『別座舗』『炭俵』連句抄
18
0
0
全文
(2) 15. 『別座舗』『炭俵』連句抄. 『炭俵』と較べて同日の談ではない. 一年『七部余録』に入れられて普及したされるが, 芭蕉は旅立の数日前,普通大づかみに五月初旬と言われているが,それでよかろう.有名 な『別座舗』の子珊の序の「麻の生平のひと-に衣打かけ身かるく成行程」は夏もやがて 深まろうという感じである。それに芭蕉の「紫陽草や薮を小庭の別座舗」の句も四月より は五月,梅雨時の感覚である。なお細かく考えれば,五月五日以前と推測される。五月二 日付宛名人不明の書簡に「六日二立可申と存侯。いまだ持病も碇ミ無御座候間,八日九こも成可 申侯や.先六日立之筈二人ミニ-申きかせ,一両日ひそかに休ミ発足可仕哉と奉存侯」とあるから である。更に「新麦ほわざとすゝめぬ首途かな. 山店」の山店芭蕉の両吟歌仙も,子珊の 所での会よりも遅れて巻かれたものの様であるので,五月も本当に早い時期だったと思わ れる。その初旬の晴れたある日,芭蕉は子珊の家に招かれた。送別の句会である。 紫陽華や薮を小庭の別座舗 よき雨あひに作る茶俵. 芭蕉 子鋼. 昼の事であったらしい。庭のあじさいを見ているからであるo脇句の仕事の桝まいから, 午前中からと考えた方がいいであろう。鰻別の句会が催され,その一巻を巻頭として-隻 が撰ばれるo子瑚の序文には 魔の夏草に発句を乞て噛ながら歌仙終ぬ。是を巻頭として有合たる巻々,夏の句の云捨たるをと り集,門人の鱗別をむすひて伊賀の山家のつれつれに送侍る.. と結んであるが,実に正直な書きぶりである。有合わせたる巻に,発句も夏の句ばかり, 誠にそそくさとできた-集である。 ここに何時頃その編纂が終ったかというに,芭蕉の旅の途中の吟が二句, 夢. 道中より聞ゆ. 鷺や竹の子薮に老を鳴 橘. 前に同. 駿河路や花橘も茶の匂ひ が載せられているから,その句が撰者の手許に届いた以後の事ということになるo. (この二. 句は『炭俵』にも収められているからそこにも同様の事が言えよう。). 駿河に入ってからの句であることほ明らかであるが,それを報ずる手紙の書かれたのは. 何処であったろうか。五月十三日ほ三島泊りと換定されている。五月十五日に島田に着い た事ほ十六日付,曾良宛書簡(十五日嶋田へ雨に降られながら着侯。)でほっきりしている。十 四日ほどこで泊ったかは解らない。十四日の泊りに子弼またほ野披らにこの句を報じたか も知れぬが,句ほそのあたりに得たとしても,それを報じたのは,島田,五月十六日以後 のことと考えた方がよさそうであるo. 閏五月廿一日付杉風宛書簡に「十五日嶋田へ着侯而一. 夜留侯処,其夜大雨風,水出侯而三日渡り留侯而,十九日立申侯。」また,. 「嶋田よ′り-通書状顧置. 侯。相届侯哉。」とある。この嶋田よりの-通ほ今残っていないが,川止めの為十九日まで 逗留を余儀なくされた芭蕉が,この機会に先に引いた曾良宛書簡(箱根まで見送ってくれ た謝意が述べてある)早,杉風宛その他,江戸の人たちに道中の模様を報せ,懇切な見送.
(3) 16. 田. 義. 雄. りへの礼状を記したものと思われる.さて,十六日以降に善かれた子刑宛の書状に,二旬 が報じられたとして,江戸に着くのが早くて二十日にはなろう。それ以後の編集であるこ とほ疑いない。. さて,五月二十日過ぎ撰の喋った『別座舗』ほ,閏五月の一月を隔ててではあるが,六月 十日頃には出板されていた模様であるo冒頭に引いた六月廿四日付杉風書簡は『別座舗』 出掛こ揚んだ,様々のでき事を知らやるので,煩を厭わず引用すれば,まずその書き出し に,r. r六月三日御状相違し侯o同十二日御細書,廿二日二京より廻り大津へ相届候.」とある.十二. 日付の杉風の書簡にほ,江戸における門人たちの『別座舗』に対する反応が報じられてい たものと推定され,芭蕉の書簡の後半にほ,. 「其元宗匠共とや. 「野披利牛御陰腹立侯由尤二侯」. かくと難じ侯由,御とりあ-被成まじく侯」等と見える。六月廿四日には大坂での才丸の批評. が伝わって釆ている(やほり廿四日付書簡に「大坂こて伊勢より出侯-有と申俳詔師方こて才丸見 申供て-.・これ-これ-と驚侯よし,. -有酒堂こかたり供よし相聞侯」)ので,大坂-流布する為 にも江戸での出板ほ六月十日頃にほと考えられる。 巻頭の歌仙が巻かれてから編の成るまで二十日余り,板に成るまで二十日ばかり。取り 急ぎ編集し取り急ぎ板にする。先の芭蕉書簡に「清書貴様に見せ不申候由,両人初而の板 行柾侯-バ是も尤二俣」とある.棚上捌こなったことに移風ほ不満であった様であるが,. 子珊たちほ急く小余りに杉風を通りぬけてしまったのであろう。野披利牛等の作を省いたの ち,故意も有ったろうがやはり急くtlのが口実であったと思われる。 取り急いだのほ子刑たちの「紫陽草や」の歌仙に刺激された心からでほあるが,芭葉の 期待と悠愚もあったものと思われる。芭蕉の最後の旅は行くさきざきで,かるみの新風を 鼓吹し,指導するのが大きな目標であったと現在そう言われている。その指導の好見本と して,. 『励医』なり『別座舗』なりの少しでも速い出板が望まれたであろう事もたれも一様. に認めることでもあろう。. 2 『紫陽草や』の歌仙の註解ほ石今の『芭蕉翁附合集評註』 (芭蕉の付句だけ)と湖中の『鳶羽集』, 『蕉門珍書百種』中の野田別天楼氏の開題中の註,広田二郎氏の『校註芭蕉連句集』と中村俊定氏の 『芭蕉全集』の頭注など,比較的少ないので,今全註解をここに試よう。 芭蕉. 紫陽草や薮を小庭の別座舗. 発句。夏(紫陽草). 子刑に招かれたそのかざり気のないよさを賞めた句。紫陽草が咲いている,薮の眺めを そのまま庭にとりいれた清閑な別座敷よ。紫陽草がまず歌われているが,紫陽草ほ軽く, 別座敷の清閑さのめでたさが表に押し出される。勿論挨拶の句である0. 「別座敷」に招い. た主人の志も察せられるし,そこに快く請じ入れられた客の歓びも素直に感じられていい 句である。. (今簡明に解したが,諸説についてほ岩田九郎氏の『芭蕉俳句大成』を見られたい.). よき雨あひに作る茶俵. 子桐. 脇。夏(茶俵).
(4) 17. 『別座舗』 『炭俵』連句抄. このすがすがしい別座敷を持つ家の,母屋の方での仕事の様子。茶は湿気を嫌うから, 梅雨の晴れ間,かっと陽の照りつけるその時を選んで茶俵を作るのである。紫陽草ほ梅雨 時の花であるから季節ほ見事に合う。茶俵を作るのも,他の作業よりもすがすがしい気分 を持っている。梅雨晴れのまぶしさも思われるし,別座敷のすがすがしさにも合っている。 子刑の家ほ農家であったのであろうか。母屋の方でほ茶俵を詰めておりますと,実景を以. て挨拶に応えたのである。 朔に鯛の子売の声聞て. 第三。雑. 杉風. 茶俵を作っている仕事場,家の内から垣根の外へ場を移したのである。家の中でほ茶俵. を作る仕事に皆いそしんでいる。その時表の通りを鯛の子売が,. 「鯛の子.鯛の子」と呼び. ついたち. ながら通って行く。朔日の恐らく朝。元気のいい呼声。子鯛であるのも他の雑な魚よりも 品がよく,景気がいい。陽の輝き,茶俵のかく小わしさ,見事な第三である。. 出駕寵の相手誘ふ起々. 桃隣. 四旬日。賓臣. 前句の早朝の感じを見事に受けている。起きるやいなや相棒に『おい,出かけようじゃ ないか」と声をかけて仕事に出かける駕寵かきたちの様子。限もまだこすっているかも知 れないが,元気に溢れている屈強な男たちの姿を連想するのほ,前の句からの響きであるo かんかんと有明寒き霜柱. 八乗. 五旬日。冬(霜柱)月の句. 誘い合って出かける起き起きの寒い路上の様。空には残月が白くかかっている。それす. らも寒いのに地上ほ堅い霜柱が凍てついている。いかにも寒い。そこに降り立って来る駕 寵かきたちの寒そうな姿が努髭とするo着物も短かく,寒そうな歴も見える気がする。単 に天地の象を見せただけで,そういうイメージが鮮やかに浮ぶのは,たいした働きの句で ある。しかも鯛の子売の世界から,きっぱり断ち切って見せたのも気持がよい。月の句だ が勿論冬の有明月。 棺堀かけてけふも又来る. 蕉. 六旬日o冬(棺). 土も凍てついた山中で,棺,薪にする木の根や切株を掘る。そのつらさ切なさに,仕事 を半端にして休みに来るのである。昨日もそうであったが今日もまたそうである。仕事が一 発日も続いていて,しかも今日もまた辛棒できないo. 住憂て住持こた-ぬ破れ寺. 刑. そのつらさよo. 初裏一句目o雑. 棺掘りあく小ねて休みに寄る所が,山中の廃寺なのであるo住持もいたたまれず逃げてし まうく、、らい住みづらい場所。恐らく人里離れたわびしい山寺なのであろうo. 修業も積み,. 浮世の事を離れたほずの憎も住み憂く捨ててしまったという,どこかおかしく,多くかな しい付けである。.
(5) 18. 田. どうどうと鳴浜風の昔. 風. 義. 雄. 初ウニ旬日。雑. 破れ寺のある所を浪風の烈しい海岸の寺に転じたもの。いかにも烈しいどうどうと鳴る 浜風,まことに凄じくわびしいであろう。 若党に羽織ぬがせて仮枕. 初ウ三旬日。兼. 隣. 浜風の音烈しい場所で,旅寝するほ武士。供させて釆た若党に羽織を脱がせて,悠揚迫 らず松の根方に仮寝する武士。海添の街道を旅して釆たのである。 ちいさき顔の身噂よき. 初り四句目。雑. 桑. 「羽織ぬがせて」仮枕を結ぶ人を若衆と見たのである。きりりっとした顔つき,身噂み のいい,健気な,可憐な若い武士が目に浮ぶ。羽織をぬがせてやっている若党,主従であ るが,この主従のけなげさにほ何か特別な愛情が通っていほしないか。 商もゆるりと内の納りて. 蕉. 初ウ五旬日。雑. ちまちまとした顔で身噂みのよい人,それを女性,商家の女房と見立てたのである。こ. の様な女房のいる商家ほいかにも内福な,堅実な商家であろう。. 「むつまじくめでたき内. のさまなり。商ひも繁昌し,さて夫婦中もよくて,女房もよき人のちひさき顔に,今やう ならず桝まひておとなしき姿ならむ。」 『附合集評註』の説よろし。 山のかぶさる下市の里. 弼. 初り六句目。雑. 下市は大和吉野川沿いの町。いかにも古い土地柄の,山間につつましく栄えて来た村里 を思わせる。そこにほゆるりと内の納った家々があるのである。. 「山のかぶさる」が下市. の里なればよく利いている。 草臥のつゐては旅の気むづかし. 風. 初ウ七句。雑. 旅人の気持の巧みに捉えられているのに驚く。疲れるとつい不機嫌になる。下市の里に あい. 釆た頃,山間の旅なので,疲れが出たのである。 れる。. 「宿とる,とらぬの仲間あらそい」 四日の月もまだ細き影. 隣. 「山のかぶさる」で欝陶しい気分が感じら. (芭蕉全集)0. 初り八旬日。秋。月の句. 放で宿を取る頃の空,四日の月がはっそりと心細く上っている姿。そのかぼそい便りな い姿が旋の疲れをなおそそるのであるo 『鳶羽集』「草臥のつくといふより,夕昏のさまと思いよせたり」はよし,. 「細きかげとい. ふあしらひは,夜道する事の叶はぬさまを見せたる也」ほうがち過ぎ。 秋来ても畠の土のひゞわれて. 桑. 初ウ九旬日。秋. 空にほか細い四日の月.それは何か不安を感じさせるo地上はひゞ割れた畠の土o空の.
(6) 『別産舗』『炭俵』連句抄. 19. けはいに対してずばりと地上を描いてみせた。月影の不安ほ日照りのなお続くのを思わせ る不安とみたのである。だんだん月の満ちて行くにつれ秋も深まるであろうが,まだ秋に 入ったばかり。. 雲雀の羽のはえ揃ふ声. 蕉. 初り十旬日。秋(雲雀の羽の生え揃ふ). 前句ほ秋であるからこの雲雀ほ春の子雲雀でほなくて秋の『鳶羽集』に言う「練雲雀」 と見る。 「鳥は大かた六月とやがゝり,秋に至て其羽は-揃ふもの也。雲雀のとやがゝりて飛ぶこと ・心のまゝならぬをねりーひばりといふ。』. 次は花の座である。その為にほこの句は春であった方が付けやすい。それで芭蕉は雲雀 の羽の生え揃ふ様を詠んで,前句とは練雲雀の秋で受け,後句-は春の幼ない雲雀と取ら 港,季移りの橋渡しをしたのであるo確かに器用で,技巧ありというべきであろうo 珊. べらべらと足のよだるき花盛. 「べらべらと」は足に力の入らない形容。. 初ウ十一句目o春(花盛)花の句 「よだるき」ほひどくだるい。花盛りの季節の. だるい感じを捉えたうまい句である。雲雀の羽の生え揃う声もなごやかであれば,眠気も 「べら 誘う。体全体がどうにもだるくて力が入らない。足がけくっとして力が入らない。 ・べら」とは面白い語感である。濁音でなしに「-らへら」と『幽蘭集』等にあるが,それ でも十分意味が通るが,原書の「べらべらと」を生かしておこう。 ひらたい山に霞立なり. 風. 初り十二旬日。春(蛋). 高い山,遠山に霞がかかる等は普通の風情。平たい山に霞がかかれば愛嬬があり,のど かそのものである。そのひらたい山の花を見て歩こうとしたら,ひらたい山なのに,それ でも足に力が入らず降参してしまった様である。楽しい句。 正月の末より鍛冶の人雇. 隣. 名残表一句目o春(正月). 二月から鍛冶屋ほ忙しくなる。農事なども始まる季節になるからである。それを今年ほ もう正月の末から人を雇って活気づいている。表でほひらたい山に霞がかかってのどかな 寿が展開している。前句の明るさを生かしての付。「二月八月をもて鍛冶の時節とす。故にむか (鳶羽集)というはよし。. .&槌の人雇ひしたるさまをあしらひたり」. 濡たる俵をこかす分ケ取. 桑. 名オニ旬日。雑. 大水などで倉積の米俵が濡れた。そのままでほ腐ったり処置なしなので1安く分配する。 それをわれ勝ちに持って行く姿である。前句の「人雇」から,賑やかな人数を感じ取って, 大勢が大さわぎで米俵を分け取りしている様をつけた。面白い題材である。 昼の酒寝てから酔のほかつきて. 蕉. 名オ三旬日。雑. この句などほ芭蕉のうまさにはとほと感服する。前の句の騒がしさ,欲に熱中している -何か雑然とした感じを,ほっかりとおとなしくしてしまうo鬼手であるo何で昼日中から.
(7) 20. 田. 酒を飲んだのであろうo. 義. 雄. ほっきりとは言っていない。それもこの句のゆったりした味であ. るが,推測すれば,昼の労働(濡れた俵を転したりした)が一段落ついたので,その祝い 酒などを考えればよい。慰労の酒か,祝い酒か。ゆったりと句は転じてゆく。 五つがなれば帰ル女房. 名オ四旬日.恋′. 刑. 五つほ午後八時。その時刻には外出していた女房が帰って来る。実直な女房を感じ取るべ きか。前句の昼の酒に身をほかつかせているのを亭主と取った。昼から酒を飲んだのは女 房不在の所在なさであろう。その酒が寝てから廻り出したのである。家庭的な感じを汲み 取っての面白い付けである。女房の帰って釆ない前に寝てし.まっているが,限をつぶって しまったわけでほない。女房の帰って来るのを心待ちにしているに違いない。床に入ったの. ほ亭主のずるさかも知れない。とにかく色々の事が想像される。この歌仙にほこれとほっ きりした恋の場面が措かれていないo 一巻に恋の句のないのを律義な巻というというo この句などが恋の句の働きをしていると見るべきであろう。前の句と一つとなって,恋の 感じである。 風. 此際を利上ゲ計に云延し. 名オ五旬日.雑. 「際」ほ支払をすべき節季。五つがなれば帰る実直な女房の働きである。質などの期限 になって,利子だけ払って,元金返済を延ばしてもらったのである。借金の言訳をせざる. を得ない生活だけれど,うまくそれを言延ばした。うまくいった安堵,よろこびは大きい。、 それが次の句, 隣. まんまと今朝ほ弼を乗り出す. 名オ六句目。賓臣. してやったりという得意の気持の溢れる句を導き出す。傭後の柄の津をまんまと船出し てしまうのである。師の津ほ瀬戸内海の繁華の港。芙しい遊女等が多くいた。. 「レナふほけふ. 翌ほあすと打なくヾり,漢-船を入るゝより,実情に心をうしなひ,湯水のやうに金銀をつかひ捨,そ の度にあか手を摺りて,問丸の方へわびる挙動也」. (鳶羽集)。広田二郎氏の『校註芭蕉連句集』も. これにより,沖廻りの船頭が,遊里で使い過ぎた金を問屋から借金したが,やっと利上げ だけで返済を延ばし,沖に出帆してやれうまくやったとほくそ笑むさまとわかりやすく話 される。. 結構な肴を汁に切入て. 桑. 名オセ旬日。雑. うまく船出した。それまでは出発しあく、、ねていたのである。恐らくは悪天候。いまほ天 候回復見事船出。順風満帆,船旅であれば結構な肴を使い放題。よろこびに満ちている。 このあたり句運び,リズミカルな感じがする。 見世より奥に家ほひつこむ. 蕉. 名オ八旬日。雑. 結構な肴を切入れて,上等な料理をとるのほ富裕な商人であろう。豊かなにぎやかな食. 事が想像される。その住居もこの様。落ち着いた余裕ある暮しぶり。. 「豪家,富商の人の家.
(8) 21. 『別座舗』『炭俵』連句抄 づくりにかかるがおほし」. (附合集評註。). 取分て今年は暗る盆の月. 珊. 名オ九旬日。秋。. (盆の月)月の句. 「あらたに家を造りて飛退たる人の霊祭りする体と思ひよせたり」. (鳶羽集). 「老夫婦が隠居所を. 建て,店から手を引き落ちついた心持で盆のたま祭をして,月をしみじみながめてゐるさま」 註芭蕉連句集). (校. 。. 十分ゆきわたった充足感が二句の問にある。 風. まだ花もなき蕎麦の遅蒔. 名オ十旬日o秋(蕎麦). 盈頃よく晴れ切った目が続いた。そのためにただでも遅蒔の,そばの成育が遅れた。作 物の不作の欺きよりも,花もまだつけていないそば畑の,初秋の風情を汲む方に力を入れ たい。そうでないと,初折の裏の 四日の月もまだ細き影. 隣. 秋来ても畠の土のひゞわれて. 桑. の句と余りにも似通って来るからである。初折の方はまだ熱暑の残っている姿,こちらは 秋にほなったが,花もなくか細いそば畑の風情o 柴栗の葉もうつすりと染なして. 隣. 名オ十旬日。秋(柴粟). 花もないそば畑の周りの山の風趣を措いたもの。ささ粟の菓の薄紅菓した姿が美しい。 仙深い畑なので,遅蒔のそばの成育が悪いのである. 国から釆たる人に物いふ. 名り十一句目。雑. 桑. 前の句を生れ在所の風景と見たのであるo或いは丹波の,或いほ信濃等の山奥から出て 一乗た奉公人の姿を出したのである。誰か故郷から出て来た人がいる.その人と懐しくこと ばなど交わす。親愛の情がふっと流れるo しかしこれといった大きな話題,事件があった わけでもない様である。. 閲しうー白梅て供支度. 蕉. 名り一句目.雑. 犬いそがしで米一日つき終えて,主人の供に出ていく奉公人の姿。国から釆た人ともゆ っくり詰もしていられない。しかし奉公人のつらさが主題ではない。いわば実直,小豆に 働くその人物の感じが大切な様である。 糞汲にほひ隣さうなり. 珊. 名ウニ旬日。雑. 『去来抄』の中の『凡 一日つくのほ土間などの仕事。隣の便所などにも程近いのである。 兆日尿糞の事申べきかo先師日嫌べからずoされど,百韻といふとも二句に過く巾べ_j5、らず. 一句なくてもよからん」の問答が思い出されるoその一句が,ここでほ巧みに使いこなさ. れている。あわただしくついている所-,ぷんと臭って来るのである。 今の問にしるう成程降時雨. 風. 名ウ三旬日。冬(時雨).
(9) 22. 義. 田. 雄. ちょっとの問に土地がすっかりぬかるんでしまう程,ほげしく降る時雨。前の句。糞汲 むいやな感じを,ぬかるんでしまう道悪のいやさに受けている。なお言えば,くoっという 程の時雨の中を,糞汲む匂いが漂って来るのである。雨の中を空気が動かない。糞汲む匂 (ぬか 「しるう」ほ澄んで読む「しるし」 いが動かない。全くうまく相応じた付句である。 るむの意の形容詞)の連用形。 桑. 日用の五器を寵に取込ム. 名り四旬日o雑. 寵ったもの,不愉快なものからほいい加減さっと離れなくてほいけない。その為にほ相 当転じた句でいい。日用ほ日用取,五器ほ椀の事。突然激しく降り出す時雨に,日傭の九 が膳椀をしまいこむ様をつけたのである。日傭の人が何の為雇われたか,しまいこむ椀の 数ほかなり多い様な気がする。しかし今この付句でほそんな事は問題でほないのである。. 屈従衆御茶屋の花にぎわめきて. 隣. 名り五旬日。春。花の句. 花やかな句になったo前句なにかの催事がある気配である。それを花見の宴としたo の句に下人のあわてふためく様子を感じて,身分ある人の御入来を思いよせた」(芭蕉全集) でよろしい。屈従衆(小姓衆)のざわめくのは花にほしゃいでいるのである。花見の宴だ というので,お供の人達も陽気になっている。御茶屋をお屋敷の中の掛茶屋(芭蕉全集)と 見るのもよい。貴人ほ遠く-花見に出る必要ほない。我が庭に花見の茶屋を作らせる。そ れでいかにも殿様らしくなるだろう。しかし御茶屋を高級な料亭とみてもいい。元緑時偲 の殿様をもっと親近な所へ持って来たい気もする。 小船を廻す他の山吹. 筆. 挙句。春(山吹). 他に舟を浮べた。山吹の花の咲いている所で方向転換するo舟が揺く小o乗っている小姓 たちの挙げる声が聞える。いかにも美しい,見事な挙句である。 3. 「紫陽草や」の歌仙を読み進んでみて,難解なところの少しもないのに気づくであろうo まず難語がない。句の意味も,前句との付け心もよくわかる。平明そのものである。この 平明に理解できるのが「かるみ」であることに違いないが,ただ平明なのが,そのまま「か るみ」であると考えると誤る。. 前句との関わり方がよくわかるのは,前句の事情,場所,人物等にぴったり適った付旬 がついているからである。. 住憂て住持こたへぬ破れ寺 どうどうと鳴浜風の音 若党に羽織ぬがせて仮枕 ちいさき顔の身噂よき 商もゆるりと内の納りて. 「前.
(10) 23. 『別産舗』 『炭俵』連句抄 山のかぶさる下市の里. 「住持こた-ぬ破れ寺」と言えば,いかにもそれにふさわしい荒涼たる海辺の松風の中 に場所を定め,その浜風の中に悠々たる武士を族寝させる。その武士を可憐な少年武士に 見たてて行く。それほ大方ほ前句の場所や人物の意味のつながりによって付いているので, 「いわば一種の心付,句意付」であると大谷篤蔵氏は言われる。. (芭蕉連句における「人間」,. 『口語口文』34,5)。上の六句ほ即ちみなそれである。が,さりとて前句の余情を全く捨てた. わけでほない。句と句の関り方の筋道がわりとほっきりしている仕方だということで,旬 付を捨てたわけではないo. 「匂付的・L付」と言う方が理解し易いかも知れない。一筋道さ. え明瞭ならばわかりやすい付句になるのだろうと,いわゆるベタ付をいいとされると困る のであるo. 「かるみ」の時代の作品ほ人事の句が多い。そして登場するのほ市井平俗の人,それが 作品を「かるく」もし,低俗化もしていると言われる。「紫陽草や」の巻にも勿論たくさんの 人物が登場し,しかも確かに市井平俗の人ばかりであるo. しかし注目すべきことほ,みん. な幸福な人たちであることである。登場人物の種々相ほあるが,ゆき詰って深いため息を つくような人物ほ出て来ない。 ちいさき顔の身噂よき 商もゆるりと内の納りて 正月の末より鍛冶の人雇 濡たる俵をこかす分ケ取 昼の酒寝てから酔のほかつきて 五つがなれば帰る女房. 結構な肴を汁に切入て 見世より奥に家はひつこむ 等等である。 「都会に出て釆た奉公人」 「早朝に働きに出る駕寵かき」 「利上ゲばかりで済ます人物」な ど,生活の豊かでない人物も登場するが,その生活の姿をそのまま写し出して,生きる苦 しさを訴えることがない。. その点『炭俵』巻頭の「むめがゝにのつと日の出る山路かな」の歌仙と頗る趣の違うと ころである。. 「むめがゝに」の巻にほ近代の注釈も多いので,いまほ軽く触れるが, ほそもと. 野披. 奈良かよひおなしつらなる経基宇 ことしほ雨のふらぬ六月. 芭蕉. この二句を見ていると,白々と挨っぼい奈良街道が見えて来る。荷を負って歩いて行く 行商人。 「あだに催るべき幻術」とほこの様な句を言うのだろうo.
(11) 24. 吉. 義. 預けたるみそとりにやる向河岸. 野披. ひたといた出すお袋の事. 芭蕉 蕉妓 芭野. はつ午に女房のおやこ振舞て 叉この春も済ぬ牢人. 未進の高のはてぬ算用 隣へも知らせす嫁をつれて釆て. 披蕉披. 野芭野. 千どり噂一夜一夜に寒うなり. 一夜一夜に寒くなる季節,夜遅くまで末進の年供米について計算しなければならない村 役人たちの姿。未進なのは村の不作か。思案ほつきているのだけれど,何とかしなくては ならない。それでまた算用を続けるのである。. 「隣-も」の句,悲しい句だと思うが,どうであろうか。まともに婚礼もあげられない 人間。切羽づまった苦しさ。ただこの句ほ挙句の前でもっと軽く感じようとする人もある。 いかが。. 「少し滑梧味を帯びてゐる附筋。去来の所謂ほどけたる事野妓に及ばずのほどけ過ぎた野坂. の傾向」。. (『連句私解』賓川他石氏)0. 再び「紫陽草や」の歌仙に戻れば,更にそこには風狂の人も出ない,高逸隠士も登場しないo 典雅な古典から生れた人物も出ない。極めて自然な身の廻りの登場人物ばかりである。そ してその人たちほ概して幸福に満ちている。一巻はやすらかで明るかった。これほ見る者 を喜ばせたに違いない。無理に想を凝らし,詩的人物を作り出すことはない。自分たちの廻 りの人たちだけでやすやすと巻ける。「かるみ.」の見本としてぼ恰好な一巻だったのであるo 4. 『別座舗』所収の他の四歌仙にほ芭蕉ほ加わっていない。第一ほ桃隣発句,杉風,子刑, 李里,八乗,子祐,太大,亀水,楚水の連衆。第二の巻ほ八乗発句で,遵衆は第一と同じ. 相継いで巻かれたものであろうo第三ほ「贈去秋芭蕉庵」とほしがきして子珊,杉風の両 吟。第四は「採茶席月興」の槍波(宗波のこと)杉風両吟。 さてこの四巻に持つ興味ほ,巻頭の「紫陽草や」の一巻とのつながりである。芭蕉のか. るみに深い共感を覚えて-集を編んだ,これ等の作者たちの実作品は果してどのようなも のであったか。芭蕉の説くところがどのように理解されていったか。ひいては『別座敷』 ・の鳴り渡りの本体ほ何であったろうか。. 取あげてそつと戻すや弟の巣. -桃隣. 発句。夏(鶏の巣). 句意ほ説くまでもなかろう。何の感動もない平凡な「ただごと」の句である。これが桃. 隣の力量かと思うと悲しくなるが,この何もなさを「浅き砂川」のごとく「形,付心とも に軽い」と考えていたとしたら大変な感違いと言わなければならないo 休む田植の尻に舗蓑. 杉風. 脇。夏(田植).
(12) 25. 『即座舗』『炭俵』連句抄 これまたその通りのことである。 子刑. 高低に崎なる家のしく小ろふて. 第三。乗臣. 「しく小ろふて」ほ時雨が何度も降り続けている姿。 「しく小れ」ほ本来冬の季語だけれど,夏 からの季移りでは唐突過ぎる。ここは田植時に降る雨を考えているものであろう.海近い ので,土地の高低あるところに,家々が建ち並んでいる。その家々を時雨が濡らしている 景色。半農半漁の村落。眺めとしてほ悪くほなくまあまあの第三o サ. ン. マ. 李里. 沖細魚の塩のきかぬ南気. 四旬日。秋(押紙魚). 南気ほ暖かい南風。あたたかい湿気を帯びた風の為に,せっかくさんまに塩しても,べ たついて利かないのである。さんまに塩するのは岬の魚家の仕事。. 木綿物預ケテ帰ル昏の月. 五旬日o秋. 八桑. 月の句. 「木綿物預け」るのほ何のため?またど 節句の何か不充実な暮しの感じを受けているか。 こ-預けるのだろうか。質屋でもあろうか。. 脇より宴ほあかひ蔦の菓. 子祐. 六旬日。秋. 蔦の菓). 月の夕暮を帰る,道すがらの景。ただそれだけ。 表六句は波潤を嫌ったのかも知れないが,平板そのもので,. 「紫陽草や」の巻の「かんか. んと有明寒き霜柱」のような,一句でもその働きの利いているのと,全然比較にならない 弱さである。 ツ. シ. 太水. 仕舞にほ藻井-上ケたる芋の茎. 初ウ一句目。秋(芋の茎). 「藻井」は「家の上方に丸太または竹を渡し,その上に小竹を組み並べ延を敷いて二階の様にした もの。美濃,尾張,伊勢の農家に作る」. (日本国語辞典)0. 余程たくさん芋がとれたのである。その芋の茎をつしに上げて,乾燥して保管するさま。 蔦の赤い秋の農家の姿。 亀水. 一里こちから泊り見にやる. 初ウニ旬日.雑. 旅をするので,世話をする人がわざわざ一里こちらから使を出してその宿の具合を調べ させるのであるoその泊りが前句の様な都びた農家だったのであるo 腹癖にきりきり痛ム節ツ替. 楚舟. 初り三旬日。乗臣. 季節の変り目に腹がきりきり痛むのが癖になってしまった。旅なども不安なのである。 窪ヒ所へ木の葉吹込む. 珊. 初ウ四句目o冬(木の葉吹込む). 窪い所-落葉がたまるのは当然の現象。節変りの頃の一光景をつけた。 昔より稲荷の前の挽細工. 風. 初り五旬日。雑.
(13) 26. 田. 義. 雄. 前句稲荷神社のあるあたりの景色とみて,社の前に挽細工物を商う店がたち並んでいる 様をつけた。挽細工はろくろで挽いて作る木地細工。 唯着のまゝて娘ほしかる. 隣. 初り六旬日。薙. 着のみ着のままでいいから嫁に来て欲しがるというのだが,余りにも人々が,俗にいう ことばそのままで,これでほ詩にならない。 ここで,この歌仙の全体を見ることを止めよう。およそこの様で芸術的に心を洗われる 作品でほないo解に及ばぬわかり切った句がたくさんあること,全体に平板なこと,句意 も難解なものがあること,付け運びの渋ること。芭蕉の限を経るどころか,芭蕉の説く所 を体しての作とも見えない。. 「かるみ」をどう理解したかを,とうてい論ずる段階でほないo. この集のた捌こあわただしく巻かれた歌仙に過ぎないと思われるo. 第二の「若竹の肌見せにけり五月雨. 八桑」の歌仙も,同じ連衆の,従って同じ様なで きである。表六句だけその証左のた捌こ挙げれば, 若竹の肌見せにけり五月雨 くさみ付たる片掩の麦. 八桑. 発句。夏(五月耐. 楚舟. 脇o夏(片掩の卦. 片梅の麦とは,水にひたして一度っいた麦oそれを乾かして,また水を掛けてつくのを 本線というo本つきでない麦なのでくさみがついたというのである。五月雨時の湿気のい たずらである.若竹薮のある田舎家の梅雨頃の一風情. 燕の三番子迄産達て. 桃隣. 第三。夏(燕). 発句,脇に続いてこれも夏の句。麦に臭みのつくのに時間的経過の長い事を感じ取って 「三番子迄産達て」という情景を想い得たのだろうか.心釦ゝにも爽快にもなり得ない余情 のなさである。 戸板に膳をふせる夕影. 子鋼. 四旬日o薙. 外での食事の様子。終って膳をふせたらしいが,前句とのつながり接,燕がたくさん子 を産んだ。それを楽しみながら戸外で食事したということにでもなるのか。 有明の船に召されて御寝ソなれ. 杉風. 五句目。秋(有明)月の句. 船でおやすみなさいという句だが,前句の外の食事から旋を連想したものか。夕日影か ら寝むべき時刻を考えたのか,難解なところがある。 どこらの畑か鹿を追ふ声. 亀水. 六旬日。秋(鹿). これはまたわかり易い.旋寝するそのあたりの景を描いたものだろうが,前句とのかかわ り,何の興もない句である。. 第一の「取あげて」の歌仙より動きがあって面白いかとも思うが,要するに程度の差で あるo. 「撃とりてにつこりと成蓑つき. 亀水」初折衷十旬日。などという付句に合うと第.
(14) 27. 『別座舗』『炭俵』連句抄. -の巻に挙げた「唯着のまゝて娘ほしがる」の句と全く同様で,この様な砕けた付けぶり を「かるいこと」と思っているのでほないかとほなはだしい不快感に襲われる。 第三の「晩鐘をおも-ば秋のはせを哉. 子刑」の歌仙は「贈去秋芭蕉庵」と作られた時. 期ほ分明である。芭蕉に贈ったのだから芭蕉ほ眼を通した事と思うが,更に一歩進めて芭 蕉の指導や推蔽が有ったであろうか。. 白の跡つく庭の露草 こぢ直す野分の空に月出て. 羽風風洞 子杉杉. 晩鐘をおも-ば秋のばせを哉. すくなき鮎を追廻しけり カイ. 羽風. 炭俵背負って下りる山の峡 潤のあれほまた降ぬ雪. 表六句を挙げてみる。第三の「こぢ直す」は「ねぢもどすと同じく,野分が漸く吹き衰 へて天候の恢復すること」 (蕉門珍書百種)。庭の草の露しとどに倒れ伏したのに対して,野 分の空漸く収った気配を見せたのであるoすくなき鮎ほ「落鮎」で秋o野分の後,水量の 「潤のあれば」ほ閏月. 増した山川で落鮎を括るのである。秋も既に深く,鮎の数も少ない。 があるので,の意。. 例年のことならば,この月日でほ山峡の道ほもう雪に埋まっていいほず,ところが今年 は閏があるので,本格的な冬はまだあとという句。一応おとなしい付け運びであるが,ほ. っと心を魅く,面白さがない。強いて言えば,先の二歌仙より素直で好感が持てる程度で ある。 「かるみ」の風調の特質といわれる人事の句の展開を見ても,. 初り ②合かけたる薬拾おく ③我顔の青きを恋となぶらるゝ ④二番手代の手持つれなき. 羽風羽風珊風. ①此寺の味噌の仕込を喰切りて. ⑤朝やけに北国米イを積あげて ⑥毎年秋は配ル御政 ③味噌の仕込を食べ切ってしまった寺。余裕のない寺の様子。 調合しかけた薬がそのまま放って置かれている様。. ②その寺の板の間などに. ③「我顔の」の句,. 「薬拾おく」から病. 人の様な青い顔の着想。その青い顔をしているのほ恋の病だろうとからかうというのは誰 しも考えつくありきたりでごくつまらぬ。前に問題とした「撃とりてにつこりとなる」, ④青い顔して恋にやつれているの 「着のままで娘ほしがる」と全く軌を一にした平俗さo を二番手代とみる陳腐さはいいとしても, とよ。. 「身持つれなき」という表現ほまた興趣のないこ. ⑤二番手代から米問屋をつけたのだろうが,二句の問にどの様な人の心を魅きつけ■. たり,驚かしたり,納得させたりする事件が考えられるだろうか。ことばとことばのべた.
(15) 28. 吉. 付けとほ言わない。. 田. 義. 雄. 「紫陽草や」の巻の付句毎に新しい世界がきりりっと作り上げられて行. っているのと比較する時,大いに概歎せざるを得ない.芭蕉に贈ったかも知れないが,鑑 裁を経た巻でほないであろう。. この点最後の巻も同様で,. いつも今頃椛畳をまつ 打続き空に根のなき日和雲 ソト. 漁杉杉. 薄の露もかほくから風 売に出す実の余をいけさせて. 波風風波波. 有明や袷巻きたる老の腰. ォサ. 外に涼しく糸通ス筏. 風. 発句ほ槍波老人の実際の姿o月に興じて夜深くまで時を過してしまったのであろう。脇 句もその時の実情。四旬日,. 「いつも今頃統監をまつ」その事がその様な余韻を持つできご とを生むのだろうかoふわっと日和雲が浮んで相変らずの天気続き,それで涼しい庭先に 織機を持ち出して織るoひどく説明的である。その女性的なにおいから下総あたりへ官大 は. た. エに出かけている夫を見せる。 我夫は宮を作りに下総へ 長雨つらく指折てみる. それはまあいいとして,次にその夫の留守した日数を指折り数えて,. 「長雨つらく」の様. に焦熱こ言い出されると,他の歌仙の取り扱いと比を失する嫌いがあるが,もうこの先を 見て行くことを止めようと思うのである。. こうして四歌仙ほすべて,余りにも「紫陽華や」の巻に見劣りがする。つまり「有合た る巻々」と見てよいであろうo尤も,夏季の二巻ほ,前にも触れたが,芭蕉の旅立以後, あわてて巻かれたものの気がするoでほ芭蕉の説き,皆の渇仰した,. 「かるみ」ほどこへ行. 「紫陽草や」の巻ほ平明であったo平明に作ればいいと思ったのであ ったのであろうかo るo四歌仙各巻とも表六句ほなはだ気力なく魅力に乏しいのほ,平明に作ろうとしたせい ではないかo作者が平明のつもりで却って解らぬ句もあるから,平明ということばを止め て平板といった方がいいo 「紫陽草や」の巻ほ平明であるけれど,付句ほみな新しい世界を 生み出すよう頭を使っているo二句のつながりほ平明でも想の新しさを求めている.それ をせず・ただ平明を願うならば,平掛こ陥るのは当然である。 四歌仙ほ「紫陽草や」の巻とほかなり次元が違うQ 『炭俵』ではそんな事はなかった。子 札杉風,八乗,桃隣等の力量がまだそこまで及ばなかったのほ事実であったが,それで も-時の手柄を立てて鳴り渡りほげしかったのほ,巻頭の一巻のすぐれていたことと,あ わただしく巻かれて余りうまくない。四歌仙も・薄い本の体裁と共に,却って気安く,辛 に取れたということだったのだと思う。.
(16) 『別座舗』 『炭俵』連句抄. 29,. 5. 『炭俵』ほ歌仙七,百韻を収めた充実した集である。. 「梅が香に」の巻については「紫陽. 草や」の巻に比較して少し述べたが,とうていここで他の全部に触れることほできないの で,その-二について気のついたことを述べることとする。 『炭俵』の撰者は野妓,利牛,孤崖で,その中孤屋ほ撰の半ばで旅に出ることがあって,. 功を成した最後は野披,利牛の両人だったとも言われる。. 『炭俵』の春の部発句の最後に. 此集いまだ半なる頃孤屋族立事ありけるに品川までみ送りて と詞書して,野妓,利牛の鰻別句が見えるからである.だが,. 『炭俵』の成立の事情,その. 素竜の序文から感得されるもの,孤屋,野披,利牛の芭蕉の軒に行きかよい,火桶のけし 炭を囲みつつ,この-集を撰んだという挿話ほいかにも生き生きとしているし,事実集全 体に孤星の作品がゆき渡っていて,孤屋を外してほこの集を考えることはできない。 けれど先に挙げた餓別句の詞書も偽りとほできまい。餓別句ほ, 雲霞どこ迄行もおなじ事. 野披. 梅さくらふた月ばかり別れけり. 利牛. の二句で,これで孤屋の旅立った季節が解る。三井の手代である孤屋の事であるから商周 であったろうか。霞の立つ季節,ニケ月ばかりの旅行である。. 『炭俵』編集の際であるか,. ら勿論元緑七年のことである。. 『炭俵』を見るに,孤屋の関係した連句は,ふか川にまかりて「空豆の花さきにけ. さて,. り麦の縁. 孤屋」発句の歌仙,. 尾上の杉に離れたり. 「子は裸父はてゝれで早苗笛. 利牛」発句の百韻,. 「秋の空. 其角」発句の両吟で,歌仙に四句だけ足りぬ一巻。神無月廿日ふか. 川にて即興,「振売の雁あほれ也ゑびす講 杉風」発句の歌仙と五巻に及んでいる。. 芭蕉」発句の一巻, 「雪の松おれロみれば尚寒し 『炭俵』の連句は,野披たちが芭蕉に改めて親灸しは. じめたのほ元緑六年の秋と考えられているので,いずれもそれ以後の作品と見られる。 それで,. 「空豆の花」の深川-尋ねたのは元緑七年の夏,また「子ほ裸」の百韻ができた. のも七年夏のこと,つまりほ『炭俵』の大方の撰の成る直前に巻いているのである。これ. 等のことから霞立つ春に立った孤屋は,麦の縁に空豆の咲く季節にほ江戸-戻って釆てい たという事になるo戻って来ていたならば当然『炭俵』の撰にも再び預かったに違いないo ところで,孤屋の芭蕉との連句作品ほ『炭俵』所収のものが全部であるが,それには春. の作品がない。それに引き換え,野披には「むめがかにのつと日の出る山路かな」の『炭 俵』巻頭の芭蕉との両吟のはか, 「傘に押し分見たる柳かな」の歌仙, 「五人ぶち取てしだ るゝ柳かな」のやほり芭蕉野妓両吟歌仙等があり,利牛も「傘に」の巻に一座し, や寒の残りも三ケー. 利牛」の発句に岱水・芭蕉が付けた三句のものもみえるo. 「長閑さ この事かり. ら七年春孤塁が江戸を留守していた事ほ事実と考えてよいであろう。江戸にし:たならば, 芭蕉一座の作品が何か′残ったに違いないのである。.
(17) 普. 30. ここで,. 義. 田. 雄. 「秋の空尾上の杉に隠れたり」の其角との両吟の最後の,. 「孤畳床立事出来て洛. -のぼりけるゆ-に,今四句末満にして吟終りぬ」とある旅立ちを,この春の旅立ちと同 じものと考えたい。幾ら三井の手代で,屡々京-出る用があるにしても,秋に行ってまた 春とほ大変である。往復には十数日を要したであろうし,滞在も相当日数しなければなら 『炭俵』秋冬の作品には孤屋は「道くだり拾. なかったのである。それにまた連句で言えば,. ひあつめて案内子かな. 桃隣」発句の歌仙以外にみな一座している。なお其角の『萩の露』. に其角,固丈,孤屋,利牛の八月十八日作の四吟歌仙が見える。元緑六年秋冬には孤屋は 江戸を離れなかったと見てよかろうo 「秋の空」の其角の発句ほまぎれもなく秋であるが, この両吟は一時に出来たのでほないと思う。数回に渡って,つまり秋から春にまで巻き続 けられたのであろう。そしてその春に旅立つことが起ったのである。一気珂成にできたも. のならば,最後の四句ばかり作り残すことほないと思われる。それならば,江戸に戻って 来た時なぜ巻き継がなかったか,その時は時日が経ち過ぎて,其角の側かどちらかが興趣 が失せていたものであろう。 「秋の空杉の木棺に離れたり」の発句は素晴らしい。其角らしいすかっとした句である。. この発句の気合に魅惑されたのか,この巻を「集中第一也」と激讃する曲斎はお門違いも 甚だしいけれど,この一巻ほ蕉門高弟其角が,芭蕉の新風に,どういう立場に有ったかを 色々考えさせられる好材料である。それについてほ柳田国男博士が注目され『俳讃評釈』 の中に犀利を説いておられる。其角の句の特質ほ誰にも紛れな′い才気あるもので,それが この一巻の中にも,なお立派に生かされている.. 月の隠るゝ四扉の門 のものものしさや. 祖父が手の火桶を落すばかり也 などの『源氏』を背後に持っての句作りとか,大方そういった傾向の付句が多い。それ が「かるみ」の孤屋の句と参差して一巻を成して行く。. 其角と並ぶ高弟嵐雪の一巻は利牛,野披との三吟である。其角と共に花を持たせられて の-一巻の所収であろう。其角が親密な孤屋とでの両吟であれば,これは『炭俵』撰者の中 彼を除いた二人との三吟であることも楽しい。. 兼好も蓮織けり花ざかり. 嵐雪. 発句ほさすがに力量を見せて,花やかに美しい。さて其角の場合と同様に嵐雪を浮彫り にしつつ読んで行くことができるか。嵐雪の作風が其角ほど際立っていないことと,こち らは三吟である為にやや特徴が散漫になりがちであるが,やはりさてほと思わせられる付 句もある。今全貌を追いかけて行く余裕がないので,二,三の例を挙げれば.
(18) 『別座舗』『炭俵』連句抄 早稲も晩種も相生に出る 泥染を長き流にのばすらん 五百のかけを二度に取けり 綱ぬきのいぼの跡ある雪のう-. 野坂. 嵐雪 野披. 腐雪. ひとひねりある材料を巧みにこなすという態度,野披の「五首のかけ」に見る様なたあい のなさとほ違う様である。それが,. 隣から節々嫁を呼に来る てうてうしくも誉るかいわり. 野填. 嵐雪. 雑役の弼を下せば日がくれて. 野披. 飯の中なる芋をはる月. 嵐雪. 鎌倉の便きかせに走らする. 野披. かした処のしれぬ紳引. 嵐雪. 等になると余程「かるみ」を意識しているのでほないかと思われる。 他の触れ得なかった作品などについてほ機を改めて考えてみるつもりだが『炭俵』は力 量ある作家を擁し,また作品も取捨し,芭蕉の眼を経て,周到に編纂された書であった。 その点『別座舗』とは対照的である。同じ時期にできたとほいえ,後代の評価影響に著し い懸隔のあったのほ当然のことだったといわなければならない。. 31.
(19)
関連したドキュメント
うのも、それは現物を直接に示すことによってしか説明できないタイプの概念である上に、その現物というのが、
した宇宙を持つ人間である。他人からの拘束的規定を受けていない人Ⅲ1であ
スキルに国境がないIT系の職種にお いては、英語力のある人材とない人 材の差が大きいので、一定レベル以
これはつまり十進法ではなく、一進法を用いて自然数を表記するということである。とは いえ数が大きくなると見にくくなるので、.. 0, 1,
自閉症の人達は、「~かもしれ ない 」という予測を立てて行動 することが難しく、これから起 こる事も予測出来ず 不安で混乱
このようなパヤタスゴミ処分場の歴史について説明を受けた後,パヤタスに 住む人の家庭を訪問した。そこでは 3 畳あるかないかほどの部屋に
エッジワースの単純化は次のよう な仮定だった。すなわち「すべて の人間は快楽機械である」という
としても極少数である︒そしてこのような区分は困難で相対的かつ不明確な区分となりがちである︒したがってその