Kobe Shoin Women’s University Repository
Title
近代日本におけるガラス製造法の発展とその限界(一) Development of methods of Glass-making in Japan from the Mid-17th Century to the Mid-19th Century
Author(s) 棚橋 淳二(Junji Tanahashi)
Citation 研究紀要(SHOIN REVIEW),第 8 号:215-258
Issue Date 1966
Resource Type Bulletin Paper / 紀要論文
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一 、 緒 言 こ の 小 論 に お け る 筆 者 の 意 図 は 、 近 世 を 通 じ て 、 わ が 国 に お け る ガ ラ ス 製 造 の 技 術 が 如 何 よ う に 伝 授 さ れ 、 発 展 し て き た か を 跡 づ け よ う と す る も の で あ る 。 筆 者 は 技 法 の 伝 達 に 関 連 し て 小 論 で 取 り 扱 う 期 間 を 三 時 期 に 分 割 し 、 各 時 期 の 特 質 を 考 察 し た 。 特 に 各 時 期 に 著 わ さ れ た 書 籍 に 収 録 さ れ た ガ ラ ス 製 造 に 関 す る 記 述 が 、 そ れ ぞ れ の 時 代 の 硝 子 師 に 如 何 な る 影 響 を 与 え た か を 検 討 す る こ と に 意 を 注 い だ 。 な お わ が 国 近 世 に お け る ガ ラ ス 工 業 発 達 の 限 界 に つ い て も 若 干 の 考 察 を 試 み た 。 ﹁ 翻 訳 書 の 刊 行 及 び そ の 内 容 ﹂ の 項 で 翻 訳 書 の 内 容 を か な り 詳 細 に 紹 介 し た 。 そ れ は 江 戸 末 期 の ガ ラ ス 組 成 、 成 形 法 の 研 究 に 際 し 、 当 該 ガ ラ ス が 如 何 な る 技 法 上 の 影 響 を 受 け て 製 造 さ れ た か を 明 ら か に す ろ こ と を 試 み る 場 合 に 極 め て 重 要 な 意 義 を 有 す る と 考 え た か ら で あ る 。 従 来 わ が 国 に お い て は 窯 業 部 門 中 陶 磁 器 に つ い て の 関 心 は 高 く 、 古 記 録 、 文 献 、 著 述 な ど 豊 富 で あ る が 、 ガ ラ ス 或 い は 七 宝 に つ い て は 記 録 も 少 な く 、 そ の 史 的 研 究 も あ ま り な さ れ て い な い よ う で あ る 。 し た が っ て 参 照 す べ き 資 料 、 文 献 の 少な い と こ ろ か ら 、 筆 者 の 推 定 、 論 断 に 思 わ ぬ 誤 謬 の 存 す る こ と を 恐 れ る 。 一 重 に 識 者 の 御 指 摘 、 御 教 示 を 願 う 次 第 で あ る 。 さ て 襲 に 言 及 し た 近 世 口 本 に お け る ガ ラ ス 製 造 発 展 上 の 三 時 期 の 設 定 を 小 論 に お い て は 次 の 通 り と す る 。 第 一 期 外 国 人 よ り ガ ラ ス の 製 法 が 伝 授 さ れ 、 そ れ が 秘 伝 と し て 継 承 さ れ た 時 期 。 十 六 世 紀 後 半 及 び 十 七 世 紀 に 相 当 す る 。 第 二 期 硝 子 師 の 数 が 増 加 し 秘 伝 の 内 容 は 漸 く 諸 学 者 の 知 る と こ ろ と な り 、 こ れ を 掲 載 し た 諸 書 の 刊 行 に よ り 秘 伝 が あ る 程 度 公 開 さ れ た 時 期 。 十 八 世 紀 に 相 当 す る 。 第 三 期 幕 府 に よ る 実 学 と し て の 蘭 学 の 奨 励 の 成 果 が 顕 わ れ 、 蘭 書 の 翻 訳 が 次 々 と 行 な わ れ 、 ガ ラ ス 製 造 に 関 す ろ 新 知 識 の 導 入 が 盛 ん に 行 な わ れ た 時 期 。 十 九 世 紀 に 相 当 す る 。 但 し 小 論 に お い て は 明 治 期 に つ い て は 論 じ な い 。 二 、 第 二 期 秘 伝 の 時 期 日 ガ ラ ス 製 造 再 興 の 契 機 戦 国 時 代 の 混 沌 た る 時 期 に 、 ポ ル ト ガ ル 人 を 乗 せ た 一 隻 の 船 が 種 子 島 に 漂 着 し た ︹ 天 文 十 二 年 ( 一 五 四 三 ) .︺ 。 こ れ を 契 機 と し て ポ ル ト ガ ル 船 の わ が 国 へ の 来 航 は 次 第 に 盛 ん と な っ た 。 諸 候 は 重 要 な 新 武 器 で あ る 鉄 砲 の 輸 入 と 貿 易 に よ る 利 益 と を 願 っ て 、 ポ ル ト ガ ル 船 の 誘 致 を 策 し て い た 。 天 文 十 八 年 に は ア ン ジ ロ ー 諺 昌 oq 。 H o ( ℃ ロ 巳 o 自 。 ω 雪 。 冨 臣 ) の 手 引 に よ り フ ラ ン シ ス コ ・ ザ ヴ ィ エ ル ω ゴ 同 冨 口 。 hω 。 o 図 m 乱 會 ω ゜ ト が 来 日 し た 。 そ の 翌 々 年 即 ち 天 文 二 十 年 ( 一 五 五 一 ) に ( 1 ) は 、 京 都 で の 布 教 を 断 念 し た ザ ヴ ィ エ ル が ﹁ 当 時 日 本 に こ の 入 あ り と 言 わ れ て い た 最 も 有 力 な 殿 ﹂ で あ っ た 大 内 義 隆 の 領 一216一
( 2 ) 国 、 山 口 に お い て 再 度 の 布 教 を 試 み よ う と し 、 義 隆 に ﹁ 日 本 全 国 最 高 の 国 王 た る 皇 ﹂ へ 奉 呈 す る 筈 で あ っ た 献 上 品 を 贈 っ た 。 義 隆 が 非 常 に 喜 び 満 足 し た で あ ろ う こ と は 、 ル イ ス ・ フ ロ イ ス ピ 三 ㎝ 周 呂 貯 の ﹃ 日 本 史 ﹂ .. 缶 宙 o 江 国 匹 o 冒 冨 o .. の ( 3 ) 次 の 記 事 に よ っ て 明 ら か で あ る 。 ヘ ヘ ヘ へ ば あ で れ は 王 に 贈 る た め に 十 三 の 貴 重 な 進 物 を 選 ん だ 。 そ れ は 、 大 き い 精 巧 な 時 計 、 三 つ の 砲 身 を も ち 贅 を こ ら し た 燧 石 銃 、 椴 子 、 す こ ぶ る 美 し い 精 良 な ガ ラ ス 器 、 鏡 、 眼 鏡 等 、 及 び 羊 皮 紙 に 書 い た 書 翰 二 通 、 す な わ ち 、 一 通 は イ ン ド の 初 代 司 教 ド ン ・ フ ァ ン ・ デ ・ ア ル ブ ケ ル ケ (聞 H 曙 冒 p。 ロ 自 。 ≧ げ ロ ρ ロ 。 呂 ロ 。 1 棚 橋 註 ) か ら 、 他 の 一 通 は イ ン ド 総 督 ガ ル シ ア ・ デ ・ サ ( O 碧 。 冨 α o ω い 1 棚 橋 註 ) か ら の で あ っ た 。 こ の 贈 り 物 は い ず れ も 、 こ の 地 方 で ま だ 一 度 も 人 び と の 目 に ふ れ た こ と が な か っ た 品 じ な で あ っ た の で 、 王 は こ れ を 見 て 非 常 に 満 足 の 意 を 表 わ し 、 直 ち に 市 街 処 ど こ ろ に 立 札 を 立 て さ せ て 、 こ の ︹ 山 口 ︺ 町 及 び 領 国 内 で デ ウ ス の 教 え が 弘 め ら れ る の を 見 る こ と を 喜 び 、 誰 で も 欲 す る 者 は 自 由 に そ の 教 え に は い っ て も 差 支 え な い と 触 れ さ せ た 。 と こ ろ で 、 こ の 時 、 義 隆 に 贈 ら れ た ﹁ す こ ぶ る 美 し い 精 良 な ガ ラ ス 器 、 鏡 、 眼 鏡 ﹂ に は 当 時 の わ が 国 の 人 々 が 初 め て 見 る 材 質 、 即 ち ガ ラ ス が 使 用 さ れ て い た 。 し か し な が ら 、 そ の 無 色 透 明 な 物 質 が 水 晶 で は な く ガ ラ ス と い う 新 材 質 で あ る こ と を 識 別 し 得 た か 否 か は 推 測 の 限 り で な い 。 む し ろ 材 質 の 詮 議 よ り も 実 利 的 な 用 途 を 有 す る 製 品 そ の も の の 方 に 関 心 が 向 ( 4 ) け ら れ た も よ う で あ る 。 ﹁ 大 内 義 隆 記 ﹂ に は 、 天 竺 仁 ノ 送 物 様 々 ノ 其 中 二 。 十 二 時 ヲ 司 ル ニ 夜 ル 書 ノ 長 短 ヲ チ ガ ヘ ズ 響 鐘 ノ 聲 卜 十 三 ノ 琴 ノ 練 ヒ カ ザ ル ニ 五 調 子 十 二 調 ( 5 ) 子 ヲ 吟 ズ ル ト 老 眼 ノ ア ザ ヤ カ ニ ミ ユ ル 鏡 ノ カ ゲ ナ レ バ 。 程 遠 ケ レ ド モ ク モ リ ナ キ 鏡 モ ニ 面 候 ヘ バ 。 カ ・ ル 不 思 議 ノ 重 寳 ヲ 五 サ マ 送 ケ ル ト カ ヤ 。
と あ り 、 ﹁ 天 竺 ﹂ の ゴ ア か ら き た ザ ヴ ィ エ ル が 贈 っ た ガ ラ ス 製 品 の う ち ﹁ 老 眼 ノ ア ザ ヤ カ ニ ミ ユ ル 鏡 ﹂ 並 び に ﹁ 程 遠 ケ レ ド モ ク モ リ ナ キ 鏡 ﹂ が そ の す ぐ れ た 機 能 故 に 特 筆 さ れ て い る 。 一 五 六 九 年 ( 永 禄 十 二 年 ) 六 月 一 日 附 、 ベ ル シ ョ ー ル ・ デ ・ フ ィ ゲ イ レ ド 即 切 巴 。 窪 自 匹 。 閏 団σq 自 鉱 話 匹 o ω ﹂ 日 宛 、 ル (6 ) イ ス ・ フ ロ イ ス の 書 翰 に よ れ ば 、 フ ロ イ ス は 復 活 祭 の 最 初 の 八 日 目 に ﹁ 手 の 一 つ 折 れ た る ビ ー ド ロ の 器 及 び 絹 一 反 を 携 へ ﹂ て ﹁ 公 方 様 ﹂ ( 将 軍 足 利 義 昭 ) を 六 条 の 寺 院 に 訪 ね 、 ま た 後 日 、 工 事 場 に お い て ﹁ 王 ﹂ ( 織 田 信 長 ) と 謁 見 し た 際 、 ﹁ コ ン フ ェ イ ト ス ( o o 口 { ⑦ 即 o ㎝ ー 棚 橋 註 ) ︹ 割 註 ︺ 金 米 糖 ﹂ 入 の フ ラ ス コ (中 霧 8 1 棚 橋 註 ) ︹ 割 註 ︺ 硝 子 瓶 ﹂ 一 っ 及 び 蝋 燭 数 本 ﹂ を 信 長 に 贈 呈 し て い る 。 宣 教 師 達 に と っ て は 、 珍 し く も な い ガ ラ ス 器 で は あ っ た が 、 当 時 の わ が 国 で ば ﹁ 人 び と の 目 に ふ れ た こ と が な か っ た ﹂ も の で あ り 、 且 っ そ れ ら を 所 有 し 得 た も の が 、 義 隆 、 義 昭 、 信 長 と い っ た 戦 国 時 代 の 権 力 者 で あ っ て み れ ば 、 ガ ラ ス 器 は 権 力 の 一 っ の 象 徴 の 如 き も の で あ っ た と も い え る で あ ろ う 。 更 に ガ ラ ス 器 は 美 麗 で あ る こ と 、 舶 載 品 で あ る こ と 、 漆 器 、 陶 磁 器 と 異 な り 透 明 で あ る こ と な ど の 要 素 が 加 味 せ ら れ て 、 世 人 の 好 奇 心 を 煽 り 、 諸 候 の 希 求 す る と こ ろ と な っ た に 相 違 な い 。 ガ ラ ス 器 を 所 有 す る も の が 僅 か な が ら 増 加 す る に つ れ 、 こ れ を 羨 望 す る も の も 増 加 す る の は 蓋 し 当 然 で あ ろ う 。 ] 方 ガ ラ ス の 実 利 的 な 面 で は 曇 に 触 れ た 眼 鏡 に 対 す る 需 要 を 看 過 す る こ と は で き ぬ で あ ろ う 。 ﹁ 老 眼 ノ ア ザ ヤ カ ニ ミ ユ ル 鏡 ﹂ を 掛 け る こ と に よ っ て 、 そ れ ま で は 手 の 施 し よ う が な い も の と 考 え ら れ て い た 老 眼 が 、 当 時 盛 ん で あ っ た 呪 法 、 幻 術 の 類 を か け ら れ た か の よ う に 、 そ の 機 能 を 恢 復 し た の で あ る か ら 需 要 が 多 か っ た で あ ろ う こ と は 論 を 倹 た ぬ と こ ろ で あ ( 7 ) る 。 因 に 時 代 は 下 る が 濱 田 彌 兵 衛 は 南 蛮 に 渡 航 し 眼 鏡 の 製 法 を 修 得 し て き た と い う 。 ( 8 ) さ て 、 わ が 国 で ガ ラ ス 製 造 が 再 興 さ れ た の は 、 ま さ に こ の よ う に ガ ラ ス に 対 す る 需 要 が 急 速 に 高 ま っ て き て い た 時 期 で 一一218一
あ っ た と 推 定 せ ら れ る 。 種 子 島 に 漂 着 し た ポ ル ト ガ ル 入 に よ っ て 発 見 さ れ た こ の 未 開 拓 の 市 場 が 利 に 聡 い ポ ル ト ガ ル 商 人 に よ っ て 放 置 さ れ た ま ま で あ る 筈 は な か っ た 。 当 時 東 洋 に 進 出 し 、 ゴ ア 、 マ ラ ッ カ 、 マ カ オ に 確 固 た る 勢 力 を 礎 い て い た ポ ル ト ガ ル 商 人 は 、 鹿 児 島 、 阿 久 根 、 京 泊 、 平 戸 、 長 崎 に 交 易 を 求 め て 来 航 し 、 諸 候 も 布 教 の 許 可 を 条 件 に ポ ル ト ガ ル 船 の 誘 致 に 腐 心 し て い た 。 大 村 純 忠 ( 剃 髪 し て 理 專 と 称 し た ) は 永 禄 五 年 ( 一 五 六 二 ) に 横 瀬 浦 を 開 き 、 翌 永 禄 六 年 ( 一 五 六 三 ) に は パ ア デ レ ・ コ ス (9 ) メ ・ デ ・ ト ル レ ス 即 O o の 日 o ﹂ ① ↓ o 目 o 。。 ω ゜ 旨 か ら 洗 霊 を 受 け た 。 ( 霊 名 は ド ン ・ バ ル ト ロ メ ウ U o ヨ 國 醇 チ o ざ 目 8 。 ) 当 時 横 瀬 浦 に は ト ル レ ス の 他 、 イ ル マ ン ・ フ ァ ン ・ ブ ェ ル ナ ン デ ス 周 H ° ﹄ ロ き 周 o ヨ 8 飢 o N ω ゜ 臼 ゜ 、 及 び 後 藤 貴 明 の 叛 乱 ( 10 ) ( 純 忠 の 放 逐 ・ 横 瀬 浦 の 焼 打 ) の 少 し 以 前 、 即 ち 一 五 六 三 年 ( 永 禄 六 年 ) 七 月 六 日 に イ ン ド か ら ド ン ・ ペ ロ ・ ダ ・ ゲ ラ ︼) o 日 勺 會 o ユ p O F Φ H 冨 の 船 で 横 瀬 浦 に 到 着 し た パ ア デ レ ・ ル イ ス ・ フ ロ イ ス 即 ピ 巳 ㎝ 宰 o ♂ ω ゜ 9 な ど の 宣 教 師 、 そ れ に 大 勢 の ポ ル ト ガ ル 人 が お り 、 港 に は 外 国 船 舶 が 投 錨 し て い た 。 そ の 股 賑 の 様 は フ ロ イ ス の ﹁ 日 本 史 ﹂ の 次 の 記 事 に よ っ ( 11 ) て 窺 わ れ る 。 当 時 、 横 瀬 浦 に は ド ン ・ ペ ロ ・ ダ ・ ゲ ラ の 乗 船 、 フ ラ ン チ ス コ ・ カ ス タ ン (国 屋 口 o 凶㎝ o o O 窃 鼠 o ー 棚 橋 註 ) の ガ レ オ ン 船 (O 巴 o 似 o l 棚 橋 註 ) 一 艘 、 そ れ か ら 、 ゴ ン サ ロ ・ ヴ ァ ス ・ デ ・ カ ル ヴ ァ リ ヨ ( ℃ ° O o 起 9 0 < 自 侮 o O o H < 巴 げ o qo ° ト ー 棚 橋 註 ) が 船 長 と し て 乗 っ て 来 た シ ャ ム の 大 型 ジ ャ ン ク 一 艘 が 碇 泊 し て い た 。 大 勢 い た ポ ル ト ガ ル 人 た ち は 善 艮 な 老 ヘ ヘ ヘ へ ば あ で れ コ ス メ ・ デ ・ ト ル レ ス の 徳 と 親 切 さ と に 対 し て た い そ う 尊 敬 と 親 愛 の 念 と を い だ い て い た の で 、 彼 等 は 彼 等 の 船 を 旗 で 飾 ら せ 、 す べ て の 大 砲 の 用 意 を と と の え さ せ 、 皆 は 盛 装 し た 。 純 忠 は そ の 後 永 禄 八 年 ( 一 五 六 五 ) に 福 田 浦 を 開 き 、 元 亀 元 年 ( ︼ 五 七 〇 ) に は 長 崎 を 開 い た 。
( 12 ) 黒 川 眞 頼 の ﹃ 工 藝 志 料 ﹂ の ﹁ 硝 子 玉 ﹂ の 条 に は 、 コ ボ ム ラ リ セ ン ○ 元 鍋 元 年 ︹ 割 註 ︺ 二 千 二 百 三 十 年 ﹂ ( 一 五 七 〇 1 棚 橋 註 ) 肥 前 ノ 長 崎 ノ 地 頭 大 村 理 専 南 蟄 人 ノ 乞 フ 所 二 從 テ 貿 易 膓 ヲ 其 ノ 港 内 二 開 ク 此 ノ 際 南 攣 ノ 玉 工 來 リ テ 硝 子 ヲ 造 リ 且 其 ノ 法 ヲ 傳 フ 本 邦 二 於 テ 硝 子 ヲ 製 ス ル コ ト 復 此 二 起 ル 是 ヨ リ 後 長 崎 ノ 工 人 硝 子 ヲ 以 テ 玉 及 諸 器 物 ヲ 作 テ 以 テ 業 ト 爲 ス ( 13 ) と あ り 、 黒 川 眞 頼 は わ が 国 に お け ろ ガ ラ ス 製 造 が 、 元 亀 元 年 ( 一 五 七 〇 ) に 貿 易 場 の 設 置 に 際 し て 、 長 崎 へ 来 航 し た ﹁ 南 螢 ノ 玉 工 ﹂ に よ り 再 び 始 め ら れ た と し て い る 。 ﹁ 工 藝 志 料 ﹂ の 記 述 は 一 般 に 簡 潔 で あ り 、 典 拠 が 挙 げ ら れ て い な い た め 出 典 未 詳 の も の が あ る 。 こ の 記 事 の 典 拠 も 筆 者 に は 明 ら か で な い 。 と こ ろ で ﹃ 工 藝 志 料 ﹂ の 記 述 に 準 拠 し て 考 察 を す す め る な ら ば 、 長 崎 開 港 後 、 多 く の 外 国 船 舶 が 輻 榛 し 、 宣 教 師 を 始 め 大 勢 の ポ ル ト ガ ル 人 が 滞 在 し て い た な か に 、 鉄 砲 伝 来 の 翌 年 即 ち 天 文 十 三 年 ( 一 五 四 四 ) 種 子 島 に 来 航 し た ﹁ 賞 胡 ﹂ の 中 ( 14 ) に 銃 身 の 底 を 塞 ぐ 法 を 心 得 た ﹁ 鐵 匠 ﹂ が い た よ う に 、 ガ ラ ス 製 法 の 知 識 を 有 し た も の 、 或 い は ガ ラ ス 製 造 の 心 得 あ る も の が 偶 然 い た と せ ね ば な ら な い 。 又 そ の よ う な 可 能 性 は 充 分 あ っ た 筈 で あ る 。 な お こ の 点 に つ い て は ﹁ 秘 伝 の 成 立 と 継 承 ﹂ の 項 で 詳 説 し た い 。 但 し 長 崎 に お け る ガ ラ ス 製 造 の 再 興 の 時 期 を 、 元 亀 元 年 ( 一 五 七 〇 ) 以 降 如 何 程 下 っ た 年 代 に お く か は 直 接 資 料 が な い た め 現 在 な お 推 測 の 域 を 脱 し な い 。 岡 田 譲 氏 は ﹁ ヨ ー ロ ッ パ の ガ ラ ス 器 が 日 本 に は い っ て か ら 、 そ れ ほ ( 15 ) ど の 年 月 が た た ぬ う ち に 長 崎 で ガ ラ ス が で き る よ う に な っ た ﹂ と 推 定 し て お ら れ る 。 な お 岡 田 譲 氏 に よ る と 、 ポ ル ト ガ ル 貿 易 時 代 に 輸 入 さ れ た ガ ラ ス は 主 に ヴ ェ ネ ツ ィ ア 製 で あ り 、 オ ラ ン ダ 貿 易 時 代 に 輸 ( 16 ) 入 さ れ た ガ ラ ス は オ ラ ン ダ 、 イ ギ リ ス 製 で あ っ た と い う 。 と こ ろ で 長 崎 で 作 ら れ た と 推 定 さ れ る ガ ラ ス に は 概 し て ね じ っ ( 17 ) た り 、 融 着 さ せ た り し た い わ ゆ る 細 工 物 式 の も の が 多 く 、 こ れ ら は ヴ ェ ネ ッ ィ ア 、 ジ ェ ノ ヴ ァ 近 郊 の ア ル タ レ ≧ 訂 話 の 220一
影 響 を 強 く 受 け た 技 法 と 考 え ら れ る 。 勿 論 当 時 ヴ ェ ネ ツ ィ ア ・ ガ ラ ス の 影 響 は ヨ ー ロ ッ パ 各 地 に 及 ん で い て 、 オ ラ ン ダ で も 十 七 世 紀 初 頭 に は オ ラ ン ダ 人 自 身 に よ っ て ヴ ェ ネ ツ ィ ア 風 の ガ ラ ス を 製 す る 工 場 が ア ム ス テ ル ダ ム で 経 営 さ れ て い た と (18 ) い う か ら 、 長 崎 の ガ ラ ス が ヴ ェ ネ ツ ィ ア の 影 響 を 受 け て い る こ と よ り 、 た だ ち に ポ ル ト ガ ル 貿 易 時 代 に 長 崎 で ガ ラ ス の 製 造 が 始 め ら れ た と 論 断 す る こ と は で き な い 。 し か し な が ら 後 述 す る 如 く 、 お そ く と も 延 宝 四 年 ( 一 六 七 六 ) 以 前 に 、 わ が ( 19 ) 国 で ガ ラ ス 製 の 釣 花 入 の よ う な も の ま で 作 ら れ て い る こ と よ り 推 し て 、 そ れ よ り か な り 以 前 よ り わ が 国 で ガ ラ ス 製 造 が 行 な わ れ る よ う に な っ て い た こ と は 明 ら か で あ ろ う 。 註 ( 1 ) ル イ ス ・ フ ロ ノ ・ ス ﹁ 日 本 史 ﹂ ( 1 ) ︿ キ リ シ タ ン 伝 来 の こ ろ V 柳 谷 武 夫 訳 、 東 洋 文 庫 4 ( 平 凡 社 、 昭 和 三 十 八 年 ) 、 九 七 頁 。 (2 ) ル イ ス ・ フ ロ イ ス 、 前 掲 書 ( -) 、 九 七 頁 。 ( 3 ) ル イ ス ・ フ ロ ノ ー ス 、 前 掲 書 ( 1 ) 、 一 〇 〇 1 一 〇 一 頁 。 ( 4 ) ﹁ 大 内 義 隆 記 ﹂ ( ﹁ 群 書 類 從 ﹂ 第 二 十 一 輯 、 巻 第 三 百 九 十 四 、 続 群 書 類 従 完 成 会 、 昭 和 六 年 ) 、 四 = 頁 。 (5 ) 福 尾 猛 市 郎 ﹃ 大 内 義 隆 ﹂ 、 人 物 叢 書 16 (吉 川 弘 文 館 、 昭 和 三 十 四 年 ) 、 = 一二 頁 所 引 の ﹁ 義 隆 記 ﹂ に は 、 老 眼 ノ ア ザ ヤ カ ニ ミ ユ ル 鏡 ノ 、 カ ケ タ レ パ 程 遠 ケ レ ド モ ク モ リ ナ キ 鏡 モ ニ 面 候 ヘ バ と あ る 。 ( 6 ) ﹁ 耶 蘇 會 士 日 本 通 信 ﹂ 村 上 直 次 郎 訳 、 上 巻 、 異 國 叢 書 ( 駿 南 社 、 昭 和 六 年 、 再 版 、 初 版 は 昭 和 二 年 ) 、 四 四 六 -四 四 七 頁 。 ( 7 ) 西 川 正 休 ﹁ 長 崎 夜 話 草 ﹂ 享 保 五 年 刊 、 版 本 、 京 都 大 学 附 属 図 書 館 蔵 ︹ ㎝ -°。 ω 唱 斗 ゜ ω 引 2 0 . 。。 8 ㎝ ゜。︺ 、 五 ﹁ 附 録 ﹂ 、 一 オ ー 一 ウ 。 黒 川 兵 頼 ﹁ 工 藝 志 料 ﹂ 上 巻 ( 博 物 局 、 明 治 十 一 年 ) 、 巻 二 、 四 三 頁 、 四 九 頁 で は 渡 航 の 時 期 を 元 和 年 間 ( 一 六 一 五 1 = ハ ニ 四 ) と し て い る 。 ( 8 ) 黒 川 眞 頼 、 前 掲 書 、 上 巻 、 巻 二 、 四 六 頁 、 四 八 頁 に は 、
承 平 、 天 慶 ︹ 割 註 ︺ 一 千 五 百 九 十 五 年 ヨ リ 一 千 六 百 年 二 至 ル ﹂ ( 九 三 五 -九 四 〇 1 棚 橋 註 ) ノ 乱 ヲ 経 テ 出 雲 ノ 國 司 ノ 硝 子 玉 ヲ 進 ツ ク モ ト ゴ ロ 献 ス ル コ ト 漸 贋 ス 故 二 其 ノ 製 法 ヲ 失 フ 而 シ テ 後 作 物 所 二 於 テ モ 硝 子 玉 ヲ 作 ラ ズ 亦 其 ノ 製 法 ヲ 失 フ ︹ 割 註 ︺ 硝 子 ノ 製 法 ヲ 失 ヒ シ 歳 月 詳 ナ ラ ズ と あ り 、 ガ ラ ス の 製 法 が 承 平 ・ 天 慶 の 乱 の 後 に 失 わ れ た と し て い る 。 し か し 仏 像 装 飾 な ど の た め の 需 要 が 減 少 し た と は い え 、 数 珠 玉 、 南 京 玉 な ど が ガ ラ ス で 作 ら れ て い た の で は な か ろ う か 。 ガ ラ ス 製 造 の 如 き 技 術 が 完 全 に 断 絶 し て し ま う と は 考 え 難 い こ と で あ る 。 恐 ら く 需 要 も 減 少 し 、 職 人 の 数 も 減 り 、 衰 微 し た 状 態 で 、 そ の 技 術 が 受 け 継 が れ て い た の で は な い か と 思 わ れ る 。 ( 9 ) ル ノ ・ ス ・ フ ロ イ ス ﹃ 日 本 史 ﹂ (2 ) ︿ キ リ シ タ ン 伝 来 の こ ろ ︾ 柳 谷 武 夫 訳 、 東 洋 文 庫 35 (平 凡 社 、 昭 和 四 十 年 ) 、 一 九 〇 頁 。 ( 10 ) ル イ ス ・ フ ロ イ ス 、 前 掲 書 (2 ) 、 二 五 二 頁 。 ( 11 ) ル イ ス ・ フ ロ イ ス 、 前 掲 書 ( 2 ) 、 二 六 八 -二 六 九 頁 。 ( 12 ) 黒 川 眞 頼 、 前 掲 書 、 四 六 頁 。 な お 四 八 -四 九 頁 に も 同 様 の 記 事 が あ る が 、 細 部 に お い て 少 し く 異 な る 。 以 下 に 引 用 す る の は 四 八 -四 九 頁 掲 載 の 分 で あ る 。 リ セ ノ オ ホ ム ラ O 元 亀 元 年 ︹ 割 註 ︺ 二 千 二 百 三 十 年 ﹂ 肥 前 ノ 長 崎 ノ 地 頭 大 村 理 專 南 螢 人 ノ 乞 フ 所 二 從 テ 貿 易 場 ヲ 其 ノ 港 内 二 開 ク 此 ノ 際 南 蟄 ノ 工 人 來 リ テ 硝 子 ヲ 製 シ 以 テ 諸 器 物 ヲ 造 リ 且 法 ヲ 所 在 ノ 者 二 傳 フ 本 邦 二 於 テ 硝 子 器 ヲ 造 ル コ ト 是 二 於 テ 復 起 ル ( 13 ) 黒 川 眞 頼 ﹁ 日 本 賛 玉 説 ﹂ ( ﹁ 黒 川 眞 頼 全 集 ﹂ 美 術 篇 ・ 工 芸 篇 、 第 三 、 国 書 刊 行 会 、 明 治 四 十 三 年 ) 、 三 七 五 頁 に は 、 然 る に 元 狙 元 年 肥 前 の 長 崎 の 地 頭 大 村 理 專 、 螢 人 の 乞 ふ 所 を 許 し て 長 崎 に 貿 易 場 を 開 き し よ り 以 來 、 彼 の 國 の 工 人 長 崎 に 來 り し が 、 其 中 に 硝 子 を 造 る 工 人 あ り 、 長 崎 の 工 人 遂 ー7 匹之 を 傳 習 し て 漸 次 に 業 成 り 、 本 邦 に 於 い て 再 硝 子 を 製 し 得 る こ と と な り 、 と あ り 、 ﹁ 工 藝 志 料 ﹂ に お い て 、 ﹁ 貿 易 場 ヲ 其 ノ 港 内 に 開 ク 此 ノ 際 ﹂ と い う の は 、 ﹁ 日 本 質 玉 説 ﹂ に お け る ﹁ 貿 易 場 を 開 き し よ り 以 來 ﹂ と い う 程 の 時 間 的 意 味 し か も た ぬ も の で 、 ﹁ 此 ノ 際 ﹂ 即 ち 元 亀 元 年 と い う 意 味 で は な い と 考 え ら れ る 。 な お 本 文 で 詳 説 し た 如 く 長 崎 開 港 よ り 八 年 も 前 の 永 禄 五 年 ( 一 五 六 二 ) に 横 瀬 浦 が 開 か れ 、 そ の 後 股 盛 し て い た こ と を 勘 考 す る と 、 ガ ラ ス 製 造 法 の 伝 来 の 時 期 が 元 亀 以 前 に 遡 る と い う こ と も あ り う る で あ ろ う 。 一222一
( 14 ) 文 之 撰 ﹁ 鐡 砲 記 ﹂ ︹ 洞 富 雄 ﹁ 鉄 砲 伝 来 と そ の 影 響 ﹂ ( 校 倉 書 房 、 一 九 五 九 年 ) 、 四 九 八 -五 〇 一 頁 に 収 録 ︺ 、 五 〇 〇 頁 。 な お 洞 富 雄 、 前 掲 書 、 四 ニ ー 四 五 頁 参 照 。 リ ム (15 ) ﹃ 日 本 文 化 史 ﹂ 7 江 戸 時 代 、 下 ︹ 筑 摩 書 房 、 昭 和 四 十 年 ︺ 、 二 〇 〇 頁 。 図 版 解 説 26 、 26 の 項 。 (16 ) 岡 田 譲 ﹁ ガ ラ ス の 世 界 ﹂ 、 ア サ ヒ 写 真 ブ ッ ク 4 (朝 日 新 聞 社 、 昭 和 二 十 九 年 ) 、 四 七 頁 。 ( 17 ) 林 源 吉 ﹁ 長 崎 の ビ イ ド ロ と ギ ヤ マ ン ﹂ (﹁ 茶 わ ん ﹄ 第 七 巻 第 八 号 、 通 巻 第 七 十 八 号 、 ギ ヤ マ ン 特 輯 号 、 昭 和 十 二 年 ) 、 二 八 ー 三 〇 頁 に 長 崎 諏 訪 神 社 の 神 事 に 用 い ら れ た 傘 鉾 を 飾 っ た ガ ラ ス 細 工 の 記 事 、 及 び そ の 写 真 が 収 録 さ れ て い る 。 そ れ に よ る と 例 え ば 今 魚 町 傘 鉾 の 場 合 、 鯛 、 わ せ 、 伊 勢 海 老 、 そ れ ら を い れ る 竹 藍 ︹ 口 径 約 一 尺 六 寸 ( 約 四 八 ・ 五 糎 ) ︺ 、 青 竹 の 竿 、 地 引 網 、 葭 な ど す べ て 各 色 を あ ら わ す 原 色 の 色 ガ ラ ス で 作 ら れ て い て 、 嘉 永 六 年 ( 一 八 五 三 ) 、 同 町 玉 屋 民 三 郎 の 製 作 で あ る と い う 。 ま た 同 書 三 二 頁 に 写 真 の 掲 載 さ れ て い る 短 葉 も 細 か く ね じ っ た ガ ラ ス 棒 を 曲 げ て 作 ら れ て お り 、 如 何 に も 長 崎 の ガ ラ ス ら し い も の で あ る 。 勅 使 河 原 蒼 風 ・ 邦 光 史 郎 ・ 岡 田 譲 ﹁ ガ ラ ス ﹂ 日 本 の 工 芸 6 (淡 交 新 社 、 昭 和 四 十 一 年 ) = 一 八 頁 二 九 図 、 二 一 八 頁 に も 今 魚 町 傘 鉾 の 写 真 及 び 解 説 が 掲 載 さ れ て い る 。 同 書 、 = 一= 頁 三 二 図 の ﹁ 長 崎 ガ ラ ス 盆 栽 ﹂ も 曲 げ た り 、 融 着 し た り し た 細 工 物 で あ り 、 如 何 に も 長 崎 で 作 ら れ た も の ら し く 思 わ れ る 。 お な 筆 者 は 第 一 図 、 第 二 図 に 掲 げ る 器 物 (筆 者 蔵 ) も 長 崎 で 製 作 さ れ た ガ ラ ス で あ ろ う と 推 定 し て い る 。 こ れ ら は い ず れ も 鉛 ガ ラ ス で 透 明 で は あ る が 、 完 全 な 無 色 で は な く 、 わ ず か に 淡 黄 色 を 帯 び て い る (所 謂 江 戸 ガ ラ ス 、 薩 摩 ガ ラ ス で 淡 黄 色 を 帯 び た も の を 筆 者 は 未 だ み な い ) 。 第 一 図 の 銚 子 ( ? ) の 手 (径 0 ・ 七 ∼ ○ ・ 八 糎 、 両 端 の 直 距 離 八 ・ 三 糎 ) は 襲 に 述 べ た 短 繁 と 同 様 、 数 本 の 細 い ガ ラ ス 棒 ( こ の 場 合 七 本 ) を 融 着 し て 蹉 り あ わ せ た 棒 を 曲 げ て 作 ら れ て い る 。 第 二 図 の 杯 (高 さ 五 。 ○ 糎 、 口 径 四 ・ 九 ∼ 五 ・ ○ 糎 ) に は 水 引 ↓ o 爵 田 { 一年 o 言 δ と 思 わ れ る 草 花 (葉 脈 が 異 な る が ) と 鴛 喬 の 図 が 、 ダ イ ヤ モ ン ド ・ ポ イ ン ト と 思 ぼ し き も の に よ っ て 引 っ 掻 く よ う に し て 線 刻 さ れ て い る 。 ギ ヤ マ ン 彫 り の ビ ー ド ロ と は こ れ を い う の で あ ろ う 。 因 に 後 藤 梨 春 の ﹁ 紅 毛 談 ﹂ ︹ 明 和 二 年 ( 一 七 六 五 ) 刊 ︺ の 巻 下 に は 、 ○ ぎ や ま ん 、 此 石 水 晶 に 似 て 甚 か た く 、 水 晶 の 印 章 、 び い ど う 器 物 等 に 豊 様 を 彫 る に 、 此 石 な ら で は 彫 こ と あ た は ず 、 ( 国 書 刊 行
.「 唱 一 曹 ﹂ 択 尚
・孟・ξ:膨
亀 ・;ド'射鷺篭 憂
' 第 一 図 長 崎 ガ ラ ス銚 子(?)の 手(筆 者 蔵) 会 編 ﹁ 文 明 源 流 叢 書 ﹂ 第 一 、 図 書 刊 行 会 、 大 正 二 年 、 四 四 七 頁 。) と あ り 、 ま た 大 槻 盤 水 の ﹁ 蘭 説 辮 惑 ﹂ ︹ 天 明 八 年 ( 一 七 八 八 ) 序 ︺ の 巻 上 に ば 、 ﹁ ぎ や ま ん ﹂ は ﹁ ぢ あ ま ん と ﹂ な り 、 硝 子 類 を 彫 鍋 す る な ど 、 此 石 を 用 ゆ 、 一 禮 玲 魏 た る 玉 石 な り 、 (前 掲 ﹁ 文 明 源 流 叢 書 ﹂ 第 一 、 五 〇 三 頁 。 ) と 記 さ れ て い る 。 と こ ろ で ダ イ ヤ モ ン ド ・ ポ ノ ーン ト に よ る 線 刻 は オ ラ ン ダ の 得 意 と す る 技 法 で あ り ︹ R ・ J ・ チ ャ ー ル ス ト ン ﹁ ガ ラ ス ﹂ 川 久 保 正 一 郎 訳 (チ ャ : ル ス ・ シ ン ガ ー 編 ﹁技 術 の 歴 史 ﹂ 第 五 巻 、 筑 摩 書 房 、 昭 和 三 十 九 年 )、 一 七 六 頁 ︺ 、 オ ラ ン ダ 人 と 最 も 接 触 の 多 か っ た 長 崎 に こ の 技 法 が 伝 え ら れ た も の と 推 定 さ れ る 。 な お 筆 者 の 管 見 に 入 っ た も の は 、 第 二 図 に 示 し た も の 一 点 で あ り 、 従 っ て 所 謂 江 戸 ガ ラ ス 、 薩 摩 ガ ラ ス に は 未 だ こ れ を み な い 。 そ れ 故 こ れ ら の 淡 黄 色 を 帯 び た ガ ラ ス ( 鉛 ガ ラ ス の 場 合 、 還 元 状 態 で 微 量 の 鉄 が 発 色 す る と 淡 緑 黄 色 に な る ) は 、 長 崎 硝 子 師 の あ る 一 派 が 製 作 し た も の と 推 察 し う る の で あ る 。 (18 ) 岡 田 譲 、 前 掲 書 、 三 四 頁 。 (19 ) 林 源 吉 、 前 掲 論 文 、 二 六 頁 。 一224一'
一
第二 図 長 崎ガ ラス杯(筆 者蔵) ロ ガ ラ ス 製 造 法 受 容 の 技 術 的 基 盤 ( 1 ) 襲 に 引 用 し た ﹁ エ 藝 志 料 ﹂ の 記 述 に よ れ ば 、 元 亀 元 年 ( 一 五 七 〇 ) 以 降 に わ が 国 で ガ ラ ス 素 地 製 造 が 再 び 始 め ら れ 、 そ れ よ り 玉 及 び 諸 器 物 が 作 ら れ る よ う に な っ た と い う こ と で あ る 。 こ の 場 合 わ が 国 に お い て 外 国 の 新 ら し い 技 法 を 受 容 す る に 足 る 技 術 的 基 盤 が 、 当 時 既 に 備 わ っ て い た か 否 か に 関 し て 少 し く 考 察 を 試 み る 必 要 が あ ろ う 。 筆 者 は 今 こ こ で 承 平 ・ 天中 (2 ) 慶 の 乱 ( 九 三 五 -九 四 〇 ) を 契 機 と し て 失 わ れ た と い わ れ る 古 法 を も っ て 、 そ の 技 術 的 基 盤 と し よ う と 主 張 す る も の で は (3 ) な い 。 古 法 に お い て は 、 中 国 よ り 輸 入 さ れ た ガ ラ ス 素 地 を 再 融 し 、 若 し く は わ が 国 で 鉛 丹 、 白 石 を 融 解 し て ガ ラ ス 製 品 を 製 作 し て い た 。 加 工 技 術 の 程 度 は 低 く 製 作 さ れ た も の は 玉 及 び 型 押 し 法 で つ く り う ろ 程 度 の も の で あ っ た と 思 わ れ る 。 な お 由 水 常 雄 氏 は ﹁ 竹 取 物 語 ﹂ (平 安 初 期 ) の ﹁ 蓬 來 の 玉 の 枝 ﹂ の 項 を 引 い て 、 当 時 の わ が 国 の ガ ラ ス 技 術 の 程 度 を 推 定 さ (4 ) れ 、 ﹁ 器 な ど 作 れ な い こ と は 明 瞭 で あ る ﹂ と 述 べ て お ら れ る 。 し た が っ て こ こ で は 、 十 六 世 紀 後 半 以 降 ガ ラ ス 製 造 に 必 要 と な っ た で あ ろ う 堆 蝸 、 櫨 、 竈 な ど の ガ ラ ス 原 料 融 解 用 及 び ガ ラ ス 素 地 熔 融 用 の 器 具 、 設 備 、 及 び 輔 ( ふ い ご ) 、 躇 鞘 ( た た ら ) な ど の 高 熱 を 得 る た め の 送 風 器 具 、 更 に ガ ラ ス 容 器 な ど を 製 す る た め の 吹 竿 、 鋏 ( か な は し ) な ど の 加 工 用 具 が 、 新 ら し い 西 欧 の 技 法 の 受 容 を 可 能 な ら し め る に 足 ろ だ け に 発 達 し て い た か 否 か を 検 討 す る こ と と す る 。 先 ず 増 蝸 に つ い て で あ る が 、 材 質 と し て は 耐 火 度 の 高 い 焼 物 が 要 求 さ れ た こ と は 当 然 で あ ろ う 。 後 代 の 著 作 で あ る ﹁ 和 (5 ) 漢 三 才 圖 會 ﹂ ︹ 正 徳 三 年 ( 一 七 = 二 ) ︺ の ﹁ 硝 子 ﹂ の 項 に は 、 ス ヘ ヲ ノ ニ ノ シ 居 二 壷 於 竈 内 一 ︹ 割 註 ︺ 唐 津 焼 之 壷 佳 ﹂ と あ り 、 垣 蝸 に は ﹁ 唐 津 焼 之 壺 ﹂ が 佳 い こ と が 教 示 さ れ て い る 。 後 述 す る 如 く ﹁ 和 漢 三 才 圖 會 ﹂ に み ら れ る ガ ラ ス 製 造 に つ い て の 記 載 も 要 す る に 秘 伝 の 公 開 に 属 す る も の で あ り 、 伝 承 さ れ た 秘 法 で あ っ た 以 上 、 そ の 内 容 に は 当 初 と 実 質 上 の 大 き な 改 変 は な い も の と 推 測 さ れ る の で 、 こ れ に 類 す る も の が 使 用 さ れ て い た と 思 わ れ る 。 ま た ﹁ 日 本 近 世 窯 業 史 ﹄ の 第 四 (6 ) 篇 ﹁ 硝 子 工 業 ﹂ に は 次 の よ う に 記 さ れ て い る 。 又 福 岡 藩 が 陸 新 地 精 煉 所 を 設 け て 硝 子 を 製 造 せ し 時 は 、 遠 賀 郡 鹿 毛 沼 村 産 の 堅 硬 な る 珪 石 を 用 ゐ 、 之 に 長 崎 よ り 購 入 せ る 鉛 、 硝 石 等 を 配 合 し 信 樂 堆 塙 を 用 ゐ 、 那 珂 郡 野 間 村 の 粘 土 を 以 て 築 窯 し 、 糟 屋 郡 犬 鳴 山 産 堅 炭 を 燃 料 に 使 用 せ り 。 一一226一
( 7 ) 福 岡 藩 の ガ ラ ス 製 造 開 始 ば 江 戸 時 代 も 末 期 の 安 政 六 年 ( 一 八 五 九 ) の こ と で あ る が 、 そ の 際 堆 塙 に は 信 楽 焼 が 使 用 さ れ て い た 。 因 に 瀬 戸 、 常 滑 、 備 前 、 信 楽 、 伊 賀 、 丹 波 、 小 曽 原 、 唐 津 な ど の 諸 窯 で 作 ら れ た 陶 器 は い ず れ も 耐 火 度 の か な り す ぐ れ た 堅 焼 で あ り 、 室 町 時 代 末 に は 種 壺 と し て 、 又 酒 、 酢 、 染 料 、 城 内 飲 料 水 な ど を い れ る 甕 な ど と し て の 需 要 が 多 く 大 小 様 々 な 器 が 作 ら れ て い た 。 し た が っ て ガ ラ ス 原 料 の 融 解 な ら び に ガ ラ ス 素 地 熔 融 に 一 応 耐 え う る 、 し か も 手 頃 の 大 き ( 8 ) さ の 壺 或 い は 堆 塙 が あ っ た に 相 違 な い 。 な お 煉 、 竈 に 関 し て ぽ 精 錬 、 鋳 造 な ど の た め の 蟷 を 作 る 技 術 、 製 陶 の た め の 築 窯 技 術 が 生 か さ れ た と み て よ い で あ ろ う 。 次 に 当 時 輔 、 踊 鞘 、 天 秤 型 躇 鞘 な ど が 精 錬 、 鍛 冶 、 鋳 造 な ど に 際 し 使 用 さ れ て い た こ と は 、 こ の 時 代 の 絵 巻 か ら 明 ら か (9 ) で あ る 。 し た が っ て ガ ラ ス 製 造 に 際 し て も 、 必 要 に 応 じ て こ れ ら の 送 風 装 置 が 使 用 さ れ た で あ ろ う こ と は 推 測 に 難 く な い と こ ろ で あ る 。 さ て 木 炭 の 発 熱 温 度 は 日 常 家 庭 で 使 用 す る 場 合 に は 五 〇 〇 度 乃 至 大 ○ ○ 度 を 越 え な い が 、 条 件 を よ く す れ (10 ) ば 最 高 二 、 ○ O O 度 に も 達 す る と い う 。 勿 論 天 秤 型 踊 鞘 で 煽 っ た か ら と い っ て か か る 最 高 温 度 に 達 す る 筈 も な い が 、 銑 鉄 ( 11 ) な と を 熔 融 し 得 た こ と よ り 凡 そ 一 、 二 〇 〇 度 位 に は 温 度 を 上 け 得 た で あ ろ う 。 ガ ラ ス 工 学 の 教 え る と こ ろ に よ れ ば 、 熔 融 温 度 に お け る ガ ラ ス の 粘 度 は 一 〇 図 ∼ 巳 。。 唱 で あ り 、 更 に 融 体 を 清 澄 す る た め ( 12 ) に は 粘 度 を ト 零 唱 程 度 に 下 げ る 必 要 が あ る 。 ガ ラ ス 原 料 を 融 解 す る 際 ガ ラ ス 素 地 中 に 生 じ た 気 泡 は 清 澄 過 程 に お い て ガ ラ (13 ) ス 素 地 中 を ⊥ 昇 す る が 、 そ の 速 度 ( 。 日 \ °・ ① 。 ) は ス ト ー ク ス ω δ 評 $ の 法 則 に 従 っ て 次 式 で 示 さ れ る 。 < 轟 ・ ﹃ 、⑩ (喉 咲 ) ε こ こ に 、 V は 気 泡 の 上 昇 凍 度 ( 。 日 \ 器 。 ) 、 r は 気 泡 の 半 径 ( 。ヨ ) 、 9 は 重 力 加 速 度 ( 。 日 \ q。 。 。 ㈹) 、 d 及 び ♂ は そ れ ぞ れ
熔 融 ガ ラ ス 及 び 気 泡 中 の ガ ス の 密 度 ( 。q \ § 。。 ) 、 η は 熔 融 ガ ラ ス の 粘 度 ( αq \ o 日 ・ 器 P 噂 9 器 ) で あ る 。 し た が っ て ω 式 よ り 粘 度 が H O ぜ 程 度 か ら H O 。。 唱 程 度 に な れ ば 、 十 倍 の 清 澄 時 間 を 要 す る こ と に な る 。 し か し 、 粘 度 を 小 さ く す る た め に は ( 14 ) 温 度 を 高 く し な け れ ば な ら な い 。 粘 度 と 温 度 と の 関 係 は フ ル チ ャ ー O ° ω ゜ 団 三 〇 げ 臼 に よ っ て 次 の 如 く 与 え ら れ て い る 。 目o σQ 唱 目 -諺 + じu \ (↓ 1 ↓ o ) (凹 ) こ こ に 、 η は 粘 度 、 T は 絶 対 温 度 、 A 、 B 及 び T は 定 数 で あ る 。 ② 式 よ り 明 ら か な 如 く 粘 度 η は 温 度 の 増 加 と 共 に 減 小 す る の で あ る が 、 高 温 を 得 る こ と が 技 術 的 に 制 約 さ れ て い た 当 時 に お い て は 清 澄 に 時 間 を か け る 他 な か っ た で あ ろ う 。 ( 15 ) 後 期 の 書 で あ る ﹁ 萬 金 産 業 袋 ﹂ ︹ 享 保 十 七 年 ( 一 七 三 二 ) 刊 ︺ の ﹁ 硝 子 細 工 ﹂ の 項 に は 、 す み 火 に て そ ろ く と 。 三 日 三 夜 計 た く 。 と あ り 、 熔 融 と 清 澄 に 七 十 二 時 間 を 要 し た こ と が 知 ら れ る 。 恐 ら く ガ ラ ス 製 造 の 初 期 に お い て も 清 澄 に 長 時 間 を 要 し た こ と で あ ろ う 。 ブ i 旨 切 o o 妻 及 び タ ー ナ ー ≦ ° 国 ゜ ω ゜ ↓ ロ 日 。 H に よ れ ば 、 第 一 表 に 示 す 成 分 を 有 す る 鉛 ガ ラ ス 及 び 手 ( 16 ) 吹 瓶 用 の ソ ー ダ 石 灰 ガ ラ ス の 場 合 、 温 度 と 粘 度 と の 関 係 は そ れ ぞ れ 第 二 表 に 示 す 通 り で あ る と い う 。 と こ ろ で ガ ラ ス の
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Sio2 Tio2 Fe203 Al203 CaO MgO PbO CoO K20 Na20 T…1199・6199・9 第 一 表 ガ ラ ス 成 分(Boo 及 びTurllerに よ る) 鋤 ラ ス[ .手 吹瓶 2,31 2.60 2.98 3.46 3.98 4.65 5.51 (6.95) (8、97) 10.30 12.08 1,400 1,300 1,200 1,100 1,000蜘
枷
㎜
㎜
㎜
㎜
第 二 表 温 度(℃)と 粘 度 (109η)と の 関 係(Boow 及 びTurnerに よ る) 一228一熔 融 温 度 は 上 述 し た 如 く 粘 度 H O 団 ∼ ド O 。。 唱 の 時 で あ り 、 第 二 表 よ り 明 ら か な 如 く 鉛 ガ ラ ス に し て も 、 手 吹 瓶 用 の ソ ー ダ 石 灰 ガ ラ ス に し て も 、 一 、 二 〇 〇 度 で 粘 度 ( δ oq 唱 ) が そ れ ぞ れ 二 ・ 九 八 、 二 ・ 八 七 と な っ て い て 充 分 熔 融 温 度 に 達 し て い る こ と が 知 ら れ る 。 な お 、 こ の 温 度 は 曇 に 述 べ た 通 り 銑 鉄 の 融 点 に 近 く 、 木 炭 と 天 秤 型 躇 鞘 で 充 分 に 得 ら れ た の で あ る 。 (17 ) 因 に 吹 竿 へ の 巻 き 取 り 温 度 は H O 野 α ∼ ド O ⇔ も 唱 、 空 洞 ガ ラ ス を 吹 く 温 度 は H O 。。 ∼ さ 刈 心 で あ る 。 終 り に 加 工 用 具 で あ る 吹 竿 、 鋏 、 錐 な ど に つ い て 簡 単 に 触 れ て お き た い 。 天 文 十 二 年 ( 一 五 四 三 ) に 種 子 島 時 尭 は 種 子 島 へ 漂 着 し た ポ ル ト ガ ル 人 よ り 高 価 を い と わ ず 鉄 砲 二 挺 を 購 入 し 、 早 速 種 子 島 の 刀 鍛 冶 八 坂 金 兵 衛 に 命 じ て こ れ を 模 造 せ (18 ) し め た 。 文 之 の ﹃.鐵 炮 記 ﹂ に は 、 時 尭 不 レ 言 二 其 債 之 高 而 難 万 及 。 而 求 二 螢 種 之 二 鐵 炮 一。 以 爲 二 家 珍 一 。 ⋮ ⋮ ( 中 略 -棚 橋 ) ⋮ ⋮ 時 尭 把 玩 之 鯨 。 使 三 鐵 匠 数 人 熟 二 覗 其 形 象 一。 月 鍛 季 錬 。 新 欲 レ 製 レ 之 。 其 形 制 頗 難 レ 似 レ 之 。 不 レ 知 三 其 底 之 所 二 以 塞 7 之 。 其 翌 年 蟹 種 費 胡 復 來 二 於 我 嶋 熊 野 一 浦 ︼ 。 ⋮ ⋮ (中 略 -棚 橋 ) ⋮ ⋮ 頁 胡 之 中 。 幸 有 二 一 人 鐵 匠 一 。 時 尭 以 爲 二 天 之 所 7 授 。 即 使 三 金 兵 衛 清 定 者 。 學 二 其 底 之 所 7 塞 。 漸 経 二 時 月 一 。 知 二 其 巻 而 藏 7 之 。 と 記 さ れ て い る 。 こ の 記 録 よ り 明 ら か な 如 く 銃 身 の 底 を 塞 ぐ 法 が 不 明 の た め 蛮 人 に 教 え を 乞 い 苦 心 し た の で あ っ て 、 筒 そ の も の は 輸 入 銃 に 頗 る 似 た も の を 作 り 得 た の で あ る 。 因 に 洞 富 雄 氏 に よ れ ば 種 子 島 銃 の 筒 は 錬 鉄 の 捲 成 法 ( 単 捲 法 或 い は ( 19 ) 隻 層 交 錯 法 ) に よ っ て 製 せ ら れ た も の で あ る と い う 。 し た が っ て 当 時 既 に 鍛 冶 師 は 鉄 砲 の 銃 身 を 作 り 得 る だ け の 技 術 を 有 し て い た わ け で 、 吹 竿 な ど 錬 鉄 を 捲 い て 容 易 に 製 作 し 得 た こ と で あ ろ う 。 鉄 鉗 ( か な は し ) ・ 鋏 籔 冶 職 に と そ 必 須 の も の で あ り ・ 室 町 時 代 の 絵 巻 に そ の 使 用 図 が み ら 鶴 勉 錐 ・ 舞 錐 は 当 時 に お い て も 玉 屋 が 数 珠 ・ 緒 締 め な ど の 製 作 に 際 し 水 晶 ・ 叢 な ど に 穿 孔 す る た め に 使 用 し て い た も の で あ 勉 ・
以 上 の 叙 述 で 技 術 的 に は ﹁ 南 蜜 人 ﹂ が 伝 え た と い う ガ ラ ス 製 造 の 技 法 を 受 容 し 得 る 条 件 が 当 時 わ が 国 に 備 わ っ て い た こ と が ほ ぼ 明 ら か に な っ た こ と と 思 わ れ る 。 次 に 原 料 に つ い て 少 し く 触 れ て お き た い 。 わ が 国 に お い て は 珪 酸 原 料 で あ る 白 石 ( 石 英 O ロ m 目 訂 ) に 事 か く こ と な く 、 ( 22 ) 各 地 に 良 質 の も の が 産 出 す る 。 後 期 の 書 で あ る 長 崎 夜 話 草 ﹂ ︹ 享 保 五 年 ( 一 七 二 〇 ) 刊 ︺ の ﹁ 硝 子 ﹂ の 条 に も 、 択 此 ひ い ど う に 造 る 白 石 他 國 に は な き 石 な り 長 崎 近 き 海 邊 に あ り (23 ) と 記 さ れ て い て 、 長 崎 近 辺 の 海 辺 に 良 質 の 石 英 が 当 時 も 産 出 し て い た こ と が 察 せ ら れ る 。 ﹁ 他 國 に な き 石 な り ﹂ と い う の は 他 国 の こ と を 熟 知 し て い な か っ た ま で の こ と で あ ろ う 。 (24 ) と こ ろ で 当 時 種 子 島 銃 の 普 及 は 著 し く 、 坊 津 、 平 戸 、 豊 後 、 紀 州 根 来 、 和 泉 堺 、 近 江 国 友 な ど で 製 造 さ れ た 鉄 砲 は 諸 大 名 に よ っ て 競 っ て 購 入 さ れ 盛 ん に 実 戦 に 使 用 さ れ て い た こ と は 周 知 の と こ ろ で あ る 。 こ の 際 使 用 さ れ た 火 薬 は 所 謂 黒 色 火 ( 25 ) 薬 で 、 そ の 配 合 は 一 般 に 硝 石 七 十 五 、 硫 ゜黄 と 炭 灰 と が そ れ ぞ れ 十 二 半 の 割 合 で あ っ た と い う 。 し た が っ て 硝 石 は 軍 事 用 に (26 ) ( 27 ) 必 要 な も の で あ り 、 中 国 、 シ ャ ム よ り 輸 入 さ れ た 高 価 な も の で あ っ た に は 相 違 な い が 、 ガ ラ ス 製 造 の た め に 使 用 し 得 ぬ ほ ど の も の で は な か っ た 筈 で あ る 。 但 し 戦 国 の 時 代 故 に 、 恐 ら く 庶 民 が 領 主 の き び し い 統 制 下 に お か れ て い た で あ ろ う 硝 石 を 自 由 に 入 手 す ろ こ と は 極 め て 困 難 な こ と で あ っ た と 推 測 さ れ る の で あ る 。 と す れ ば 当 然 大 村 氏 の 庇 護 の 下 に 初 期 の ガ ラ ス 製 造 が 行 な わ れ た と 推 察 せ ざ る を 得 な い で あ ろ う 。 (28 ) 鉛 も ま た 銃 弾 を 作 る 必 要 上 マ カ オ 、 カ ン ト ン か ら 大 量 に 輸 入 さ れ て い た 。 因 に 鉛 は 十 六 世 紀 中 葉 よ り 銃 弾 用 と し て 輸 入 ( 29 ) さ れ て い た が 、 後 に は 輸 入 鉛 で 製 造 さ れ た 銃 弾 を 国 外 に 輸 出 す る ほ ど に な っ た と い う 。 十 六 世 紀 末 頃 の 報 告 文 書 と 推 定 さ れ ろ ﹁ 嬬 港 日 本 貿 易 品 畳 書 ﹂ .. 罎 ①日 o H 冨 山 〇 一霧 目 曾 8 ユ 興 団舘 O ロ 〇 一冨 く ロ 冨 昌 p o 畠 o 一230一
( 30 ) も o 耳 ロ σq 口 Φ ㎝ o ω ・自 ① 冨 O 臣 昌 餌 巴 冒 喝 自 .. に は 、 ま た 鉛 二 千 ピ コ を 運 ぶ 。 ピ 三 二 タ イ ル を 債 し 、 日 本 に て 六 タ イ ル 八 マ ス に 費 ら れ 元 債 に 二 倍 す 。 ( 31 ) と あ り 、 一 ピ コ ( 一 〇 〇 斤 ) 当 り 三 タ イ ル の 鉛 が 日 本 で は 六 タ イ ル 八 マ ス と 倍 以 上 の 高 値 で 売 ら れ て い た こ と が 知 ら れ る 。 硝 石 、 鉛 と も 輸 入 品 で 高 価 な も の で あ っ た が 、 と も か く ガ ラ ス 製 造 の 原 料 と し て 必 要 な も の は 当 時 凡 て 国 内 に 揃 っ て い た の で あ っ た 。 註 (1 ) 黒 川 眞 頼 ﹁ 工 藝 志 料 ﹂ 上 巻 ( 博 物 局 、 明 治 十 一 年 ) 、 巻 二 、 四 六 頁 。 四 八 -四 九 頁 参 照 。 ( 2 ) 黒 川 眞 頼 、 前 掲 書 、 巻 二 、 四 六 頁 。 四 八 頁 参 照 。 ( 3 ) 原 田 淑 人 ・ 岡 田 譲 ・ 山 崎 一 雄 ・各 務 鑛 三 ﹁ 正 倉 院 ガ ラ ス の 研 究 ﹂ ( 正 倉 院 事 務 所 編 ﹁ 正 倉 院 の ガ ラ ス ﹂ 日 本 経 済 新 聞 社 、 昭 和 四 十 年 ) に よ れ ば 、 正 倉 院 文 書 の 処 方 、 黒 鉛 (即 ち 鉛 ) 九 八 三 斤 を 熱 し て 得 ら れ た 丹 小 一 、 一 五 八 斤 (即 ち 三 八 六 斤 ) 、 白 石 二 三 〇 斤 、 赤 土 小 三 斤 (即 ち 一 斤 ) よ り 計 算 す る と 、 こ の ガ ラ ス の 組 成 は 凡 そ 勺 び 〇 六 二 % 、 Q。 δ 鵠 三 八 % に な る と い う (同 書 、 四 八 i 四 九 頁 ) 。 ま た 正 倉 院 に 伝 わ る ガ ラ ス 玉 の 化 学 分 析 値 の 一 例 を 示 せ ば 第 三 表 の 如 く に な る (同 書 、 五 四 -五 五 頁 ) 。以 上 の 点 よ り 古 代 ガ ラ ス は ア 1黄色 丸 玉 剛 臨 頁 ) 24,1 73,6 0.06 0,14 0.39 0.27 0,16 0,22 0,08 Sio2 PbO AI203 Fe203 CaO MgO CuO Na20 K20 P205 SO3 合 言+「99・o% 第 三 表 正 倉 院 ガ ラ ス玉 成 分(原 田 ・岡 田 ・山崎 ・各 務 に よ る) ル カ リ を ほ と ん ど 含 ま ぬ 高 鉛 の ガ ラ ス で あ り 、 鉛 丹 、 白 石 よ り 作 ら れ た も の で あ る こ と が 明 ら か で あ ろ う 。 な お 司 げ O 胡 閣 ω δ 団 b。 ㎝ 駅 と い う 数 値 を ℃ げ O l 臼 O b・ 二 成 分 系 の 状 態 圖 と 封 比 す れ ば 、 こ の 組 成 の ガ ラ ス の 融 点 は 約 七 六 〇 度 ﹂ (同 書 、 五 七 で あ り 、 比 較 的 低 い 温 度 で 融 解 で き た 筈 で あ る 。 ( 丘 、) 由 水 常 雄 ﹁ 平 安 ・ 鎌 倉 時 代 と 唐 ・ 宋 時 代 の ガ ラ ス ﹂ ( ω 冨 8 と o 像 巳 雪 o ひ 2 0 . b。 ρ 2 ぢ 噂 8 ω 冨 9 0 一 器 の O o ° ピ & °L ㊤ ① 9 ) 、 九 頁 。
(5 ) 寺 島 良 安 編 ﹁ 和 漢 三 才 圖 會 ﹂ 正 徳 三 年 刊 、 版 本 、 京 都 大 学 附 属 図 書 館 蔵 ︹ 一 〇 占 騨 " 噛 一 嚇 否 ゜。 °。 ⑦ ω︺ 巻 第 六 十 、 五 ウ 。 (6 ) 大 日 本 窯 業 協 会 編 ﹃ 日 本 近 世 窯 業 史 ﹂ 第 四 篇 ﹁硝 子 工 業 ﹂ ( 大 日 本 窯 業 協 会 、 大 正 六 年 ) 、 二 = 頁 。 な お 同 書 一 九 ニ ー 一 九 三 頁 に は 信 楽 増 塙 の 起 源 に つ い て 次 の よ う に 記 さ れ て い る 。 硝 子 熔 融 窯 の 堆 塙 と し て 最 初 に 用 ゐ ら れ た る は 近 江 國 甲 賀 郡 信 樂 (雲 井 、 長 野 、 朝 宮 、 多 羅 尾 の 四 ケ 村 を 総 稻 し て 信 樂 郷 と 稻 せ り 、 就 中 増 塙 業 に 關 係 あ る は 長 野 村 な り と す ) 産 の 茶 壷 な り 。 此 の 茶 壺 が 如 何 な る 人 に よ り 初 め て 堆 蝸 に 代 用 せ ら れ た る か は 詳 か な ら ず と 盤 も 、 奮 時 の 荷 出 帳 並 に 口 碑 に 襟 れ ば 、 今 よ り 二 百 余 年 前 即 ち 費 永 年 間 ( 一 七 〇 四 ー 一 七 = 1 棚 橋 註 ) に 於 て 使 用 を 開 始 せ る も の と 認 め ら る 。 ⋮ ⋮ (中 略 -棚 橋 ) ⋮ : 爾 來 約 三 十 年 間 は 茶 壺 其 儘 の も の を 借 用 せ し が 、 元 よ り 其 目 的 に 製 作 せ し も の に 非 ざ る 上 、 製 造 者 は 硝 子 熔 融 に 闘 す る 知 識 皆 無 な り し を 以 て 、 製 品 は 脆 弱 に し て 熱 の 攣 化 に 堪 え 難 く 、 耐 久 期 間 甚 だ 短 か く し て 安 ん じ て 操 業 し 難 か り し が 、 元 文 年 間 ( 一 七 三 六 -一 七 四 一 -棚 橋 註 ) に 至 り 塙 壁 を 厚 く し 其 他 の 諸 鮎 に 稽 々 改 善 を 加 え て 、 始 め て 硝 子 熔 融 に 専 用 す る 増 蝸 を 工 夫 製 作 す る に 至 れ り 、 此 れ 今 日 の ジ ャ ッ パ ン 紺 塙 の 起 原 に し て 同 地 に て は 種 壷 と 稻 せ り 、 硝 子 種 を 熔 か す 壺 の 意 な る べ し 。 ( 7 ) 杉 江 重 誠 編 ﹁ 日 本 ガ ラ ス 工 業 史 ﹂ ( 日 本 ガ ラ ス 工 業 史 編 集 委 員 会 、 昭 和 二 十 五 年 ) 、 六 四 七 頁 。 い り じ ( 8 ) 高 松 宮 家 蔵 の ﹁ 職 人 蓋 歌 合 縛 巻 ﹂ の 内 ﹁ 鋳 物 師 ﹂ に は 金 属 熔 融 用 の 堵 塙 が 画 か れ て い る 。 例 え ば ﹁ 図 説 日 本 文 化 史 大 系 ﹂ 第 七 巻 ﹁ 室 町 時 代 ﹂ ( 小 学 館 、 昭 和 三 十 二 年 ) 、 = 一= 頁 所 収 の 一 九 四 図 参 照 。 ( 9 ) 前 掲 ﹁ 職 人 誰 歌 合 給 巻 ﹂ の 内 ﹁ 鍛 冶 ﹂ に は 輔 の 図 が み ら れ 、 ﹁ 鋳 物 師 ﹂ に は 二 人 で 操 作 す る 天 秤 型 踏 輔 が み ら れ る 。 ま た ﹁ 喜 多 院 職 人 霊 絶 ﹂ の ﹁ 鍛 冶 師 ﹂ に も 輔 の 図 が 画 か れ て い る 。 ﹃ 職 人 壷 歌 合 給 巻 ﹂ に つ い て は 、 例 え ば 前 掲 ﹃ 図 説 日 本 文 化 史 大 系 ﹂ 第 七 巻 ﹁ 室 町 時 代 ﹂ 、 一 三 一 頁 所 収 の 一 九 四 図 、 = 二 八 頁 所 収 の 二 〇 九 図 参 照 。 ﹁ 喜 多 院 職 人 壼 給 ﹂ に つ い て は 、 例 え ば ﹁ 図 説 日 木 庶 民 生 活 史 ﹂ 第 三 巻 ﹁ 南 北 朝 1 室 町 ﹂ ( 河 出 書 房 新 社 、 昭 和 三 十 六 年 )、 三 〇 頁 所 収 の 四 八 図 参 照 。 ( 10 ) 化 学 大 辞 典 編 集 委 員 会 編 ﹁ 化 学 大 辞 典 ﹂ 第 九 巻 (共 立 出 版 株 式 会 社 、 昭 和 三 十 七 年 ) 、 二 七 三 頁 。 ( 11 ) 鉄 の 熔 融 温 度 は 純 鉄 で 一 、 五 三 〇 度 、 鋼 鉄 で 一 、 四 〇 〇 度 、 鋳 鉄 で 一 、 二 〇 〇 度 で あ る と い う ( 東 京 天 文 台 編 纂 ﹁ 理 科 年 表 ﹂ 第 三 一232一
十 九 冊 、 丸 善 株 式 会 社 、 昭 和 四 十 一 年 、 物 理 化 学 部 、 五 八 -五 九 頁 ) 。 ( 12 ) 上 田 清 。 宮 崎 雄 一 郎 ﹁ 新 訂 硝 子 ﹂ 上 巻 (産 業 図 書 株 式 会 社 、 昭 和 三 十 三 年 、 再 版 ) 、 七 九 頁 。 ( 13 ) 成 瀬 省 ﹁ ガ ラ ス 工 学 ﹂ (共 立 出 版 株 式 会 社 、 昭 和 三 十 三 年 )、 七 六 頁 。 ( 14 ) 成 瀬 省 、 前 掲 書 、 ≡ 二 七 頁 。 ( 15 ) 三 宅 也 來 ﹁ 世 腎 大 成 萬 金 産 業 袋 ﹂ 享 保 十 七 年 刊 、 版 本 、 京 都 大 学 経 済 学 部 蔵 ︹ 鵠 く 口 耀 く 画 切 引 Z P H 曽 。。謡 ︺ 、 巻 之 三 、 十 ⊥パ オ 。 三 宅 也 來 ﹁ 萬 金 産 業 袋 ﹂ 巻 三 (﹁ 通 俗 経 濟 文 庫 ﹂ 巻 十 二 、 日 本 経 済 叢 書 刊 行 会 、 大 正 六 年 ) 、 = 四 頁 参 照 。 ( 16 ) 上 田 清 ・ 宮 崎 雄 一 郎 、 前 掲 書 、 上 巻 、 七 三 -七 五 頁 。 (17 ) 上 田 清 ・ 宮 崎 雄 一 郎 、 前 掲 書 、 上 巻 、 八 〇 頁 。 ( 18 ) 文 之 撰 ﹁ 鐵 砲 記 ﹂ (洞 富 雄 ﹁ 鉄 砲 伝 来 と そ の 影 響 ﹂ 校 倉 書 房 、 一 九 五 九 年 、 四 九 八 -五 〇 一 頁 に 収 録 )、 五 〇 〇 頁 。 な お 洞 富 雄 、 前 掲 書 、 四 ニ ー 四 三 頁 参 照 . ( 19 ) 洞 富 雄 、 前 掲 書 、 八 三 頁 。 ( 20 ) 前 掲 ﹁ 職 人 蓋 歌 合 檜 巻 ﹂ の 内 ﹁ 鍛 冶 ﹂ 、前 掲 ﹃喜 多 院 職 人 壷 給 ﹂ の 内 ﹁鍛 冶 師 ﹂ 、 ﹁ 七 十 一 番 職 人 歌 合 糟 巻 ﹂ の 内 ﹁ 鍛 冶 ﹂ に は 鋏 が み ら れ る 。 ﹁ 七 十 一 番 職 人 歌 合 糟 巻 ﹂ に つ い て は 、 例 え ば ﹁ 群 書 類 從 ﹂ 巻 第 五 百 三 、 雑 部 五 十 八 ﹁ 七 十 一 番 歌 合 ﹂ (経 済 雑 誌 社 、 明 治 二 十 七 年 ) 、 第 拾 九 輯 、 雑 部 、 九 〇 頁 参 照 。 ( 21 ) ﹁ 七 十 一 番 職 人 歌 合 絶 巻 ﹂ の 内 ﹁ 針 磨 ﹂ ﹁ 念 珠 挽 ﹂ に は 舞 錐 が 画 か れ て い る 。 前 掲 ﹁ 群 書 類 從 ﹂ 第 拾 九 輯 、 雑 部 、 一 六 八 頁 、 = ハ 九 頁 参 照 。 ( 22 ) 西 川 正 休 ﹁ 長 崎 夜 話 草 ﹂ 享 保 五 年 刊 、 版 本 、 京 都 大 学 附 属 図 書 館 蔵 ︹ 釦 1 。。 即 斗 " ω 榊 Z P ω O 呂 o。 ︺ 、 五 ﹁ 附 録 ﹂ 、 ニ オ 。 ( 23 ) 伊 藤 貞 市 . 櫻 井 欽 一 編 ﹁ 日 本 鑛 物 誌 ﹂ 上 巻 ( 中 文 館 書 店 、 昭 和 二 十 二 年 ) に は 、 ﹁ 石 英 は 分 布 頗 る 廣 く 、 其 産 地 も 枚 畢 す る の 逗 な し ﹂ (同 書 、 ︼ 五 二 頁 ) と し て 、 著 名 な 産 地 を 掲 げ た な か に ﹁ 長 崎 縣 西 彼 杵 郡 茂 木 町 藤 田 尾 及 び 千 力 ( 現 長 崎 市 -棚 橋 註 )﹂ ( 一 四 八 頁 ) と 記 さ れ て い る 。 ( 24 ) 洞 富 雄 、 前 掲 書 、 一 〇 五 ー ︼ 二 七 頁 参 照 。
( 25 ) 田 村 榮 太 郎 ﹃ 日 本 工 業 文 化 史 ﹂ ( 科 学 主 義 工 業 社 、 昭 和 十 八 年 )、 六 六 三 頁 。 (26 ) 洞 富 雄 、 前 掲 書 、 九 八 頁 。 ( 27 ) 洞 富 雄 、 前 掲 書 、 九 八 頁 に は 大 友 宗 麟 が マ カ オ の ド ン ・ ベ ル シ オ ー ル ・ カ ル ネ イ ロ 即 ロσ 9 。 窪 自 O 胃 昌 。 岸 o に 宛 て た 一 五 六 七 年 ( 永 禄 十 年 ) 十 月 十 七 日 付 の 書 翰 が 引 用 さ れ て い る が 、 こ の 中 に 硝 石 二 〇 〇 斤 に 対 し 一 〇 〇 タ イ ス ( 銀 一 貫 目 ) 、 又 は 指 定 せ ら れ た 金 額 を 支 払 う 旨 の 記 事 が あ る 。 (28 ) 岩 生 成 一 ﹁ 朱 印 船 貿 易 史 の 研 究 ﹂ (弘 文 堂 、 昭 和 三 十 三 年 )、 一 三 頁 。 ( 29 ) 岩 生 成 一 、 前 掲 書 、 二 五 六 頁 。 ( 30 ) 岡 本 良 知 ﹁ + 六 世 紀 日 欧 交 通 史 の 研 究 ﹄ ( 六 甲 書 房 、 昭 和 十 七 年 、 増 訂 版 )、 六 九 一 頁 。 ( 31 ) 岩 生 成 一 、 前 掲 書 、 = 一頁 。 日 秘 伝 の 成 立 と 継 承 婁 に 引 用 し た 黒 川 眞 頼 の ﹁ 工 藝 志 料 ﹂ に よ れ ば 、 大 村 理 専 が 南 蛮 人 に 貿 易 上 の 便 宜 を 与 え た 際 に ﹁ 南 螢 ノ 玉 工 ﹂ が 来 日 ( 1 ) し ﹁ 硝 子 ヲ 造 リ 且 其 ノ 法 ヲ 傳 ﹂ え た と い う 。 ﹁ 南 攣 ノ 玉 工 ﹂ が 果 し て 大 村 純 忠 ( 理 専 ) の 招 璃 に 応 じ て 来 航 し 、 純 忠 の 要 請 に 従 っ て 領 内 の 鍛 冶 職 、 ま た は 鋳 物 師 な ど に そ の 法 を 伝 え た の で あ ろ う か 。 或 い は ま た ポ ル ト ガ ル 商 人 と 共 に 来 日 し た ( 2 ) ﹁ 南 籔 ノ 玉 工 ﹂ が 長 崎 に 仕 事 場 を 設 け 、 そ の 仕 事 場 へ 好 奇 心 に 駆 ら れ て 近 ず い た ﹁ 所 在 ノ ﹂ 鍛 冶 職 、 鋳 物 師 な ど に そ の 法 を 伝 え た の で あ ろ う か 。 先 ず ガ ラ ス 製 造 よ り 更 に 必 要 度 の 高 か っ た 鉄 砲 製 造 に お い て す ら 当 時 専 門 職 人 を 招 璃 す る こ と は 困 難 で あ っ た こ と を 考 え る と 、 純 忠 が ﹁ 南 攣 ノ 玉 工 ﹂ を 招 聴 し 得 た と は 考 え ら れ な い 。 一 方 、 商 人 で も な い ﹁ 南 螢 ノ 玉 一234一
工 ﹂ が 、 そ れ 程 の 必 要 性 も 認 め ら れ ぬ の に 極 東 の 長 崎 へ 来 航 し て 、 そ の 地 に 仕 事 場 を 持 つ と い う 想 定 は 当 時 ヨ ー ロ ッ パ の 諸 候 が 競 っ て ガ ラ ス 職 人 を 招 璃 し よ う と し て い た だ け に 、 腋 に お ち ぬ も の で あ る 。 し た が っ て 恐 ら く 来 航 し た 商 人 、 大 工 な ど の 職 人 、 人 足 な ど の 中 に ガ ラ ス 製 造 法 の 知 識 を 有 す る も の 、 若 し く は ガ ラ ス 製 造 に 些 か な り と も 心 得 の あ る 者 が い て 、 こ の 者 が ガ ラ ス 製 造 の 技 法 を ﹁ 所 在 ノ 者 ﹂ に 伝 え た と 考 え る べ き で あ ろ う 。 ま た 当 時 わ が 国 で 布 教 活 動 を し て い た 宣 教 師 の (3 ) 中 に は 日 本 人 の 熱 心 な 質 問 に 備 え て 該 博 な 知 識 を 有 し て い た 者 が い た の で 、 ガ ラ ス 製 造 法 伝 授 の 源 は 案 外 こ の よ う な と こ ろ に あ っ た と も 考 え ら れ る 。 と こ ろ で 既 述 の 如 く ガ ラ ス の 原 料 で あ る 鉛 、 硝 石 が そ れ ぞ れ 種 子 島 銃 の 銃 弾 、 火 薬 の 原 料 と し て 当 時 戦 略 上 重 要 な 物 資 で あ り 、 且 つ 高 価 な 輸 入 品 で あ っ た こ と を 考 え る と 、 た と い 長 崎 ﹁ 所 在 ノ 者 ﹂ が ガ ラ ス 製 造 法 を 体 得 し た と こ ろ で 原 料 入 手 の 点 で 忽 ち 支 障 を 来 た し た こ と で あ ろ う 。 更 に 当 時 既 に 賃 仕 事 よ り 代 金 仕 事 へ 進 展 し て い た 手 工 業 部 門 も あ っ た が 、 新 製 品 の 製 法 を 会 得 し た ば か り の ガ ラ ス 製 造 職 人 に 原 料 や 充 分 な 経 営 資 本 が あ っ た と は 考 え 難 く 、 賃 仕 事 の 域 を 出 る も の で は な か っ た と 推 定 せ ら れ る の で あ る 。 そ れ 故 巨 万 の 富 を 有 す る 貿 易 家 の 如 き 保 護 者 の な い 限 り 、 ガ ラ ス 職 人 は 領 主 純 忠 の 庇 護 の も と に あ っ た と 考 え る の が 妥 当 で あ ろ う 。 し た が っ て ﹁ 工 藝 志 料 ﹂ の 記 載 を 補 う な ら ば 、 ﹁ 南 蜜 ノ 玉 工 ﹂ と は ガ ラ ス 製 造 法 を 些 か な り と も 偶 然 知 っ て い た 商 人 、 職 人 、 人 足 な ど で あ り 、 そ の 者 よ り 法 を 伝 え ら れ た ﹁ 所 在 ノ 者 ﹂ と は 純 忠 の 庇 護 を 受 け 、 純 忠 の 命 に よ り ガ ラ ス 製 造 を 試 み よ う と し て い た 者 と い う こ と に な る で あ ろ う 。 さ て 婁 に 検 討 し た 如 く 当 時 既 に ガ ラ ス 製 造 を 受 容 す る に 足 る だ け の 技 術 的 基 盤 が 存 在 し 、 ま た 原 料 も 困 難 で は あ る が 入 手 し 得 た の で あ る か ら 、 原 料 の 調 合 、 融 解 の 手 順 さ え 会 得 す れ ば 、 後 は 吹 き 方 の 熟 達 次 第 で 容 易 に ガ ラ ス 器 物 の 製 作 を な し 得 た で あ ろ う 。 そ れ 故 特 に 製 法 を 秘 し て 技 術 を 独 占 し よ う と す る 場 合 、 そ の 秘 密 の 対 象 と し て 吹 き 方 に で は な く て 、 原
料 の 種 類 、 精 製 法 、 混 合 比 及 び 融 解 の 手 順 に 重 点 が 置 か れ た で あ ろ う こ と は 推 測 に 難 く な い 。 時 代 は 下 る が 三 宅 也 來 の ( 4 ) ﹁ 萬 金 産 業 袋 ﹂ ︹ 享 保 十 七 年 ( 一 七 三 二 ) 刊 ︺ の ﹁ 硝 子 細 工 ﹂ の 条 に は 次 の 記 事 が み ら れ る 。 び い ど う 吹 の 事 。 右 は 只 唐 さ い く と 計 心 得 。 ふ き 物 也 と は し れ と も 。 其 術 等 は お も ひ も よ ら さ り し に 。 ふ と 長 崎 人 唐 ひ そ か こ し ろ か ん ど く び の 傳 受 を 籍 に な ら ひ 。 調 方 の 藥 昧 を 試 み 。 終 に は そ の 術 を 感 得 し て 。 我 ひ と り 秘 し て 是 を 製 作 せ し か 。 い つ と な く し て し ウ よ 他 に も れ し や 。 又 秘 事 を 世 に 疫 さ ん 爲 と 授 与 せ し に や 。 い か さ ま に も 此 仕 や う を 覧 え た る 人 有 て よ り 。 此 こ ろ は 一 向 。 に う ゑ へ い し に は し ち う き い く ど し 法 會 祭 祀 の 場 の 市 中 に お ゐ て 。 そ の 術 を あ ら は に 見 せ 。 萬 人 に 是 を 奇 異 た ら し む 尤 び い ど う の 藥 味 。 調 合 の 方 。 竈 の 仕 た く は に ん ぜ ん ら ん じ ゆ つ か け 。 そ の 道 具 を そ れ く に 貯 へ 置 て 。 人 前 に て 製 作 す る 。 し か れ と も こ れ 。 誠 秘 訣 の 珍 術 な れ は 。 藥 方 は 勿 論 。 其 仕 や う の 味 ひ を し ら す る 事 な し 。 尤 さ も 有 へ き 事 也 。 即 ち ガ ラ ス が ﹁ ふ き 物 ﹂ で あ る こ と は 、 こ の 書 の 発 免 さ れ た 享 保 十 七 年 ( 一 七 三 二 ) よ り か な り 以 前 か ら 一 般 の 人 々 に も 知 ら れ て い た と 推 定 さ れ る し 、 享 保 年 間 に は 多 数 の 見 物 人 の 前 で 製 作 を 実 演 し て い た の で あ る が 、 ﹁ 藥 方 は 勿 論 。 其 仕 や う の 味 ひ ﹂ は ﹁ 誠 秘 訣 の 珍 術 ﹂ と し て 公 開 さ れ る こ と は な か っ た の で あ る 。 と こ ろ で 元 亀 元 年 以 降 、 南 蛮 人 よ り ガ ラ ス 製 法 を 伝 え ら れ た に せ よ 、 ま た 唐 人 よ り そ の 術 を 学 ん だ に せ よ 、 ﹁ 傳 受 を 籍 に な ら ひ 。 調 方 の 藥 味 を 試 み 。 終 に は そ の 術 を 感 得 し ﹂ た の で あ り 、 そ の 結 果 会 得 し た 技 術 は 当 然 の こ と な が ら 公 開 さ れ る こ と な く 、 ﹁ 我 ひ と り 秘 し て 是 を 製 作 ﹂ し て い た の で あ ろ う 。 し か し な が ら ﹁ い つ と な く し て 他 に も れ ﹂ た も の か 、 或 い は ﹁ 秘 事 を 世 に 袋 さ ん 爲 と 授 与 ﹂ し た も の か 、 い ず れ に し て も 秘 伝 と し て そ の 技 術 が 継 承 さ れ て い く こ と と な っ た 。 西 川 正 休 の ﹁ 長 崎 夜 話 草 ﹂ ︹ 享 保 五 年 ( 一 七 二 〇 ) 刊 ︺ の 五 ﹁ 附 録 ﹂ は 三 十 九 種 の ﹁ 長 崎 土 産 物 ﹂ の 紹 介 に 当 て ら れ て ( 5 ) い る が 、 そ の ﹁ 硝 子 ﹂ の 条 に は 、 一236一
び い ど う ○ 硝 子 是 も 蟹 人 長 崎 に て 教 へ て 造 り 初 し よ り 今 其 傳 流 絶 ず 還 て む か し よ り 今 は 上 手 と 成 て さ ま く の 器 物 紅 毛 の 細 工 に 勝 れ り と あ り 、 ﹁ 蟹 人 長 崎 に て 教 へ て 造 り 初 ﹂ め た の が 何 時 頃 か に つ い て は 触 れ ら れ て い な い が 、 享 保 年 間 ま で ﹁ 其 傳 流 ﹂ は 秘 伝 の か た ち で 継 承 さ れ て き た も の と 思 わ れ る 。 ま た ﹁ 還 て む か し よ り 今 は 上 手 と 成 て さ ま ノ ㍉ の 器 物 紅 毛 の 細 工 に 勝 れ り ﹂ と 記 さ れ て い る こ と か ら 、 秘 伝 で あ る 素 材 に つ い て の 進 歩 は ほ と ん ど な い と し て も 、 細 工 の 方 は 様 々 に 工 夫 さ れ て オ ラ ン ダ 船 が 舶 載 す る も の に 劣 ら ぬ 見 事 な も の が 作 ら れ ろ よ う に な っ た と 解 し て よ い で あ ろ う 。 勿 論 ガ ラ ス 素 地 の 製 法 だ け で な く 、 特 殊 な 機 能 を 有 す る 器 物 、 例 え ば 眼 鏡 な ど の 場 合 は 、 や は り そ の 技 法 は 秘 伝 と な っ 票 ね ( 6 ) た で あ ろ う 。 同 じ く ﹁ 長 崎 夜 話 草 ﹂ の ﹁ 長 崎 土 産 物 ﹂ の 内 ﹁ 眼 鏡 細 工 ﹂ の 条 に は 、 つ く 長 崎 住 人 濱 田 彌 兵 衛 と い ふ も の 壮 年 の 頃 鞭 國 へ 渡 り 眼 鏡 造 り 様 を 習 ひ 傳 へ 來 り て 生 嶋 藤 七 と い ふ 者 に 教 へ て 造 ら し め た る よ り 今 に そ の 傳 な り と 記 さ れ て い る 。 濱 田 彌 兵 衛 O p 豆 鼠 冒 冒 田 臣 o 同 o は 、 長 崎 代 官 で 且 つ 大 貿 易 家 の 末 次 平 藏 配 下 の 朱 印 船 の 船 頭 で あ っ た 。 寛 永 五 年 ( = ハ ニ 八 ) に 台 湾 、 ゼ ー ラ ン ジ ャ N 。 巴 碧 島 冒 の 砦 で 彌 兵 衛 が オ ラ ン ダ 総 督 ピ ー タ ー ・ ノ イ ツ コ 0 8 H 乞 ξ 房 と 関 税 問 題 で 衝 突 し 、 海 内 に 勇 名 を 馳 せ た こ と は あ ま り に も 有 名 で あ る 。 平 藏 が 秀 吉 か ら 安 南 貿 易 の 朱 印 状 を 得 た の が 文 禄 元 年 ( 一 五 九 二 ) 、 家 康 か ら 安 南 貿 易 の 朱 印 状 を 得 た の が 慶 長 九 年 ( 一 六 〇 四 ) 八 月 、 最 後 の 出 航 が 寛 永 十 一 年 ( = ハ 三 ( 7 ) 四 ) で あ っ て 、 こ の 間 慶 長 九 年 以 降 だ け で も 派 船 は 九 回 十 艘 に 及 ん で い る 。 し た が っ て 彌 兵 衛 が 終 始 平 藏 の 船 で 活 躍 し た と す れ ば 、 最 後 の 派 船 の あ っ た 寛 永 十 一 年 ( = ハ 三 四 ) ま で に ﹁ 攣 國 ﹂ で 眼 鏡 の 製 法 を 習 得 し た こ と に な る 。 い う ま で も な く 彌 兵 衛 は 船 頭 で あ っ て 職 人 で は な か っ た 。 彌 兵 衛 が ど の よ う な 企 図 よ り 蛮 国 で 眼 鏡 の 製 法 を 習 っ た か 明 ら か で は な い
が 、 襲 に も 触 れ た 如 く 国 内 に お け る 眼 鏡 需 要 の 大 い さ を 逸 早 く 見 て 取 っ て 、 そ の 製 造 販 売 を 志 ざ し た も の と 推 察 さ れ る 。 ゼ ー ラ ン ジ ャ に お け る 強 引 な 商 取 引 か ら 推 し て 、 そ の 程 度 の 商 才 は 充 分 持 ち 合 わ せ て い た で あ ろ う 。 彌 兵 衛 は 眼 鏡 の 製 造 技 、 、 (8 ) 術 を 会 得 し て 帰 国 す る と 生 嶋 藤 七 に ﹁ 教 へ て 造 ら し め ( 傍 点 -棚 橋 ) ﹂ た と い う が 、 彌 兵 衛 の 背 後 に は 平 藏 が い た こ と よ り 推 し て 経 営 資 本 は 充 分 で あ り 、 代 金 仕 事 と し て 注 文 生 産 に 、 商 品 生 産 に 目 ざ ま し い 発 展 を な し た で あ ろ う こ と は 推 察 に 難 く な い 。 し た が っ て か か る 富 を も た ら す 眼 鏡 製 造 技 術 は 当 然 秘 伝 と し て 継 承 さ れ た に 相 違 な い 。 即 ち ﹁ 萬 金 産 業 袋 ﹂ の ﹁ ( 9 ) 目 鏡 類 ﹂ の 条 に は 、 ひ ○ 日 目 鏡 。 製 作 口 傳 か げ ま ば ゆ か ら ず と い ふ と あ り 、 初 期 の う ち は 日 目 鏡 の み な ら ず 目 鏡 の 場 合 も 秘 伝 と し て の 性 格 を 有 し て い た と 推 定 さ れ る の で あ る 。 し か し 時 代 の 推 移 と 共 に 、 特 殊 な も の を 除 き 多 く の 眼 鏡 に つ い て は 、 そ の 製 品 を 模 作 す る こ と に よ り 、 製 法 を 感 得 し 得 る も の が 多 か ( 10 ) っ た た め か 、 そ の 発 展 は 著 し く 享 保 の 頃 に は ﹃ 長 崎 夜 話 草 ﹂ に ﹁ 長 崎 土 産 物 ﹂ と し て 、 カ ゴ ね は ま め が ユ と を な し か ず い と ヒ き ま ち か ウ ○ 眼 鏡 細 工 鼻 目 鏡 遠 目 鏡 虫 目 鏡 数 目 鏡 磯 目 鏡 透 問 目 鏡 近 視 目 鏡 と 特 筆 さ れ た ほ ど に 多 様 な も の が 製 作 さ れ る よ う に な っ て い た の で あ る 。 (11 ) 黒 川 眞 頼 の ﹁ 工 藝 志 料 ﹂ の ﹁ 硝 子 器 ﹂ の 項 に は 、 ハ マ ヴ ヤ ヒ ヤ ウ ヱ ィ ク ソ マ ト ウ シ チ 0 元 和 年 間 肥 前 ノ 長 崎 ノ 人 濱 田 彌 兵 衛 ト イ フ 者 ア リ 南 螢 二 航 シ 眼 鏡 ヲ 造 ル ノ 法 ヲ 習 ヒ 還 リ 來 テ 巧 ヲ 長 崎 ノ 人 生 島 藤 七 二 傳 フ 藤 七 乃 硝 子 ヲ 以 テ 之 ヲ 造 ル ︹ 割 註 ︺ 藤 七 ハ 眼 鏡 ヲ 造 ル ニ 或 ハ 水 精 ヲ 以 テ 造 ル 事 ハ 玉 ノ 部 二 掲 載 ス ﹂ 其 ノ 製 作 ス ル 所 ヒ メ ガ ネ ツ キ メ げ や ト ホ メ ガ ネ ム シ メ ガ ネ セ ズ メ ガ ネ チ カ メ メ ガ ネ マ ル メ ガ ネ ノ 者 ハ 圓 眼 鏡 、 日 眼 鏡 、 月 眼 鏡 ︹ 割 註 ︺ 日 月 ヲ 観 テ 眩 カ ラ サ ル 眼 鏡 ナ リ ﹂ 遠 眼 鏡 、 虫 眼 鏡 、 敷 眼 鏡 、 近 覗 眼 鏡 、 等 ナ リ 一238一
と 記 さ れ て い る 。 こ の 記 述 に 従 う な ら ば 藤 七 は 水 晶 の 他 に ガ ラ ス を 用 い て 眼 鏡 を 作 っ た こ と が 知 れ る 。 と こ ろ で 藤 七 が 眼 (12 ) 鏡 製 作 に 使 用 し た と い う ガ ラ ス 材 料 が 国 産 で あ っ た か 否 か は 疑 わ し い 。 何 故 な れ ば ﹁ 萬 金 産 業 袋 ﹂ の ﹁ 目 鏡 ﹂ の 条 に は 、 た っ サ わ ぎ ん び い ど う 玉 は 。 中 古 唐 よ り わ た る 所 。 厚 壷 分 あ ま り 。 大 根 の 輪 切 の こ と く に し て 來 る を 。 和 に て 又 丸 み を な を し 。 雨 面 し よ り よ く す り 。 あ つ き 薄 き は 中 年 若 年 。 そ の 程 く に 仕 た つ る 。 な る 記 事 が あ り 、 こ れ よ り 推 し て 中 国 よ り ﹁ 大 根 の 輪 切 の こ と く に ﹂ し た ガ ラ ス 素 地 が 輸 入 さ れ て い た と 考 え ら れ る か ら で あ る 。 し か も 藤 七 の 時 代 に わ が 国 で 気 泡 や 筋 の 少 な い 光 学 的 に 均 質 な ガ ラ ス が 作 ら れ て い た と は 思 え な い か ら で あ る 。 ( 13 ) そ れ ば 田 宮 悠 の ﹁ 鳴 呼 草 ﹂ に 、 ほ ん た ま め が れ め た の じ つ ば ぴ ま ゼ せ い め ㊥ 本 玉 の 眼 鏡 と 云 も の は 眼 の 爲 に よ ろ し と い え ど 実 は 甚 よ ろ し か ら ず と そ 今 日 本 に て 制 せ し め が ね は 眼 の 爲 に よ ろ し そ れ ぬ あ を い ろ く す り の う ホ り め ム つ も の ざ ク う せ き し や タ ム も の お さ め や し な ふ せ い め か ね し ぜ ん 夫 眼 は 青 き 色 を 藥 と し 能 有 と し て 眼 を 専 は ら つ か ふ 者 は 座 右 に 石 菖 蒲 な ど の 物 を 置 て 眼 を 育 な り 日 本 制 の 目 鏡 は 自 然 あ を あ り ほ ん た ま め か れ し ろ す そ り う へ か ん れ い き か つ ウ き よ か ん め そ ん ゑ き に 青 み 有 て よ ろ し 本 玉 の 目 鏡 は 白 き に 過 ぎ 其 上 寒 冷 の 氣 勝 故 眼 を 虚 寒 せ し む 眼 に 損 有 て 盆 な し と あ り 、 こ の 書 の 著 者 田 宮 悠 は こ の 一 節 で 日 本 製 の ガ ラ ス で 作 ら れ た 眼 鏡 が ( 不 純 物 の 鉄 の た め ) 自 然 に 青 み を 帯 び て 眼 (14 ) の 為 に よ い こ と を 力 説 し て い る の で あ る が 、 ﹁ 本 玉 の 眼 鏡 と 云 も の は 眼 の 爲 に よ ろ し ﹂ と い う ﹁ 俗 説 ﹂ は 恐 ら く ﹁ 鳴 呼 草 ﹂ の 刊 行 さ れ た 文 化 三 年 ( 一 八 〇 六 ) よ り ず っ と 以 前 、 ま だ わ が 国 で 作 ら れ る ガ ラ ス に 気 泡 や 筋 が 多 く あ っ た 時 代 に は ﹁ 正 説 ﹂ で あ っ た と 思 わ れ る の で あ る 。 筆 者 は 十 八 世 紀 頃 の 作 と 推 定 さ れ る 火 珠 ( ひ と り た ま ) 乃 至 は 天 眼 鏡 と 思 わ れ る も の を 所 持 し て い る が ( 第 三 図 参 照 、 レ ン ズ の 直 径 一 一 ・ 五 糎 、 厚 さ 三 ・ 四 糎 ) 、 筋 が 渦 の 如 く に 全 体 に は い り 、 収 差 の 大 き い こ と も 伴 っ て こ れ に よ っ て 拡 大 さ れ た 文 字 は ほ と ん ど 読 め ぬ ほ ど で あ る 。 そ れ 故 元 和 寛 永 に 遡 る 藤 七 の 時 代 に わ が 国 で 作 ら れ た ガ ラ ス の 光 学 ガ ラ ス と し て の 性 能 は 非 常 に 悪 い も の で あ っ た と 推 定 せ ら れ る 。 と す れ ば 藤 七 が 眼 鏡 製 作 に 際