科学技術政策とイノベーション
*─ 社会開発型科学技術政策を求めて─
慈 道 裕 治
はじめに Ⅰ.科学的知識と情報システム 1.科学研究と経験 2.科学的知識と情報化 3.工業化と情報化 Ⅱ.科学技術政策とイノベーション 1.ナショナルイノベーションシステム 2.社会的イノベーションシステム 3.政策と知識・情報システム Ⅲ.技術とイノベーション Ⅳ.大学の役割はじめに
私の定年退職に当たって『政策科学』記念号を企画された政策科学部に対して、また記念号 に多くの方々が論文を寄せていただいたことに対してお礼を申し上げます。とくに、かつて立 命館アジア太平洋大学の成功のために労苦をともにした教員の方々から寄稿いただいたことに 対して重ねてお礼申し上げます。 私は1970年に京都大学理学研究科で物理学の博士課程を終え、1972年に立命館大学経営学部 に職を得て後35年間立命館で教育と研究、そして大学運営に従事してきました。大学入学から 数えると46年間を大学ですごしたことになります。その40年有余の年月には戦後日本のいくつ の特徴的な時期が含まれています。その中でも今日私が取り上げたい時期は1980年代から90年 代、さらに2000年代にかけての時期です。この時期を取り上げる理由は二つあります。一つは、 立命館大学の改革を通して私自身が時代の動きに実践的にかかわった時期であるということで す。80年代から90年代にかけての入試改革を軸とする教学改革、90年代における政策科学部の *本原稿は2007年1月16日に開催された政策科学部定年退職最終講義用に執筆されたものです。開設、産学連携や社会人受入をめぐる大学の社会開放の取り組み、90年代から2000年代にかけ ての立命館アジア太平洋大学設立をめぐる国際化の取り組みなどがそれです。ご存知のように、 2004年の国立大学の法人化は現在の大学改革をめぐる動きを象徴するものです。この時期に何 故これほどに大学は改革を迫られたのでしょうか。政府の政策、大学それ自身が内包する課題、 社会の大学への要求、それぞれに理由があるでしょうが、私には戦後日本社会が内包する矛盾 を打開するための構造的な問題が内在していると考えています。 本論では、このテーマについて充分な議論を行うことはできませんが、私の研究とそこに込 められた私の関心事を紹介することを通してこのテーマに接近することにします。ただし、私 の研究はテーマの展開の中では点に過ぎませんし、点を線にし、線を面にすることでこのテー マに接近することにします。
Ⅰ.科学的知識と情報システム
1.科学研究と経験 物理学の話は別にして、1970年代に始めた最初のテーマは、明治以降の日本の近代化過程に おける科学技術の導入と自立化過程に関する研究です。物理に代表される理論科学は自然現象 の法則的理解に関する理論的概念的方法と実験科学を導入することを通して、伝統的思考方法 の革新とあいまって日本に移植されてきました。技術の導入に関しても、近代的工業とその技 術の導入と伝統的技術の革新によって移植されたという説明は一応可能です。しかし技術の導 入に関しては、多くの経験的要素を含んでいます。時には経験的要素こそ技術導入の本質であ るという見方も成り立ちます。その一つは技術学にあります。生産方法に関する技術学は機 械・装置の操作法に関する知識の集積やその前提となる測定されたデータの集積を基礎に成り 立っています。このような技術学的知識は一方を生産工程の現実に根拠を持ち、他方では関連 する理論によって系統化の手がかりを持っています。その知的作業を担っているのは現場のエ ンジニアであり、その知識を系統的に俯瞰する立場にあるのが大学の研究者です。両者の連携 の知的作業とそれを支える組織が構築される過程が、関連する工学が形成され、あるいは導入 され定着する社会的歴史的過程です。専門的知識は、工学に限らず、それを支える専門的組織 の形成と不可分の関係にあります。 技術の導入と自立の過程には近代的科学の知識の応用と経験的知識との融合のプロセスがあ ります。たとえば、化学工業において、国内原料を使用するような場合おのずと装置内の反応 条件は異なってきます。化学装置の内部的過程の計測を通して反応の進行状況を認識し、必要 な操作方法を獲得する必要があります。特に新しい装置が安定的に機能するまでの立ち上げ時 には多くの困難に直面します。工程内で生じている現象を物理化学的方法により、定量的に解 析し、化学反応と物理的変化の実態を解明することにより、反応の安定的条件を解明する現場 研究が重要な意味を持ちます。このような企業における技術者の経験と測定的研究、それと大 学における研究との連携によって、工業化学と装置設計や操作に関する理論化が図られ、そこから化学工学という新しいディシプリンが構築されていきます。日本の場合は化学工学自体が 導入されることになりますから、国内での導入された化学工学に関する理論研究とそれによっ て養成されたエンジニアの化学企業での活動の両面の過程があります。 このようにして昭和に入ると日本の化学工業は、国内原料をもとに製法の開発と装置設計・ 建設が可能となり、産業的に自立していくことになります。私はアルカリ化学工業とアルミニ ウム生産のもとになるアルミナ製造の国産化、化学工学協会の成立過程の研究として取り組み ました。ついでに付け加えておきますと、このように獲得された科学技術的な生産の力は、中 国大陸から東南アジアへと帝国主義的な資源支配の力へと動員されていくことになります。 2.科学的知識と情報化 工業における技術の獲得は、知識社会論の表現を借りれば、経験知と理論知(形式知)とが 相互に転化しあう過程であり、そこにこそ技術の本質があります。私はこのテーマを、化学工 業を対象として研究し、日本における化学工学の形成過程の解明を試みました。現代風の言い 方をすれば、この過程は、アカデミズムとプラクティスの相互交流と共同の過程であるとも言 えます。経験的過程における知識がどのように科学的知識へと進化するのか、あるいは科学研 究で獲得された理論や知識がどのようにして現実の実践的な経験知へと転化するのか、その社 会的過程を理解することは私の基本的関心事となっています。私は立命館大学で長く経営学部 に籍を置きましたが、経営学という学問もまた企業活動を対象として同様の問題関心を設定す ることが可能な分野です。この点で、経営学部における教育や研究を通して多くの学問的な刺 激を得ています。 この点で少々論点を先取りして科学的知識と情報化との関係について触れておきます。野中 郁次郎教授はご存知のように「知識経営論」の理論的リーダーですが、野中教授は、知識社会 における経済活動の理論化には知識の主観性を扱う理論構築が必要だと述べています。特に、 経済活動における組織と個人との関係を理解するにはそれが必要だとされています。科学的知 識にあっては種々の論議があるものの、土台にある点は科学的知識の客観性です。科学的知識 の世界にあっては、知識の信頼性に関する検証のシステムがあり、そこをパスした知識が科学 ジャーナル(専門ジャーナル)を通して流通し、かつ近代的図書館に示される分類と検索のシ ステムに基づいて知識は蓄積されていきます。このシステムは人間活動のあらゆる分野に開か れ、知識の生成消滅・蓄積のプロセスを司っています。これをシステム進化論の表現を借りれ ば、科学的知識の社会的システムは自己組織的であるということになります1)。科学的知識の システムは、自らのシステム原理に従って多様な知識を処理し、自らに取り入れるかあるいは 排除することで自己を維持し成長しているのです。それは自然科学界に代表される専門化され た社会によって生み出され、専門サークルの基盤ともなっている知識の社会的システムです。 このように信頼性の検証システムを有するシステムにあっても、個別的な知識がいかなる客 観的存在の反映であるかは、その知識を扱う個人の経験に依存しています。知識が知識として 流通する限り、知識が対応する現実との関係は間接的なものになり、扱いを誤れば、信頼性の
検証をパスした知識も虚偽となることがあります。それを避けるには、知識を活用し、現実と の対応関係を検証する作業を繰り返し、現実に合わなくなった知識を廃棄する作業を必要とし ています。公害・環境問題の解明と解決の取組みは、専門的知識およびその現実への適用のあ り方についての厳しい検証の場となっています。 ここでは議論しませんが、工業社会を支える技術的手段もまた機械技術を基礎に、技術学的 な知識によって相互に関連付けられることで、類似の蓄積構造を持っています。工業社会の発 展性は、その市場経済的枠組みのもとで、科学的知識と技術的手段の生成メカニズムに依存し ています。この点は後に触れるオートメーション論の核心的テーマともなっています。 3.工業化と情報化 ところが工業社会をリードする企業経営において、先に述べたように、知識の主観的側面に 照明があてられています。あるいは主体的行為による知識の創造とそこにおける知識の構造に 関して照明があてられています2)。実はこのことは別に奇異なことではなくて、科学研究にあ っても、個々の科学者が研究を進める過程では、自らの関心にそくして概念や他人の研究成果 に独自の意味づけを行うなどの主観的プロセスが重要な役割を担っています。一般に開発的な 活動にあっては、ビジョンが種々の構想を誘発し、構想とかアイデアといった主観性の高い知 的行為とその産物が客観性の要求される設計や技術的開発に先行します。そこには人間の行為 における創造性や協働性をめぐる基本課題が内在していると考えられます。あるいは別の言い 方をすれば組織的な創造活動における言語コミュニケーション活動にそのような要因が内在し ていると見ることもできます。科学者は個人で研究をしている場合でも、科学コミュニティー との交流なしには研究を推進することはできません。 さらにこの点とかかわって注目されることは、情報社会が拓きつつある知識の生成・流通・ 消滅の新しいシステムです。簡略に述べれば、グーグルやヤフーが大規模に構築しサービス提 供している検索システムは、個人や組織が行う活動に伴って生じた情報(知識)に対して網羅 的に検索のリンクを張り、それらの情報を検索対象としてユーザーに提供しています。私たち は、まるで図書館で情報を得るように検索エンジンに頼って膨大な情報から必要な情報を入手 し利用していますが、それは科学的知識のシステムとはかなり違っています。第一に、このシ ステムには扱われている情報の信頼性についての検証システムがありません。しかもこれほど 迅速に検索できるのですが、分類システムを持っていません。第二に、その存続が特定の検索 業者に依存しています。ヤフーやグーグルが特定の情報をリンクからはずせば、システム上に はその情報は存在しないことになります。第三に、個人や組織の活動がある限りそこに組み込 まれた情報が検索の対象とされます。言い換えれば、活動中の組織や個人が提供する情報が対 象となっているということで、コミュニケーション活動に類似しています(文献情報も検索対 象になりますからこの一般化には注釈がいります)。しかもその検索の世界がグローバルシス テムとして広がっています。それは成長していくシステムとしてみれば、個人と組織の行う拡 張された言語コミュニケーション活動を担うシステムとみることもできます3)。
このシステムにおける情報の機能の仕方を見ると、すべての情報は、それが何らかの客観的 存在に根拠を持ちつつも、そのことよりも情報を発信する側の意図とそれを受けて利用しよう とする受け手の意図との交流の場となっています。ここでは、情報の価値はその真偽性にある のではなくて、その情報が他の情報や活動を誘発する効果にあることになります。情報の真偽 性の判断はそれを扱う個人や組織の責任に委ねられることになります。 また、科学的知識のシステムでは専門家のサークルが主体者でしたが、ここでは主体者は専 門家であるか一般市民であるかは問われていません。科学的知識システムの構成は高度に分業 化された専門組織と照応しています。新しい知識システムでは、市民社会的状況と符合するよ うに、情報ネットワークが形成されつつあります。この面から見ると、新しい情報ネットワー クは市民社会の現実に基礎をおいていることになりますが、そのシステム構成が何らかの市民 社会的組織構成と照応関係を持ち得ているか否かは、目下のところ不明です。いずれにしても、 新しい情報システムが何を生み出すかは、そのシステムの今後の展開とともに今後の課題です。 以上の文脈において工業社会と情報社会の関係を問うて見ますと、一つの見方は、工業的生 産の拡大に伴って生じた開発やマーケティング活動、各種サービス活動の量的な拡大、さらに は独自的な企業戦略などの経営活動の領域が重要性を増すにつれて、それらの活動が独自の部 門として分化・自立化が進むことで情報化が進行していることです。あるいはサービス部門の 成長に伴って情報化が進展しているということです。 別の見方は先に述べた知識システムの構造変化としてみる見方です。工業社会を支えた科学 的知識のシステムとは生成原理を異にする別個の新しい情報(知識)のシステムが形成されつ つあるということになります。ただしこの新しいシステムはいまだ多くの欠陥を持ち、完成さ れたものではありません。ともかくこのような知識構造論的な見方によれば、工業社会とは明 瞭に区別される「情報社会」の出現ということになります。しかし現実としては工業と農業の 生産なしには情報社会が存立し得ないこと言うまでもありません。私が専門とする生産を土台 とする科学技術論の立場から見れば、情報化とは工業化が拡張されたことによって新しく発生 した「状況」を指すことになりますが、それを私の関心事である知識構造論的な視点で見ると、 情報化は別の社会構造の出現と見ることもできるということです。実はこのことが次に述べる ように、科学技術政策に大きな影響を与えています。また知的生産の本拠地である大学にも大 きな影響を与えています。
Ⅱ.科学技術政策とイノベーション
1.ナショナルイノベーションシステム 上に述べた知識システムに関するテーマは私のもう一つのテーマである科学技術政策に深く かかわっています。最初に、1980年代から90年代は日本の転換点であったのではないかという 問題意識を提示しましたが、そのことについて述べることにします。 日本の科学技術政策もまた90年代は一つの転換点であったというのは、従来の科学技術政策の方式がそのままでは通用しなくなりつつあったということです。政府はその後科学技術基本 法を制定し、総合科学技術会議を設置し、政府主導の総合的な科学技術の重点的施策の遂行を 進めるようになっています。私が注目したい転換点はこのような面ではありません。私が転換 点と考えるのは、80年代に国際的にも高く評価された日本の「ナショナルイノベーションシス テム」がそのままでは機能しなくなったということです。クリストファー・フリーマンは、日 本のイノベーションシステムにおける技術開発の見通しのよさや企業経営におけるパフォーマ ンスの良さ、訓練と管理におけるイノベーションの役割などを高く評価しました4)。 このような評価は70年代を通して進められた大型コンピュータの開発、超LSIの開発などの 通産省の大型プロジェクトの成功事例と日本企業のイノベーションにおけるパフォーマンスの 良さに基づいていわれていることです。ところがこれが、これまでの追いつき型技術開発から 追い越し型技術開発への転換を図るものとして打ち出された「第五世代コンピュータ」開発プ ロジェクトではそのような成功を収めることはできませんでした。研究開発プロジェクトの評 価は簡単ではありません。ここでの評価は産業のイノベーションをリードすることを目指した 当初の目標が達成されたかどうかの視点からのものであり、基礎研究の成果に関するものでは ありません。IBMが主導した第4世代コンピュータを越えるものとして「第五世代」という表 現がつけられました。開発で目指された人工知能型コンピュータが将来○○世代といわれるよ うにならないと断言することはできません。問題は、メインフレームを中心とするコンピュー タイノベーションの流れを変えたのは人工知能型への展開ではなかったという90年代から2000 年代にかけて進行した状況に立脚した判断だということです。 第五世代コンピュータ開発を促進したICOTは、開発に当たって三つの委員会を設置し構想 の作成に当たっています。構想作りをリードしたのは基礎理論委員会でした。理論家の思考と して「ソフトウェアの危機」打開の可能性を持った人工知能型への転換は魅力的であったこと は想像できます。しかし、イノベーションの促進という観点からすれば、「社会環境・システ ム化技術研究分科会:1990年代に求められるコンピュータ像の検討」を担当した第一委員会が 重要な役割を果たす位置にありました。しかしその後の報告書では人工知能型コンピュータを 前提とした意義付けが前面に出ており、コンピュータ社会に関する検討は前面に出ていません。 従来の大型技術開発計画では、社会的予測あるいはビジョンが本当の意味で求められることは ありませんでした。それがあったとすれば産業構造ビジョンのようなナショナルビジョンでし た。社会的ビジョンの重要性は、坂村健氏のTRON開発と「ユビキタス社会」論あるいは「電 脳社会」論との関係を見ると明らかです。しかし、ここで重要なことは、「電脳社会」論は多 様な社会ビジョンの一つに過ぎないということです。多様な社会ビジョンがイノベーションを リードすることが重要性を増しつつあるということです。 同様のことは電電公社・NTTが推進したINS構想にも見ることができます。INS構想では大型 コンピュータを基本とする中央集中システムを前提としたデータ処理やデータ提供システムと なっていて、第4世代コンピュータを基本とするシステム設計になっています。それはダウン サイジングとインターネットに示されるシステム構成とは基本的に異なっています。インター
ネットはアメリカの軍用システムとして開発されたものを民間開放したものですから、そこに はアメリカの戦略が働いていることは事実であり、正否を左右した要因には、技術的見通しと いうよりも戦略的選択をめぐる争いがあったのは確かですが、同時に、情報化イノベーション に関する見通しが基本的に問われたことも確かです。 2.社会的イノベーションシステム 別の見方をすれば、技術システムを構想する際に、そのシステム的な特性はそれを構想する 組織の性格に強く依存するということです。INSは電電公社・NTTが自ら所有する大規模ネッ トワークと当時主流であった大型コンピュータを結合して情報ネットワークを構想し、そのシ ステムに社会的価値を付与しようとしたものと見ることができます。そこからは便利の良さは 出てきても、抜本的な新しさを期待することには無理があります。 成果を上げている企業ほどこの関係に固執し、新しいイノベーションを進めることが制約さ れるというのがクリステンセンの「イノベーションジレンマ」ですが、それはまた「組織の惰 性」の問題でもあります5)。これを克服する道は、基本的には、社会内部にある潜在的な価値 を見出し、それを顕在化させる一連のサービスや製品を提供することにあり、それにふさわし い組織をつくることです。つまり現存の組織から出発するのではなくて、新しい価値実現にふ さわしい組織を構想する必要があります。このように見ると、イノベーションの本質は潜在的 な価値とその担い手を見出し、実現することであり、この価値の担い手と開発者とそれを実現 するために各種方策を実施する主体とが相互に連携する組織を構築することです。そこに既存 のナショナルイノベーションシステムに代る「社会的イノベーションシステム」を想定するこ とができます。80年代に海外からも高い評価を得たナショナルイノベーションシステムは政府 と企業との連携システムであるのに対して、このシステムはさらに拡張されたものとなってい ます。これが本来のナショナルイノベーションシステムと呼べるものです。このシステムが機 能するためには幾多の条件が必要ですが、その一つが、市民参加による技術の事前予測や事前 評価のシステムです。しかし、これが日本では未成熟であることは公害・環境問題の現状から も明らかです。 科学技術政策は、基礎科学の振興や産業政策上重要な技術開発政策、あるいは資源エネルギ ー政策や環境問題の克服などの課題に対する政策を含んでいます。この点で科学技術政策は高 度に専門的知識と力量を必要とするものです。他方で、科学技術と社会生活との関係は上に述 べた社会的イノベーションシステムと密接に関連しています。前者は、工業社会型イノベーシ ョンであり、後者は知識社会型イノベーションであり、前者を基盤として後者を取り入れた科 学技術政策を私は「社会開発型科学技術政策」と呼ぶことにしています。それは上に述べたシ ステムが機能するためには、社会的能力の開発が必要であり、科学技術政策の進行それ自体が このような社会的能力開発の過程であるような政策を必要としているからです6)。 このことは政府系の科学技術政策の担当者にとっても重要な課題として意識されるようにな っています。たとえば、産業技術総合研究所は、技術開発戦略の中に「新産業創造フォーラム」
を提唱し次のように述べています。 新たなパラダイムに基づく産業創造を目指す場合、初期段階において事業家の担い手が存在 しないか散在しているケース、あるいは、産業界が古いパラダイムを引きずっているケースが 多く、将来の事業主体や、そしてできれば将来のユーザも巻き込んだ形で、相互啓発によって ビジネス・社会還元モデルを作っていくことが必要となる。 3.政策と知識・情報システム このように見ると、科学技術政策は先に述べた二つの知識・情報システムとかかわっている ことがわかります。一つは当然専門家が行う政策策定や研究開発活動であり、そのための知識 のシステムは科学的知識のシステムです。それは開発や設計における分析的で批判的で、緻密 な構成を図るための理論とデータに裏付けられた活動です。他方では、多面的な社会的動向を 踏まえてビジョンや構想を生み出し、それに向けた共感を呼び出す活動が政策の立案と執行の 過程で求められます。こちらの過程は主要には、情報社会が開きつつある情報システムに依存 しています。ただし、後者のシステムはすでに指摘したように前者ほどの確実なものではあり ませんし、自らの基本的な構成を完成させているとはいえません。形成過程にあると見ること ができます。1980年代から90年代の転換点はこのような見方では、知識システムの変化を引き 起こしつつあった社会的変化に起因することになります。
Ⅲ.技術とイノベーション
私の研究テーマは自分でも分散していると思っているのですが、別の研究分野として80年代 から90年代にかけて進めた工場イノベーション研究があります。自動車の製造過程や工作機械 工業におけるオートメーションに関する調査研究がそれです。オートメーション論は技術論の 基本テーマであり、日本の独自的論争ではありましたが、戦前から戦後、ごく最近まで「技術 論論争」という技術の理解の仕方をめぐる論争がありました。私は理論それ自体で論争するこ とは得意ではなくて、論争上扱われている概念的問題が実態としてどこにあるかを知りたくて 工場調査を経営学部の先生方と進めました。近年この議論が下火になっていますが、別に論争 に決着がついたわけではありません。論争の過程にとらわれずに、改めて問題を立て直すと次 のような問題になります。 一つは、オートメーションの進展が単純に直接的な労働を排除する過程ではなくて、技能的 労働や製品開発・研究開発を含む開発的労働を含めて、労働の質や組織の再編を伴う過程であ り、それに伴って技術もまた再編されていく点です。その過程で、経営形態の変革や情報化の 進展など、新しい要素が付加されていく開かれた変化の過程としてオートメーションを見ると いうことです。この点でも大規模工場をモデルとする分析と理論化の限界が明瞭になっています。 私はこの点を自動車工場におけるトランスファーオートメーションや工作機械工場のFMSの実 態調査として研究しました。二つには、このこととかかわって、技術の発達に伴って集中化・大規模化が必然とされてき ましたが、グローバル化や情報化の進展に伴って、分散的自立化の方向が同様に進行しており、 市場や情報ネットワーク、情報価値を内部に取り込んだ理論と実証的研究が必要となっている ということです。 三つには、自然、人間、コミュニティーと技術との関係性、あるいは資源・環境問題に対す る研究であり、改めて、環境重視型社会を志向すべきその時代が、同時に情報社会、知識社会 として特徴付けられるような進展を見せていることの意味することを解明することです。 四つには、以上を含めて、グローバル化が進展する社会にあって、国際的地域連携によって 地域イノベーションを推進することや、地球上の自然的文化的多様性が平和的に交流し共存す るための科学や技術のあり方を追求することが重要になっています。振り返ってみると、技術 論論争は労働と技術との関係を問うという基本的テーマをめぐって行われました。そこには基 本的課題があることは今も変わりはありませんが、そこにこだわりすぎたという狭さがありま した。 オートメーション論が理論的関心を呼んだもう一つの事情がありました。それはマルクスが 労働と技術との関係を論じて、科学の産業への応用とその結果としてのオートメーションの進 展は、分業化された労働を直接的な労働から解放し、人間活動そのものとへと変えていくと見 通したところにあります。抽象的に述べられた予測は解釈の幅を大きくするために、何がマル クスの真意であったかは確定的ではありませんが、オートメーションの進展とともに、生産活 動にとって研究開発や製品開発などの開発活動が不可欠のもとなっていることやこのような知 識活動を含めた労働の全体が社会的価値の創造を担っていく知識社会的状況の進展はマルクス 技術論の魅力を高めていました。またこのような歴史的進展に応じて科学が「人間の科学」と なるとした見通しのよさもまた理論関心を呼ぶものです。
Ⅳ.大学の役割
このように見ると、現在大学では、アカデミズムが基盤とする科学的知識のシステムに依拠 しつつ、新しい情報システムとの共存の仕方が問われていることになります。エリート段階の 大学は科学的知識システムに強固に依存していました。あるいはその枠内で教育や研究が行わ れていました。そこで問われた学力は基本的には高度の文献を読解し、また自ら分析的に思考 しそれを文章として表現する力でした。しかし、大学が大衆化し、社会がこれまで述べたよう な変化を遂げるにつれて、大学はその知的基盤を科学的知識システムのみにおくことの限界が 明らかになってきました。アカデミズムに閉じることの限界といってもいいでしょう。おのず と学力観についても変化が求められることになります。現代の学生は、出現しつつある知的シ ステムの中で活動することになるのですから。 特に政策科学研究のような新しい分野では、これまで述べた文脈では、科学的知識システム と新しく現れつつある情報システムとのブリッジの役割が求められることになります。しかも新しく現れつつある情報システムの知識構造が完全にその姿を示していない状況においてとい う危うさを伴いつつということになります。政策科学部はそのような時代に挑戦するのにふさ わしい学部であり、時代の求める課題に大胆に挑戦されることを期待しています。 私が80年代の後半から2000年代にかけて取り組んだ大学役職上の課題は、主要には、入試改 革、政策科学部の創設、社会人学生の受け入れ、立命館アジア太平洋大学の設立などですが、 そこで一貫して問われたのは学力観であり、大学の社会的役割でした。私が点として行った研 究を上記のように線にし、面にする際に、これらの役職上の課題遂行に当たって考えたことが 大きく影響しています。改めてこの間の多くの方々のご協力にお礼申し上げます。 注 1)西垣通、『基礎情報学』、近代の機能分化システムには「学問システム」が含まれ、それぞれが自己組 織的であり、相互にカップリングしている。NTT出版、2004年4月。 2)野中郁次郎・紺野登『知識創造の方法論』、東洋経済新報社、2003年。 3)この文章の性格上、背景にある文献を参照することは省略しますが、たとえば、マーク・ポスター、 室井尚・吉岡洋訳『情報様式論』岩波現代文庫、岩波書店、2001年。 4)クリストファー・フリーマン、大野喜久之輔監訳・新田光重訳『技術政策と経済パフォーマンス―日 本の教訓―』、晃洋書房、1989年。 5)ドロシー・レオナルド、阿部孝太郎・田畑暁生訳、『知識の源泉―イノベーションの構築と持続』、ダ イヤモンド社、2001年。 6)科学技術政策への市民参加についての欧米社会における経験については、藤垣裕子『専門知と公共性 ―科学技術社会論の構築へ向けて―』東京大学出版会、2003年5月。