序 文 乳癌に対する乳房温存療法後に対側乳癌を発症した 際,患者が希望すれば対側乳房に対しても乳房温存術 を施行することは選択肢の一つとなる。第一次癌側の 乳房の整容性があまり良好でない場合,対側の二次癌 に対し乳房温存術を施行することでさらに左右差が生 じる可能性や,第一次癌側に合わせた乳房温存術を施 行すると,左右差はなくなっても両側とも整容性は不 良になることが予想される。 そこで,今回われわれは温存療法後に乳頭乳輪 (nipple-areolacomplex;以下 NAC)が偏位した乳房 に対し,対側乳癌手術時に乳輪周囲の皮膚を切除する のみの簡易な手技で NAC の位置を修正し,左右対称 で良好な整容性を得た症例を経験したため報告する。 症 例 患者:49 歳,女性。 現病歴:10 年前に他院で右乳房 BD 区域乳癌に対 して乳房円状部分切除術,センチネルリンパ節生検, および温存乳房への放射線療法が施行された。 今回,左乳癌と診断され,精査加療目的に当科へ紹 介となった。 身体所見:左乳房は下垂が強く,また,前回手術の 影響で乳房サイズに左右差があり,右乳房の NAC は 尾側に偏位し,整容性は不良であった(図 1)。 検査所見:マンモグラフィーにて左 U・IO にスピ キュラを伴う腫瘤を認め(図 2),エコーにて左 AC 区域に 23.1 × 15.3mm の halo および構築の乱れを伴 う不整形腫瘤を認めた。諸検査の結果,左 AC 区域乳 癌 cT2N0M0Stage Ⅱ A と診断した。 方針:患者は乳房温存手術を希望し,また,左乳腺 腫瘍は限局していたため,乳房温存手術の適応と考え られた。右の NAC は尾側へ偏位しており,左 AC 区 域部分切除術を施行するとさらに NAC 位置の左右差 が増大することが予想されたため,左乳房温存手術に 加え,右 NAC 位置の修正を行うこととした。 術前デザイン:座位にて新しい NAC の予定位置を 正中皮膚にマークし,両側の NAC がこの高さになる ように右側は乳輪より頭側に約 2cm 大きな同心円状, また左側は乳輪より頭側に約 3cm,尾側に約 1cm 大 図 1 術前写真 右側乳房はボリュームが小さく,尾側へ NAC が偏位し ており,整容性は不良である Key words:modifiedroundblocktechnique,乳房温存術,異時性両側乳癌 1)三重大学医学部乳腺外科 2020 年 10 月 21 日受領 2021 年 1 月 26 日掲載決定
きな同心円状の皮膚切除ラインをマークした。この切 除幅を決定する明確な基準はないが,乳房のなかで自 然な位置に NAC が位置し,無理なく修正できる範囲 を考え,通常は 1〜3cm 程度としている。また,左側 部分切除範囲が NAC 直下まで及ぶため,NAC への 血流を保つように頭側以外は脱上皮化することとした 図 2 マンモグラフィー ⒜ U・IO にスピキュラを伴う腫瘤を認める カテゴリー5 ⒝ L・IO に術後変化による構築の乱れを認める カテゴリー2 ⒝ ⒜ 図 3 術前デザイン ⒜ 座位にて新しい NAC の予定位置を正中皮膚にマークし,両側の NAC がこの 高さになるように両側乳輪周囲に同心円状の皮膚切開ラインをマーク ⒝ 黒いラインが腫瘍および切除範囲,青いラインが皮膚切開ラインであり,斜 線部分は脱上皮化予定部位 ⒞ 皮膚切開ラインで皮膚を全層で切開し,皮膚切除を行う ⒝ ⒞ ⒜
(図 3)。 手術所見:まず左側のマーキングに従い,頭側は全 層で傍乳輪三日月切開,尾側は表皮のみを切開し,乳 房温存手術を施行した。乳輪周囲の斜線部皮膚を脱上 皮化した後,乳腺切除断端を縫合し乳房を形成した。 ドレーンを皮下に留置し,スキンステイプラーにて新 しい乳輪外縁の皮膚と NAC を仮縫合した。 次に,右側はマーキングに従い全層で皮膚切除を施 行。尾側皮下を小範囲剥離して皮弁を作成し,左側と 同様にスキンステイプラーにて仮縫合した。NAC 位 置に左右差がないか確認後,両側埋没縫合で閉創し手 術を終了した。手術時間は 1 時間 52 分,出血量は 22g であった(図 4)。 術後経過:左温存乳房へ放射線照射(50Gy)施行後, 術後 1 年 5ヵ月の現在,タモキシフェンによる内分泌 療法中で,再発は認めていない。乳房のボリュームや NAC の形状に多少の差はあるものの,NAC 位置はほ ぼ左右対称となっている(図 5)。 考 察 乳房温存療法後の整容性を決める要因として,乳房 のボリュームはもちろんのことだが,NAC 位置の左 右差も重要な要因の一つである。乳房の整容性を評価 する客観的な方法としては,Breastretractionassess-ment(BRA)法1),日本乳癌学会沢井班による評価法, Aaronson らによる評価法2),日本形成外科学会によ る乳房整容性評価法3),コンピューターを用いて評価 を行う breastcancerconservativetreatmentcosmet-ic results(BCCT.core)4)などが報告されているが, これらの多くには評価項目として乳頭の位置が含まれ ている。また Brouwers et al は,乳房温存術後の整 容性に対する Patientreportedoutcome の悪化は客観 的評価項目のうちの乳頭から乳房下溝線までの距離, 乳房の輪郭の長さと関連していると報告している5)。 一方,対側二次乳癌に対し乳房温存療法を施行する 場合,さらにNAC位置の左右差が生じる可能性がある。 図 4 左側術中写真 ⒜ 乳房部分切除し,乳輪周囲皮膚を脱上皮化 ⒝ 乳腺断端を縫合し乳房を形成 ドレーン留置 ⒞ ステイプラーにて仮縫合 ⒟ 埋没縫合にて閉創 ⒝ ⒞ ⒟ ⒜
乳房の整容性を向上させる方法としては,おもに乳 房増大術,乳房縮小術,乳房固定術などがあり6),ま た乳房温存療法後の症例に対する修正には広背筋皮弁 や腹直筋皮弁などの自家組織再建を用いた修正術も考 慮される7)。ただし,乳房縮小術や固定術などは日本 では美容外科の分野で行われることが多く,海外では 普及しているが日本では美容のために乳房に侵襲を加 えることが好まれない傾向にあり,広く普及している とはいいがたい。このため乳房温存療法後に整容性に 問題を抱えている患者が存在しても,乳腺外科医が修 正術を施行することはまれである。 乳房増大術は,インプラントを用いた再建をした場 合に健側より大きくなる例に必要となることがある。 乳房縮小術は皮膚・乳腺・皮下脂肪織の切除を行う方 法で,健側乳房が大きく下垂の強い症例に対して,患 側に対する工夫のみでは左右差が目立つと思われる場 合に行われる。乳房固定術は,乳房縮小術を行うほど ではない下垂のある症例に対して,乳腺や皮下組織の 切除は行わず皮膚を切除,縫縮することにより乳房を 形成する方法である。 下垂の程度により必要とする皮膚・乳腺・皮下脂肪 織の切除範囲が決定されるが,乳房のボリュームが大 き く 下 垂 の 強 い 症 例 に 対 し て は reverse-T tech-nique8)が用いられることが多い。これは,乳房下部の 縦方向の瘢痕および乳房下溝線に沿った瘢痕が形成さ れるため,特に乳房下溝線内側の瘢痕が肥厚性瘢痕な どになりやすいことに注意が必要である。 乳房の下垂の程度が強くなければ,乳房下溝線部に 沿った瘢痕を伴わない vertical 法9)が用いられること が多い。 さらに,乳房の下垂が軽度〜中等度の症例では,手 術瘢痕が乳輪周囲のみとなる乳輪周囲切開法がよい適 応となる。乳輪周囲切開法は,NAC 周囲皮膚をドー ナツ状に切除し,さらに皮下剥離を行い乳腺を吸収糸 で縫縮後,乳輪外縁を縫縮することで乳房の縮小およ び NAC 位置の修正を行う方法である10)。
この乳輪周囲切開法を応用した round block tech-nique(RBT)11)は oncoplastic surgery の手技として
用いられており,さらに NAC 周囲を全層で切開する modified round block technique(MRBT)12)では広範
な皮下剥離を行うことで乳輪径の小さな症例でも良好 な視野での部分切除が可能となる。皮膚から NAC へ の血流はなくなるが,乳腺からの血行により血流は保 たれる12)。われわれの施設でも MRBT を応用した症 例を経験している13,14)が,術後の NAC の血流は良好 である。この経験をもとに,本症例においても右乳輪 周囲を全周切開し,NAC 位置の修正を行う方法を施 行した。 本症例は右側乳癌に対する乳房温存療法後であり, 乳房のボリュームに左右差を認めていた。自家組織再 建により右側乳房のボリュームを増やし,かつ NAC の位置を調節することも可能ではあったが,今回の左 側乳癌に対する部分切除を行う際に切除範囲を調節す ることで左右のバランスを取ることが可能と考えら れ,自家組織再建による手術侵襲や手術瘢痕の増加と いう犠牲を負わずとも良好な整容性を得ることは可能 と考えた。 また,右側乳房に対しては過去に放射線治療が施行 されているが,放射線照射後の乳房に対する侵襲は脂 肪壊死などの術後合併症が増加することが知られてい る。Kronowitz et al は,放射線治療後の乳房への再 建術では,放射線治療前に再建術を行った症例に比べ 合併症の発症率が多かったと報告している15)。 これらにより右側に対する修正術としては,左側の NAC 位置もある程度修正可能であるため,皮下の剥 離範囲を最小限にとどめることができる,両側乳輪を 全周性に切除するのみの侵襲の少ない方法で左右の NAC 位置をそろえることとした。 図 5 術後 1 年 5ヵ月
ングが標準化したことなどにより増加傾向であり,異 時性両側乳癌の発生率についても同様である16)。 一方,両側乳癌患者に対しては,BRCA 遺伝子等 の遺伝子変異の関与について考える必要がある。2020 年 4 月に BRCA 遺伝子検査が保険適応となり,両側 乳癌患者は保険診療にて検査を受けることができるよ うになった。本症例は二次癌手術時には保険適応以前 であったため検査を施行していないが,今後両側乳癌 患者に対しては術前に BRCA 遺伝子検査についての 情報提供が必要となってくる。BRCA 遺伝子変異の 有無が術式選択の判断材料となるからである。 両側乳癌に対する乳房温存手術によりさらに NAC 位置の左右差が生じる可能性があるが,逆転の発想を すれば,対側手術時に初回手術側を修正することで初 回手術後より良好な整容性を得るチャンスと考えるこ ともできる。 結 語 今回われわれは,第一次癌に対する温存療法後の整 容性が不良であった乳房に対し,対側乳癌に対する乳 房温存手術時に乳輪周囲の皮膚を切除するのみの簡易 な手技で NAC 位置を修正し,両側乳房の対称性を得 た。放射線療法後乳房であったが,比較的侵襲の少な い手技で合併症なく良好な整容性を得ることができた。 なお,本論文の要旨は第 20 回乳癌最新情報カンファラ ンス(2019 年 8 月 23 日,於小樽市)にて報告した。 本論文について他者との利益相反はない。 文 献 1 )PeznerRD,PattersonMP,HillLR,etal:Breastre- tractionassessment;Anobjectiveevaluationofcos-metic results of patients treated conservatively for breastcancer.Int J Radiat Oncol Biol Phys,1985;
5 )BrouwersPJ,vanWerkhovenE,BartelinkH,etal: Factors associated with patient-reported cosmetic outcomeintheYoungBoostBreastTrial.Radiother Oncol,2016;120:107-13. 6 )野平久仁彦:左右対称な乳房を作製する目的で健側乳 房の修正を行う場合.実写で示す乳房再建カラーア トラス,矢永博子,野平久仁彦編,大阪:株式会社永 井書店;2008.214-252. 7 )柴田裕達,橋本信子,内沼栄樹,ほか:乳房温存術後 変形に対する修正手術の 1 例.日外科系連会誌, 2001;26:91-4. 8 )高柳 進:Reduction Mammaplasty- 乳房縮小術.乳 房再建術 スペシャリストの技の全て,岩平佳子編, 東京:南山堂;2005.171-7. 9 )酒井成身:Vertical 法(LeJour 法).美容外科基本手 術 適応と術式,酒井成身編,東京:南江堂;2015. 209-11. 10)高柳 進:乳輪周囲切開法.美容外科基本手術 適応 と術式,酒井成身編,東京:南江堂;2015.188-91. 11)FitzalF:RoundBlockTechnique(DoughnutMasto- pexy).OncoplasticBreastSurgeryAGuidetoClini-calPractice,editedbyFitzalF,SchrenkP,Austria: SpringerWienNewYork;2010.71-5. 12)座波久光,尾野村麻以,間山泰晃:Modified Round Block Technique を用いた温存術の検討.乳癌の臨, 2012;27:177-83. 13)小川朋子,花村典子,山下雅子,ほか:Doughnut Mastopexy(RoundBlockTechnique)を応用した乳 房部分切除を行い良好な整容性を得た境界型葉状腫 瘍の 1 例.乳癌の臨,2011;26:721-6. 14)小 川 朋 子, 花 村 典 子, 山 下 雅 子, ほ か:Modified round block technique と abdominal advancement flap を組み合わせた oncoplasticsurgery を施行した 1 例.乳癌の臨,2013;28:535-40.
15)KronowitzSJ,FeledyJA,HuntKK,etal:Determin-ingtheOptimalApproachtoBreastReconstruction afterPartialMastectomy.Plast Reconstr Surg,2006; 117:1-11.
16)SakaiT,OzkurtE,DeSantisS,etal:Nationaltrends of synchronous bilateral breast cancer incidence in the United States. Breast Cancer Res Treat, 2019; 178:161-7.