであるとい う 報告と、正常歯肉においてケラチノサイト細胞質内に多くのMIF蛋白が蓄 えられている本研究の結果から、MIFが歯周病におけるサイトカインネットワ ー クにも関与することが示唆された。しかし、上皮細胞内のMIF
蛋白がどの ように細胞外に放出されるか、また、その後の動向にっいては不明であり、今 後の検討を必要とする。歯周病および口腔粘膜疾患におけるMIFの検討を さらに進めることにより、これら疾患の発症と進展機構が解明され、新たな 治療法への応用が期待された。
学位論文審査の要旨
学位論文題名
Immunohistochemical localization of
macrophagemlgrationinhibitoryfaCtor
(MIF
)inhuman gingiValtiSSueanditSpathophySi010giCalfunCtionS
(ヒト歯肉におけるマイクロファージ遊走阻止因子(MIF)の免疫組織化学的局在とその病態への作用)
審査担当者全員が一堂に会して、口頭にて審査を行った。
最初に、論文提出者より研究内容の説明を受けた。
本研究は、ヒト歯肉におけるマクロファージ遊走阻止因子(MIF)の発現な らびにその局在と、MIFの生理学的作用および歯周病への関与について検討 したものである。
歯肉は複雑なサイトカインネットワークにより組織の恒常性が維持されて いると考えられるが、歯周病における発症と進展機構は未だ解明されていな い。マクロファージ遊走阻止因子
(MIF)
は活性化Tリンパ球から産生され、マクロファージの遊走制御に関わるりンホカインとして発見されたが、近年、
脳、腎臓、皮膚、卵巣等、多臓器にMIFの分布が報告され、その役割も炎症 のみならず、組織修復や細胞の増殖、分化に関与する事が示唆されている。
し か し こ れ ま で に歯 科 、 口 腔 領域 に お い て
MIF
に 関 す る 報 告は な い 。ヒト歯肉における
MIF
の発現をWestern blot解析にて検索した結果、正 常、歯肉炎および智歯周囲炎において、いずれの歯肉にも12. 5kDa相当部に 濃いバンドが検出され、炎症とバンドの濃さに相関はなかった。また、局在 を免疫組織化学染色にて検索すると、角質層以外全層の上皮ケラチノサイト にMIFが強く発現した。しかし、遊離歯肉上皮ではその発現は少ない傾向に あった。また結合組織において血管内皮細胞と基底膜直下の線維芽細胞にもMIF
が発現した。これらMIF
の発現部位はサイトケラチン6
およびPCNA
の発 現部位と一致していた。MIF
の生理学的作用を検討するために、歯肉線維芽細胞をFBSの条件を変 男光郎
一 隆雅 健 後浪 田 向川 柴 授授 授 教教 教 査査 査 主副 副
え て 培 養 し、 さ ら に 伸展 刺激を 加え
MIF mRNA
の 発現量 の変 化をRT―PCR
解析 に て 調 べ た。MIF mRNA
発 現 量は 、 伸 展 刺 激 を 加 え1
%FBS
で 培養 したサ ンプ ル で 最 も 多く 、 伸 展 刺激 のない10
%FBS
で 培養し たサ ンプル 、1
%FBS
で 培養 し た サ ン プ ル の 順 に 減 少 し た 。し か しMIF
蛋 白 の 発 現 はMIF mRNA
の 発 現 量 が変化しても差は認められなかった。皮 膚 や 角膜 で は 基 底膜 細胞に 特異 的に
MIF
の発 現が 報告さ れて いるが 、ヒ ト歯 肉上 皮では 他の 組織と 比べ 発現量 が顕 著に多 く、 炎症の 程度とは関係な いことを本研究で初めて明らかにした。歯肉上皮は皮膚より角化が弱く、様々 な 刺 激 を 受け や す い こと 、常に 圧刺 激が加 わる 組織の 細胞 にMIFが発現 して い た こ と 、さ ら に 伸 展刺 激を加 えた 培養実 験の 結果か ら、MIF
は 機械的 な刺 激 で 発 現 が増 加 す る こ と が 示唆 さ れ た 。 さ ら にMIF
はturn over
が早く 、増 殖活 性が 高い部 位に 発現し てい たこと から 、細胞 の分 化、増 殖に関与する可 能性も示唆された。ま た 、 培養 細 胞 で
MIF mRNA
が 減少 してもMIF
蛋 白が 細胞質 に維 持され てい た こ と は 、通 常MIF
は細胞 外へ の分泌 を介 さずに 細胞 内にお いて シグナ ル伝 達な どに 関与し 、細 胞の分 化、 増殖ま たは 、恒常 性維 持の役 割をしていると 考えられた。MIF
はTNF‑の,IL―1
,IL
―6
,IL―8などの炎症性サイトカインの産生を誘導する イ ニ シ エ ータ で あ る とい う報告 と、LPS
を 投与し たマ ウスの 下垂 体前葉 よりMIF
が 放 出 さ れ る と いう報 告、 および 本研 究の正 常歯 肉にお いて ケラチ ノサ イト に多 くのMIF
蛋白 が蓄 えられ てい る結果 から 、歯肉 溝の 細菌のLPS
が上皮 細 胞 に 対 してMIF
を 細胞外 に放 出させ 、歯 周病を 惹起 させる 可能 性が示 唆さ れ た 。 こ のよ う に 何 らか の誘導 物質 により 放出 されたMIF
は 歯肉 や口腔 粘膜 の 様 々 な 病 変 の 病 態 成 立 に 重 要 な 役 割 を 果 た す と 考 え ら れ た 。歯 周病 および 口腔 粘膜疾 患におけるMIFの検討をさらに進めることにより、
これら疾患の発症と進展機構が解明され、新たな治療法の応用が期待された。