オ ー ス トリア第 二共 和 国 の 言 語 政 策
坂
野
久
0.は じ め に 2005年 に オ ー ス ト リ ア は 第 二 共 和 国 建 国60周 年 を 迎 え 、 国 家 条 約 締 結 、 国 連 加 盟 、 ヨ ー ロ ッパ 議 会 加 盟 、 連 邦 軍 創 設 、ORF開 局 、 ブ ル ク 劇 場 と 国 立 オ ペ ラ 座 再 建 、 各50周 年 を 迎 え 、 ま たE U加 盟 ユ0周年 を 迎 え た 。 そ し て こ の 記 念 す べ き 年 に オ ー ス ト リ ア 政 府 は 、 ド イ ツ 語 の 立 場 を 決 定 的 に 強 め る 二 つ の 法 律 を 制 定 し た 。2002年 の い わ ゆ る 「統 合 協 定 」 と1998年 の 国a法 に 対 す る 「強 化 ヴ ァ ー ジ ョ ン 」 で あ る 。 こ れ に よ っ て オ ー ス ト リ ア 移 住 希 望 者 、 国 籍 取 得 希 望 者 に 対 す る ドイ ツ 語 知 識 の ハ ー ドル が 高 め ら れ た 。 そ こ で は 国 家 語 ド イ ツ 語 の 意 味 が ま す ま す 強 調 さ れ 、 少 な く と も こ の 立 法 に よ っ て 、 第 一 共 和 国 の 創 始 者 達 が 望 ん で い た 「ド イ ツ ・オ ー ス ト リ ア 共 和 国 」 に 近 づ く こ と に な っ た 。 そ し て2005年 秋 の ウ ィ ー ン 州 議 会 選 挙 戦 で 、 オ ー ス ト リ ア 自 由 党 (FPO)は 。Deutschstattnixversteh'n",。PummerinstattMuezzin"「 理 解 出 来 な い も の に 代 わ っ て ドイ ツ 語 を」、「ム エ ツ ィ ー ン(イ ス ラ ム 教 で1日5回 の 礼 拝 時 刻 を 告 げ る 人)に 代 わ っ て プ ッ メ リ ン(ウ ィ ー ン ・シ ュ テ フ ァ ン ス 大 聖 堂 最 大 の 時 鐘)を 」1と い う 外 国 人 敵 視 の ス ロ ー ガ ン を 掲 げ た 。 さ ら に ケ ル ン テ ン で は 今 ま で よ り も多 く の 二 言 語 地 名 標 識 を 設 置 せ ね ば な ら ぬ と い う2001年12月 の 憲 法 裁 判 所 の 判 決 が 、2007年 現 時 点 で も未 だ 完 全 に 実 施 さ れ て い な い 。 こ の よ う な 最 近 の オ ー ス ト リ ア の 状 況 に 、 第 二 共 和 国 の 言 語 政 策 は ど の よ う に 関 与 し て き た の で あ ろ う か 。 以 下 、 次 の 項 目 に 従 っ て オ ー ス ト リ ア の 言 語 政 策 の 軌 跡 を た ど り 、 そ の 特 徴 を 明 ら か に した い 。 ユ.言 語 政 策 の 歴 史 的 経 過 2.第 二 共 和 国 の 言 語 事 情 と 言 語 法 上 の 規 則 3.言 語 少 数 派 と 学 校 言 語 政 策 4.国 家 語 ド イ ツ 語 の 強 化 5.オ ー ス ト リ ア ド イ ツ 語 の 役 割近畿大学 語学 教育部紀 要7巻2号(2007・12)
1.言
語 政 策 の 歴 史 的 経 過
第 二 共 和 国 の 言 語 政 策 を よ り理 解 しや す くす る た め に、 出 来 る 限 り簡 潔 に 、 オ ー ス トリア ・ハ
ン ガ リー 帝 国 末 期 か ら、 ドイ ツ ・オー ス トリア 共 和 国(第 一 共 和 国)、 ナ チ ス 時 代 、 そ して 第 二
共 和 国 誕 生 の1945年 ま での オ ー ス トリア の言 語 政 策 と多 言 語 主 義 の流 れ を概 観 す る こ とに した い 。
1.1.オ
ー ス トリア ・ハ ン ガ リー 帝 国(Osterreichisch-UngarischeMonarchie)
オ ー ス トリ ア ・ハ ン ガ リ ー 帝 国 の オ ー ス ト リア 側(dercisleithanischeTeil、
正 式 名 称 はdie
imReichsratvertretenenKonigreicheandLanderで
あ る)に お け る帝 国最 後 の十 年 の言 語 政 策
は、 多 言 語 主 義 に基 づ く国家 機 構 挫 折 の例 と して よ く引用 さ れ る が 、 か な りの 数 の 言語 が 国 家 機
構 の 公 式 な言 語 と して使 用 さ れ て い た と い う事 実 は 、今 日のEU言
語 政 策上 の 諸 問 題 を想 起 させ
る。 なお1849年 以 降 に帝 国法 律 広 報 で使 用 さ れ て い た言 語 は10種 類 で あ っ た。 国家 に よる 少 数 言
語 保 護 は歴 史 的 に見 て比 較 的 新 しい現 象 で あ るが 、 そ の理 念 的 な根 幹 は と りわ け オ ー ス トリア 帝
国 とそ の 王 領 で 立 案 さ れ た と言 わ れ て い る。 そ して帝 国 時代 の言 語 少 数 派 は今 日の 共和 国 よ りも
よ り恵 まれ た状 況 と地 位 に あ っ た こ とが 、 以 下 の 国家 基 本 法 第19条 か ら推 測 され よ う。1867年12
月21日 成 立 の 国家 基 本 法 第ユ9条に は、 少 数 派 の権 利 が 次 の よ うに 定 め られ て い る:
条 項 ユ 「国家 の全 て の民 族(部 族)は
同権 で あ り、 各 民 族 は そ の 国民 性 と言語 を保 持 し育 成 す
る不 可 侵 の 権 利 を持 つ 。」
条 項2「 そ の地 域 で一 般 的 な全 て の言 語 の 同権 が 、 学 校 、 役 所 そ して 公 の 生活 で 、 国 家 に よっ
て 認 識 され て い る。」
条 項3「 幾 多 の民 族 が 住 ん で い る地 域 で は、 第二 の地 域 言 語 を 強制 的 に学 ばせ る こ とな く、 各
民 族 が そ れ ぞ れ の 教 育 を 自 ら の言 語 で 受 け られ る よ う に、 公 の 授 業 施 設 が 設 け られ る べ き で あ
る。
」2
この よ う な今 日か ら見 れ ば ま だ比 較 的寛 大 な言 語 権 利 は、 君 主 制 に お け る遠 心 的 な傾 向 を 阻 止
す る こ とは 出 来 なか っ た。 チ ェ コ系 の 不 満 解 消 策 と して 発 せ られ た 「ター フ ェ首 相 の 言 語 令 」
(1880年)(ボ ヘ ミア官 庁 窓 口 で 官 司 と住 民 の 連 絡 語(外 務 語)と
して 、 従 来 の ドイ ツ語 に加 え て
チ ェ コ語 の 使 用 を認 め る言 語 令)と
「
バ デ ー 二 首 相 の 言 語 令 」(1897年)(チ
ェ コ語 を ドイ ッ語 と
共 に 官 庁 の 連 絡 語(内 務 語)と す る 言 語 令)を
契 機 に、 オ ー ス ト リア 内 の ドイ ツ語 系 以 外 の ナ
シ ョナ リ ズ ムが 独 自 の言 語 基 準 に基 づ く国民 国家 を推 し進 め て い くこ とに な っ た。
オ ー ス トリ ア第 二 共 和 国 の 言 語 政 策 1.2.「 ドイ ツ ・オ ー ス ト リ ア 」 共 和 国(Republik Deutsch-Osterreich") オ ー ス ト リ ア ・ハ ン ガ リ ー 帝 国 崩 壊 後 、 そ れ に 続 く 国 家 は そ の 住 民 の 大 多 数 が ドイ ツ 語 を 話 し て い た か ら で あ ろ う か 、 国 家 創 設 者 達 は そ の 国 を 「ドイ ツ ・オ ー ス ト リ ア 共 和 国 」 と 名 付 け よ う と し た 。 だ が 第 一 次 世 界 大 戦 後 の 和 平 交 渉 で 、 オ ー ス トリ ア の 大 ドイ ツ 主 義 に 基 づ く ドイ ツ へ の 合 併 を 恐 れ て い た 連 合 国 は 、 オ ー ス ト リ ア の 政 治 家 達 に よ っ て 提 案 さ れ た こ の 名 称 を 拒 否 し 、 「オ ー ス ト リ ア 共 和 国 」(第 一 共 和 国)が 成 立 し た 。1919年10月 ド イ ッ 語 が 憲 法 で 国 家 語 と し て 定 め ら れ た が 、 そ れ は オ ー ス ト リ ア 共 和 国 の 創 設 者 達 に と っ て 、 オ ー ス トリ ア は 「ドイ ツ 語 を 話 す 者 の 国 家 」 で あ る こ と を 強 調 す る た め の 手 段 で も あ り、 ま た ドイ ツ 語 は 第 一 共 和 国 に お け る ア イ デ ン テ ィ テ ィ構 成 の 重 要 な 一 要 素 で あ っ た か ら で あ る 。 し か し ま た こ の 第 一 共 和 国 は 様 々 な 言 語 少 数 派 が 住 む 多 言 語 国 家 で も あ っ た 。1923年 の 国 民 調 査 で は 、 ブ ル ゲ ン ラ ン ド に は 約41,761人 の ク ロ ア チ ア 人 と9,606人 の ハ ン ガ リ ー 人 が 、 ウ ィ ー ン に は47,555人 の チ ェ コ 人 と797人 の ス ロ ヴ ァ キ ア 人 が 、 ケ ル ン テ ン に は34,650人 の ス ロ ヴ ェ ニ ア 人 が い た と報 告 さ れ て い る3。 1920年 の サ ン ジ ェ ル マ ン 条 約 に は 少 数 民 族 保 護 規 定(第62項 か ら 第69項 ま で)が 含 ま れ て い る が 、 具 体 的 な 言 語 政 策 は ケ ル ン テ ン で の 少 数 民 族 に は 厳 し い も の で あ っ た 。1920年 に ケ ル ン テ ン 南 部 の 二 言 語 地 域 が オ ー ス ト リ ア 共 和 国 に 属 す か 、 あ る い はSHS国 家(K6nigreichderSerben, KroatenundSlowenen)に 属 す べ き か と い う住 民 投 票 が 行 わ れ 、 選 挙 権 の あ る 住 民 の59,04%が オ ー ス ト リ ア に 投 票 し た 。 そ し て そ れ 以 降 同 地 域 の ドイ ツ 語 化 措 置 が 顕 著 に な っ た 。 例 え ば 、 ス ロ ヴ ェ ニ ア 入 聖 職 者 と教 師 を ス ロ ヴ ェ ニ ア 系 住 民 地 域 か ら他 地 域 へ の 配 置 転 換 、 学 校 で の 母 語 不 使 用 、 二 言 語 地 名 標 識 の 撤 去 、 ドイ ツ 語 系 入 植 者 の ス ロ ヴ ェ ニ ア 人 農 園 へ の 移 住 な ど が 行 わ れ た 。 オ ー ス ト リ ア ・ハ ン ガ リ ー 帝 国 の ハ ン ガ リ ー 側 に 属 し て い た ブ ル ゲ ン ラ ン ドは 、1921年 国 民 投 票 に よ っ て 再 び オ ー ス ト リ ア に 属 す こ と に な り、 そ れ に よ っ て ク ロ ア チ ア 系 と ハ ン ガ リ ー 系 少 数 民 族 が 生 ま れ た 。 ま た ブ ル ゲ ン ラ ン ド の ロ マ 人 も マ リ ア ・テ レ ジ ア 時 代 か ら こ の 地 域 に 定 住 し て い る 。 ブ ル ゲ ン ラ ン ドで は 、 ケ ル ン テ ン に 於 け る ほ ど 、 争 い は 先 鋭 化 し て い な い が 、 そ の 理 由 は 、 義 務 教 育 制 度 が ユ937年 ま で 教 会 の 手 に 委 ね ら れ て い た か らで あ ろ う と 言 わ れ て い る 。 ま た ウ ィ ー ン で は 両 次 大 戦 問 に チ ェ コ 系 の 少 数 民 族 が 機 能 的 な 共 同 組 合 と 公 的 及 び 私 的 な 学 校 組 織(ユ926年 に は46校 の 私 立 学 校 と ユ5校の 公 立 学 校 ・幼 稚 園 が 存 在 して い た)を す で に 設 立 し て い た4。 1.3.ナ チ ス 時 代(NS-Zeit) ユ938年 ナ チ ス ド イ ツ に よ る 占 領 に よ っ て オ ー ス ト リ ア は 大 ド イ ツ 国 家 に 合 併 さ れ た 。 そ れ は
近畿大学語学教育部紀 要7巻2号(2007・12)
「オ ス トマ ル ク」(Ostmark)と
な り、 後 に ア ル プ ス ・ドナ ウ 帝 国 ガ ウ(大 管 区)(Alpen-und
Donaureichsgauen)と
な っ た。 ナ チ ス 政 権 は 非 常 に 高 圧 的 な 言 語 操 縦 政 策 を遂 行 した 。 た と え
ば 「
外 来 語 」 は ドイ ツ語 に翻 訳 され 、 ドイ ツ的 で な い街 路 名 も変 更 さ れ、 政 権 に批 判 的 な多 くの
フ レー ズ と概 念 が 禁 止 され た 。 教 科 書 の 例 文 で さ え(数 学 の教 科 書 で も)ナ チ ス政 権 の イ デ オ ロ
ギ ー 的 な 文 書 に従 って い る5。
少 数 民 族 政 策 で は ケ ル ンテ ンの ス ロ ヴ ェニ ア人 に対 して ラ デ ィ カ ル な迫 害 措 置 、 即 ち 強制 移 住 、
抑 留 、 強 制 収 容 所 で の 殺 害 な どが 行 わ れ 、 そ れ に対 抗 して1942年 以 降 「ケ ル ンテ ン解 放 戦 線 」 の
ス ロ ヴ ェニ アパ ルチ ザ ン に よ る武 力 闘 争 が 始 ま っ た。 ま た ウ ィ ー ンで は ナ チ ス に よ りチ ェ コ 人組
合 の 大 部 分 が 解 体 させ られ 、 民 衆 グ ルー プへ の 迫 害 ・妨 害 が 行 わ れ たが 、 そ れ に対 抗 して チ ェ コ
の 闘 争 グル ー プが ウ ィー ンで 形 成 され 、 幾 多 の 軍 事 工 場 を襲 撃 し麻 痺 させ る な ど激 しい戦 い が続
い て い た 。 ブ ル ゲ ン ラ ン ドで は、 ク ロ アチ ア協 会 の 禁 止 、 学 校 で の ク ロ ァ チ ア語 の禁 止 措 置 が執
られ た が 、 ブ ルゲ ン ラ ン ドの ク ロ アチ ア人 とハ ン ガ リ ー人 は ナチ ス の迫 害 か ら逃 れ られ た。 しか
し ロマ ・シ ンテ ィ人 はナ チ ス の 人 種 破 壊 措 置 の 過 程 でユ938年以 降組 織 的 に 強制 収 容 所 へ 送 られ殺
害 され 、 定 住 して い た ブ ルゲ ン ラ ン ドの ロマ 人 の内 ナチ ス時 代 に生 き残 っ た の は約10%と
言 わ れ
る 。 また1938年 以 前 に は ウ ィー ン に約20万 人 のユ ダヤ 人 が い たが 、 約65,000人 の ユ ダヤ 入 が 同様
にナ チ ス に よ って 強 制 収 容 所 へ 追 放 され 組 織 的 に殺 害 さ れ たの は周 知 の通 りで あ る。
2.第
二 共 和 国(DieZweiteRepublik)
第 二 共和 国 の 言 語 政 策 は歴 史 的 に、1)ナ
チ ス の 支 配 か ら解 放 さ れ、 い わ ゆ る 旧連 合 国4強 に
よ って オ ー ス トリ アが 位 置 づ け られ て い た1955年 ま で の時 代 、2)冷,,,,造
が 崩 壊 し、 東 の 国境
が 開 放 され る1989年 まで の 時 代 、3)中
・東 欧 の 新 しい地 政 学 上 の状 況 とグ ロ ーバ ル化 が 言 語 政
策 に大 き な影 響 を与 えて い る1989年 以 降 現 在 まで の 時 代 、 に大 き く三 区分 で きる。
1)の
時 代 に は、 と りわ け土 着 の 少 数 派 に対 す る言 語 政 策 が 中心 の役 割 を果 た して い た。 しか
し また 国 民 コ ミュニ ケ ー シ ョン手設 と して の 国 家 語 ドイ ツ語 の 問題 も加 わ る。 さ らに ドイ ッ語 独
自の オ ー ス トリ ア ヴ ァ リエ ー シ ョンの 問 題 が1945年 以 降重 要 と な っ て きた。 ドイ ツ との不 名 誉 な
共 通 の 歴 史 を忘 れ ナ チ ス ドイ ツ の 最 初 の 犠 牲 者 と して 自 らを主 張 し(犠 牲 者 テ ー ゼ)、 ナ チ ズ ム
の 崩壊 に協 力 した こ と(行 為 者 テ ーゼ)を 強 調 す る こ と に、 オ ー ス トリ ア人 が 重 大 な 関心 を抱 い て
い た時 代 で あ る。 こ こで の 重 要 な ドイ ツ と オ ー ス トリ ア の 区 分 手 段 は オ ー ス トリ ア ドイ ツ語 で
あ った。 こ の ドイ ツか ら距 離 を置 くとい う行 為 は、学 校 で の 「ドイ ッ語 」(Deutsch)と
い う授 業 科
目名 が ユ945年に文 部 大 臣Felix且urdesに
よっ て 「
授 業 言 語」(Unterrichtssprache)と
い う科 目に
オー ス トリ ア 第二 共 和 国 の言 語 政 策 名 を 改 め られ た こ と に 現 れ て お り、 そ れ は つ い で な が ら俗 に は そ し り表 現 と し て 文 部 大 臣 名 を 皮 肉 っ て 「Hurdestanisch」 と言 わ れ る よ う に な っ た(1955年 の8月 ユ9日の 布 告 に よ っ て そ れ は 再 び 「ドイ ツ 語 」 と い う 科 目 名 に 戻 る こ と に な っ た が)。 こ の よ う な 背 景 を 基 に 、 オ ー ス ト リ ア で 使 用 さ れ て い る 語 彙 を 収 録 し た 文 部 省 指 導 の 辞 典 で あ る オ ー ス ト リ ア 辞 典(OWB=6sterreichisches W6rterbuch)の 第1版(ユ95ユ 年)が 現 れ た 。 し か し オ ー ス ト リ ア ドイ ツ 語 の 問 題 は1990年 代 ま で む し ろ 副 次 的 な 意 味 で し か な か っ た 、 そ れ は 彼 ら の 国 家 を独 自 の ネ イ シ ョ ン(Nation)と 見 な して い た オ ー ス ト リ ア 人 は 、 当 時 例 え ば1964年 に は ま だ47%と い う 少 数 派 に 過 ぎ な か っ た こ と か ら も う な ず け る 。 な る ほ ど1950∼60年 代 に 何 度 も オ ー ス ト リ ア ド イ ツ 語 に つ い て の 記 事 が Arbeiter-Zeitung,Tagebuch,Die6sterreichischeNation等 の 新 聞 ・雑 誌 に 掲 載 さ れ た が 、 し か し オ ー ス ト リ ア ド イ ツ 語 が 世 間 の 注 目 を 浴 び る よ う に な っ た の は 、 オ ー ス ト リ ア のEU加 盟 と い う 状 況 に 直 面 して か ら で あ る 。 2)の 時 代 に は 、 再 び 土 着 の 少 数 派 の 問 題 が 言 語 政 策 上 の 活 動 の 中 心 と な っ た 。1955年 の 国 家 条 約 で 言 及 さ れ て い た 二 言 語 学 校 制 度 、 二 言 語 地 名 標 識 な ど の 問 題 が 再 浮 上 す る こ と に な る 。 3)の 時 代 に は 、1989年 「東 の 解 放 」 以 降 言 語 政 策 上 ダ イ ナ ミ ッ ク な 動 きが 生 ま れ る 。 た と え ば 、 ヨ ー ロ ッ パ 統 一 と グ ロ ー バ ル 化 に よ る 外 国 語 学 習 強 化 、EU加 盟 と オ ー ス ト リ ア ドイ ツ 語 の 問 題 、 東 へ の ド イ ツ 語(オ ー ス ト リ ア ヴ ァ リ エ ー シ ョ ン)の 輸 出 、 新 少 数 派 増 加 に よ り滞 在 規 定 と 国 籍 規 定 の 厳 格 化(ド イ ツ 語 能 力 証 明)な ど で あ る 。 こ れ ら 第 二 共 和 国 の 言 語 事 情 と 言 語 政 策 に つ い て 以 下 順 次 具 体 的 に 検 討 して い きた い 。 2.1.第 二 共 和 国 の 言 語 事 情 2001年 の 国 民 調 査 を 参 考 に 現 在 の オ ー ス ト リ ア の 言 語 状 況 を 見 る と 、 ド イ ツ 語 を 話 す 多 数 派 住 民 以 外 に 、 オ ー ス ト リ ア に は6つ の 法 的 に 認 め ら れ た 土 着 の 言 語 少 数 派(ス ロ ヴ ェ ニ ア 人 、 ク ロ ア チ ア 人 、 ハ ン ガ リ ー 人 、 チ ェ コ 人 、 ス ロ ヴ ァ キ ア 人 、 ロ マ ・シ ン テ ィ 人)と 、 こ の30∼40年 の 問 に 労 働 移 民 と し て オ ー ス ト リ ア に 移 住 し て き た 少 数 派 が い る 。 そ し て ま た オ ー ス ト リ ア 手 話 (身 振 り言 語)を 母 語 と して 使 用 し て い る 約 一 万 人 の 耳 の 聞 こ え な い 人 た ち が い る 。 な お 国 民 調 査 で の 住 民 言 語 に つ い て の 質 問 は 次 の 通 り で あ る:「 あ な た が 一 般 的 に プ ラ イ ベ ー トな 領 域(家 族 、 親 戚 、 友 人 な ど)で 話 し て い る 言 語(複 数 言 語 可)を あ げ て 下 さ い 。 外 国 語 の 知 識 は こ こ で は 取 り あ げ る 必 要 は あ り ま せ ん 。 話 す こ と が(ま だ)出 来 な い 人 は 、 そ の 家 族 で 話 さ れ て い る 日 常 語 を あ げ て く だ さ い 。」x 最 近 の 住 民 数 の 調 査 結 果 は 次 の 通 りで あ る(表1参 照):住 民 の.,....%が ド イ ツ 語 を 話 し 、 旧
近畿 大学 語 学 教 育 部 紀 要7巻2号(2007・12) ユ ー ゴ ス ラ ビ ア の 言 語(ボ ス ニ ア 語 、 ク ロ ア チ ア 語 、 マ ケ ドニ ア 語 、 セ ル ビ ア 語)を 話 す 者 が 約 4,3%、 トル コ 語 と ク ル ド語 を 話 す 者 は 約2,3%で あ る 。 ドイ ツ 語 以 外 の オ ー ス ト リ ア 土 着 の 少 数 言 語(ブ ル ゲ ン ラ ン ド ・ク ロ ア チ ア 語 、 ス ロ ヴ ェ ニ ア 語 、 ハ ン ガ リ ー 語 、 チ ェ コ語 、 ス ロ ヴ ァ キ ア 語 、 ロ マ 語 、 ヴ ィ ン ト語)を 話 す 者 は 約1,49%、 い わ ゆ る 「世 界 言 語 」 で あ る 英 語 、 フ ラ ン ス 語 、 イ タ リ ア 語 を 話 す 者 が ま と め て 約1%で あ り、 そ の 他 の 言 語 と し て 多 い 順 に ポ ー ラ ン ド語 、 ア ル バ ニ ア 語 、 ル ー マ ニ ア 語 、 ア ラ ビ ア 語 、 ペ ル シ ャ 語 、 中 国 語 で あ り、 オ ー ス ト リ ア 手 話 は 取 りあ げ ら れ て い な い 。 ドイ ツ 語 以 外 の 言 語 を 話 す 住 民 で は 、 旧 ユ ー ゴ ス ラ ビ ア か らの 移 民 住 民 と トル コ 系 言 語 を 話 す 者 が こ の 数 十 年 で 倍 増 し て い る が 、 他 方 オ ー ス ト リ ア 土 着 の 少 数 言 語 を 話 す 住 民 は 半 減 し て い る (図2参 照)。
2.2言
語 政 策 上 の 規 定
現 在 の オ ー ス トリア に お け る 言語 政 策 上 の 規 定 は 、 主 に国 家 語 ドイ ツ語 と土 着 の 少 数 言 語 に関
す る もの で あ る。 両 者 に 共通 して最 も重 要 で 基 本 とな る 言 語 法 上 の 規 定 は、 連 邦 憲 法 第8条 第1
項 で あ る。 こ れ は2000年8月1日
に 第2項 が 、2005年9月1日
に 第3項 が 補 足 され 、 そ こで 言 語
少 数 住 民 とオ ー ス トリア手 話 に つ い て 言 及 され て い る 。
連 邦 憲 法 第8条
第1項:ド
イ ツ語 は共 和 国 の 国家 語 で 、連 邦 法 に よっ て 少 数民 族 に 与 え られ た 権 利 を害 す る こ
と は な い。(1945年5月8日)
第2項:共
和 国(連 邦 、 州 、 市 町村)は 、 土 着 の民 族 集 団 で 表現 さ れ る彼 らの 豊 か な 言 語 的 文
化 的 多 様 性 を認 め る。 こ れ ら民 族 集 団 の言 語 と文 化 の存 在 ・存 続 は注 視 さ れ 、保 護 され 、促 進 さ
れ る。(2000年8月1日)
第3項:オ
ー ス トリア 手 話 は独 立 した 言 語 と して 認 識 され る。 詳 細 は法 に規 定 す る。(2005年
9月1日)9
連 邦 憲 法 第1項 が ユ945年に設 定 され て か ら55年 経 過 した2000年8月
に そ の 第2項 が 成 立 した の
は、 当 時 の 政 治 的 な 理 由 に よ る所 が 大 きい 。 外 国 人 を 敵 視 し人 種 差 別 的 選 挙 戦 を行 っ たFP6
(オ ー ス トリ ア 自 由 党)の 参 加 で、2000年2月
に6VP(オ
ー ス トリア 国 民 党)とFP6と
の 連 立
政権 が 誕 生 した 時 、 当 時 の オー ス トリ ア以 外 のEUユ4ヶ
国 が 「オー ス トリ ア政 府 に対 す る抗 議 措
置」 を とっ た 。 そ れ に対 して 「
三 賢 人 」(MarttiAhtisaari,JochenFrowein,MarcelineOreja)が
、
詳細 な研 究 を 基 に して 、「
共 通 の ヨー ロ ッパ 価 値 、 特 に少 数 派 と移 住 者 の 権 利 」 を、 オ ー ス トリ
オー ス トリ ア第 二 共 和 国 の 言 語 政 策 ア 政 府 が 支 持 して い る と い う 報 告 と 、「FP6の 政 治 的 特 性 」 に 関 す る 報 告 を 行 っ た 。 こ れ が い わ ゆ る 「賢 者 報 告 」(Weisenbeirat)と 言 わ れ る も の で 、 こ れ に よ っ て オ ー ス ト リ ア 政 府 の 少 数 派 に 対 す る 政 策 が 他 のEU諸 国 に も認 め ら れ 、 そ の 内 容 が 連 邦 憲 法 第8条 第2項 に も 記 載 さ れ る こ と に な っ た の で あ る 。 さ ら に 国 籍 法 に 関 す る 言 語 政 策 上 の 規 定 が 存 在 す る 。1998年7月 に 国 籍 法 が 改 正 さ れ 、 オ ー ス ト リ ア 国 籍 を 獲 得 す る た め に は 、 ドイ ツ 語 能 力 の 証 明 が 必 要 に な っ た 。 ま た 滞 在 権 に 関 す る 規 定 (統 合 協 定lntegrationsvereinbarung)が2002年 に 設 け ら れ 、 継 続 的 な 滞 在 の た め に ドイ ツ 語 知 識 の 証 明 が 必 要 に な っ た 。 両 規 則 は2005年 に さ ら に 改 正 さ れ 規 定 が よ り厳 し く な っ て い る 。 ま た 学 校 法 に 関 す る 言 語 規 定 も 存 在 す る 。 そ こ で は ドイ ツ 語 が 法 に よ っ て 確 立 さ れ た 「授 業 言 語 」 と 定 め ら れ て い る(学 校 法 第 ユ6条 第1項)。 た だ し 土 着 の 少 数 派 に 関 す る 例 外 規 定 が 存 在 す る 。 土 着 少 数 派 に 関 す る 言 語 政 策 は 、 上 述 し た 連 邦 憲 法 第8条 第2項 以 外 に 、1919年 の サ ン ジ ェ ル マ ン 国 家 条 約 、1955年 の オ ー ス ト リ ア 国 家 条 約 第7条 、1976年 の 民 族 集 団 法(VGG= Volksgruppengesetz)が あ り、 学 校 言 語 政 策 に つ い て は 、 ケ ル ン テ ン の ス ロ ヴ ェ ニ ア 少 数 民 族 に 対 し て 、 ま た ブ ル ゲ ン ラ ン ドの ク ロ ア チ ア 系 、 ハ ン ガ リ ー 系 に 対 す る 独 自 の 学 校 法 が あ る 。 2005年9月 に 言 語 少 数 派 と し て 認 識 さ れ た オ ー ス ト リ ア 手 話 言 語 は 、 言 語 法 的 に は 憲 法 第8条 第 3項 に よ っ て の み 保 護 さ れ て い る 。 そ の 他 の 言 語 政 策 上 の 規 定 と し て は 、 玩 具 品 質 表 示 に 関 す る ド イ ツ 語 使 用 規 則 が あ る が 、 消 費 者 法 に は 言 語 規 定 は な い 。 ま た メ デ ィ ア 法 に も フ ラ ン ス や ス ウ ェ ー デ ン の よ う な ク オ ー タ ー 法 は オ ー ス ト リ ア に は 存 在 し な い1°。
3.言
語 少 数 派 と 学 校 言 語 政 策
オ ー ス トリア で は 日常 語 と して ドイ ツ語 を話 す 住 民 数 の割 合 は96%で
、 ドイ ツの90%、
フ ラ ン
ス に お け る フ ラ ンス語 話 者93%に
較 べ る と高 いがll、日常 言 語 の 種 類 か ら見 れ ば 、 多 言 語 国 家 と
い え よ う。 国民 調 査 結 果(図1参
照)か
らみ て も11,5%の 住 民 が ドイ ツ語 以 外 の言 語(22種
類 の
言 語)を
日常 語 と して使 用 して い る。 こ れ ら少 数 言 語 派 は、 オ ー ス トリア ・ハ ンガ リー帝 国 以 来
定 住 して い るい わ ゆ る土 着 の 少 数 派 と、 東 の解 放 以 降 に移 住 して きた新 少 数派 とに大 き く区 分 で
き る。
3.1.土
着 の 少 数 派
2001年 の 国民 調 査(図1参
照)で
は、 土 着 の 少 数 言 語 を話 す 住 民 は オ ー ス トリア 国 民 の約1,1
%に な る 。20世 紀 の 土 着 少 数 派 の 住 民 数 を比 較 す る と、 ユ98ユ
年 の 統 計 以 降 土 着 少 数 派 の住 民 数 が
近 畿 大 学 語 学 教 育 部 紀 要7巻2号(2007・12) (図1)言 語 別 住 民 数(2001年 国 民 調 査 に よ る)
日常 語
住民数
国籍保 有者
総計
8,032,926 7,322,000ドイ ツ語
88.58%7,115,780
95.4$%6,991.3$8
オー ス トリア(土 着)民 族 集 団 の言 語 小 計
1.49%119,667
1.13%82,504
ブ ル ゲ ン ラ ン ド ・ク ロ ア チ ァ 語 ユ9,412 19,374ロマ 語
6,273 4,348 ス ロ ヴ ァ キ ア 語 ユα234 3,343 ス ロ ヴ ェ ニ ア 語 24,855 ユ7,953 チ ェ コ 語 17,742 ユユ,035 ハ ン ガ リ ー 語 40,583 25,884 ヴ ィ ン ト語 568 567ユ ー ゴ ス ラ ヴ ィア継 承 国家 の言 語 小 計
4.34%348,629
0.94%72,197
ボ ス ニ ア語
34,857 3,306ク ロ アチ ア語
131,307 25.$20マ ケ ドニ ア語
5,145 1,127セ ル ビ ア語
177.32Q 41,944 トル コ 語 、 ク ル ド語 小 計2.31%185,578
0.84%61,ユ67 トル コ 語 1$3,445 60,028ク ル ド語
2,133 1ユ39世界言語小計
0.99%79,514
0.59%43,469
英語
58,582 33,427 フ ラ ン ス 語 ユ0,190 4,977 イ タ リ ア 語 ユ0,742 5,065 そ の 他 の ヨ ー ロ ッパ 言 語 ポ ー ラ ン ド語 30,598 12,699ア ルバ ニ ア語
28,212 3,766 ル ー マ ニ ア 語 16,885 4,669ア フ リ カ の言 語
ア ラ ブ語
ユ7,592 9,610ア ジ ア の言 語
ペ ル シ ャ語
ユ0,665 4,749中国語
9,960 5,022Quelle:StatistikAustria(2002).vgl.deCillia(2006)
徐 々 に少 な くな っ て い る(図2参
照)。 ス ロ ヴ ァキ ア人 と ロ マ 入 が2001年 に初 め て現 れ るの は、
少 数 派 と して の 認 識 が 遅 れ た 事 と関 連 が あ る。 図2に 参 考 と して 記 され て い る現 在 イ タ リ ア に属
す る南 チ ロル の レ ト ・ロマ ンス 語 の 一種 ラデ ィ ン語 を話 す 住 民 が 近 年 増 加 して い るの は(1991年
オー ス ト リア 第二 共 和 国 の 言語 政 策 (図2)土 着 少 数 派(AutochthoneMinderheiten) ケ ル ン テ ン ス ロ ヴ ェ ニ ア 人 ブ ル ゲ ン ラ ン ド ク ロ ア チ ア 人 ブ ル ゲ ン ラ ン ド ハ ン ガ リー 人 ウ イ ー ン チ ェ コ 人 ス ロ ヴ ァ キ ア 人 ロマ 人 南 チ ロ ル ラ デ イ ン 人 1910 66,463 43,633 26,225 98,461 9,300 1923 34,650 41,761 ・ ・1・ 47,555 ・'ll 1934 24,857 40,151 8,353 28,403 1939 43,179 36,482 8.319* 52,275 1951 42,095 34,427 7,669 3,436 12,600 1981 16,552 18,648 4,025 4,106 17,700 ユ991 13,962 19,109 4,937 6,429 18,500 2001
12,554
[-10,1%]
17,241
[-9,8%]
4,704
[-4.7%]
5,778
[-10,1%]
1,732 4,34820,130
[+S,S%]
NachSuppan1983,0sterreichischeRektorenkonferenz1989,
0sterreichischesStatistischesZentralamt1993andStatistikAustria2002
[*=NiederdonauandSteiermark]vgl.deCillia(2006)
1&500人 か ら2001年20.130人 へ 増 加)、 少 数 言 語 に 好 意 的 な 言 語 政 策 が 行 わ れ た 結 果 で あ ろ う 。 そ れ に 対 し て オ ー ス ト リ ア の 少 数 言 語 派 で あ る ケ ル ン テ ン の ス ロ ヴ ェ ニ ア 人 、 ブ ル ゲ ン ラ ン ドの ク ロ ア チ ア 人 、 ハ ン ガ リ ー 人 、 ロ マ 人 、 そ し て ウ ィ ー ン の チ ェ コ 人 と ス ロ ヴ ァ キ ア 人 は 軒 並 み 減 少 傾 向 に あ る 。1991年 と200ユ 年 の 比 較 で も ケ ル ン テ ン の ス ロ ヴ ェ ニ ア 人(-10,1%)、 ブ ル ゲ ン ラ ン ドの ク ロ ア チ ア 人(-9,8%)、 ブ ル ゲ ン ラ ン ドの ハ ン ガ リ ー 人(-4,7%)、 ウ ィ ー ン の チ ェ コ 人(-10,1%)は か な り減 少 し て い る(図2参 照)。 少 数 派 保 護 の 基 本 理 念 は す で に オ ー ス ト リ ア 帝 国 時 代 の 憲 法 ユ9条(1867年12月)に も 、 ま た サ ン ジ ェ ル マ ン条 約62∼69条(1920年)に も見 ら れ る が 、 今 日 の 状 況 の 基 本 に な っ た の が と りわ け オ ー ス ト リ ア 国 家 条 約 第7条(1955年5月)で あ る 。 そ の 基 本 を 要 約 す る と 以 下 の 通 り で あ る: 第1節:ス ロ ヴ ェ ニ ア 語 と ク ロ ア チ ア 語 を 話 す オ ー ス ト リ ア 人 は 他 の 全 て の オ ー ス ト リ ア 国 籍 保 持 者 と 同 等 の 権 利 を 持 つ こ と を 確 認 す る 。 第2節:ス ロ ヴ ェ ニ ア 語 と ク ロ ア チ ア 語 に よ る 初 等 教 育 授 業 と そ れ 相 応 数 の 独 自 の 中 等 教 育 学 校 開 設 要 望 を 確 認 す る 。 第3節:混 在 言 語 地 域 で の 役 所 語 と し て 、 ド イ ツ 語 以 外 に 補 足 的 に ス ロ ヴ ェ ニ ア 語 と ク ロ ア チ ア 語 の 使 用 を 認 め 、 そ の 地 域 の 二 言 語 地 名 表 示 を 約 束 す る 。 第4節:「 文 化 施 設 、 行 政 施 設 、 裁 判 所 」 へ の 同 等 の 関 与 権 を 持 つ 。近畿大学語学教育部紀 要7巻2号(2007・12)
第5節:ク
ロ アチ ア あ る い は ス ロ ヴ ェ ニ ア系 住 民 の た め に 、少 数派 と して の彼 らの特 徴 と権 利
を維 持 で き る よ う に 関係 諸 機 関が 活 動 す る事 を保 証 す る。'2
この 国家 条 約 第7条 は少 数 派 の権 利 を認 め る た め に 、 意識 的 に 「数 に よる 原 理」 を避 け て い る 。
こ の 「
数 原 理 」 の導 入 は、 国家 条 約 作 成 段 階 で条 約 提 携 国家 の 一 部(例 え ば 、 旧 ソ連)か
ら拒 否
さ れ た と言 わ れ て い る 。 そ の 後1976年7月
の 「
民 族 集 団法(VGG)」
で この 「
数 原 理 」は現 実 化 さ
れ るが、 これ は オー ス トリア政府 が 国 家 条約 第7条 の施 行法 と見 な してい る もので あ る。 このVGG
に よれ ば、 二 言 語 の表 記 は住 民 の25%以 上 の支 持 で可 能 に な り、役 所 言語 に つ い て は20%以
上 の
住 民 の支 持 が 必 要 と され て い る 。 しか し役 所 主 導 に よ る統 計 結 果 に対 す る住 民 の不 信 感 な どに よ
り、「
数 原理 」を 導入 したVGGを
ケ ル ンテ ンの ス ロ ヴ ェニ ア人代 表者 達 は憲 法 違 反 で あ る と して拒
否 して い る。 こ のVGGに
は、「
連 邦 領 土 の 一 部 に住 居 を も ち定 住 化 し、 オ ー ス トリア 国 籍 を持 ち
ドイ ツ語 以 外 の 母 語 と独 自の 民 族 性 を もつ 者 」(第1条 第2節)'3と い う民 族 集 団 の 概 念 規 定 が 定
め られ、 ま た こ のVGGに
よ っ て 連 邦 総 理 府 内 に 「
民 族 集 団 諮 問 会(VGB=Volksgruppenbeirat)」
が 設 置 さ れ、 民 族 問題 を専 門 的 に 審議 して い る 。 国 家 条 約 で 認 め られ た ス ロ ヴ ェ ニ ア系 と ク ロァ
チ ア系 少 数 集 団 以 外 に、 ハ ンガ リー系 とチ ェ コ系 も このVGGに
よっ て 正 式 に少 数 派 集 団 と認 め
られ た。
最 近 の言 語 法 上 の規 則 は 、上 述 した 連邦 憲 法 第8条 第2項(2000年8月)で
あ る 。 これ は上 述
した 「
賢 者 報 告 」 に も印刷 され 、 一種 の 国家 目標 規 定 とい う形 で 土 着 少 数 派 の 保 護 が 保 証 され て
い る。 さ らに2001年 に オ ー ス トリア政 府 は 「
地域 ・少 数 派 言 語 に 関 す る ヨー ロ ッパ 憲 章 」 に批 准
して い る。 しか しそ れ は最 小 ヴ ァ リエ ー シ ョ ン とい う形 で あ り、 少 数 派独 自の(例 え ば 、 イ タ リ
ア や ドイ ツ の シ ュ レス ヴ ィ ヒ ・ホ ル シュ タイ ン州 に お け る よ うな 地域 政 府 ・州 政 府 レベ ル で 、 あ
る い は 国民 議 会 ・連 邦 議 会 レベ ル で の)政 治 的代 表 は 、 オ ー ス トリア に は 存 在 しな い 。
3.2.土
着 少 数 派 に対 す る学 校 言 語 政 策
学 校 言 語 政 策 に 関 して は 、 ケ ル ンテ ンの ス ロ ヴ ェ ニ ア 少 数 派 の た め に、 また ブ ル ゲ ン ラ ン ドの
ク ロ ア チ ア とハ ンガ リー 少 数 派 に対 して 、 そ れ ぞ れ ケ ル ンテ ン少 数 派 学 校 法 とブ ル ゲ ン ラ ン ド少
数 派 学 校 法 が存 在 す る 。 両学 校 法 で は 原則 と して 、 初 等 教 育 時 の 最 初 の4年 間 は ドイ ツ語 と各 少
数派 言 語 が 授 業 語 と して使 用 され る 。 中等 教 育段 階 の 主 幹 学校 で は 、 少 数 派 言 語 は 英 語 と共 に選
択 必修 科 目 と され て い る(ブ ル ゲ ン ラ ン ドGroBWarasdorf/VelikBoristofに
設 置 さ れ て い る ド
イ ツ語 とク ロ ア チ ア語 二 言語 に よる 主 幹学 校 を 除 い て)。 中 ・高 等 教 育 段 階 の ギ ム ナ ジ ウ ム で は、
ケ ル ン テ ンKlagenfurt/Celovecに
ス ロ ヴ ェ ニ ア語 を授 業 語 とす る ギ ム ナ ジ ウ ム と ドイ ツ 語 ・ス
オー ス トリ ア第 二 共 和 国の 言 語 政 策 ロ ヴ ェ ニ ア 語 二 言 語 使 用 の 商 業 ア カ デ ミ ー が あ る 。 ま た ブ ル ゲ ン ラ ン ドOberwart/Felsoor/Borta に ドイ ツ 語 ・ハ ン ガ リ ー 語 ・ク ロ ア チ ア 語 三 言 語 使 用 の ギ ム ナ ジ ウ ム が あ る 。 継 続 し て 二 言 語 (ド イ ツ 語 と 少 数 派 言 語)で 社 会 人 ま で 教 育 が 受 け ら れ る の は こ れ らの 学 校 の 生 徒 に 限 ら れ て い る 。 ウ ィ ー ン の チ ェ コ 人 、 ハ ン ガ リ ー 人 、 ス ロ ヴ ェ キ ア 人 、 ロ マ ・シ ン ト人 に と っ て は 公 的 な 学 校 規 則 は な い が 、 チ ェ コ系 の 入 た ち は ウ ィ ー ン に 私 学(Kommensky-Schule)14を 設 け て お り 、 そ こ で チ ェ コ 語 に よ る 授 業 が 受 け ら れ る 。 ケ ル ン テ ン の 学 校 言 語 政 策 は 第 二 共 和 国 に お け る 多 数 派 へ の 同 化 傾 向 を 明 確 に 示 し て い る 。 1945年 第 二 共 和 国 誕 生 直 後 に は 、 ケ ル ン テ ン の ス ロ ヴ ェ ニ ア 人 に 対 す る 言 語 政 策 は ま だ 寛 大 で あ り、 二 言 語 地 域 全 域 で の 初 等 教 育 で は 、 ド イ ツ 語 と ス ロ ヴ ェ ニ ア 語 に よ る 授 業 が 導 入 さ れ て い た 。 上 述 し た1955年 の 国 家 条 約 第7条 の 少 数 派 保 護 規 定 で 、 ケ ル ン テ ン と シ ュ タ イ ア ー マ ル ク の ス ロ ヴ ェ ニ ア 人 と ブ ル ゲ ン ラ ン ドの ク ロ ア チ ア 人 が 少 数 派 と し て 認 定 さ れ 、 意 識 的 に 「数 原 理 」 の 導 入 が 避 け ら れ て い た か ら で あ る 。 し か し そ の 後 ケ ル ン テ ン で は ド イ ツ 語 系 ナ シ ョ ナ リ ズ ム が 急 速 に 強 ま り少 数 派 権 利 の 解 体 が 始 ま っ た 。 こ の ナ シ ョ ナ リ ズ ム 勢 力 と 「ジ ュ ー ドマ ル ク 学 校 連 盟 」 (SchulvereinSudmark)に よ っ て 画 策 さ れ た 「学 校 ス ト ラ イ キ 」 を 通 し て 、 一 般 的 な 二 言 語 授 業 は 、 親 権 に よ っ て 子 供 を 二 言 語 授 業 か ら 退 出 可 能 に す る こ と で 、 ユ958年 に 事 実 上 機 能 し な く な っ た 。 さ ら に1959年 の 「少 数 派 保 護 法 」 に よ っ て 、 ス ロ ヴ ェ ニ ア 語 授 業 に 対 す る 個 別 の 「届 け 出 」 が 行 わ れ る こ と に な っ た 。 こ の ケ ル ン テ ン の 学 校 問 題 は 、1980年 代 に は ケ ル ン テ ン郷 土 局(Karnt-nerHeimatdienst)'5の 指 導 下 に 置 か れ 、 言 語 基 準 に よ る 生 徒 区 分 の 要 望 は 州 レ ベ ル の 新 た な 激 し い 言 語 政 策 上 の 議 論 テ ー マ と な っ た 。 そ し て1988年 少 数 派 学 校 法 改 正 が 行 わ れ 、 言 語 基 準 に よ る 生 徒 区 分 は 「届 け 出 」 制 で は な く 、 あ る 一 定 数 以 上 で 行 わ れ る こ と に な っ た が 、 そ の 判 断 基 準 は 明 確 に 示 さ れ て い な い 。 ス ロ ヴ ェ ニ ア 語 授 業 の 受 講 生 徒 数 は 、 ユ959∼60年 に は 二 言 語 地 域 全 生 徒 の19,3ユ%、1960∼70 年 代 に は14∼15%、1976∼77年 に は 最 低 の ユ3,45%ま で 落 ち 込 ん だ が 、1980年 代 か ら そ の 傾 向 が 変 わ り増 加 し 始 め る(ユ980∼81年15,88%、1990∼91年20,85%、2000∼2001年2&20%)、 そ し て 2005∼2006年 に は 少 数 派 保 護 法 が 有 効 な 地 域 で は 国 民 学 校 の 生 徒 の36,25%が 二 言 語 授 業 に 参 加 し て い る 。 し か し こ の 二 言 語 授 業 参 加 生 徒 の 半 数 以 上 が ド イ ツ 語 系 住 民 の 子 弟 で あ る'6。 こ れ は ナ シ ョナ リ ズ ム 的 な ケ ル ン テ ン州 政 府 指 導 者 に 対 す る 一 般 住 民 の 抵 抗 と反 発 の 現 れ で あ る と 言 え る か も しれ な い 。 1955年 の 国 家 条 約 で 約 束 さ れ て い た 少 数 派 の 権 利 は 、1990年 代 以 降 に よ うや く憲 法 裁 判 所 の 決 定 に よ っ て い くつ か の 権 利 が 実 現 可 能 に な っ た 。 例 え ば 、(ス ロ ヴ ェ ニ ア 語 授 業 の 持 続 的 需 要 が
近 畿 大 学 語 学 教 育 部 紀 要7巻2号(2007・12) あ る の で)1990年 代 初 め 二 言 語 地 域 以 外 のKlagenfurt/Celovecに 二 言 語 国 民 学 校 が 設 立 さ れ 、 2000∼2001年 に は 国 民 学 校 第4ク ラ ス で も 二 言 語 授 業 が 実 施 さ れ た 。 ま た 「数 原 理 」 導 入 が 憲 法 違 反 と な り、2000年VGG記 載 の 役 所 言 語 規 則(20%条 項)が 破 棄 さ れ 、2001年VGG記 載 の 二 言 語 地 名 標 識 規 則(25%条 項)も 憲 法 違 反 判 決 が 出 て い る 。 し か し二 言 語 地 名 標 識 規 則(25%条 項)に 関 し て は 、 ケ ル ン テ ン 州 首 相JorgHaider(BZO)(オ ー ス ト リ ア 未 来 同 盟)と 「故 郷 同 盟 」 側 か ら の 抵 抗 に よ り、 未 だ に 最 高 裁 判 所 の 判 決 が 実 行 さ れ て い な い 。 ユ972年 オ ー ス ト リ ア 政 府(SPO)(オ ー ス ト リ ア 社 民 党)は イ タ リ ア 政 府 と の 間 で 「南 チ ロ ル ー 括 法 案 」 に 署 名 し,さ ら に こ の 南 チ ロ ル 規 則 に 従 っ て 、 ケ ル ン テ ン で も 二 言 語 地 名 標 識 設 置 を 試 み た が 、 ド イ ツ 語 系 ナ シ ョナ リ ス ト に 阻 止 さ れ た の で あ る 。 そ の 後 、 ス ロ ヴ ェ ニ ア 系 住 民 代 表 、 ドイ ツ 語 系 ナ シ ョ ナ リ ス トの 代 表Haider、 オ ー ス ト リ ア 政 府 代 表 に よ る 協 議 が 断 続 的 に 行 わ れ て い る 。 最 近 で は2007 年6月 に 連 邦 首 相AlfredGusenbauer(SPO)は162本 の 地 名 標 識 を 提 案 し た が 、Haiderは 拒 否 し 、 ス ロ ヴ ェ ニ ア 人 代 表 も憲 法 裁 判 所 の 判 断 に 基 づ く173本 を 主 張 し、 今 な お こ の 地 名 標 識 問 題 は 解 決 の 糸 口 が 見 い だ せ な い 状 況 に あ る17。 3.3.新 少 数 派 1960年 以 降 労 働 移 住 が 始 ま り、1970年 代 に 旧 ユ ー ゴ ス ラ ビ ア 、 トル コ と の 相 互 協 定 に よ る い わ ゆ る 「外 国 入 労 働 者 」 が 増 え 、 特 に1989年 「東 の 解 放 」 以 降 そ の 数 は 急 増 し て い る 。 オ ー ス ト リ ア に お け る 外 国 人 労 働 力 の パ ー セ ン トは 、 ユ961年 に は ま だ0,5%だ っ た の が 、1971年 に は6,0%に 急 上 昇 し 、1970∼80年 代 に は6%台 を 維 持 し、1990年 代 に8∼9%台 に 上 昇 し 、2002年 に は 19,6%に ま で 達 し て い る18。2001年 の 上 述 し た 国 民 調 査(図1と 図2参 照)に よ る と 、 か つ て の ユ ー ゴ ス ラ ビ ア の 言 語 を 話 す 者 の 割 合 は 、 ユ991年 に は ま だ 約2,5%で あ っ た が 、2001年 に は ボ ス ニ ア 語 、 ク ロ ア チ ア 語 、 セ ル ビ ア 語 、 マ ケ ドニ ア 語 を 話 す 者 は4,43%(348.629人)で あ る 。 トル コ 語 ・ク ル ド語 は2,31%(ユ$5.578人)で あ る 。 こ の 両 言 語 グ ル ー プ と 並 ん で 、 ポ ー ラ ン ドか ら の 移 民(30.598人)、 ア ル バ ニ ア か ら の 移 民(2&212人)、 ル ー マ ニ ア か ら の 移 民(16.885人)も 増 え て い る 。 ヨ ー ロ ッ パ 外 か ら の 移 民 と し て は 、 ア ラ ビ ア 語 を 話 す 者(ユ7.592人)、 ペ ル シ ャ 語 を 話 す 者(10。665人)、 中 国 語 を 話 す 者(9.960人)が 目 立 つ 。 統 計 上 特 に 注 視 さ れ る の が 、 学 校 で の 移 民 少 数 派 で あ る 。 公 式 用 語 で は 「ドイ ッ 語 以 外 の 母 語 を も つ 生 徒 達 」(SchiilerlnnenmiteineranderenMuttersprachealsDeutsch)で あ る 。 彼 ら は 2002∼2003年 に は オ ー ス ト リ ア 全 体 で 義 務 教 育 学 校 に 通 学 し て い る 生 徒 の ユ5%以 上(103。877人) を 占 め 、 ウ ィ ー ン で は そ の 割 合 は 特 に 高 く 約43%(44428人)と な る19。 こ こ で い う 「ド イ ツ 語
オー ス トリア第二共和 国の言語政策
以 外 の母 語 を もつ 生 徒 達 」 に は 、 オ ー ス トリア 土 着 の 少 数 派 は 含 まれ て い な い 。
2005∼2006年 に一 般 義 務 教 育 学 校 で少 数派 の た め に 次 の ユ4言語 コー ス が 開 設 され た:ア ル バ ニ
ア語 、 ア ラ ブ語 、 ブ ル ガ リア語 、ペ ル シ ャ語 、 ポ ー ラ ン ド語 、 ポ ル トガ ル 語 、 ロマ ン語 、 セ ル ボ
ク ロ アチ ア語 、 ロ シ ア語 、 ス ロ ヴ ァキ ア語 、 スペ イ ン語 、 トル コ語 、 ハ ンガ リー 語 、 中 国 語 。 こ
れ らの 言 語 は ドイ ツ語 と並 ん で母 語 集 団 と して は か な り大 きい の で 、教 育 上 各 学 校独 自の 判 断 で
開 設 され る こ と に な っ た2°
。
しか しこれ らの移 民 住 民 で あ る新 少 数 派 に対 す る(役 所 や官 庁 で の)言 語 権 を保 証 す る 法 的 規
則 は存 在 しな い。 即 ち、 病 院 ・役 所 で の通 訳 も保 証 さ れ て い な い し、 また移 民 者 が 自由 に 使 え る
国 民 通 訳 ・翻 訳 サ ー ビ ス も存 在 しな い。 ま た学 校 以 外 で は移 住 して きた 少 数 派 の 言語 文 化 的 ア イ
デ ンテ ィ テ ィ促 進 策 な ど も存 在 しな い。 土 着 の少 数 言 語 を話 す 国籍 を与 え られ た 少 数 派 の み が 、
そ れ 相 応 の 言 語 権 と少 数 文 化 促 進 策 の 恩 恵 に浴 して い る のが 現 状 で あ る。
4.国
家 語 ド イ ツ 語 の 強 化
国 家 語 ドイ ツ語 に関 す る言 語 法 上 の 基 本 的 規 定 は、 上 述 した連 邦 憲 法 第8条 第1項 に あ る:
「ドイ ツ語 は共 和 国 の 国 家 語 で 、 連 邦 法 に よ っ て 少 数 民 族 に与 え られ た 権 利 を害 す る こ と は な
い 。
」(1945年5月8日)
そ の 後 、 国 家 語 に関 す る さ ら な る規 定 が 、 国 籍 法 ・滞 在 法 と 関連 して、 こ の数 十 年 の 問 に 公布
され た 。 そ こで は ドイ ツ語 の 如 何 な る知 識 が 、 国 籍 申請 者 と移 民 者 に必 要 で あ るか が 定 め られ て
い る。 第 二 共 和 国 成 立 直 後 に も国 籍 法 の 立 法 が 問 題 とな っ て い た が 、 当 時 は い わ ゆ る 「
血 統 原
理 」 を義 務 づ け て お り、「
外 国 語 を話 す 」 亡 命 者 とは 異 な っ て 、「ドイ ツ語 に所 属 す る」 者 は、
1956年6月
末 ま で に 説 明 申 し立 て をす れ ば、 オ ー ス ト リア 国籍 を取 得 で きた2'。こ れ は 第 二 共 和
国 の そ の 後 強 化 され て い く ドイ ツ語 重 視 政 策 の 予 兆 で あ った と言 え るか も しれ な い。
上 述 した ケ ル ンテ ンで の ス ロ ヴ ェニ ア 系 少 数 派 に対 す る激 しい 言 語 政 策 上 の 論 争(1955年
の 国
家 条 約 締 結 後 の 「
学 校 ス トラ イ キ」、 ユ972年以 降 の 「
地 名 標 識 論 争」 な ど)も 結 局 は ドイ ツ語 重
視 の 兆 候 で あ る 。1990年 代 に は 「
移 住 者 問 題 」 が 再 三 政 治 手段 化 され 、 異 質 の 言 語 性 が 特 に学 校
で 脅威 と受 け取 られ 、 政 治 的 な 論 議 とな っ た 。 ドイ ツ語 と異 な る母 語 を話 す 子 供 との 混 在 が そ の
標 的 とな っ た の で あ る(2002∼2003年
に は 義 務 教 育 課 程 の 約15%が
混 在 校 で あ った22)。そ の 結 果
例 え ば 、 移民 者 の 子 供 達 に 公 立 校 で の バ イ リ ン ガル 教 育 の 権 利 が 否 定 され た 。1998年7月
の 国 籍
法 改正 は 、 言語 ナ シ ョナ リズ ム 的 な 言 語 政 策 上 の 措 置 と言 え よ う。 そ れ に よ って 国 籍 申請 者 は ド
イ ツ語 知 識 の 証 明 が 義務 とな っ た 。 そ の 証 明 を 如 何 な る 形 で 行 うか は 、 オー ス トリ ア全 体 と して
近畿大学語学教育部紀要7巻2号(2007・12)
は法 的 に は 定 め られ て い な い。 オ ー ス トリア で の 国 籍 授 与 は各 連 邦 州 に委 ね られ て いて 、 各 州 に
よ り規 定 が 異 な る か らで あ る。 ドイ ツ語 能 力 を問 う 「
試験 」 に各 州 の ラ ンデ ス ク ンデ に関 す る知
識 を競 い合 う不 条 理 な 質 問 も見 られ る。 例 え ば 、 オ ー バ ー エ ス ター ラ イ ヒ州 で は、 州 の 面 積 や 州
歌 の 第一 節 を 問 う問 題 、 さ ら にWels,Lorchと
言 う場 所 は ロー マ 時 代 どの よ うに 呼 ば れ て い た か
な ど、 日常 生 活 に不 用 な知 識 や 直 接 ドイ ツ語 能力 を 問 う問 題 とは 言 い 難 い もの まで 現 れ た23。
1999年 の 国 民 議 会 議 員 選 挙 戦 で も国家 語 と して の ドイ ツ語 の役 割 を強 め る 公 の 討 論 や 政 治 家 の
言 語 ナ シ ョナ リズ ム的 ア ジ演 説 が 各 地 で行 わ れ た が 、移 民 者 に対 す る 国家 語 ドイ ツ語 の 知 識 を求
め る先 鋭 化 の 次 の 段 階 は、2002年 の 外 国人 権 利 に 関す る改 正 案(統 合 協 定)で あ っ た 。2003年1
月1日
よ りオー ス トリア に移 住 す る全 ての 者(外
国 人)は
「
統 合 協 定」 を受 け入 れ る 義務 が 生 ま
れ た 。 また ユ998年1月1日
以 降 第 三 国 か らオー ス トリアへ 移 住 して きた者 も同様 で あ る。 そ の 義
務 に は100授 業 単 位 で共 通 ヨー ロ ッパ 推 薦 枠A1基
準 を達 成 す る こ と に な る 「ドイ ツ語 統 一 コー
ス 」 の 通 学 が 含 まれ る。1998年 の 国 籍 法 改 正 と2002年 の 統 合 協 定 にお い て も まだ比 較 的多 くの例
外 が 可 能 で 個 人 的 に柔 軟 な対 応 が 行 わ れ て きた が 、2005年 の 国 籍 法 と統 合 協 定 再 改 正 に よっ て、
ドイ ツ語 知 識 の 証 明 が よ り厳 格 化 され た 。 例 え ば、 統 合 協 定 に は二 つ の 基 準 が 設 け られ、 基 準1
で は 、 読 み 書 きが 出 来 な い 人 の た め に75時 聞 の 授 業 で 読 み 書 き能 力 獲 得 を 目指 し、 基 準2で
は、
300時 間 で 共 通 ヨー ロ ッパ 推 薦 枠A2レ
ベ ル の語 学 力 獲 得 を 目標 と して い るza。
しか しこ の 「
統 合 協 定 」 第1ヴ
ァー ジ ョン(2002年)も
第2ヴ
ァー ジ ョン(2005年)も
オー ス
トリ ア の 専 門 家 や 専 門機 関 か ら批 判 され て い る。特 に そ の 分 野 で 先 進 国 で あ る オ ラ ン ダ、 ス
ウ ェ ー デ ンな ど と比 較 す る と、 講 習 時 間 数 と講 習 受 講 者 へ の 経 済 的 援 助 の 面 で 見 劣 りす るか らで
あ る。 講 習 時 間 数 は オ ー ス トリ ア で は 基 準1で75時
間 、基 準2で300時
間 で あ るが 、 オ ラ ン ダで
は600時 間 、 ス ウ ェー デ ンで は525時 間 で あ る。 また 講 習 費 用援 助 額 もオ ー ス トリア で は、 基 準1
で375ユ ー ロ、 基 準2で
は費 用 の 半 額(一 人 に最 高750ユ ー ロ まで)で あ る が 、 オ ラ ン ダで は 参 加
者 一 人 に4.539∼6.$07ユ ー ロ、 ス ウ ェ ー デ ンで は 講 習 会 参 加 費 用 無 料 で 、 参 加 者 一 人 に4.500ユ ー
ロが 支 給 され て い るゐ
。
1998年 の 国 籍 法 改 正 か ら7年 後 の2005年 夏 に 国際 的 に比 較 して も非 常 に厳 格 な オ ー ス トリア 国
籍 法 の さ ら な る精 鋭 化 が 提 案 され 、2006年3月
に 国民 議 会 で採 決 さ れ て い る。1998年 の規 定 で は 、
曖 昧 で あ っ た ドイ ツ語 知 識 に つ い て の 証 明 が 、「ドイ ツ語 知 識 の 証 明 」(第10条 第1項
第1節)、
「
民 主 的秩 序 とオ ー ス トリアお よ び各 連 邦 州 の 歴 史 に 関す る基 本 的 知 識 の 証 明 」(第10条 第1項
第
2節)と
して 明 文 化 され た 。 ドイ ツ語 知 識 の レベ ル は統 合 協 定 の 基 準2修 了 段 階 に対 応 して い る。
この 国 籍 法 が 厳 守 され る と、 高 齢 者 、 未 就 学 者 、 病 人 な ど を除 い て 、 オー ス トリ ア に長 年 住 ん で
オース トリア第二共和 国の言語政策
い て教 育 を 十 分 に受 け て い な い学 習 に 不慣 れ な 人 た ち 、 即 ち 健 常 者 で 読 み 書 きが 出 来 ない 人 た ち
を 事 実 上 国 民 か ら閉 め 出 す こ と に な る。 そ して 最 終 的 に そ の 数 は40万 人 と 予 想 され て い る26。
オ ー ス トリ ア政 府 は こ の 国 籍 法 と統 合 協 定 の 再 改 正 ・精 鋭 化 に よ って 、「
移 民 受 け入 れ 国 」 で は
な い こ とを宣 言 し、 国家 語 ドイ ツ語 の 強化 に拍 車 を掛 け て い る 。
5.オ
ー ス ト リ ア ド イ ツ 語 の 役 割
第2章 で述 べ た よ うに 、 第二 共 和 国誕 生 直後 に い わ ゆ る 「
犠 牲 者 テ ー ゼ 」 を 強 調 す る 流 れ の 中
で 、 ドイ ツ語 の オ ー ス トリ ア ヴ ァ リエ ー シ ョン と して の 「オ ー ス トリ ア ドイ ツ語 」27の 問 題 が 浮
上 した が 、 そ の 後 「
オ ー ス トリ ア辞 典 」(6WB)の
改 訂 版 が 順 次 刊 行 され た28以 外 に 、特 に この
問 題 が 注 目 を浴 び る こ とは な か っ た。 とこ ろが オ ー ス トリア のEU加
盟 の 前 哨 戦 と して 、1993年
の 加 盟 交 渉 の 最 後 に オ ー ス トリア ドイ ツ語 の テ ー マが 議 題 とな っ た。 加 盟 交 渉 で この 言 語 政 策 上
の 問 題 を取 り入 れ 、 オ ー ス トリア ドイ ツ語 と ドイ ツ連 邦 の ドイ ツ語 の 同権 を 要 求 した動 機 が 何 で
あ るか 、 明 確 に は再 現 で き な いが 、 オ ー ス トリア 国民 の ア イ デ ンテ ィテ ィ操 作 が 目的 で あ っ た こ
と は、 オー ス トリ ア議 定 書 第10条 項 の経 過 か ら明 らか で あ ろ う。
オー ス トリ アのEU加
盟 準 備 段 階 で 、 オ ー ス トリア の厚 生 省 と農 林 省 か ら 「
典 型 的 な オ ー ス ト
リ ア表 現 」 の 格 上 げ が 試 み られ た 。 幾 多 の オ ー ス トリア 表 現(Austriazismen)か
ら23語 が 「E
U領 域 で の ドイ ツ語 の 特 別 な オー ス トリ ア表 現 の 使 用 に 関す る 第10条 項 」 に採 択 さ れ た。 こ れ は
オ ー ス トリ アのEU加
盟 条 約 に欠 か す こ との 出来 な い構 成 要 素 で あ り、 憲 法 と同等 の ラ ンク付 け
とな る。 議 定 書 第10条 の 文 面 と補 足 は次 の 通 りで あ る。
<EU内 ド イ ツ 語 の 特 別 な オ ー ス ト リ ア 表 現 の 使 用 に 関 す る 第10条 項> EU内 で 次 の 諸 点 が 有 効 で あ る 。 1.オ ー ス ト リ ア の 法 秩 序 に 含 ま れ 、 こ の 議 定 書 の 付 帯 事 項 に リ ス ト ア ッ プ さ れ て い る ドイ ツ 語 の 特 別 な オ ー ス ト リ ア 表 現 は 、 ド イ ツ の そ れ に 対 応 す る 表 現 と 同 じ地 位 を 持 ち 、 か つ 同 等 の 法 的 効 果 を 有 す る 。 2.新 た な 法 行 為 を ド イ ツ 語 で と ら え る 場 合 に 、 付 帯 事 項 に あ げ ら れ て い る 特 別 な オ ー ス トリ ア 表 現 は 、 ド イ ツ で 用 い ら れ て い る そ れ に 対 応 す る 表 現 に 適 切 な 形 で 付 加 さ れ る 。 [付 帯 事 項](オ ー ス ト リ ア/EU官 報) Beiried/Roastbeef(ロ ー ス ト ビ ー フ),Eierschwammerl/Pfifferlinge(杏 茸), Erdapfel/Kartoffeln(ジ ャ ガ イ モ),Fachiertes/Hackfleisch(挽 肉),近 畿 大 学 語 学 教 育 部 紀 要7巻2号(2007・12) Fisolen/GruneBohnen(サ ヤ イ ン ゲ ン), Grammeln/Grieben(妙 め て 脂 を 抜 い た ベ ー コ ン),Hiiferl/Hiifte(腰 肉), Karfio1/Blumenkohl(カ リ フ ラ ワ ー),Kohlsprossen/Rosenkohl(メ キ ャ ベ ツ), Kren/Meerrettich(ワ サ ビ ダ イ コ ン),Lungenbraten/Filet(ヒ レ 肉), Marillen/Aprikosen(杏 子),Melanzani/Aubergine(ナ ス), NuB/Kugel(〈 牛 ・豚 の 〉 厚 く 切 っ た も も 肉),Obers/Sahne(乳 脂 ・ ク リ ー ム), Paradeiser/Tomaten(ト マ ト),Powidl/Pflaumenmus(ス モ モ 〈 プ ラ ム 〉 の ム ー ス), Ribisel/Johannisbeeren(ス グ リ く の 実 〉),Rostbraten/Hochrippe(〈 牛 の 〉 肩 ロ ー ス), Schlogel/Keule(も も 肉),Topfen/Quark(凝 乳 ・ カ ー ド), Vogerlsalat/Feldsalat(野 ぢ し ゃ ・サ ラ ダ 菜), Weichseln/Sauerkirschen(ス ノ ミ ザ ク ラ く の 実 〉)29 ブ リ ュ セ ル の 「EU・ デ ー タ バ ン ク 」 に は 約4000語 の オ ー ス ト リ ア ドイ ツ 語 が デ ー タ化 さ れ 、 オ ー ス ト リ ア ド イ ツ 語 に 関 す る 「言 語 問 題 」 が 生 じ た 際 に 、 役 人 達 は こ れ を 参 考 に す る こ と に な っ て い る 。 オ ー ス ト リ ア の 行 政 言 語(官 庁 語)と(法 律 ・金 融 関 係 の)専 門 語 が 増 え る に 従 っ て 、 オ ー ス ト リ ア 特 有 表 現 も増 加 す る 。「シ ェ ン ゲ ン 条 約 」 に 関 す る テ ー マ だ け で も、 オ ー ス ト リ ア ドイ ツ 語 と ド イ ツ 連 邦 の ド イ ツ 語 は200箇 所 で 異 な る と 言 わ れ て い る 。 そ れ はEUの 通 訳 、 翻 訳 家 、 法 律 編 纂 家 に と っ て 大 変 な 作 業 で あ り、 日常 語 ・口 語 表 現 も考 慮 す る と そ の 差 異 は 全 体 的 に は 一 万 語 を 優 に 超 え る と も言 わ れ て い る3°0 従 っ て こ の 第10条 項 付 帯 事 項 に 記 載 さ れ て い る オ ー ス ト リ ア 表 現 は 、 数 あ る 「オ ー ス ト リ ア ド イ ツ 語 」 表 現 の 中 か ら わ ず か23語 に 縮 小 さ れ た も の で 、 言 語 学 的 に 見 れ ば 明 ら か に 不 十 分 で あ る 。 故 に 「ドイ ツ 連 邦 共 和 国 と オ ー ス ト リ ア で 異 な る ス タ ン ダ ー ド ・ヴ ァ リエ ー シ ョ ンが 存 在 す るE
U公 文 書 を 出 版 す る 場 合 に は 、 両 者 をEU官 報 で 掲 載 し な け れ ば な ら な い 。 こ の 決 定 は 新 し いE
U法 に も 適 用 さ れ る 。」31と言 う よ う な 一 般 条 項 の 形 式 に す れ ば 、 将 来 新 た に オ ー ス ト リ ア ドイ ツ
語 表 現 をEU法 に 追 加 す る 場 合 に も 問 題 は な か っ た と 思 わ れ る 。
オ ー ス ト リ ア の メ デ ィ ア も こ の 条 項 を 、 皮 肉 的 に 批 判 的 に コ メ ン ト して い た 。 そ の 記 事 の 見 出 し を 一 見 す れ ば 内 容 も推 測 で き よ う:
TopfeniiberbleibtdieEU", KeineAngstmehrvorQuarktaschen", Marillesiegt", Alles Potividl,demlOerseiDank", DieAngstdesCOsterreichersvorderQuarktasche"
オ ー ス トリア 第 二 共 和 国 の 言 語 政 策
「Marille(杏 子)勝 利 」「全 てPowidl(プ ラ ム ム ー ス)の ま ま 、 第10条 項 に 感 謝 」 「Quarktasche
(凝 乳 ク レ ー プ)に オ ー ス ト リ ア 人 不 安 」32 他 方 、 こ の 第10条 項 の 署 名 は オ ー ス ト リ ア の 政 治 に と っ て は 大 成 功 だ と 捉 え ら れ て い る 。 こ の テ ー マ が オ ー ス ト リ ア 国 民 に と っ て 重 要 な 関 心 事 で あ る こ と は 、 ア ン ケ ー ト調 査 か ら も 明 白 で あ る 。「食 料 品 に ドイ ツ 連 邦 で 使 わ れ て い る 表 示 が 導 入 さ れ れ ば 、 あ な た に と っ て そ れ は 非 常 に 障 害 、 か な り障 害 、 少 し 障 害 と な る か 、 あ る い は 障 害 と な ら な い か 」 と い う 質 問 に 対 し て 、36%が 「非 常 に 障 害 と な る 」、24%が 「か な り障 害 と な る 」 と答 え た33。 そ し て こ の 食 料 品 表 示 の 問 題 は 当 然 の 結 果 で あ る が 、 ユ994年6月 の オ ー ス ト リ ア のEU加 盟 に 関 す る 国 民 投 票 の 宣 伝 キ ャ ン ペ ー ン の 中 心 テ ー マ と な っ た 。 ウ ィ ー ン市 長 も大 き な 看 板 と 費 用 の か か る 新 聞 広 告 に 。ErdapfelsalatbleibtErdapfelsalat"を 掲 載 し、 市 民 の 不 安 を 解 消 し よ う と し た: Erdapfelsalat[...]darfweiterhinErdapfelsalatheif3enandmussnichtaufKartoffelsalat umgetauftwerden-einesdervielenPrivillegien,dieOsterreichbeidenEU-Beitrittsverhandlungen erstrittenhat"(SonntagsbeilagederKronenZeitung)「Erdapfelsalat(ジ ャ ガ イ モ サ ラ ダ)は こ れ か ら も そ の 表 現 が 可 能 で 、Kartoffelsalat(ジ ャ ガ イ モ サ ラ ダ)に 置 き 換 え 不 用 で あ る … こ れ はEU加 盟 交 渉 で オ ー ス ト リ ア が 勝 ち 取 っ た 多 くの 特 権 の 一 つ で あ る 。」(ク ロ ー ネ ン 新 聞 日 曜 版 付 録 狸 国 民 投 票 の 結 果 、 オ ー ス ト リ ア 人 の 三 分 の 二 がEU加 盟 に 賛 成 し た 事 実 か ら判 断 す れ ば 、 こ の 戦 略 は 完 全 に 成 功 し た こ と に な る 。 こ の よ う な 形 で の オ ー ス ト リ ア ドイ ツ 語 の 意 識 化 は 、EU加 盟 前 段 階 に お け る オ ー ス ト リ ア 国 民 の ア イ デ ン テ ィ テ ィ操 作 の 巧 み な 方 策 と言 え る で あ ろ う。 政 治 家 達 が 言 う こ の 「外 交 上 の 偉 業 」 以 降 に 、 取 る に 値 す る オ ー ス ト リ ア ドイ ツ 語 を 意 識 化 さ せ る 言 語 政 策 上 の 措 置 は 執 ら れ て い な い 。 オ ー ス ト リ ア ドイ ツ 語 の コ ー パ ス 計 画 が こ の 数 十 年 進 め ら れ て い る が 、 そ れ は こ の 第10条 項 と の 関 連 で は な く、 と り わ け ユ990年 代 か ら始 ま っ た 「東 の 解 放 」 に よ る 外 交 政 策 と 関 わ り が あ る 。 ま た 中 ・東 欧 で の 「外 国 語 と し て の ド イ ツ 語 」(DaF) に 対 す る 強 い 要 請 の リ ア ク シ ョ ン で も あ る 。 例 え ば 、 ユ994年 か ら 「オ ー ス ト リ ア 言 語 検 定 」 (6SD)と い うDaFの た め の 言 語 検 定 シ ス テ ム が 構 築 さ れ た 。 こ れ は ド イ ツ のGoethe-lnstitut検 定 と並 ん で 国 際 的 に 知 ら れ る よ う に な っ て い る 。 さ ら に オ ー ス ト リ ア ド イ ツ 語 を 促 進 さ せ る 諸 機 関 と し て 、1994年 に 設 立 さ れ た6sterreichKooperation(学 術 協 力 、 講 師 の 相 互 交 流 派 遣 、 外 国
近 畿 大 学 語 学 教 育 部 紀 要7巻2号(2007・12) で のDaF実 践 授 業 の 援 助 を 行 っ て い る)、BMBWK(文 部 科 学 省)内 の 部 局 「言 語 と文 化 」(DaF 教 材 の 研 究 ・開 発 とDaF講 座 の 開 催 を 行 っ て い る)、1989年 設 立 のDerVereinKulturKontakt (中 ・東 欧 諸 国 で の ドイ ツ 語 教 師 資 格 評 価 を 行 っ て い る)そ し て ユ997年 設 立 のOsterreich-lnstitut (主 に 中 ・東 欧 で のDaF講 座 担 当)が あ げ ら れ る 。 オ ー ス ト リ ア ド イ ツ 語 の コ ー パ ス 計 画 は徐 々 に そ の 成 果 が 公 に さ れ つ つ あ る が 、 す で に 完 成 し た 代 表 的 な 辞 典 と し て は 、 ド イ ツ の デ ュ イ ス ブ ル ク 大 学UlrichAmmonと イ ン ス ブ ル ク 大 学 ゲ ル マ ニ ス テ ィ ッ ク 研 究 所 で 進 め ら れ たVarientenw6rterbuchdesDeutschen(2004)が あ る 。 ま たH. Markhardt編 集
のDasW6rterbuchder6sterreichischenRechts-,WirtschaftsundVerwaltungs-terminologie(2006)と 一 般 大 衆 向 き のRSedlaczek編 集 のDas6sterreicheDeutsch(2004)が す で
に 刊 行 さ れ て い る 。コ ー パ ス 計 画 に 含 ま れ る グ ラ ー ツ 大 学R.Muhr編 集
のDasAussprachew6rter-buchunddieAussprachedatenbankdesODと ウ ィ ー ン大 学P.Ernst編 集 のPhraseologislnenim
6Dは2007年9月 現 在 未 刊 で あ り ま だ 完 成 して い な い 。
6.お
わ り に
第1章 で述 べ た よ うに 、 オ ー ス トリア の 言 語 政 策 は、 オ ー ス トリ ア ・ハ ン ガ リー 帝 国 の 多 言 語
主 義 ・少 数 派 擁 護 理 念 か ら出発 した が 、 そ の 後 の 第 一 共和 国 に於 い て は、 国 民 は彼 らの ア イデ ン
テ ィテ ィを 国家 語 ドイ ツ語 に 求 め 、 大 ドイ ツ主 義 志 向 、 少 数 派 弾 圧 の 方 向 へ 向 か った 。 そ して そ
の結 果 が 不 幸 に もナ チ ス 第 三 帝 国 の 言語 政 策 とな っ て 現 実 化 した 。 第 二 共 和 国 で は、 当初 「
犠 牲
者 テ ー ゼ」 に よ り反大 ドイ ツ主 義 を掲 げ て い た が 、 旧 連 合 国 管 理 が 終 り完 全 に独 立 後 は再 びそ の
言 語 政 策 は 第一 共 和 国 の政 策 に 近づ い て い る 。
オ ー ス トリ ア 第 二 共 和 国 の 言 語 政 策 の 特 徴 の 一 つ は、「
国 家 語 ドイ ツ語 」 の 強 化 が 顕 著 に な っ
た こ とで あ る。 そ れ は 第3∼4章
で述 べ た よ うに 、 土 着 少 数 派 、特 にケ ル ンテ ンの ス ロ ヴ ェニ ア
住 民 と ドイ ツ語 系 ナ シ ョナ リス トとの対 立 を起 因 に して 、 オ ー ス トリア 全 土 の ナ シ ョナ リス トに
影 響 を与 え て い る。 そ の結 果 、従 来 か らオ ー ス トリア 国 籍 を もつ 土 着 少 数 派 だ けで な く新 しい 移
民 少 数 派 も国家 語 ドイ ツ語 を 強要 され 、 ドイ ツ語 能力 証 明 を必 要 とす る国 籍 法 と統 合 協 定 の 強 化
ヴ ァー ジ ョ ン成 立 に繋 が る状 況 が生 まれ る こ とに な っ た 。
ま た 第二 共 和 国言 語 政 策 の も う一 つ の特 徴 は 、 オ ー ス トリア ドイ ツ語 の 意 識化 で あ る。 そ れ は、
第5章 で 述 べ た よ うに、 反 大 ドイ ツ主 義 の象 徴 で あ り、EU加
盟 と グ ロー バ ル化 に対 す る ア ンチ
テ ーゼ で あ り、 ま た オ ー ス トリア ・ア イ デ ンテ ィテ ィ構 築 の 具体 的対 象 とな っ て い る。 従 来 の 音
声 ・形 態 論 中心 の言 語 学 的観 点 か らは、 オ ー ス トリア ドイ ッ語 は 中 ・南 部 バ イ エ ル ン方 言 と見 な
オ ー ス トリア 第 二 共和 国 の 言 語 政 策 さ れ る が35、Clyne、Ammonな ど が 唱 え る 複 言 語 中 心 主 義 の 社 会 言 語 学 的 観 点 か ら 見 る と 、 ドィ ツ の ドイ ツ 語 、 ス イ ス の ドイ ツ 語 と並 ん で 、 オ ー ス ト リ ア の ド イ ツ 語 も ド イ ツ 語 ヴ ァ リ エ ー シ ョ ン の 一 つ で ナ シ ョ ナ ル 言 語 と 見 な さ れ て い る36。故 にEU加 盟 時 の 議 定 書 第10条 項 で 記 載 さ れ た 、
ま た ナ シ ョナ リズ ム起 爆 剤 と して用 い られ た特 定(食 品)領 域 の 「オー ス トリ ア ドイ ツ語 」 で は
な く、今 後 は 中 ・東 欧 圏 で の経 済発 展 に伴 う需 要 リア ク シ ョン と して 、 シス テ ム 化 され 体 系 立 っ
た オ ー ス ト リ ア ドイ ツ 語 の 確 立 が 課 題 と な ろ う 。 -⊥ 9 臼 り D 4 ド D 6 7 8 9 10 11 12 13 ユ4 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 注 vgl.deChillia(2006),S.13. vgl.OsterreichischesVolksgruppenzentrumBd.1(1993),S.23.vgl.auchdeCillia(2006),S.25. vgl.deCillia(2003a),S.22. vgl.deCillia(2003a),S.23. vgl.Glunk,Rolf(1996-71). vgl.FESSEL-GfK(lnstitutfurMarktforschungGes.m.b且)(Hg。):Lifestyle2004,6sterreichische IdentitatBasisteil-erweitert(09.03.‐01.06.2004),S.10. vgl.deCillia(2003a),S.25. vgl.deCillia(2006),S.20. vgl.RechtsinformationssystemderRepublikOsterreich,http://www.risibka.gv.at/ vgl.deCillia(2003a),S.3α 拙 論(2005)S.29 vgl.WasistIhreSprache?(D48a)inSpezial-EUROBAROMETER243(2006),S.8. vgl.OsterreichischesVolksgruppenzentrum,Bd.1(1993),S.25.vgl.auchdeCillia(2006),S.46. vgl.deCillia(2006),S.46f. vgl.http://www.komensky.at/ vgl.http://www.khd.at/ vgl.OsterreichischesVolksgruppenzentrum,Bd.1(1993),S.29.vgl.auchdeCillia(2006),S.50. vgl.http://kaernten:orf.at/stories/164708and202493 vgl.OsterreichischesForumfurMigrationstudien(2003),http://www/oern.org/findit.htm/ vgl.deCillia(2006),S.55. vgl.BMBWK(2005).vgl.auchdeCillia(2006),S.55. vg.Davy/Cinar(2001),S.645.vgl.auchdeCillia(2006),S.32. vgl.deCillia(2003b),S.131. vgl.deCillia(2006),S.34. vgl.deCillia(2006),S.34f. vgl.deCillia(2003b),S.133. vgl.deCillia(2006),S.37. vgl.Wiesinger(2006)、 拙 論(2002). vgl.才 出論(2001) vgl.deCillia(1995),S.130、 才出 論(2005)S.27f.近 畿 大 学 語 学 教 育 部 紀 要7巻2号(2007・12) 30vgl.Sedlaczek(2004),S.12. 31vgl.deCillia(ユ995),S.127 32vgl.deCillia(1995).S.128. 33vgl.deCillia(1998),S.97. 34vgl.deCillia(2006),S.41. 35vgl.Ebner(1980)u.Wiesinger(2006). 36vgl.Clyne(1995)u.Ammon(1995). 主 要 参 考 文 献 Ammon,Ulrichu.a.(Hg.):VariantenworterbuchdesDeutschen,Berlin/NewYork,2004. Ammon,Ulrich:DiedeutscheSpracheinDeutschland,OsterreichandderSchweiz,Berlin/New York,1995. Busch,Brigitta/deCillia,Rudolf(Hg.):SprachenpolitikinOsterreich.Frankfurta.VI.,2003. BMBWK(BundesministeriumfurBildung,WissenschaftandKunst)(Hg.):Dermuttersprachliche UnterrichtinOsterreich.StatistischeRuswertungfurdasSchuljahr2004/2005.Verf.vonMag. HaraldWaldrauchandMag.KarinSohler.Wien,2005. Clyne,Michael:SprachplanungineinerplurizentrischenSprache:Uberlegungenzueinerosterreichischen SprachpolitikausinternationalerSicht.In:Muhr,Rudolf/Schrodt,Richard/Wiesinger,Peter (Hg.):OsterreichischesDeutsch.Wien,1995. Davy,Ulrike/Cinar,Dilek:Osterreich.In:UlrikeDavy(Hg.):DieIntegrationvonEinwandern.Band 1:RechtlicheRegelungenimeuropaischenVergleich.WohlfahrtspolitikandSozialforschung, Band9.1,herausgegebenvomEuropaischenZentrumWien.Frankfurt,NewYork,2001,S.567-i' DeCillia,Rudolf:ErdapfelsalatbleibtErdapfelsalat.OsterreichischesDeutschandEU-Beitritt.In P luhr,Rudolf/Schrodt,Richard/Wiesinger,Peter(Hg.):OsterreichischesDeutsch.Linguistische, SozialpsychologischeandsprachpolitischeAspekteeinernationalenVariantedesDeutschen. Wien,1995. DeCillia,Rudolf:BurenwurschtbleibtBurenwurscht,Klagenfurt,199$ DeCillia,Rudolf:BrauchtOsterreicheineSprachenpolitik?In:Busch,Brigitta/DeCillia,Rudolf SprachenpolitikinOsterreich,Frankfurta.M.2003(a). DeCillia,Rudolf:Sprach-andbildungspolitischeRahmenbedingungen.In:HeinzFassmann/lrene Stacher(Hg.)OsterreichischerMigrations-andIntegrationsbericht.Klagenfurt,2003(b), S.132-142. DeCillia,Rudolf/Wodak,Ruth:IstOsterreichein deutsches"Land?Innsbruck,2006. Ebner,Jakob:WiesagtmaninOsterreich?DudenTaschenbucher,Mannheim,1980 Euro画scheKommision:DieEuropaerandihreSprachen,inEurobarometerSpecial,243/Welle64.3, 2006. Fussy,Herbertu.a.(Hg.)OsterreichischesWorterbuch,39.Auflage,Wien,2001 Glunk,Rolf:ErfolgandMisserfolgdernationalsozialistischenSprachlenkung.In:Zeitschriftfur DeutscheSprache1966,S.57-153;1967,S.82-188;1968,S.71-191;1969,S.116-182;1970,S.84-183;1971,S.1ユ3-187.