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D・H・ロレンスの書簡文における文体の混在 利用統計を見る

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Academic year: 2021

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(1)

著者

高橋 雄範

著者別名

Takenori Takahashi

雑誌名

dialogos

5

ページ

125-136

発行年

2005-03

URL

http://id.nii.ac.jp/1060/00005010/

Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja

(2)

D・H・ロレンスの書簡文における文体の混在

高橋雄範

1.はじめに  本稿では、D・H・ロレンスの書簡文に観察される文体的特徴の一側面に ついて述べる。ただし、筆者は文体論・ロレンス・文学のいずれに関しても 素人であるため、考察は主として語用論の観点から行い、最終的に、ロレン スの書簡文では異種の文体が混在・同居しているケースが多々見受けられる ことを指摘していくつもりである。  なお、本稿における書簡文の引用はH.T, Moore(ed.),1962. The Collected Letters ofD. H. Lawrence. 2 vols.:The Viking Press.からのものである。また、引 用に当たっては以下の形式を採用する。   ・最初に受信人・発信地・発信年月日を示す。   ・発信年月日の後のページ数は上記書簡集のページを示す。   ・①、②、③……はパラグラフを表わす。 2.編集・加工の欠如  ロレンスの手紙には、編集や加工の跡があまり感じられないケースがしば しばみられる。以下に、1つだけその種の例を挙げておく。 (1)To Mary Cannan, from Fontana Vecchia, Taormina,12 February I 921   (pp.640−641)  My dear Mary:

 ①∼⑧(省略)

 ⑨二借金の依頼(15行)

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⑩1 have nearly done a little trave] book:DiarP’ ・f‘i Trip to Sardinia:which  win have photographs、 and which I hope, through the magazines, will  make us something. But I always hope, and am always left there. ⑪Don’t take the demand for a loan seriously. lt’s only merely tentative,  mere bounds of possibility so far−nothing at all definite. And say yes  or no as you】ike, without a qualm, I really shan’t mind. Pd a million  times rather you pleased yourself than displeased yourself. ⑫∼⑬十[P.S.](省略) この手紙の第9パラグラフで、ロレンスは借金を依頼する文章を書き、続く 10番目のパラグラフで別の話題に移り、そしてすぐ次の第llパラグラフで再 び借金の話に戻っている。また、この第11パラグラフの言い回しは、全体と して依頼の力を薄めるヘッジ(hedge)的なものとなっている。最終的に投 函された手紙がこのような形になっているのは、筆者には珍しく思われる。 ちなみに、ロレンスは、センテンスのレベルでも、afterthought、つまり「後 から思いついたこと」を比較的自由に(あるいは無造作に)付加する傾向が ある。いずれにしても、ロレンスは、構成や形式にあまり頓着せずに、とに かくペンをとって思うがままに書き進むという、そういう手紙の書き方をし ているように見受けられる。 3.異種の要素が混在・同居する文体  ロレンスの手紙文における編集や加工の欠如には、「異種の要素の混在・ 同居」とでも呼ぶべき副産物的特徴が付随している場合がよくある。  次例をみられたい。 (2)To Mary Cannan, from Fontana Vecchia, Taormina,24 February 1921   (pp.642−643)

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My dear Mary: ①Your letter today 一 very exciting that we can have the money.(以下  省略) ②What have you done with your ltalian money?We might possibly use  that. I shall try ifI can’t get a cargo boat to take us. And ifit were from  Italy one could pay in liras . Anyhow 1 needn’t change any more into liras  −and 1 really don’t think the ltalian money is worth keeping、 with the  exchange now constant at l O5−106:and further drop threatened. So if  you haven’t transferred you might give us some ljras:at once, if you like、  to save my changing the bit of English. ③∼⑨(省略) これは(1)の12日後に同じ人物に送られた手紙であるが、書き出し部分か らみて、(1)の投函後、相手から金を送る旨の返事があり、それに対して書 き送ったものと思われる。  本節では、(2)の第2パラグラフー同じ相手から更に金を引き出そうとい う意図で書かれているパラグラフーに注目し、これを事例研究的に考察し てみたい。というのは、この部分の文体が、上で述べた特徴を象徴的に示し ていると感ぜられるからである。

3.1 言葉と行為

 本題に入る前段階として、(3)に示したような考え方、即ち「言葉は行為 である」とする考え方に関して触れておきたい。 (3) Language is action,   When we speak, we act,   We act through language.

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To say something is to do something. (3)を具体例を用いて説明すると以下のようになる。 (4)a.[A HusBAND AND Hls wlFE ARE slTTING AT THE DINING RooM TABLE    EATING A MEAL]    Husband:Can you reach the salt?   b.In saying,‘℃an you reach the salt?”, the husband is performing the act    of requesting his wife to pass him the salt. (4)の例で、夫は、“Can you reach the salt?”を口にすることにおいて、妻に 対して(4b)の後半部に示したような行為、即ち「塩に手が届くようなら、そ れを取って自分に渡してくれと「依頼する』行為」を遂行していると分析で きる。  また、同様の分析は、(5a)にも適用できる。 (5)a.[oN A cRowDED TRAIN]    Passenger A:[To pAssENGER B]You are standing on my foot.   b.In saying,‘‘You are standing on my fooピ’, passenger A is performing    the act of requesting passenger B to get off his or her foot. つまり、この場合、乗客Aは“You are standing on rny foot.”を言うことにお いて、乗客Bに対し「足をどけてくれと「要請する』行為を遂行している」 ことになるわけである。  以上が言葉を行為と見る考え方であるが、しかし、これは言葉の内側では なく「外側」を問題とする世界なので、もう少しだけ補足をしておきたい。  先ず、次の(6)を考えてみたい。

(6)

(6)A:The earth is flat,  B:That’sfalse. この場合は、Aが「地球は平らだ」と言ったのに対して、 Bが「それはうそ だ」と応じているやりとりであるから、Bのthatは、 Aの発言の内容、つま りThe earth is flat.という命題内容に向けられたものだということになる。要 するに、「『地球は平らではなくて丸い』のだから、君の発言内容は偽であ る」とBは言っているわけである。  これに対して、次の(7)はどうか。 (7)A:You’re an idiot.  B:エh延’snot very kind of you. この場合、Bのthatは、 AがYou’re an idiot.を口にすることにおいて遂行し ている丘為、具体的には「侮辱する」という丘盗に対して向けられたthatで ある。  このように、言葉による行為を扱う場合は、言葉そのものの中身とは次元 を異にする領域を問題にすることになるのであるが、ここでもう1つ重要な ことは、行為の次元でも、通常はそれなりの秩序や一貫性が期待されるとい う点である。これについては、次の(8)を参照されたい。 (8)A:Where sh皿ld we eat out?  B:Well, Edoya has great sushi,迦MeUiya has excellent tempura. この場合、語用論の世界では「Bは“Edoya has great sushi”と“Meijiya has excellent tempura”を何故butでつないだのか」という問いが意味を持つ。とい うのは、両者が伝える命題内容自体は、別に互いに衝突するような性格のも

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のではないからである。しかし、(8)のコンテクストでは、それぞれが「提 案」という丘為と結びついている.つまり、「江戸屋で食事しよう」という 提案行為と、「明治屋で食べよう」という提案行為は、別々の機会になされ るのであれば問題ないであろうが、1回の食事に関してこの両方の提案に従 うというのは無理がある。つまり、“Edoya has great sushi.”と“Meijiya has excejlent tempura.”は、「提案」という行為の次元でとらえた場合は互いに衝 突することになるのである、そして、(8)のBはそのことを認識しているわ けで、それがこの話し手がbutという接続詞を用いた動機であると考えられ るのであるc.(Sweets er(1990:101)参照)

3.2 文体と行為

 上述のように、行為の領域でもそれなりの秩序や一貫性が、普通は期待さ れるわけであるが、ここで、改めて(2)の2番目のパラグラフを「書き手が 行っている行為」、あるいは、もっと語用論の専門的臭みを薄めて「書き手 の振る舞い方」という視点から観察してみたいと思う。  さて、この視点に立つと、ロレンスの中には不躾に振る舞う人間と、その 逆に控え目に振る舞う人間とが同居しているように思われる。(2)の第2パ ラグラフを再度みてみよう。 (9)What have you done with your ltalian money?We might possibly use that.  1 shall try ifI can’t get a cargo boat to take us. And if it were from ltaly one  could pay in liras. Anyhow I needn’t change any more into liras−and I  really don’t think the ltalian money is worth keeping, with the exchange now  constant at 105−106:and further drop threatened. So if you haven’ttrans−  ferred you might give us some hras:at once, ifyou like, to save my chang−  ing the bit of English.

(8)

先ず、第1センテンスを考えてみる。 (10)What have you done with your ltalian money? ここでロレンスは、読み手の所有するイタリア通貨に興昧を示しているが、 その金を自分のものにしたいというのが動機であることは明らかであり、こ ういった露骨な質問で話を切り出すというのは、行為の次元、振る舞い方の 次元でみれば、あまりにストレート、あるいはいささか不躾であると言わざ るをえない。特に、これが送金を約束する旨の手紙をくれた人に対する2度 目の新たな金の無心であることを考えると、なお更その印象が強くなる,  ところが、このストレートすぎる言動の直後に、今度は、 (11)We might possibly use that. が続いている。つまり、いきなりトーンが下がっているのである。英語に 〔one downとtone upという表現があるが、要するにWhat have you done with your Italian money?とWe might possibly use that.の2つは、連続して生起し、 全体として「金の無心」という統一的行為を遂行しているにもかかわらず、 「行為に伴う力」という観点からみれば、極めてアップ・ダウンが激しくて 統一がとれていないのである。  これは、この第2パラグラフを楽譜にたとえてみる、あるいは、この書き 手を歌い手に、そしてこのパラグラフを彼が歌っている歌詞にたとえてみれ ば、より分かり易いかも知れない。そのようにイメージしてみると、What have you done with your ltalian money?とWe mighl possibly use that.の間には、 この歌い手独特の「音程のずれ」あるいは「音程の乱れ」のようなものが存 在しているのが分かるのである。  ここで、1つの参考として、次の(12)を考えてみたい。

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(12)a.共起制限(co−occurrence restriction)   b.The report旦卿be true,(その報告はきっと本当に違いない)   c.The report興p幽be true,(その報告はひょっとすると本当か    もしれない)   d、*The repon⊇p卿be true.《共起制限違反》   e.*The repon皿脳迦y be true.《共起制限違反》 共起制限というのは、要素Xと要素Yが一緒に生じ得るかどうかに関する制 限のことであるが、(12d)と(12e)の2つには非文記号がついている。では、 なぜこの2つが非文かというと、それは共起できない要素が同一の文中に一 緒に生じているからである。即ち、(12d)と(12e)には、 The report is true. という命題内容の真偽に対する話し手の確信の度合いを表出する要素一具 体的にはmustとmayという法助動詞、及びpossiblyとsurelyという法副詞 が含まれている。しかし、mustとpossibly、及びmayとsurelyの各ペアは、互 いに相容れない確信の程度を表現しており、そのために文全体としては不自 然となるわけである。  もちろん、共起制限は文法の世界の話であり、これを(9)のケースにそ のまま当てはめることはできない。しかし、比喩的にみた場合、What have you done with your ltalian money?とWe might possibly use that.が連続して生 ずる現象からは、無邪気な共起制限破りとでもいうべき印象が伝わってくる のである。  さて、もう少し(9)の英文を検討していってみよう。 (13) Ishall try if I can’tget a cargo boat to take us. ここは、この手紙の第1パラグラフに書かれてあることから判断すると「貨 物船に乗せてもらってフリーダと一緒にアメリカに渡れないか、交渉してみ

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る」という意味のことを言っていると思われる、つまり、ロレンスと彼の妻 は、イタリアからアメリカへ渡る計画をもっており、そのために渡航費が入 り用なわけである。 (14)And if it were from Italy one could pay in Iiras. ここでは、「もし貨物船の最初の出港地がイタリアならば、支払いはリラで できるだろう」と言っている。 (15)Anyhow I needn’t change any more into liras 一 ここにはanv〃more into lirasとある。従って、恐らくここで言いたいことは、 「自分も自分の持っていたなにがしかの金をリラに替えたのである。そして、 まだそう出来る金が残ってはいるが、しかし、その金は今後のためにこのま ま持っておいた方が得であって、これ以上自分の金をリラで持っておく必要 は感じない」という意昧のことだろうと思われる。 (16)and I really don’t think the Italian money is worth keeping, ここでは「イタリア通貨であるリラは今現在持っている価値がないと思う」 と言っているわけだが、これを言うことにおいて遂行している行為は、「だ からあなたも自分の所有するリラを手放した方がよい」という提案行為、も っと言えば「あなたのリラを私たちに用立ててほしい」という依頼の行為で ある。そして、その観点からみると、keepingをわざわざイタリック体で強調 するのは、いささか露骨な振る舞いと言える。 (17)with the exchange now constant at 105−106:and further drop threatened.

(11)

ここは、なぜリラを持っていても仕方がないかの説明を行っている部分であ る,なお、ここの「105から106」というのは、「105ポンドから106ポンド」 の意昧かと推察する,従って、ここでは「今のところリラは105から106ポ ンド相当でくい止まっているが、これ以上下落しないうちに手放した方がよ い」と示唆していることになる. (18)So it” you haven’t transferred you might give us some liras:at once, ifyou   like, to save my changing the bit of English, ここでは、先ず「リラの両替がまだのようなら、you mightgive us some liras 一いくらかこちらに用立ててもらえればと思うのですが」と控え目に言って、 その直後に「at once一すぐに頼みます」と急きたてている。そして、そう やって急きたてておきながら、すぐに今度はif you likeと控え目な態度に戻 っている。そして、最後に「自分が持っている僅かばかりのポンドをリラに替 えなくても済むように、このお願いをするのだ」と述べて締めくくっている。  このように、「言葉を通しての行為あるいは振る舞い方」という次元でと らえた場合、(9)のパラグラフは、あたかも相場が乱高下するかのような激 しい振幅をみせている。このパラグラフは、言語の表層構造だけを問題にす る限りは、いたって平凡な姿にしかうつらないかも知れない。しかし、もし も「文体行為論」のようなものがありうると仮定するならば、興昧深い実例 として「文体行為論学者」の話題にたびたび登場することになるだろうと思う。 ちなみに、念のため筆者はこの手紙を同僚のネイティブ教師(Phillip Rowles 氏)に読んでもらったのであるが、この箇所は氏の大笑を誘ったのであり、か つ、その笑いの原因は、正しく今述べた「振幅の激しさ」にあったのである。  いずれにしても、この書き手の自らの振る舞いに対するモニタリング・編 集・加工のなさ、あるいはその天真燗漫さは、一種の「共起制限」を超越し て、異なる2つの要素の同居を可能にしていると表現できるであろう。

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4.補足例  ここまでの流れを踏まえながら、補足例として次の(19)についても簡単 に触れておきたい。 (19)To W. E. Hopkin, from 20 Dulverton Road. Leicester、24 August IglO   (P.63)   Dear Mr Hopkin:   ①lam very sorry that l cannot be at home to tea and talk with you tomoF    row. Mother is laid−up here, and I must certainly stay with her until    Saturday. She came f()r a holiday with my Aunt, and whilst here a tumour    or something has developed in her abdolnen. The doctor looks grave    and says it is serious:Ihope noL But you will understand, willyou not,    why I cannot keep my promlse for tomorrow」am disappointed. I seem    to have losuouch ahogether with the old‘progressive’clique:in    Croydon the Socialists are so stupid, and the Fabians so nat. It would    have beenjolly toぱwith you about things.1’ll say my millionth da㎜!   ②Give my regards to Mrs Hopkin and to Enid, これは、Hopkinという人物との約束をキャンセルせざるをえなくなったロレ ンスが、その詫び状として相手に送ったものである。そして、そういった性 格上、全体としてフォーマルな文体で書かれてはいるのだが、特に注目すべ きは、第1パラグラフの最後の1文である。これは、直訳すれば、「最後に、 百万回目の『ちきしょう!』を言わしてもらうよ」とでもなろうか。damnは、 「くそっ、約束を反故にしちまうなんて!」という申し訳なさの気持ちを強 く表わしたものであるが、その綴りも、“d−”あるいは“d−n”のような伏 せ字ではなく、‘’damn”となっている。ここには、突然の文体的爆発がある。 冷静なトーンで、キャンセルの詫びを述べ、理由を述べ、相手の寛大な理解

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を求め、というふうに進行してきた文体がここにきて突然変異を起こしてい る。あたかも、紋付袴を着ていた書き手が、いきなりステテコ姿に変貌した かのような印象なのである。  実は、ロレンスの書簡集には、このようなスタイル上の突然変異が数多く 登場する。換言すれば、同じ1通の手紙の中に2人の書き手が同居している のである。 5.おわりに  ロレンスの書簡文には、異なる2つの要素が同居・同棲している文体が 多々みられる。この特徴は、上で指摘したケースの他にも、例えば「散文と 詩の同居」など、いくつかの次元で観察される。それらについては稿を改め て論じたいと考えている。 付記:本稿は、第85回日本文体論学会(2004年6月27日、中央大学)にお ける研究発表原稿の一部に加筆修正したものである。 参考文献 Austin, J. L I 962. How to Do Things with Words. Oxford:Clarendon Press. McCawley, J. D.1981.Ev6ッ万η8 that Linguists have Alwa>,s Wanted to Know   about Lo8ic but were ashamed to ask. Chicago:University of Chicago Press. Moore, H. T.(ed.)1962.7’he Collected Lerrers ofD. H. Lawrence.2vols,:The Viking   Press. Sweetser, E.1990. From Etymo∼ogy lo Pragmatics:ルtetaphorical and cultura∼   aspects ofsemantic structure. Cambridge:Cambridge University Press.

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