Author(s)
上里, 安正
Citation
沖大論叢 = OKIDAI RONSO, 10(2): 83-107
Issue Date
1971-03-31
URL
http://hdl.handle.net/20.500.12001/11034
「戦後国際通貨制度に関する研究」
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上 里 安 正
目 次 1. はしがき…………・・・・・・………..…・………...・H・...・H ・..…83 2. 国際通貨基金の成立過程…....・H ・...・H ・...・H ・...・H ・...・H・...・H,8,・ 4 3. 国際通貨基金制度の問題点…'"・H ・...・H ・...・H ・H ・H ・..…...・H ・..974
.
国際通貨基金に対する批判・・H・H ・....・H ・'"・H ・H ・H ・....・H ・H ・H・..1
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.
むすび....・H ・...・H・H・H ・...…・…...・H ・...・H ・....・H ・...・H ・..1
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1 . は し が き
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年第一次大戦によって国際金本位制度は崩壊し、世界各国とも管理 通貨制度に移行した。1
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年イギリスが再度金本位制度を採用し、1
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年 代の後半においては、やや安定した国際金本位制度が確立されていたので あるが、イギリスが1
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1
年に金本位制度を停止し、再度ほとんどの国が管 理通貨制度に移行した。1
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年代における世界経済は不況の段階におちい り、経済ブロックの形成と外国為替相場の競争的切下げによって国際通貨 制度はこん.らんした。1
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年代における貨幣経済的教訓によって、第二次大戦後における外国 為替相場の安定と自由貿易の促進、国民所得の向上、雇用の高水準の維持 等を目的として、1
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年に国際通貨基金(
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lMonetary Fund
……I.M. F)
が設立された。IMF
制度のもとにグローパルな自由貿易、自由為替制度がようやく達成されつつあるが、しかし反面
IMF
制度によ る国際通貨体制は、いわゆるドル本位制度であるために、最近におけるア メリカの慢性的国際収支の悪化、金保有量の減少等に起因したドルに対す る信認が問われ、国際通貨体制に対する不安と動揺がかもしだされてい る。国際通貨制度の改革案についてトリフィン(
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が発表 したのは1
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年であるが、1
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年代に入るとドノレ不安が発生するに及ん で、IMF
は急速に批判の対象となった。IMF
に対しては、創立当初か ら否定的な批判が少なくなかったが、現在においても種々の改革案が提示 されている。国際通貨制度については、金価格や諸種のIMF
改革論等に ついての問題点の検討が必要であるが、これらの問題は次回にゆずること にして、本稿においてはIMF
の成立過程と、その制度上、機能上の面に おける問題点tこついて検討し、今後の国際通貨制度のありかたについて論 究してみたいと思う。2
.
国際通貨基金の成立過程
第二次大戦が連合国の勝利に終る見透じがたった1
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年7
月1
日より同2
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日まで、米国ニューハンプシャー洲ブレトンウツズにおいて、米英をは じめとする連合国4
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ヶ国のもとに、連合国通貨金融会議(
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が開催され、その結果出来上った ものが「国際通貨基金最終草案(
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で あ り 、 こ れ は 別 に 国 際 復 興 開 発 銀 行 案 ( In
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を伴っていた。 この会議の最終議定書として国際通貨基金協定および国際復興開発銀行 協定が締結され、国際通貨基金協定は1
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年1
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月に発効し、1
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年3
月か ら国際通貨基金(
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…・・I
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lMonetary Fund)
として発足し -84-「戦後国際通貨制度に関する研究」 (1) た。
IMF
はアメリカ側の考え方を代表するホワイト案、いわゆる国際為 替安定基金案(Thei
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と、 イギリス側の考え方を代表するケインズ案、いわゆる国際清算同盟案(The i
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の妥協の産物である。 即ちホワイトプランの構想は何回も修正され、 43年4月に、アメリカの 財務長官から(連合国国際通貨基金案〉に関する試案として発表され、こ の試案を連合諸国に送って各国の検討を求めると共に、ワシントン各国の 代表者の集参を求めて、アメリカ当局との意見の交換討議を行うよう要請 したのであり、今日一般にホワイト案と呼ばれている〈連合国国際安定基 金案予備草案〉は、この試案に対する連合諸国の意見をとり入れて修:iEさ れ、同年7
月発表されたものである。. これに対し戦後の国際決済に対する英国案は、ケインズ案として1
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年 3月発表されたものであり、翌年4月イギリス政府は、このケインズ案を (国際清算同盟案〉に関する白書として公表し、アメリカをはじめとする (11) 各国の討議、検討のために提出されたものである。結局?アメリカとイギリ スの主張が妥協して、1
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年4
月ホワイト案を骨子とする「国際通貨基金 設立に関する専門家の共同声明C
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という形になっ て発表された。細かい修正は別として1
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年にこの共同声明がサパンナ会 倒 議で採択され、IMF
として出現した。IMF
は基本的にはホワイト案の構想により、これに部分的にケインズ {連) 案の特色を加味した両者の妥協案に外ならなかった。 もっとも明確にケインズ案が採用されたのは、国際収支の不均衡調整に 為替平価の変更を認めたことである。ホワイト案では為替安定について は、きわめて厳格であったが、現行IMF
協定では相当緩和され、一国が 基礎的不均衡の場合には、IMF
当局の同意を得て平価変更が出来るようになった。 第2は基金の資金利用についてである。ケインズ案ではオーバードラフ ト原理により国際決済がなされるが、その結果事実上、債権固となるアメ リカの負担は治大となる。しかもそのクレジット供与は自動的であり、そ れは金融主義の喪失である。このようなわけでケインズは、
IMF
の資金 の無条件引出しの協定をとりつけることに成功した。 その結果アメリカ側の主張する厳しい規制を和らげることが出来た。第 3には戦後過渡期の問題である。イギリスは戦災固としてこの問題には特 に関心を示し、まず国際復興開発銀行において払込資金を限定することに 成功した。IM
F-においても過渡的措置に関する条項の揮入に成功し、諸 (5) 制限の撤廃は漸進的に行うようになった。この国際通貨基金はいうまでも なく世界中で通用する世界貨幣をつくりだそうというものではなく、国際 決済の安全と円滑化を計ることにより、国際取引の拡大を実現しようとす るものである。 国際取引の拡大が経済政策の究極の目標である雇用の高水準の維持、と (1)) くに生活水準の引上げに貢献すると考えるからである。 両大戦聞に体験してきた競争的平価切下げや為替管理、さらに輸入制限 など直接の貿易取引の統制が、国際取引をいちじるしく萎縮せしめたとい うにがい経験をふたたびくりかえさないようにしようとするのがIMF
の 目的である。IMF
は第一次大戦後における貨幣史的経験と教訓によって 出来たものであるが、種々の問題点を内包していることは否定出来ない事 実であり、したがってIMF
をめぐって種々の改革案が提案されている。IMF
はアメリカを代表するホワイト案とイギリスを代表するケインズ 案の妥協の産物であるが、ケインズ案は部分的には採用されたが、ほとんど ほうむりさられるに等しかった。したがって今後の国際通貨制度を論究す るに当つては両案の比較検討からなされなければならない。まず国際通貨 基金制度の問題点を指摘する前に両案について検討してみることにする。-
86-「戦後国際通貨制度に関する研究」 (1) ケインズ案 ケインズはケインズ案が提案される以前においては、国際通貨制度に対 して超国家銀行(超中央銀行〉…
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の構想を 明らかにしている。彼はまず超中央銀行への途は漸進的に到達さるべきも のだとして、それには最少限度として、各国中央銀行の聞に広範な協力体 制の必要性を説き、ついで国際通貨制度が到達する理想として超中央銀行 制度を展開する。この超中央銀行はー圏内の中央銀行が市中銀行に対して 持つ地位を世界各国の中央銀行に対して持つもので、いわば世界の中央銀 行に外ならない。 この制度は、国際通貨としての超中央銀行貨幣(
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Money; SBM)
を持ち、これによって各中央銀行間の債権、債務が決済 される。この機構は、一国の各市中銀行が相互間の清算を中央銀行への預 金勘定を通して行うのとほとんど同じである。SBM
の価値は金との交換によって保証され、各国通貨はこのようなS
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との交換によって安定される。したがってSBM
は金と同様に各国中 央銀行の法定準備となるわけである。次にSBM
は一国の中央銀行による 信用創造と同様に、超中央銀行の各中央銀行に対する貸付により創造され る、ただしそれは、最高限度が設けられ、かつ公定歩合の作用を受ける。 超中央銀行はこの外各中央銀行を相手として公開市場操作を行うことが出 来る。このようにして超中央銀行は国際的な金融センターとなり、公定歩 合、量的統制、公開市場操作を駆使して信用統制を行うことにより、国際 的インフレ或いはデフレを防止し、かつそれと共に国際通貨ひいては、そ (7) れにリンクする各国通貨の価値を安定させようとするものであった。この 構想は実際には実現しなかったけれども、ケインズはこの構想によって理 論を展開し、ケインズ案が導き出されている。ケインズが提案した「国際 清算同盟案は11章からなり、ホワイト案に比べて著しく説明的である。こ の同盟で使用される通貨、即ち国際通貨は、パンコールBankor
と 呼 ばれ、このパンコーノレは金を標準として一定の価値を有し、したがって金の 等価物であって、すべての加盟国によって金と同様に受取られることにな る。すべての加盟国はバーンコールに対しで・自国通貨の平価を決定し、清算 同盟と各加盟中央銀行との聞に為替取引が行われるのである。すなわち各 加盟国の中央銀行は、清算同盟にパンコール勘定を設定し、各加盟国相互 聞における中央銀行段階での最終決済は、パンコーノレ勘定の相互振替によ って行われる。したがって各加盟国相互間の債権債務は、すべて同盟にお けるパンコール勘定に吸収され、債権国は同盟にパンコール貸方勘定を有 (8) し、債務国は同盟にパンコーJレ借方残高を有することになるのである。 ケインズによる清算同盟案の組織としては、事務所をロンドンとニュー ヨークに置き、理事会はこの両市において交互に会議を聞く。又同盟に加 入するものは世界のどの国でも差支えないが、その理事及び票決権は、パ ンコールの当初の割当額によって定まる。 即ち割当額の大きい国の政府は、各固めいめいに1人づっ理事を任命す るが、割当額の少ない国は、 2、 3又は 4、 5の国が連合し、合計12名乃 至15名の理事が清算同盟の管理に当るのである。そこできわめて重要な点 は如何にして割当額を決定するかということ‘である。ケインズ案では、そ れは戦前 3ヶ年の輸出入総額を基礎として、その 75%を以って最高および 最低が定められるものであり、如何なる国も,分相応の借金が出来ないと共 に、あまり貸方が多くなるときは、この機関の要求により、他の加盟国に 融通しなくてはならない。そして貸借とも一定の手数料若しくはその利子 が高くなるのである。 要するにケインズ案は、一方においては金本位制度の実質を世界的に維 持しようとするものであり、旧来のスターリング地域を新しく世界的に拡 大せんとするものである。更にケインズ案はアメリカの国際通貨基金等、 ホワイト案および同案のつらぬかれた、
IMF
と鋭く異なり、世界貿易の 拡張主義を特徴とする。したがって 刷、銀行原理あるいは信用創造原理- 8
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一「戦後国際通貨制度に関する研究J にもとづき、信用創造によって自動的あるいは受動的に国際流動性を供給 するメカニズムをもつこと 刷、国際流動性の供給を金の拘束かあの解 放によって実現しようとしていること、限定的ではあるが為替相場の変動 を認め、為替相場を国際均衡のパラメーターとするメカニズムであること
。
。
が、ケインズ案の特徴である。 ケインズ案はIMF
協定には部分的には採用されたが、ほとんどほうむ りさられたにひとしかった。しかし国際通貨基金制度の改革がせまられて いる今日、ケインズ案が改革論の支柱となっていることを考えるならば、 戦後国際通貨制度のありかたを検討するにあたって、無視することの出来 ない存在である。 (2) ホワイト案 ホワイト案は一般に公開されるまでには、いろいろな軒余曲折を経てお り、文書としては二度書き直されて3種類あった。当初のフ。ランはきわめ て大胆かっ野心的で、これらの機関はむしろ世界政府の金融部門ともいう べき性格をそなえていた。それによとる安定基金は、加盟国の金、通貨、 政府証券よりなる 50億ドルの資金源を有し、加盟国の国際収支上の困難に 対して、短期の貸出しに応ずるが、一方基金は各国の経済的主権を大幅に 制限し、一方的に為替相場を変更したり、すべての為替管理の放棄を要求 したり、圏内経諸政策を監督したりする強大な権限を有していた。要する に、その性格はきわめてインターナショナルであり、かっ計画経潰・的なも のであった。なお銀行の方はさらにいっそう野心的なもので、それは 100 億ドルの資本金(株式資本〉を有し、その半額が即時払込まるべきもの とする。その資金は単に経済の復興開発に融資されるばかりでなく-、必要 とあれば世界的不況に際してc
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な投資を行う。またこの銀 行は、金、加盟国の有価証券、手形の売買、手形の割引をも行うことが出 来た。要するに、これらのこつの国際金融機関は一体となって、i 平時、戦 後過渡期を問わず、国際金融のあらゆる部面の活動を行いうる仕組になっていた。アメリカではこのプランを検討するため、 1942年春に、各省の閣 僚級と専門技術家の二つの各省問委員会が結成された。その検討の結果、 右の広汎な分野は次第に圧縮されて、安定基金案が優先的に審議されるこ とになり、ホワイト以下財務省グループは漸次守勢に回って、その主張は 次第に緩和されていった模様である。 又この年の総選挙で民主党は多くの議席を失い、以後政界からは、共和 党を中心とする保守派の圧力が強くなってきた。かくてホワイトの当初の 構想、は次第に重要な修正を余儀なくされ、 1943年4月に公表された修正案 では「銀行案」は全く姿を消し、また安定基金案自体も国家主権への妥協 的色彩のつよいものとなった。換言すれば、当初の構想よりも著しくナ
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ョナリズムへの後退が目立っているのである。ホワイト案は正式には「連 合国国際為替安定基金予備草案(
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と呼ばれ、今日の国際通貨基金(IMF)
の母胎となったので (11) ある。IMF
加盟国の為替平価は、金または1
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わレ=アメリカの金価 格によって規定され、直物相場の変動範囲は、平価の上下1%
に限定され る。さらに金価格の変動による為替平価関係の撹乱を阻止するために、加 盟国の金売買価格は、平価の~%に諸費用を加えた限度内、諸費用を含め た平価の1%
以内と決定した。しかも平価は罰則をともなう義務として、 同 加盟国にその維持を要請する。 さらにIMF
の出資割当額はこの資金に対する発言権の基礎として重要 である。 .との資金の総額は 50億ドルとし、これを右の標準により割当て、各国を して金の計算において出資せしめるのである。ホワイト案は一種の銀行で あるから、その債務の種類及び範囲は広い。もっともその取引先は各加盟 政府、大蔵省、中央銀行に限定せられる。- 9
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一。「戦後国際通貨制度に関する研究」 その主な業務は 仔)、金、通貸手形、政府証券の買入れ (ロ)、預金の受 入れ、金のイヤマーク 村、債権の発行売出(ニ)、為替の決済であり、こ れらの債務を行うについては、加盟国はその出資について何等の制限を附 すことは出来ない。又加盟国の為替比率並に金価格の決定は、この基金の 理事会に属する。又加盟国の基金に対する債権、債務には一定の限度があ
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り、その限度は基金に対する割当額によって定まるのである。 ホワイト案によると各加盟国は、その圏内制度においては、必ずしも金 本位たることを必要としないが、それぞれの国の安定資金に関する関係、 即ち外国為替に関する関係においては金先換でなくてはならない。 その点でケインズ案が各国は自由なる多角清算制度をもちつつ、ただ清 算においてのみパンコールを用いんとしたのに反し、ホワイト案において は為替自体がユニタスを以って表示せられる。そしてモーグンツー案にお いては各国の預金は、この資金に対してなされるがこの信用は、これに止 まらず、資金自ら自己の債権を発行し、それによって自己の資力を増大せ (J4J しめることが出来るようになっている。 ホワイト案においては、加盟国の通貨の自由交換性を基礎とする、為替 の自由化による国際決済を考えているのであるが、ケインズ案は自由交換 性を有さない諸国の通貨を前提にして、多角清算によって加盟国の決済を 行止¥それによって多角的国際貿易の促進を計り、各国経済の均衡ある発 展を計ろうとするのと、きわめて対照的である。それは米ドIレが国際決済 通貨としての機能を十分有しており、為替の自由化は、わレの優位性を益 々発揮出来るのであるから、ホワイト案はドルへのヘゲモニーを用意した。
。
のである。 ポンドが国際決済通貨としての機能を十分に果し得るためには、自由交 換性を維持することが必要であるが、戦時中のイギリスとしては、このよ うなアメリカのヘゲモニーによる国際決済機構には賛成出来なかったので ある。しかしながらアメリカの絶大な援助によって戦争を行っていたイギリスとしては、アメリカの圧力に抗することが出来ず、やむを得ず、アメ リカのホワイト案を骨子とした国際通貨基金原集に同意せざるを得なかっ たのである。要するにホワイト案は、金為替本位制度をドノレを中心とし て、世界的に確立せんとするものである。 (3) 両案の基本的相違点 ホワイト案とケインズ案を比較検討する場合には、アメリカ、イギリス 両国の基本的立場の相違点についても銘記しておくことが必要である。即 ちホワイト案はアメリカの基本的立場を、又ケインズ案は、イギリスの基 本的立場をそのまま反映した提案であった。 したがって、ホワイト案は債権国の立場に立った提案であり、これに反 してケインズ案は債務国の立場からする提案であったということが出来 る。ホワイト案もケインズ案も、一つの国際的機関を設立して、この機関 を通じて各加盟国の政府ないし中央銀行に対して、短期的目的のための国 際流動性の供与を行うことになっているが、ホワイト案においては、各加 盟国がその割当額にしたがって出資する金および各加盟国通貨によって共 同の為替安定基金が構成され、ここから各加盟国に対して為替資金の供給 が行われる。 したがって、ホワイト案においては、各加盟国が出資する金および各加 盟国通貨の総額が国際流動性の供給可能限度となる。 これに反して、ケインズ案においては、各加盟国は全く出資する義務 を負わない。清算同盟は当初においては、何らの資金も必要としないで
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の原理によって、各加盟国に国際流動性を供給する。すな わち債権国は清算同盟にパンコーノレ貸方勘定を有し、債務国はパンコール 借方勘定を有することになる。ただし、貸勘定および借勘定の無制限な累 積をさけるために、種々の措置を規定している。又、いかなる国際通貨制 度も各国の国際収支が、いちじるしく不均衡におちいった場合には円滑に 運用されない。 - 92ー「戦後国際通貨制度に関する研究j かかる事態の発生を阻止し、国際収支の均衡化を計るためには、債務国 および債権国の双方に対して適当な措置が必要である。両案とも債務固に 対しては、かなり厳格な規定が設けられているが、ホワイト案において は、債権国に対しては明確な規定はない。 ところが、ケインズ案においては、債権国に関しても明確な規定が設け られている。 すなわち、ケインズ案においては、債権国は同盟の理事会と協議して、 収支是正のために適当な圏内経務政策、平価の変更、関税ないしは輸入制 限の軽減、国際投資の実施等の措置をとることが要求されている。更に戦 後過渡期の異状事態に関しては、ホワイト案では慎重な考慮はほとんど払 われておらず、ケインズ案においては、この点十分考慮が払われているこ
。
。
とである。更にホワイト案とケインズ案について詳細に、その相違点を区 別するならば次の知くである。L
イ) 両案とも通貨価値の安定を企図し、それによって国際聞の自由とそ の無理な競争をさけんとしているのであるが、ケインズは専ら為替の 多角的清算によって達せんとしているのに対し、ホワイト案の場合は そういうこと以外に資金の貸借をしようとしている。 伊) 右の点に着目するときはケインズ案は専ら技術的な方法によって目 的を達しようとするものに過ぎないが、ホワイト案は実質的な経済力 の積極的行使をねらいとしている。 付 ケインズ案における清算同盟への加入は為替のi陥尻を登録保障する ためであるが、モーゲンソー案(ホワイト案)においては資金の分担 は積極的な国際銀行業務の資本金の提供である。その意味で、両者の 割当額の意味は大いに異る。 (ニ) 基金への出資即ち割当額の算出の方法において、ケインズは戦前3 年間の貿易額をとり、ホワイト案では各国の金保有高、国際収支の変 動の幅員、各国の国民所得を基礎としている。これはω
、(ロ)の性質の差よりくる当然の差であるが、事実上において各国の地位の配列に大 差を生ずる。ケインズ案の方がイギリスの発言権が大きく、ホワイト 案の方がアメリカ、フランスの発言権が大きい。 的 パンコーノレとユエタスとを比較すると、どれも金の一定量にリンク しているが、パンコールは国際為替上与えられるべき信用の共通単 位、その取引の帖尻計算上の単位であるのに対して、ユニタスは国際 貸借の一切の単位であり、事実においてわレ貨幣である。 付 ケインズ案においては清算同盟の事務所及び資金をロンドンとニュ ーヨークに分置しようという。 ( 1-) 管理者たる理事会の構成について、ケインズ案は主要国と非主要国 に分ち、前者は前者として、後者は後者として平等の権利を有するの に対し、ホワイト案ではこの権利の基礎は割当額である。それ故後者 の方が資金の大きさによる権力の大きさが強くなっている。 開 ケインズ案においては各国は為替取引について、必ずしも清算同盟 を通さないでも良いが、ホワイト案においては原則として各国はユニ タス機構を通じて為替取引をしなくてはならない。 (リ) 各国とパンコール文はユニタスとの平価の定め方において、ホワイ ト案では基金の方で定めるという方針である。 ケインズ案の場合は主として当事者の妥協によって定めることにな っている。 平価の変更についての手続はケインズ案よりホワイト案の方が各国 に自由を認める点が少ない。 要するにケインズ案は、ロンドンのかつての地位、即ち世界金融市場の 中心であった地位を、今後如何にして維持していくかに主力がおかれてい るといっても良い。 即ちその方法は、あくまでも為替取引、その多角決済である。これに反 し、ホワイト案の場合はわレのみを中心とする世界単一の金為替本位制を ~
94-「戦後国際通貨制度に関する研究」 自司 確立せんとするものであり、資本中心的金融主義である。 ケインズ案の基本的特色は清算同盟を世界中央銀行的なものにし、そこ でパンコールと称する不換の国際通貨を創造し、国際収支尻をパンコーJレ のオーバードラフトで決済しようとするものであった。この案では少なく とも 260億ドルのオーパードラフトが許られることになり、アメリカの潜 在的な負担額は 230億ドルの巨額になると見積られた。 これには「アメリカを世界の乳牛にするものだ」との強い反対がアメリ カ側から起ったのであり、結局でき上った
IMF
機構では、アメリカの出 資は 27億5,
000万ドノレにとどまったのである。貸出しもケインズ案のよう に無条件自由ではなく、一方iIMFJ
の目的に反しない、というIMF
当局の判定を必要とするようなものになった。ホワイト案では10ドJレの価 値を有する金に等しいユニタスという国際通貨単位を設定することになっ ていたが、これはパンコールのような金で表示されるが、金からはなれた 新国際通貨ではなく、実質的には呼名をかえた米ドルにすぎない。この考 え方はユニタスという名称を失ったが、IMF
にひきつがれたのである。 そして基金は加盟国の相互出資による資金を国際収支調整のために再分 配する、いわば相互融通の機関であって、ケインズ案のような信用創造機 関ではない。ホワイト案では為替レートの変更は「国際収支における基礎 的不均衡の是正に必要なときに限り考慮される」と規定されており、債務 国への不均衡正の強い要求を求める考え方であり、IMF
の基本原理が示 されている。これに対しイギリス側は平価変更のより大きな自由を要求し た。 国際収支面からおこる圧迫から、ある程度自由に圏内の雇用政策を行え る上う金利政策や財政政策の自主性を保つことは、一貫したケインズの考 え方である。固定的な為替レートは対外面から圏内政策を拘束することと なり、経済政策の自主性を弱めることになる。こうした両案の考え方の対 立の結果、IMF
の為替相場に対する規定は、固定レートを基本としてそ E nれに弾力的な幅をもたせるものとなった。このように IMFは、ホワイト 案の方針がつらぬかれて、ケインズ案の膨脹主義が排斥されたので、新し い国際通貨制度を本格的に活動させるまでの過渡期において、イギリスの ような経済カの弱まった国の特別措置ないし救済が特に必要であった。そ のためにイギリスはIMFの中に第14条過控期の規定をもり込み、一定期 間為替制限を行えるようにしたほか、救済のための資金援助が世界銀行の 貸付ではとうてい足りないので、1946年に米英金融協定を結んで37億5
,
000 万わレの借款をアメリカから受ける約束をとりつけて、 IMF協定を承認 (18) した。 このようにホワイト案とケインズ案の基本的相違点は明確である。即ち 両案とも国際貿易の自由化と為替相場の安定を計ることによって、加盟国 の雇用の高水準の維持と、国民所得の向上を計るという点においては共通 の目的をもってはいるが、ケインズ案の場合は為替中心主義であり、商取 引主義であって、貿易面を重視する、いわゆる拡張主義であるのに対し て、ホワイト案の場合は貨幣中心主義、ドノレ中心主義であり、アメリカが 両大戦聞に蓄積した多大の金と資金を利用して、世界経済の中心的地位を 確立しようとする意図がうかがわれる。 註 (1)長幸男著、現代句経済(ドイツ危機)96頁 (2)平岡健太郎著、 「国際決済機構J41頁 {3}芦矢栄之助著、国際通貨論争 84頁 (4) 堀江蕪雄著、国際通貨基金の研究 100頁 (5) 土屋六郎著、 「国際金融の構造と理論J229頁 (6)小寺武四郎著、国際通貨論 225頁 (7)土屋六郎著「前掲舎J2:13頁 (8)安井孝治著、国際通貨制度 62頁 (9)大内兵衛著「新世界通貨制度研究J43頁 帥国際経済学会編、 「世界経済と国際通貨J7頁ω
土屋六郎著、前掲書227頁 同氷田博、多和献三編、国際経済論江7頁 - 96ー帥大内兵衛著、前掲書 62頁 !141 大内兵衛著、前掲書 64貰 間平岡健太郎毒事、前掲書 16頁 岡安井孝治著、前掲香 73頁 帥大内兵衛著、前掲書 66頁 (1$長幸男著、前掲書 99頁 「戦後国際通貨制度に関する研究」
3
.
国際通貨基金制度の問題点
IMF
は創立後数年間はほとんど、その機能を発揮することが出来ず、 特に第二次大戦によって多大な物理的破壊を受けた酉ヨーロッパ経済の復 (1) 興は、もっぱらマーシヤJレプランによる援助によってなされたoIMF
に 対しては創立当初から批判はあったが、ここではIMF
の制度上、機能上 の問題点について主なものに限定してふれてみたい。 まず第ーに融資能力は基金に振込まれた金および各国の通貨の保有状態 によって制約されるということである。IMF
の保有通貨が十分になく、とくに引出されるにふさわしい黒字国 通貨が手持不足であるとすれば、IMF
の融資機能はその面から重大な制 約を受ける。IMF
の通貨保有高は、クォーターの増額や借入れ、または 金売却など、特別の場合を除けば通常赤字国の引出しによって赤字国通貨 が振込まれる形でしか増加しない。つまりIMF
の通貨保有は、赤字国通 貨がふえて、黒字国通貨が不足するという一般的傾向をまぬがれないので ある。 又IMF
を通ずる流動性の供給は、赤字国の引出しに随伴してまったく 受動的にしか行われないという点も問題である。 これは、あたかも中央銀行が商業銀行に対して公定歩合を適用する貸出 機能のみを有し、公開市場操作や支払準備率の変更など、能動的な政策手 段を持たないという、不都合な状態におかれた場合に近い。国際経請の発展を考えた場合、主要国の聞に国際収支の大きな不均衡がなく、したがっ て
IMF
に対する引出要請がほとんど行われず、しかも国際流動性の不足 から世界貿易が全般的に停滞するといった事態が起こることは十分予想さ (2) れることである。その欠陥を積極的に打開するためにはIMF
に能動的機 能を認める以外にないであろう。第二に基金活動の基礎となるべきクオー ターの額である。クォーターは加盟国の貿易額、国民所得等を勘案して基 金が決めるもので、詳細な算定基準は示されていない。 クォーターの大きさは加盟国の基金利用の限度ならびに票決権を決める 基礎となるものである。今後、後進国の加盟がふえれば、 IMFの流動性 (3) と発言権を如何に調整させるかという問題がある。もちろん国際通貨基金 が加盟国に対して行う資金供給は、加盟国の一時的不均衡是正のための貸 付であるが、加盟国の大多数の国はドル不足になやまされ、それをカバー するためには、基金の出資額を以ってしては不可能である。ここに加盟国 諸国から国際通貨基金資金の充実を計ることを要求する声が出てくるので ある。 すなわち、割当額の増額の問題である。しかし、この割当額を引上げる ことは、まず第ーにアメリカの同意を必要とする。国際通貨基金の政策決 定上の鍵である票決権が、出資割当額に比例して増加する現在の仕組にお いては、アメリカの同意を必要とする。したがってアメリカの意志によっ てIMF
の政策決定がなされるといっても過言ではなく、アメリカの反対 意見によって数年間は割当額の増額は認められず、 1958年10月の総会にお いて、ょうやく増額が認められ、その割当額を如何にするかは、理事会に おいて検討することになったが、現在の規定のように割当額に比例して票 決権が決められるならば、常に割当額の多い国々の一方的意志によって、 政策運営が行われるのであり、何かの根本的方針が確立されない限り、割 (4) 当額の少い国の利益や正当な要求や提案は認められないことになる。第三 に固定為替相場の問題である。ケインズ案はたとえ5%
というせまいマー - 98ー「戦後国際通貨制度に関する研究」 ジンではあっても、清算同盟の理事会の承認なしにそのマージンまでの為 替相場の切下げが可能であるが、ホワイト案においては、為替相場の変更 は、 「国際収支の根本的不均衡」の是正に必要なかぎり、しかも加盟国票 決権数の
4
分の3
の同意を得て可能であり、IMF
においては「根本的不 均衡の是正の必要が、IMF
当局において認められた場合にかぎられる。 ケインズ案においては為替相場は短期的に変動可能であり、それは国際収 支不均衡のパラメーター機能を付与されている。ところがホワイト案、 IM F
においては、為替相場は固定され、短期的には固定相場の維持を義務 (5) づけ、長期的にはIMF
当局によってその変更が許される。すなわち現行 のIMF
協定では基礎的不均衡の場合を除いては平価の変更は認められな い。為替相場の調整機能を認めながら、その乱用を警戒して、平価の変更 を最後の手段として使うというのがその主旨である。ところで、このとり きめは協定の起草者たちが、おそらく予想もしなかったような重大な悪い 結果をうみ出した。 一国で国際収支の赤字が長期にわたって続くと、それがきたるべき平価 切下げのシグナルとみなされて、短期資本が外国に流出し、そして逆に国 際収支の黒字が長期にわたって続くと、それがきたるべき平価切上げのシ グナルとみなされて、短期資本が外国から流入し、いずれの場合において も、当面する国際収支問題をいっそう深刻化する傾向がみられるのであ (6) る。更に一国の国際収支が赤字で、基礎的不均衡をきたしている場合に は、IMF
総会において平価の変更が議決されるわけであるが、平価変更 が認められるまでには手続上かなりの時聞を必要とする。したがって、そ の問、その国の通貨は過大評価されていることになり、輸出が益々困難と なり、国際収支の赤字傾向を生むことになる。 ここに、IMF
に対する自由為替相場制或は限定的屈伸相場制の採用に ついての提案が示される理由がある。第四に国際流動性の供給の問題であ, る。現在の国際通貨制度のもとにおいては、金の供給は制限されているから、国際流動性に対する需要の増加は、国際通貨であるアメリカ・わレの 供給の増加によって賄なわれていかなければならない。アメリカが、国際 収支の赤字をつづけて国際通貨わレの供給を行ったならば、アメリカの対 外短期債務は累積し、ドルの純準備ポジションは継続的に悪化し、やがて わレ不安が発生して現在の国際通貨制度は崩壊するにいたるであろうとい うのが、現在の国際通貨制度に対するR・トリフィンの暫告であった。し かし、その時期に未だ到来しない現在において、すでにわレ不安が発生し てしまったのであり、現在においてはもはやわレの供給の増加によって国 際流動性に対する需要の増加を賄っていくことは期待出来ない。アメリカ は国際収支の均衡を実現するために全努力を払っているのであるが、今後 アメリカの国際収支が均衡化したとするならば、明らかに世界経済におけ るわレの供給は減少するであろう。 したがって国際通貨制度の現状のもとにおいては、近い将来に国際流動 性の不足が発生するであろうことは十分に予想される。第五の問題として は、現在の国際通貨制度において、国際流動性の供給が不足するであろう という問題に加えて、さらに根本的な問題は国際通貨に対する不安であ る。
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レ不安はアメリカの国際収支の不均衡にもとづく一時的な現象であ るという見解もあるが、いったんわレ不安が発生して主要国において金保 有送好が強イじされている現在において、今後アメリカの国際収支が2
年3
年均衡を維持したとしても、ドル不安は完全に解消されないであろう。国 際流動性の不足は国際流動性に関する量的な問題であり、又国際通貨不安 は国際流動性に関する質的な問題である。いずれの問題も現在の国際通貨 (7) 制度の下における基本的な問題である。 かかる意味においてウィリアムズ教授の主要通貨〈ドル、ポンド)方式 や主要多数通貨制度が提唱されるのは当然の結果であろう。第六に金価格 の問題があげられる。現今の国際通貨制度においては金が中心的な重要な 役割を演じている。現在、金の公定価格は純金1
オンスにつき3
5
ドルと決-100-「戦後国際通貨制度に関する研究」 定されているが、この金の公定価格は 1934年に決定されたものであり、そ れ以降において一度も改訂されたことがない.. 1934年当時と比較して、現 在のわレの価値は大幅に下落していることは明らかであるから、現在の金 の公定価格は実勢に即応したものではないと考えられる。したがって、国 際通貨制度の修正ないしは改正にあたって、まず最初に金の公定価格を改 訂すべきであるというのは、きわめて当然のようにみえる。金価格の改訂 を主張する一般的論拠はこの点に求められる。しかし現在の国際通貨制度 が直面している問題はきわめて複雑であり、多くの論者の理論的立場の相 違、各国政府または金融当局聞の実際的利害関係等が相互にからみ合っ て、これらの解決を一層困難にしている。 それゆえ、上のような一般的な常識的な論拠からはなれて、現在の国際 通貨制度の基本的問題の解決という観点からみるならば、金価格の改訂を 支持する見解よりも、これに反対する多くの見解が見出されるのであり、 又金価格の改訂を支持する見解についても、その内容がいちじるしく相違 している所に問題がある。金価格改訂については、共産圏との関係、国際 的インフレ、アメリカ・ドJレに対する信認の問題、或は各国聞における利 害関係等、種々の問題を内包している。 註 (1)平岡健太郎著、国際決済機構 41頁 (2) 野村孝編、国際通貨制度 65頁 ゆ)川口弘、 )11合一郎編、金融倫講座 257頁 (4) 平岡健太郎著、前掲書 46頁 (5) 国際経済学会編、 「世界経済と国際通貨
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14頁 (6) 国際経済学会編、 「国際通貨の現状とその展開J
第20号 78頁 (7) 安井孝治著、前掲書 243頁4
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国際通貨基金に対する批判
国際通貨基金に対しては否定的な態度をとる経済学者も少なくない。と くにブレトンウッズ会議直前から国際通貨基金が発足するまでの聞には、 (1) 否定的な論議も相当強くでてきている。このような批判は今日において も、あい異なる国際通貨機構にたいする考え方として、十分に検討する理 由をもったものと恩われる。国際通貨基金生成期における否定的な批判の 代表的なものとしては、ハーパード大学の教授であり、またニューヨーク 連邦準備銀行の副総裁であったウィリアムズC
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であ る。 ウィリアムズは、戦後過渡期と恒久的な通貨機構と過接対策とを明確に 分離することを強調する。戦後過渡期対策の成功こそ将来の恒久的通貨機 構の確立を可能にするものであると考える。過渡期の問題はいうまでもな く、その中心が救済と復興におかれねばならない。そこで問題は円滑な通 貨交換機構ではなくむしろ信用の贈与であり、またその貸与である。自主 的な恢復力を失った各国民経済がこのような援助により自立と安定とをと り戻したとき、はじめて一般的な通貨機構が具体的な検討の対象となり得 ることになる。 このような立場に立てば、戦後ただちに発足しなければならない仕事 は、一般的な通貨機構の樹立ではなく、救済と援助のための機構の創造で ある。ウィリアムズが当初から各種の通貨案に対して、つねに消極的態度 を示したのはこのような理由によっている。 このような観点から彼が最初に主張したことは、一面、戦争中の為替統 制の存続を保留しながら、救済と復興援助のために武器貸与協定を延長す (2) べきであるということであった。 戦後のかかる信用を供与しうるものはアメリカ以外にはないのであるか-102-「戦後国際通貨制度に関する研究」 ら、この目的のためには国際機関は、かならずしも必要ではなく、むしろ アメリカ自体の政策の問題に帰着することになる。この点では戦後各国の 輸入資金を援助するために、連邦準備銀行の管理下に「貿易安定基金」
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を創設せよと主張したハーパート・フェイ (3) スC
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の考え方と一脈通ずるものがある。主動性はどこまで もアメリカがもっ、というよりはもたざるを得ないと考えるのである。し たがって、アメリカの財務省が1943年10月に国際復興開発銀行の草案を発 表したのに対しても、何故これが銀行たり得か、に疑問を表明している。 すなわち、たとえ多数の国が参加して、かかる機構を作りあげたとして も、結局、そこでは多数の債務固と、ただ一つの大債権国があらわれざる を得ないであろうという・のである。ウィリアムズは、ブレトンウッズ会議 において、通貨案が決定的な形をとるにいたって後は、ブレトンウッズ協 定のうち、協定ではむしろ附属物の形をとっている国際復興開発銀行の機 能により大きな期待をもち、国際通貨基金そのものはむしろ決定を延期す (4) べきであるとの態度を表明している。このような観点から彼はIMF
に対 しては消極的な態度をとり、むしろ国際復興開発銀行に重点をおき、更にIMF
に期待される機能の一部をも国際復興開発銀行に附加し、ヨーロツ パ諸国や低開発国の経済復興が急務であることを主張したのである。 ウィリアムズ教授が国際復興開発銀行を重視し、戦後の過渡的措置や、 低開発国の開発計画に重点をおいていたことは正当な解釈であったといわ ねばならない。 更にケインズ案及びホワイト案が公表せられると、ドイツにおいてはそ の批判が盛んに行われたようである。最もドイツ的批判はケーニヒスペル グ大学の創立400年記念式に当り、ドイツ経済相ーフンクが同大学の講堂で 行った講演「将来の経済並に通貨秩序の基礎Jと題する講演であった。そ の要旨としては、フンクは、いまの知き戦争の苛烈な段階において米英が 戦後の貨幣問題を論ずるのは何故かと聞い、それに答えて目く、とれが質幣が経済の目的でありとする金権者流の考えで、戦後の平和と繁栄の問題 だとするからである。我々ドイツ人にとっては問題は自ら異る。問題は世 界的な経済秩序の建設、これであってこの秩序においては労働が価値の規 定者とならねばならない。そのためには先づ労働の秩序をたてることが大 切である。貨幣をして貨幣たらしめるのは金ではない。それは国家の権力 である。然るにアメリカ、イギリスはこの事を理解していない。だから、 財貨を求めるために貨幣制度を、ことに旧式な金本位をあくまでも復興し ようとしている。この点においてケインズはさすがに金のみがその決定者 であるとはしないが、それでも彼も亦結局において、この決定を清算同盟 の首脳部の意志にかからせている。これに反してアメリカの案では金に重 要の地位を与えている。金を余計にもちそれを余計に出資するものが国際 通貨基金の運用を決定するように作りあげている。かくて本案が実施され るということは加盟国の経済政策がアメリカによって支配されるというこ とに外ならない。フンクは本案による国際協調の限界と小国の不利を指摘 (5) している。さらに
IMF
は自ら世界の中央銀行とはなり得ず、有力な加盟 国がこれに近い役割を果さなければならないことは、基金における金の地 位にも現われている。すなわちIMF
は金を買入れるのは自由であるけれ ども金の売却は稀少通貨補充の場合に限られている。したがって金は清算 同盟の場合と違って、両面通路になっているが、条件っき両面通路であ る。このような金の不完全性を補うために、アメリカは加盟国に対して金 を無制限に売却しなければならない。そうすることによってIMF
体制で はドルを金と同一視するという規定が生かされ、ドJレ体制が完結するので ある。IMF
は世界の銀行たるアメリカの附属機関ということにもなる。 世界通貨に擬せられたわレの安定を維持するには、IMF
加盟国に平価 による金取引と為替取引を義務づけなければならない。 要するにIMF
はケインズの理想、とした世界銀行となって信用創造によ る自動的信用供給源とはなり得ず、ドノレ本位制維持という現実主義のゆえ-104-。
「戦後国際通貨制度に関する研究」 (6) に、条件っき金融援助の供給者となり、銀行というよりは、ドlレ本位制の (7) ノレーノレを管理する審判官となるのである。 ガードナーはIMF
のこの欠陥は、戦後の世界経済一般に共通するもの だとして、IMF
を次の3
つの面から批判している。その第1
は経済主義 の誤りである。経済政策の決定は政治的真空状態において行われるべきで あり、行うことが出来ると考え、経諸政策の政治との結合が切り離されて いることである。 基金のように政治的主権をもった国家の協議機関を単に万国郵便同盟の ような技術的機関と同列に扱ったことは、世界の政治的現実を無視するも のであった。第2は世界主義の誤りである。戦後の秩序は特定国家の協力 と協定によって作られるものではなく、世界的普遍的基礎のうえにつくら れると考えたからである。これは金融面ではポンド地域の無現となり、主 要通貨国としてのイギリス、アメリカの協調が軽視されるという結果にな った。第3
は規則主義の誤りである。IMF
協定ではかなり明細な規則が 設けられているが、運用細則が十分でなく、また規則に関する明確な概念 (8) 規定が欠けている。たとえば基礎的不均衡のような内容のあいまいな外延 の広い概念が規則の中に挿入されたまま、明確な定義が与えられていな い。いずれにせよIMF
は国際協調という名のもとにアメリカの国家的利 益を優先させようとする、ドJレ中心主義であることは疑うべくもない事実 であり、持たざる国は常にアメP
カの経請動向によって支配されざるを得 ないという所にも問題がある。 註 (1) たとえば、国際通貨基金に対して肯定的な態度をとるポーグン σules1 Bogen)ノ、ンセン (AlvinH. Hansen)およびケメラー (EdwinW. Kemmerer)と、消極的な批判をするグァイナー CJacobviner)、クエスターフィーJレド (Ray B. Westerfield)およびクィ Pアムズ
(John H. Williams)の6名の学者の見解を集めたものも出版されて いる。
(Marry shields, editon, New York, lwing trust conpomay, 1944)
(2)Williams" currency stabi1ization; The Keynes and white plans" ForeignAfairs July 1943 p653 (plans p.14) (3) Robert Feis
,
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Restoring trade after the war; a suggested remedy old defects,
"
Foreign Afairs,
Jan,
1942. (4)小寺武四郎著、国際通貨論291頁 (5) 大内兵衛著、前掲番目頁 (6) Richard N. Gardner,
sterling.Dollar Diplomacy,
p. 143 (7) Brian Tew,
International Monetay cooperation,
p. 68(8) 松村善太郎著、 「国際通貨わレの研究J211-212頁
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今日における国際通貨制度は必然的に大国主義におちいらざるを得ない 弊害を伴っている。そのことはIMF
の制度上、機能上の面において如実 に反映されている。 ドノレのみをキーカレンシーとする今日の国際通貨制度は、国際流動性を いちじるしく阻害しており、根本的に改革されなければならないであろ う。従来の国際通貨改革論のうち最も世の注目をあび、かっ又、多くの批 判をあびたのはトリフィン案である。政治的な批判をぬきにするならば、 或は国際流動性の点から考慮するならば、トリフィン案は一応理想的であ り、各国が国際協調という理念に徹することによって実行可能であるよう に恩われる。トリフィン案はケインズの超中央銀行案と基本的には同様 で、IMF
に開設された預託勘定によって国際間の決済を行なおうとする ものである。しかしトリフィン案においては金の国際管理を提唱するので あるが、現状においては政治的困難性があろう。もし仮に金が国際的に管 理されたにしても、国際通貨が金にリンクしている限り、各国の金送好は-106
ー「戦後国際通貨制度に関する研究」 おとろえないであろう。 問題はどの改革案においても国際通貨を金にリンクさせていることであ る。国際通貨は各国聞における信認の問題であって、必ずしも金にリンク させる必要はないと思われる。 要するに国際間の決済は、各国聞の信認のもとに為替相場の安定を計る ことが重要であるから、国際協調的な外国為替安定協議委員会(仮称〉を 設立し、各国貨幣にリンクした国際信用通貨単位を利用して決済出来るよ うな、或は信用創造原理にもとづいた国際通貨制度が可能ではないかと恩