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棲神 第貳拾貳號

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続 試 桧 葉 { 第

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− 出 身 延 山 八 十 一 一 一 世 日 給 炉 l H 楓山皐院身長一一楽院日謙貌下

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東陽房忠尋の著書に就いて:・:

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御遺文にあらわれたる下種思想

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日蓮聖人御系譜の研究:・:

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麓 居 詠 : : : : ︵ 短 歌 ︶ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ‘ ・ ・ ・ ・ : :

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: : : : : : ・ : ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 帯 叶 μ 古き遠保築我詑::::︵随筆﹀:・:: 蝉 : :

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‘ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 2 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 田 三ツ子の魂に血行 P F ぺ き は ? ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 加

宗組霊跡伊豆と舶守捕三郎:・::・ 争

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想 以 出 す 画

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し く 強 き 信 仰 を も っ て ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ : : : : : i : : 梅 校 友 曾 報 ・ :

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同窓曾各部記事

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津 修 皐 旅 行 記 : :

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﹀ 友 篤 : : ハ = 一 八 ︶ 玄 忠 : : ︵ 一 三 一 一 ︶

知 ・ ・ : ︵ 一 三 回 ︶ 矢口 同 皐 : ・ ・

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一 ︶ 泰 働 : : ︵ 一 三 一 一 ︶

光 : : ︵ 一 一 三 六 ︶ 啓 孝 : : ︵ = = 一 九 ︶ 力 男 ・ ・ : ︵ = 四 一 一 ︶ 築 希 ・ ・ ・ ・ ︵ 一 一 望 ︶

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剖 岨

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一、宗政上

吾組日蓮大聖人御在世の昔時は、大聖人の生ける人格を中心として、門子檀越が失第に増加した、それは富来の邪 なる信仰を改めて、心から陣依を捧げた純正の信徒のみであった。大聖人の出現は星の世界に現はれた太陽の様に海 の一端に投じられた大石の様に‘光輝は普く波動は限りなく横大するのであった。宜に本化上行としての自覚と、法 恭一・行者としての人格とはその太陽でありその大石であったっ故に御在世中の敢闘は、専ら人格中心で進まれた、共庭 に凶海蹄妙の宜現も期せられたのである。 日蓮一人はじめは南無妙法蓮華経と唱へしが、二人三人百人と次第に唱へったふるなり、未来も叉しかるべし霊剰 へ庚宣流布の時は日本一向に南無妙法蓮華経と唱へん事は大地を的とするなるべし︵宜相紗九六一︶ 全くとの通りに琵展しつ L あるのは事置である。但し御在世中は共中心が始終動いて居った、大聖人が錬倉に居られ た時は鎌倉中心、龍ノ口に居られた利那は龍ノ日中心、佐島御流罪中は佐渡中心であった、共れは元より人格中心・な るが故である。然るに晩年波木井公の御招待によりて‘身延山に御幽棲の地を卜し、御庵室を建立遊ばしてからは‘ 宗門の中心が自然と身延山に定まった。況して大聖人は山中より外へは遠くた出かけにならたいから、房時鎌倉佐渡 は勿論債く全国からの弟子檀那等は.大聖人を慕って参詣し且つ滞在して御給仕芳々御救化を受けたものである。而 組 廟 中 ・ 己 、 イ

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組 廟 中 .r,.

して弟子共の各地に於ける救出開拓も、間徒の修行方法も、内外経営の方策も、皆大聖人日常御救訓のま L で あ り 、 叉御救令のま t A に行はれて居たのでるる。弟子共は各自寺を建て救舎を設けて布敬に従事し、照信徒は心から感謝し て財物乞寄進し、大聖人を始め弟子方に封する供養を怠ら・なかったから、住職問題や選懇違反の起らう舎もなく、又 輸 出 算 決 算 の 必 要 も な か っ た 。 如 何 に 単 純 な る 基 礎 的 の 宗 門 と は 一 五 へ 、 法 華 如 法 の 行 者 を 中 心 と し て 、 同 事 、 韓 同 心 に 報 恩 感謝の生活をするのでなければ、本営に無事平穏には治まらない。乃ち大聖人は自ら九ヶ年間法華経修行の身延山を 以て、彼の探寧最後八ヶ年法華経説法の謹鷲山に援し、幾度か身延山の最勝なることを讃歎せられた。例せば 此鹿は人倫を離れたる山中也。東岡市北を去りて虫も・なし。か L る心細き幽窟なれども、敬主耀隼の一大事の秘法 を露鷲山にして相侍し。日蓮が肉閣の胸中に秘して隠し持てり歪か L る不思議なる法華経の行者の住底なれば。い かでか謹山時土に劣るべき。法妙なるが故に人貴し。人傘きが故に所傘しと申は是也。︿南係者二

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六 九 ︶ と仰せられた通り、大聖人中心は同時に身延山中心なるととも、充分に領解せらる L 道 理 で あ る 。 然るに弘安五年の秋、偶々微誌を感ぜられ常随近侍の若護をうけて居られたが、御自身老病の期し難きを畳られ、 池上宗仲の邸に赴かれ、還に十月十三日安詳として大浬提に入らせられたが、基をば身延山に築かんとの思召により 茶昆して御合利をぱ賀瓶に牧め、弟子等守護して身延山に御送り中上げたのである。常時池上に御着の頚臼波木井殿 への御欣を拝すれば 長み巾し候。みちのほどぺちの事候はで地上までつきて候主所持の身にて候へば不定たる事も候はんや’らん。さり −ながら日本閣にそとばくもてあっかうて候みを九年まで御厨依候ぬる御志巾すばかりなく候へば、 いづくにて死に 候とも基をぱ身延の津にせさせ候ペく候︵波木井殿御報一二

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と‘いと懇切たる御航、市かも結末の一伺とそ、身延山に御廟を創築して、永遠に生身法身の御舎利を

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閉 め さ せ 給 ふ 根源である。越へて六年正月賢寵を器管して御露骨を安置し、上座の六老僧を主として他の直弟子を加へ、輪共守塔 の制を設け、順次組廟に奉仕するとと L なった、興師記録の身延基番帳たるものがそれである。ハ池上本円寺所職影山 師の敬闘史一一載之﹀ 是に於てか大聖入院年の身延中心は、常在霊山の組廟中心と・なって、滅後の救国は恰かも生ける大聖人の在す思ひ で奉仕を檎績するととに・なった。置に組廟に奉仕し組廟に誓って賢宣流布の施設方法を講じたととが、宗政の根本で あり出禁酷であった。 か t A る輪番守塔の制は、大聖人の七回忌頃迄は績いたらしいが、営脅の諸師も各自遠隔の地に在。て、門子檀越の 教 養 、 一般大衆の散化等の矯めに、遥々登山の奉仕も意の如く在らや、思ひ・ながらの僻怠に堕し易く、祖廟将来の魚 め常住守塔の議が起り、絡に輪呑制が麿せられ、日向上人が波木井公の招待に臨じて晋山せらる L 様になった。門下 を代表しての責任守塔なれば、確に貰績の邸中がるとと L 信 や る が 、 一面大型人の御後を糟承する意味に於て、共選に 入らざる不干の者を出したのは甚だ遺憾であったが、叉止むを得ないととだと思ふ。興師離山の如きは、他に複雑し た事情ありて︵近頃出版の早川氏身延離山の研究﹀のととだが‘身延を離れて別に敬閣を立てたととは、大思ある醐 師に到し背いた形になって面白くない。祖廟は元より鷲峰の月の如く、常に澄んでゐるけれ左も、周闘のうき雲が一息 いのだ。門下同士の感情衝突から、身延をけがし祖廟に背き奉る椋なととあらば、共罪甚だ重いとともゐ思ふ。後坦々 救国が分裂して、共の中心亦八九に分れる様にたうた。分張と云へば確に護展の様だが、統一を扶くならば漸く共の カの弱きを表はすに至るであらう。彼一の明治二十一年頃に於ける二ハ雨僚の如きは、直接姐廟に聞係左きが如きも、 組 廟 中 ・む イ

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組 廟 中 ・ 己 、 イ 四 組本山の貫質.精神の組廟にあるを奈何せん、況んや法主は霊廟奉仕の主住たるをや。輿論の有無に拘はらや‘組廟 中心は元より宗是たるを失はね。 長くも先帝陛下より降し給へる大師競の宣下書 叉今上陛下の御染筆にか L る立正の勅額 何れも共筋より阻廟の在鹿に下し給へるとそ隼い極みである。吾等宗徒は日頃異樫同心の組訓を奉じ訟がら、各自 門戸を分ちて、唯一祖廟の中心を失ふが如きは門下の本分でたいと思ふ。 是

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於てか現管長視下の提唱せらる L 組廟中心制度の賓現と併せて各祇統合問題の結成とは頗る意義深いもので、宗 借 各 自 の 白 莞 に 侠 た ね ば ・ な ら 友 い 。 是 は 膏 に 五 口 等 の 希 望 の み で は ゑ い 、 一般信徒側の熱望するととろである。若しも 之が出来たい位左ら借伽和合と一民ふも、異韓同心と一耳ふも、所調有言無賓と在るであらう。

組廟が何故に教由宇の中心在るか.骨を納めたた基に何うして撃的の慣値を認めるか、是は皐者の特に注意すべきと と L 思ふ。元政上人が﹁左に故に砕きし骨の名残ぞと思へば袖に玉ぞ散りける﹂と詠まれた、伎の﹁訟に故に﹂と一再 ふ言葉を探く熟思する時、則ち思今に過ぐるものがあらろと思ふ。 大聖人の御舎利と一足ひ‘共上に立てられた費塔と一再ひ、敬皐上から之を拝観するときは、単なる御骨や石碑とのみ 見るべきではない、大聖人生前に於て既に三法一体の妙旨を瞳得遊ばされたるが故に、遺骸となり舎利となりでは檎 更三身常住三法一障の結晶と仰がたければならたい c 擢 頂 紗 ハ 一

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樺第と我等たは本地一望小二の身也、樺隼と法華経と我等との三れぬ全酬明不思議の一法にして全く一二の差別苧き也、 乃至我等が肉身即ち三身即一の法身也云云 と仰せられ、叉阿悌房御堂デ︵八二五﹀に 末法に入て法華粧を持つ男女のすがたより外には賓塔たきなり、若探れば貴賎上下をえらぽ十南無妙法蓮華経とと 危うるものは我身賓塔にして我身叉多費如来也、妙法蓮華経より外に賓塔左きなり。 と、此等の意を以て腿廟を拝するときは、金贈宛ら三秘の法障なれば、救撃の中心も亦蕊にありと観るべきである。 即ち生身の令利が同時に法身の令利となり、永遠普遍の曾いものにたったのである。市して悌陀が嘗て智的存在であ った枝に、本化の菩薩も亦智恵の修初一者であったととは経一文明白であり、且つ法華経全開が悌智の所詩でるり帥如刊の 所産であって、互に因果関係にあるととは、一五ふまでもたいととで、本隼紗︵九四三﹀には耀伸与が地涌の主口一隆を召し て、妙法五字を付掘し特に末法に弘めさせた出を述べ、御義口傍︵下六

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︶ に は 、 妙 禦 の 子 弘 = 父 ノ 法 一 を 制 押 し て 、 子 と は地涌の菩薩也父とは樫隼也、今叉以て此の如し父とは日蓮也子とは日蓮が弟子檀那也 と仰せあるを見れば、

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ら本化地涌の使命を持知し、 一面智臓の菩薩を以て自任せられたととは明白である。角本骨骨 紗︵九三凶‘九四

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.九四三.九四八︶開口動︵七八六、 八

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三、八二ハ︶共他の御書往々此回目を顕はされて居る。 賠て末法の要法題

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五 字 、 一闘浮提第一の本傘、本門の妙戒戒壇︵一一一一四、二

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五三﹀日蓮が法門︵八五二‘ 一 六 四 八 ﹀ 等 と 宣 へ る も の ‘ 何 れ も 皆 前 代 未 弘 ︷ 一 万 組 始 昭 一 の 敬 一 一 説 ・ な れ ば 、 併 陀 を 離 れ て 併 殺 た き が 如 く 、 宗 門 の 孔 牧 草 は 嘗 て 犬聖人の生命を刻めるもの‘而して永世救護の妙法として、不断に輝く精神なるが故に‘四ナ者は須らく先づ大型一人の 同県廟に拝脆し、祖廟中心の観念に位して、正にん一市串の研鈴に精進すべきである o 日疋が叉研究者の麗はしい態度である 租 廟 中 a、己 イ :Ii.

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組 廟

d H I ,['..,、 イ ム ノ、 と 息 ふ 。 此 の 項 に は 是 非 前 々 慌 に 記 載 せ る ﹁ 山 一 目 撃 の 淵 源 ﹂ を 御 参 照 あ り た い 。

決に行法 O 上より組廟を考へて見たい、行法とは−

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す ま で も 在 く 、 伸 に な る 遣 を 一 広 ふ の で 、 王 口 宗 の 受 持 唱 題 が 共 れ である口即ち大聖人が不惜身命畢生の事業として唱導遊ばされたる大事た賀行方法で、大聖人自ら之に依って法華粧 の行者となり、之に依って自他の偽造を成ぜられたのである。との行法の上からも蹴廟を中心として考へねばたらぬ ととは、矢張大聖一人の御跡を偲び、組恩の市内一に報ゆる所以なるが故でるる。大聖人が師孝の温情切なる、而してそ の報思の一事を拝しても、門下たるもの必十蕗に岡山ひを設さねば・ならぬととは常然である。 日蓮法来粧の行者となうて善悪にうけて日蓮民日蓮一加とうたはる L 此御思さ左がら故師匠超菩房の放にあらやや、 日蓮は草木の如く師匠は大地の如し

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日蓮が法華経を弘むる功徳は必歩道普房の身に師すベし、あらたうとたうと よ き 弟 子 を も う と き ん ぱ 師 弟 俳 果 に い た り 云 一 五 ︵ 御 遺 文 一 七 二 問 、 ︶ 選者一加は臆病者にて生前中法華に師するの勇筑なく絡にたかくれに左られたが、師匠御意中の希望を全ふして、後生 を善導申上ぐるを最上の師孝と思召し、報恩紗二容を作。て、身延から遣に共の某前に供へ且つ之を読ましめたとと はその詮献︵一五二一︶に明かである。かくて法華妙法の行法を自らも始格修行し、共の功徳を師仮にも同向するの が併に在る遣と考へられた。故に身延山御堂日︵一二九九︶には 宜に伸になる遣は師に仕ふるに過ぎ十 と仰せになられた、是は大聖人の過去に及ぼす大報思行である。向ほ父母を慕ひ共某に参らんとせしとと一一丹なら歩

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︵光日房御書一四一八、妙法尼書一七七九﹀逢に瀧峰の頂に思親逢拝の跡を遣され‘大孝の至誠を質現せられたのも隼 い極みでるる。正に内典の徳敬たる法華の色讃曲目験に外たらぬ。是も大聖人が過去に及ぼす大慈悲行である。 大聖人の妙行は元より受持唱題の一行なれ

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も、境智冥合せる質際の事観事行で・泣ければ、所謂事の一念三千観と も.一二秘の妙行とも稀するとと出出来たい、是とそ本伸直受害量国間護の大事業である。故に三大秘法紗︿二

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五 四 ︶ iて は 今日蓮が所行は霊鷲山の富市承に芥繭計りの相遣なき色も替らぬ書量品の事の三大事なり。 と、宜べられて法華経の紳髄たる書量本悌の妙因妙果を妙法丘字の題目に牧め、此を受得して本隼心境の人となると とを明す‘是を不惜身命一心見伸倶出霊山の境地とも一千かので、大聖人先づ此の境地に安住せられたのである、随つ て大聖人の御身は死生に拘らや本伸と同じ崇敬の封象として永久に仰がれねばたらぬ筈である。 要するに大聖人の敬事が、その行法を離れて存在せざるが如く、日蓮が弟子檀那の最要は.親しく身延山に参りて 常在の組廟に拝脆し奉り、心ゆくばかり永遠不滅の願行を偲び、恰かも生きた大聖人にた仕へする様た気分で‘所謂 八役給仕を全うして勤経精進するにるるのである。近頃各︷一京共通の輿論として、各自宗の艦山に登りて加行の要を詑 くもの‘叉常然の蹄結とせねば・ならぬと思ふ、との意味に於て疾く其の賞現を期待するものである。

信仰は宗敬の生命怠るが如く、法華経の信仰は叉大聖人の金曜・でなければならぬ。 とにかくに法華艇に身をまかせ信ぜさせ給へ至日蓮生れし時よりいまに一日片時も心安き事は注し此の法華経の題 組 廟 s i g a、己 イ 七

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事邑 廟i h p •u、 イ F

目を弘めんと忠ふばかり左り相構へて相構へて−

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他の生死は知らねども御臨絡のきざみ生死の中聞に日蓮必やむか ひにまいり候︵上野殿御書一八四三︶ 大聖人は全く法華・経の信仰に格始し、死後と雄も亦法華経の信仰に生きて居ると云ふべきである。即ち大聖人の救串 も行法も皆法華・艇の信仰から費して居るから‘行も撃も結極信仰の上に進み信仰の上に輝いて、その賞際附効果を顕 はずに至って居るのである。故に信は慧の因とも︵一五三九︶三世諸備の智恵を買ふ債とも︵御義︶叉信は道源功徳 の母とも、信心の血脈なくんば法華経を持っとも無往左り︵七四阿﹀とも一五ふ道理で、敢闘申も行法もとの信仰を離れ て は 、 辛 党 無 用 の 宰 論 無 径 の 徒 賦 却 に 格 る の で る る 。 行撃は信心よりをとるぺく候︵諸法質相紗九六四︶ とある如く行事は信心によって起り信心によりて終りを全ふされて居るのである・開目紗︵七七

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︶ に 今度強盛の菩提心ををとして退輔せじと願しぬ。 とるるが如きはその起りを一不し、その信仰の強烈さは如説修行動︵九七二﹀に明白で‘而かもとの信仰は未来まで永 世に持越されて居られる所が大居ありがたい。即ち南無妙法蓮華経と唱へ死にに死するととは、信仰の現堂二世に亘 る持蹟であり、同時に悌天に封する経−読履行の契機と・なるから、その確賓在る来迎の信念に安住して、何ともかとも 云ひ知れぬ法悦を感じ.とのうれしさは一轄して、僻天と倶にやがて未来の信者を導く因縁とたるのである。上野殿 御 堂 珂 ハ 前 出 ︶ の 日蓮必やむかひにまいり候。 と 出 回 一 一 ひ ・

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白蓮さきに立ち候はど御迎ひにまいり候事もやあらんやらん至日蓮法華経の交の如くならば通寒の案内者たり、日ハ 一心に信心ゐはして霊山を期し給へ毛信心にあか・泣くして所願を成就し給へ。︵捕源太雪一

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三 川 ︶ 叉後生には霊山洋土にまいりあひまひらせん︵千日尼御前御堂百二一五一二︶ と仰せあるもの、とれ俳陀より日蓮、日蓮より弟子梗那への信仰の血脈でたくて何であらう o 大攻人は骨になりても 石になりても、との信仰に生きであらん映り、生身の御姿は見へないまでも、御廟の営店常に慈愛の御手をのペて一 門の信徒を扶いて居らる L に相蓮たいと信ぜねばならない。 吾等が樺隼と法華経とに信仰をさ L げ る と ’ r は、大拍車人の身を以て教へ給ふた様にありたいものである、それでこ そ死骸にたっても深重在る働法の利生を持つ道理である。乙御前御消息︵一二九問︶に 抑も法華経をよくよく信じたらん男女をぱ屑にになひ背に携うべきよし経文に見へて候主いよ/\強盛の御士山ある べし主又一五ふ事後にあへばとそ人も信ゃれ、かうたどかきをきたばこそ未来の人は智ありとはしり候はんやれ、叉 身軒法重死身弘法とのペて候へば身は軽ければ人は打ちはり思むとも法は重ければ必中弘まるべし、法華経弘まる ならば死かばね還て重くなるべし‘かばね重くなる・ならば此のかばねは利生あるべし、利生なるならば今の八幡大 窓 口 薩 と い は は る L や ろ に い は う べ し 一 子 とあるが如く死身弘法の大聖人が、法華経信仰の結晶として、吾、々がとの組廟を拝する時は、宛ら本門の三費傘に師 依を捧げると同様の信念を持つととが出来る。即ち末法の大導師としての宗祖を過して、本門の伸法を拝し得るので ある。との利生ある御舎利の在す底を中心として‘ん一刻脈一系の信仰を糟躍するととろに、宗門の特色と権威とがある のである。偶 k 宗祖滅後の身延に針して詩法の盟をなすものは‘弟子一隅那の不心得に針する刺戟に過ぎない。組廟は 組 廟 中 ーら イ :fL

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廟 『 ド ,r,, イ 一 O 各紙救国の等しく宗仰すべき、唯一の根本中心で・なければ・なら左い、若し是に異議あるものは農の法華の敬徒でもな く、民の日蓮宗徒でもない、それは・水世不滅の組 ι 酬を信仰上の中心としないからである。

玉、結

自 古往今来日蓮大聖入を組師と仰ぐ者の‘組廟を中心とするととに於て柳か異議のあるべき存がない、それは主日々園 民が等しく伊勢の大廟を根本中心と仰ぎまつる椋に‘故に組廟中心は信仰上の賓際問題で、迭に論議を超越して居る のである。而かも倫ほ問題として叫ばる L のは、之を但だ宗徒の胸中のみに秘せ左いで、凡ての質際の施設の上に表 現させたいからである。即ち一面には凡情の放坪を防ぎ、他面には積極的活動の上に一貫現させんが・矯めである。但し 殻展せる宗門の現献として、政治敬育等凡ての機闘を直にとの御廟下に置くととは、種々なる困難と不便とを感十る のであり、又かくするととが必しも組廟中心の賓際化ではない。要はその機闘を何底に世くも、組廟中心を宗是とし て、政治を運用し子弟を救育するにある、即ち政治救育布教侍誼等悉く岨廟の根幹から川た技葉の活動と観念して各 自に精進することである。との意味に於て組廟奉仕舎の企も、組問中心制度調脊舎の余も、勅瀬昇戴の廟前法要も、 宗務役員の報告参拝も、宗門大撃の卒業者の参拝参簡も、大居よい事だと思ふ。聞くは一般参詣者も観光遊参の桂度 に止めや、案内者も可成誌に導いて、先づ御草庵に点りしその背を偲ぱせ、而して祖廟常在の羽一一彊に奔脆させて、前向 古同盟ら左い幽遠の境地に、死身弘法の真面目を味得させたいものである。 組版の都合上貫教が綾怠致しましたが御諒承を乞ふ 円 一 編 斡 人 詑 ︶

(19)

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今弐五口組山皐院に宗皐研究舎費舎の機熟し、その護舎式に営り、予その筈縁の所以を以て第一回の研究費去を帰せ らる。是れ予にとりて最も光築且欣快措く能はざる所、乃ち本題下に卑懐を暢ふる所以である。頼忙宗風十舎同志諸 兄が御期待の寓一に副ふを得ば幸甚

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・ 幸 甚 し 実 。

キリスト敬に於ける一脚、浮土敢に於ける調陀信仰の如き位地主吾宗義に求むる時何ぞや。開組日蓮上人畢世の主蛇 は法園の二大規模を確立して伸子と国士の二大使命を全うするにありといふべきである。即ち立正と安固とがその二 大理想である。安岡論や固家論以外の翠に信俊確立の蹴書と雄も、本傘紗、法華取要紗、四信五品紗等、何れも立正 と共に安閣の大義を掲げざるととはない。既に我に於て立正安闘を主張する問、彼を以て邪法危園を断定し去るべき は営然であって、誌に五口宗の絶封折伏主義が必須事とたる c 是の如きは同列各宗高僧中、五口組日蓮上人の斬然として 遣に頭角を拍やる所でなければならぬ。 題 日 性 乗 排

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題 目 L ト ム リ

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乗 排 今はその法閣の二大規模中、特に正法題

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の民体を検討せんと欲するにある。 凡そ題

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とは稗等間世の本懐、三説超過、究寛、最勝良宜の聖経妙法華経を一言の題目下、天台一部唯述の法楽観 に 到 し て 、 一部唯本の法華視を全一的に包錯して立救閃宗せる唯一の聖救であって、三秘の法体とれに外ならや,。五 綱 の 殺 と は 題 目 の 事 で あ り ‘ 機 時 間 序 北 ハ に 題 目 弘 敷 の 岱 め の 機 時 間 序 に 外 ・ な ら や 。 一 比 一 日 家 の 唯 一 の 人 格 宜 在 の 敬 義 薄 量 本併も題目に包合せられ、事一念三千の妙観も題目の交持信唱に於て藷きてをり、教翻不二の十界大量茶羅も題目の 展開に外ならや。検し来れば宗義の大体は題目に踊悲し了ると謂てよいのである。

一、受持信唱の要請

吾家の信の境地は恰も五口人が身延山に登諒してとの山色漢整の事の寂光土に直面して唯何となしに南無妙法蓮華経 の唱題の琵する程度それが信の極致である。その山色は十界の呈茶羅に、その渓践は唱題に擬すべしといふ様に主観 と客観とを哉然と別って考へる様になった時は観念としては進みても、信の員一時間からは却て稀薄になったのである。 故 に 五 口 門 家 の 受 持 信 叫 の 一 県 諦 は 無 論 形 式 と し て は 十 界 大 量 茶 経 に 到 し て 俳 知 円 の 題 目 を 受 持 信 唱 す る に あ る の で あ る が 、 も少し端的にいふ時、題目を受持信唱して、白ら題

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の中に溶け入るといふ事にありといふべきである。了度芭蕉翁 が松嶋の絶景に封して﹁鳴呼松嶋や叉松嶋や﹂といハ J た様に題目に封して唯絶讃を放っ境地を味ふに於て、受持信唱 を握み得ると恕ふ。間信五品に於ける一念信解、初随喜の気分乙そ大切であって、以後は却てその要ではないのでる る

之を要するに︷一五誕の要賄は題目を受持信唱して尚一ら題目の中に完全に融合し去る事に於て謹きて居る。

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今前ゆる題目に於ける性法乗法の耕、事一念三千、十界大豊茶難の展開の如きは、との受持信唱の無限絶封の生命 の展開に外ならや。宗風一ゐプラグマチズムは唯題目の受持信唱に依て完全に題目の中に溶解し去るととより外にはな い の で あ る 。

題目につき綱要導師に﹁首題五字法華極理章﹂あり、円因行果徳共足妙法章﹂あり、﹁正像末法題月異相章﹂あり‘ その第一、第三は吾人の謂ゆる性法に、その第二は五日人の謂ゆる乗法に営ると見るべき如くである。

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議輝師は法華 根 理 章 の 正 議 に 、 ﹁ 妙 法 蓮 華 経 の 名 字 雄 レ 一

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所召不

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、 今 且 ク 判 y 矯 レ 四 : 一 = 日 一 部 ノ 題 目 、 二 = 日 経 王 所 詮 深 理 ノ 名 稿 、 三 一 − 日 行 者 一 心 ノ 召 続 、 四 − 一 日 森 羅 三 千 ノ 銘 額 ﹂ といって居る。之を五日人の謂ゆる性乗を以て見る、必やしも厳密ではないが、和上の一、二、四は性法に、三は乗法 に分封すべき様に想はる。 更に吾遠藤敢闘は棲紳第二十一誠題目の考察の一交に於て、 一、教法として見る、二、行法として見る、三‘理法 として見る、四、悌法として見るの四種に分類して居る。之を今の立場より見る時. 一、三、四を性法に、三、四掌 乗法に配営し得る様に想ふ。 今謂ゆる性乗とは理論と貰際、岡山梨と体験、哲墜と宗殺といった程度の分類である。即ち題目性乗排とは、換言す れば﹁題目の理論と貰際﹂﹁題円の背皐と宗敬﹂といった意味と解して大差なきとと L 想 ふ 。 題 目 性 采 勢

(22)

題 日 L 包 山 下 乗 勢 pq 阻害の全般に沙る解躍は遠藤師に於て略 K 議して居る様であるから、予は特に本命紗に於て題日の性采二方川を巧 察して見たいと念ふのである。

本 神 崎 紗 四 十 五 字 段 の 和 上 の 科 交 に 依 る に 、 ︵ 拙 著 事 一 念 三 千 翻 心 義 提 要 一 九 七 一 日 品 会 見 ︶ 第二篇、本写 第一章 落 寸 一 代 ノ 依 正 ザ 本 語 封 排 ぇ 第一節 組 F 晶 串 却 謹 ノ 設 相 ↓ | | 大 本 十 六 紙 左初行夫 9 行 縮遺 3 5 品 川 自 寂 下 9 末 第二節 第一項 正

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出手

迩 本 主 門 門 司

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,,....--.... 五 四 字 十 '---' 同 紙 同 紙 左 六 行 今 目 潟 明 本 時 下 前

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末 左 末 初 行 迩 縮 的 行 門 十 四 日 岡 下 乗法の妙境たる十界同共本隼を明すに先だち、叉前米乗法妙観段の受持譲興に封する理論的根擦として、蕊に題日 第二項 の性法を展開して‘正しく本門の話相を示せるが四十五字法休段である。との四十五字が本門の詑相たると共に題目 の展開たる何よりの詩作は、第二項 一 不 山 越 門 未 穎 ↓ 科 の 下 ﹁ 述 門 十 四 口 川 − − 未 げ 設 吋 之 ミ 於 オ モ 法 華 ・ 経 ノ 内 一 一 時 機 未 熟 ノ 放 十 件 欺﹂ム﹂簡ひ去り、弐に﹁此本門肝心南無妙法蓮華経ノ五字﹂を﹁召口地涌千界ザ付=属之ご一疋云と簡取し来り、正しく塔 中別付の妙法を明す賄より見る、四十五字法体を叙し畢り、之を題目七字に結師せるを見るペく、然るととは、とり もなほさや九還に見る時、塔中別付の題目を展開して四十瓦字法体を展ぷるものに外ならやといふべきでるる。

(23)

既に稀して四十五字法体といふ、法体とは乗法に封する性法の詣であって、後の乗法妙境たる敬観本隼段に、叉前 の乗法妙観の受持信唱の受持譲興段に根擦を興ふるものたるはいふまでもたい。但し乗法妙境の敬観本傘段、乗法妙 観の受持譲興段の裏面に性法を、性法四十五字法体の内面に乗法の義を内合すべきは極めて営然の義であり、塔中古 授 妙 法 の 性 乗 の 結 品 た る と と 理 在 絶 一 言 で あ る 。 今 四 十 五 字 法 体 を 吟 味 せ ん に 、 文 に 一 広 く 、 第 一 ・ 挙 、 第 二 筒 、 第 一 項 ﹁ 今 本 時 J 裟 婆 世 界 ハ 離 ユ 三 災 サ 出 て 四 劫 ↓ 常 住 ノ 掃 土

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悌 蹴 − − 過 去 三 不 レ 減 セ 未 来 = 宅 不 レ 生 ゼ 所 化 以 テ 同 休 日 9 此 L 即 チ 己 心 ノ 三 千 具 足 三 種 ノ 世 間 也 o ﹂ 右の文に於て﹁今本時﹂より﹁常住ノ浮土

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﹂までは本悌及所化衆生倶佐の浄土を述べたので、輝師は略要に ﹁ 辛 党 凡夫所性の婆婆即本時の浮土也﹂というてをり、 ﹁伸既過去不減﹂等につき、輝師は﹁過去の入減も永減にあら歩、未来の出現も新生にあらや。無始翠未来常住の伸 休 友 り 。 一 切 の 諸 悌 同 体 の 一 帥 ・ な れ ば 常 住 無 二 也 ﹂ と い っ て を る 。 次 の ﹁ 所 化 以 一 テ 同 体 ﹂ の 下 に つ き 、 蹄 師 は ﹁ 九 界 も 僻 界 と 同 じ く 常 住 也 。 同 体 は 俗 語 に て 同 様 の 義 也 。 一 階 な る 事 は次の何にあらはる﹂といひ、次の ﹁此即己心三千共日比﹂の下につき輝師は﹁事常性の依正を取て、己心の全体とす。叉本時の生併を会して常性の心法 とす。一体の三法一勧一無二無別たり。是正しく事一念三千を結成し、能視の事行を成就せしむ﹂といひ、﹁翻心の正 体は正しく今文也。己心を観じて本時常住の十法界を見る是也﹂といひ、﹁故に知ぬ、今文境に即して親、能観の唱 題 と 所 翻 の 本 骨 骨 と 、 供 に A 7 文を以て正体と定むべし。 A 7 交は書量の徴旨、所蝿の法体を明す也﹂というてをり、 題 目 性 乗 排 五

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題 日 性 莱 ~f その﹁三種世間也﹂に於て輝師は叉﹁本時の婆婆は岡土世間なり。本時の生伸は衆生世間及び五陰世間なり。別す れ ば 則 ち 三 千 共 足 、 仙 閲 す れ ば 則 三 和 の 世 間 ‘ 一 休 無 飴 の 義 を 揺 す が 放 軍 一 ね て 三 極 の 世 間 と 一 五 ふ 。 唯 心 無 外 を 示 す 也 ﹂ と い っ て を る 。 明 に 五 口 輝 師 が 心 、 伸 、 衆 生 の 一 体 三 訟 を 以 て 領 解 し 、 己 心 を 行 者 己 心 と 詑 き 、 外 的 十 界 事 常 一 位 、 帥 凶 作 縁 起 本 帥 抑 制 と 内的己心の統一観との同丑を成立して、唯心無外に結師してをる点に於て、山川氏の謂ゆる交に約して悌界己心、義 に 約 し て 本 伸 来 上 の 一 念 ︵ 叫 叫 ︶ 本 法 受 持 の 一 念 ︵ 日 時 ︶ 等 の 雨 一 閥 解 轄 の 如 令 官 宅 十 本 の 類 似 も 之 を 見 る 能 は や 。 和 上 解 離 の 行者己心に結師の単一冗的解轄の明朗透徹、掌中の巷羅果を指す如きに比する、山川氏解轄の、何ぞ混雑、錯綜、醸肱、 晦齢、牽強、附合、倍問、賞品 A の甚だしきゃ。況んや先帥中か L る解躍を敢てせし者絶無なるをや。第一、伸界己心 などいふ熟語を‘附仰救事例法成の外迫たらしめば措く、有くも大乗伸哉皐上のオーソドックスとして果して之を許 し得るや否や大に疑なき能はや o 予を以て観る、四十五字法体は宜に題目に於ける性法の展開であって、後の本隼形式の根擦として﹁今本時﹂より そ ︿ ﹁所化以テ同体也﹂に於て外的教門十界事常性‘伸国外縁起本伸観即内的観円行者己心統一翻の同設を成立し、乗法題目 受持信唱の一念信解、初随喜口聞に於て、との敬翻不二の宜在の員長に燭れ得べしとするにある。予が前に題月の受持 信唱に依て、題目の中に溶け入るを要諦とすといへるは‘四十五字の救翻不二の貰在中に溶融し得べきの謂である。 つまり受持信唱に依りて内己心本傘の民を姉へ得るととは叉同時に外俳界縁起本伸本隼の毘を捕捉し得るの謂である 併界総起本悌本隼と己心本牟とは決して異れる別々の宜在ではない。同一一貫在の二面観の謂である。 己心の無限性と統一力︵肉身の時空に制せらる L に か L はらや\己心の何ぞ微妙不可思議なる﹀とは本帥の無限性

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と統一力と相呼臆し、彼此一如同体たる意味に於て之を心、伸、衆生是三無差別といふのである。山川氏が行者己心 を牽担、附命回以て悌界己心に改作せんとする仇し努力は畢・党内界外界の同致論に暗きが時めのみ。主観、客観の奮時 の差別観に凶はれて居るからである。純粋経験の信に依てとそ内外岡通向在無擬の天衣無縫の賞在を捕捉し得るとと を排ぜざるに由る。的て推す.恐らく山川氏は五口家の故探奥たる依正常性、身土不二の敬義本門常住の徴旨を正統に 御理解がないので

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ら う と 。

次に八十九字段の科文︵拙著一九八頁︶を見るに、 第二本 一 不 目 今 ノ 本 命 ノ 相 ↓ 第二白 正

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本 一 角 川 ノ 相 ↓ ︵ 幹 ︶ | 同 紙 紡 ニ 明 ぇ 顕 現 〆 時 サ 是 有 本 右 門 有 本 初 命 三 肝 初 主雲行下行心行 下車日 共 下 此 ヰヰ 縮 | 司 940 940 :in :i行 第一節 明 山 地 涌 付 瞬 ↓ | ! 大 本 十 七 紙 第 一 一 二 位 印 同 紙 同 940 (jfj" 社 帰 一 ニ 4 4 明 山 本 傘 流 行 ノ 時 ザ 左初行正 像二千下 四十五字を法体性法とし・とれを根擦として闘示されたる乗法妙境本傘たると共に、利文の第二章、 K H J H D L q f 川−臼︼ 陪明||| i 同 紙 同 日4') 7fi

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一 目 月 ぇ 血 百 各九人一々自己 E

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− v t 付 蝿 一 の 下 に ︵ 第 二 末 、 第 一 節 ︶ ﹁ 此 本 門 ノ 肝 心 於 て 南 無 妙 法 蓮 華 経 ノ 五 宇 一 − 俳 狛 文 殊 都 市 王 等 一 − モ 不 し 付 = 岡 崎 シ 去 之 て 何 = 況 ャ 共 己 下

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乎 。 匙i 日 ト 仁 J , f 采 排 七

(26)

制 H 1'E 乗 排 丹、 但 召 口 地 涌 子 同 外 ↓ 詑 巧 八 口 問 ↓ 付 一 一 属 主 ヲ 之 こ とあるに見る、その弐下の敬観本第の全く塔中直授題目の展開たることを了すべきである。此塔中直授題

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は 、 買 に 性来二法の結品であって、事量日間の是好良薬︵色は戒、杏は本崎県、味は題目︶の一秘であり、紳カ品結要四句要法︵以 要一一日之、如来一切所有之法一邸玄如来一切自在榊力制玄如来一切秘要之持政都玄如来一切甚探之事猷玄皆於此経 鍛

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一 不 一 樹 誰 ︶ の 一 秘 題 目 で あ っ て 、 四 十 五 字 は と の 性 乗 二 法 一 時 品 の 題 目 の 展 開 で あ り 、 と の 法 体 を 根 一 事 と し て 失 の 妙境としての乗法救観の本隼は表示

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れ た の で あ る 。 そ の 第 二 章 第 二 節 、 正 = 示 日 本 算 ノ 相 サ 及 第 三 節 、 結 = 明 ぇ 顕 現 ノ 時 寸 の 文 並 に 、 第 三 章 、 明 白 本 隼 流 行 ノ 時 て 第一節 1 時 明に至るの全交をついで出さんに弐の如し。 ︵ 第 二 章 、 第 二 節 ︶ ﹁ 其 本 隼 ノ 徳 一 備 本 時 ノ 婆 婆 ノ 上 旬 一 賓 塔 居 山 室 − 一 、 塔 中 ノ 妙 法 蓮 華 経 ノ 左 右 = 轄 迦 牟 尼 伸 、 多 賓 伸 、 躍 伸 時 ノ 脇 士 上 行 等 ノ 四 菩 薩 、 文 殊 繭 勅 等 ノ 四 主 口 薩 川 島 管 局 ト メ 居 三 木 庄 一 、 迩 化 他 方 ノ 大 小 ノ 諸 窓 口 薩 円 高 民 ノ 底 U 大 地 一 如 ⋮ 日 見 ヲ 雲 閣 月 卿 ザ 十 万 ノ 諸 伸 A 底 計 五 ヲ 大 地 ノ 上 一 、 表 サ ガ 述 伸 越 土 ザ 故 也 。 ﹂ ︵ 第 二 章 、 第 三 節 ︶ ﹁ 如 円 是 ノ 本 隼 n 在 世 五 十 飴 年 = 無 ω 之 。 八 年 之 問 但 限 ユ 八 品 一 。 ﹂ ︵第三章、第一節︶﹁正像二千年之間内小乗ノ樟隼迦葉阿難ヲ話口脇土づ構大乗並

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浬 梨 、 法 華 経 ノ 述 門 等 ノ 脚 伴 隼 ハ 以 討 す ん 殊 、 普 賢 等 ザ 清 司 脇 士 ト 0 此 等 ノ 悌 ヲ 造 計 童 四 ル ド モ 正 像 一 、 未 印 有 司 書 量 品 ノ 悌 4 − 来 一 一 入 主 末 法 一 始 予 此 伸 像 可 日 令 日 出 現 ↓ 欺 。 ﹂ 右 の か ∼ に 封 し ‘ 輝 師 は ﹁ 共 本 借 尋 常 し 休 ﹂ の 下 に 柚 閉 じ て ‘ ﹁ 共 と は 付 嘱 の 儀 式 也 。 即 ち 付 嘱 の 儀 式 に 託 し て 、 宗 祖 弘 通 の 本等を一不し、及び本隼皆所付たり﹂といふに見る、その救門本門八月間付嘱の儀式を圃示するを見るぺく、その﹁塔中 妙法蓮華経﹂の下の耕に、﹁賓塔は行者己身即境智冥一の賓塔なることを表するなり。中の字正中の義也﹂に見る、

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ぞ , 、 救 門 本 門 八 日 間 の 闘 式 そ の ま L 観門行者己心の展開本隼たるを見るべく、その﹁始此伸像﹂の下の排に﹁憂茶羅即本仰 絡像也﹂といふに見る、観門己心本隼‘そのま L 救 門 本 伸 本 隼 な る と と を 一 不 す も の に 外 な ら ぬ 。 之を要するに、性乗共備の塔中直授題口は四十五字の性法を展開し‘之を根擦として蕊に十界国共の敬観本品与を岡山 開し、その本隼たる本門八品の儀相の慌寝にして、而も中央の五字に於て、無作三白河本伸の正体を顕す時、三千常位 十界常位、伸界縁起本傘、中心に約して本備本命の表現であり、中央の題目を己心の本体と見る時、己心所共十凶作、 己心統一、としての己心本傘の表現であり、前者は救門、後者は観門にして、共に宇宙賞在の民体たるは同一である。 その四十五字が心仰衆生是三無茶別の一体三法の表現である如く、この本掌形式に於ける敬門働界縁起、本備本命は 即翻門己心本傘である。己心十伯仲唱が宜在たると共に本伸本傘も叉同一賞在であって、己心本傘に徹する時、同時に本 悌 本 等 に 徹 し 、 一 来 法 題 目 の 受 持 信 唱 、 一念信解の常初始めてとの乗法の妙境救観不二本隼の宜在の民景に参し得て、 我諸に本伸の慈懐に突入して.我と本怖と一如し得るのである。山川氏が己心本等を厭ふは飽くまでも主観、本組、 内回介、外界の古川別に囚はれて、己心本傘即本俳本傘の異体を捉え得 4 y ・従て信そのま h 主客未分の純粋経験を認識し 得ざるの謬見に坐する。 七 、 同 三 十 三 字 段 次に三十三字段を排ぜんに、三十三字段は輝帥科交に依るに、 第一篇 観 ,己、 第一章 明 司 翻 心 ノ 出 庭 ザ 題 目 L K 晶 1 乗 郷 九

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題 日 件. 乗 生粋

第 二 4 4 排 詰 問 心 ノ 義 相 ↓ の下の殆ど最未組品

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共 立 悶 果 ↓

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大本十四紙 一 位 向 削 刊 縮

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の交であって、妙翻段の師結に相営するの一段である。文に円く、 ﹁ 耀 隼 ノ 凶 行 来 徳 ノ 二 法 ハ 妙 法 蓮 華 経 ノ 五 字 = 具 足 ぇ 。 我 等 受 = 持 ぇ レ ハ 此 五 字 ↓ 自 然 − 一 一 議 司 興 工 彼 ノ 悶 果 ノ 功 徳 ご との下の略要には吾家の最深奥敬義依正常住、身土不二の幽義微旨が交持譲輿と北ハに述べである。文に日く、 ﹁若直闘に事観の妙旨をいはぱ、行者色心天地法界平等一休、とれ法身の全体たり。五大十ハ鴎融通無瞬、念品ベ色心周 偏法界、高法体用日夜受領、とれ白爾報身天然法繋の相たり。三業起用、浮悌園土、念々同施、幽期利徒、とれ円 然修得無意脂作の相なり。若し能く天然の体用を信解せば、無法三身常恒無醗なり。然るに此等の相貌信解しかた く、観行不 L が 故 に 、 一向の初心までも信解し易からしめん潟.受持譲興に約して、性徳の妙用、白爾の備体を、 提起感招せしむる巧妙の事観たり。 一文不通の男女も、正直に信受念持せば、一肺備の実路、住運に成就すべし。成 功 修 徳 、 偏 に 信 力 念 力 に あ り 一 五 一 五 。 叉 妙 名 能 ク 召 司 妙 体 て 妙 悶 能 ク 得 = 妙 果 て 妙 行 能 タ 強 引 妙 用 ↓ 等 の 能 事 ‘ 此 一 行 に 在 り 云 一 五 ﹂ と。是蓋し乗法題

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の 受 持 信 唱 、 一念信解に依て、観心に徹する時、五口人と天地と一休となり‘特に我等直ちに本伸 果悔に入り、本帥仰の懐に突入し、本怖と一如すべしとの謂に外ならや。 今謂ゆる題目に脚伸容の悶行果徳とは、被の性乗具備の題目が四十五字の性法を展開し、とれを法体とし、根擦とし て乗法の題目受持謹興段を殻起し来る。巳に乗法題目たる故、との題目には本悌樺隼の妙智を具し、・本・伸樺寧の閃果 功徳棄たる故、吾人之を受持信唱する時、悌知円立ち鹿に具し‘四伴傘の悶行果徳を自然議興せられて、翻心に徹すると

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共に、己心本品与に徹し、我れ天地法界に一如し、本怖の慈懐に飛躍突入して本悌と合体し、本備と融博一如し得るの で る る 。 以上に於て予は四十五字、八十九字、三十三字段の要旨を趨ペ終りしが、是が三闘係を略叙すれば、 塔中直授の妙法︵性乗具備﹀展開して、性法四十五字法体とたり、とれが妙境に一輔して、乗法敬門本僻本傘、観 門己心本隼とたり‘とれが妙観妙智に一縛して乗法題目の受持譲興、 一念信解とたるのである。但し性乗各互に内含 するととは前にいへる如し。

八、備智題自の由家

上に趨べし三十三字段の悌智の題目であり、因果功徳棄の題円であって、妙観の乗法たるとと巳に/\・明けし実。 然らぽ塔中直授の性乗二法の結晶たる題目の展開たる四十五字法体に於て‘此悌智はその何れの謹に求むべきや。 勿論塔中直授の題目が巳に性法よりは乗法としての働智題目たる事の義分担いのであるが、四十五字では偏に﹁悌 既過去不滅未来不生﹂の備陀の E 擾

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之を求むべきである。との悌陀を色心に別つ時、伸智はいふまでも左く伸心の所 産であり、因果功徳棄は本悌棒傘色心二面の積棄である。 かくて四十五字は最後己心に師納して、それが悌智の一念三千となるのである。然るに山川氏はとの悌智の題目を 四十五字より如何に演緯すべきかにつき、 ﹁是即己心三千﹂の下に直ちに求めたから、との己心を悌界己心と行者己 心の爾様に解棒せざるを得・なかったのである。且つ氏は主観客観の高別に囚はれし故、己心本隼を立する時、天台の 観心に濫﹄すと左し、是に於て何とかして観心的方面を抹殺すペく‘四十五字の一休三法中より心法を伸界に導入せん 題 目 性. 乗 緋

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題 日 ド れ

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乗 事典 止するの潤断を敢でしたのであった。 要するに氏の誤りは主親主義を斡視して客観主義に走り、悌智の由来する根元を説りしが怨めにとそ、かく牽強し かく附舎せざるを得左かったのである。

丸、結

以上論述の性一飛耕、之を要するに題口の性法乗法を辿ぷるにつき、本曾砂川十江字、八十九字、一二十三字段に交渉 し て 説 い た の で あ る が 、 国 一 不 ぜ ん に 弐 の 如 し 。 塔中直授妙法︵様︶←四十五字法体︵削︶﹂ 一 | 八 十 九 字 妙 境 本 傘 ︵ 牒 ︶

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救円買縁起、本備本隼/−

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〆 /

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不二同休 ﹁三十三字妙翻題白︵己規門己心木等

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て 正 、 / 受 持 信 唱 、 支 持 謹 血 ︵ ︵但し性法の裏に乗法を、乗法の裏に性法 b L 共すべきとと前述の如し︶ 之を端的にいふ時、五口家の受持信唱の要諦は題口の受持信唱の一念信解の営初に於て、自ら題目の中に溶け入り、 本備と一如するととに聾きてをる。 尚ほ題目と本仰と一念三千の三闘係につきでは.和上の正議の次の文最も要を得て民るので、結言の延長として之 を記する。以て和上設と山川読と如何に軒軽

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る か を 知 る べ く ‘ 宣 菅 正 統 と 異 端 の 来 同 時 の み な ら ん や 。

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観心本曾一期絡窮章﹁其三千法体、今本時第四十五字、乃至日=世隼久詮一念三千等乙下ノ一止議 ﹁今謂グ文六、︵一、文底秘沈・二、無始古伸、三、随白本門、四、因果倶時二法営体蓮華、五、無作三身本極法身本 因本巣ノ如来、六、世隼久詮ノ一念三千︶義三、体一也。文六可 L 知 。 義 = 一 工 者 、 謂 。 第 一 、 第 六 n 祇是率二念三千、 第二、第五月祇是無作三身、第三、第四︽祇是妙法蓮華経也。体一工者謂グ但是一体三法三千常住耳。約 U 行 者 一 一 百 二 念 三 千 コ 即 是 本 有 借 費 、 所 謂 一 念 三 千 者 、 蹄 一 間 融 ヲ 矯 レ 意 、 宣 非 日 和 合 借 賓 ノ 義 一 乎 。 約 日 悌 − − 日 = 無 作 三 身 寸 即 日 疋 本 有ノ僻買す‘所謂無作三身体用具足 7 魚 川 意 : 萱 非 日 自 畳 費 他 伸 賓 ノ 義 一 乎 。 約 U 法 = 日 ロ 妙 法 蓮 恭 一 ・

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即 是 本 有 ノ 法 費 す 、 所 謂 妙 法 蓮 華 依 正 常 性 ヲ 魚 川 卓 志 : 宣 非 日 常 恒 法 賓 ノ 義 一 乎 。 本 A 即 チ H 疋 心 伸 衆 生 ノ 三 法 、 謂 タ 妙 法 蓮 華 − n 是 衆 生 法 ・ 十 界 内 吊 住 ヲ 名 目 ル 妙 法 ↓ 故 ‘ 一 念 三 千 五 疋 心 法 、 合 = 師

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一 心 七 故 、 無 作 三 身 内 目 疋 伸 法 、 名 義 金 是 ノ 故 。 叉 営 山 知 ル 結 , 得 計 二 法 づ 但 是 三 千 常 住 因 果 倶 時 二 法 耳 。 宜 哉 絶 品 以 司 南 無 妙 法 蓮 華 経 ザ 矯 芭 臼 蹄 ↓ 也 。 興 記 ノ 精 徴 、 豆 タ 在 口 於 此 一 。 ﹂ ︵ 剛 時 三 宅 最 末 紙 以 上 題 日 性 乗 事典

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身延山皐命 H ム ベ 則

身延山圏三宮々則

本合ハ身延山皐曾ト稽ス 本曾ハ租山事院研究室内二区ク 本曾ハ組山致事ノ興隆ヲ計一フシ銭二不皐ヲ中心トセ ル諸血中科ノ研究ヲ以テ目的トス 第四保本曾ハ其目的ヲ達成セシガ鎚二広ノ事業 7 行 7 一、研究鐙表舎 二、決遺並ユ頑察 三、特別講演合 問、皐報並二著書刊行 第五僚本合ノ合員ヲ左ノ三積トス 一、名器司令員本合/趣旨一ニ賛同シ事業ヲ援助スル者及 ピ本皐院関係ノ務先輩ヲ推薦 λ 二、正令員組山皐院数時職員 コ一、準曾員組山皐院皐生並二教授/紹介推薦一一ヨル者 第 六 線 本 合 − 一 ・ 芳 一 ノ 役 員 ヲ 置 ク て 合 長 一 名 院 長 7 推戴ス 二、委員三名正合員中昌一於テ互選シ令務一切ノ庭環 二 百 一 フ シ ム 、 任 期 ρ 一ヶ年侭シ再任ヲ不妨︵内一 名 合 計 ︶ 第七位陣本合ノ維持ハ本山ヨリノ下附金、補助金及ピ正合員 合 同 費 ︵ 年 額 一 一 閥 ︶ 其 他 寄 附 金 ヲ 以 テ 充 ツ 第 八 総 本 舎 / 舎 議 7 4・t j 二種ト λ 一、総合毎年一同四月品開キ前年度ノ曾務=閥 λ ル 報 品目ヲナシ営年ノ事業一一関スル事項ア協議 λ 二 、 委 員 曾 必 要 = 鹿 ジ テ 之 7 関キ諸般/事務ニ閥 λ ル 第一保 第二総 第三僚 f!LJ 第九保 協議決定ヲ行 7 本品開々則ヲ獲更セシトスル場合ハ総合/決議︵出席 者ノ一二分ノ二ノ賛成ヲ要 λ ﹂ヲ経ルコトヲ要ス 本合ノ納則並二内規ハ別ニ之ヲ定ム 第 十 位 陣

研究設表ニ閥スル細則

一、研究発表ハ原則トシテ例月一回開催ス ご、後表者ハ二名以内トシ時期メ研究主題ヲ委員二一提示スルモ ノ ト ス 一一一、溌表サレタル研究内容ハ血中報誌上二掲載スルコトアルベ シ 問、環表者二封シテハ薄謝ヲ墨兄ルコト 五、讃香合ヲ併問スルコトヲ得

一、正合員中ヨリ例月一回一名乃至二名互選ノ上波遺 λ ル モ ノ ト ス 一一、汲遺税察/結果ハ必ズ研究舎二一於テ報告 λ ル コ ト 一二、汲遺品際シテハ貸費ノ支給ヲ受ク 身延山接合現委員 隔 正 問 望 月 間 中 春 舜 義 恵 勝 遜

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大目安奈羅儀相

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」M色. 日目 篇 綿 一、長茶羅の起源 一一、法華三部と受茶経 三、遺文に見ゆる数翻本学 問 、 始 旧 制 回 交 茶 羅 の 意 義 篇 各 論 一、側部の詩傘 ニ、中給首題と雨傘との閥係 三 、 境 州 H V 一 円 合 と 仰 山 介 縁 起 図 、 蓮 華 部 の 詩 情 守 五、金剛郊の詩命 論 玉、三凶未曾有の深義 六、儀相と五期の分類 七、注文、目安茶協和に於ける諸鎗と讃文 八、前後二期と綜合三期 千 発 六、問天王と二明王 七、通別の讃文 八、受茶羅に於ける花押 丸、問問削長茶経の意義 信 仰

一、量葉羅

長奈川維は汎く之をいへば伸殺の行門に於ける一釘象であって、諸経に於ても必やや何等かの形式を以て之を説いて 居るのである。併し正しく之を説示したのは真言密殺といはねばならね。抑制が略緋に﹁長茶羅は密経より出台良一一白 家の法也﹂と説いたのはこれがためである。勿論法華経にも長茶維が設かれてあり、且内 J 宗祖が三秘の随一の本門の 大長茶羅の儀相の研究 五

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一 六 大長茶経の儀相の研究 本傘として大量茶羅を圃顕せられたことは‘純正宗皐の立場からは我が大量茶維は、正しく法華経の所明たるととは いふ起もないが、汎く悌敬思想史の上から見る時は、保田妙本寺の大日相承譜や‘金津本の理性院血脈︵﹁法華﹂二三 の四披拙稿参服︶や、妙法尼御返事に於ける高野遊撃の記事︵一七七

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︶等からして‘鎌倉遊撃巳来二十余年の修事 中には、真言事相の相承のあったととは否み難い所である。叉略排が﹁組師彼を朋て法華経の大量茶羅を製作し給也﹂ とは.思想史的一面を示したものであらう。 由来長茶羅は良一言の性相たる六大・四憂・三密の体相府三義の中、自ら第二相大に営るのである。輝師は大品交茶維 に 封 し て ﹁ 蹟 緋 ﹂ 一 一 一 玄 に は 八 名 ・ ﹁ 略 輪 開 ﹂ 下 位 に は 六 名 、 ﹁ 棺 諭 儀 詑 ﹂ ト 一 に は 凶 名 等 種 々 の 名 稿 を 附 し て 居 る が 、 と れ 等 は庚略の相違で左の如く憂茶維の休相用に約する義立に外ならぬのである。その中庚排は本隼の名に依り、略排と儀 詑 と は 畏 茶 山 維 の 名 に 依 っ て 之 を 示 し て 居 る が 、 A?とれを圃表にすれば左の如くである。 ︵ 庚 排 ︶ ︵ 略 緋 ︶ ︵ 儀 詑 ︶ ︵ 三 歳 ︶ ︵ 数 観 ︶ ︵ 二 畳 ︶ リ﹁唯一法界一本狭山等∼法界一白繭且史可法界一常住憂茶羅︿約果︶|休

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− − 妙 紘 一 本 畳 ﹀ ピ 襲 山 崩 現 本 相 隼 霊 山 顕 現 憂 l

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相/女守| ヨ 道 場 旋 般 本 形 等 道 場 荘 巌 長 l 同

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\者﹁一 丁伸

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起 ︵ 始 畳 ︶

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相| 間 余 生 心 共 本 有 傘 行 者 心 具 憂 己 心 本 有 量 茶 緩 ︵ 約 国 ︶ | 体

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観 門 | 一 五念々縁起本起品専念々縁起憂 山い依正各共本位隼依正各具憂 七翻服売察本境隼 八 諸 伸 尚 一 誰 本 質 等 主 ま

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右の如く庚動の八名も同事寛儀記の凶名に外友らぬのであるが。その凹名の休に営る中の法界常住と己心本有とは、執 れも体ではるるが前者は本鳳品川市位に於ける一大圏怖を去し、後者は始畳因位観門本傘の休たる行者己心に約したる伸 界縁起の是茶雑である。とれと相用の二敬門憂茶羅の三は、共に始畳の重に於ける伸界縁起の量茶羅で、とれ前の法 国外常住の一大国仰の休に封ずれば共に相であり、また起信論の二畳と同意でるる。而して今の相に於ける敬観二門と休 相則三義との配営も、とれ一往の配営であって再往は二門に体相用のあるととはいふ迄もたい。但三義の中体の己心 本有は翻門に親しく‘相の霊山顕現と用の道場荘厳とのごは救門に親しいのである。而してその根本の休は妙法瓦宇 を 以 て 開 聞 は さ れ た る 、 一大国伸たる法界常住隼に外ならぬのである。かくて今述べんとするのはその体の一大国怖の 法体論たる教観の問題で友く、叉用の修行論でもたく正しくその相たる帥界縁起の諸曾に就ての形相論である。而し 乍ら休相具足し始めて民の形相であり、修行の正境たるととは、輔行一に 縦 便 琵 心 不 = 員 賞 ↓ 者 、 縁 = 於 正 境 一 功 徳 禍 多 、 乃 五 故 知 若 非 コ 正 境 二 縦 無 ニ 安 鵠 一 亦 不 L レ 種 。 ︿ 一 ノ 四 一 ↑ 一 ︶ と あ る 如 く で あ る 。 斯の如き我が大量茶羅は純正宗皐より見る時は‘始頴の讃文に明かなる如く、 ﹃御滅後二千二百二十余年未曾有日 蓮始闘之﹄と遊ばされたる如く、とれ法華本門の開顕に依る本化別頭、一脚力別付の大法である。而し乍ら若し帥救史 上 よ り 見 る 時 は . 働 救 由 宇 中 民 言 省 救 の 最 も 特 長 と す る 所 で あ っ て 、 法 華 憂 茶 羅 の 最 初 も 法 恭 一 ・ 註 家 中 天 台 の 六 組 荊 漢

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︶と、粗ぽ同時代に出でたる真言の不安︵訪問︶の翻智儀軌を推さねばならぬ ο 即 ち 法 華 憂 茶 羅 も そ の 員 一 一 一 口 の 法 華 法の憂奈羅を出費点として、宗祖の所前﹁侍敬大師の帥子身中の三虫﹂たる慈畳、智設‘安然に依て弐第に法華宗化 され、講演法恭一・儀より蓮華三昧艇に見ゆる如く本門的傾向に向ひ.更に中古天台の本魔法門の栴盛期を経て、終に法 大且毘茶羅の儀相の研究 七

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大長茶羅の儀相の餅究 A 刊手探義に立脚したる宗組の三秘の開顕となり、その随一の本門本傘として大量茶維が同財閥せられたのである。輝帥が 二 千 論 二 に 、 若 五 コ 叡 山 傍 敬 一 者 、 初 正 弘 − 一 宜 敬 一 後 却 粂 ニ 薬 師 仁 王 民 言 等 一 、 査 問 権 意 耳 、 椛 宜 雑 胤 基 本 在 レ 此 。 ︵ 二 一 言 ﹀ と指摘せる如く、大師問棋の意に徹せざりし故に雑乱となったのである。然るに我等より見れば後世の本門間顕が密 教にまで豆り、出川救をも柴龍中に躍取して始めて三秘悶顕となったのである。されば侍救以後の所詞顕密雑凱は営時 の天台北パものから見れば勿論雑蹴であったが、本門開顕の見地より見れば雑・乱でなく揺政と解すべきである。斯くし て是茶維思想は完全に法華の思想となり、此に本門の本曾として大量茶羅が問顕せられたのである。とれは開顎であ って模倣ではない、査し間同期とは思想史的意味を純正宗接的に解離した訪である。本得得意紗に妙棄の所詣﹁皮膚毛 総 出 ニ 在 衆 典

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に 依 る ﹃ 大 綱 成 伸 、 網 目 不 成 伸 ﹄ ︵ 一 −

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の 判 は 、 正 し く 純 正 ん 一 不 串 の 根 本 原 則 で ・ な っ て 、 讃 文 の 三 園 未 曾 有の意も此の原則に依った純正宗墜的立脚である。 国に二一目することは大量奈羅と倖敬大帥との関係である、 とれに就ては現に輝仰が﹁後却粂=薬師仁王真言等一 査 悶慌意耳﹂と越ペし如く‘大師が我が立つ柚の一乗止観院、即ち後世の根本中堂の本隼に薬師如来を勧請したとんは 本 命 砂 に 、 体 救 大 師 粗 顕 ニ ユ 小 法 花 経 質 義 − 、 雑 レ 然 時 未 し 来 之 故 建 一 一 立 東 方 鴎 王 一 、 不 L 制 ニ ー 本 門 問 主 口 薩 一 、 所 詮 震 − 地 涌 千 界 一 譲 = 輿 此 一 故也 o G J とある如く、協王とは三十二相の中手足縄網相に約する仰の異名で、薬師の東万の俳たる故にん 7 は薬師のと止で、こ れ毒景品の大良皆の大薬師に封する東方小薬師に営るのであるが、此の薬師一一等ではなくして、日光月光並にその十

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二聞の表象十二一脚力の財閥現たる十二紳勝、林凡夫、帝棒、同大天王を以てその脇士とし、叉樺迦堂には大師一万三耕の 作三等如来の一在る樫迦如来とその脇士文殊普賢、党天帝棒、四大天王を現に安置して居るが、とれ倖救大師以来の 形相とすれば、全く本隼紗の 粧 大 乗 並 浬 襲 、 法 華 経 遮 門 等 梓 迦 、 以 = 文 殊 普 賢 ↓ 話 = 脇 士 一 、 此 等 悌 桂 一 一 番 一 正 像 一 未 レ 有 = 書 量 口 問 伸 一

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の 文 に 見 ゆ る 如 く で あ る 。 故 に と れ に 依 れ ば 大 師 の 畏 茶 羅 式 が 大 休 謎 門 に 依 り 、 阻 伴 骨 ヰ ハ 輔 衆 師 ︶ を 中 等 と し 、 文 殊 普 賢 、 党天帝棒、日月四大天王を脇士として勧請せられたととが知られるし、叉建治二年春頃の憂茶羅の第二段の左側に、 十二一脚王を配したのも、小繋帥の脇士を大薬師に配したと見れば、叡山に於ける大師の迩門中心の本掌様式が重大な る暗示となって民るととを見逸してはならぬのである。此の点は法華憂茶薙史上重大在る意味を有するものであり、 宗曲が大師を外相承の師と仰ぐ一要素である。故に日疋に就ての根本的史的研究は後日を期するものである。叉法華一柳 誼との交渉も一重要課題として考へねばならぬ。

今 法 華 ・ に 就 て そ の 長 茶 羅 形 相 を 見 る に 、 宗 祖 の 法 華 経 は 註 法 刊 唯 一 ・ 粧 が 法 恭 一 ・ 三 部 を 註 し 、 本 隼 紗 の 一 代 三 段 が 法 華 三 部 十 怨 を 正 ︷ 一 不

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としたのに依て明らかなる如く、天台以後侍救如円詮等何れも三部一具として見たのに準するに、八 7 の長茶羅も法華三部十容を所依とすべきである。叉法華の註家は道生、光宅、天台等執れも密救侍来前に属する放に、 塁茶羅的解樟は思想史上営然斡殺侍来後に属すべきであるが、法華三部の経文上には自ら憂茶羅的形相が存ずるので あ る 。 大量茶経の儀相の研究 大A

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