原 著
ワクチン接種後にみられた無菌性
随膜炎の臨床的検討
ムンフスワクチソ 無菌性随膜炎 澤 上 藤小井加
俊則郎
一
和 秀 淳 橋 谷 部高渋阿
晃克
矢哉洋
井本川
福山中
晃夫一
重晴
はじめに
1989年4月より,日本でも弱毒麻疹おたふくか ぜ風疹混合ワクチン(以下MMRワクチンと略) の接種が導入された。MMRワクチンはアメリカ など欧米を中心にその安全性が確認され,多くの 小児に接種が行われている。わが国でも導入にあ たっての臨床試験では,副反応は麻痺単独ワクチ ンと同程度とされ,3種類のワクチンを混合した ことによる副反応の増強は報告されていなかっ た1)。しかし,導入後各地でワクチン接種後にその 副反応と考えられる無菌性髄膜炎の発症が報告さ れるようになり,社会的にも大きな問題となって きた。ムンプス単独ワクチソ後の無菌性髄膜炎の 発生は以前から少数例報告されてはいたが,臨床 的にも社会的にも大きな問題となることはなかっ た。しかし,MMRワクチン接種後に発生した無 菌性髄膜炎の患者の髄液よりムンプスウイルスが 分離され,ワクチンのムソプスコンポーネントに よるものではないかと考えられるようになった。 当科においても,1989年にはMMRワクチン接 種後無菌性髄膜炎4例に加えておたふくかぜワク チン後の無菌性髄膜炎5例を経験し,その報告を 行った。1990年にはさらにMMRワクチン後の無 菌性髄膜炎を4例経験した。今回,これらのワク チンi接種後無菌性髄膜炎についてその臨床的特徴 を自然感染によるものと比較検討したので報告す る。 対象および方法1989年1月から1990年12月までの間に無菌
性髄膜炎と診断され,当科に入院加療した患児49 例のうち,MMRワクチンまたは,おたふくかぜ ワクチン(以下ムンプスワクチンと略)の接種後 30日以内に発症した14例につき,発症した月,年 齢,性別,有熱期間,最高体温,臨床症状,髄液 細胞数などの臨床的特徴について検討した。母平 均の有意差検定は正規性が認められる場合はt検 定(Student−t−testまたはWelch−t−test)により 行い,正規性が認められない場合はWilcoxonの 15∼ 1L:‘ ■ムンプスワクチン後 羅MMR 7クテ・後 ■1ムンプス搬炎 仙台市立病院小児科 1歳未満 1歳 Z∼4歳 5FL 9歳 10歳以上 図1年齢別患児数1頂位和検定(Wilcoxon rank−sumtest)を用いた。 独立性の検定にはκ2検定を用いた。無菌性髄膜 炎の診断は腰椎穿刺により髄液細胞数が30/3以 上のもので,髄液の培養で細菌が検出されなかっ たものとした。 結果(表1∼4) 14例のうち,MMRワクチン後が9例,ムンプ スワクチソ後が5例であり,ワクチン接種後2∼3 週間後の発症がほとんどであった。年齢はMMR ワクチン後のものでは1∼2歳に集中しており,ム 表1MMRワクチン接種後の無菌性髄膜炎 症例 1−1 1−2 1−3 1−4 1−5 1−6 1−7 1−8 1−9 接種から 年齢 性別 発症まで の日数 有熱 罹患年/月 期間 (日) 最高 入院 体温 期間 (℃) (日) 主な症状の持続期間(日) 項部 頭痛 嘔吐 痙攣 硬直 髄液細胞数 の最大値 (/3)
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89年8月 89年10月 89年ll月 89年12月 90年6月 90年7月 90年9月 90年10月 90年10月855947966
39.6 39.4 39.8 40.2 39.8 40.2 39.9 40.2 40.5597743320
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1224452560
3440 800 1072 4040 2012 3128 4800* 400* 200 * 髄液よりワクチン株ムンプスウイルスを検出 表2おたふくかぜワクチン接種後の無菌性髄膜炎 症例 2−1 2−2 2−3 2−4 2−5 接種から 年齢 性別 発症まで の日数 有熱 罹患年/月 期間 (日) 最高 入院 体温 期間 (℃) (日) 主な症状の持続期間(日) 項部 頭痛 嘔吐 痙攣 硬直 髄液細胞数 の最大値 (/3)M
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1049乙りムに﹂ 1 1960 3108 512 1920 608 表3 ムンブス罹患中に発症した無菌性髄膜炎 症例 3−1 3−2 3−3 3−4 3−5 3−6 3−7 年齢 性別 罹患年/月嬬ω
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主な症状の持続期間(日) 項部 頭痛 嘔吐 痙攣 硬直 髄液細胞数 の最大値 (/3) 備 考2YIM
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2040 376 3240 4400 1280 249 2992 DICを 併発表4その他の自然感染によると考えられる無菌性髄膜炎 症例
1234567890123456789012345678
1111111111222222222
一 一 一 一 一 一 一 一 一 一 一 一 一 一 一 一 一 一 一 一 一 一 一 一 一 一4444444444444444444444444444
有熱 最高 入院 年齢 性別 罹患年/月 期間 体温 期間 (日) (℃) (日) 主な症状の持続期間(日) 項部 頭痛 嘔吐 痙攣 硬直 考 備 数直朧
対①曙σ
1YgM M 89年4月 16 6YOM M 89年6月 8 4YIM M 89年6月 5 3YIM M 89年6月 6 1Y8M M 89年6月 171Y5M F 89年7月 5
5Y3M M 89年7月 94Y7M M 89年7月 13
5Y3M M 89年7月 17 5Y8M M 89年7月 2 2Y3M M 89年7月 84Yl1MM89年7月 2
1Y10M F 89年7月 8 5YlM F 89年7月 39YgM M 89年8月 8
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0YIM M 90年8月 101YgM M 90年8月 6
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6Y6M M 90年9月 7 0M22D F 90年9月 62YgM M 90年9月 5
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9880907999889997998389789897
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6123277113 50081 7852632517
Wilson病 手足口病 手足口病 ンプスワクチン後のものではそれよりもやや年長 の2∼4歳児に多くみられた。これはワクチンの接 種年齢と一致している。それに対して,自然感染 によるものではさらに年長の小児に多い傾向が認 められた。1歳未満ではいずれのワクチンの接種 も行われていないため,自然感染のみとなってい る。(図1)。 性別は,MMR後のものでは女児は2例のみで あり,ムンプスワクチン後のものでは全例男児で あった。また,自然感染後のものでも女児は35例 中6例(17%)のみであり,明らかに男児に多く 見られた。 発症した月に関しては,MMRワクチン,ムソ プスワクチンともにあきらかな季節性を認めず, 自然感染によるものと異なり,夏期に多い傾向を 認めなかった(図2)。ムンプスワクチン後の無菌 性髄膜炎は89年には5例みられているが,90年 には1例もなかった。 最高体温はいずれも39 一一 40℃の高熱となって おり,自然感染によるものに比して有意に高かっ たが(P<0.001;図3),有熱期間に関しては有意 差を認められなかった(図4)。 髄液細胞数の最高値は,ワクチン接種後のもの では400∼4040/3,自然感染によるものでは66患児数 人 10 8 6 4 2 0 89年1月 4月 7月 10月 90年1月 月 4月 7月 Z MMR後 ■ ム刀’スワクチン後 ロ ム>J’ヌ鋤膜炎 □ その他の自然感染 図2月別患児数 10月 4eLll :o♂ e ?.79 Po l [「1’倹群 自怜呼ユ群 、ピ「°ス髄膜士← lMMFTさ+∴1:1qn41妻1 (rTsttrtn自賊蝋是、 図3最高体温(検定et welch−t−testによった) 日 」一 1: 「「 ♪「+, 1.a”君羊 E∋)X感元と君} ・MMR償㌔・冷・㌔封 Lムパ磁膜企 +その他の自然賊京」 図4 有熱期間(検定はwelch−t−testによった) ∼4400/3であり,ワクチン接種後のもので有意に 高かった(P<0.001;図5)。 臨床症状については,嘔吐はワクチン接種後の ものでは全例に見られたが,接続期間については ワクチン接種後のものと自然感染によるものとの 間には有意差はなかった。痙攣はワクチン接種後 のものでは14例中2例(14%)にみられ,自然感 染によるもの(35例中8例;23%)との間に有意 差はなかった。項部硬直についてはワクチン接種 後のものでは自然感染によるものに比べて有意に 長期間持続したが(P<0.05),重症化した例はな く,全例後遺症なく軽快した。 MMRワクチンとムンプスワクチンを比較して みると,接種から発症までの期間はムンプスワク チンで有意に短いものの(P<0.005),有熱期間,最 高体温,嘔吐の持続期間,髄液細胞数などの臨床 的特徴については差を認めなかった。 MMRワクチン接種後の2例より採取した髄液
50⑳0/3 4eee 嚇 2eeB 1醐 P=00126 ワPチン憤2羊 自然感染群 ・MM・後…加畷・四三麟6禦, 図5 髄液細胞数の最高値(検定はwilcoxon rank− sum testによった) からのムンプスウイルスの分離を仙台市衛生研究 所に依頼した。その結果,両方からウイルスを分 離したため,国立予防衛生研究所にPCR法によ るワクチン株の同定を依頼し,ワクチン株である ことが確認された。 考 察 ムンプスワクチンは1967年にJeryl Lynn株が 初めてアメリカで実用化され,1973年にはMMR ワクチンとして接種されるようになった。これら のワクチンの接種後に発生した無菌性髄膜炎は報 告されておらず,きわめて安全なワクチンとして 日本でも1981年にはムソプス単独ワクチンが市 販され,任意接種の形で広く使用されるように なった。現在は5種類の自国開発ワクチソが使用 されている。MMRワクチンは1974年に全国的に 試験接種が行われ,1989年4月よりMMR研究会 統一株を用いて麻疹定期接種のかわりに行われる ことになった(表5)。 MMRワクチンが導入されて数ヵ月後より,全 国各地で接種後に発生した無菌性髄膜炎が報告さ れるようになった。これがマスコミによりワクチ ン後無菌性髄膜炎の多発として報告され,注目を 集めることになった。その後,厚生省感染対策室 では全都道府県を通してPCR法による髄液より 表5統一株MMRワクチンに使用されている ワクチン株
麻疹AIK−C (北里研究所)
おたふくかぜ 占部AM−9 (阪大微研)風疹TO−336 (武田薬品)
のワクチン株ムソプスウイルスの分離を含む大規 模な調査を行い,MMRワクチソ接種後の副反応 としての無菌性髄膜炎の発生頻度は数千例に1例 と,以前に推測されていたよりもはるかに高率で あることを示した2)。 それまでもムンプス単独ワクチン,MMRワク チンの接種後に発生した無菌性髄膜炎は報告され てはいたもののごく少数であり3),それらの髄液 より分離されたムンプスウイルスが野性株である かワクチン株であるかを鑑別するためにおもにウ イルスの細胞内増殖能によっていたためほとんど が野性株と判定され,自然感染の混入によるもの として報告されていた4),しかし,野性株とワクチ ン株の遺伝子の塩基配列の違いを利用して両者を 鑑i別するPCR法(Polymerase Chain Reaction) が開発応用され,これらが容易に同定されるよう になった5)。 このように従来考えられていたよりもはるかに 高率に無菌性髄膜炎が発生した真の原因は今のと ころわかっていない。アメリカで長年にわたって 使用され,無菌性髄膜炎の報告のないJeryl Lynn 株と日本で統一株として用いられている占部株の 比較臨床試験は,フィンランド,スウェーデソ, オーストリアなどで行われたが6∼9),とくに占部株 について副反応を指摘する報告はなかった。両株 を併用しているドイッではいずれの株でも無菌性 髄膜炎の発生が報告されており,Jery1 Lynn株6 例(うち脳炎の合併2例),占部株2例であった1°)。 また,MMRワクチンになったことによる向神経 性の変化の可能性を指摘する意見もある。 今回の我々の検討では,全ての症例で髄液より ウイルス分離を試みたわけではない。しかし,ワ クチン接種後に発症した例ではいくつかの点で自 然感染によるものと明らかに異なっている。ワク チン接種後のものが従来いわれていたように自然感染の混入によるものであるとすると,自然感染 によるものと同様の季節性を示すはずであり,ウ イルスの検索を行った2例よりワクチン株が分離 されたことからもこれらがワクチンの副反応であ る可能性が高いと考えられる。臨床的には最高体 温が高く,項部硬直も長期間持続し,髄液細胞数 の増加が著明であるなど,自然感染によるものと 比較して重篤感が強いが,有熱期間,痙攣の頻度, 嘔吐の持続期間などには差がなく,全例が後遺症 を残さず軽快しており予後は良好であった。 また,今回ムンプスワクチン接種後の無菌性髄 膜炎を経験し,その臨床像を知ることができた。接